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戦略分析 主任研究員 岩大路 邦夫 |
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◇拡大上海協力機構の台頭
上海協力機構の2大強国であるロシアと中国はこの協力機構の枠外にあったインドやイランなどに対する関係を強め、拡大上海協力機構としてその影響圏を南方に押し広げつつある。これにあわてたアメリカは急遽インドとの関係強化に努め、ロシア・中国との間に鍔競り合いを演じている。
■中露とインド間の軍事的接近
「インドラ2005」と名づけられたロシア・インド両軍による初の軍事演習が今年10月16日から19日まで行われた。ロシアは今年8月には中国との間で初めての大規模な合同軍事演習をしたばかりだった。中央アジアにおける国際テロへの対応がこの演習の目的と言われている。この演習には両軍から計2000人以上が参加した。ロシア、インドはロシア製ないしはロシアからのライセンス生産の武器を使用するため、合同作戦をしやすい環境を持っている。
また11月29日の中国軍機関紙「解放軍報」は、中国海軍のミサイル駆逐艦「深セン」を旗艦とする遠洋艦隊が30日、インド洋にてインド海軍と合同救難演習「中印友誼2005」を実施すると報じている。これは中国の中東・アフリカへのシーレーン(海上交通路)確保が演習の目的の一つとして考えられる。中国艦隊はインドに先立ちパキスタンとの間でもパキスタン海軍とアラビア海北部で24日、合同軍事演習を行った。
インドはアメリカとの間では既に2003年7月と10月には米印海軍共同演習を、2004年2月には米印空軍合同演習、同年3月から4月にかけて米印陸軍共同演習を行っている。また、同年7月にはインド空軍が米軍主催の多国間空軍演習にも参加している。今年になってからも6月28日、ワシントンでインドのムカジー国防相はラムズフェルド米国防長官と米印防衛関連の新たな枠組み文書に著名している。米国とインドが兵器の共同生産などを含む軍事面で戦略的関係を構築する内容となっている。
そのような両国の軍事的関係に中露が同じく共同軍事演習の形で割り込んできたのである。もっともロシアとインドの間には武器売買などで既にある程度の軍事的結びつきはできていた。ロシアは今回の演習を有意義だったと評価し、2006年、2007年も同様の演習を行う意向をインドとの間で確認し、また両国は輸出用の軍事システムの共同生産などで合意している。
■イランの台頭
ロシアはイラン向けの原子力発電所を今後6基建設する意向である。アメリカからの強い干渉をはねつけてロシアは今年2月イランの原子炉用の燃料の供給契約を交わした。その際ロシアはイランでの使用済み燃料は再びロシアに返却させることでアメリカの懸念を払拭するよう努めている。そして核兵器への転用可能なウランの濃縮をロシアに委託するようイランに要請し、濃縮技術のイランへの移転を防ぐため濃縮作業の現場にイラン側の立ち入りを拒否するなど、「イランにとっては厳しい内容」をイラン側に示している。これに対し、アメリカのバーンズ米国務次官は11月30日、このロシアの新提案に基づく交渉が失敗した場合、貿易や投資の規制を通じてイランに経済的圧力をかけるよう欧州などに求める、という姿勢を示している。
しかしアメリカのイランに対する警戒心の理由には原子力発電所や核燃料の問題だけではなく、イランが計画している石油取引所問題もある。
イランのアーセミープール石油相顧問は、今年7月26日新しく計画しているイラン石油取引所について「石油・天然ガス・石油化学取引所は、イラン南部のキーシュ島に、2ヶ月以内に開設され、石油及び石油化学製品の取引が開始される予定だ」と語っている。現在はこの取引所の開始は来年3月と言われている。ロンドン国際石油取引所とニューヨークマーカンタイル取引所もそれぞれこの取引所の実行可能性を確認している。この石油取引所ではドルの代わりにユーロが決済に使用される予定であり、インターネットによる売買となる予定だ。これは当然ヨーロッパのバイヤーの興味を引くであろうし、またインドや中国とはバーター取引も行う意向だという。このようなイランの動きはドル支配体制を崩壊に導く動きとしてアメリカの強い警戒感を惹起している。しかしイランとしては格安の原子力発電と上昇する石油価格による収入の増大は国家財政を大きく潤すことになるため是非とも実現したいところであろう。
イランは確認されただけで126兆バレルの石油埋蔵量があり、世界第2の天然ガス埋蔵量を誇っている。このイランの石油輸出先の45%はユーロ圏の国々であるから、取引をしていないアメリカのドルを為替差損を蒙ってまでわざわざ使用するなんらの理由もないことになり、イランが石油の取引をユーロで行うということには正当性があると言えよう。
このようにアメリカに対抗姿勢を示しつつその存在感を拡大深化せしめているイランに対し、ロシアは対空ミサイルシステム「TORM1」約30基を売却する契約を11月末に調印した、とインタファクス通信が12月2日に報じた。このシステムは誘導ミサイルや軍用機などを低空で撃ち落とす能力があるとされ、契約の総額は10億ドル(約1200億円)以上に上ると言われる。
この報道の前日12月1日、ロシア軍のバルエフスキー参謀総長が「イスラエルは多数の核弾頭を長期間、保有している」と述べたニュースが流されている。同参謀総長は「米国は北朝鮮やイランの核計画については説明を求める一方、イスラエルの核保有には目をつぶり、二重基準政策を行っている」と批判し、さらに「米国はミサイル拡散防止体制を利用して、ロシアを含む(武器輸出での)競争相手に圧力をかけようとしている」と述べ、ロシア製地対空ミサイルなどのシリアへの供給に反対している米国を批判した。これは翌日のイランに対する地対空ミサイルのイランへの売却報道に対し、アメリカがくちばしを挟むことを前もって牽制する狙いからだと言えそうだ。
■中央アジアから締め出されるアメリカ
今年3月アメリカのNGOであるフリーダム・ハウスなどの民主化促進活動のためキルギスのアカエフ政権が崩壊に導かれ、ウクライナなどの政変から継続しているアメリカのカスピ海周辺地帯での民主化支援活動は中央アジア方面に拡大してきているようだった。こうした活動は、旧ソ連圏各国の民主化促進を支援することを目的とした1992年の「自由支援法」に基づいて、米国家予算からその予算が出ている。
キリギス向けの予算は国務省の国際開発局(USAID)を通じて、2005会計年度で3300万ドルに上ると言われる。そのアメリカはウズベキスタンでは強権政治を行うカリモフ政権を支援していたため5月に同国で起きた暴動でその対応が注目されたが、カリモフ政権と提携して進めていた「対テロ戦争」より「民主化」を選択する決定をしてカリモフ政権を非難、「何百人ものデモ参加者が軍の暴力で殺害され、厳しい態度を取らざるを得ない」と指摘、ウズベク政府に強硬姿勢で臨む考えを示した。ところがこの暴動騒ぎで難民多数がキリギスに流入したため、キリギスのバキエフ大統領代行は難民の中に含まれているとされる暴動参加者やイスラム原理主義組織メンバーらの流入が政情不安定化につながることを懸念し、治安維持のためのロシア軍展開を要請したため、1000人規模のロシア軍基地の建設が決められた。
更にウズベクもキリギスも9・11同時多発テロ以降の両国における米軍基地の存在を臨時的なものと認識していたため、このあからさまな中央アジア地域でのアメリカの「民主化」運動に懸念を深め、7月5日にカザフスタンで開かれた地域安保問題を協議する上海協力機構首脳会議で、その撤退時期の明確化を求める声明が採択されるなど、中露両国を中心に撤収要求が強まり、ウズベキスタンのアリエフ大統領は米軍基地の撤去を要請した。また7月10日のキルギス大統領選で圧勝したバキエフ大統領代行兼首相も翌11日、米空軍基地の存続を見直す方針を明らかにした。
これらの各国の動きに対し米軍はウズベキスタンからトルクメニスタンに基地を移転させるのではないか、という見方があったが、トルクメニスタン外務省は9月7日「トルクメニスタンは中立国であり、軍事同盟への加盟や外国の基地を受け入れることはない」との声明を発表、同国内への米軍基地受け入れの観測を否定している。いずれにしても、アメリカはダニエル・フリード米国務次官補が9月27日、駐留米軍の撤退を求めているカリモフ政権の要請を「尊重する」と述べ撤退を受け入れたことを明らかにしている。
この動きと反対にロシアのプーチン大統領は11月14日ウズベキスタンのカリモフ大統領と会談し、両国間の同盟関係に関する条約に署名し、軍事協力の強化を確認した。この条約は安全保障上の脅威があった場合、相手国の軍事施設使用を認めるというものである。
■インドネシアに対する米ロ軍事支援合戦
10月28日ロシアの太平洋艦隊のヴァリャーグ号、アドミラル・パンテレーエフ号、アドミラル・トリビューツ号の3艦を含む5隻がインドネシアのタンジュン・プリオク港への表敬訪問をなした。これはロシアとインドとの間で行われた4日間に及ぶ合同軍事演習の延長線上で行われたものだ。この時この太平洋艦隊の副司令官、セルゲイ・アヴラメンコ中将はインドネシア海軍の戦力と機動性向上のため合同軍事演習をする準備があると発言している。
その後11月19日、APEC首脳会議の機会にユドヨノ・インドネシア大統領と会談したロシアのプーチン大統領は「テロとの戦い」でインドネシアとの協力関係を継続発展させるつもりだと発言した。インドネシアの防衛力構築のより一層の支援を約束、技術の移転にも合意した。インドネシアはスホーイなどの軍用機をロシアより購入している。
これに対し、米国務省は11月22日、インドネシアに対してこれまで禁じてきた軍事支援の再開を発表した。テロとの戦いや海上交通の安全保障を支援する目的で、インドネシア国軍の近代化に資する援助を供与するという。
これもインドの場合と同様、ロシアがインドネシアに接近してきたことにあせりを感じるアメリカが急遽今までの方針を変更した結果である。というのも米議会はその前の週、インドネシア国軍の人権侵害などを理由に、殺傷力の高い兵器の禁輸継続などを決めていたのを、ブッシュ政権はこれを無視して軍事支援再開に踏み切ったからだ。
■イラクとロシアの関係
イラクでのアメリカの立場は困難になる一方だが、イラク当局も現状を抜け出す方法を模索している。その中で注目されるのは、ロシアへの接近である。
イラクのゼバリ外相は訪問先のロシアで11月23日、シリアと友好関係を持つロシアに対し、シリアからの武装勢力浸透に対し、シリア指導部を説得すべくその影響力を行使して欲しいとロシアのラブロフ外相に要請した。シリア領内に潜む武装勢力の摘発活動をイラク警察が行えるようシリア指導部に提案する計画があり、その実現に向けてロシアの支援が必要であるという。このロシアの支援の見返りに、ロシアがフセイン政権と取り交わした契約に関るものの内、適法なものについてはその履行を保証すると述べた。又イラクに対するロシア企業の今後の投資チャンスとそのメリットについて説明し、更にルクオイル社のアレクペロフ社長とも会見し、イラクにおけるルクオイルのプロジェクトについて話し合いを持った。この計画とは1997年に生産分与契約の方式で契約されたコンソーシアムのことで、ルクオイルは68.5%の出資率を持つ。その後に起きた湾岸戦争のためイラクに対する制裁措置が取られたためこのプロジェクトは実現しなかったのだが、ルクオイルはイラク新政府との間でその復活を話し合う意向を示していたのである。
イラク政府がロシアの支援を要請した背景には、アメリカのイラク政策の失敗という事情があり、アメリカが名誉の撤退をするためにもアメリカ以外の勢力の積極的介入が必要となっているという認識がイラク政府にあるからだ。その筆頭に上げられるのがロシアであるということであろう。イラクの安定化にはシリアとイランとの間の協調関係が不可欠だが、その両国に対し良好な関係を持ち、影響力を行使しうる大国としてロシアがある以上、そのロシアに協力を要請することには当然だということになる。
このイラクの石油をシリアで精製するという計画が取り沙汰されている。ロシア、中国、フランスの企業がシリアに石油精製施設を建設することを目指している。フランスのトタル社は7万バレル/日の生産能力を持つ8億ドルの石油精製工場の建設をシリア政府に申請することになっているという。また中国とは12億ドルかけて14万バレル/日の生産能力の石油精製工場を建設する計画についての覚え書きを交わした。
これはアメリカとイスラエルが計画している、イラクのモスルからイスラエルのハイファまでパイプラインを敷いて石油を引っ張ってきて、ハイファで精製し輸出する計画と似た計画となる。このシリア石油精製のプロジェクトもイラクからアメリカの影響力が減少するということを見越してはじめて可能となる計画だ。
このように既にイラクにおいてさえ、「アメリカ以後」を見越しての思惑が散見できるようになっているのである。
■「ユーラシア枢軸」の完成
石油収入の増大で力をつけつつあるロシアと、世界の工場となり経済発展著しい中国が2大中心軸となっている上海協力機構は、インド、パキスタン、イランを準メンバーに加えユーラシア大陸を大きくカバーする領域で「ユーラシア枢軸」と言える同盟体を形作りつつある。
9・11同時多発テロ以後のアフガン攻撃時、一時このユーラシア大陸中央部に位置する中央アジアのタジキスタン、ウズベキスタン、キルギスなどに軍事基地を設けたアメリカは、イラクでの躓きを契機としその中央アジア方面から締め出されつつある情勢があり、更にはイラクからも撤退を余儀なくされそうな情勢となりつつある。従ってこのままアメリカのイラクからの撤退が進行するとなると、ユーラシア枢軸がほぼ完成するような情勢となる。日本はこのように流動する国際情勢に対し、積極的、主体的かつ戦略的な動きをとる必要がいよいよ増してきていることを理解すべきであろう。
■ロシアに対する日本のとるべき姿勢
そこで忘れてならないことは、ロシアは対中国政策では重要な切り札となるということである。ロシアは潜在的には中国に対し脅威を感じている、ということを理解しなければならないだろう。その脅威の源は中国の13億人の人口であり、満州との国境線の長さであり、増大著しいその経済力である。すでに毎年大量の中国人労働者や行商人がシベリア地方に流入しているが、これがロシアにとっては脅威となっている。全ロシア世論調査センターが8月に実施した調査では、中国人労働者の極東・シベリア開発への参加に66%が危険だとして反対し、中国人の自由往来についても「制限すべき」が69%に上っており中国脅威論が社会に広がりつつあるという。ロシアはかつて「タタールのくびき」と言われる、モンゴルによる征服を体験した民族である。今やその遠い昔の記憶がよみがえりつつあると言える。
従って、現在は協力的な側面が多く見られるとしても、ロシアが中国を友好国として見ているかというと実はそうではない一面もあるのである。例えば今回の中露軍事演習の際にも、ロシアのブレーミャ・ノボスチェイ紙は「演習中、中国軍の秘密主義が目立った。ロシア側は中国人記者の自由な取材を認めたが、中国側は記者登録したロシア人記者の取材を制限し、部隊への接近を拒否した。ロシア軍の高官が中国側に掛け合い、辛うじて一部の取材が認められた」と伝えているが、ロシア側の中国側に対する不信感が出ている。また、コメルサント紙は、「中国はロシアを利用して自国の戦略ゲームを展開している。米国の一極支配に反対しロシアを仲間に引き寄せた。ロシアは知らぬ間に中国の軍事同盟の一員の役割を果たしている。ここでは、ロシアが弟分となる」と書き、中国の台頭を快く思ってはいない事情が伝わってきている。更に演習を見守った中国の曹剛川国防相が「両軍は合同作戦を遂行する能力を高めた」と成果を誇示したのに対し、イワノフ・ロシア国防相は「ロシアは中国と軍事ブロックを構成する意思はない」と述べ、中国との接近には一定の距離を置く姿勢を示している。
日本はこのようなロシアの立場をよく理解し、ロシアが脅威と見る中国の背後にある日本という、経済的には世界第2位の実力を持つ国家に対し、将来中国を牽制するために必要となる潜在的戦略的パートナーとしての位置づけを持って見ていると理解すべきなのだ。むしろ中国よりか日本の方が信頼できる、と考えているはずである。
今回プーチン大統領が100人もの経済人を率いて日本を訪問したのも、日本との協力でロシアの経済発展を期したいという姿勢の表れであり、日本に示した明確な友好のサインである。それはつまり中国の経済発展に対する対抗意識から出てきていると理解すべきであろう。そのロシアの中国と日本に対する見方と同じ見方を日本がロシアと中国に対して持つ必要性があるのだ。つまり中国を牽制する立場にロシアが立っているのだから、日本はロシアとの関係を良好に保つ必要性があるとなる。更には北朝鮮の核・ミサイル問題や拉致問題の解決を考えても、ロシアとの関係が大きな影響力を持つことを考えれば、ロシアカードを真剣に考慮すべき時が来ていると言えるであろう。 −了−
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