「ん〜、今日は楽しかったぁ〜」

見合い会場のすぐ近くにある高台へとやってきた車から降り、はやては大きく背伸びをする。日は既に半ば以上落ち、空には星が煌めき始めていた。
ちなみに何故見合い会場の辺りにまで戻ってきたかというと、ユーノ曰く、 「外には見合いといっている以上一応にしろ体裁はとっておく必要があるから、最後には戻ってくるってことになってるんだ」ということらしい。
ともあれ、車の後部座席に積み上げられるようにして存在している買い物袋の山を見れば、はやての言葉が真か否かについては一目瞭然だったろうが。

「楽しめた?」

「うん。最近オープンしたっていう話題の店にも行けたし、欲しかった服とか小物とかも一通り手に入ったし。言うことなかったわ。
ユーノくんにも色々買ってもらったし♪」

「あー、うん。遠慮なく買ってくれたよね君って人は」

後部座席へと目をやるユーノ。そこを占領しているはやてが買ったものの半分は彼のポケットマネーから出ていたりするのだから、 彼が奢らされた額も推して知るべし、である。とは言っても、女性に「好きなものを買っていいよ」と言った彼も悪かったのかもしれない。

「まあまあええやん今日のホスト役やねんからそのくらい。今度なんかの形でお返しするから。
……まあ強いて不平を言うんやったらあれやな。途中寄った店でユーノくんが大量のサプリメントやら何やら買い込んだときやな。 慌てて私が配送ってことにしといたけど、危うくこんな洒落た車の後部座席にサプリと消耗品詰め込んだダンボールってシュールな光景が展開されるところやったわ」

「あはは、いつもの癖でつい。普段買い物に行く時は発掘の時なんかにも使ってるもっと地味な車で行くから。……まああれは確かに問題だったか」

言いながら車のボンネットを軽く撫でる。彼曰く昔はそちらの車一台だったのだが、 以前クロノとちょっとしたことで出かけた時にそのことで思いっきり突っ込まれ、また学会などに顔を出す機会が増え、 体面的にそのようなことを気にする必要も出てきたためにこの車を買ったらしい。

「どっちかって言うと年頃の男の主食があんなもんやっていう方が問題やと思うねんけどね。個人的には」

そう言ってはやては溜息。聞けば一応料理は出来るものの、作っている時間を勿体無いと思ってしまうようで、思わずそういった物に頼ってしまうらしい。 書庫にいる時はそこの面々が作ってくれたり、また付き合いで外食をすることが多いためそれほど殺風景な食事ばかりではないとのことらしいが。

「むしろ今の若い時だからこういう無茶が出来るって言うべきかも知れないけどね。自分でも自炊しないとって思うんだけど、 仕事してる時はついついそういったものに手が伸びて」

「はやてちゃんとしては三度のご飯の時くらい生きてることを実感出来るよう美味しい食事を心がけるべきやと思うんやけどね。 私かて忙しいけど、食事の時間だけはちゃんと取るようにしとるし。
なんやったらアレや。なのはちゃんに愛妻弁当でも作ってもろたら? 今は六課があるから無理やろけど、その後なら」

冗談交じりのはやての言葉に、ユーノは微笑む。

「それは、さすがになのはに迷惑をかけるよ。何より愛妻弁当なんて彼女に失礼だ」

「いやいや意外と喜んで引き受けて……ユーノくん?」

その声色と口調に何かを感じ、はやてはユーノの方へと視線を向ける。
――ユーノは、笑ってはいなかった。
いや、確かに微笑んでいる。しかしその目はあくまで真剣で、冗談や嘘の入る余地はない。 ならば先程の言葉は、紛れもないユーノの本心。
けれど、とはやては思う。十年前のユーノであれば、もっと違った回答をしただろう、と。
十年前の彼は、傍目で見ていてもわかるほどなのはに対しはっきりとした好意を抱いていた。 あの頃の彼に同じ質問をしたとすれば、例え似たような回答をしたとしても、口調や仕草から本当はそれを望んでいることがわかったはずだ。 けれど今は違う。ただ大人になって本心を隠すのが上手くなったというだけではない。そうではないのだと、 同じく大人になっていたはやては何となく理解していた。
崖の方へと歩いていくユーノをはやては追いかける。今の言葉の真意を彼女は聞きたかった。
ある程度歩いたところで二人は足を止める。

「どうしたのはやて。なんだか必死な顔で追いかけてきて」

「ちょっと…聞きたいことがあるんや」

「聞きたいこと? ああ、言っておくけど、ここが高台だからって柵を越えて飛び降りなんてするつもりないよ。 ただちょっと星を見たくなっただけで。 今のところ死ぬ気はさらさら無いし、なんだかんだで今の生活には満足――」

「違う!」

ユーノの言葉は、はやての叫びによって消された。彼が驚いてはやての方を見ると、 彼女は真剣な面持ちで、ユーノの目を見つめていた。

「はやて……?」

「聞きたいことがあるんや」

そこまで告げてから、一度深呼吸。少し視線を空に向けてみると、上空では風があるのだろう、先程よりも心なしか雲が増えてきていた。
息を整え、静かに。いつか聞こうかなと軽く思っていたことを、けれど今は真剣に、彼女は問う。

「ユーノくんは……
なのはちゃんのこと、どう思ってるん?」





『ええと、目標高台にて停止。会話内容は当たり障りない今日の感想みたいです。マイクの位置関係上、あんまりよく聞こえませんけど。 カメラも今のお二人の位置だと完全にはカバーできていないので、 出来たら近づきたいんですが…この高台には隠れる場所がほとんど無いので接近は無理そうです』

「うう、ティアナの幻術なら何とかなりそうだけど、それをすると魔力反応からバレそうだし。他に手は」

「もういいじゃねーかなのは。こっちに来る途中でのユーノの言い草だと、後は見合い会場に戻って終わりだろ?  やってたことだって結局街中回って買い物して食事して、あとは今夕日を見てるくれーじゃねえか。
ティアナ達だって疲れてるんだし、ここらであたしらも六課に戻ろうぜ」

あれこれ悩むなのはを尻目にヴィータは疲れた顔で言う。正直彼女としては早く帰って温かいご飯を食べたいのだ。先程の夕食の時、 見るからに高そうなフルコースを食べる二人の様子を見ながらコンビニのおにぎりをぱくつく羽目になった際には、 そのあまりの虚しさに危うく涙しそうになったくらいである。いい加減限界だった。

「でもここでよからぬ行動に出られたら困るし」

「良からぬ、ってなあ……わかったわかった。だからそんないじけんなよ」

体育座りで『の』の字を書き始めるなのはを見て溜息。 毒食わば皿まで、こうなったら最後まで付き合ってやろうと思った時、双眼鏡の奥に映る二人の表情が変わった。

「なんだ?」

司令室の面々に尋ねてみるが、何を喋っていたかは解析してもはっきりとはわからなかったらしく、いい返事はかえって来ない。 距離もそんなに離れていないし、街中と違って大して騒音があるわけではない。普段の機器でなら正確に解読できたのだろうが。

「使ってるのが地球の端末だからな……いつもほど上手くいかないのは当たり前か」

こんなことなら解析機器も地球で購入しておくべきだったと少し後悔していると、レンズの向こう側にいる二人は崖の方へと歩いていく。

「! 夕闇の中、崖に向かって歩いていく二人……もしかして告白タイムとか!?
危ないよヴィータちゃん! ここは緊急措置を」

「取り敢えず落ち着けなのは」

隣で騒ぐ彼女を宥めつつ、双眼鏡で二人を追うヴィータ。途中ふと視線を逸らすと、暗闇の中何か蠢くものが一瞬見えた気がした。

「なんだ?」

もう一度そこを見てみるも、おかしなところは何も無い。勘違いだったのだろうかとはやて達へ視線を戻すと二人は崖の前で足を止めていた。
真剣な二人の雰囲気。夕闇に覆われた、その場の空気。

「おいおい、マジで……?」

「だから言ったでしょ!? 即時武力による介入をして全ての恋愛行動を停止させるのー!」

なのはの言葉には構わず、二人の一挙一動へと全神経を向けるヴィータ。
その脳裏には、先程の違和感のことなど忘れ去られていた。





「なのはの、こと?」

ユーノの問いに、何も言わぬままはやては頷く。
無言の答えが続きを促していることを知り、彼は静かに答えた。

「大切な人……かな」

夜の、涼やかな風が二人の頬を過ぎる。

「せやったら、あんなこと言わへんでもええやん。 ユーノくん相手やったらそんなこと言われたところでなのはちゃん怒らへんやろうし、きっと――」

「違うよ。そういう意味じゃない」

ユーノは頭を振る。なおもはやては何か続けようとしたが、それもユーノによって止められた。

「はやて。なのはが大怪我した時のこと、憶えてる?」

「忘れるわけないやろあんなこと。なのはちゃん、危うく命まで落とすとこやったんやから」

それは、彼や彼女達がまだ幼かった時のこと。スバル達にも話した、なのはの負った傷。
彼女達にはそう細かくは話さなかったが、彼女の体に刻まれたそれはあまりに大きく、 正直今のように前線復帰し、何も無かったかのように振舞えていられるのは奇跡と言っていいだろう。
その傷はなのは自身だけで無く他の面々にも及び、とりわけフェイトとヴィータの心に負ったそれは深く、 正直はやての目からすれば今も癒え切っていないと言えた。

「あの時ね。なのはが大怪我をしたって聞いて、慌てて病院に駆けつけて。 包帯だらけの体で集中治療室に入れられた彼女を見て、思ったんだ。
――ああ、これは僕の責任なんだ、って」

「え?」

はやては彼の顔を向く。
成程、あの事件の時、自分を責めた者は多かった。その時一緒に現場にいたヴィータは言うまでもないし、 フェイトもなのはの体に負担が溜まっている事を気づけなかったことを悔いた。はやて自身も彼女達ほどではないにしろ、 なのはに注意を向け切れなかったことに若干感じたものはあった。
けれどあの頃、ユーノは書庫の再編が本格的に始動したばかりで忙しく、 なのはは勿論仲間内のほとんどの面々と会う機会が少なかったはずである。 そんな彼が当時も会う機会の多いフェイト達でもわからなかったなのはの不調に気づけるはずもない。
現にあの時の彼は特に気落ちしたとか憔悴したとかいった様子は見られず、なのはの看護のみならず他の面々にも気をかけ、 特に苦悩の色が濃かったフェイトやヴィータを力強く励ましていた。はやても気落ちしていた時、 彼に励まされたことがあったのを憶えている。
そんな彼が?

「十年前のあの日。僕はジュエルシードを追って、なのはと出会った。現地民を、それも魔法と接したことのない世界の人間を、 非常事態だからといって協力させてしまった。
――そう、僕がこの世界に、なのはを巻き込んだんだ」

「そ、そうとは限らへんやろ!?」

はやては叫ぶ。確かにユーノのいうことも真実で、彼がいなかったらなのははレイジングハートを駆ってジュエルシードを回収はしなかっただろう。
だがしかし、それで魔法に巻き込んだと言い切るのは早計である。
何故なら彼の存在に関係なく、なのはに魔法の才があったことは確かなのだ。 高い素質を持つ者としてジュエルシードに狙われた可能性はあるし、また同様の理由でヴォルケンリッターの蒐集による被害者として名を連ねていたかもしれない。 よしんばそれらを回避できたとしても、闇の書事件が最悪の結末を迎えた場合、海鳴市の消滅と共に命を落としていた可能性だってある。 だから、彼の存在のみが高町なのはという人間を魔法世界に関連させる切っ掛けになったとは言えまい。
ユーノもそれは理解しているのか、はやての主張に頷いた。

「わかってるよ。これが僕の思い上がりだってことくらいね。
それにもしそうなっていればフェイトは今のようにはいられなかっただろうし、 はやてはグレアムさんの手で永久封印されるか発動した闇の書に食われていただろう。 他にもなのはのお陰で助かった人や彼女に影響を受けた人、そんな多くの人達もどうなっていたかわからない。
けれど、思うんだ」

そこまで言って、ユーノはぎゅっと拳を握り締める。

「もしも、あの時一人でちゃんとジュエルシードを回収できてたとしたら。いや、 出来なくともすぐ管理局に助けを求めてたら。リンディさん辺りなら危険性を考えて早めに動いてくれた可能性はある。
他にもフェイトが同じように来るなら、上手く立ち回れば回収されたジュエルシードを彼女から掠め取ることも不可能じゃないだろうし、 仮に同じように誰かに助けを求める羽目になったとしても、誰か他の人――そう、例えばはやて、君だったとしたら、 話は違ってきただろう」

「………」

確かに、なのはと同等以上の才覚を秘めた彼女である。もしユーノが倒れていた場所が違えば、その日の彼女の行動が違えば、 なのはの代わりに出会っていた可能性はある。
もしそうなれば性格上、はやてもなのはのように彼を手伝っただろう。足は動かなくとも空を飛べばさほど問題ないだろうし、 ユーノのサポートだってある。そうして魔法の研鑽を積めば、闇の書が最初に発動する日についても本来より早くなる公算は高い。 そしてヴォルケンリッターの力も加われば、例えフェイトが敵として立ち塞がろうと恐らく……。

「せやけど、それは『もしも』の話や。夢と同じ、有り得へん事柄でしかない。
なのはちゃんはユーノくんと出会って魔法を知った。その世界に入る切っ掛けになった。それは事実や。
せやけどそれ以上やない。こっちに関わり続けることを選んだんはなのはちゃん自身の選択やし、 ましてあの怪我のことまでユーノくんが責任を感じる必要やなんて――」

「それは、君も同じだろ?」

「え?」

突然自分のことを挙げられ、はやては戸惑う。

「君は闇の書の最後の主として、その咎の全てを背負うって決めた。けれど十年前のあの件はまだしも、 それ以前の事件の罪についてまでは背負う必要なんてないはずだ。だって君はその頃生まれてすらいないんだから」

「それは、あの子らの主として当然の」

「そう。そう思っているからこそ君はあの事件での全ての責を被り、今も償いを続けている。 僕も同じだ。彼女に『始まり』を与えてしまった者として。あの罪は僕の背負わなきゃいけない咎なんだ。
――少なくとも、僕自身がそう思う限り」

「…………」

はやては何も言えなかった。彼の決意は、自分のそれにあまりに似ていたから。 その想いは、自分の内にも確かに存在するものだったから。
沈黙するはやてを前に、彼の独白は続く。

「初めは、彼女を守れるくらい強くなろうと思った。全ての災禍から彼女を守り抜けるくらい強くなってやろうって。
けれど無理だった。努力したけど。どうしようもないくらい遠くて。才能を言い訳にはしたくなかったけど、 それでも、君達とは壁があるんだっていうことを知った。
だから決めたんだ。守るんじゃなく、彼女を、なのはを、『護ろう』って。例え傍に居られなくても、 彼女を護れるようにって」

「……せやから、大切な人?」

「うん」

静かに、頷く。

「好きな人とかそういうのじゃなくて、ただ大切なんだ。
負い目があるかあ何とかする、じゃなくて、ただ心から護りたいって、そう思えるんだ。
だから。恋愛とか、そういうのじゃないんだよ、はやて」

「そっか」

目を閉じて、はやては彼の言葉を心の中で反芻した。
――きっとそれは、はやての心の中にもあること。
あの雪の日、消えゆくリインフォースに誓った想い。最初は義務感や彼女を喪った悲しみからそれを守っていたのかもしれない。 けれど今は、そんなことなど関係なく、『護りたい』。そう思える。
あの誓いをもう一度思い出しながら、一言。

「うん、そやな」

空を見上げる。日も沈んだ今は、満天の星が空を包んでいた。

「……とまあ、これが表向きの理由」

「へ?」

突然のユーノの言葉に、思わずはやてはすっとんきょうな声をあげる。彼を見ると、 照れた顔でぽりぽりと頬をかいていた。

「ちょ、表向きの理由って?」

「いや、確かにこれも理由なんだけど、もう一個理由があってさ。こんな理屈っぽいのじゃない、 もっとわかりやすい理由が」

「そ、それって一体」

体を乗り出して尋ねてくるはやてに、ユーノは肩を竦め、一言。

「――振られてるんだよね、僕。なのはに」

「えぇぇぇぇぇ!?
ちょ、ちょっと待って! いつ!? 一体いつの間にそんな展開に!?
てかなのはちゃんもそんなこと全然言ってなかったで!?」

予想外にも過ぎる回答にはやてはユーノに詰め寄り、彼の両肩を掴んでぶんぶんと揺する。 それにくらくらしながらも彼は答えた。

「八年前。あの事故のちょっと前、人事部の方から働き過ぎだって言われて無理矢理休みを取らされたんだ。
それで久々にって街に出てみたら、たまたま同じように街に出て買い物してたなのはに出くわして、一緒に色々回って。
その日の終わりに……」



『なのはっ!』

『どうしたのユーノくん、そんな赤い顔して』

『その、僕は、僕は……』

『?』

『僕は――君が好きだっ!』

『うん、私もユーノくんが大好きだよ』

『なのは……!』

『だって大切な友達だもん! フェイトちゃんも大好きな友達だけど、 ユーノくんには魔法と出会う切っ掛けをくれたし、色々と感謝して――』

『……え?』



「――とまあ、こんな感じで」

『それはない、その答えはないでなのはちゃん……!』

頭を抱え、その場にうずくまるはやて。以前から恋愛方面に関して鈍感で朴念仁なところがあったが、 幾ら子供の時とはいえ、そろそろ色恋を知る年にそれは無いだろう。なのはのことだ、 その時の一連のユーノの台詞が自分に対する愛の告白であると気づいてすらいなかったに違いない。
ユーノを見る。さっきは消えそうな感じが見受けられた彼の背中は、さっきとはまた違った意味で煤けて見えた。

「実はその前にも何度か告白しててね…答えは決まってこんな感じだったんだ。だからその時は出来るだけムードを高めて空気を盛り上げて、 シチュエーションとかも頑張ってみたんだけど…結果はこれさ。
それで悟ったんだよ。「なのはにとって僕は一生友達カテゴリーのままなんだろうなあ」って」

「な、なるほど……」

確かに、そう何度も同じ回答をされれば悲観してしまうのも無理はない。自分だってきっと挫ける。

「それで色々悩んでる間にあの事故があってね。その対応でなのはを看護したり、みんなのフォローしてる内にさっき言ったスタンスを決めたんだ。
それでまあ、今に至るというか」

つまり恋愛感情は完結し昇華してしまったというところだろう。 なるほど、ある意味でさっきの発言よりもよほど納得できる。

「それはまた、難儀やったな」

「あー、うん。好きになった相手が悪かったということにしたよ。あの時ばかりは。
これで納得できた? 『失礼だ』って言葉の理由」

「……悲しいけど、さっきよりもさらに」

先程の想いを返せといいたいが、果てしなく納得してしまっているのでそれ以外言い返す言葉が無い。

「つまりあれか。昔はともかく、今は友達、と」

「友達ってカテゴリーにくくるには特別な存在になりすぎたけれどね。でもまあそんなところ」

「そっか。つまり今はフリーと?」

その問いに彼は頭をかく。

「悲しくもね……と言っても今は色々と忙しいし仕事や友人関係で充実してるから、当分の間色恋沙汰は無理そうだよ。
と、そろそろ戻ろっか」

言われ、はやても自分の時計を見る。確かにそろそろ戻った方が良さそうだった。 時間もそうだが、夜風が寒く感じられ始めている。風邪をひく前に車の中にでも戻るべきだろう。

「今から戻ればリンディさん達との約束の時間にちょうどくらいだろうからね…と」

台詞の途中でユーノははやてを見ると、やおらスーツのジャケットを脱ぎ、はやての両肩にかける。 驚いたはやてはユーノを見たが、彼はなんでもないように答えた。

「まだこの時期夜は少しばかり冷えるからね。これで少しはましでしょ?」

「……ああ、うん」

両手でスーツの肩口をぎゅっと掴み、顔を少し、その中にうずめる。スーツには彼の体温がまだ残っていて、ほのかに暖かかった。




hayate
絵・はっかい。様より




そのままとぼとぼと、無言のまま歩いていく二人。けれど車まであともう少しというところで、ユーノは何かを思い出したように立ち止まった。

「そうだ。リンディさんからあっちに戻る前に聞いておけ、って言われてたんだけど」

「へ? なにを?」

「あ、いや、その…一応聞くだけ、なんだけど」

「へぇ〜、聞くだけ、ねえ。なんやなんや? はやてちゃんがちゃんと答えたろやないか」

「……わかったよ」

少し照れた顔のユーノに少し悪戯っ気を覚え、からかい口調のはやて。ユーノは口元に軽く握った手をあて、コホンと小さく咳をする。
そうして少し気を落ち着かせると、不思議そうに自身を見つめるはやてを前に、若干緊張した面持ちで、彼は告げた。

「ええと、それじゃあ言わせてもらうね。
僕と―――」





「まずいな…車からさらに離れていく。これでは声も拾えんし、映像の解像度も下がってしまうぞ」

「おまけにもう夜だから暗くてはっきりと見えないわね……」

崖の方へと歩いていく二人の映像を見ながらシグナムとシャマル。先程の雰囲気からして何やら真剣な話をしそうだったのだが、 これでは内容がわからないどころか二人の姿自体見えなくなってしまいかねない。近づこうにも隠れる場所はほとんどなし。 いくら辺りが暗くなってきているといっても、この状況で近づけばさすがにわかってしまう。 一度試しにはフリードにカメラを背負わせて行かせてみたりもしたが、視界が低い上に動くフリードの上にあるため常にブレてしまい、 結局あまり役には立たなかった。

「あ、二人が止まった」

「ギリギリセーフでしたね。これ以上奥に行かれると、お二人の表情もわからなくなるところでした」

「それでもギリギリなんで、解析には苦労しそうですが……」とコンソールを叩きながらシャーリー。一方皆は画面に注目する…が、 表情はまだしも、二人が何を言っているのかまではさっぱりわからなかった。

「ダメです。これじゃいったい何を話してるのか全然わからないですよ。なんだか真剣な話をしてるように見えますけど」

リインもお手上げだ、と肩を落とす。
しかしその時、ある一名がぽつりと呟いた。

「ふむふむ。『ここ…高台だからって………飛び降りなんて……つもりない…星を見たくなった……』ってとこか?」

『『「「――!?」」』』

現地の面々も、司令室の面々も、その言葉を発した主へと視線が集中する。

『ヴァイスさん!? どうしてわかるんですか!?』

「ああ……いやまあ、口の動きは見えてるから何とか。昔とった杵柄ってやつでな。そこまで達者ってわけじゃないが、一応使えるんだよ、読唇術」

ティアナの質問に、腕を組んで画面をじっと見ながらヴァイスは答える。その言葉にいち早く、そして力強く反応したのは他ならぬなのはだった。

『ヴァイス陸曹っ!』

「は、はいっ!?」

『高町なのは一等空尉が命じます! 二人の会話を読唇術で徹底的に解析しなさい!』

無駄に力強いその命令に、両手と首をぶんぶん振ってヴァイスは言う。

「いや無茶っすよ! 今のは結構はっきり口開けてたからある程度わかりましたけど、 ただでさえカメラ越しの上に距離はギリギリ夜になりかけで暗い、 その上ギリギリまでズーム倍率やってるせいで画像が荒くて口の動きがあんまりよくわからないんですって!
だいたいただでさえ自分はそんな得意ってわけじゃ」

『いいからやるの! 為せば成るの――!!』

叫ぶなのは。フェイトは「ごめんね」と両手を合わせ、シグナムも「仕方ないだろう」と目配せをしてくる。 「やるしかないか」と諦観の面持ちで、ヴァイスは画面へと目を向けた。

「ええと…『聞きたいことがある…』」

司令室にいる面々の表情がぴくりと動く。司令室の面々は画面に、現場の皆はそれぞれが持った双眼鏡へと集中したとき、その言葉は紡がれた。

「『ユーノくんは……はやてちゃんのこと、どう思ってるん?』」

びびくうっ!

ヴァイスの言葉が司令室に響いたその瞬間、皆の視線が変わった。
フェイトは呆けた顔で画面を見つめ、シグナムはかっと目を見開く。リインは「びっくりですー!」とぴょこぴょこ宙空を舞い、 シャマルは「あらあら」と楽しそうな顔をして、シャーリーに至っては怪しげに眼鏡をきらりと光らせている。 アルトやルキノも楽しそうな中、グリフィス一人が疲れた顔をしているところが彼らしい。
司令室の面子だけでこうだ。なのはの変化などヴァイスとしては考えたくもない。
命じられた仕事に集中するという名義大分の元、現実逃避した彼は続ける。 

「『はやての、こと?』」

ごくり、と誰かが息をのんだ。
そして。

「『大切な人……かな』」

―――ぷつん

何かが切れた音がした。
最初の一瞬、皆それが何なのかわからなかった。しかし確かに、あの現場にいたフォワードメンバー、そして司令室にいた面々には何かが切れる音が聞こえた。

『レイジングハート、リミッター強制解除ッ! エクシードのフルパワーで殴りこみにいくから!』

『待てコラそれすると洒落になんねーしどう考えてもはやてにバレるだろうが!』

『そんなことはどうでもいいの! この状況に終止符を撃つの! 一撃叩き込むの!』

『今何か『打つ』って言葉の発音おかしくなかったか!? いや絶対おかしかっただろ!』

『いいから離してヴィータちゃん――!』

通信機の向こうから聞こえてくる二人の声とどたばたという音。それだけであちらで何が起こっているかは容易に検討がつく。
そんな感じでヒートしていくなのはとは裏腹に、他の面々は段々冷静になってきていた。 人間、誰かが熱くなり過ぎると往々にしてこのようなことがあるものである。

「『そう、僕がこの想いに、はやてを巻き込んだ』……? いや、 これだと文法がおかしいか。というか雲のせいか余計に暗くなってきて口元がよく見えないな」

「だよ、ね? 真剣そうな雰囲気なのに自分のことを『はやてちゃん』っていうのはおかしいと思うんだけど」

「ああ。なのは、ヴァイス自身が言ったとおり、訳した内容は話半分で聞いておいた方が」

『半分だけでも十分過ぎるよ! 雰囲気だってなんだかいい感じだし!』

慌てふためくなのはの声。しかしシグナムの目から見れば確かに二人の表情は真剣ではあるものの、 話の内容は恋愛的なものとは少し違うように見える。少なくとも愛を囁きあっているようには思えなかった。
フェイトはシャーリーに頼み、互いの姿が映るようにしてもらう。映像が映し出されると、 彼女はその先にいるなのはへと優しく話しかけた。

「なのは落ち着いて? 私はなのはのこと、応援するから。ね?」

『だったらフェイトちゃんだけでも同意を』

「い、いやそうじゃなくて、私としてはなのはに自分の気持ちに気付いて欲しいかなあって」

『私は自分の気持ちに素直に動いてるよ!』

「そうじゃないの! なのはに気付いて欲しい気持ちって言うのはそういうのじゃなくてー!」

怒るなのはに頭を抱えるフェイト。さらにシグナム達や画面先のヴィータ達まで巻き込み、 場はなのはへの説得合戦となっていた。
飛び交う会話に時々叫び。さらにヴィータがなのはを羽交い絞めにして止める場面まで。 必然的に皆の注意は彼女らの騒動へと映り、 一方で内容のほとんどわからないユーノとはやての会話に対する注意は払われなくなっていく。
故に、ただ一人じっと二人の姿を見続けていたヴァイスの独り言にも、皆の注意が払われることはなかった。

「『僕と結婚を前提に付き合ってくれませんか』?
……まさかなあ?」





――時を止めたかのように、はやては動きを止めていた。さっきまで少し肌寒く感じていた夜風も、 それから暖かく包み込んでくれた彼のジャケットの感触も。今では感じられず、遠いもののように思われた。
呆けた表情のまま、彼女は呟く。

「けっこん……」

「あ、いやほら、定例文句だから! 一応お見合いだし、聞いておけって言われただけで!」

「う、うん」

頷いて、そのまま地面を見た。はやてはそこで改めて、今日が一体何の日だったかを思い出す。

『せやった…今日はお見合いなんやった』

視線だけを上げ、ユーノを見る。彼も先程の台詞は恥ずかしかったのか、若干顔が赤くなっている。 けれどどんどん熱くなっていく自身の顔が、彼よりももっと赤くなっているのだろうとはやては感じていた。

『そういえば……ユーノくんと二人でこんなに話したこと、なかったな』

それは彼と会話自体をしたことが少ない、という意味ではない。リイン誕生の際ユーノには色々と世話になったし、 今回の機動六課関係を含む仕事の際には資料要求の依頼やそれに絡んだ話をしたり、 また仕事抜きでも読書家であるはやては本についての話をやったりもした。
けれどその時、大抵二人の間には誰かが居た。リインの時にはマリー、仕事の時には彼のところの司書や八神家の誰か、 さらに本の時は同じ読書好きなすずか。プライベートの会話でも隣には誰かが居て、 二人きりになることなどなかったのだ。
けれど今日、成り行きでとはいえ一日二人きりになって、街を回って、食事をした。 その中でこれまで知らなかった彼の嗜好や癖、そして想いを知った。それははやてにとって好ましいもので。

「いや、別に断ってくれていいんだよ? 実質今日のはお見合いになってなかったし、 何度も言うようだけど一応言っただけの話だから……」

彼女の沈黙を断りたくとも断り辛いからだろうと判断したのか、慌てた顔でユーノはいう。
そんな彼がなんだか可愛くて、はやてはくすりと笑った。

「あー、うん。そやな。決めた」

「へ?」

まっすぐユーノの正面を向き、深呼吸を一つ。先程彼がやったようにコホンと小さく咳をして、はやては口を開いて――

「――――ぁ」

ドガァァァァンッ!!

次の瞬間。
二人は答えを言う暇も聞く暇もなく、突如起こった巨大な爆発に飲み込まれるのだった。









ちゅうへんへ
かんけつへんへ





















あとがき
そんなこんなの後編。愉快な小ネタとかシリアス風味とか満載の回です。
それから、この話でユーノからなのはに対する心境、それの自分なりの答えが書けたなと。 たまに言われているとおり、2期までだったらわかりやすく好意を出していた彼が3期ではなんだか出番ってせいだけじゃない好意の薄さを感じたんですよね。
しかしまあ、『責任感』だけだと「なら責任とって自分が幸せにしてやれよ」というごもっともな発想が出てくるので、こんな形に。 ……実際有り得そうな気がするんですよ無自覚に振っちゃってるとか振られたと思い込んでるとか。
まあ実際は3期に伴っての変更でしょうが。2期ラストってアレ漫画版一話と同じ時間軸のはず なのにユーノの「なのはちゃんとはどう?」って質問への回答変わってますし。
それはともあれ。
はてさてはやての返事の直前に起こった大爆発。これは一体何なのか。そしてこの見合いの結末は?
次回、「はやてのお見合い 完結編」にてお会いしましょう。


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