砲身の製造方法
●砲身の製造方法について
ここでは、砲身の製造方法について説明する。
●砲身材料化学成分
旧日本海軍の砲身材料の化学成分を表1に示す。旧日本海軍では砲身材料に、1)肉厚内での強度が均質であること、2)弾性限および衝撃値が高いこと、を求め、Ni-Cr鋼またはNi-Cr-Mo鋼を使用していた。これにより、砲身材質の性能は他国に比較して遜色はなかった。なお、表中の大口径砲は口径が25cm以上、中口径砲は口径が12cm以上25cm未満、小口径砲は口径が12cm未満の砲を示している。
表1 旧日本海軍の砲身材料の化学成分例 | ||||||||||
種類の記号 | 用途 | 化学成分(%) | ||||||||
C | Si | Mn | P | S | Ni | Cr | Mo | Cu | ||
G0 | 大口径砲 外筒 |
0.25〜0.35 | 0.05〜0.20 | 0.3〜0.7 | <0.035 | <0.035 | 1.2〜1.7 | 0.2〜0.4 | 〜 | <0.20 |
G1 | 大口径砲 内筒 |
0.20〜0.30 | 0.05〜0.20 | 0.3〜0.7 | <0.035 | <0.035 | 3.0〜4.0 | 0.6〜1.0 | 〜 | <0.20 |
G7 | 中小口径砲 外筒 |
0.25〜0.35 | <0.35 | 0.3〜0.7 | <0.035 | <0.035 | 1.5〜2.0 | 1.0〜1.5 | 〜 | <0.20 |
G8 | 中小口径砲 内筒 |
0.25〜0.35 | <0.30 | 0.3〜0.7 | <0.035 | <0.035 | 1.5〜2.0 | 1.0〜1.5 | 0.2〜0.4 | <0.20 |
●砲身の製造
砲身の製造方法の例として、単肉砲身の旧日本海軍45口径12cm高角砲(10年式12cm単装高角砲B,C型、10年式12cm単装高角砲B2型)の製造方法(表2参照)を紹介する。なお、旧日本海軍45口径12cm高角砲の砲身は、当初、内筒および外筒からなる2層構造の焼嵌式※1であったが、自己緊縮法※2の導入で、単肉の自己緊縮砲身(一般的には、自緊砲身と略して呼ぶことが多い)となった。
表2 旧日本海軍45口径12cm高角砲の製造方法 | ||
工程 | 説明 | |
0 | 製鋼 | 砲身材質である鋼を製造する。45口径12cm高角砲の砲身材質は表1のG8で、高価なNi-Cr-Mo鋼であった。砲身材に大型鋼塊が必要なことから、溶製には酸性平炉が使用された。原料には低燐銑、自家発生屑(鉄屑)、精鋼材などが使用され、石灰法による高温沸騰精錬が行われた。 |
1 | 鋳型(造塊) | 溶製した鋼を鋳型に流し込み鋼塊を造る。鋼塊の形状概略図を図1に示す。鋼塊重量は約12トンである。注型中の鋼の詳細温度は不明であるが、角鋼塊の注型温度は平均で約1640℃であった。注型から4時間後に鋳型から鋼塊を取り出す。 |
2 | 加熱 | 荒鍛錬を行うために鋼塊を加熱する。加熱炉にて6時間をかけて1250℃まで鋼塊を加熱する。1250℃に達したら、その温度で4時間保持する。 |
3 | 荒鍛造 | 加熱した鋼塊を2000トンプレスにて、円柱形に鍛造する。鍛造の目的は、形状を整える他に、鍛錬と言って、鋼塊内の金属間介在物や結晶構造の偏りを熱間加工を行うことで解消することも目的としている。鍛造中に鋼塊の温度が800℃以下に冷えてきたら、鍛造作業を中断し、再度加熱炉に戻して昇熱する。 |
4 | 切断 | 鋼塊頭部側30%および底部側15%を切断する。切断後の鋼塊の形状概略図を図2に示す。頭部および底部を切断する理由は、この位置に鋼の性能を低下させる不純物が集まるためである。切断後の鋼塊の重量は約7トンである。 |
5 | 加熱 | 仕上鍛錬を行うために鋼塊を加熱する。加熱炉にて4時間をかけて1250℃まで鋼塊を加熱する。1250℃に達したら、その温度で2時間保持する。 |
6 | 仕上鍛造 | 加熱した鋼塊を1000トンまたは2000トンプレスにて、仕上鍛造する。 |
7 | 焼鈍 | 鍛造した鋼塊を焼鈍する。焼鈍とは、鋼を適当な温度に加熱保持した後、充分に時間をかけて、ゆっくりと冷却することにより、内部応力(残留応力)の除去、鋼の軟化などを行なうことである。石炭焚炉にて鋼塊を加熱し、800℃で10時間保持する。保持後、炉内で300℃まで除々に冷却(炉冷と言う)し、その後、炉外へ出し空冷する。 |
8 | 荒切削加工 | 焼鈍後、鋼塊の外形を、旋盤にて荒切削加工をする。 |
9 | 穿孔 | 荒切削加工後、鋼塊の円柱の中心部をボール盤にて穿孔する。穿孔は、円柱型鋼塊の中心部にも不純物が偏析し易いため、それの切除にもつながる。穿孔後の鋼塊の形状概略図を図3に示す。穿孔後の鋼塊の重量は約4トンである。 |
10 | 焼入 | 鋼塊を焼入する。焼入とは、鋼を共析変態温度以上(オーステナイト域)に加熱した後、水や油などで急冷することにより、硬化させる熱処理である。この時、急冷された鋼は硬いマルテンサイトと呼ばれる組織になる。鋼塊を石炭焚台車炉で8時間かけて850℃まで加熱し、2時間30分保持後、45℃の菜種油中に浸けて、100℃まで急冷する。 |
11 | 焼戻し | 焼入した鋼塊を焼戻す。焼戻しとは、焼入れした鋼を共析変態温度以下の領域で再加熱することで、強度調整、靭性の改善、焼入れによって発生した内部応力(残留応力)の除去などを行なうことである。鋼塊を石炭焚台車炉で6時間かけて600〜650℃まで加熱し、4〜5時間保持後、45℃の菜種油中に浸けて、急冷する。 |
12 | 試験片採取 | 熱処理を終えた鋼塊の頭端および底端から軸方向とその直角方向に試験片を採取する。 |
13 | 機械試験 | 採取した試験片から機械的性質を測定し、規格を満足しているかを確かめる。砲身材の機械的性質の規格を表3に示す。本砲は単肉砲身なので、内筒の規格が当たる。なお、加工硬化度とは、この砲身材質に0.2%の歪を与えた時の応力と、2%の歪を与えたときの応力の応力−歪線図の傾き(B')のことである。 |
14 | 仕上加工 | 砲身材の機械的性質が規格を満足していることが確認されると、自己緊縮処理、旋盤による仕上加工および腔綫加工が施される。自己緊縮処理とは、砲身内径を口径よりやや小さい状態で加工し、砲身内に高圧をかけることにより内径を膨張させる処理である。こうすると砲身には、内径を元に戻そうとする応力が残留する。また、この自己緊縮処理は、砲身の安全の役も果している。腔綫加工とは、砲腔内に旋条(ライフリング))を付ける作業のことである。 |
表3 砲身材の機械的性質の規格 | ||||||||
用途 | 降伏点 [kg/mm2] |
引張強さ [kg/mm2] |
伸び [%] |
絞り [%] |
衝撃値 [ft-lb] |
硬度 [HB] |
加工硬化度 B' | |
外筒 | ≧40 | 66〜82 | ≧16 | ≧30 | ≧15 | ≧200 | ≧350 | |
内筒 | ≧47 | 66〜82 | ≧16 | ≧25 | ≧20 | ≧200 | ≧350 |
※1:焼嵌法
砲身を内筒および外筒からなる2層構造とし、外筒を加熱して熱膨張させた状態で内筒を差込み、急冷することにより外筒が収縮し内筒を締め付けた応力状態で固定される。一方、砲弾発射時に砲身にかかる応力は、外筒による締め付けの応力とは反対方向であり、結果として砲身にかかる応力が低減される。応力が低減されると、砲身材質を強度が低い鋼でも使用可能になったり、同じ材質でも砲身肉厚を薄くできたりと、コスト・重量の軽減につながる。焼嵌法と同様の効果を出す別の方法に自己緊縮法があり、自己緊縮法は、単肉砲身でも可能である。
※2:自己緊縮法(オートフレッタージ法)
砲身内径を口径よりやや小さい状態で加工し、砲身内に高圧をかけることにより内径を膨張させる。こうすると砲身には、内径を元に戻そうとする応力が残留する。この残留応力は、砲弾を発射する際の装薬の爆圧による応力と反対の応力であり、結果として砲身にかかる応力が低減される。応力が低減されると、砲身材質を強度が低い鋼でも使用可能になったり、同じ材質でも砲身肉厚を薄くできたりと、コスト・重量の軽減につながる。自己緊縮法と同じ効果を出す別の方法に焼嵌法がある。
参考文献:
・「海軍製鋼技術物語」 堀川一男著 アグネ技術センター
・「大砲入門」 佐山二郎著 光人社NF文庫
作成:2001/12/02 Ichinohe_Takao