砲弾外観
(図をクリックすると大きな図が見られます) |
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| 名称 |
三十二拇加砲鋼鉄榴弾(さんじゅうに さんち かほう こうてつ りゅうだん)
(32cmカネー砲鋼鉄榴弾) |
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| 弾種 |
鋼鉄榴弾 |
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| 型式 |
分離装薬式 |
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| 使用砲 |
三十二拇加砲(さんじゅうに さんち かほう)
(32cmカネー砲) |
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| 完成弾重量 |
− |
[kg] |
| 弾薬包全長 |
− |
[mm] |
| 弾丸 |
重量 |
450kg |
[kg] |
| 直径 |
− |
[mm] |
| 全長 |
3口径 |
[mm] |
| 炸薬 |
大粒火薬 5.2 kg |
[kg] |
| 信管 |
不明 |
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| 有効区域 |
正面幅 |
− |
[m] |
| 縦深 |
− |
[m] |
| 薬包(薬莢) |
重量 |
− |
[kg] |
| 直径 |
− |
[mm] |
| 全長 |
− |
[mm] |
| 材質 |
− |
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| 装薬 |
PB1火薬:220 kg |
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| 火管 |
加砲用撃発火管 |
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| 説明 |
日清戦争時の「三景艦」(松島、厳島、橋立)が搭載した「三十二拇加砲鋼鉄榴弾」です。写真は、江田島の教育参考館前庭のもので、戦艦大和の46糎砲弾と並んで飾られています。この38口径32糎砲はご存じのとおり、清国海軍の「定遠」「鎮遠」の30糎砲に対抗するために日本海軍が導入したフランスのカネー(Canet)社製のものです。残念ながら、この砲に関する旧海軍の史料はほとんど残されておりません。因みにカネー砲は、今日の加濃砲、即ち「キャノン」の語源と言われています。この砲は当初は「三十二拇加砲」と呼ばれていましたが、明治42年10月の名称改正で「加式三十二拇砲」となりました。この砲用の砲弾はNo.5の図のとおり「鋼鉄榴弾」と「通常榴弾」の2種類があり、写真は、鋼鉄榴弾のものです。鋼鉄榴弾の緒元は、「砲術教科書 巻之四」(海軍兵学校 明治35年版)のデータで、上表の通りです。通常榴弾の緒元は、同資料で、下記の通りです。
呼称:三十二拇加砲通常榴弾
弾長:3口径
弾量:350 kg
炸薬:大粒火薬 13.2 kg
信管:一号肥後着発信管
装薬:(上に同じ)
火管:(上に同じ)
なお、この32糎砲のデータ及び砲弾の簡単な射表データが次のURLに掲載されています。データの出典根拠等が良く解りませんので、その信頼性は不明ですが、参考まで。
・「THE Russo - Japanese War Reseach Society」
TOPページ:http://www.russojapanesewar.com/
砲データ:http://www.russojapanesewar.com/jpn-gun.html
射表データ:http://www.russojapanesewar.com/rng-pdf/canet-32cm-38-m1887.pdf |
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| 参考文献 |
・「砲術教科書 巻之四」(海軍兵学校 明治35年版)
・「海軍制度沿革」 |
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| 備考 |
図、資料、説明は、防衛大学校教授 堤明夫様より頂きました(感謝)。 |
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| 作成 |
2004/09/09 |
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| 更新 |
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