沈む夕日が、廊下をオレンジ色に照らしていた。完全下校時刻まで三〇分も無いためか、校舎内に生徒の姿は見当たらない。校庭からは部活動に勤しむ生徒の声が聞こえるが、それもあと十数分もすれば片付けに入り、この学校は完全に静かになるだろう。
そんな、何処にでもありそうなとある高校の校舎の一角に、土御門元春と、彼の友人である青髪ピアスはいた。彼らは特に悪気があった訳では無い。単に明日提出すべき宿題を忘れてしまい、それを取りに教室へ行こうとしただけだった。一応、職員室で黄泉川という体育教師に許可は貰ったので、後ろめたい事など何も無い。二人で廊下を歩きながら「こういうのはカミやんのやることなんだけどな」と冗談を交わしながら教室へ向かっていたのだが。
「……吹寄、本当に良いのか?」
「う、うるさいわね! さっさとしなさいよ!」
教室のドアに手を掛けた瞬間に聞こえたのは、聞き覚えのある男女二人の声だった。
というか、土御門と青髪ピアスは、その声の主をよく知っている。男の方は彼らと合わせて『クラスの三バカ』と呼ばれている、ツンツン頭の不幸少年、上条当麻。彼の声を聞いた時点で「あー、またコイツは不幸で宿題を忘れたのか」と思い冷やかしながら教室に入ろうと思っていたのだが、別の声が聞こえた瞬間、その考えは吹き飛んだ。
もう一人の女の声。対カミジョー族制最後の砦とまで称される『鉄壁の女』、吹寄制理。
(な、なんでカミやんと吹寄がこんな時間に教室にいるんだにゃー!?)
(こ、ここ、こっちが聞きたいねん! つーか、さっきの会話ナニ? ナニしようとしてるんですかい!?)
土御門と青髪ピアスは二人で顔を向け合って、お互い理解したかの様にコクリ、と頷くと、音一つさせずに教室の中の会話に全神経を集中させる。
すると、教室の中から何やらガタガタと音が聞こえる。机を動かしているのだろうか、と二人は予想するが、ドアを開けたりすれば音がしてしまうので、開ける訳にはいかない。
「あのさ、道具とか使わなくていいのか? なんか一杯持ってそうなんだけど」
「ダメよ、ダメ。道具なんか使っても全然キモチよくなれないのよ。やっぱり人にやってもらわないと」
危うく教室の中に突撃しそうになった。金髪グラサンと青髪ピアスな大男二人でも、れっきとした高校一年生。妄想がピンクな方向に進んでしまうのは仕方のない事である。
(道具ゥ!? カミやんナニヤッてんだにゃー!? つーか、教室で致しちまう訳!?)
(ま、まさか……わいらの最後の砦の吹寄に限ってそんな事……ないよ、な?)
(し、しかしカミジョー属性は日々進化を続けているぜい……。ま、まさか吹寄もその毒牙に!?)
多角スパイという立場上、割と色々な面から上条を見て、彼がどれほど女性と関わっているのかを知っている土御門にとって、これは冗談では済まされない。
現にカミジョー属性は日々上昇し続けているし、夏休みが始まる前、高校生活が始まってたった三ヶ月の間に彼はフラグをクラスの吹寄を除く女子全員に立てているのだ。
「じゃ、じゃあ行くぞ……? 痛かったら言ってくれよ」
「え、ええ」
どこかに穴は空いていないだろうか。
必至に壁を探り回る土御門と青髪ピアスだが、割と新しいこの校舎にそれらしき穴は見当たらない。断片的に聞こえる声だけが、彼らの妄想をより一層かきたてる。
「んあっ……」
吹寄の甘い声が聞こえ、ガタタッ!!と明らかに教室の中に聞こえるレベルに物音を立ててしまった。
幸い、教室の中の二人に気付かれはしなかっただ。それほど、行為に夢中なのかと青髪ピアスがつぶやく。普段、硬い印象がある彼女が、こんな声を発しているのだ。良からぬ妄想は更に加速していく。
「わ、悪い。強かったか……?」
「も、もっと優しくしなさいよ!」
「あ、ああ。こんなことするのお前だけだからさ」
「……続き。まだキモチよくない」
(~~~~~ッ!!!)
(ナニやっとんねん!? え、放課後の教室で二人でコトに及んでるゆーのか!? んなエロゲじみたコトがあってたまるかぁ!)
(くそ、もうガマンできへんで!)
「くォらァァ! カミやんンンンン!?」
バァンッ!と嵌められたガラスが割れそうな程の勢いで青髪ピアスは教室のドアを開放った。そこに、確かに上条と吹寄はいた。
けれども、何か、想像していたのとは違っている。二人に着衣の乱れは見当たらないし、特別顔が赤くなっていたりしている訳でもない。ただ、椅子に座った吹寄の後ろに、上条が立っているだけの、ちょっと不思議な光景だった。
「青髪ピアスに、土御門? お前ら、何やってるんだ?」
ぽかん、とした顔で上条が言う。本当に純粋な疑問を口にした、という感じの顔だった。
「ふざけんじゃねーぜよ! カミやんがこんなコトやるなんて……ま、まさか、よりによって吹寄と……!」
「……よく事情がわからないんだけど、土御門達はどうしたのよ?」
「どうしたもこうしたもないやん! まさか、カミやんと吹寄が教室でセッ――――」
そこで、青髪ピアスの言葉は遮られた。というより、強制終了させられた。弾丸のような速さで飛んできた吹寄の拳骨が青髪ピアスの顔にのめり込んだのだ。
「ご、っがああああああああああああああああ!!」
青髪ピアスはそのまま机と椅子を撒き散らしながら数メートル吹っ飛んで、ノーバウンドで教室の壁にぶち当たった。
殴った方の吹寄も、はぁはぁと荒い息を吐きながら、肩で息をしている。額の辺りに血管が浮かんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「全く、お前らは本当に……はぁ、不幸だ」
「いやいやカミやん。今回ばかりは、それワイの台詞やで」
「自業自得でしょ。……ったく、年中脳内ピンクなのかしら、貴様達は」
「で、結局なに、吹寄がカミやんに肩揉んで貰っただけ、っつー話かにゃー?」
「まあ、そうなるな」
「え、んじゃ道具ってのは? その類の大人の玩具じゃなくて……?」
「肩もみグッズよ。それ使っても全然効果が無いから、こうやって上条当麻に頼んでいた訳」
「なんだそうですかい。あー、残念だにゃー。せっかくカミやんと吹寄のピンクシーンが見れると思ったんだがにゃー」
「ッ!! う、うるさい!!」
ゴンッ!!と心地良い音が響き渡る。今度は土御門が、頭を抑えて床に蹲っていた。
ふと、上条が吹寄を見ると、彼女の頬が赤らんでいるのが見えた。急な運動の為なのか、それとも、別の興奮によってか。答えは、彼女にしかわからない。