新戦車の要求性能の評価
●目的
陸上自衛隊では、新戦車の開発を進めている。ここでは、新戦車の要求性能の妥当性を評価する。
●新戦車の要求性能
新戦車の要求性能の公式情報と非公式情報をまとめた表を表1に示す。新戦車では、重量について、90式より軽く、民生のトランスポーターで輸送可能な重量40トンを指標に、開発が進められている。非公式情報では、装甲は、脱着可能なモジュラー式装甲が採用され、全備重量で45トン程度、装甲を外した状態で40トン以下になると言われている。防御能力については、非公式情報では、90式戦車と同等と言われている。火力は、公式情報では、90式より向上、非公式情報では国産の50口径120mm滑腔砲になるとのことである。機動力は、最高速度で90式と同等、戦略的・戦術的機動力では、軽量化により90式より向上することが望まれている。乗員は90式と同等の3人である。C4-I機能は、90式では無かったものを新戦車では付与する。
要求性能を見ると判るが、比較対照には90式戦車が当てられている。このことから、新戦車の要求性能を評価するには90式戦車の性能を知る必要ある。よって、事項で90式戦車の評価を行なった後に、新戦車の評価に移りたいと思う。
表1 新戦車と世界各国の主力戦車の能力比較一覧 | |||||||
新戦車 (公式情報) |
新戦車 (非公式情報) |
90式 | 74式 | M1A2 | レオパルド2A6 | ルクレルク | |
全備重量 (ton) |
90式より軽量化(40tonを指標) | 45 (モジュラー装甲を外した状態で40トン以下) |
50 | 38 | 63 | 60 | 55 |
防御力 | − | 90式と同等 | 砲塔および車体前面の主要部分において、120mm滑腔砲のAPFSDSの0距離射撃およびHEATに耐える | − | APFSDSに対する防御力はRHA換算で600mm相当、HEATに対しては1300mm相当と言われている | 不明 | 不明 |
火力 | 90式より向上 | 50口径 120mm滑腔砲 |
44口径 120mm滑腔砲 |
51口径 105mm砲 |
44口径 120mm滑腔砲 |
55口径 120mm滑腔砲 |
52口径 120mm滑腔砲 |
機動力 | 最大速度は同等であるが、軽量化による戦略的・戦術的な 機動力は90式より向上 |
最高速度:70km/時hour 出力重量比:30HP/ton |
最高速度:53km/hour 出力重量比:19HP/ton |
最高速度:67km/hour 出力重量比:24HP/ton |
最高速度:72km/hour 出力重量比:25HP/ton |
最高速度:72km/hour 出力重量比:27HP/ton |
|
乗員 | 90式と同等(3名) | 3名 | 4名 | 4名 | 4名 | 3名 | |
C4-I機能 | ○ | × | × | ○ | △(自己位置のみ) | ○ | |
情報リソース | ・新戦車の政策評価 http://www.jda.go.jp/j/info/hyouka/2001/jizen/you17.pdf ・Army Technology http://www.army-technology.com/index.html ・Federation of American Scientists http://www.fas.org/index.html ・戦車研究室 http://combat1.hp.infoseek.co.jp/ |
●90式戦車の評価
[防御力]
非公式情報であるが、90式戦車の防御力は、「砲塔および車体前面の主要部分において、44口径120mm滑腔砲のAPFSDSの0距離射撃およびHEATに耐える」というものである。ちなみに、初期の44口径120mm滑腔砲のAPFSDSの侵徹能力は、射距離1000mでRHA換算461mm、2000mでRHA443mmである。90式の防御能力は、これに0距離で耐えられることから、RHA換算で600mm以上の能力はあると推定される(注1参照)。これは、米国のM1A2(APFSDSに対する防御力はRHA換算で600mm相当、HEATに対しては1300mm相当と言われている)と同等かそれ以上の値である。また、120mm滑腔砲のHEATの侵徹能力は、直径の5〜8倍とするとRHA換算で600〜960mmである。90式は、これに耐えられることから、RHA換算で1000mm以上の能力があると推定される。
世界的にみて、MBTの防御能力は、軍事機密であり、情報は少ないが、米国のM1A2と同等以上の能力を持つと思われる90式の防御能力は、世界各国のMBTと比較しても最高水準であると推察される。
注1:初期の44口径120mm滑腔砲のAPFSDSの侵徹能力は、半無限厚標的(図1)に対して、射距離0mでRHA換算480mm程度であろう。これに耐えるには、装甲の厚さが、RHA換算で480mmの2割増しは必要になる。なぜならば、半無限厚さ標的では、侵徹孔の後に充分な厚さが残っており、侵徹抵抗は大きい。一方、実際の装甲は有限厚標的(図2参照)であり、仮に500mm程度の有限厚標的では、侵徹孔の裏面の抵抗が小さくなってしまい、貫通に至ってしまうのである。よって、RHA480mm相当の侵徹能力のある砲に耐えられる装甲は、2割増し程度のRHA600mm以上に換算されるのである。
図1 半無限厚標的に対する侵徹の概念図 | 図2 有限厚標的に対する侵徹の概念図 |
[機動力]
機動力には、戦略的機動力および戦術的機動力があるが、前者は、戦略的な移動、すなわちトランスポーターや船舶、または自走による長距離移動を、後者は戦術的な移動、すなわち戦術地域や戦闘における短距離移動をあらわしたものである。
戦略的機動力に直接的に影響を与えるのは、戦車の重量や寸法である。90式戦車の重量や寸法は、世界各国のMBTと比較して、最も小さいものであり、また、砲塔および車体を分割して輸送することも可能であることから、戦略的機動力は、世界最高水準であることが推察される。
戦術的機動力に直接的に影響を与えるのは、出力重量比や足回りの構造である。足回りについては単純には比較できないが、90式の出力重量比は、世界各国のMBTと比較して、最高水準にあり、戦術的機動力も世界最高水準であることが推察される。
図3 90式戦車の外観(朝霞広報センター展示の試作車) |
[火力]
90式の主砲は、ラインメタル社設計の44口径120mm滑腔砲である。一方、世界的に観ると、MBTの主砲は、44口径よりも長砲身化されたものが主流となりつつある。このことから、火力に関しては、世界各国のMBTと比較して、やや見劣りしつつあると推察される。
一方、火力と同じく戦闘において重要なのは、命中精度や行進間射撃である。この点について、90式は、自動装填装置および自動追尾式の射撃統制装置を採用し、世界で最高水準の能力を持っている。
[C4-I機能]
90式のは、C4-I機能は、付与されていない。世界的に観て、現状でC4-I機能を持つのは、米国のM1A2およびフランスのルクレルクなどで、これらの戦車と比較すると、90式の能力は劣る。
[総合]
以上の考察から、総合的に観て、90式の能力は、世界最高水準であることが推察される。一方、世界的に観て劣る点は、火力とC4-I機能ということが判ると思う。
●新戦車の要求性能の評価
新戦車は、90式より向上させる点は、全備重量、火力、機動力、C4-I機能である。これらについて、以下、所見を述べる。
図4 新戦車のイメージ図(防衛庁ホームページより) |
[全備重量・機動力]
全備重量が低減されるということは、戦略機動力、戦術機動力の両方が改善されることであり、有効な改善点である。一方、重量の軽減は、防御力の低下を懸念させることになるが、近年の複合装甲技術の向上により、重量を軽減させても、90式と同等の防御能力を付与させることが可能になったと聞いている。現時点で、世界最高水準の能力を持つ90式と同等の防御力を持ち、90式よりも5〜10トンも軽いというのならば、非常に高度な性能要求である。
[火力]
新戦車では、50口径120mm滑腔砲を採用するとの非公式情報がある。この砲は、口径比長で比較する限りレオパルド2A6の55口径よりやや短く、ルクレルクの51口径とほぼ同等であり、新戦車の火力は、現時点では、最高水準のものになるであろうと推察される。ただし、砲の侵徹能力は、口径比長でのみ比較できるものではなく、APFSDSであれば、侵徹体の設計(L/D比等)などの影響も大きく、一概には比較できない。
[C4-I機能]
90式では付与されていなかったC4-I機能は、新戦車では付与される。C4-I機能は、軍隊にとって、将来的には必須の条件であろうと思われる。
[総合」
総合的に見ると、新戦車は、90式戦車が世界水準と比較して劣る部分を向上させたものと言える。世界的なMBT開発の動向は、冷戦期とは比較にならないほど鈍化しており、近い将来に、新戦車を襲うであろう脅威の度合も小さくなっている。また、日本の地政学的状況を鑑みるに、島国でもあり、周辺諸国との関係も比較的安定している上、周辺諸国のMBT開発能力や、上陸作戦能力も低い。これらを勘案するに、いたずらに性能のみを重視した、高コスト−大重量のMBTより、新戦車のような軽量で運用しやすく、比較的低コストのMBTを開発することは、至極妥当な選択だと思われる。また、仮にMBTの開発動向が現在の予測よりも進歩し、新戦車を襲う脅威の度合が予想より増大したとしても、モジュラー装甲を新技術で作成することにより、ある程度までは、対応が可能でもある(モジュラー装甲が一種の保険になっている)。
以上から新戦車の要求性能は、妥当なものであると評価できる。
以上
2003/01/15作成 Ichinohe_Takao
2003/05/12更新 Ichinohe_Takao