2月14日。第97管理外世界にてバレンタインと呼ばれているその日もまた、ユーノはいつものように出勤してきていた。 と言ってもミッドチルダにそのような風習はなく、また日本であってもこの日が特に休みというわけでもないのだから、当然と言えば当然である。
しかしその日、遅く出勤してきたユーノは両手に幾つかの箱を抱えていた。

「司書長、おはようございます」

「おはよう。…って言ってももう夜になっちゃってるけどね。今日は僕の用事で書庫を任せてごめん」

「いえ、本日予定に入っていた学会は無限書庫の運営にも関わるものでしたから。結果はどうでしたか?」

「そっちについてはそこそこの成果はあったよ。で、書庫の方はどうだった?」

「本日の業務についてであれば、これといって変わったことは。大きな依頼も無く、本局や次元航行部隊の方も特に大した事件は無かったようです」

秘書のその言葉に、ユーノは僅かに微笑む。

「世は平穏事も無し、か。それはよかった。JS事件みたいな非常事態は起こらないに限るからね」

「ええ。…ところで司書長、その包みは?」

彼の抱えていた箱へと視線を向けながら秘書が言う。問われたユーノはその一つを手に取り、少しだけ中身を開いた。

「チョコレートだよ。今日はバレンタインだったから」

「バレンタイン…ああ、確か第97管理外世界にそのような風習がありましたね。ということは、それは高町教導官達からの?」

「うん、貰いもの。今日の学会はミッドチルダでやっていたからね。本局に戻る途中で起動六課に寄ったらあそこの皆から貰ったんだよ。 仕事の合間の間食には丁度いいし、司書長室に置いておこうかなって」

なのはからは翠屋の娘らしい凝った物をもらったし、その彼女と一緒に作ったというフェイトとヴィヴィオからも中々美味しそうなのを貰った。 ヴィータやシグナムにも既製品とはいえもらったし、彼女達から教わったか、スバルとティアナ…だったか、 新人達にも「折角いらっしゃったんですからおひとつどうぞ」ということで貰うことができた。 自分にあげようとしたシャマルが皆に(特に身内から)止められていたのは…まあ余談である。

「司書長、そういえば」

今日は学会もあったしすぐに帰るつもりだが、一応細々した作業や現在来ている依頼の進捗状況だけでも見ておこう――
そんなことを思いつつも一歩踏み出そうとしたところで秘書に声をかけられる。

「……ん? どうしたの」

「いえ。先程お戻りになる途中での通信ではお伝えしなかったのですが、一時間程前から八神二等陸佐が司書長室でお待ちです」

「はやてが?」

「はい。依頼や伝言があるならこちらから伝えますと申し上げたのですが、個人的な用なので司書長室で待つことにする、と」

六課に寄った際なのは達から聞いた話によると、彼女は今日、本局にて上層部とJS事件の後始末に関する折衝を行っているということだった。 だから六課では彼女と会っていないわけなのだが…となると、それが終わった後にでも寄ってくれたのだろうか。

「ありがとう。じゃあ行ってみるよ」

どのみち司書長室に寄るつもりだったから問題ない。無重力空間の中を飛び、彼は司書長室の前へと辿り着く。
声をかけつつ、ドアを開けて――、

「はやて、一体何の用……」

「はっぴーばれんたいん、や♪」


hayate
絵・はっかい。様より






「――失礼しました」

がちゃん

そのままドアを閉じた。ついでに(無駄だとわかっているが)鍵をかけ、さらにその上から施錠魔法ロックの術も上掛けして回れ右。 そこまでやって初めて、ユーノは大きな溜息を――それこそ安堵のそれととれるくらいに大きなものを――つく。

「ふう…最近疲れてるとは思ってたけど、まさか幻覚が見えるようになるなんて」

「ってなんやその反応は――!!」

何かドアがドンドン叩かれているような音と、あとドアの向こうで見知った誰かの声が聞こえたような気がして、ユーノは再び溜息をつく。

「幻覚に続いて幻聴もか…これはかなり拙いな。可及的速やかにシャマルさんに診て貰う必要がありそうだ。
決めた。今ある仕事を一気に片付けて、近いうちにまとまった休暇をとろう。温泉にでも行ってゆっくり体を休めればきっとこんなことは――」

「幻覚でも幻聴でもないわー! てか自分さっき「失礼しました」って言うとったやろ!!」

叫びとともに叩き続けられるドア。都合三度目の溜息をついたユーノは仕方なく施錠魔法ロックを解除し、先程閉じた扉を開けた。

「で、何をしに来たのさはやて」

「うー、ユーノくん意地悪さんや」

「そんな格好してるなんて何か異常事態でもあったのかと。主に君の精神構造に」

そう言ってユーノはちらりとはやての方を見る。そこにいる彼女はやはりというか何というか、先程彼がドアを開けたときの格好のままだった。 さすがに今は口に何もくわえていなかったが。

「いや、今日丁度本局に用事があったからユーノくんにチョコレートを渡そと思ってな? それでまあ来てみたんやけど、 肝心のユーノくんは学会があるからおらへんって言われて。それでも秘書さんがしばらくしたらこっちに来るって言うてくれたから待つことにしたんよ」

「そこは何となくわかるから。僕が聞きたいのはそっちじゃなくてそのカッコのこと」

「ん? これか?」

はやてはそれを着た両手を軽く広げてみせる。少しだぼついた淡いピンクの服がかわいらしい。

「最初は普通に待って普通に渡そかなあと思ってたんやけど、待ってる間にこう、「折角渡すんやから何かやらんとあかんなー」 って気がムラムラと湧いてきたんや。
それでこう、バリアジャケットの応用でこういう服を」

「……ああ、そう」

目頭を軽く押さえ、ユーノは呟く、ふと少し視線をそらすと、来客用のソファの上に畳まれた布のようなものが見えた。恐らくここに来た時に着ていた制服辺りだろう。 彼女のことだ、普通にバリアジャケット風に変換せずわざわざ着ていた服を脱いだのも「こっちの方が萌え度とか満載やし」などという理由に違いない。

「リインも大変だね」

「あう…ユーノさん気付いてたですか?」

ユーノの台詞を聞き、はやての後ろからふわりと浮き上がる小さな影。それは彼の予想通り、六課のマスコットにして八神家末女・リインフォースUであった。

「ちらっとだけどね。はやての後ろにいた君の影が見えた。どうせ彼女に付き合わされたんでしょ」

呆れ顔のユーノ。はやてと同じ服装をしたリインは、彼女とは逆に恥ずかしそうに顔を赤らめ、下が見えないように両手で服を押さえながらも頷いた。



hayate
絵・はっかい。様より




「はいです。はやてちゃん、「これでユーノさんはめろめろやー」とか言ったですよ…
うう、やっぱりリインは恥ずかしいです……」

「ふふふ…熟する前の青い果実ななめらかなぼでぃのリインと大人でだいなまいつばでぃな私! 
この二つの相反する属性のだぶるぱんちの前にはユーノくんの理性も最早風前の灯のはず――」

「それはまた難儀なマイスターだね。こんな調子じゃ六課の運営の方も大変じゃない?」

「一応事務仕事とか外への体面的なところじゃ問題ないんですけど、内々の話になってきちゃうとはやてちゃん、悪ノリしちゃうっていうか何ていうか……
ちょっと前に六課の辺りで雪が降った時も、「第一回機動六課チキチキ雪合戦を開催するでー!」とか言い出して大騒ぎだったですよ」

「あー、なんていうかその光景、あっさりと想像できるよ。大体の展開とついでにオチまで何となく。
色々と大変だろうけどリインも頑張って。微力だけど、僕に出来ることなら手伝うから」

「うう、ありがとうございますユーノさん……」

「って二人ともなにあっさりと人の存在無視しとるんやー!!」

うるうると泣きそうな顔をしながら祈るように両手を組むリインと優しい顔をしてその小さな両手を握りしめるユーノ。 一方で完璧に置いてけぼりを食らったはやてはそんな二人に全力で突っ込む。突っ込まれた側のユーノはというと、 そんなはやてには全く気にかけることなく、いつも自分が座っている椅子へと歩き出した。
椅子の前につくと、とりあえずといった感じで両手に抱えていたチョコの箱を机の上に置く。

「よいっしょっと…さすがに持ちっぱなしだと肩が凝るなあ」

「くう、なんたる無視…いや、これもまた愛の成せる業なんか!? まさか一種の放置プレイ……
ってさっきからちょっと気になっとったけどユーノくん、その包みなんや」

「なのは達からもらったチョコ。今日の学会はミッドであったから、帰り道に機動六課に寄ってきた時にね。いやー、なのはやフェイトはともかく、 スバルとティアナだっけ。あの子達にまでもらえるとは思ってなかったよ。ヴィータ達からももらえたし、今年はいいバレンタインだ」

「なんやてー!? 
なに!? つまり私の 『今日はなのはちゃん達普通にお仕事やから無限書庫には来られへんのを狙った独占バレンタインチョコ受け渡し・うまくいけばキャッキャウフフもあるよ?』計画は」

「うん、無意味」

「がふー!」

(わざとらしく)もんどりうって倒れるはやて。仰向けに倒れたその姿勢はユーノとの位置関係や今の服装を考慮すればえらくきわどく扇情的…なはずであったが、 今の行動もあったせいだろうか、なんというか…全く色っぽくなかった。
その横からリインが何かを取り出す。自分の体の半分以上のサイズをしたそれを、時折バランスを崩しそうになりつつも彼女はユーノのところにまで持っていく。

「んしょ…んしょ…
はい、ユーノさん。リインからのチョコなのです」

「ありがとうリイン。うれしいよ」

「えへへ」

「な……!
絶望した! 友人部下どころか自分のデバイスにすら先を越された現状に絶望した!」

「チョコを渡す順番に優劣なんてないだろうに」

相変わらずのオーバーリアクションをとるはやてにそう言い返しながら、机に積み重ねられたチョコの箱の一番上に先程リインからもらったものを積み上げる。 崩れないように整えた後僅かな違和感を覚えたか、腕をぐるりと回した。

「ん…長いことチョコの箱を持ってたせいかなんか疲れたな。そういえば最近は割と忙しかったから遺跡発掘とかにも行ってないし、体力が落ちてるのかも」

「だったら今度リインと一緒に訓練しませんか?  JS事件で力不足を痛感しちゃったんで近い内に魔法も含めてやろうかなって…ユーノさんならミッド式のいい魔法を色々と教えてくれるかなって思ってたんです。 ヴィータちゃん達はほとんどベルカ式しか使えませんし、なのはさん達は攻撃系がメインですから補助ってなると…」

「なぬ!? ユーノくんとの個人授業!?
私も! 私も参加するでー!」

「ん。わかった。それじゃあリイン、こっちの予定を言うから空いてる日を教えてよ。こっちももう少ししたら時間が空くようになるだろうからその時にでも」

「はいです!」

「ってやっぱり無視かゴルァ――!!」

「だってそもそも個人授業とかじゃないし。一緒に訓練しようってだけの話なんだから」

「というかはやてちゃんうるさいです」

「ううう、ユーノくんどころかリインにまで突っ込まれた…家族からの裏切りや」

膝を抱えて司書長室の片隅でいじいじと壁に『の』の字を書きながら呟くはやて。背中に哀愁が漂っている辺りがアレである。

「はやてちゃーん、早く帰ってお仕事の続きですよー。JS事件の後始末、まだ全部終わったわけじゃないんですよー。六課に戻ったら書類の山が待ってますよー」

「ええんやええんや…どうせ私は責任者として書類に認印押すまっすぃーん扱いなんや。キャラとしての役割は二期で終わってるー、なんて言われるんや。 実際三期じゃ一応三人娘ってカテゴリー扱いされてるけど、実質は『なのフェとその他一名』状態やし、レギュラー陣で唯一変身シーンのバンクあらへんし、 中盤で見せた死亡フラグっぽいのも結局はピンチらしいピンチもないまま跡形もなく消し飛んだし。
そんでもって挙句の果てにはヴィータよりも見せ場も果たしたお仕事も少ない…そんなお邪魔虫な無能部隊長とか言われるんや…!」

「まあ実際、公式じゃ僕とはやてが会話するシーンって一瞬たりとてないしね。ヴィータとはちょこっと話してるけど」

「うわーん!!」

ますます縮こまって悔し涙を流す(?)はやて。さらに彼女を「リインも変身バンクなかったんですけど…」と思いつつも見つめるリイン(既に制服に着替え済み)。 そんな二人をしばし眺めた後、本日四度目となる溜息をついたユーノはリインへと口を開いた。

「仕方ない。リイン、はやては僕が宥めるから、先に六課に戻っておいてくれないかな。機嫌がなおったらできるだけ早く戻らせるからさ」

言われたリインは少しの間はやてとユーノを交互に見ながら悩んでいたが、頷くと机の上からふわりと浮き上がる。

「わかりました。それじゃあ、はやてちゃんをお願いします」

「任された。…ああそうだ、こっちの予定はメールか何かで送っておくよ。返事はすぐじゃなくていいから」

「はいです! それじゃあユーノさん、またー!」

笑顔で司書長室から出て行くリイン。彼女の姿が見えなくなるまで見送ったあとで、ユーノははやての方に向き直った。

「というわけではやて、早く機嫌なおして。もとはと言えば僕にチョコを渡しに来てくれたんだろ? だったらちゃんと受け取るから。 独占とか本日最初とかは無理だけど、本日最後にっていうなら多分君が最後」

「ユーノくんも私を邪魔者扱いってわけやな。えーよえーよ、この際やから居座ったる。ここが私の新たなる住処や」

いつの間に部屋の隅から動いたのやら、はやては椅子の上で体育座りになって椅子ごとくるくる回る。それはもうまさに医者の前で診察を嫌がる子供Aだった。
そんなはやての姿を見て、ユーノは。

「…まったく」

それだけ呟き、はやてに向かってすたすたと歩いていく。そして未だに回り続ける彼女のもとへと辿り着くと、さきほど彼女が咥え、 今は片手に持っていたチョコレートをさらりと奪い取った。

「ちょ、私のチョコ!?」

「え? 僕にくれるチョコなんじゃないの?」

「渡すつもりやったけど却下や! チョコ財産が過剰気味のユーノくんにはこれ以上のチョコはいらへんやろ!? せやから私が自分で食べる! 
こうなったらチョコの焼け食いやー!!」

チョコを奪い返そうとはやては手を伸ばす。そのはやてに、ユーノは、

「はい、じゃあ返すね」

「んむっ!」

チョコを彼女の口の中へと押し込むと、

「で、改めて……」

そのまま、彼女の口へと自分のそれを重ねた。

「む――っ!?」

「……はい、ごちそうさま」

「ぷはっ!
っていうことはそれだけかいっ!」

顔を真っ赤にして叫ぶ。心なしか体が少し引けているのはご愛嬌といったところか。
それに対してさっきと同じにこにこした表情のまま、ユーノは言う。

「いや、ご機嫌斜めのお姫さまにはこれくらいのショック療法がいいかなって…ダメだった?」

「ダ、ダメっちゅうことはあらへんけど…
――え、ええと、私帰るな! うん!」

座っていた椅子から降りて、急いで置きっぱなしだった服へと手を伸ばす。
けれどその一瞬前、あと少しで服に届きそうだというところで、淡い翠の鎖が彼女を絡みとった。そう強くは拘束してないせいだろう、 ある程度は自由に体を動かせるものの、どうしても服には届かない。

「え、えーとユーノくん、私の機嫌はなおったから、早く戻ろうかなっと…
ってえ!? えええ!?」

ぼやけ、薄れていく彼女の服。消えかけていく服を前に、はやては必死で身体を隠す。

「ちょ、これって…」

「ああ、ストラグルバインドの応用。強化魔法や変身魔法の類だけじゃなく、対象にかかってる魔法の一切を強制解除するんだ。 拘束力はその分さらに弱まっちゃうんだけど…効果はまあ、見てのとおり」

「えーと、つまり服が消えそうなんも」

無言で頷くユーノ。
バリアジャケットすら強制解除する魔法。もしその相手が下に何も着ていなかったとしたら…その答えは目の前にある通り、である。

「このサディスト!変態!いぢめっこー!!」

「サディストでも変態でも好きに思ってくれていいよ。だって…」

はやてのところに歩いていく。俯くはやての顎をくい、と手であげて。

「―――今からそれらしいこと、するんだから」
















「あ、はやてちゃん、お帰りなさいでーす。遅かったですねー。ユーノさんを困らせちゃいけないですよ?
……はやてちゃん? はやてちゃん? どうしたですか!?」

「なあリイン…」

「は、はいです!?」

「いぢめられるのも、悪くないなあ…」

「!?」






『やおい』てきにおわる。






















あとがき
――たまには趣向を変えてっ!!
というわけでSでいぢめっこな司書長と不憫?なはやて。一発くらいこういうネタ書きたいと思ったんだ。最後ちょっとえろすなのはご愛嬌。 だって根本的にユーはや派だし。はやてに全面的不憫をとか無理だし。まあ結局はいぢめられているわけですがー!(笑
しかしはっかい。さまのご要望でリインも入れてみたが…危ない危ない、危うくリインもエロスに参加させるところだったぜい。
…一部の方は寧ろバッチこいと仰るやもしれませんがー!




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