初めて会ったとき、あなたは今よりずっと幼くて。
眩しい瞳で、じっと私を見つめていた。
こんな私ではあなたに笑顔を見せられるはずも無いけれど。
――それでも出来うるなら、あなたに精一杯の微笑みを。





「……あれ。レイジングハート?」

管理局本局のメンテナンスルーム。そこで整備をして貰っていた私に、かけられる声があった。
この声は。

『Euno? Why are you here?』(ユーノ? 何故貴方がここに? ※以下の台詞は日本語で表記)

私の記憶メモリーが間違っていなければ、 彼は現在無限書庫の司書長をしているはずだ。確かに無限書庫はメンテナンスルームと同じ本局にあるけれど、 こことはかなり離れている。それに魔道師としての彼はデバイスを使用しないタイプの結界魔道師。 わざわざここに来る理由があるとは思えない。

「ああ。シュベルトクロイツの整備―それとリインに関することで無限書庫の資料が必要になったらしくてね。 それを届けた帰りだよ。司書の誰かに頼んでも良かったんだけどここ数日書庫内に缶詰状態だったから、 外の空気も吸いたくなって」

『それでですか』

納得する。
八神はやてのデバイスであるリインフォースは今では酷く珍しい融合型のデバイスだ。 その為整備の際には他のデバイスより更に慎重に対処しなければならないと聞く。資料もその関連のものだろう。
ふと彼を見ると、なにやら回りをきょろきょろ見回している。
ああ、そうか。

『マスターなら数時間前にここへ私を預けられ、今頃は恐らく自宅です。 整備は今日いっぱいかかるそうなので、再びここに来るのは明日になるかと』

「そ、そうなんだ…」

あからさまにがっくりとした顔で肩を落とす。その姿からもマスターに会いたかっただろうことは明らかだ。
そう言えばマスターも「互いの休みが合わないせいであまり会えない」と以前溜息をついていた。

『しかし随分と忙しい仕事のようですね、無限書庫の方は。
空いた時間も論文などを書いていると聞いていますし、休みなど殆ど無いのでは?』

「うん。でも実入りも多いし、今は充実してるって思うよ」

『……そう言えば、貴方は昔からそういったことが好きでしたか。しかも一度集中すると止まらなかった』

思い出す。私を首からさげ、夢中で本を読んでいた幼い頃の彼を。遺跡発掘をしている時もだったが、 本当にそういうことが好きなのだろう。その時の彼はいつも生き生きとした表情をしていた。

「はは、そうだっけ?」

『はい。何でしたら幾つか適当なエピソードを提示出来ますが』

雨が降っていることにも気付かず発掘作業に熱中していたせいで高熱を出して一週間寝込んだことや、 同じく寝食も忘れて読書に熱中していた為に栄養失調で倒れた事など。その度に私は呆れたものだ。
恐らく今かけているその眼鏡も読書のし過ぎによる賜物だろう。そういうところは変わっていない。

『貴方はよくマスターに「無茶はあまりしないで」と言いますが、昔を思い出す限り貴方も負けてません』

「で、できればあんまり思い出して欲しくないなあ。
……もしかしてその辺り、なのはにも喋ってたり…する?」

『夜マスターが眠れないと仰る時、たまに話すことがありますが』

「は、話したの!? そういうのは黙っておいてよレイジングハート!」

『話してはいけない、とは特に言われていませんでしたから』

思ったとおり、面白いように慌ててくれる彼。あまりにもあからさまなその姿に、 おかしいと感じてしまう。

「そ、それじゃあこれから話すの禁止! 元マスターとしての権限で!」

『了解しました。しかし仮に今のマスターに要請された場合、優先順位の問題上話さざるを得ませんが』

「そんなぁ〜!?」

『冗談です。それにマスターには話していませんよ』

私の言葉を聞いて、ほっと肩をなでおろす彼。 もしもリインフォースのように体があったなら、今の私はきっと笑っていただろう。そう思えた。
――私に肉体など、在る筈が無いというのに。

「でもレイジングハート…言うようになったね。昔は冗談どころか、あんまり喋ってもくれなかったのに」

『そうですね。マスターに影響されたようです』

元々彼も私も、どちらかと言えば寡黙なタイプだ。必要のある時以外はあまり喋ることはなく、 従ってこんな風に話をすることも滅多に無かった。 だから、これはいつも笑顔で私に喋りかけてくる今のマスターの影響だろう。

「そっか」

彼は僅かに微笑むと、昔を思い出すように上のほうを見つめ、ぽつりと呟いた。

「そう言えば…こうして二人だけで話をするのって凄く久しぶりだよね。
なのはと出会ってからこっち、僕達の間にはいつもなのはがいたから」

『…そうですね』

マスターと会ってから、私と彼との関係はまずマスターありきだった。 だからこうして彼女を挟まず会話をするのはマスターと出会う以前ぶりということになる。

「最初の時はびっくりしたよ。初めてレイジングハートを起動させたばかりなのに、 あそこまで魔法を、君を扱ったんだから。その上2度目以降なんてパスワードも無しで起動させたし。
僕なんて、君を扱おうとする度にパスワードを唱えてたのに」

『彼女の才覚もあったでしょうが、それ以上に私との相性も良かったのでしょう。 私としてもすんなりと彼女をマスターだと認識できましたから』

彼に才能が無いわけではないが、比較する相手が悪かったと言えるだろう。習得する技能や魔法を 短期で戦えるように出来るもののみに特化させたり、質・量とも短期では有り得ないほどの実戦をくぐったとは言え、 僅か半年でAAA級以上の能力を身につけることなど本来は有り得ない事なのだから。
それに彼は結界魔道士であり、補助をメインとする術者である。 元々がどちらかと言うと攻撃に向いたデバイスであった私とはその点でも決して合うとは言えなかった。

「それはもう構わないと思ってるよ。なのはとレイジングハートのコンビは最高だと思ってるしね。
でも…ちょっとだけ寂しかったかな」

『……寂しい?』

寂しい、とはいったい。

「なのはと出会うまで、君とはずっと一緒だったから。
あんまり言葉は交わさなかったけれど、いつも傍にいたからね」

『――ええ、そうでしたね』

小さい頃の―マスターと出会った頃よりもさらに幼い彼と初めて出会ってから。いつも私は彼の首元にいた。
確かに今のようによく喋りはしなかったけれど、時には無茶をする彼を嗜めたり、眠った彼を起こしたり。 彼がジュエルシードを一人で回収する、と言い出した時も、僅かではあるが彼と口論したものだ。

「だから、なのはの元に君をやったとき、少しの間寂しかったかな。
両親を知らない僕にとって、君は家族で――、お姉さんみたいな存在だったから」

『――――――――』

姉。
人ではなくて。人の姿もしていなくて。
ただ無骨な、インテリジェンスデバイスの私が。
彼にとっての、姉。

「え、えっと…レイジングハート? もしかして…気を悪くした?」

『……いえ、そんなことは』

…人の姿をしていなくて良かった。この時私はそう思った。
もしもそうだったら、彼の目の前には涙を流すのを止められない私がいただろうから。
どうして泣きたいと思ったのか―はっきりとはわからない。わからないけれど、そんな確信があった。

「そっか。ならいいんだけど」

『ええ。特に問題があるわけではありませんから、お構いなく』

何とか心を落ち着け、いつもどおりの口調で話す。 デバイスである私が心を落ち着けるなど滑稽かもしれないが、それでもそうとしか形容できなかった。

「そっか」

そういうと、彼はその場から立ち上がった。

『行くのですか?』

「うん。そろそろ行かないと、部下に色々と愚痴られそうだからね。これでも一応司書長だから」

『……そうですか』

寂しい、と。私はその時、何となくそう感じた。
それが彼がかつて感じたものと同じだったかはわからないけれど、そう思った。
だから。何故か彼に声をかけた。

『ユーノ』

「ん? なに?」

『……いえ、何でもありません。さようなら』

何をしたかったのかわからないままそう答える。
本当に、一体何をしたくて、そして言いたかったのだろう、私は――

「うん。
――じゃあ、『また』ね。レイジングハート』

――――――。
何故だろう。ただ、声をかけられただけなのに、酷く、嬉しい。

『……はい。『また』。ユーノ』

そうして彼はこの部屋から去っていく。
けれど、彼の残した温かいものが、私を包んでいた。





――私は、デバイス。
レイジングハートと言う名の、ただのインテリジェントデバイス。
あの頃泣いている貴方を抱きしめられないこの身を恨めしく思ったことも有るけれど。
今では、それを誇らしく思う。
大切な人を、一番近くで守れるのだから。
だから私は護りましょう。
大好きな貴方が愛する、私にとっても大切なあの主を。




















こめんと
某所に載せた、初リリカルネタ。展開的にはレイジングハート→ユーノと呼ぶべきでしょうか。
初ってのがこんな話と言うのは…相変わらずマニアックでアレな脳内をしているというか何と言うか(笑)
即興で書いた上にこんな超展開な短編ですが、楽しめたら幸い。
…しかし【某所】知ってる人ならこれ書いたの自分ってバレたなこりゃ…


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