M1A2戦車の全周の装甲防御能力の推定


●目的
 米国製主力戦車であるM1A2エイブラムスの全周(前面、側面、後面、下面、上面)の装甲防御力を既知の情報より推定することにより、現代主力戦車の全周の防御力は、どの程度のものかを把握する。

●M1A2の推定用モデル
 [重量]
 M1A2主力戦車の諸元を表1に示す。車体重量は70米トン=63502kgであり、この内、構造材および装甲材の重量は約51%の36米トン=32658kgである。内部容積は、650立方フィート=18.408立方メートルである。モデルにはこのデータを使用する。なお、このデータのリソースは、米陸軍発行の「Army Transfomation Objective Force」である(下記WebSite参照:2.31MB、全12p、pdf形式)。
URL:http://www.army.mil/usa/AUSA%20Web/PDF%20Files/Obj%20Force%20Brief%20Web%20Version.pdf

表1 M1A2主力戦車の諸元
車体重量 70[米ton] 63502[kg]
構造および装甲の重量 36[米ton] 32658[kg]
内部容積 650[ft^3] 18.408[m^3]

[寸法]
 モデルの寸法を図1および表2示す。本モデルの寸法は、M1A2主力戦車の砲塔および車体の寸法を参考とし、斜面はすべて平面としている。車体寸法は、実物とほぼ同一、砲塔については、弾薬を積載する砲塔後部のバスルの部分は、装甲防御の外側とし内部容積には入れていない。
 砲塔は、外寸で、幅:2810mm×高さ:760mm×長さ:3100mmの中空の直方体とし、車体は、外寸で、幅:2130mm×高さ:1215mm×長さ:7000mmの中空の直方体としている。なお、内寸は推定結果から算出した値である。

図1 現代主力戦車モデルの装甲防御部分の寸法

 

表2 現代主力戦車(モデル)の装甲防御部分の寸法と容積
外部 内部 単位
砲塔 2.810 2.279 [m]
高さ 0.760 0.727 [m]
長さ 3.100 2.715 [m]
容積 6.620 4.498 [m^3]
車体 2.130 1.971 [m]
高さ 1.215 1.140 [m]
長さ 7.000 6.808 [m]
容積 18.116 15.299 [m^3]
合計 容積 24.736 19.797 [m^3]

●推定方法
 M1A2戦車の高初速−高L/D比のKE弾に対する装甲防御力の推定値を表3に示す。
[単位表面積当りの装甲重量の推定]
 表2の寸法から、砲塔については、前面、左右側面、後面、上面、車体については、前面、左右側面、後面、上面、下面の表面積を計算する。一方、装甲の重量については、表1の構造および装甲の重量を使用する。これは、モデルが理想的なモノコック構造と想定し、装甲はそのまま構造体であるという想定によるものである。
 装甲の表面積は、合計で63.1平方メートルと計算される。一方、装甲の重量は32658kgであり、単位面積当りの装甲の重量は、517.6kg/平方メートルである。ちなみにこの単位面積重量を鋼(比重:7800kg/立法メートル)に換算すると、66mmに相当し、このモデルで、全周を同一の鋼の装甲で覆うとすると、この厚さになることを示している。

[各部位の装甲重量の配分]
 戦車の装甲は、砲塔、車体、前面、側面、後面などの部位により、厚さが異なっている。これは、1)戦車がどの位置に命中弾を受け易いか、2)その戦車の開発国の設計思想、などにより決定されている。M1A2の設計思想について不明だが、それ以前の主力戦車M60A3については、装甲厚さが公表されており、このデータを参考に、モデルの各部位の防御係数を推定した。M60A3およびモデルMBTの各部位の防御係数を表5に示す。M60A3の各部位の防御係数は、砲塔前面の厚さを5とし、その比で表している。モデルの各部位の防御係数(比較用のM60A3の防御係数はカッコ内の数値)は、砲塔前面で4(2.5〜5)、砲塔側面で2(2.7)、砲塔後面1(1.1)、砲塔上面0.5(0.5)、車体前面2(1.8〜2.8)、車体側面1.2(1.5)、車体後面0.5(0.5〜0.8)、車体上面0.5(0.7)、車体下面0.5(0.3〜0.4)としている。この係数を使用し、単位面積当りの装甲の重量(517.6kg/平方メートル)を配分すると、表3の装甲重量(各部位の装甲の重量)が計算される。

[各部位の装甲タイプと質量効率および比重]
 M1A2の各部位の装甲のタイプは公表されていない。ここでは、常識的に、砲塔および車体の前面には複合装甲を、砲塔側面および車体下面には、空間装甲が使われていると仮定する。車体下面を空間装甲と仮定したのは、対戦車地雷防御を考慮しているとしたためである。
 次に複合装甲および空間装甲質量効率を決める必要がある。AFV関連の研究で有名なRichard M.Ogorkiewicz氏は、「International Defense Review 1995/06」における記事において、複合装甲のKE弾に対する質量効率は2〜2.5程度、空間装甲のKE弾に対する質量効率は1.25程度と述べている。この情報から、モデルでは、複合装甲および空間装甲KE弾に対する質量効率を前者を2.25、後者を1.25とした。
 複合装甲および空間装甲の比重の情報は皆無である。ここでは、複合装甲の比重を6500kg/立法メートル、空間装甲の比重を3900kg/立法メートルとする。

[各部の装甲防御力(RHA換算)および実厚の推定結果]
 以上から推定したM1A2の各部のKE弾に対する装甲防御力(RHA換算)および実際の厚さを表3に示す。砲塔各部の装甲防御力(RHA換算)は、前面で0.597m(597mm)、側面で0.166m(166mm)、後面で0.066m(66mm)、上面で0.033m(33mm)、車体各部の装甲防御力は、前面で0.299m(299mm)、側面で0.080m(80mm)、後面で0.033m(33mm)、上面で0.033m(33mm)、下面で0.041m(41mm)と推定される。この値は、M60A3の装甲防御力に対して、すべての部位で優っている。
  同様に、HEAT弾に対する装甲防御力の推定結果を表4に示す。なお、複合装甲および空間装甲のHEAT弾に対する質量効率は、前者を4.5、後者を1.25としている。砲塔各部の装甲防御力(RHA換算)は、前面で1.194m(1194mm)、側面で0.166m(166mm)、後面で0.066m(66mm)、上面で0.033m(33mm)、車体各部の装甲防御力は、前面で0.597m(597mm)、側面で0.080m(80mm)、後面で0.033m(33mm)、上面で0.033m(33mm)、下面で0.041m(41mm)と推定される。

[推定結果による内部容積と実際の容積の比較]
 本推定結果の信憑性を計る目安として、推定結果による内部容積と、実際の内部容積の値を比較してみる。推定結果による内部容積は、19.797立法メートル、実際の内部容積は、650立方フィート=18.408立方メートルである。この結果から寸法に関しては、それほど大きな誤りが無いことが推察される。

[まとめ]
 今回、現代の主力戦車であるM1A2の全周の装甲防御力を、既知の情報より推定してみた。情報に不確定要素が多いため、推定結果の信憑性は高くない。一方、今回の推定結果から、戦車の全周の防御力の向上は、重量および内部容積の関係から非常にむずかしいことが判った。同様の方法により全周防御をうたっているメルカバMk3の防御力を推定すると興味深いかもしれない。

以上

表3 M1A2戦車の高初速−高L/D比のKE弾に対する装甲防御力の推定結果
面積 防御係数 装甲重量 装甲タイプ 質量効率 装甲防御力(RHA換算) 比重 実厚
単位 [m^2] [kg] [m] [kg/m^3] [m]
S k1 W=517.6*k1*S k2 H=k2*W/7800/S ρ Hr=W/S/ρ
砲塔 前面 2.14 4 4421 複合装甲 2.25 0.597 6500 0.319
右側面 2.36 2 2439 空間装甲 1.25 0.166 3900 0.265
左側面 2.36 2 2439 空間装甲 1.25 0.166 3900 0.265
後面 2.14 1 1105 通常装甲 1 0.066 7800 0.066
上面 8.71 0.5 2254 通常装甲 1 0.033 7800 0.033
車体 前面 2.59 2 2679 複合装甲 2.25 0.299 6500 0.159
右側面 8.51 1.2 5283 通常装甲 1 0.080 7800 0.080
左側面 8.51 1.2 5283 通常装甲 1 0.080 7800 0.080
後面 2.59 0.5 670 通常装甲 1 0.033 7800 0.033
上面 8.31 0.5 2150 通常装甲 1 0.033 7800 0.033
下面 14.91 0.5 3859 空間装甲 1.25 0.041 3900 0.066
合計 63.10 32581

 

表4 M1A2戦車のHEAT弾に対する装甲防御力の推定結果
面積 防御係数 装甲重量 装甲タイプ 質量効率 装甲防御力(RHA換算) 比重 実厚
単位 [m^2] [kg] [m] [kg/m^3] [m]
S k1 W=517.6*k1*S k2 H=k2*W/7800/S ρ Hr=W/S/ρ
砲塔 前面 2.14 4 4421 複合装甲 4.50 1.194 6500 0.319
右側面 2.36 2 2439 空間装甲 1.25 0.166 3900 0.265
左側面 2.36 2 2439 空間装甲 1.25 0.166 3900 0.265
後面 2.14 1 1105 通常装甲 1 0.066 7800 0.066
上面 8.71 0.5 2254 通常装甲 1 0.033 7800 0.033
車体 前面 2.59 2 2679 複合装甲 4.50 0.597 6500 0.159
右側面 8.51 1.2 5283 通常装甲 1 0.080 7800 0.080
左側面 8.51 1.2 5283 通常装甲 1 0.080 7800 0.080
後面 2.59 0.5 670 通常装甲 1 0.033 7800 0.033
上面 8.31 0.5 2150 通常装甲 1 0.033 7800 0.033
下面 14.91 0.5 3859 空間装甲 1.25 0.041 3900 0.066
合計 63.10 32581

 

表5 M60A3およびモデルの各部位の防御係数
M60A3の装甲厚
[mm]
M60A3の係数 モデルの係数
砲塔 防盾 127 2.5 4.0
前面 254 5.0 4.0
右側面 140 2.7 2.0
左側面 140 2.7 2.0
後面 57 1.1 1.0
上面 25 0.5 0.5
車体 前面上部 93 1.8 2.0
前面下部 143 2.8 2.0
側面上部 74 1.5 1.2
側面下部 74 1.5 1.2
後面上部 25 0.5 1.2
後面下部 41 0.8 1.2
上面 36 0.7 0.5
下面前部 19 0.4 0.5
下面後部 13 0.3 0.5
性能諸元(参考)
名称 M60A3 M1A2
乗員 4 4
戦闘重量 51.6 63.1
全長 9.44 9.77
車体長 6.95 7.92
全幅 3.63 3.66
全高 3.28 2.89
リング径 2.16
履帯幅 0.71

参考文献:

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作成:2002/03/10 Ichinohe_Takao