「……ふう、ここに帰ってくるのも久し振りかなあ」

海鳴にある自宅の前で彼女、フェイト・T・ハラオウンは息をついた。
ここに来るのは機動六課が解散した際に貰えた休み以来、ということになるのだろうか。 つい先日まで長期航海に出ていたので、数ヶ月ぶりの帰宅と言う事になる。

「久し振りの一家団欒といきたいところなんだけど、ね」

現在クロノが艦長を務め、フェイトが執務官として乗っている船、クラウディアは先日までの長期航海を終え、 現在は本局のドックにて整備中。よって今は久々の家族全員集合…と言いたいところなのだが、 只今クロノはエイミィや子供達を連れて旅行と言う名の家族サービスの真っ最中。 その上自分の使い魔であり家族であるアルフは無限書庫の人手が足りなくなったという事でヘルプにいってしまったため、後数日は全員が揃うこともないだろう。
とは言っても、自分も今日までエリオとキャロ、そしてヴィヴィオに会いに行ったりしていたのでおあいこだろうが。

「でもまあ、義母さんはいるはずだから」

確か今日が休暇だったはずの義母のことを思い出す。アルフも帰ってくるのが遅いだろうし、 お土産のケーキでも一緒に食べながら親子の会話をすることにでもしよう。 左手にある、先ほど翠屋に寄ってで買ってきたケーキを見ながらそう思う。

『……かと言って、『アレ』だけはちょっと勘弁して欲しいかなあ』

アレ、とはリンディが好んで飲む、砂糖を入れた茶の事である。 確かに緑茶にも砂糖を入れることもあるらしいが、彼女の入れる量は他のそういったこととは一線を画しているのだ。 親子になって十年以上経つが、今でもあれにだけは慣れない。しかも年々量は更に増えているようで、 そんな彼女と自分の二倍以上の年月親子をやってきたクロノが甘いものを苦手としてしまうのも当然といえるのかもしれない。 自分だってあの光景を見ていると胸焼けを覚えてしまうのだから。
今日買ってきたものはフェイトであれば砂糖なしの紅茶が丁度いいと思えるようなくらい甘いケーキなのだが… 彼女なら何時もと変わらぬ笑顔のまま、あの茶で食べるのだろう。たぶん。

「ま、まあ構わないかな。こういうのは趣味嗜好の問題だし。うん」

すぐ近い未来自分の前で起こるだろう現実を耐え抜く為か、自己暗示をかけるかのように己に向かって呟く。 それからふう、と息を吸うと、ドアのノブを回した。 「ただいま」と小声ながらも部屋の奥へ声をかけつつ靴を脱ごうとし、そこでふと気付く。

「あれ? 靴が……」

玄関先に揃えられている二組の靴。片方は女物で、自分の義母が履いていた記憶がある。まず確実に彼女のものだ。
ならばもう一つある、こちらの靴の主は?

「男物…だよね」

デザインといい大きさといい、まず間違いなく男性のものだろう。うっすらとだが、誰かが履いていたところを見たような気がする。
一瞬クロノのだろうかと思ったが、彼は言った通り現在家族で旅行中であるし、よく見てみるとサイズも少し違う。 それにリンディもクロノも几帳面だ。何日も家に帰ってこない人間の靴はきちんと靴箱の中に片付けておくはず。ならば?
そこまで考えたところで、彼女の執務官としての勘がある可能性を導き出した。

「もしかして――義母さんに恋人!?」

一瞬『不倫』などと言う言葉が頭を過ぎるが、慌ててそれを打ち消した。
何故なら彼女の夫、クライド・ハラオウンはもう二十年以上も前に亡くなっている。つまり彼女は未亡人だ。 子供達が各々自立し自分の手を離れても大丈夫になった今、自分の幸せを求めて新しい恋人を作ったとしても何ら不思議ではないし、 何も悪い話ではないのだから。

「……うん、そうだよね。別に悪い事じゃないよね」

義母、リンディはクロノや自分と言う子供達がいるとは思えないくらいに若々しいうえに美しく、また性格などあらゆる面で申し分ない女性である。 相手を捜そうと思えば幾らでも見つかるだろうし、その中には彼女自身が心惹かれる男性もいるだろう。 義娘としては少し寂しさを感じるところもあるが、義母の幸せは心から祝いたいと思う。
手に持った箱を開け、中のケーキを確認。アルフの為に多めに買っておいたから、相手の分も用意できる。 未来の義父になるかもしれない人に挨拶の一つでもすることにしよう―そう思った時、ふと気付いた。

「そういえばこの靴……」

再び、几帳面に揃えられた男物の靴を見る。男物の靴はよくわからないが、 それでもその意匠は若者が好みそうなそれだった。
まあただ単に相手の衣服の趣味がそういったものだという可能性もある。しかしこの場合、最も考えられるのは。

『も、もしかして相手の人って結構…ううん、かなり若いとかそういうこと!?』

場合によってはクロノと同じ…いや、自分とそう変わらない可能性すらある。
若いツバメ――以前好奇心からちょっと覗いた週間雑誌(シャーリー所有)に書かれていたそんな言葉が脳裏を過ぎった。

『ひょ、ひょっとしたら同じ歳くらいの人を『お義父さん』って呼ばなくちゃいけなくなるかもしれないってことかな!? それはやっぱり幾らなんでも……
ううん! お互いが愛し合ってるならそこはちゃんと認めてあげなくちゃ! ああ、でもクロノやエイミィにはなんて説明したら』

一度膨らみだした想像(妄想?)は止まらない。 脳裏に浮かぶは背中から義母を抱きしめる若い男(前髪が影になっているため顔は不明)とその手に自分を乗せ、 うっとりする彼女の姿。
いつのまにやらフェイトの脳内では、
『義母が自分より年下の相手と再婚する事に憤慨するクロノをどうやって説得するか』
についてあれこれと議論を巡らせていた。

『エイミィはきっと話せばわかってくれると思う。問題はお兄ちゃん…クロノ。 直接クライド義父さんと会った事のない私やエイミィと違って、 クロノにとってクライド義父さんは実のお父さんな上に今のクロノの生き方を決める切っ掛けにもなったくらい大きな存在なんだから、 そう簡単には新しい義父さんのことを認めてくれるとは思えない。私だって義母さんから養子縁組の話をもらったとき、 プレシア母さんとの絆が切れちゃうような気がして受けるかどうか随分悩んだし。
それにこう言ってはなんだけど、クロノってちょっと、その…マザコンの気もあるから……』

今ちょっと失礼なことを思ったような気もするが、取り敢えず気にしない。この評価は多分間違ってないと思うだけに。

『大丈夫、大丈夫…話し合えばクロノだって最後にはわかってくれる。 ずっと昔になのはと一緒に見たテレビでも主人公が言ってたもん。「何とかなるよ! 絶対大丈夫だよ!」って!
だったら、今取り敢えず為すべきことは……』

――リンディの恋人が一体どういう相手なのか、それをまず見極めなければならない。
聡明な義母のことだ。変な男に騙されていることは無いと思うが、万が一の時のことも考えておかなくては。 それにクロノを説得する場合においても相手を良く知っていればフォローはやりやすいし、個人的にも相手の事については知っておきたい。
魔力を殺し、気配を殺し、足音も消して廊下を歩いていく。先程帰宅した際声をかけたので気配を殺したところで今更ような気もするし、 そもそも相手がどんな人間なのかなど普通に会って話せばわかる話なのだから、 こんな覗きのような真似をする理由が一体どこにあるのか、と言われれば甚だ疑問ではあったが、 今のフェイトにそんなことを考える余裕は無い。
一歩一歩、警戒しながらも部屋に近づいていく。その全身は仕事で潜入任務をやった時などよりも余程緊張し、 顔は滅多にないくらい強張っていた。
そうしているうちに、部屋の中の声が彼女の耳に入ってきた。

「ん……っ。ああ、いいわ……」

『―――!?』

思わず噴き出しかけるところだったが、何とかギリギリのところで耐え抜く。
しかし今の艶かかった声はもしや、いや間違いなく…。
『も、もしかしてアレの真っ最中!? こんな昼間から!? ちゃんと今日帰るからって言ったよね義母さん――!!』



fate
絵・はっかい。様より




自分とていつまでも子供ではない。そういうことに対する知識だってちゃんとある。実際の経験は無いが。
ともあれ拙い。非常に拙い。これでは自分は出歯亀ではないか。あちらにも(自分が帰ってくるのを知っているはずなのに事に及んでいるという) 落ち度があるとはいえ、もし自分がいることを知られてしまうと幾らなんでも気まず過ぎる。後々の家族関係にまで色々と影響を及ぼしかねない。

『と、取り敢えずこの場から立ち去らないと。絶対に義母さん達には気付かれないように……』

近づいていた時の数倍警戒しながら後ずさりしていく。万が一にも、億が一にも奥にいる二人にはバレないように……。

「本当…最高よ、ユーノくん」

「ぶ―――っ!!」

だが、次に聞こえてきたその声に、フェイトは今度こそ本気で噴き出した。
慌てて両手で口を塞ぎながら壁に背をつくが運よく今のは聞こえなかったらしく、あちらは特に気付いた様子も無いようだ。

『い、今ユーノって…いや空耳だよね? それとも似たような名前の人を聞き間違えたとか! うんそうだよ、きっとそうに違いな』

「そういってくれると僕としても嬉しいですよ」

『ってやっぱり本人―――!?』

男性としてはかなり高い、優しげな声。それは間違いなく自分の幼馴染であり、 恐らくは親友の一人と言っていい間柄であるユーノ・スクライアのもの。
だが彼は基本的に自身が司書長を務める本局の無限書庫にいるはずなのだが…そう、確か。

『そ、そういえば今日アルフが無限書庫に手伝いに行ったのって、ユーノが休みだからその枠を埋める為だったっけ。
それにそうだ。さっきどこかで見覚えがあるなって思ったけど、あれって前にアグスタで会った時、ユーノが履いてた靴だった……』

今日アルフがここにいない理由、その原因を思い出す。つまりユーノは現在休暇中。この海鳴に居ても何もおかしくはない。
つまりは現在この奥で、自分の義母と彼がその、あんなコトやこんなコトを……?
そう考えた瞬間、フェイトは自分の頬がさっきよりも赤くなるのを感じた。

『い、幾らなんでもそれは色々と問題あるっていうか! いや、確かに法律上二人の間を阻むものとかは何も無いけど! 倫理的にも双方の年齢差が大きい事以外は特に何も無いけど!』

半ば混乱しながらも心の中で叫ぶ。
成程、確かに彼、ユーノ・スクライアは出来た人間である。 半ば物置、宝の持ち腐れとなっていた無限書庫を僅か十年で管理局外でも『かの』と呼ばれるほどの地位にまで築き上げた立役者にして現司書長。 総合Aのランクは自分達よりは低いものの一般的に見れば十分高く、特に得意分野に関しては今の自分達にもそう劣りはしないだろう。 性格に関しても少々押しに弱いところはあるものの、その冷静で穏和な性格から彼を嫌っているものは殆どいない筈。 その上考古学者としても若手ながらもその分野においてはなかなか有名らしく、 以前六課の任務で偶然はちあわせした時には自分達が護衛するロストロギアの鑑定人としてわざわざゲストに呼ばれていたくらいであった。
つまりぶっちゃけて言えば思いっきり『買いな物件』であり、 確かに若干年齢差が大きい―これとて義母の外見年齢を考慮すればそう大したことではないだろう―ことを除けばほとんど問題などありはしないだろう。
――いや。法律や倫理のものとは異なるのだが、少々問題が。それも結構、いや、かなり大きな。

『怖いっ! クロノの反応が怖過ぎるよいくらなんでも!』

そう、彼の義兄のことである。
彼、ユーノと自分の義兄、クロノの仲は頗る悪い。とは言っても互いが居ないときは決して相手のことを悪く言わなかったり、 なんだかんだ言って十年来付き合っているところからしてああいう友人関係なのだろうというのが仲間内での定説なのだが、 とにかく顔を合わせると悪態をつきあい、場合によっては取っ組み合いまで始めてしまうような仲なのである。
そんなクロノが、この二人の関係を知った日にはどうなるか。



『ど、どういうことなんだ母さん!?』

『どういうこともこういうことも。見ての通りだよ』

『ええ。私はこの人と結婚する事にしたの。ね、ユーノ』

『いやいやいやいや! 考え直してくれ母さん! 相手はユーノだぞ!?  真っ暗な穴倉の奥深くで本を読み漁ったり遺跡に潜り込んで悦に浸ってるような淫獣フェレットなんだぞ!?』

『何を言ってるのクロノ。お義父さんに向かって』

『お、お義父さん……?』

『そうだよクロノくん。ちゃんとこれからはお義父さんって呼んであげないと』

『何を言ってるんだエイミィ!? こいつは』

『『おじいちゃ〜ん』』

『よしよし』

『カレル!? ディエラ!? 違うだろう!? この人はユーノおじさんorお兄さんで』

『そうそうクロノ。今度ね、あなたの弟が生まれるから』

『なんだって――!?』



「………」

一瞬脳裏を過ぎる想像。仮に自分の予想が正しかったとすれば、その未来図も十分に有り得ること。
しかしこんなことに、特に最後のそれになろうものなら……。

『下手をすると…デュランダルでの永久凍結封印もありえるかも……』

嘗てグレアム提督がはやて――夜天の書を封印する為に行おうとし、クロノが止めさせたそれを、今度は彼自身がやりかねない。

『そうなっちゃったら幾ら今の私でも止められるかどうか…』

脳裏に浮かぶは氷漬けの後、シベリアの海に捨てられるユーノの図。なんとなく「マーマー!」と叫ぶ妙なダンスを踊る男の姿が脳裏に浮かんだが、それは関係ない。 マザコン気味なところとか氷を使うところが兄に似ているかもとか思ったがやっぱり関係ない。
ごくりと息を飲み、フェイトは壁へと耳をあてる。ひょっとしたらただの勘違いかもしれないのだ。とりあえず確かめてから…

「リンディさんのこそ…すごいです」

「嬉しいわ。そういうことを言ってくれるのはユーノくん、貴方だけだもの」

『………!!』

戸一枚を隔てて聞こえてくる二人の甘い声。フェイトは耳をぴくぴく動かしながら一言も逃すまいと耳を澄ませる。

「僕は本当にそう思ってるんですけどね。リンディさんのはやっぱりいいなあって」

「貴方こそ。凄く上達が早い。筋がいいわ」

「リンディさんの教え方が上手いからですよ」

『まずい、まずい、まずい…』

脳裏に浮かぶは先程の『未来予想図』。それも先程のそれよりも鮮明かつ具体的に映像が浮かんでいく。

「ん…もう次が欲しくなっちゃったわ」

「またですか? リンディさんも好きですね本当に。まあ、人のことはいえませんが」

「それじゃあユーノくん、また…お願いできるかしら」

「ええ、それじゃあ……」

『あ、あああああああああ…』

拙いったら拙い。脳内の義母は、既にユーノとおんなじ髪の色をした子供を抱いている。その義母の隣にユーノが寄り添い、 最早完膚なきまでにラブラブ夫婦になっている。しかもなんかこともあろうに子供を『クライド』などと名付けている二人がいる。
そして二人の後ろに目から光を失いデュランダルを振りかざした義兄がいる――!!

「ダメェェェッ!!」

激情に駆られるまま部屋へと飛び込むフェイト。こんなことをしてしまえばどうなるかなど関係ない。彼女の中にあるのは家庭崩壊を防がねば!という意識のみ。 生来の思い込みの激しいその気性に押されるまま、とにかく二人を止めようと突っ込む!
そこにいたのは、二匹の絡み合う獣と化したリンディとユーノの姿―――。
ではなく。
椅子に座るリンディと、そんな彼女の目の前で紅茶を入れるユーノであった。

「あらフェイト、お帰りなさい。……どうしたの? そんな大声出して」

「あ、帰ってきたんだフェイト。お邪魔してるよ。で、何かあったの? そんな顔してさ」

「……あれ?」

予想とは異なる目の前の光景に目をぱちくりさせる。その内心でほっとしている自分がいるのだが、それには気付いていない。
さっきのフェイトの行動に疑問符を浮かべる二人に、おそるおそる彼女は口を開いた。

「え、ええと…二人とも、一体何を」

「何って…見ての通り、二人でお茶してたんだけど」

テーブルの上には茶菓子。茶葉入れのようなものもあり。そしてカップにお茶を入れているユーノとそれを待つリンディ。 無論、彼女の考えていたようなコトをしていた跡など一切無し。成程、どこをどう見てもお茶会である。

「明日からはミッドで開催される学会に無限書庫司書長として出席する予定なんだけど、 その為の論文やら荷物やらの準備は朝の内に終わっちゃってね。で、仕事を手伝おうとしたら アルフや司書のみんなに「今日くらいは休め」って言われて書庫を追い出されちゃってさ。手持ち無沙汰になったもんだからここに来たんだよ。 久しぶりに海鳴の人達とも会いたかったし、リンディさんとは以前から互いに都合が合う時に時々こうしてお茶してたから。
と、出来た。フェイトも飲む? 僕の使ってたので悪いけど」

「あ、うん……」

促されるまま椅子に座り、出された紅茶を受け取る。両手から伝わってくる温かさに、ようやく彼女は安堵の表情を浮かべていた。

『良かった…そういう関係じゃなかったんだ。取り敢えず一安心……』

そう思いながら出された紅茶へと軽く口をつけ。

「甘――――っ!?」

次の瞬間口内を蹂躙した恐ろしいまでの甘味に、巡らせていた全ての思考は一瞬にして吹っ飛んだ。

「こ、これは……」

――それは、紅茶というにはあまりに甘過ぎた。甘く、甘く、甘く、そして甘すぎた。ソレはまさに甘味の塊だった。
というか、ぶっちゃけ甘味しかしなかった。言わば甘味の最終破壊兵器。この世全ての甘味。

『危うかった…もう少しで噴き出すところだった……』

身内とは言え、目の前に人がいたから耐えられた。これが自室で一人だったりしたら間違いなく噴き出していたところだろう。 それくらいの甘さだった。本当は自分は幻術か何かにかけられていて、砂糖をそのまんま飲み込んだのかと思ったくらいだ。 砂糖の溶け残りが見えないことが信じられない。

「ユ、ユーノ! いくらなんでもこれ…!」

「え? 不味かった? リンディさんは美味しそうに飲んでるけど」

そう言われ視線をそちらに向けてみると、そこには同じくユーノから渡された紅茶を美味しそうに飲んでいる義母の姿。 無論この紅茶は自分がもらったものと同時に入れたものなので、当然中身は同じである。

「うん。やっぱりユーノくん、紅茶の入れ方上達したわね。お湯の量といい蒸らすタイミングといい、もう完璧よ」

「どうもです。リンディさんが師匠ですから」

「あらあら、おだてても何も出ないわよ」

「そ、そっかー。さっきの「上達したー」だとか「教え方が上手い」とか言ってたのはそういう意味だったんだー。
じゃないよ! これ幾らなんでも甘過ぎでしょ!? もしかして何か新手の嫌がらせ!?」

思わずノリツッコミをしてしまいながら彼女はユーノを問いただす。 ユーノはきょとんとしながらもフェイトの手元にあった紅茶をひょいと手に取り、口をつけ。

「ほらね? こんなの耐えられるのなんて、それこそ義母さんくらい――」

「なんだ、美味しいじゃないか」

「え゛。」

――――彼女の、時が、止まった。

「ホントよね。みんなどうしてこの良さがわからないのかしら。淹れても飲んでくれないし」

「そうですよ。書庫では休憩時間に交替でお茶を淹れるんですけど、僕が淹れようとするとみんな拒否するんですよね。 「わざわざ司書長に入れさせるなんて!」とか言って。折角お茶のお茶の淹れ方をマスターしたのに」

「まあ自分の上司にお茶を淹れさせるなんて恐れ多いと思ってるのよみんな。無限書庫は割とアットホームな部署だけど、 さすがにそこまでさせるのは気が引けるんじゃないかしら」

「そんなこと気にしなくていいのになあ……司書だけなら兎も角、最近じゃアルフまで遠慮してくるし」

『違う! 違うから! それただ単にこんな甘いの飲みたくないから拒否してるだけだって絶対!!』

なんとか再起動した思考を以って全力でつっこむ。実際に言ってもどうせ信じてくれそうに無いので心中のみではあるけれど。
それにしても。

『ま、まさかユーノの味覚が知らない間に義母さん並みになってるだなんて……。
も、もしかして無限書庫の激務のせい!? 人間疲れてる時には甘いものが欲しくなるって言うし』

実際自分も仕事で疲れた時、それも特に書類仕事が続いた時は甘いものが欲しくなる。無論二人のようなレベルではないが。 リンディは今や前線を後退して統括官として本局で主に後援系の業務をこなす日々を送っているし、 ユーノに至っては司書長の方といい考古学者の方といい、文字と向き合うことが仕事と言っても過言ではないような内容である。 当然糖分を欲しくなる頻度も自分とは段違いだろう。

『確かにアルフも言ってたなあ。書庫で仕事が続いた時には自分でも肉よりお菓子とか甘ったるいジュースとか、とにかく糖分が欲しくなるんだって。 だったらユーノがああなるのも…ちょっとさすがに行き過ぎな気もするけどわからなくもない……かも?
それにもしかして義母さんがああいう味覚になったのも同じ理由だとか』

夫を亡くしてから片親だけでクロノを育て上げ、また同時に提督としての仕事を勤め上げてきたのだ。 その疲れを癒す為糖分を欲したとすれば…そして年月とともにその量も増えていったとすれば、(多少こじつけかもしれないが)納得はいく。 糖分がコーヒーや薬物のような扱いでアレではあるが。
伏せていた視線を少し上にあげてみると、目の前で紅茶を(量から考えて恐らく二杯目)飲みながら会話を続ける二人の姿。 中身は間違いなくあの茶だろう。

「でもこの味付けも普段ならいいんですけど、疲れてる時とかには物足りなくなるんですよね。 徹夜明けなんかの時は特にそうで。眠気覚ましと活を入れる代わりにってちょちょいっと」

くいくいと手を動かすユーノに、フェイトは何となくそれがシュガースティックの口を切って入れる仕草だと気付く。
気付いた瞬間その味まで想像して寒気を覚えたが。

「そうそう。書類仕事が続いたあとは私もついもう一味加えたくなっちゃうのよ。しかも年々増えていっちゃって。
やだわ。もう年かしら」

「いえいえ。味の増量については僕も似たようなものですし、何よりリンディさんはまだまだお若いですって。
……いや本当に。ぶっちゃけ年齢詐称(無論実年齢より上に)しているんじゃないかなー、って思うくらい

『!? まだ上があるのっていうかその台詞だとまだまだ更なる(糖分的な意味で)パワーアップがあるってフラグなのそれ!?
まずいよまずいよ……このままじゃユーノが万年糖尿病予備軍でいつも目が死んでる銀髪天然パーマの人みたいになっちゃうかも!  声的にはどっちかっていうとクロノだけど!!』

ユーノの(舌の)危機に「なんとかしなきゃ」とフェイトは思わず拳に力を込める。
こうなればなのは達にも話し、ユーノの脱・砂糖のための努力を――

「あらユーノくん、口元にクリームがついてるわよ」

「え? どこに…」

「ほら、ここ」

言いながらリンディはユーノの顔へと自分の顔をよせ、ひとさし指で優しくクリームを拭い取る。そしてそのままそのクリームを舐めとった。

「……うん、おいしい」

少し紅潮した頬。艶かしい指とちろりと出た舌。彼女自身が元より備えた色気も手伝い、それは最早爆発的な破壊力を持っていた。
さもありなん。目の前にいるユーノもその光景に見とれ、顔を真っ赤にしつつも彼女に釘付けになっているではないか。

『まずい―――っ!?』

そのことに気付いたフェイトはユーノとは逆に真っ青になった。

『え!? もしかして義母さんホントにユーノ狙い!? まさか味の好みを自分と同じにしたのもそのための伏線!? ユーノもユーノで満更じゃない!?』

フェイトの中で薄れかけていた先程の(脳内)映像が再び鮮明になっていく。
確かにユーノはなのはと十年以上親しい関係にあるにも関わらず一向に進展していないという、 押しが弱いというか優しすぎるというかなんだか朴念仁風味であるというか、そういった点がある。そこから考えれば一見安心に思えるかもしれない。
しかして相手はリンディ・ハラオウンである。もしも彼女がその気になれば、その知略と美貌、そして今も遺憾無く発揮されている色気によって、 例え相手がユーノとて墜とすのは容易かろう。そうなればユーノ・ハラオウン(またはリンディ・H・スクライア)の誕生は近い。

『止めなきゃっ…! いくら恋愛は自由って言っても止めなきゃ……!!』

フラッシュバックする映像。何故か『Nice Boat』などという言葉まで浮かぶ。意味はわからないが、それが非常に拙いものであるということだけは確信した。
これはもうなのは達に相談して対策を考える時間すらない。そんな時間など与えていては間違いなくユーノは墜とされる。いや、それどころか、 自分が来なければ今日この日にユーノは墜ちていたかもしれない。

『何とか手は…手は…』

「それにしてもユーノくん、美味しそうに食べるわね。普段ちゃんとしたものを食べてる?」

「いやあ、仕事が忙しかったり面倒だったりで、なかなか…。学会に参加される方々と会食があったり、付き合いで外食することはあるんですが、 一人だとついついカロリーメイトとかジャンクフードに手を出しちゃって」

『それだぁぁぁぁあ!!』

フェイトは『カッ!』と目を見開くと、とテーブルに手をつき立ち上がる。その時どん!と大きい音がしたために二人が驚いた顔で自分を見ているが、 そんなことは関係ない。

「ユーノ!」

「は、はい!」

「私がユーノにお弁当作って届けてあげるから!いい!?」

「……はい?」

『これだ! これなら完璧!
義母さんの計画を打ち崩すためにはまず二人が会う機会を減らすこと! それには最大の接点にして共通点となっている甘味好き! それさえ何とかすれば!』

驚くユーノには意に介さず、フェイトは自分の考えに心の中で喝采をあげた。
つまりは、
1:自分の作った食事を食べさせ、それを通して彼の食糧事情に介入する。
2:これによりリンディに準ずるレベルの甘味党となっている彼の味覚を是正。
3:よってリンディとの最大の共通点を撃破。さらに一連の行動を通じて彼の予定・行動も把握。これらによって二人を引き離す!
ということである。

『クロノの暴走を防ぐため…ひいては家庭崩壊を防ぐため…今ここに、『ユーノ・ハラオウン阻止計画』を樹立するっ!!』

「いいよねユーノ!」

心の中で高らかに宣言し、ついでユーノへと詰め寄る。
迫られたユーノといえば、最早こくこくと頷くしかなかったとかなんとか。






















――かくして始動したフェイトの計画。フェイトはその真面目な気質も手伝って実によく動き、出来る限り自分の手で弁当を届け、 どうしても行けない日にはアルフに持っていってもらったりもした。また休日には彼の家へと赴き、料理を作ってあげる姿が幾度か友人に目撃されている。
そんな努力の甲斐もあり、彼女の目論見は成功。ユーノの食生活は劇的な改善を見せ、その味覚は徐々に是正されていくこととなった。 それに従ってリンディとお茶会をする頻度も減っていったという。その点で言えば、大成功といってよかっただろう。
しかして、結論から言えば、フェイトの計画は失敗することとなる。
何故なら。
クロノの暴走。そしてなにより、 ユーノ・ハラオウンの誕生を防げなかった・・・・・・・・・・・・・・・・・・・のだから。






































「―――計画通り」(くすっ





















あとがき
そういえばフェイトさん書いたことないよねー、と思って書いてみたフェイトさんメインネタ。司書長が出てるのはしおんのデュフォなのであしからず。
フェイトさんかわいいよフェイトさん。自分が書くフェイトは基本こうなります。ちょっと天然入ってるけどいい子。あと妄想かまして突っ走る子。
え?自分の思い描くフェイトさんはもっとかっこいい?だが私は謝らない!
それにしてもはてさて。最後の台詞を仰った方の狙いはなんだったんでしょうねー(棒読み)。それはもう各人の自由な想像にお任せいたしますが。


戻る