「ぷはーっ! マスター!同じのもう1杯!!」
「あいよ」
ごん!とカウンターテーブルに強くコップを叩きつけ次のオーダーを頼むはやてに、店のオーナーは何も言わずに注文の品を出す。
その一杯も一気に飲み干すと、彼女は隣に座る青年を相手に口を開いた。
「――で、聞いとるかユーノくん」
「聞いてるよはやて。本日めでたく失恋いたしました、って言うんだろ?」
隣の青年―ユーノ・スクライアはそう言って溜息をつく。
彼が長である無限書庫は基本的に忙しい部署なのだが、ここ最近は特に忙しく、実は彼、
本日徹夜三日目。本来なら今頃は自室のベッドで約70時間ぶりの安眠を思う存分享受している筈―だったのだが、
いきなり長距離念話で呼び出され、こうして彼女の愚痴を聞く相手になっているのである。そりゃ溜息の一つもつきたくなる。
が、彼の苦悩など知る事無く、はやては喋りだした。
「そらな? 私が悪いのは解かってる。仕事仕事で碌に会えへんし、デートなんて持っての他。
しかもようやく漕ぎ着けたデートも出動で目出度くご破産してしもうたし、そうでなくてもヴォルケンリッターの皆がどうやってか
知らんけど嗅ぎ付けてやって来るし…」
「みんなはやてが心配なんだよ」
「それはわかっとる! その気持ちはわからんでもないし嬉しいんやけど、何もデートの時くらい……」
がくり、と肩を落とすはやて。その彼女によしよしと肩を叩きながら、ユーノは自分のグラスをテーブルに置くと言った。
「まあ、はやてにはきっと良い相手が見つかるよ。そんな振った相手なんて気にならないくらいの人が」
「……その台詞、何度目?」
じろりと見るはやてに、悪びれる様子も無くユーノは答える。
「9回目。ちなみに僕の知る限り、はやての失恋した回数と同じ」
「九!?苦!? 何やその縁起悪い数字は――!!」
叫び、ユーノのグラスを掻っ攫うとその中の液体を一気に飲み干す。「ああ、僕の…」と言う彼の声が聞こえるが気にしない。
更にその直後、間接キスという事実にも気付いてしまったが、気にしないことにした。
グラスを置く。ユーノはそんな彼女の姿を見て再び溜息をつくと、言った。
「……後言っておけば、総合回数だと40回。おめでとう。ぶっちぎりのトップだよ」
「嬉しくもないわっ! …って、その総合回数とかトップって何なん?」
「総合回数ってのはこうして相談された回数のこと。ちなみに失恋のヤケ酒付き合いが9回。恋愛相談が8回。
あと、六課の事とかとか仕事関連についてが16回。残りは恋愛関係以外の個人的な相談」
「じゃあトップって言うのは?」
「その相談回数がトップだってことだよ。ちなみに以下なのは、フェイト…って続くけど」
「へぇ…なのはちゃん達もユーノ君に相談してるんや」
彼女達の名前が出たことに、意外そうな顔で尋ねるはやて。その言葉が何かの琴線に触れてしまったのか、
ユーノは新たに出されたグラスでテーブルをだん!と叩くと、半ば叫ぶように言った。
「ああ相談されるよ! なんだか知らないけどいろんな人から!
なのはやフェイトはいいさ。付き合い長いし仲もまあいいし! シグナムさんやシャマルさんだってわかる!
あの人達とだって10年来の付き合いだ! 互いの心内もそれなりに知れてるよ! クロノやエイミィさんだって…まあわからなくもない!
けどさ!? あんまり面識無い筈のヴァイスさんやらティアナさん、果てはエリオやキャロまで! 何で!? 何で僕に相談しに来るのっていうか
どうして僕のこと知ってるの!? お陰で週に3回くらいはこうして誰かの相談聞いてるんだけど僕!?」
「あー、そういえばなのはちゃん達が「もし私達や他の六課の人達に話しづらい相談ごとがあったらユーノくんにするといいよ」
ってあの子達に言ってたような」
「それが原因!?」
「みたいやね。いや、ユーノくんも大変やなー」
「そのなのは達に最初に「相談相手やったら…」って僕を紹介したの君でしょうが――!?」
そこまで叫んだところで力尽きたか、ユーノはカウンターに突っ伏した。そして顔だけを彼女の方に向けたまま、ぶつぶつと呟く。
「…しかもさ。相談内容の半分が恋愛関係とかどうなんだよ。なのははフェイトと喧嘩するたびに来るし、
フェイトはフェイトで喧嘩の時は何故かなのはとはち合わせしないようなタイミングで「飲もう!」って誘いに来るし。
クロノはエイミィさんと夫婦喧嘩するたびに仲裁頼んでくるわ、
ヴァイスさんは「ティアナと姐さん、どっちが良いと思います?」とか聞いてくるわ、
トドメにエリオとキャロまで「プレゼントってどんなのが良いんでしょうか」とか聞きに来るわ。
しかも挙句大体最後は惚気で終わるんだよ。嬉そーに相手のことを話してね…ふふふふふ……。
聞かされてる僕は恋愛経験なんて殆ど無いんだぞ、ちきしょう」
「そ、それは災難やなあ」
一応原因を作った(っぽい)人間として、こめかみから冷や汗を流しつつ答えるはやて。生真面目な彼の事だ。
そういった質問にも彼なりに必死で考え、答えを出したのだろう。
そこまで考えたところでとあることをふと思い出し、彼に尋ねた。
「そういえば…なのはちゃんのことはええん? ユーノくん、てっきりなのはちゃんのこと、好きやったとおもうんやけど」
それを聞き、静かに彼は頭を上げる。そしてグラスに少し口をつけると、静かに答えた。
「……昔は、好きだったよ。いや、あの頃程じゃないと思うけど、もしかしたら今も…かもね?」
「せやったら」
彼女の言葉に、しかし彼は首を振る。
「あの事故の時、思ったんだ。「なのはには、幸せになってもらいたい」って。僕の手じゃなくてもいい。なのはが幸せならって。
なのはをこの(魔法)世界に関わらせてしまった者として、それだけはしなくちゃいけないって。
けど今は、彼女の隣にはフェイトが、君達が居てくれる。そして彼女は笑ってくれている。だからいいんだよ」
思い出すのは八年前の事故のこと。なのはが大怪我を負い、空駆けることも、魔法を使うことも、諦めかけたあのときのこと。
はやても思い出す。ヴィータはその場に居ながら何も出来なかった事を悔い、フェイトは憔悴し、
それは直後にあった執務官試験に落ちてしまうほどだった。
そんな彼女達を励まし、なのはを勇気付けていた彼。彼女達ほどでないにしても動揺し、落ち込んでいた自分達までも励ましてくれた彼も、
心の内ではそんな想いを抱いていたというのか。
「……相談相手のことといい、つくづく損な役回りやね」
絵・はっかい。様より
グラスを片手にぽつりと呟く。ユーノもそんな彼女の言葉に、僅かながら苦笑を浮かべた。
「僕もそう思う。無限書庫の司書長、っていうのも、そういう点では僕らしいのかもね」
前線に、後衛に。必要な情報を与え、時に導く。ある意味彼らより重要で大きな役割を担いながら、その功績は彼らに取られ、
殆ど表立って評価されることは無い。
誰よりも知られることは無いけれど、無意識のうちで誰もが頼っている。まるでこの世界を巡り、命の源となっている大気のように。
確かに彼らしい……はやてはそう思った。
「ま、そんなことはともかく、さ」
「?」
「今ははやてのことだろ? 今度こそ振られないよう、上手くゴールインできるよう対策を立てないと」
「…せやね。ありがと」
しんみりした空気を打ち消さんと、彼女は一気に酒を飲み込む。そして次のを注文しながらユーノに向かってひとさし指を立てた。
「ええか。これで次は10回目や。大台や。ええ加減、これで決めんとあかんと思う。せやないとずるずるいきそうやし」
「うん」
「で、や。今までは何も考えずによさげな人を捜してたけど、今度はちゃんと考えてみようと思う。外せない条件と外せるかも知れへんの含めて」
「いい考えだね。はやてに合う人、か…」
「んーと……」
二人揃って考える。ある程度アルコールが入ってはいるが、思考に障害が出るほどではない。はやては一本指を立て、呟いた。
「まずは…せやな、私の仕事を理解してくれて、その上で忍耐強い人。これは必須やな」
「必須だね。これまでのうち、6回はそれが原因だったわけだから」
言うまでもない、といったところか。エリオとキャロのように相手が同僚―六課の人間ならば兎も角、
そうでなければそう会えない可能性が高いのだから。
そこまで言ったところで、二本目を立てる。
「それから次は、騎士の皆が納得してくれそうな人。これも必須」
「うんうん。2回はそれだっけ」
何せ過保護なヴォルケンリッターの面々である。もしはやてが好意を抱いたとしても彼女達が認めなければ、まず邪魔が入るだろう。
というか、絶対入る。現に入った。
「で、その関連で出来たら、やけど、ある程度の能力と地位があった方がええかな」
「ああ確かに。それで一歩引く人も結構いるからね」
三本目の指を上げたり下げたりしつつの言葉に、ユーノも頷く。
確かにそれなりの力や実績、地位があれば、少しは彼女達も認めてくれやすくなるだろう。
無論人格的なものが最優先、そういったものは二の次だろうから出来ればというレベルではあるが、あるに越したことは無い。
二等陸佐というはやての地位の事も考えれば、それなりに釣り合った地位の方が(相手が劣等感等を抱いたりしない為にも)出来れば良いし。
「あと、なんかある?」
ユーノにそういわれ、小指を折ったり戻したりしながらはやては考える。
その姿を見て「器用だなあ」などとユーノは思ったりもしたが、まあこれは関係ない。
「ん〜、外見とかはまあええに越したこと無いけど、これも必須やないし。性格とかは、そもそも好みでなかったら付き合いたいとは思わへんし。
なのはちゃんとか友人関係のほうは、まあ二つ目の条件とある程度被るし。あとは……
――あ、あった!」
「なに?」
問いかけるユーノに、自信満々げにはやては言った。
「お笑いがわかる人!!」
「……は?」
「せやからお笑いがわかってくれる人やって」
「何それ。そんな条件が必須?」
「『そんな条件』とはなんや!」
目を点にして沈黙するユーノにドン!とカウンターを叩くと、はやては熱弁しだした。
「ええか!? 笑いは関西人の魂や! これがわからん人とは付き合いたくない!ボケたら突っ込んでくれる!
そして適度にいいボケをかましてこっちの(物理的な)ツッコミにも笑って許してくれる!
これが出来なこの夜天の王、八神はやてちゃんの相方とは言えへんよ!!」
「旦那とか恋人とかじゃなくて相方なんだ…いや、そう言う意味でも使い方としては間違っちゃいないけどさ。
そういえば…一回はそんな理由だったっけ。「笑いをわかってくれない」って延々愚痴ってたような」
本日三度目の、そして一番大きな溜息をつくユーノ。溜息をつくと幸せが逃げると言うが、
彼が薄幸なのは周囲の面々の責任なのかもしれない。
「まあともあれ、条件を上げていくとしよか……
ええと、『仕事に理解があって』『家族のみんなも認めてくれて』『お笑いがわかってくれる』」
「あとは出来たら『それなりの地位と能力持ちで』『出来たら外見もいい人』か…。
ここまで揃った人、いたっけ?」
必須条件と言えば確かにそうなのだが、正直かなり敷居が高い気がする。かと言って妥協しても破局はまず免れないだろう。
「ん〜と……」
しばし考えをめぐらせるはやて。そして上を向いていた視線が段々下へと降りて…
あるところにきた時点で、動きが止まった。
「……あ」
「? どうしたの?」
「…いやこれは…しかし…うん、考えてみると…おお!」
尋ねるユーノに対し、はやては答えないまま何かを考えているご様子。そして数秒後、手をぽん、と叩くと、改めて彼の方へと向き直る。
その時、彼は見た。
【きゅぴーん】と光る彼女の瞳を。
「――なあユーノくん。ちょーっと、折り入って“お願い”があるんよ」
絵・はっかい。様より
「お願い? 別にいいけど」
「ホンマ? 何でも聞いてくれる?」
「流石にいきなり「死ね」とか言われたら拒否するけど、まあ僕に出来る範囲なら」
「オッケー。せやったら善は急げや。家に言って皆に挨拶しにいこ」
「あ、挨拶?」
「いや、あの人達とは長い付き合いなのに今更挨拶してどうするのさ?」と心の中で軽く突っ込むユーノ。だがそんなことなど関係なく、
横を向いたはやては指を折りながら機関銃の如く呟いていく。
「それ終わったら海鳴のお墓にも挨拶な。あ、ユーノくんのご両親ってお墓ある?」
「いや、僕は部族の仲間に育てられたから正直親の顔は知らないくらいで、墓もあるかどうかすら知らないけど…」
「せやったら部族の人に挨拶ってことでええか。近いうちに休み取った方が良さそうやな。
そうそう、モチ六課の皆にも報告せんと。えーと、役所はこの時間やともう閉まっとるから届出は明日ということにして、式の方は……」
「え、ええと…はやて? 届出って、一体何を届けるつもりなのかなあ…?」
なんだか嫌な予感に、彼女へと問いかけるユーノ。そして振り向いた彼女の澄み渡るような笑みと、そして紡がれた言葉は、
彼のそのニュータイプ的勘(発動条件:何だか悪い事が起こりそうな時、もう手遅れになってから)が間違っていないことを示していた。
「モチ。私とユーノくんの結婚届に決まっとるやないか」
――決まってるんですか。
「って、何それ!? 相手の条件探してたんじゃないの!?」
「うん。それでユーノくんって決まったわけやねんけど」
「何でさ!? しかもいきなり結婚!?」
「十年来の友人で色々とサポートやらもしてくれてるから私の仕事に理解があって、同じく付き合いが長いお陰でヴォルケンリッターの皆や
リインからの信頼も好感度も高い。更にお笑いにも理解がある。
その上無限書庫の司書長ってことで地位もあれば魔道士としても中々やし考古学者としても若手のホープ。とどめに外見も美形!
ほら完璧やん!! 必須どころか見事全部の条件コンプリートやで!?」
「いやいやいやいや!! 他は…まあ外見とか評価はその人の主観だからいいとしても、僕お笑いあんまり見てないし興味無いよ!?」
思いっきり手を振るユーノにはやてはびしっ!!と指を差した。
「そこや!」
「いやそこって」
「その私のボケを見逃さず突っ込んでくれるところ! これが意図的でないとするなら天然のツッコミ体質に違いない!
私の相方にピッタリ…いや、その為に生まれてきた逸材や!」
「そっか、逸材か。そう言われると嬉しいなあー。
ってどんな逸材なんだよそれ!?」
全力で突っ込んだ後ハッとなり、思わず口を噤むユーノ。だがしかし時は遅く、はやてはにやにやした顔で彼の側へと目を向けていた。
「くぅぅ! 高等技術のノリツッコミまで! こりゃもう結婚確定やね、確定!!
いやしかし、こんなに近くにええ相手が居るとはなー。青い鳥は近くに居るというか、残り物には福があるというか。
あれやな、なのはちゃんのことがあったからあんまりそういう対象として見てなかったからかな。うーん、失敗やったわ。
はやてちゃんもまだまだやね」
「あのね…」
「なに? ユーノくんは…私とじゃ、イヤ……?」
腕を絡ませ、顔を近づけてくる。
多少酒の匂いも混じっているが、感じ取れる女の香り。眼前にまで近づけられた、涙を浮かべる
美しい顔。そんでもって思いっきり腕に押し付けられている胸。
「い、いや、。別にそんな、イヤってワケじゃ…」
そこまで言いかけたところで、ようやく気付く。
嵌められた、と。
さもありなん、目の前にはぺろりと舌を出し、片手には目薬、もう片手にはテープレコーダーを持ったはやてがいた。
証拠能力の高いアナログとは計画的である。というか、お前は何故そんなものを持っていた。
「ってことはつまりオッケーやな! よっしゃよっしゃ! そしたらやっぱり結婚や! そうと決まればはよ帰るでー!
あ、マスター勘定ここで! お釣りは要らんから!! 一刻も早く私の…いや、これからは『私らの』やな、家に帰るでー!
だ・ん・な・さ・ま♪」
ばん!とお金をカウンターに置くと、ユーノの襟首を持ち、そのまま引っ張っていく。その力は何だか異常に強く、
遺跡の探索やらの都合上実は結構鍛えているはずの彼の反抗を全く意に介さない。
「ちょ、ちょっとぉぉぉぉ!?」
そうして夜の闇の中、彼の叫びが消えていくのだった。合掌。
―――その後、二人の電撃な結婚が発表され六課が激震しただとか、
これによって自身の気持ちを自覚したなのはとフェイトが共謀してユーノ略奪を仕掛けるとか、それが当人達やヴォルケンリッターのみならず、
スバルを始めとする六課の面々や無限書庫、はては管理局全体を巻き込む大騒動になったなど色々エピソードはあるが――。
まあ概ね、世界は平和だったようである。
あとがき
なんか思いついて即興で出来たお話。頑張れユーノ。三つ巴の賞品だ。
尚、自分の中のユーノのイメージはこんな感じ。基本真面目でシリアスな筈なのに、周囲に流され三枚目にされてしまうというか。
肝心な時以外(時も?)押しの弱い子。
三期では出番少ないですが…その分色々妄想出来るって事で!
……実際、クロノもそうだけど彼も地味に完璧超人だからなあ…。
それにしてもはっかい。様、ありがとーございます。なんかもー二枚もらふ絵描いて頂いて(蝶・感謝)
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