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[19216] 【ネタ】境界線上の全竜殺し(境界線上のホライゾン オリ主)
Name: navi◆279b3636 ID:f6c0fcae
Date: 2010/07/24 13:17
こんにちはnaviです。
メダSSの書き直しの折のつなぎですがお楽しみいただけると幸いです。
なお、スパロボネタやオマージュがたぶんに含まれますのでご注意を。

7月24日 正式タイトルに変更



[19216] 境界線上の中途半端(配点:参入)
Name: navi◆279b3636 ID:f6c0fcae
Date: 2010/07/24 13:35
「おい! ちょっとこっちにきてくれ!」
 一人の男が声を上げて叫んだ。
「バカヤロウ! 未開地域で叫ぶとか何考えてんだ!」
 アンタも叫んでるよ、という突っ込みはスルーされた。だが、
「こっちに赤ん坊が居るんですよ――、人間の!!」
 誰もが、はあ? と顔をゆがめた。ここは東北、シベリア未開地域。まだ、聖譜の関係からあまり開発も進められていないまさに未開地域だ。珪素系生命体や亜人が住んでいることから人間にとってはまさに危険な土地だ。だというのに、こんな場所に赤ん坊なんて居るわけがない。
「幻覚か? 幻覚なんだな? だからきのこはアレだけ食うなといったのに」
「本当ですよ! ほら」
 巨大化した木々を軽く掻き分けて奥に行き、何かを抱きかかえる。
「だから、それは幻覚……、嘘だろ?」
 一人の防護スーツを着込んだ男性に抱きかかえられたのは確かに人間の赤ん坊だった。赤ん坊は死んでいるかのように目を瞑り、眠っている。だが、心臓は確かに血をめぐらせ、寝息が命の重さを感じさせる。
「A班、全員キャンプに戻るぞ、子供の居る奴は手伝え、ぐずらせた奴は――そうだな、IZUMOの売店で売られてるスペシャルおばあちゃんのゴマ味噌ペッパークリームコロッケパンちょっぴり切ない恋の味風味を食わせてやる」
 ひい、と誰もが声を上げた。スペシャルおばあちゃんシリーズはIZUMOの食料開発部で作られている名物料理である。うたい文句は『これを食べれば何処へでもトベる』。奇妙な物好きにはたまらない一品だ。
「さあて、どうしようかねえ」
 問題はつれて帰ってからだ。IZUMOにつれて帰れば、誰もが騒ぐだろう。誰の隠し子だ、と。それはまだ良い、最悪サンプルとしてばらされ……、
「――ないない」
 男は頭をふった。むしろ、奇妙な知恵をいれられる可能性のほうが高い。
「はあ、引き取り手どうするかねえ」
 男は一言ぼやいた。

  ※

 ――十八年後、極東
「おぉぉぉおおおぉおぉ!!」
 一人の少年が拳撃を振るっていた。既にその速さは超高速、目に追うことが出来ないほどの速さで振るわれている。だが、
「甘い甘い」
 それをたやすく防いでいるのは一人の女性だった。胸には『真喜子・オリオトライ』と記されたネームプレートがある。オリオトライが持っているのはIZUMO製の製品の長剣である。特徴的な柄のそれは斬撃重視の一刀だ。それを使い、反らすよう、なでるように少年の拳撃を受け流しているのだ。
「隙ありぃい!!」
 拳撃のフェイントから織り交ぜるように放った蹴り。だが、それを見越していたかのようにオリオトライはその蹴りを長剣の腹で受ける。吹き飛んだ。だが、ダメージはないだろう。少年は思う。蹴りに重さを感じられなかった、と。おそらく、自分から後ろに飛ぶことでダメージを受け流したのだ。
 ――この化け物め!
 内心で悪態をつく。先程からの拳撃は通常人間の倍以上の内燃排気をつぎ込んだ高速打撃だ。
「ヤタ、流体炉をフル稼働、コード打ってくれ」
『了解』
 ヤタ、と呼ばれた烏型の走狗が小さく呟くと表示枠が表れ、そして何かを書き記す。
『流体炉リミット――解除、内燃レベルをフェイズ3に移行。
 擬似流体脈――正常稼動。
 擬似神経――痛覚の遮断完了。
 人工筋肉――20%から80%までリミット解除。
 フルドライブモードに移行――完了。
 コード入力――完了』
「行くぞ」
 少年の体から流体光があふれ出した。纏った流体光は薄く発光。そして、少年は構え、
「コード――麒麟!!」
 言葉と同時、脚を一瞬でバネのように収縮させ、飛翔、振り上げた両腕から凝縮された流体が飛び出した。

  ※

「うわ! こんなに贅沢に排気できるなんてうらやましいわ」
 凝縮された流体を見てオリオトライは呟く。上から雨霰のように降り注ぐ光弾を見れば嫌でもそう思う。それ全てが流体で構築されていることを考えれば本来は人間の出来る範疇外のことだ、もしかしたら魔神系より多く排気できているかもしれない。だが、
「む、まだまだ密度に差があるわね」
 身を翻すように光弾を回避し、時に剣であしらいながら冷静に点数をつけていく。
 衝撃、
 大地を割らんばかりの衝撃がオリオトライを襲った。目の前には少年。
 ――流石風紀委員、火力は段違いね。
 だが、
「教師として、まだまだ負けらんないのよね」
 オリオトライは拳撃の隙間をぬい、少年に蹴りを飛ばした。

  ※

 一筋の光が疾走する弾丸の如く煌いた。その光は轟音を立て、一つの建物を崩壊させた。

  ※

「まっつあん、大丈夫?」
 間延びしたような声、ブラックアウトしていた意識が徐々に取り戻されていく。
 二人の少女だ。一人は美しい金色と陽光をより結んだような金髪と青天の光を結んだかのような金の翼を持ち、端整な顔には笑みを貼り付けている少女。腕章には“第三特務 マルゴット・ナイト”とある。
 もう一人は対照的に均整な顔を仏頂面にした少女だ。こちらは漆黒の闇と月光を編んだような深い黒髪と、夜の黒で出来ているかのような翼を持っている。こちらの腕章には“第四特務 マルガ・ナルゼ”とあった。
「双嬢(ツヴァイフローレン)か」
 頭を右手で掻きながら上体を起こす。と、一つ咽るような咳を一つする。妙に埃っぽい。見回してみれば、
「……廃墟?」
 ここは廃墟だった。崩れ落ちた建物の残骸が痛ましい。
「何で俺はこんなところに寝てるんだろうか」
 首を捻る。
「……アンタ、模擬戦の事覚えてないの?」
「模擬戦? ――あ」
 思い出す。先程まで行われていた模擬戦だ。最後の最後、技を出し切ることなく終わってしまった。思い出すだけで腸が煮えくり返りそうだ。
「クソ……、結局今回も一打すら入れられずに終わりかよ」
「ま、仕方ないわね。まあ、あの蛮人にあそこまで詰めることが出来るのは風紀委員のアンタくらいよ、そこは褒めてあげるわ」
 驚き、
「ハ、あの白嬢(ヴァイスフローレン)が黒嬢(シュバルツフローレン)以外を褒めるとはな。明日は槍か?」
「失礼ね、私だって人は褒めるわよ――、そうよね、マルゴット」
 うん、とナイトは言い、
「ガッちゃん裏は打算と欲望ばかりだけどね」
「黒いな、お前」
 ナイトはまあまあ、と手を振った。
「んで、何で双嬢がここに来てんの? ――まさか」
 はっ、と何かに気づいたかのように、
「俺に惚れた?」
「馬鹿言うのは止めなさい」
「まっつあん、それは流石に妄想が過ぎると思うんだ」
 双嬢は即座に否定。だよなあ、と笑い。
「んで、結局なんでここに居るわけだ? まだ授業中だろうに」
「んー、話すと結構短いんだけど」
「短いのかよ」
「まっつあんが、模擬戦で気絶したんだけど、あの後誰もまっつあんが気絶してるのを覚えてなかったの。それで、教室に戻ってからソーチョーが『あれ、イッチーは? サボりか?』って言ったからみんなやっと思い出したんだよね」
 黒髪の少女がペッとつばを吐くようなしぐさをし、
「そんで、あの蛮族教師が『ナルゼ、ナイト、ひとっとびして様子見てきてくんない?』なんていうもんだから私達がとばっちり喰らっちゃったわけよ」
「あー、そりゃ悪かった」
 ばつが悪そうに頭をかく。立ち上がり、
「ま、そういうことなら先に戻ってくれ、さっさと戻るから」
 軽いストレッチで体をほぐす。屈伸、伸脚、アキレス腱を伸ばし、軽く飛び跳ね、
「じゃあ、行くとしますか――、ヤタ」
『ああ』
「こっから教導院まで二十分で戻るぞ」
『了解、排気量は?』
「任せる」
『了解』
「じゃあ、行こうか」
 身をかがめ、クラウチングスタートの体勢を取り、野獣のような笑みを見せ、
「Get Set Ready?」
 ――GO Ahead!!
 疾走した。


  ※

「おーおー、今日も頑張ってるねえ、正宗君は」
「Jud.、ですが、あまり看板を傷つけないでほしいものです。――以上」
 展望台デッキには二つの影があった。一人はキセルを加えた壮年の男性。胸には“武蔵アリアダスト学院長・酒井・忠次の文字が入ったプレートがついている。もう一人は女性だ。侍女服を纏っており、方には“武蔵”と記された腕章がある。
「それにしても、彼がここに来てからもう十八年にもなるんだなあ」
「ええ、当時は聖連が荒れに荒れたと記憶しています。――以上」
 酒井はふう、と一息つき、
「厄介払いのためにここに送りつけられてきたと思えば、今度はまた新たに厄介を押し付けられる。なかなか難儀なモンだ」
「ええ、十年前、極東とP.A.ODAが正式に同盟を結んだのとほぼ同時に雑賀・孫一と伊達・政宗の分割襲名を行い、P.A.ODAへの牽制としての役割を持っていたと記憶しています。――以上」
 分割襲名は雑賀・正宗にのみ適応される特別な襲名方法だ。雑賀・孫一と伊達・政宗の名をまさに分割して襲名しているという本来ならば考えられない襲名方法でもある。
「まあ、正宗君もなかなかのやり手だがね、確か襲名の時に銃器の使用権をもぎ取ったんだっけ?」
 酒井は思い出す。十年前、まだ八歳だった少年が聖連の大人相手に『雑賀・孫一は銃器を使用したのだから歴史再現的に自分が銃器を持つのは何の問題もない』などと嘯き、賄賂に搦め手、と聖連で大立ち回りを繰り広げたのはなかなか痛快な記憶だ。結局、最後は権利を金で買っていたが。
「正宗君が政治系の人間だったらねえ」
「Jud.、ですが、雑賀様はそれを望まないでしょう」
 酒井は知っているよ、と立ち上がり、
「んじゃ、そろそろ俺は戻るよ」
「どちらへ」
 首だけを後ろに向け、
「ん? ああ、ま、面倒だが準備って奴さ。手土産の一つも持っていかんと格好もつかないだろう?」
「そうですか、ではお適度に気をつけ下さい。――以上」
 へえへえ、と酒井は右手を振った。

  ※

 授業が終われば放課後である。それはどの教導院でも変わらないことだ。
 雑賀・正宗の放課後はほぼ毎日同じサイクルで行われている。仕込みをしたり、掃除をしたり、とそんなところだ。
 入り口に向かい自作した暖簾を下げる。喫茶『漢』それが雑賀の経営している店の名だ。その名の通り、女人禁制の男子の楽園だ。客層は主に三十~四十代の男性が多い。嫁の料理も上手いが、一人暮らしのときに自炊した料理の味を懐かしみに来る人が多い。また、彼女の居ない男性なども入り浸る。
 それなりに凝った酒場風の店内を見回し、
「掃除は完璧、と」
 額の汗を拭いた。後は開店するだけだが、汗を掻いたままでは衛生面的にはよろしくないだろう。
 ――風呂にでも入るか。
 適当に十分も入ればいいだろう、と店内の奥に引っ込もうとしたときだった。
「やっほー、いっちーいるかー?」
 馬鹿みたいに大げさな開閉音を立て入ってきたのは一人の少年だ。茶髪に着込んだ鎖付の長ラン制服といえばどこか不良を想像してしまいそうだが、浮かべている笑みと発している人のよさそうなオーラが不良ではないことを認識させる。
「総長か、一応まだ開店じゃないんだが?」
 総長、と呼ばれた少年は笑い、
「トーリで良いって言ったろーいっちー、ってそんなことよりもさ、今日は俺の告白前夜で騒ぐから夜学校集合な」
「ははは、俺の都合は無視でございますか? このヤロウ」
「おいおい、いっちーもっと愛想良くいこうぜ? そんなんだからナルゼの同人のネタにされるんだぜ?」
「ファック! この前出回ってた俺×シロジロの同人の出所はアイツか!!」
 そう怒るなよ、と総長――、トーリは言う。
「ったく、白嬢のアマ、報復覚悟してろってんだ」
 悪態を吐き、トーリを見て、
「んで、集合は何時だよ」
 問う。
「ん? 八時ごろからだな、それまでに集合しないと何かが起こるぜ?」
「へー、そりゃ怖い」
 正宗はおどけてみせる。
 ――はあ、今日の店じまいは七時ごろか。
 正宗は苦笑し、
「七時半にはそっちに向かうよ」
「おう、じゃあまた後でな!」
 言うが速いがトーリは去って行く。
 ――相変わらず、元気のいい奴。
 走っていったトーリを見て呟いた。

  ※

 正宗が向かったのは武蔵アリアダスト教導院の昇降口に位置する場所だ。
「うぃーっす、って、ありゃ主賓は?」
 もう当たりは暗い。もう月が見える時間帯。明かりは橋や校庭上の灯篭と雰囲気はそれなりによい。
「雑賀か」
 反応したのは一人の男だった。無精ひげを生やした無表情の男は周囲は座っているというのに一人だけ立っている。腕章には“会計 シロジロ・ベルトーニ”とある。
「ああ、そうだ。と、会計、主賓が居ないのはどういうことだ?」
 主賓とは総長、トーリのことだ。今、みんなが集まっているのはトーリの告白前夜祭なのだからトーリが居ないというのは少々おかしいのではないだろうか。
「フフフ、雑賀は愚弟の居場所が知りたいのね? 知りたいのね? 教えないわ」
 言うのは極東以外ならばどんな男でも、時には女でも目を引くだろう女性だ。着崩した制服もいっそう美しさを引き立たせるアイテムとなっているあたりは脱帽としか言いようがない。風紀委員としてはそれを咎めねばいけぬはずなのだが、言っても無意味なのでそこは無視。
「横から言葉をありがとう。だが、一人で勝手に自己完結するのはどうかと思うんだ。賢姉殿」
「あら、私は貴方の姉じゃないわ。だからベルフローレ・葵と呼びなさい」
「はいはい分かりましたよ葵姉殿」
「駄目よ、雑賀。葵姉なんて、“青い姉”みたいで何処の亜人か分からなくなるじゃない。だからベルフローレ・葵よ」
「喜美ちゃんさいしょっから飛ばしてるねー」
「マルゴット、朝も言ったけど葵・喜美なんて、“青い黄身”みたいに何処の尻から生まれた卵かわからないわ」
 いや、分かると思うんだけどなあ、という呟きは当然の事ながら無視される。
 まあ、いいかと持っていた包みを輪の中心に置き、布を開く。中から出てきたのは少々大きめの重箱だ。五段に積み重ねられた重箱はそれなりに圧巻であった。
「む、雑賀殿これは?」
 問うのは口元を布で被った少年だった。大き目の鍔付帽子を深く被っており表情も良く見えない。腕章には“第一特務 点蔵・クロスユナイト”と記されていた。
「ああこれか? いや、総長殿が告白前夜祭なんていうもんだから祝い用の料理だな。まあ、そうは言ってもみんな夕食は食ってきただろうからデザート中心に軽食を突っ込んできた。味はそれなりに保障するぜ?」
「む、それはかたじけない」
 声の方向を見れば居るのは一人……? 航空系の半竜だった。半竜は神々の時代に高重力下でも活動できるよう己の肉体を改造したものを言う。現在は数が減り希少な種族、身も蓋もない言い方をすればレア種族と言うことになる。腕章には“第二特務 キヨナリ・ウルキアガ”とあった。
「それより、姫様は?」
「ネイトなら今日は来てないわよ」
 ナルゼは言う。
 姫様と呼ばれるのはネイト・ミトツダイラという半狼の少女だ。
 と、言うのも雑賀・正宗は雑賀と伊達を半分ずつ襲名している。諸説では雑賀・孫一と言うのは紀伊の鈴木家の頭首が名乗ったとされる名であり、雑賀・孫一と言うのは複数いるという説があるのだ。その中の一人に水戸松平、つまりネイト・ミトツダイラに使えたとされるものも居ることからネイトを姫様と呼ぶのだ。
「ふうん、まあ、良いけど。別に」
 勿論、姫様といっているからといって敬っているわけではない。雑賀は雑賀・孫一と同時に伊達・正宗を分割襲名している。故に、身分はほぼ対等でもある。
「――と、じゃあ、ご開帳と行きましょうかね」
 正宗は五段重箱の蓋を開く。おお、と誰かが声を漏らした。
 中に入っていたのは色とりどりの洋菓子和菓子だ。
「ねえ」
 一人が口を開いた。
「どうかしたかオーゲザヴァラー? アレルギーか? 小麦粉がいけないんだな? 大丈夫、安心してくれ芋羊羹もばっちり入ってるから」
 そう言って重箱を次々と開いていく。どこかから唾を飲む音が聞こえた。
「いや、そうじゃなくて、歴史再現的にそれはどうかと思うんだ」
「大丈夫だ。特別な材料を使った羊羹で誤魔化すから。それに、他の所だって基本的にそうだろう?」
 いいのかなーと呟くのは、会計補佐の少女、ハイディ・オーゲザヴァラーだ。
「いや、駄目なら捨てるけど?」
 重箱を持ち上げるとわあ、と女性陣が悲鳴を上げた。
「ちょ、それは流石にもったいないと思うので私達で処理させてもらいますよ」
 必死の形相で手を上げるのは大き目の眼鏡をかけた少女だ。周囲はナイスアデーレと賞賛を送る。
「まあ、冗談だって、最初ッから捨てる気なんてなかったし」
「ですよねー、そんなもったいないことするはずないですよね」
 眼鏡の少女、アデーレはほっと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、とりあえず新作から味見してくれよ」
 そういいながら皿にケーキをのせて分配していく。ザッハトルテだった。歴史再現で言うなら完全にアウトだが、見た目が黒いし特別な生地を使った羊羹とでも言っておけば何とかなるだろう。と、言うか大抵はそうやって誤魔化せているし、聖譜に出ていないからといって咎めるものもいない。誰だって美味いものを食いたいのだから見過ごすし、教導院でも目を瞑っている。原理としては同人誌が著作権だなんだと言われないのと同じようなものだ。
「へえ、ザッハトルテ。まだM.H.R.R(神聖ローマ帝国)の方に住んでた時に聞いたことはあるけど食べたことはないわね」
 ナルゼの言葉にマルゴットが相槌を打つ。
「ザッハトルテ自体は前から作れたんだけど、最近になってようやく人様に出せるレベルまで達したんだよな。まあまずくはないから食ってみてくれよ」
 フォークを入れザッハトルテを口に運ぶ。
 ――うん、美味い。
 今まで課題だった生地のしっとり感も上手に出せているし、チョコレートも甘すぎないし、食感も良い。口に残る甘さもしつこくないのにしっかりと余韻は残る。
 ――完璧だな。
 店のほうのレシピに加えても問題はないだろう。と、思ったときだった。
「ゲホっ!? 何これ、苦!?」
 ナルゼが咽た。思わず計画通りと笑みを深めた。
「うう、苦いよこれ」
 ナイトトも顔を歪めた。
「雑賀、アンタ一体何したの?」
 雑賀は笑い。
「ああ、すまんすまん。間違えて漢チョコレートケーキを渡しちまった」
 漢チョコレートケーキとは喫茶『漢』の名物料理の一つ。ビター百パーセントチョコレートを主な材料としており、とりあえず苦い漢の味のするチョコレートケーキだ。なお甘味は一切使われていない。  これを目当てにやってくる男も多い。だが、食べきれる男は多くなく、食べきれた男は真の漢として賞賛されるケーキでもある。
「雑賀! アンタ一体何か恨みでもあるって言うの!?」
「シャラップ! いつの間にか俺を同人ネタにしやがって」
「何よ、それくらい良いじゃない! 心の狭い野郎ね」
「俺はノーマルだっての! ったく、相手がベルトーニなんて嫁の報復が怖くないのか!?」
 やっだ、私がシロ君の嫁だなんて! と身をくねらせているハイディは無視した。
「まー、俺からの報復は以上。後で嫁からキッツい報復くらっとけ、ついでに双嬢はそれ食いきらない限り別のケーキには手を出すなよ。勿論」
「何それ!?」
「私も!?」
「勿論。俺のモットーは連帯責任だしな」
 横目で見ればザッハトルテを完食した面々は好きなケーキを各々選んで食している。うわミルフイユですよミルフイユだとか、この最中美味いさねだとか、この羊羹売り物にしたら相当売れるかもだとか、この饅頭美味すぎで御座るだとか、このポルポロン見たこと無い故郷の味を思い出させてくれるだとか、なかなか好感触な観想が多い。
「まあ、男でもなかなか食いきれる奴もいないし食いきれなくて当然なんだろうけどな」
 少々意地が悪すぎるかななどと思いながらも、これ位の報復は当然だろうと思う。この前後輩の女子に寝取りですかと言われたときは本気で首をつろうと思ったのだ。これくらいは軽い方だろう。
「ぶほぅ!?」
 と、一人が噴出した。
「あ、言うの忘れてたが。それ上杉露西亜式ルーレット(ロシアンルーレット)で中に漢料理が含まれてるから」
 誰もが唖然とした。
「おーい、悪い悪い遅れちまったぜ、って俺を除いて美味そうなもんくってんじゃねえか! くそ、これが仲間はずれって奴か!? 断固として俺は拒否するぜ!!」
 その唖然とした状態の中、現れたのはやけにテンションの高いトーリだ。
「お、総長か、とりあえず落ち着け」
「ひゃっほう、いただきまーす。――ぶは!? マズ!? これはアレか!? なんだ!? 俺の未来予想図か!? 振られた俺の涙の味なのか!?」
「うはあい、一人突っ込みご苦労さんだから落ち着けまず頼むから」
 結局、場が収束するのはケーキがなくなる頃だった。

  ※

「もう少し負からないか?」
「駄目だ、このラインが最低限度だ。これ以上は負からん」
 正宗とシロジロはどちらも真剣な表情で表示枠を睨み合っていた。
 今行われているのは交渉である。
 取引されているのはチョコレート。新商品のザッハトルテに使われるチョコレートだ。
 一概にチョコレートといっても風味が変われば味にも影響がでる。最高の風味を出すにはそれにあったチョコレートを選ぶのは当然である。
「清らか大市(サンメルカド)製のチョコレートは確かに人気だが流石に一キロ五千円はとりすぎだろう。三千百くらいがラインだろうに」
 清らか大市は三征西班牙(トレスエスパニア)の企業座だ。武神や武器などの評判はあまりよろしくないところもあるが、チョコレートの人気は高く菓子職人のリピーターも多い。
「馬鹿者、本来ならば一キロ七千は取ってもいいところだ。アルマダ海戦も近くあちらの物価も徐々に上がってきている状態で五千は本来ならばギリギリなのだからこれが限界だ。これ以上は負からん」
「いやいや、それだと今回のザッハトルテ一個に使われたのは二百グラムだから五個で一つ千円以上になっちまうぞ」
「あの味ならば千円以上取ろうとも問題はあるまいだろう」
 いやいや、と首を振り、
「あくまでこれは俺が喫茶で出すケーキだからそれじゃ駄目なんだよ。野郎の財布の中なんて大抵は寂しいんだぞ? 最高でも八百円じゃないと売れないんだよ」
「知らん。こちらも商売だ。利益が出ねば意味がないだろう」
 くそう、と歯噛みする。確かにシロジロの言い分も分かる。商人が利益を出さずに損を出すというのは基本的にあってはいけないことだ。もし損を出してしまえば他商人から舐められる理由にもなるし、付け入られる隙にもなる。故に、五千円というのは現在で言えば良心的な価格で売ろうとしてくれているのだ。だが、こちらとしてもそれでは商売上がったりになってしまう。三千円ならば何とか一つ千円以内で収めることが出来る。それでも八百円ほどにはなりそうであるが千円内ならギリギリ、デザートで千円以上にもなれば男性は買おうとは思わないだろう。
「それに、客層を限定しなければ、その腕なら千円以上でもすぐに女性は食いつくだろうに」
「それは駄目、絶対」
「何故だ? 料理人ならば多くの人に作った料理を振舞うのが喜びだろうに」
「あの場所はな、聖域なんだよ。普段、甘党だというのにギャップで苦しむ男性が一人でも入れるような店なんだよ。そりゃあ、女性に門戸を開けば客層は増えてそこそこ収入は出るかもしれないけどな、だからと言って男の憩いの場を奪うのは駄目なんだよ」
 力説してみるものの伝わらないだろう。もしも今、『雑賀×シロジロ』の件で折檻されているナルゼに聞かれたら確実にネタにされそうだ。
「そこまで安さにこだわるならば島津・アフリカ諸国の方から仕入れればいいだろう。あちらならば一キロ二千程だが?」
「駄目だ。試作したザッハトルテに一番あうのは清らか大市の方のチョコレートが一番だ。そこを譲ることは出来ない」
「ならば五千だ。びた一文負けんぞ」
 むう、と唸る。
 ――やっぱ、ここら辺が手打ちか?
 と、
「……一つだけ、そちらの条件で飲める案がある」
「何?」
「簡単なことだ。そちらで作ったザッハトルテを私の商会で売れば良い。一日そうだな、先程一日四十個売りたいと言っていた。ならば八キロで四万だ。一ヶ月で換算すれば百二十万にも上る。だが、そちらのほうでそれだけ売れるわけがないだろう。だが、私のほうの商会に流せば話は別になる。女性は基本的に甘いものに目がない。勿論、腕の良さもかかわってくるだろうが今日食した限りでは少なくとも千二百はつけても問題はないだろう。私が保証する」
 次々と表示枠に文字が映し出されていく。
「ハイディ、ベルトーニ商会で卸されているケーキ類の売り上げ女性平均は?」
 ん? と、ハイディはナルゼの折檻を止めてシロジロのほうを向く。
「えーっとね、ベルトーニ商会で卸しているケーキは種類は省くけど一日に大体五百個かな。ピンキリだけど平均だと大体六百円くらい。それで、一日で売れる個数は大体四百個で一日平均だと二十四万円だね」
「そのうちで千円以上のものは?」
「百個くらい。主な購買層は富裕層の女性かな。遊びに行くときのお土産なんかで買う人が多いみたいだね」
「――だ、そうだ。さて、ここで纏めると」
 ・シロジロは一キロ最低五千で売りたい。
 ・正宗は一キロ三千で買いたい。
 ・一キロ三千で売ると少なくとも二千円は赤字。さらに赤字が増えることも。
「と、なる。だからまずは私のほうで八キロを二万四千でそちらに売ろう。だが、これでは一万六千円分の損失だ。故に、この一万六千円はベルトーニ商会でそちらのザッハトルテを売り出して回収する。こちらに三十を卸せばいい。そうすればそちらの分の二万四千は回収できる。そうすればそちらで十個売れば三万二千となる。そして最低ラインとしてこちらは少なくとも一万六千の赤字を回収しないといけないわけだが、そうなればプラス五百五十円、だが利益のことも念頭に入れれば七百円。そちらの提示とあわせれば大体現時点では千五百円だ」
「いやいやいや、流石に千五百円だと売れないだろ」
 シロジロは鼻を鳴らし、
「それは売り場を考えていないからだ。売り場は富裕層の多く住む場だ。金持ちは金払いがいい、また、新しいものに目がない。金があるということはそれを手に入れる力があるということだからな。そこでならばまず売れないということはことはない。次は味だが、これも問題はない。あとは、大きさを半分ずつに分けて購買に売れば富裕層の子供が買っていく。千五百円だと手の出ないものも量と値段を半分にして売ればつい手が出てしまうというものだ。この三段構えで損失分は取り戻す。これならばどちらにも損失はなく、また利益を出すことも可能だ」
 流石商人だと感心する。金勘定は得意中の得意だった。
「ま、仕方ないよな、それが手打ちか」
 本当ならば働かなくても収入はくるし、多少の赤字なら何の問題もない。だが、それでも商売をやっているのだから赤字を出さないという気概くらいは必要だし、店を経営している以上赤字は出すわけにはいかない。ここら辺はプライドの問題でもあるが、本気でやらない道楽など道楽ではない。それが念頭だ。
「本当ならあんま店の外には出したくないけど、わがまま言うのは経営者として失格だしな。んで、輸送方法は?」
「こちらで手配しよう。そちらは朝のうちに三十個用意しておいてくれればいい」
「了解。まあ、なんだかんだ言ってこっちで売れるのだって大概安いのばっかだしな」
 あと、軽食と定食
「それにしても」
「?」
「先程食したザッハトルテだが、あれはどう見てもプロ並みの味だ。前に上級商人を相手に接客をしたことがあったがあの時出されたケーキと甲乙つけることの出来ない味だったが。あの技術は何処で習得したものだ? 一朝一夕で習得した技術ではあれほどの味は出せまい」
 ああ、と納得する。笑い、
「残念ながら企業秘密」
「まあ、残念ではないな。――その技術を習得できれば金にはなりそうだが時間とコストがかかりすぎる」
「俺も、人に教えれるほどの人間じゃねーよ」
 いや、人間でもないな、と小さく呟いた。

  ※

「えー、現在参りましたのは科学室、科学室でございます……、一人リポーターとか寂しすぎる!!」
 正宗が着ていたのは科学室だった。ぶっちゃけると一番行きたくないところだ。きっと肝試しなら音楽室、図書室についで三本目に入るだろう科学室だ。怪談話でも真っ先に、動く骸骨型機動殻とか有名な怪談スポットでもある科学室だ。
「くそう、クロスユナイトもウルキアガも裏切りやがって……」
 一緒に行こうぜ、と誘った瞬間背を向けた級友を思い出す。
『ははは、拙者図工室の方に向かおうと思ってるので御座る。故に、遺憾ながらそちらぬは向かえぬで御座る』
『ははは、奇遇だな点蔵、拙僧も図工室のほうに向かおうと思っていたところだ。まさに奇遇!!』
 言うが速いが、高速で二人は去っていってしまったのである。
「な・に・が、奇遇だバカヤロウ!! 普通、異端とか異端とか異端なんてこういう生命弄りまわしてそうな場所にこそ出るだろうがよ!!」
 木霊する自分の声にひぃ、と怯え、
「くそぅ、呪われたら化けて出てやる! 今度漢料理食わせてやるから覚悟しろよ、コンチクショウ!!」
 と、肩の方を何かに触れられた気がした。冷たい感触が制服越しに伝わってくる。
「は、はは」
 もう、後ろを見る気にはなれない。
 叫び、全速力で駆け出した。

  ※

 荒い息を吐きながら出たのは校庭だった。広い校庭には既に何人かの生徒やそれ以外の影が見える。ただし、中には全身タイツや何を言えば分からないようなコスプレをしている者までいた。
 ――相変わらず濃いな、ここは。
 このキャラに比べたら自分はまだまだ薄味だろう、と頷き、周囲を見渡し、
「あ」
 一人の少年だ。背丈は小柄で童顔、一見すれば少女のようにも見えるだろうし、実際女装させたらそれっぽく見えるだろうが、来ている男子制服がそれは違うと認識できる。
「これはこれは東殿でしたか、このような俗世によく御出でなさいました」
 そして、その少年、東はかなりの重要人物であった。それも超を百かけても足らないレベルの超大物だ。
「あ、相変わらずだね雑賀は。それよりも、素に戻ったら?」
「はは、ま、ばれてるよなあ」
「うん、ばればれだね」
 そう笑う少年を見て思う。
 ――これでも帝の息子なんだよな。
 力は封じれて入るが、正真正銘、帝の息子なのである。
 本来ならば京におり、俗世に出てくることはありえないのだが、諸事情により東はこの極東に来ているのである。
 ――それにしても、自分結構不敬罪な事考えてるよな。
 いくら頼りなさそうに見えて、実際は本当に何も知らなかったりするけれど……、あれ?
 いやいやいや、何考えてるんだよ俺、それは流石に馬鹿なこと考えすぎだろうに。
 一人でボケ一人で突っ込む様子はなかなか変な光景だったようであり、東は、
「雑賀、どうしたの? いきなりぶつぶつ呟いて。黒魔術?」
 風邪? とか、変なものでも食べた? と聞かないあたり、既に武蔵菌に軽度の感染をしていたようだった。
「いや、大丈夫だ。なんでもない、なんでもないから」
 軽度、というのは武蔵菌の感染者にしてはあまりにも視線が純粋だったからだ。
 いいなあ、と、思う。自分にもこんな純粋な時期があったんだなあということ思い出させてくれる当たりが自分の失ったものだろう。
「そのままでいてくれよ、東」
「?」
 わけの分からない顔をしていたが、出来ればそのままでいてほしいと願うばかりだった。
 と、爆発音が聞こえた。その音はどこか花火に似ている。だが、それは花火と言うにはどこか荒々しすぎた。
「火災か?」
「へ? 火事?」
 見るかと問えば二つ返事で了承がきた。きっと、火事も見た事がないのだろう。……想像してみればしょっちゅう火事と言うのもなかなか嫌な状況だった。
「よし、じゃあ見に行こうぜ?」
「了解であります、雑賀隊員!」
 訂正、武蔵菌の感染率は軽度ではなく中度であったようだった。
 駆け出す。不敬罪だと思いながらも東を抱え走り出す。
 これが、幕開けであるとはまだ知らなかった。



[19216] 境界線上の不安定(配点:状況)
Name: navi◆279b3636 ID:f6c0fcae
Date: 2010/06/16 10:52
「こりゃあ、派手だなぁ」
 左舷方向に見える各務原の山峰の上で焔が爛々と光を上げている。その周囲は三河を番屋の一番高いところだ。現在は三征西班牙の生徒が宿泊していたはずの場所だ。
 突然通信が入った。それも、通常の通神ではない。とある人物だけが使用できる高等機密秘匿回線での通神だ。
 内容は、
『急ぎ、体育用具庫にこられたし』
 たったそれだけの内容である。だが、それは正宗には絶大な拘束力を持っているものだ。
 Jud.、と返信し、
「すまん、東、少し急用が出来たんで俺行くわ」
「へ? あ? 頑張ってね?」
 ――いや、何で疑問系なんだよ。
 と、そんなことは良い。とりあえず向かうべきは体育用具庫だ。

  ※

 薄暗い倉庫の中、囁くような声が聞こえる。それは、恋人達が囁きあう愛の言葉などと言うロマンチックなものではない。もっと、物騒なものだ。
「出動?」
 黒髪をオールバックに纏めた少年、正宗は問うた。
 ああ、と向かう男性は答える。少々奇抜な格好ではあるが問題はない。
「うむ。現在、武蔵の住人は聖連の指示により三河に降りることが出来ない。ただ一人の例外を除いて」
「つまり、偵察と言うことですね?」
「その通り。麻呂としては少しでも早くこの火災の情報を手に入れたいのだ」
 情報と言うのは時として黄金以上の価値を持つときがある。それは聖譜そのものが表しているし、それは傭兵の顔を持つ正宗にもよく分かっていた。
 男性は言う。
「君にばかりこのような役目を押し付けるのは麻呂としても心苦しい。だが、麻呂も武蔵の平和を維持するために少しでも情報はほしい。だから、危険なのは重々承知しているが、麻呂の顔を立ててもらえぬだろうか?」
「いや、私も傭兵と言う身分でもありますし、私が銃器類を持つ条件に“雑賀・正宗は武蔵王の要請には必ず了承する”というのがありますからそういわれなくてもやらせていただきますよ」
「すまぬ。君を何度も危険な場に投入してしまう。――麻呂は見捨ててくれてもかまわぬ、だが、どうか武蔵だけは見捨てないでくれ」
「大丈夫ですよ」
 正宗は笑った。
「私は少なくとも、武蔵が好きですし、武蔵が危険になるのは私も嫌です。故に、ヨシナオ殿がこうやって指示してくれるのは私としてもありがたい限りですから」
「――すまぬ」
 再度、男性、ヨシナオは言うが。
「大丈夫ですよ、私は人より丈夫ですから」
 正宗は言うと、ヤタと一声かける。首もとのハードポイントから一羽のカラスが出てくる。勿論、ただのカラスではない。ヤタガラスである。
『正宗か、また荒事か?』
「偵察任務。見つかっても問題ないのは俺くらいだから行くだけだ。っつーわけで、流体供給を偵察モード(プリズム・ファントム)に切り替えてくれるか?」
『Jud.』
 正宗はその場から姿を消した。プリズム・ファントムは一種の迷彩である。低燃費で偵察任務などにはもってこいだ。
 そして、風が疾走する。強化した脚部での全力跳躍を行ったのだろう。ドアのほうは崩壊といっても足りぬほど崩れ去っている。
「頼むぞ」
 残ったのはヨシナオの声だけだ。

  ※

 爆発の起きた方面、つまりは新名古屋城方面に向かい、一筋の閃光が迸っていた。並みの人間では追いつくこともかなわないだろう。
「ヤタ、微細な振動を感知した。流体反応も見て取れる。一体何が起きているか分かるか?」
『おそらく戦闘だ。武装はかなり強力なものを使った上級近接武術師が戦闘をしている可能性が高い。――かなり高い確率で大罪武装(ロイズモイ・オプロ)級の代物が使われていると予想できる』
 大罪武装は神格武装という武装の一種だ。それ一つで戦略級の働きをする強大な威力を持っている。
「分かった」
 だからといって戻ることは出来ない。
 何故ならこれは偵察任務である。偵察任務についておきながら情報を一つも持って帰れないというのはあってはいけないことだ。
「ったく、嫌な予感がするぜ」
 大罪武装級の武装が使われているという時点で既に八割は嫌な予感が当たっていることだろう。
 歩を進める。進めた一歩ずつに段々と振動は大きくなっていく。
 舌打ち、そして軽く唾を飛ばしながら走る勢いを深めた。
 やがて光が見える。術式を使用したときに見える光と火炎の暑苦しい光が合わさっている。
「おいおい」
 奥、見えたのは戦闘だ。巨大な武神、三征西班牙製の武神と相対しているのは一体の女性型自動人形だろう。本来ならば圧倒しうるはずの武神が自動人形に圧されている時点で驚愕に値した。だが、それだけではない。
「あれは――」
 槍を構えた壮年の男性。見た事がある。いや、かなり有名な人物だ。実際にあったこともある。
「――本田・忠勝!?」
 何故いるのかは分からない。だが、強化した視覚素子を望遠モードに設定して細部まで確かめるが、幼い頃に出会った本多・忠勝に間違いなかった。自動人形のほうはおそらく鹿角だろう。彼に付き従う……? 自動人形は彼女しかいない。
 聞こえた。
 
 ――結べ、蜻蛉切り。

 同時、一機の武神が崩れ落ちた。武神の右足と右腕が中ほどまで裁断されていた。
 ――これは。
 これも、聞いたことがある。蜻蛉切り。神格武装の一種だ。
 なるほどね、と思う。確かに上級近接武術師が戦っている。
 と、突然鹿角の胸に穴が開いた。大体指先ほどの大きさだと見て取れる。
 本田・忠勝と男性が相対したのだ。金髪の青年は擬似脳の一部に保存されているデータと一致。
「三征西班牙 教導院アルカラ・デ・エナレス所属“神速(ヴェロシダード・デイオス)”ガルシア・デ・セヴァリョスの襲名者か」
『ああ、そのようだな。また、西国無双 立花・宗茂の二重襲名者でもある』
「あれが、八大竜王……」
 八大竜王、それは大罪武装を持つものに与えられる称号。強者の証であり、聖譜顕装(テスタメンタ・アルマ)という聖譜の持つ能力を転用できる武装とほぼ同等の力を持った武装を持つ絶対強者。
 肌が震えた。離れていても、強者の波動、とでも言うものは肌に伝わってくる。
「たしか、三征西班牙に渡された大罪武装は二つ『悲嘆(リピ)』と『嫌気(アーケディア)』だったな。どっちか分かるか?」
『少し待て、音声を拾う』
 走狗のヤタが収音を開始する。
 そして、
『分かった。聞こえた音声によれば八大竜王の持っている大罪武装は悲嘆のほうだ。名称は悲嘆の怠惰(リピ・カタスリプシ)。そして、もう一つ面白いことが分かった』
「なんだ?」
『本田・忠勝の持っている神格武装 蜻蛉切り、あれは悲嘆の怠惰および怠惰な嫌気の試作品だ』
 つまり、武器だけならば親子対決という状況なのだろう。
「親が勝つか、子が勝つか。まあ、どちらでも良いか」
『ああ、私達が行っているのは偵察任務であり、どちらが勝とうと負けようとそれを報告するだけだ』
「分かっている。って、おい、何だよ、あれは――!?」
 光の塔が立っている。流体の光が逆漏斗状に高くなり、そして崩れていく。
『全国の皆さんこんばんは――!』
 声が聞こえる。その声は三河の住人ならばそれなりに聞くであろう声だ。
「松平――、元信」

  ※

「さて、楽しい楽しい授業の時間を始めようじゃないか。だけど、その前に」
 元信は人差し指を伸ばし、
「折角、教室にいるのに授業をサボタージュとはあまりよろしくないんじゃないかな? 雑賀・正宗君」

  ※

 ――うはあい、バレバレですかー。
『どうする、マサムネ。もう、ばれているようだが?』
 やかましい。そんなの言われなくても分かっている。
 ――……仕方がない。
「はぁい、先生、僕トイレに行って遅刻しましたぁ」
 とりあえずぼけてみた。
 元信はそれを見て、
『うんうん、先生言い訳するのは感心しないなあ。まあ、それでも、ちゃんと出席したことは評価しようじゃないか』
 頷いた。だが、反対に驚愕している者がいた。忠勝と宗茂だ。
「な、おま!? 正宗!? おまえ、何でここに居る!!」
 その問いに、
「いや、まあ、偵察任務? ですかね」
「偵察……、って、ああ、そういやあ武蔵王の指示には必ず従わなきゃいけなかったんだな」
「まあ、そういうことです。と、言うわけで火事が見えたんで偵察に来たわけですよ」
 それで、と向きかえり、
「初めまして、こんばんは。極東 武蔵アリアダスト教導院 総長連合 第七特務(庶務)兼生徒会 風紀委員の雑賀・正宗と申します。以後、お見知りおきを」
 深々と頭を下げた。
「あ、これはご丁寧に。私は三征西班牙 アルカラ・デ・エナレス 総長連合 第一特務 “神速”立花・宗茂と申します。こちらこそ、どうぞよろしく」

  ※

 この光景を見ていた誰もが、思った。
 ――なんで、この二人は自己紹介してるんだろう。

  ※

『うんうん、初めての顔合わせで自己紹介が出来るのはなかなか良いことだ。うん、と、そろそろ時間もないし授業を始めようか』
 さて、と元信は、
『二人も遠路はるばる現地見学に来てくれたことだし特別課外授業も同時に開始しようか?』
「見学……? 課外授業……? 元信公、それは一体どういう……」
『ああ、そうだね。簡単に言うとね、地脈炉の暴走による三河消滅。どうだい、見学にはもってこいの教材だとは思わないかい?』
 この言葉に世界の誰もが唖然とした。
 勿論、この場にいた。忠勝も、宗茂も、正宗も、誰もが言葉を発せなかった。だが、それを尻目に元信は、
『ふふふ、どうだい地脈路暴走、さあ、三河の消滅を見てみたい人はその場で元気よく挙手してください』
 元信は手を挙げ、
『……は――い、ぼぉく見たいで――す!!」
 だが、誰もが動けない中でも時は動く。
 新名古屋城の中、左右の隔壁より侍女服姿の自動人形が右手を上げながら現れてきたのだ。
 そして、現れた。
「……松平・元信」
 その男は“傀儡男(イエスマン)”の字名を持つ老年の男性。
 元信が右手の上がる自動人形の間を身をシェイクしながら歩く。後ろにはさらに自動人形が続く。手には多様な楽器を持ち、横笛を、打楽器を、尺八を、琵琶を、琴を、他にも見たことのない楽器を優雅に、雅に演奏しながら歩んでくる。
 そして、奏でた。
『――通りませ』
 通し童歌、極東で知られる歌だ。

 通りませ 通りませ
 行かば 何処が細道なれば
 天神元へと 至る細道
 御意見御無用 通れぬとても
 両のお札を納めに参ず
 行きはよいなぎ 帰りはこわき
 我が中こわきの 通しかな――

 曲は終わった。だが、止まらない。新名古屋城内部は広く、入り口に至るまでは数分はかかる。伴奏状態は続く、声は、あの音を反響させ続ける。地下から響く崩壊音も鼓動も、その伴奏を助ける一つの音色でしかない。
 元信がマイクに向かい、
『ハイいいですかあ!? この歌は、これから末世を掛けたテストに出題されます(配点:世界の命運)。と、言うわけで皆さん何か質問はありますかー? と、宗茂君、質問がある場合は手を上げましょうねー。教導院で習わなかったのかな?」
 明らかに何かを言おうとしていた宗茂の先手を指すように元信が言う。
 それに対し、宗茂は右手、大罪武装“悲嘆の怠惰”を高々と上げる。
『はい、ではあらためて宗茂君、先生に対する質問とは何かな?』
「元信公、何故、三河を消滅させ、極東を陥れるのですか!?」
 うんうん、と頷き、
『うん、なかなか良い質問だ』
 だが、と、
『先生は逆に質問します。――危機って、面白いよね?』

  ※

『先生はよく言うね? 考えることは面白いって。じゃあ、どう考えても――、危機って面白いよね』
 言う。
『だって、考えないと死んじゃったり滅びちゃったりするもんなあ。――すっごく、すっごく、考えないと解決方法は出てこないもんあ。だったら、危機って最大級の面白さだよね?』
「――」
『危機ってのは面白いものだ。だけど、もっと面白いものがあるよね? ハイ、じゃあ、まずは宗茂君。まずは、もっともっと考えるもの、答えてごらん?』
「解りません! いきなり時間を稼ぐための禅問答ですか!?」
 宗茂は叫ぶ。何を言う、と言わんばかりの大声だ。対し、元信は涼しい顔で、
『ウンウン、良い答えだ』
 拒絶とも取れる答えにそう答えた。
『解らない。そうだよな、解らないよね、宗茂君? ――だったら何で解らないのかな?』
 答えは簡単だ。
『君は“考え”なかったんだよ宗茂君。危機より恐ろしいものなどあるか、と、君は答えるのを避けたんだ。まあ、人間として当然の行為だよな。誰だって悪いことなんざ考えたくはない。だが――』
 一息、
『今の君は危機より恐ろしいものを前にしたとき、目を背けて死ぬ人間だ。
「――」
『嫌ならば考えなさい。恐怖を克服するというのはそういうことだ』
 はいでは、と視線を忠勝に移し、
『本田君。危機より恐ろしい、もっともっと考えなければいけないものとはなんですか? さあ、本田君』
 忠勝は右手を挙げ、
「はーい。我はわかりませーん」
『ハイ、じゃあ罰として首から自動人形下げて街道立ってろ』
「おいおい先生。なんか扱いが違いすぎる上に対応雑すぎないか、我!?」
 無視し、
『さて、じゃあ』
 正宗に視線をあて、
『特別課外授業中の雑賀・正宗君。質問します。――君の思う危機より怖いものって、一体なんだい?』

  ※

 その問いに正宗は黙した。
 ――危機より怖いこと?
 考えたこともない。そもそも、実際にあったことのない状況を怖いとなど思えるのだろうか? 例えば、死ぬ、ということなんてそうだ。死んだこともないのに死を怖いとなど思えるわけがない。だが、実際に死を怖がる人間と言うのはいる。ならば、何故知らぬことが恐怖に繋がるのか?
 ――まあ、解らないからだよな。
 誰しも、未知は怖い。だが、既知はどうだろう? 確かに怖いだろう。身近な例えで言うのなら火傷。火傷をすれば痛いし、苦しい。だが、その対処方法を知ってしまえば怖くはない。故に、未知は恐怖に繋がる。何故なら対処が出来ないからだ。ならば、自分にとっての未知とは一体なんだ?
 ――決まっているよな。
「自分の事を、何も知らずに消えていくこと」
 そうだ。それが一番怖い。
 自分は一体何者なのか知らずに消えることが怖い。
 自分に一体何が出来るのか解らずに消えるのが怖い。 
 自分が一体何処から来たのか知らずに消えるのが怖い。
 そうだ。それこそが自分にとっての一番の恐怖であり、求めねばならないことだ。
 視線を元信に合わせ、息を吸い、
「自分の事を何も知らずに消えていくこと、それが一番怖いです」
 ほう、と、元信は目を弧に細め、
『では、一体それは何でかな?』
 決まっている。
「解らないから、ですよ」
 一息、
「十八年前、東北・シベリア未開地域で保護されてからずっと、私は私自身のことを何も知らない」

  ※

「恥ずかしながら、私はずっと与えられる立場の人間でした。場所も、名も、わずかながらの権力も。それに私は胡坐をかき――、自分で何かを求め、掴みにいこうとした事が一度だってない。だから、私は与えられた以上のことは何も知らない。
 正宗は頭を掻き、
「本当に情けない話ですが、私は先程までそんなことを一度だって考えたことがありませんでした。そこが、安全だと勝手に思い込み、それが普通だと勝手に納得し、そうやって生きてきて、この質問でやっと気づいたんですよ。いささか遅すぎる気もしますがね。――それでも、私は自分の事を何も知らずに死ぬのが怖い。
 ――何故、私は未開地域にいたのか?
 ――何故、私は両親を持たぬのか?
 ――何故、私は私のことを何も知らぬのか?
 何故、何故、何故、まだまだ私は何も知りません。
 だから、私は自分が何者かすら知らずに消えていくのは、怖い、ですね」

  ※

 元信は暫く沈黙した後、身を震わせ、
『ブラボー! ブラボー!』
 両手を高くにあげ拍手をした。
『そうだ、正宗君。それこそが君の出した“答え”だ。そう、喜ぶと良い。――何故なら君はまさに今、一つ恐怖を克服したんだ。だがね、その答えは百点には一歩届かない。八十点だ。惜しいね、本当に惜しい。何故なら、その恐怖は君一人のものだからだ。いや、同じ恐怖を持つ者は少なからずはいるだろう、だが、それは世界に通用することではない。少数だ。だから、先生が回答を提示しようじゃないか』
 右手の人差し指を天に指し、
『極東の崩壊よりも、君の提示した答えよりも、怖いもの、それは』
 大きく息を吸い、告げた。
『末世だよ。――世界の滅び。全世界の生徒に向けられた史上最高のエンターテインメントだ』
「面白いとは不謹慎な……!」
 宗茂はどこか怒りを含んだ口調で言った。だが、
『宗茂君、先生は今とってもまじめな話をしているんだよ。も、すっごく真面目、先生は』
 歩く音が来る。合わせ、鼓の音や音楽の音が合わさっている。
『末世と言う、この莫大な卒業時間は放課後を持たない。宗茂君は現役の学生だからこういうべきか? ……この“卒業”は、以後の未来を持たない』
 解るかい? と、前置き、
『今、末世を目の前にした君たちにとっては、そこまで全てが授業の時間だ。解るかい? 末世という卒業を終えれば二度と出来ない最大の授業(エンターテインメント)の時間だ。今も、明日も、明後日も、起きてるときも、寝てるときも、それこそ、正宗君の言った自分を知ることも、あらゆる時間が末世を過ぎれば戻ってこない貴重な授業時間だ。この時間が終わり、末世が来たら、もう教導院には戻れず、友達とも先生とも話をすることも、笑い会うことも、それこそ喧嘩をすることも出来なくなる』
「――」
『面白いよな。そう、面白いじゃないか? 何しろ、世界が末世と言う卒業を迎えるのだとしたら、最早残された時間を必死に過ごさなければ損だ。そして、末世を、卒業を迎えたくないというのならば、考えて、必死に考えて、末世を覆してその先に行かないと駄目だ』
「それは――、末世を前にした人間は、無力を感じ、自暴自棄になる者も多いと思いますが――」
『いいじゃないか。教導院に来て詰まらない詰まらないと愚痴を言うより、末世を前に家にこもって布団の中で震えていた方が、“自分は怯えられる人間なんだ”と解る意味がある。少なくとも、末世で死ぬ前に、自分がどんな人間だったかわかるだろうさ』
 君はどちらだい? と、元信は宗茂に問うた。
『布団の中にこもって自分は怯えられる人間だと理解する人間かい? それとも、末世を前に何も行動をせしな人間かい?』
 もしも、
『君が末世を前に何も行動をしない人間ならば、君は世界をつまらなくするために力を貸すことが出来る人間だ。言い換えるなら、――世界を面白くしようとする人間は君を倒そうと必死になる。そうだろう? だから、君はこう叫んで戦え“世界はつまらない”そして“悔しかったら面白くしてみろ”と。――きっと応える誰かがいる。ならば十分、詰まらない人間にも観客としての存在価値があるとも。さあ――』
 君は、
『どちらだい宗茂君。世界を揶揄するだけの批評家か、それとも楽しむ者か、はたまた――、世界を作りに行く者か』
 そう言い、元信は足を止めた。
 そこは、既に新名古屋城の中盤あたりの位置だ。
『そして、答えを考えたもの、大変よく出来ました的な人には御褒美をあげよう。それは末世を覆せるかもしれないものだ』
 そう、
『それは、大罪武装と言う』
 その言葉に、宗茂は右手にある悲嘆の怠惰を見る。
 元信は宗茂が眉を疑問に歪めるにもかかわらず、
『それだけではないがね、今のところはそれが一番解りやすい。だからこう言おう。いいですか? 皆さん』
 息を吸い、
『大罪武装を全て手に入れたならば』
 軽くもったいぶり、
『――その者は末世を左右できる力を手に入れる』

  ※

 正宗はいぶかしんだ。
 宗茂が何かを言い、それに元信は何かを言い返しているが、無視して思考する。
 ――末世を左右できる……?
 末世と言うのは世界の終わりだ。いわば終末思想というやつである。さまざまあるが聖譜(テスタメント)Tsirhc(ツァーク)系のアルマゲドンやDies irae(怒りの日)などが有名だろう。だが、それはいずれも人の手でコントロールできるものではない。
 元信の言い方であれば末世は、
 ――人為的なものなのか?
 末世と言うのはいわば一種の自然現象だ。始まりがあれば終わりがある。その終わりが一瞬でやってくるというだけの自然現象、いや、自然災害といっても差し支えない。ならば、人間が自然現象をコントロールできるのかといえば無理だ。自然現象は偶然でやってくるから自然現象なのであり、それが必然に起きることならばそれは自然現象ではなくなる。ならば、
 ――これは仕組まれている、と言うことか?
 ならば、と正宗は右手を上げる。
『ふむ、正宗君、質問かい?』
 ええ、と頷き、問う。
「末世とは、いえ、この今聖譜記述ではヴェストファーレン会議で止まっているこの状況は、――人為的なものなのですか?」
 ふむ、と元信は頷き、
『では、正宗君、そう思う根拠は?』
「まずは一つ、元信公の“末世を左右できる力を手に入れる”と言う言い方はまるで末世をコントロールできると言っているようなものだ。末世と言うのは避けられない自然現象な様なものです。人間がコントロールできるのは人工物だけであり、自然現象はコントロールすることなど出来ない。何故なら自然現象には必ず偶然がついて回る。故に、左右できると断定する言い方だとまるで、それは、――末世は人為的なものだ、と言っているようなものではないですか」
 息を呑み、
「もう一つは」

  ※

 誰もが息を呑む。

  ※

「勘です」

  ※

 その回答に唖然とした。

  ※

 一人だけ、真面目な顔をしているものがいる。
 元信だ。
『ふむ』
 軽く頷き、
『良い考察だ。なるほど、なかなか良い。いや、君は本当に良い生徒だ。自分の知的好奇心を満たすためならば恥ずかしがらずに手を上げる。――だが、その答えを私が言うことは出来ない』
「何故――」
『何故なら、全ての答えが明かされる日、君の問いが採点される日は末世だけだ。そうだろう? だから、君は今の回答を忘れず末世まで持って行きなさい。そして、わくわくしながら採点を待つと良い』
 その答えにしぶしぶながら頷き、
「解りました。納得はしませんが」
 それでいい、と元信は頷く。
『ああ、そうそう、まだ宗茂君への回答の途中だったね。すまないすまない。さて、嫉妬(フトーノス)の居場所だったね。――もう、既に全竜は存在している』
 それは、
『噂を聞いたことがないかい?』

  ※

 大罪武装の噂にはこんなものがある。“大罪武装の材料には人間を使用している”というものだ。
『その噂は、本当だよ?』
 ――!!
『大罪武装は人間の感情を部品としている。
 そして、その人間の名はホライゾン・アリアダスト』
「な……!?」
 ホライゾン・アリアダスト。その名を知らぬ極東住人は殆どといってよいほど存在しない。何故なら、そのホライゾン・アリアダストこそ目の前に居る元信の実の娘であるからだ。だが、それだけではない。過去、忌まわしい事件、武蔵が大改修されたときの事故により死んだ少女でもある。
 そして、ホライゾン・アリアダストは総長であり、生徒会長であり、自分を救った馬鹿である葵・トーリの思い人でもある。
 耳をふさいだ。聞きたくなかった。最悪のケースが瞬時に頭に構成されていく。
 だが、その音を、声は聞こえる。よく聞こえる耳がただ恨めしい。
『ホライゾン。十年前に私が事故に遭わせ、大罪武装と化した子の名だ。そして去年、彼女の魂に嫉妬の感情を込めて大罪武装とし、――自動人形の身を与えて武蔵に送った』
 その自動人形は、
『P-01sと言う名を持って武蔵の上で生活している』

  ※

 一瞬の言葉の途切れと同時だった。通神が入る。ヨシナオからだ。
『直ちに帰還されたし』
 それは、任務終了の合図でもあった。
 ――クソ。
 悪態を吐く。
 ――クソ。
 罵る。
 そして、
「ヤタ」
『ああ』
 走った。

  ※

『まだ、授業中だというのになあ。まあ、仮病による早退も一種の青春と言う奴かな? まあ、仕方がないのかもしれないな』

  ※

 憔悴していた。おそらく最後の一言が一番ダメージのウェイトを閉めていたはずだ。
 よりにもよって、友人の告白相手が大罪武装だ。
「――最ッ悪だ」
 体育倉庫の壁を殴りつける。
 何度も息継ぎをしながら心を落ち着けようとするがなかなか収まらない。
 何故だろう、と思う。自分はこれ以上の地獄を何度も見てきたではないか、と。
 正宗は一種の傭兵のようなものだ。“武蔵王の要請には必ず了承する”と言う制約があるから、どちらかといえば武蔵王の私兵と言えるかもしれない。
 その要請に従い、情報を得るために何度も他国の歴史再現の戦争を見てきた。同時、戦争で死ぬ人間も、だ。
 それだというのに、ただ一人の少女の名が出ただけでそれ以上の動揺を感じた。
「正宗君」
 声が聞こえた。仕事柄何度も聞く声だ。
「ヨシナオ殿、ですか。申し訳ない。たいした情報を得ることは出来ませんでした」
 見苦しいと思いながらも一つ、弁解をこぼす。だが、ヨシナオは一言、
「すまん」
 とだけ言った。そして、
「本当にすまん!!」
 頭を下げた。
「な!?」
「これを見てくれ」
 渡されたのは一つの書状だった。開くと、
「これは――!?」
 それは召喚状だった。
『只今を持って、雑賀・正宗はK.P.A.Italiaに転校する』
 



[19216] 境界線上の不協和音(配点:出入)
Name: navi◆279b3636 ID:f6c0fcae
Date: 2010/06/23 11:58
 何度目かも解らないため息が吐かれる。
 着込んでいるのは制服。だが、その制服は極東の黒をベースにしたものではない。
 K.P.A.Italiaの制服だ。
「着づれえ」
 重量級の制服は何処となく関節などの動きを阻害してくる。
 テンションはガタ落ちだった。
 と、重厚な音と共にドアが開いた。
 立っていたのは一人の男性。そして赤い魔神。
「久しぶりだなあ、おい」
 K.P.A.Italiaの制服を纏っているがどことなく意匠の違っているその二人は、
「K.P.A.Italia 教皇総長(パパ・スコウラ) インノケンティウス、そして副長のガリレオ――」
 ほう、とインノケンティウスは目を細め、
「やはり、覚えていたか、おい」
「久しぶりだな、少年。十年前以来だ」

  ※

「ま、まさむねくん、こない、ね」
 一人の少女が言った。目元を前髪で覆った少女だ。
「ええ、そうですね」
 それに答えたのは極東の制服の色とは違い、神職の、巫女を表す赤の制服を着ている少女だ。
「あら、浅間も向井もそんなに雑賀のことが心配? フフフ、現在憔悴中の愚弟より人望あるなんてね、マーベラス!! けどそれは仕方がないわよね、だって愚弟は愚弟ですもの」
 やかましい、と思いながらも浅間と呼ばれた少女はあたりを見渡す。
 全員微妙に沈み気味――だ?
 ――あれ、そんなんでもないですか?
 何と言うか、全員が全員自然体だった。
 ――いいんでしょうかね? この状況。
 普通、今の、武蔵が乗っ取られるかもしれない瀬戸際にこんなにナチュラルな感じで良いんだろうか。
 と、ドアが勢いよく開き、一人の女性が入ってきた。
 教師のオリオトライだ。
「はい、おはようみんな。早速だけど悪い知らせがあるわ」
 誰もがなんだ、と思い、
「私もさっき聞いたばかりだけど」
 一息、
「正宗が“転校”したわ、K.P.A.Italiaにね」

  ※

「ええ、十年ぶりですね、教皇総長殿、副長殿」
 憎々しい思いを奥に引っ込め、笑顔で頷いた。
「聖下と呼べ、聖下と」
 インノケンティウスはふんと鼻を鳴らす。
 正宗とインノケンティウスは、というよりは大抵の総長と正宗は知り合いだ。いや、軽く顔を見せ合っただけといえるかもしれない。
 だが、互いに良い印象は持ってはいない。
 十年前の話だ。正宗が銃器の使用許可を求めたとき、最後まで反対を叫んだのがイノケンティウスだった。
「それにしても、今更私をK.P.A.Italiaに召喚とは、一体何をお考えで?」
 八つ当たりとは思いながらも嫌味を込めて言う。
「は、決まっているだろう、おい」
 インノケンティウスは答える。
「貴様が武蔵にいると少々、いや、かなり厄介だからだ。そうだろう? おい」
 その言葉に一瞬思考し、理解する。
 ――今、武蔵に武力のある人間がいるのはまずいってことか。
 現在、聖連は武蔵を支配しようとしている。そんな中、武蔵側で抵抗できる人間がいるならば、高い確率で聖連に対抗しようとするものが出るはずだ。だから、聖連は武蔵に対してこう言いたいのだろう。お前達に反抗する力などない、と。
 だが、
 ――甘い考えだ。
 正宗は思う。確かに、自分がいなければ武蔵の武力は格段に落ちるだろう。自分に与えられた字名(アバンネーム)“一人軍勢(オルゴン)”の名は伊達ではないと自負している。だが、それがどうしたというのだ。
 ――あいつが、総長がホライゾンの危機に立ち上がらないわけがないよな。
 思い浮かべたのは総長、トーリの顔だ。トーリは馬鹿だ。自称するぐらいだから間違いはない。だが、馬鹿だからこそ常識など知らぬと、行動できる。何時だって常識の斜め上を突っ走り続ける。だから、あの男が動かないわけがない。
「まあ、いいいがな。それよりも、早速お前に仕事だ。おい」
 何事かと思えば、
「情報交換会の警護?」
 Tes.とガリレオは言う。
「今日、三征西班牙から極東にあるものが返却される」
「返却?」
「解らないかね? ふむ、君もあの場にいたはずなのだがね。わからないと言うのならばもっと考えるべきだな。……まあいい、返却されるもの、それは」
 ガリレオは指を一本立てて、
「“蜻蛉切り”と呼ばれる神格武装が本田・忠勝の後継、本田・二代に返却される」
「その警護、と言うわけですか」
 疑問に思う。自分が行かなくとも三河の警護隊や三征西班牙にK.P.A.Italiaも動いているはずだ。何故、自分を動かすような真似をするのだろうか。
「疑問に思うのはもっともだ。だが、こちらとしても事情がある。今日、蜻蛉切りを返却される本田・二代は生粋の武人。身辺警護など不要、というだろう。だが、そのような場で何があるかはわからん。可能性に百はない。この情報交換会に乗じ、よく考えもせずに行動する馬鹿が現れないとも限らん」
「まあ、確かに」
 世界には、聖譜による歴史再現を快く思わぬものも多い。聖譜により何らかの被害を受けたもの。もともと聖譜を信じぬもの。理由はさまざまだが、聖譜に対し何らかの不都合を持つものが蜂起することは多々あることだ。勿論、そんなものは大体が武装も戦略もおざなりな烏合の衆であり、大体はなかったものとして処理される。
 だから、この情報交換会は目立つならばうってつけだろう。自分達のように聖譜を信じぬものもいるのだ、と。
 そして、現時点でもっとも最悪なのがそのようなテロリストによってこの情報交換会で何か不都合が生じた場合、極東が、テロリストすら退けられない聖連なんか信じられないなどと言い出すことだ。そうなってしまえば極東は何を言われても、それを出しにしてしまえばよいのだから。
「もしも、この情報交換会の主賓とも言える本田・二代に傷などつければ極東は五月蠅くなるだろう。そうなれば面倒だろう? 聖連は極東に友好的であると言うことを示さねばならぬというのに民衆はよく考えもせずに自作自演だと叫ぶかもしれないだろう。さらに、聖連への風評は下がるだろう。だが、面だって風評が下がるのは何処だと思う?」
 決まっている。
「三征西班牙とK.P.A.Italia……」
「Tes.、そうなれば士気に影響するだろう。故に、この情報交換会でどのような不都合があってもならんのだよ」
 もっともだ。だが、
「何故、私なのですか?」
 思う。自分が現在K.P.A.Italiaに良い思いを抱いていない、というのは容易に想像できることだ。裏切るということを考慮しないのだろうか?
 ――いや、できるわけないか。
 個人の風評が全体の風評になるのは常である。今、自分が裏切れば、極東から来た人間は平気で裏切る、などと流されるかもしれない。
「おいおい、聖連の爆弾みたいな貴様が足取りを追われていないと思っているのか?」
 む、と口ごもる。確かにそうだ。好き好んで危険から目を離すような人間などおりはすまい。危険は未然に防ぎたいのは人間として普通だ。
「武蔵の一年に一度の三河寄航。そのたびに本田・忠勝の家に向かったのは聖連内では周知の事実だな、おい」
 違う。自ら行きたくて行ったわけではない。正確には酒井に無理やり向かわされたのだ。
 初めて忠勝の家に向かったのは六歳の頃だ。酒井に向かうように言ったのだがいつの間にか自分が代わりとして向かわされていた。何で、俺、などと思うまもなく勝手に話を進められてたのは無駄に懐かしい思い出だ。
「そして、貴様が本田・二代の婚約者だということもなあ」
 酒に酔った時の話を良く持ち出してこれるなあ、と思う。酔っ払い親父の言動など当てにならない上、次の日に『お前に娘はやるか――!!』 などと武器振り回してきたというのに。
 だが、まあ、
「要約すると、私ならば警戒されないからお前が盾になって来い、ということですね?」
 Tes.、とインノケンティウスは頷く。殴りたい衝動がおきたが我慢する。今、感情に任せ殴ってしまえばまた問題は面倒なほうに移行するし、武蔵に飛び火するかもしれない。
「Jud.。情報交換会は何時から?」
 インノケンティウスは一瞬、表示枠を確認し、
「後、一時間後だ。そして、本田・二代の居る艦へはここから二十分の場所にある」
「Jud.」
 一言、そう返し正宗はインノケンティウスとガリレオの隣を横切り廊下に出た。

  ※

「元少年は昔から浅慮な人間だった」
 ガリレオは突然そう言った。
「突然なんだ、おい」
 その言葉にインノケンティウスは軽く鼻を鳴らす。
「あの少年は、確実に極東に戻る算段を本田・二代に持ちかけるぞ」
「かまわん」
 いや、どこかでそれを望んでいる節すらある。
「元少年、それは良く考えた結果かね?」
 当然だ、とインノケンティウスは返す。
 インノケンティウスは言う。
「十年前の聖連を覚えているか、おい」
「ああ、勿論だとも。それが?」
 あの時、
「雑賀・正宗が銃器保持の許可を求めたとき、K.P.A.Italiaは最後まで反対の立場だった」
 視線を斜めに上げる。思い出す。ふざけた光景だった。八歳の子供に聖連の総長達は丸め込まれた。そして、K.P.A.Italiaは――、
「あの時、K.P.A.Italiaは悪役に仕立て上げられた」
 おそらくはどこの国もあせっていたのだろう。創生計画による末世解消を叫び、歴史再現を無視するP.A.ODAに対し。
「あの時、K.P.A.Italiaは雑賀・正宗に敗北した……、まったく、酒井の事も含めK.P.A.Italiaは極東に煮え湯を飲まされてばかりだなあ、おい」
 だから、
「つけたいんだろうよ、決着を」
 それは、とガリレオは問うた。
「K.P.A.Italiaを無視してまでやらねばならぬことか?」
 どうだろうな、と言い、
「だが、K.P.A.Italiaが極東に決着をつけるならば、奴も含めてK.P.A.Italiaの戦略で負かさねばなあ、おい」
「そうか、――して」
「何だ」
「それは、よく考えてからの行動か? 元少年」
「さあ、な」

  ※

 三度、扉を叩く。軽いノック音が廊下に反響する。本田・二代は今の自分を見てどう思うだろうか? 罵るだろうか、情けないと言うだろうか。
「?」
 もう一度扉を叩く。
「留守か?」
 まだ、情報交換会まで三十分近くあるのだが。
「厠(トイレ)は部屋に備え付けだしなあ、素振りでもしてるのか?」
 三十分は此処で足止めを食らうのか、と思った瞬間、
「何奴……、な、正宗!?」
「ああ、一年ぶりだな」
「うむ、と、立ち話は難だ、中に入るといいで御座る」
「ん、失礼する」
 促され、中に入る。
 中は質素な部屋であった。荷物らしい荷物も見当たらない。
 ――二代らしいといえばらしいけどな。
「……何をじろじろ見ているので御座るか」
「相変わらず、何もないなあ、ってな。化粧道具の一つもないとか、お前女止めてるんじゃないか?」
 その言葉に二代は顔をしかめ、
「拙者は武人で御座る。おしろいなどに興味などないはないで御座る」
 この言葉を喜美が聞いたらきっと激怒しそうだ。いや、簡単に予想できる。ふざけたこと言ってるんじゃないわよ、と。
「そんなことよりも、正宗、こんな時間に一体何用で御座るか。拙者、これでも忙しい身であるのだが」
「ああ、それな。護衛だよ」
 は? と二代は顔を呆けさせる。その様相にたまらず噴出しかけながらも、
「知ってるだろう? 俺は傭兵なんでね。依頼主(クライアント)からの依頼は基本的に受けなきゃいけねーのよ」
 二代は額に手を置き、
「……まあ、正宗ならば問題はない……か?」
「別にしんじられねーならかまわんぜ? 俺もK.P.A.Italiaに転校させられた身だしな」
「は?」
「聖連直々の命令だ。それも、わざわざ武蔵王から伝達する形で、な」
 と、言うか今の自分の姿を見て何も思わなかったのだろうか? 今、身に纏っているのは極東のものではなくK.P.A.Italiaのものだというのに。
「全く気づかなかったで御座る……」
「それ、武人としてどうよ」
 その言葉に二代は胸を張り、
「問題ない。敵ならば斬るのみ」
「お前は何処の辻斬り武者だ」
 そういえば、昔戯画(マンガ)で“ヤンデレ型辻斬り武者少女鬼義兄(おにい)☆斬り”とか言うのがあったなあと思い出す。鬼である義理の女好きの兄がブラコンのヤンデレ義妹に追い掛け回される話だ。キメ台詞は“鬼義兄さんどいて、そいつ殺せない”とかそんなんだった気がする。
 と、思考が脇にそれた。
「まあ、どの道嫌だといわれても仕事だ、勝手に護衛はさせてもらう」
「別に、嫌などと言ってはないで御座る」
 ならば言い。
 さて、と、正宗は、
「ヤタ」
 走狗を呼び出す。
『なんだ? また、面倒ごとか?』
「現在進行形だろ? そんなこと」
 まあ、それもそうか、と納得したヤタは、
『それで、今度はなんのようだ?』
「体と周辺に盗聴器の類は存在するか?」
『ない。その程度は気づいてるだろう?』
「念のためだ。戻って良いぞ」
 相変わらず走狗使いの荒い奴だ、と悪態を吐きながらヤタは消える。正宗は二代に向き直り、
「二代、頼みたいことがある」
 空気が切り替わった。先程までのフラットな空気ではない、真剣な、それも超がつくほど重要な会話の時に湧き出る空気だ。
「何で御座るか……?」
「ああ、実は――」

  ※

 正宗は長銃のスコープを覗きながら周囲を警戒していた。特殊な迷彩であるプリズムファントムは敵に流体の反応を察知させない。故に、このような警備の場や偵察には重宝する。
 会場には多くの人が集まっていた。その半数以上を占めるのがK.P.A.Italiaと三征西班牙の生徒達だ。隣の生徒と会話をするものもいれば、早く蜻蛉切りの返還が終わらないかと愚痴るものもいた。また、三征西班牙の生徒の大多数は宗茂からその嫁である立花・誾をどうにか寝取れないだろうか、と画策している。
 ざわめきが走る。
「お、来たか」
 ざわめきの中心、二代と巨大な義腕をつけた少女誾、そしてその隣には宗茂が立っている。そして、誾と向かい合うように二代が立っていた。
 それにしても、この群集の中で平然としている誾は凄いのか天然なのか、よくわからない。
 風が奔流した。
「!!」
 正宗は瞬時に反応した。宗茂から流れ出る流体の反応に。
 ――やらせるか!
 即座に銃口を宗茂に向け、トリガーに指を掛け、わざわざ流体によるロックオンに指向性のある殺気をプラスしてやる。
 宗茂の反応も神速に違わず速い。だが、それが失敗だった。武人として殺気に反応するのは正しいことだ。だが、そのせいで術式は胡散した。集中力の向かう先が急激に変更され、術式が見当違いな場に発動されたのだ。
 そして、聞こえた。
『本田・二代。確かに神格武装“蜻蛉切り”の返却つかまつった』
 蜻蛉切りを手に取った二代の声が。

  ※

 情報交換会が終了した後、二代は正宗の“頼みごと”を果たすべく極東の教導院“武蔵アリアダスト教導院”に来ていた。
 だが、
「むう、ここまで来たのは良いものの、何処に向かえば良いかさっぱり解らぬで御座る」
 確かに、あの時せかしたのは自分だが、何処に誰がいるのかぐらいは教えてくれても良いのではないだろうか、と思いながらも校庭に歩を進める。
 教導院の鐘が鳴り響く。時間帯からして二時限目の始まりの鐘だろう。
 ――早く、頼まれごとを済まさなくてはいけぬで御座る。
 こうしている今も、刻一刻と主君であるホライゾン・アリアダストは自害の時間が迫っているのだ。それも、不当な自害である。もしも、この自害を許してしまえば、
 ――武士の名折れで御座るな。
 そう思うと、いてもたってもいられずに二代は駆け出す。校庭を駆け抜け、玄関を突っ切り、階段を跳び、そして、
「むう」
 迷った。入り組んでいるわけでもないのに道に迷った。
 ――ならば、
 右手にある蜻蛉切りを構えた。
 そして、
「結べ、蜻蛉切り」
『御了解ー』
 とりあえず、父の教えに従い、道を切り開くために目の前の壁を割断した。
 そして、目の前は異様な光景が広がっていた。
 二代は目の前の状況を冷静に判断する。
 目の前には教導院に通う生徒がいる。←普通で御座るな。
 前髪で目元を被った少女が泣いている。←女性を泣かすとは最低で御座る。
 茶髪の少年が目元を被った少女の胸を掴んでいる。←なんと破廉恥な。
 そして、二代の脳は今の状況を見て一つの答えを導き出した。
 ――悪漢、もしくは卑劣漢でも可!!
 そこからの行動は迅速だった。
 瞬時に脚の筋力をしなやかに収縮、
 そこから一気に茶髪の少年の懐にもぐりこみ、
 右肩を引き、
 腰を捻り、
「成敗!!」
 突き出した拳撃は綺麗に鳩尾に叩き込まれた。
「おふぅ!?」
 美しい半円の軌跡を描きながら少年はぶっ飛ぶ。
 ――む、良い当たりで御座るな。
 きっと、人生の中でベスト3に入る程の一撃だ。楽しみにしていた羊羹を父に食べられたときに放ったときと同じくらいの威力はあるはずだ。
 軽い自画自賛を二秒で終え、
「大丈夫で御座るか? 拙者が来たからにはもう安心で御座る」
 呆然としている少女に問うた。
「え、あ、あの」
 よほど酷いことをされたのだろう、少女もどこかうろたえ気味だ。
 と、気づいた。
「ここは……、何処で御座るか?」
 脈絡もなく思考がズレる。
 その場にいた誰もが叫んだ。
「お前が誰だ!!」
「拙者で御座るか?」
「お前の他に誰がいる!!」
 ふむ、と、一瞬考える様子を見せてから、
「拙者の名は二代。本田・二代。知人である雑賀・正宗より症状を預かり参上申した。この中に総長殿とシロジロ・ベルトーニ殿はおられるか」
 その言葉に、
「私だ」
 無精ひげかをはやした男性が一人立ち上がり、
「何!? 俺の出番か!?」
 やたらとハイテンションな先程ぶっ飛ばした茶髪の少年が立ち上がる。
「……何の冗談で御座るか?」
 シロジロのほうは良いだろう。だが、こちらの茶髪の少年が総長と言うのはどういうことだろうか、
「あっれえ? 俺、なんか馬鹿にされてねえ?」
「フフフ、愚弟。ちょっと鏡を見てきたらどう? ……どう見ても愚弟が総長になんて見えないから」
 この光景を見て思う。
 ――極東の総長はもっとも能力の低いものが選ばれるというが……、まさか能力だけではなく内面にまで難ありとは――!!
 だが、誰が総長であろうともやるべきことはやらねばならない。
 前に出て、
「これを、封に入った書状を二人に手渡す」

  ※

「にゅうまなすい、すい、なんだこれ読めねえ――!!」
 トーリの叫び声が響く。それを聞いた浅間が横から書面を覗き見て、
「推薦書です。正しくは入学推薦書。っというか、入学くらい読めてください!!」
「フフ、覗き見なんてやるわね、浅間」
「喜美! わざわざ屈折した言いかたしないで下さい!!」
 横から声が入った。二代の声だ。
「入学……? 拙者が、で御座るか?」
「ん? ああ、あと総長連合の副長にもなれってさ」
「むう、正宗は一体何を考えているのやら」
 おそらく、誰も解らないだろう。
「ま、そういうわけでとりあえず副長よろしくな!」
「な、拙者まだ入るなどとは――」
「まあまあ」
 横から口を挟んだのはオリオトライだった。
「良いじゃないの。えーっと、本田・二代だっけ? 武士なら君主を取り戻しに行くのは当然でしょ? ここに居る皆も今ホライゾンを取り戻しに行こうとしてるわけよ」
 だから、と、
「ちょっと手伝ってくれない? 一人で行くよりは良いと思うわ、それに」
「それに?」
 オリオトライにしては珍しく軽い躊躇いを見せ、言った。
「ぶっちゃけ、雑賀が敵に回るかもしれないわけよ」
 一気に教室がどよめいた。オリオトライは続け、
「ホライゾンを取り戻しに行こうとすれば、必ず三征西班牙とK.P.A.Itatia、この二つと相対することになるでしょうね。そして、K.P.A.Itatiaが出てきた場合。きっと、雑賀は投入される」
 教室のざわめきが収まる。
「このクラスの中で雑賀ほどの火力を持っている生徒はいない。ギリギリ浅間が届きそうなレベルかしら? まあ、その浅間も神職関係の娘だから戦闘には出られないわけ。そうなると、このクラスではどうあがいても勝てないわ」
 オリオトライは断言した。“勝てない”と。
 その言葉にクラスが暗鬱な空気で包まれる。
「だけど、もしもここに二代、あなたが入れば別になるわ」
 何故なら、
「本田・忠勝の娘って言うなら戦闘の修練も並大抵のものじゃなかったでしょ?」
 その問いに、
「並大抵、のレベルではないで御座ろうなあ」
 特に、正宗が来るようになってからやたらと厳しくなっていたことを思い出す。何度泣きを見せられたことか。
「正宗とならどれくらい戦える?」
「五分五分位で御座ろうなあ」
 正宗が来るたびに模擬戦をした。最初こそ油断して苦汁を舐めたが、その次は勝利を奪い取った。見下ろして飲む緑茶は最高だった。
 そうやっていつの間にか戦績は一勝二敗七引き分け、現在一歩ほど譲ってはいるが次に取り返せることだろう。
「あの時、下剤が入っていたのを看破できていれば――」
「ん? なんか言った?」
「なんでもないで御座る」
 ならばよし、とオリオトライは、
「だから、入っちゃいなさいな。今ならあなたの君主を取り戻そうとする仲間のおまけつきよ?」
 教室がざわめきを取り戻す。
 ――ま、真喜子先生がちゃんと教師やってる……!?
 と。
「はーい、今、不穏なこと考えた馬鹿は今すぐ校舎裏にこようねー?」
 グレーゾーンを百歩ほど飛び越えたブラックなオーラに梅組の生徒は全員萎縮してしまう。
 と、
「ま、そーいう、わけでさ。ちょっとばかし俺たちに手、貸してくんねえ?」
 そう、トーリは言った。
 その言葉に、一瞬だけ二代は目を瞑り、
「拙者、サムライ故に貴様ではなく君主であるホライゾン様に仕える所存に御座るが、それで良いというならば」
 トーリは笑い。
「おーけー、おーけー、じゃあ、そういうわけで頼むわ」
 そして、そこから肩を組み、
「きゃ……」
「お、なかなか可愛い声で鳴くじゃねえか」
 左手を高く上げ、
「喜べよ、皆、今日からこのガッコに転入生だ!! つーわけで、自己紹介どーぞ」
「な、なんと破廉恥な――!!」
 二代は左肘をトーリの鳩尾に叩き込む。ぐぼあ、と妙な呻き声を上げながらトーリは崩れ落ちた。
 立っているのは顔を赤くしている二代。
 そんな二代を囲むのは武蔵アリアダスト教導院の中でも濃いとされるメンツの三年梅組
 Q.はい、せんせー、こんなときにいけにえ(二代)はどうなりますか?
 A.勿論、食われます(ネタ的に)。
 これほどまでに疲れる教導院も珍しいのではないだろうか、と二代は思う。
 ――だが、まあ。
 思ったより悪くない教導院生活になりそうな予感はした。
 
  ※
 
 時は教室を沈静化させる。崩れていたトーリが立ち上がり、
「そんじゃ、そろそろ真面目にホライゾンを取り戻しに行く作戦でも立てようぜ?」
 言い、
「なあ、俺、頭わりいからそんな難しいことわかんねえけどさ。それでも、今俺たちが手詰まりだって事はわかる」
 だからさ、
「なあ、皆、俺たちは一体どうすればいいんだ? 解る奴いるか?」
 その言葉にトーリを除く一同は、
「ト、トーリが馬鹿じゃない話をしているだと!?」
「世界の終わりだよ。きっと。末世が締め切り前倒しでやってきたんだ」
「まさか、オッパイ会話をしないトーリ君なんて……、新鮮すぎますね」
「おいおいおいおいお前等、勝手に俺の人間性を馬鹿とオッパイだけに決めるな。まるで俺がいつもそれしか言ってないようじゃねえかよ」
 トーリの反論に全員が声をそろえ、
「全くそのとおりだよ!!」
 トーリはそのツッコミを踊り流し、
「ま、つまり俺はホライゾン救ってコクリたいだけなんだよ。……だから、おい、シロ」
「何だ馬鹿。金にならん話なら聞かんぞ」
 じゃあ、大丈夫だな、と、
「シロ、つまりこれって経済活動って事だよな? 多分。さっきお前が結構いろいろ言ってたのは、今回の件が金と同じように考えられるからだろ? ――オマエ、金と商売のことしか頭にない危険で狭量な男だからなあ」
「待て待て待て待て貴様、私の人間性を勝手に金の勘定と商売だけに決めるな。まるで私がそんなことしか言っていないみたいではないか」
「おまえもそのとおりだよ!!」
 その言葉に、横に立っているハイディを見て、
「ハイディ私は金と商売のことばかりか?」
 問うと、ハイディは走狗の白狐と共に頬に手をあて、身を捩じらせ、
「そ、それは私のほうからだと答えられないかなあっ」
 ふむ、とシロジロは頷き、
「いいか? よく聞け馬鹿。私は大丈夫だ。貴様は駄目だ」
 クラスを一瞥してからトーリを見据え、
「そんなことも解らんとはな。まったく、人を金の亡者のように呼ぶとは。――本当に一銭の価値もない男だ。話すだけ損だなまったく」
「オマエたまに俺の芸風を超越するときがあるのどうにかしろよ。で、だ。――とりあえず、いろいろと思うところがあるんだろ? 何しろ」
 トーリは息を吸い。
「聖連と全面戦争も視野に入れないといけないからなあ」
 その言葉に誰もが一瞬、息を詰め、
「フフ、愚弟。戦争だのなんだの気軽に言うわね。意味解ってんの?」
「ああ? だって、起きるかもしれないことを見逃したってしょうがねえじゃん。姉ちゃんだっていずれフケてきて肌とか――」
「あー! あー! 聞こえない聞こえない!! 私は可愛いメトセラー!!」
 耳を両手に当てて奇声を上げる姉をトーリは無視し、
「ま、どんな問題も結局は解決か諦観か、だ。それをわざわざこねくり回してもみしだいて深刻そうに演出するのは自分に酔ってる奴のすることだ」
 だから、
「まあ、気楽に考えていこうぜ?」
 そして、シロジロのほうに体を向け、
「なあ、守銭奴。商売のセンスはあるんだろう? オマエだったら、何処から手をつけていくんだ? 俺の前にある限界の壁の中で一番脆そうなのはどれだよ?」
 トーリの問いかけにシロジロは表情を変えた。微笑する。
「高くつくぞ?」
「商売のチャンスだろ? 俺は頭も悪いし何も出来ねえ。それを逃げ場に使うくらいだ。でも、だからこそ頭を貸せよ、守銭奴」
「貴様の嫌なところは、商機を目の前につるすのが上手いところだ。まったく。こういうときばかりは頭が回る」
 それは同意だとばかりに全員が頷く。
「まあいい。では、よく聞け。私達に必要なのは暫定議会や王に対して交渉役を私達教導院側の発言権を確保し、なおかつ行動により意思を見せ発言力を手に入れることだ」
 全員を一瞥し、
「そのために、一人の人物をこちら側に引き込まねばならない。――つまり本田・正純をこちら側に引き込む」



[19216] 境界線上の不相応(配点:これから)
Name: navi◆279b3636 ID:f6c0fcae
Date: 2010/06/23 17:00
「さて、本田・正純をこちら側に引き込む、というのは決定した。だが、こちら側に引き込まねばならない人間はもう一人いる」
 シロジロは指を一本立てる。
「その人物は、武蔵にとって有益、いやむしろ私の金の為に有益な人物だ」
「おまえ正直すぎだよ!!」
 五月蠅い黙れ。金にならんことを抜かすな。
「その人物をわかる人間はいるか?」
「雑賀・正宗で御座るな?」
 二代が言う。
「その通りだ。――では、ここで一度おさらいといこう」
 シロジロはチョークを取り、黒板に“武蔵”の文字を書き記す。
「この“武蔵”の食糧事情は先程言ったとおりだ。自給率が十パーセントをきっている状態だ。本田・二代はこの状態を理解できるか?」
 二代は首を縦に振る。
「補給、輸入が立たれてしまえば航行が不可能になるということでござるな?」
「その通りだ。御広敷、もう一度“武蔵”で作物の自給が無理であることを説明してくれ――、時は金なり、簡潔に頼む」
 太り気味の体系の男性、御広敷はJud.、と頷き表示枠を展開させ、
「えー、要望通りに簡潔に説明させていただきますが、つまりは――、面積が足りないということですな」
「まあ、その通りだ」
 シロジロは黒板に書かれている武蔵の横に自給不可能と記す。
「先に言ったとおり、聖連と敵対すれば確実に補給を経たれてしまうだろう。今、既に補給が切られ始めている。極東居留地の金融も凍結された」
 だが、
「これは理想論だが、もし、本田・正純をこちら側に引き込み、ホライゾン・アリアダストも救出できたとしよう。だが、さまざまな理由をつけられ補給が止まったままならどうする?」
「おい、シロジロ。オマエさっき“聖連に逆らいつつも居留地を保護し補給を受けられるようにする”とか言ってたじゃねえか」
 トーリが前に出て、シロジロの声真似をしながら言った。
「やはり貴様は馬鹿だな。知っていたが。――いいか? よく聞け、この世に“絶対”はない。本田・正純が失敗する可能性もある。居留地側が受け入れを断る可能性も否定できない。他にも考えられる状況などまだまだある」
 故に、
「保険が必要だ。この武蔵が飛び続けるためにな」
 その言葉に、目深く帽子を被った忍者の点蔵が、
「一つ問いたいので御座るが、何故、武蔵が飛び続ける事と雑賀殿をこちらに引き込むことが繋がるので御座るか?」
 その問いにシロジロは頷き、
「貴様、忍者だというのにこの程度の情報も知らぬのか?」
「うわ!? この悪徳商人そこまで言う必要があるんで御座るか!?」
 知るか黙れ。
「まあ良い、説明しよう。――全員、雑賀・正宗について何処まで知っている?」

  ※

 本田・二代は思う。
 ――正宗について、で御座るか……。
 二代にとって正宗という存在は極身近な存在であった。
 六歳の頃に出会い、三河居留地で出会えば模擬戦をしあう仲だった。
 故に、正宗の性格や人柄についてはよく知っているが、
 ――過去のことはよく知らんで御座るな。
 聞こえる。商人、シロジロの声だ。
「おそらく、ここに居る殆どの人間は雑賀・正宗に対し『喫茶の主人』や『料理人』などのイメージを持っていることだろう。――いや、三河出身の本田・二代は違うか?」
 言われ、
「むぅ、拙者にとって正宗とは良き好敵手(ライバル)としか」
 そうか、とシロジロは言う。
「まあ、そうだろうな。だが、この雑賀・正宗にはもう一つの面がある」
「それは……?」
 二代の鼓動が早まった。興味がある。自分の知らぬ正宗の姿を知りたいと。
「現在IZUMOの座長といえば出雲・邑(いずも・ゆう)だ。この出雲・邑という人物には一人の友人がいる。ハイディ」
「はいはい」
 ハイディ、と呼ばれた少女は表示枠を展開させる。目をそちらに移せば、表示されているのは男性の顔だ。
「風見・閃理(かざみ・せんり)、元々はIZUMOの母体だった出雲産業の初代社長の代から創業を共にし、出雲の家系と盟友としての立場を取ってきた風見の家系の者の名だ」
「名だ、って、過去形ですか?」
 巫女の少女、浅間が問う。
「ああ、過去形だ。この風見・閃理という人物は既に自殺した人物だ。そして」
 シロジロは黒板に書かれている“雑賀・正宗”と“風見・閃理”を一本の線でつなぎ、
「元々、正宗は襲名するまでは“風見・正宗”という名だった。つまり、養子関係の親子であったということだ」
 二代は唸った。
 ――思わぬ過去で御座るな。
「なあ、シロ。それって本人がいないところで言って良いことじゃないんじゃないか?」
 総長であり全裸の葵・トーリが問う。
「大丈夫だ。この情報については既に公開許可をとってある。必要な時に使え、とな」
 シロジロは黒板に向き直り、
「続けるぞ。元風見・正宗、元雑賀・正宗だが、風見の姓を名乗らなくとも巨大なパイプを持っている。このパイプさえあれば少々割高にはなるが例え、他から補給をとめられようとも、IZUMOだけからは“確実”に補給が受けられる」
「おいおい、さっき“確実”なんてないとか言ってたじゃねーか、早速、矛盾しているぞ、ム・ジュ・ン!!」
「黙れ馬鹿。話が進まん。――さて、何故、IZUMOから補給が受けられるかといえば、とある加護が働いていることによる。丁度イザナギとイザナミの関係に当たる。つまりは“必ず守らねばならぬ約束”を互いに守らねばならぬのだ。内容は“出雲の姓と風見の姓は常に助け合わねばならない”。この盟約を守る限りは繁栄の加護が与えられるが、もしもどちらかがこの盟約を反故にすれば、穢れとしてどちらの家系も衰退する。故に、出雲はどのような状況下でも雑賀・正宗を助け続けなければならない」
「フフフ、商人。雑賀・正宗は既に風見の人間じゃないわよ? 頭イカレた?」
 総長の姉である葵・喜美は言う。
「それについては、どちらかの家系から適格として襲名者が出て名が変わった場合も考慮されている。名が出てもその人間は元々出雲か風見の人間だったのだ、その場合でも援助は必ずしなければならない」
 五つ、黒板に項目が書き記され、
「一つ、出雲と風見は対等である。
 二つ、どちらかの姓の危機を見過ごしてはならない。
 三つ、襲名者にも盟約は保たれる。
 四つ、養子であろうとも盟約は適応される。
 五つ、先に出た四つの盟約は何があろうとも守らねばならない。
 この五つの盟約を守るが故にIZUMOは多大なる富を得ているという背景を持っているのだ」
 さて、とシロジロは、
「問うぞ? 今、雑賀・正宗は何処にいる?」
 ――K.P.A,Italia!!
「誰もがわかるだろう。今、雑賀・正宗はK.P.A.Italiaに居る。そうなれば、この武蔵はどうなる? 食料も資源も、補給の一切がK.P.A.Italiaに流れていくだろう。それは、武蔵の不利益に直結する。故に、雑賀・正宗もこちらに引き込まねばならないのだ」
「そうすれば、最悪あらゆる居留地が止められようとも武蔵は補給を受けられるので御座るな?」
「ああ、その通りだ。本田。二代」
 さて、とシロジロは言った。
「本田・正純と雑賀・正宗をこちら側に引き込むための手順を言おう」

  ※

「本田・正純の方は簡単だ。わかる人間はいるか?」
 シロジロが問えば、
「ふむ、臨時生徒総会であるな?」
「その通りだ」
 半竜、ウルキアガが言う。だが、
「ちょっと待ってください。臨時生徒総会を開くには権限者である正純が居ないといけないはずですよね?」
 小柄な、眼鏡の少女、アデーレが手を上げた。
「ああ、が、一つ抜け道がある。解るか?」
「権限者の不信任決議で御座るな? 自分の記憶が正しければで御座るが」
「その通りだ。後は簡単だ。こなければ本田・正純を副会長から外し、本格的に臨時総会を行う。来たならば本格的に生徒会だ。――来たほうが面白いぞ。多くの物が動き金が生まれる」
 そして、
「問題は正宗のほうだ」
「まあ、彼は生徒会の風紀委員だけど権限者じゃないから招集できないしね」
 表示枠を展開しながら文章を打ち込んでいる少年、ネシンバラは言う。
「その通りだ。故に、やらねばならないことがある」
 黒板に一つ記し、
「戦闘だ。雑賀・正宗の傭兵としての面を利用する。傭兵はよく状況と金次第では用意に裏切るというイメージをもたれている。まあ、原因は御伽や戯画などだがな、まあそれは今はおいておく。だが、それは大きな間違いだ。傭兵の社会は信用で出来ている。悪辣な裏切りはすぐに傭兵の社会からはじき出される。故に、略奪は合っても裏切りというのはないのだ」
「つまり、何らかの戦闘がない限りは現在雇われている正宗は雇うことが出来ないということか」
 背丈は平均的だが、鍛えられ無駄な贅肉などないといわんばかりの少年、ノリキは言う。
 シロジロは頷き、
「そうだ。故に、誰かが雑賀・正宗と相対し、最低でも引き分けに持ち込まねばならないわけだ」
「その役目、拙者が承ろう」
 二代が手を上げる。
「言われなくとも、最初からその役目は本田・二代の役目だ。――言っておくが、負けだけは防げ。こちらが負ければ略奪の“解釈”として、こちらからあらゆる権利が奪われるだろうからな」
「言われずとも」
 二代が頷き返す。
「ハイディ、他のクラスに出しておいたメールの返信状況は?」
 うん、と頷いたハイディは表示枠を展開させ、
「全クラスの代表委員に送っておいたメールの内容は、差異はあるけど内容的には“どうすればいいかわからない”だって」
 シロジロはその言葉を聞き、
「この内容の意味が解るか? 聖連は私達を挟めにきてはいるが、まだ私達の迷いと可能性を捨てさせられずに居る。――商談だったならば確実に漬け込むチャンスだ」
 故に、
「ここで私達が“可能性”を見せれば他クラスの生徒もついてくるだろう。おそらくは、だが、な。それと、今のうちに言っておく。親族には必ず連絡を入れておけ、私達の判断がホライゾン・アリアダストと武蔵、そして極東を左右する可能性は十二分にある。そして、その私達の決断が彼等を巻き込むのだからな」
 シロジロは二代に向き直り、
「本田・二代、警護隊の説得を頼む。各国と事を構える場合には彼等の助力が確実に必要になるからな」
「了解で御座る」
 二代が頷き、割断した壁のほうに向かう。そして、一度音が鳴ったと思えば、そこにもう二代の姿はなかった。
「では、私達も向かおう」
「おいおい、ドコに行こうって言うんだよ? 生徒会すんだろ? だったらここにいねえと生徒会できねえじゃん」
「こちら側から呼び出したのだ、出迎え位せねば心象が悪くなるだろう」
 そして、
「この武蔵に来るルートは多々ある。だが、今の心理状況ならば確実に通る場所に迎えに行く」
 それは、
「後悔通りだ」

  ※

 正宗は思う。
 ――他人の手で作られた飯を食うのなんて何年ぶりだ?
 幼い頃は何回も外食なんかをしたり、学食で買った惣菜を食べていた。だが、六歳にもなれば既に包丁とレシピを持ちながら料理をしていた。才能、そして自分の体の特異性もあり料理の腕は今ではそんじゃそこらのプロより上になった自覚もある。故に、他人の手で作られた食事を取るのは本当に久しぶりであった。
「美味しいんだけど、美味しいんだけどなあ」
 呟く。味は良い。K.P.A.Italiaを代表するパスタ類はとても美味しい。アバウト解釈で歴史再現なんぞ何のそのとばかりにふんだんに使われたトマトソースも素晴らしい味だ。
 だが、物足りない。
「あいつ等、か」
 その原因は既にわかっている。もう、昼時ともなれば本当なら教室でいつものメンツと昼食を取っていたはずだ。だが、ここにいつものメンツは居ない。あの心地よい騒がしさはここにない。
「ったく、料理を楽しめないなんて、料理人として失格じゃねえかよ」
 ふう、と一息をはき、残っていたパスタを口の中にかきこむ。
「ご馳走様」
 一言、そして席を立ち、向かう。場所は武蔵アリアダスト教導院。そこでは一つの相対が行われる。それは極東の先を決めるものだ。臨時生徒総会、それに誰もが注目している。K.P.A.Itariaも例外ではない。自分もガリレオの護衛として向かうのだ。だが、立ち居地は隠さねばならない。それが、歯がゆい。
「ああ、くそ」
 一言吐き出し、そして走った。風は疾走する。

  ※

 既に相対は始まっていた。
「答えな! 商人!!」
 叫んでいるのは第六特務の直政、
 そして、
「ああ、答えてよう雇用者」
 相対するのはシロジロだ。
 両者は一歩も引かない。
 巨大な機械人形・武神と人間の会いたいという異様な構図。どう見ても圧倒的に不利のように思えるが、生身のシロジロは一歩も引いていない。
「稲荷系に組み込まれた商業神のサンクトの加護を得てるんだったよな。確か、金の力で神々の力を取引できるんだったよな」
 つまりは、
「“レンタル”してるんだな。おそらくは警備隊から力を」
 それにしても、
「第六特務の武神とやりあってるとはな。確か、地摺朱雀だったか? パワーだけなら各国の武神にも引けを取らないレベルだったはずだから……、あいつどれだけ金使ってんだ?」
 と、地摺朱雀は倒れた。自分から背を落とすようにして倒れこんだのだ。
 派手に家屋が吹き飛ぶ。
「あー、シロジロの奴、誘導した部分の家屋を買い取ったのか。帰化してない人間は今頃退避した人間が居るはずだからな」
 空を見上げれば旅客機が飛んでいる。
 ――やっぱりな。
 その光景は一抹の寂しさを思わせる。命が大事なのもわかるが、それでも住んでいた場所から消えていく人間が出てくることに。
 と、
「少年」
 声をかけられた。方向は自分の後方、振り向く。居るのは魔神の男性。K.P.A.Italiaの制服を着ている。
「ガリレオ殿でしたか。すいませんね、護衛だというのに護衛対象から目を離してしまい」
「ふむ、気にすることはない」
 それよりも、と、
「少年はこの相対を見て何を思う?」
 ――自分が、何を思うか、ね。
 これを見て思うこと、それは一つだ。あちら側に行きたいという願望だ。自分も、極東の民としてそこに居たい、と言う慕情だ。
 相対の場に出た半狼の少女、ネイト・ミトツダイラに視線を向けながらも、
「戦術ですよ。私は傭兵ですからね、一傭兵として、この相手にはどのような戦術が有効か、などと言う事を延々と考えていますよ」
 嘘だ。本当ならばわめきたかった。極東につきたい、と。子供のように叫びたかった。
 だが、それをしたらどうなる? 自分に問う。
 ――決まってる。
 そんなことをすれば極東の評判はがた落ちだ。役割を果たせない人間につけられるものなど悪評の他にない。
 だから、今は我慢すべきだ、と感情を支配し、本能の猛りを押さえ込む。
「例えば、今聖連側として戦おうとしているネイト・ミトツダイラは中・遠距離に持ち込んでしまえばただのカモですからね。極東側ならば双嬢による遠距離からの射撃によるワンサイドゲームですかね。射程外の攻撃に対応できるようなのはなかなか居ませんからね」
「なるほど」
「まあ、きっとそうなるで――、へ?」
「どうした少年。何を驚いている……、ふむ、今、半狼の少女と相対している少女は戦闘を出来るのかね?」
 校庭でミトツダイラと相対しているのは前髪で目元を覆った少女、向井・鈴だった。
「おいおいおい、何を考えてんだ!? 向井に戦闘能力なんて皆無だろ!?」
 隣のガリレオが頷き、
「ほう、武蔵の騎士は自ら負けようとしているようだぞ?」
 は、と呆けたように問えば、
「あの半狼の少女は自ら降伏することで武蔵の安全を守ろうとしているようだな」
「――そういうことか」
「ほう? その考えは、よく考えての答えかね?」
 Jud.、と返答し、
「この武蔵での“騎士”は今だの中世のままなんですよ。それが意味するのは聖連への“協調と非敵対”故に、武器を持つことの出来る数少ない希少な存在。あ、従士も居たか。――そして、中世の騎士というのは高い権力、少なくとも民衆より上の権力を保持しています。その騎士が負ければどうなるか」
「どうなるのかね?」
 ガリレオが教師のように問う。知っているのならばいえば良いのに、と思いながらも、
「革命が起こります。市民革命が」

  ※

 ほう、とガリレオは吐息を吐く。なかなか良い考察をする、と。
 おそらく、今自分と少年、雑賀が考えていることはほぼ同じだろう。
「騎士たちが倒れるということは必然的にその権力は民衆に分散します。つまり、民衆の権力が高まっていきます。いわゆる、市民台頭が起きるわけです。今、国勢は中央集権による総長連合や生徒会の権力が高まっている状態。それはいわば、いつでも抗争を起こせる状態。そんな中では勿論、政策や権利のために市民の台頭に関しての歴史再現を押さえ気味なる。そこに、革命を体験した人々が帰化すれば、歴史のズレを利用して他国の市民台頭もより早くなされることになる」
「何故かね?」
「“革命を起こした人間”が国に居るということは、それを聖譜記述の中に組み込み、それを再現しなければいけなくなるからですよ。
 現在はまだ、各国の人間は革命を体験したことのない人間となります。その中に革命を体験した人々が入れば、その革命を体験した人々を中心に革命が起こる。つまりは“あっちでは革命してるんだからこっちでもしよう”という理屈です。それを望まなくとも革命を望む人間に担ぎ上げられて革命の中心になるでしょう」
 だが、と正宗は続けた。
「問題はさらにありますよ。革命が起きれば必然的に民主主義への以降がスタートします。そうなれば、当然聖譜を拒絶することも現れます。何故か、それは絶対王政のときと違い民衆の意見が通るこということであり、絶対王政のときは王の言葉が絶対なのに対し、民主主義になれば全ての意見が平等となります。故に“聖譜なぞ必要ない”と言う意見も民衆の意思として当然出てくるわけです」
 ――本当に良い考察だ。理論的に物を考えることが出来る。
 だが、まだそれだけではあるまい。
 だから、今一度聞いた。
「少年の考察はよく聞かせてもらった。確かに、その考察にはなかなかの説得力が存在する。だが、本当に聖譜を要らぬ、というものが出てくると思うのかね?」
 指を立て、
「まず一つ、確かに絶対王政などというくくりは存在する。だが、史実と違い民衆は解釈により政府による保護を受けている。
 二つ目だ。少なくとも、聖譜によりあらゆる人種が役割を当てはめ少なくともかりそめではあるが平和だ。もしも聖譜がなくなればその平和の恩恵がなくなり、種族同士の対立が色濃くなるのではないかね?
 最後だ。聖譜を要らぬ、という人間も確かにいるだろう。だが、現在は少なくとも聖譜を主流とした流れでありその流れは決して小さなものではない。民衆にもその流れが受け継がれて行くのではないだろうかね」
 一息、
「さて、これをどう説明する?」

  ※

 その問いに正宗は三つの返答で返した。
「まず一つ目に対してです。確かに、聖譜による保護で少なくとも民衆は基本的な人権は守られている。ですが、あぶれる人間と言うのは存在するんですよ。例えばスラムの人間でしょうか? そんな人間が聖譜に対して何も思わないと思いますか? 現在の自分の境遇を受け入れるものも居るでしょうが、全てがそんな人間ではありません。他人のせいにする人間もいるでしょう、運命を呪うものも居るでしょう。そして、当然聖譜のせいにする人間も」
 二つ目の指をたて、
「次に二つ目、平和を望まぬ人間は確かに存在します。他の部族を滅ぼしたいと思い、戦いを吹っかけたくても再現的に無理である、なんて状況もあるでしょう。そうなれば、聖譜なんてなくてありがたいと思う人間も出てくるわけですよ」
 三つ目の指をたて、
「最後ですが、大きな流れに逆らえないなら新たな支流を作ってやれば良い。最初は民衆をあおり、次は企業をあおり、そして最後は、と、順序を追っていけば無理な話ではありません。最後は主流の流れの先をせき止めてやれば流れは完全に別方向となります。別に難しい問題でもないでしょう。賄賂、聖譜を捨てた後の権利の保障、最悪口封じに殺してしまえば証拠は残らない。ガリレオ殿が気づかぬことではないでしょう?」
 ガリレオはまさしく、と返答してくる。まあ、そうだろう、と正宗は頷いた。ガリレオは考えることを第一とする魔神だ。自分の考えている答えなど当に考えていただろうし、自分の思い至らぬ粗の部分の答えも出していることだろう。
 そして、
「それよりも、この相対の行方がどうなるかでしょうね。おそらく、ネイトが降伏宣言をして終わりでしょうが」
「少年もなかなかにせっかちなようだな。もう少し物をよく考えて発言するといい」
 余計なお世話だ、と、思いながらも校庭で起こる相対の行方を見守る。
 案の定、ネイトが降伏宣言をしようとしたときだった。
 急に、向井が何かに脚を引っ掛けたのか急速に体を倒した。
 聞こえる。
『助けて……!』
 その一言と同時、ネイトが動いた。
 速い。風の如く前方の向井のほうに動いた。いつもは足が遅いというのにこのようなときに限りまるで嘘のように速い。
 そして、ネイトは向井を受け止めた。
「む、向井が勝った」
「少年、だから私は考えろといったはずだ」
 ガリレオの言葉を流しながらも、
「ですが、この相対は結局暫定議会側の勝利ですね。結局、武蔵の騎士はその地位を保持してますから」
 もしも、ノリキがこの場に居たならば“わかってるなら、言わなくて良い”などと言われそうだな、と思いながらも、
「次で最後ですね」
 その言葉に、ガリレオは首を横に振り、
「状況しだいでは私達が出る場面もあるだろう」
 それは、
「武蔵側が、暫定議会側に勝利した場合ですか?」
 ガリレオは首を縦に振ることで同意の意を示す。
 急激に唾液が分泌されていく。まるで全身がこわばるかのようだ。
 だが、それでも自分は相対をせねばならない。
 そのために、二代に頼み楔を打ちつけたのだ。それに、自分程度との相対を超えられないのならば、きっとこれ以降の戦闘で、戦場で残っていけるわけがない。
「覚悟はしますよ」
 その言葉にガリレオは、
「覚悟は、出来るかね? 味方だったものに刃を向ける覚悟が」
「Jud.」
 は、と自分をあざ笑う。
 この場合、Jud.ではなくTes.と返すべきだった。それが出来ないということは、
 ――覚悟なんて出来てるわけねえよな。
 だが、自分はやらねばならない。自分の存在意義をなすために。

  ※

 そして、三度目の相対が今始まる。
 武蔵側からは総長のトーリが。反対側、暫定議会側からは副会長の本田・正純が。
 風が吹いた。身を切るような風だ。その中でトーリは言う。
「なあ、やっぱ、ホライゾン救いに行くのやめね?」
 時が凍った。

  ※

 この言葉に脳が止まり一分、思考が出来る状態に戻るまで三十秒、そして思考からあふれ出す熱い何かが口を介し外に発されるのには十秒もかからなかった。
「何言ってんだ、ボケ総長!!」
 何を矛盾したことを堂々とのたまってんだこのボケなす、と心の中でなじりトーリを見る。
「いや、だってさ、ホライゾン救いに行ったら聖連と大戦争始まるんだぜ? それってつまり末世より早くいろいろと終わっちまうんだよな。だったら、それって悪いことだよな」
 いや、確かにそうではあるが、
「トーリ、コクリに行くんじゃないのかよ……!」
 魂の奥底から、そんな声が流れ出た。



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Name: navi◆279b3636 ID:f6c0fcae
Date: 2010/07/05 17:07
「……少年のいた教導院の総長はなかなかに刺激的なことを言うじゃないか」
 それは絶対に褒めていないだろう。むしろ皮肉は込められているだろう。
 正宗的にはそれは否定したいことであったが。
「そうですね……」
 否定する要素がどこにも見当たらない。
 何も考えていないんだろうなあ、と思いつつも、
「まあ、事の行方を見守りましょう。何が起こるかなんてわからないですから」
「同意しよう」
 視線を校庭に向けた。

  ※

 声が聞こえる。その声はどこかのんきで達観している。
「だってさ、ホライゾン救いにいって上手く行ったらさ、メンツ潰されたイタ公率いる聖連がぶちぎれて全面戦争になると思うんだよ。そーなるとさ、ヤバイぜぇ? なんたって、聖連は世界みたいなモンなんだからな。それこそ――、世界を全て倒すまで戦争することになる」
 馬鹿はヘラヘラ笑いながら。
「戦争、大変だぜ? どうするんだよ、セージュン」

  ※

 正純は思う。誰がこの馬鹿に入れ知恵をしたのだろうか、と。いや、それよりも堂々とカンニングペーパーを見ながらというのはどういう了見なのだろうか。いや、了見も何もないだろう。むしろ何も考えているわけがない。
 それにしても、厄介なことになった。本来ならば自分が言わねばならないことを、つまりは“ホライゾンを救いに行かない利点”向こうが先に言ってしまったことで、こちらが“ホライゾンを救う利点”を言わねばならなくなってしまった。素直に「私の負けです」と負けを認めてしまうというのも考えたが、それだと武蔵側が勝利してしまう。あちらのことだ。おおかた商人がフォローを入れてホライゾンを救いに行くに決まっているし、そもそも討論としてのルールから逸脱してしまう。
 故に考えなければいけないのだが、
「ほらセージュン君、早く答えを、Say! Say! Say!」
 ――この野郎、ぶち殺してやろうか!?
 おっと、いけない。冷静な判断を下さなければいけないというのに頭に血を上らせるというのは駄目なことだ。うん。
 ふう、と軽く息をつき、
「では、こちらからもホライゾンを救う利点を言おう」
 正純は息を吸い呼吸を整え、視線をトーリに据えて、
「ホライゾンを救う利点。それは、武蔵が主権を確保できるということだ」
 その答えにトーリは、
「あ? なんだよ、主権ってのは」
 まあ、そう来るだろうなと思いながらも、
「主権とは六護式仏蘭西(エクサゴンフランセーズ)で再現されつつある、国家の本質的な捉え方だ。……私達はそれぞれ、極東だとか、K.P.A.Italraだとか、三征西班牙だとか、P.A.ODAなんかを、それぞれを“国”として、そこに所属しているわけだよな? だが、国とは――、どういうものを国と言うのだ?」
「そりゃあ、人が居て、土地があって」
「違うな」
 正純は指を二本立て、

  ※

「ま、正純がピースサインを!」
「な、なんと愛らしい……」
「は、早く録画を!!」

  ※

「それは、国家に必要な要素である“人民”と“領域”だ」
 だが、
「それだと、ただ土地に人が集まっただけで他国の侵略に逆らう正当性がない」
「正当性ならあるぞ?」
「どんな?」
 トーリはその問いに、
「だってさ、しんりゃくされたら死人が出るだろ? 向こう、侵略してきたほうが悪じゃん」
「ああ、そうだな。だが、それならば向こうにも侵略する側にも正当性はあるぞ。侵略することで利益を得ることができ、国を豊かにするという正当性が」
「おいおい、セージュンそれだと侵略された側が狩られた獣と同じみたいじゃねーか」
「ああ、その通りだ」
 なぜならば。
「侵略する側は侵略された側を考慮する必要がないんだ。それは、侵略された側に“主権”がないからなんだ」
 つまりは、
「主権がないということは侵略する側と対等ではないということだ。――つまり、“主権”のない国は国として認められない。ただの獣の集合地なんだ」
 ゆっくりとと息を吐き出し、
「国の主権として必要な能力は三つ」
 前に読んだ本の内容を思い出しながら、
「一つ、他国と対等になるために、独立を提示する能力。
 一つ、国を存続させるために、領土と人民に対して統治を貫徹する能力。
 一つ、前者二つを支え、意思決定をする能力。
 三つをそれぞれ“対外主権”“対内主権”“最高決定力”と言う。
 ――これら三つがあれば、他国と対等であり、国内を統治し、さらにはそれをするための力があるもの、――つまりは独立した国家として認められ、それを脅かすものは国と国とのつながりにおいて違法とされる」
 息を吸い、
「今、――極東は領域と人民の殆どを奪われている。さらに、主権を作る三つの能力も奪われている状態だ」
「そうなの?」
「ああ、そうだ。――最高決定力である筈の総長と生徒会長の決定に、聖連の干渉を受けているじゃないか」
「へえ、――俺、後押しされたから気づいてなかった。あれって、干渉なのか」
「下駄はかせは干渉だ。他にもたくさんあるぞ?」
 解ってるのかなぁ、と正純は思いながらも、
「例えば対外主権だが、干渉を受けても抵抗できないのは、他国と対等じゃないだろう?」
「だなあ」
「だろ?」
 そして、
「対内主権もそうだ。極東の大部分を各国に暫定支配され、居留地も支配地域に干渉されて、更には武蔵も今、他国の手によって移譲されようとしているなら、対内主権の要である領土と人民の統治なんてろくに出来てないことになるだろ?」
「だなあ」
 解ってるならその生返事を止めろ、と思いながらも続ける。
 正純はゆっくりと南側、陸港のほうに居るであろうホライゾンを想起させるため指で示し、
「ホライゾンは、三河の嫡子。いずれ極東を支配する松平の跡取りなんだ。そして今まで、三河の君主は武蔵に野津事を聖連に禁じられていた。聖連の影響下にあったわけだ」
 だが、
「ホライゾンを救えば、無妻に聖連の影響を持たない極東の支配者が来ることになる」
「そりゃ無理だろ」
 即答、と言っても差し支えない速さでトーリは正純の言葉を否定した。
「いくら何でもそりゃ甘いぜ?」

  ※

「言ってることは正しいんだけどなあ、これでカンペがなければなぁ」
 肺の中にある空気を全て搾り出すかのように正宗は呟いた。
 いや、確かに言ってることは正しい。この時点での正純の言ってることはダダ甘だ。
「ウチで扱ってるパフェより甘いな」
「……どれだけ甘いのかね」
 正宗の一言にガリレオは問う。
「砂糖八十%使用の生クリームをふんだんに使用し、フルーツに見せた砂糖菓子を盛り付け、最後に砂糖をかけたパフェですが。あ、ちなみに値段は」
「言わんで良い」
 だがまあ、とガリレオは気を取り直し、
「少年、では聞くが今の意見の何処が甘いというのかね?」
「この世界、少なくともこの極東を含めた国々は“学生主体”であるということが前提です。
 現状として、嫡子であるホライゾン・アリアダストは学生ではありません。学生ではないのなら入学させれば良いという意見もあるでしょうが、ホライゾン・アリアダストの学力がどうしてもネックになります」
 ――入学するなら、最低でも中等部までの学力がないといけないしなあ。
 現在、ホライゾン・アリアダストの現状を考えてみれば。
 ――うん、無理だ。
 まだ、ホライゾン・アリアダストの名が判明されていないときは、青雷亭(ブルーサンダー)と言うパン屋で働いていたところから四則演算はできるだろうが、それ以上のことが出来るかは不明だ。去年きたばかりなのだから教育など受けているはずもないだろう。文法などはもってのほかではなかろうか。
「少年、君は見落としていることがあるぞ?」
「見落としていること、ですか?」
 思う。自分が何を見落としているのか、と。
「少年、もっとよく考えると良い。極東と他国を比較し、よく熟考し、答えを導くと良い」
 ――極東と他国……?
「――あ」
 そうだ。
「一芸試験」
 極東ではあまりにもメジャーではない入学方法であり、完全に頭から失念していた。
「戦闘、術式、芸術のような“何か”に特化した者。また、異族などにも適応される入学試験。そうか、これならホライゾンも入学できる」
 何と言っても、
「大罪武装の使用者であり、真の所持者であり、そのものならば十分一芸として認められる」
 そして、
「この方法でホライゾンを救い出せば、極東は主権を取り戻し、なおかつ他国と真の意味で“対等”になる……!」
 は、と、ここで気づいた。
「違う。まだだ」
 そう、
「この方法は」

  ※

「諸刃の剣だ」
 正純は告げた。
「ホライゾンを取り戻すことで極東が主権を主張した場合、各国は暫定支配を行うことが出来なくなる。そうなれば、他国はこの極東の島から出て行かなければいけなくなるが、海を渡った先の外界は未開拓の過去な土地だ。それはどうあっても避けたいことだろう。
 だからこそ、各国は重奏統合乱の条約を叫び、極東に主権を持たせないようにしているわけだが」
「ホライゾンを救えば、条約違反を掲げる聖連と暫定支配の開放を謳う極東の相対は必至となる」
 その言葉にトーリは、
「つまりさ、ホライゾンを救えば戦争は必然って事なんだよな?」
「……まあ、そういうことになる」
 だったら、とトーリは懐から新たなカンニングペーパーを取り出し、
「では、商人のぉ――小西君から質問です」
 正純は一体あと何枚カンニングペーパーがあるんだろう、と思いながらもトーリの言葉に耳を傾ける。
「姫を救い、極東の主権を確立しても、戦争が起きれば死人が出るかもしれません。そのあたりをどうお考えですか? ――ハイ、セージュン君答えをドーゾ!!」
「いや、お前何時から司会になったんだ?」
 言いつつも、
「確かに、戦争をするならば、戦死者が出る。これは基本だよな。――だが、戦争を回避した場合の“戦死者”を考えたことがあるか?」
「へ? 戦争を回避したのに戦死者って出るのか?」
 まあ、そんなところだろうな、と思いつつ、
「ああ、出るんだよ。戦争をしなくても戦死者は」
 言いながら思う。自分は暫定議会側で出席したはずなのだがなあ、と。
「いいか? 極東の金融は現在全て差し止められている状態だ。それはそのうち何らかの理由をつけられて聖連に奪いつくされるだろう。そして、今は四月。……この意味が解るか?」
 息を呑み、
「極東においては、まだ年度が始まったばかりで、居留地の予算が手付かずに近い状態だったって事なんだよ、だが、その予算を現在差し止められている状態と言うことは、今現在最も金が無い時期だということなんだ」
 この状況から導かれる状況は、
「解るか? あらゆる予算が差し止められているということは、公的な予算も差し止められているということだ。これは一部だが、水道、下水、防犯、そしてもっともしわ寄せの来る医療何かがそうだ」
「おいおい、何で医療にしわ寄せがくるんだ?」
「医療に金が回らないということは、今入院している患者も含めて、患者に有効な治療が出来なくなるんだ。いくらストックがあっても、それは消耗品、遅かれ速かれ底をつく」
 更に、
「金が無くなる、ということは貧困が迫るということだ。居留地内の金を多くするには外貨を稼ぐ必要がある。――だが、金の無い状態ではろくに生産も出来ない。資本が無いからな」
「だとすると――」
「貧困は時間が進むにつれて比例するように、時には上回って酷くなるだろうな。そして、生活が保てなくなった人間から死に近づいていく」
 これが、
「この戦争を回避することで出る“戦死者”だ」
「じゃ、じゃあさ」
 正純の言葉に、トーリは抗うよう、
「もう居留地畳んで、帰化しちまえば良いじゃん」
「それが聖連の狙いだろうな」
 正純は頷き、
「帰化するとき、きっと聖連は、いや、きっとなんかじゃなく“確実”に援助するだろうな。改教や、言語の問題のクリアなどをな」
「だよな、だったらさっさと帰化しちまったほうがいいんじゃね?」
 いや、と正純は、
「では、葵、お前は奴隷になりたいか?」
「へ? 奴隷?」
 ああ、と頷き、
「奴隷とまでは言わなくとも、おそらく帰化すれば私達は奴隷並の安さで労働力とさせられるだろうな。居住地も最低ランク。食料だってどれだけ手に入るか解らない。――おそらく、理由は“聖連に反逆しようとした不穏分子”とでも言ったところか?」
 言いながら自分でも無茶苦茶だなあ、と思いつつ、
「そして、何よりも極東には技術がある」
 告げる。
 荒唐無稽であろうともそれは“考えられない”未来ではないのだ。
「今、私達が居る武蔵と言う巨大な航空艦は他国にとってはまさに宝箱だ。強力なステルス性能、緊急用の重力航行システムなんかは特に、だ。
 例えば、K.P.A.ItaliaのKはKUREを意味するK、極東における、航空産業ではIZUMOと並ぶ呉(くれ)のことだ。内海派におけるK.P.A.Italiaは大航海時代における衰退を予期し、呉を押さえることで各国の造船における収入を確保したが、ならば今の武蔵に使われている技術は喉から手が出るほどほしいはずだ」
 そして、
「また三征西班牙が近いうちに英国と戦争状態に突入する。その決戦において、三征西班牙は百三十の艦隊からなる無敵艦隊"超祝福艦隊(グランデ・フエリシジマ・アルマダ)”を出す。歴史再現で言うのならば後に“無敵艦隊(アルマダ)”
と皮肉される“超祝福艦隊”は敗北する。そのために英国は以前よりIZUMOからの技術供与を受けているよな」
 だが、
「極東の技術力を得ている英国に対し、三征西班牙はただ負けるだろうか? そんなわけが無い。戦争に勝利し、真の“無敵艦隊”を成立させ、なおかつ“解釈”で自ら“降伏”することで政治的な勝利を得たい、とそう考えているはずだ。そこに
“無敵艦隊”を拡充強化する技術があれば、後の覇権もかなえられる、と」

  ※

 正宗は聞いた。正純の声を。
『更に言えば、航空船は陸上物資や人員の輸送も可能。三十年戦争を控えたM.H.R.R.や六護式仏蘭西はもとより、清・武田や上杉露西亜(スヴィーエトルーシ)としても技術がほしいだろう。高山を越えることが出来る船は世界でも希で、今の武蔵はそれを叶えているんだ』
「しかも、武蔵は準バハムート級。運べる物資の量も比較にならなくなるな。これだけの船を飛ばす流体炉を解析して転用することも出来るしな」
 対し、トーリの声が聞こえた。
『だったらさ、俺たちそれで良いんじゃね? 技術持って凱旋して、ネイトの言ってた市民革命もセットで持ち込めばかなり良いご身分で、万々歳じゃね?』
「違うな」
 続くように正純の声が、
『技術者と航空船関係分野の人間達は、な』
「しかも、市民革命を持ち込もうとすれば貧困の酷い居留地に叩き込まれて口封じされる可能性も出る。改教を拒むものも居るだろう。特にTsirhc系は荒れるな。中世で異教者はもはや人間扱いじゃない』
 虐殺、暴行、略奪を平気で行える。1189年から1192年の第三回十字軍遠征や魔女狩りを見れば解りやすい。
 もっとも、現在はそれも“解釈”で済ましていはいるが、それでも何かを奪われることには変わりない。
「戦争をしなければ平和、なんて理屈はもう終わってるって事か」
 だが、
「まだ、問題はあるんだよなあ」
 それは、巨大な問題だ。
「極東が正義だと言うのではなく、聖連側が悪だ、という世界に通ずる理屈だろう?」
「その通り。極東が自分達が正義だと言ってもそれはただ極東のみの理論、となります。
 ですが、聖連が悪である理由を世界に通じる理屈で言ったのならば、悪となるのを嫌う支配者達は極東に味方することとなりますからね」
「ああ」
 そして、とガリレオは、
「それが、二十数年前、極東がK.P.A.Italiaに仕掛けたやり方だ」

  ※

「ガリレオ殿、少しここから離れます」
 正宗はガリレオに告げた。
「どうかしたのかね?」
 ええ、と告げ、
「今の総長(トーリ)と副会長(正純)の相対が終われば、おそらく私達が出ることになるでしょうから、武器を取りに行きますよ」
「……ふむ、行くのはかまわんが、まだ結果はわからん。武蔵側が負ける可能性は考慮せずともいいのかね」
 ええ、と正宗は言う。
「むしろ、ここから武蔵側が負ける方が困難だと思いますよ」
 そう、
「もう、見なくても十分解りますよ」
「そうか、だったら取ってくると良い」
 ああ、と最後にたずねるようにガリレオは、
「それは、よく考えてからの事かね?」
「ええ、勿論ですよ」
 Tes.とは、言ってやらなかった。
 そして、正宗は身をかがめた。クラウチングスタートの体勢を取り、
「ヤタ」
 声と共に走狗が現れた。
「五分で家に戻る。流体供給の使用制限はそちらに任せる。なるべく、次の相対に支障が出ないように頼む」
『Jud.、だ』
 言葉と同時、正宗は体にみなぎるものを感じた。流体だ。充満するほどの流体が体を満たしていく。
 左足を跳ね上げた。生み出される推進力は莫大。風になるかのように前方へ跳んだ。
 駆ける。自身の住処へ戻る最短距離を探しだす。
 そして、
「到着」
 とある区画の一角にひっそりと安置されるかのように立っている自身の家。安堵感を覚える。
 裏口から中に入る。空っぽの玄関に靴を脱ぎ捨て向かう先は隠し倉庫だ。
 居間に入り、ちゃぶ台をよけて畳の一枚を持ち上げる。そして床板の一部にある取っ手を掴み、持ち上げる。
 出てきたのは空洞だ。光が届いていないのか、丁度畳一枚分のスペースしか見えていない。
 はしごを使わずに一思いにダイブする。軽やかな着地とは裏腹に埃が舞う。思わず咽てしまった。最後に掃除をしたのは何時だったろうか、と思い出しながらも目当てのモノを探すため、はしごの右側についているスイッチを起動し明かりを入れた。
 そこから見渡せるのは全て箱だ。形状は様々だが、どれも鈍い輝きを放ち頑強さをうかがわせる。
 その中の一つ、長方形型で縦は肘ほどの長さ、横は五十センチをつけたくらいの物を取り出した。
「記憶が正しけりゃあこれでいいはず」
 ロックを開き、上箱を持ち上げる。中には緩衝材に詰め込まれるようにしまわれた武器が入っていた。
 トンファーだ。腕の中ほどから刃になっている特殊な形状をしている。
「と、あった」
 トンファーの一本を左手で取り、ブレード部分を右手でなでた。冷たく、無機質な金属の感触が指先に伝わる。
「あんまりメンテナンスもしなくて悪いけど、今日は頼む」
 トンファーに声をかけるよう告げ、
「うし」
 頬を両手で張り気合を入れた。
 トンファーを付属のパーツで腰に装着し、外に出ようとしたときだ、通神が入った。ガリレオからのものだ。
『少年、そろそろ相対が終わる。君の予想通り私達の出番が来る。すぐにこちらに向かってくれ』
 正宗は応答を返した。
「さぁて、気合入れていくか」
 
  ※

 校庭に暴風が迸った。身を切り裂かんばかりの風が高く巻き起こり周囲を圧倒していく。
 その中心にいたのは一人の少年だ。
 オールバックの黒髪を靡かせ、K.P.A.Italiaの制服を纏っている。
 対するように一人の少女が正面に立った。
 槍を持った、ポニーテイルの少女だ。
「思ったよりも、早い相対で御座るな」
 ポニーテイルの少女が言うと、呼応するように、
「全くだ。もう、二、三ヶ月は会わない予定だったんだが」
 小さくと息を吐いてみせると、
「全く、相変わらずで御座るな」
「そういうお前も相変わらずだよ」
 そして会話は数秒途切れたが、問うように少女が、
「そこを、通してはもらえんので御座ろうなあ……」
「ああ、俺はこれでも仕事熱心な人間――、じゃあないな。まあ、仕事に関しちゃあ妥協はしないのがポリシーなんでね。――悪いが、ここで倒れてくれ」
「どうしても、そこを引く気は無いので御座るな」
「ああ――、ンな事よりだったら」
 少年は腰に下げていた武器を持って見せ、
「実力でこいよ。こっちのほうが手っ取り早い」
「そうで御座るな。そっちのほうが、拙者にとってもやりやすい」
 相対する両者は異なる獲物を、
 少年は両手にトンファーを構え、
 少女は槍の穂先は突きつけるように構え、
「K.P.A.Italia、K.P.A.S、雑賀・正宗」
「極東、武蔵アリアダスト教導院、本田・二代」
 正宗は犬歯を剥き出しながら粗野な笑みを見せ、
「いざ」
 二代は口元に小さく微笑を浮かべ、
「尋常に」
 言葉は揃い、
「勝負」
 言葉と同時、両者が動くのは“ほぼ”同時だった。土煙を引き、前方に向かい走る。
 先手を取ったのは二代だ。槍というリーチを生かした刺突を正宗に向ける。流石、本田の倅と言われてもなんら可笑しくない高速の突き、並みの戦士ならば大人でも回避することは容易ではない。
 だが、正宗はそれを軽くいなした。十年前の模擬戦からずっと好敵手として模擬戦をしてきた二代のクセは少なからず把握している。
 しかし、と両者は感じた。重みが昨年と格段に違う、と。
 引けない理由もさることながら、格段に成長を遂げている。
 正宗は思う。下剤入れるの止めておけばよかった、と。
 二代は思う。面白い、と。
 表情に出さぬようにしながらも獲物を交わらせ、十幾度目かの交差を気に両者は後方に引く。
「――ったく、こんなところまで一緒かよ」
「まあ、拙者の主な相手と言ったら父か正宗しか居なかった故に、考えることも予想がつくのは仕方の無いことで御座ろう」
 それにしても、と二代は、
「よくもまあ、そんな使いにくそうな武器を選択したで御座るなあ」
「ばっか! ロマンだよ、ロマン!!」
 それに、
「使いにくくてもそれを使いこなせてこそ、一流だろ?」
「まあ、同意はしておくで御座るよ」
 いい加減、軽口もだれてきたな、と正宗は思った。
 ――腹の探り合いは、あわねえなあ。
 向こうも、きっとそう思っていることだろう、と思いながらも、脳は回転を続ける。思考のロジックが導き出そうとしているのは唯一つ、目の前の敵をどうのめすか、だ。
 とりあえず、で動けば一瞬でこちらの敗北は決定だ。
 こちらとしてはそんな無様な敗北は望むところではない。
 汗が額を流れる。
 軽い舌打ちをし、そして、
 ――動くか。
 腹を決める。ぐずぐずすして時間を引き延ばすのは本位ではない。
 息を整え、タイミングを計る。
 ――三、
 左足の筋肉を収縮させ、
 ――二、
 視線を二代に据え、
 ――一、
 目を見開き、
 ――零――!!
 駆けた。
 それは二代も同じだ。
 ここまで来ると笑うしかないほどに同じ思考をしているのだろう、いや、こちらの挙動を見抜いたのかもしれない。
 だが、かまわない。
 質の違う風が爆ぜる。正宗が破壊する暴風ならば、二代は切り裂く鎌鼬だ。
 “蜻蛉切り”の穂先とトンファー肘部の刃が打ち合い、鎬を削る。
「――!!」
 悲鳴はどちらからか。
 埒が明かないとばかりに正宗は強引に懐に潜り込む。だが、槍は当然の如く反応し、穂先は正宗の脇腹を抉る。
 赤い血が噴出す。致命傷ではないのを幸いとばかりに正宗は右腕を後方に引き、
「歯ぁ食いしばれッ!!」
 振り抜いた。
 二代の腹部に鈍い音が起こる。
 だが、
 ――回避した!?
 昨日、オリオトライが見せた拳撃の回避と同じだった。自分から後ろに飛びのくことでダメージを減らす。
 二代はまだ読みが甘かったのか、それとも動揺か、完璧に回避することが出来ていなかったのが幸いだ、だが、
「何どーようしてんだよ」
「動揺してなど御座らんよ」
 嘘付け、と正宗は胸中で吐き出しながらも、
「じゃあ、もうちっとギア上げていくぞ」
 ヤタ、と呼び出し、
「内燃レベルを引き上げてくれ、筋力の強化も頼む」
『Jud.』
 覚悟しろよ、と正宗は言った。
「二代、ついてこれなくなったならば終わりだと思え」
 体が急に軽くなる。
 なれないな、と思いながらもその恩恵を享受する。
 めまぐるしく世界は加速していく。
 体が自分以外の流体を感知した。二代のものだ。
 何らかの術式を使用したのだろう、向こうの速さも既に尋常ではない。
 ここからは、人外の域だ、と思考の一部を掠めたが、それは詮無きことだ。
 はたから見れば今の自分達が戦っているようには見えないだろう。
 よく出来た殺陣(たて)を見ている錯覚に陥るかもしれない。現に自分もそう感じている。
 自分の打ち出す一撃と、二代の繰り出す斬撃が交わりあい、そして音を立てていく様は既に舞踏の域だ。無論、舞を専門にする人間に比べたら稚拙なものだろうが、それでも心を揺るがす何かは作り出せているだろう。
 更に世界は加速していく。もう、戦闘の領域は思考の読みあいにシフトしている。先に相手の思考を読めなくなったほうの負けだ。
 左右の連続打撃は刺突にいなされ、
 向かってくる一撃は受け流し、
 懐に潜り込めば蹴りが打たれ、
 刃を向ければ鎬が削れた。
 ――!
 そして、見つけたのは好機。ここで男女差が現れてきた。
 術式で補強しようとも自力は俄然男性が有利を持つ。
 そして、集中力にも差が出てきた。
 武蔵王直属の傭兵と言う立場から情報を探りに行けば、当然戦場で命の危機に晒されることもある。故に、集中力の持続は必須だ。
 対し、向こうは実力はあれど、命の奪い合いは未だ経験したことが無いだろう。
 その点でも差異が出た。
 そして、その差異による隙を正宗は見逃さなかった。
 二代がそれに気がつくものの、遅い。
 もう、自分から身を引いての回避などと言う余裕は無い。
 槍は急速に引かれ、中央の部分で正面防御がなされた。吹き飛ぶ。二代は流れるような軌跡の右の一撃を喰らい後方にぶっ飛んでいく。
 だが、それでも流石と言うべきか、無様に転げるということは無い。地を引きずり、摩擦で踏ん張り、そして停止。
 立ち上がる。
 既に、美しく整った顔の額からは大量の汗を噴出している。
 だが、その目に灯る闘志の灯火は未だ消えていない。
 二代は槍を構えた。
 その構えを自身は見たことがある。
 それは、東国無双の本田・忠勝の見せた構えと瓜二つといって良い。
 そして、冷めた。
 正宗は急速に何かが冷めていくのを感じた。
「ヤタ、流体放出」
『Jud.』
 応答と共に身体から莫大な流体があふれ出していく。
 聞こえた。
 ――結べ。
 なあ、二代。お前は馬鹿だ。
 ――蜻蛉切り。
 大馬鹿だよ。
 正宗は急速に後方へ引いた。
 
  ※

 焦っていない、といえば嘘だ。
 二代は確かに焦っていた。
 互角でありながら段々と浮き出る自力の差、
 命の遣り取りを経たことから来るメンタル面、
 そして、自分に降りかかった正宗の血液。
 思う。何故、味方を斬らねばならないのか、と。
 腹が抉れた時に、ほんの一瞬見せたあの悲痛な表情は大いに自分を困惑させている。
 腹がたつ。正宗を“敵”と割り切ることの出来ない自分に。
 ――愚かな。
 これは侮辱だ、と二代は思う。
 武人相手に全力を尽くさないのは最大の侮辱だ。
 故に、
 ――見せよう。
 奥義を。
 父から受け継いだ本田の一撃を。
 構えた。
 その構えは一撃必殺。
「結べ――」
 喰らえ、と、
「――蜻蛉切り」

  ※

 二代の驚く顔がありありと焼きついたように正宗は感じた。
「驚く必要があるか?」
 正宗は言う。
「二代。お前は確かに俺を斬ったぞ? ああ、俺は斬られたよ」
 だが、と二代は言う。
「正宗は斬れては御座らん」
「ああ、そうだな」
 頷き、
「驚く必要も無い。ただの大道芸だ」
 まあ、
「お前はわからんだろうなあ。それに、わかる必要も無い」
 跳ぶ。
 前方に。
 二代の元に。
 そして、攻守のバランスが変化した。
 攻撃は正宗だ。
「なあ、二代」
 トンファーを振りつつ問う。
「お前は、何であそこで割断能力を使用した」
 答えは無い。
「解ってたろう? 俺が、大道芸を使わなくても回避できるって」
 打ち、
「ようは、“蜻蛉切り”の刃に自分を見せなきゃ良いだけだ」
 蹴り上げ、
「お前が、本田・忠勝ならまだしも、俺はお前と何度も刃を合わせてる。読み取れないわけないと思わないか?」
「……戦闘中におしゃべりとは、余裕で御座るな」
「ああ」
 落とすように右のトンファーを捨てた。
 突き抜いてくる“蜻蛉切り”の穂先の根元に手をやり、そして、掴んだ。
「余裕だよ。超余裕」
 左足を軸に、強引に回転運動をしかける。
「!?」
 驚く顔が覗き見えるがもう遅い。
 唸る。強化された両の腕が唸りを上げる。
「吹き飛んじまえよ!!」
 足、腰、腕、と連動した動きは力を与えた。
 飛ぶ。方向は二代が背にしていた校門側から百八十度回転し校舎側へ。
 墜落。落ちた先は花壇。
 何かが折れる音と共に二代は地に叩きつけられた。
 ――あ、やば。後で用務員の動死体(リビングデッド)に怒られるな、これ。
 思いながらも、
「おーい、立てるかよ」
 正宗は叫んだ。
 その声に反応するかのように、二代は立ち上がる。
 ただ、様子が変であった。
 自我を失ったかのように呆然と視線は空を仰ぎいでいる。
 ――もしかして、頭打ったか?
 だが、
「ようやく理解したで御座る」
 二代は言う。
「“蜻蛉切り”の一撃を回避した動きを、ようやく理解したで御座る」
 仰いでいた視線をこちらに向け、
「拙者が割断したのは、確かに正宗ではあった。しかし、それは正宗ではなかった――そうで御座ろう?」
「ああ」
「おそらくは正宗の発した流体が盾になったとでもいったところで御座ろう?」
「その通りだ。所詮、お前は俺の虚構程度しか斬れなかったんだ」
 だが、
「それが解ったからどうかしたか?」
 問う。
 二代は、
「正宗」
「何だよ」
「拙者、斬れなかったんで御座るなあ」
「――?」
 突然笑い。そして、
「これでは、東国無双の娘を語ろうなどとは片腹痛い」
 だから、と二代は、
「斬らせてくれ、正宗。もう一度」
「――ああ、断てるものなら断ってみろ。たやすくは無いぞ」
 ――なんだよ、お前。
 瞬間、濃霧のような流体が正宗の周囲にあふれ返った。
 その量は、常人が出そうとすれば何百も代演せねば欠片も届かぬほどだ。
「問題ないで御座る」
 ――良い顔、してんなあ。
 
  ※

「真っ向勝負!!」
 腹の底からひねり出すかのような咆哮を二代は発していた。
 獣の雄叫びともいえるほどの咆哮だ。
 再度、“蜻蛉切り”を構え、視線を正宗に合わせ、
「拙者の名は二代!!」
 宣言するように、
「本田・二代!!」
 笑み、
「ホライゾン・アリアダストの剣なり!!」
 吼え、
「おぉぉおおぉぉぉぉおぉ!!」
 踏み込み、
「結べ! “蜻蛉切り”」
 願うように、
「結び割れ!! 時空(とき)ごと奴をッ!!」
 振りぬく。
 叩き割る。盾となっている流体を。
 そして、
「!?」
 斬った。
 正宗の纏う流体を断ち斬り、正宗を、
 一瞬だけの沈黙を砕いたのは正宗だ。
「――お前の勝ちだ、二代」
 倒れた。膝を突き、体勢を崩し、音を立てて地に伏した。
 それを見て、
「我が“蜻蛉切り”に、断てぬ者無し」
 “蜻蛉切り”を掲げ、そして石突を地に突き叫んだ。

  ※

 ああ、と正宗は思う。
 負けた。敗北した。
 だというのに、とても清々しい。
「大丈夫か、正宗。拙者、少々加減できなかったので御座るが」
 二代は屈み、こちらの顔を覗き込む。
「ん――大丈夫だ。いや、まあ、流体の盾もあったし、このくらいじゃ俺も死なないしなあ」
 斬られた部分に手を這わせてみるが、既に塞がり始めている。
 ――なんともまあ、自分の体ながら出鱈目すぎるって。
 それよりも、
「俺の扱いはどうなるんだ?」
 負けて生きているということは、捕虜扱いなのは確実だろう。
「その点に関しては、問題ない」
「シロジロ?」
 足音が聞こえる。二つの足音。見上げれば、シロジロとハイディの顔だ。
「書記に作らせておいた。受け取ると良い」
 手に取ったのは一枚の紙だ。紙の上部には誓約書、と大きくある。
 シロジロは、
「この相対を一つの戦、つまりは武将同士の一騎討ちとして解釈する。そして、こちらが勝利し敗北した将を捕らえた」
 胸のポケットからインク系のペンを一本取り、こちらに差出し、
「私達は敗北はしたがその能力の高さを認め、敵将である雑賀・正宗に俸禄を出し雇おうと思うのだが、雑賀・正宗、貴様はどうする」
 そうそう、とシロジロは、
「俸禄は十億だそう。どうだ? 魅力的だろう?」
「――」
 おいおい、と軽く笑いながらも、
「それ、俺がお前に渡した金額まんまじゃねえか」
「さて? 何のことだろうな」
「良い性格してるよ、お前」
 正宗はペンを受け取り、
「その申し出、有難く拝命させていただく」
 受け取った用紙に名を記す。
「ただいま、とでも言おうか?」
「言いたければ勝手に言うと良い。――時間の無駄だとは思うがな」
「じゃあ、ただいま」
 ――武蔵。
 ――教導院。
 そして、
「よ、お帰りまっち」
「ああ、ただいま」
 ――皆。



[19216] 境界線上の進撃者達(配点:一点突破)
Name: navi◆279b3636 ID:0cc552ec
Date: 2010/07/13 11:07
 正宗はゆっくりと上体を起こし、皆に言った。
「さて、皆はこれからどうするんだ?」
「あ? どうするって、そんなの決まってんだろ? ホライゾンを取り戻しに行くさ」
 だろうなあ、と吐息を吐き上を向いて、
「だ、そうですよ武蔵王ヨシナオ殿」
 教導院側の橋上を仰ぐ。だが、
『そうだなあ、おい』
 帰ってきたのは武蔵王のものではなかった。
「教皇……総長……」
『ああ、そうだ。先程振りだな、雑賀・正宗』
「ええ、そうですね」
 インノケンティウスと正宗の視線が交じり合い数秒し、
『やはり、武蔵に戻ったようだな』
「ええ」
 まあいい、と、教皇総長は、
『そんなことはどうでもよかったなあ、おい。――さて、武蔵王。これからどのような判断を下すつもりだ? 答えてもらおうか』
 インノケンティウスは問う。
 対し、武蔵王は目を瞑り数秒、そして、
「葵・トーリよ」
「どうかしたか? 麻呂様」
「ええい、麻呂を麻呂と呼んで良いのは麻呂だけである!! ――まあ、いい。葵・トーリ、貴様は……、彼女をホライゾンを救ってどうするつもりだ?」
「全部、全部取り戻す。俺のせいで失われたものも。本当は手に入れる筈だったものも、全て取り戻すよ」
 だったら、と、
「取り戻して、どうするつもりだ?」
「一緒に居るよ」
 そうか、とヨシナオは一息、そして、
「麻呂は、麻呂は王である」
 言った。
「王たるもの、民全てを平等に愛し、平等に扱わねばならん」
 震える声で続け、
「故に、麻呂は言わねばならぬ。“王権の委譲は出来ぬ”と」
 笑う声が聞こえる。インノケンティウスのものだ。笑い声は止まり、
『だろうなあ、聖連への敵対を恐れたならば武蔵の王権の委譲は出来ず、しかし、それゆえに武蔵は聖連管理下の――』
「だが」
 インノケンティウスの声をとぎるように、武蔵王は、
「王である麻呂は、王の次に人間である」
 インノケンティウスの笑みが止まった、誰もが聞き入る。
「人間、人の子である麻呂は思う。託してみたい、と。若き者達の可能性を見てみたい、と。この者達は皆、誰もがただホライゾンという少女を救いたいだけであり、そこには打算も何も無い。ただ、あるのは愛しき者を、仲間を救いたいという友愛の心、そしてまだ見ぬ可能性を知らずに死して閉ざされようとしていることに対しての怒り。そして、行動しようとしている可能性を麻呂は見てみたいと、確かに思うのである!!」
 声量が上がった。淡々と語る声は熱を帯びた声に変わってゆく。
「故に麻呂は宣言しよう! 生徒会及びに総長連合の権限を全てそれぞれに戻す、と」
 わ、と歓声が広がる。
 だが、とヨシナオは、
「王権の委譲は出来ん! 王権は姫ホライゾンが戻ってきてからも麻呂が保持する事とする!!」
『ははは! 結局、聖連との敵対は恐れたか!!』
 かまわずにヨシナオは、
「これはまだ未熟な若者達に全てを任せることは危険であると判断したための措置である。故に、習熟期間として王権の正式委譲までは武蔵王補佐として副王二人を設け権利を分権する。その権利は麻呂が二、副王がそれぞれ一。そして、副王には――三河君主である姫ホライゾン・アリアダスト、そして総長兼生徒会長である葵・トーリの二人を任命する」
『それは実質上、武蔵の学生達に王の権限を委譲するということか!』
「何分、これから先の責務においては即座の判断が必要な場合があります。そのためには副王を補佐として設けておくの順当。そして、聖連が麻呂に与えた“指導”の役目にはなんら支障が御座いませぬ。……もしも、これで聖連が敵対するというのならば、その理由をお聞きした上で、こちらとしても誤解を解く努力をいたしたいと思います」
『狂った、いや、感傷に良い学生に取り込まれたか武蔵王!!』
「――聖下」
 ヨシナオは軽く膝をかがめ、頭を下げながら、
「麻呂は武蔵という小国の王であります。麻呂は学生ではないために、聖下と相対は出来ませぬが、――立場としては同等であります。
 教皇総長である聖下がK.P.A.Italiaに降りかかる苦難を乗り切ろうと尽力しているように、武蔵王である麻呂も民の元を離れることなく、その苦難も困難も共に味わい、糧として、解決に向けて尽力していくしだいにあります。ですから――」
 一息、
「――ヴェストファーレン会議にてこの是非を求めましょう。三十年戦争と言う改派(プロテスタント)と旧派(カトリック)の宗教戦争と諸戦争の終結講和と、いくつもの国際法の始まりを示す会議にて全てを求めましょう」
 それは、
「勿論、それはK.P,A.Italiaに限ったことではありませぬ。三征西班牙も、P.A.ODAも、上杉露西亜も、清武田も、六護式仏蘭西も、M.H.R.Rも、英国も、北条印度諸国連合も、島津・アフリカ諸国も、小国も、大国も、全ての意思をヴェストファーレンにて問おうではありませんか!!」
 ヨシナオは叫ぶかのように言い切り、そして教皇総長を見やっていた。
 
  ※

 これを聞いた全ての国の誰もが思った。
 ――あ、これ、死亡フラグ。

  ※

『茶番、茶番だなあ、おい』
「世界が茶番ではなかったことなどありませぬよ、聖下」
 ふん、とインノケンティウスは鼻を鳴らす。
『貴様等の言い分はわかった。――だが、我々K.P.A.Italiaは現地での解決を重んじる。故に、当初の予定通り、ホライゾン・アリアダストの自害と大罪武装の抽出、そして三河回復のための武蔵の委譲を進めることとする』
 そこに、
「そっか、じゃあそっちはそっちで頼むわ」
 トーリが割って入った。誰もが唖然とする中トーリは、
「俺は、ホライゾンにコクリに行くよ」
『貴様……!!』
 だが、
「きっとさ、俺がホライゾンにコクリに行くことは悪いことなんだろうなあ」
 うん、とトーリは頷き、
「けどさ、俺、馬鹿でガキなんだわ」
 だから、と、
「頭の悪い俺はさ、あんた等の言ってることがさっぱりワカンねえ」
 だからさ、と、
「あんた等がホライゾンを処刑しようってのなら、俺はホライゾンを救いに行くよ」
 笑い、
「それに、俺、馬鹿な大人にはなっても良いけどさ、駄目な大人にはなりたくない。ここで行動しないで後悔引きずって大人になったらきっと俺は駄目な大人になる。だから、俺はホライゾンを救いに行く。そん時にあんた等が俺を叱ろうってなら、それは自由だ。それでも俺は行くから」
『そうか……、ふん、警告してやる武蔵の副王。こちらは予定通り行動する。干渉するというならば、校則法に基づく相対が生じると思え。――俺は最早これ以上を言うつもりは無い』
「む、オッサンなはツンデレか? だったら止めといたほうが良いぜ? 男のツンデレは気持ち悪いだけだしな!」
 表示枠は何も言わずに消えた。インノケンティウスの何か言いたげな顔と一緒に。

  ※

 ――さ、最後の最後でぶち壊したで御座るよこの男……!!
 ――おそらくトーリにはシリアスを継続させる力というものが無いのであろうな!! 知っていたが。
 ――せ、折角ちょっとかっこよく決めてたのに……。
 ――フフ、浅間、コクリに行こうとしてる相手を寝取ろうなんて……マーベラス、マーベラスよ浅間!!
 ――なんでそんな話になってるんですか!?
 ――こ、この馬鹿は――!!
 ――うん、なんていうかアレだね、今ちょっとナイちゃんいろいろと落としちゃったよ。黒魔術バックブリーガー。
 ――そうね、マルゴット、私もいろいろと落としたわ。白魔術バックドロップ。
 ――ち、金にならんな。
 ――こんな状況で金勘定の出来るシロ君超素敵――!!
 ――と、とーりくん。
 ――まあまあ、鈴さん。こうなるのは予想できてましたよ。総長ですし。
 ――はあ、何と言うか、台無しだね。もしかしたら歴史に残る名言的な感じになるかもしれなかったのに。
 ――やっぱり、馬鹿は大馬鹿だったさね。
 ――総長、何でこう、決めるところで決められないんですの?
 ――解っているなら言わなくて良い。
 ――正宗、武蔵の総長はいつもああなので御座るか?
 ――知らなかったのか? これが武蔵の平常運行だぜ?
 ――カレーですねー、カレーを飲めば何とかなりますねー。

  ※

「おいオメエ等、何でそこで俺を抜かして内緒話してるんだよ! 寂しいだろ、俺も入れろよ!!」
「お前の話だよ!!」
 トーリはたじろぐが、
「ま、そーいうわけで、俺、ちょっとホライゾン所に言ってくるわ」
 トーリは笑った。
「別に、皆はついてこなくても良いぜ? オマエ等皆は俺に、――皆でやればホライゾンを救えるって教えてくれた。だから、――オマエ等はホライゾンを救わなくて良いよ。それをしたいのは俺だからな。オマエ等がこれ以上付き合う必要はねえ――」
「ばーか」
 よ、という言葉をトーリが発する前に言葉は途切れた。正宗だ。戦闘で崩れたオールバックの頭髪をかき回し、
「なんで、そんな事いうかなあ」
 髪をかき回すのを止め、右の人差し指でトーリを指し、
「いいか? 総長、既にお前は王なんだよ。副王だけど、それでも王なんだよ。皆の、いや悪い、皆って言うのは悪いな。俺は皆じゃないし心も読めん。――まあ、少なくとも俺の中ではお前は王なんだよ」
 だから、と、
「王様らしく命令しとけ、“ホライゾンを救いに行くのを手伝え”って。――それに、総長、お前が消えたら武蔵が寂しくなるだろ?」
「お、俺が消えるの前提デスか!?」
「ははは、何を言ってるか“不可能男(イオンポッシブル)”」
 ひとしきり笑い、
「ま、どっちにしても総長が来るなって言っても俺は勝手に行くぜ? 総長も行ったしな。叱るのは自由だって。だったら、一緒に馬鹿やるのも同じだろ?」
 正宗は向き直り、
「っつーわけで、俺も勝手に行くことにしたから」
 そして笑って見せ、
「焼き直すみてーだけど、再三言っとこう。皆はついてこなくても大丈夫だぜ? これでも聖連からは“一人軍勢(オルゴン)”なんて字名貰ってるわけだしな。解るか? 軍勢だぜ、軍勢。俺一人でもあの馬鹿を姫さんのところまで連れて行くさ」
 その言葉に、そうか、と二代が反応し、そして正宗が、
「ん? どうした――オブゥ!?」
 二代は鳩尾に一撃を入れた。正宗は崩れ落ちる。
「あまり舐めるな、正宗。しばき倒すで御座るぞ?」
「やってから言うな、やってから」
 それに、と二代は。
「拙者は君主ホライゾン・アリアダスト様の剣で御座る。ここで君主の危機に行かねば武士の面汚しに御座る」
 そうかい、と、正宗は返す。
 まあ、と、
「んで? 皆はどうするよ」
 その言葉に皆は一度だけ顔を会わせた。そして、ため息を吐く者、笑う者、いろいろと悟った者が出て、
「これでも自分は忍者で御座る。かく乱や陽動もお手の物で御座るよ」
 点蔵が、
「あちらには異端であるガリレオも居ることであろうしな。拙僧が出るのも道理であろう」
 ウルキアガが、
「まあ、どちらにしても私は武蔵の警護がありますからね」
 浅間が、
「フフ、愚弟を導くのも賢姉の役目よ」
 喜美が、
「生徒会長を補佐するのも私の役目の一つだしな」
 正純が、
「うーん、やっぱり偵察は必要だよね」
「そうね、マルゴット。位置情報を知るのは戦術の要よ」
 ナイトが、ナルゼが、
「フ、これほどベルトーニ商会の名を広げる機会はそうそうあるまい」
 シロジロが、
「んー、シロ君がいくって言うなら何処までも行くよ? 地獄の果てまででも」
 ハイディが、
「あ、んま、り、やく、たた、ないけど、けがした人、ちりょ、くら、いなら、できる、か、な?」
 向井が、
「ま、父との約束もありますしね」
 アデーレが、
「戦争を生で見る機会なんてそうそうないしね」
 ネシンバラが、
「はあ、こりゃ地摺り朱雀には負担かけるさね」
 直政が、
「王が行こうとしてるのに騎士が行かないというのは、二代さんの言葉を借りたるならば、騎士の面汚し、ですわよね」
 ミトツダイラが、
「解っているなら言わなくて良い」
 ノリキが、
「カレーですネー、カレー様があれば何とかなりますネー」
「ハハハ、腕が鳴るねネンジ君!!」
「ふむ、そうであるな!!」
「あ、幼女がいたならば御広敷の名を広めておいてくださいよ? これは、全世界的普遍的な義務ですからね!?」
 ハッサンが、イトケンが、ネンジが、御広敷が、
「ぼ、僕も居るよ?」
 東が、
 誰もが、まるで照れ隠しのように口々に理由を告げた。
「って、何時の間にいたの!?」
 皆の声がそろった。
 東は笑い、
「酷いなあ、さっきからいたよ?」
 まあ、と正宗はトーリを見やり、
「ま、そーいうわけだ」
「ははは、皆馬鹿だなあ」
 その言葉に、
「お前に言われたくねえよ!!」
 誰もが口をそろえて言った。
 と、そこに、
「青春してるねえ」
 声が聞こえた。しわがれた声、男性の者だ。
 見れば、そこに居たのは、
「酒井学長――」
 酒井・忠次だった。
「よう、……これから出陣かい? お前さんたちは」
「おいおい学長、いたなら少しは助けろよ。セージュンなんだか泣きそうになってたんだぜ?」
「誰が泣くか!!」
 はは、と酒井は笑い、
「俺は学生じゃないからなあ。それに、俺が居るのを見たら教皇総長の奴なんだか怒りそうだったし。――ま、そんなわけでちょっと隠れてたよ」
「学長は、何故ここに?」
「んー? いやあ、ね。折角、若人達が羽ばたこうとしてるんだから何か行って送り出そうと思ったんだけどねえ」
 さて、と、酒井は、
「いや、いざ何か言おうとすると何にも出ないんだな、これが。――んで、結局思いついた言葉が、まあ、頑張るなって、所かな」
 一様に呆けた顔を見て酒井はすまんと笑い、
「いや、だってさ、頑張れれば結果は出さなくて良いんだよなあ。ほら、頑張ることが出来たかが問題になってくるわけだから」
 煙管をふかし、煙を吐き出す。
「本当は、もうちょっと頑張っても良い時間があっても良いとは思ったんだけどね? けど、まあ、皆は早めの全国模試に挑むわけだからさ、うん」
 頷き、
「頑張るな、努力もしなくて良い。だから、全力を出しなさい。今まで頑張って、努力して積み上げてきたものを全力で出し切りなさい。けど、まあ、それでももしも駄目だったなら――、生還しなよ」
 一瞬、表示枠を展開させ、
「トーリ。ホライゾンの入学推薦書を送っておいた。それを持って行け。――そして、必ずホライゾンを含めて全員帰ってくるんだ。皆で、な」
 その言葉に対する答えは一つだった。声が揃う。
「Jud.!」
 言葉と共に歩き出した。

  ※

 皆で後悔通りに踏み入り、その中でトーリは思う。
 ――ああ、そうか。
「どうってことねえじゃん。今の有り難さに比べたら」
 うん、と頷き、
「ネシンバラ、オマエ警護隊と連携して作戦とか立てといてくれ」
「Jud.」
「んで、本田・二代」
「何で御座るか?」
「強そうな奴が来たら頼むわ。正宗の奴だとオーバーキル過ぎるからなあ」
「了解で御座る」
 横目で、悪かったな、ジト目でこちらを見る正宗を流し、
「あとは――、浅間」
 そこに居る皆が息を呑んだ。無言が走る。
「別に回りがビビってんのは気にしなくて良いからさ、前に預けておいたあれ、多分使うことになるだろうからさ、――頼んどくわ」
 笑い、
「なあに、気にすることはねーよ。俺は、別に死のうと思っちゃいねえよ」
 だから、
「浅間、通す用意、頼むわ」
 その言葉に浅間はため息と共に、
「――まったく、私が何言っても聞かないんでしょう?」
「はは、悪い悪い――、あ、姉ちゃん」
「フフ、何? 愚弟」
「もし、フラれたらさ、久々に朝飯作ってくんねえ? 塩気は薄い奴」
 それだけ言って背を見せ、首だけ回し皆を見て、
「じゃ、行こうか。皆、頼りにしてるぜ?」

  ※

 処刑開始は六時に始まる。
 そして、今は五時二十分。タイムリミットは近い。
 進軍は始まる。

  ※

 武蔵野艦上の射出デリックに正宗はいた。
「じゃあ、お願いしますよ」
「ああ、ただし重量とデリックのパワーから射出速度と距離をはじき出したが、確実に目標地点までは飛ばない。――つまり、途中からはそっちで飛ばんといけんわけだ」
 その姿は異様とも言える様相だ。
 木箱(コンテナ)を複合し組み合わせたつぎはぎの大型木箱の後ろに飛行用ラジエーターを取り付けてある。コンテナの下側には巨大な砲が二門、更に機銃の銃口が大量についており威圧的。だが、酷く不恰好だ。
「Jud.、問題ありません」
「そうか、ならば射出シーケンスに入るぞ」
 再度Jud.と一言。そして前方を見る。
「制空権の奪回か」
 与えられた作戦は二つ。現在、制空権を確保している三征西班牙所属武神の駆逐。そして密集陣形である西班牙方陣に穴を開けることだ。
 表示枠が上がった。
『正宗君聞こえるかい!?』
「書記か、何かあったのか?」
 ああ、と書記のネシンバラは、
『あの馬鹿が問題を起こしたんだよ。敵の前方にいきなり無防備で現れて攻撃を喰らってるんだ!!』
「何ですと!?」
 だから、とネシンバラは言う。
 新たに表示枠が展開され、
『作戦は変更。武神側に双嬢を当てるから、君は武神を無視して西班牙方陣に穴を開けてほしい』
「Jud.!」
 ――まったく、はやる気持ちはわからんでもないけどさ。
 これもトーリらしいといえばトーリらしいと思いながら、
「聞こえるか? 射出シーケンススタンバイ完了、表示枠にカウントを表示する!!」
 男性が言い、現われた表示枠には秒表示で数字が現れる。
『三十秒……二十秒……十秒……五秒……四、三、二、一』
 零を刻むと同時に正宗は射出された。轟音と共に空に飛翔。
「ヤタ、プリズムファントム展開、ラジエーターと俺の流体炉をリンク、リミット解除はそっちに任せる」
『Jud.、
 流体炉リミット解除――完了。フェイズを一から八まで解除完了
 プリズムファントム展開シーケンス――完了。五秒後に展開。
 流体炉とラジエーターのリンク――完了。ラジエーターフルスロットル』
 表示枠に次々と言語が記されていく。刻む了承の文字が幾重にもわたり展開、消失を繰り返す。
 やがて、薄い膜に包まれるかのような錯覚を感じた。プリズムファントムだ。そして、ラジエーターからも推進力が作られ、自身を前方へと送り出していく。
「!!」
 見えた。前方には武神、そして双嬢である白嬢と黒嬢。展開しているのは魔女としての装備だろう。
 表示枠を展開する。文章を打ち込み送信。内容は一文、
『Good Luck』
 それだけだ。魔女にグッドラックは場違いな気もしたが今はいいだろう。魔女に祝福を。受け取らなそうだ、と思い軽く笑う。
「ヤタ、ギアを上げてくれ」
『馬鹿を言うな。今既にギアはトップだ。これ以上上げようとしたらラジエータが爆発して到着前に墜落だぞ』
 もどかしいと思う。早く戦場に向かいたいという気持ちと現在のすれ違いがそんな感情を起こす。
 内心で悪態を吐きながらも、
「Jud.」
 押さえ、言った。
『気に病むな。後、三十秒であちらにつくのだからな』
「ああ」
 展開されていた表示枠を見やる。武蔵側を示す緑のマーカーと、自分を示す青のマーカーの距離が詰められている。だが、それを見ても背筋が冷たくなる。既に緑と赤は入り混じっている状況だ。武蔵には一騎当千ともいえる猛者が居るが、大半はそうでないものだ。
 ――支援砲火は、まずいな。
 思う。一騎当千の猛者はかまわない。確実に避けるか防御するだろう。だが、そうでないものは違う。巻き込まれる、確実に。
「ったく、アレ使うしかないな」
 ヤタ、と声をかけ、
「アレを使うぞ。砲撃だと味方を巻き込む上に、地面が荒れるからな」
『Jud.、シーケンスを展開しておく。十秒後には使用可能にしておく』
 行くぞ、と前方。既に群集が見える。別途に表示枠を展開、武蔵側に通神を送る。
<武蔵各員へ、十秒後に敵混成部隊の脚を止める。時間は六十六秒、確実に抜けていけ>
 送信の一文字に指を当てる。見てる時間は無いだろう。それでも送る意味はあるはずだ。
『シーケンス完了、いつでもいけるぞ!!』
「Jud.」
 新たな表示枠が展開された。叩き割るように表示枠に拳を落とす。
「神格武装“大憲章(マグナ・カルタ)”超過駆動、展開!!」

  ※

 武蔵の一員は突然のことに動きが止まった。
 だが、
『何してる! 早く目標地点まで抜けろ! 後、六十三秒しかないんだぞ! 走れ! 走れ! 速く!!』
 せかす声。武蔵ではなかなか有名な人物の声だ。
 雑賀・正宗。武蔵では貴重な、銃器を保持できる人物の一人。
『ここは俺が受け持つから、速く行け!! 一人も通さない。絶対に』
 その声と共に、走り出すものが出た。駆ける。誰もが。

  ※

 敵がこちらを通さんとしている後方に正宗は着陸した。
 その脇を武蔵の生徒達が駆け抜けていく。
 ――そうだ、これで良い。
 駆け抜けるものたちを見やりながらそう思った。
 “大憲章”の効力もそろそろ切れる頃だ。だが、加速符を使ってならどんなに脚が遅くとも一分かからずに抜けられるだろう。邪魔が無いのだから。
『ま、正宗はなんでそんなものを持ってるの!?』
 表示枠にはネシンバラの顔が映っていた。怒りの形相に軽くたじろぎながらも、一言ゴメンと言っておく。
『そんなものがあるなら、先に言ってくれればもっと確実な作戦が練れたのに』
「悪いな」
 神格武装である“大憲章”は昔、ちょっとした縁で購入したものだ。
「だが、そんな使い勝手の良いもんじゃないぜ、これは」
 大憲章は元々強大な一を、弱者の多が押さえつけるために作ったものだ。効力は通常駆動で敵一人の六十六項目をランダムに自分以下にする事、そして、超過駆動は自分に敵対する者を六十六秒、生命活動以外全てを最低限まで能力を低下させるものだ。
 超過駆動は多数捕捉出来るが、その補足した分更に流体を消費するために、あまり燃費もよくない。
「よ、正宗」
 声が聞こえ、表示枠から目を離す。いたのはトーリだ。
「総長か」
「ああ、それよりもさ、速く正宗も行こうぜ?」
 正宗は笑い。
「いや、俺はここにとどまる」
 何故なら、
「もしも、俺がここにとどまらなかったら確実に敵は後ろから追撃にかかる。だから、俺がここで敵を食い止める」
 だから、
「速く行けよ、お姫様がお待ちだぜ?」
「――Jud.」
 トーリは走り出し、だが、数歩先で一瞬止まり、
「必ず追ってこいよ?」
「ああ、解ってる」
 右手の親指を立て、
「俺は、雑賀・正宗は守護を任ずる。一人たりともと押さないから」
 そう、
「安心して先に行ってくれ」
 表示枠、緑のマーカーはトーリを最後に全て通り抜けた。
 同時に“大憲章”は解除される。動き出した。
 その大群に聞こえるように、正宗は叫んだ。
「聞こえるか!!」
 息を大きく吸い、吐き出すように叫ぶ。
「ここを通りたいというのなら!!」
 眼光を鋭くし、
「俺の屍を越えてゆけ!! さもなければ――」
 目の前には重力フィールド“Gテリトリー”が展開され、
「ここを通ることすら不可能と思え!!」
 六基の木箱が展開された。正宗の左右に配置されていく。木箱の前面が開く、中からは大量の銃器が現れる。
 だが、それは予備。飛行ユニットに取り付けられていた砲を掴み、取る。
「ランツェ・カノーネの一撃、とくと味わっていけよ?」
 豪砲一閃。

  ※

 走る集団があった。黒の制服だ。それが表すのは武蔵の教導院である“武蔵アリアダスト学院”。
 その中の一部。仏頂面をするものが一人いた。一人の男子だ。集団の中では、やや大柄に位置している。
 その男子が、おもむろに踵を返した。
「ちょっと、何してるの!?」
 一人の女子が声を上げた。男子は反論するかのように、
「あいつのところに行くんだよ!!」
「あ、あいつって、雑賀・正宗のところ!?」
「悪いかよ!!」
 叫び、
「あいつの字名“一人軍勢”なんて仰々しいモンがついてるけどなァ! それでもあいつは人間なんだよ!! 解るか!? 俺たちと同じ武蔵の人間なんだ!!」
 それに、
「“一人軍勢”っつったって、条件付じゃ意味がねえ! だから、俺は戻る!」
 ああ、
「殴られたって、あいつの隣で戦線を維持するさ!!」
 そして、駆け出す。そして少女も何かを悩んだようだが、
「ああ、もう!!」
 走った。逆走だ。
 続くように、何人かが後ろに走っていく。

  ※

 敵を全員倒すだけなら楽なのだがなあ、と正宗は思いながら銃を撃つ。
 盾の代わりのGテリトリーを前方から左右に十キロづつ展開させる。だが、その壁は自分の砲撃も防いでしまう物だった。
 故に、敵が銃を撃っているときだけ防ぎ、自分が撃つ時だけ解除する。
 だが、
「ったく、カッコつけすぎちまったかね」
 人が足りない。
 自分ひとりではカバーできる範囲に限界がある。戦線は段々とこちらに向かってきている。距離は後、六百メートルほどだ。
 集中力も切れ掛かってきている。一つのことならともかく周囲にまで注意を向けていれば三分と持つわけがない。
 銃声が止んだと同時、Gテリトリーを解除、ランツェ・カノーネで弾幕を張る。
 ――クソ。
 距離が詰まる。自身を中心にして右翼と左翼にはなかなか意識が回らない。
 そして、
 ――しま――!?
 駆け抜ける影があった。敵の忍者と思しき者だ。加速札をつけての突撃だろう。疾風が走る、それは忍者の標準的といえる装備でもあるクナイだった。自分目掛け、飛ぶ。
「チィ!!」
 本来、西班牙方陣は重鈍であり、機動性に優れたものではない。
 撃っている間は西班牙方陣を解かないだろう、と高をくくっていたが、西班牙方陣はブラフだった。
 狙いは自分。集中力の欠けてきた自分に機動性の高い者を使ってのダイレクトアッタックを仕掛けてきたようだった。
 ――やば――!?
 約束守れなかったなあ、と脳裏をよぎった。
 だが、
「くぅ!」
 つい瞑ってしまった目を開く。いたのは大柄な男子、そして、
「おりゃあ!!」
 忍者を吹き飛ばす女子、そして更に人が続いてきた。
「な!?」
 驚くが、
「なあ、言ったとおりだろ?」
 そんな自分を尻目に男子が言った。
 だが、正宗は、
「な、何で戻ってきた!?」
「おいおい、折角助けに来たのに返事はそれかよ?」
 そして男子は、
「この馬ァ鹿野郎が!!」
 コンテナの中から適当な銃を引き抜き、
「正宗、お前は確かに強い。一人でここまで抑えてんだからな。――だけどよぉ、それでも数の暴力は強ぇんだよ」
 そう言ってから、引き抜いた銃を抱え、
「右翼は任せとけよ。もう、武蔵は百何十年と持ちこたえたんだ。その民である俺たちがここを十分やそこら抑えるのなんてわけねえさ」
「――」
 じゃあ、行くぜ、と男子は走り出す。
 そして、一人の少年がこちらのそばによってくる。眼鏡をかけた少年だ。
 その少年も銃を引き抜きつつ、
「先輩ばかりに良いところ取られるわけにも行きませんしね」
 続け、勝気そうな少女が、
「こんなに派手な花火だ。客が居ても可笑しくないだろう?」
 連鎖するように声が上がり、
「あんたんのとこのケーキ、うちの弟妹が好きなんでね、やらせるわけにはいかねえよ」
「ま、死亡フラグを折るのも青春てことで」
「王の背を守るのも臣下の役目よねー」
「馬鹿だけどな」
「ああ」
「だから、俺たちがここから一歩も通さないよう――」
「守るんだ、でしょ?」
「おいおい、俺の台詞を取るなよな……?」
 軽い笑いが沸いた。
 正宗は思う。こう、笑っていられれば、大丈夫かもしれないと。
「なあ、正宗」
 一人の少年が、
「お前が有能なのは知ってる。てか、知られてる。だけどさ、それでも全知全能じゃない。足りないトコだってある」
 少年は笑い、
「だから、補っていこうぜ? 足りないトコを」
 続けざまに誰かが、
「そーいうこと、私達は仲間なんだし」
 そう言った。
 また、声が上がる。
「俺達、武蔵の住人は、武蔵アリアダスト教導院の生徒はお前を一人にしたりはしない。――そうだろ!」
 誰もが頷き、
「Judgement.!!」
 そう叫んだ。
 ――くそ、くそ、くそ、悲しくもないのに涙が出ちまう。
「ヤタ!! Gテリトリーを解いてくれ! 攻勢に出るぞ!」
『Jud.』
「全部の銃に流体の供給も!」
『Jud.、だ』
 ここにある全ての銃から発射される弾丸は流体製だ。故に、もう、正宗の流体が尽きぬ限りは弾丸が切れることはない。
 そして、
「皆、聞こえるか!?」
 誰もがJud.と銃を撃ちながら返した。
「弾丸は無限だ! 気にすることはない! だが、砲身は別だ。仕えなくなったら銃はすぐに捨てて別のに変更してくれ!!」
 また、Jud.、と聞こえた。
 ならば良い、と。
「行くぞ! 今すぐ吠え面かかせてやるからな!」
 正宗は前方に突撃した。



[19216] 境界線上の覚醒者(配点:超展開) 改定
Name: navi◆279b3636 ID:92e9e035
Date: 2010/08/16 13:27
 銃声と共に銃弾が戦場に舞っている。
 銃弾は刈り取るかのように敵をなぎ払う。
 中心には一人の少年。正宗だ。
 手には巨大な、砲とも見間違える巨銃、ランツェ・カノーネが握られていた。
 トリガーを引くたびに硬質化した流体が弾丸と変化し、撃ち出される。
 今、戦場の中核を確かに正宗が握っていた。
 まさしく、圧倒的な差を作り出している。
「化け物め――」
 聞こえた。揶揄する声。だが、別にかまわない。自分が化け物であることなど当の昔に知っている。十年前に起きた事故で最早自分が人間ではないなどと言うことは既に知っていた。
 だから、そんな声を気にせずにトリガーを引く。また、一人が吹き飛んでいく。

  ※

「オラオラオラァ! 正宗のヤローに負けてんじゃねえぞ!!」
「Jud.!」
 声が聞こえる。武蔵アリアダスト教導院に所属する生徒の声だ。
 生徒達は徒党を組み、整列。銃を構え撃ち出す。
 横一列で掃射される弾丸はこちらに来る敵生徒を薙ぐように払っていく。
「つーか、強すぎだろ正宗」
「そうっすね」
 銃を撃ちながら見る。
 戦場の中心。舞うように銃を撃つ正宗は一人だというのに二十人は居るこちらと同じほどに敵を倒している。
「まあ、縛る枷がなくなったからだろうな」
 正宗が一人だった時の勝利条件は一人も自分の後ろを通さない。そして、正宗がやられない事だったが、今は違う。後ろは自分達が後ろを守っている分、正宗は敵を倒すことに集中すれば良いのだ。
「ったく、これじゃあ俺達が来た意味なくなるじゃねえか」
 また一人、また一人と倒れていく敵を見ながら思う。
 ここまで来て役立たず、など目も当てられないじゃないか、と。
 だから、
「左翼! 全員聞こえるなら返事!!」
「Jud.!」
「俺達も前に出るぞ。正宗一人に美味しいところを取っていかれるな!!」
「Jud.!!」
 そして、突撃するかのように前に一歩を踏み出す。

  ※

 一人の敵が倒れた。三征西班牙の制服を着た男だ。
 もう、そこに立つ者は居ない。あるのは屍の山だ。死んでないが。
 歓声が聞こえる。武蔵アリアダスト教導院生徒のものだ。
 ふう、と一息つき、正宗は表示枠を開き通信を入れた。ネシンバラへだ。
「聞こえるか、ネシンバラ。正宗だ」
『Jud.、聞こえるよ』
「千人の混成部隊による西班牙方陣撃破完了だ。他に何かやるべきことはあるか?」
『Jud.、あとは――、特にないみたいだね。武蔵に戻って敵の“流れ弾”の防御に移ってもらえるかい?』
「命令があれば、砲撃してる艦を全部打ち落とすが?」
 その言葉に、ネシンバラはあからさまに顔をしかめて見せ、
『君も大概物騒だね……、落とせるのかい?』
「ああ、浅草の作業班に“例のブツ”を射出要請してくれ。それと、敵艦への避難要請を頼む」
『Jud.、あ、それと砲撃の用意が出来たら君の画像を通神で送ってくれる。出来れば銃を構えてるやつ』
「Jud.」
『じゃあ、よろしく頼むよ?』
 通神が切れた。ネシンバラの顔が表示枠と共に消える。
「ヤタ、久しぶりの“対城兵器”だ。頼むぞ」
 言うと、肩の上に烏を模した走狗が現れる。
『Jud.、接続シーケンスに移行する』
 
  ※

 空を切る音が聞こえる。巨大な木箱が高速で飛行する音だ。
 行く手を遮るものはない。双嬢が武神を倒したおかげだ。
『合神(Union)スタンバイ』
 流体の光が木箱の割れ目に走ると同時、音を立てて分裂した。
 中から現れたのは銃だ。巨大なフォルムが威圧的な巨銃。
 いや、銃では役不足だ。最早それは砲とすら言ってよいだろう。小型の航空艦の副砲に匹敵するほど巨大な物だ。
 降下が始まる。重力に従い巨大な砲は落下していく。
 落ちる先には一人の少年の姿があった。

  ※

『合神シーケンス完了、スタンバイモードをアクティブに変更』
 走狗のヤタが言う言葉と同時に表示枠が走る。
 既に何十もの表示枠が展開されている。
『空中制御完了』
 その表示と共に、空中にある砲が体勢を変えた。一回転を経て、持ち手側が自分に向いた。
『間接流体供給、直接流体供給、共に異常なし。回路、オールグリーン。システムチェック完了。――正宗、いつでもいけるぞ』
「Jud.!!」
 飛び跳ねた。既に流体で強化された肉体は常時の何十倍もの脚力を作り出している。
 叫んだ。
「合(Uni)――神(on)――!!」
 砲は答えるかのように肩に接続される。左右あわせて二門の砲が肩から伸びる。さらに、パーツの一部が分裂、そのパーツは正宗の背に巨大なスラスターとして合わさった。
「ハイゾルランチャー、セット完了!!」
 スラスターを使い、体勢を空中で整える。砲は既に天を向いていた。
「ヤタ、今の状態を書記に送ってくれ」
『Jud.』
 ――さて、
「もう、ネシンバラは敵に避難勧告を送ったかな?」

  ※

「何だよ、これ」
 ネシンバラは思わず、声にもらしてしまった。
 デカイ。ただ、それだけが思考を埋め尽くしかける。
「と、とりあえずこれを送らないと」
 二度目の表示枠の展開、圧倒的速さでキーをタイプ。エンターを押すと文章は送られた。画像付で敵艦に送りつけられた。
 これを見て船を捨てることが出来なかったら、よほど命が惜しくないのだろう。
 だが、まあ、
「さて」
 通神を正宗に入れた。

  ※

『正宗君かい?』
「ああ、そうだ。何か起きたから?」
『避難勧告は出したから、撃っても良いよ。正し、まず一撃目は掠らせて。最終通告代わりに』
「Jud.」
『あ、それと』
「ん?」
 ネシンバラは一瞬だけ戸惑いを見せてから。
『あのさ、こう「てぇー!!」ってやつやらせてもらっても良いかな? こんな機会滅多にないから』
「……」
『な、何だよその目は! まるでコイツ子供だなあ、見たいな目は!』
 ――いや、そう思ったんだよ。
「ま、良いさ。タイミングは任すぞ」
『Jud.』
 はあ、と吐息を吐きだしてから、
「ヤタ、照準制御頼む」
『Jud.』
 正宗の右目に薄い表示枠が現れた。十字が中心に刻まれた照準であった。
「流体チャージ」
『流体チャージ、完了』
「ネシンバラ!」
『Jud.――、てぇ――!!』
 光が咆哮した。

  ※

 武蔵を砲撃する航空艦を掠めるかのように、破壊の力は飛来した。
 掠った部分は容赦なく削れ、余波で更に削っていく。
 光が消失する頃には、もう航空艦は砲撃を停止していた。

  ※

『君さ、喫茶店の店長やってるより武蔵の主砲になったほうが良いんじゃないかな』
「うるせえ」
『いや、けどさあ、今“武蔵”さんが今の砲撃から観測できた流体、排気で行けば一万排気は出てるみたいだよ? っていうか、君本当に人間?』
「違う。人間じゃあないな」
 だったら、とネシンバラが言おうとするのを、
『正宗、勝手にだが流体はチャージした。次、いけるぞ』
「だとよ」
 聞いていただろうネシンバラに話を振った。
 へ、と一瞬呆けたがすぐに、
『後、十分で敵が脱出するみたいだから、それ全部沈めてくれる?』
「良いのか? 恨まれるぞ」
『Jud.、その件は問題ないよ。他の艦でも既に脱出が始まっているからそれを落とせば追撃される危険性が一気に減るしね』
 返事は勿論、Jud.だった。

  ※

 東側の山岳街道の途中に山側関所がある。本来ならば、武蔵の停泊する時期、関所の待機場となっている広場は貨物の荷車などで混雑しているはずだ、が、今は違う。
 二代は一人の男性と相対していた。正宗がトリガーハッピーしている頃だ。
 金髪で青目と、欧州系なら大体何処でも見ることのあるような顔立ちだが、彫が深く、良い顔立ちをしている。
 そして、何よりその瞳からは常人にはない意思の強さを、自分と同じ武人の瞳をしていた。
「三征西班牙、アルカラ・デ・エナレス所属、第一特務、近接武術師、――立花・宗茂です」
 二代は返答し、
「武蔵 極東アリアダスト学院所属、副長、近接武術師、――本田・二代」
 二代は問う、
「一人か?」
「ええ、時間的にそうしなければ間に合わなかったもので」
 ほう、と二代は感嘆を表し、
「流石、“神速”の字名を持つ御仁。言われることが違う」
「お褒めに預かり光栄です」
 対し、恭しく宗茂は頭を下げた。
「このような若造の戯言に一々頭を下げる必要は不要に御座る」
 そうですか、と宗茂は頭を上げた。そして、問う。
「一つ質問ですが」
「何か」
「何故、貴方はここにいるのですか? 貴方の持つ“蜻蛉切り”の割断能力を見るならば、教皇総長の大罪武装を潰しに行ったほうが諸所含め、楽に行けたのではないですか?」
 まっとうな意見だった。確かに、教皇総長の持つ大罪武装“淫蕩の御身(ステイソス・ポルネイア)”は攻撃力のない大罪武装だ。そちらに行けば、もっと楽に行けただろう。
 だが、
「愚問。拙者は武士、そして武士なれば主君の感情である大罪武装を取り戻そうと思うのは当然のこと」
 そう、
「大罪武装“悲嘆の怠惰”、取り戻させて頂く」
「――貴女は、私に勝てるおつもりですか?」
「さあ? 勝負など時の運、確かに技量に差はあるが……、結果はどう出るかなど、賽の目ほどもわからぬ」
 二代は槍を構え、
「それとも、八大竜王殿は既に戦わずして勝つ手段を編み出しておいでか?」
「――言いますね」
 対するよう宗茂も構え、
「そこまで言うのならば」
 風が通り抜け、
「いざ」
 どちらともなく、
「尋常に」
 声が重なり、
「勝負」

  ※

 金属音が聞こえる。ぶつかり合う甲高い音だ。
 上下左右、縦横無尽の突き斬撃の応酬だ。
 だが、と宗茂は思った。
 何かが変だ、と。
 言うならば胸の奥に何かが引っかかったような、されどどこか懐かしいような感覚だ。
 思いながらも“悲嘆の怠惰”を振り上げる。既に何度も切り結び、表面には浅い傷が見えていた。
 ――やりますね。
 こちらとしても、あまり長引かせたくはない戦いだ。そもそも、金属は硬質であるが故に、傷が出来ればそこから折れるかもしれない。それは、自己修復機能を持つ大罪武装でも同じことが言えた。
 だが、そのような気遣いが出来ぬほどに目の前の少女は強い。
 こちらに対し、適格なまでの防御で対応し、攻撃は駆け抜ける雷撃の如く速い。
 だが、そこにはどうしようもない違和感を感じざるをえない。どこか、自分を押し殺しての戦術とでも言うのだろうか、本来の戦い方には到底見えない。
 刺突が来る。速い。それは四度の刺突。それを“大罪武装”で捌くように弾き、ようやく理解した。
 相手は執拗なまでにこちらの右肩を狙ってくるのだ。
 そして、
 ――こちらを見ていない。
 胸の奥に引っかかっていた感覚を理解した。目の前の少女は自分と戦っていないのだ。そう、自分と嫁である誾の初期のように擦れ違っている状態なのだ。自分は相手を見ているが、相手は自分を見ていない、そういう感覚だ。確かに昔のことを思い出させるのだ、懐かしいに決まっている。
「相対中にこちらを見ないとは、よほど自信があるようですね」
 言うが、二代は涼しい顔で、
「当然。自信のない戦いなどと意味のないことはする気など」
 言い切った。
「それよりも、そちらこそ相対中にのんきにおしゃべりなど余裕で御座るな」
 いいのか、と二代は告げてきた、
「何を焦っているのかはわからぬが、それでは格下の相手に敗北することになろうともおかしくはないで御座る」
 ああ、確かにそうだ。自分は妙にいらだっている。
 戦闘中だというのに相手が自分を見ずに戦っている状況に。
「な……」
 にを、と言おうとして止めた。
 脳裏をよぎった。もしも、自分が相手と同じような状況ならば、
 ――私も、相手と同じように動きますね。
 もしも、今の極東の主ホライゾン・アリアダストと同じように、誾の感情が相手の手にあったのならば、自分も相手を見ずにその感情を取り戻すためだけに戦うだろう。ならば、自分が相手に対し怒りを抱くのはお門違いというものだ。
 ――私もまだまだ未熟ですね。
 そこまでわかったなら大丈夫だ、うん、と心で頷き、
「行きますよ――」
 宗茂は加速を開始した。
 ラジエーターの出力が一気に上がった。爆ぜんとばかりに唸り、叫び、流体を貪欲に喰らう。
 “悲嘆の怠惰”を横に薙いだ。風を斬りながらの一閃だ。
 刃が合わさる。二代はそれを押し返そうとしたが、それをかまわず強引に弾き飛ばす。
 石突が来た。刃を跳ね上げたことからのカウンターの一撃だ。
 それは顎を上にあげることで紙一重で回避。即座に蹴りを打つ。“悲嘆の怠惰”では遅すぎる。
 それは想定されていたのか難なく逃げられた。
 だが、それは布石。悲嘆の怠惰から意識をそらすための牽制の一打。
 “悲嘆の怠惰”の斬撃を右下から斜めに斬り上げた。
 二代はそれを防がんと“蜻蛉切り”を動かすものの、遅い。
 伊達で“神速”などと呼ばれているわけではない。
 それはまさしく神風の一撃に他ならない。
 二代は吹き飛ぶ。暴風に直撃したかのように、なすすべもなく。

  ※

 吹き飛ばされながらも思う。
 ――流石、強い。
 と。
 きりもみの上体から強引に体を翻し地に降りた。逃しきれない衝撃が痺れとなって体を伝う。
「見事」
 着地に対しての言葉だろう。宗茂の言葉が聞こえた。
「何、この程度」
 不適に笑ってみせる。我慢などでは決してない。
 第二ラウンドの開始に言葉は無かった。どちらともなく術式を使っての高速移動を展開し、そして激突。
 音色が聞こえた。刃の鳴り響く音色だ。美しき刃鋼の音色。
 速度はどちらも加速度的に飛躍していく。
 最初、後手を取ったが、今はそれを感じさせぬほどに持ち上げ切り結んでいる。
 ――流石拙者。
 自信を持つことは悪くない、と鹿角も言っていた。父である本田・忠勝と切り結び生きている目の前の武人立花・宗茂と切り結べていることは大いに自信を持っていい事柄だろう。
 ならば、と、思う。
 限界を超えろ、と。
 今、目の前には壁が立ちはだかっている。ならば、今それを越えるべきだ。
 対等であるだけではいけない、越えなければならない。
 自身が武士であり、君主を守るというのなら。
 ――いけぬはずがない。
 覚悟はある。最早、自身はホライゾン・アリアダストの剣。だというのならば。
 瞬時、頭が一気にクリアになった。
 まるで、初めて父に勝った時の様だ。不意打ちを使ったが、勝てばよいのだ勝てば。あの時「ちくしょう! きたねえぞ!」と叫ぶ父を尻目に食った父の大福はまさしく至高の味だった。
 よし、解った。勝てばよい、勝てば。
 正宗も言っていた。
『任務ってのは、結果が全てなんだ。どんだけ敵を倒しても、与えられた任務の条件を満たせなければそれは失敗なんだ』
 と。それは、武人である自分にも繋がることがある。華々しい戦果を上げようと、それが主君のためにならねば意味がない。ここで、立花・宗茂を倒すことに全力を超えてしまえば、例え"悲嘆の怠惰”を取り戻せても主君を守ることが出来なくなるかもしれない。
 ならば、今自分のなさねばならぬことは一体何か。決まっている。大罪武装を取り戻すことだ。急速に熱くなっていた頭と武人の血が冷めていく。全力以上を出すのではない。今、持てる力を持って与えられた仕事を完遂するべきだ。
 思考から即座、二代は動いていた。
 “蜻蛉切り”を捨てたのだ。
 あまりの出来事に宗茂も行動を停止。だが、それを見向きもせずに懐に入り込み、襟と胸倉を掴みあげ、
「せいやぁ!!」
 そして投げた。
 円弧を描くような優美な背負い投げだった。
「おぶぅ!?」
 鈍い音を立てながら宗茂は堕ちた。後頭部強打だった。
「――勝ち鬨は上げないでおくで御座る」

  ※

 宗茂が気絶から覚めたとき、自分が拘束されているのを理解した。亀甲縛りだった。口元を縛られていないのは最後の良心であろう。
 それにしても、ここは武蔵内部だろうか。そうならばさっさと脱出しなければならない。
「む」
 違った。普通に放置されていた。――これは敗者への扱いとして動なのだろうか、とも思ったが。
 ――やはり“悲嘆の怠惰”はないようですね……。
 情けない、と思う。
 最後、あの投げを卑怯だとは思わない。戦闘に卑怯も何もないからだ。だから、自分に対し不甲斐ないと思う。あの程度で動揺してしまった自分に。
「誾さんに怒られますね」
 少なくとも二時間くらいは軽いだろうか、と思っていたら。
「これは?」
 腹部に軽い感触を感じた。一枚の書状だった。
 宗茂は思う。
 ――この状態で見れると思っているのでしょうか?
 少なくとも、航空艦の一つに収容されなければ開くこともままならないだろう。
「まあ、保護待ちですかね」
 宗茂は表示枠を開き、救護申請をしようと旗艦に連絡をつける。
 展開された表示枠には一人の男性の顔が現れた。
「こちら、立花・宗茂ですが――」
『立花君か! 大変なことになった!!』
 一体何が起こったのか問おうとする前に向こうから、
『航空艦が三征西班牙、K.P.A.Italia問わずに全て撃墜されてしまったのだ!!』
「はい……?」
 つまるところ、自分が暫くこの状況であるということだけは理解できた。

  ※

「む」
 教皇総長であるインノケンティウスが戦闘の手を止めたのは突然の通神によるものだった。インノケンティウスは脚を止め、
「おい、武蔵副会長」
「へ?」
「ちょっと待て、少し通神が入った。そこを動くなよ? おい」
「は、はい待たせていただきます」
 あれえ、どうして敵の言葉に素直に従っているんだろう、という言葉は無視した。
 通神内容が聞かれないように武蔵副会長に背を向け、
「どうした、この忙しいときに! おい!」
 軽い怒気を含ませて通神先に声を向けた。無論、静かにだ。
 だが、返ってきた言葉は、
『た、大変です!』
「だから、何が大変だって言うんだ!! おい!!」
 文章で会話も出来ないのか、これだから最近の若いもんは! などと思う。
 言われ、声の主は矢継ぎ早に、
『え、栄光丸が落とされてしまったんです!!』
 ……、
 ……、
 ……、
「はあ!?」
 意識が戻るまで五分必要だった。更には思わず叫んでしまうという醜態を見せてしまう。
『それどころか、K.P.A.Italiaと三征西班牙の航空艦が全て敵の砲撃により落とされ審問艦以外全て全滅しており、死者負傷者は居ませんが脱出時に行方不明者が多数! ――』
 二の句が告げられる前に、叩き割るよう通神の画面を殴りつけた。
 そんなことが出来るのは武蔵は奴しか居ない。
「あンの餓鬼がぁ――」
 そこまで言ってインノケンティウスは言葉をとめた。教皇総長である自分が餓鬼などと言う言葉を使ってはいけない。ましてや、自分はK.P.A.Italiaの総長、しかも教皇! 部下達がそんな品のない言葉を使ってしまえばそれは沽券にかかわる。うん。
 もう一度武蔵の副会長に視線を向け、
「この勝負、預けておくぞ!! おい!!」
 叫んだ。
「へ?」
 武蔵の副会長は呆けた顔を見せてくる。しかも、へ? だと? そこはこちらが目上なのだからハイ、だろうに普通。そして、通神をガリレオに発信する。
「聞こえるか! ガリレオ!」
『どうしたのかね、少年。相対中に通神を入れるなど一体何を考えているのかね』
「んなこたあ今は動でもいい! こちらの航空艦が全て落とされたんだよ! おい!」
『――いや、あちらにはそれが出来る人物が居たな』
「非常に癪だが、"K.P.A.Italiaの教皇総長は自分の部下を見殺しにした”などという噂が流れては非常に厄介だ。引くぞ、ガリレオ」
『――私は今、相対中なのだが』
「その相対と行方不明者のどちらが優先される?」
『――Tes.』
 ええい、と吐き捨て歯軋りをさせながら術式を発動させる。
 移動を開始したとき、あれ、これで終わり? などという言葉が武蔵副会長から聞こえた気がしたが、やはり無視した。

  ※

「ネシンバラ、審問艦以外全ての艦を落とし終えたぞ」
『Jud.、それにしても派手にやったね。こちらとしてもやりやすくなるけどね』
「ああ、それよりも、今からやることは?」
『うん、今、副会長から通神が入ったけど、教皇総長と副会長どちらも退いたみたい。相手に増援が出来るほどの余力も残っていないみたいだから、戻ってきて大丈夫だよ』
「総長達はどうなった?」
『総長の方もホライゾンを取り戻せたようだね。なんか"ちょっと、いってくるわ”なんて言って"壁”――、分解力場に触れたときはどうしようかと思ったけど』
「な、何やってんだあいつは!!」
 心の底からの絶叫だった。
『だよね、しかも、ついでにホライゾンまで巻き込んじゃうし』
「おいおい、それって一人用じゃないのか?」
『さあ? 聞いた話だと、ホライゾンの胸に触れたときに一緒に巻き込んだんじゃないか、だって』
「いや、まあ、何と言うか」
『総長だから、仕方ないよ』
 それ一つで言葉を済ますな、と思うが、自分でもそれ以外の説明が出来ないのが妙に癪だった。
 ネシンバラが、
『もう、皆もこっちに戻ってきてるみたいだし、正宗君も戻ってきたら?』
 返答はJud.、
 通神をきり、一息をつく。
 ――そうか、トーリはやったんだな。
 ようやくひと段落が着き、そして新たなステップが始まったんだな、と思う。今度はどの大罪武装を取りに行くのだろうか、と思う。
「さて、俺も帰還するかね――!?」
 異変が起きた。
 突然、意識が朦朧とし始めたのだ。聞こえる。その声は自分のものでも、ヤタのものでも、仲間のものでもない。
 救助を呼ぼうと表示枠を展開させたが、体が思うように動かない。
 声はうっすらと、されどしっかりと聞こえた。
『“全竜殺し”起動――完了』
 冷徹で無機質、ただ棒読みで告げられる。
 その声と同時に、正宗の意識は堕ちた。

  ※

 全てが終わった後に、それは起きた。
 ホライゾンを取り戻し、そして追撃もなく意気揚々としていた時だ。
 風の爆ぜる音共にやってきた。
 砂塵が舞い上がる。
 誰もが緊張した面持ちを浮かべた。
「一体、何者に御座るか!?」
 叫んだのは二代だ。立花・宗茂との戦闘で先程まで傷ついていた体も、武蔵の保健教師達により既にほぼ全開まで回復していた。
 返答の代わりに飛んできたのは流体の一撃。
「敵対する、ということで相違ないように御座るな」
 二代は身構える。
 だが、煙が晴れ現れたのは、
「ま、正宗!?」
 正宗だった。
 だが、雰囲気はいつもと違った。
「おいおい、正宗、何でそんな腐った魚の白目みたいな目ぇしてんだよ」
 横から口を挟んだのは総長、トーリ。返ったのは無言。
「おいおーい、なんか答えようぜ? 今から帰って祝勝会やるんだからな! いやー、正宗の料理は上手いからただ食いできて得だよなー」
「最低な思考だ……」
 皆一様に口をそろえ言うが、反応はない。
「いや、マジでどうしたんだよ正宗。お前、ちと変だぞ? イメチェンか?」
 誰もが、そんな急にイメチェンするか、と叫ぼうとしたときだ。
 正宗の視線がトーリの背後、ホライゾンに向いた。
「“全竜遺伝詞保持者 ホライゾン・アリアダスト”――発見」
 低く、
「破壊する」
 言った。
 
  ※

「はいはい、ストップストップ!!」
 臨戦態勢を崩したのは一人の女性だった。
「せ、先生!?」
 オリオトライだ。
「なんか、やばそーな雰囲気感じ取ってみたけど、どんぴしゃだったわけねえ」
 手に持っていたのはIZUMO製の太刀だ。が、その太刀は先日見たものと形状が違った。長い、大太刀だ。
 オリオトライはその太刀を鞘から抜き、そして左手を振って、
「はーい、皆はちょっと後ろ下がってなさいね」
「せ、生徒と相対できるのは生徒だけのはずで御座るが?」
 点蔵は言うが、
「別に、これは相対じゃないわ。ちょーっと行き過ぎた生徒を“オシオキ”するだけだから」
「ひ、酷く身勝手な解釈で片付けたで御座るよこの暴力女教師!!」
「言うな、点蔵。異端オブ異端であるメスバーバリアンに人の理屈が通じるはずがないのだからな!」
「あはははは、面白いこといってるわねえ、後で処刑ね?」
 うわあ、と身を竦める二人を軽く、あしらい、
「さて、正宗、アンタ覚悟できてるかしら? 理由もなく喧嘩を吹っかけるのはご法度だって言ったわよね?」
 理由があれば良いのかよ、と誰もが叫びたいのを我慢する。オリオトライはそんなものはお構い無しとばかりに、
「と、正宗の処刑は――」
 懐から一つのメモ帳を取り出す。タイトルには“処刑録”と書かれていた。
 誰もが目をそらす。
 だが、オリオトライは気にしない。
「お、先生に一週間ケーキを貢ぐ、ねえ。これは是が非でも勝たなくちゃいけないわね」
「こ、この物欲魔神!!」
 そこに居た梅組誰もが叫んでしまい顔を青くした。
 メモ帳に動いたペンの筆記音がまるで地獄に居る閻魔様の筆のように思えて仕方がなかった。
「――と、さて、待たせて悪かったわね」
 律儀にその漫才を見ていた正宗に一言告げ、
「じゃあ、始めましょうか」

  ※

 一瞬で正宗に付いていた両肩の砲二門が輪切りになるのを誰もが見た。
「はい、これ最終警告。早く、ホライゾンにゴメンなさいって言ってきなさいな」
 返答は拳だった。
「まったく、どうあっても謝らないつもりね? だったら、先生も少し本気出して“オシオキ”するわ」
 鞘で拳を弾き、即座にオリオトライは動く。雷光の如き疾走だ。
 抜刀、鞘から太刀を引き抜いた。
 それを正宗は身を翻し、かわした。
 追撃は鞘、槍を穿つかのように長いリーチの鞘で正確に正宗の肩を狙う。
 だが、その突きはとめられた。先端部を正宗が握っていた。凄まじい握力だ。
 脚が浮く、そのまま吹き飛ばそうと鞘を振り上げ、投げとばす――。
「甘いわ」
 だが、オリオトライは見切っていたとばかりに鞘を掴み続けていた。反対側の地に足がついた瞬間、オリオトライは脚に力を込めた。衝撃を余すことなくエネルギーに変換し、逆に投げ飛ばす。派手に正宗が吹っ飛んだ。
 攻撃の手は休めない。
 更なる追撃をかけんとばかりに嵐のような剣撃。放たれるのは衝撃波。
 衝撃波が正宗を襲う。既に幾重もの切り傷が腕に生まれていた。
 切っ先を下ろし、オリオトライが口を開いた。
「さて、正宗、何で転入生(ホライゾン)を襲ったのかしら? 理由があるならさっさとゲロりなさい」
「……」
 まただんまりか、とオリオトライが思ったとき、
「AHEAD、EDGE、二度、世界を破壊した全竜の遺伝詞をこの世界から消滅させる」
 へえ、と答え太刀を斬り上げる。
「つまり、その全竜の遺伝詞ってのをホライゾンが受け継いじゃってるわけね?」
「肯定。故に、世界存続のため全竜の遺伝詞を継承したホライゾン・アリアダストをこの世界から抹消する」
 ぷ、とオリオトライが笑った。
「ぷ、ははははは、いやあ、笑わせてくれるわね、正宗。――理由はその程度と見て良いかしら?」
「その程度……? 理解不能。世界が破壊されるということは“死を迎える”ということだ。死を恐怖しないのか?」
「死を恐怖? 生きてりゃ必ず来るものにどうやって恐怖しろってのよ」
 それに、と、
「アンタ、いい加減私の生徒(正宗)返してもらえるかしら? 正直、私の生徒を何時までも乗っ取られ続けるのは教師として不愉快だわ」
「正宗、この肉体に付属した個体意識のことか」
 オリオトライの表情が変わった。怒りの形相。据わった目で正宗を睨む。雰囲気はいつもの明るい教師ではない。阿修羅のようだ。
「私の前で生徒の事を個体意識呼ばわりとは良い度胸ね」
 剣先を突きつけ、
「今すぐ、アンタ叩き出して正宗取り戻すわ」
 太刀を鞘に納めた。左手で鞘を持ち、腰だめに固定。右手は持ち手の中ほどで握った。身をかがめる。右足を軽く前に出し、左足を軽く後ろへ。脚の関節を軽く曲げた。居合いの体勢だ。
「ちょっと痛めだけど、我慢しなさいよ?」
 間合いは一瞬で詰められた。極東に伝わる歩法、摺り足だ。
 正宗は流体を纏わせた両腕を前方に置き、防御の体勢を作る。
 唾と鞘がぶつかる音が一瞬だけ響いた。
「!?」
 目に見えぬ速さでの抜刀か、それとも術式かはわからない。だが、政宗の腕は斬れた。浅く、だが、鋭い切り傷を作った。

  ※

「……あの御仁は本当に人間なので御座ろうか? 実は剣神の生まれ変わりといわれても拙者は信じてしまいそうで御座る」
「いや、人間、うん、人間だ。……多分」
 唖然とする二代の肩に正純は手を置いた。
「まあ、人間でも人間性があるかどうかは疑問だけどな」
「それは最早人間と言わないのでは?」
「いいんだよ! 人間の形してりゃ人間なんだよ! きっと」
 正純は吼えた。

  ※

 だが、そこで終わることは無かった。
 正宗が吹き飛んだのだ。

  ※

 浅間は目を見開き、
「ぎゃ、ギャグ術式!?」
「今のってアレだよな、軽く殴っただけなのに百メートルくらい吹っ飛ぶやつ」
「ほう、トーリ様はアレを知っているのですね?」
「いやあ、神肖番組(テレビばんぐみ)に“彼女持ち(うらぎりもの)を処罰せよ”ってのがあってな? 極東の恋人持ちの男を夜な夜な襲って“この裏切り者が!!”って書かれた紙が張られるわけなんだけど、そのときによく使われるのがこの術式なんだよなー」
「ほう、なかなか悪辣な術式ですね。ギャグと言う割には」

  ※

 激突音と破砕音が同時に響いた。砕けたのは木箱だった。壁際に置かれていた木箱の中に正宗が追突したのだ。
「どう? 痛いかしら? けどね、生徒を勝手に乗っ取られた先生の心はもっと痛いのよ?」
 後方に控え、表示枠でその場を見ていた生徒達は誰もが嘘だと言いかけ、口を噤んだ。
「――戦力分析――終了」
 崩れた木箱を手で掻き分け、正宗は立ち上がった。
 そして、静かに言った。
「――敵生体、ブレインデータベースより照合、真喜子・オリオトライ。現時点より脅威度を引き上げ重大災害として扱うとし、――全力で打倒する」
 一息、
「“全竜殺し”基礎兵装展開――」
 空、正宗から五百メートルほど上空に空間の歪みが現れた。
 大量の部品がその空間の歪みを介して現れてくる。
「――序章・銃撃の園(ガン・ヘヴン)」
 空中に固定されていた部品が軋みを上げた。移動が開始される。命ある生物を感じさせる動きで無機物が組みあがっていく。
 装甲版が合わさり、
 螺子(ねじ)が接続し、
 発条(ばね)が編まれ、
 ボルトとナットが走り、
 兵装が組み込まれ、
 そして顕現した。
 それは人型ではあった、だが武神などとは決して呼べない。
 人型をとった銃器とでも呼ぶべき代物だった。
 頭部も砲、
 胸からも砲、
 両腕からも何十もの砲口、
 肩口からも砲が見える。
 勿論肩そのものにも砲だ。
 足など言うまでもない。膝も脚の側面も全て砲だ。
 ただただ、それは弾丸を吐き出すためだけの何かだった。
「流体装填」
 呼応するように流体の光が血管のような、だが欠陥にしては酷く太い管を伝い、砲に流れていく。
 砲口に流体の青白い光が集まっていく。
「ちょ! それ、どう見てもオーバーキル!?」
「問題ない。むしろ、全竜を巻き込むかとが出来、一石二鳥だ」
 オリオトライの叫びにも聞く耳を持たぬとばかりに正宗は流した。
 正宗は続け、
「射線、全竜および敵生体」
 砲口の向きが切り替わる。全竜――ホライゾンを中心に周囲を巻き込むように、
「砲撃、開始」
 
  ※

 流体の光が迫った中で、いち早く動いたのは二代だった。
 走るように前方へ。
「結び割れ――“蜻蛉切り”」
 発動するのは通常駆動ではない、超過駆動。効果は事象の割断。通常駆動の何倍も使用する。
 内燃排気は尽きかけだ。だが、それを補うのは外燃排気。内燃排気と違い外燃排気は共有可能だ。
 共有流体糟にアクセスし、一気に大量の流体を引き落とす。
 なりふりなどはかまっていられない。
 流体を受けて“蜻蛉切り”は唸った。
 割断の力が迸る。
 叩き割った。砲撃そのものを、だ。
 二代と正宗の出した巨大な何かとの間で砲撃は見えぬ穴に吸い込まれるかのように消滅していく。
 砲撃が途切れると同時、二代は膝を突いた。動悸も激しい。
 だが、
「流体装填」
 無情にも声は響いた。
 
  ※

「なあ、ホライゾン」
 問うようにトーリは言った。
「なんでしょうか?」
「アレ、どうにかなんねえかなあ」
 トーリが指を刺した先には青い光が収束する人型の砲口だ。
 ホライゾンは即座に、
「無理ですね」
「いんや、無理じゃねえよ」
 後ろから抱きしめる。右手をはわせ、ホライゾンが右手に持つ“悲嘆の怠惰”をホライゾンの右手の上に重ねるよう掴んだ。
「オマエには、これがあるだろ? これならいけるって。絶対」
 トーリは笑う。
 ホライゾンは目を伏せた。
「トーリ様」
「あ? 何だよ」
「これを得た先には、ホライゾンが得るものはあるのでしょうか」
 勿論、と、トーリは答えた。
「あるよ、ホライゾン」
 そう、と、
「これから先、俺達はそれを取りに行くんだ。嬉しいこと、楽しいこと、他にもいろいろ。仲間と馬鹿やって、先生に怒られて、突っ込みでド突かれて、泣いて、笑って、愛して、んで、それを祝福してみたりして、そうやっていろいろ手に入れるんだ」
 だから、と、
「とりあえず、まあ、これを倒さないとなあ。んで、変になった正宗も正気に戻そうぜ」
 返答は無言だった。だが、“悲嘆の怠惰”を構えることで肯定の意を示す。
 トーリはホライゾンの手の上から重ねるように自身の手を置いた。
 力を込める。
 ホライゾンは目の前の人型に比べたら銃口ともいえるほどの砲口を人型に向けた。
「大罪武装“悲嘆の怠惰”発射いたします」

  ※

 黒の光が放たれ、遅れるように青の光が打ち出された。
 掻き毟る爪の様な黒は青を抉ろうとするが、青の光は押しつぶさんばかりの勢いで黒を侵食していく。
 抵抗は弱い。狩られる獲物のようだ。
「ありゃ? これちょっとヤバめ?」
「そのようですね」
 ホライゾンは思う。
 もしもここで自分達が消えてしまえば一体どうなるのだろうか、と。
 脳裏によぎるのは三河の消失、消えてしまった。
 同時に、父も消えてしまった。
 フラッシュバックするかのように記憶が流れ出る。
 父とは最近会った事がある。墓地に居たとき、自分を見て笑い、そして手を振っていた。こちらは何も知らなかったというのに。
 もしも、あの時消え逝くことを知っていたら、自分はどう行動していたのだろうか。
 ――ああ、
 噛みあわなかった歯車が急激に噛みあい、そして回りだすかのような錯覚を覚えた。
 ――そうですか、
 ホライゾンは理解した。大事な者を失ったという莫大な事実を。そして、後ろで自分を支えている者が居てくれる意味を。
 既に、折り重なるよう、大量に展開された表示枠がホライゾンとトーリを囲う中、ホライゾンの目の前に一枚の表示枠が展開された。
『セイフティ解除“魂の起動”:認識』
『――大罪武装統括OS:Phtonos-01:初接続:初期化:認識』
『ようこそ 感情の創生へ――Go to the Middle of Nowhere』
 そこから新たな表示枠が出で、
『第五武装“悲嘆の怠惰”:認識』
『流体燃料 不足補填:検索:発見:葵・トーリ様より献上:許可いたしますか? 是/非』
 問うように振り向けば、
「行こうぜ、ホライゾン」
 その言葉に、ホライゾンは躊躇わずに“是”を選択した。
「!?」
 瞬間、黒の爪はその力を倍化させた。黒の光は掻き毟り、抉るように青の光を削る。削られていない部分も胡散していくかのように消滅していく。
 震えが来る。それを支えるトーリは、
「歌えよ、ホライゾン。通すための歌を」
 声が上がった。自身の声、そしてトーリの声が浪々と響きわたっていく。

 通りませ 通りませ
 行かば 何処が細道なれば
 天神元へと 至る細道
 御意見御無用 通れぬとても
 両のお札を納めに参ず
 行きはよいなぎ 帰りはこわき
 我が中こわきの 通しかな――

「理解――不能――!?」
 叫ぶ声が聞こえる。正宗の声だ。
 それは困惑の絶叫だった。
 当然だ。込められた流体の量は圧倒的に正宗のほうが多いのだ。だというのに、青は黒に押し返されている挙句削り取られているのだ。困惑するのも無理はない。
「構成の差ね……」
 ふ、と、ナルゼが呟いた。
 構成? と、アデーレが首を傾げた。
「ええ、ATTEL単位で流体を計算していると微妙にわかるようになるけど、ホライゾン達の“悲嘆の怠惰”に比べて、正宗の砲撃はユルいのよ。まあ、わかりやすく言うと、ケーキの中にフォークを突っ込んでるようなものなのよ、あれ」
 成程、とアデーレは頷く。
 黒の光はその間にも青の光を押し返し、蹂躙する。抉り、穿ち、削り、そして――。
 轟音、そして爆発。
 猛々しく響いた爆発音とともに人型に風穴が開いた。“悲嘆の怠惰”が空けた風穴だ。
 崩壊が始まる。風穴空いた部分から一気に支えが外れるかのように崩れだす。消滅だ。青い流体の光となって霧のように。
 そして、人型の全てが消えたと同時に、
「正宗!?」
 正宗も倒れた。目を閉じ、糸の切れた人形のように体から受け身もとらずに。

  ※

 悪夢は決まって同じ夢を見る。十年前に起きた事故の夢だ。最悪に嫌な光景がよみがえる。
 だが、今回に限っては違った。更に最悪な夢だった。自分が仲間に対し力を振るうのだ。圧倒的な暴力で。
 “全竜殺し”遥か昔にて世界を滅ぼした“全竜”を滅ぼすために作られた武器だ。
 それが自分であるなどと吐き気がする。
 そして、自分は叫ぶのだ。
 “最終章――”

  ※

 跳ね上がるようにベッドの上に飛び起きた。
 下着類は汗で濡れているのか肌に付着して気持ちが悪い。
 息も荒い。朝の目覚めとは到底思えない程だ。
「よう! 起きたみたいだな!」
「……」
 トーリがいた。むしろ、梅組みの皆がいた。
 いきなりすぎて思考が回らなかった。
 ここは一体何処なのだろうか、そもそも今の状況はどのような状況なのだろうか?
「あー、とりあえずおはよう? それと、ここは一体何処だ?」
「保健室で御座るよ」
 点蔵が言う。へえ、と声を漏らした。自分が保健室に来るなど初めてだ。何せ体は特別製。少々の怪我など通じもしない。更に言えば、怪我をしたところで一瞬あればすぐに完治するのだから。
「いや、それはいいんだけど、何で皆ここに集まってるんだ?」
 そう言うと、皆は顔を暗くし、
「その、正直聞き辛いんだけど、その“全竜殺し”って何か知ってる?」
 ネシンバラが問うてきた。
「――ああ」
「悪いけど、教えてもらえるかい?」
 一度頷き、
「正直、あまり有用な情報はないが、それでもいいか?」
「Jud.」
 何から話すべきか、多少悩んでから、
「俺自身、"全竜殺し”っていうワードは昨日知ったばかりなんだ。だから、まだ全部が全部知っているわけじゃないけど――、この"全竜殺し”が作られたのはEDGEと呼ばれる時代の後期。つまり神代の時代後期に作成された"全竜(レヴァイアサン)”に対抗する武器なんだ」
「それが作られた経緯とかはわかる?」
 段々と昂奮していくネシンバラに軽く引きながらも、
「ああ。つまるところ、世界の崩壊を防ぐため、なんだな」
 天上を仰ぎ、
「神代の前の時代と神代の時代。どちらもそれが滅ぶ原因となったのが"全竜”なんだ。いや、全竜の遺伝詞が起こしてるといっても過言じゃない。とにかく、神代の後期、また世界が崩壊の危機を迎えた時、その危機を乗り越えるために製造されたのが」
 一息、
「"全竜殺し”、神々が"全竜”を殺した一撃に見立て作った唯一の兵器――だった」
「だった?」
 そこに居る全員が首を傾けた。
「"全竜殺し”が完成したのは世界が滅びた後、だったんだ。つまり、ええと、後の祭り?」
 あからさまにうわあ、と言う顔をするものや、それは馬鹿なの? と首を傾げるもの、目を光らせるもの、反応は様々だった。
「まあ、本当はそのときに全竜と同士討ちでもしてくれていれば、今みたいな状況にもならなかったんだろうけどな」
 そして、ネシンバラが核心に踏み込んできた。
「これは、最後質問だけどさ――、何で君が"全竜殺し”を持っているんだい?」
 ――だよなあ。
 きになるよなあ、と思う。自分もネシンバラ側の立場だったら凄く気になる。だが、それだけではないだろう。対策だ。原因が解らなければ深い対策など練ることが出来ない。このメンツの中でもっとも常識人……だろうネシンバラだ。私欲に走るはずが……ない。
 だが、それでも言いたくなかった。自分の中でもっとも心当たりのある事柄は、言ってしまえばそれはただのかっこ悪い悲劇語りにしかならない。自分を悲劇のヒーローにでも仕立てようとしているようであり、それがどうにも嫌なことに思えた。
 自分のせいで迷惑を被った向こう側には知る権利がある。
 だが、
「おっと、そこからは無しだぜ? ネシンバラ」
 待ったをかけたものがいた。トーリだ。笑いながら、
「誰だって、言いたくないことってのはあるしな。そもそも、ネシンバラはそれを聞いてどうするんだ? 対策なんて立てられるのか?」
 ネシンバラは声を詰まらす。それは……、とうつむき、
「そうだね。こればっかりは本人のことだし僕達じゃどうしようもないよね」
 トーリは顔をこちらに向け、
「正宗もさ、言いたくなったら言ってくれたっていいぜ? 変に溜めてるより吐き出しちまったほうがスッキリするからな」
「総長」
 珍しくシリアスな雰囲気だ。だがなあ、と、
「フフフ愚弟、溜まってるだなんて……エロスよ愚弟! 超エロス!!」
 今の会話内容の何処にエロスが入っていたのか少なくとも、自分の脳では理解できなかった。
 そして、段々と騒がしくなっていく中で思う。
 ――ああ、帰ってきたんだなあ。
 あ、と一つ忘れていたことを思い出した。それはとても重要なことだった。
「ええと、ホライゾンはいるか?」
「あ? ホライゾンか? 居るぞ――おおい、ホライゾン、後ろに居ないでこっちこいって」
 呼ばれ、前に来たのは白髪の少女だ。人間ではない、自動人形の少女。
 ああ、似ている。とても、似ている。十年前、事故にあい死んだはずの少女に。
 容姿は変わった。だが、面影はある。
 鈍く――、いや、むしろ以前より鋭敏に体は動いた。“全竜殺し”の影響だろうか。いや、今それは関係ない。
 ベッドから下り、跪き、商人からしてみれば拙いほどの土下座をし、
「初めまして、ホライゾン・アリアダスト様。私の名前は雑賀・正宗と申します」
「知ってます」
 うわあ、十年前と変わらずセメントだ、などと感じながらも、
「この度は自身の未熟よりその御身に多大なるご迷惑をおかけしてしまい、一臣下として大変申し訳なく思います」
 一息、
「故に、アリアダスト様より裁きを頂きたい」
 自身がやってしまったことを他人に裁かせる、それは卑怯な逃げかもしれない。だが、それでもこれだけはやらねばならないケジメだった。
 臣下である自分が君主に弓引くなどということはあってはいけないことだ。それが起こってしまったならば、それは裁かれなければいけない事柄だ。
 そして、今この中で自分が行ったことを裁けるのは一人、君主であるホライゾン・アリアダスト他ならない。
「頭を上げてください」
 ホライゾンが言う。だが、頭は上げない。昔、シロジロが相手がなんと言おうとも頭を上げてはいけない、と言っていたからだ。
 それを悟ったのか、ホライゾンは、
「では、そのままでかまいませんので聞いてください」
 答えは短く告げられた。
「とりあえず、無罪放免ということでお願いします」
 ですが、と言いかけしまいこむ。これは君主であるホライゾンが告げたことだ。意外な結果ではあったが、告げられたそれは受け止めなければならない。
「んー、ホライゾンは本当にそれでいいのか?」
 突然、トーリが言った。
「? トーリ様は正宗様に有罪判決が下されるのをお望みですか?」
 トーリは、いんや、と、
「そーじゃなくてだなー、うーん、なんつーか、こう」
「端的にお願いします」
 ホライゾンに言われ、トーリは、
「正宗ってさ、生真面目だからこう、自分が悪いと思ったらとことん悪いと思う癖があるんだ」
 あれ、俺ってそんな癖あったっけ? と思うが、これは自分が気づかない部分なのだろう。周囲もそう思っているかどうかは疑問だが。
「今回だって、正宗は自分が悪いと思ってこんなことしたわけだし、そうなると今、ホライゾンは自動人形で最善を選ぶようになってるってことだから正宗の思考とかどうなってんのかなーとか思ってさ」
 ですが、とホライゾンは。
「私が知ってるのは“雑賀・正宗”と言う名前だけでして、とくに人となりを知ってるわけではないのですが」
「あれ? そうだっけ?」
「ええ、そうです」
「じゃあ、あれえ? 結局どうなるんだっけ?」
 その様子を見て、正宗以外の皆は異口同音に、
「オマエは場を引っ掻き回すな!!」
 おおう、とその剣幕にトーリは引き気味なる。
 声が収まってから、まあ、とホライゾンは、
「理由もなく無罪といわれても困惑するのは確かでしょうね」
 では、と、
「一つ目の理由ですが、正宗様は――」
「お待ちを」
 そこで正宗は静止をかけた。ホライゾンは訝しみながら、
「何か?」
「いえ、たいしたことではないのですが。私は一臣下。名前に様など恐れ多い、どうか雑賀とお呼び下さい」
「では、雑賀様と」
 結局、様は直らないんだなあ、と思いつつも、
「雑賀様は“全竜殺し”を自分の意思で呼び出したのですか?」
 そんなわけがない。即座にいえ、と言い否定する。
「ならば、雑賀様は“全竜殺し”の被害者になります。裁きというのは戦争などではない場合、基本的に被害者ではなく加害者にされるものだとホライゾンは記憶して居ますので」
 もう一つ、と、
「正直、アレは雑賀様がご自身で解決しなければならないことですので、自分の弱さに理由をつけてホライゾンに裁かせようとするのは止めてください。正直、迷惑です」
 迷惑か、と思う。だが、考えてみればそうだ。自分は、自分のことだけを考えていた。ホライゾンのことを全く考慮していなかった。情けない、と内心でため息を吐く。これでは臣下失格ではないか。
「そういうわけでして、ホライゾンは雑賀様に無罪を言い渡します」
「ご配慮、感謝いたしまする」
 んじゃ、とトーリが、
「正宗、何か不満あるか?」
「ありませんよ」
 なら、と続け、
「これでとりあえずお開きにしておこうぜ? 皆はどうだ?」
 誰もが問題ない、とばかりに頷いてくる。
「じゃあ、これで昨日のことは全部終わり!」
 トーリが手を叩いた。
「ほら、正宗も何時までそうやってるんだよ、そろそろ立とうぜ?」
 言われ、立ち上がる。
 そして、窓から差す光に目を細め、そして、窓から外を覗いてみれば、
「ん」
 眩しいほどに太陽が煌いている。
 ――ああ、 そうか。
 感じる。
 これが“日常”なんだな、と。
 そして、確かに“日常”に帰ってきたんだな、とそう思った。



[19216] 境界線上の労働者と肉(配点:何故人は戦うのか)
Name: navi◆279b3636 ID:f6c0fcae
Date: 2010/08/02 14:17
 えまーじぇんしー
 今回はいつもの半分くらいしかありません。
 閑話的なものだと思いお楽しみください。
 かしこ。

  ※

 既に極東・武蔵も昼時を迎えていた。
 学生は学食に集い、または弁当を広げている。
 主婦は適当な有り合わせを作り、
 裕福なものは優雅に外食を楽しむ。
 そして昼飯時というのは労働者にとって貴重な休み時間であると同時に、エネルギーを摂取する大切な時間でもあった。
 勤労学生であるノリキも昼食と言うものを例に漏れず楽しみにしている。だが、今日ばかりは違った。目には熱気、右手には一枚の紙が握られていた。縦は大体四センチ、横はその倍くらいある紙だった。
 その紙には字が記されてており、書かれている文字は“漢料理挑戦券”とある。
“兄さんは、今日漢になってくるぞ”
 朝、こう言って家から出たのを思い出す。
 そう、今日俺は漢になるのだ。

  ※

 喫茶『漢』という喫茶店が武蔵にはある。既に定食やにシフトしているように思えるがそれでも名前は喫茶店だ。
 その名は武蔵でもよく知られているが、客は男性しかいない。というか男性しか入れない。元々、甘党な男性がくつろいで甘いものを食べられるように配慮したそうだ。故に、女人禁制のまさに男の園だ。
 そこで料理を食べたことがある男性はこぞって言う。上手い、そして安いと。更に言えば量も多い。労働者にしてみれば、まさしく天国のような喫茶店だ。そして、ノリキもその喫茶店の常連にはいる。初めて入ったとき、自分の同級生が経営していることは驚いたのを覚えてる。
 だが、さしてそれは問題じゃあない。
 喫茶『漢』には暗黙の了解が存在する。
 “漢料理を食べきったものには『漢』の称号が与えられる”というものだ。店主はそれを知らないが、客の間で確かに広まる暗黙の了解だ。『漢』の称号を与えられたものには確かな特権が存在する。喫茶店の名が示すように、『漢』の集客スペースは狭い。故に、客が勝手に集まってローテーションを決めている。そうしなければおそらくは毎日長蛇の列になっている。だが、『漢』の称号を与えられたものは違う。そのローテーションに左右されないという特権が与えられるのだ。
 その特権を求め、男は挑む。
 喫茶『漢』の名物料理、“漢料理”に。
 “漢料理”は実に様々な種類がある。
 例えば、甘味が一切使われていないただひたすらに苦いチョコレートケーキ、漢チョコレートケーキ。
 ソースの味しかしない焼きそばを十人前食わねばならない漢焼きそば。
 火山を思わせる量、タライ程の大きさがある器に入った漢ラーメン。
 これは一端であり、まだ多くの漢料理が存在する。大食いの獣人をグロッキーに追い込んだ漢料理さえ存在するほどだ。
 これに挑み、数々の男が屍の山となっていった。
 そして、今日ノリキはそれに挑むのだ。
 暖簾を前に立ちすくむ。本来ならば、楽しいはずの昼食タイムだというのに、何故自分は今、汗をかいているのか分からない。
 息を整え、扉を開き暖簾をくぐる。
 既に、部屋の中心の一席を除き大盛況とばかりに店内は込んでいた。
「いらっしゃい」
 そんな声が響く。同級生、雑賀・正宗の声だ。一人で三十人近くの客を相手にしているのは本当に凄いことだと思う。どれだけの労力を使っているのだろうか。
 カウンターに向かう。本来ならば、席に座るのが今回は勝手が違う。自分で告げる、漢料理を食べるもののマナーだ。
「正宗」
「あいよー、注文は」
 わき目も触れずに作業をこなす正宗に言った。
「漢料理を」
 そして、券を差し出す。
 店内がざわめいた。漢料理はその凶悪さから本当に自身があるものしか頼まないからだ。
 思う。仕方ない、と。自分の体躯は痩せ気味だ。あまり、大食いには見えないだろう。
「ノリキ、本当にいいんだな?」
 採集確認のように正宗が言ってきた。
「ああ」
 頷き、返答。
「了解した。すぐに用意する」

  ※

 漢料理を食すものは必ず見せの中心に座らされる。通常、そこは漢料理を頼んだものだけが座れる指定席のようなものだ。そこに、ノリキは座っていた。
 周囲からは会話が聞こえる。既にオッズが飛び交っており、大抵の人間は自分が食べきれないこと賭けているようだった。
「来たぞ――!!」
 誰かの叫びと同時にモーゼの十戒の如く道は開かれた。
 料理が運ばれてくる。
 ざわめきが大きくなる。
 運ばれてきたのは――、
「これは――」
 肉だった。きっと、ステーキとでも言いたいのだろうが、最早そんなものはガン無視とばかりだ。いや、見てくれはきっとステーキで問題はない。だが、ふざけているのは高さと面積だった。まるでバベルの塔を思わせる高さ。優に一メートルはあるんじゃないか、いやそれ以上だ、と思わせる。
 面積はその一メートルだろう高さを支えるだけの面積を誇っている。
 付け合せのジャガイモとニンジンは皮をむいてゆでてバターをまぶしただけの代物だ。
 バジルの代わりにブロッコリーなどとはいろいろとふざけているようにしか思えない。
 これを食えば暫く肉を食えなくなることは請負だろう。
「制限時間は一時間三十分、食い切れなかったらおとして代一万おいていってもらうからな?」
「ああ」
 分かった、と頷いてみせる。
「じゃあ、いくぞ――、始めえ!!」
 ノリキの長い長い一時間半が始まった。

  ※

 大食いでやっていけないのは噛む行為と休む行為だ。噛めば噛むほど顎が働かなくなり、更に満腹中枢が悲鳴を上げる。休めば血糖値が上がり、やはり満腹中枢が悲鳴を上げる。故に、ノリキが取った戦法は一つ、小さく斬ってなるべく同じペースで食い続けることだ。
 まずは一口、小さくした欠片を口に運ぶ。
 ――美味い。
 流石、と思えるほどの味だった。だが、わざと粗悪な肉にしているのか口の中でとけるなどと言うお上品な現象は起こらない。あくまで自己主張するように肉が舌の上で踊った。そのまま飲み込もうとすれば喉に引っかかろうとして思わず咽る。
 ――良く噛め、ということか。
 いや、分かっているなら言わなくていい。今は肉に集中するべきだ。
 一度噛めば病み付きになるほどの肉汁が口の中を襲う。
 だが、それを犠牲にしなければこの戦いに勝つことは出来ない。
 既に野次馬達は興味心身でこちらを見ている。
 気にするな、と言い聞かせ肉の山にナイフを走らせる。ゆっくりとなんていうことはしていられない。大きき当に斬って、それを小さく分けて食う。その間、なるべく噛まぬように、ただ軽くほぐすだけにとどめる。
 ――熱い。
 いまだに熱をこもらせている肉汁が口内を傷つける。肉自体も熱を持っているから更に熱い。
 ふざけている。いや、漢料理が一度としてふざけた料理じゃなかったことなどはない。
 水を軽く口に含み――失敗したことを痛感する。更に口の中が熱くなり、挙句肉にしみていた味を洗い流してしまい、最早味の良く分からない何かを噛まされているように思えた。
 早く、早く次の欠片を、と中にあった肉を飲み込む。
 思う。
 何故、自分は肉と戦っているのだろうか、と。
 かつて、偉い人は言っていた。
 そこに山があるから上るのだと。
 ならば、目の前に肉があれば食うのだろうか。
 きっと、目の前の肉は自分に何かを悟らせるための苦行であるとすら思える。もしかしたら閻魔大王からの裁きかもしれない、“肉山の刑”うん、嫌だ。
 そしていや、と頭を振る。だいぶ思考が危なくなってきているのか、阿呆なことを考えてしまったようだ。
 しかも、最悪なことに集中力まで途切れてしまった。
 ――く。
 一度失った集中力を取り戻すのはかなり難しい。
 集中力が散漫したことを如実に表すように、自分の肌に汗が浮き上がっていることを感じた。
 先程と違い声もやかましく思える。
 まだ、肉の山は三分の二ほど残っている。
 思考が止まるようにくらくらとしてきた。
 オーバー、オーバー、いや何している自分。わけの分からないことをほざいていないでさっさと肉を食え、肉を。
 そして、右手に持ったにナイフで肉を分けようとして、手からナイフが転げ落ちた。小さな金属音を立てテーブルの上に落ちた。
 うわあ、という客の声が聞こえる。
 ちい、と急いでナイフを取り戻す。ロスを取り戻すかのように、急いだせいか欠片を大きく切り取り口に運んでしまった。
 飲み込もうとして失敗。喉に引っかかりかけたが気合で飲み干した。
「はあ、はあ――かは」
 息が荒くなる。気合がしぼんでいく。
 自分で頼んだはずなのに、何故自分はこんなことをやっているのだろう、と思ってしまう。
 くそう、漢になれない自分を許してくれ、と心の中で弟に思った。
 ――何を馬鹿な。
 自分は兄である。そんな自分が弟妹に情けない姿を見せて良いのか? ――断じて否だ。そんな姿を見せるわけにはいかない。
 急速に気合が取り戻されていく。ナイフを握る手に力がこもった。
 肉の山にナイフを突き刺す。そして小さく刻む。
 客は語る。その姿は竜に挑む勇者のようだった、と。
 それほどまでにすさまじい光景だった。
 男と肉の一騎打ち。
 だんだんと声が上がる。
「おらあ、何やってんだ! 食うペースが落ちてるぞ!!」
「勢いだ! 勢いで食いきってしまえ!」
「ノリキぃ! 今こそお前は漢になるんだぁ!!」
 店中から野郎共の叱咤激励の声が聞こえた。
 その声にこたえるかのようにノリキは食べ続けた。

  ※

 正宗は言う。残りは二十分だ、と。
 客は言う。残りは三分の一だ、と。
 だが、突然ノリキの手が止まった。
 人形のように動かなくなったのだ。いや、軽くあえぐように息だけは吐いている。だが、それもかろうじてであった。
 誰もがどうした、と声をかけるがノリキは答えない。
 そしてだんだんと青くなる顔色に、客たちの血の気も引いた。
 まさか、と誰もが思った。
 喉に詰まらせたのか、と。
 優男風の男がドクターストップをかけるために近寄ろうとしたとき、
「馬鹿野郎!」
 大柄の男がそれを制した。
「今、目の前の坊主は“漢”になろうとしてるんだぞ!」
「それがどうした! もし喉に肉が詰まっていたら死んじまうかもしれないんだぞ!?」
 ばっきゃろう、と大柄の男は、
「もしも喉に詰まってたら水を飲むだろうが!」
 あ、と気づくが、
「だが、それすら出来ないほどに弱っていたらどうするつもりだ!」
「それを見極めるのは俺達か? 違うだろう! それを見極めるのは俺達じゃない、坊主と店長だ! しゃしゃり出れる立場じゃないんだよ、俺もお前も!」
 言われ、優男風の男は口をつぐんだ。
 そして、視線がノリキに戻る。
 以前動かぬままのノリキ。だが、大柄の男は思う。闘志は消えていない、と。
 目にこもる闘魂の炎は消えていない、と。
 大柄の男の隣で長身の男は叫んだ。
「諦めんなよぉ坊主!」
 それに続くように、
「たかがそれくらいの肉くいつくしちまえ!!」
「漢になるんだろ! 漢に!!」
「漢になる奴がそれくらいでへこたれるって言うのか!?」
 誰もが一丸となってノリキを応援していた。
 呼応するかのように、ノリキの手にも力が篭ってきた。
 だが、動くには力が足りないのだろう。握るだけだ。
 もう、駄目なのか? と思った矢先だった。
 ドアが開いた。
「兄ちゃん!!」
 それは子供特有の甲高い声だった。
「お前……」
 それに反応するようにノリキの首が動いた。
「頑張れ、頑張れ兄ちゃん!!」
「兄さん頑張ってください!」
 この日、初めて女性がこの店内に足を踏み入れた。だが、それを咎めるほど野暮な者はこの店のどこにもいなかった。
「おぉぉぉおおぉぉぉお!!」
 ノリキの方が咆哮した。
 そして、ナイフが動いた。
 客が叫んだ。弟妹が叫んだ。
 熱気が噴出した。
 誰もが行方を見守った。
 ノリキは我武者羅に手を動かした。
 肉を食う。そして飲み込む。すでに冷めて硬くなった肉を引きちぎるように胃に落とし込む。
 ノリキは思った。今、自分は人間ではないのだ、と。ただ、目の前の肉を食うだけの肉袋なのだ、と。
 そして、おお、と歓声が聞こえた。
 ノリキが肉の山を制覇したのだ。
 しかし、まだ刺客は存在した。ジャガイモとにニンジンとブロッコリーだ。
 ノリキはナイフを捨てた。
 そして手づかみで食い始めた。汚いなどという野郎どもはどこにも存在しなかった。少女、知り合いなら幼女と言うであろうノリキの妹すらそれを咎めなかった。
 山のようなジャガイモを右手で砕きながら口に運ぶ。味? 知るか。左手にはニンジンだ。
 交互に口の中に突っ込んでいく。そしてそれを水で流し込む。
 そしてとうとうジャガイモとニンジンの山が消滅した。
 叫び声が聞こえる。
「いけ! いっちまえ!」
「俺達の、俺達の屍を超えていけ!」
「お前が漢だ!!」
「やれえええノリキぃぃぃい!! 今こそ打ち立てろ伝説を!!」
 ノリキはブロッコリーを食う。ひたすら食う。ただ食う。食い続ける。
 そして、
「おおおおおおおおおおお!!」
 店中が沸き立った。
 食い終えたのだ。最後のブロッコリーが今ノリキの口の中へ運ばれたのだ。
 ノリキが立ち上がった。
 右手を握り締め、天高くに上げ、ノリキは言った。
「ご馳走様でした」
 今日、ここ喫茶『漢』に新たな漢が誕生した瞬間だった。



[19216] 境界線上の……(配点:思わぬ伏せ兵)
Name: navi◆279b3636 ID:f6c0fcae
Date: 2010/08/16 13:15
「あ――、何か良い案はないかねえ」
 雑賀・正宗は自室の床に胡坐で座りながらノートをめくる。
「お」
 その中の一枚で正宗は手を止めた。
 うん、と頷き、
「少し、やってみるかね」

  ※

 今、良くも悪くも注目されている若手商人といえば指すものは決まっている。。
 シロジロ・ベルトーニと補佐のハイディ・オーゲザウァラーの二人だ。
 そんな二人が応接室で対応しているのは同学年の顧客である雑賀・正宗だ。
「いや、忙しいところ悪いな」
 正宗は言うがベルトーニは、
「気にする必要はない。正宗のおかげでこのベルトーニ商会はIZUMOと太いパイプを結べているのだからな」
 勿論、IZUMOとパイプを持つ商会はいくつもあるが、ベルトーニ商会ほどではない。
 ベルトーニ商会は若手で小さな商会だ。そんな商会が大手の商会以上に太いパイプを持っているのは本来は不自然であるが、
 ――やはり、正宗様様と言ったところか。
 うんうん、と心の中で頷く。
 まあ、そんなことより、と、
「とりあえず、そこにかけてくれ」
 応接室の中心にあるソファを指す。正宗はああ、といって座り、
「あ、そうだ。これはお土産」
 一つの箱を渡してきた。受け取るのはハイディだ。
「次に行く先が英国だって言うからな。メイズ・オブ・オナーを作ってみたんだ」
「ほう」
 メイズ・オブ・オナーといえばヘンリー8世の宮廷で愛されたパイで包んだチーズケーキだ。正宗の腕ともなれば、美味しいのはまず間違いないだろう。
「有難く頂こう。――ハイディ、茶を頼む」
 おっけー、と足音をたててハイディが引っ込んでいく。
「すまんな、少々気が利かなかったようだ」
「気にするなよ、俺が気にしてないんだからさ」
 そうか、と一言、
「――さて、早速本題に入ろうではないか。Time is money(時は金なり)だからな」
「そうだな」
 正宗は一枚の紙を引っ張り出し、
「まあ、こういう企画を立てたわけなんだがね」
 机に置かれた紙面を読み取る。紙面には飾り気のない文字で企画が記してある。
『弁当配達計画』
 企画書として内容は稚拙だが、やりたいことだけはありありと伝わる。誰かの役に立ちたい、それだけだった。
「慈善事業か……」
 企画書の内容はこうだ。
 各艦で働いている人間に弁当を届けるというものだ。
 勿論、運ぶのは正宗一人という重労働と過労をミックスしたついでにただ働きまでプラスしたようなものだ。商人としては奇麗事はなはだしい。
「いや、金は取るから慈善じゃないけどな」
 そうは言うが、内容はほぼ慈善事業のようなものだ。金は材料費をギリギリまかなえるくらいしか取らないと言うのだから。
「――つまるところ、作った弁当を補給する場所と持っていく人員を貸してほしいというわけだな?」
「まあ、そんなところだな」
 しかし、
「それは無理だな」
 現実は非情だった。間髪いれずに口を開き、
「そもそも、この案そのものが無謀極まりない。少なくとも一ヶ月はザッハトルテを卸さねばならんし、昼のうちに配達しに行くなどどんなに正宗の足が速かろうと無理だ。距離がありすぎる。更に言えば、量も問題だ。一日に十や二十そこらならばまだいいだろうが、更に増えるとなれば最早ひとりで回せるほどではない」
 まだある。
「他にも、コストも材料費ギリギリともなれば人件費に土地費用を払うすべもない。
 だからこそはっきりといわせてもらう。――無理だ。止めておけ」
 そう言い切る。
 目の前では正宗がため息をつき、
「だよなあ」
 と言っていた。正宗は口を開き、
「まあ、分かってはいたんだよ。無謀っていうのは。だがなあ、どうにも何かしないといけない気がして」
「……? どういうことだ」
 正宗はああ、と、
「正直、俺ってあんまり役に立ってない気がしてな」
 ふう、と、
「商人は、商品を仕入れて物品を流すことが出来る。労働者は労働提供するし、職人達は技術提供。梅組って変人多いがわりと別の面では優秀なのが多いだろ? んで、それを結構生かしてたりするわけだが、……俺は小さな喫茶の店主でなあ、こう、目に見えるモンがないからさあ」
 ならば、とシロジロは、
「アルバイトでもすればよいのではないか?」
「いや、したいんだけどさ。落とされるんだよ。いや、なんか知らんが俺の時だけ試験官が腹下したり、頭痛とかでどっか消えて後日になるんだなぁ。んで、次の日に行くともう満員だっていわれてアルバイトとか出来ないんだよ」
 だろうな、と心の中で呟きながらもおくびに出さず、
「それはつまり、そのまま喫茶店のマスターをやっていろ、とでもいうことだろう」
「そうかなあ」
 正宗は頭を抱え込む。
 それを見て、
「ならば、イベントでも開けばよかろう」
 一つ、提案を出した。
「イベント?」
 当然の如く正宗は首をかしげる。
「ああ、そうだ――」
「シロ君、お茶入ったよ――!」
 続けようとしたときに丁度良くハイディが戻ってきた。手にはお茶とケーキが乗っている。メイズ・オブ・オナーではなく普通のショートケーキだ。
 ハイディがカップとケーキを置き、隣に座った。
「あ、これうちのパティシエが作ったショートケーキの改良品なんだって。雑賀君なら良い意見を出してくれそうだから持ってきてみたの」
 そういうことか、と納得し、
「はい、シロ君。あ~ん」
 ハイディがケーキを小さく切り分け口元に運んできた。
「頂こう」
 食い、飲み込む。
「ほう」
 感嘆の声が漏れる。前に試食品として渡されたものよりも味の彩度が上がっている。くっきりとした輪郭を持つ味わいだ。
「へえ、いい仕事してる」
 正宗も好感触を抱いているようだ。
 ケーキを食い終わるのはハイディが持ってきたフォークで数え六度ほど。そこから会話が戻っていく。
 紙面を裏返しにし、胸元からペンを引き抜き、
「さて、先程正宗は言ったな。役に立っていない気がする、と」
「ああ、言ったな」
「確かに目に見える結果と言うのは逆に目に見え難いものではあるが、しかし、だ。やり方によっては一度で多くの結果が見えることとなる」
 それが、
「イベント、祭りだ」
 紙面に軽い図を書き込み、
「私達は今、英国に向かおうとしている。これは周知の事実だ。しかし、それまでには極東、武蔵の民に大きなストレスがかかるわけだ」
 何故なら、
「英国が必ずしも味方であるとは限らないからな。中立とは敵ではないが味方ではない、と言うことでもある。故に、向かった後に追い返される可能性もないわけではない。誰もが口には出さぬが思っているだろう。このまま英国に入れるだろうか、と」
 そう、いまや武蔵は巨大な爆弾と化している。
 理由は簡単だ。
 非武装国である武蔵がK.P.A.Italiaと三征西班牙の合同部隊に駆ってしまったということもあるし、その中で多大なる位置を占めているのは、
 ――やはり航空艦撃墜だな。
 “全竜殺し”は運が良いというべきか、合同部隊が必死こいて救助活動を行っていたことと武蔵がその場から離れ始めていたおかげで表沙汰になってはいないが、それでも一人で航空艦を落とした挙句、K.P.A.Italiaの旗艦である栄光丸を落としてしまったとあれば、警戒に値する理由となる。一人で航空艦を壊滅させるなど本来ならば到底出来ることではないのだ。
 英国は中立的な立場を守って入るが――、これからどのように展開が動くかは理解が出来ない。
「別にそれほど大それたものでなくても良い。最低限、民衆の鬱屈がまぎれ金が手に入るのであれば下らんものでもかまわん。必要なのは英国につくまでに多少でも気を紛らわせることが出来るということだ」
 表示枠を展開し、
「さて、これは私からの“提案”だ。もしも、本当に何か催そうとするならばもう一度訪ねてくるが良い。ベルトーニ商会がサポートすることを約束しよう」
 そう言って、頷く。
 正宗に恩を売っておくことはこれからもIZUMOとパイプを繋ぐ上で大きなファクターであるだろう。
「ん、了解」
 正宗は音を立てずに紅茶をすすり、立ち上がる。
「今日は世話になったな」
「いや、問題ない」
 二十分近く話し込んだ時点で問題は大有りだが、それを言うのは顧客の心情を悪くするだろう。と、思う。
「じゃあ、失礼する」
 そう言って正宗は扉の奥に消えていった。
 一息、
「さて、そろそろ業務に戻るとしよう」
「うん、そうだね」
 紅茶を人のみで全て胃に落としシロジロは立ち上がった。

  ※

 朝、武蔵アリアダスト教導院は既に騒然としていた。
 噂の原因は教導院内の掲示板にあった。
 貼り付けられたA4ほどの紙に誰もが釘付けとなっている。
『極東大サバゲー大会開催のお知らせ。
 日々をたくましく生きている皆様こんにちは。
 今回、突然ながら一つ催し物を開かせていただくことをお知らせさせていただきます。
 そんなに大それた催し物では御座いません。
 ただ、武蔵全土を使ったサバゲー大会です。
 ルールは簡単。
 ①.人を殺すな。
 ②.最後に立っていた者の勝利。
 以上です。
 仕える武器は弓および銃(貸し出しあり)。
 使用可能術式はギャグ術式の一つであるペイントさん(赤)のみです。
 流体についてはこちらで工面させていただきますのでご心配なく。
 商品は、喫茶『漢』にて販売させていただいているケーキの詰め合わせ』
 ここまでは良かった。
『わずかながらですが、賞金として100万用意させていただいています』
 当然の如く、目の色が変わったものが大半だ。
 日々小遣いを工面している若い学生ともなれば当然だ。……取らぬ狸の皮算用となろうとも、もし本当に優勝できたとしても殆どが母親の懐に消えると分かっていても。
『エントリーは明日。開催は明々後日となります』
 これを見ていた誰もが思った。
 絶対に勝利をもぎ取る、と。

  ※

「正宗殿、あの張り紙は一体なんで御座るか!?」
 梅組のの教室で正宗に詰め寄るのは点蔵・クロスユナイトだ。
「一体も何も、そういうことだけど?」
「そーいうことではないで御座るよ!!」
 ならどういうことだよ、と正宗は言うが、
「何故今の時期にサバゲー、という話で御座る!」
 そんなに気なることかなー、と思いながらも、
「まあ、今の時期だからっていいかたのほうが正しいな」
 言う。右の人差し指をたて、
「まあ、ちょっとした理由から何かイベントを起こそうとしたんだけどな? なあにしようかなー、なんて思ってた時に考えたんだよ。今、武蔵が置かれてる状況を」
 ほら、と、
「武蔵って今他の国に狙われてヤバイだろう? 何時襲われるかも分からないわけだ。難癖つけられてな。だから、折角お祭り騒ぎをするにしても、何かこう訓練的なことも出来ないかな、と思って」
 そして、こうなったわけだ、と付け足す。
 点蔵は頭を抱え、
「常識人、常識人だと思っていた正宗殿も武蔵菌にやられていたとは……!」
 ひでえ、と思うも、
「まあ、忍者は忍者らしく闇討ちでも仕掛けようぜ?」
「ちょ!? 何かそれ酷いで御座るよ! 確かに言ってることは忍者のやることで御座るが」
 どっちなんだよ、まあ、
「ガス抜きするなら盛大にやったほうがいいだろ。中途半端なものになるよりはな」
 そう、中途半端な火種はいずれ巨大な炎になるかもしれないのだ。そんなものは早々潰しておくのが一番だ。それは歴史も証明している。過去の因縁、税、人間関係、そのほかにもくだらないものが戦争に発展したケースは数知れずなのだから。
 と、
「正宗君!!」
 叫び声が聞こえた。長い黒髪の少女、巫女を示す紅いタイツ、浅間・智だ。
「ん? どうした?」
「あの張り紙は一体どういうことなんですか!?」
「そういうことだけど?」
「そ・う・じ・ゃ・な・く・て・で・す・ね・!」
 ゃ、の発音までするとは器用だなあ、と思うも、
「こういうイベントをするならちゃんと浅間神社に申し出てください! 出店が開けないでしょう!」
 こけた。襲い掛かる脱力が筋肉を弛緩させる。
「いいですか? このような催し物をするときには一に浅間神社、二に浅間神社、三四も浅間神社にちゃんと届けてください。――分かりましたか?」
「Jud.」
 このイベント自体は止めないんだ、と思うも、まあ、張り紙が無駄にならなくて良かったとも思う。

 そう、この張り紙が貼り付けられているのは教導院だけではない。
 各航空艦のいたるところに貼り付けてあるのだ。
 そして、それを見た大人たちも昔使っていた今はさび付いた銃を取り出して分解整備をしているとは誰も知らない。
 親が敵になるとも、そう、誰も思っていないのだ。

 そして、様々な思惑を孕みつつサバゲー大会の日程は順調に進んでいく。



[19216] 境界線上の……2(配点:思わぬ伏兵)
Name: navi◆279b3636 ID:2c11626b
Date: 2010/09/13 07:35
 祭りの当日が来た。そんな中、浅間は神社前の出店を回りながら額を拭いた。
「……うん、違法出展者はいませんね」
 手に持ったリストをめくり、ペンで印をつける。
「まったく、雑賀君もあんな唐突に祭りを催すのはやめてほしいものです」
 祭りを催す、それは本来簡単に出来ることではない。場所の確保、神への奉納、ほかにもさまざまやら無ければいけないことがある。だというのに父は父でやけに乗り気だ。まったく、一体何を考えているのだろうか。
「まあ、私は私で仕事をこなしましょうかね」
 と、
「よう、お疲れ」
 声が聞こえた。雑賀の声だ。
「あ、雑賀君でしたか」
 ああ、と言ってから雑賀は一本のジュースを投げ渡す。商品名は『濃厚俺の汁』だ。
「……」
 思わず絶句するが、まあ悪気があってやったわけではないだろう。
 雑賀は封を開けながら、
「いや、悪いな。事情を知らなかったけど神社関連のこと蔑ろにしてたみたいで」
 そう言ってきた。
「全くですね」
 少々意地が悪いなあ、と思いながらもそう答える。それよりも、
「この程度の知識なら授業でも習うはずですが?」
「あー」
 すこしばつが悪そうに、
「まあ、傭兵業で結構いろいろ飛んでるから」
 そういえばそんなものもあった。
 雑賀は続け、
「授業で聞くのと教科書見るだけだと天と地の差があってだ。予習と復習で教科書を見ることはしてるんだが、かなり適当に流しててなあ。教えてくれる人もいないし」
「……先生に聞きに行きましょうよ」
 は、と軽く笑われ、
「おいおい、先生が教えてくれると思うか?」
 数秒考え、
「ごめんなさい」
 教えている姿が想像できなかった。いや、教員として知識はあるんだろうけれど、何故か、こう、あれ? 見たいな感じで。
「それに、なんか知らないが最近二代も付き合ってくれんし」
「え? 雑賀君、二代さんから勉強を?」
 ああ、と頷きながら、
「あいつ、脳筋そうに見えて意外と博識だぜ? ……あの“事件”のせいでいなくなっちまったが本田の家には鹿角っていう自動人形がいたし、三河の教導院にも通ってたからな。それに、東国無双の本田・忠勝からも手ほどきを受けてたしな」
 “事件”の一言に多少しんみりとした空気が流るが、すぐにその空気は払拭される。それは、今日のサバゲー大会の生み出す熱気だろう。
「そういえば、浅間は出るのか?」
「私ですか? 出ませんよ? 神社の仕事がありますから」
 ま、そうだよなと思いつつ、
「その左手の腕章は?」
 これですか? と、腕章を見る。
「“特別警備隊”、まあルール違反をした人たちを罰する係ですね。あ、別に心配しなくても大丈夫ですよ? これでもそれなりに強いですから」
 別の意味でいろいろと心配だがな、と呟いていた気がしたがそこは気にせずに、
「雑賀君は出ないんですか?」
 問う。
「主催者が出るわけ無いだろ?」
 まあ、それもそうだろう。そんなことやったらマッチポンプだ。
「っと、俺もそろそろ店に戻らないと」
「? 何かあるんですか?」
「ケーキ作んないといけないから」
 そういえば商品だったことを思い出す。
「じゃあ、頑張ってくださいね」
「おう、期待しててくれ」
 そう言って走り出す雑賀を見届けてから、
「私も仕事に戻りますか――」
 浅間も歩き出した。

  ※

「某蛇も愛用しているベルトーニ印のレーションは如何ですかー?」
 ハイディは業務用笑顔零円を顔に貼り付けながらレーションを売りさばいていた。味? 食べたことが無いので分からない。まあ、レーションだし安全性は高いだろう。レーションだし。
「ハイディ」
 一秒で振り向いた。
「シロ君、どうしたの?」
「いや、こちらは既に完売したのでな。そちらを手伝いに来た」
「シロ君……」
 ハイディは頬を染めつつ、
「大丈夫だよ? シロ君。こっちももう少しで終わりそうだから」
 そう言ってレーションの山を見せる。
「それならばいいが」
 ふむ、と頷きつつ。
「それにしても、正宗は本当に良い稼ぎ場を提供してくれる」
 ふ、とシロジロが笑う。
「そうだね」
 それに同意するようにハイディも頷いた。
「ふ、手が出せない他商会の悔しがる顔が浮かんでくる」
 このイベントはベルトーニ商会が“主催”の名目で開かれたイベントだ。故に、現在開かれている出店はほぼ全てがベルトーニ商会のものだ。他の商会が出店を開こうとすれば参加料その他でごっそりと取っていかれる。まあ、大人の事情でどうしても少しは参加しなければいけないが、おそらく売り上げは赤字だろう。
「では、私は出店のほうを見てくる。後は頼んだぞ、ハイディ」
「うん、分かった。行ってらっしゃい」
 さて、わたしもがんばろー、と気合を入れてハイディは業務に戻り始めた。

  ※

 男には絶対に引けない戦いがある。女にも引けない戦いがある。
 そう、今こそがそんな引けない戦いだ。
 賞金の100万。大きな事を成すには少ないが、小さなことをなすには大金のそれを誰もが狙っていた。
 趣味に、愛に、家族に、仲間に、理由は誰しも様々だがここに居る全員何かしら心に秘めるものがあった。
 極東に移住してきた戦士達は、過去愛用した銃を久しぶりに押入れから引っ張り出した。もう、使うことも無いだろうと思っていた銃だった。思い出と一緒に消えていくはずだった銃はもう一度日の目を見たのだ。丹念に錆び取りやメンテナンスをされた銃は心なしか輝いて見えていた。
 魂、TAMASIIがこもっているようだ。お前に勝利をくれてやる、とでも言っているかのような輝きだった。
 最初から極東に住んでいた住人も銃を取った。それは、異国で出来た友人の形見、借りたもの、様々だった。だが、どれもこれもが力強い。
 声が聞こえる。
「手入れは完璧」
 怪しい目で、
「全て――磨き上げた」
 息を吐き、
「綺麗だよ」
 光悦と、
「ボルトの滑りも完璧」
 なで上げ、
「全部ピカピカ」
 ほお擦りをし、
「油も十分」
 軽くスライド、
「君の動き、綺麗だ」
 うっとりと、
「最高だぜ――マイハニー」
 笑う。
 異様な雰囲気が場を包み込む。
 だが、それを異様だと感じさせないのは場の雰囲気か。
「俺、この戦いが終わったら今まで手の届かなかった人型御神体(フィギュア)買うんだ」
「へ、俺なんて風俗に」
「おま、それは駄目だろ」
 男は騒ぎ、
「聞け、淑女諸君。今より我々は修羅に入る」
「聖戦だ。我々はこの戦いに勝利し無ければならない」
「そう、我等が同人サークル『どう? 聖愛』の活動資金のためにも」
 女は静かに決意を告げる。
 決戦は間近だ。

  ※

「はあ、本当に開催されてしまったで御座るなあ」
 ため息をつきながらも点蔵は周囲を見渡す。
「ははは、何を言うか点蔵。これが武蔵だ。いつもの武蔵だ」
 うんうん、と頷くウルキアガ。
「そうで御座るか――?」
 振り向き、ウルキアガの顔を見た点蔵は固まった。目が怪しく輝いていた。
「どうした? 点蔵。拙僧の顔に何かついているのか?」
「いや、そうではなくてその目が」
 ウルキアガは笑い。
「ははは、何を言うか点蔵。こんな子供だましのイベント」
 ――やっべ、この男絶対本気で御座る!! どれくらい本気かって言うとこの勝負に勝利して絶版した姉キャラエロゲを一気に大人買いしようとしているくらい本気で御座る!!
 かなり的を射た思考かもしれないがかなり的を射ているだろう。
「こんな調子だと、梅組全員がこんな調子で御座ろうなあ」
 とりあえず逃げようと点蔵は思った。

  ※

「“漢”の俺に不可能は無い」
 ノリキは弟妹達にそう告げて家を出た。
 この優勝賞金があればどれだけ弟妹達に楽をさせられるだろうか。いや、楽はさせて上げられないが外食を少しするくらいな出来るだろう。
「絶対に勝つ」
 最も若き漢が今、出陣。

  ※

「いやー、平和ですねー」
 綿飴を食べながらアデーレは呟いた。
「出店方面はそれなりに平和ですよね、流石に」
 左手にはりんご飴。マストアイテムである。
「あ、おじさんその杏飴いくらですか?」
 少々高くても買ってしまうあたりが憎たらしいほどの祭り効果とでも言うやつであろう。
「む、手持ちも心もとなくなってきましたね」
 と、言いつつ一つの人影を見れば、
「あ、鈴さんじゃないですか」
 駆け寄った。
「あ、あでー、れ?」
「こんにちは鈴さん。――あ、これ杏飴ですが食べます?」
「あ、あり、がと」
 鈴は杏飴を受け取り口に含んだ。
「あま、ね」
「ですねー」
 そう言いながら自分は綿飴を食べる。原料は砂糖なのに、形を変えるとこうも味が変わるのか、と思いつつも、
「いやー、それにしても、これほど大掛かりになるとは」
 発端はあんなくだらないことだったのになー、と思いつつ。
 ――今頃、何人かも参加してるんでしょうねー。
 思う。
 機関部の仕事がある直政はパスと言っていたし、商人コンビは今頃商売に汗を流しているだろう。正宗は主催者。浅間は確か警備の仕事だったはずだ。――警備? まあ、何にせよ、
 ――私には関係ないことですね。
 隣の鈴もだ。
「ま、折角のお祭りですし楽しみましょうか」
「そ、だね」
 鈴も同意を示す。
「お、そろそろ始まる時間ですね」
 祭りの本会場となる方向に視線をやった。

  ※

「のってるか――!!」
「オォッォッォオオ!!」
「はじけてるカー!!」
「おおおおおおおお!!」
「覚悟の準備は十分か――!!」
「いええええええええええ――!!!」
 熱気が会場に立ち込める。
 そんな中で正宗は叫んだ。
「野郎共! 俺達の仕事は何だ――!!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ!!」
 嘘だ。黒子がテロップを掲げている。
「俺達の特技は何だ――!!」
「殺せ! 殺せ! 殺せ!!」
 無論嘘だ。黒子が以下略
「俺達は極東を愛しているか! 武蔵を愛しているか――!!」
「ガンホー! ガンホー! ガンホ――!!」
 なんだかワケの分からないのりだが熱気は十分だ。
 故に正宗は叫ぶ。
「今こそ、ここにサバゲー大会の開催を宣言する――!」
 会場が沸いた。
「ルールは簡単! 殺すな! 負けるな! 立ってやつの勝利! 以上!!」
 会場が沸騰する。
「では、出撃!!」

  ※

 こうして、波乱のサバゲー大会は幕を開けた。



[19216] 境界線上の……3(配点:思わぬ伏兵)
Name: navi◆279b3636 ID:f6c0fcae
Date: 2010/10/22 10:54
 会場は阿鼻叫喚の地獄と化した。
 最早、そこに人はいなかった。

  ※

 武蔵・武蔵野

「チィ……」
 一人の男が煙草の紫煙を吐き出しながら舌打ちをする。
 ――ったく、俺もヤキが回ったもんだな。
 男は狙撃兵だった。十年前には六護式仏蘭西で暴れていたことがある。
 だが、今はどうだろうか。
 狙撃兵ではあるが、それでも戦を体験したことのあるものとしてこの体たらくだ。笑ってしまいそうだ。
 廃ビル――歴史再現的には二階建ての商館とされた建物の中に隠れ、ひたすら機会を待つ。
 しかし、ここにいるのももう長くは無いだろう。かれこれ四度、敵に見つかっている。
「!!」
 背後、軽く石のはねる音がした。
 即座に振り返る。
「――」
 そこに人はいない。
 だが、勘とでも言うべき何かが告げていた。第六感が悲鳴を上げる。
 何かがいる。
 何かがある、と。
 息を呑む。酸素を取り込み心を落ち着かせ銃口を水平にし構え来る獲物を待ち構える。
 一瞬が十秒、いや永遠を感じさせる。
 と、影。
「!」
 トリガーに手をかけたまま影を追う。
 影は縦横無尽に舞った。おそらくは忍者系の職種だろう。昔なら動いている合間を狙うことを出来たかもしれないが今は無理だ。
 故に、狙うは着地の瞬間。次の動作までに生まれるラグだ。
 ――見えた。
「落ちろや!!」
 トリガーに指をかけた。銃口から弾丸が射出される。一直線を描き飛んでいく。
 だが、それは当たらない。背後の壁に紅い色を残しただけだ。
 風を感じた。
 うねる風だ。こちらに向かってくる。
「危なっ」
 ゴムのクナイがバウンドする。内心で冷や汗を流しながらも視線は影を逃さない。
 久々に血が滾る。
 戦の時を思い出させるようだ。
「そう簡単にいくか――!」
 指をかけること四度。
 撃ち出される弾丸は四。
 描く軌道は四方向。
 しかしこれはブラフだ。
 敵を追い詰めるための囮役だ。
 影を殺す本命は一つ。
 ――上手くいけよ……。
 影は縫うように弾丸の間を蠢く。それは洗練された動作だ。
 おそらくは、目の前の忍者も武蔵への移民だろう。
 ついてねえなあ、と思う。
 狙撃を主とする自分は気配を消すスキルを持つ忍者に滅法弱いというのに。
 そしてもう一度ついてねえなあ、と相手に思う。
「テメエも俺も最早ロートルなんだからよぉ」
 口は言葉を吐き出し、銃口は弾丸を吐き出す。
「ヤリ――」
 と、胸への衝撃を感じる。
 紅い。
 ――ったく、やられちまったか。
 これが本物の弾丸だったならば胸に風穴が開いていたところだ。ペイント弾で本当に良かった。
 ふう、と一息つき、
「あんた、なかなか良い腕じゃねえか」
 賛辞を述べた。
 もしも、現役時代ならば自分は瞬殺だったろう、と思いながら。
「――貴殿こそ」
 影が現れた。身について抜けないのだろう。足音は皆無だ。
「あんた、何処の出身だ? 俺は六護式仏蘭西から移民なんだ」
 言うが、答えは返ってこない。
 ――ああ、そうか。
「すまんすまん、忍者にこういうの聞くのはマナー違反だな」
「心遣い、忝い」
 気にするな、と頭を振った。
「それよりも、これが終わったら一杯どうだ? 上手い店を知ってるんだ」
「お供いたそう」
 さて、と男は立ち上がった。

  ※

 武蔵・武蔵アリアダスト教導院

「ば、バーバリアンが来たぞ――!!」
 廊下の窓から外を見ていた一人の少年が振り向きざまに叫んだ。
 まるでこの世の終わりを叫ぶかのように。
 その叫び声が伝播したのか、教室に居た誰もが顔を青ざめさせた。
 だが、
「皆!!」
 頭髪を結った少年が立ち上がった。
「何故、我々が怯える必要がある」
 一気に教室が静まり返った。
「我等は対バーバリアン同盟を組んだ目的を忘れたのか!? 私達が同盟を組んだのは今まさに迫り来るバーバリアンを倒すためだろう!? ならば、何故恐れる必要がある。バーバリアンとて一対多ならば勝てぬはずが無い!」
 それは希望だろうか、教室に活気が戻った。
「さあ、皆行こう。今こそ我々教導院生徒の力を知らしめるのだ!!」
 返答のどれもがJud.、だった。
 そう、戦の始まりだった。

  ※

 グラウンド、既にバーバリアンと名高い一人の女性を円形に十数人が囲んでいる。
 銃口は一直線上に中央を狙う。
「ここであったが三年目!!」
「いや、授業で会ってんじゃないの」
 もっともな正論に思わず口を噤む。
「――まあ、良いわ。そんなことより」
 囲んでいた誰もが背筋に怖気を感じた。
「小便は済ませた?
 神様にお祈りは?
 部屋のスミでガタガタふるえて命乞いする心の準備はOK――なんてね」
「あんたは時代を先取りしすぎだあ――!」
 言葉を皮切りに射撃が開始された。
 飛び交うのは朱色の弾丸。非致死性。
 だが――、
「避けただと!?」
 それがどうしたとばかりに弾丸を回避するのはバーバリアンだ。
 それどころか反対の射線上に居た幾人かが弾丸に貫かれ失格の烙印を押される。
「よっと」
 膝折の上体から状態を立て直す。
 移動は即座、人の間を縫うように包囲を抜ける。
 驚愕を顔に浮かべるのは生徒。
「わざと、わざと囲まれてたと言うのか!?」
「あらら、ばれちゃった?」
 思えばと男子生徒は気づく。
 戦闘力がやたらと高いバーバリアンがやすやすと囲まれるはずが無かった、と。
 だが、と、
「こちらとて諦めるわけには!」
「その意気や良しってところね」
 だが、気づけば、
「え?」
 胸には紅いペイントがこびりついている。
「まあ、今回は技術が足りなかったってことで諦めなさい?」
 それと、と、指を一本たてられ、
「バーバリアン、バーバリアンいい加減しつこいわよ? 私には“真喜子・オリオトライ”って名前があるの。――返事」
「Jud.!!」
 気づけば返答をしていた。
 それは倒れていた者も立ち上がってだった。
「って、何で全員やられてんの!?」
 一人、声を上げたものが居た。
「あー、何か知らんが気づいたら胸にペイント弾が」
 やっぱりバーバリアンだーっ、と各々は叫ぶ。

  ※

「ひーとっつ撃っては私のため――、ふーたっつ撃っては私のため――、みーっつ撃っても私のため――」
 我ながら良い歌だ、と思いつつもオリオトライは玄関の扉に手をかけた。
「まーったく、教導院を占拠なんて言い度胸してるわ」
 まあ、こんな時でなくてはこんな大それたことも出来ないであろうが、
 ――ちょっと、やりすぎね。
 別に、ルールの中には教導院を占拠してはいけないなどという項目は無い。
 だが、それでもやって良いことと悪いことはある。
 もしも教導院で派手に暴れて施設がぶっ壊れたらどうするというのか――、まあ、何度か風穴が開いている気もするが。
 まあ、そんなことは良い。自分は教師だ。ならば生徒をしつけるのも給料のうちであろう。
 軽く扉に手をかけた。オープンセサミ。
 お、と声を上げる。自分を迎える迎撃は四人。即座の発砲だ。
「っと」
 前転で前方に向かう。弾丸は掠めるように後方へ飛んでいく。
 体勢の立て直しと共に反撃。四連射。弾道は直線直撃ルートだ。
 悲鳴は四度。男女はまばらだ。
 ――うんうん、私の腕もなかなかね。
 主体は刀剣だが、銃技についても齧っておいてよかったと心から思う。
「お、新手」
 気配は廊下の奥に三、そして、
「ハイ残念」
 顔も向けずに後ろに発砲する。
「まあ、挟み撃ちは良い考えだけど、そんなに気配もらしてたら挟み撃ちにならないわよ?」
 無念と言う声を聞き、そして倒れる音がした。
 ――これ、ペイント弾よね?
 まあ、空気を読んでいるだけだろう。
 と、片付ける相手はまだ存在する。
「ほらほら、かかってきなさいな」
 中指を立て挑発のポーズを取る。
 案の定敵は食いついてきた。まあ、当然といえば当然だろう。
「まったく、何で距離っていうアドバンテージを殺すかなあ」
 何故構えずに突進してくるのだろうか、と思いつつも冷静にさばいていく。
「ハリーハリー、今日は弾丸撃ち放題なんだから、さっさと向かってきなさいな」

  ※

「隊長!! 既に防衛網をことごとく突破されています。このままでは同盟壊滅の可能性も――」
 一人の女子生徒が劈くように悲鳴を上げた。
 だが、
「うろたえるな」
 それを静止するように隊長と呼ばれた少年が立ち上がる。
「諸君、私は――」
「ハイ残念」
 へ、と間抜けな声を漏らすと同時に、
「それは流石に危険なネタよ?」
 教室に紅い液体が舞った。

  ※

 ――武蔵アリアダスト教導院サークル『対バーバリアン同盟』壊☆滅。

  ※

 武蔵・村山

「あっれ? 何で私こんな状況になってるんでしょうね?」
 茫然自失としながら屍(死んでない)の山の中に立っていたのは一人、
 眼鏡の小柄な少女だけだった。



[19216] 境界線上の……4(配点:思わぬ伏兵)
Name: navi◆279b3636 ID:2c11626b
Date: 2010/10/22 12:05
 既に夜。空には月が薄く光っている。
 雲は無い。月光は直に地上に降り注ぐ。死屍累々とばかりに積み上げられた敗残兵が悲しさに――、
「おっちゃん!! 焼き鳥一本!!」
「こっちには二本、あと酒ー!」
 ――顔を涙に濡らしてもいなかった。むしろ各々で突然舞い込んだイベントを楽しんでいた。
 一応、名目は防災訓練ということになっていたはずなのだが、そんなことを指摘する無粋な輩は存在しない。
 酒で顔を赤くし、ぼったくり価格で購入した食べ物を食べ、鳴り響く楽器の音色に酔いしれる。
 まさしく、祭りといった光景がそこには広がっていた。
 と、小さな音と共に宙に巨大な表示枠が現れた。会場の人間の誰もが視線をそこに移す。
『顧客者諸君、防災訓練を楽しんでいるかね』
 表示枠に移っていたのは若き守銭奴シロジロ・ベルトーニ。悪名高い武蔵アリアダスト教導院・三年梅組の生徒であり生徒会会計だ。
 そんなシロジロの発言はいささか不似合いな言葉ではあるが、そこを流すのはマナーであろう。
『ここにある屋台の九割は我がベルトーニ商会出資、喜び勇んで金を落としていってくれ――』
 さて、と、
『では本題といこう。――今現在、防災訓練の出場者において残っているのは既に二十人を切っている。――中継』
 一度、画面の消失と共に場面が切り替わった。巨大な表示枠は八分割され中心を囲むように枠を作る。上下左右に二つずつの小さな表示枠が展開、隅には装飾された文字でベルトーニ商会とあった。そして、その八つの表枠はそれぞれ異なる場面を映し出していた。そして、場面自体も目まぐるしく動き回っている。
 そのうちの一つ、上側左に位置する表示枠が大きく展開され中心画面と入れ替わった。映し出されたのは半竜とおおよそ運動とはかけ離れた風体をした眼鏡の少年だ。
 顔が映る、その顔は武蔵の男ならば大抵は知っている、雑賀・正宗だ。
『こんばんは、開催時には司会を勤めさせていただきました雑賀・正宗です。ここからは実況に移りますのでよろしくお願いいたします』
 画面が切り替わり次に映し出されたのは左舷二番艦・村山。右舷二番艦・多摩と共に観光・行政・外交を担う艦だ。
 その一部が切り取られたような地図が表示された。
 そこに赤く“姉萌”と記された竜をかたどったようなマーカーと“歴史オタ”と記された賢者のマーカーが映し出される。地図の上には、提供“白嬢”と流れていった。
『現在映し出されている相対は姉萌の異端狩り、半竜キヨナリ・ウルキアガ、対するは貧弱モヤシ眼鏡(愛称)トゥーサン・ネシンバラ……って、ネシンバラに悪意ありすぎじゃね?』
 カンペを書いた人間はネシンバラに対して何かを察したらしい。おそらくは微ヤンデレロリ眼鏡ペタン娘と従者眼鏡ロリまな板娘とフラグを立てる予感でもしたのだろう。
 と、それはさておき、
『ぶっちゃけますと、村山に在住、宿泊中の皆様にとっては安眠妨害もいいところですね、まったく』
 誰のせいだ、誰のとの突っ込みは聞こえるはずも無かった。
 地図が縮み、メイン部分の上側に表示され続けつつ画面は二人の戦闘に戻った。
 声が上がる。半竜と眼鏡のオッズ、誰かが勝手に割り込んで表示枠に表示させた。当然のことながら圧倒的な差で半竜が優勢だ。仕方が無い、半竜に貧弱モヤシフラグ眼鏡にかけるような人間は少ないだろう。
 正宗が声を上げる。
『現在優勢はウルキアガ選手、巨大な体から繰り出される一撃は脅威そのもの! おーっと! ウルキアガ選手、低威力の竜砲(ドラゴンブレス)を連射! 非殺傷だろうけれどもこれは酷い!! っつーか、飛んでる相手にたいした時点でネシンバラ選手はほぼ詰みではないだろうかッ!!』
 顔を歪ませる眼鏡をよそに涼しい顔で半竜は竜砲を撃ち出し続ける。ショタ愛好会からブーイングが上がる。男の娘愛好会からもブーイングが上がる。大バッシングだ。
『いやー、それにしても金の力とは凄いですね、クラスメイトをここまでいたぶれるとは。これは汚い、まさしく汚い。――っと、なにぃ!! ネシンバラ選手が不敵な笑みを見せたッ!! まるで逆転のチャンスを見つけたかのようだ!!』
 そして、画面の中では急激に半竜が落下、
『これはッ! ウルキアガ選手落下――ァ!!』
 地にたたきつけられた。半竜自身も何が起こったかわからないといった表情だ。逆にネシンバラは嬉々とした笑みだ。
 会場が沸きあがる。意外な状況に沸かずにはいられない。
『解説の武蔵の乳カースト上位者にしてすばらしきズドン巫女こと浅間・智さんお願いします――って、これぜってーセクハラだって!』
 カンペ作成者は巨砲主義者のようだ。
『えー、解説の浅間です。とりあえずカンペ作った人は出てきてください。怒りませんから、ね?』
 額に青筋を浮かべていっても説得力など微塵も無かった。
『――まあ、腑に落ちないところもありますが解説です。
 ネシンバラ選手は文章の神、厳密に言えばスガワラ系イツルをあがめている故に、それにまつわる術式“幾重言葉”を使います。この術式はネシンバラ選手が奉納した文章を願掛けとして再現すると言うものです』
『なるほど』
 正宗は相槌をうちつつも、
『では、今ウルキアガが落下したのは――』
『はい、術式を使用してのことでしょうね』
『しかし、半竜のウルキアガ選手は高重力下で活動できるように圧力などにはかなり強い筈ですが?』
 そこは、と浅間は、
『おそらく高重力による落下や瞬間的な衝撃による落下とは違う方法でしょう。例えば、空に飛んでいると思わせて実は落下させていたなどでしょうか?』
『つまり、催眠による上下の逆転と言うことですね?』
『はい、その通りです。あ、他にもトラップのように見えない壁を作り出した、なんていうのも考えられますね』
『さすが生徒会初期なのに殆どブレインみたいな役目押し付けられてるネシンバラ選手ですね、一筋縄では行かなかったようです』
 画面ではペイント弾術式が装填された銃を構えたネシンバラがいた。その笑みは何と言うか、こう、迫力に欠けていた。
 さらば、と小さく呟きトリガーに手をかけた、瞬間、
「!?」
 ネシンバラが手に持っていた銃が宙に弾け飛んだ。
『おーっと、これは意外な展開です!! 万事休すと思われたウルキアガ選手の足掻きか!?』
『これは術式ではなく残っていた竜砲を使った突風ですね、簡単に言えば凄い鼻息でしょうか』
『鼻息(ノーズブレス)とルビを振っておけばなんとなく格好よさそうに思えません?』
『所詮鼻息ですがね』
 ですよねー、と和気藹々な雰囲気を作り出す。
『これでまた戦闘は振り出しに戻ったようですが、この場合はどちらが優勢でしょうか?』
 浅間が問う。
『どちらともいえませんが、切り札を出しておきながら止めをさせなかったネシンバラ選手は若干不利でしょうね』
 正宗は返答を返す。
 と、
『さて、ここばかりに時間を費やしてはいられませんね、次の実況に行きましょうか』
 正宗は一礼し、
『村山の実況雑賀・正宗と』
『解説の浅間・智でした』

  ※

 表示枠が小さくなりもとあった位置に収まる。次はその隣の表示枠だ。現れたのは、
『あー、マイクテスマイクテス、こちら右舷一番艦・品川の直政さね』
 キャーナオマササーンという声が宙に響く。
『正直、迷惑なんで止めてほしいんだが、まあ無理だろうねえ、現在戦闘してるのはネイト・ミトツダイラと忍ばない忍者で有名な点蔵・クロスユナイトさね。ぶっちゃけネイトが攻めて点蔵が逃げているだけだが』
 銀鎖の乱舞を回避し続ける忍者と、いいかげんつかまれといった半人狼が画面で暴れていた。
 忍者の回避はある種華麗ともいえるだろう。形相は必至だが。
『んー、祭り会場のほうでは点蔵が大バッシングされてるんだろうさね、まあいいけど。
 お、点蔵が攻勢に入ったようさね』
 半人狼に向かうのはクナイ、だが、半人狼はそれを容易く叩き落とす。
『んー、やはりパワーアタッカーに小手先の技はあまり効かないみたいだが――』
 が、急激に変化が起きた。
 クナイが煙を上げ、一瞬にして点蔵の分身を作りだしたのだ。
『お、これは忍術の一つ影分身か。クナイを媒体にした変化の術の応用と言ったところさね。流石にネイトもこれには困惑気味のようだが、いや、風――銀鎖を振り回して分身を吹っ飛ばしたか。戦車戦車言われるのは伊達ではないようさね』
 実況通神によるオッズの値が絶えず動く。観客の視線は表示枠に釘付けだ。
『影分身を落とされて不利になったか――!? クナイが爆発!? クナイに術式を仕込んでいたか。しかも、これに仕込んである術式はただの爆発じゃなくて煙幕と派手な音による視覚と聴覚を奪う行為か! いや、だが、ネイトは半人狼でもう一つ匂いによる追尾ができたはず。これをどう潰すかが点蔵の忍者としての見せどころさね』
 画面では煙幕の煙を吸い込みせき込むネイトがいた。なんともあざとい画面状況、忍者へのバッシングが酷いありさまだ。特にナイムネ騎士愛好会のバッシングは凄まじいことになっていた。
 忍者汚い流石忍者、汚い。
『そして、おーっと、意外や意外。ネイトはあっさりとクナイに貫かれたようさね。なんともあっけない幕切れだな。
 正直、忍者が騎士階級に勝利していいのか甚だ疑問だが、まあ無礼講ということにしておくさね。
 これにて品川での実況は終了、忍者の行方を追うさね』

  ※

 言葉と共に画面が次のものと入れ替わる。
『やあやあ、武蔵の幼女のみなさんこんば――』
『チェンジ』
 突如現れかけた小太りの男性は一瞬にして画面から切り換えられた。
 代わりに、出てきたのは堕天と墜天の少女だ。
『見苦しいところをお見せしたわね、ここからは堕天のマルガ・ナルゼと』
『墜天のマルゴット・ナイトがお送りします』
『それにしても、このカンペ考えた奴センスないわね』
 まあまあ、ナイトががなだめつつ、
『現在、私達が居るのは右舷三番館・高尾ね』
『ここで行われているのはアグレッシブ勤労少年ノリキと御座る語尾だけど人間的に上回ってる(総長談)総長連合副長本田・二代だね』
『見事な棒読みね、最高よマルゴット。それにしても、ノリキにアグレッシブとかつけてる時点でこの紹介考えた奴本当にセンスないわね』
『ん? だべってないで司会しろ? うるさいわねえ』
『ガっちゃん、テロップ暴露するのはどうかと思うよ?』
 それはさておき、
『まあ、一言で言えば素手対槍で泥仕合ってとこね――』
 槍!? 槍なんて卑猥!! などと叫ぶ女傑が居たようだが観衆には聞こえなかったようだ。
『ノリキの上手いところは槍を受け流すことを一打とみなして術式をつなげているところね』
『神格武装“蜻蛉切り”は殺傷力過多だから使えないけどね』
『それは言いっこなしよマルゴット……それにしても動かない展開ね、つまらないわ』
『副長が攻めてノリキが受けてるだけだからね』
『副長の強気攻めに対してノリキの強気受けと言ったところかしら?』
『ガっちゃんここでその発言はどうかと思うよ?』
 思えも大して変わらねえよ!! と、言う声が観衆の中で一斉に上がった。
 いや、何を言う。それがいいんだろうが、と叫ぶ者もいた。
『まあ、とりあえず今はこの状態から場面が動きそうにないから他に移っていいわ。何かあったら適当に報告するから』
『まっつぁんにはバイト代弾んでもらわないとね』

  ※

 そして、次の画面に映った時に事件は起こった。
『え、衛生兵――!!』
 実況の甲高い音が画面いっぱいに映し出される。
 一体何事かと思えば、
『ば、バーバリアンが――』
 一瞬にして表示枠の画面が暗転し、何も映し出さなくなる。
 そして観衆は気づいた。
 この、武蔵においてバーバリアンを称されるのは一人しかいない。

 そう、真喜子・オリオトライだ。

 今、決戦が始まる。



[19216] 境界線上の……ファイナル(配点:有終の美などありえない)
Name: navi◆279b3636 ID:d4bafc17
Date: 2010/10/31 16:14
『よー、皆見てるかー!? 俺だ! 俺俺!!』
 何処の詐欺だバカヤロウ!! との罵詈雑言を受け流し、表示枠一杯に武蔵アリアダスト教導院の総長兼生徒会長、葵・トーリが現れた。
 正直、表示枠一杯に映った野郎の顔など気持ち悪いだけだった。
 が、
『トーリ様、邪魔です』
 おお――! ナイスセメント!! と喝采を浴びた少女がいる。端整な顔に長い白髪を携えた少女、ホライゾン・アリアダスト、武蔵の姫だ。
 ホライゾンは涼しい顔でトーリにエルボーを叩き込み画面の主導権を奪う。
『いいぜ……いいぜ、ホライゾン、そのエルボーは世界を狙えるぜ!!』
 馬鹿ウゼエエエエエ!! と、会場からはバッシングが響く。
『トーリ様いい加減にしてください……、焼きますよ?』
『おお!! 武蔵名物全裸焼きの誕生だな!!』
 そんな名物が何時作られたのかは甚だ疑問である。
『まあ、いいでしょう――、現在中央前艦・“武蔵野”に全勢力が集まっています。
 ちなみに、現在の勢力は、
 大会運営全責任者である雑賀・正宗様。
 特別警備隊より浅間・智様。
 左舷二番艦・村山よりネシンバラ・トゥーサン様、及びキヨナリ・ウルキアガ様。
 右舷一番艦・品川より点蔵・クロスユナイト様。
 右舷三番艦・高尾よりノリキ様、及び本田・二代様。
 左舷三番艦・青梅より真喜子・オリオトライ様。
 と、なっております』
 あれ、と、
『アサマチはともかくとして、何で正宗まで出てるんだ? 大会運営全責任者の正宗がでちゃ駄目なんじゃね? 王将で特攻じゃね?』
 そこに、
『フフフ愚弟』
 現れたのはトーリの姉、葵・喜美だ。
 エロスとダンスの神を崇めている喜美のサーヴィスだろう、わざとらしく胸を強調して見せながら、
『正宗は通神帯でなんて呼ばれてるか知ってるかしら?』
『姉ちゃんいきなり現れて唐突だぜ!!』
『あら、知らないのね? 知らないのね? なら、教えてあげるわ“脳筋”よ“脳筋”まんま過ぎて腹抱えて笑ったわ、本人は知らないみたいだけど。――それで、後は予想がつくと思うわ、“脳筋”の正宗は自分から火中に突っ込んでいったわけよ!』
『本人の知らないことをさらっと暴露できるなんて、姉ちゃん流石だな!!』
『あら、褒めても何も出ないわよ愚弟』
『ははは、褒めてないぜ姉ちゃん!』
 そこに、
『では、とりあえず実況に映りましょうか』
 ホライゾンが現れ、無限に続きそうな葵姉弟の寸劇を止める。
 グッジョブ!! と、歓喜に沸いた。

  ※

 中央前艦“武蔵野”では既に戦闘が始まっていた。
 戦法を勤めたのはネシンバラとウルキアガだ。
「今こそ、今こそ雪辱を晴らすとき!!」
 ウルキアガは叫んだ。
 思い出す。今までの苦い苦難を。
 授業と称した拷問に涙を流した日々を。――だが、今は違う。
 ――今の拙僧には全世界の姉キャラが加護を与えてくれているのだからな!
 そうだ。
 今の自分には各国エロゲーの中の姉キャラが自分に力を与えているのだ。
 なれば、今の自分は“救世主(エル・サルバドル)”をも越えた姉キャラの守護神だ。
 故に、
 ――拙僧は負けぬ!!
「拙僧の野望の為に――、堕ちろバーバリアン!!」
 竜砲を撃ちだし、叫ぶ。
「ウルキアガ君、今溜めておいたペースト素材、全部使うからあと少し時間を溜めておいて!」
 ネシンバラの声が聞こえる。
 葛藤が起きた。
 ここでネシンバラの声にこたえるべきか、否か。
 ここで手を貸せば今の通常のパワー+姉キャラの加護を賜った自分ならばかなりの善戦を出来るだろう――だが、
 ――それは姉キャラへの裏切りではないか?
 そうだ、ネシンバラの標的は自分でもあるのだ。
 ――あのバーバリアンを倒した瞬間に寝首をかかれたら?
 いや、
 何を考えているのだ。
 自分は半竜。誇り高き半竜なのだ。
 姦計如き、圧倒的な力で打ち破ってしまえば良い。
「ええいっ! 貸し一つだぞネシンバラ!!」
 咆哮、共に撃ち出す竜砲。
「恩に着るよウルキアガ君!」
 聞こえる。ネシンバラの声だ。
 かまわず、連射。
 同時に大気を取り込み、
「堕ちろぉ!!」
 特大の一撃だ。
 轟音をたて着弾。
 砂塵が舞う。
 ――やったか!?
 思う。
 が――、
「何ぃ!?」
 瞬時、砂塵が弾け飛んだ。突風が巻き起こり、鎌鼬をかきたてながら。
 ――バーバリアンは最早神を越えたというのか!?
 そして、聞こえる。
「点じゃなくて、面での攻撃って言うのは効果的よね、だけど、それで自分の視界を塞いだら本末転倒よね」
 何処だ。何処にいる。
「そういうわけで配点よ」
 聞こえる――、上だ――!
 背、自身の背の上に――居る!
「何時の間に――」
「お、気配を察知できるようになったか。関心関心」
 だが、と、
「もうちょっと、頭をやわらかくして考えたほうが良いんじゃないかしら?」
 く、と唸る。
 確かに、自分はバーバリアンに向かい竜砲を撃ったはずだ。だというのに、何故今、自身の背に乗っているというのか。
 ――まさか、
「忍の技か!!」
 忍法・UTUSEMI。
 変わり身の術に近い術だが、丸太ではなく衣装などを自身の身代わりとして敵の目を欺く忍法だ。
 ならば、
 ――まさか、
「全裸?」
 瞬時、衝撃と共に意識が吹き飛び、そして暗転。

  ※

「ウルキアガ君がやられた……か」
 ふむ、とネシンバラが頷いた。
 ――フ、ウルキアガ君、良くやってくれたよ君は。
 壁としての役割を十分に果たしてくれた。
 まさしく、
「計画通り」
「何が?」
「当然、あの教師に一泡吹かせる策さ」
「へえ」
 あれ、僕誰に話しかけてるんだっけ?
 ――あれ?
「先生!?」
 何時の間に、と叫ぼうとして止めた。一気に思考を変える。そして、
『突風が吹いた。風は周囲に居る者を吹き飛ばし』
 言葉を吐く。
 瞬時、巻き起こる風、
『同時に砂塵が巻き起こり』
 砂塵が飛び、
『視界を塞ぐ』
 煙幕のように視界を防いでいく。
『地が隆起する』
 轟音が鳴り、
『それは牢獄のように敵を囲んだ』
 ――次、
『それはただの岩ではない。かの“王を喰いし巨狼(フェンリル)”をも磔にし、決して壊れることの無かったと名高い“叫びの石(ギョッル)”!!』
 ――まだ、
『それは壊れぬ、歪まず、壊れぬ、頑強にて頑丈にて頑なな石、剣撃ならば皹すら入らぬ』
 ――ラスト、
『そして――』
「はい、ストップ」
 へ、と後ろを向けば、
「な、何故――」
 相手は気にせずに、
「あのね」
 親指を立て、
「上を塞ぐの忘れてるわよ?」
 あ、とこぼし、思う。
 ――初歩的ミス――!!
 焦ってたからと言ってそんな馬鹿は無いだろう、と落胆。ネシンバラは崩れ落ちた。

  ※

『おー、さすが先生だな!! あっという間にやっちまったぜ!!』
『ククク、図体のデカイ半竜と貧弱モヤシ眼鏡じゃあ少し荷が重すぎたようね』
『それよりも、中継です』
 表示枠に移っていた三人が一気に切り替わった。カメラの視点が一気に移動した。
 現れたのは二人、正宗と浅間だ。
『こんばんは、調子近距離より中継です。現在、オリオトライ選手とノリキ選手&本田選手が相対しております!!』
 画面上に現れた構図はオリオトライ一人に対し生徒組二人といった構図だ。
 両者は一歩も引かぬが、一人で二人を裁ききっているオリオトライの実力を際立たせていた。
『いやー、ウルキアガ選手、ネシンバラ選手から立て続けに連戦を繰り返しておきながら息一つついていないオリオトライ選手は本当に人間なんでしょうか? 二人の連携攻撃をたやすく防いでおります』
『まあ追尾術式を掛けた矢すら回避する程ですからね、正直人間止めてるんじゃないでしょうか』
 さて、と、正宗は言い、
『暫く戦況は動きそうに無いので今のうちに少々先程の戦闘のおさらいです』
 画面にウルキアガとオリオトライの、先程の戦闘が映し出された。
『先程、ウルキアガ選手との相対では一見オリオトライ選手が不利のように見えました。まあ、これはネシンバラ選手の時にも言えたことですね、飛んでいるということはかなりの有利です。
 しかし、それをオリオトライ選手はものともせずに勝利しました。本っ当に人外ですね、私には到底無理な芸当です。
 さて、そんなオリオトライ選手ですが、それでもいくつかの術式を使用しました。
 それは、どんな術式だったでしょうか、解説の浅間さんお願いします』
『はい、解説です。
 正直、頭を抱えて転げまわりたいですが、オリオトライ選手の使った術式はギャグ術式なんです。ええ、偏頭痛で頭が痛くなりそうですね。
 オリオトライ選手が使ったのは喜劇系(コメディ)番組で良く使われる“どんなに前に進んでも後ろに下がってしまう”術式です。これを、逆向きにして上昇したんですね。特に、この術式は喜劇系で使われるということから相手に悟られないようにする隠密性能、そして長時間展開してもコストが余りかからないようにする燃費、どちらもトップクラスの性能です。
 ……なんで、武蔵の住人はこんなにワケの分からないものに情熱を注ぐのでしょうかね?
 あ、それとウルキアガ選手の竜砲が作り出した反動もオリオトライ選手が上昇する手助けをしたと考えられます』
『なるほど、更に忍術まで併用してしまうあたりすがすがしいまでの人外っぷりですね、御見それします。
 さて、本来ならばネシンバラ選手の解説もしたいところですが、ぶっちゃけこれはただの自爆ですよね』
『むしろ突然の相対によるミスの連発って所でしょうか?』
『いやあ、後ろに居るのに気づかず流体と術式の無駄使いをしているのは笑いを通り越して涙を誘いました』
『仕方ないですよ、必死に重ね掛けした追尾矢をあっさり交わしてる人ですし、まあ、隠密技術くらい覚えていても普通に信じれますから』
 お、と、
『ようやく、戦闘が動き出したようです』
 画面がまた切り替わった。映し出す。
 出たのは剣撃、苛烈で華麗で果敢な応酬。
『いつの間にかオリオトライ選手が二刀流に切り替えて渡り合っています。おそらく、ノリキ選手の創作術式が作用したと見ていいですね』
『はい、そうです。先程まで、オリオトライ選手はイザナギ系タケミカヅチ神の術式である“雷迅”を使用していました。
 この術式は軍神であり刀剣の神でもあるタケミカヅチに“剣撃と剣撃音”を奉納することで鳴り響く雷鳴のように敵を切り裂く見えない剣撃を生み出す術式です』
『なるほど』
『これのえげつない所は、剣撃が続けば続くほど相手に見えない剣撃が増え続け相手を襲うというところです。つまり、一対一をしているように見えて相手は幾千幾万もの剣を相手にしているということになります』
『そ、それはえげつない』
『オリオトライ選手もかなり手加減しているようでしたね、今はノリキ選手の創作術式“如月”で破壊したみたいですが』
 
  ※

 諜報員より送られてくる映像を表示枠を見ながら宗茂が呟いた。
「誾さん誾さん、これはどちらが勝利するでしょうかね?」
 嫁である立花・誾に問うた。
「私の見立てでは――、どのような策を穿とうとも教員側の勝利は揺るがないと思います」
「何故?」
 それは、と、
「簡単です――実力不足、この一言に尽きます」
 一息つき茶を口に含み、飲み干してから、
「宗茂様ならば分かると思いますが、生徒側の二人は教員に比べ動きに無駄が多いです。槍による刺突、拳による拳撃、確かにあの世代にしてみればかなり優秀な方でしょう。ですが、教員側は更に無駄なく裁いています。一対二というのは並みの強者では弱者相手では行えない芸当ですから」
 確かに、と宗茂は思う。
 強者一人と弱者二人、強者ならば弱者二人を手玉に取るのはたやすく見えそうであるがそうはいかない。
 ただでさえ戦闘と言うのは集中力と神経を使う。それが、相手は二人ともなれば必要となる労力は計り知れない。
 それを、生徒とは言えかなり優秀な相手を二人たやすく相手にしている時点で教員はかなり優秀な、それこそ武蔵以外での所属ならば襲名をしているほどの実力だろう。
 だが、宗茂は違和感を覚えた。
 ――動きが良くなっていますね。
 本田・二代。先の戦闘で自分が相対した少女。本田・忠勝の嫡子。
 彼女の実力は父親からの“英才教育”もあってか既に一流に一歩脚を入れかけているようなほどだ。
 しかし、今送られている映像は先の戦闘より、更に洗礼されている。さらに、
 ――相対している教員と動きが類似していますね。
 ところどころ脚運びが教員と似ている部分が見受けられるし、切り返しは癖を知っているかのような切り返しだ。
 ――吸収している、と見てよいのでしょうね。
 武人が自分以上の実力を持つ相手から技を盗むのは当然のことといってよい。彼女は今も成長しているということなのだろう。
 思う。次の相対が、きっと来る相対が楽しみだと。
 既に、自分の手から大罪武装(ロイズモイ・オプロ)は離れた。ならば、次の相対はあのような尻切れ蜻蛉のような結果ではなく、更に良い戦いが出来るだろう。
 そう思い、笑みがこぼれると、
「宗茂様」
 は、と横を向く。
 誾だ。誾がジト目でこちらを見ている。
 汗が、冷たい汗が背を流れているのを感じた。
「宗茂様――夕食は宗茂様の苦手を克服するために宗茂様の苦手なものをふんだんに使ったフルコースを用意させていただきますね?」
「ちょ!? 誾さん!! これは――!!」
「問答無用です、宗茂様」

  ※

「よし、そこだ! いけ!!」
「何を一人で白熱しているんだね元少年」
 K.P.A.Italiaの教導院の一角、巨大なスペースを持った部屋、その中心にある机に向い教皇総長・インノケンティウスは小さな表示枠を覗いていた。
「ん? ガリレオか」
 室内に入ってきたのは赤い魔神族の襲名者、異端術式の天動説と地動説を操る学者を襲名したガリレオだった。
 ガリレオはインノケンティウスを見て問う。
「それは諜報員の送ってきた武蔵の映像か」
「ああ、そうだ」
 ならば、とガリレオは、
「それならば、別に食堂で見ればいいのではないか?」
 そう、今ならば、秘密にしとかなければいけない映像だと言うのに“武蔵特別マッチ”と銘打たれて食堂で大々的に放送されているのだ。
 だが、
「わかっとらんなあ、おい」
 ふん、と鼻息をならし軽い嘲笑の様な眼を向け、
「こういうのは一人こそこそ見るから楽しいんだろうが、おい」
 それは総長としてはいかがなものなのだろうか、と思いつつも、
「まあ、ヘタに食堂で騒がれるよりはいいか」
 いかつい見た眼どおりに好戦的で熱くなりやすい性格のインノケンティウスが食堂にいてあまつさえ騒ぎ出したならば……、
 ――ふむ、イメージダウンも甚だしいな。
 熟考を重ねてガリレオは結論を出す。やはり、ここにいてもらった方が都合がよい、と。
 ひゃっはーひゃっはー言ってるインノケンティウスを横目にガリレオは退出した。
 退出して思った。
 ――ふむ、いったい用件はなんだったのだろうか?
 忘れてしまうとは、まだまだ自分も未熟だな、とガリレオは熟考した。

  ※

「ノリキ殿!」
 “蜻蛉切り”の斬撃から、刺突。
 刺突は特殊な技法を掛けた一撃だ。その一撃は防御したオリオトライを上方に飛ばした。
「解かっている」
 二代の声に合わせノリキも飛ぶ。
 跳躍から力を乗せての蹴撃。
「甘い!」
 オリオトライはそれを右手で捕縛し、そこからつなげ二代に投げつけた。
 十八の男性ともなればそれなりの体重を誇る。
 それを二代に受け止められるか? 出来るだろう。容易ではないが。
「ノリキ殿!」
「かまうな!」
 叫びに答え二代は落ちてくるノリキのキャッチを諦めた。
 そして走る。
 術式“翔翼”の高速歩法を使用しての高速接近、まさしく疾風だった。
 たなびき、巻き起こる風が二代に力を与える。
「ふ……!!」
「おっと!」
 刺突、
 迎撃、
 斬撃、
 迎撃、
 刺突――フェイク、
 迎撃態勢が崩れる。
 そこから蹴撃、
 あわせ、蹴撃で応酬、
 鈍い音が響く。
 痛みが足に伝わる。
 二代の思考が一瞬逸れた。
 そこに入るオリオトライの肘、
 難なくはいりこまれた。
 腹にぶち込まれる。
「が……!?」
 暗闇が襲う。
 が、意識を落とさぬように気を強く持ち、
 そして敗北するにしてもひと泡吹かせる為に、
 蜻蛉切りを振りぬく、
 しかし、それは虚空を切り裂いた。
 そして、失望のうちに今度こそ二代の意識は闇に落ちる。

  ※

 オリオトライは笑った。勝利の確信の笑み、
 しかし、
 瞬時に凍りついた。
 背に感触を感じた。
 鋭い弾丸(ペイント弾)の感触。
 へ、と後ろを振り向いてみれば、
 そこには少女がいた。
 背の低い、眼鏡をかけた少女だ。
 そして、その少女は地震の生徒、
 アデーレ・バルフェットだった。

  ※

 会場に歓声が響き渡った。鼓膜を引きちぎりそうなほどの大声だ。
『これは意外な展開ですね』
 表示枠に移っていたホライゾンが言った。
『あれ?』
 トーリが首をかしげる。
『もしかして、これって始めて先生倒したのってアデーレになんねえ?』
 それに喜美が、
『そうね、……ククク、まさかあのアデーレが先生の初めてなんて!』
『喜美様、言葉の間がかなり抜けています』
 まあ、
『はい、こちら現場です。意外な状況に、お……私も信じられません。未だに。
 あ、取り合えず優勝者インタビューを開始させていただきます』
 正宗がアデーレにマイクを向けた瞬間、
『ねえ、アデーレ、あの蛮族教師を倒した時どう思った? 快感だった? やっぱり快感よね?』
 すでに相嬢の二人がインタビューを開始していた。
 アデーレは付いていけずにあたふたしている。
『それより賞金はどう使うのかな?』
 ナイトが問う。
『へ? 賞金ですか?』
『勿論、梅組のために豪華料理のフルコースよね? 私、行ってみたい店があるのよねー』
『な、何勝手に決めてるんですか!?』
『はははー、仕方ないよアデーレ。アデーレ一人にいい思いさせられないもん』
『ちょ!? この堕天さらっとなにいってやがりますか!?』
『アデーレ殿、拙者奥多摩にある料亭で食べてみたい料理があるので御座るが』
『副長まで!?』
 あー、と正宗がうめく。
 いつの間にか梅組の面々が集い始めているからだ。
『では、これにて武蔵第一回戦時防災訓練を終了いたします。また次の機会まで』
 そして表示枠が閉じて行く。
 最後に聞こえたのは、眼鏡の少女の悲鳴と、悪徳会計の融資の誘いの声だった。

  ※

 後日、眼鏡の少女は手に入れた賞金をほぼ使い果たすこととなる。
 梅組の面々への奢り(強制・ただし主催者の正宗以外)もさることながら、自身の機動殻を補強するために使われたという。
 一人の整備士は嬉々とした、満面の笑みを浮かべながらどのように改造するかのプランを立てたらしい。

  ※

 敗者へのインタビュー。(一部)
・ネイト・ミトツダイラ。
「なかなか良い戦いが出来ましたわ。ですが、あの戦いが終わった後、なんとなくもやもやしますの。こう、なんと言うか……わかりませんわ」
 その時、一人の忍者が軽い咳をした。フラグが立ったかもしれない。

・キヨナリ・ウルキアガ
「く、姉キャラの加護を頂いてまで勝利できなかったふがいない拙僧を許してほしい」
 全世界姉キャラ同盟に向けられた言葉らしい。

・ネシンバラ・トゥーサン
「次は勝ちます」
 そもそも次が来るのかどうかが解らない。

・本田・二代
「まだまだ師匠には及ばないでござるなぁ」
 師匠……?

・ノリキ
「解かっているなら聞かないでいい」
 いや、あの、すいませんでした。

 開催者インタビュー
・雑賀・正宗
「あー、次はもっとルールをしっかりさせてからやりたいと思います。すいませんでした」
 あの後、“武蔵”さんにこってり絞られたらしい。

・シロジロ・ベルトーニ
「バックとして一言、良く金を落としてくれた、顧客達。次回もベルトーニ商会に多くの金を落として行ってくれ」
 そういうことは言ってよいのだろうか。

 ハイディ・オーゲザァラー氏には取材拒否をされました。


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