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[7970] 【突発妄想】機動歌姫 偽ラクス様【まさか続く?】
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:96f176d0
Date: 2010/04/01 00:56
本当にお久しぶりです。忙しい中でふいに閃いたネタで書いてみました。いわゆるリハビリ?

「どうしていまさら種運命?」とか「ミーアは唯のおバカ娘じゃなきゃイヤン!」と言う人は見ないほうがいいかも?

つまり外宇宙のように広い心を持った人だけ、暇つぶしに見てやって下さい。




勇者だけが次へ→→→


追記
2月26日追加投稿。お待たせしました!(待っていてくれた人いるのかは不明だけど


4月1日、追加投稿。随分と長くお待たせしたのに進んでいない罠カード!






[7970] 偽ラクス様、立つ
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:1e3ba4fe
Date: 2009/04/18 23:02
眼前に立つ巨大な機械人形を一瞥して、私は搾り出すように呟いた。

「凄く……ファンキーです」

そんな私の頭髪も鮮やかな桃色だったりするのだが、やはり兵器だと(悪いほうの)衝撃が大きい。
ここがテーマパークだと言う事も無く、進水式が控えているとは言え軍用ステーションなのだ。場違いにも程がある。

「何か問題でも? ラクス・クライン」

さも平然と尋ねるのはプラントで一番エライ人 ギルバート・デュランダルその人。
何でこんなファンシーモンキーベイベーな物体を見て平然と……そうか、この人が作らせたんだ~
私にもボディラインが丸見え。胸が強調され、角度が厳しいハイレグなんて服を平気で着せるだけの事はある。

「いや、その……幾らなんでもこのカラーリングはMSが泣いているというか? 戦争舐めんな!みたいな?」

そう、コレは兵器なのである。プラントが戦後のゴタゴタから復活した証となりうる最新型!
三種類のバックパックを換装する事で、様々な状況に対応できるミレニアムシリーズ!
まだ配備数は少ないが近い将来にはザフトの将来を背負っていく事は明白なのだ。
そんなザク・ウォーリアが……濃いピンクとも薄い赤紫とも付かないカラーに塗られ、肩にはハロまで描かれている。

「そうかね? 君と一緒にライブで躍らせる為に作らせたんだが……」

「いや~! 私はまだ乗ったこともないのに!」

議長が指示を出せば、ビカン!と光るモノアイカメラ。続いてガシャンガシャンと重低音を立て巨体が踊り始めた。
ピンク色の戦闘機械が軽快なステップと振り付けを披露している……最新技術と最新機の無駄使いである。

「ラクス様はMSになど搭乗しません」

ピンクちゃん(ピンク色のザクなんてギャグだよね? ちゃんちゃん♪の略)を眺めながら、アワアワしていた私に掛かる鋭い声。
いつの間にか後ろの控えていたピッシリとスーツを纏った私の付き人である女性。ヤバ……

「MSを見ていたら昔を思い出してしまって……」

「昔も何もラクス・クラインはMSの操縦とは何ら関わりを持っていません。
 無意味な発言は余計な混乱を齎しますのでお控え下さい」

もう……取り付く島も無いとはこの事だろう。ラクス・クラインの付き人である時点で、普通の人間ではない。
軍人……しかもMSパイロットなどの花形ではなく、特殊部隊辺りの出身だろう。自己を極限まで殺した目を見れば解る。

「そうですね? 今の私はラクス・クラインなのだから」

「ですからそのような発言をお止めくださいと……」

タメ息と共に弱音が漏れた。自分が自分ではない、他人は自分を正しく認識していない。
その感覚がここまで恐ろしいものだとは、思っていなかった。戦場で戦うよりもずっと怖いと思う。

「まぁ、良いじゃないか。それくらいは」

サラさんの使命感で凍結された視線を遮ってくれる言葉。
デュランダル議長は本心を感じさせない口調で続ける。達観した優しい笑みを浮かべて。

「幾ら必要な事とはいえ、エースパイロットに相応しくない役割だと負い目に感じているんだ……ミーア・キャンベル」

「議長! その名前は……」

サラさんじゃないけど、驚きと焦りで声を荒げてしまった。
『ミーア・キャンベル』
その名前は……今では誰も呼ぶ事が無い……私の本当の名前。





私 ミーア・キャンベルはプラントなら何処にでもいる一般的なコーディネーターとして生を受けた。
まぁ、強いて違う点を挙げるとすれば二つ。まずは顔がコーディネートされなかったこと。
もう一つは……声がラクス・クラインにソックリだということ。
一つ一つは実に小さな事だ。少なくとも私はそう思っていた。顔だけで女を選ぶような男には興味ない。
歌を歌う事は大好きだったから、十歳そこそこで人前に出て歌うようにもなった。
似ている声の主 ラクス・クラインは既にプラントの歌姫と讃えられている。
難しいかも知れないが、少しでもその背中に追いつきたくて、オーディションや路上ライブで頑張った。
そしてそこで私は自分の不幸を知る。


『ラクス・クラインに声がソックリ』

だからどうした? 私はラクスの物真似をしている訳じゃない。

『ラクスと同じ声でロックとかビジュアル系とか……歌わないでくれる?』

どうして唄う歌まで指図されなきゃいけないの!

『同質の声で外見は劣る。つまり君はラクス・クラインの粗悪な類似品なんだ』

うるさい! 五月蝿い! ウルサイ!!


誰も彼もが私を『ラクス・クラインの何か』として見てくる。
ライブハウスのお客さんからオーディションの音楽プロデューサーまで。
常にラクスと比較される。そしてその比較は彼女が正しく、私が間違っているという大前提。

「私はラクス・クラインの偽者でも類似品でもソックリさんでもない! 私はミーア・キャンベルだ!」

私はそう叫び続けた。涙と声が枯れるまで叫び続けた。
まぁ、結局……私が諦めるまでその叫びが受け入れられることは無かったんだけど?

だから私は歌うのをやめた。歌っている限り、私は何時までもミーアとして認められないと思ったから。
そして選んだのは『軍人』の道だった。戦争の足音が忍び寄ってきており、軍人は幾ら居ても困らない時期の事だ。
歌ではプラントは守れない。私はラクス・クラインでは決して出来ない事をするの!
必至に努力した。なるべく違う存在になりたい! 歌とは違う価値が欲しい。
今にして思うと当時は完全にぶっ壊れていたと思う。軽い精神病患者だといっても言い過ぎではない。
『もし戦死したらミーア・キャンベルの名前で戦死者リストに刻まれる』
それすら嬉しく思っていた。死に物狂いで努力して、戦果を重ねていく。エースと呼ばれるようにもなった。
生と死の狭間を駆け抜ける戦いの間でみた歌の番組。ラクス・クラインは今日も平和を歌っている。

「貴女は遠くで届かない歌を唄い続けていれば良い。私はここで戦ってプラントを守るから」

その時の優越感は今まで生きてきて最高のものだったのを覚えている。
これで良かったんだ。同じ世界 歌の世界で生きていこうとした事が過ちだった。
ミーア・キャンベルとして胸を張って生きられる。ラクス・クラインを憎む必要も無い。
全てが上手く言ったと思った……なのにぃ!!


『プラントから追われるラクス・クライン』

『三隻同盟を率いるラクス・クライン』

『連合とザフトを敵にするラクス・クライン』

『戦いながらも平和を説くラクス・クライン』

そして……『戦争を終結させたラクス・クライン』

どうして? なぜラクス・クラインがここに居るの? 『歌』は貴方に譲ったじゃないか! 
何で私が代わりに目指したモノ 『戦うこと』にまで貴女は手を出すの?
もう少しだった……『勝利して獲得する平和』まであと僅かで手が届いたのに……
だけどラクスはソレを否定した。世界もソレを受け入れて、平和が訪れることになる。

もうダメだと思った。全てが崩れ落ちる感覚。結局ラクスが正しくて、私が過ちなのだ。
解っている。こんな考え自体が既に私の狂気染みた妄想の産物であり、一方的な感情。
私はこんなにも彼女を意識しているのに、ラクスはミーアなんて奴のことなど、名前すら知りもしないのだから。

「もう……どうでも良い」

無気力と言う状態が病の一種ならば、そこから一年の私は正しく重病人だったのだろう。
戦争の終結に伴いパイロット必要数減少の流れに乗り、事務に転職したは良いがやる気の無さからミスばかり。
歌手とMSパイロット。二つの夢を放り出して、やる気を出せと言うのは難しい。
今だ20歳にも届いていない若輩の身でありながら、隠居しようか?などと言う思考が脳裏を飛び交っていた。
突然職場に現れた最高評議会議長様がこう尋ねてくるまでは……

「ラクス・クラインをやらないか?」





私が現在いる場所はアーモリーワンの中でも異質な存在だった。
仮組みのステージ上ではド派手な照明が踊り狂い、バンドのリハーサル音が響く。
軍人ではなくどう見ても芸能関係の人々が闊歩している。極め付きはやっぱりピンク色のザク・ウォーリア。
ライブの進行表に目を通していた私に声をかけてきたのもそう言った人間の一人だ

「サビの振り付けなのですが、やはりこちらの方が……」

艦観式でラクスの復活ライブ(私のデビューライブ)で披露するダンスを担当した振付師。
彼女はサラさんや議長とは違って私の正体 ラクスが偽者である事を知らない。
だけど眼前のラクス・クラインに対して何の疑問も抱かずに行動している。
いまさらだが整形って凄い。プラントの技術は恐ろしいものである。
そりゃ~もうコピー&ペイストしたように同じ顔ですが……なら解らないって?

「ダメよ、歌の雰囲気と合わない。これは平和を祈るだけの歌じゃないわ。
 ザフトのお膝元、冷戦の最前線に身を置く兵士たちの為に歌う。
 もっと元気が湧いてくる感じにしないとだめだと思うの……新しいの考えて」

今の私はラクス・クラインと完全に同一の存在を目的としていない。
顔は整形でそっくりに作り直し、髪も同じ色に染めた。声は元のまま。他は殆ど弄っていない。
例えば四肢。コーディネートの成果ではなく、軍人として磨き上げられて引き締まっている。
例えばその……胸。正直、邪魔だな~と思っている豊富な胸。思いの外に平らな本物のモノとは違う。
もっとも大きな違いは性格だろう。神秘性とか穏やかな空気、ラクス・クラインが持っていたそんな雰囲気。
私はそんなモノは一つも持っていない。私は熱くなり易いし、意見を押し通したいタイプ。
つまり違う点は腐るほどある。同一条件を揃える事が優秀な「ニセモノ」の条件ならば、このラクスは三流だ。
しかし返ってくる言葉は無条件の同意だった。

「そっ、そうですね! ラクス様」

……理由はサッパリ解らないが、疑いを持つ人が現れない。
みんな彼女の歌う映像を見ていないのか? ゲリラ放送で流された反戦の訴えを知らないのか?
誰も彼もが目の前の敵を滅ぼす事しか考えられない状況だったヤキンドゥーエ最終攻防戦。
あの最中で二者を敵にしながら平和を唱え、どんな手段を用いたのか戦いを集結させた絶技を覚えていないのか?

「今のラクスはあの時……敵を殺すことしか出来なかったのにね?」

子供のように運命を呪い、獣のように敵を倒す事しかしなかったミーア・キャンベルが……
運命に祝福されながらもそれを振り切り、さらに大きな事を成したラクス・クラインを演じている。
正しく皮肉だ。

「何か?」

『何でも無い』と言う意思を表すように首を横に振る。
しかし内心で嗤う笑う嗤う。プラントのコーディネーターの目は節穴なのだ。
もしかしたらこの顔と声を持つものを無条件で信奉するように、遺伝子を弄られているのかも知れない。

「余計な考えだわ……」

余りにも無意味な思考の一人遊び。上記の妄想が例え全て肯定されるとして、何になると言うのか?
私がやるべき事は軍人として、上官である議長が求めるラクス・クラインを演じきることだけだ。
歌も戦いも自分が決めた頂には到底届かぬままに尽きた。夢はもうない。ならば少しでも人の為に……


「ドン」


それは突然来た。地面が揺れる鈍くて重い衝撃。
鼓膜を揺らす爆音に続いて、甲高いサイレンが緊急事態を告げている。
軍事基地とは思えない一般人率を誇る周囲ではパニック寸前だ。
まぁドラマーやギタリスト、スタイリストにメイクさんが落ち着いてたら気持ち悪いけど……よし、私がしっかりしないと!

「みんな、落ち着いて! 不要に動くと危険よ!」

「はっはい! ラクス様」

ラクスと言う名前だけで落ち着くのか~解っていたけど腹立つな~
そんな文句を言うわけにも行かず、私は次のアクションを起こす。

「ちょっとそこの貴方!」

声をかけた相手は本来こう言った場所に居るべき人 警備担当の軍人さん。
どうやらラクス・クラインがここに居る事を知らされていたらしく、私を見つけてホッとしている。
話が通し易い相手でよかった。

「ご無事ですか!」

「問題ないわ、状況を教えて」

「はっ! ハンガーが何者かに襲撃され、最新鋭機が強奪されたそうです!」

チッ! 戦争が終結して二年の間にザフトも抜けてしまった
まぁ……一年間グータラしていた私が言っても全く説得力がないね? そうだね?
この間にも爆音と震動が止まない。巨大な銃器が火を放ち、ソレを受けたMSが爆散する衝撃だ。
つまり強奪の後に戦闘行為が発生している事を示している。

「すぐシェルターにお連れします」

「この中を歩くのも結構危ないと思うけど……」

ついつい口から漏れた私のボヤキが一気に帯びる真実味。
風を切る音、何かが飛んできた。それだけが辛うじて理解できる。
ふいに影が生まれる。何かが飛んできて人工の明かりを遮ったのだ。

「ラクス様!!」

叫び声と軽い衝撃。視界が回転し、作り物の地面と作り物の空が交互に見える。
何度か地面と熱い抱擁を交わしてから立ち上がった。目の前 少し前まで私がいた場所にあるのは巨大なナニカ。
恐らく破壊されたハンガーかMSの欠片だろう。あれ? さっきの軍人さんが居ない。

「っ!」

思わず息を呑む。状況を理解してしまった。
私が居た場所に落ちてきた巨大な瓦礫。しかし私は潰されていない。
突き飛ばされたから。ならば突き飛ばした人は?
瓦礫の下から滲み出てくる赤い赤い赤い……僅かに離れた場所にポトリと落ちているのは……千切れた片腕。

「あぁあ……あぁああ!!」

死が怖かったのではない。死はいつも直ぐ隣に居た。鋼の壁を隔てた真空の地獄。
MSサイズならば正しく紙一重の場所を通り過ぎるビームの奔流。
確かに直接的に死体を見た回数は少ないだろう。しかし叫びの本質はソコには無い。


『ラクス様!』

そう彼は最後に叫んだ。ラクスだから助けた。
命令だからだろうか? それとも命を賭けるに値するからだろうか?
けれど私はラクス・クラインじゃない。歌も戦いも途中で投げ出した半端モノ。
言われるままに自分を捨て、ゴッコ遊びに精進できる愚かモノ。

「貴方に助けてもらう資格なんて……」

恐々とした手つきで、握り締める冷たい手。
どれだけ力強く握り締めても反応は何も返ってこない。
事態を飲み込めたスタッフの一人が恐る恐る近づいてきて、一言。

「ラクス様がご無事で良かった……彼も本望でしょう」

「違う……違う……私はぁ……」

『助けてもらう価値なんて無い! 私は唯のミーア・キャンベルだ!!』
絶対に口には出せない真実の叫び。その暴露は一人の人間の死をさらに無意味な物にしてしまう。
形容できない感情を吐き出されること無く、内心で轟々と音を発てて燃え滾り始めた。
伏せていた瞳をゆっくりと開く。もし昔の私を知っている人物が見たら、その瞳は実に懐かしいものだろう。

「あった……」

危ない闘争の色に輝く瞳は捉えてしまった。
仰向けに転倒し、都合がいい事にコクピットが開いた鋼の巨人。
ピンク色に塗られようとその本質は変わっていないだろう兵器 ザク・ウォーリア。
駆け出す。後ろを見ても居なかったが、前を見ていたわけでもない。反射だった。

「ラクス様! 何を!?」

「あの機体で出撃します。貴方たちは直ぐ非難して」

何時ビームやミサイルが飛んでくるかも解らない乱戦。
生身の人間が無事に逃げ切るにはMSの護衛が不可欠だろう。

「なりません! 貴方の身に何か遭っては!」

当然とかかる静止の声は盛大に無視する。こんな時ぐらいラクスとしてのワガママも良いだろう。
軍人としての訓練をサボって久しいものの、私の体は躓く事無くザクの胸部を駆け上がった。
ヒラヒラと動きを演出するスカートが邪魔臭い。コクピットに飛び込み、数回身を捻ってシートへ座る。

「よし……戦闘機動は可能ね?」

ディスプレイには確かに光が灯り、それを見ながらキーボードを高速で叩く。
ダンスの為のプログラムを引っ込め、凍結されていた戦闘用プログラムを呼び起こす。
戦う兵器として作られながら、人の目を楽しませる為に飾られた鋼の巨人。
そんな中でも確かに戦うための術を持っている。まるでラクスを演じながら、戦うことにも惹かれる私のようだ。

「似た者同士なのかしらね?」

そう考えるとこのファンキーな機体にも愛着を覚えるというものだ。
操縦管を優しく一撫でしてから、感触を確かめるように強く握る。
フットペダルを押し込んで、わたしは桃色の巨体を起き上がらせた。
モノアイ、モニター共に良好。大きく息を吐き、一歩を踏み出す。


「ラクス・クライン! ピンクちゃん、いきま~す!!」



[7970] 偽ラクス様、戦う
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:1e3ba4fe
Date: 2009/04/18 23:12
シン・アスカはプラントの軍事組織 ザフトの一員だ。
その上、エリートの証である赤服を与えられ、進水式の花形を務める新型のGタイプを任せられている。
しかし彼は新兵である。配属先の新造艦ミネルバも正式な所属が成されていない。
いわば全ての前提となるべき式典を前にして、新型機の強奪という事態に遭遇したのである。
MSパイロットとしての腕前は本物かも知れない。しかし軍人 戦う者としてはまだまだ。

故に背後を取られるようなミスを犯す。



「しまった!」


俺 シン・アスカは叫んでいた。初めての実戦で熱しかけた神経に流し込まれた冷水。
ロックオンアラートが背後から狙われている事態を告げる。しかしもう遅い。
目の前の強奪機体 ガイアとの戦いに集中しすぎた。この距離ではアビスの多彩な砲撃を避けられない。
訓練で積み上げられた鋼の理性が音を発てて崩れていくのを感じる。
死が音を発てて迫り、口から漏れそうになるのは嘆きの叫びか後悔の憤怒か?

しかし俺が次に見たのは死を呼ぶビームの奔流ではなく、弾き飛ばされるアビスと……



『見事なドロップキックを喰らわせるピンク色のザクだった』



……操縦桿にどんな入力し、フッドペダルをどう操れば、こんな馬鹿げたマネが可能なのだろうか?
しかも着地までポーズをとるくらいの余裕があるし……


『そこの君! ボーとしない!!』

「はっはい!!」


恐るべき妙技に驚愕していたら叱咤の声がピンク色のザクから通信で届く。
どうやら相手の通信系統に不具合があるらしく、映像は砂嵐だったがキレイな声だった。
著名な歌手のようでもあり、ただキレイなだけではなく、筋が一本通った力強さがある。


「どっかで聞いた声なんだけど……」


トンでもない有名人の声だった気がするのだが思い出せない。もしくは確証が持てない。
きっとソレは本来の声が持ちえる本質と離れすぎている故に感じる感覚だろうか?
だけど不快な印象は受けない。本来の形から外れたソレは酷く優しい音で俺の心を捕らえ始める。



「凄い……」


ガイアとの斬り合いを再会しながらだったけど、サイドウィンドウに僅かに映りこんだピンク。
とても最新鋭の兵器にするべきカラーリングでは無いと思うし、肩に描かれている丸い物体は何だろう?
とまぁ、イロイロと納得できない点は存在するが、凄いと言うのは名も知らぬ人が乗るピンクザクの戦い。


装備が無かったのか? 振るっているのは式典用装備の模擬剣。
PS装甲を装備したアビスは勿論、通常の装甲にすら傷をつけるのが難しいソレ。
だがピンクのザクは一歩も引いていない。絶妙な剣技、達人の域で果敢に挑む。
振り下ろし、振り上げ、薙ぎ、突き、払う。効果的な一撃は生まれないが美しい連撃が決まる。
一方、当たれば一瞬で致命傷となりうるアビスのビームランスは空しく中で泳ぐのみ。


「「なっ!?」」


だがさらに驚くべき妙技を見る事になる。
煩わしい獲物を薙ぎ払おうとアビスが肩の砲門を展開。
もとより敵の武器ではPS装甲に傷一つ付けられないと確証をもっての行動。
だが次の瞬間、アビスの片腕が切り飛ばされて中に舞った。

俺もアビスのパイロットも何が起こったのか解らずに叫ぶ。
いつの間にかピンクザクの片手に握られていたヒート・トマホーク。
不意討ちで放たれた一撃。見事だった。
本来ならば切断する事は難しいだろうPS装甲をキレイな断面を残して斬り捨てる。



『なぜ使わなかった?』

最高のタイミングで奇襲する事を目的とした……と言うのは簡単だ。
だがやるのはとてつもなく難しい。成功するか解らない奇襲のために、それまでの生存を危うくする。
使うまもなく死んでしまうかもしれない武器、それを勝利のために使わない。
度胸じゃない。もちろん無謀でもない。積み重ねた経験の成果である。

『凄い人だ』



「ゲッ!? 動力系にアラート出ちゃった……どうしよう」


本当に子供染みた憧れが染み出てくるのを感じていると、そんな声が聴こえてきた。
反射的にオレはこう進言していた……いや、ちょっと打算も在ったのかな?


「なら! 俺の母艦……ミネルバに行けばいい!」


ミネルバに行ってくれれば、この人とチャンと顔を合わせて話が出来る……って。



当事者二人にどれだけ自覚があったのか解らないが、この瞬間こそが……
新生ラクス・クライン、機動歌姫 偽ラクス、ミーア・キャンベルのファン一号が生まれた瞬間だった。









「やってしまったかもしれない……」


私 ミーア・キャンベル 芸名ラクス・クラインは、ミネルバのMSデッキにピンクちゃんを降り立たせながら、呟いた。
スタッフを安全に非難させて、視界に入ったGタイプの戦闘に介入した辺りから問題がいろいろと……


「やっぱり禁断の最終奥義は使っちゃダメね……」


禁断の最終奥義 別名は『MSでドロップキック』という。
別に恐るべき威力があるわけではない。では何故にして禁断の最終奥義なのか?
簡単なこと。模擬戦で披露したら日程が全て中止になり、査問委員会が開かれて一晩中怒られた。
何が不味かったのは未だに解らないままだが……やるとヤバイのである。


「まぁ、全ては上がりきったテンションがいけないのよ? 私は悪くないもの」


あと問題があるとしたらやっぱりピンクちゃん(ピンク色とかマジでありえない~ちゃんと考えてぇの略)の外見。
戦争を舐めているとしか思えない派手なピンク、肩には可愛らしいマスコットの図柄。
もう擦れ違った全てのMSから世界の不思議に出会ったような視線を感じまくっている。



『ちょっと、なにぃ! このファンキーなザクは!?』


そして直面する最大の問題は降り立ったミネルバMSデッキの情勢だ。


『しらねえよ! 呼びかけても返事はねえし、勝手に上がりこんでくるし!!』


真っ赤なアホ毛が目立つ赤服の少女と熱血な中年技術屋を筆頭に、スタッフ一同が盛り上がっている。
戦闘中は音声だけは送れていた通信機能だったが、今では完全に送信システムが死んでしまった。
故に向こうが何を言っているかは聞こえるが、こちらの声は届かないので全く意思疎通が出来ない。



「降りて話すしかないわね。幾らMSが変でだろうと私もザフトの……」


軽い諦めと共にベルトを外し、ハッチのロックを解除しようとして、ふと思い出す。
ふと自分の格好を思い出す。自分は何を着ている? ザフトの軍服? パイロットスーツ?
ボディーラインがピッチリ見えるハイレグとヒラヒラ揺れる為だけに付けられたスカート状の何か。


「あぁ……私はザフトのミーア・キャンベルじゃなかったんだ……」



どうする? 普通に降りて言ったら怪しさ大爆発だ。拘束、下手をすればその場で撃たれかねない。
所属を名乗るとか……ラクス・クラインは何処の所属だ? 所属を名乗るのは軍人ならば可能な反応。
正しいラクス・クラインの反応をしなければ……ラクスの何が正しいか?なんて知る訳が無かろうに……


「ならばアレだ……正しい歌姫の反応を……」


余計に解らなくなったぞ、畜生。



『降りてこないわね、怪しいわ』

『武装隊に連絡を入れるか?』


外では全くよろしくない方向へと会話が弾んでいる。
思わず私は反射的に自分が意識する歌姫っぽいアクションを取っていた。


「とう!」


コクピットを開いて私は飛び出す。隠す意味を持たない装飾の為のスカートが煌く。
あらかじめコクピット側で開かせていた掌に飛び乗り、大きく息を吸って……叫んだ。


「ザフトのみなさ~ん! こんにちわ~」


掌の上でクルリと回る。なるべく愛らしさを感じさせる笑顔と声を捻り出す。


「お仕事中にゴメンなさ~い、ラクス・クラインで~す! キラッ♪」


ウインクを一つ、アニメで某歌姫がやっていた片目の前で横向きVサイン。
完璧だ……私の中での歌姫、私の中でのアイドル像を全て捻り出した集大成。
しかし!


「「「「「……」」」」」


沈黙が降りた。疑りを感じさせる視線が注がれまくる。
滑ったか……どうやらザフトもまだラクス一つで騙されるほど腐っていないらしい。
味わいたくない静寂を堪能していると、赤服を纏った少女が一歩前に出て問うて来た。


「ラクス・クラインはMSに乗るの?」

「乙女のぉ~嗜み♪」

「……」


なんじゃその言い訳は……自分で言っていてなんだが意味不明だ。
営業スマイルが引き攣るのを必至に堪えている私を見上げていたザフトの皆さん。


彼らが不意に爆発した。



「うぉおお!! ラクス・クラインだってよ!?」

「あの桃色の髪に女神のような声! 本物だぁ!!」

「なっ生ラクスを見てしまった……」

「私ってばラクス・クラインになんて無礼な事を! すいませんでした!」



わ~超信じてる~
ラクスの顔と声を信奉するようにコーディネーターって作られてるんだ~
もうザフトはダメだ~



[7970] 偽ラクス様、叫ぶ
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/02/25 23:53
「あの美声」

「あの輝く桃色の髪」

「あの女神のような容姿」

「「「「「無違いない! 『本物の』ラクス・クラインだ!!」」」」」



『ごめんなさい、バリバリの偽物です!!』



……なんて叫びだしたい衝動を私 偽ラクスことミーア・キャンベルを必死に抑えていた。
そして余りにも滑稽な状況に大爆笑してしまいそうなのも、精神コマンドをフル動員して我慢もしている。

いま私が居るのはファンシーなカラーリングがされたザクウォーリアー(通称ピンクちゃん)の掌の上。
軍属でもないのにMSに乗って、通信機が不調だったとはいえ無許可で戦艦ミネルバに着艦した事を誤魔化すショーの真っ最中。
小さく手を振りながらたおやか微笑みを浮かべる作業。それを実現するために練習を繰り返してきた顔面の筋肉が痙攣を起こしそうで……顔が攣った!



「さっきは本当にすみませんでした! まさかラクス・クラインがMSに乗っているなんて思わなくて!」

なんとかピクピクと震える顔面を誤魔化していると、ファンサービスの舞台から降りる許可が下りたみたい。
ピンクちゃんの掌の上から解放され、私がいま歩いているのはミネルバの通路。無機質な中に満たされる戦船の匂いが私の魂を刺激して止まない。

「それは別に良いのよ? 貴方は軍人として正しい反応をしたんだもの」

そうなる事を熱烈に欲していたとは思えないほどに苦痛だった、『アイドル 偶像行動』の心理傷を強力に癒している
ただ先導してくれている軍人の後輩に違和感を覚えてしまった。

「貴女、新米さんかな?」

着ている軍服こそエースの証しである赤なのだが、正々堂々と下半身ではピンクのミニスカートが翻っている。
コーディネーターでは珍しくもない深紅の髪は頭の天辺で鋭角な機動を描く一種の『アホ毛』。
そして何よりも雰囲気。まだまだ戦場を知らないアカデミーの学生っぽさが残念な事に滲んでいた。

「あっ……やっぱり分かっちゃいます? うちの赤服は私を含めてみ~んな初配属なんです」

どおりであの最新型 インパルスのパイロットも腕は良かったけど、違和感があった訳か……
このアホ毛の新人赤服さん ルナマリア・ホークは愛機のザクウォーリアが不具合を起こして引きあげて来たらしい。
私のピンクちゃんも通信機能が死んじゃったし、まだまだ最新鋭機の整備に課題は多いわね……ってラクスがそんな心配しちゃだめか?

「そういえばさっ! 短かったけど初陣なのでしょ……どうだった? 戦場の感触はっ!?」

まずい! いくらなんでも迂闊すぎる。口に出してから気がついた。
いかに私が本当にラクス・クラインと同一の存在を目指していないとはいえ、『戦場の感触』など平和の歌姫が用いる表現ではない。
これではまるで『ラクス・クラインが最前線で戦ったMSパイロット』のようじゃないか!

「そうですね! 訓練とは張り詰めた空気が違うと言いますか……」

ほっ……安堵のため息が漏れた。初陣の興奮が思い出されるからか、それとも相手がラクスだからか?
とにかくルナマリアは私というアイドルが発したラクスらしくない発言には気を払っていないらしい。
一安心……なんて考えてしまったからだろうか? 私の口はまたもやも盛大に滑ってしまった。


「私は……」

他人に聞いてみて自分の事を思い出す。そして思わず口からこぼれてしまった。

「私は……怖かったな」





「え?」

初めて感じた戦場の高揚とプラントの歌姫ラクス・クラインを案内するという大役への緊張が私 ルナマリア・ホークから消し飛んだ。
ラクス・クラインが呟いた一言がまるで極寒の風のように辺りを蹂躙する……ように感じた。

「あっ!……いまのはその……聞かなかった事にしてくれないかな?」

だがすぐさまそんな雰囲気は消し飛び、ラクスは困ったように微笑んでいる。
何時の間にやら彼女を送る先 ブリッジに到着していたから、ラクスは扉の向こう側へ。
茫然としていた私も彼女が消えたことから本来の仕事に戻るべく踵を返す。

「なんだったんだろ……っていうか!」

不意に気がついた。ラクス・クラインはこう言ったのである。
『私は初めて戦場に出た時、怖かったんだ』と……

「なによ! ただちょっとMSが動かせるだけでしょ!?」

どうしてこうもイライラするのだろう? 相手はプラント救国の歌姫だ。ただの新人赤服程度がこんな感情を抱く事もおこがましいのかも知れない。
けれど、『ちょっと』乗れるだけの人物にあの高揚を否定されるのは納得できない……いや、違う。
あの言葉の重さ、実体験として語る口調。空気すら一瞬で凍らせるような存在感。

「あれじゃまるで……ラクス・クラインは歴戦のMSパイロットだったみたいじゃない」

私は『少しMSが動かせるだけ』だと思っていたからこそ、そんな感想を呟く。
『ラクス・クラインはテロに巻き込まれたから嗜んだ程度の操縦技術で、何とか味方の船まで辿り着いた』
そんなワイドショーが大喜びしそうな美談ってだけ……ほんの数分後、私は自分の考えが大いなる間違いであった事をその目で目撃することになったのだ。





私こと タリア・グラディウスはいま猛烈に溜息を吐きたい。吐きたくてたまらない。
最新鋭艦の艦長を拝命したのは良い。とても喜ばしい事だ。一部の能無し共には『寝技で手に入れた』と言われているようだが構わない。
確かに彼との関係は優位に働いているのだろうが、自分の評価は正当に行われた能力に基づいていると知っているから。
問題があるとすれば……私のパトロンであるプラント最高評議会議長 ギルバート・デュランダルが何故か後ろに座っている事。

「……という事で降りてください」

「だが断る。私には義務もあれば責任もある」

「……ちっ!」

そして正式な着任を前にしてテロに遭遇し、これから緊急出撃をしようとしてこと。
さらにギルバートがわがままを言っている事。もうこれだけで十分困っているというのに、居もしない神は心労で私を殺したいらしい。


『オーブ代表 カガリ・ユラ・アスハが乗艦』


何がどうなってそうなったのか? 問い質したいが相手は口を聞こうともしない偶然という神の悪戯だろう。
どうしてこれから突発的追撃作戦を行う戦闘艦に国の代表が二人も乗っているのだ?

「はぁ? お姉ちゃん何を言っている?」

不意に聞こえたのは突拍子の無い通信管制 メイリン・ホークの声。
お姉ちゃんという言葉から通信の相手がMSパイロットである彼女の姉 ルナマリア・ホークである事が分かる。

「作戦中に冗談なんて笑えないよ?……だからなんでラクス・クラインがこの船に乗ってるの!?」

はぁ? 私は何を疑えば良い? 自分の耳か? それともルナマリアか? メイリンホークか?
それともよっぽど私を殺したいらしい神様か? いやまて……新人パイロットが錯乱している可能性もあるわ。

「ピンク色のザクに乗ってきた? どうしてラクスがMSになんて……『間違いない、それはラクス・クラインだよ』……え?」

メイリンの声に割り込んだのは後ろに座っていらっしゃるプラントで一番偉い人。

「連絡が取れないから心配していたんだ。本当に良かったよ、ブリッジに上がってもらってくれ」

「はっはい!!」

艦長である私をスル―して行われる連絡。まぁ、しっかりと命令に従っているメイリンに文句は言わない。
ただ黙って眉間で硬度を増していく皺を揉みほぐすのみ……「失礼する!」……ラクスが到着するには早すぎる来訪者。
この声には覚えがある。

「状況を教えてほしいのだが」

「カガリ! ここはオーブの艦じゃないんだぞ!? もう少し礼儀というものを」

入ってきた金髪の女性、いや少女はカガリ・ユ・ラ・アスハ。オーブの姫獅子。
その後ろの青年は大きなサングラスが似合っていない……アレックスだったか?
それにしてもなんだろう? この二国の代表が集う戦闘艦のブリッジは。
勝手に同席することを認めているギルバートには後で折檻するとして……ここにラクス・クラインも混じるのだった。

戦場で命を落とすのは軍人の本望、艦上で死すは船乗りの宿命。
そのどちらをも満たしているのだが、直接的な原因が心労ではあまりにも悲しい。
追撃作戦の真っ最中だというのに思わず下を向いてしまった。そして後部の扉が開かれる音。
カツンカツンと規則正しい靴音 訓練された者の足音である事が見なくても分かる。
ラクスを連れて来たルナマリアだろうか? いや……彼女にはブリッジの中まで来るように言っていない。
それ以前に足音が一つだけということは……


「入ります!」


顔を上げればそこに居るのは見知った顔。何時も直接接しているからではなく、テレビの向こうで知っている人物。
輝くような桃色の長髪、アクセントになる星型の髪留め。同じ女性が見ても照れてしまうような衣服。
女神を模してコーディネートされたかのような美貌と美声。グダグダに成りかけていたブリッジの空気を吹き飛ばす裂帛の声。


「ラクス・クライン、出頭しました!!」


可笑しいな? 
そこには際どい食い込みに胸を強調する水着のようなオーバー、スカートの役目をしていないヒラヒラと動く布切れを合わせたステージ衣装を纏って……


『ラクス・クラインが見事な敬礼をしていた』


彼女のような超法規的立場にいる人間にはどのように対応していいのか?
私 タリア・グラディウスは正直な話、まったく分からなかった。
だがその見事な敬礼を見てしまえば軍人としてやるべきことはすぐに分かってしまうというもの。

「ご苦労さま」

反射のように敬礼を返していた。クルーたちもあの歌姫を前にして、興奮や戸惑いを覚えることなく見事な敬礼でソレに答える。
新造艦のブリッジクルーが今までの短い付き合いの中でもっとも纏まった瞬間だろう。






追伸
その時のギルバート・デュランダルは笑いを堪えるのに必死だった。
その時のカガリ・ユラ・アスハとアスラン・ザラは状況を理解することに専念していた。

そして……その時のミーア・キャンベルは(心の中で)叫ぶ。


『やっちまったな!!』



[7970] 偽ラクス様、感謝する
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/04/01 00:46
『反射だったんです』

『悪気はなかった』

『信じてほしい』

『今は反省している』



そんな言葉が脳内を亜高速で飛び交う中、私 偽ラクスことミーア・キャンベルは見事に固まっていた。
東アジアの島国に伝わる伝説の遊び「ダルマサンガーコロンダー」でも決してアウトにならない見事な静止っぷりであろう。
止まらざる理由は二つある。一つはそれはそれは見事な敬礼をかましてしまったから。
癖というのはなかなか抜けないモノであるという事を今ならば本当の意味で理解できる。
「初めて訪れた戦闘艦のブリッジに入る」
その行為により昔ならば確実にやっていただろう行動が理性を塗りつぶしていた。
故に敬礼である。鏡が無いので分からないが一年数カ月のブランクを考慮すれば、アカデミーで見本とし映像資料になってもおかしくはあるまい。

「……ラクスだよな?」

気まずい沈黙を破ったのは余り趣味が良いとは言えない色の例服に身を纏った金髪の少女。
政治になどからっきし興味が無かったころならば、ちょっと勝気な感じの女の子程度にしか思わなかっただろうが、今は違う。
その人物がだれなのか理解できたし、その人物に遭遇してしまう事が偽物のラクスとしてどれだけ危険なのかも解ってしまえた。

「えぇ……お久しぶりです、カガリ様」

声は何とかそれらしい音を紡ぎだせた。だが心の内ではそうもいかない。
どうしてこいつがここに居る!? カガリ……カガリ・ユラ・アスハ。
そう、あのアスハ。中立の島国 技術立国 オーブの大人気な合法的独裁家族。
彼女はその正当な血統を持つオーブの姫獅子。そして何よりも厄介な事は……『本当のラクス・クラインと親しい』こと。


「違う……」

違う? 私はラクス・クラインでは無い、と? まぁ、そんなことは誰かに言われるまでもなく理解している。
私はミーア・キャンベルだ。歌で生きていこうとして挫折し、MSパイロットである事も投げ出した半端者だ。
そんな有難い忠告は二人っきりの時にしろ、このグラサンハゲめが……ってこいつは確か!?

「会いたかったですわ~」(建前)

『これ以上は!!』(本音)

可能な限り甘い声を絞り出す。この行動は反射では無い。数多の可能性を計算して導き出した結果。

「?」

茫然とするターゲットの首元に飛びつき、戦場では邪魔でしかない質量過多な胸部を押し付ける。
これからすることを考えれば、これくらいの偽装とサービスがあっても良いだろう。

「アスラーン♪」(建前)

そう、コイツはアスラン・ザラ。あのザフト強硬派にその名を冠するパトリック・ザラ元議長の息子。
同時に優秀なMSパイロットであり、先の大戦ではあのストライクを撃破する功績から勲章を受領。
だというのに最後はザフトを飛び出し、あの三隻連合に所属して戦争を終結させた英雄殿。

『言わせはせんよ!』(本音)


そして最も重要な事はこいつが『本物の』ラクス・クラインの元婚約者だということだ。
他の誰が『このラクスは偽物だ!』と騒ぐよりもコイツが否定した方が影響力と騒ぎがでかくなる。
故にこれ以上は言わせる事は出来ない。
首元には飛びつくだけでは終わらない。顔を擦り寄らせるように見せかけて『絞め』……勢いをつけ過ぎた風を装って『捻る』のである。



『ゴキリ』


アスランのもっとも近くに居る私、そしてカガリ・ユラ・アスハだけがその音を聞く。
骨とかが色々とアレな感じで曲がってしまった時に発せられる音である。

「■■■!……」

悲鳴にも似た無音の叫びはすぐさま途切れ、ターゲットの体から力が抜ける。
心配するような言葉を吐き出しながら、アスハに牽制の視線を飛ばしておく事を忘れない。
この一連の行動でいかに頭が弱い人間でも、私がラクス・クラインじゃない存在である事は理解できてしまうだろうから。

「あ~やっぱり元婚約者同士は違うな~」

……と的外れなオペレーターの子の呟きを遠くで聞きつつ、事情を知らないモノには元婚約者同士の素敵なスキンシップに見えていることに安堵。
口からエクトプラズマ―的な何かを吐き出しそうな元婚約者(設定上)を今の女(たぶん)に押し付けて、私は踵を返す。
向ける視線の先は私のマネージャーたるデュランダル議長……ではなく、VIPを満載した船を任されているだろう艦長殿の方。

「現在の状況は?」

たまたま乗り合わせてしまった戦闘艦において、まずはなすべき事はその鑑が置かれている状況を的確に把握することだ。
これは『本来所属するべきはない戦艦に乗り合わせる』いう稀有なシチュエーションをあえて想定するまでもなく、現状認識こそ戦場の基礎。
的確に自分を取り巻く状況を理解することで、任務達成と生還という戦士の至上命題の達成率を向上させる。

「えっ……えぇ。ボギーワンと命名されたアンノウン鑑との距離が……」

何やら驚く事があったらしい艦長殿が慌てて言葉を紡ぎだす。
語られる内容は決して楽観視できるものではなかった。何せこれだけのVPを満載した進水式前の戦艦が単独での追跡。
そして相手は強奪したばかりの機体でこちらの攻撃を退ける三人+メビウスゼロのような有線式ガンバレル使いと最新鋭艦ミネルバを相手に速度で劣らぬ母艦。

「だが此処で逃がすのは余りにも危険すぎる。姫やラクスには申し訳ないが降りて頂く暇は無い」

「分かっています。事と次第によっては三年前から続いていたインターバルが終わりかねないもの」

降りるはずの面子に自分を含めて居ない辺りがデュランダル議長らしい。
この人は穏健派だろうと戦うべき時と戦う準備の価値を知っている人だ。
今回ばかりはその準備が裏目に出た形になってしまったのだが……

「地球での戦闘 陸・海・空にそれぞれ特化したセカンドシリーズ……捉え方によっては『ザフトは地球進行を企てている!』とバカげた陰謀論者たちを元気づけてしまう。
 それにあのアンノウン……アークエンジェルタイプですよね?」

「「「「!?」」」」

そう、少し映像で見せて貰っただけだがすぐに分かった。あの大戦を戦ったザフトのMS乗りならば、忘れてはならないシルエット。

「海上戦艦を宇宙に浮かべただけの連合旧式鑑とは一線を隔すデザイン。
 ザフト鑑以上に計算されつくした対MS対空防御システム。左右に突き出したMSデッキから付いた名前は足つき」

他のどんな戦艦よりも混乱の焦点たる地位に相応しい血みどろの華々しい戦歴をお持ちのシリーズ。
恐らく建造コストからすればそれなりの地位と金がある者でなければ建造、運用することは難しいだろう船。
恐らくあれのオーナーは大西洋一帯に覇を唱える青いコスモスが根を張った大国の所属だろう。
つまり……だ。


「よっぽど血塗れの第二ラウンドを始めたい人が多いって事でしょうか?」


そこまで喋って周りの空気が大変な事になっている事に気がつく私。
バカバカ! ミーアのバカ! あれだけラクスっぽく居ようと練習したのに、緊急事態になると素の自分 軍人としての自分が出てしまう。
ふたたび『やっちまったな!』と内心で叫ぶ前、アラートが鳴った。
そして私は内心でこう叫ぶ事にしたのである。『ありがとう、神様!!』



なぜだ……長く書いていた割には話が進みません。許してOrz



[7970] 偽ラクス様、語る
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/04/25 05:34
ミネルバに帰還してから数十秒間、インパルスのコクピットで荒い息を吐いていたシン・アスカは何とか暗いその場所から抜け出した。
急すぎる初陣でゴチャゴチャに絡まった感情が制御できないような状況だったが、ソレを目にした瞬間に若干の収まりを感じる。
物々しい戦艦のMSデッキには似合わないその色は蛍光ピンク。最新鋭の兵器 ニューミレニアムに塗りつけられた色だ。

「来てくれたんだ!」

そのザク・ウォーリアは間違い無く、あの機体だ。自分を助けてくれた恩人の機体。
目を見張るような操縦センスとクソ度胸、優しくて凛とした声を持つ顔も知らない人の機体。
正直な話、ミネルバへの着艦を勧めたのは完全な思いつきであり、具体的に何がしたいというのは頭には無かった。
ただ純粋に『会って話がしたい!』という子供じみた感想が在っただけ。

「なぁ! あれのパイロットってさ……」

思わず緩くなる頬を抑えることが出来ないまま、これからが本当の仕事である整備班の友人 ヨウランへと問うた。
いや、問おうとした。それを遮るように返事が先に来た。待っていたモノではあるのだが、やはり驚きは隠せない。

「おぉ! シンか!? 聞いて驚け!! あのMSにはな!!」

『いま何処に居るのか?』とか『どんな人だった?』みたいな質問をしようとしていたのだが、ヨウランが教えてくれたのは個人名 パイロットの名前。
しかも決してこのような状況で出てくる名前では無かったのだ。


「ラクス・クラインが乗ってたんだ!!」


「はぁ?」

ヨウランの奴はどうやら突然の初陣で頭のネジが吹き飛んでしまったようだ。後で優しく医務室に連れて行ってやろう。
そんな事を考えてポンと肩を叩き、肩を叩き宥めるような視線を送るが、病気の進行は止まらない。

「ヨウラン……医務室に行こうぜ」

「あ? シン! お前信じてないな!! マジなんだってば!!」

これは幾らか説得に時間がかかるな~と思っていたが、いつにもまして不機嫌な足取りで格納庫に入ってきたルナマリアを見つけて安堵。
二人で説得すればヨウランも諦めるだろうし、自分が本当に知りたい事柄も正常なルナから聞く事が出来るだろうから。

「ルナ! ちょっと来てくれ! 実はヨウランが『あ~! もう! 何よ、あのラクス・クライン!』……え?」

何やら物騒な単語が聞こえた。ラクス……クライン? いや! 落ち着け! 餅突け!
これは何かの偶然であり、決してこのMSのパイロットがラクス・クラインなんて事があるはずもなく……

「ちょっとMSに乗れるからって!!」

一刀の下で切り捨てられた。どうやら本当にあれのパイロットはラクス・クライン……なのだろうか?
そういえばあの綺麗な声は時たまテレビの音楽番組で流れて居た声に似ていない事もなかったような気がする。
しかしだ!!

「でもさ! 『ちょっとMSに乗れる』なんてレベルじゃなかったんだぜ!?」

そうとも。ただの歌姫に、それこそMSパイロットが本職では無い者に出来る動きでは無かった。
どんな入力をすれば可能なのか分からないドロップキック、致命傷にはなりえない儀礼剣で最新鋭機を翻弄、奇襲とはいえPS装甲を一撃で切り捨てる妙技。

「……ってぐらい凄いパイロットがただの歌姫な訳が……ん?」

熱くなる口調を抑えることが出来ないまま、この眼に焼き付いている絶技を余すことなく語って聞かせると、何やら友人二人が変な視線を向けてくる。
まるで『訳の分からない事を言い始めた友人を心配するような目』である。
ついさっきまでヨウランに向けていた視線。つまり……


「シン……医務室に行きましょう」

「ラクス様がどうとかじゃなくて、そんな真似が出来る奴なんて居ないって。な?」


ジーザス……今度は自分が病人扱いされる番のようだ……





「これからMSデッキに上がります」

プラント最高評議会議長とオーブ元首にご一緒する豪華な戦闘艦案内ツアーの最中、美系という言葉しか浮かばない赤服君の言葉。
ラクス・クライン(職業名)をやっているミーア・キャンベルは驚きと共に喜びを覚えた。
昔の仕事が仕事だっただけに、アイドルなんぞに精進する今になっても、MSへの興味は尽きない。
これでも一時は『自分にはこれしかない!』とパイロットへ打ち込んでいた身なのだから。

「よろしいのですか? 私は民間人だし~こちらのわんぱくお姫様はオーブの方ですわよ? 議長」

もちろんそんな意見に深い意味など無いのだ。ちょっとした遊び心。
さっきアスランをノックアウトした私に対して、既に偽物である事を超えた敵対心を剥き出しにしている御方へのけん制。
あっ! それとアスランは死んでませんからね? 永久退場とかしませんからね?

「このような事態に巻き込んでしまったお詫びも兼ねてね?
 それにしてもお二人は親しき仲と窺っていたのですが……何か諍いでも起きましたかな? 姫」

「よくまぁ……」

思わず噴き出しそうになった。ギョッとしたお姫様 カガリ・ユラ・アスハの顔と言ったらない。
しかし偽物を作った張本人が、本物との仲をネタにするなんて、本当に大した大根役者だ。


「ここがMSデッキになります。搭載可能数は軍事機密に当たる為にお教えできませんし、現在その数が搭載されているわけではないのですが……」

場の空気が換気を必要とするほど悪くなる前に、イケ面の赤服君 レイ・ザ・バレル君の言葉が割って入る。
目の前には戦艦の中で最も大きな割合を占めるだろう空間。
一望出来る景色には緑のザク・ウォーリアーやゲイツRにまぎれて、私の旅の道連れ 場違いなピンク色 ピンちゃんがドンと佇む。

「って言っても見る人が見れば~」

大体の見当はついてしまうモノだ。余剰スペースや整備用のハンガー数。そして何よりも実物を見てきた第六感。
導き出した答えの確認が欲しくて会談を続ける二国の長を迂回、ザフトじゃなくて宝塚に所属していても驚かない赤服君にそっと耳打ち。

「だいたい……■■機くらいかな?かな?」

「っ! 他言無用で……お願いします」

美麗な顔が本気で歪んだところをみると、どうやら正解に限りなく近かったようだ。
長いブランクをもってしても、私の軍人スキルは衰えないようだ。お陰でアイドルスキルが上がらなかったり、軍人っぽい事をして焦るわけだが……


「だが! では今回の事はどうお考えになる! あの三機のMSのせいで、新しい力を持つが故に被ったこの被害は!?」

手摺から乗り出すように観察していると後ろからは議長とお姫様の声が聞こえ……徐々に一方のテンションが増していく。
指摘に表現するなら『愚直にして熱しやすい獅子』と『真意を見せない仮面の狐』ってところかな?
人間としてや友人として考えるならばまだしも、政治家として考えるならば……

「所詮は器が違…「さすが綺麗事はアスハのお家芸だな!」…!?」

私の呟きを掻き消すように、鋭い叫びが格納庫の広い空間を切り裂いた。
心の中では私も思っていた事とはいえ、それを口に出すとはどんな悪ガキだろうか?

「シン!?」

慌てて飛び出した宝塚クンの向かう先を見下ろせば、そこにいたのは彼と同じ新人赤服君。
黒い髪に真っ赤な瞳という組み合わせはコーディネーター的にも珍しい風貌。
その立っていた場所やエースを示す赤服からして……彼がインパルスの……よし!
一つラクスらしい事(私的基準に基づく)でもしてみますか?





こんな場所で聞こえるはずの無い綺麗事が耳に入った。何事かと見上げて、そして見つけてしまったのだ。
オーブの氏族だけが着用を許される紫色のような独特の色彩を放つ礼服。
プラントに渡ってからもこっそりとチェックしていたオーブの政治風景、そこに必ずいた人物。
カガリ・ユラ・アスハ。住民にまともな避難もさせらず、再建への希望であるマスドライバーと自爆したとんでもない父親の後を継いだ娘。
政治にはテンで疎く、常に宰相にあたるセイラン家に舵取りをさせておきながら、自分の我儘だけは大きな声で主張するのか?

「さすが!」

熱くなり易いと両親や妹、ご近所さんや友達、教官やクラスメイト、概ね出会う全ての人に言われてきた。

「綺麗事は!」

ソレに関しては自覚もあるし、軍人となった今ではすぐに直すべき弱点だろう。
しかしどうしてもこれだけはしっかりと聞かせてやりたかった。あのアスハに……しっかりと、だ。


「アスハのお家芸だな!?」


言ってしまった……だが口に出してしまった以上、後戻りはできない。
自分が何を言われているのかも理解できないような呆けた顔。それを見ているとさらに怒りと憎しみが増してくるのが分かる。
そんな事を言われるなんて欠片も思っていなかったという顔。ギリギリと奥歯を噛みしめ、憎しみを視線に宿して射ぬく。

そんな時だった。『あの声』が聴こえたのは。

「控えなさい!」

女神のような美しさと……

「仮にも友好国の国家元首」

戦士のような凛々しさを兼ね備えた声。

「国を代表し、国を守る軍人として……」

姿を見ればようやく理解できた。ルナマリアやヨウランがオレを謀っては居なかったらしい。

「無礼な振る舞いは許しません」

プラントに来てから始めて覚えた有名人の名前と顔。輝くような桃色の髪と女神にも劣らぬ美貌。
若干記憶よりも胸部の膨らみが大きい気がするが、まあ小さな問題だろう。
プラントを守った救国の歌姫、もっと言えば自滅の道を進んでいた世界すらも踏み留めた本物の救世主。

「ラクス……クライン」

その名を口に出してみれば自分が何を言われたかも理解できた。『黙れ』と言われたのだ。
どこか信仰めいた信頼があった。戦う人であろうこの声の主ならば、アスハの綺麗事に対するオレの怒りも理解してくれると。

「すっ……すいません」

落ち込んだ空気に引きずられて、怒りを湛えていた視線も地に伏せる。だが……それだけでは終わらなかった。

「それからカガリさん?」

親しみを込めた声。あぁ、そういえばアスハとラクス・クラインは友人だった。



「黙りなさい」

「「「「「え?」」」」」



空気が凍った。言われた本人はもちろん、議長やレイ。そしてオレやメカニック一同、誰もが動く事を忘れるような衝撃。

「なにぉ!?」

「平和を誓い、手を取り合う。大いに結構なことです。
 だから『こんな物』は必要ないと? 新造艦や新型MSは不要である!と」

平和の歌姫とも言われるラクス・クラインならばきっとその案には大いに賛成なのだろう。

「私もそうであれば良いと思います……ただ!」

だがどうやら違うらしい。


「そんな御高説とエデンの園のような理想論は政治の場でお話しなさい。
 もしくは優秀な家畜が待つ故郷の地でも構いません。ですが! ここはザフトの船。
 貴方が必要無いと断ずる『こんな物』に限りある命と時間をかけている者たちの居場所です!」

あぁ……やっぱりこの人は……


「私にとって彼らに送るべきモノは惜しみない拍手と賞賛以外にはありえません」

戦女神だった。



シッ! シリアスっぽい!!



[7970] 偽ラクス様、誓う
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/05/04 23:35
どうも、ラクス・クライン(役名)を演じることでお給料をもらっている元ザフトMS乗り ミーア・キャンベルです。
突然ですが……場の空気が良く分かりません。

「ラクスっぽいってこういう事じゃなかったのかな?」

信じられないモノを見たような目をするオーブのお姫様に、自分が配した役者の演技に満足するような顔をしたプラント議長。
これはまぁ別にどうでも良い。とくに後者を理解するのはもう諦めた。ボウヤだからさ。

しかし他の人たち、おもに軍人さんたちの視線が

「凄く……痛いです」


特に黒髪赤目の赤服君はもう視線がキラキラしていて申し訳ない気持ちになる。
やめて! 偽ラクスのライフはとっくにゼロよ!
思い詰めたような顔で格納庫を出ていくカガリ・ユラ・アスハとその後を追う議長。
どうやら自分を待っていてくれるらしいレイ・ザ・バレル君にお願いを一つ。

「もう少し見て行きたいの。ダメかしら?」

「ですが……」

「勇敢な貴方のクラスメイトともお話したいし」

「あまり苛めてやらないでください」

ため息をひとつ、綺麗な金髪を靡かせて去る後ろ姿。
民間人を一人こんな場所に置いていくのは警備的には問題なのだろうが、さすがはラクス様の影響力! なんともないぞ!

「よっと!」

作業用に重力が軽く設定されているこの空間ならではの移動法を選択。
手摺に足をかけて蹴りだす勢いのまま、下へ飛ぶ。久し振りの低重力下での移動だったが、どうして上手くいくものだ。
本当に体で覚えた事は忘れないモノである。それで多大な苦労をしている昨今ですが……





オレ シン・アスカは人生で初めて「ファン」になった。
いや、ファンとかそういった単語で表す事すら困難なほどの尊敬を覚えた、
アイドルやらプロスポーツやらにもテンで興味が無かったこのオレが、である。
相手はミーハーな表現をすれば『アイドル』という分類が相応しいのだろうが、この人には全く似合わない。

『平和を誓い、手を取り合う。大いに結構なことです。
 だから『こんな物』は必要ないと? 新造艦や新型MSは不要である!と』

『ですが! ここはザフトの船。
 貴方が必要無いと断ずる『こんな物』に限りある命と時間をかけている者たちの居場所です!』

『私にとって彼らに送るべきモノは惜しみない拍手と賞賛以外にはありえません』


政治家が難しい言葉で戦争や軍人の事を論ずるのは多々ある事だし、そういう場面はテレビなどで散々見て来た。
ラクスは政治家でこそないのだろうが、間違い無く国を動かすような人物だろう。
そんな人の口から飛び出した言葉の数々……一言で言うと……

『カッコいい』

『子供か!?』と笑いたければ笑うと良い。その程度の言葉でしか表現することが困難なのだ。
理想を語っている訳ではない。ただ真実に基づく主観を口にした『だけ』。そう、それ『だけ』なのだ。
だというのに……

「あの背中に着いて逝きたい」

そう思わせる何かを放っている。ただ弱い自分が許せなくて入ったザフトだったけど、新しい目標が出来た気がする。
もし一介のパイロットだったならば、色々と話してみたいこともあったのだが、今は目的が出来た事だけを喜ぼう。
相手はあのラクス・クラインなのだ。初戦を勝利で飾れなかった新米赤服と話す理由など存在しないだろうから。
再び愛機 インパルスの整備と調整へと戻ろうと振り返れば、自分の上を通り過ぎる影が一つ。

「?」

目で追ってみれば翻るスカートが過る。女性も少なくは無いザフトにおいても、余りにも奇抜なスカート。
着心地や暖かさなどを無視した『魅せる』ためだけのデザイン。男ならば顔を赤くするしかない超ド級露出具合。
戦うのはもちろんのこと、歌って踊るのも難しそうなピンホール型ヒールで見事な着地。
低重力下での移動で乱れた髪を整えるように撫でれば、綺麗な桃色の髪がふわりと揺れる。

「背を向けるのが少し早いわ」

「えっと……」

何て言えば良いのだろう? 何と口にすれば良いのだろう?

「なんか困った顔をしてるわね? じゃあ、私が先に言っちゃおうかな~」

しげしげとオレの顔を覗き込んできた瞳。それを真中に納めた整った顔立ち。
それが形作るのは笑顔。悪戯が成功した子供のように純粋で、誇らしそうな表情。

「さっきはカガリ代表に……」

「アレは思わず口から出ちゃっただけで!」

「みなまで申すな!」

思い返してみれば、中々危ない事を叫んでいる自分に焦りを覚え、弁明を口に出そうと試みる。
だがそれを遮るようにラクスは続けた。『うんうん!』と一人で納得したように頷いている。

「軍人としてはダメダメな行為だけど個人として、私は貴方に同意して賞賛する」

何となくこの人に惹かれた理由が分かった。それは『真意からの同意』。
口先だけではない経験や心情から彼女は同意してくれている。平和の歌姫が軍人と意気投合というのもどんなモノか?とも思うが構うまい。

「よくぞ言った! カッコ良かったぞ? 少年」

こっちは新米赤服、向こうはプラントを救った歌姫様。
全く遠すぎる関係だ。それこそ背中が見えなくなるほどに遠い。それなのに……オレは新しい目的が出来てしまった。

「もし貴方が言わなかったら、私がドロップキックしてやるところよ!」

既に『文句を言う』を通り越したアプローチだよな、ソレって。
『わっはっは!』と腰に手を当てての高笑い。大山脈な胸部が合わせて震える。
ソレに釣られるようにオレの口から苦笑が漏れ、止められずに笑い声が口から溢れてしまう。

「ハッハッ!」

そしてオレの目的が少し……少しだけ変化した。『背中について逝きたい』ではなくなった。
後ろでは無く、『隣』を歩きたい。きっと楽しくて、充実した時間がそこにはある。
こうして笑いあっているとそんな事を簡単にできてしまいそうだ。

「ちくしょ~遠いよな~」



でも遠い。非常時でも無ければ彼女がMSに乗ることなど無いのだろうから……なんて思っていた時期がオレにもありました。










私 ミーア・キャンベルはイライラしていた。
ストレスとの原因というのは物体である事と行動である事があると思うけど、今回の場合は行動。
しかも自分の行動についてである。

「MS部隊発進! ここで仕留めるわよ!!」

辺りを満たすのは戦場の喧騒。戦闘遮蔽されたミネルバのブリッジ。
その後方に私は座っている。艦長以上の役職、それこそプラント議長やらオーブ首長なんかが座るVIPな席。
そこに私は座っている。

『なぜ?』

当然と言えば当然だ。だって私はラクス・クライン(役職名)なのだから。
平和の歌姫がコンディションレッドのブリッジに居ることも可笑しい……あぁ、本物もこういう場所に座っていたのか?

「カツカツカツ」

五月蠅い!って私の貧乏揺すりの音だった。それだけイライラしていると考えて貰いたい。
なぜ私はここに居る? どうして私はアソコに居ない? 
スラスターの光を従えて飛び去っていく数機のMS。ゲイツRに真っ赤なザク、そしてインパルス。

『行ってきます!』

楽しいお話(インパルスについてとか、MSでドロップキックをする方法とか)の途中、敵鑑補足のアラームがなる。
すぐに駆け出した新米赤服君 シン君が去り際にかけて来た言葉が蘇る。

『今度こそ倒して……戻りますから』

戦士の背中にかけるべき言葉が思いつかず、虚空を彷徨うように突き出した手が踊った。
ラクス・クラインならば見送るしかない。当然だ。当然なのだ。そして何食わぬ顔で後ろに座っているべきなのだ。

わかっている……わかっているとも……



「ボギーワン! 進路、速度ともに変わらず」

「妙ね……このままじゃデブリに突っ込むことになるわ」

意識を眼前の現実に戻せば、タリア艦長がそんな事を呟いている。
確かに不自然だ。いかに尻を追われる退却戦とはいえ、他の艦ならばいざ知らず足自慢のミネルバからただ逃げるのみではどうしようもない。
正確な間合いを把握できなくなるのがデブリ戦の特徴だし、こちらの攻撃は当然命中率も下がる訳だがそれはアチラも同じこと。
まさか……

「っ! 光学での補足は!?」

思わず私は立ち上がり、地面を蹴る。まっすぐ向かうのは観測員の席。

「ラッ! ラクス様!?」

シートの後ろから覗き込むようにディスプレイを睨みつける。辺りからのざわめきを無視して再度問う。

「どうなの!?」

「熱量反応だけです。インパルスとの距離は1500に迫っているのですが……」

1500とは宇宙空間での戦闘 戦艦やMSたちの間では長距離でも何でもない。
むしろ近距離に属する。とくに砲撃距離からすれば既に戦艦の対空防御の範囲内。
それでも相手は撃ってこない。近づけば近づくほど、MSの間合い。不利になるにもかかわらず……である。
これが導き出す答えは……第六感と知識がスクラムを組んで歌う。それに抗う事無く受け入れて、私もすぐさま叫んだ。

「MS部隊を戻してください!」

「はぁ? 何を言って……」

「アレは熱量だけ!」

疑問の視線が飛び交う中で、唯一私と同様の恐怖を共有する者がいた。
大きなサングラスの下で瞳は驚愕に染まっているだろうアレックス……アスラン。

「デコイか!?」

「しまった!!」

そのアスランの叫びに連動して、歴戦の船乗りであろうタリア艦長も事態を把握したようだ。
再び覗き込んだディスプレイではボギーワンを示す熱紋が徐々に小さくなっていく。
戦艦ならばすなわちメインエンジンを落とした事を示す訳だが、この状況でそんな事をするとは考えにくい。
つまり『囮の松明から火が消えた』訳だ。よって次に来るのは……

「ボギーワン、ロスト!」

「MS部隊に警告を! 死角から奇襲がくるわ!!」

指示を飛ばす先はルナマリアちゃんの妹さん、メイリン・ホーク。何故か呆気にとられた顔をしていたが、タイムラグは一瞬。
すぐさまインカムに叫ぶ。その様子を見て頷き、すぐさま次に言いたい事を…『ボギーワンは後ろにいます!』…先を言われた。

「しかも……」

声の主は先と同じくアスランだったのだが、声の位置が近い。何時の間に私と同じような態勢で計器類を覗き込んでいた。
不意に掌同士が重なり、驚いたように二人して顔を上げて視線を重ねた。
だが残念な事に青春染みたときめきも出会いも在りはしない。ただ焦りに染まった視線がぶつかり合い、息もピッタリに確証に近い危惧をデュエット。


「超近距離に!!」

「熱紋確認! ボギーワン……距離500!?」

ジーザス……





それからの時間は早いようで遅く、長いようで短く、熱いようで冷たい。
こういう表現をしている時点でもうかなりに勢いでピンチである。
完全に後ろを取られて追われる形。追撃戦のベーシックスタイル、大多数の艦載MSを先行させている状態での奇襲。

こちらの頼みの綱はカタパルトが使えないために初動が遅いザク・ファントムが一機だけ。
対する相手はガンバレル使いのMAと対艦攻撃用の砲撃装備を担いだダークダガーが数機。
ガンバレル使いの実力を鑑みれば、その単機を足止めするのが限界であろう。
つまり確実にダガーはミネルバへと襲いかかる。MSの援護が無い戦艦がいかに脆いか……ザフトが世界で初めて証明したのだ。
実に分かりやすい……

「堕ちる」

口に出すべきではない。だが口から零れた。幸いなことにもう誰も非戦闘員の囁きには誰も耳を止めない。
そんな余裕はもう無い。誰もが自分の生命の危機を実感しているからだ。

「死ぬの?」

半端なまま……歌を捨て……軍人を捨て……偽物になる事も出来ないまま……


『否!!』


黙って見送るのがラクスとかそんな事はもうどうでも良い。
そこには戦場があり、まだまだな可愛い後輩たちが命を賭けて踊っている。
ならば……ラクスでもミーアでも何でも良い……『私』はきっとこうするしかない。


「危ないわ! 座っていなさい!!」

既にVIPに対する扱いなど投げ捨てたタリア艦長の言葉を華麗にスルー。
通信コンソールに飛びつき、先ほど聞いていた番号を呼び出す。繋いだ先はこっちと同様に慌てているであろう格納庫。


私は叫ぶ。

「こちらブリッジ!」


高らかに叫ぶ。

「ピンクちゃんの準備は!?」

……少し大きな声、過ぎたかも知れない。辺りから戦闘中とは思えない沈黙と痛い人を見る視線が飛んできた。

「「「「「誰? ピンクちゃんって?」」」」」

ブリッジの誰もが意識を共有した疑問の収束攻撃。効果は抜群。
不意に振動で霞む音は自分が欲していた答えをくれる。減少するSAN値から敢えて目を背け、勢いで場を動かす方向へ。


「出るわ」

「だっ、誰がですか?」

まるで打ち合わせをしたかのように、ベストな相槌をいれてくれたメイリンちゃんには、後でコーヒーを奢ろう。

「決まっているでしょ?」

『カツン』
足を一つ打ち馴らし、バサリとスカートを翻し、さらりと髪を靡かせて宣言する。
気に入らない神様や、大嫌いな本物や、戦っている後輩たちに聞こえるように宣誓する。



「ラクス・クラインが出撃するわ」



どうだ、この野郎。これがミーアであり、偽ラクスだ。





あとがき?
頑張って早く書いてみた。
しかし話は前へ進まないw
ちなみに本物のラクスはカッコいいドキュン、魅力的なクレイジーにしたいと企んでいる昨今……いつ出てくるのでしょうね?(遠い目



[7970] 偽ラクス様、奮戦する
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/06/15 23:42
『これはあくまで非常時における一般人の緊急的登用に過ぎません』

久し振りに身を包んだ真っ赤なパイロットスーツ。しかし胸が少しキツイな……


『分かっているとは思いますが、くれぐれも無理だけはなさらないよう……』

全身に感じる引きしまった着心地が徐々に昔の感覚を呼び起こす。

「無理をなさらずに帰る場所を失うのは本末転倒よ? 艦長殿」

小脇にヘルメットを抱えてロッカールームを後にする。
さきほどから本当に納得できていないように注意事項を捲し立てるタリア艦長殿に苦笑する。

「命令してください。『状況を打破し、無事帰還せよ』ってね」

さぁ、偽ラクスとしての初陣だ!!



「準備は!?」

命がけの追いかけっこを演じている最中である。
時たま走る振動に振り回されないよう、格納庫へ飛び出せばそこには随分とカッコ良くなった相棒を発見。

「平時なら絶対に出撃させないってレベルですがね!」

答えるの実に職人気質っぽいメカニックチーフさん。そりゃ~一時は踊ることだけを整備されていたMSである。
これだけの短時間で完璧に本来の役職を取り戻せるとは思えない。だが空いてる機体がこの子しかいないのだから仕方があるまい。

「前よりも動けばいいわ! 兵装の方はどうなの?」

床を蹴りつけ、コクピット部分まで飛ぶ。ハッチを開放しながら、渡されたマニュアルの内容を思い出す。
もっとも完璧に読破できるほどの時間が在った訳ではない。本当に重要そうなところだけを抜粋したテスト前の山かけ状態。

「お望み通りにスラッシュですが……正直な話、現場ではあまり評価が高くない武装ですよ」

スラッシュとはスラッシュ・ウィザードのことであり、只今旅の道連れ みんな大好きライブ仕様の飛んでもザクが背負っている兵装の名前だ。
ピンクちゃんの肩から二門突き出すビームガトリングが……死ぬほど似合わない!

「分かっているわ。万人受けはしないでしょうけど、私なら間違いなくコレよ」

ザク・ウォーリアはバックパックを換装することで様々な状況に対応するという革新的なシステム ウィザードシステムを搭載している。
先に発艦した宝塚クンことレイ・ザ・バレルが使っているのが高速機動特化型 ブレイズ。
アホ毛ことルナ・マリアちゃんのは砲撃特化型ガンナー。
そして私が選択したのは……

「さ~て! あとは逝くのみ!!」

コクピットに飛び込んで座席に着き、ベルトでロック。MSパイロット用のノーマルスーツがしっかりと馴染んだ。
手慣れた手順でコンソールを叩き、メインエンジンに火を入れる。低い唸り声と共に各種ディスプレイに光。
祈るように手を組み合わせ、長い深呼吸の後に手を伸ばすのは一対の操縦桿。マイクよりも手に馴染むソレを軽く握りしめて、叫んだ。


「スラッシュピンクちゃん! ラクス・クライン! 出撃るわ!!」


……と、派手に宣言したところでこの船 ミネルバは尻に食いつかれている真っ最中。
後方からアホみたいにMSとボギーワンの砲火が飛んできているのだから、カタパルトを使って華麗に出撃など出来る訳が無い。
先に出た白いザク・ファントムの背中を追って……駆け出す準備をする。

「後は……タイミング」

『何か問題でもありましたか? ラクス様』

「しっ!……静かに」

心配そうなメカニック君には悪いけど今は集中するところ。
唐突で申し訳ないが私は理論派ではない。操縦における基本的な部分はしっかりと押さえているが、高次元なレベルで理論的に効率のいい操縦を行えるほどではない。
本当に優れたパイロットにもなれば、反射で理論的な動きを実践できるらしいけど、私はそこまでたどり着けなかった。

というよりも……だ。『第六感や本能に頼り過ぎる』と教官にも上司にも注意されたくらい。
だけどソレで生き残り、エースと呼ばれるまでになってしまったのだから困ったものだ。

「錆びついてないと良いな~」

飛び出すタイミングなんて普通に対MS戦闘を行うならば何の意味もない。
防衛戦だという事を考えればすぐさま戦闘に参加する方が有利だというのが正論であろう。
だけど私は見計らう。襲撃者たちに対しての奇襲を最高のタイミングで行うために。
宝塚クンの腕前はかなりのモノであり、犠牲なしで足止めしようとするならば当然相手になるのはガンバレルMAだろう。
つまりこちらに来るモノ、私が撃破するべきモノはダークダガー。爆装を積んで、対艦戦の心構えで近づいてくる敵機

「時間は掛けられない」

容易い相手だからこそ、時間は掛けられない。瞬時に、可能な限り早く沈める。
そうなればこちらは一気に有利になるのだから。戦艦にMSの援護は必ず必要である。
この不文律により本来の艦載機から引き離されたミネルバは窮地に陥っているのだ。
だが逆にこちらが敵の爆装MSを撃破し、ボギーワンに接敵できればどうなるだろうか?


「ピンチの後にはチャンスがあるっ……てね」

奪ったセカンドシリーズはこちらのMS部隊を足止め中、ガンバレルMAはどこぞの仮面隊長を彷彿とさせる宝塚クンの相手。
あら不思議! ボギーワンにも支援してくれるMSが居ない状況になってしまうのである。
MSパイロットとしてのブランクを鑑みよう。ボギーワンがアークエンジェル級である事を鑑みよう。

だとしても……である。

「私がミーア・キャンベルである以上……必ず落とせる!!」


否、落とさなければならない。使命感と呼ぶにはあまりにも子供じみた興奮。
私は意識せずにMSの姿勢を最も適した態勢へと移行していく……やはり体で覚えた事は忘れないモノらしい。





いままで起こった事を単純に明記しよう。

『ラクス・クラインが乗るMSの整備をしていた』

何を言っているのか分からないと思うが、逝っている本人 ヨウラン・ケントも訳が分からない。
運命計画とか嫁脚本とかそんな小さなものではない。もっと邪悪な二次創作の片鱗を味わいまくりなのである。
ラクス・クラインがMSに乗る事が出来る時点で驚きであり、そのうえエース級である事は驚愕だ。
だがこの危機的状況に出撃させる事はもっと大きな衝撃である。彼女はプラントの歌姫なのだ。
誰もが混乱に落ちそうになった時、やっぱり事態を納めるのはおやっさんの一喝。
そして完成したピンク色のスラッシュ装備ザクを見上げていると現れたのは赤いパイロットスーツに身を包んだラクス様。
恐らくどんな衣装よりもレア度が高いだろう姿であったが、写真に納めるのは不可能……いや! もし無事にこの戦闘が終了したらお願いしてみよう。
それくらいの願掛けは宗教が無いコーディネーターにも許されるだろう。

「なにしてんだろうな……」

そして現在、出撃許可はとっくに出たモノの動かないピンクが眩しいザクを眺めている。
誰もが沈黙のまま見守っているが、多分誰もが同じことを考えていることは明白。
決して陸上競技に詳しい訳ではなかったが、感性の部分が的確にそう教えてくれた。
その場にいた全員が後世にまで語り継ぐだろう。



「MSでやっているとは思えなかった。完成された芸術品を思わせた」

「それはそれは見事な『クラウチングスタート』の態勢だった」と






「いまぁ!!」

ブリッジの怒声と敵MSの距離から私はその一瞬を『感じ取った』。
駆け出す。踏み出す。走り始めというMSの速度が生かせない時間を限りなく短くする。
本来はMSが駆けるよう作られていないカタパルトがイヤな振動。
被害が少ない事を祈りながら最後の一歩を蹴りあげ、ピンク色の機体が漆黒の空へと踊りだす。
完全な無重力に捉えられると同時にバーニアを全開。最善のタイミング故にもっとも的確な間合いに入っている『獲物』に向かって跳びかかる。


「でぇえいぃ!!」

腰から抜き放ったアタッチメントが正常に展開、一瞬で作られるのは斧。
投げて使用する事すら視野に入れたザクの標準型アックスでは無い。
両手持ちの腰重心を前提にして振り回す大型、バックパックのエネルギーを多く消費する大出力。名をファルクスG7ビームアックス。
計算外の敵機出現で慌てたダークダガーの動きは単調かつ単純かつ鈍重。
フワフワとした回避動作に遅すぎる牽制……捕った! 一閃!! 両断!!

「次ぃ!!」

左右に分かれたダガーの爆散を確認する間もなくバーニアを全開。混乱収まらぬ後続たちへと飛びかかる。
今度は横薙ぎ。比較的近接していた二体を一度に切り裂く。

「残りニ機ぃ!!」

さすがに此処まで来ればただ慌てふためくだけなんてクズはもう居ない。
セオリー通りの包囲の陣形。こちらのビームアックスを警戒して距離をとり、背負った二つの砲塔をフル活用しての制圧射撃。
無音の真空空間だが命を刈り取る暴力的な爆発を魂が感じる……堪らない!
宙間戦闘において陣形というのは三次元的に考えなければ成らないもの。
横軸・縦軸共に重ならぬような包囲。さすがはこんな無茶な任務に選ばれるパイロット。
反応も悪くは無い。ただスラッシュ・ウィザードとミーア・キャンベルに対する認識が甘すぎた事だけが悔やまれる。

「そんなモノォ!!」

平行と安定を求めるべき操縦桿をワザと暴れさせ、機体を素人のように振り回す。
と同時にファルクスアックス以外、もう一つのスラッシュ・ウィザード専用武装をスイッチ。
肩に背負ったガトリング砲 ハイドラガトリングビーム砲 遠い昔に考案された『連続して弾丸を吐き出す目的』を体現する銃器が火を吹く。

否、火を吐き続ける。

一秒間で何回だかわからないがただただビームの弾丸を吐き出しつ続ける。
テキトウに暴れまわる機体 目的をセンターに入れてスイッチ……なんてことはしない。必要無い。
暴れ馬が導き出すランダムな機体姿勢により、360度を射線に納める。ヒット…ヒット……ヒット!

「ザンネェン!!」

昂りが止まらない。眼前を通り抜けた敵の砲弾。回避なんてしていない。
狙ってできる状態ではないのだから。ただ運が良かっただけの事。しかし当たっていないのだから問題ない。
代わりにこちらの『戦争は数だよ!』とでも言いたげなビームの砲弾は僅かに、だが確かにニ機のダガーを捉える。

「これでぇ!!」

元よりも撃破を目的としない牽制用。多くを当てねば致命傷とは成りえない。
だが敵の姿勢を崩すのには十分。回避も迎撃も出来ないほどに崩すことが目的。
キッチリとニ撃でニ機を撃破。間にたまたま飛び込んできたデブリの破片が視界を塞ぐ。

「じゃまぁ!!」

だが振り下ろされる一撃は止まらない、止めない。
渡されたスペック オーバースペック。確かに接近戦はMSの大きな特徴だが、これは余りにもやり過ぎだ。

『戦艦の装甲片らしきデブリを両断する』
『しかも後ろに隠れたMSごと真っ二つ』 

牽制程度の威力しかない固有射撃兵装と両手をつぶさないと扱えない接近兵装。
使い方が分かり易く、新兵 それこそ射撃が苦手なアホ毛のルーキーでも扱えるガンナー。
もしくは高機動というMS最大の利点を追及 汎用性の高いファイヤービーミサイルが撃てるブレイズ。
それらに比べて……ネタが尽きたのか? よっぽどのエース、そしてモノ好きでなければ使わないだろうスラッシュ。

不器用なまでの一点特化。まるで歌姫をやりながらも戦いに昂る愚かな私。
アカデミー時代から近接戦闘を得意としてきた私に相応しい装備。

「私は気にいったわ……スラッシュ・ピンクちゃん……いや! ピンクちゃん・ザ・スラッシュ?」

ネーミングセンスはアカデミーで鍛えて貰っていないのだから仕方が無い。


「次はボギーワンを!!」

新たなデブリの誕生を観戦する暇などあるはずもない。自分で作り出した気まずい空気に構っている暇もない。
すぐさま敵艦の撃退へと向かおうとした瞬間。それは来た。尻につかれて動くに動けなかったミネルバが見事な横っ滑り。

「わぉ!」

スラスター全開に加えて恐らく砲撃までしたのだろう。一瞬でデブリから離れ、その射線がボギーワンを捉える。
せり上がる艦首の巨砲 シルエットシステムと双璧をなす最新鋭艦最大の特徴 凶威力を誇る陽電子砲。
放たれた破壊の濁流がボギーワンを……霞める。おしい! だけどこれで……一時の決着を。




あとがき?
MSの戦闘シーン難しい……ちょっと煮詰まってる。
そして久しぶりにオリジナル書きたいな~



[7970] 偽ラクス様、迎える
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:68905a4d
Date: 2010/09/09 19:12
着艦を伝える衝撃。歩を進めて所定の位置に収まる振動。
吐き出す吐息が熱くてヘルメットが曇り、五月蠅い鼓動が反響。

「最っ高ぅ♪」

変態だと思う。自分でも正常ではないと確信できる。
なぜにしてあれだけ目指して、諦めて、なのにたどり着けた職業 アイドルをする事よりもこんな事に高なるのだろう?
私 ミーア・キャ…『ラクス様? どうかなさりましたか?』…あぁ、ラクス・クラインはいまMSのコクピットに居る。
本来ならば決して乗ることが無いだろう、最大に似合わない場所。当然のごとく戦闘し、敵を殺して……帰還した。
昔やって居たとおり、何も不思議な事は無い。所詮ミーアという女はそんな風にしか自分を表現できなかったのだから。
どこにでも居るエースパイロット、どこにでも居る公共的な大量殺人者。だけどいまは違う。
平和の歌姫 ラクス・クラインなのだ。いかに仕方が無い状況下とはいえ、プラントの精神的主柱ともいえる人間がMS戦闘に参加。
しかも鬼神的にキャッホー♪(語弊あり)とピンクちゃん無双までしてしまった。
もちろん生きている事が最も優先されるのは明白だが、それと同様に「ラクス・クラインらしく」というのが与えられた任務な訳で……

「やっばい♪」

戦闘中とは違った意味で危機的な状況だわ、私ったら。とりあえず知恵を絞ろう。
何時までも狭い鋼の艦の毛で悦に入っている訳にはいかない。ここから出なければ……コッソリと。

「無理だ」

ピンクちゃんの愛らしい一つ目はこちらに視線を送りまくる整備班の皆さんを捉えている。
既に注目は必至。ならばいまこそラクスらしく出ていかなければ、そして今までの失態を返上する演技をしなければならない。

「でも……」

どんな顔をすれば良い?
どんな反応をすれば良い?
どんな事を言えば良い?
ラクスはこんな時、どんな顔をするのだろうか?
ラクスはこんな時、どんな反応をするのだろうか?
ラクスはこんな時、どんな事を言うのだろうか?

「あれ……なんか腹が立ってきた」

どうして大嫌いな本物 ラクス・クラインの事をこんなに真剣に考えなければ成らないのだ?
それが偽物の仕事だと言われればその通りなのだが、理論を通り越して感情を飛び越え、本能にまで刷り込まれたソレが不満の声をあげる。

「なんかもうテキトウで良いんじゃないのかな?」

思考を放り投げる。息を吐いてハッチのオープンを選択、実行。
ヘルメットをとりながら顔を出し、眼下を見渡せばそこに居る全ての者たちから贈られる視線=期待。

「ヤベ……」

コーディネーターの病的なラクス信仰を少し甘く見ていたかもしれない。
だがもう遅い。さすがにコクピットに出戻る訳には行かないのは確実……なんか言わなきゃ……


「うぅ……だぁああ!!」


口から出たのはそんな言葉。何故か握り拳を天高く突き出し、全力で叫んでみた。
こうすれば『場の雰囲気が盛り上がる』と遠い人間の本能が叫んでいる。ついでに長身で顎が出たパンツ一丁の男性も幻視した。

「「「「……」」」」

沈黙が下りる。ちょっと考えれば別に意外な結果でも何でもない。
当然の結果といえるだろう。どうして突然この人は何を叫んでいるのだ?という感想と生温かい視線を送られるのが普通だ。
だがこの体=名前は普通の人ではない。私に名前はラクス・クライン(偽)。

つまり導き出される結末は……


「「「「「だぁああ!!」」」」」


大歓声である。
『わ~い、誤魔化せたぁ~』
恐ろしいラクス信仰の片鱗を味わっている昨今。










控室でのクールダウン。飾り気ないベンチに腰掛けて、軽重力下専用のボトルで口にするのは効率的なミネラル・水分摂取を目的とした飲み物 スポーツドリンク。
パイロットスーツの上だけをはだけさせ、簡素なインナーの下から熱が奪われるに任せる。
あの戦いの興奮の後で、あの凄まじいデザインの衣装を着るのが大変に苦痛です。

「あ……他の服に変えても良いんじゃん」

別にライブが在る訳でも無いのだ。アイドルとて、何時でもあんな服を着ている訳ではないだろう。
どうやら必死にアイドルっぽい事をしようとする意識はちゃんとあるようだ。ソレとは正反対な事ばかりしている気もするが……


「おつかれさま」


自動ドアが開く軽い音、入ってきたのは今の私と同じくらいパイロットスーツが似合わない金の長髪 レイ・ザ・バレル君。

「ラクス様……ご無事で何よりです」

「ん~まぁ長いブランクも何とかなるものね」

「あれだけの数のダークダガーを単機で全滅とは凄まじい戦果です。
 それに比べて自分はMA一機を撃墜できませんでした……」

宝塚クンが持ったボトルがミシリと音を立てる。表情こそ僅かに眉を上げるだけだったが、そうとう無念に思っているらしい。

「貴方の相手をしてくれたMAの方が厄介だったわ。遠目で見ただけでも鳥肌が立つ。
変幻自在のガンバレル、こちらの行動を完璧に理解しているような先読み機動。
まるでエンディミオンの鷹のよう」

思い出すだけで鳥肌が立つ。月のエンディミオンクレーター攻略作戦のこと。
前作戦の余りにも容易い結果に隊の誰もが何処か油断していた。
『ナチュラルではコーディネーターには勝てない』と
それを一瞬で撃ち崩してくれたのがあのMA、あのパイロット。
次々と撃墜される仲間、見た事が無い攻撃に防御と回避で手一杯になる私。そして聞こえたのは『あの』皮肉屋のこんなセリフ。


『不幸な宿縁だな? ムウ・ラ・フラガ!!』


その名前があのエンディミオンの鷹の名前である事を知ったのは、地球連邦が小さな勝利を大きく報じるまでかかった。
でもどうして『あの人』はその名前がポンと出て来たのだろうか?

「!?」

レイ君の顔が驚きに歪んだ。似た雰囲気というか戦い方というか、とにかく共通点を感じたけど親戚か何かだったのだろうか?
戦後はまるで申し合わせたかのように『居なかったこと』にされてしまったが、あの人は私が実物を見て知っている最強のパイロットだ。

『君は良い目をしている。何かを徹底的に憎んでいる負け犬の目だ』

たまたま遭遇した時にいきなりそんな事を言われたのだから、忘れるに忘れられない。
褒められたのか貶されたのか未だに定かではないし、仮面で覆われている表情からは私なんかよりも大きなモノを憎む憎悪の色。

「アレと戦える貴方は間違いなく私が知っている最強のパイロットと同じ資質が在るわ。
 だから自信を持って? すぐに私なんて貴方は追い越せる。いつかはあの人だって……」

自分の口から洩れる言葉が余りにもらしくなくて、思わずブッ!と噴き出す。
そして噴き出すラクスなんてあまりにも想像図と懸け離れたモノを見て、宝塚クンがやる気を失われると……なんてのは余計な心配だった。
既に私に背を向けて歩き去る背中からかかる声。

「次は落とします」

「よろしい!」






「おつかれさま」

「!」

「ラクス様!?」

戦闘を行っていた場所の関係上、私・レイ君・シン+ルナちゃんの順番で帰還する事は明白。
次に現れたのは男女の二人。真っ赤な瞳と黒髪という印象的な少年 シン・アスカと印象的過ぎるアホ毛が眩しい少女 ルナマリア・ホーク。

「オレ、約束を守れませんでした」

「ん?」

週刊誌のトップを飾りそうなラクスの凄まじいスキャンダルショットを前にして、ようやく膠着から覚めたらしく、発せられる言葉。
そこには色濃い屈辱。

「今度こそ……倒して戻るって……」

「うん」

「それに……ショーンやゲイルも……」

途切れてしまったのは失った戦友の名前。下を向いて震わせる肩。
もしかしたら泣いていたりするのだろうか!?どうしよう! 
お姉さんハートがドキドキしっぱなしだ!! もしかしてフラグか!? 
年下が好みだが何か問題でも?

「大丈夫……艦は無事だった」

「でも!」

もし不利な状況下からの奇襲で一気に先遣隊のMSが全滅していたら、ミネルバに襲いかかる敵には最新鋭のセカンドシリーズが三機も加わっていた。
さすがの私も前期を捌き切る自信は無い。

「貴方は帰ってきてくれた。いまはそれで良いの」

「でもぉ……」

限界だった。扇情とは違う胸の高なり。震える手をぎゅっと握って立ち上がり、耳元で告げる。
しっかりとゆっくりと……刻みつけるように。

「私は今を褒めるだけの詰まらないアイドルじゃないの、よく聞いてね?」

覗き込むように必死に涙を零すまいと震える深紅の聖杯をしっかりと見据えて続ける。

「だから『次も』帰ってきなさい。『次も』守りなさい。
 その次も……次の次も……守って、守って、守って……
 でも帰ってこない事は許されない。帰り続けなさい……そして『次こそ』……倒しなさい」

「はい」

淡々としているようで燃えたぎる情熱を孕ませた良い返事。
戦うという事は『何かを続ける』ということ。投げ出してはイケない。
投げ出した結末が私=偽モノのラクス・クラインなのだから。
プラントのアイドル ラクス・クラインに『歌』で負け、プラント救世主 ラクス・クラインに『戦い』で負け……投げ出しっぱなしの人生。
オーブ生まれの赤い瞳のロンリーウルフにはこんな風に成って欲しくない。

「続けるの……苦しくても。投げ出さなければ……」


『私のようには成らない』


そんな言葉を飲み込んだ。胸が痛いほどに詰まった。
きっとこれがミーア・キャンベルの最後の戦いになる……そう思っていた時期が私にもありました。





あとがき?
久し振りスグる……そしてルナの存在を忘れていた……
あとクルーゼ隊長は大好きです。



[7970] 偽ラクス様、誘う
Name: kuboっち◆d5362e30 ID:c0c05dff
Date: 2010/10/30 23:20
「動いてる!?」

そんな声を聞いたのはお迎えの船が到着して、議長と共にプラントへと戻る僅か数分前の事だった。

「ユニウスセブンが!?」

舞台用の際どい衣装からようやく着替えることを許されるが、胸のサイズという壁に拒まれて頭を抱えたりして居た時。
結局は男物のシャツでも着てブラなしで頑張るという、ひどく卑猥な選択をせざるえないか?と考えて居た時。

「ゆっくりとですが、確実に!」

駆けこんできたその人物も的確に事態を把握しているとは言い難い混乱の極み。
だが次の一言はその場に居た誰もが事の重大さを簡単に認識することが出来た。


「……地球に向かって……」


プラントの食糧生産を担う大切な一翼として作られたが、あの悲劇によって巨大な墓標となっている場所。
その大きさたるやたとえ『核』が炸裂して、破損しているとはいえ数字で語るのも難しいほど。

それが堕ちる? 地球に向かって?



「砕くしかない……か。阻止限界点までに到着可能な艦は?」

まるで普通の公務の一つであるとでも言いたげな平坦な声。
私にあんな格好をさせたり、前の仕事が遺伝子学者出会ったりする不思議な人だが、いざという時はプラントの全てを背負う人らしい。

「はっはい! ミネルバとジュール隊の艦のみです。幸いな事にあちらにはメテオブレイカーが搭載されているようで」

冷静な議長の言葉に息を吹き返した説明。プラントへ衝突する危険がある隕石を砕くための機械の存在。
それにより僅かに場の空気が安らいだのが容易く理解できた。だが同時に影を濃くする一種の罪悪感。

『アレ』を砕くのか?と


「そうか……とはいえ、不測の事態が考えられる。人手は多い方が良いだろうね、艦長?」

「わかっています。ミネルバはコースを変更、ユニウスセブン破砕作業の援護を行います」

傍らに控えていたミネルバ艦長 タリア・グラディスは僅かにだが悔しそうな色をに滲ませて、即答する。
ユニウスセブンへ向かうという事はボギーワンの追跡を諦めるという事に他ならないからだ。
追撃戦における敗北の定義を『敵の逃走成功』とするならば、ミネルバの……艦長タリアの初戦は敗北という結果に確定してしまう。

「確かにあの三機を失うのは痛手だが、地球の危機に黙っている訳にも行くまい。すまないね? タリア」

まるでカメラ映りまで考えたような議長の微笑に小さく頷くと敬礼を一つ、タリア艦長は背を向ける。
もちろん議長もその後ろに続く。二人して向かう先はブリッジ。ミネルバとプラントの最高責任者であるお二人だ。
ブリッジにて指揮、もしくはドッシリと座って居なければ成らない。

「議長!」

私は思わず叫ぶ。政治家としてではなく、一研究者のような観察する視線。


「新生ラクス・クラインの初陣は平凡なステージがお好みかしら? それとも……」

小さく歪む議長の唇の端。笑み。想定以上の実験結果を眼前にしている科学者のビジョン。



「それとも堕ち逝く墓標の上で……鎮魂の歌にいたします?」










「地球めつぼー?」

何気なく放たれたヨウランの言葉に、シン・アスカは自分の心臓がイヤな鼓動を刻んだのが分かった。
『ユニウスセブン落下の危機』
『地球滅亡』
そんな単語がどこか夢物語 もしくは他人事のような音をもって響いている。
慌てて声を上げようとして思い止まった。本当に他の連中には他人事なのだ、と。
レイもルナもヨウランもプラント生まれのプラント育ち。地球ってのは余りにも大きなお隣さん家くらいにしか捉えられないのだろう。

「でもまあ不可抗力だし……」

そこから続くヨウランの軽口。痛い沈黙を何とかしたいというムードメイカーたる一心が暴走。

「……そっちの方が色々楽なんじゃないか? オレ達プラントにとっては」

それは言い過ぎだ!と叫ぼうかとの葛藤に撃たれたのは先手。
憎々しいにもほどが在るあの声。正義を語り、自国民を根絶やしにする事に疑問をもたない一族の声。

「よく、そんな事が言えるな! おまえたたちは!!」

ヨウランはその声を聞いて飛びあがり、誰もがどんな上官に聞かれたよりも気まずそうに姿勢を正した。
カガリ・ユラ・アスハ。どうしてかこの船に乗っているオーブの子獅子。

「これがどんな状況で! どんな被害になるのか分かっているのか!?」

「すっすみません」

煮え切れない曖昧な返答を返すしかないヨウランだったが、それが余計にアスハの気に障ったらしい。
もしこれが上官にでも叱責されたなら、キッチリとした返答が出来たのだろうが、同じ艦に乗っているどころか……
『他愛ない軽口に全力で突っかかってくる国の代表』
……なんて誰も想定していないだろう。


「やはりそういう考えなのか!? お前たちザフトは!!」

しかしオレも空気とか読めるほど器用な人間じゃないけど、こいつは次元が違う。自分の周りがそのザフトしか居ないって気がつかないもんかね?
正論だろうがなんだろうが、周りの空気がそうじゃなければ、間違い以外に何物でもない。
冷めて逝く空気と同時にこんな奴が自分の故郷を総べていることが、そしてオレが選んだザフトを貶している事が猛烈に腹立ってきた。

「別にヨウランも本気でいってた訳じゃ……「出撃前の軽口は古今東西、どこの軍でもよくある事ですわ♪」……っ!?」

オレの文句を掻き消すのは美声。
温度差でどうにか成りそうだった室内に吹き込む一陣の風。

「ねぇ、そうでしょ? アスラン」

涼やかであり、どこか熱をもった力強くも綺麗な声。オレが目指す目標の発する音。
同意を得るように何時止めようかと困っていたアスランの肩を抱くように一声。

「えっと……うん、まぁ……その……」

「こらアスラン、お前!!」

一年前にテレビで見た時よりも、明らかに大きくなった気がしてならない胸を押し付けられて、アスランは困ったように同意の声。
その同意の声に怒りのベクトルが間違いなく変換されたのだろうアスハの怒声。

「お! パイロット諸君はそろってるみたいね? ちょうど良いわ」

まるで必要な演技だったとでも言いたそうなサバサバした動きでアスランから離れる。
その人物は長椅子の一角 オレ達の輪の中に自然と座った。初めて見た時のようなアイドル衣装でも、パイロットスーツでも無い。
下には艦長あたりから借りたのだろう飾り気のない藍色のロングスカート。
上には胸が大きく自己主張する恐らく男物の白いワイシャツ。袖は通さずに羽織るザフトレッドの軍服が何故だか猛烈に似合っていた。

「ちょうど良い……というのは?」

誰よりも早く状況を理解しようと動いたレイの問いに、手に持っていた情報端末を叩く手を止めて彼女 ラクス・クラインはこう答えた。


「ユニウスセブン破砕作業支援のパイロットミーティングをします」

「え?」

「もちろん私も含めてね」

「は?」





そこから数分間、難しい会話が行われた訳ではない。
部外者であるアスハたちやメカニックであるヨウランたちも交えての簡単な打ち合わせ。
ユニウスセブンの現在の構造とか、ジュール隊の装備とか、メテオブレイカー使用法再確認などだ。

「さてと……こんなものかな? 何か質問は?」

「はい!」

元気よく手を上げたのはルナマリアだった。口から出たのは誰もがしたくて出来なかった根本的な質問。

「ラクス様も出撃されるんですか!?」

「うん。今回は前とは違った意味で非常事態だからね。
ザフトでもあれだけ大きな構造物をリミット付きで砕くオペレーションは初めてだもの。
不測の事態を考えれば人手は多い方がいいでしょ? それに……」

一旦切って遠いモノを見るような悲しい視線。その場に居た誰もがドキリとさせられる表情。

「もうユニウスセブンで鎮魂歌は歌えないから」

そこで誰もがアレを砕く意味を思い出す。
それは数え切れない犠牲者たちの安息を再び砕くということ。
プラントに住むコーディネーターには馴染みが浅い地球という存在のために、あの巨大な墓標を壊すという戸惑い。
そんな空気を察したのか? ラクスは手元の端末を操作。室内の明かりが弱くなり、壁に掛かるのは映像投影用の白幕。

「これが地球って惑星ね? 太陽系第三惑星の」

映し出されたのは青と緑と茶がコントラストをなす球体 誰がどう見ても地球だ。
だからなんなのだろうか? 誰もが首を傾げる中、ラクスは続ける。

「青い部分は水、しかも塩水。深さもバカみたいにあるから、凄い体積になるわ。
 随分前から人間が無計画に汚染物質を垂れ流しても、なんとかなってしまう懐の広さ。プラントじゃ考えられないわね?
 緑の部分が森林。凄い勢いで伐採してても、地球の酸素は無くならないんだって。不思議~♪
 ヨウラン君? これを見てどう思う?」

「えっと……綺麗……ですかね?」

急に話を振られてヨウランは思わず本音を零す。プラント生まれのプラント育ちだろうと、その雄大さには心に響く何かが在るらしい。

「私もそう思うわ。きっとこんな衛星軌道上からの映像じゃなくて、実物はもっと素敵よ。
 海はもっと青だろうし、森はもっと鬱蒼としているでしょう。砂漠は暑くて、氷河は冷たいはず。
 プラントじゃあ体験できない色んなモノ、色んな綺麗が只今大絶賛ピンチなの」

「「「「……」」」」

「あ~と話しは変わるんだけど、サブカルチャーでさ? 地球の危機に宇宙人が助けに来てくれる話が在るでしょ?」

本当に突然話が変わった。オーブに居た時は結構再放送を見てたな……トクサツだっけ?
ウ・ル・トラマ・ンとかナントカジャーとか?
プラントの常識は良く分からないけど、ヨウランとかが頷いているところをみると、そう言ったモノは伝わっているらしい。
だからなんなのだろうか?

「プラント生まれのプラント育ち。
天井と端っこがある世界しか知らない第二世代コーディネーターがどうして子憎たらしいナチュラルが住むお隣さん家を守るのか?
 もし理由が必要ならこんなのはどうかしら?」

次に口にするのは余りにも夢染みた戯言。でも男の子なら、いや子供時代がある生き物ならばときめかずには居られない。

「私たちは宇宙から来たヒーロー。他の星 故郷じゃなかろうと守らずには居られない。
 だってこんなに綺麗なのよ? 他人様のモノでもぐちゃぐちゃになるのは余りにも忍びないと思わない?」

部屋のどこからともなく小さく上がる同意の声。
続いて作戦発動の時間を告げる通信音。それを聴いてラクスは厳かに立ち上がり、手を差し出した。
誰ともなく差し出された手の意味 『誘う』こと。


「さぁ、ご一緒に地球を救いに行きましょう」


誰ともなく立ち上がると、誰ともなくこう返した。
子供じみた考えだが引きつけられ、軍隊じみた行動でそれを返す。
動きだけではなく、心が合わさったザフト式敬礼。


「「「「「了解!」」」」」の多重和音。









おまたせして、すいません!


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