フィンランド軍編制表1941-1944
師団から小隊まで
Jarmo Hurri, jarmo.hurri@hut.fi
Revision 0.83
April 27, 2002
目次
第2章 フィンランド地上軍の概観と師団および旅団の編制表
第1章 序
1.1 この文書にあるものとないもの
本文書にあるのは、1941年から1944年の各夏期におけるフィンランド地上軍の全体構成、および同時期の師団、旅団、連隊、大隊、中隊の装備編制表である。本文書の現バージョンにおいて、小隊は全般に分隊や班へ分割していないが、これは信頼できる情報がないためである。このような情報を得られている場合には本文書に含んでいる。
実戦に参加し、一定の構造を持つ部隊に焦点をあてている。一般に除外しているのは次のものである。
特別大隊
支援部隊
医療部隊
信号部隊
訓練部隊
輸送部隊(工兵段列を含む)
すでに加えていれば師団および旅団の記述においてこれらの部隊を目にするかもしれないが、この取り上げ方は組織だったものではなく、詳細に述べてもいない。
1.2 本文書の構成は?
本文書は二原則に従って構成されている。
1.最上級組織を最初とする。最初の章は全フィンランド地上軍部隊、師団および旅団の編制表であるが、最終章は中隊および小隊の編制表を叙述する。
2.臨時編制は夏期毎の章の中ににある。フィンランド地上軍の編制の記述は1941年夏を初めとし、1942年以降の夏期となる。この頻度で多くの目的にかなうと思われる。
本文書末に雑記があるが、そこに装備目録を含む表を2つ入れた。
原則として情報の重複を避けようとしている。不必要な情報を重複させると、少なくとも私の場合、必ず矛盾を招く。それゆえ、上位部隊に属する各下位部隊は、その部隊が本文書において独特であるなら上位部隊の記述に含めている。そうでない場合、下位部隊は適切な章において個別に述べている。
例として、11ページの1942年戦車師団編制を見れば、そこに戦車旅団を記述していないのがわかる。戦車師団は戦車旅団を持つ唯一の編制であるのは確かなのだが、それではこれは何を意味しているのか? それが意味する理由は、戦車旅団の編制が1943年に変わっているが戦車師団は変更なしということである。それゆえに、二つに分けて戦車師団の情報が重複しないようにしているのである。
これは総則である。これに沿うように努めたが、この意味では、本文書は現在のところ完璧とはいかないだろう。
1.3 欠如、誤り、および本文書への寄稿
現在、本文書に最も不足しているのは次の部隊に関するものである。
砲兵 継続戦争中の野戦砲兵を網羅している本を所持しているが、正確な情報を引き出す時間が無かった。
対戦車部隊 対戦車部隊を記述している本は判明しているが、入手する時間が無かった。
騎兵 対戦車部隊に同じ。
軽歩兵部隊 興味深い理由のために、私が読んだ書物には記述がない。これについては新たな参照を見つける必要がある。
本文書は、(厳しいスケジュールの下で)全力を尽くしたが、それでも不完全であり、誤りがいくつかあるのは致し方ない。間違いを指摘してくれるよう興味を持ってくれる専門家集団に頼んでいる。
あなたがこの文書に寄稿したいならば、E-mailもしくは通常の手紙にて連絡してほしい。寄稿に際しては、寄稿の参照元を提示することが絶対に不可避である。出版物の完全な情報、および情報が発見されたページである。必要上、関連物の写真を送りたいならば私の住所を要請していただいて結構である。
1.4 謝辞
本文書に素晴らしい出典を示してくださったJarkko Vihavainen氏に感謝します。
第2章 フィンランド地上軍の概観と師団および旅団の編制表
2.1 1941年夏期の状況
2.1.1 1941年夏期のフィンランド地上軍
フィンランド地上軍[第6巻 80,100-103ページ][第9巻
369-374,382ページ]
16個師団
第1-8、10-12、14、15、17-19師団
2個軽歩兵旅団
第1、2軽歩兵旅団
1個騎兵旅団
簡易表記:CavBde
2個歩兵連隊
第60、61独立歩兵連隊(いかなる師団もしくは旅団にも属さず)
3個そり大隊
第1-3独立そり大隊
3個超重野戦砲兵中隊(*1)
第1-3独立超重野戦砲兵中隊。第2超重野戦砲兵中隊は触れられていない[第6巻、102ページ]が、存在している[第9巻、373ページ]
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(*1)Fininish:järeä patteristo
10個重野戦砲中隊
第1-4重砲中隊、第12-17独立重砲中隊。第10重砲中隊も触れられている[第6巻、102ページ]が、[第9巻、372ページ]にはない。
3個軽野戦砲中隊
第10軽野戦砲中隊、第14、15独立軽野戦砲中隊
6個要塞砲中隊
第1-6要塞砲中隊
8個工兵大隊
第1-3工兵大隊、第11-15独立工兵大隊
6個国境警備隊
第1-6独立国境警備隊、第1国境警備隊は北西海岸(Hanko)に位置したが、その他は東部戦線。国境警備隊は公式には大隊の形ではないが、3〜5個中隊から構成されているため編制表では他の大隊規模部隊として述べている。
1個戦車大隊
独立戦車大隊
戦車部隊に関しては、フィンランド陸軍の目標は継続戦争開始以前に戦車旅団を創設することであった[第6巻、87,、45、156ページ]。しかし、1941年6月、陸軍は戦車86輌(軽戦車42輌、中戦車2輌、水陸両用戦車42輌[第6巻、155ページ])しか持たず、旅団を編成するには不十分であった[第6巻、87、145、156ページ]。歩兵装備の不足を示す表[第6巻、155ページ]によれば、ほぼ2倍の戦車を必要としたであろう。継続戦争以前には1個戦車大隊が編成されて軽歩兵旅団に配属となり、残余の装甲車輌(大部分がT37水陸両用軽戦車)は異なる陸軍軍団に配属された[第6巻、71ページ]。1941年夏、戦車大隊は少なくとも2つの異なる軍団下にて運用されていた[第7巻、61ページ]。
2.1.2 1941年夏期の師団および旅団
師団[第6巻、84-85ページ]
師団司令部
1個歩兵中隊
[第6巻、85ページ]の図によれば、司令部直属の1個歩兵中隊がある。これは司令部中隊かもしれず、事務や装備配給を担当していたかもしれない(「段列(toimitusk)中隊」)。
3個歩兵連隊
1個軽分遣隊
1個軽野戦砲連隊
1個重野戦砲中隊
10個師団のみ(全16個師団中)
1個工兵大隊
1個対戦車砲中隊
1個毒ガス防御中隊
1個対空機関銃中隊
1個憲兵小隊
1個工兵段列
軽歩兵旅団[第6巻、86ページ][第9巻、392ページ]
注意:この編成には1個本部中隊もしくは類似のものがおそらくあるが、このような部隊は上の出典では触れられていない。
旅団本部
3個軽歩兵大隊
1個自動車化軽野戦砲中隊
1個対戦車砲中隊
1個装甲車小隊
1個工兵小隊
騎兵旅団[第6巻、86ページ][第9巻、392ページ]
2個騎兵連隊
1個軽歩兵大隊
1個砲兵小隊
1個騎乗砲兵中隊
1個軽野戦砲中隊
1個工兵中隊
2.2 1942年夏期の状況
2.2.1 塹壕戦における地上軍の再編
1941年秋に塹壕戦が始まると、フィンランド陸軍司令部は25万人の兵士動員の準備を開始した[第8巻、140ページ]。編成目標は合計18個の予備旅団で、各師団から1個、1個軽歩兵旅団、1個騎兵旅団であった[第5巻、50ページ]。この目標を達成する方法は、4個大隊からなる「青年」連隊編成を含むこともあって複雑を極め、各師団はようやくのことでこれらの部隊を1個予備旅団へと転属したと思われる。すでに1941年末、フィンランドはこの計画に疑念を抱き始めた。「予備旅団」使用するかどうかの検討を延期した。これは1942年5月に廃止となった。
しかし多数の再編が始まった1942年夏までには、このイニシアティブがすでに起こっていた[第5巻。89-92ページ]。最も重要なことに、多くの師団が再編されたため2個連隊と、3個目の連隊は「旧」連隊の一部しか持たなくなった。さらに連隊は、4個大隊を持つ新しい旅団で編制することとなった。第12師団および第19師団の2つの師団は中断された[第8巻、163ページ]。第3旅団および第12旅団の2個歩兵旅団はすでに第3、33、54歩兵連隊からすでに編成されていた[第8巻、146-149ページ]。編制表全般から見て、状況はかなり込み入っている。しかし最も一般的な師団編制は3個大隊を持つ2個連隊(1個連隊は通常部隊、もう一方は通常部隊と召集部隊)、および1個特別大隊(老兵)からなるものである[第5巻、90、92ページ]。全師団の配属部隊は1942年8月までに解隊された[第8巻、148ページ]。
師団の再編成は1944年春まで続いた。変化は、1942年と1943年の夏期の間では(幸運にも)緩やかなもので、3個の新しい旅団が編成されただけであった。1944年春、師団レベルの編制表は調和が取れており、各師団は各3個大隊を持つ2個連隊と別に1個歩兵大隊、1個迫撃砲中隊および1個対戦車砲中隊からなる[第8巻、154ページ]。
多くの独立部隊が再編成され、塹壕戦の間に他の編成に組み入れられるか解隊された[第8巻、148-149、150ページ]。そり大隊は1943年5月までに全て存在しなくなった。第1そり大隊および第2そり大隊は1942年2月に中止され、第3そり大隊は1943年5月に新たな第15歩兵旅団の基幹部隊として編成された。軽歩兵旅団の双方とも1942年6月までに中止された。第2軽歩兵旅団は中止、第1軽歩兵旅団は新たな戦車師団、TDivに配属された。戦車大隊TBnはTDivの最初の戦車大隊となった。騎兵旅団は1943年1月までの6ヶ月間は戦車師団の部隊となり、新しい第6軽歩兵大隊が配属されると同部隊は独立予備となった[第5巻、71ページ]。国境軽歩兵中隊も1941年秋に軽歩兵大隊へと再編成された(一般的に各大隊に3個中隊)。
独立野戦砲兵部隊の数字と種類は1944年まではほとんど変化がないが、その装備は可能になれば更新されている[第9巻、369-376ページ]。残念なことに、要塞砲部隊はかなりの変動があった。この編成および兵科は戦争中に幾たびも変わった[第9巻、382-383ページ]。下位部隊については以下の文章にて触れない。興味ある読者は[第11巻]にて詳細を見ることが出来る。
2.2.2 1942年夏期のフィンランド地上軍
フィンランド地上軍[第6巻 100-103ページ](他の出典は上を参照のこと)
16個師団
第1-8、10-11、14、15、17-18師団
2個歩兵旅団
第3、12歩兵旅団
1個騎兵旅団
1個そり大隊
第3独立そり大隊
3個超重野戦砲兵中隊
第1超重野戦砲兵中隊。第3-4独立超重野戦砲兵中隊
12個重野戦砲中隊 (11個かも?)
第1-4重砲中隊、第12-17重砲中隊。第23独立重砲中隊。各中隊は独立のままだと考えている。また第23重砲中隊も独立となったのは第12師団が解隊したからである(第19師団は重砲中隊を持っていなかった)。
5個軽野戦砲中隊
第10-11軽野戦砲中隊、第13-15独立軽野戦砲中隊。第13軽砲中隊が独立になったのは第2軽歩兵旅団が解隊したからであり、また第11軽砲中隊が独立になったのはもはや第1軽歩兵旅団の所属でなくなったからと考えている[第2巻、155ページ]。
8個工兵大隊
第1-3工兵大隊、第11-15独立工兵大隊。各大隊は独立のままだと考えている。これらは異なる軍団に配属されたが、どの師団や旅団にも永久に属したことは、おそらくない[第9巻、391ページ][第12巻、259-261ページ]。
6個国境警備隊 (8個?)
第1-8独立国境警備隊。
1個戦車師団
戦車師団
2.2.3 1942年夏期の師団および旅団
師団[第6巻、84-85ページ][5、90ページ]
注意:軽分遣隊は解隊され、また1個歩兵連隊は老兵(退役兵?)部隊による1個歩兵大隊に削減された。旧連隊の他の部隊(対戦車砲や迫撃砲中隊のような)に何が起こったかわからない。1944年の整った師団には存在しているが、ここでも同様であったかは不明である。
師団司令部
1個歩兵中隊
司令部中隊?
2個歩兵連隊
1個歩兵大隊
老兵(退役兵?)
1個軽野戦砲連隊
1個重野戦砲中隊
10個師団のみ(全14個師団中)
1個工兵大隊
1個対戦車砲中隊
1個毒ガス防御中隊
1個対空機関銃中隊
1個憲兵小隊
1個工兵段列
戦車師団[第2巻、155-156、158、337ページ]
注意:騎兵旅団はこの編成の初期の部隊だが、それは6ヶ月間だけ(1942年7月ー1943年1月[第8巻、149ページ])であるため、この編制表には入れていない。
師団司令部
1個戦車旅団
1個軽歩兵旅団
4個軽歩兵大隊
1個対戦車砲大隊
これは本当はフィンランドの「panssarijääkäripataljoona」であるが、実際は対戦車砲大隊を意味する。
本部
4個対戦車砲中隊
1個装甲対空砲中隊
対空戦車(10 ITPSV 40)6輌
1個重野戦砲兵中隊
1個工兵大隊
戦車旅団[第2巻、155ページ]
歩兵旅団[第8巻、164ページ]
旅団本部
4個歩兵大隊
1個軽野戦砲中隊
1個重野戦砲中隊
1個迫撃砲中隊
1個対戦車砲中隊
1個工兵中隊
騎兵旅団[第6巻、86ページ][第9巻、392ページ][第5巻、71ページ]
注意:新らしい第6軽歩兵はこの旅団に配属された[第5巻、71ページ]。初期の軽歩兵大隊は、この時期に依然として配属されていると考えている。(部隊史からの調査による)
連隊本部
2個騎兵連隊
2個軽歩兵大隊
1個砲兵大隊
1個騎乗大隊
1個軽野戦砲中隊
1個工兵中隊
2.3 1943年夏期の状況
2.3.1 1943年夏期のフィンランド地上軍
フィンランド地上軍[第6巻 100-103ページ][第5巻、99-101ページ](他の出典は上を参照のこと)
注意:最後のそり大隊が解隊されて新しい旅団が編成された。
14個師団
第1-8、10-11、14、15、17-18師団
6個歩兵旅団
第3、12、15、19-21歩兵旅団
1個騎兵旅団
3個超重野戦砲兵中隊
第1超重野戦砲兵中隊。第3-4独立超重野戦砲兵中隊
12個重野戦砲中隊 (11個かも?)
第1-4重砲中隊、第12-17重砲中隊。第23独立重砲中隊。
4個軽野戦砲中隊 (5個かも?)
第10-11軽野戦砲中隊、第13-15独立軽野戦砲中隊。
8個工兵大隊
第1-3工兵大隊、第11-15独立工兵大隊。
8個国境警備隊
第1-8独立国境警備隊。
1個戦車師団
戦車師団
2.3.2 1943年夏期の師団および旅団
師団
1942年夏期から変化なしと思われる(11ページ参照)
戦車師団
1942年夏期から変化なしと思われる(11ページ参照)
歩兵旅団
1942年夏期から変化なしと思われる(12ページ参照)
軽歩兵旅団
1942年夏期から変化なしと思われる(11ページ参照)
騎兵旅団
1942年夏期から変化なしと思われる(12ページ参照)(部隊史からの調査)
戦車旅団[第2巻、155-158ページ]
注意:1942年夏期以降、1個戦車大隊が1個突撃砲大隊に改編、また別の1個戦車中隊が編成された。最初のStu40が旅団に配備されたのは1943年8月29日である。クリスティをStu40に装備転換するのはゆっくりだったが、別種戦車中隊も1943年に編成されていることから、時系列は知らないけれども、充分早いと言えるかもしれない。
司令部
1個歩兵中隊
2個戦車大隊
1個突撃砲大隊
本部中隊
Stu40 2輌
装甲車 1輌
乗用車 2台
オートバイ 3台
3個突撃砲中隊
注意すべきことに、2個突撃砲小隊しかなく、第3小隊は戦車を装備せずに警戒小隊として使われている。
本部分隊
Stu40 1輌
装甲車 1輌
乗用車 1台
オートバイ 2台
2個突撃砲小隊
Stu40 3輌
別種戦車中隊
わかっているのは別種戦車中隊がクリスティ18輌を装備していたことだけであるが、おおよそこのように分配されたと思われる。
本部中隊
クリスティ1輌
3個戦車小隊
クリスティ5輌
2.4 1944年夏期の状況
2.4.1 1944年夏期のフィンランド地上軍
フィンランド地上軍[第6巻 100-103ページ][第5巻、99-101ページ](他の出典は上を参照のこと)
注意:自動車化重砲中隊がいくつか追加された[第9巻、373ページ]。
14個師団
第1-8、10-11、14、15、17-18師団
1個戦車師団
TDiv
6個歩兵旅団
第3、12、15、19-21歩兵旅団
1個騎兵旅団
3個超重野戦砲兵中隊
第1超重野戦砲兵中隊。第3-4独立超重野戦砲兵中隊
12個重野戦砲中隊 (11個かも?)
第1-4重砲中隊、第12-17重砲中隊。第23独立重砲中隊。独立のままかどうかは不明。
3個自動車化重野戦砲中隊
第4、6、8自動車化重野戦砲中隊
4個軽野戦砲中隊 (5個かも?)
第10-11軽野戦砲中隊、第13-15独立軽野戦砲中隊。独立のままかどうかは不明。
8個工兵大隊
第1-3工兵大隊、第11-15独立工兵大隊。
6個国境警備隊 (8個かも?)
第1-8独立国境警備隊。
2.4.2 1944年夏期の師団および旅団
師団[第6巻、84-85ページ][第8巻、154ページ][第5巻、90ページ]
注意:1944年初頭から師団は調整されてきた[第8巻、154ページ]
司令部
1個歩兵中隊
2個歩兵連隊
1個歩兵大隊
1個軽野戦砲連隊
1個重野戦砲中隊
10個師団のみ(全14個師団中)
1個工兵大隊
2個対戦車砲中隊
1個迫撃砲中隊
1個毒ガス防御中隊
1個対空機関銃中隊
1個憲兵小隊
1個工兵段列
戦車師団
1942年夏期から変化なしと思われる(11ページ参照)
歩兵旅団
1942年夏期から変化なしと思われる(12ページ参照)
軽歩兵旅団
1942年夏期から変化なしと思われる(11ページ参照)
騎兵旅団
1942年夏期から変化なしと思われる(12ページ参照)(部隊史からの調査)
戦車旅団[第2巻、155-158ページ]
1943年夏期から変化なしと思われる(14ページ参照)
第3章 連隊、大隊、騎兵大隊(砲兵を除く)
3.1 1941年夏期の連隊、大隊、騎兵大隊
歩兵連隊[第6巻、86ページ][第4巻、27ページ]
連隊本部
本部中隊
1個工兵小隊
1個軽歩兵小隊
3個歩兵大隊
1個迫撃砲中隊
1個対戦車砲中隊
1個歩兵小隊
騎兵連隊[第8巻、163ページ][第12巻、263ページ]
注意:[第8巻、163ページ]の表は実際には1943年のものであるが、部隊史を入手できるまでは、これが全期間の編成と考える。
連隊本部
本部中隊
4個ライフル騎兵大隊
1個重騎兵大隊
1個工兵小隊
歩兵大隊[第6巻、86ページ][第1巻、14-15ページ]
注意:対戦車班および軽歩兵小隊は[第6巻、86ページ]で触れられていないが、[第1巻、14-15ページ]で通常編制部分であるように記載されている。
大隊本部
3個歩兵中隊
1個機関銃中隊
1個対戦車班
1個軽迫撃砲小隊
1個軽歩兵小隊
そり大隊[第3巻、55ページ]
注意:この表は第3そり大隊[3]の部隊史に基づいている。これまで見たなかで最高の記述である。
大隊本部
3個そり中隊
1個機関銃中隊
1個軽歩兵小隊
1個迫撃砲小隊
戦車大隊[第2巻、96、101-102ページ]
注意:1941年のフィンランドは戦車大隊を1個しか持っていなかったので、これはかなり特別な編成である。
大隊本部
3個戦車中隊
1個重戦車小隊
1個火炎放射戦車小隊
火炎放射戦車 5輌(T-18/T130[第2巻、328ページ])
軽分遣隊[第6巻、85ページ][第13巻、29ページ]
注意:軽分遣隊内にさらに小さな部隊がいくつかあったかもしれない。[第6巻、85ページ]にある記述は概観で、[第13巻、29ページ]は、第1師団軽分遣隊の中隊3個の指揮官をリストに挙げている。
分遣隊本部
3個軽歩兵中隊
工兵大隊[第12巻、262ページ][第10巻、11ページ][第6巻、90ページ][第9巻、391ページ]
注意:通常、この大隊が投光照明小隊を1943年まで含んでいるのだが、[第9巻、391ページ]ではほとんどの工兵大隊が1941年夏には既に投光照明小隊を火炎放射小隊に改編したと明記している。また、工兵の訓練は1941年夏には戦闘工兵技術に焦点をおいて[第12巻、420-421ページ]、火炎放射訓練も含まれており、また1942年には2つの特別火炎放射課程が下士官に与えられた。本部中隊は[第10巻、11ページ]で、通常編制の部分であると記載されている。
大隊本部
1個本部中隊 (編成?)
3個工兵中隊
1個軽歩兵工兵小隊
小隊本部
2個火炎放射工兵分隊
この分隊は襲撃班として使われた。また音響(「tutkain」地雷発見に使用)、爆薬攻撃、管(「torvi」)攻撃、棒(「tanko」)攻撃も行なった[第12巻、275ページ]。一般的な工兵分隊は8名からなるが、火炎放射の数に基づくと、同分隊は12名からなると思われる。これについては確認していない。
火炎放射器 6台
火炎放射器はイタリア40年型、ロシア41年R型、フィンランド44年型があった。40年型および41年R型を操作するには2名を要した。44年型は1名でも操作できた。加えて44年型は操作員が短機関銃も撃つことが出来た。しかし44年型の放射距離は前型式より5メートル短くなり(15m
vs. 20m)、4-5秒しか炎が持続しないが、初期型は20秒持続することが出来た[第9巻、391ページ]。44年型は「戦争の後期段階に」使われた。型式ナンバー計画がまったくの非論理的でないとすれば、これは1944年だと見ている。残念ながら、型式が異なる関連法則を知らない。
軽歩兵大隊
調査中 (部隊史より)
ライフル分隊
調査中 (部隊史より)
重武装分隊
調査中 (部隊史より)
国境警備隊[第6巻、80ページ]
注意:最も一般的な編制では3個中隊であるが、4個ないし5個を持つのもある。国境警備隊が司令部を持つかどうかは不明。
3.2 1942年夏期の連隊、大隊、騎兵大隊
歩兵連隊
1941年夏期から変化なしと思われる(17ページ参照)
騎兵旅団
1941年夏期から変化なしと思われる(17ページ参照)
歩兵大隊
1941年夏期から変化なしと思われる(18ページ参照)
そり大隊
第3大隊の機関銃中隊はそり大隊に唯一残っていて、1943年春には小型化された(1個小隊を取り除いた)のだが、他の編成は1941年夏と同様のままである(18ページ参照)
戦車大隊[第2巻、96、101-102、154-157ページ]
注意:これは実際には1943-1944年における戦車大隊の編成だが、これを選んだのは1941-1942年間に変化を認められなかったからである。
大隊本部および1個本部小隊
T-26 2輌
装甲車 1輌
オートバイ 4台
乗用車 4台
3個戦車中隊
工兵大隊
1941年夏期から変化なしと思われる(19ページ参照)
国境軽歩兵大隊[第8巻、166ページ]
本部
1個本部中隊
3個国境軽歩兵中隊
1個機関銃中隊
3.3 1943年夏期の連隊、大隊、騎兵大隊
歩兵連隊
1941年夏期から変化なしと思われる(17ページ参照)
騎兵旅団
1941年夏期から変化なしと思われる(17ページ参照)
歩兵大隊
1941年夏期から変化なしと思われる(18ページ参照)
戦車大隊
20ページの1942年夏期の記述を参照のこと
工兵大隊
1941年夏期から変化なしと思われる(19ページ参照)
国境軽歩兵大隊
1941年夏期から変化なしと思われる(21ページ参照)
3.4 1944年夏期の連隊、大隊、騎兵大隊
歩兵連隊
1941年夏期から変化なしと思われる(17ページ参照)
騎兵旅団
1941年夏期から変化なしと思われる(17ページ参照)
歩兵大隊
1941年夏期から変化なしと思われる(18ページ参照)
戦車大隊
20ページの1942年夏期の記述を参照のこと
工兵大隊
1941年夏期から変化なしと思われる(19ページ参照)
国境軽歩兵大隊
1941年夏期から変化なしと思われる(21ページ参照)
第4章 中隊および小隊の編制表
4.1 1941年夏期の中隊および小隊
歩兵中隊[第6巻、86ページ]
歩兵小隊
指揮官1名
4個ライフル分隊
工兵中隊[第12巻、262ページ]
中隊本部
3個工兵小隊
工兵小隊
戦車中隊[第2巻、15ページ]
指揮戦車(T-26) 1輌
1個指揮分隊
3個戦車小隊
1個工兵小隊
対戦車砲中隊[第1巻、180ページ]
注意:調査中
37mm対戦車砲 ?門
そり中隊
調査中
対空機関銃中隊
調査中
憲兵小隊
調査中
装甲車小隊
調査中
迫撃砲中隊
調査中
軽迫撃砲小隊
調査中
重迫撃砲小隊
調査中
軽歩兵中隊
調査中
軽歩兵小隊
調査中
国境軽歩兵中隊
調査中
ライフル分隊
調査中
重武装分隊
調査中
機関銃中隊
調査中
4.2 1942年夏期の中隊および小隊
歩兵中隊
1941年夏期から変化なしと思われる(23ページ参照)
歩兵小隊
1941年夏期から変化なしと思われる(23ページ参照)
工兵中隊
1941年夏期から変化なしと思われる(23ページ参照)
工兵小隊
1941年夏期から変化なしと思われる(23ページ参照)
対戦車砲中隊[第1巻、180ページ]
注意:調査中。対戦車砲中隊は1942年初頭に新型75mm砲を入手。
迫撃砲中隊[第1巻、180ページ]
注意:軽迫撃砲小隊は重迫撃砲小隊に転換された。
4.3 1943年夏期の中隊および小隊
歩兵中隊
1941年夏期から変化なしと思われる(23ページ参照)
歩兵小隊
1941年夏期から変化なしと思われる(23ページ参照)
工兵中隊
1941年夏期から変化なしと思われる(23ページ参照)
工兵小隊
1941年夏期から変化なしと思われる(23ページ参照)
4.4 1944年夏期の中隊および小隊
歩兵中隊
1941年夏期から変化なしと思われる(23ページ参照)
歩兵小隊
1941年夏期から変化なしと思われる(23ページ参照)
工兵中隊
1941年夏期から変化なしと思われる(23ページ参照)
工兵小隊
1941年夏期から変化なしと思われる(23ページ参照)
第5章 砲兵連隊および中隊の編制表
野戦砲連隊
調査中
超重野戦砲連隊
調査中
重野戦砲連隊
調査中
軽野戦砲連隊
調査中
自動車化軽野戦砲連隊
調査中
騎乗中隊
調査中
要塞中隊
調査中
砲兵小隊
調査中
第6章 装備についての雑記
装備 量 実際戦力 実際戦力との差 定数 定数との差
ライフル
556,000
514,000
+8%
565,000
-2%
軽機関銃
14,500
15,900
-9%
17,500
-17%
機関銃
5,440
5,540
-2%
6,100
-11%
サブマシンガン
13,700
24,100
-43%
26,500
-48%
ピストル
32,200
84,400
-62%
92,800
-65%
8-14mm対戦車ライフル
424
2,790
-85%
3,070
-86%
20mm対戦車ライフル
487
944
-48%
1,040
-53%
81mm迫撃砲
911
806
+13%
887
+3%
120mm迫撃砲
162
204
-20%
224
-28%
表6.1:1941年7月1日における実質的な戦力(FS)歩兵装備の量的偏差、および定数(AS、装備強化で実質的な戦力+10%)[第6巻、155ページ]
戦車 1943年8月6日 1944年6月1日
BAB
13
-
BAF
1
-
T-26
93
81
T-28
7
6
T-34
3
2
T-38
4
4
KV-1
2
1
T-50
-
1
Stu 40
-
25
BT 42
9
14
10 ITPSV 40
6
6
表6.2:1943年および1944年の戦車師団の戦車[第2巻、163-164ページ]
引用文献
[1] Martti Hahtela, Antti Juutilainen, and
Väainö Salmela. The Fighting IR 9
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1987. Finnish title: Taisteleva JR 9 | Jalkaväakirykmentti
9 1941-1944.
[2] Pekka Kantakoski. Finnish Armored Forces
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[3] Veikko Karhunen. The Sissi Troops of
Viena - Sissi Battalion 3 in the Continuation War 1941-1943. Werner Säodersträ
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[4] Matti Koskimaa. The Regiment of Tyrjä
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Säodersträ om Osakeyhtiä o, Helsinki, Finland, 1996.
[5] Office of War History, Department of Military
Science, editor. War of Finland 1941-1945, volume 6. Kustannusosakeyhtiö
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[6] Office of War History, Department of Military
Science, editor. History of The Continuation War 1 - From Winter War
to Continuation War, The War Begins. Werner Säodersträ om Osakeyhtiö, Helsinki, Finland, 1988.
[7] Office of War History, Department of Military
Science, editor. History of The Continuation War 2 - Attack to Eastern
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[8] Office of War History, Department of Military
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[9] Office of War History, Department of Military
Science, editor. History of The Continuation War 6 - Sea and Air Defence,
Administration and War Economy, Supply and Branches of Service,
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[10] Heikki Paarma, Erkki Päaä allysaho,
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15 1941-1944.
[11] Teuvo Räonkkäonen. Fortress artillery:
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14, pages 106-168. Sotahistoriallinen seura / Sotamuseo, 1995. Finnish
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[12] Eero-Eetu Saarinen. History of the Pioneer
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[13] Kaino Tuokko. 1st Division 1941-1944.
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