始まりはいつも突然、とはよく言われる話。
そしてこの大騒動もまた、始まりは唐突に起こった。
それは、彼女達にとってはなんでもない筈であったとある朝のこと。
「『発表したいことがあるからみんな集まって欲しい』って言われたから来てみたけど…一体何なんだろ?」
「さあ…?」
ホールに集まった面々の一人、機動六課のスターズ分隊隊長高町なのはは、隣にいるライトニング分隊隊長フェイト・T・ハラオウンへと尋ねる。
十年来の親友に聞かれたフェイトは自らも疑問符を浮かべ、小さく首を横に振った。
現在ここには六課の殆どの面々が集められている。どうしても外せない仕事をしていたり今日が休暇である者を除けば恐らく全員と言っていいだろう。
ここまで人を集めなければならないことと言うと――
「何か事件とか? でも現時点じゃ差し迫った懸案とか特に無いよね?」
「うん、私の思いつく限りじゃそういうのは…それにもしも何か起こったんならなら緊急通信でいっせいに伝えるとか、
取り敢えず先に私達隊長副隊長を集めて議論するとかが普通だと思うけど」
「だよねえ」
フェイトの方を向き、首を傾げるなのは。しかし、その答えは自身の後ろから返ってきた。
「あー、別にそういった話題じゃねーから気にする必要ねーよ」
「ヴィータちゃん知ってるの?」
「ああ。お前らより先にちょっとな」
「昨日家で聞いたんだよ」と言うヴィータに、今度はフェイトの隣―なのはとは反対側の隣だ。ちなみにヴィータはなのはを挟み、
フェイトの反対側である―で立つシグナムが静かにその口を開く。
「六課の職務に直接関係する事ではないし、そも悪い話ではない。だからお前も気にかける必要は無いぞテスタロッサ」
「はあ…」
疑問を残しつつも、自分達の副官にして友人達ののそんな言葉に取り敢えず二人は頷く。
はやての部下であると同時に、いやそれ以上に彼女の家族でもあり、心から彼女を大事に思っている二人の言葉だ。
彼女達がそう言うのなら本当に悪い話では無いのだろう。表情からしても、それは恐らく間違いない。
「なら、本人から聞こっか」
「そうだね」
頷き合い、彼女達ははやてを待つ。そしてそれから少し経った後、彼女はやって来た。
「みんな〜、おはよ〜な〜♪」
手をひらひら振りながら言うはやて。基本的にいつも笑顔の彼女であるが、何だか本日はいつもより更にテンションが高い。
「もしかして『発表したいこと』とやらと関係があるのだろうか」と二人が思っていると、ひょい、と後ろの方から挙げられる手が見えた。
「ん? どうしたんスバル」
「八神隊長さっきから何だかご機嫌良さげですけど…もしかして、今日皆を集めたことと何か関係があるんですか?
何か発表することがある、って聞いたんですけど」
「ふっふー。まーな」
「ですよ!」
それこそ『満面の笑顔』という以外いいようのないほど晴れやかな笑顔で答えるはやて。
その隣をふよふよと浮くリインフォースも全開の笑みを浮かべている。
そんな二人の表情があまりに幸せそうだったので、なのはもつい彼女に尋ねてしまった。
「八神部隊長、部隊の運営に関して何かいいことでもあったんですか?」
「あー、ちゃうちゃう。こう人を集めといて何やけど、お仕事関係のこととちゃうから。
せやからお仕事モードの喋り方やなくても問題ないよなのはちゃん」
ヴィータが「だから言っただろ」といった顔でこちらを見ているのを感じる。その視線にちょっと引け目を感じつつも、
なのはは質問を続けた。
「そ、そう? なら…
えーと、じゃあ何でこんな風にみんなを集めて発表するのはやてちゃん?」
「んーと、この件は一応私的なことではあるんやけど、
ひょっとしたらこまごましたことで多少部隊には迷惑かけるかもしれへんし、
その関係でこれから先色々都合つけやすくするためにも皆には知っておいてもらった方がええと思ってな。
まあそれでなくても、こういったことはちゃんと伝えておいた方がいいと思うから」
はっきりしない言い方に、なのは達は頭に「?」を浮かべる。
なので既に事情を知っているだろうシグナムやヴィータ達の方を見ると、彼女達もまた、
前に立っている二人とは違ってその表情に少々呆れも混ざっていたものの、紛れも無く笑顔を浮かべていた。
きょとんとする六課の面々を前に、はやては口を開く。
そして。
「ええと…そしたら発表させてもらいます。
不肖、八神はやて。
―――このたび結婚することになりましたっ!!」
はっきりと、そう言った。
「え!?」
「八神隊長が、その」
「結婚……?」
「結婚、って…隊長、ホントに結婚するんですか!?」
「まあなスバル。色々あってな。まーなんだかんだで結婚することになったんよ」
にこにことスバル達の質問に答えるはやて。一方、彼女の十年来の友人達は驚きでぽかんと口を開けていた。
「はやてが」
「結婚…」
お互い顔を見合わせる。目の前にいる相手の驚く顔を見ながら、
「ああ、自分も今こんな顔をしているんだろうなあ」と思った。
「はやてが結婚、かあ…先越されちゃったなあ」
「相手の人って、あれかな。前言ってた人のことかな。ほら、良さそうな人見つけたって言ってたし」
「そう言えば言ってたね。『今度こそやー!』って張り切ってた」
小声で呟きあうなのはとフェイト。大切な友人が幸せを手にしたのだ、祝わない理由は何処にもない。
しかし二人は知らない。フェイトの言う『相手の人』に昨日、はやてはフラれていることを。そして彼女の『結婚相手』が誰なのかを。
ともあれ、一足先に幸せを手にした友人に、彼女達は祝福の言葉を述べる。
「ともあれ、おめでとうはやてちゃん」
「仲間内じゃクロノとエイミィの次だね。おめでとう」
「ありがとうなー♪」
その後も述べられていく祝福に笑顔で返していくはやて。元々その人柄から個人としても上司としても慕われているはやてである。
今この場にいる誰もが、彼女への祝福の言葉を述べていく。
それがある程度収まったところで、今度はティアナが尋ねた。
「それで八神隊長。その、結婚相手って、どんな方なんです?」
「よくぞ聞いてくれました! ……と言いたいところやけど、ここに居る人の何割かはその人のこと、
よ〜く知ってると思うで? 実は機動六課もその人に結構世話になってるからな」
『……へ?』
ぴこんと人差し指をたてて答えるはやて。その言葉を聞いて、なのはとフェイトは予想が間違っていたことを知った。
何故なら以前彼女が『良い』と言った相手は、自分と殆ど面識の無い相手だったし、六課とは大して縁の無い人間だったのだから。
となると――?
「本当のことをいうと今日、『挨拶だけでも』って一緒に来てもらっててな。実はもうここに居たりするんよ」
その言葉にざわめき、周囲を見回す機動六課のスタッフ達。なのは達も同じように周りを見てみたが、ホールには彼女達六課のスタッフ以外の
人間は居ないように思えた。
「あの、他に誰も居ないように見えますけど……」
恐る恐る手を挙げながら、エリオが言う。
しかしはやては自分の足元を指差して、こういった。
「いんやおるよ? ここに」
「え?
―――あっ!!」
キャロが何かに気付き、声を上げる。続いて他の面々もその視線を追い、はやての足元、ヒールの辺りに。
そして…見つけた。
「い、イタチ…?」
「イタチやない。フェレットや、フェレット」
そこにいたのは一匹のフェレット。どうやらはやての足を壁代わりに隠れていたせいで今まで気付けなかったらしい。
しかし、はやてが指したのがフェレットとなると……
「まさか八神隊長、そのフェレットが旦那さんって言うんじゃあ」
「そやけど?」
フェレットを抱き上げ、にこにこした顔で頬ずりするはやて。頬ずりされている側であるフェレットの表情はティアナの目には半分苦笑、
半分疲れているように見える(無論彼女にフェレットの表情など読み取れるはずも無いので、何となくそう思えた、という程度なのだが)。
そこで彼女はふと思う。
『あれ? でも何だかあのフェレット、微妙に見覚えがあるような』
あの毛並みとかに何となく覚えがあった。けれどティアナはフェレットのぬいぐるみなど持っていない。
『……そういえば、
ヴィヴィオのお気に入りのぬいぐるみがなのはさんからもらったフェレットのぬいぐるみだったような…いやでもあのフェレットと関係があるわけないか。
あれ? でもなのはさん、あのぬいぐるみについて何か言ってた記憶が…。
ええと……確か』
「ティア。おーい、ティアー。…ダメだ。考え込んじゃった。
それにしても、八神隊長ってばいきなり結婚宣言するからびっくりしたけど、
相手がフェレットって…幾ら冗談にしても酷いですよねなのはさん。
…なのはさん?」
思考の海へと落ちていくティアナを尻目になのはへと目をむけるスバル。しかしそこで、彼女が固まっていることに気付いた。
一瞬「結婚するー、なんて友人に騙されたせいかな」と思ったが、どうも違う。確かに今の彼女の表情は驚きで満ちていたが、
騙された時のそれとは一線を画していた。隣のフェイトもだ。
『もしかしてなのはさん達、本気でフェレットと結婚するなんて冗談を信じてるってわけじゃないわよね…?』
まさかそんなことは無いと思うが、六課の分隊長二名はこれで意外と天然ボケな一面がある。
ひょっとしたら親友の言葉ということで信じてしまっているのではないか。
まさかと思いつつももう一度スバルが声をかけようとした時、なのはとフェイトが一歩前へと出た。
「はやて、ちゃん」
「まさかとは…思うけど」
「二人の思ってる通りや♪ ごめんなー」
はやての言葉に今度こそ完全に石化するなのはとフェイト。その停止具合はまさにミストルティンを食らった時の如し。
固まってしまった自分達の上官を見て溜息をつきながら、シグナムとヴィータははやてへと言った。
「……主はやて、流石に冗談が過ぎます。我々以外が奇異の目で見ていますよ」
「いーかげん教えてやったらいいんじゃねーか?」
「あはははは、ごめんごめん」
「な、なんだー。やっぱり冗談だったんですね。そうですよね、幾らなんでもフェレットと結婚とか」
頭をかきながらのはやてにほっと肩をなでおろすスバル。が、はやては両腕でフェレットをぎゅっと抱き締めると、
首を横に振る。
「いーや? 彼と結婚するってのはホンマやで?」
「なー♪」とフェレットへと目をやり、可愛らしくウインク。対するフェレットの方も前足を軽く上げる。
その顔はなんだか色々と悟ったと言うか、諦めたというか。そういった顔?をしていた。
絵・はっかい。様より
「え? でもフェレット…」
「ん、せやな。そろそろいいか。
もーえーよユーノくん。元に戻って」
そう言って抱き締めていたフェレットを放す。するとすたっと地面に降りたフェレットは疲れたように大きく肩を落とすと、
少々高めの声で言った。
《はあ…。
全くはやてってば、昔っからこういうのが好きなんだから》
「「「「「「え……?」」」」」
フェレットが喋った。しかもなんかやたらと人間臭い仕草で頭をぽりぽりかきながら。
その事実に驚く皆をよそに、フェレットは足元に魔法陣をうかべ、何かの魔法を発動させる。次の瞬間、魔法陣と同じ、
翡翠色の輝きに包まれるフェレット。
その光が収まった時、そこにいたのは――。
ハニーブロンドの長い髪をリボンで結び、優しげな顔に苦笑を浮かべる、眼鏡をかけた青年の姿だった。
「ふっふー。ドッキリ大成功やな♪」
「いや、驚いてるって言うかむしろそれを越えてみんな引いてるって。…だから止めた方がいいって言ったのに」
「成功♪」と笑顔のはやての肩に手を置き、首をふるふると振る青年。その背中から哀愁が感じられるのは多分、間違いではない。
はやては肩に置かれた手の上に自分の手を乗せると改めて六課の―自分の仲間達の方へと向き直り、
もうこれ以上ないというくらいの晴れやかな(なのは曰く、『全力全開の』)笑顔で言い放った。
「てなわけで、この人が私の旦那様でーす♪」
「ああ、ええと…ユーノ・スクライアです。どうも」
「彼は私や高町隊長らの幼馴染で、今は本局にあるデータベース・無限書庫の司書長さんをやっとる。
後見人してくれてるクロノ提督達みたいに直接六課に関わり合いにあるわけやないんやけど、
六課はロストロギア絡みのお仕事しとることもあって資料関係で色々お世話になっとるから、
この中にはその関係で知ってる人も結構多いかもしれへんね。
――ああ、違う理由で『世話になってる人』も多いかな?」
にやりと笑うはやてにエリオやキャロなど、この場にいる面々のうち数名がぎくりとなる。
言わずもがな、色々と相談に乗ってもらっていた面々だ。
「へー、そうだったんだ」
「あんたねえ…アグスタの件の時、オークションのゲストで来てたユーノさんのこと紹介してもらったでしょ?
司書長であると同時に考古学者としても結構有名な人だって。なのはさん達の話、ちゃんと憶えときなさいよ」
「あはは…あの時はティアのことが気になってて」
「…全く」
自分のことを気にかけてくれていたのは嬉しいが、
かと言ってあの時怒られて落ち込んでいたその本人よりも人の話を聞いていなかったのはどうかと思うティアナである。
それにしても。
『まさかユーノさんとは…』
思わず心中で呟く。彼女もまた、色々と相談に乗ってもらっていた一人だった。
以前「幻術に磨きをかけたい」となのはに相談した時に無限書庫と、そして彼の事を紹介され、
それ以降時折本を借りに行ったり軽くレクチャーをしてもらったり、
また時には同じ部隊のなのは達に話し辛いことを相談してもらったりしていたのである。
特に魔法に関しては本来禁帯出の本を内緒で貸してもらったり効率のいい魔力の使い方を教えてもらった記憶がある。
一方の相談内容については…まあ秘密だ。
『そうだ…確かヴィヴィオにフェレットのぬいぐるみを渡したあの時なのはさん、
「このぬいぐるみ、大切な友達をモデルにしたんだ」って言ってたんだった』
ついで以前彼と話をしていた時、「僕もちょっとした変身魔法を使えるんだけどね」といっていたことを思い出す。
つまりあのフェレットがそうなのだろう。はやてが簡単に彼を持ち上げていたところからして、恐らくは質量も変身したそれにする高等変身魔法の一種だろうと推定する。
本人は謙遜していたが成程、見事なものである。捜査の時や相手を油断させる際に有効そうなので今度教えてもらってもいいかもしれない。
しかしまあ、取り敢えずは。
「ユーノさん、八神部隊長、おめでとうございま
――っ!?」
「ありがとさんティアナ…どないしたん? なんか震えて」
「い、いえ、特に……」
ティアナははやてや他の面々に不審がられないようゆっくりと周囲に視線を巡らせ気配を探るが、何もおかしなことはない。
さっきまでと同じ部隊の見慣れた仲間達の姿だ。部外者や、まして敵などいるはずもない。
だがしかし、確かに彼女は感じたのである。二人に祝福を述べた瞬間、自分へと突き刺さった殺気を。
『い、いったいなんだったんだろ…』
「ええと八神部隊長、ちなみに式とかは……」
若干殺気に怯えつつもティアナは言葉を続ける。
『式』と言った時に再び殺気が叩きつけられた気がするが、今度は無かったことにして何とか流した。
一方はやてはそれらのついて全く気がついていないのか、笑顔のままである。
「いやあ、まだ細かい事は何にも決めてへんのや。式とかもこれから日取りやら何やら決めていかなあかんし。
まあみんなの都合も考えてことが出来るって点では悪くないと思うんやけどね。
取り敢えず入籍届けは今日にでも提出しに行こうと思ってるんやけど――」
ピキィッ!!
その時。ティアナを始め、その場にいた数名が確かに空気が凍りつくのを感じた。
間違いない。殺気だ。それも複数形。しかもそのうち最低一つはなんだか感じたことのあるそれな気がする。
殺気があったのはほんの一瞬であったし何故かスバルやエリオは気付いていないようであったが、間違いようはなかった。
『いったい…何が起こってるっていうのよ――!?』
心の中で叫んでみるが、それが誰かに届くことなど勿論あるはずもなく。
他の面々から二人に様々な質問が投げかけられる中、ティアナは一人恐怖に慄くのであった。
「いやー、あの時のみんなの顔、傑作やったなー。あとでホールの防犯カメラで驚きっぷりをも一回確認しとこ」
「いやいやいや、何を期待してるの君は」
部隊長室への戻り道を歩きながらはやてとユーノは言い合う。その後ろには彼女の家族であり、そして騎士たる面々が付き従うようについていた。
「それでは主はやて」
「うん。悪いけどちょっとの間、留守をお願いな。役所に寄る前に本局で色々手続きせなあかんから、戻るのはちょい遅くなると思うわ。
その代わり、ついで…って言ったらなんやけど、シグナムが本局に受け取りに行く予定やった捜査資料、私が貰いに行っとくから。
グリフィス君だけでも部隊の運営は大丈夫と思うけど、なんかあったら頼むわ」
【承知しています。…主こそ、本日を休みにしても良かったのですが。折角なのですから】
「自分の都合でこんな急に休みを取るわけにもいかへんよ、ザフィーラ。無限書庫みたいに体制が磐石になってるんやったら兎も角、
六課は一年限定、急ごしらえの部隊やねんから。幾ら今は状況が安定してる上にこうして仕事ついでって形とはいえ、
半日ものあいだ部隊長が勝手に動けるだけでもありがたいと思わな」
「無限書庫だって誉められるほどそうきっちりした体制が出来てるわけじゃないけどね。
それにしても、本当に次の日に結婚届を提出しに行くことになるとは」
「言うたやろ? 善は急げって。思い立ったが吉日とも言うし。
いやー、みんなの賛同も早くて良かったわ」
にっこりと笑ってヴォルケンリッター達の方へと振り向くはやて。顔を向けてくる主に彼女達はそれぞれ頷いた。
「相手がスクライアということでしたら、私からは特に不平は。そう文句の無い相手でしょうから」
「ま、そこら辺の奴よりは余程使えるからな。フェレットってのがちっとばかし玉に瑕だけどよ。あたしとしてはちょっと不満だけど、
そこらの馬の骨にやるくらいならずっとマシだ」
【主の仕事にも理解が深いですし、何より主の意思ならば、私からは何も言うことはありません】
「ええ。ユーノくんならいい旦那さんになってくれると思いますよ」
「はーい。リインとしては大賛成でーす♪」
『……こんな風にみんな賛成だったんだよなあ、昨日も』
程度は違えど一様に賛成の意思を述べてくる彼女達の声を意識の端で聞きながら、ユーノは少し上を見上げ、昨日、
あれからはやてに連れられ(というか引き摺られ)、結婚の報告をした時のことを思い出す。
『彼女達だってどうして僕に限って…。シグナムさん、はやてが僕に恋愛相談してから一週間以内には
『主が不逞の輩と付き合っているようだ。何とかならないだろうか』って言ってたじゃないですか。
ヴィータに至っては毎度毎度相手を殴り倒しに行こうとして其の都度僕がストッパーになってたってのに』
そう思う彼の心中は穏やかではない。何せ彼としては
はやて、自分と結婚すると主⇒当然のようにヴォルケンリッター大反対
⇒その流れで自分が「やっぱりダメだね。じゃ、この話は無かったことで…」と切り出し、円満な形で回避
ということになってくれるだろうと思っていたのだ。子煩悩ならぬ主煩悩の彼女達だから結婚に反対することは規定事項だった。
だからあの無茶苦茶な話にも「じゃあ取り敢えず彼女達に聞いてから考えさせてもらうね?」と言って一応付き合ったのである。
だがしかし。結果として彼の計画は初っ端の時点で完膚なきまでに覆され、その予想外の状況に呆然としている間にここまで話が進んでいた。
――要するに、彼は気付いていなかったのである。
はやての言う「いい人」ポジションであるところの自分がどれほど他人に信頼され、高い好感度を得ていたかということを。
『かと言って、このまま流されるって言うのも…』
深く愛し合っていても結婚するとは限らないことも、逆に始まりが政略結婚であっても幸せな結末を迎えた夫婦が少なからず居たことも知っている。
しかしそれでも、なのはのことも完全に振り切ってはいないだろう自分がはやての相手にというのはどうかと思うのだ。
だから今の内にでも…
「ねえ、はやて…」
「ん? なんや?」
太陽のような笑顔でこちらへと微笑みかけてくる彼女を見て、ユーノはそれ以上の言葉が出なかった。
確かに彼女はなのはではない。しかしなのはとは違った、けれど確かな輝きを彼女も持っている。
今はまだ燻っていて、仕事という名の暴風で拭い去ろうとしたなのはへの想いも、彼女という太陽と一緒なら消え去ってくれるかもしれない。
だったら――。
「ううん、なんでもない」
「そか? んじゃ、さっさといこか。思い立ったが吉日!やで?」
「…うん」
一歩先に立ち、自分の下へと差し伸べてくるはやての手を受け取り、ユーノは隣を歩き出す。
新しい、未来に向かって。
後に彼は語る。
―――ここで終わっておけば、「ちょっといい話」で終えられたかもしれないなあ…と。
「はぁー、結婚かあ。私にはまだちょっと早いけど、でもやっぱり憧れちゃうなあ。
ティアも結婚には憧れる?」
「……え、ええ、そうね」
いつもと同じ軽い調子で話しかけてくるスバルに返事しつつも、ティアナは先程感じていた気配のことを思い出していた。
個人的には思い出したくない。しかしちゃんと判明させなければさらに恐ろしいことになるような気がしたのだ。
「結婚…」
ぽつりと前の方から聞こえてくる声に、何故かティアナは総毛立つ。何故だろう。何の変哲もない言葉なのに。
隣を見てみれば、キャロの頭の上にいるフリードがブルブルと震えていた。感じているのだ。この竜も。今の言葉に込められたナニカに。
「なのはさんはどう思います? はやて部隊長って十年来の親友なんですよね? それに相手の人もなのはさんの旧友だって――
!?」
なのは達に話しかけようとしたスバルが凍りつく。彼女も理解してしまったのだ。振り向いた彼女達。その細められた目に込められていたモノに。
エリオとキャロはずっと前から黙っている。恐らく二人も気付いているのだろう。
静かになったそこに、フェイトの声が聞こえた。
「――ねえ、なのは」
「――なにかな、フェイトちゃん」
何の変哲も無い会話。しかしなんだろう、この口調の寒々しさと声に含まれるナニカは。
「わたしはね、なのはが好き。大好き」
「うん。私もだよ」
歩調を変えず歩いていきながら会話を続ける。
「でもね。私は…ユーノも好き。大好き」
「うん。私もだよ」
廊下に響く音は殆どない。今の二人の会話を除けば、なのはとフェイト、そしてフォワード陣の四名が歩く足音のみ。
だからこそティアナ達は感じていた。今のこの空間に満ちる恐るべき気配に。
「どっちが上とか、下とかないんだ。私は二人が―そう、二人とも大好きなんだ」
「うん。私もだ」
そこで歩みが止まる。今の自分達は「付いて来い」などと命令されているわけではなく、
ただ歩いていく方向が同じなだけなので別に従う必要は無かったのだが、それでもティアナ達は自然と足を止めていた。
「今の今まで、ずっと気付かなかったんだ。ううん、気付かない振りしてたのかもしれない。
けど――まだ、遅くは無いよね」
「うん。そうだよね」
そこで二人はゆっくりと後ろへと―四人の下へと振り向く。笑顔で。
「――ねえ、スバル、ティアナ」
「は、はい…」
「なん、でしょうか…」
それはメデューサの笑みとでも言うべきか。美しい笑顔にもかかわらず、二人は動けない。
そんな二人の意に介せず、なのはは告げる。
「……ちょーっと、私達に手を貸してくれないかな。大丈夫、責任は私が取るから」
ティアナは思う。
ああ、あの視線の正体に気付くのが遅かった。
と。
「――ねえ、エリオ、キャロ」
「は、はい…」
「どう、かしたでしょうかフェイトさん…」
かがんで背を合わせ、まっすぐ自分達を見据えてくる彼女に、しかし二人はそれだけしか答えられなかった。
しかしそれには構わず、フェイトは告げる。
「……お父さん、欲しくないかな。大丈夫、優しいいい人だから」
フリードは思う。
今の彼女ならば、ヴォルテールも倒せる。
と。
――そして、全てが始まった。
「エースオブエースは伊達じゃない! 狙った獲物は逃がさないよ!」
「何をいまさら! 自分の手から逃げそうになった瞬間手のひら返すなんて卑怯や無いか!」
「卑怯じゃない! やっと気付いたんだから! これが私の全力全開!」
駆け巡る想い。
「止まれテスタロッサ」
「シグナム…」
「ユーノを…その手に抱えている主の良人を放せ」
「出来ません」
「…お前のその行動は矛盾している。それはなのはへの裏切りではないのか?」
「裏切りじゃない! 私はなのはとユーノ、二人とも好きなだけ!」
「なんて我侭!」
「その我侭、押し通すー!!」
対峙する者達。
「すまないが、お前達にこれ以上先へ行かせるわけには行かん。主が婚姻届を出すまでここで留まっていて貰うぞ」
「ねえねえティア、あの肌が黒くておっきな男の人、誰?」
「何言ってるのよスバル。あの人は…
……あれ? あんな人、六課にいたっけ」
「――――」(涙)
ある者は誰かによって戦場へと巻き込まれ
「…そう、やっぱりあなた達はそっちに回るんですね」
「ごめんなさい、シャマル先生…」
「でも、私達にお父さんの出来るチャンスなんです!」
またある者は、己の意思へ戦場へと舞い降りる。
「何!? はやてがユーノと結婚!? さらに結婚届の提出直前でなのはとフェイトが彼を奪って逃走している――?」
『そうなのよ。あの子達もやるようになったわねー』
「ゆ、許さん…」
『どうしたの? クロノ』
「あんな淫獣フェレットに大事な妹をやれるかー! クラウディア全速旋回! ミッドチルダに向かって進行する!」
『ちょっとクロノー!?』
そして彼方より戦場より現れる者も。
「…リイン、なんでや」
「ごめんなさいはやてちゃん。でも、でもリインは娘的ポジションより一人の女として生きるです…!」
「ふふ、意外な伏兵やったな…せやけど悪いなリイン! 私は負けるわけにいかへん!」
「こちらこそですー!」
「うぉぉおぉー!!」
機動六課も。海鳴市も。そして管理局をも巻き込む争い。
果てなく続くその結末は!?
「それはもうどうでもいいから、平穏を下さい……」
「おめーも大変だな…ユーノ」
乞うご期待!!!
あとがき
――尚、続きません。ホント続きませんから。
以前のアレの続き。管理局すらも巻き込む爆裂バトル。ヴィヴィオが居ないのは構想時点ではまだ正式に娘になってなかったからです。
あとまあこれ以上キャラ増やすと収拾付きにくいっていうのもありましたが(ホントならはやて協力側で聖王教会面子も出そうかなと思ってた)。
同時更新の方と違って、こちらは基本的しおん内ユーノのデュフォ、押されまくるいい人属性持ち。オチでユーノがヴィータと一緒なのは察して下さい。
リインについては…後編を書かなきゃなって意思表示で。
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