砲内弾道学


●砲内弾道学[Interior ballistics]とは
 弾道学には、大きく分けて4つの区分が存在する。弾道学の区分を表1および図1(アニメーション)に示す。砲内弾道学とは、弾丸が、砲身内(腔内)で発射薬の燃焼ガスの圧力により加速され、砲口を飛び出すまで関する学問である。弾丸の運動(物理学)の他、発射薬の燃焼(化学)、砲身の設計(工学)など、多くの分野にまたがっている。
 砲内弾道学の目的は、砲身内での弾丸の加速についての諸因子を解析することである。また、この解析結果から、より効率的かつ高精度の砲を開発することが、最終的な目的と言っても良い。
 火砲に求められる砲内弾道学上の要求事項は、1)可能な限り低い圧力で、高い初速を得ること、2)煙、閃光、砲身内(腔内)の減耗を最小限に止めること、3)あらゆる気象条件下や、長時間による使用条件下で、一定の性能を確保できること、などである。

図1 弾道学の区分の概略図(アニメーション)

●砲内弾道学の歴史
 砲内歴史的に見ると、火薬式の大砲の発明は、14世紀初頭と言われており、砲内弾道学が研究されだしたのも、そのころからと推測される。18世紀初頭には、近代的な砲内弾道学の兆しが見られるようになり、19世紀後半には、無煙火薬の発明、熱力学の発達から、砲内弾道学が急速に発展した。近年では、処理能力の高いコンピューターの開発・普及から、砲内弾道のシミュレーションや、その他の諸計算も高速処理が可能となり、学術的にも飛躍的に発達を遂げている。 

●腔圧−経過長曲線
 砲の射撃時、腔内の燃焼ガスの圧力(腔圧)は、弾丸の砲身内の位置(経過長)とともに、常に変化している。一方、砲身は、腔圧に耐える必要があり、砲身の設計には、弾丸の位置(経過長)と腔圧の関係を知ることが不可欠である。これを判りやすく表現する方法に、腔圧−経過長曲線がある。一般的な腔圧−経過長曲線の概略図を図2に示す。
 図2の縦軸は腔内圧力[単位:MPa]および弾丸速度[単位:m/sec]で、横軸は弾丸の経過長[単位:m]を示している。弾丸の経過長とは、弾丸が装填された初期位置から、発射薬の燃焼ガスによって動かされた距離のことで、弾丸の位置を表している。図2中の青線が弾丸速度、赤線が腔内圧力を示している。

図2 腔圧および弾丸速度と経過長の関係

●砲身内での弾丸の運動と腔圧の関係
 ここで、再度、砲身内での弾丸の加速について説明する。まず、砲身内には、弾丸と、弾丸の後ろの薬室に、発射薬(装薬)が装填されている(砲身の構造概略図を図3に示す)。発射薬が点火されると、発射薬は燃焼とともに大量のガスを発生させる。この燃焼ガスにより、薬室の圧力が上昇し、弾丸と砲身との間の抵抗力を越える圧力になると、弾丸が動き出す。弾丸が動き出すと、薬室容積が大きくなるので圧力が低下しそうであるが、この時点では、発射薬の燃焼によるガス生成速度の方が早く、圧力の上昇が続いていく。弾丸の加速度は、腔内の圧力に比例しており、当初は圧力が大きく、速度の変化も大きい。腔内で圧力が最大の点を最大圧力点と呼び、この位置は、一般的な火砲で、砲身経過長の1/5と言われている。弾丸の速度が発射薬の燃焼ガス生成速度を上回ると、圧力が低下しだす。圧力が低下しだすと、弾丸の加速も緩やかとなり、速度の変化も緩やかになっていく。砲口近くでは、圧力と速度がほぼ漸近化される(漸近化とは、曲線が徐々に一定の直線に近くなっていくこと示す)。砲口近くの圧力は、一般的な火砲で、最大圧力点における圧力の10〜30%と言われている。
 なお、前述の腔圧−経過長曲線図(図2)は、弾丸が動き出した後の腔圧および弾丸の速度を表しており、説明と比較しながら、グラフを見ると、その特徴が現れていることが判る。

●大砲の設計
  大砲の設計は、以下の要領で行なわれる。
1)基礎的な要求仕様(必要な弾丸威力、発射速度、砲全体の重量等)の決定。
2)必要な弾丸の威力から、基礎となる弾丸の重量、砲口初速を決定。
3)砲内弾道学および砲外弾道学の見地から、諸元データを推算。
4)砲身内部の構造および砲腔各部の寸法に決定。
5)砲身材料との関連を見ながら、砲身各部の肉厚の決定。
6)砲尾装置(閉鎖機等)の設計。
7)砲架に連結する装置(駐退復座機、高低照準装置、方向照準装置等)の設計。

●砲身の設計
 砲身の設計は、腔圧−弾丸経過長曲線より、砲身が永久変形しない強度を持つように設計される。腔圧−弾丸経過長曲線と砲身強度の関係を図4に示す。図中には、A、B、Cの腔圧曲線があるが、これは発射薬の燃焼特性(種類・形状・温度などに因る)や、量により変化する腔圧のパターンである。弾丸になされる仕事(加速による運動)は、曲線と各軸で囲まれる面積に等しい、よって、仮にA、B、Cのパターンともに、同じ面積であれば、どれも同一の砲口初速が得られることになる。一方、Aのパターンでは、最大圧力点が、砲身強度限界内であっても、最大許容圧力(弾性限界)を超えており、砲身破裂に至らないまでも、砲身に永久的な変形が生じるため、容認することはできない。
次に、B、Cの曲線ならば、どちらでも良さそうであるが、最大圧力点が低いことは、腔内の侵食(エロージョン)を減少させることなどから、目指すべきではある。一方、砲口付近まで腔圧が高いことは、過渡弾道期において、弾道の不安定の要因になったり、砲口から出る閃光や爆風が大きく、被発見率の上昇や、運用員への悪影響、視界不良の要因ともなり、一概には決められない問題である。なお、最終的には、要求仕様によって決定される。
 理論的には、理想的な腔圧−弾丸経過長曲線は最大許容圧力に一致するが、砲に規定される初速は、実際に可能な最大初速よりも幾分低く設定されている。この理由は、以下のようなものである。
1)高圧により砲腔に過度の侵食(エロージョン)を起す。
2)砲口付近まで腔圧が高いことは、過渡弾道期において、弾道の不安定の要因になりえる。
3)砲口から出る、閃光や爆風が大きく、被発見率の上昇や、運用員への悪影響、視界不良の要因となる。

図4 腔圧−経過長曲線と砲身強度の関係

●砲身の損傷
 砲身腔は、射撃の度に、高圧・高温・弾帯との機械的摩擦にさらされ損傷していく。ここでは、損傷の原因と呼称を説明する。
 損傷の原因には、大きく分けて3つがある。砲身の損傷の原因と説明を下表に示す。
 砲身の損傷は、複合的な要因によるもののため、どのタイプの損傷が最も著しいかは、一概には言えない。ただし、一般的な旋条砲身火砲では、溶触が大きいと言われている。戦車砲の場合は、滑腔砲身が一般的であるため、溶触よりガス焼触が強いとも言われている。一方、どのような砲でも、疵や亀裂が入った場合は、溶触が強く働く。

呼称 主要因 説明
溶触 熱力学的
要因
 溶触とは、弾帯と砲腔の隙間を漏洩する発射ガスの通気によって、腔内が欠損する現象である。溶触は通常、砲身の12時方向付近(上部)から始まるが、これは弾丸の重量により、下部よりも上部の隙間の方が大きいためだと考えられている。他に、砲腔の製作の際の疵や、腔綫の欠陥などがある場合、弾帯との気密度が低下して、そこを起点として溶触が進行する。溶触が深くなると、砲身の強度が低下するが、多くの場合、砲身破壊に至る前に、射撃精度が著しく低下して、砲身の交換が必要となる。
ガス焼触
[erodion]
化学的要因  ガス焼触とは、以下のような流れで発生する。
1)発射薬の燃焼ガスから、炭素や窒素などが、砲身材質の金属成分と化学的に結びつき、炭化物や窒化物を生じることで、材質が脆くなる。
2)砲身が熱膨張収縮を繰り返すことによって、脆くなった材質に、ひび割れが発生する。
3)ひび割れを起点として、発射ガスの圧力により材質が剥ぎ取られていく。
摩滅 機械的要因  摩滅とは、弾丸の弾帯と砲腔との摩擦による、腔内の欠損である。摩滅は、砲身の6時方向付近(下部)の腔綫の起縁部で、最も早期に発生する。この摩滅が進むと、上部の隙間を増大させ、溶触やガス焼触も促進させる結果となる。

発射薬の燃焼により発生するエネルギーの消費区分
 火砲では、発射薬の燃焼により発生するエネルギーのすべてが、弾丸の運動に費やされるわけではない。ここでは、発射薬の燃焼により発生するエネルギーが、どうようなことに、どのくらいの割合で、消費されているかを説明するために、中口径旋条砲の一例をに示す(下表参照)。一般的な中口径旋条砲では、発射薬の燃焼エネルギーの内、30%が弾丸の加速に、20%が熱損失として、40%が発射ガスの内部エネルギーとして消費される。

No. 区分 説明 消費率
1 弾丸の運動 弾丸を運動(加速)させるために消費されるエネルギー。 30%
2 弾丸と砲腔との摩擦 弾丸と砲腔間の摩擦や弾帯が旋条により切開(変形)されることに消費されるエネルギー。 2〜3%
3 燃焼ガスの運動 発射薬の燃焼によって発生したガスを運動させるために消費されるエネルギー。 3%
4 熱損失 砲身や弾丸へ、熱として伝達・消費されるエネルギー。 20%
5 燃焼ガスの内部エネルギー 発射薬の燃焼によって発生したガスの内部エネルギー(熱など)として消費されるエネルギー。 40%
6 その他 弾丸の回転、後座部の運動、音響(振動)としての損失、その他に消費されるエネルギー。 残り

●弾速(燃焼ガス圧力)の制御
 砲口や砲身内での弾丸の速度を制御するには、発射薬の燃焼ガスの圧力、すなわち発射薬の燃焼速度の制御が必要である。以下、弾速を制御するための要素と、その簡単な説明を下表に示す。

No. 要素 説明
1 発射薬の化学的組成 発射薬に燃焼速度の速い物質(ニトログリセリンなど)が多量に含まれていれば、発射薬の燃焼速度は速くなる傾向にある。一方、発射薬には、推進剤(ニトロセルロース、ニトログリセリン、ニトログアニジリンなど)の他に、防湿燃速調整剤(ジニトロトルエンなど)、消炎消熱剤(フタル酸ジプチルなど)、安定剤(ジフエニルアミンなど)などが必要であり、これら効果を含めて燃焼速度を制御する必要がある。
2 薬粒形状 薬粒の形状は、発射薬の燃焼速度の要素としては極めて重要である。薬粒の形状は、紐状、管状、多孔状の3種に大きく分けられる。初期燃焼面積、成分、発射薬量が同一の場合、紐状は燃焼速度が斬減傾向となる。逆に、多孔状は斬増傾向となる。管状はその中間である。斬減傾向の場合は、最大腔圧部が薬室側へ移動し高くなり、砲口付近での圧力は低い。逆に、斬増傾向の場合は、最大腔圧部が砲口方向へ移動し低くなり、砲口付近での圧力は高い。定常はその中間である。なお、斬減傾向の発射薬による腔圧−経過長曲線は図4中のAで表すことができる。同じく、斬増傾向は同図中のC、定常はBで表すことができる。
3 薬粒サイズ 薬粒のサイズは、発射薬の燃焼速度に大きく影響する。薬粒のサイズが大きい場合、初期燃焼面積が大きくなり、燃焼速度は、斬増傾向となる。逆に、薬粒のサイズが小さい場合、初期燃焼面積が小さくなり、燃焼速度は、斬減傾向となる。斬減傾向の場合は、最大腔圧部が薬室側へ移動し高くなり、砲口付近での圧力は低い。逆に、斬増傾向の場合は、最大腔圧部が砲口方向へ移動し低くなり、砲口付近での圧力は高い。定常はその中間である。なお、斬減傾向の発射薬による腔圧−経過長曲線は図4中のAで表すことができる。同じく、斬増傾向は同図中のC、定常はBで表すことができる。
4 装填比重
(量と薬室容積の比)
装填比重とは、薬室内に装填される発射薬の密度のことである。薬粒サイズが大きいと、薬室内の隙間が大きくなり、装填比重は小さくなる。装填比重が小さいと、同一の薬室容積では、発射薬の量が減るために、効率が低下することになる。
5 発射薬の温度 発射薬の燃焼速度は、発射薬の温度により変化することが知られている。傾向としては、温度が上がるほど、燃焼速度が速くなる。一方、圧力の場合(単純な一次式で表せる)と異なり、常温から120℃ぐらいまでは、温度に対する一次式で表せるものの、140℃付近からは、急激に増加する。
6 薬室内の圧力 発射薬の燃焼速度は、薬室内の圧力により変化することが知られている。
燃焼速度:W、周囲の圧力を:P、燃焼係数:aおよびbとすると、圧力と燃焼速度の関係は、下式のような一次方程式で表せる。
 W=a+bP
すなわち、燃焼速度は圧力が高いほど、速くなる傾向がある。
薬室内の圧力は、発射薬の燃焼によるガス生成により逐次変化しており、燃焼速度も逐次、この影響を受けているわけである。
7 点火速度 点火とは、点火薬等により、火薬の一部にエネルギーを与え、その部分の温度を、その火薬の発火点以上に上昇させ、発火させることである。発射薬の点火は、全発射薬について、瞬時の行なわれることが望ましい。全発射薬が瞬時に点火されない場合には、最初に点火された部分によって生じた圧力が、燃焼速度に影響し、他の装薬の点火や伝火を乱す可能性があり、想定された最高圧力やその位置が乱される可能性がある。
8 発射薬の量 発射薬の量の変化は、腔圧に影響を与える。発射薬を増やすと、圧力上昇速度が速くなり、最大圧力点が薬室側に移動する。また、最大圧力も上昇する。

<以下準備中>

[弾道学へ戻る] [TOPへ戻る]


作成:20020623 Ichinohe_Takao
更新:20030616 Ichinohe_Takao