徹甲弾の侵徹理論

●徹甲弾の侵徹理論
 徹甲弾の侵徹現象には主に三種類の領域と、その間の遷移域の5つの領域が存在する。1つめは、装甲および砲弾を固体として捉え、侵徹を純粋な塑性変形現象とする領域(I)、2つめは、装甲および砲弾が現象的に流体に近似した振る舞いを起こす領域(III)、3つめは、装甲および砲弾が完全流体にほぼ近い振る舞いをする領域(V)と、(I)-(III)間の領域(II)、(III)-(V)間の領域(IV)の合計5つである。この領域は、装甲に砲弾が着弾する際の速度(存速)によって変化する。具体的には、砲弾をタングステン系材料、装甲を鉄系材料とした、タングステン−鉄モデルでは、領域(I)は0〜800[m/s]、領域(II)は800〜1200[m/s]、領域(III)は1200〜2500[m/s]、領域(IV)は2500〜3500[m/s]、領域(V)は3500[m/s]〜程度である。

領域(I)〜(II)における侵徹理論式
 第二次世界大戦中までのほとんどの砲は、砲口初速が1200[m/s]以下であり、徹甲弾の侵徹現象としては、領域(I)〜(II)の塑性変形を主体とするモデルである。このモデルでの侵徹理論は比較的単純であり、多くの実験式(理論式)が存在する。以下それらについて紹介する。

1)筆者考案の侵徹理論式
 多くの有名な式を差し置いて、最初に筆者が考案した理論式(理論式とは理論から求められた式で、実験結果と整合して妥当性を考察する式である)を紹介するのは、若干気が引けるが、最も理論的に分り易い式であると自負しているので、ご了承願いたい。

[理論]
 砲弾の侵徹長は、運動エネルギー:Eに比例する。運動エネルギー:Eは(1)式で表せる。

E = 1/2MV ・・・ (1)
E:運動エネルギー(単位:J)
M:砲弾の質量(単位:kg)
V:砲弾の速度(単位:m/sec)
 
 また、侵徹長は、砲弾の断面積:Aおよび装甲の引張強さ:Sに半比例する。 砲弾の断面積:Aは(2)式で表せる。

A = πD/4 ・・・ (2)
A:砲弾の断面積
π:円周率
D:砲弾の直径(m)
 
 砲弾の侵徹長はこの他に、砲弾の素材の性能(硬さ、耐力、靭性等)に影響されるが、それらの係数すべて含んだ砲弾係数:Kで表すこととする。
 以上から、砲弾の侵徹長:Hは(3)式で表せる。

H=K・E/A・S ・・・ (3)
H:砲弾の侵徹長(単位:m)
E:砲弾の運動エネルギー(単位:J)
A:砲弾の断面積(単位:m
S:装甲の引張強さ(単位:N/m
K:砲弾および装甲の性能による係数

(1)、(2)、(3)式をまとめると、(4)式となる。

H=2・K・M・V/πD・S ・・・ (4)

2やπなどの定数および敵装甲の引張強さなどの可変できないパラメーターは、砲弾係数:K’に含めてしまうと、式(5)のようになる。

H=K’・M・V/D ・・・ (5)

[理論値と実際の侵徹長の比較]
 理論値と実際の侵徹長を比較してみる。実際の侵徹長は、第二次世界大戦中のドイツの戦車砲のデータを使用する。すべてのデータを同一国のものから使用するのは、砲弾の設計技術や冶金技術のばらつきが少なくなるため、砲弾係数:Kが安定するためである。砲の種類はKWK38/L42,KWK39/L60,KWK40/L48,KWK42/L70,KWK36/L56,PAK43/L71,PAK44/L55の7種類である。
第二次世界大戦中のドイツの戦車砲のデータと侵徹長を表1に示す。
 なお、注意点としては、以下3点がある。
1)砲弾の断面積を口径:Dでそのまま計算していること
2)実際の侵徹長は、砲弾Panzergranate.39/42(APCBC弾)を使用し、直立から30度傾けた均質装甲鋼板に対する射距離100mでの侵徹長であること
3)砲弾係数は、侵徹長の理論値を計算し、実際値と比較して決定したこと

特に、砲弾自身の弾塑性変形や、砲口径イコール砲弾径ではないことなどについて、本計算では無視をしている。しかし、すべての口径の砲弾でその影響は、ほぼ同程度の比率現れることから、計算の信頼性は低下しないと考えている(すべての砲弾の設計寸法の比率が同じだという前提条件においてであるが)。
 侵徹長の理論値と実際値は、理論値/実際値の比で0.899〜1.165と良く合うことが判る。このことから、前述の理論式が妥当であると言える。

2)その他の実験式
 一般的には、以下のような実験式(実験式とは、試験を繰り返し、実験結果から経験的に求められる式で、理論式とは異なる)が存在する。

[Jacob de Marreの式]
 1870年頃にフランスのJacob de Marreが考案した実験式。日本では、1915〜1945年ごろに海軍で主用された。同時期、米国および英国海軍でも主用されていた。

0.5・M・V=K・(D1.5)・H1.4 ・・・(1)
変形すると
H=K・((M/D1.50.714)・V1.43 ・・・(2)

[Tresiderの式]
 1870年頃に英国のTresidder海軍大佐が考案した実験式。日本では、日露戦争のころに海軍において、Jacob de Marreの式と併用された。

H=K・(M・V/D)0.5

 Tresiderの式と、結果的に同一になる式に[Moissonの式]がある。

0.5・M・V=(K/V)・D・H ・・・(1)
変形すると
H=K・((M/D)0.5)・V1.5=K・(M・V/D)0.5 ・・・(2)

[Kruppの式]
 ドイツのKrupp社が考案した実験式。

0.5・π・M・V=K・D(5/3)・H1.3 ・・・(1)
変形すると
H=K・((M/D1.670.75)・V1.5 ・・・(2)

ただし、
H:砲弾の侵徹長(単位:m)
E:砲弾の運動エネルギー(単位:J)
A:砲弾の断面積(単位:m
S:装甲の引張強さ(単位:N/m
K、K2:砲弾性能による係数
π:円周率
D:砲弾の直径(m)
M:弾丸の質量(kg)

 これらの式に前述の第二次世界大戦中のドイツの戦車砲のデータを代入し実際の侵徹長と比較した。各侵徹理論/実験式による推定侵徹長と実際侵徹長の比較を表2に示す。各式の侵徹長の比(理論値/実際値)の標準偏差を見ると、一戸の式が0.086、de Marreの式が0.093、Kruppの式が0.099、Tresidder(Moisson)の式が0.096であった。ほとんど誤差範囲であるが、多くの種類の砲に当てはめても、一戸の式が最もばらつきが少なく、Kruppの式がばらつきが大きいことになる。この結果からも一戸の式が、他の式と同等かそれ以上の妥当性があることが証明できる。

領域(III)における侵徹理論
 この領域は着速が1200〜2500[m/s]であり、現代のAPDS弾やAPFSDS弾の速度領域である。一方、この領域では、装甲および砲弾が現象的に流体に近似した振る舞いを起こすが、本来の固体の性質も無視できない。すなわち、完全な固体でも流体でも無いため侵徹理論は複雑なものとなる。このことから、理論式も複雑なものとなり、簡単な式では表せない。
領域(IV)〜(V)における侵徹理論式(理論的最大侵徹長)
 将来、電気化学砲や電熱砲、電磁砲などが実用化された場合、砲弾の初速は、2500[m/s]以上となるであろう。この領域での侵徹理論式は、装甲および砲弾の材質の挙動が完全流体に近似するため比較的簡単に説明できる。また、この式は理論的最大侵徹長(物理的にこれ以上の侵徹長は望めない)の予測に使うことができる。以下、それらについて説明する。

[完全流体モデルでの侵徹理論式(理論的最大侵徹長計算式)]

理論最大侵徹長:Lpは、基本的に侵徹速度:Tpと現象持続時間:Up
を乗することで表すことができる。

Lp = Tp x Up ・・・式1
ただし、
Lp:理論的最大侵徹長[m]
Tp:現象持続時間[sec]
Up:侵徹速度[m/sec]

・侵徹速度:Tpは、式2で表せる。

Up = (V0・Z1) / (Z1+Z2)  ・・・式2
ただし、
Up:侵徹速度[m/sec]
V0:着速[m/sec]
Z1:侵徹体の衝撃インピーダンス(密度×衝撃波速度)、性的には音響
インピーダンス(初期密度×バルク音速)でも代用可能
Z2:装甲の衝撃インピーダンス、音響インピーダンスで代用可能

・現象持続時間:Tpは、式3で表すことができる。
Tp = L / (V0 - Up)  ・・・式3
ただし、
Tp:現象持続時間[sec]
L:侵徹体の長さ[m]
V0:着速[m/sec]
Up:侵徹速度[m/sec]

この式から、完全流体モデルでは、侵徹体の崩壊は弾頭先端の侵徹速度と後端の弾頭速度の差によって行われることがわかる。また、この式のモデルは完全流体系のモデルであるため、材料強度項は存在しない。
一方、実際の侵徹長は材料強度の影響を受けること、この強度により侵徹体の速度は侵徹中に低下することを知っておく必要がある。

[実際のAPFSDS弾のデータと理論最大侵徹長の比較]
ここで、実際のAPFSDS弾である105mm砲のDM33(M-413)の射距離2000mでの侵徹長と、理論的最大侵徹長を比較してみる。105mm/DM33(M-413)のデータを表5に、105mm/DM33(M-413)の理論的最大侵徹長の計算結果を表6に示す。

 105mm砲のDM33(M-413)の射距離2000mでの理論的最大侵徹長:1308[mm]である。一方、実際の侵徹長:413[mm]である。実際/理論侵徹長の比は0.316であり1300m/sec程度の着速では、完全流体モデルにはほど遠いことが判る。

[ラインメタルの式]
 ラインメタル社などの資料では、侵徹体速度が十分に速く、装甲および侵徹体が流体的な挙動を示す領域では、貫徹長:Hは、侵徹体長さ:L、侵徹体と装甲の密度比に比例するとある。これを式に直すと、式1となる。

H=K・L・(ρP/ρA) ・・・式1

ただし、
H:侵徹長
L:侵徹体長さ
ρP:侵徹体の密度
ρA:装甲の密度
K:係数


 この式は、前述の完全流体モデルでの侵徹理論式(理論的最大侵徹長計算式)を簡易化して、理論値と実際値の補完を係数:Kで行っている式にほかならない。また、この式の侵徹体と装甲の密度比を一定とし、係数:K1に含めるとさらに簡単な式となる。

H=K1・L ・・・式2

H:侵徹長
L:侵徹体長さ

K1:係数

 ここで、実際の各種105mmAPFSDS弾の侵徹長と、式2による計算値を比較してみる。各種105mmAPFSDS弾の侵徹長の実際値と計算値の比較を表4に示す。なお、係数は0.95で一定としている。実際/計算値の比は、0.927〜1.125と比較的良く合う。ただし、この理由は、これらの砲弾が同じ砲用のAPFSDS弾で、比較的近い時期に開発されたものであることによる可能性が高い。また、これらの砲弾の係数が0.95と、弾芯長とほぼ同じ長さの侵徹長が得られることが判る。

参考文献:
・「海軍製鋼技術物語」 堀川一男著 アグネ技術センター
・「戦車メカニズム図鑑」 上田信著 グランプリ出版

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作成:2001/07/15 Ichinohe_Takao
更新:2004/11/29 Ichinohe_Takao