――ありていに言って現在、八神はやては混乱していた。
正直、今回の見合いにあたり、その相手に関しては色々な可能性を考えていた。
こういうお見合いでありそうな、管理局のお偉いさんの息子等が出てくる可能性。今後が有望そうな局員の誰かが出てくる可能性。
管理局とは全く関係の無い、純粋にリンディやレティの縁故や知り合いからの可能性。
外見や性格についても、自分の好みそうなそれだったり、逆に「一発でアウトやろうなあ」と思えるような可能性などなど…。
だがしかし。
『これは予想してなかったわ……』
まさか見合いの相手の席に十年来の友人が座る事になるとは、流石のはやても予想の範疇外だった。斜め上だった。
思わず隣のレティを見てみれば、反対側にいるリンディと同じくにこにこ笑っている。
彼女達にとって自分の反応は予想の内だったらしい。まあこれで驚かなければ何で驚く、くらいのものであるから当然かもしれないが。
次いで何となくゆっくりと、視線を彼の方へと移す。この闇の書事件以来十年来である友人は、いつもと同じちょっと頼りなさげな、
けれど優しい笑みを浮かべており、その表情だけでは心中までは読み取ることができなかった。
『これはなに? 新型のギャグ? それともドッキリ? まさかほんまに……
いやいやいや! ユーノくんにはなのはちゃんがおるんやないん!?』
「ほらほら、お相手の方にご挨拶は?」
「え? あ、いや、えーと…」
思わず何を今更、といいかけたが、ここがお見合いの席であったことを思い出し、口を閉じる。
さりとて自己紹介などそれこそ今更……と思って黙り込んでいると、彼が口を開いた。
「ええと…何だったら自分から自己紹介をしましょうか」
「そうね。彼女の方は少し戸惑っているし、そうしてもらえる?」
リンディが頷くのを見てから彼は席を立ち、はやてに向かってゆっくりと一礼した。
「――こんにちは、ユーノ・スクライアといいます。
仕事は管理局の無限書庫というところで不肖の身ながら司書長を勤めさせて頂いています。
その傍ら…いえ、どちらかと言えばこちらの方が本業ですね。考古学者をやってます。
生まれは…スクライアは放浪の一族なので故郷っていうのはないんですが、生まれた場所はミッドの南部。年は19歳。
趣味は読書と遺跡探索。最近は友人に薦められて紅茶に凝っています…と、こんなところでしょうか。
本日はよろしくお願いいたします。八神はやてさん」
そう言い終えると再び一礼し、座りなおす。その姿に促され、はやても慌てて一礼した。
「ほら、はやてさん」
「あ……
え、ええと八神はやて言います! 仕事は管理局の特別捜査官で、今は期間限定やけど部隊の隊長やらせて貰ってます!
年齢は…その、19歳で、出身は地球…いえ、第97管理外世界の海鳴ちゅうところです。
ああでも今はクラナガンに籍を置かせてもらってて…ってそんなん言う必要はない…かなひょっとして。
とと、趣味ですけど、主に読書と家事と…ああもう上手く言われへん!」
レティに促され自己紹介を始めたはやてであったが、上手く言い切れず紹介も途中で途切れてしまう。
相手がユーノだったことがそこまで予想外だったのか、
はたまたその彼がきっちりとした自己紹介をしたことに少し見惚れてしまったか。理由はどうあれ普段の調子が出ない。
ユーノはそんな彼女ににっこりと微笑むと、その目を見据えていった。
「そんなに焦って自己紹介することもありませんよ八神さん。見合いは始まったばかりですし、
これからお互い相手のことを知っていけばいいんですから。
今は取り敢えず、料理を楽しみながら親交を深めていく、ということで」
「は、はい……」
気恥ずかしさやら何やらで顔を真っ赤になるはやての前に置かれていく料理。
何とか気を落ち着かせた彼女が伏せていた顔を上げると、ユーノがワインの入ったグラスを持っていた。
「あ……」
リンディ達にも視線で促され、気がついたはやては自身のグラスを持つ。
「それじゃ。
今日という日の出会いに、乾杯」
「か、乾杯…」
カチャンと鳴らされるグラス。不安と緊張、予定外のことへの焦り。
その一方で相手が知人であったことに対する驚愕、そして何かもやもやした感情。
それらがごちゃまぜに混乱したまま、八神はやての見合いは始まる。
――しかし、彼女は知らない。
彼女のすぐ近くで彼女以上に混乱し、そして彼女よりもえらいことになっていた女性がいることを。
「…………」
『え、ええと、なのはさん?』
通信越しに聞こえてくるティアナの声には全く答えずなのははただじっと双眼鏡を見つめる。
ちなみにこれは二台目。一台目は勢いのまま再起不能に追い込んでしまったため、
エリオの使っていたものを借りている。
ちなみに後に彼はその時のことをこう語っている。
『別に命令されたとか、まして脅迫されたってわけじゃないんです。でも、
あの時は思わず渡してしまったと言うか、渡さざるを得なかったと言うか…。
とにかくあんなに凄みのあるなのはさんを見たのは初めてでした』
「な、なのはさん、ティアナさんが呼んでいらっしゃいますけど…」
「ごめんねキャロ。私今どうしても手が離せないんだ。代わりに応対してくれるかな」
「は、はい…」
今の彼女にそう言われては頷かざるを得ない。
一方なのはは双眼鏡からは全く手を離さぬまま無言でキャロから通信機を借りると、それを繋げた。
「ねえ、フェイトちゃん……」
『!? いきなり通信かけてくるなんて、どうしたのなのは!? しかもキャロの通信機だよそれ!?』
「ユーノくん、笑ってるね」
双眼鏡の向こうの彼は笑顔で何か話している。リンディやレティも微笑んでいて、
なんだかとても楽しそうだ。
『あ、ああ、そうみたいだね。私達に回ってきてるのは望遠カメラからの映像だけど…』
「はやてちゃん、なんだか顔が赤いね」
双眼鏡の向こうの彼女は顔を赤くして何か喋っている。
それを見るレティ達の表情は子供の参観に来ている親のそれのように微笑ましい。
『ちょ、ちょっと待てなのは! 前後の様子からして主はやての心境はお前の思っているものとは恐らく違うと思うぞ!?』
「でもシグナムさん。あの二人、乾杯なんてしてますよ…?」
『あれはきっと儀礼的なものよなのはちゃん!? 一応お見合いなんだし!』
二人が赤い飲み物―多分ワイン辺りだろう―の入ったグラスを合わせる。
ユーノは食事もそこそこにはやてへ向かって笑顔で話しかけ、
一方のはやてはグラスを両手で持ち、ちびちびと飲んでいる。最初はそんな感じで喋っていなかったはやてであったが、
やがてユーノやリンディ達に促されたか、何やら話しだしている。表情の変化を鑑みると、
段々と彼女の気持ちもほぐれてきたようだ。
そして何時の間にか、四人ともが笑顔で放すようになっている。その姿はそう、まさにシャマルの言うとおり、
上手くいっているお見合いのようで――。
「お見合い…そうですよね、これってお見合いなんですよね。はやてちゃんと…ユーノくんの」
『あああしまった逆効果!?』
『何をやっているシャマル!』
通信の向こうで何やら騒いでいる声がするが、なのはは全く気にしない。
そう、全く気にすることなく通信機を離し、空けたその手にレイジングハートを
「ってお前何をしようとしてやがるなのはぁ!?」
「離してヴィータちゃん! っていうかいつの間にここに!? スバル達の方はどうしたの!」
「今はおめえの方がよっぽど危険だろうが! ティアナが何度やっても繋がらねえって言うからからおかしいと思ってたら、
通信代わったキャロが話してくれたんだよ! 「なのはさんの様子がおかしい」って!
そんでちょっとお前の方に視線変えてみたらえらい顔になってきてるわ双眼鏡ギシギシ言わせてるわ挙句にレイジングハートを握りだすわ…。
とにかくやばそうだからあそこはティアナに任せてこっちに来たんだ。
それよりお前今なにやらかそうとしてた!」
「ヴィータちゃんが来てくれたら話は早いの。即座にあのお見合いの殲滅を」
「殲滅ってなんだ殲滅って!? お前見合いどころかあの会場自体吹っ飛ばすつもりだろ!」
「見合い会場が無くなったらお見合いも無くなるよ! だから間違ってない!」
「やり過ぎだっつーの!」
「大は小を兼ねるっていうじゃない!」
「それよりむしろ過ぎたるは及ばざるが如しって言葉を思い出せぇぇ!!」
飛び交う二人の叫び。エリオとキャロは普段の姿からは有り得ない師の姿にぽかんとするばかりである。
エリオは思う。「ああ、スバルさんがここにいなくてよかった」と。成程、なのはを尊敬している彼女にとって、
今のなのはの姿は幻滅ですら生温い。
「大体あの二人が見合いしようとお前には関係ないだろうが!」
「関係あるよ! 二人とも私の大事な幼馴染なんだから!」
「だからその幼馴染同士が見合いしようが結婚しようが別にいいだろうが!? 
あたしらみたいにどっちかと家族ってわけでもねえんだから!」
「そうかもしれないけどなんだかむかつくのー!!」
じたばた暴れだすなのは。最早その姿は駄々っ子以外の何物でもない。
自分の上司の姿に「どうすりゃいいんだよ…」と呆れていたヴィータであったが、そこにシャーリーからの通信が入った。
『! リンディ提督とレティおば…提督が出てきます!』
『シャマルさん、まさかあれは』
『ええ、お見合いの定番、「後は若い人達に任せて……」タイムです!
ってどうして私にここの解説を委ねるんですかグリフィスくん!?』
『あ、いえ、なんとなく』
『む、主が動いた! スクライアに何やら誘いをかけ、二人で部屋から出て行く!」
びくうっ!
先ほどまで駄々をこねていた姿はどこへやら。まるで別人ともいえるスピードでなのはは双眼鏡を手に二人へと意識を注目させる。
その反応速度と変貌っぷりはいっそ教本に載せたいくらいだった。
さもありなん、エリオとキャロが何か奇怪なものを見るような目でなのはのことを見ているではないか。
『まあ実際、こいつの今の行動は奇怪って以外何でもないからな』
「何やってるのヴィータちゃん! 二人の動向を監視するの!」
「はいはい」
ともあれ、自分としてもこの見合いのことが気になるのは事実。
『……一体、どうなるんだろうな』
さっきまでとは違う感情で、しかし同じ事柄を思いつつ。
彼女達はせっせと偵察を再開するのであった。
さて一方。偵察…いや、監視されている側はというと。
「わわわ! ……もう、いきなり何をなさるんですか八神さん。痛いですよ」
見合い会場の敷地にある庭まできたところでようやく引っ張られていた手を離されたユーノは、自身の肩を少し触りながら尋ねる。
彼の前に立っていたはやてはそこまできてようやくくるりと彼の方へ振り返った。
「で? どーいうことか教えてもらおやないか」
「え、ええと。何のことでしょうか八神さん」
「ええいそういう白々しい口調とかやめい! だいたい何が「八神さん〜」や! なんかもう聞いてて鳥肌立ったわ! 
しかもそんな素材からして良さそーなスーツまで着て! いつものダサそうな服はどこいったんよ!」
言いながらスーツの袖を引っ張るはやてにユーノは「伸びる伸びる! 袖が伸びるから!」と手を放させ、乱れた袖や襟を正した。
確かに今彼が着ているのは薄緑色の、良さそうな仕立てをしたスーツである。彼女が無限書庫でやプライベートの時見慣れていたラフな―仲間内の数名で曰く、
「ダサい」格好ではない。
「ダサそうで悪かったね。そりゃ確かに服についてはアルフとかからもよく突っ込まれるけどさ。
それにこれ、アグスタの時に着ていたやつと一緒なんだから、はやてだって見たはずだよ。
そもそも今日はお見合いなんだから、それなりに身なりを整えるのは当然でしょ?」
成程、確かに考えてみれば、仕事柄仲間内の中で最も管理局外のお偉いさん方と会う機会の多いだろう彼である。
管理局から一応支給されているだろう制服以外にもスーツの一着や二着、持っていても当然だろう。
彼の答えに「う」と言葉を詰まらせたはやてであったが、その言葉からすぐに一番に問うべきことを思い出した。
「そや見合い! これっていったいどういうことなん? リンディ提督らが仕掛けた悪質なドッキリとか? 
それとも六課で驚いてたんは実は演技で、仕掛けたのはシグナム達で今もどっかから様子を覗いてるとか? 手を込んだ一発ギャグとか?
それとも、それとも……」
「それとも?」
「その、実は本気で私と見合い…ってなに言わせるんやー!」
「いたいいたい! わかったちゃんと話すからとりあえず落ち着いて!」
顔を赤くしてぽかぽか相手の胸をたたく。ユーノはそんなはやての拳を受け止めながらそう言った。
振り上げた拳を止められ、やや不満げな顔をしながら彼女は尋ねる。
「それで? この『お見合い』の真意っちゅうんは?』
「ええと…簡単に言えば、僕達に対する慰安休暇、ってことらしいよ」
「慰安休暇?」
「そう。はやて、最近休んでないんでしょ? 機動六課の仕事が忙しいからって」
「そらまあ……いろいろと立て込んでることあるし」
何しろ彼女にとって初めて本格的な形での管理職である。確かにこれまでも夜天の王としてヴォウケンリッターと共に戦ってきたし、、
特別捜査官として有事の際は武装局員を指揮してきたりもした。
しかし、今回は一年という長期に渡る隊長格としての職務である。以前やった研修の時とは訳が違うのだ。
事務手続きやそれに関する書類・決済もあれば、上との折衝も多々ある。ある程度は覚悟していたものの、
正直予想の忙しさ以上だった。特に機動六課の場合、表は実験部隊であるものの裏は異なる任務を負っているため、
その困難も多い。さらにはゴリ押しで実現させた部隊のため局内にも批判の声が少なくなく、
それらを回避するためにも色々と立ち回らなければならず――。
「正直トップで仕事してるユーノくんやクロノくんらにホンマ尊敬の念が湧いてきたからなあ……。
特にユーノくんなんか開店休業状態やった無限書庫を一から建て直して今は司書長やってるやろ? 脱帽もんや」
「あれは最初の頃クロノくらいしか依頼が来ないでその分整理作業に打ち込めたし、
有能な司書がついたりしてくれたからね。僕だけの力ってわけじゃないよ。
それはともかく……リンディさん達曰く、「最低限の休みもとらないのはやり過ぎ」だってさ」
「むう……」
昔は休日すらもトレーニングや仕事に当て、『仕事人間』とユーノから揶揄されたクロノでさえも、エイミィとの結婚以後は適度な休みを取り、
休暇には家族とのコミュニケーションをとるように心がけている。しかしその一方、
独り者であるユーノや家族が同じ職場にいる状態である現在のはやては、嘗てのクロノやそれ以上に休暇が少なくなっていた。
自分でも気がついていなかったが、言われてみればその通り。最近の勤務状態を鑑みれば、リンディ達が心配するのもある種当然といえる。
「僕も最近、考古学者としての仕事が増えてきて色々とね。それでも今のところは大丈夫だとは思うんだけど、
リンディさん達はそうは思ってないらしくて。それで今日のことを考えたらしいんだ」
「せやからって、見合いって形にせんでも、普通に休暇をとるよう促すとか……」
「僕もそうだけど、はやてはそう言われたからって「はいそうですか」って素直に休みをとろうと思う?」
「そ、それは……確かに」
成程、ただ言われただけなら結局はやては休むことにはならないだろう。仕事は山ほどある。その中で部隊長の認印が必要なものがあれば、
その仕事は彼女が休んでいる間終わりはしないのだから。
「だから今回のことを考えたんだって。上司からの話ってことになれば断り辛いのはわかるから部下達にも一応の示しはつくし、
何より僕達自身が一番休みを取ってくれそうだから、だってさ」
「まあ一応納得できるけど…なんで私には言ってくれてへんねやレティ提督らは。あの顔合わせた時の落ち着きようからしてユーノくんには言ったんやろ?」
そう言い、少しむすっとした顔になるはやて。しかしユーノは落ち着いた口調で彼女の問いに静かに答えた。
「僕だって割と直前に伝えられたんだけどね……一応理由としては、妙な気苦労をさせないために、だってさ。
あと、『こういうことのエスコートは男性がするもの』とも言ってたよ」
「……むしろそっちの方がドキドキしたわ。見合い相手いうていきなり出てきたんはユーノくんやし」
「? はやて、なんか言った?」
「い、いいや!? なんでも!?」
慌てて両手をぶんぶん手を振り、誤魔化す。
「そ、それよりユーノくん、これからの予定ってどうなってるん!? なんやもう食事は終わってもうたし、
リンディさんらは退散してもうたし」
「ええと…取り敢えず自由時間、ってことになってるよ。今日は一日オフってことになってるから、日帰りでならどこに行っても大丈夫。
リンディさん達も休暇にしてるはずだから今頃自分達で休暇を楽しんでると思うけど…ひょっとしたらこっちを覗いてる可能性も」
「……有り得そうで困るわ」
はやては嘆息。実際機動六課の面々が覗いていたりするのだが、先程の『見合い相手』ショックが余りに大きかったため、
彼女の頭からは既にそういった発想は抜け落ちている。
「自由時間」ということでしばし何やら考えていたはやてであったが、やがて小さく頷くとユーノに向かって振り返った。
「なあユーノくん、さっき見合いの席につく時結構ギリギリまでかかってたみたいやけど、
ここに来るのはやっぱり転移魔法使ったんか?」
「さすがに休暇中の私的な行動にそこまでの許可はそうそう降りないよ。ミッドには転移ポートで着いたけど、
そこからは車で。学会関係や買い物の時クラナガンに結構行くから、足になる車を置いてあって――」
「よし、それや!」
「それ、って?」
「このまんまここでじーっとしとってもなんも面白ないやろ? せやったら街に出かけた方がずっと面白いやん!
ユーノくんほとんど飲んでなかったからそろそろお酒も抜けてる頃合やろうし、今日は平日やからクラナガンでもあんまり人はおらへんはずや。
何するにしろ色々出来ると思うで?」
言われ、ユーノはしばしきょとんと彼女を見つめる。
「それはまあ…確かに」
「それに」
ユーノの言葉を途中で遮り、はやては彼の口元に人差し指を当てた。
「リンディさんらに言われたんやろ?『エスコートは男性がするもの』って。
そしたら今日はきっちり、私のことエスコートしてくれな困るよ?」
「……成程。それもそうか」
ユーノは頷き、自身の口元に当てられた彼女の腕を取る。そして手のひらを上に向けて掲げると、彼女の手をそこに乗せた。
「それじゃあ……
エスコートさせて下さいませんか、お嬢さん」
「――はい。謹んでお受けいたします」
お互い顔を見合わせ、笑いあう。
そう。
「それでは今日は」
「ええ、一日よろしく」
今日という日は、まだ始まったばかりなのだから――。
 
絵・はっかい。様より
『こ、こちらライトニング4! 対象、喫茶店に入りました!』
『OK! ライトニング4はライトニング3と共にそこで客を装いつつ待機! 監視カメラを向けて! 
こっちは店の外から様子を伺うから!』
『スターズ4、ユーノ先生の車の外側に超小型監視カメラの設置完了…さすがに中までは無理でしたけど……』
『盗聴器を仕掛けるなら中の方が良かったけど…しょうがないね。
ならスターズ3、スターズ4は同じく店の中に! ライトニングとは違う場所から監視カメラを向けて! 
正確な場所については追って指示するから!
いい? 二人とも勘がいいからくれぐれも注意すること! 特にユーノくんは魔力察知の能力も高いから連絡も全部通信機を通じて、
一切魔法は使わずに!』
『りょ、了解…』
『なんかスパイ任務って感じで楽しいねティア。ほらほら、つけひげー』
『ええい遊ぶなバカスバル!』
「……見事な指揮だな、なのはの奴。あいつ指導は兎も角このような指揮系統はほとんど経験ないはずじゃないのか?」
「そのはずなんですけど…というか、指揮の一つ一つに気合、いえ、殺気がこもっているような気が」
司令室で、シグナムとフェイトは呆然としたままなのはが指揮していく様子を見ていた。
口を挟もうにも矢継ぎ早に飛ばされる指示と行動、そして何より鬼気迫った様子が彼女達に有無を言わさない空気を作り出している。
「な、なあなのは、何もそこまでしなくとも…スクライアの車に色々仕掛けるのはさすがに拙いのではないか?」
『必要な措置です! シャーリー! カメラからの映像補正をリアルタイムで! 集音機からの雑音排除も急いで!』
「は、はい!」
なのはに言われ、慌てて手元のコンソールを弄るシャーリー。普段ならこういうことにノリノリになる方の彼女であるが、
今回はなのはの勢いに押され、言われるがままになっていた。
『くう、良さそうな雰囲気……こうなればやっぱり妨害プランMを』
『待てなのは! お前つい数時間前「いくらなんでも妨害って言うのはやっぱり」とか言ってなかったか!? 普通にその台詞と矛盾してないか!?
しかも妨害プランMって、それ最悪のケースを想定したヤツだぞ!?』
通信越しに聞こえてくるなのはとヴィータの声。二人の声の必死っぷりに、フェイト達はこめかみからたらりと汗を流す。
「ええと、確かプランMって」
グリフィスがシャマルへと視線を向ける。そう、本日の見合いを監視するに当たり、もしもはやてに何かあった場合に備えてと、
ヴォルケンリッターの面々を中心に何やら色々作戦プランを立てていたようだった。
見合いが始まる少し前自分達にも概要は説明されたのだが、その記憶によれば……。
「え、ええ。相手が碌でもない男で、かつその相手にはやてちゃんが襲われたり、
何らかの危険に見舞われたケースへの対策に考えたものです。ちなみにMとは『抹殺』のM!」
「ま、待ってなのは! ユーノは別に知らない相手でもなければまして悪い人じゃないよ!? しかもただ喫茶店で談笑してるだけでプランMなんて」
『甘いよユーノくんも男なんだよ獣なんだよ狼なんだよ!? もしかしたら劣情に駆られるままはやてちゃんを襲う危険性だって』
「「「ユーノが……?」」」
言われ、六課の面々はその様子を想像する。
『うう…酷いわユーノくん。こんな、いきなりホテルに連れ込んで私の身体弄んで』
『ふふ。良かったよはやて。心は幾ら拒んでも身体は素直なんだから』
『ああ、されたくないって思ってるはずやのに、身体が勝手に……』
「――有り得んな」
「有り得ませんね」
「なのはさん、リインもさすがにそれは無理があると思うです」
脳裏に浮かんだあまりに有り得ない映像にフェイト達旧知の間柄のみならず、ヴァイスやグリフィスといったユーノとあまり面識のない面々も首を横に振る。
さもありなん、通信機の奥のティアナ達からも「うんうん」と頷く声が聞こえてくるではないか。
『そ、そんなことは無いよ! えっと、えっと…
ほら! ユーノくんは昔私達がお風呂はいってる時、覗きをやってたんだから! だから』
「なのは…それ、もしかして海鳴温泉でなのは達と一緒にお風呂に入った時のことだよね? アリサ達から聞いたことがあるけど。
私の記憶が確かなら、ユーノってその頃回復のために変身魔法でずっとフェレットの姿でいたはずじゃあ」
「ああ、それなら私もはやてちゃんと聞いたことがあります。でもあれって十年前の話じゃありませんでしたっけ。しかも聞くところによると、
ユーノくんは最初なのはちゃんのお兄さん達と一緒に男湯に入るって主張したけどなのはちゃん達に連れられてったってことらしいですけど」
『…………。
で、でも一緒に入ったことには違いないよ! そんなえっちな人は』
『だったら、僕っていったいどうなるんでしょうか……
10年前ってことは、その頃のあの人って僕より年下ですよね? しかもフェレット姿で入ったっていうのにえっちな人だなんて。
僕なんて、キャロどころかスバルさんやなのはさん達全員と、しかもそんな動物の姿とかしてないのに一緒にお風呂……』
『エリオくん!? エリオくん落ち着いて! そんな死相を漂わせたような顔しないで!』
『いいんだよキャロ。そうさ、僕はえっちな男なんだ。いや、話を聞く限りだとそれを超えたもっとえっちな男、エロ夫・モンデヤルなのさ……」
『エリオくーん!?』
消え入りそうな声のエリオと叫ぶキャロ。今回の件とは関係の無いドラマがそこで展開されていた。
エリオ・モンディアル。今回の件で要らぬトラウマを背負ってしまったようである。
「と、取り敢えずこの件に関してはこれ以上突っ込むのはやめにしよう? なのは。
エリオ、大丈夫だから。落ち着いて? 誰もそんなこと思ってないから。ね?」
『う、うん。今のは私が悪かったと思うよ…ごめん」
誰もがフェイトの意見に同意する中、シャマルがぽつりと呟く。
「大体なのはちゃん。はやてちゃんとユーノくん、お互いの性格を考えた場合、むしろ逆になりそうな気がするんだけど」
『「「「逆……?」」」』
その言葉に、全員がさっき考えたものとは逆のシチュエーションを想像する。そう、それは即ち――。
『うう、酷いよはやて……こんな、いきなり』
『ぷはーっ。いやー、良かったわユーノくん。ほれほれ、幾ら心は拒んでいようとも身体は素直』
『そんなっ!? されたくないって思ってるはずなのに、身体が、身体が…
アーッ!!』
「――ああ、ピッタリだな」
「ユーノ先生のことあんま知らない俺でもそう思うっすよ」
「というか、二人ともはまり役過ぎて怖いです」
『…………』
ベッドの上でシーツを抱きしめながらしくしく泣くユーノと一戦終えて煙草(小道具)を吸うはやて、という映像があまりに簡単かつはっきりと脳に浮かぶ六課の面々。
なるほど、先程の映像よりよほど有り得そうである。通信機からのなのはも今は無言。どうやらこのことについてはこちらとも意見が一致してしまったらしい。
『だ、だったらユーノくんの安全のためにも妨害プランを実行するの!』
「いや、そうは言われてもな」
いまいち煮え切らないシグナムの言い方に痺れを切らしたか、恐らく床か壁でも叩いたのだろう、ドン!という音を鳴らし、なのはが叫ぶ。
『みんな! あの時の気概はどこにいったの!?
ヴィータちゃんだって! 「こんな見合いなんざ絶対に阻止してやる」って息巻いてたじゃない!』
『と言われてもなあ……相手がユーノってんなら大丈夫だろ。どーせもうこれ、見合いになっちゃいねーよ。
さっきだってユーノの奴、赤い顔してはやてに女物の服屋の中に引き摺られていったじゃねーか。主導権完璧にはやてだぞ』
予想外に冷静なヴィータの台詞に逡巡している様子のなのは。困った彼女は司令室にいる面々へと声をかけた。
『そ、そうなのかもしれないけど…
そうだ! シグナムさんは止めた方がいいと思いますよね!?』
「止める必要までは無いだろう。切っ掛けは兎も角、今は主はやても楽しんでいる様子だ。そも最近主には休みが無かったからな。
折角休暇のような格好になっているのだから、このまま一日過ごさせるべきだと私は思う。
ふむ。もしかするとお二方はこうなることを期待してこのような形をとったのかもしれん。
近頃のスクライアはメディアにも顔を出すようになってきて忙しいと聞くし、私としても主はやてには休んで欲しいと思っていたところであったし……」
微妙に真理をつくシグナムであったが、それはなのはの望む回答では勿論ない。
『シャマルさん! シャマルさんなら』
「私は……このまま二人が、となっても別に構いませんけれど。
ユーノくんのことはそれなりに長い付き合いですから人となりに問題ないことは知っていますし、はやてちゃんが幸せなら私としては特に」
『リインは』
「はーい、私はユーノさんならさんせいでーす♪」
『どうしてぇぇぇぇ!?』
思いっきりシャウトするなのは。ここまで声を上げると今いる場所がいくら店の外であろうが二人にバレそうなものであるが、
店内にいる二人の映像を見る限り、どうやら聞こえていないらしい。
「まあリインは製作時や生まれたすぐの頃、スクライアが色々やってくれていたからな。懐きもするだろう。
むしろ私としてはお前がこの見合いにそこまで反対する理由の方が知りたいんだが。確かにお前とスクライアはテスタロッサよりも古い付き合いだと聞いているが、
とは言っても別に付き合ったりしているわけでもないんだろう?」
「……の、はずなんですけどね。私も以前二人にそれとなく聞いたことがあったんですけど、お互いに「友達だよ」って」
フェイトが言う。割と最近もそのことについて彼女ははやてと話し合ったのであるが、結局は答えが出なかった。
そういうわけだったので、取り敢えずフェイトの中でなのはとユーノについては「あの二人だから」などという、なんとも珍妙な回答が出ている状態だったのだが。
「大体なのはちゃん、これくらいならなのはちゃんとユーノくんが買い物とかに出かけた時にやってることと大して変わらないんじゃあ……」
シャマルの言葉に、二人と一緒に出かけたことのある面々がこくこく頷く。
衣服を中心とした買い物に食事。ついでだからとユーノは生活必需品やら何やらを買い込もうとし、相手に止められ怒られる。
なるほどデートといわれればそう見えるが、実際やっていることは仲間内でショッピングに出かけた時と特に変わりはない。
二人きりという点はあるが、それもまた、彼女とユーノも時折やっていることであった。
『それはそうかもしれないけど、なんだかムッとくるのー!!』
叫ぶなのはにフェイト達は顔を見合わせる。しばし訪れる沈黙。
「あの、ひょっとして、なんですけど……もしかしてなのはって」
「ああ。恐らくだが気付いていないな」
「お子様っていうか、純粋っていうか」
「えーと、さすがのリインでもどういうことか気付いちゃったんですけど」
『なに!? いったい何を話してるのみんな!?』
なのはが問いかけるが、こればっかりは自分で気付いてもらうしかないと沈黙するフェイト達。
狂乱の様相を呈する中、時は過ぎていくのであった。
「うう、色々と疲れる…」
喫茶店のテーブルに突っ伏した状態でティアナが呟く。普段はツインテールにしている髪を三つ編みにし、
服装もいつも着ないようなものにしている。男装―といっても最早コスプレの領域になっている気もするが―のスバル程の変装ではないものの、
普段とは違う格好は正直疲れるものだった。
隣で目の辺りに穴を開けた新聞を開き、探偵(ごっこ)っぽく監視を続けているスバルが凄く羨ましい。楽しそうで。
「大丈夫? ティア」
「ちょっと大丈夫じゃないかも」
皆から生暖かい目で見られて(実際見られてはいないけれども)さらに暴走しつつあったなのはをヴィータとともになだめ、
とばっちりを食らって精神的ダメージでダウンしていたエリオをキャロと一緒に慰め、さらにその間なのはに代わって前線監視面子の指揮。
正直そろそろ心労のたまり具合も限界である。
顔を上げ、斜め左数メートル先を見る。そこには空いた席に買ったものを置き、紅茶を飲みながら楽しく談笑するはやてとユーノ。
『デートかあ。いいなあ。陸士学校の頃も救助隊にいたころもそういうことは全然無かったし。今は必要ないと思うけど、いつか私も……
ってどうしてそこで陸曹の顔がっ!?』
「ティアー」
『いやいや確かに不調だったあの時アドバイスとかしてもらったけど! 他に近い男の人なんてエリオくらいしかいないけど!
それにどうせあっちだって私のことなんて世話かけた小娘くらいにしか思って…ってそうじゃないっ!?』
「ねえねえティアってば」
「うっさいわね! なにをさっきから呼んで」
「八神部隊長達、店から出て行くみたいだよ」
「え!?」
再び視線を戻すと、そこには買い物袋を抱えるユーノと伝票を持って何やら言っているはやて。慌ててティアナはなのは達に通信を繋げる。
「なのはさん、お二人が店を出ます!」
『だってムカってくるものはくるんだからしょうが
ってホント!?
ならエリオとキャロはすぐに二人を追って! スバルとティアナはバレないように少しだけ時間を置いてから! いい!?』
「は、はい!」
「了解ですなのはさん」
『は、はい! でもエリオくんがまだ』
『いいよキャロ。淫獣でもなんでも仕事をやり抜くだけさ……』
ダウナーな空気が抜け切っていないエリオのことが少々気になるティアナであったが、そこはこの一件のあと本格的にフォローしようと割り切った。
取り敢えず自分達は言われたとおり、出来るだけ逃さぬよう二人に注意は払いつつも、少し遅れて店を出ようと……
「――ん?」
「どうしたのティア」
「ううん。ちょっと、何か妙な気配がした気がして」
二人が立ってレジに向かおうとした瞬間、一瞬だけ、店の中で不穏な空気が流れたような気がしたのである。何かあったのだろうかとティアナは気を張ったが、
その時には店の空気は先程までと同じものに戻っていた。
「なんだったのかしら」
「ティア、もう二人もエリオ達も出ちゃったよ! 私達も出よ?」
「え、ええ、そうね」
伝票を持ち、すぐに立ち上がる彼女。
しかしレジに並びながらも、ティアナの脳裏には、先程の気配のことが抜けきれないでいた――。
ぜんぺんへ
こうへんへ
はやてのお見合い絵巻・中編。今回の見所はやっぱりなのはさんの暴走っぷり。いやもう書いてて大変でしたが物凄く楽しかったとです。
前編におけるヴォルケンリッター達との空気の入れ替わり具合をお楽しみ下さい。ヴィータ=常識人でストッパーはしおんの中の常識です。最早。
ちなみにエリオのアレは個人的意見。まあユーノの『淫獣』ってのはあの話より寧ろ「バレた後でも一緒に風呂に入ってる」とか
「水橋さん(中の人)の発言」とかが尾を引いてる気もしますけど。
では次回。「はやてのお見合い 後編」でお会いしましょう。
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