知識は幾ら増えても重荷にならぬ。知っておいて悪いことはない。とは誰が言ったことか。
なるほど知識は形あるものではないため荷ではなく、歴史的に見ても武ではなく知をもって物事を収め、治めた例は多々ある。
たまに知識によって痛い目を見ることもあるが、それは大抵、何らかの形で間違った知識であったり、半端なものであったりすることが要因である。
知識そのものが悪ではない。得ることが出来るのなら出来うる限りの知識を。万物の真理を。それは万人の願いであろう。
はてさて、とは言っても知識を得るためには様々な労苦や手間がかかるものである。誰しも知っている知識や簡単な知識。
そういったものは得やすくまた記憶として残りやすい。しかし逆に、知識の深層へ踏み込んでゆくと話は変わってくる。
高い専門性故に前提知識や会得する為の能力が必要であったり、珍しい知識故に入手する困難があったり。
さらに折角努力して手に入れてはみたものの、滅多に使う機会が無かったり…この世に存在する知識というものは増えることはあっても減ることは無いが、
それを得たいと思う人間や得るために費やされる時間、といったものは増減するものなのである。
従って汎用性が高く、また簡単な知識は誰もが手に入れ、専門性が高く複雑な知識は数少ない者達の手にのみ残ることとなる。
そして限りなく汎用性の低い知識や難解すぎる知識。古過ぎ、語り継ぐ者もほとんどいなくなった知識。そんな知識はれっきとして存在しながら、
少なくとも多くの人の目からは消えていくこととなるのだ。
さて。ここに嘗てそんな忘れ去られかけた知識達の眠る地があった。そこには数多くの世界に存在する数多くの人々の知識が結集しながらも、
そのあまりの多さ故に放棄された場所。ただ知識のねぐらとなっていた場所。忘れ去られかけようとしていた場所。
そして十年前、ある少年によってその息吹を取り戻した場所。無限の知識が、それらを秘めた書物が在る場所。
世界の歴史が記録された場所。
故にそこはこう呼ばれる。
――Infinity library、と。
「……うそ」
上下左右、果てが見えない棚の列。そこに無数に敷き詰められた本の海。数え切れないほどあるそれは、まさに無限と冠するに相応しい。
それが初めて無限書庫に入った直後の彼女、ティアナ・ランスターが最初に抱いた感想であった。
「凄いでしょ。最初はこうやってみんな入り口で唖然としちゃうんだ。今のティアナみたいに」
その隣で同じように書庫内を見上げながらのフェイトの言葉も今の彼女の耳には入らない。目の前に広がる光景にただただ圧倒されているのが現状であった。
ところどころに灯された照明と展開されている魔法陣が薄暗い書庫内を照らし、無重力の中を司書と思わしき人々が飛び回っている。
様々な色の魔法陣と敷き詰められるように存在する本達が、どこか神秘的な光景を生み出していた。
「書庫、っていうからせいぜい大きめの図書館くらいの大きさだろうなって思ってたんですけど……」
「それもここを初めて見た時、みんな思うこと。なんか話だと空間が歪んでいるらしくてね。一応大きさは有限らしいんだけど、
メビウスの輪みたいに果てがないようになってるんだとかなんとか。
そのうえその大きさ自体も変化してるらしくて、ユーノ……ここの司書長さんの話だと、今でも少しずつだけど拡大していってるみたいだよ。
ちなみに無重力なのは、明確な理由はわからないらしいだけど、恐らくそんな風に空間が歪んでる状態なのが一つと、
あとはもし重力が普通にあったら、本や棚が重みで潰れちゃうからなんじゃないかって」
「な、なるほど……」
今度は何とか頭の中に入ったのか、返事をするティアナ。しかして視線はやはり書庫に固定されたまま、である。
まあこのような光景、そうそう見られるものではないだろうから無理もない。
そんな彼女の姿を見ていたシャマル、そしてはやての二人はくすりと笑った。
「ま、一見さんはこーなってもしゃーないわな。私らも初見の時は似たようなもんやったさかい、気持ちはよーわかるわ。
と言ってもこのままじーっと書庫の様子見てても仕方ないし……シャマル?」
はやては自分の隣で浮かぶ―何せ無重力で上下も半ばわからないだけに、『立つ』という表現は若干不適当である―シャマルに声をかける。
白衣を脱ぎ、今は純然たる六課の制服を着た彼女はこくりと頷くと、入り口脇の受付へと向かった。
「そうですね。
ええと、機動六課からの者ですが、司書長にお会いさせて頂けないかと――あら?」
受付のところにいた司書に声をかける彼女だったが、本を読んでいたその司書はノーリアクション。
長い黒髪に眼鏡をかけたその女性はよっぽど目の前の本に集中しているのか、
シャマルが何度話しかけても手を振ったりして自己主張してみても、うんともすんとも言ってくれなかった。
恐ろしいほどの速度で本をめくり、ぽんぽん次の本へと移っていっているものの、
そのペースがあまりに早過ぎて読み終えるタイミングを見計らおうにもそれがなかなか出来ない。
「あのー、すみませんけど話を…ダメだ。全然反応してくれないよはやて。それに顔知らない人だけど…新人さん、かな?」
「う、う〜ん…どうしよっか、シャマル」
「大丈夫ですはやてちゃん。手はあります」
にやりと笑うとシャマルはクラールヴェントを起動。ペンデュラムをふわりと浮かせるとある術を起動させる。
展開させた術を見た瞬間、その術をよく知るフェイトとはやての口元が少しひくついた。
「まさか……」
「ちょ、ちょっとシャマル」
「必殺! 旅の鏡っ!」
ぐにょんっ!!
「はうっ!?」
「シャマル先生、一体何を……
って、えーっ!?」
叫ぶ女性とティアナ。それもそのはず。女性の胸元からいきなりにょっきりとシャマルの腕が飛び出し、
その手には何やらきらめくものが握られている。それが一体何なのか、フェイトとはやては勿論知っていた。
「って相手に気付かせるためにリンカーコア抜き出すとかやり過ぎやろなんぼなんでも!?」
「でもこれ、確実なんですよ? それに細心の注意を払いましたから、少々暴れられても問題ありません」
「そっちが問題なくてもこっちの心臓に悪いんやー!」
「仕方ありませんね、まあ目的は果たしましたし」となんだか酷いことをさらりと言いつつリンカーコアを戻し、
手を引き抜くシャマル。残る四人、
特に危うくリンカーコアを抜き取られかけた女性はさすがに驚いたか自分の服の胸元に手を当てて無事なことを確認した上で、ふう、と安堵の息をついた。
そしてそこまできてようやく目の前にいる面々に気がつき、彼女は口を開く。
「……も、もしかして何か用事のある方ですか?」
「あ、うん…ちょっとユーノく…いや、司書長さんにお話があるんよ。事前にアポとってあるし、本人にも了承済みやから問題ないと思うんやけど」
「そうだったんですか…すみませんでしたお待たせして! 今日はあんまり人が来ないんで少々暇を持て余しちゃって、つい。
私、一度本を読み出すと止まらない体質で……あはは」
「はあ」
――いや、もしかしてそれは単に、貴女が来客に気付かなかっただけでは?
そう心の中で思ったが、敢えて突っ込まないことにしたはやて達である。よくよく見てみれば、
彼女の周囲に何十冊もの本がふわふわと漂っている。これだけのものを今日だけで読んだということだろうか。
その読書家っぷりに思わずティアナは苦笑する。
「そ、それはまた…となると、ここは貴女にとって天国でしょう」
「それは勿論! 辞書に小説、歴史資料に雑学、超古代文明が生み出した特Aランクのロストロギアに関する情報から果ては最新の週刊雑誌まで!
こんな本達に囲まれて仕事だなんて…ここは私にとってのヴァルハラ、アヴァロン、エリュシオン! ここでなら骨を埋めます喜んで!
いえ寧ろ一冊の本として所蔵される勢いです!!
ああ本の神よ、私にこのような地をお与え下さり感謝します……」
「き、生粋の本の虫やな。私も本は結構好きなんやけど勝負にもならんわ、アレは」
「……また濃い人が入ったんだね。この書庫」
空からきらきら光が降り注ぐような光景を幻視できる勢いで恍惚とした表情を浮かべている女性司書を視線の隅に、
ひそひそ言い合うはやてとフェイト。成程果てしなく司書向きの人である。趣味に走り過ぎてどれだけ仕事をしてくれるか疑問ではあるが。
しばらくそうやってトリップしていた女性ではあったが、目の前の面々のことを思い出し、真面目な顔に戻った。
「そ、そうでした! お仕事お仕事!
ええと、司書長への面会、でしたね。一応確認を行わせて頂きます。今日の司書長へのアポイントメント予定は……」
デバイスを通じてかインターフェイスを開き、データ確認を行い始める司書。シャマルはその様子を確認した後、
はやての方へと振り返った。
「それじゃあはやてちゃん、私はこの辺で」
「うん。了解や」
「それなりに長くなりそうなんで、帰りは各々で自由に、ということでお願いします。
そちらが早く終わっても待たなくて結構ですから。逆にこちらが早めに終わっても先に戻らせて頂きますし」
「おっけー。んじゃ、あちらさんによろしくな」
わかりました、と小さく手を振りはやて達から離れるシャマル。
奥へと姿を消していく彼女の姿を見送りつつ、ティアナは疑問を投げかけた。
「あの、シャマル先生は別行動ですか?」
「シャマルは医療関係の資料を貰いに来たんよ。そっち系統の資料もここには新旧織り交ぜて数多くあるからね。
なんや今日は古代ベルカ式の治療系でなかなかええのが見つかったっていう話らしいわ。それでまあ道すがら一緒に、っちゅうことや」
「そうだったんですか」
確かに捜査関係の件で司書長と話し合う必要のあったフェイトとはやて、
そして「今後利用することがあるだろうから今回という機会に無限書庫に訪れておく」といった目的のある彼女自身とは違い、
どうしてシャマルが同行してきたのかティアナには疑問であったが、それで納得がいくというものだ。
成程、と頷くティアナを横目に、はやてはにやりと笑う。
「それにまあ、あっちでいろいろやりたいこともあるやろしなー♪」
「はやてってば」
シャマルが消えていった方向を見つめながらのはやての台詞に苦笑するフェイト。そうこうしているうちに確認が終わったようで、
ユーノ…司書長は司書長室で在勤中であるとの言葉が返ってきた。恐らく仕事を続けつつも自分達を待ってくれているのだろう。
「司書長室の場所はご存知ですか?」
「うん。わかっとるから心配してくれんでもええよ。ええと」
「コヨミ、と申します」
「それじゃあコヨミさん、ありがとうございました」
「はい、それでは」
最後に礼をして、その場から飛び立つ三人。他の二人と違って飛ぶということに慣れていないティアナは少しおぼつかない様子であったが、
手をひかれているうちに感覚的にもすぐに慣れたようで、あとはふわふわと飛んでいた。
そんな彼女の様子を見ていたフェイトは周囲へと目を向けながら呟く。
「たまーに、飛行訓練代わりにここでふわふわ浮いている人がいるんだよね。ここなら感覚を覚えるのに楽だから。
だからここの司書さん達って飛行魔法を使える人の割合がかなり高いらしいよ。勿論高速機動戦闘とかまでは無理な人が大抵だけど、
普通に空を飛んで移動するくらいならいけるとか」
「なんとなくわかります。それ」
実際、こんな上下もわからなくなる環境で日々仕事をしていれば空間把握なんかも上手くなるだろう、とティアナは思う。
自分も一月くらいここで勤務していれば単純な飛行の一つや二つ、マスターしてしまいそうだ。
「それにしてもさっきの人は凄かったなあ。さっき振り返ったらもう本読み直しとったわ。
話聞く限りつい最近こっちに配属されたばっかりって話やから目新しいもんもあるんやろうけど…あんな調子でお仕事大丈夫なんかな」
「まあここの司書さんってみんな有能だし、きっと大丈夫なんじゃないかな。
と、ついた」
そのフェイトの言葉通り、三人の前に見えたドア。「司書長室」とそこには書かれてある。
はやてはノックをすると、そのまま返事を聞かず一気にドアを開いた。
「やっほー、あなたのフィアンセ・はやてちゃんが来たで――♪」
「はやてってたらまたそんな……それにノックの返事も待たずに入るのは失礼だって」
はやてが一番手と部屋の中に入り、それをたしなめつつも続いてフェイトも入る。それにつられ、ティアナも部屋の中に足を踏み入れた。
入った瞬間感じる体の重み。足に伝わる絨毯の感触は、床が床として機能していることを示している。
「やっぱりこういうところはちゃんと重力があるんだ」などと考えつつ前方に目をやると、そこには一人の女性が立っていた。
「――来客の方、ですか?」
絵・はっかい。様より
入り口近くの本棚を整理していた手を止め、こちらへと向いてくる女性。
黒を基調としたエプロンドレスに身を包み、長い銀髪をたびかせている。瞳の色のせいか目が若干虚ろなようにも見えたが、
よく見ればそこにはっきりとした意思の輝きがあることが見て取れた。
しかしてティアナは、この目の前の相手に対し妙に引っかかるものを覚えていた。確かに彼女は同姓のティアナからしても目を惹くほどの美女である。
だが前に立っている上司達もかなりに美人であるとティアナは思っているし、自身が気になっているのは見た目の美醜ではないような気がした。
引っかかっているのはなんだろうか――そう思っているティアナを尻目にはやては女性へと向かってぴょこっと手を挙げる。
「や。直接会うのは久し振りやね、ヴィブラさん」
「八神特別捜査官…いえ、今は機動六課部隊長でしたか。ええ、お久し振りです。
ハラオウン執務官もお元気そうで何よりです。
そちらの方は?」
「ああ、機動六課の一員で、なのはの方の分隊配属になってる――」
「ティアナ・ランスター二等陸士です! その、初めまして!」
フェイトに紹介され、慌ててぺこりと頭を下げるティアナ。それに応じ、ヴィブラ、と呼ばれた女性も静かに一礼した。
「ランスター様ですね。かしこまりました。私は無限書庫司書長秘書、ヴィブラ・I・フィニートです。以後お見知りおきを。
それで八神様。本日の御用は、昨日アポイントをとられた件でしょうか」
「うん。ユーノくんおるかな?」
「司書長でしたら奥の部屋で執務の最中です。こちらへお呼びいたしますので少々お待ち下さい」
軽く会釈し、女性は奥の部屋へと歩いていく。この部屋に来客用のソファなどが見られるところからして、
ここは来客を迎えるための部屋で、奥の部屋が司書長専用の執務室といった作りなのだろう。そんなところにも本棚があるというのは、
いかにもこの無限書庫の司書長がいる部屋らしいと言えるかもしれない。
ぱたりとドアが閉じられ、ヴィブラの姿が見えなくなる。そこまで来たとき、ティアナはようやく自分の引っかかっているものの正体に気付いた。
『あ……そうだ、リイン曹長に似てるんだ』
ヴィブラの姿を思い出しながらティアナは思う。
彼女のそれぞれのパーツがはやてのデバイスであり、ティアナにとっての上司でもあるリインフォース曹長によく似通っていた。
外見年齢や纏う雰囲気が違いすぎるせいで同一人物とは思わないが、仮に彼女をシャマル辺りと同じような年齢にしたとすればあんな姿になるだろう。
そんなことを考えていると、はやてが彼女の方へ振り向いてくる。
「ティアナ、ヴィブラさんのこと、リインに似てるー、とか思ってるんやろ?」
「あ、いえ」
「隠さなくてもいいよ。私達も最初に会った時、そう思ったから」
「はあ」
若干気の抜けた返事をしつつも「やはりそうだったか」と内心思うティアナ。実際それだけ似ているのだ。彼女達とてそう思うのは当然だろう。
だがはやてはそんなティアナの返事をうけ、少し伏し目がちに俯いた。
「……まあ、私らとティアナの考えてることはちと違うかもしれへんけどね」
そんな声が、小さいながらティアナの耳に届く。
「? それは一体――」
「ごめんごめん、待たせちゃって」
かけようとした声。その途中で奥の部屋から現れるユーノ。いや、ここではスクライア司書長と呼ぶべきだろうか。
先日の見合いの時とは違い、淡いグレーの色をした薄手のジャケットにジーパンという割とラフな格好で現れた彼は、
さっきの女性を後ろに従え、はやて達の下へと歩いてきた。
「遠路はるばる本局までご苦労様。そして無限書庫へようこそ皆さん」
「ん、来させてもらったよー♪」
「こっちこそ急に来ちゃってごめんね、ユーノ」
「いいよ。新しいことがわかったら早急に伝えるっていうのが元からの取り決めだから……おっと」
そこでユーノは二人の後ろにいたティアナに気付いた。彼と目があったティアナは慌てて彼に敬礼する。
「ど、どうもスクライア司書長! ティアナ・ランスター二等陸士であります!」
「確かなのはの分隊にいる子だよね。うん、憶えてる。アグスタの時も含めて、これで会うのは三回目かな?」
「はい、憶えて頂いて光栄です!」
生真面目な彼女の性格らしく、ぴしり、と敬礼の姿勢を崩さないティアナにフェイトとはやては僅かに苦笑。
ユーノは「困ったなあ」といった感じで頭をぽりぽりとかいた。
「ええと…そんなにかしこまらなくてもいいよ。ここは一般的な指揮系統とは全く別のところにある部署だし、
そもそも僕自身そんなに偉いわけでもないから」
「で、ですけど」
「実際そうだって。なのは達と比べたらそんな大したこと出来ているわけじゃないんだから」
ユーノの謙遜にぴくりとヴィブラの眉が動いた。彼女はユーノの一歩前に出ると彼の方へと振り返り、目を細める。
「――司書長。自身を過剰に持ち上げる事は非難されるべき事ではあると思いますが、過剰な謙遜もまた同じであると私は愚考します。
まして貴方はここの最高責任者です。その地位を卑下なさることは、貴方の部下である司書達、
ひいてはこの無限書庫そのものに対する卑下ともとられかねません。どうかそのような発言は慎んで下さい」
「……はい」
淡々と、しかし明確な意思をもって述べられたヴィブラの言葉に、がっくりとうなだれるユーノ。
あのお見合いの一件といい今回といい、どうやら彼は女性に対して弱いらしい。ティアナはそう認識する。
「あはは……ヴィブラさん、はっきり言うなあ」
「でもこのくらい言われるのが丁度いいかも。なのはといいユーノといい、自分を過小評価し過ぎるところがあるから」
はやてとフェイトがそう評する。成程、
確かになのはも同じようにエースオブエースと言われる自分の能力や功績、そして名声に関して卑下しているところがある。
当初はただ謙遜しているだけかと思っていたが、接していくうちにどうやら本気でそう思っているということがティアナにもわかった。
フェイト達の証言もあるのだが、何せ当人の目がマジなのだ。まだきちんと知り合って数ヶ月の付き合いであるが、それくらいはわかる。
まあ、そんな性格だからこそたゆまぬ努力を続け、エースオブエースと呼ばれるほどになったのかもしれないが。
『そういえば管理外世界出身で魔法のことを全然知らなかったなのはさんに魔法を教えたのはスクライア先生だ、
って話だっけ……。師弟でそういうところも似たのかな』
あの見合いの件の後、フェイトやヴォルケンリッター達から教えられたことを思い出すティアナ。ちなみにその話の直後、
対抗意識を燃やしたはやてが「ちなみにユーノくんはシュベルトクロイツを作る時とかリインが生まれる時とか、他にもいろいろと私のことを助けてくれたんやでー」
などとのたまい、落ち着きかけてきた場(というかなのは)が危うく再び混乱するところだったのは余談である。
先程のヴィブラの発言で幾分かダメージを受けた様子のユーノは溜息を一つつくと、気を取り直す。
「え、ええと…今日は昨日通信してきた件で、だよね?」
「うん。アレの件で新しいことがわかった、って言うてたやろ? それで話を聞かせてもらいにきたんよ。
話が話だけに直接聞きたくなってな。ちょうど本局でちょっとした手続きもあったし、この際やから―って思って」
「了解。でも……」
そう言ってユーノはちらりとティアナへ視線を向ける。彼が何を言おうとしているか理解し、
その前に自分で説明しようとした彼女だったが、それよりも一足先にフェイトが口を開いた。
「ああ、ティアナはそういうのじゃなくて、後学のために来てもらったんだ。ティアナは執務官志望だから、
今後その勉強とか執務官になった後の職務で必要になってくるだろうから、六課に居る内に無限書庫のことも知ってもらっておこうと思って。
私達が間に立てる分、こうやって顔合わせるのも楽だろうからね。
だからこの後ティアナには書庫内をいろいろと回ってもらおうと思ってるんだけど……いいかな?」
「ああ、成程。そういうことなら」
「了解いたしました、司書長」
得心した顔のユーノは傍らのヴィブラへと目を向ける。ヴィブラも彼の意図を察したか、ユーノの視線に小さく頷いた。
「それではランスター様。これより私が書庫内部の案内と説明をさせて頂きます」
「い、いえ、そんなわざわざ案内して頂かなくても自分一人で!」
「そちらにとってもご迷惑でしょうし」とティアナ。しかし彼女のそんな言葉に、ヴィブラは小さく首を横に振った。
「そういうわけにはございません。
この書庫内部は広大ですし、未だ探索を行う必要のある未整理エリアも多々存在しています。
さらにここの空間的特性上、自身の現在位置や向いている方角が非常に判り辛く、また場所によっては魔力の干渉によって位置把握が困難な場所もあるため、
時にはここに勤める司書達ですら迷うこともある程です。
幸いここには探索能力に長けた者が多く勤務していますので現在まで書庫内で完全にロストした者は居ませんが、
もしランスター様が行方不明になった場合、探索チームを出さなくてはならなくなりますので……」
オブラートに包んだ言い方をしてくれているが、わかりやすく言えば、
要するに「もしも行方不明になられると面倒だから、そうなるより先に案内させて欲しい」というわけである。
成程、確かに無重力に加え空間が歪んでおり方向が掴み辛い書庫内だ。
不慣れな人間が下手にうろつくと彼女の言うとおり迷い込んでしまう可能性は高い。
もしここに来る前に同じ話を聞けば「書庫の中で迷うなんて」と一笑に附しただろうが、実物の書庫を見た今のティアナには、
「迷う」という彼女の発言は非常に現実味のあることに思える。下手にうろつき回ればそうなってしまうだろう。
何より自分が迷うことでここに勤めている人間に迷惑をかけるわけにいかない。ティアナはそう思い、ヴィブラに頷いた。
「そう、ですね……じゃああの、よろしくお願いします。ヴィブラさん」
「それじゃあヴィブラ、お願い。一応基本的なことと、あとは機密事項類にかからない限り、彼女の質問に対しては出来るだけ答えてあげて」
「了解しました。それではランスター様、本日はよろしくお願い致します」
ユーノの言葉を受け、ティアナの方へと向くと、改めて深々とお辞儀をするヴィブラ。様になったその礼を受け、ティアナも慌てて頭を下げた。
頭をあげると、ヴィブラはそれが彼女にとっての普段の表情なのだろう、無表情の口元にほんの少しだけ笑みを浮かべた顔で言った。
「それではこれより無限書庫内部をご案内いたします。
――そしてようこそランスター様。無限の叡智、その眠る場所へ」
こうへんへ
あとがき
第二話・『無限書庫の主』その前編をお送りいたします。
今回のお話のメインはタイトル通り無限書庫。自分なりに無限書庫について書いてるお話です。あ、うん、ぶっちゃけ書きたかったんだ。
ここでの書庫の体系とか書きつつお話としてやってみようかな、と。というわけで今回はラブ分ちょっと薄めです。
オリキャラも…ヴィブラさん以外は半ば通り名プラスアルファ程度ですが結構出る予定。嫌味にならない程度にしますんで、どうか。
追記:あ、はい。ここ読んでくださってる方なら結構な割合で知っていらっしゃる某所で上げられた某絵ですが、
フェレットで突っ込むって案を某絵師さんに出したの自分です。まさかあんなエロく仕上げてくださるとは思わなかった。すまなかった。
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