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再生へのシグナル:壊れる生活2 救急医療、都市でも崩壊 医師不足、36時間労働が横行

大和君を手術した後藤医師。一刻一秒を争う現場で小さな命が助けを求める
大和君を手術した後藤医師。一刻一秒を争う現場で小さな命が助けを求める

 延々と連なる赤いブレーキランプに焦りが募った。激しく渋滞する熊本市の国道3号。ベビーシートにいた生後6カ月の長男大和(やまと)君はもはや母乳を吸う力もない。熊本県山鹿市の主婦、豆塚愛子さん(36)は運転席の夫に叫んだ。「お父さん、急いで!」

 4月の朝、大和君は38度の熱を出し、意識を失った。駆け込んだ近所の診療所で「入院可能な専門医療機関に」と言われたが、山鹿市にはない。約30キロ離れた熊本市の大病院には「ベッドの空きがない」と断られた末、マイカーで約1時間20分かけて同市の熊本地域医療センターにたどり着いた。診断は髄膜炎。緊急手術で一命は取り留めたが、執刀した後藤善隆副院長(60)は言った。「あと少し遅かったら危なかった」

 山鹿市で小児救急を担っていた市立病院から小児科医がいなくなったのは07年。以降、非常勤の医師が週3日診察するが、夜間診療や入院を伴う2次救急は閉鎖された。

 きっかけは04年度に導入された新医師臨床研修制度だ。研修先を自由に選べるようになった研修医が大都市に流れ、医師不足を懸念した熊本大が、市立病院に勤める出身医師を引き揚げたのだ。

 市立病院の常勤医は23人から一時半減し、勤務状況は激変した。小児科長だった松本真一医師(51)は、地域の子供のヘルスケアに力を注いできたが、専門外の成人救急もカバーし、夜間総合当直も頻繁に回ってきた。「辞めたくなかったが、疲れた」。07年10月、市立病院を辞め、同県合志市で開業した。

 医療現場が医師不足と過重労働にあえいでいる。厚生労働省の調査では、医療機関(19床以下の一般診療所を除く)で働く医師は2万4000人足りず、現在の1・14倍必要だ。人口当たりの医師数は経済協力開発機構(OECD)加盟国平均の3分の2で最低レベルだ。

 背景には国の財政赤字解消の優先がある。「医療供給の合理化」をうたった第2次臨時行政調査会答申(82年)を受け、政府は膨れあがる医療費を抑えるため医師数抑制へと医療政策を転換した。07年度まで医学部定員を減らし、新研修制度により地方から医療が崩れ始めた。

 都市部も例外でない。北部九州のある救急病院。時間帯に関係なく患者が運び込まれ、医師と看護師の格闘が続く。当直は月4~5回。そのまま日勤も続け、36時間勤務はざらだ。自律神経が崩れ、睡眠剤なしでは眠れない。激務に見合う給与や、より高度な専門医療の現場を求め、この1年で半数以上の医師が去った。残された医師の仕事量はさらに増え、当直は倍近くに。30代男性医師は久しぶりに帰宅したベッドから朝、起き上がれず、10日間まともに寝ていないことに気付いたという。「今の現場じゃ、脳死患者の臓器移植に対応できるだろうか」と弱気になった。

 地方から医師が消え、そのしわ寄せが都市部にも重くのしかかる。馬場園明・九大教授(医療経営学)は「必要とされる医療に国が人もカネも投じなかったツケが回っている」と指摘した。政府は見直しに着手したばかりで、妙案はまだ見えない。【阿部周一】=つづく

2010年10月26日

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