題目:榴弾(HE弾)攻撃による戦車への被害の推察

作成:2001年4月29日
更新:2001年8月16日

目的:戦車等の装甲目標への攻撃には、通常、徹甲弾(AP弾)や成形炸薬弾(HEAT弾)
が使用される。一方、砲兵部隊からの榴弾砲等での間接射撃や、緊急時の直接射撃におい
て徹甲弾が無い場合に、榴弾を戦車に射撃する場合がある。この場合、戦車の被害は、
どの程度のものであろうか。本報では、これらについて、資料調査およびデータから
推察した。

内容:

1)資料調査結果
●砲兵榴弾砲による間接射撃による戦車への被害
事例1)チタデレ作戦時、第17機甲師団所属、第39戦車連隊、指揮官フォン・ラウヒェ
ルト少佐の5号戦車パンテルの初陣に対する報告書 5号戦車パンテルへの大小口径榴弾
砲弾の直撃による被害
「砲兵からの射撃に対してはパンターは不死身だ。150mm以上の榴弾の直撃を
砲塔や車体の上面に受けたが、装甲板が変形したものの車内への被害はなかった。
また、小口径の榴弾が車長のキューポラに命中したが、これまた被害はなかった。」
参考文献:PANZER 第321号(1999年10月号) アルゴノート社
特集「ドイツ・パンター戦車 その2」 P94行目より

事例2)ヴィポルソワの戦い(1942年1月) 第3機甲師団 ミューラー・ハウフ中隊
ソ連大口径榴弾砲弾の指揮戦車(3号指揮戦車と思われる)への直撃による被害
「村は激しいソ連軍砲兵部隊の砲撃にさらされており、(省略)にぶい衝撃音のあと、
ミューラー・ハウフの指揮戦車が燃え上がった。運の悪いことに榴弾が直撃したのだ。
装甲貫徹力の低い榴弾と言えども、装甲の弱い上面に命中しては、戦車はひとたまり
もない。」
参考文献:タンクバトルI 斎木伸生著 光人社
P255-7行目より
なお、本書は、小説風の平易な文体で書かれているが、実際の戦史に則っている思わ
れる。また、著者もあとがきで「平易な戦史書」と説明している。

●砲兵榴弾砲による直接射撃による戦車への被害
事例1)レニングラード攻略戦時(1941年7月) 第73砲兵砲兵連隊第3大隊
大隊長セート大佐 重野戦榴弾砲(15cm18型重榴弾砲sFH18と思われる)でのKV-2への
直接射撃による被害
「彼は第9中隊の重野戦榴弾砲を道路脇に据え付けると、直接照準でソ連戦車に
立ち向かったのだ。(省略)対重トーチカ用の対コンクリート榴弾が、勢いよく
砲口から飛び出す。(省略)さしもの怪物も大口径野砲弾が直撃したのでは
たまらない。KV-2は瞬時に横に吹き飛びガラクタになった。(省略)この距離では、
外れるわけもない。伍長は立ちどころに12両もの敵戦車を葬った。」
参考文献:タンクバトルI 斎木伸生著 光人社
P180下9行目より

●戦車砲榴弾射撃による戦車への被害
事例1)シャーマン戦車の戦歴、シャーマン戦車75mm戦車砲榴弾攻撃での5号(パン
テル)および6号(ティーゲル)戦車への被害予測
「榴弾ではパンターやタイガーを擱座させるのは不可能だったかもしれないが、照準器
にダメージを与え、履帯を破損させ、砲塔リングを作動不良にするのは可能だった。」
参考文献:世界の戦車イラストレイテッド5 シャーマン中戦車1942-1945
スティーヴ・ザロガ著 岡崎淳子訳 大日本絵画
P38 22行目より

事例2)ティーゲル戦車の88mm戦車砲榴弾攻撃によるT34への被害 オットー・カリウス氏
の言葉
「短延期にした榴弾でT-34の側面を距離200mで撃ちぬいた」
参考文献:ティーガー重戦車写真集 大日本絵画 ティーガーフィーベル P20より

●歩兵肉薄による榴弾および爆薬攻撃での戦車への被害
事例1)バルバロッサ作戦時 第4戦車連隊第1大隊 ショーエク少尉 収束手榴弾によ
る見慣れないクリスティー戦車(おそらくT-34)への攻撃
「ショーエクは敵戦車の後部に取り付くと、エンジンルームの上によじ登った。
そして収束手榴弾を砲塔後部の張り出しの下に差し込んだ。(省略)にぶい爆発音の後
ショーエクが見ると、それほど大きな損害は与えられなかったようだが、砲塔後部の
パネルが外れて、内部が除いた。」
参考文献:タンクバトルI 斎木伸生著 光人社
P161下10行目より

事例2)バルバロッサ作戦時 第41機甲軍団所属 第6戦車師団 工兵の爆薬によるKV-2
への攻撃
「ようやく爆破チームは戦車に近づき履帯の上に爆薬をしかけた。爆薬に点火して離れる
と、直後に後方からは激しい衝撃と爆発の閃光が輝いた。(省略)その爆薬を拾いあげて、
砲身に詰めこみ、戦車の下にもぐって爆破させた。(省略)工兵隊の爆破した履帯の損傷は
軽微なものだった。砲身の爆破跡も、わずかなへこみができただけだった。」
参考文献:タンクバトルI 斎木伸生著 光人社
P148上19行目、P149上3行目、P150上17行目より
予断だが、このKV-2は撃破されるまでに、この爆破の他に、88mm高射砲の徹甲弾7発、
50mm対戦車砲の徹甲弾8発の命中を受けたが、その内貫通は、88mm弾2発のみであった。

2)各事例に対する考察
●砲兵榴弾砲による間接射撃による戦車への被害
 5号戦車パンテルと3号指揮戦車では、榴弾の直撃に対する被害が異なっている。
この原因はどこから来ているのであろう。まずは、各戦車の装甲厚を比較してみる。
事例1)は5号戦車の初陣の報告書であるので、戦車は5号戦車D型とする。事例2)は、
参考文献を見る限り、指揮戦車としか書いていないが、戦闘描写で3号戦車と行動を
を供にしている点および時期から、3号指揮戦車として考察する。また、3号指揮戦車の
車体上面および砲塔上面の装甲厚データが手元に無いため、3号戦車L/J型のデータを
使用する(なお、戦車は後期になるほど装甲厚が増すが、それは、着弾の可能性の高い
前面または側面のみで、車体上面や砲塔上面は変化が少ない)。
 5号戦車D型の砲塔上面および車体上面の装甲厚は、15mmおよび15mmである。一方、
3号戦車L/J型の砲塔上面および車体上面の装甲厚は、17mmおよび10mmである。このデータ
を比較すると、車体上面ではほぼ同等の装甲厚であるが、砲塔上面では、5号戦車は
3号戦車の1.5倍の装甲厚をもっていることになる。ただし、この値が決定的な差を出す
とは考えにくい部分もあり、より深い考察が必要である。
 なお、各戦車の装甲厚のデータは、PANZER 第321号(1999年10月号)および第319号
アルゴノート社より抜粋した。

●砲兵榴弾砲による直接射撃による戦車への被害
 本事例では、参考文献には、重野戦榴弾砲としか記述がないが、ナチスドイツ軍の
重野戦榴弾砲ということなので、15cm18型重榴弾砲(sFH18)とした。
 KV-2の砲塔側面および車体側面の装甲厚は、75〜100mm、砲塔の装甲厚は、35〜100mm
である。この装甲厚では、戦車砲による徹甲弾攻撃でも破壊は難しく(※歩兵肉薄に
よる榴弾および爆薬攻撃での戦車への被害の予測の部分を参照のこと)通常の榴弾
では、まず破壊は考えられない。一方、15cm18型重榴弾砲(sFH18)の対重トーチカ
用の対コンクリート榴弾での射撃ということだが、この砲弾のデータが手元にはない。
よって正確なことは判らないが、上記の記述から、おそらく、この砲弾は、徹甲榴弾
(APHE弾)であり、榴弾としての化学的エネルギー(爆発力)ではなく、至近距離から
の高運動エネルギー弾の直撃という作用による装甲の破壊と考えるべきである。
なお、徹甲榴弾とは、徹甲弾の内部に炸薬を詰め、短延期信管で、装甲やコンクリート
を貫徹後、内部で爆発することによって、破壊をもたらす砲弾である。
なお、この砲弾は、通常の徹甲弾より炸薬の分比重が小さくなる上、外郭がHE弾よりは
厚く丈夫だが、AP弾よりは脆弱なため、装甲の強度が充分に高い場合、装甲表面でつぶ
れて、貫徹能力が低くなる。 
なお、KV-2の装甲厚のデータは、戦車メカニズム図鑑 上田信 グランプリ出版により
抜粋した。

●戦車砲榴弾射撃による戦車への被害
 事例1では、シャーマンの75mm戦車砲の榴弾による、戦車装甲以外の脆弱部分に対
する効果が推察できる。小口径の榴弾でも、FCS関連(照準器等)、履帯、転輪、
フェンダー、砲塔リング等の脆弱部分に命中すれば、被害を与えることができ、
最良の場合は、その戦車を戦闘不能または移動不能にする可能性がある。
 事例2は、至近距離からの88mm戦車砲による短延期信管の榴弾による撃破報告である。
外郭が薄く強度が弱い榴弾であっても、至近距離から側面等の装甲の薄い部分に短延期
信管で命中させれば、比較的小口径(88mm口径)でも破壊可能なことが判る。

●歩兵肉薄による榴弾および爆薬攻撃での戦車への被害
 本事例は、榴弾砲による被害ではないが、榴弾の爆発エネルギーによる被害について
推測の一助となる。事例1では、工兵の爆薬による戦車への被害であるが、苦労の割に
ほとんど効果を示していない。また、事例2でも、収束手榴弾を砲塔後部の張り出しの
下という爆圧が被害をもたらす可能性が高い部位に挿入しているにもかかわらず、
たいした被害を与えられなかったことを示している。これらのことから、炸薬の爆発
エネルギーでは、戦車に対しては、効果的な被害を与え難いことが推察できる。

結論:
●榴弾の戦車への効果
 榴弾による戦車への被害は、基本的に脆弱部分への直撃という条件において成り立つ。
また、事例には無いが大口径榴弾では、至近弾でも大破片による装甲への被害も無視できない。
ただし、砲弾や大破片が装甲の脆弱部分に当る確率は極めて低いことが推察される。
 これらのことから、榴弾による対戦車攻撃は、直接射撃、間接射撃の区別無く、あまり効果
的とは言えない。
 一方、戦車の装甲が充分に厚く、徹甲弾でも充分に被害を与えられない場合には、
榴弾で戦車の脆弱部分(特にFCS関係)をねらい撃ちにすることが、苦肉の策として用い
られることがある。ただし、これも破壊の可能性の低さから、とても効果的とは言えない。

●榴弾の装甲に対する威力について
 榴弾による戦車への被害のほとんどは、炸薬による爆発エネルギー(化学エネルギー)
ではなく、砲弾自体の質量と速度による運動エネルギーによるものと考えられる。この
ことから、榴弾で戦車を攻撃する場合、少しで被害の可能性を上げるためには、信管を
短延期に切り替え、可能な限り至近距離から、脆弱個所へ命中弾を与えることが重要
である。

参考文献:
・PANZER 第321号(1999年10月号) アルゴノート社
・タンクバトルI 斎木伸生著 光人社
・世界の戦車イラストレイテッド5 シャーマン中戦車1942-1945 スティーヴ・ザロガ著
岡崎淳子訳 大日本絵画
・ティーガー重戦車写真集 大日本絵画
・PANZER 第319号(1999年8月号)アルゴノート社
・戦車メカニズム図鑑 上田信 グランプリ出版

以上

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