初投稿です。
ローカルでちまちま書いているシリアス系ファンタジーがスランプなんで、
八つ当たり気味に書いてみた。反省はしている。
盛大に罵ってくれると嬉しいです。
追記;完全にノリと勢いで書いていたこの短編ですが、予想以上に温かい感想を頂いてさらに深く反省しました。
読んでくださる方がいるということを肝に銘じ、『誰もが心の中に秘めているそれぞれのダルシム』をテーマに、様々な角度からヨーガの奇跡と向き合っていきたいと思います。
それに伴い、タイトルに【短編連作】の文字を冠しました。
正直、ダルシムでどこまで書けるのか不安ですが、これを一種の縛りプレイと考え、腕を磨くべく頑張っていきたいと思います。
それではお暇なかた、楽しんでいただけたら幸いです。
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男には、避けることのできない闘いがあるという。
使い古された言葉だが、それはつまり太古の昔から男たちが『避けられない戦い』を経験してきたということだろう。
その日の俺も、そうだった。
年下の彼女が家に来たときのことだ。
彼女が悪戯っぽい笑みを浮かべ、自らスカートを下ろした。
その瞬間から、俺の全身は彼女のためだけのものになったといえる。
彼女の望むように、彼女が喜ぶように。
たとえ呼吸という、生物として基本的なことが困難な状況に追い込まれたとしても、
俺の顔面にまたがった彼女を押し退けることなどできない。できるはずがない。
「お兄ちゃん、ヘルシングの8巻って……ごめん」
ばたん。
む。あれは妹の声ではなかったか。ばたん、というのは、もしやドアを閉める音では?
「うわ、どうしよう……今思いっきり見られちゃったよ」
不意に視界が開け、再び呼吸が可能になった。
これは、まさか。
「今……妹きた?」
「……目が合っちゃった」
彼女も完全に理性を取り戻してしまった。なんということだ。
「ヤバイ、マジヤバイ。この気まずさは過去最大級に気まずいぞ」
「落ち着いて。ええと。ヨガ!ヨガをやっていたとか言えばさ」
「え、火を噴いてたの?さっき」
「噴いてないよ!え、ヨガって火を噴くの?」
「あと、手足が伸びたりとか」
「ワンピースだっけ?」
「いや、ヨガの人は海も平気だと思う。空も飛べるし」
「なにその無敵キャラ。何系なの?」
あれは何系なんだろう。
「……東欧系かな」
しばしの沈黙のあと、彼女が口を開いた。
「……えっと、じゃあ、その、どうすればいいんだっけ」
「その、ヨガ?」
「そう、それ」
「俺よく知らないんだけど、ヨガで通るの?」
何か女性には特別な意味のある言葉なんだろうか。
「プロレスとかいうよりはマシなんじゃないかな。わかんない。でも、もうそれぐらいしか……」
彼女もやはり混乱しているようだった。
これ以上心配させてはいけない。安心させてあげなくては。
覚悟を決めろ、俺。
「……わかった。行ってくる」
「うん……」
俺は服を着て立ち上がり、ドアを開けて妹の部屋に向かった。
どんな顔をしていいかわからない。しかし、きっと妹も同じはずなのだ。
お兄ちゃんのフォロースキルが試されている。
「ヨガ……か」
俺の記憶が確かなら、今晩はカレーだったはずだ。ただの偶然か、それとも運命か。
直感が告げる。自分が大きな流れの中にいるのだと告げている。
これは運命だったのかもしれない。乗り越えろという、試練なのかもしれない。
──男には、避けることのできない闘いがある。
俺は逃げない。俺は、家族の絆を信じる。
拳を握り締め、重力に引かれる右腕をやっとの思いで持ち上げ、ドアを叩く。
乾いたノックの音がひとつ、ふたつ、みっつ。
ごくり。
鉛を入れられたように身体が重い。いや、心が重いのだ。
暴れまわる心臓。ひとすじの汗が頬を伝う。
「……なに?」
妹の声と共に、扉が開いた。
「驚かせてごめん。あれは…」
「いや、いい。わかってる。これからちゃんとノックするから」
俺の言葉をさえぎって妹が早口に言う。
言葉とは裏腹に、妹の表情は固い。
しかし『わかってる』とは。
ヨガとはそんなにもメジャーだったのか?ヨガって何だ?あとで動画を検索しよう。
もしや『ヨガ』という名目で同じことをクラスメイトなどとやっているのでは…いや、今は触れないでいたほうがいいか。
「っと、これ」
「あぁ、うん」
ヘルシング8巻を渡し、俺は妹の部屋を後にした。
そのとき、妹に呼び止められた。
「あ、お兄ちゃん」
「ん?」
「9巻も、できれば。続き、気になるし」
「あぁ、そっか。確かに続きは気になるよな」
「……ばかっ」
「え?」
「……早く。あと彼女さんにごめんって言っといて」
「……?あぁ、うん」
一旦部屋に戻り、9巻とついでに10巻を持って再び妹の部屋に。
「ありがと。えっと。が、がんばって」
ぎこちない笑みだ。
なんだかこっちが笑えてくる。
「ははっ。お兄ちゃんがんばるよ」
「ほどほどにね」
「あぁ」
そして俺は、彼女の待つ部屋に戻った。
不思議なほど足取りは軽く、胸には爽やかな風が吹き抜けていた。
「ただいま」
「うん、おかえり。……どうだった?」
彼女が不安そうにしている。それもそうか。
「大丈夫だったよ。ごめんって言ってた」
「そ、そっか。よかった……」
タオルケットにくるまった彼女を抱きしめる。
その下はさっきと同じ、生まれたままの姿だ。
「続き、しようか。ヨガの」
「あはは、ヨガね。うん、いいよ」
それから、三年が過ぎた。
結局、ヨガという単語に隠された意味はわからなかった。
でも、最近になって思うようになったことがある。
こんなふうに締め切った部屋で、俺たちは無我の境地を垣間見ていたんじゃないかと。
「ヨガ、だったのかもしれないな」
夏が来るたびに思い出す。
今はもうどこかの誰かと幸せになっているのだろう彼女。
クーラーの風、甘酸っぱい情熱。
カレーの匂いと、根源に至っていた日々。