戦艦大和を護衛艦の対艦ミサイルで撃沈できるか?


●目的
 戦艦大和は、現代の護衛艦が装備する対艦ミサイルで撃沈可能だったのであろうか?この疑問に対して、両者の特性を分析し、推定を行なった。

●護衛艦の対艦ミサイル
 護衛艦に搭載されている対艦ミサイルは、AGM-84 ハープーン[Harpoon]という米国設計のものである。性能および説明を表1に示す。

表1 AGM-84 ハープーンの性能と説明について

●艦対艦誘導弾ハープーン キャニスター型発射機
 本ミサイルは、1976年より米軍にて装備が開始された対艦ミサイルである。攻撃方法は次にようなものである。1)自艦の各種センサーや遠方の場合は、航空機や他の艦より目標の情報を受け取り火器管制装置に入力、2)ミサイルにデータを入力し発射、3)初期の加速はロケットブースターで行われ、巡航速度に達したらロケットブースターを切り離し、ターボファンエンジンにて巡航する、3)ミサイルは入力されたデータにより慣性誘導(中間誘導装置)される、目標艦からレーダーで発見されにくくするため巡航高度は低い、4)目標を捕捉するとアクティブ・レーダー・ホーミング(終末誘導)に誘導を切り替え、ホップアップして目標に突入する
[性能諸元]
重量:667kg(ブースター含む)、全長4.57m、直径0.34m、翼幅0.914m、最大射程:110km、飛行速度:マッハ0.85、推進薬:加速は固体燃料、巡航はターボファンエンジン、誘導方式:慣性誘導+アクティブ・レーダーホーミング、弾頭重量:221.4kg、炸薬重量:97.5kg

●ハープーン弾頭の威力
表2に、各種兵器弾頭の炸薬/弾頭重量比を示す。炸薬/弾頭重量比とは、弾頭重量全体における炸薬の重量の比である。ハープーンの弾頭は、半徹甲弾頭と呼ばれているが、炸薬/弾頭重量比は44%で、艦砲の徹甲弾(46cm91式徹甲弾で2.3%)と比較すると大きく、航空爆弾(MK82で38.4%)と同等の値である。従って、貫徹能力は、徹甲弾と比較すると著しく低い。一方、榴弾としての威力は、弾頭重量が221.4kgということから、500ポンド航空爆弾MK82の226.8kgと同等であり、徹甲弾より大きい。

表2 各種兵器弾頭の炸薬/弾頭質量比
兵器 名称 弾頭重量
[kg]
炸薬重量
[kg]
炸薬/弾頭
重量比
[%]
備考
対艦ミサイル AGM-84 221.4 97.5 44.0 ハープーンの半徹甲弾頭
航空爆弾 Mk82/500lb 226.8 87.1 38.4 無誘導の航空爆弾
Mk83/1000lb 453.6 174.6 38.5 無誘導の航空爆弾
榴弾(砲用) 93式榴弾 40.6 7.8 19.1 45式15cm加濃砲等で使用
92式榴弾 36.0 7.7 21.3 4年式15cm榴弾砲で使用
91式榴弾 16.0 2.5 15.8 14年式10cm加濃砲で使用
93式尖鋭弾 40.2 5.5 13.6 45式15cm加濃砲で使用
92式尖鋭弾 36.0 6.2 17.1 4年式15cm榴弾砲で使用
91式尖鋭弾 15.7 2.3 14.5 14年式10cm加濃砲で使用
戦車砲の徹甲榴弾 95式破甲榴弾 6.6 0.065 1.0 3式中戦車(チヌ)
艦砲の徹甲榴弾 46cm91式徹甲弾 1460 33.9 2.3 戦艦用徹甲弾(徹甲榴弾)

●ハープーン弾頭の貫徹能力
 ハープーンを純粋な徹甲弾と仮定して、古典的な式で貫徹能力を推定した。貫徹能力の推定計算結果を表3に示す。

表3 46cm91式徹鋼弾、41cm91徹鋼弾およびAGM-84 Harpoonの貫徹能力の推定と比較
弾丸 直径 存速 重量 運動エネルギー 断面積 係数
(jacob)
係数
(Tresider)
係数
(Krupp)
貫徹能力
(実際)
貫徹能力
(jacob)
貫徹能力
(Tresider)
貫徹能力
(Krupp)
D V M E=0.5*M*V^2 A=0.25*π*d^2 K
(jacob)
K
(Tresider)
K
(Krupp)
H H
(jacob)
H
(Tresider)
H
(Krupp)
[m] [m/sec] [kg] [MJ] [m^2] [m] [m] [m] [m]
46cm
91式徹甲弾
0.46 475 1460 165 0.1662 1.869E-08 7.201E-07 6.494E-08 0.42 0.42 0.42 0.42
41cm
91式徹甲弾
0.41 452 1020 104 0.1320 0.32 0.31 0.34 0.33
ハープーン 0.34 238 500 14 0.0924 ?? 0.08 0.10 0.10

[推定方法]
 推定には、有名な下記の3つの式を使用した。
1)Jacob de Marreの式
 1870年頃にフランスのJacob de Marreが考案した実験式。日本では、1915〜1945年ごろに海軍で主用された。同時期、米国および英国海軍でも主用されていた。
 
H=K・((M/D1.50.714)・V1.43

2)Tresiderの式(Moissonの式)
 1870年頃に英国のTresidder海軍大佐が考案した実験式。日本では、日露戦争のころに海軍において、Jacob de Marreの式と併用された。
 
H=K・((M/D)0.5)・V1.5=K・(M・V/D)0.5

3)Kruppの式
 ドイツのKrupp社が考案した実験式。

 H=K・((M/D1.670.75)・V1.5

 ただし、各式の係数:Kは、射距離30000mにおける46cm91式徹甲弾の存速で、装甲鋼板に垂直に着弾した場合の貫徹能力を420mmとし算出した。また、妥当性の確認のため41cm91式徹甲弾の射距離30000mにおける貫徹能力も、同じ係数を使って計算している。
ハープーンについては、突入時の速度や重量が不明なため、突入速度は、巡航速度である856km/hour=238m/secを使用した。また、突入時の重量を500kgとし、直径は34cm=0.34mとして計算した。

[計算結果]
 まず、妥当性の比較として計算した41cm91式徹甲弾の貫徹能力は、Jacob de Marreの式では、0.31m=310mm、Tresiderの式(Moissonの式)で0.34m=340mm、Kruppの式で、0.33m=330mmという結果が得られた。41cm91式徹甲弾の射距離30000mにおいての直立した装甲鋼板への貫徹能力は320mmと言われており、推定値はこの値と大差無く、式の妥当性が証明された。
 次に、ハープーンの貫徹能力の計算結果を見ると、Jacob de Marreの式では、0.08m=80mm、Tresiderの式(Moissonの式)およびKruppの式の式では、0.10m=100mmという結果が得られた。


●ハープーンの弾頭の強度
 前述の推定計算では、ハープーンを純粋な徹甲弾と仮定して計算している。しかし、実際のハープーンの弾頭は、炸薬/弾頭重量比の大きな、航空爆弾と同等のものであり、その強度は低い。それを理解するために、同一寸法で、炸薬/弾頭重量比が約44%の弾頭(モデル1:ハープーンの弾頭を模擬)と、約2.3%の弾頭(モデル2:46cm91式徹甲弾を模擬)の弾殻の厚さを推定計算し、イメージを作成した。計算結果を表4に、各モデルのイメージを図1に示す。

表4 炸薬/弾頭重量比44%(モデル1)と2.3%(モデル2)の弾殻の平均肉厚
半球部分 モデル1 モデル2
外直径 Dr 0.340 0.340 [m]
肉厚 tr 0.018 0.112 [m]
内直径 Dri=D-2tr 0.304 0.116 [m]
外半径 Rr=D/2 0.170 0.170 [m]
内半径 Rri=Dri/2 0.152 0.058 [m]
半球部分の全体の体積 Vr=(4/3)πRr^3 0.0206 0.0206 [m^3]
半球部分の炸薬の体積 Vrc=(4/3)πRri^3 0.0147 0.0008 [m^3]
半球部分の外殻の体積 Vra=(Vr-Vrc)/2 0.0029 0.0099 [m^3]
外殻の比重 ρa 7800 7800 [kg/m^3]
炸薬の比重 ρc 1500 1500 [kg/m^3]
半球部分の外殻の重量 Mra=Vr*ρa 22.9 77.1 [kg]
半球部分の炸薬の重量 Mrc=Vrc*ρc 22.1 1.2 [kg]
半球部分の全体の重量 Mr=Mra+Mrc 45.0 78.3 [kg]
円柱部分
外直径 Dc 0.340 0.340 [m]
肉厚 tc 0.018 0.112 [m]
内直径 Dci=Dc-2tc 0.304 0.116 [m]
外半径 Rc=Dc/2 0.170 0.170 [m]
内半径 Rci=Dci/2 0.152 0.058 [m]
円柱部分の全体の断面積 S=πRc^2 0.0908 0.0908 [m^2]
円柱部分の炸薬の断面積 Si=πRci^2 0.0726 0.0106 [m^2]
円柱部分の外郭の断面積 So=S-Si 0.0182 0.0802 [m^2]
円柱の高さ h 0.700 0.700 [m]
円柱部分の全体の体積 Vc=S*h 0.0636 0.0636 [m^2]
円柱部分の炸薬の体積 Vci=Si*h 0.0508 0.0074 [m^2]
円柱部分の外郭の体積 Vco=So*h 0.0127 0.0562 [m^2]
円柱部分の炸薬の重量 Mci=Vci*ρc 76.2 11.1 [kg]
円柱部分の外郭の重量 Mco=Vco*ρa 99.4 438.0 [kg]
円柱部分の全体の重量 Mc=Mci+Mco 175.6 449.1 [kg]
全体
全体の炸薬の重量 Mc=Mrc+Mci 98.3 12.3 [kg]
全体の外殻の重量 Ma=Mra+Mco+Mb 122.3 515.1 [kg]
全体の重量 220.6 527.4 [kg]
炸薬重量比 44.6 2.3 [%]

図1 各モデルの断面イメージ
モデル1 モデル2

[推定方法]
 モデルは、直径0.34mの半球と、長さ0.70mの円柱をくっつけた構造とし、弾殻の密度を7800kg/m^3、炸薬の密度を1500kg/m^3としている。なお、今回の計算では、弾頭の底部には弾殻が無いことにしている。

[計算結果]
 炸薬/弾頭重量44%のモデル1で、弾殻の平均厚さは18mm、2.3%のモデル2で112mmという計算結果が出た。その寸法をイメージにしたものが、図1である。図を見ると判るが、モデル1の弾殻は非常に薄い。このような薄い弾殻の弾頭が、装甲に衝突すると、弾頭自体が崩壊し、貫徹能力は著しく低下する。
 また、下に91式徹甲弾の構造概略図を示すが、徹甲弾では、装甲に衝突する際の衝撃に耐えるために、衝突部にさまざまな工夫(衝突面を厚く、性質の異なる金属で複合的な強度を持たる等)を施しているが、ハープーンのような弾殻の薄い弾頭では、こういった工夫も、ほとんど無意味である。
 以上から、ハープーンの弾頭の貫徹能力は、装甲に対しては極めて限定的なものであり、前述の推定計算結果ほどの貫徹能力も得られないことが推定される。

風帽
被帽頭
被帽
弾体
アルミブロック
コルク覆
炸薬(純毛包布)
13式5号遅発信管
信管取付座
10 導環
11 底螺

●戦艦大和の防御装甲と対艦ミサイルによる被害
 戦艦というと、すべての外面を分厚い装甲で覆われていると思いがちであるが、実際には、最も重要な部分を集中防御区画(ヴァイタル・パート)と呼称し、その周囲のみを、自らが持つの主砲によって、設定された交戦距離において、貫徹されないように設計されている。大和の場合も例外ではなく、46cm砲の91式徹甲弾で、30000m距離で貫徹されないような防御を集中防御区画周りに施している。
 ハープーンは、目標艦に突入する際に一度、ホップアップ(上昇)した後、艦の水平甲板にほぼ垂直に落下する。大和の最上甲板は、35〜50mmの厚さで、これはハープーンの弾頭でも確実に貫徹される。艦橋付近では、最上甲板、上甲板の下に、集中防御区画の200mm装甲鋼板があり、ハープーンの貫徹能力では、これは貫通されることは無いであろう。そして、着弾により致命傷の恐れのある、弾薬庫やエンジンルーム、指令所、主砲などは集中防御区画内にあり、これらは破壊されることは無いであろう。
 一方、集中防御区画以外の部分(アンテナ、レーダー、機銃、高角砲、副砲、艦橋の多くの部分、煙突、兵員室、カタパルトなど)が破壊されても、運用や戦闘行動に支障をきたす。また、着弾のたびに乗員に死傷者が出ることは避けられない。最も恐ろしいのは火災の発生で、第二次世界大戦でも多くの艦船が、沈没には至らないまでも、火災により致命的な損害を受け、放棄または自沈に至るという結末を迎えている。対艦ミサイルには、爆薬の詰まった弾頭の他に、飛翔に使用する推進剤(燃料)も搭載しており、これが火災の原因になることも多く、貫徹能力は低いにしろ、けっして侮れるものではない。

●結論
 まとめると以下のような結論に至る。
1)護衛艦搭載の対艦ミサイルでは、戦艦大和の集中防御区画を破ることはできない。よって、撃沈は難しい。
2)一方、対艦ミサイルでも、集中防御区画以外の破壊は充分に可能である。また、命中するたびに、死傷者が発生し、場合によっては火災が発生することもある。これらにより、艦船の運行・戦闘行動に支障をきたし、命中弾の数や運しだいではあるが、戦闘不能、火災発生→放棄・自沈ということもことも充分にありえる。

以上

参考文献:
・「大和型戦艦」 学研
・「大砲入門」 佐山二郎著 光人社NF文庫

参考WebSite:
・「Military Analysis Network」 URL:http://fas.org/man/index.html
・「戦史研究」 URL:http://www.bekkoame.ne.jp/~bandaru/


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作成:2002/07/28 Ichinohe_Takao