金属材料の引張試験について
1.はじめに
装甲や砲身の強度を語る上で、引張試験による結果、すなわち、降伏点、耐力、引張強さ、伸びなどの機械的性質のデータを比較することは、避けて通ることができません。ですが、金属や材料関連技術に関係する企業や学校にいる(または出た)方でもないかぎり、金属材料の引張試験というものに、触れる機会は無いと思います(また、興味ももたれないかもしれませんが(笑))。ここでは、金属材料の引張試験について、概要を説明するとともに、降伏点、耐力、引張強さ、伸びなどの機械的性質について、説明したいと思います。
2.引張試験方法
[規格]
金属材料の引張試験方法は、日本工業規格[JIS:Japan Industrias Standerds]で規定されています。該当するのは、JIS
Z 2241 金属材料引張試験方法[Method of tensile test for metallic materials]です。ここでは、基本的にこの規格にそってお話をします。もし、疑問点がありましたら、JISハンドブック等をご参照ください。
[引張試験片]
試験片とは、例えば、砲身材料の場合、砲身材料の一部を切り出して、試験用に規定された形状に加工した状態のものを言います。引張試験でも、試験に供するための試験片というものが規定されています。この規定もJISにあり、該当するのは、JIS
Z 2201 金属材料引張試験片[Test Pieces for Tensile Test for Metallic Materials]です。とりあえず、試験片がどういうものか、写真を見てみましょう。引張試験片の外観を図1に示します。図1の試験片は、パイプの円筒形状から切り出した試験片で、呼称は12号試験片と言います。試験片には、いろいろな形状がありますので、その一例だと思ってください(基本は、このような形ですけど)。
| 図1 引張試験片の外観(JIS Z 2201 12号試験片) |
[試験状況]
それでは、引張試験がどのようなものか、写真を見てみましょう。引張試験状況を図2に示します。試験機が古いのと、試験室が乱雑なのは、目をつぶってください(笑)。さて、上の写真が、試験機の取り付けられた試験片のちょっと離れた視点からの写真で、中の写真が、より試験片近くによった視点からのもの、下が試験機の操作および測定部の写真です。まずは、上と中の写真を見てください。中央の赤い線の入った灰白色のものが、先ほど説明した試験片です。試験片にくっついている黒いものは、「歪ゲージ」というものです。試験片の幅の広い部分が、引張試験機に掴ませる部分で、試験されるのは、中央の幅の細い部分です。図を見ると判ると思いますが、試験片の幅の広い部分が、試験機に掴まれて固定されています。そして、幅の細い部分に歪ゲージがつけてあります。この状態で、試験機は、試験片を強い力で引っ張ります。すると、試験片は、その力に負けて、変形します。変形量(歪量)を測定する装置が「歪ゲージ」です。また、一番下の写真の時計のような丸い部分に引っ張る力(荷重)が表示されます。また、変形量(歪量)と力(荷重荷重)の関係のグラフを表示する装置が別にあります。これらのデータから、その材料の機械的性質が計算されるのです。
| 図2 引張試験状況 | |
| 上 | |
| 中 | |
| 下 | |
[試験結果]
図3に引張り試験における典型的な応力−歪曲線を示します。
| 図3 引張試験における典型的な応力−歪曲線 |
図3の横軸(X軸)は、試験片に与えた歪を、縦軸(Y軸)は、応力を表している。歪とは聞きなれない言葉ですが、歪とは、下式で表せます。
ε=ΔL/L
ただし、
ε:歪
L:試験片の元長さ
ΔL:材料の引張方向の変形量(伸び)
この式が理解できない場合は、とりあえず試験片の引張方向の変形量(伸び)と思って差し支えありません。
応力も聞きなれませんが、応力とは下式で表せます。
σ=F/A
ただし、
σ:応力[N/mm^2またはMPa]
F:外力(引張り試験荷重)[N]
A:試験片の初期断面積[mm^2]
この式が理解できない場合は、とりあえず引張試験荷重と思って差し支えありません。
さて、それでは曲線の解説に移ります。曲線を見ると、下記のことが判ります。
1)試験片に応力を与えると、最初の内は、応力に比例して試験片が変形します(伸びます)。
2)応力が一定以上になると、応力の上昇が止まり変形だけが進みます。
3)さらに大きな歪を与えると応力が増大し、最後には試験片が切れてしまいます。
1)の部分が、弾性変形領域と呼ばれる領域で、試験片に与えた応力を無くすと、試験片の形も元に戻ります(こういう材料を線形弾性体と呼びます)。この領域では、試験片にかける応力と歪が正比例します。この比例定数を、弾性係数と呼び、特に、縦方向の応力と縦方向の歪の比を、縦弾性係数(ヤング率、ヤング係数)と呼びます。なお、構造物に用いられる材料は、比例限度(応力が降伏点や耐力)未満では、線形弾性体としてふるまうのが一般的です。
2)の応力が一定になる部分を降伏点と呼びます。降伏点を越えた応力をかけると、応力を無くしても試験片の形状は、元に戻りません。この領域を永久変形領域と呼びます。
3)で応力が上昇するのは、試験片の材質の性質が、変形(歪)によりの変化するためです(具体的には、歪によって、材質の強度が上がるためです)。なお、降伏点には、上降伏点と下降伏点があり、特に指定が無い場合は、下降伏点を降伏点と呼びます。また、引張強さとは、引張試験中の最大荷重を、試験片の初期断面積で割ったものです。伸びとは、引張試験によって、試験片が切れるまでに、どのくらい伸びたかで表します。
この他、試験片は、引張応力により縦方向に伸びるとともに、幅および厚み方向には、細くなります。このときの、荷重方向の歪をε、それと垂直方向の歪をε⊥とすると、両者の絶対値の比(すなわちε⊥/ε)を、ポアソン比と呼びます。
では、耐力とはなんでしょうか?それを説明するために、別の応力−歪曲線を用意しました。図4に引張り試験における典型的な応力−歪曲線2を示します。
| 図4 引張り試験における典型的な応力−歪曲線2 |
多くの金属材料には、明確な降伏点がありません。そこで、規定の歪量を与えた際の応力を、耐力と規定して、設計などに使う場合があります。規定の歪量は、特に指定が無い場合は0.2%としています。よって、一般的に言われる耐力とは、試験片に0.2%の歪を与えた際の応力を表しています。
[機械的性質と、その使用例]
さて、ここまでの説明で、引張試験方法と、降伏点、耐力、引張強さ、伸びなどの機械的性質について判ったと思います。でも、こんなデータを一体なにに使うというのでしょうか?そこで、ここでは、簡単な使用例を説明したいと思います。
このホームページは、「大砲と装甲の研究」とタイトルしているので、大砲についての例で行きます。大砲の砲身では、発射薬を燃焼させ、発生する高圧ガスで、弾丸を加速します。砲身は、その高圧に耐える必要があり、永久変形してもらっては困ります。そこで、砲身の設計には、その材料の降伏点または耐力を指標にします。
作成:2002/11/03 Ichinohe_Takao
更新:2003/06/17 Ichinohe_Takao