記者の目

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記者の目:外国人の子供が学習する機会=中村かさね(中部報道センター)

 ◇学力に応じて学べる仕組みに

 「学校に行きたい」という言葉を何度聞いただろうか。外国人の子供の学習を支援する愛知県豊田市のNPO法人「トルシーダ」(伊東浄江代表)では、日本社会の壁に阻まれて日本の中学では学べない事情を抱える子供たちが高校進学を目指して勉強している。09年3月から彼らの姿を追い、背後の問題を取材してきた。子供の前に壁となって立ちはだかるのは、年齢相当の学年に在籍させる「年齢主義」の原則など日本の硬直した義務教育制度だ。

 08年秋のリーマン・ショックなどによる経済危機は、学費の高い外国人学校に通えない子供を大勢生んだ。文部科学省の調査では、同年12月に小中高合わせ国内に5043人いたブラジル学校の子供は、直後の09年2月には3281人に激減。減ったうちの1割は公立校に転入したが、3割強は不就学や自宅学習になった。取材では、公立校に転入を拒まれたり、転入しはしたものの卒業が認められなかった子供たちに出会った。

 豊田市の日系ブラジル人4世の少年(16)は08年11月、ブラジル学校から地元公立中に転入した。弁当店で働いていた両親の収入が減ったためだ。ブラジル学校では学力などを考慮されて中1相当のクラスにいたが、公立中では年齢相当の中3に編入。理解できない授業を受けさせられた揚げ句、在籍期間が短いことを理由に退学扱いにされ、卒業式では一人だけ卒業証書をもらえなかった。少年は09年春、中学卒業程度認定試験を目指し、「トルシーダ」で学ぶようになって、やっとショックから立ち直った。

 ◇中学の年齢過ぎ、編入認められず

 こうした事情は外国人学校からの転入組だけではない。家庭の都合で09年5月にフィリピンから来日した同市の少年(16)は日本人の父親とフィリピン人の母親を持つ。両国の教育制度の違いから日本の高校受験に必要な義務教育を修了していないが、義務教育年齢を過ぎていたため公立中入学は認められず、今年4月から「トルシーダ」で学ぶ。タガログ語、英語、日本語の3カ国語を操るが、未修の教科が多く、認定試験に合格して高校受験の希望がかなうのは、最短でも同年齢の子から4年遅れの再来年春だ。

 「学びたい」という彼らの熱意に、なぜ日本の学校は応えられないのだろうか。

 国は特例を認めていないわけではない。文科省は09年春に経済危機に伴う緊急支援プランを発表。外国人の子供の年齢や日本語能力に配慮し、年齢より下の学年への編入を認めるなどとした通知を各都道府県教育委員会に送った。

 だが、同年夏に毎日新聞が外国籍住民の多い外国人集住都市会議加盟の28市町にアンケートしたところ、13市町が「現場の負担が大きい」「他の生徒に悪影響」などとして下学年編入を実施する予定はないと回答。逆に従来、下学年編入を行っていたのは9市。子供たちが進学を目指す上で自治体による不平等が生じていることが分かった。

 ◇柔軟対応指示も、自治体判断任せ

 下学年編入を否定する自治体の多くは、日本語の指導員確保など「財政面の支援がなければ対応できない」という。文科省は今年5月、義務教育年齢を超えた子供の受け入れ容認にまで踏み込んだ新たな支援策をまとめた。しかし、「最終的には各自治体の判断。柔軟な対応をお願いしたい」という姿勢で、いかにも及び腰だ。

 定住外国人の数や国籍など地域によって事情は異なり、財政負担などもあって動きが鈍い自治体がある。一方で、人員や予算面で自治体の要求に十分に応えることが難しいため、国も強く出られない。両者の責任の押し付け合いのしわ寄せが、子供たちとその受け皿を任された民間団体に来ているのが現状だ。

 「トルシーダ」に通い始めた当初は簡単な日常会話にも苦労したブラジル人少年は09年11月、1度目の認定試験で国語と社会以外の3科目に合格するまでに成長した。今年の再受験で2科目に合格すれば、2年前に公立中への転入が認められた弟と一緒に高校を受験できる。長引く不景気で一家が帰国する可能性もあるが、少年は流暢(りゅうちょう)な日本語で言う。「高校には行きたい。だけど、帰国することになっても勉強は無駄じゃない」

 教育とは誰のため、何のためのものなのか。定住外国人が増え続ける中で、その子供たちは国籍にかかわらず将来の日本の社会、経済、文化を支える貴重な人材だ。その子たちが帰国すれば日本の理解者にもなってくれるはずだ。彼らが平等に教育を受ける機会を保障するため、国が主導権を発揮するとともに、自治体も、もっと子供たちの現状に目を向けるべきだ。「学校に行きたい」という切実な訴えを無視する公教育などあってはならない。

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 ご意見をお寄せください。〒100-8051毎日新聞「記者の目」係/kishanome@mainichi.co.jp

毎日新聞 2010年10月21日 東京朝刊

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