[題目]
砲弾と装甲のおはなし

[作成]
2001/04/12

[更新]
2001/05/05

[経緯]
「砲弾が装甲を貫徹する」という現象は、その外見の大胆さとは反して、非常に複雑な物
理学的現象である。今回、この現象について、つらつらと思いつくことを書いてみた。

[内容]
「砲弾および装甲が剛体の場合の衝突現象」
 砲弾の運動エネルギーは、装甲との衝突の際、装甲を変形させるエネルギーと、装甲お
よび砲弾自体を運動させるエネルギーとに変わる。最初に、装甲および砲弾が絶対に変形
しない物体(物理学的には剛体と呼ぶ)とした場合について考察してみる。
 ある運動エネルギーをもつ剛体の砲弾が剛体の装甲に衝突する場合、衝突した砲弾は、
装甲に当たって運動エネルギーを装甲に伝達したのち、反作用の運動エネルギーにより跳
ね返ることになる。この現象は、装甲の硬度が高く(変形抵抗が大きい)、充分厚い装甲に
比較的小口径(小運動エネルギー)の砲弾が衝突した際の現象とほぼ同じと考えてよい(実
際は装甲の表面に疵がついたり、歪が残ったりする)。また、一般的に装甲の質量に対し砲
弾の質量が非常に小さいため、砲弾の跳ね返り速度に対し、装甲の反作用による速度は非
常に小さい(装甲はほとんど動かない)。

「砲弾が剛体で、装甲は通常の物体の場合」
 砲弾の運動エネルギーは、装甲との衝突の際、装甲を変形させるエネルギーと、装甲お
よび砲弾自体を運動させるエネルギーとに変わる。装甲を変形させるのに必要なエネルギ
ーは、一般的に変形抵抗とよばれ、材料の硬さ(硬度)、引張強さ、などで現せられる(材
料の硬度と引張強さは、一般的に比例関係にあり、硬度が高いと引張強さも高くなる)。装
甲を変形させるエネルギーが変形抵抗を上回ると、装甲が変形する。変形量が小さい場合
は、装甲は砲弾を受止める。一方、変形量が非常に大きく、砲弾が装甲を貫いてしまう場
合がある。これが「砲弾が装甲を貫徹する」現象である。変形抵抗が非常に高い場合は、
装甲が剛体の場合と同様の現象となり、砲弾は跳ね返される。こう書くと、装甲は硬けれ
ば硬いほど良いように思えるが、実際には、硬度が高いものは、一般的に脆く、衝撃的な
荷重に対しては、ちぎれるのではなく、割れてしまう。この衝撃に対する強さの指標とし
て衝撃値(単位はJ)というものがある。この値は、硬度や引張強さと反比例することが知
られており、硬いだけの装甲は、大きな運動エネルギー弾が衝突すると貫徹しなくても、
割れてしまったり、割れながら貫通したりと、結果として乗員に被害をおよぼすことにな
る。このことから、装甲は硬ければ良いというものでは無く、硬さ、引張強さ、衝撃強さ
をバランス良くもつ材質が必要である。これを実現させたの複合装甲というやつである。
この複合装甲というのは、硬度と引張強さが高いが、脆い材料であるセラミックや、通常
の鋼などを組合せ、総合で硬さ、引張強さ、衝撃強さをバランス良くもつようにしている。


「従来の貫徹の理論」
 砲弾の装甲に対する貫徹の理論については、de MarreやKruppの式が有名である。これ
らの式を見ると、砲弾の貫徹長は、砲弾の質量および速度の2乗(つまり運動エネルギー)
に比例し、砲弾の直径のn乗(n=1.5〜1.667または実験定数、つまり断面積)に反比例す
ることが知られている(貫徹理論式については、私も独自の式を考案しているので、詳細
について知りたい場合は、下記URLを参照のこと)。
URL:http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/1550/yomoyama/gun_phys.html)
このことから、砲の貫徹力を上げるためには、1)砲弾の質量を増加させる(速度、直径
はそのままで)、2)砲弾の速度を増加させる(質量、直径はそのままで)、3)砲弾の直
径を減少させる(質量、速度はそのままで)の3つの方法がある。この中でもっとも効果
的なのは、2)で、具体的には、砲の直径に対する砲身の長さ(一般的に口径と呼ぶ)を
大きくし、砲の初速を早くする方法が採られる。次に効果的なのは、3)で、具体的には、
APCR(剛性核徹甲弾)やAPDS(装弾筒付き徹甲弾)が有名である。

「近年の貫徹の理論」
 従来の砲弾の貫徹現象は、砲弾が装甲にもぐりこむような現象であり、押しのけた装甲
材料が砲弾と干渉することで、貫徹の効率を低下させる。一方、近年の高初速の砲弾の貫
徹では、弾芯と装甲の衝突の際に、衝突の運動エネルギーにより、弾芯の2倍程度の穴を
あけ、弾芯の浸徹とともに、弾芯および装甲を消耗(エロージョンと呼ぶ)させながら、
浸徹孔にそわせて流れ出させることにより、押しのけた装甲材料と弾芯の干渉を減らし、
効率的に装甲に穴をあけている。この流れ出すような現象から、「高初速の貫徹現象では、
装甲は流体的な挙動を示す」といわれている。一方、流体的な挙動を示すものの、材料自
体は溶融状態には無いので、このあたりが、HEATによる貫徹現象と異なる点である。
 上記のことから、近年の高初速の砲弾の貫徹理論式の従来の式とは異なる。

「APFSDS砲弾の貫徹理論式」
Yoshihisa KAWANABE氏のfj.rec.militaryへの投稿より。
”ラインメタルあたりの資料には,penetrator速度が十分に速く,流体的な挙動を
示す領域では,貫徹深さPは,penetrator長Lと,penetratorと装甲の密度比に
比例するとあります.”
上記を式に直すと、(1)式となる。

P=K1・L・(ρP/ρA) ・・・(1)

ただし、
P:貫徹長
L:penetrator長
ρP:penetratorの密度
ρA:装甲の密度
K1:係数

「penetrator径が入っていない理由」
 上記式でpenetrator径が入っていない理由について考察する。penetrator速度が低く、
装甲が固体的な挙動を示す領域では、penetratorが固体を貫く際の変形抵抗は、penetrator
の断面積に比例する。一方、penetrator速度が十分に速く、浸徹現象がエロージョンによ
る場合は、装甲の変形抵抗は、貫徹長に直接関係しなくなり(間接的には関係する)、この
結果、弾芯の直径もそれほど重要でなくなるためと思われる。
また、この件について、田中 圭氏は、以下のように説明している。
”penetratorを円筒形に単純化したモデルで考えてやると、質量Mは断面積*砲弾長*密
度で近似できますよね?つまり運動エネルギ/単位面積に貫徹力が比例するって考え方、考
慮すべき要素は砲弾長とその速度にまで単純化も出来るんじゃないかと。
#つまりdがいくら大きかろうが、「速度が同じに出来るなら」貫徹力は同じだと”
これは、一見誤解を受けそうな説明だが、真理をついているかもしれない。というのは、
衝突の際にあけられる穴は、単位断面積あたりの運動エネルギーに比例すると考えられる
からである。

「貫徹長が密度比に比例する理由」
 貫徹長が密度比に比例する理由は、エロージョンによる装甲と弾芯の消耗率が、各材料
の密度に比例するためだと推察される。

「貫徹長がpenetrator長に比例する理由」
 貫徹の際に、装甲と同時に弾芯も消耗するため、充分な貫徹長を得るにはpenetrator長
を充分に長くする必要がある。一方、弾芯直径と弾芯長さの比が大き過ぎると、弾芯が横
風に影響されたり、弾芯が装甲に衝突した際に折れたり、貫徹現象(エロージョン)が効
果的に発生しなかったりするため、この比には、おのずと限界ある。

以上

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