「あの、すみません。ユーノく…いえ、スクライア司書長はいらっしゃいますか?」
無限書庫の入り口で、私は受け付けをしている司書さんの一人に尋ねました。お願いしていた医療関連の資料、
今日には出来ると思いますって言われていたんですけれど。
そう思いながら待っていると無限書庫の中でも古株の、私にとってもよく見知った司書さんが私に気付き、こちらに慌てて飛んできました。
「シャマルさん!? ああ、丁度良かった! そろそろ来ていただけると思ってたんですよ!」
ほっとした表情の司書さん。これはひょっとしたら。
「あの…もしかして『また』…ですか?」
「ええ、『また』です。今回は連続四日ですよ、四日。はあ…」
そう言って彼は深く溜息をつきました。司書達の中でもユーノくんの補佐を担当している彼としては、特に頭が痛いことなんでしょう。
そして彼に誘導されるまま、書庫にある一角へ。するとそこには彼がいました。
「――相変わらず、顔色がよくありませんね」
「ええ、恐らくまたいつもの過労かと…私達だっているんだから、
幾ら仕事が多くてもあんまりやり過ぎないで下さいって言ってはいるんですけど。
ともあれお願いします。私達が運ぼうとすると途中で起きてしまうので」
「任されました」
「こうなる前に渡すよう言われていましたから」と彼から頼んでいた資料を貰い、私はユーノくんを運びます。
目指すは医務室。さ、急患さんだから急いで運ばないと!
「熱は平熱。その他特に重大な症状は見られず、と…。このくらいなら点滴と休息をとるだけで問題ないかしら」
検査結果は予想通り睡眠不足と過労。もう何度同じものを見たかわからないくらい見慣れてしまったその診断書を見ながら、
私は思わず溜息をついていました。
「…ほんと、無茶をするんですから」
絵・はっかい。様より
常時人材不足に悩まされる管理局の中でも、この十年で一気に重要部署の一つとなった無限書庫はまさに激戦区。
右肩上がりの評価や書庫全体の地位向上に伴って仕事量も激増し、
中でも司書長をしている彼は考古学者としても色々活動をしている為特に忙しくて、時々こんなふうになる。
どちらの仕事も重要だとはわかっているけれど、かと言ってこうして毎度看病しているこちらの気持ちもわかって欲しいところです。
体重だって本当に軽くて、私一人で運べるくらいなんですから。
「言っても聞かない人だっていうのはずっと前からわかっていますけど、ね……」
思い出すのはなのはちゃんが大怪我をしたあの時のこと。魔法どころか二度と歩くことすら出来ないかもしれないと言われた彼女。
その言葉を聞いて私達の誰もが悲しみにくれたけれど、中でもとりわけ落ち込んだのが彼でした。
――なのはの怪我は僕の責任だ。僕が彼女に出会ったから。僕が彼女をこの世界の出来事に巻き込んでしまったからだ――と。
そう言って彼は食事する暇も惜しんで意識の戻らないなのはちゃんにつきっきりで看病していました。日に日にやつれていっても、
「峠は越したから少しは休んで下さい」と言われても一向に構わず、最後はやてちゃんやフェイトちゃん、クロノくんにリンディ提督、
それに高町家の人達まで加えた面々による大説教会になるまで。
ともあれ、それで何とか無茶苦茶をするのは収まってくれたものの、暫く経ったある日、彼は私のところに来て言いました。
「――僕に、治療魔法を教えてくれませんか?」
それからの彼は、看病している時にもまして鬼気迫った凄いものでした。通常業務を行いながら、手の空いた時間は私と治癒魔法のお勉強。
更に書庫を整理する合間を縫って、少しでも有用と思われる治療魔法の探索とその習得。口に出せば本人は否定するでしょうが、
あれだけの大怪我にも関わらずなのはちゃんがあそこまで治ったのは彼のお陰が大きいだろう―
と、あの時のことを知っている人なら誰もが思っていることでしょう。
「……だからって、自分が倒れてちゃいけませんよ?」
なのはちゃんの件が終わって、私とのお勉強が無くなった後も、時々私は無限書庫へ訪れるようになりました。
それは単純に書庫の資料が私達医療班に関しても有用だったこともありますし、
勉強をしている頃何度か過労で倒れている彼の介抱をしたりしてあげているうちに
何時の間にやらなし崩し的になってしまっていた彼の主治医としての義務と言うのもあります。
けれども何より、あのいつも無茶なことをしていた彼の事が気になったからでした。
自分のことは二の次で他者を助けようとする。そんなところがはやてちゃんのことを思い出させて、どうしても放っておけなくなったから。
「もう。これからはあんまり見に行ってあげられないんですよー」
ぐっすり眠る彼の額に人差し指を押し当て、言います。だって近い内に私は本局からいなくなるから。
機動六課。来月正式に立ち上げられる、はやてちゃんの、そして私達の夢への第一歩。
その一員として当然私も行くことになるから、もう今までのように易々と彼を診てあげられません。
六課に行くことは紛れも無い私の望みではあるけれど、それだけが唯一の心残り。
「わかってますかー、ユーノくーん」
思い出したらちょっとむっときて、思わず押し当てた指をぐりぐり。あ、何だかちょっと苦しそう。
「ホントに…無茶、しないで下さいよ」
自分の胸元に手をあてて、言います。
この胸にともる思いはまだおぼろげで。私のような存在が抱いていいものなのかどうかわかりません。けれど。
あるカルテを手に取ります。それは私達の体に関する、とある経過について示されたもの。
「もしかしたら、だけれど」
はやてちゃんとのリンクや回復速度の低下。守護騎士プログラムの異常。
十年前、私達が闇の書から独立した頃から少しずつ始まっていた変化。あの日彼女から受け取った最後の贈り物、その残滓。
これらから導き出せる一つの結論、それは。
「私達が人に、か……」
それは、真の意味で悠久の旅から解き放たれるということ。はやてちゃんや他の人達と同様に老い、死んでいけるということ。そして。
――愛する人と共に、時を重ねていけるということ。
「もう。何を考えているのかしら、私ったら」
一瞬脳裏を過ぎってしまった想いをかき消すように、思わず首を振ってしまう私。けれどもし。もし今そうなれたなら。
出会ったあの頃とは違って今なら年齢差だって許容範囲内のそれだし彼は元よりいい人な上カッコ良く成長してくれたしはやてちゃん達だって
きっと賛成してくれ――
「ってそうじゃないでしょシャマル!?」
思わず叫んでしまい、慌ててユーノくんへと目をやります。変わらず眠ったままの彼を見て一安心。…良かった。起きてはいないみたい。
けれどそんな彼の顔を見て、代わりにむくむくと湧いてくる、さっき脳裏を過ぎったばかりの想い。私は彼へ、自分の顔を寄せてみます。
「起きません…よね?」
呟きながらもう少し、顔を近づけてみます。やっぱりというか、彼は安心しきった顔で眠ったまま。
でも本当に綺麗なお肌ですね。ちょっと嫉妬です。
「……もうちょっとくらい、大丈夫ですよね?」
自問しつつ、さらにもう少しだけ。彼の、女の子みたいに綺麗な顔が近づいて。
「もう、すこし、だけ……」
近づく距離。気がつくとお互いの距離は、息が届くくらいのそれになっていて。
間近に迫った彼の唇が、すぐそこにありました。
「――――」
地球に居た頃よく見ていた少女マンガやテレビドラマ。そこで見慣れた、そして憧れたシチュエーションが今目の前にあって。
「……あ」
息を止めて。ゆっくり。ゆっくりと。彼に気付かれないように。
私は、自分の唇を彼のそれへと重ね――
『シャマル先生! 今、武装隊の訓練中に事故が起こって多数の怪我人が! 申し訳ありませんがすぐに来て下さい!』
――ようとしたところで、突然の通信に思わずずっこけてしまいました。狙いを外した唇がどこかに当たってしまったようだけれど、
そんなことよりも思うのはただ一つ。
「あ〜、あともう少しだったのに〜!!!」
けれど、呼ばれてしまったからには行かなきゃいけません。何故ならそれが私のお仕事で。それをサボっていては彼に向ける顔がありませんから。
だから、まだ一緒に居足りないなと思う気持ちに封をして。
「それじゃあお大事に、ユーノくん」
振り向かないまま後ろの彼にそう言って。私は、自分の戦場へと飛び出しました
――さあ、彼に負けないように頑張らないと!!
「ん、ここは…
そっか。またやっちゃったのか」
半分寝ぼけながらも周囲を見回し、僕はまた自分が倒れていたことに気付いた。
どうも例によってと言うかシャマルさんに迷惑をかけてしまったらしい。ホント自重しないと。
枕元に置いてあった眼鏡をかけ、その隣にあった薬の袋をとる。多分中身はいつも貰っている栄養剤だろう。
確かそろそろ切らしかけているはずだ。
聞くところによると薬の調合とかが僕用に調整された特別製らしい。毎度毎度看病してもらっていることといい、感謝してもし足りない。
「ほんと、シャマルさんには足を向けて寝られないや」
医務室を出て、廊下を歩きながら思う。
…それにしても、一体なんだろうか。歩いている僕を見ている人達の反応が変なのは。
「もしかしてシャマルさん…また人の顔のラクガキでも描いたんじゃ」
以前続けて何度も倒れた時、業を煮やした彼女にされたことがある。その時も確か過ぎ行く人にこれと似たような反応をされた。
いやでもあの時と何だか反応が違っているような…いや、どうでもいいか。そも倒れたのは僕の自己管理の無さが責任なんだし、
ここは敢えて笑われることにしよう。
そう思いつつ、書庫の中へ。するとやっぱり受け付けの子にも驚かれた。…そんなに変なラクガキなんだろうか。
「司書長起きられたんですか。って、それ…」
倒れるまで作業をしていた場所へと戻っていると、僕の補佐をしている司書が僕に気付き、やってきた。
彼もまた僕のラクガキに気付いたようで、僕を見て驚く。
「ああ、これ? シャマルさんがやったんだよ」
「え? 本当ですか!? そうか、以前からひょっとしたらと思ってましたけど、やっぱり…」
僕の言葉を聞いて妙に納得した表情になる彼。まあ、前回ラクガキされたことは彼も知っているからの理解の早さだろう。
「前もされたからね。まったく、あの人意外に子供っぽいところがあるから」
「ま、『前も』…ってことはつまりこういうのは慣れっこってことですか!? 一体何時の間にそこまでの仲に!?」
僕の台詞に何故か驚愕する彼。
……ん? なんだか僕と彼の思考の間に何か相違があるような。
「そうですか…私の予想だとなのはさんやフェイトさん辺りが本命にくるかなと思ってたんですけど。
ともあれ、おめでとうございます。あ、結婚の折には式に呼んで下さいね。司書一同、心からのお祝いを」
……結婚式? シャマルさんと?
「いや何を言ってるの君は! 確かにシャマルさんのことは嫌いじゃないけど!」
何ていうか僕にとってあの人は治療魔法に関する先生であったと同時に半分なし崩し的に自分の係りつけの医者をしてもらってる、
色々恩になっている人だから今度六課の設立祝いついでに何かプレゼントでもあげようかと…って違う!
「と、とにかく。僕と彼女はそういう仲じゃなく」
「またまたー。そんなのつけといて何を言ってるんですか司書長♪」
手をひらひら振って言う彼。……『描いてる』でも『書いてる』でもなく、『つけてる』? 一体何を。
疑問に思う僕に、「ほら」と鏡を向けてくる彼。そして鏡を覗き込んだ僕が見たのは。
「……明日から暫く、気軽に局内を歩けそうに無いなあ」
まるで情事のあとのそれのように僕の首元についた、シャマルさんのだろう口紅の痕だった。
あとがき
一発ネタ!なんかシャマルさんが腐の人扱いばかりされているのでむしゃくしゃしてやった。反省はしていない!
三期なら年齢も丁度いいと思うのです。いいでしょ!? 乙女なシャマルさんでも!
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