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[22421] 【習作】モンテとタラスク(civ4、D&D、エルシャダイ
Name: 座席指定◆703e7aa1 ID:5ccb3c4f
Date: 2010/10/26 23:54
このお話は、civ4のアイドルことモンちゃんが、タラスクをはじめとする若干インチキな蛮族や、少々コミュニケーション不能な周辺諸国におびえつつ、どうにか宇宙脱出を目指す話です。

追記
なお、元作品に対する筆者の知識としては
civ4:プロ国王だと主張していましたがどうもプロ貴族のような気がして参りました。
D&D:3.5eのPLのみ経験 欲しい特性はDRを20ぐらい
エルシャダイ:新しい動画をみるとグリゴリのボス格って7人みたいですね。残りの四人の情報早くでないかな……
文章ちから:考えれば手が止まりさりとて考えを止めれば話が飛び

といった程度です。
見るも無残な体たらくではございますが、一生懸命やってまいります。
ご笑覧いただければ幸いです。

なお、文中における誤りや知ったかは例外なく作者に責任があります。
ご面倒でなければ、そうしたところを見つけたときにはお知らせいただくと幸いです。

追々記
名前を「としかき」から「座席指定」へ変更しました。

追々々記
読みやすくなるよう少し整形してみました。
しかしこんなんでよいのかあまり自信がないので、もしよければご指摘やアドバイスなどいただければ幸いです。



[22421] 1.瞑想
Name: 座席指定◆703e7aa1 ID:5ccb3c4f
Date: 2010/10/17 22:28
モンテとタラスク
 1.瞑想
 
 話をしよう。アレは今から六千年ほど前、いや、八千だったか? まあいい。いずれにせよ、まだ人間が時間の計りかたすら知らなかった頃の話だ。
 
 一人の男がいた。名前はモンテズマ。年月が立つに連れて彼の名前はどんどん長くなっていったが、このときはただのモンテズマだ。
 
 モンテズマは勇敢な男だった。人がようやく狩られる側から狩る側に立てるようになって間もない頃。モンテズマは仲間を率い、日々の糧を得るために狩をして回った。仲間が見逃した獲物の痕跡を目ざとく捉え、周到にわなを張っておびき寄せて一網打尽にする。人間というのは群れを成し、協力し合う事でとても大きな力を発揮する。『全体は部分の総和より大きい』ってわけさ。その言葉を発するのはこの世界じゃアリストテレスじゃなくて別の人間だけどね。まあ、今は関係ない。
 
 そんな調子で、モンテズマは群れのリーダーを立派に勤め上げていた。この時点では世界中に似たような群れが生まれては消えていたわけだが、モンテズマの群れはなかでも最先端を行っていた。家を建てて定住する事を覚え、獲物を上手に加工して服や装飾品を作り出す。モンテズマは特に頭蓋骨と鳥の羽がお気に入りだった。色とりどりの羽で身体を飾り、モンテズマは日々獲物を持ち帰っては、集落の中心に立てたモニュメントの周りで祖先の霊に感謝の踊りをささげた。そう、彼らは信仰を知っていたんだよ。もっとも、この時点ではかなり原始的な形態ではあったけどね。
 
 さて、そんな彼らに、あるとき転機が訪れた。
 
 モンテズマが直接指揮を執るほかにも、いくつか狩りの集団があった。チームを分ける事で効率的な狩猟が可能になる。そんなチームの一つが全滅したというんだ。唯一戻ったメンバーは完全に錯乱していた。見たこともない巨大な化け物が出たというんだ。
 ほどなくして息を引き取った生き残りを盛大な葬儀で見送ると、モンテズマはその『化け物』を狩る決意を固めた。まあ、無謀な話ではあったんだけどね。結局彼らは星から飛び立つその時まで、アレを傷つけこそすれ、殺すことは出来なかったから。
 
 見つけるのは簡単だった。巨大な化け物が森の樹をなぎ倒していってるわけだからね。そしてそこからが問題だった。
 
 化け物はとても大きかった。ヒョウや虎といった猛獣ですら、モンテズマたちはひどく恐れていた。でもこれはそれとは比べ物にならないほどだった。口だけで二人か三人はまとめてひとのみできるんじゃないかな? 実際、かつての仲間たちはそんな目にあってたようだしね。モンテズマはとても目がよかったから、歯の間に引っかかっているかつての仲間の残骸なんかも見えていた。まあ、それがいいほうに作用したと言えなくもない。他の仲間たちはそれを目にしたとたん、腰を抜かして使い物にならなくなっていたからね。ほうほうの体で仲間が全員逃げ出しても、モンテズマは逃げなかった。それどころじゃなかったんだ。モンテズマは何かと頭に血ののぼりやすい男だったんだよ。
 
 モンテズマは雄たけびを上げて、一人それに向かって突っ込んでいった。怒りに震えながら、全身の力を込めて槍を投げ、怪物の目を狙った。最高の一投だといってもいいだろう。
 
 結果? ああ、もちろん駄目だったよ。
 
 そのときのタラスクはたまたま瞬きしてる最中でね。まあ瞬きしてなかったとしても、目をつらぬけたかどうかは疑問だ。狙いの問題じゃなくて、武器の質の問題だ。当時の人類が持ってた中では一番いい装備だったかもしれないが、まあいかんせん石と木だったからね。これがたとえセラミックと複合合金だったとしても、タラスクに傷を負わせるには足りなかっただろう。タラスクをどうこうするには、それこそ神の知恵が必要なんだ。例の爪楊枝とかね。
 
 そうそう、こいつの名前はタラスク、とにかく通り道にあるもの全てを破壊し、食べる。それ以上の知恵は持たない、はっきりいってどうしようもない化け物だ。生まれたばかりの人類なんか到底敵う相手じゃない。渾身の槍が弾き返されたとき、そしてタラスクの目が自分を捉えたのが分かったとき、モンテズマもそのことを思い知っただろうね。
 
 タラスクはしばらく、モンテズマの事を見ていた。モンテズマも、タラスクの事を見ていた。もしそういう立場におかれたら、だれだってそれ以上のことはできないだろう。そうやってずいぶん時間がたち――タラスクはその場を立ち去っていった。
 
 モンテズマが仲間の元に戻ったのは三日ほどしてからだ。
 
 自分の葬式の最中に戻ってきたモンテズマはすっかり変わっていた。身体を飾っていた羽はなくなり、毛皮を一枚身体に巻きつけただけのシンプルな格好。葬儀を中止して驚くやら喜ぶやらの仲間たちにむかって、モンテズマは静かにこうつげた。『――俺は悟りを開いた』ってね。
 
 これがこの世界における仏教創始のあらましだ。
 
 モンテズマがタラスクと対峙したあの瞬間に何を見てしまったのかはなんともいえない。ただ、彼はそのときからひととは違うものを見るようになったことだけは間違いないだろうね。どうかすると私や、似たような何かの存在に気付いたんじゃないかと思うことすらある。彼の精神は時代を越え、人類の歴史を通じて人々を導き続けた。宗教を考え出したことなんて、ほんの小さな発露に過ぎないわけさ。
 
 ああ、念のため誤解のないようにいっておくと、この仏教というのは君たちの知っている仏教からは程遠いものだよ。遠い未来には世界を分かつ宗教戦争の一翼を担うことになるし、モンテズマは戦争を起こすのによく異教徒の征伐を理由に掲げた。こういうこともあって、より戦闘的な教義が生き残ったんだ。発端こそ同じでも、君たちのそれとは全く違う形、ありえたかもしれないもう一つの仏教として成長を遂げたわけさ。
 
 モンテズマはいまや村の建物を一つ押さえ、そこに人類史上初の僧院を打ち立てた。諸行無常の教えを説き、輪廻を語るモンテズマがこれからどのように人々を導いていくのか――
 
 私にとってはすでに見た出来事だが、モンテズマと君たちにとっては、たぶんこれから目にする出来事だ。



[22421] 2.採掘→青銅器
Name: 座席指定◆703e7aa1 ID:5ccb3c4f
Date: 2010/10/17 22:28
 2.採掘→青銅器
 
 話をしよう。モンテズマたちの住処、ゆくゆくは人類最高の都と称されることになる都市、テノチティトランの話を。
 
 といっても、今はまだ都市なんてもんじゃない。掘っ立て小屋がいくつかあるばかりの、小さくて惨めな集落だ。曲がりくねった川とそれなりに豊かな森に周囲を囲まれ、北の草原には角の生えた草食獣――野生の牛が群れを成している。まだこのときには、彼らは家畜を飼うだけの知恵は持っていなかった。ただ狩りの獲物としては最適で、それこそが、彼らがこの場所に腰をすえた理由でもあった。南に下っていけばそこには木々がより密生して、モンテたちを阻んでいる。西と東については――ちょうどいい、少し別の話をしてから、その後に話すとしよう。
 
 さて、いまやテノチティトランには、世界中に散在する似たような集落とは一線を画す建造物が二つあった。
 
 まず一つ目、巨石建造物――ストーンヘンジだ。
 いくつもの巨石を組み上げ、アーチを作って円形に並べる。もちろん神の知恵とは比べ物にならないほど稚拙なものだ。だが考えても見てくれ。彼らはこれを人力だけでくみ上げた。かつては動かしてみようとすら考えなかっただろう大きな石を選び、運び、そして持ち上げる。一人二人でできることじゃない。大勢の人間が力を合わせて初めて成し遂げられることだ。これはいわば、人類の力そのものといってもいいだろうね。
 
 こんなものを作ったきっかけ? ああ、それはやっぱりあのタラスクだったんじゃないかな? タラスクも巨石も、どちらも大きくて手に負えないもの。そんな巨石を自らの意志でもって自由にしてみせることで、自分たちにはあの怪物に抗う力があるんだと証明しようとした。こういうのはちょっと考えすぎかな? なんにせよ、ストーンヘンジを自分たちの手で作りあげたことが、彼らにとって大きな自信となったのは間違いないだろう。
 
 将来的には、このストーンヘンジはタラスクをどうにかする上である役割を果たすことになるんだが、それはしばらく後の話だ。
 
 そんなストーンヘンジの傍らにはもう一つの建物が立っている。僧院だ。
 といっても、この時点ではまだ彼らの中には宗教の専門家、いわゆる僧侶はいない。そうした職業というか階級が生まれるのはもう少しあとのこと。日常生活の傍らで、仏の教えを熱心に学ぼうとする人間もいて、僧院はそうした人間たちの集会場の役割を果たしていたわけだ。人々はここに集まって祈りをささげ、あるいは互いに議論を交わす。話題は仏の教えに関することばかりとは限らない。いまだ高度な哲学や神学などを知らない彼らにとっては、祈ることも日々の暮らしについて考えることも同じようなもの。それは周りを取り巻く世界と相対するということだ。いかにして今日を乗り切るか、明日を見出すのか。それはつまり、己の行く道を選択するということだ。彼らの持つ唯一絶対の力さ。
 
 さて今しも、僧院では一つの議論が持ち上がりつつあった。時は昼下がり、獲物が充分とれたというので狩りはお休みになり、普段たむろしている人々以外にも大勢の人が集まっていた。時ならぬ全村集会といったところか。急速に白熱し始めた議論の内容を大まかに言えば、どちらを選ぶべきか? ということだった。どちらかとはつまり、戦うか、逃げるかだ。
 
 何とかって? そりゃもちろんタラスクさ。
 
 あの化け物、タラスクはテノチティトランの東にあって、当たるを幸い食い散らかしながら進んでいるらしい。らしいというのはずいぶん遠くまで行ってしまった様だから。それで今どこに向かっているのか? といえば「今のところはテノチティトランに向かってこなさそう」ということしか分からない。毎日命がけで張り付いている斥候たちの長は声を大にして「アレがいつこちらに向かってくるか分かったもんじゃない」とみなに訴えかけている。彼らは続けてこうも言う。

「西のほうに豊かな地を見つけた。狩りの獲物はあまりいなさそうだが、代わりに食えそうな実がたくさんなっている。ここから川沿いに行けばすぐにたどり着ける。そこに村を移そう」

 彼らの言う「食えそうな実」とは、要するに野生のとうもろこしだ。探索に出た斥候の中に途中で部隊からはぐれたものが、彷徨いながら飢えをしのごうと何でも口に入れているときにたまたま見出したもの。彼らはまだ農業すら知らないが、それは穀物が近くに利用できなかったというだけのこと。斥候の長はとうもろこしの穂を振りかざして、これがあれば生きていけるはずだと主張した。

 それに反対したのが、村の戦士たちだった。一言でまとめれば「逃げてどうなる?」というものだった。

 彼ら戦士たちは彼らは狩りにも出るが、主な仕事は村を守ることと思い定めている。彼らは武器を揃え、日々の訓練を欠かさず、仏教の思想と結合した独特な行動規範に基づいて生きていた。時代が変われば、あるいはそれは「武士道、warrior code」と呼ばれていたかもしれないね。

 とにかく彼ら戦士は闘う事を主張した。無謀すぎるって? 君たちから見ればそうかもしれない。だが彼らにはたまたま、何とか出来そうな材料があった。

 ほら、戦士の中から年若い男が進み出て、皆に小さな塊を示しただろう。あれはただの石ではない。銅を豊富に含む鉱石だ。かつてこの星で起きた地殻変動によって、テノチティトランのそばに露出した鉱床からとってきたものだ。まだ精錬のせの字も知らない彼らだが、その価値にはいち早く気付いたようだね。

「きっと骨や石で作るより丈夫な武器が作れるはずだ。そうすればあいつを殺せる」

 なんの衒いもなしにこう言ってのけるこの年若い戦士、全身を羽と頭蓋骨で飾ったこの色男こそ、我らがモンテズマだ。

 え? タラスクと対面して悟りを開いたあのモンテズマはどこに行ったのかって? もちろんあの世だ。享年60と少し。この時代としては信じられないほど長生きし、多くの子供をなして、尊敬に包まれながら死んでいった。だがそこで彼の意志が絶えたかというとそうじゃない。後に続いた指導者たちはみな、この偉大な初代モンテズマの精神を受け継いでいた。一つは超自然的な存在や宗教に思いを致すこと――そしてもう一つは、常に戦いによって道を切り開こうとすることだ。

「逃げてどうする? あの化け物が東にある全てを食い尽くしたなら、次は西に、こちらに向かってくることは明らかだ! どこまでいってもきりがない! それよりはこの地に踏みとどまって戦うべきだ! この石を上手く加工できたなら勝てる! もうおびえる必要はないんだ!」

 いっていることは全く筋が通っていない――作る見通しが立ってすらいない武器を頼りにしようというんだからね。だがそれにしても、若きモンテズマの演説ときたら年かさの斥候長すら圧倒する迫力だった。斥候長は唇をかんで引き下がり、一方若きモンテズマを包んだ興奮は夜がふけても冷めることはなかった。ちょうどこのとき、彼の指導的な地位が確定したわけだ。

 それからしばらくして、ある一団がテノチティトランを発った。率いているのは斥候長、付き従うのは開拓者たち、長い旅に耐え、あらたな住処をつくる覚悟を決めた者たちだ。支配的な地位を固めたモンテズマに反抗して、別の村を打ちたてようとしたわけさ。モンテズマは彼らを止めなかった。まあ、いい判断だろうね。当時のテノチティトランはすこし人が増えすぎ、全員を養うには狩りの獲物も足りなくなっていたから。

 人の少なくなったテノチティトランで、モンテズマたちは日々研究にいそしんだ。鉱山を開いて鉱石を集め、ふいごを作って火をおこし、高温まで持っていって維持する。そしてある日、ついにそれが完成した。錫と銅の合金、青銅だ。

 とてもささやかな知恵。だがそれで全てが変わった。槍の穂先につければ、どれほど突き刺しても鈍ることはなくなった。刃として柄に取り付ければ、それまで難渋していた大木をやすやすと切り倒せるようになった。そうして生み出された木材はテノチティトランにとって大きな恵みになった。採掘道具や日用品、なにより武器の材料として、青銅と木材はあっという間に普及していった。斧を携えた兵士たちは訓練を重ね、それによってモンテズマたちは自信を深めていった。

 問題が一つだけあったとすれば、肝心のタラスクがまったく近寄ってこなかったことかな。

 東のほうで大暴れしているらしいが、危険を感じるほど近くではない。遠征には危険が伴うからホイホイ出かけるわけにも行かない。テノチティトランの周辺部では、モンテズマたちに加わろうとしない少数のグループ、いわゆる蛮族が出没するようになってはいたが、それもずいぶん散発的だった。はっきり言って、今のテノチティトランが備える軍備はあまりにも過剰だ。無駄飯ぐらいの軍隊を養うために人々の生活は大きく圧迫され、それに不平を言ったものは罰として重労働を課せられた。いわゆる奴隷制度の始まりだ。

 だがモンテズマは水面下でたぎる不満に目もくれず、ただ何かに憑かれたように軍隊を増強し続けた。まるでそれがすぐにでも必要
 になるとでもいった具合にね。

 そしてそれは正しかった。このモンテズマもまた、人には見えないものを見通していたのさ。黄銅鉱の可能性を見出したその時とおなじように。

 知らせを持ってきたのはテノチティトランに逃げ込んできた集団だ。かつてこの地を飛び出し、新天地を開拓しようとしたものたち。目指していた地に根を張れず、大きく数を減らしながら彼らは逃げ帰ってきた。悔しさと恐怖に顔をゆがめて、かつての斥候長たちはモンテズマにこう報告した。

 ――我々でない者たちがいる。我々ほどに強く、大きく、恐ろしい集団が。すでに村まで作っている。
 ――奴らは我らを追ってきている。もうすぐそこにいる。

 とても印象的だったからよく覚えているが、モンテズマただひとりだけはこの報告に笑みを浮かべていたよ。己の選択が正しかったと知ったとき、自らの望む未来を選び取ったときに浮かべる、いわゆる会心の笑みだったね。

 モンテズマたちがこの後何と出あったのか――それはまた、次の機会に話すとしよう。



[22421] 3-1.鉄器
Name: 座席指定◆703e7aa1 ID:5ccb3c4f
Date: 2010/10/17 22:27
 3-1.鉄器

 話をしよう。モンテズマが率いる最強の戦士たち、すなわちヒューマンファイター斧兵軍団の話を。

 一口に斧と言ってもたくさんの種類がある。片手で振るう鉈のようなもの、バランスが取れていて投げることにも使えるものから、人の背丈ほどもある柄に重い刃を取り付け、全身の力でもって振り回さないといけないものまで。大量生産なんて概念はない。鍛冶仕事を専門に請け負う職人もいない。戦士たちは自分の武器を自分で鍛え、自らのやり方に会うようカスタマイズして振るった。だから、モンテズマの軍隊でもたくさんの種類の小野が用いられていた。文字通り、一人ひとりの得物が違っていたんだ。

 テノチティトランの外縁部には兵舎と、隣接して練兵場が建てられている。武器を持った男たちが集い、戦士長の監督の下日々鍛錬に励む。ちょっとした兜と前垂れ以外の鎧も身につけず、かといって振り回すのは多少鈍らせただけの本物の刃。モンテズマは訓練用にまがい物を使用するを許さない。だから怪我や死は当たり前だった。極限まで追い込まれた戦士たちは生き残るために、武器だけでなくその技法にもさまざまな工夫を凝らしていた。今日もまた、新たな試みが生まれつつある。

 そんな中でもとりわけ目立つ斧の使い手たちがいる。ちょうどいい、すこし覗いてみよう。

 練兵場の片隅で男たちが輪を作り、武器を振りたてて騒いでいる。唾を吐き散らし、足を踏み鳴らして興奮した声を上げる。視線の先にいるのは見上げるような大男、副戦士長だ。得物も見合ったもの、常人の身の丈をはるかに越える大斧。周りからの喝采を浴び、副戦士長は満足げな笑みを浮かべると、大斧を片手でやすやすと持ち上げた。柄を長く持ち、頭の上でぶんぶんと振り回す。かと思えば急に引き戻して短くかまえ、身体の周りですばやく往復させる。縦横に傷が走る筋肉が盛り上がり、振りかぶられた斧を二度三度と大地に打ち付ければ、そこには大穴が出現している。まさしく力と破壊の権化だ。

 そんな斧の中の斧に相対するのは、ひどく変わった武器の使い手だ。

 これを斧と言い張るのはとても無理があるだろう。確かに刃はついている。重量で断ち切ることを目的とした鈍くてシンプルなものが、先端から左右に向かって突き出している。だが柄はついていない。長い鎖の先端には、手斧に用いるような小さな斧頭がいくつもつながれている。いわば斧で作られた鎖、棘つきチェインだ。

 周りから野次が飛ぶ。そんな装備で大丈夫かって。だが棘つきチェインの使い手は問題ないとばかりに一顧だにしない。大斧に寄りかかって胡乱げな面持ちの副戦士長にむかって一礼すると、ゆっくりと鎖を頭上で振り回しはじめた。どっとあがった声に、青銅のすれる音が混じる。無責任な野次を飛ばしていた観衆たちはやがてあることに気がついて息を潜め、ひそひそといいかわし始める。頭上で鎖を回し、引き戻してからだのそばで刃が躍る。まさに先ほど副戦士長が披露した動きをそのまま、それも取り回しが難しいはずの鎖でもってやってのけている。掛け声とともにチェインが地に叩きつけられ、舞い上がった砂塵が風に流されれば、そこにあいているのは大きさこそ劣ったものの確かに穴だ。鎖を引き戻してどうだとばかりに顎をしゃくると、一瞬遅れて歓声が湧き上がった。鎖を掲げ、チェイン使いは満足げな笑みを浮かべた。

 周りにこたえる鎖使いを見やり、副戦士長は顎をかいている。やおら斧を持ち上げ、とん、と軽く地面に打ちつけた。そんな些細な音一つで、男たちはあっという間に静かになった。大斧を持ち上げ、大上段に構える。鎖使いも応ずるように腰を落とし、男たちが固唾をのみ、まるで時間が凝固したようにお互いがにらみ合って――

 先に仕掛けたのは副戦士長だ。

 見た目からは想像もつかないほど俊敏な動きで間合いをつめ、斧を振り下ろす。全ての動作は一つの目的、相手に反応する隙を与えることなく斧を叩きつけるというその一点に向かって研ぎ澄まされている。まるで雷のような一撃だ。その場に居合わせた誰もが――私も含めて――鎖使いの頭蓋が砕け散る様を見た。

 だが鎖使いは動じなかった。瞬きする間にも満たないほどの時間、彼は確かに待っていた。ほんの少しでも遅れれば命をもぎ取られるような、そんなタイミングを確かに捉え、相手が自分の間合いに踏み込んできたまさにその機会を見出した。

 身を低く投げ出すようにして、鎖使いはチェインを撃ち放った。力強く大地を踏みしめる副戦士長の足に向かって。

 副戦士長もさるもの、当たれば足首をからめとっただろうチェインを見切り、それどころか踏みつけようとまでする。だがその一方で、大斧にはさっきまでのような勢いはもう失われている。歯車のようにかみ合った一連の動作が乱されたからだ。

 鎖が蛇のように踊り、副戦士長の足をかわす。そのまま伸び上がって太ももを狙い、それを副戦士長は身体に柄をひきつけて受け止める。なおも追撃しようとする鎖から副戦士長が身体を引き、鎖もまた引き戻されて、練兵場には何事もなかったように静寂が戻る。唾をはき捨て、再び斧を構えなおす副戦士長と、鎖を握り締めて目を見開いた鎖使い。瞬きすら致命的な隙になりかねない緊張の中でにらみ合いながら、二人はじりじりとお互いの周りを回るように足を摺り、そして今まさに――

「そこまでだ」

 観衆の一角がさっと割れた。現れた姿を目にするや、居合わせた全員が頭を垂れた。副戦士長と鎖使いも武器を下ろし、膝を突く。戦士長でもあるモンテズマの登場だ。対峙していた二人にそれぞれ短くねぎらいの言葉をかけてから、モンテズマは男たちに向かって両腕を掲げた。

「時が来た」

 ほんの一言だけで、モンテズマはこの場を掌握してしまった。

「かつて我々の元を離れた同胞たちが帰ってきた。追われたのだ。我々とは違う何者かが、我々の得るはずだった土地に居座り、我々が喉を潤すはずだった水を汚し、我々の腹を満たすはずだった食物をいたずらに浪費している。それどころか彼らはここ、テノチティトランに迫っているとすら言う。奴らは我らの生活を覗き見、好きあらば奪い取ろうとしているのだ。かつてあの化け物が我々を蹂躙しようとしたように、彼らもまた、我らを踏みしだこうとしている!」

 戦士たちは雄たけびで応えた。

「だがそうはならない! 蹂躙するのは奴らではない! 我らだ! もっとも鋭い武器を持ち、もっとも賢い我々こそが、この地上の支配者であるべきだ! 地上の王たる我々は断じて屈しない! また、奪われたものをそのままにしておくこともしない! 我らは彼らを打ち倒す! そして奪い返すのだ!」

 再び、戦士たちは雄たけびで応えた。

「いま、敵の斥候らしい一団がここ、テノチティトランに迫っている。まず手始めに我らはこれを迎え撃つ。我らの得るべき勝利を祝う生贄として奴らはとてもふさわしい。奴らを細切れに引き裂き、御仏の元へと送り出してくれようではないか!」

 三度、戦士たちは喉もさけよとばかりに声を張り上げ、得物を掲げて互いに打ち合わせた。ナイフを抜いて胸や腕に薄い傷を走らせ、にじみでた血を身体に塗りたくってさらに大声を上げる。血と汗と、そしてアドレナリンのにおいが練兵場に満ち溢れた。自信に満ちたモンテズマが先頭に立ち、戦士たちは次々と兵舎を飛び出していった。

 彼らがどうなったかは、すこし場所を移して、それから話すことにしよう。



[22421] 3-2.鉄器(承前)→弓術
Name: 座席指定◆703e7aa1 ID:5ccb3c4f
Date: 2010/10/17 22:26
 3-2 鉄器(承前)→弓術

 話をしよう。テノチティトランの南に広がるジャングルと、そこに潜む者たちの話を。

 テノチティトランは低緯度と中緯度のちょうど間ぐらいに位置している。赤道と、中緯度高圧帯が作り出す砂漠地帯に挟まれ、弱い乾季を除けば年中雨に恵まれている。豊かな水は森を育み、生い茂った木々はたくさんの命を宿す。微小な菌類から大型の肉食動物に至るまで――そして今、森にはあらたなものたちの姿があった。

 今しも、一本の木から何かが滑り降りた。身体中に泥を塗りたくり、辺りの光景に身を溶け込ませながら、彼は地を音もなく駆ける。油断泣く耳を澄ませ、あたりに目を配りながら、彼は確かにどこかを目指している。と、彼が不意に身をすくませた。何者かにみられている。

 彼はすばやく辺りを探り、その正体を突き止めた。昼尚暗いなかで輝く縦長の瞳――ジャガーだ。樹海で最強と言ってもいいこの肉食動物を前にして、しかし彼はひるまない。それどころか、どこか安心したようにすら見える。確かな意志をこめてジャガーを睨み返し、ジャガーが足元の小枝を踏みおるや否や、彼は腕に通していた弓を引き抜き、矢を番えて射た。

 宙を走った矢はいともあっさりジャガーに命中することになるが、その前にちょっとこの弓使いを観察してみよう。

 たとえば、この矢じりだ。素材は石とはちがう。モンテズマたちが手に入れたばかりの青銅でもない。黒くてつやのないこの金属は鋳鉄、モンテズマたちにとっては未知の金属だ。彼が身につけているものも同じ。泥や葉っぱを透かしてみれば、彼が身につけている装具やサンダルの類は、モンテズマたちとは似ても似つかないデザインだと分かる。彼らの道具はより繊細で、手間がかかっている。自分たちでなんと言おうが、モンテズマたちはいかんせんちょっと道具の使い方を覚えただけの蛮族に過ぎない。だが彼らは違う。明らかに、文明をその身にまとっているわけだ。まあ、モンテズマたちはそもそも弓すら知らないわけだけどね。

 片目を射抜かれ、ジャガーが悲鳴を上げて逃げ去った。油断なくそれを見送り、弓兵は再び行軍を再開した。歩みを進める彼の前で視界がぱっと開けた。木が倒れ、緑の天蓋が敗れて光が注いでいる場所だ。

 そこには彼を待つ一団がいた。いずれも緊張の面持ちで、中には怪我をしているものもいる。怪我をしていないものも血のにじんだ布を巻きつけ、あるいは汗みずくでひどく疲弊している。力なく顔を上げて、男たちは帰ってきた彼にものいいたげな目を向ける。彼は首を振る。男たちの目からみるみる光が失われていく。

 リーダーと思しき男が立ち上がり、仲間たちに語りかけはじめた。彼だけは鎧をまとい、房飾りのついた兜を被っている。ぼろぼろになっているとは言え赤い布がその身を飾り、背負っている盾は磨きぬかれて輝き、しかし身体は一番ぼろぼろだ。

 剣を吊った腰に手を当て、実に堂々たる物腰でリーダーは言う。

「お前たちは行け。私が時間を稼ぐ」

 男たちは不意を撃たれたように呆然とリーダーを見返している。首を振り、それは出来ないと言い立てる男たちに向かって、リーダーはあくまでも引こうとはしない。

「我々の使命を思い出せ。皇帝陛下から授かった任務はかの蛮族を偵察し、できる限り情報を持ち帰ることだった。そうだな? だが彼らは予想よりはるかに強力だった。我らは無敵だが、あんなに数がいてはな」

 男たちの一人が、とうもろこしの粒みたいにたくさん、ともらした。小さく笑いが巻き起こり、リーダーもまた、笑顔でそれに答えた。

「そうだ。彼らはとうもろこしの粒のように大勢いる。だがとうもろこしとは違う。彼らは帝国の繁栄に役立つものではない。逆だ。我々に向かって牙をむく蛮族だ。このまま放って置けば、彼らはやがてネアポリスに迫り、まだ打ち立てられて間もない彼の地を蹂躙するだろう。それだけは避けなければならない。我々は必ずや生きて帰り、このことを知らせなければならないのだ。必ず」

 リーダーは剣を鞘走らせた。刃が、降り注ぐ日の光を照り返し、その刃で持って、リーダーは傷ついた男たちを一人ひとり指した。
「我らは傷つき、疲れている。そしてやつらはすぐそばにいる。だがこのジャングルに逃げ込んだ事で、彼らも我々を見失いやすくなっているはずだ。現にこうして休むことが出来ているわけだからな。だがそれも長くは持たないだろう。やがてここも見つかり、数でもって押し包まれて皆殺しだ。それでは任務は果たせない。皇帝陛下の信頼を裏切ることになるというわけだ」

 だから、とリーダーは剣を振り下ろした。

「この私が囮となり、お前たちが逃げ出す時間を稼ぐ。私は傷ついている。その上鎧や兜があっては、こんなジャングルの中でお前たちについていくことは出来ん。だが踏みとどまって戦うとなればこれはこれで中々役に立つものだ。それに捨てるわけにもいかん。この私の誇りだからな
 これは命令だ。お前たちは今から解散し、おのおのが最適と思う方法をとってネアポリスに向かえ。私の名誉にかけて、お前たちを追わせることはしない。私とて軍団兵《プラエトリアン》の端くれ、衰えたりとは言えあんな蛮族どもに遅れなどとらん。必ずやかの蛮族王を討ち取り、ネアポリスに凱旋して見せよう。そのときお前たちは真っ先に私を出迎えるのだぞ。最高のワインと、汁のしたたる肉で。ああ、考えるだけでよだれが出そうだな」

 リーダーの笑みは自信に満ち溢れている。まるで自分の言葉を一言一句信じ切っているか――いや、その通りだろう。彼は自分の未来に待ち構えている出来事を知り、その上で最良の選択をしようとしている。自らに与えられた目的を果たすために。
 まったく、人間というのはとても面白い。

「さあ、行け。時間がないぞ」

 男たちが一人、また一人と立ち上がっていく。必要最小限の装具以外を捨て、リーダーに向かって敬礼しながら木々の中へ姿を消していく。最後に残ったのは先の弓兵だ。彼だけは、リーダーを説得しようとしている。その目に収めてきた敵の数と装備とをつぶさに並べ立てて、正面きってぶつかれば勝ち目がないこと、すぐさま逃げれば振り切れる事を懸命に主張している。

「そうだ。まさしく、お前の言うとおりだ」

 だが、リーダーは聞き入れようとしない。足に巻いた包帯を解き、顔をしかめて再び巻きなおす。盾を背からおろし、剣を抜いて両手をだらりとたらす。

「だが万が一ということもある。この知らせはなんとしても持ち帰らなくてはならぬ。そして分かっているだろう、それにはお前の力が欠かせない。わが小隊の中でもっとも素早く賢いお前ならば、確実に生きて帰ることができるだろう。命令だ、生きてネアポリスへ、ローマへと至り、必ずや皇帝陛下にこのことをお知らせするのだ。行け! 走れ!」

 弓兵はほんの一瞬だけためらった。そして歯を食いしばって頭を下げ、弓兵は風のように姿を消した。リーダーはいつまでも彼を見送り――
 
 そして、彼らがやってきた。

 はじめに届いたのは草を踏みしだく静かな音。目を閉じ、地に胡坐をかいてその時を待っていたリーダーがおもむろに立ち上がる。兜を被り直し、首をめぐらせて辺りの木陰に潜む姿をつぶさに捉えていく。空き地は完全に囲まれている。リーダーが凄惨な笑みを浮かべた。剣を抜き、肩に担ぎ、余裕綽々といった様子を見せ付ける。全く堂々たるものだ。
 
 周囲の木陰から進み出る影があった。全身に戦化粧を施し、冠を頂いて小さな手斧を下げる――モンテズマその人だ。
 
 付き従う戦士が、モンテズマに何事かささやく。モンテズマもうなずくと、鋭い声で号令を発した。リーダーの知らぬ蛮族の言葉に応えるように、木陰に潜む一団の一部が移動し始めた。リーダーは即座に理解した。モンテズマもまた、何が最も重要なのか知っている事を。もはや一刻の猶予もない事を。
 
 ここでの用はすんだとばかりに視線を彷徨わせていたモンテズマが、リーダーに目を留め、指差した。
 
 雄たけびを上げて、斧兵たちがジャングルの闇から光の中へ飛び出してきた。手に手に武器を振りかざし、四方八方からリーダーを押し包む。まるで金属で出来た波のように押し寄せる斧兵たちを前にして、しかしリーダーは一歩も引かなかった。まるで濁流の中にあってなお確かな巌のように、リーダーはじっくりと構え――そして素早く動いた。
 
 飛び出しすぎた斧兵の顔面を、突き出された盾が一撃した。
 
 まるで壁にぶつかりでもしたかのようにもんどりうった斧兵に足を取られ、さらに二人が倒れる。避けるために身をそばめた斧兵たちに銀光が踊り、切り裂かれた首筋から血が吹き上がった頃には、リーダーはすでに囲いを半ば突破している。気を取り直した男たちが振り下ろす刃は空を切り、あるいは勢いが乗る前に兜や鎧の厚い部分で受けられて致命傷には至らない。足をかけられて体勢を崩した斧兵に仲間の斧が突き刺さり、引き抜こうと力をこめた男はしりもちをついて、切断された両手首を呆然と眺める。仕切りなおすべく距離をとり、一人ずつかかっていった斧兵は、いずれもリーダーに傷一つ負わせられないまま切り伏せられていく。
 
 瞬く間に十人が斬られた。モンテズマがほう、と口を丸くした。
 
 実を言うと、この光景はあとで何度か繰り返して見てしまったよ。全く惚れ惚れするような立ち回りだった。
 
 全身に鮮血を浴びたリーダーが、刃で持ってモンテズマを指した。そのまま一歩、また一歩と歩みを進める。一歩歩むたびに五人の斧兵が食い止めるべく飛び出し、次の一歩を進めるときにはその全員が斬られている。屍が山と積みあがるにしたがって、モンテズマの表情がどんどん凄惨なものに変わっていく。それはリーダーも同じだ。
 モンテズマまであと十歩、というところに迫り、リーダーは歩みを止めた。

「どうだ? これが我々、ローマ帝国の力だ。お前たちが敵うとでも思うか?」
 
 リーダーの言葉をモンテズマは理解しない。だが、どうやらニュアンスは伝わっているようだ。モンテズマは顔をゆがめ、自ら斧を振りかざしてみせる。それにあわせるように、二人の男たちがモンテズマの背後から進み出た。携えるのは大斧と鎖――副戦士長と鎖使いだ。

「なるほど、それが答えか」

 そうだとばかりに、モンテズマが手斧を振り下ろした。耳を劈くような怒声とともに、二人の斧兵がリーダーとの距離をつめた。

 まず仕掛けたのは副戦士長だ。突撃して打ち下ろす、単純そのものの戦法は、それゆえに隙を生じない。轟風をまとった大斧がリーダーの頭めがけて打ちおろされ、初めてリーダーが一歩引いた。大地にぶち当たるかに見えた大斧が寸前で止まり、今度は下から振り上げられて姿勢の崩れた相手に襲い掛かる。盾でこれを受け止め、大きく後ろに傾いた体勢から踏みとどまって、リーダーはそのまま副戦士長に向かって刃を滑らせた。

 無防備な背中を狙うその伸びきった手に、チェインが絡みついた。

 篭手に阻まれて切り裂くには至らず、すぐさま振りほどかれながら、チェインは確かに副戦士長を守ることに成功している。足に、頭に、武器に。執拗に踊るチェインを捌きながら、リーダーもまた反撃を試みるが果たせない。鎖に意識を向ければ死の大斧が身体を掠め、かといって副戦士長に狙いを絞れば、いつ何時絡みついた鎖に足をすくわれないとも限らない。リーダーの技量は卓抜しているが、それはこの二人だっておなじこと。十合ほども打ち合い、初めてリーダーはあせりの色を浮かべた。

 何度目かの大斧が叩きつけられ、リーダーは正面から受け止めることを余儀なくされた。鉄で補強された盾は湾曲した表面で攻撃を滑らせ、勢いを逃がすことを主眼においている。だがこの一撃は真心を捉えていた。

 両断された盾が地に突き刺さり、噴出した鮮血が降り注いだ。

 片手を失い、それでもリーダーは膝を突かない。チェインが身体に絡みつき、引き倒されて地に転がされても、なおその目には力が灯っている。見下ろして感に堪えないとばかりに顎をかいていた副戦士長が、やおら大斧を振りかぶった。勇敢に戦った戦士への最後の贈り物、止めだ。副戦士長の筋肉が怒張し、解き放たれようとしたまさにその時――

 鋭い音とともに空中を走った何かが突き刺さり、副戦士長はうめき声を上げた。ついで飛んできたものを転がって避け、肩から突き出したそれにゆっくり手を伸ばして、副戦士長は目をむいた。彼らにとっては未知の兵器――矢だ。

 ジャングルの中から、何者かがモンテズマたちを狙い撃っていた。

 正確そのものの射撃は、モンテのそばに控える戦士たちを次々に撃ち抜いていく。降り注ぐ矢の雨にも動じず、モンテズマは不意に斧を振りかざして一点を指した。その先にあるのは、樹に登った弓兵――リーダーを説得しようとしていたあの弓兵だ。今しもつがええられた矢がモンテズマを狙い、振り回された鎖がそれを撃ち落した。鎖を引き戻して警戒する鎖使いの足元でリーダーがもがき、素早く立ち上がって剣を振るう。あっという間に形勢は逆転した。放たれる矢は斧兵たちをけん制し、あるいは直接喉元を狙って打ち倒し、気勢をそがれた斧兵たちは瞬く間にリーダーの刃の餌食になっていく。ほんの一瞬だけ、モンテズマとリーダーの間には何もなくなった。超然とにらみつけるモンテズマに向かってリーダーは突きかかり――そして、届くことなく倒れた。その背中からは矢柄が突き出している。

 どさり、と音を立てて何かが落ちた。矢の雨はやんでいる。弓兵は喉笛を食い破られて息絶えている。死の一撃を放とうとしたその瞬間に襲い掛かられて、手元が狂ったわけだ。枝の上から捕食者がしなやかに飛び降りた。潰れた片目が未だにふさがっていない獣、ついさっき弓兵が射たジャガーだ。

 モンテズマがジャガーに歩み寄る。ジャガーもまた、モンテズマを見上げ――次の瞬間、モンテズマに身を摺り寄せた。ジャガーの毛並みをなでさすり、驚愕に目を見開く仲間たちに鷹揚に手を振って見せながら、モンテズマは息絶えた敵の亡骸を見下ろした。

「残りを追え」

 短くそう命令すると、モンテズマはジャガーを従え、弓兵とリーダーの亡骸を担ぎ上げた。副戦士長たちも後を追い、彼らはジャングルの中へと姿を消していった。

 このときの経験は、モンテズマたちに大きな衝撃となったはずだ。弓と、軍団兵《プラエトリアン》。自分たちが相対する敵の力を垣間見たわけだからね。だがモンテズマたちも学んでいた。持ち帰った鉄器と弓をまねする事で貧弱な模造品を作ることが出来るようになり、なによりもっと大きなものを掴んだ。ジャガーの意匠をまとい、森に住まう精霊の加護を受けた戦士という概念はその一例だ。ローマ人たちの精神がプラエトリアンを生み出したようにね。

 こうして勝利を収め、モンテズマたちは一路ネアポリスを目指した。待ち受けるローマ兵団とモンテズマがいかに戦ったか――まあ、長い話になりそうだ。



[22421] 4.探検
Name: 座席指定◆703e7aa1 ID:5ccb3c4f
Date: 2010/10/17 22:26
 4.探検
 
 話をしよう。モンテズマたちが挑んだ戦い、その意味するところを。

 モンテズマたちはテノチティトランに戻ることなく、部隊を再編成して川に沿って進軍した。急ぐ必要があった。あのプラエトリアンが奮戦したおかげで、結局ローマの斥候たちを取り逃がしてしまったからね。モンテズマたちは昼夜を問わず進み、ある丘の麓に近づいてようやく止まった。

 丘には作業場が設けられている。ほんの一日まえまで、ここでは採掘作業が行われていた。だがモンテズマの接近を察知して鉱夫たちは早々と撤退、道具すら残さず引き払ってしまっている。ふもとを流れる川には船着場があり、鉱石を運び出すのに使われていたがこれまた破壊済み。ローマ人のやり方は徹底している。

 もともと、モンテズマたちは略奪を行うはずだった。敵の領内を徹底して荒らし、相手をつり出す。だがもう出来ることはない。モンテズマたちは主のいなくなった丘に登り、そこから見える景色に目を凝らした。

 彼らの驚きようといったらなかったよ。

 豊かな水を湛える川、あちこちに群生する森。平野に置かれた大きな囲いの中には、モンテズマたちの知らない獣が群れている。目を転じれば、区画整理された畑らしきものが見て取れる。それらは全て白く細い線でつながれている。舗装された道だ。モンテズマたちの知る道とは根本的に違うものだが、まあ道は道だ。

 だがモンテズマたちを畏怖させたのは別のもの。見た事もないほど巨大な建造物だ。

 モンテズマたちの知るストーンヘンジに似ていなくもない。だが大きさ、そして壮麗さは比べるべくもない。石が互いに組み合わさって作られた巨大なアーチがならんでいる。まるで壁のように、あるいは宙に渡された道のように見えなくもない。
 そう、まさしく道だ。あれは水道橋。地形とサイフォンの原理を上手く利用し、大量の水を遠隔地に運ぶための仕組みだ。ローマ人たちが編み出した知恵千年を閲してなお使い続けられることになる偉大な成果だ。その姿はモンテズマたちとローマ人の間に横たわる差を雄弁に物語っている。水道橋が伸びる先には都市がある。無数の建物が天に向かって伸び、周囲にめぐらされた石壁が町全体をしっかりと守っている。テノチティトランとは到底比べ物にならない規模の人口と防備を備えていることが一目で分かる。

 戦士たちの間に動揺が広がっていく。その顔からは自信が見る見る失われていく。あんなものを作り出せる存在に挑みかかって勝ち目があるのか。口に出すことはしない。言えばその通りになるとでも言うように。代わりに、斧兵たちはモンテズマの背をただじっと見つめた。息の止まるような緊張感が臨界に達しようとしたとき、モンテズマがようやく振り向いた。

「奪うぞ」

 なんでもないことのように言い放ち、モンテズマは歯をむき出して見せた。

「喜べお前たち。これは全て我らのものだ。御仏が我らに与えたもうた恵みだ」

 男たちがどよめき、その隊列がぱっと二つに割れた。姿を現したのはあの片目のジャガーだ。ジャガーはモンテズマのもとにとことこと歩み寄ると、その足元に寝そべった。あの日以来、このジャガーはまるで家来のようにモンテズマに付き従い、そのことによってモンテズマの威光はますます強くなっていた。今こうして現れたこともまた、まさしくモンテズマの言葉を支持するかのようだった。満足げにジャガーの首筋を撫で、モンテズマは天に向かって拳を突き上げた。

「さあ行くぞ。われらはこれよりかの都市を奪う。この地の全てを手に入れ、我らは更なる繁栄を謳歌する。余は確かに知っている。見たのだ。これまでそうしてきたように、余は未来を見通し続け、お前たちを導く。恐れるな。ためらうな。ただ行き、殺せ! 殺すのだ! それこそが未来だ!」

 モンテズマは多分に神がかりとしての資質を備えていた。まあ、頭がおかしかったといっても良いがね。彼の見通している『未来』はいわゆる「これから起きる出来事」とは少々ニュアンスが違うが――まあいい、このことは別の機会にゆっくり話そう。君たちにも関わりのあることだしね。

 とにかく大事なのは、モンテズマが何か言えば他のものたちは簡単に従ってしまうということだ。先ほどまでの不安はどこへやら、斧兵たちは今にも走りださんばかりだ。先頭に立ち、モンテズマたちは再び行軍を再会した。



 少し時間を飛ばそう。モンテズマたちがネアポリスの北東に広がる草原に布陣した、その朝まで。

 天気は快晴だった。遠くの山にかかった朝日に目を細めながら、モンテズマの兵たちは丘の上にそびえるネアポリスを見上げ、開戦の合図をじりじりと待っていた。

 ローマ側も別に指をくわえてただ見ていたわけじゃない。急ごしらえの柵をめぐらして陣地を構え、モンテズマたちを油断なく見張っている。前線に盾を構えて並ぶのはもちろんプラエトリアンをはじめとする重装歩兵たちだ。後方には弓、そしてさらに別の何かがひしめいている。モンテズマたちのところからは見えないが、仮に見えたところでそれがなんなのか理解することは出来なかったろうね。

 モンテズマたちはこの時点で大きく後れを取っている。技術力で劣り、長距離の行軍によって体力は削られ、斥候を取り逃がしたために不意打ちを仕掛けることすらできず、勝っているのは数ばかり。

 だが「こんな状況で大丈夫か?」と聞いたところでモンテズマは聞く耳持たないだろう。彼は今人の話を聞くとか聞かないとかいう状態じゃないからね。ネアポリスに近づくにつれて彼の目はどんどん血走り、言葉は激しく、そして少なくなっていく。無理もない。少なくとも私なら、こんな戦いに臨むなんて真っ平御免だ。それでも彼が前に進もうとするのはもう引き返せないところまできてしまったと、自分で知っているからだろうね。

 昇る朝日をじっと見つめるモンテズマの足元では、ジャガーが残されたほうの目をつぶり、寝そべっている。ふとその耳がぴんと立った。モンテズマもまた、なにか異常がある事を察知して走り始めた。何かを指差してどよめく斧兵たちをかきわけ、戦列の先頭に飛び出したモンテが見たものは、赤い旗を掲げた騎手だった。ローマ勢とアステカ勢のちょうどまんなかを悠々と往復しながら、騎手は旗を振って武器を持っていない事をアピールしている。不意に騎手が声を張り上げた。

「そちらから一人出せ! 少し話をしよう!」

 騎手はモンテズマたちの言葉を操っていた。流暢にとは行かないが、意思疎通が可能だとわかるぐらいにははっきりした言葉遣い。これはあとからモンテズマたちの開拓団を捕らえて、その時学んだものだと分かるけども今は関係ない。モンテズマは少し考え、自分が行くことを部下たちに告げた。部下たちは不安げだったが、足元でジャガーがうなるとそれもやんだ。獣を従え、固唾を呑んで見守る両軍兵士たちの視線を一身に浴びて、モンテズマは騎手のもとに歩いていった。

 モンテズマが近づくと、騎手はまたがっていた馬から下りて旗を地に突き刺した。手綱を旗のさおに結び付け、両手を開いてモンテズマを待つ。板金で打ち出された鎧の装飾はかなりこっていて、地位の高い兵である事をうかがわせる。頭には木の枝を編んだような冠。手をやって位置を直すと、騎手は手をかざしてモンテズマを制した。

「その辺にしとこうや。もう声は充分届くだろう」
「私を恐れているのか?」
「そう見えるかよ。ま、だったらそういうことにしとくか。なあ猫ちゃん」

 騎手に指を指されてジャガーがうなった。おお怖い怖いとおどけてみせて、騎手は再び真顔に戻る。

「お前はモンテズマだな? アステカ族? とかいう連中を率いてるとか言う。まあこんだけ大勢揃えられるってのはなかなか立派じゃねえか。ほめてやるぜ」
「余計な世話だ」
「あ、あと俺の言葉ちゃんとしてる? お前らの言葉はどうにも難しくってさ」
「大丈夫だ、問題ない」
「あっそ。ならいいや」

 騎手が大地を踏みしめた。

「俺はアレクサンドロス。ホントは称号なんかあってもっと長いんだが、アレクでいいや。向こうの連中を率いてる」とローマ勢を指差した。
「いろいろ聞きたいことがあったんでこうやって来てみたわけだ。なあ、その猫ちゃんは飼ってんのか?」
「単に従えている。支配者とはそういうものだ」
「へえ。まあそうかもな。コイツも俺以外に慣れなくってな。な、ブケファロス」

 馬がいなないて応える。実のところこの馬は普通よりはるかに大きい。まだその身体には多分に野生の血が流れているというわけだ。ジャガーを恐れる様子もなく、唾を吐き散らしていななくブケファロスの首筋を撫でさすって鎮めると、アレクは再びモンテズマに向き直った。

「よし、じゃあ最初の質問だ。お前ら何しに来たの?」
「この地を征服しに来た」
「なるほどな。じゃあ次。降伏する気はあるか?」
「それは我々が聞くべきことだ」
「そうか。三つ目だ」

 アレクの声色がわずかに低くなった。

「お前らに追っかけられたうちの斥候いただろ? そんとき俺みたいな鎧の、まあもうちょっと冴えないのがいたはずだな。隊を率いてたリーダー格だよ。そいつはどうなった?」
「死んだ」
「どんな風に?」
「敵ながら実に天晴れな戦いぶりだった。我らが相手でなければきっと勝利していただろう。ねんごろに葬り、御仏のもとに送り出してやった」
「ミホトケ、ね」

 アレクたちは仏教を知らない。後に世界を制する巨大宗教に成長する仏の教えは、今の時点では単なる地方宗教の一つに過ぎない。だが意味するところは伝わったはずだ。勇敢な戦士に対する尊敬の表れ。アレクは満足げに顎をかいた。

「そんだけ言うってことは、少なくともヘタれて死んだわけじゃねえんだな。ならいいや。そこんとこだけ確認しときたかったんだ。お前らと戦った後じゃ、聞くにも聞けなかっただろうからな」

 よし、とアレクがきびすを返した。旗を引き抜き、ブケファロスに飛び乗って、アレクは歯をむき出した。笑顔、いや、挑発だ。

「もうお前らと話すことは無くなった。アステカ王のモンテズマ、なんか言いたいことがあれば聞くぜ」

 モンテズマが腕を掲げた。立ち上がったジャガーが、モンテとともに牙をむき出した。

「貴公の首は――」

 応ずるように、アレクもまた旗を高く持ち上げた。草原を吹き渡り始めた風をはらんで、真っ赤な旗がはためいた。

「――柱につるされるのがお似合いだ」
「いいねえ、その言い回し」

 ふたりが腕を振り下ろした。

 大気が爆発した。

 鬨の声が大地まで揺るがし、まるで堤防が決壊するように戦列を崩して、アステカの戦士たちが戦場になだれ込み始めた。大波のように走る斧兵たちを背負い、モンテズマは血走った目で何かを見ている。馬にまたがって自分の陣地に戻っていくアレク、動き始めたローマの軍団、ようやく姿を現し始めた太陽。

 モンテズマが何を見ているのか――それは多分、明日の出来事だ。



[22421] 5.畜産
Name: 座席指定◆703e7aa1 ID:5ccb3c4f
Date: 2010/10/23 00:02
 5.畜産
 
 話をしよう。ここではないどこか、今とは違う時代に生きる男の話を。
 
 彼には七十二通りの、いやそれ以上の名前があった。一つの名前を持って生まれ、死んでまた新たな名前を持って生まれる。男は何度も何度も生きた。森に息を潜めるハンターとして、資本家たちに反逆する労働党員として、次元界を渡る船の船員として、軌道エレベータの主任設計技師として、そのほかもろもろ。男が生きたその時間を足し合わせれば、それは歴史そのものに匹敵するほどだ。
 
 男はそうやって何度も生き――そしてあるとき、自分が背負わされている運命に気がついた。
 
 男が寿命をまっとうしたことはない。男の人生は常に敗北と失敗によって幕を閉じた。その場で命を持っていかれたこともあれば、時間が経って初めて袋小路に迷い込んでいたことが明らかになることもあった。何より残酷なのは、そうした失敗を何度も繰り返さなければならなかったことだ。新たな生に踏み出すたびに、男の記憶は洗い流された。だがその無念は消え去ることがなかった。その中心にあったのは不屈の精神、勝利を志向する信念だ。
 
 今もまた勝利を信じ、男は戦場を駆けている。
 
 
 
 大地が揺れている。モンテズマたちの突撃だ。
 
 迎え撃つローマ兵は密集体系を取り、斧兵たちが突っ込んでくるのを今か今かと待ち構えている。頭上がわずかにかげり、プラエトリアンたちは見上げて穂をゆがめた。突撃に先んじて放たれたモンテズマたちの矢だ。まさしく雨のように降り注ぐ死に、プラエトリアンたちは盾、スクゥタムを掲げて防ぐ。鉄を張った防具は大半の矢を弾き返したが全てとは行かない。打ち倒された兵を後方に移し、プラエトリアンたちは改めて武器を構えなおした。
 
 もちろんローマ側もやられてばかりじゃない。はるか後の時代まで、射撃は戦場の主役だったといってもいい。合成弓などもなく、威力も射程距離も精度も低い。だがそれでも『遠くから相手を殺せる』という一点だけでとんでもないアドバンテージだ。一本一本はヘロヘロ矢でも、数を揃えれば面に降り注いで全てを打ち倒す。充分ひきつけ、ローマ軍は満を持して反撃の第一射を放った。
 
 多くの斧兵が倒れた。しかしアステカ勢は止まらない。仲間の死体を踏みつけ、乗り越え、あるいは突き刺さった矢柄をものともせずそのまま暴走する。第二射、第三射と続いた攻撃も効果が薄い。モンテズマたちは隊の間隔を大きく取り、兵の密度を下げる事で面攻撃の威力を減じている。いわゆる散兵戦術だ。
 
 矢の雨を首尾よく潜り抜けたモンテズマたちはそのまま、前進してきたプラエトリアンにぶちあたった。大きく広がったモンテズマたちとは対照的に、ローマ兵たちはきっちりと隊列を組んでいる。その身にまとった重装備のおかげで、彼らには弓射を恐れる必要が無い。
 
 そしてひとたびぶつかり始めてしまえば、勝負を決めるのは兵の密集具合だ。
 
 いくつものローマ戦隊が、アステカの兵士たちを切り裂き始めた。小隊長の指示を受け、プラエトリアンたちは隊伍を崩さず戦場を駆け抜ける。アステカ兵たちに群がられてもびくともせず、包囲の薄いところを突き崩してそこから次の獲物目指して移動する。その様はまるでいくつもの手と足を生やした一つの巨大な生き物のようだ。アステカ兵たちも徐々に集まり、体勢を整えて反撃し始めた。敵味方が完全に入り乱れる乱戦の始まりだ。
 
 叩きつけられた斧を盾でそらし、突き出したグラディウスで相手の喉をつらぬいたプラエトリアンが、その伸び切った腕をたたっ斬られてもだえる。兜ごと頭部を打ち砕かれくずおれかかった仲間の死体を蹴飛ばし、避け損なって体勢を崩したプラエトリアンにアステカ兵が襲い掛かる。突っ込みすぎたアステカ兵が三対一を強いられ、まるで獲物を捌くように冷徹な刃で切り刻まれていく。
 
 仲間たちに守られ、モンテズマは最前線で指揮を取っている。そんなモンテズマの姿を目ざとく捉えたプラエトリアンの一団が、モンテズマに向かって突進した。立ちふさがる護衛兵たちを手練の剣技で斬って捨て、プラエトリアンたちはモンテズマの喉もとめがけて迫った。
 
 金属の引き裂ける音とともに、ローマ兵が宙を舞った。
 
 落下したローマ兵はたまたま着地点にいたアステカ兵を押しつぶして事切れる。目を白黒させながら這い出したアステカ兵が見たものはさらに降り注ぐローマ兵の背中だ。今度こそかわしきれず、首の骨をおられてアステカ兵は息絶えた。そんな大破壊を一人で引き起こしているのはアステカ兵団、副戦士長だ。
 
 副戦士長は長大な斧を二本束ねて振るい、触れるもの全てをまるで竜巻のように打ち上げていく。餌食になったプラエトリアンはその場で身体を引き裂かれ、そうでなくても戦闘不能に陥る。だがプラエトリアンたちも負けてはいない。相手をするのは不利と見てローマ兵たちは遠巻きに囲い、比較的無傷な部隊が、なんにでも突っ込んでいく副戦士長をうまく誘導して仲間を守る。だがそうしている間にモンテズマたちは姿を消し、副戦士長はくびきから放たれたようにますます破壊を振りまいている。
 
 両者の撒き散らす汗と殺意が渦巻いて、辺りの大気はまるで沸騰しているかのように揺らいでいる。
 
 両者は拮抗――いや、アステカがわずかに押し始めた。そもそも前進してきたローマ兵だけを見れば、彼らは数で大きく劣っている。劣っていながらプラエトリアンたちはあたえられた二つの役割を充分に果たしている。一つはアステカを食い止めること――そしてもう一つは、アステカ兵をひきつけておくということだ。
 アステカ軍がついにローマの前線を突破しようとしたまさにその時、戦場に新たな姿が現れた。
 
 
 
 後方でどよめきが上がった。弓兵を含む予備軍団、前線でプラエトリアンたちを蹂躙しているのに比べればあまりにも悲しい規模の集団に何かが迫っている。蹄が大地を蹴立て、巨大な車輪からは鋭い刃が突き出し、三人一組で乗り込んでいる兵たちが馬を疾走させながら鬨の声を上げた。
 
 側面から回り込んでいた二輪戦車、チャリオット軍団だ。
 もちろん、アステカ後方軍団もその存在に気がついていた。矢を射掛け、チャリオットを止めようとする。降り注ぐ矢は馬の、あるいは御者に命中し、横転した戦車はそのまま後ろも巻き込む。だがそうなったのはほんの一部だ。矢が描く弓なりの軌道、その内側に素早く入り込むことで、チャリオットたちは射撃をやり過ごしている。そしてその速度は同時に、敵に二射目の隙を与えないことにもつながっている。
 
 逃げ惑うアステカ弓兵たちにチャリオットが突っ込んでいく。
チャリオットはこの時代のものとしてはとても大掛かりな兵器だ。運用は三人一組、御者に護衛の槍兵、それに弓兵が乗り込んでいる。チャリオットの正面に捕らえられた犠牲者は馬の蹄に襲われ、あるいは加速のついたポールアームで頭を吹き飛ばされる。なんとか横に逃げても待っているのは車軸に取り付けられた馬鹿でかい刃物。頭を下げてこれをかわせば、そのまま振り向いた射手のいい的にされる。
 
 全く、突っ込まれる側には同情するよ。
 
 恐慌状態に陥った弓兵たちの命を、チャリオットが容赦なく刈り取っていく。アステカ兵の横っ腹にまともに突っ込み、そのまま文字通り切り裂いて、チャリオットたちは反対側へと抜けた。そのまま大きくカーブする。引いている車のせいでチャリオットは急には曲がれない。まるで鷹が獲物の上で遊弋するように悠々と体勢を整えるチャリオットたち――このまま後方を制圧してしまおうというのが狙いだろうね。援護を差し向けようにも、前線のアステカ兵は完全につなぎとめられてしまっているからね。
 
 だがアステカ側がやられるばかりだったかといえば、別にそんなことはない。
 
 弓兵たちがだんだんと退き、代わりに姿を現したのはジャガーの意匠をまとった戦士たちだ。
 
 彼らが下げているのはいずれも風変わりな武器ばかり。短剣や手斧、手槍、それになんともいえない珍妙な武器の数々。両手にそれぞれ違う武器を下げているものもいる。弓を引き絞るジャガー戦士も混じっていて、その目には有象無象の弓兵とは明らかに違う何かが宿っている。先頭に立つ戦士がじゃらじゃらと音を立てて武器を掲げた。鎖使いだ。
 
 チャリオットが反転を終える。再び速度を増した集団が土を巻き上げてアステカ勢に迫る。対して放たれた一斉射撃をまたしてもかいくぐり、満を持して速度を増したチャリオットたちに相対して、ジャガー戦士たちはうなるような声を上げた。
 
 衝突。
 
 投げ出されたローマ兵が宙を飛び、地面に突き刺さった。横転した馬がもがき、その目に矢が突き立つ。驚くべき正確さだ。充分ひきつけた辺りで、狙い済まされた何本もの矢がそれぞれ先頭集団の馬に命中、倒されたチャリオットに後続が突っ込んでさらに被害が増していく。打ち倒されたチャリオットたちはいずれも適度に間をあける形で選ばれている。急には曲がれないチャリオットの進路を効果的に阻害する形だ。自軍に邪魔されて、チャリオットの勢いが緩んだ。なんとか衝突を免れたチャリオットたちは、突出して仲間とはぐれた形に追い込まれている。この場を切り抜けるには前方に広がるアステカ兵を突き抜けるしかない格好だ。
 
 退路を断たれていきり立った第一陣を、ジャガー戦士たちが迎え撃った。
 
 唸りを上げて鎖が飛んだ。横に飛びながら放たれた一投は長く長く伸び、御者の首を捕らえて絡みついた。そのまま後方に引き飛ばされ、チャリオットは制御を失ってむちゃくちゃに走り始める。だがその時、暴走する車体にむかって何かが飛び掛った。隻眼のジャガーはいともやすやすと走るチャリオットに飛び乗り、車上の二人を瞬く間に肉塊に変えた。とびちる血肉に煽られるように、ジャガー戦士たちは次々と突っ込んでくるチャリオットに飛び掛った。失敗してひき殺される仲間を諸共せず、彼らは人間離れした跳躍力と反射神経を披露してチャリオットの乗り手を撃墜していく。それにもれたチャリオットには狙い済ました矢が打ち込まれる。集団で運用されるのが前提の弓兵たちと比べれば、ジャガーたちが使う弓の技はまるで魔法のような正確さと威力を秘めている。入り乱れる仲間を通して、あるいは数本の矢を束ねて撃ち放つ。反対側へ抜けることが出来たチャリオットはほんのわずかな数だ。
 
 ローマのチャリオットが退却し始めた。奇襲には成功したが、その分手痛い反撃も受けている。一見すると両軍痛みわけといったところ。だが両軍ともに、そうでないことを理解している。
 
 
 
 太鼓が打ち鳴らされ、アステカ勢が後退し始めた。
 
 前進した弓兵たちが後方に向かって矢を射掛け、退いていくアステカ斧兵団に対する射撃をけん制する。チャリオットによって後方が完全に蹂躙されていれば、この後退すら上手く行かなかっただろうね。ここぞとばかりに群がるプラエトリアンを、副戦士長ひきいるしんがりが引き受け、退けていく。そのままアステカ兵はネアポリスのそばに広がる森に向かった。ここに陣を敷きなおし、再編成などを行おうというわけだ。
 
 森に入って一息ついたアステカ兵たちは不安げに顔を見合わせた。損害は思いのほか大きい。なんといってもこれは遠征だ。戦果を上げなくては何のために戦っているのか分からない。都市の防備を打ち破り、蓄えられた財産を奪い取って、住民たちを奴隷として連れ帰ることが最善の結果だったはずだ。にもかかわらず、最初の衝突でたくさんの兵士が討たれている。ローマ兵は強大で、おまけにここは彼らの土地だ。後ろからいくらでも戦力の補充が利く。互いに戦力を対消滅させていけば、先に敗北するのは数が多かったはずのアステカ勢だ。不安がざわめきとなって、薄暗い森の中に満ちていく。
 
 だがやがて、ざわめきはだんだんとその含むところを変えていく。そのきっかけとなったのは兵たちの間を駆け巡っているモンテズマだ。
 
 今しも、モンテズマに一人の斧兵が引き合わされた。身体中の傷口から血が流れ出し、むき出しの皮膚はほとんど灰色に近い。息をつく体力すら奪い去られて死を待つばかりの斧兵の脇にかがみこみ、モンテズマはやおら傷口に手をかざした。
 
 光。
 
 まるで時間を巻き戻しでもしたように、傷口が見る見るふさがっていく。見守る仲間たちの間でどよめきが広がっていく。信じられないというように自らの傷口をさすり、斧兵は舌をもつれさせながら礼を述べる。応えるモンテズマの目は血走り、大きく丸い瞳はどこか遠くを見ているようだ。やがてその目が斧兵に焦点を結び、モンテズマは言った。

「ここで死ぬ定めではない」と。
 
 奇跡を目にして、アステカ兵たちの士気がよみがえりつつあった。モンテズマが治療を施した兵の数はそう多くないがそれで充分だった。戦いに臨む戦士たちにとって、怪我を恐れる必要がないということは、どんな盾や鎧よりも頼もしいよりどころになる。損傷の少ない兵が集まり、略奪部隊が編成された。ローマ軍の領土を荒らしまわり、兵糧や装具を奪い取ることを目的とした部隊だ。期待を受けて送り出される部隊を見送ると、アステカ兵は改めて自分たちの指導者に群がった。偉大なる戦士にして、森の王者たるジャガーを従えた王の中の王。そこにあらたな一面が加わりつつあった。奇跡を引き起こす行者、御仏に選ばれし者だ。
 
 余計な補足をするなら、これはこの歴史において最も早く行使された信仰呪文でもあった。平たく言えば神の知恵だ。なぜただの人間に過ぎないモンテズマの手にそんなものが宿っているのか――機会があれば、次の話題はそれにしよう。私にも少し関係があることだからね。



[22421] 6.聖職
Name: 座席指定◆703e7aa1 ID:5ccb3c4f
Date: 2010/10/23 00:01
  6.聖職
 
 話をしよう。セムヤザ率いるグリゴリの天使たちが堕天し、地上に神の知恵がばら撒かれたときのことを。
 
 はるか昔、天使たちは人をうらやんだ。天から地上を監視し続けるうちに、天使たちは人が持つ多くの美点に目を瞠り、惹かれていった。我慢の限界に達した彼らは神の命にそむき、より人に近づくために天から去っていった。
 
 神は怒り、人と堕天使とを罰するために滅びを使わした。
 
 世界は滅びた。そうなるはずだった。
 
 だが堕天使たちは、堕天したときに神の知恵も持ち去っていた。堕天使たちは神の知恵を駆使し、定められた滅びを回避しようと試みた。知恵を分け与えられて賢くなった人類は堕天使と協力して神が使わす滅びを迎え撃った。もちろん神の力は絶対だ。はじめのほうこそ優勢だったものの、人類と堕天使は次第に追い詰められていった。そうして彼らは禁忌に手を付けた。盗んだ神の知恵を使って、新たな世界を生み出そうとしたのさ。
 
 そもそも神の知恵というのは、神が世界を創造するために使った力の名残といっていい。堕天使たちの使い方はいわば再利用、それも着古したジーンズを引き裂いて雑巾として使うような類の使い方なんだ。洗練された道具は本来の使い手の手にあって初めて役に立つもの、堕天使たちはそのことに気付くのが少しばかり遅かった。
 
 まあ、気がついたというだけでも恐ろしいことではあるんだがね。神の領域に踏み込むんだ、ちょっとした事で済むわけがない。
 
 堕天使たちは力を合わせ、神のもとから盗み出した知恵を弄繰り回した。研究を重ね、大きな犠牲も出しながら、彼らはついに神の知恵の本質を垣間見ることに成功した。彼らはもうためらわなかった。神に呪われ、滅びが喉ものまで差し迫っていた堕天使たちは、まだなんとなくしか理解できていなかった創造の力を引き出し、新たな世界を生み出した。
 
 話は変わるけど、君たちはカルボナーラを作ったことはあるかな? そう、あのパスタさ。生クリームと卵のソースが絡んでとてもおいしいものだ。実は一度作ってみようとしたことがあるんだ。何度か食べてとても気に入ったから。ああ、もちろん失敗したよ。卵が半端に固まってスクランブルエッグ入りパスタになってしまってね。全くうろ覚えのレシピで料理なんかするもんじゃない。あのときはホント、参ったよ。
 
 ちょうど堕天使たちが世界を創造したときも、これと大体似たようなことになった。
 
 よく分からないまま作り出された世界は因果律がむちゃくちゃに絡まり、適切な物理定数はそろわず、生まれるはずのなかったいくつもの要素が拡大して混沌が荒れ狂っていた。宇宙にようやく秩序が生まれたとき、堕天使たちはほっと胸をなでおろし、一も二もなく新たな世界に人と自分たちとを送り込んだ。まあ多少完成予想図とは違ってたけれども、贅沢は言ってられなかったわけさ。
 
 神は怒り狂い、再び堕天使たちを罰した。堕天使たちは再び戦い、再び負けて、また新たな世界を作ってそこに逃げ込んだ。創造と破壊が何度も何度も繰り返されて、そのたびに作り出された世界はだんだん、人間たちが元々いた場所とはかけ離れた姿になっていった。むちゃくちゃなやり方で酷使されるうちに神の知恵は穢れてゆがみ、世界そのものの織り地に溶け込んでいくようになった。それにあわせるように堕天使たちも姿を変えていった。人に惹かれ、人に近づくために天から降りたはずの彼らは、だんだん人の前に姿を現さなくなっていった。堕天使は人の陰に隠れ、ひそかに人類を支配するようになった。神と戦うための緊急避難だと言い張って、彼らは人を意のままに操り、変異させ、そうやって神に立ち向かわせた。もちろん上手く行くわけがない。人類は何度も打ち負かされ、そのたびに新たな世界に再生させられた。堕天使たちの身勝手な行為によって、ね。
 
 私は神に命じられて、堕天使たちの行動を監視していた。名乗り出たんだ。堕天使たちのやり方について少し思うこともあったし、それに自分で言うのもなんだが、私の力は見張りに最適だからね。
 
 え? ああ、そういえば自己紹介がまだだったかな。すまない。とっくに済ませたものだと勘違いしていたよ。
 
 私の名はルシフェル。神に仕える天使の一人。時を操ることを許されている。天界での地位は――まあ、いいだろう。とにかく私は時間を好きにできる。早送りも、飛ばすのも、そして巻き戻しも。いわゆる時間旅行なんて真似も朝飯前だ。
 
 だが今君たちが考えているほどなんでもできるわけじゃない。たとえば君たちはこう考えたりしたんじゃないかな? 『堕天使たちが神の知恵を盗む直前まで時間を巻き戻して、そこで妨害でも説得でもすればよかったんじゃないの?』ってね。
 
 実にその通りだ。
 
 私も、できることならそうしたかったよ。
 
 
 
 
 さて、モンテズマたちのところに戻ろう。あれから二週間ほど過ぎたあとの時点へ。時刻はちょうど夕方、日課の突撃が終わって休んでいるところだ。
 
 ずいぶん数が減っている。モンテズマたちは日々攻撃を繰り返してはいたが、あまり効果は上がっていない。ネアポリスの外壁に取り付くこともできていない有様だ。タダでさえネアポリスは丘の上に位置していて侵入できる場所は限定される。かといって一箇所しか出入り口がないわけじゃない。兵糧攻めのために全ての出入り口をふさごうにもモンテズマたちは数が足りない。無理に兵力を分散させれば、中から飛び出す軍団兵たちに各個撃破されておしまいだ。
 
 というわけで、モンテズマたちは都市を包囲する代わりに森にこもり、散発的に辺りを荒らしまわる戦術を取っている。トウモロコシ畑を荒らし、水道橋にいろいろなものを投げ込み、後方にひそかに回り込んでネアポリスにやってくる補給部隊を急襲する。これまでローマ軍が森に攻撃を仕掛けてこなかったわけじゃない。だが彼らはいずれもジャガー戦士たちに翻弄されて撤退を余儀なくされている。
 
 今のモンテズマたちを簡単に言うと、辺境に出没する蛮族ということになる。
 
 こんなことをやらされば、アステカの兵士たちは士気がどんどん下がっていたと思うだろう? 何しろ当初の目的と、実際にやってることがあまりにも食い違っているからね。
 
 だが実際は逆だった。彼らは皆意気軒昂、もっというと熱狂していた。決め手になっていたのはやはりモンテズマだ。
 
 モンテズマは森の中に急ごしらえの祭壇を用意した。適当な樹を切り倒して火で焼き、炭化した部分を適当に削り取る。そうして大まかな形を作ったあとは細かく削りながら意匠をととのえ、仕上げに石や皮で表面を研ぐ。出来上がったのは人の半分くらいの背丈を持った仏像だ。といっても、頭はジャガーだし、後光の代わりに背負っているのはデフォルメされた太陽、いわばアステカ流豹頭観音とでもいったところだね。足元に踏みしだいているのはもちろんタラスクだ。中々のできばえだったよ。モンテズマは丸一日かけてこれを彫り上げた。戻ってきた兵士たちを仏像の前に並ばせて、モンテズマはお経を唱えながら傷を癒し続けた。中には怪我を治してもらえず、代わりにその場で胸を切り開かれて心臓をえぐりだされることもある。仏像には連日真っ赤な血が降り注ぎ、なんともいえないどす黒い色に染まってしまっている。もしこれが後の世に残っていればどうなっていたかな。少なくとも美術館に飾れるような代物ではなかったよ。
 
 変化はこれだけじゃなかった。奇跡が広がりつつあったのさ。
 
 はじめに目覚めたのは精鋭部隊たるジャガー戦士たち、その中でも一番の手練だ。補給部隊を襲撃して思わぬ反撃に会い、命からがら逃げ帰っていたとき、森の上空を飛んでいた鷹が急にその肩に降りた。以来彼はまるで、空から見下ろしているかのようにあたりの状況を伝えてみせ、また傷を癒した。他にも多くの兵が力を見出し始めていた。モンテズマが実演して見せたことがきっかけになったのかもしれないし、単にいつ死ぬか分からない状況で、いまや世界そのものに織り込まれてしまった神の知恵に気がついたのかもしれない。ちょうど初代のモンテズマが、タラスクと相対して悟りを開いてしまったようにね。まあいずれにせよ、一度壁が破れればあとは早いものだったよ。
 
 アステカ兵は数を減らし、そしてその質をみるみる変えつつあった。モンテズマは日々兵たちを鼓舞し、戦いに赴かせていた。大々的な攻撃は仕掛けない。それはまるで、何かを待っているかのように見えなくもない。
 
 夕方だ。モンテズマは今日もまた仏像に血を注ぎ、多くの兵士たちがそれに付き従っている。恒例になった夕食前の儀式だ。生き残れたことに感謝し、明日もまた敵を打ち倒せるように全員で祈っている。と、兵士の一人が頭を上げた。耳を澄まし、周りの兵士に注意を促す。森が静かになっている。風もなく、赤く染まった日が木々の影を伸ばす。ざわめきが広がる中で、モンテズマのよこに控えていたジャガーが立ち上がって鼻を鳴らした。兵士たちもにおいの正体に気がついた。焦げ臭いにおい。何かが燃えている。
 
 モンテズマが空を見上げた。
 
 木々の葉によって作られた屋根の隙間から、それは落ちてきた。
 
 真っ赤に燃える火の玉が兵士たちのど真ん中に落ち、爆発した。
 
 熱風があたり一面を叩く。飛び散った火の粉は勢いを失うことなく人に張り付き、悲鳴を上げてのた打ち回るアステカ兵を焦がしていく。はじめの火の玉が破って出来た木々の隙間から、宙を横切っていくいくつもの火の玉が見える。空から容赦なく降り注いだ炎が森を瞬く間に火の海に変えていく。充満した煙に息を奪われ、アステカ兵たちはたちまち統制を失い逃げ回りはじめた。
 
 鷹を従えるジャガー兵が立ち上がり、即座に空に向けて鷹を放った。しばらくして鷹が戻ってくるが早いか、鷹使いは顔をゆがめてモンテズマに駆け寄った。ローマが大掛かりな仕掛けを使い森に火を投げ込んでいること、この森が包囲されつつあること、敵の規模はおそらくこれまでに見た兵力全てであること。
 
 絶望的な事実だというのに、モンテズマと来たら顔色一つ変えようとはしなかった。いや、その口元が吊りあがり、犬歯がむき出しになっていく。なんとモンテズマは笑ってた。

「これだ! 見ろ、この力をどう思う! すばらしいではないか!」

 辺りにはもう完全に火が回っている。降り注ぐ火の玉は数を減らし、代わりに混じり始めたのは火矢だ。森一つを完膚なきまでに燃やし尽くしてしまおうという意志が満ちている。大胆極まりない殲滅戦だ。そんなローマ軍の所業を指して、モンテズマは満足げに笑っている。周りの兵士たちは焦りと困惑に顔をゆがめている。

「そして見ろ! こちらの力を!」

 モンテズマが手をかざした。輝いた光が傍らに控えるジャガーを包み込み、ひょいと跳ねたジャガーはやおら燃え盛る炎の中に飛び込んだ。目を見開いたアステカ兵士たちの前で、ジャガーは炎を踏みしだいて消してみせた。全く熱さを感じていないようだった。

 さらにモンテズマが手をうち振った。風が吹き渡り、こもる煙を吹き散らしていく。振りかざされた両腕から光が降り注ぎ、兵士たちが負っていたやけどが見る見る癒えていった。視線を向けたその先で木々が曲がり、へし折れた。作り出されたのは安全な道だ。

「時は満ちた。いまこそ新たな道を進むべきときだ!」

 モンテズマは炎に踏み入り、燃え盛っていた仏像を取り上げた。凄惨なことになっている仏像をなでさすり、高く高く掲げ上げて、モンテズマは声を限りに叫んだ。

「行こう、戦士たちよ! 今こそ我らは戦う力を得た! 続け! 我らが怨敵の首に手をかけるときがついに来たのだ!」

 モンテズマは黒焦げになった仏像の足元に自らの手斧をたたきつけた。仏像の足もとが砕かれて落ちる。地に転がった残骸、荒削りに掘り出されていたタラスクを、モンテズマの足が踏み潰した。

 わけもわからないまま、兵たちは辺りに充満する熱気に当てられたように声を張り上げた。何人かの信仰呪文使いたちのサポートを受け、アステカ軍は日の落ちつつあった森の中を駆け、そして抜け出した。ローマ兵たちの包囲は間に合わなかった。モンテズマたちの行動はあまりにも早すぎ、損害が少なすぎ、そしてなにより見たこともない不可解な力を振るっていたからね。

 モンテズマたちは首尾よく逃げることに成功した。そう、逃げたんだ。といっても別に臆病風に吹かれたわけじゃないことは、モンテズマの目を見ていれば分かる。モンテズマがどういう意図を持っていたのか――それは、この次に話すことにしよう。



[22421] 7.筆記
Name: 座席指定◆703e7aa1 ID:5ccb3c4f
Date: 2010/10/26 23:47
 7.筆記

 話をしよう。人類の成し遂げた偉大な業績と、それが育む精神について。
 
 たとえばこの傘。どんなコンビニでも大体売っている。材料はビニールとアルミ。君たちにとっては大して面白くもなんともないものかもしれないが、私に言わせればそれは大きな間違いだ。冷たい雨から身を守るための知恵が、とても長い時間をかけてこの形に収束したというのはとてもすごいことだ。骨の部分は竹や木材から軽くて強い金属へ代わり、皮の部分は布や紙、プラスチックを使うようになった。そういう材料を揃えるために、どれだけの設備や人間がかかわっているか考えてみるといい。
 
 細工を施して美術品のようになっている傘もあれば、これみたいに雨を防ぐ機能を追及して他をそぎ落としたものもある。言ってしまえば単なる雨をしのぐための道具でしかない傘は、君たちの言葉や文化、考え方にも深く根を張っている。傘が印象的に使われている絵や、映像や、慣用句なんていくらでも上げられるだろう? 
 傘に限った話じゃない。君たち人間は、道具を道具では終わらせない。お互いに作用を及ぼしあいながら変化していける存在だ。
 
 単なる傘ですら人を動かす。ましてや偉大な事業なら、人が受ける作用は傘の比じゃない。簡単に言うと、父祖の功績に触れてインスピレーションを得た人間が更なる大事業を成し遂げ、その大事業が次の世代の精神を育むというパターンだ。偉大な芸術家は劇場や大聖堂で育ち、技術者は過去の建造物から学び、新たな商売のアイディアは市場の喧騒の中で生み出されるものだ。
 
 テノチティトランにも、そういう人を動かす建造物がある。この話は前にもしたかな? まあいい。どのみち、後でもう一度話すことになるだろう。
 
 大事なのは、モンテズマもそういう動かされた側の人間だってことだ。
 
 
 
 
 さて、建物の話をしたところで、今度は今ちょうど建造中な建物の話をしよう。ネアポリスからテノチティトランに向かう途中、ローマ軍が川沿いの平原で休憩しているところだ。作っているのは橋、といっても、別に例の水道橋じゃないけどね。
 
 軍団兵と一口にいっても、その中では技能にあわせていくつかの集団に分けられている。剣と盾を取って戦うほかにも、医療や補給、少ないがいわゆる事務仕事を行う人間もいる。そんな中でも特に重要とみなされているのが、ちょうど今、降りしきる雨の中で働いている部隊、工兵たちだ。
 
 プラエトリアンたちの強さはかなりの水準に達している。後の歴史でも、彼らに匹敵する兵士が登場するのはかなり後になってからのことだった。そんな彼らの強さを支えていたのが、彼らをバックアップするシステムの存在だ。工兵たちは戦う兵士たちの進軍に先んじて道を作り、その道を使って補給を行った。堅牢な陣地を作り上げて兵を守り、休ませた。だから兵士達は万全の状態で戦いに当たることができた。戦争というものをよく理解していたわけさ。
 
 しかも工兵たちの仕事はこれだけじゃなかった。彼らにはもう一つ、組み立てるべきものがある。
 
 ちょうど今、最後の杭が川底に打ち込まれた。三列に並べられた杭の上に板をわたして固定すれば簡単な橋の出来上がりだ。あたりの樹は大体切り倒されて、切り株がいくつも姿を晒している。そんな切り株の一つに、一人の男が座って肘を付いている。ローマ帝国現皇帝、アレクサンドロスだ。濡れ鼠だが、特に気にする様子はない。声をかわしながら作業する工兵たちを退屈そうに見ながら、手に持った枝で足元に転がった石をつついたり転がしたり、手持ち無沙汰でしょうがないといった顔をしている。脇に控えた軍団付属の書記官から報告をうけ、時には承認を求められて適当に印章を押す。急に立ち上がって石を拾い、川面に向かって水平に投げつける。雨量はそんなにたいしたことはないから、水面も穏やかなもの。石は水を切ってとび、アレクはそれを見て気を良くしたように笑い――それから一分もしないうちに、橋の工事をにらんで不機嫌になっている。ひどく落ち着きのなかったアレクが、ついに我慢の限界に達したように側近の一人を呼び寄せた。

「おい、カタパルトはまだか? どこで足止め食ってんだ」

「まだ詳しい報告はあがっていませんが、どうやら奇襲を受けたようです」

 側近は幕舎へ案内しようとするが、アレクは聞き入れようとはしない。傘を持ってきた小姓を無視して、アレクは声を荒げた。

「冗談じゃねえぞ。まさかやられたりはしてねえだろな」
「それは大丈夫だったようです。護衛が何人かやられた程度で」
「そもそも奇襲喰らってるってのも結構おめでてえな。こっちの弱えとこがばれてるってことじゃねえか」
「申し訳ありません」
「もう少し人数貼り付けろ。いいか、虎の子の新兵器なんだぞ。奴らにぶつけりゃそれで勝てるんだよ。で、いつ着く?」
「もうそろそろとのことです。急がせましたので」
「ならいいか。ちょうど橋が架かったみたいじゃねえか」

 走りこんできたのは工兵部隊の隊長だ。完成を知らせた工兵長を腕の一振りで下がらせると、アレクは満足げに橋を見やった。

「急ごしらえにしちゃまあまあだな。これで渡るもんもぴったり間に合ってりゃよかったんだがな」
「申し訳ありません。何しろ彼らは不可思議な術を使うもので、これまでどおりの方法では通じず」
「聞き飽きたぜ。いいわけはいいからさっさと新しいやり方見つけとけ」
「申し訳ありません」
「あのな、無茶言ってるのはこっちもわかってんだよ。敵が無茶なんだからこっちも無茶しねえといけねえだろ? 違うか」

 静かに言い渡すアレクの横顔には焦りがある。まあ無理もない。アレクたちローマ軍団はこのところ、アステカ相手に煮え湯を飲まされっぱなしだからね。

 名目から言えば、これはローマによるアステカの追撃戦だ。無謀な攻撃で数を減らし、疲弊して後退するアステカ軍を追いかけ、完全に叩きのめす。場合によっては彼らの本拠地まで追いかけ、二度とローマに牙を向くことがないようにすることも選択肢に入っている。アステカは敗残兵で、損害も大きく、士気も下がっているはずだ。とても簡単な仕事のはずだった。

 ところが、いざふたを開けてみると、ローマはアステカに翻弄される一方だ。

 原因は主にアステカ兵たちの使う不思議な技。見る間に傷を治したとか、道もない森の中を恐ろしい速度で移動していたとか、獣や鳥に見張られているような気がするとかその他もろもろ。軍団に随行する書記官は戦いの記録を残す役目も負っているが、報告を聞かされる側のアレクに言わせると、書かれている内容は「日に日にばかばかしくなってきやがる」。事実だからなおの事たちが悪い。

 だがそんな事で怖気づくアレクじゃない。むしろ逆に戦意は昂ぶる一方だ。「ここで滅ぼしとかないとまた戻ってくるぞ。こんな連中何度も相手したくねえだろうが」。アレクはそう言って兵士たちを鼓舞している。実際に大した被害を受けていないという事実もある。アステカ兵は少人数で奇襲をかけてばかり、ローマ軍はこれを単なる時間稼ぎとしか見ていない。決定打を失って敗走する軍の末路というわけだ。客観的に見れば、ローマにはたっぷり余裕があるといっていい。だからアレクがいらだっているのは、多分本人の性格だろうね。

「向こう岸のチェック終わってんだろうな? いつまでぐずぐずしてりゃ気が――お?」

 アレクが立ち上がった。視線の先にあるのは、今しがた完成したばかりの橋だ。その上を向こう岸から駆けて来た集団は、アレクを認めるとその場で敬礼した。アレクもまた敬礼を返して手招きする。泥を跳ね上げて皇帝の前に膝をついたのは斥候長、進軍に先立って情報を収集する部隊だ。敵地のど真ん中ということを差し引いても、斥候部隊には被害が多い。アレクはこれも現地の状況をできるだけ分からないままにしておくのが狙いだと見ていた。また時間稼ぎというわけだ。

「よし、報告しろ」
「アステカは兵のほとんどをテノチティトランに集めているようです。予定する進路上には森やジャングルなどもなく、そのままテノチティトランに接近できるものと思われます」
「砲撃兵器は運用できそうか?」
「少し問題が」

 斥候はアレクの足元に転がっていた枝を拾うと、石を地面にまっすぐ突き立て、そばに曲がりくねった線を描きはじめた。アレクが小姓から傘を奪い取り、雨が流してしまわないよう図の上に差しかける。ぬかるんだ地面に枝が溝を掘ると、すぐに水が流れ始めた。なかなかリアルな模型だ。

「この石をテノチティトランだと思ってください。北はこちら、この溝は川です。今渡っているこの川の下流部分に当たります。我々はここです。ここからテノチティトランまで三日ほどの距離ですが」

 斥候は目をさまよわせ、懐を探ると小さな皮袋を取り出した。手を突っ込み、なかから引っ張り出したものを地面に転がす。輝きに目を射抜かれてアレクは素っ頓狂な声を上げた。なんとダイヤモンドの原石だ。

「おいおい、なんだそりゃ。どこでそんなもん」
「後ほどこのことについてもご報告します。まず先に、進軍に付いて申し上げたいことが」
「そうか。じゃ話せ」
「この川ですが」

 斥候は地面に書いた地図上の川を枝でなぞった。テノチティトランのそばを流れる川、アステカ人からは水の女神チャルチウィトリクエ(翡翠の淑女)、あるいは女神の名を縮めて翡翠河とか呼ばれることになる川だ。翡翠河はテノチティトランの南西部で曲がり、斥候の示す進軍予定線を横切っている。アレクが顔をゆがめた。

「川幅は?」
「かなり広いです。また水量もあります。渡河には手間取るものと思われます」
「敵のまん前じゃ、橋を架けるってわけにもなあ」

 残念そうに橋を見やるアレクの視線を捉えて、作業から戻る途中の工兵たちが拳を挙げた。雨のなか作業をさせられたというのに、その顔に現れているのは疲労よりも達成感だ。鹿爪らしい顔でアレクがうなずいてみせると、工兵たちもまじめくさった敬礼を返した。
「『やれ』っつったらやるかな、あいつら」
「無謀では」
「冗談だ。いちいち突っ込むな」
 顎をかきかき鼻を鳴らして、アレクは地図の上にしゃがみこんだ。
「すると予定してた進路はおじゃんってことか。にしてももっと早く気付けただろう、こういうの? 川なんてそうそう動くもんでもないんだからよ」
「申し訳ありません。何しろ」
「『奴らが妙な技を使うもので』とか言うなよ。聞き飽きてるからな。いい知らせはないのか」
「少し遠回りになりますが、テノチティトランの東側が開けています。また南部には敵の、おそらく銅鉱山と思しきものがあります。南を通りながら東に抜ける道はすでに調べさせております。すぐにご報告できるものかと」
「よしよし、いい知らせもちゃんとあるじゃねえか。じゃその東で決まりだな。褒美はその石でどうだ?」

 アレクが足元に転がるダイヤの原石を小突いた。斥候が懐から取り出した皮袋の口を広げて差し出し、アレクは中身を見て口笛を吹いた。
「んじゃ次はこれの話をしてもらおうか。どこで拾ったんだ?」
「銅鉱山のさらに南です。ジャングルの中に小規模な採掘所のようなものがあり、そこに残されていたのです」
「そんだけ捨ててくってことはよっぽどあせってたってわけだな。にしても戦争やってるってのにのんきなこったな」
「自分には、採掘所自体ががかなり新しいものだったように思われました。おそらく彼の軍勢が出立してから採掘を始めたものかと」
「そりゃアレだろ? 上が遠征でいないから下が好き勝手して私腹を肥やしたってことだろな」
「関係ないかもしれないと思いましたが、念のため、一応ご報告した次第です」
「それでいい。よし、褒美はそこのやつ全部だ。お前もこの際だから私腹肥やしとけ」
「規律に反します」
「言い方がわるかったな。軍律が禁じてんのは私的な略奪だろうが? この場合はおれがくれてやるっつってんだから違反にあたらねえよ。だからほら、貰っとけ。おまえたちゃよくやってる。そいつはその印だ。雨ン中ご苦労だったな。あとこいつもやるわ」

 アレクは傘を斥候長に差し出して笑った。木を組み合わせた骨に、なめした皮を張ったものだ。もちろん畳めない。これでも、この時代としてはぜいたく品の部類に入る代物だ。貰った傘を差して引き下がる斥候長を見送ると、アレクは再び声を張り上げた。

「おい! まだカタパは着かねえのか! 雨ぐらいで予定遅らせてんじゃねえぞ」

 待っていたものが実際に到着したのはそれから一時間ぐらいしてからのことだ。散々怒鳴られた側近たちには気の毒だったね、ほんと。

 雨は上がり、雲の間から日差しが差し込んでくる。ぬかるんだ地面にわだちを刻みながら、何台もの馬車が森の中に作られた道を通って現れた。幌をかけられ、中身がなんなのかは見ただけでは分からない。それでも、かなり重いということだけはすぐに分かる。えりすぐりの馬たちが何頭もつながれているからね。アレクは馬車を一台一台まわって担当者と話をすると、すぐに河を渡るように命じた。急ごしらえの橋をゆっくり渡っていく馬車の一団を見ながら、アレクは満足そうに腕を組んだ。

「こいつも組み立ていらなきゃもっと楽に運用できるんだけどな。あとは自分で勝手に走るとか。装甲なんかも張ってよ」

 ぼそっとつぶやいたアイディアはさすがといったところかな。もっとも、実現には千年以上待つ必要があるけどね。

 大体、現状ではこれに敵う火力は存在しない。時代が下れば火力魔道師団なんかも編成されることになるが、それはまた別の話だ。カタパルト――てこの原理で石や可燃性の弾丸を投擲する巨大兵器。この星中をを眺め渡しても、この時代にこれを運用できたのはローマしかいない。

 全ての馬車が河を渡りおわった。後に続いて他の兵たちが渡っていく。雨がやんだ今、できるだけ進軍しておこうというアレクの指示だ。泥を跳ね上げ、ローマの兵士たちは歌いながら行進する。偉大なるローマ帝国を讃える歌だ。一番大声を張り上げているのはもちろんアレク、まあ、あまり上手ではなかったけれどもね。

 これから数日たつと、ローマはテノチティトランを望む場所までたどり着くことになる。この間、アステカ側はずっとローマに小規模な嫌がらせを続ける以外にはなにもしなかった。ほとんど全ての兵をテノチティトランに集め、アレクたちが東に布陣するのをただじっと待っていた。いや、待っていたという言い方は正しくないな。モンテズマはローマを東の平原に誘導したんだ。傷ついた弱弱しい軍勢の悪あがきを装ってね。乾坤一擲の大作戦を実行するためには、ローマが東にいる必要があったのさ。それも、できるだけ戦力を保持したまま、ね。前にも話したように、これはモンテズマの狙い通りだ。

 ――え? ああ、すまない。もう話したものと勘違いしていたよ。ならちょうどいい。ここで種明かしをするより、実際に見てもらったほうがいいだろう。アステカとローマの歴史に残る、記念すべき戦いをね。

 さあ、時を飛ばすことにしよう。


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