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[18058] 【習作】此処に至るまで 【ネギま+オリ主】
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/12 00:44
ネギまのオリ主転生ものです。えぇ、テンプレですよ。詳しくは下記を。

本作品には以下の成分が含まれます。

・オリ主最強。 (但し、最初はそこまで強くない。少なくとも、最初のネギ以下。最大でも原作の化け物レベル。ナギ、ラカン、エヴァとか。チートキャラにチートの重ねがけはしません)
・転生。    (原作知識なし。ネギまの世界だとは理解してます。ただそれだけ、誰が出てくるとか歴史とかは知りません)
・魔法の独自設定解釈あり  (度が過ぎたことはしません)
・原作前開始  (展開読めた。それはいっちゃダメ。なるべく、裏切られるようにしたいなぁ)

上記の内容がお気に召さない方はご縁がなかったということで←か電源ボタンを押してください。

感想があると嬉しいです。


では、始まります。



[18058] 第0話 目覚め
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/04/15 21:50
目が覚めたら死んでいた。

もしかしたら、死んだから目が覚めたのかもしれない。

死んだら無に還ると思っていたが、どうやら違うようだ。

広がるのは、果てない闇でもなければ光でもない。

背に感じるのは明らかに芝生と土の感触であるし、瞳に降り注ぐ光は間違えようなく温もりを与えてくれる。

その感触も温もりも今まで感じたことのあるものと寸分の違いもなく、これが現実の延長線だと訴えてくる。

そう、これは夢なんかではなく。現実なのだと。

それを理解したうえで更に思う。

自分は終わったのだと。

「俺は死んだのか・・・」

口からこぼれた言葉はただの事実確認。意味を咀嚼する必要などなく、さも居場所が其処であるのが当然であるのかのように胸に落ち着く。

「ほう、自分の死を理解しているのか」

突如、降りかかってきたアルトの声の主は興味気に見つめてくる。

「暇な散歩もたまにはしてみるものだな。おかげでなかなかに興味深いものを見つけることができた。これは思わぬ僥倖だな」

ふむふむと頷くように声を続ける主は序々に喜悦をそこに含んでいく。

逆光で顔をはっきりと見ることは出来ないが、端正な顔立ちと腰まで届くというかという長い髪は実に神秘的であった。おそらくは十人に尋ねれば十人が美人と答えるだろう。

「俺は死んだのか?」

同じ言葉を今度は自分でなく、声の主へと投げかける。

「今更それを訊くのか?自分では納得しているだろうに?」

ますますの喜悦を含み声が返ってくる。

「それでも答えて欲しいというなら教えてやるよ。お前は間違いなく『死んだ』さ」

事も無げに返ってきた答えは、これといって衝撃を与えることもなく心に沈む。

「死因は?」

「っはっはっは。それは交通事故だとか病気だとか自殺だとか殺人だとかといっているのか?っこれは本当に面白い。死を理解しておきながらその原因を知りたがるとは」

堪らず声を上げて笑い出す声の主はこの上なく上機嫌だ。

「死んだのはお前の命が尽きたからだろうに。自動車に撥ねられるとか、癌を患うとか、首を吊るとか、銃で撃たれるとかいうのを考えるのは無粋なことだよ。命が尽きる、だから死ぬ。至極簡単な命題だよ。」

これまた、事も無げに告げられた言葉は不思議と胸に落ち着く。

「そうか。なら、此処は差詰め『天国』といったところか。『天国』に来ることができるほどの善行を重ねた覚えはないが、だからと言って『地獄』にしては平穏すぎる」

漂う草の香りも、この身を包む日の光も、地獄のものとは思えない。もし、これが地獄だというなら天国はどれだけのものなのだろうか。

「っくっくっく。お前は私を笑い殺すつもりか?此処が『天国』だと?そんな場所は存在しないさ。此処は此処。名などなく、新たな流転のため魂を浄化するところさ」

「魂を・・・浄化・・・?」

確かに意識してみれば、まるで心の芯から洗われるような感じがする。

「おっと、それ以上は考えるなよ。折角の暇つぶしなんだ、ここで終わってしまっては興ざめだ」

暇つぶしの道具扱いされるのは少々癪にさわる。

「そう、不機嫌そうになるなよ。これから、説明してやる。こうやって話ができるんだいつまでも、寝ているな。ほら」

起き上がり、しっかりと見た声の主はやはり美人であった。




「お前は神か?」

「神かか・・・確かに神といわれれば神だろうし、冥府の王といえばそうであろう。人であるというならそれも正しい」

答えているように聞こえて、全く答えになっていない。

「何が言いたい?」

「なに、私は私だ。それ以上でもそれ以下でもないということだよ。そうだな、リーナとでも呼んでくれ」

「それがお前の名か?」

「いや、咄嗟に思いついただけだ。何しろ、名前を呼ばれることなどないから、必要ではなかったからな」

呼ばれなかったということは彼女以外に他のものはいないだろう。立ち上がり見渡した風景は何もなった。正確には草原と青空が何処までも広がっているのだが、この際関係はない。

「さて、歩くか。とはいっても何処まで進めばいいのかなど、分かりもしないがな」

そう言って、リーナは歩き出してしまう。

見失うことなどありえないから、ゆっくりとあとを追う。

よく見渡せば時折、ぽわっと光が生まれては消えていく。その儚げな風景は幻想的で何処か哀愁を感じさせる。

しばらくその光を眺めているとリーナが言う。

「それが魂だよ。本当は人なり犬なり、生前の形をしているのだが、皆此処を夢かなんかだと思って浄化され、すぐに新たな流転の輪に入ってしまう。まあ、此処はそう言う風にできているからな。お前のように此処を現実だと理解する奴なんていやしない」

魂の浄化。それは新たな流転を迎えるための魂の初期化。

ここで浄化された魂は輪廻の輪に入り、生を受ける。ここでの浄化に不具合が生じるといわゆる前世の記憶もちといわれるものができるらしい。

「おめでとう。お前はこのままいけば、立派な前世の記憶持ちだよ。これほどまで此処で自分を保っている奴には今までお目にかかったことがないからな」

前世の記憶を持ったまま、次の生を迎える。それが幸せなことなのかは分からないが、少なくとも稀有な存在であることは確かなようだ。

「さて、こうして話せるんだ。次の生で何をしたい?どうなりたい?言ってみろ、叶えてやるよ。何しろ私は神様だからな」

くつくつと笑いながらリーナは問う。

己の望みは何なのかと。己の欲望は何なのかと。

しかし、いくら反芻しようと願望は湧き出てこない。自分はこうも無欲であったか?そうではないだろう。記憶を探ってみれば、馬鹿な理想を掲げ、くだらない夢を語っている自分の姿が目に浮かぶ。それでも、願望は思いつかない。逆に浮かぶのは、

「此処にいたい・・・」

「はぁ?」

漠然と思いついたのはここにいたいということ。

どうしてとか、なぜとか、理由など分からない。ただ、ここにいたいと思った。

「此処に残りたい」

「・・・・・・」

静寂が何処までも続く草原を駆ける。そよいでいた風も止み、降り注ぐ陽光のみが場を支配する。

「っくっはっはっは」

静寂を掻き消したのは笑い声。それも今まで一番大きく、今までのように何処か嘲りを含んだような笑いではなく、純粋な笑い声だった。

「此処に残りたいか。この何もない魂の浄化槽に。気に入ったよ、間違いなくお前は私好みだ」

それはここに残ることが許された証拠か。リーナはただただ笑い続ける。


「だがな、それは叶えられない。仮初でも私は神を名乗ることのできる存在だ。そんな私の住まう場所に一介の魂を留め置くはできない」


口から出たのは、完全な拒否。

「それにな、既にお前の浄化も始まっているだろう?」

リーナの言葉に間違いはなかった。少しずつではあったが先程から記憶が意識が薄れていっている。

「あと、数分もすれば此処から消えるだろうよ。いくら此処を認識したってその程度の魂じゃ此処には留まれない」

晴れやかな表情に一瞬影が差す。


「だから、お前を還るはずの輪廻の輪から外す」


何が「だから」なのか薄れていく意識では理解することができない。

「そして、還るはずの輪廻より過酷な命運が待ち受ける輪廻の輪へと移し変える。其処で『魂』を鍛えろ。すれば、再び此処に至り留まることができるかもしれん」

つまり、それは平穏を捨てること。少なくとも、本来よりも穏やかに過ごす時間はすくないのだろう。

「不安か?まだ、止めることもできるぞ」

引き止めるはずの言葉は反対に背を押す。

「いや、いい」

「そうか。なに、心配するな。生き抜いていくだけの力は与えてやるよ。神の名を冠した剣と獣を、な。とはいえ、人の身に生まれ落ちた程度は総てを使うことはできないだろうがな」

それじゃあ、意味がないのでは・・・

「人の身に余る力なのだからしかたがない。それに総てを使う方法がないわけでもない。ふむ、もう声も出ないとなるとそろそろか・・・」

リーナが手を振るうとそこには一枚の扉のようなものが現れる。

扉か・・・?

「別に形になど意味はないさ。それこそ、窓でも、門でも、穴でも良かったからな」

消え逝く意識を支え、扉を開く。

「さあ、行け。お前の魂が何処まで鍛えられるか楽しみに待っているよ」

「お前じゃない。悠だ。」

搾り出すようにしてあげた声は否定のもの。それは単なる意地だったのか、それとも名を知っていて欲しかったのか。

「そうか、〈ユウ〉か。覚えておくよ。選別だその名を次の生でも受けるようにしてやる。じゃあな、悠」

あぁ、じゃあな。リーナ。

声が届いたかも、分からなかったが。別れ際に見えた笑顔は本当に綺麗だった。

そして、俺は意識を失った。



[18058] 第1話 崩落へのOverture
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/12 00:44
俺は転生者だ。

まあ、輪廻転生を信じるとすればこの世の命は皆、転生していることになるのだけど。だから、正確に言えば前世の記憶持ちというのが正しいのかもしれない。

緡那 悠〈さしな ゆう〉、それが前世での名だ。奇しくも、前世でも今世でも人間として生まれることができたみたいだ。

ユウ・リーンネイト、これが今の名前になる。名が一緒なのも幸運だといえるかもしれない。

それで今生きている世界だがどうやら「ねぎま」の世界みたいだ。

とはいっても、この世界が「ねぎま」の世界観であるということしかわからない。ようは原作を知っていて、話を変えるみたいなことは一切できない。単に思い出せないのか、そもそも知らないのか、はたまた別の要因があるかはわからない。

それに俺が前世の記憶を取り戻した?のは3歳の時。それまでは普通にこの世界の住人として生きていたわけで、今更この世界が小説だか漫画だか知らないけど物語の中の世界だと認識したところで全く意味がない。

かつて、自分が死んだ歳や原因も分からなければ、この世界が物語の中だと漠然と訴える前世の記憶など正直無用の長物でしかない。これによってアドバンテージを得られるとすれば、歳にそぐわない思考ができることぐらいだ。記憶を得たときこそ戸惑いはしたが今では気になどしていない。

あとは緡那家というのが剣術の名家だったのは役に立つかもしれない。長男だった俺は継承者にあたり、型を知っていた。覚えているのではなく知っていたとしたのは、記憶に型があるからといってそれを今使えるかというわけではないからだ。武術の型というのはやはり身体に染み付くものであり、知識のようにあればいいというものではないようだ。使う為の体力のない子供であるならなおさらだ。

最後に一つだけ、強く覚えているものがある。それこそ、魂に刻まれていると言っても過言ではないだろう。

それは『此処に戻ってくる』という言葉。

此処というのがどの場所を指しているのかさっぱり分からないけど、この言葉だけは忘れてはいけない気がする。というよりも忘れることはできないだろう。

「ユウ~。朝ごはん出来たわよ。降りてきなさい」

「わかった。今行くよ」

よし、また一日がはじまる。


 ♢ ♢ ♢


「おはよう、母さん」

「おはよう、ユウ」

リビングに行くと母さんがテーブルに朝食を並べて待っていた。

「父さんは?」

「クレアさんならもう仕事に向かったわよ。今日は早いんですって。それよりも早く食べてしまいなさい。今日から学校でしょ?」

サラダを取り分けながら注意をしてくる。

前世の記憶を得てから、はや八年。学校でも最終学年となった。

学校で習うのは、基本的な知識と基本魔法。前者はともかく後者は記憶があるとはいえ、初めての経験となる。前世では少なくとも知る限りでは魔法のようなものなどなかった。緡那流の型には人間離れしたものも幾つかあったが・・・

故に最初はかなり梃摺った。なにしろ、下手に記憶なんてものがあるから魔法なんてものはないという先入観が邪魔をする。それでも比較的早く使えるようになったのは父さんが優秀な魔法使いであったからかもしれない。

今では難なく使えるようになり、雷と氷の系統は父さんの太鼓判もある。今度、少し難易度の高い魔法も教えてもらうことにもなっている。

学校への入学と同時に体力をつけることも始めた。最終学年の今ではだいぶ付いていると思っているけど、緡那流の型で使えるようになったのは一つだけなのだから、正直落ち込む。かつての自分が才能に溢れていたのか、今の自分に才能がないのかどっちかは分からないが、剣術に関しては今後も精進しなければならない。

「ごちそうさま。それじゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい」

食事を終え、早々に家を飛び出す。母さんがやれやれといった表情で見送ってくれる。入学してから何度も繰り返した光景だ。

家から学校まではそこまで離れていない。ゆっくり歩いたとしても十分もかからないであろう。そもそも、この町がそこまで大きいものではない。学校はそれぞれの年代で一つずつだし、町全体の大きさも村を少し大きくした程度だ。少し遠出をすれば学園都市があるそうだが、町の周りは森で肉なんかは専ら狩りをすることで手に入れている。

学校では午前に基礎知識の授業があり、午後に魔法関連の授業がある。基礎知識の授業に関してはそれこそ記憶があるのでほとんど真面目になんて受けていない。集中するのは歴史の授業くらいだ。逆に午後は率先して授業を受ける。これは他の生徒にもいえることだけれども。やっぱり、机でお勉強するより魔法を使うほうが何倍も面白い。

学校が終われば、町外れの森に向かう。鍛錬を行うためだ。まずは右手、左手、両手での素振りを繰り返す。尤も効率的な流れをイメージして身体を動かす。慣れるまではこの作業だけで疲れてしまうこともあった。

素振りが済めば今度は型の練習に移る。最初に今唯一できる型の〈翼閃〉を繰り返す。〈翼閃〉は言ってしまえば単なる横薙ぎの型にすぎない。しかし、全身を使った体重移動後の一閃は子供とはいえ侮ることのできない威力にもなる。次に練習中である〈扇華〉に移る。これは半月状に薙ぐ技で身体の回転を利用する。なので、足腰がしっかりしてないとバランスを崩していまい技として完成しない。記憶の中の自分を夢想し、今の自分に投影する。そうやって、少しずつ技の形に近づけていく。ある意味で剣の極地を体現しているといえるだろう。

鍛錬を終えて、ようやく帰宅となる。学校が終わってからもなかなか帰ってこない息子に対して両親は最初はいぶかしんだが、体力をつけるためトレーニングをしていると言い、実際体力が付き始めてからは応援もしてくれるようになった。何も嘘はついてないのだから大丈夫だと思う。

「ただいま」

「はい、おかえり。お風呂沸いているから、汗を流してきちゃいなさい」

家に帰ると夕食のいい香りが漂ってくる。今日は昼を抜いていたからかなりおなかがすいている。今すぐにでも、ご飯を食べてしまいたいところだが汗をかいているのも事実なのでさっさと風呂に向かう。

夕食の席。

「ユウ。今度の休み、魔法を見てやる。新しい魔法を教えるとも約束したからな」

食事の手を休め父さんが話しかけてくる。

「本当!?」

「ああ。久しぶりに我息子の成長を見ておきたいからな」

ほどほどにしてくださいよと母さんが父さんに微笑んでいる。

魔法の練習を一人でやることは実を言うと難しい。今使うことのできる基本的な攻撃魔法の「魔法の射手〈サギタ・マギカ〉」でさえ、魔力を込めれば簡単に大木を倒すことができる。火の系統で放てば倒すことができなくとも全焼することなど容易いであろう。だからといって、この辺りで魔法を練習することができる場所は森以外に考えられない。森が魔法の暴走で全焼してしまっては目も当てられない。父さんが魔法を見てくれるというのはとても助かり、嬉しいことなのだ。

その日の夜、俺は早く休みの日が来ないかとわくわくしてなかなか寝付くことができなかった。まさか、あんなことが起きようとは微塵も思っていなかった・・・


 ♢ ♢ ♢


休みの日、俺と父さんは朝早くから町外れの森に来ていた。いつもの鍛錬で使っている少し開けた場所である。

「ユウ」

「はい」

投げかけられた声は優しい父のものではなく、歴戦の戦士もしくは厳格な教官のそれであった。ここからは父と子ではなく、教えるものと教わるものとして望むという表われだ。

「魔法の射手は使えるな?」

「はい」

「今からターゲットを打ち上げる。それに向かって魔法の射手を全系統で放ってみろ」

「はい」

魔法には精霊の属性によって火・雷・氷・風・光・闇・砂・地・花などの系統がある。当然、人によって得意不得意がある。俺ならば雷や氷が得意だし、逆に風なんかは苦手だったりする。父さんは火と光が得意で、母さんは氷と闇が得意だと言っていた。他にも重力魔法などといったものがあるけれども、今の俺ではとてもじゃないが使うことなどできない。

「よし、まず火からだ」

上空にターゲットが放たれる。気分はクレー射撃だ。

「シア・アス・シアン・アンバレス」

始動キーを唱え、魔力を意識する。思うは火、万物を燃やす炎。

「魔法の射手 火の一矢」

収束させ、炎を帯びた魔力は矢となりターゲットに向かい爆ぜる。

「次、風」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

「疲れたか?」

「いえ、だ、大丈夫です」

正直に言えば、大丈夫ではない。最初こそターゲットは一つだったが、徐々に数を増やし最終的には二十にも届く数となっていた。

「雷と氷は前にも話したがよく出来ている。光もまぁ及第点だろう。ただ、風は言わずとも、火と闇もまだまだ練習が必要だな」

「・・・・・・はい」

「そう、落ち込むことはない。この歳で三系統の属性が十分に使えるんだ。上出来だよ、ユウ。よくやった」

「!?ありがとうございます」

「だからこそ言う。ユウ、お前は保有している魔力の絶対数が少ない。この意味が分かるな?」

「はい」

そう、俺は魔力量が少ない。同年代の平均にも満たないのだ。保有する魔力の量は遺伝によって決まることが多いが、父さんも母さんも膨大な魔力量を誇ってはいないものの平均以上の魔力を有している。

魔力が少ないということはそのまま行使できる魔法につながる。今の練習だってそうだ。魔法の射手を連発したが、いくら苦手な系統があるからといって所詮は魔法の射手、倒れるほどの数ではないはずなのだ。それが実際は息も絶え絶えでいつ倒れてもおかしくない状態だ。

「ユウは魔力量が少ない。これから増えることもあるかもしれないが、今のままでは中級魔法でも使うのはままならないだろう」

分かってはいたことだ。当然、中級魔法は初級魔法の魔法の射手よりも使う魔力は増える。俺では一回とまではいかないが二、三回魔力を込めて放つだけで倒れてしまうかもしれない。

「そこで、今から教えるのはこれだ。よく見て置け」

そう言って、父さんはターゲットを数個打ち上げる。

「ジール・リューク・ジ・ジャック・ジェイド 集え 炎・光の精霊よ」

呪文と共に父さんの周りに魔力が集まっていく。だんだんとそれは火と光の属性を帯びていって、

「合綴〈クアーティット〉」

それが一つにまとまった。

「魔法の射手 閃炎の一矢」

放たれた矢は真っ直ぐターゲットに向かう。それは数個浮かぶターゲットの中心にあるものにぶつかると周囲のものを巻き込み爆発した。そう、魔法の射手一矢で一つのターゲットを壊すのが精一杯なものを魔法の射手二矢ほどの魔力で数個のターゲットが跡形もなくなくなったのだ。

「ふぅ・・・見ていたか?」

「はい・・・今のは・・・」

「僕は『合綴〈クアーティット〉』と呼んでいる。平たく言えば、異なる系統の魔力を合わせる技法だな」

「凄い・・・父さんが考えたんですか!?」

「まぁな。ただ、同じことを考えたであろう奴は腐るほどいるだろう。実現が可能な奴もだ」

「・・・?」

ならなんで、有名にならないのだろう?これだけのことができるなら他の人が使っていてもおかしくないのに。

「なんで、この技法が広まらないのか分からないって顔をしてるな。それは単純に割りにあわないからだよ」

「割に合わない・・・」

「確かにこの技法は少ない魔力で大きな威力を出すことができる。しかし、それには綿密な魔力操作が必要になる。最低でも中級魔法レベル、使いこなすのなら上級魔法レベルは欲しいところだ。更にはこの技法は単純な魔法じゃないと使えない。複雑な魔法になると行使する精霊の数や魔力量が増えるからな。ようは、この技法が使えるのは魔法の射手程度の魔法。必要なのは上級魔法レベルの魔力操作の技術。全く割りに合わないだろう?それこそ、中級魔法や上級魔法を唱えれば簡単にこの程度の威力を上回るからな。なら何故、ユウに教えようと思ったと思う?」

父さんの言うとおり、全く割りに合っていない。でも、それは普通の魔法使いの場合だ。俺みたいに魔力量が少なく、魔法の射手が主力になるとすれば、この技法は大きな戦力となる。

「中級、上級魔法が使えない俺にとってはピッタリの技法だから」

「そうだ。分かったところで練習に入る。知っての通りこれには繊細な魔力操作が必要になる。まずは得意な雷と氷で練習しよう」

「お願いします!!」


 ♢ ♢ ♢


「『合綴』」

目の前には雷と氷の属性を帯びた魔力球が浮いている。あれから、数時間に渡り練習を重ねようやく完成にまで近づいた。

「よし。まだまだ、安定性も収束時間も完璧には程遠いがよく完成まで辿り着いたな。流石は僕とレイナさんの息子だよ、ユウ」

魔力を霧散させたのを確認すると父さんはそう言って頭を撫でてくる。恥ずかしいけど今は完成まで辿り着くことができた嬉しさで、特に文句を言おうとも思わなかった。

「なら、これか―――」

ドーーーーーーン

「キャァーーーー」

「「なっ!?」」

父さんの声を遮るようにして響いたのは、爆音と叫び声。町の方を見れば空が赤く染まっている。明らかに夕焼けの色だけではない。あがる黒煙、繰り返し聞こえる轟音と叫び声が異常であることを伝えてくる。

「町が燃えている・・・」

呟くようにして出した声は、どうしてか轟音の中にもかかわらず響いた。唖然としてしまい動くことができない。いくら前世の記憶があっても、こんな突然起きた異常な事態に動けるほうがおかしいだろう。だが、父さんは違った。

「ユウ。お前はここにいろ。いいか絶対町には行くなよ」

言い終わると直ぐに父さんは走り去って行った。その後姿は戦場に向かう兵士そのもので、どうしても二度と会うことができないかもしれないという思いを俺は消し去ることができなかった。






[18058] 第2話 燃える平穏
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/04/15 21:49
 クレアside


地獄だ。

町に入り、思ったのはその一言だった。

無論、実際に地獄になど行った事はない。しかし、大きくはなくとも戦場には赴いたことがある。

立ち込める黒煙と血臭。

響き渡る怒号と悲鳴。

大地を覆う建物の残骸と人だったもの。

地獄だ。間違いなく、この場所はこの世の地獄だ。

それも朝、昼いや、数分前まで平穏そのものだった。場所がだ。その事実が更にこの場の酷さ(ひどさ)、酷さ(むごさ)を際立たせる。

「(ユウを置いてきて正解だった。この光景はトラウマになる)」

ユウを連れてこなくて良かったという思いが一次の安堵をあたえる。しかし、それもすぐに四方から聞こえてくる悲鳴と焼けるような鉄の匂いによってかき消されてしまう。

「(何だ。何が起きたんだ!?)」

悲鳴をあげる人々の姿にたいして、その元凶であるものは一向に見えない。

焦る気持ちを懸命に抑えながらも、急いで愛する者が待つはずの家へと足を向ける。

一歩、また一歩と。

「(間に合ってくれよ!!)」



 レイナside


それは突然だった。

そろそろ帰ってくるだろうという夫と息子のために夕食を作ろうとしたときだ。

突如聞こえた轟音と悲鳴。そして、地響き。

何が起きたのかと外に出て、見た光景は逃げ惑う人々と上がる火の手と黒煙であった。

「一体、何が・・・」

何が起きたのか訊こうにも、逃げてくる人々のほとんどが錯乱状態である。一つの混乱は新たな混乱を呼ぶ。この辺りの住人は今のところ冷静なものが多いがそれも時間の問題であろうことは目に見えて明らかだった。

「何があったんです!?」

逃げてくる人の一人をようやく捕まえると、焦り口調ながらも答えが返ってくる。

「悪魔が、悪魔が来たんだよ」

言葉だけ残して、手を振りほどいて答えた人は再び逃げていった。

「(悪魔・・・?)」

その言葉を聞いたとたん思考が停止した。

何も悪魔という荒唐無稽な言葉に驚いたわけではない。

寧ろ、『悪魔』という存在があるということは周知の事実といってもいい。

「何故、悪魔が?」

『何故』。そう、思考が止まったのはそこにある。

悪魔は存在するが、それは召喚されないといけない。

召喚するのはもちろん人だ。故に『悪魔が現れる』ことには何らかの意味がある。

しかし、この町には『何らかの意味』に値するものがない。

そこまで、理解してしまったゆえに思考が停止した。

だが、停止の後には『動き』がある。その動きはどうしようもなく、混乱の渦へと叩き落す。

「(何で悪魔がいる・・・個人的な恨み?いいえ、リスクが大きすぎる。なら、何故?)」

思考が堂々巡りを繰り返す。頭の中は目まぐるしく動いているというのに、体はピクリとも動かない。まるで時が止まってしまったかのように。

「レイア!!」

再び時を動かし、混乱の渦から救い出してくれたのは最愛の夫の声だった。


 クレアside


逃げ惑う人の波を掻き分けて、家のある区画に入る。

幸いにもこの区画に火の手は上がってないようだった。見慣れた道を駆け抜ける。

辿り着いた我が家の前には一人の女性。間違えようもない、妻だ。

けれども、その体に変化はない。不自然なまでに変化がないのだ。

日常の1コマから彼女だけを切り取り、この騒乱の中に貼り付けたかのようだ。

その姿を見て焦る。

「(不味い!!)」

最愛の人の姿に戦場でのとある光景が重なる。

人が錯乱に陥る場合には2パターンある。

一つは、突如理性を失い錯乱する場合。

もう一つは、思考が混乱し錯乱する場合だ。

例えるならば、前者は大きな傷や怪我を負い、痛みで錯乱する場合であり。後者は孤立無援の状態に陥ったことを理解して錯乱する場合となる。

妻のある姿は後者の光景そのものである。

「レイア!!」

喧騒を上塗りするように大声で叫ぶ。

「クレアさん・・・」

その声にビクッと反応を示し、レイアは振り向いた。

「(良かった・・・)」

駆け寄りその肩を抱くと、熱気に当てられているのが嘘のように冷たかった。

「何があったんだ!?」

「悪魔が、悪魔が出たそうなんです・・・それよりもユウは!?ユウは無事なんですか!?」

信じられない。いや、信じたくない言葉が妻の口から出てきた。

「悪魔だと・・・」

「ええ。私が聞いた限りでは。ユウは大丈夫なんですか!?」

「ッあぁ、いつも鍛錬している森に置いてきている。レイアも今すく逃げろ!」

「クレアさんは・・・?」

「僕は同僚の援護に向かう」

先程から聞こえてくる轟音は建物が崩壊する音だけでなく、戦闘音も聞こえてきている。警備隊の同僚が戦っているのだろう。無視するわけにはいかない。なぜなら――

「僕は『立派な魔法使い』だからね」

「・・・・・・わかりました。気を付けてくださいね」

「分かっているよ。レイアも絶対に狂気に飲まれるなよ。ユウのことを頼む・・・」

妻の返事を聞くか聞かないかのうちに戦闘音のする方角へ向かう。

この町は小さいながらも警備隊の人数はそれなりにいるし、腕も決して悪くはない。それにもかかわらず、被害は収まるどころか増大するばかり。捌ききれないほど数がやってきているのか、それとも・・・

「まさか、爵位級だというのか・・・?」

悪魔の強さを示すものとして爵位がある。男爵・子爵・伯爵・侯爵・公爵の順で強大になっていくのだが、正直伯爵以上の存在になると相手にするのには無理がある。そもそも、爵位級の悪魔はまず現れないので実力というのがいまいち計ることができない。召喚できる術者のレベルが相当なものになるからだ。

背筋に残る嫌な悪寒を振り払い戦場となっているであろう区画へ駆ける。

「援護来た!!」

まさに悪魔に襲われそうであった仲間を助け、戦場に駆け込む。これまで漂ってきた血の匂いが濃厚なものとなる。何度嗅いでも慣れることのない匂いだ。

「(慣れてしまったらダメなのかもしれないな・・・)」

場違いなことを思いながらも冷静にこの場を眺める。かつて見た光景と酷似した景色が広がっている。

「悪い。助かった」

「何があった?」

「分からない。突然、襲われたんだ。その場にいた警備で迎撃はしたんだが、数が多くて倒しきれない。それに・・・・・・・」

「それに?」

「アイツだ」

指が指された方向を見ると、三人の警備兵を相手取るスーツ姿の男がいた。

四方から降り注ぐ魔法の射手をいなし、反撃までしている。戦っている警備兵が未熟なわけではない。相手が別格すぎるのだ。

「爵位級の悪魔か?」

「・・・おそらく。アイツの動きは人間離れしてるし、術者ならこんな前線にまで出てこないだろうし・・・」

確かにスーツ姿の男の動きは人間離れしている。動き自体は人でも十分に可能だろう。

しかし、素手で魔法の射手を弾く人間などはいないであろう。

逡巡するまでもなく理解するあれは自分が相手をしなければならないと。

自分も含めて、この町の魔法使いではアイツに勝てるものはいない。

今、戦いが拮抗して見えるのはスーツ姿の男が手を抜いているからであろう。

「アイツの相手は僕がする。お前はあそこで戦っている仲間と共に町の人の護衛を」

「無茶です!!いくら貴方でもアイツを一人で相手にするなんて!!」

「わかっているさ。アイツには勝てない。ここにいる全員で挑んでもな。だったら、誰か一人が残って相手をするほうがいいだろう。幸いアイツは戦いを楽しむタイプのようだからな」

「クレアさん・・・」

「理解したらさっさと行け。それと妻に「先に逝く、ユウを頼んだ」と伝えてくれ」

伝えることを言い残し、あらかじめ奏綴しておいた魔力を開放して魔法の射手を放つ。
属性は練習で見せたのと同じ火と光。

「そいつの相手は僕がする。お前らは町の人の護衛に行け!!」

着弾と同時に大声と共に戦いに介入する。戦っていた顔見知りたちは一瞬戸惑いを見せるがすぐに去って行った。

「初級魔法でこの威力とはたいしたものですね。次は貴方が相手をしてくれるので?」

晴れた煙の中からは無傷の男が出てくる。ダメージが与えられるとは思っていなかったが、スーツまで傷一つないことには少し傷つく。

「それはこっちのセリフだ。まさか、服にまで傷一つないとはな」

「いえいえ、ほら。今のでボタンが一つ飛んでってしまいましたよ。このスーツは結構気に入っていたのですが、この中からボタンを探すのはちょっと無理ですかねぇ」

よく見れば確かに二つあるボタンのうち一つがなくなっている。『奏綴した魔法の射手』=『ボタン一個』。ぜんぜん割りに合わない。

「僕のとっておきがボタン一個ぶんだとはね。流石、爵位級というべきかな?」

「さっきのが貴方のとっておきなわけないでしょう?こう見えても長い間、生きているんです。それくらいは分かりますよ。それに私は爵位持ちじゃありませんよ。高貴なロードたちとは比べ物になりませんよ、私は」

「なんだと!?」

あれだけの力を見せておいて、目の前の悪魔は爵位持ちではないという。なら、爵位持ちの悪魔はこれ以上の化け物だというのか。

「でも、安心してください。戦闘力だけなら爵位クラスだと、とある伯爵様から言葉をいただいてますので。事情あってまだ爵位はもらえないんですよ。貴方たちに分かりやすく言うなら、『従男爵〈バロネット〉』や『陪臣〈ババスール〉』といったところでしょうか?」

戦闘においては全く安心することはできないということか。

「品位が足りないんじゃないのか?」

「お手厳しい。同僚にも「もう少し、紳士であれ」と言われてますよ」

「その同僚とは話が合いそうだ」

「でしたら、お呼びしましょうか?今回の召喚主はまだ余力があるようですから」

おいおい、これだけの悪魔を呼び出しておいてまだ余力があるというのか。ソイツもとんだ化け物だな。

「勘弁。これ以上増えられたらたまったもんじゃない。それともなにか?話をするだけで還っていただけるのかな?」

「まさか。貴方とは楽しい戦いができそうだというのに。とか言う、貴方も殺る気は十分なのでしょう?魔法を待機させているのがわかりますよ?」

「引いてくれるのに越したことはないさ。でも、無理だというのならッ!!」

待機させていた魔法の射手を掃射する。これで終わるという楽観視はしない。そのまま高威力の魔法の詠唱に―――

「ハァッ!!」

先程まで立っていた場所が抉れた。咄嗟に身を翻さなければ死んでいただろう。

「これを避けますか。ならッ!」

クレーターの中心にいた悪魔の姿が消える。否、消えたように見えるほどの速さで距離を詰められる。

「(瞬動?縮地か!!)」

振りぬかれる悪魔の拳を側面から魔法の射手を当てることで軌道を逸らす。右の頬に風圧と痛みを感じるが直撃は避けられたようだ。

「これまで避けられるとは・・・大抵のものは仕留められるというのに。全くもって素晴らしい」

「それはどうも!お礼だ!!」

悪魔を囲うようにして魔法の射手を呼び出す。

「その程度の魔法などッ」

「誰がお前を狙うと言った!」

狙うのは足元。悪魔であろうとなんだろうと地に足をつけている以上、そこが崩れればバランスを崩すのは必定。それから逃れるためには、

「チッ」

空中に逃げるしかない。

「待っていたよ。ジール・リューク・ジ・ジャック・ジェイド 来たれ 浄化の炎 燃え盛る大剣!!」

飛び上がった悪魔の上から焚焼殲滅魔法を放つ。

手ごたえはあった。眼下は高温の炎に包まれる生物なら生きることのできない熱だ。

直撃を受けて無事で済む敵はいないだろう。ただし、それが大抵という括りに含まれる場合に限るが。

「ジール・リューク・ジ・ジャック・ジェ―――」

ドーーーーーン

追い討ちをかけるべく始動キーを唱え終わろうかというそのとき。後方から今日一番かという轟音が鳴り響く。

振り向くとそこには、


天をも貫かんばかりの『火柱』があった。


それも、自分よりも後方の町を焼き尽くすような。

「レイア!!!!!」

思うは最愛の女性。無駄だと何処かで理解しつつも身体は『火柱』へと向かう。

しかし、それは―――

「戦いの最中に余所見はいけませんね」

悪魔の囁きと脇腹に感じる強烈な痛みで遮られた。



[18058] 第3話 天穿つ炎
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/12 00:45
 
 レイアside


町は狂気で溢れていた。

泣き叫ぶものを無視して、我先にと逃げる人々。

警備隊の人が懸命に誘導しようとしているが、悪魔を相手にしていながらでは上手くいくはずがない。

悪魔のいない方へ

より被害の少ないほうへ

より静かなほうへ

誰もが『安全』を求めて逃げ出しているというのに、その行方は皆バラバラだ。

そう皆、我を忘れていた。

彼の狂気に飲み込まれるなという言葉が思い起こされる。

そして、もしあの場に彼がやってこなかったら私も目の前に広がる狂気の一部と化していたと思うとぞっとする。

けれども、そんな悪寒を悠長に感じている暇はない。

一刻も早く、ユウの元に向かわなくては。

「(お願い。無事でいて)」

喧騒の中をただただ、ひた走る。我が子の元へと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

町を出る門までもう少し。無事に辿り着けそうなことに安堵する。

それがいけなかった。

護衛の穴を悪魔が一柱抜け出す。

不味い。

瞬間的に悟る。

護身用の杖は持っているが、今から唱えられる魔法に悪魔の突進を止めるだけのものはない。

気を抜かなければまだ何とかなったかもしれない。

脳裏に悪魔に殺される自分の姿が浮かぶ。

「(殺られるッ)」

「魔法の射手 連弾 風の5矢!!」

来るはずであった凶拳は魔法の射手によって防がれる。

「大丈夫ですか!?レイアさん?」

「ええ、ありがとう」

助けてくれたのは彼が一番仲良くしていた同僚。家にも何度が食事に来たことがあり、ユウも良く懐いていた。

「レイアさん、伝言があります」

そう言って顔をしかめる。

その顔を見るだけで内容を悟ることができた。

「「先に逝く、そしてユウを頼む」とクレアさんが。でも、安心してくださいここの人のひな―――」

予想通りだった。当たって欲しくはないと思っていたが、外れないだろうとは理解できていた。

だからこそ、伝えてくれた彼の同僚の言葉を遮るようにただ一言、

「わかりました」

と言う。

「んが終われば――えっ?」

「伝えてくださってありがとうございます。さぁ、早く逃げましょう」

私の言葉に彼の同僚は目を白黒させて呆然としている。私が走り出したのに気付くと手を掴み、

「いいんですか!?貴女はクレアさんの妻なんでしょう!?それを――」

「黙りなさい」

思った以上に強く声が出た。突然の大声に掴まれていた手が離れる。

同僚がどれだけ彼のことを心配してくれているのか痛いほどわかった。私だって今すぐにでも彼の元へ駆け出したかった。

でも、それは彼の望んでいることじゃない。

「あの人が残ったのは何故です?私たちを逃がすためでしょう?なら今することは逃げること。あの人のためにできるのは信じること」

そう、私の知っている、愛した彼ならそうするだろう。だって、

「だって、彼は。クレア・リーンネイトは『立派な魔法使い』なのですから」

『立派な魔法使い』なのだから。

彼がこんなことを言っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

「僕は世間では『立派な魔法使い』なんて言われている。でも、この僕のあり方はいつか君たちを不幸にしてしまうかもしれない」

「後悔してるのですか?」

「いいや。僕の行動で助かった命があるのは事実だし、それは嬉しく思うよ。けれども、多くの人を助けるために大事な人を失ってしまいそうで怖いんだ」

「なら、多くの人の中に私たちも含んじゃってください。それなら、何の問題もないでしょう?」

「っははっはっは。そうだね、それなら何の問題もないね」

「それにクレアさんがした行動の結果、私が死んでしまうことになっても私は恨みませんよ。ちょっとは未練が残っちゃうかもしれませんけれど。だって、私はそんなクレアさんの、『立派な魔法使い』の妻なのですから」

「そうか・・・ありがとう」

「いいえ。これも妻の務めですから」

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そう、わたしは、

「そして、私は。そんな彼の妻、レイア・リーンネイトなのだから」

最後の言葉は同僚にというよりも自分自身に言い聞かせた言葉だ。

「(願わくば、彼が無事でありますように)」

そうして、再び私たちは走り出した。



「もうすぐですよ」

「ええ」

再び走り出してからしばらく経ち、門が近づいてきたためか同じ方向に逃げる人も増えてきた。

相変わらず、狂気に包まれた人がほとんどだが、ちらほら理性を取り戻した人もいる。

「見えた!・・・・・・えっ?」

「どうか――」

疑問を口に出す必要などなかった。

門が閉まっている。

本来、町の門は閉まることがない。夜でさえも開放されっぱなしである。

そのはずの門が閉まっているのだ。

それが意味するのは―――

「(まさか、罠!?)このままではいけません!!早く、ここから離れないと」

「どうしたんです!?急に?」

「おそらく、私たちはまんまと罠に掛かっています」

「罠ですか?」

何故、気付かなかったのだろう。

この町は円状になっていて、東西南北にそれぞれ一つずつ合計で4つの門がある。

にもかかわらず、悪魔は北門からしか攻め入ってこなかった。

この町を殲滅するのならば、全ての門から攻め入り、包囲殲滅すればよかったはずだ。

そして、この開いているはずの門が閉まっているという状況。

私たちは踊らされていた。

「ゾード・ハイネス・ラ・フェスタ・バンダイン」

何処からともなく、朗々と始動キーの詠唱が聞こえてくる。

「これは・・・始動キー?一体誰が?」

彼の同僚が辺りを見渡し、声の主を探す。

「いた!」

指が指された方向、門傍の城壁の上にはフードで目元まで隠した術者が詠唱を続けている。

「我望むは 万焼の業火 苦しみ纏う 憤怒の炎」

人々の狂気を取り払うかのように凛と響いていく詠唱。

何人かの人が術者の存在に気付き、騒ぎ出している。

そんなことはお構いなしに詠唱は続く。

「恨み 辛み 怨嗟を糧に 燃え上がれ」

聞いた事のない詠唱だ。しかし、内容から言って火の系統の魔法であろうことは分かる。また、その危険性もだ。

「あの詠唱を止められませんか?じゃないと不味い」

「はい。さっきから止めようしてはいるんですけど、この距離だと・・・」

よく見れば、無詠唱で魔法の射手を何発も放っている。だが、距離が遠すぎる。私にもこの距離で当てるのは不可能だ。だからといって、人だかりが邪魔でこれ以上近づくことはできない。

「憎嫉の紅蓮よ 天を貫き 神を殺せ」

死を悟った。

詠唱が完成したのであろう。かつて、感じたことのないほど魔力が蠢いている。

これは一人で唱えることを前提にしていないのだろう。あまりの魔力に足が動かない。動けない。

「煉獄の槍柱」

「(ごめんさい、クレア。そして、ユウ。生きて)」

意識が消え行く刹那、愛する夫と息子を思った。


 クレアside


油断をしていたわけではない。

安心もしていなかった。

それでも、動きを止めてしまった。

今でもここから見える光景を信じることができない。

天が穿たれている。

そびえる紅蓮、大地から生えた火柱はまるで神を殺さんとばかりに放たれた槍のようだった。

収まる事のない炎は逃げ出していた人々の大半を燃やし尽くしただろう。少なくとも、南門に逃げたものは絶望的だ。そう、愛する妻も含めて。

苦しむ暇もなく一瞬で絶たれる命。それは幸か不幸か。

「クッ、肋は完全にやられているな。胴と脚が離れていないだけマシか・・・」

瓦礫の中から抜け出し、状態を確認する。右の肋骨はほとんどが折れ、左腕も使い物にならないであろう。攻撃を受けるとき咄嗟に障壁を強化できなければ即死であった。

「ぼろぼろだな・・・でも、今は」

空に浮かび、目的の姿を探す。見つけたそれは燦燦と輝く火柱を見つめていた。

「派手ですね~魔界でもこんなものそうそう目にすることはできませんよ。そうは思いませんか?」

首を回し顔だけをこちらに向けて問われる。

「・・・・・・お前たちがやったのか?」

お前という言葉に“悪魔”の意味を込めて問う。

「いいえ。悪魔がやったというのなら違います。あれは召喚主様の魔法でしょう。いくら、主様といえども相当数の触媒を使ったでしょうけど」

「そうか」

その言葉に何処か落胆を感じる。悪魔がなしたということに気休めを求めていたのか。あれだけのものを生み出してしまう人の業にか。

「さて、貴方も逝きますか?そんなにもぼろぼろで愛する者も死んだのでしょう?そもそも、私は先程の一撃で仕留めたと思ったのですけどねぇ。胴と脚が離れていないばかりか、こうして立ち上がってくるとは、感嘆しますよ。なので、こんどこそ一瞬で終わりにしてあげましょう」

完全にこちらに振り向き、臨戦態勢をとってくる。

「確かに死んでしまっただろうよ。親しき友人も愛する妻もな。だからこそ、死ぬわけにはいかないんだよ。それにこのままじゃ『立派な魔法使い』の名折れだしな」

構えを取り、相手を見つめる。痛みで意識が朦朧とすることもなく、静かに時間が流れる。

「そうですか。でも、これで終わりです!!」

刹那にして距離をつめられる。気付いたときには既に拳は振りぬかれていた。

「なっ!?偽者だと!?」

そう、幻影の身体に。偽者の身体は激しい閃光と共に破裂し、視界を奪う。

「ジール・リューク・ジ・ジャック・ジェイド 集え 火・光の精霊 200柱よ」

残る全ての魔力を用いる。集まる魔力に身体が悲鳴をあげる。

「グッ、重なり 我が力となれ 合綴〈クアーティット〉」

集めた実に400柱にもなる精霊の魔力を編み上げ、魔法へと昇華させていく。

「魔法の射手 連弾 閃炎の200矢!! 囲え!!」

魔法の射手を囲うように配置する。

「同じ技など誰が喰らうか!それに今回は下にも逃げ道はある」

「誰が同じだと言った!? 包み 穿て 包み込む紅蓮!!」

そう、今回は四方だけならず、上も下も全てを囲っている。まさしく、覆い隠す。

それが魔法の射手を用いた最大の魔法『包み込む紅蓮』。

奏綴によって高められた魔法の射手は逃げ場をなくした敵に殺到し、穿ち爆散する。

広域殲滅魔法にも匹敵する威力ものを個に向けて集約した数の暴力。単純な作りが故にその威力は計り知れない。

「はっはぁはぁあ。どうだよ?はっはぁ」

文字通り全ての魔力を使い果たし立つことすらできず、瓦礫の上に横たわる。意識が途切れないのは痛みがそれを許さないからだ。

晴れぬ黒煙を眺め続ける。徐々に薄くなり、日が沈みかけ藍に染まりかけた空にその姿は


あった。


「いや~流石です。一張羅は跡形もなくなり、左手に右足は使い物にならない。そして、この姿まで出すことになるとは」

見える姿はまさに悪魔。人間の姿は微塵も感じさせず、絶望的なまでに違う存在であることを知らしめる。変わらぬ口調は違和感しかもたらさない。

「化け物かよ」

「ええ、悪魔ですから。悲嘆することはありません。爵位を持っていない私が言うのもなんですが、貴方でしたらある程度の爵位持ちになんて負けませんよ。保障します」

異形の口から綴られる賛辞など皮肉にしか聞こえないが、そんなつもりはないであろうことは理解できた。

目の前の悪魔は心からそう思っているのだろう。僅かな時間でも戦った相手だからこそ分かる。違う出会い方をすれば友になれたかもしれないとさえ思った。

尤も、悪魔と立派な魔法使いが友となるなどおかしなことこの上ないのであるが。

「私もそんな貴方に対して最大の礼をもって、止めを刺しましょう。恨んでもかまいませよ。私は悪魔、悪魔ベイオル。その憎悪すら糧にして高みへ上がって見せましょう」

ベリオルの周りに膨大な量の魔力が集まっていくのがわかる。戦い始めて初めて魔法を使うところを見た。これがベイオルの言う最大の礼なのだろう。

「恨まないよ・・・」

その声は届いたのか。迫る閃光の中、ベリオルは残念気に、そして満足そうに笑ったような気がした。

「(悪いな、ユウ。約束守れそうにないわ)」



[18058] 第4話 闇への終末
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/04/15 21:48
父さんが町に向かってからどれだけの時間が経ったであろうか?

15分?

30分?

1時間?

もっと経ったような気もする。

その間、町からの悲鳴は絶え間なく聞こえてくる。

轟音、爆音も同じだ。

今では町が焼けた匂いも森に充満しようかと漂ってくる。

共にやってくる、血や肉、そう人が焼けたであろう匂いもだ。

最初に感じたのはにおいに対するただの嫌悪感だった。

その匂いが続き、次第に慣れていった頃にそれが人の焼けたであろう匂いだということに気付いてしまった。

吐いた。

それはもう盛大に。

昼に食べたものを吐き出し。胃液を吐き出し。唾液まで吐き出した。

胃が空になり、喉が涸れ、口が渇いたところでようやくおさまった。

それがおさまった後にやってきたのはどうしようもない不安だった。

一人残された不安。

町が燃えていることの不安。

助かるのかという不安。

それを考えると涙が出た。止まらなかった。

歳相応の子供もように泣いた。

もう、男の子だからとか。前世の記憶があるだとか。

全く関係がなかった。

涙が涸れるまでひたすらに泣き続けた。

それでも、泣き声は悲鳴によって掻き消え、誰の元にも届くことはなかった。

涙が涸れ、落ち着いたときには顔も服もぐちゃぐちゃだった。

落ち着き冷静になっても、変わらず嫌悪感が募る匂いは流れ続けている。

森の奥に行けばまだマシになったのかもしれないが、父さんの「ここを動くな」という言葉が足を止めさせる。

父さんは今戦っているのだろうか?

父さんは『立派な魔法使い』という凄い魔法使いだった。

それは世の中に大きな功績をもたらした魔法使いにのみ与えられる称号で、自分のことじゃないのにとても鼻高々で嬉しかった。

特に父さんが時々話してくれる話は正義の味方の冒険譚のようで、年甲斐もなくはしゃいだ。

だけど、その話をしている父さんは時折、本当に悲しそうだったのを覚えている。

そうして、話し終わると必ずこういうのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

「ユウ、お前も立派な魔法使いになりたいか?」

「うん。父さんみたいな立派な魔法使いになってたくさんの人を助けられるようになりたい」

「そうか、それは良いことだな。でもな、ユウ。他にも大切なことがあるんだ」

「何?父さん?」

「それはな、自分を大切にすることだよ」

「自分を大切に?」

「そう。世の中には自分を犠牲にすれば助かる人がたくさんいる。でも、自分を犠牲にしてしまった結果助けられない人もいるんだよ」

「それはどっちのほうがいいことなの?」

「そうだね。それは僕にもわからないな。でも、僕が死んでしまったら、ユウも悲しいだろう?」

「うん」

「だったら、自分を大切にしたほうがいいと思う。まず、自分を大事にする。次に自分にとっての大事な人を守る。最後にたくさんのひとを守れるようになれればいいんじゃないのかな。」

「だったら、俺は父さんと母さんを守れるようになる!」

「そうかそうか、ありがとう。楽しみにしてるよ。(・・・・・・・・・それは順番を間違えてしまった僕にはできないことだから)」

「何か言った?父さん?」

「いいや。ほら、そろそろ晩御飯だ。レイアさんを手伝っておいで」

「わかった」

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今考えてみればこれは父さんの懺悔だったのかもしれない。

話が終わったあとでは興奮していて冷静に考えることはできなかったけど、今なら分かる。

あれだけ家族に優しい父さんなんだ、いの一番に家族を守りたいだろう。でも、『立派な魔法使い』という肩書きが邪魔をする。

別に多くの人を蔑ろにしたいというわけではないだろう。それでも、自分の家族と他人だったら家族を守りたいはずだ。それは許されないこと。『立派な魔法使い』は正義のため、多くの人のために動かなければならない。

それは素晴らしいことだ。だが、同時にとても辛いことでもある。

そんな思いを胸に今も父さんは戦っているのだろう。

やっぱり父さんは『立派な魔法使い』なのだから。


 ♢ ♢ ♢


相変わらず、悲鳴は鳴り止まない。

騒音もなり響き続いている。

もう、だいぶ時間は経っただろうに。

ふと、ここで思いつく。

「(なんで、誰も逃げてこないんだ?)」

町の大きさはそこまで大きなものではない。

それこそ、城壁の外周は走れば一時間なんてかかりもしないくらいだ。

確かに今いる場所は城壁の外にある森の中だが、避難を考えたらこれ以上の場所はないだろう。

そのときだった。

ドーーーーーーーン

最初に聞いた爆音より遥かに大きな轟音が響いた。

そして、辺りが明るくなった。

もう日は暮れかけ、あとは暗くなるばかりというのにだ。

空を見上げるとそこは、


真っ赤に燃えていた。


燃えるなんて言葉じゃ生温いかもしれない。

それは天に穴を開け、そこに神がいたとしたら、それすらも焼き殺すだろうと思うほどものだった。

耳を澄ましてみれば、炎の燃え上がる音しか聞こえてこない。

絶えることのなかった悲鳴が一切聞こえてこないのだ。

それは、つまり。

「父さん!!」

大声を上げ駆け出す。

「母さん!!」

炎の光で照らされた森を町に向かい駆ける。

森を抜け、そこにいたのは。

閉まるはずのない門に背を向けて立つ。フードの男と異形の数々だった。

「あ、悪魔・・・」

そこにいた異形は話にか聞いた事のなかった悪魔だった。

「生き残り、いや元から外にいたようですね。出てこなければ死ぬことはなかったというのに。運のない子です」

フードの男がこちらに気付く。杖を持っていることから魔法使いのようだ。

「・・・あれをやったのはお前か」

そう言って、顔を俯けたまま火柱に指を向ける。

「私だと言ったらどうするのです?」

「殺してやる!!!!」

顔を上げ、これ以上ない形相で睨みつける。

「あっはっはっは。殺してやるですか。たいした力も持たない餓鬼が何をいきがる。死ぬのは君だよ。自分の力のなさを呪いなさい。あとは任せます。しっかりと始末しておきなさい」

そういい残して、フードの男は悪魔を残して姿を消した。

「待て!!」

声は空しく響くだけだった。

「という訳だ。坊主には何の恨みもないが死んでくれ。そもそも、悪魔に恨みなんてないんだがな」

フードの男の脇にいた悪魔が近づいてくる。

「自分を恨めなんていわない。俺たちは悪魔だ。存分に恨め」

一歩、また一歩と異形が近づく。

「祈りは済ませたか?尤も神はあの炎で死んでしまったかもしれないけどな」

目の前までやってきて影で辺りが暗くなる。

「それじゃあ、さよならだ」

その拳が高く振り上げられる。

俺は死ぬのか?

何もできなかった。

町をあんな風にしたフードの男にも。

今俺を殺そうとしている悪魔にも。

何もできずただ殺されるだけなのか?

嫌だ!

何が前世の記憶だ。

こんなときに何もできないなら意味がないじゃないか。

力が欲しい。

(力が欲しいですか?)

「あぁ」

諦めたくない。

(諦めたくないですか?)

「あぁ」

(なら、望みなさい。一番の思いを)

「俺はこんなところで終われない!!」

(ならば、与えましょう。今一時、それを為す力を)

金属にものが当たる音が響く。

「坊主、一体な――」

にを。と続く言葉は出ることはなかった。

「・・・・・・〈翼閃〉」

ただの、完全なる横薙ぎによって悪魔の頭が落ちたからだ。

頭と胴体は別々に還っていった。

「何をした、坊主!」「殺せ!!」「殺れ!」「死ね!!」

と様々な声を上げて離れていた悪魔たちが向かってくる。

駆け出してくる姿を目に捉え、その中心部へ跳ぶ。

「「「「なっ!?」」」」

一言以上の言葉は許されない。

「・・・・・・〈扇華〉」

遠心力をかけた大振りの横薙ぎにより全ての胴を裂く。

「・・・」

無言で身の丈にも届かんという剣を振る。

その身に傷が走ろうとも、

悪魔を追いたて、追いやり、討ち取る。

その姿は鬼神のごとく。

強者と弱者の立場は一本の剣によって逆転した。

「化け物・・・」

化け物が子供〈ばけもの〉に恐怖する。

恐怖は与えても、痛みを与えることのない刃は最後の悪魔を屠ると消えた。

亡骸のない戦場を後にして、森へと向かう。

「父さん・・・母さん・・・」

家族のことを思いながらも、自分の身を案じ、森の中へ向かう。

力尽き、意識を失う瞬間に見た人影は

「リ、ーナ」

意識は森の中で静かに闇に落ちていった。



[18058] 第5話 傷だらけの覚悟
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/04/15 21:48
瞼に仄かな熱を感じて目が覚める

「こ、ここは・・・?」

意識の覚醒と同時に身体中に激痛が走る。

「あ、グッあッ」

「起きたのなら、じっとしていろ。ようやく、目が覚めたというのにまた気を失われても困る」

ふいに声が掛かるが、痛みで起き上がるどころか首すらも曲げることができない。話すだけでも苦労しそうだ。

「ここは何処だ?」

「命の恩人に対して感謝の言葉もないのか。まぁいい、見て分からないかここは森だよ」

視界(といっても上しか見ることは出来ないが)には木々の葉が写り、温かな木漏れ日が降り注いでいる。少なくとも、気に囲まれた場所であることは確かなようだ。

しかし、

「何でこんなところに・・・?」

記憶が混濁していて思い出すことができない。

「ふむ。今から幾つか質問をする。貴様は黙ってそれだけに答えろ。拒否権は当然ない」

横暴だと思うが声の主の言葉を信じるなら、彼女は命の恩人のようだ。それくらいの義理はあって当然かも知れない。

「・・・・・・わかったよ」

「いい子だ。聞き分けのいい奴は好きだよ。」

子ども扱いされて癪だが、ここは我慢するほかない。

「まず一つ目だ。貴様はあの町の生き残りか?」

あの町の生き残り?一体何を・・・

待て。

確か、俺は森に父さんと魔法の練習に来ていて。

そうしたら、爆音と叫び声が聞こえて。

町が燃えていて。

父さんが町に向かって。

酷い匂いがして。

火柱があって、フードの男がいて。

アクマガイテ。

「父さん!!母さん!!」

何があったか思い出し、飛び起きるが激痛ですぐに地面に背を預ける。

「おい!じっとしていろと言っただろう」

「父さんと母さんは!?」

そうだ、町が燃えて、父さんが助けに行って。

しばらくしたら、火柱が上がっていて、悪魔に襲われて。

ドウナッタンダ。

頭痛でそれ以上、思い出すことができない。

「落ち着け。今は私の質問に答えろ。貴様の疑問にはその後でいくらでも答えてやる」

「でも!!」

「わかったか?」

聞こえてくる声のトーンが低くなる。

それと同時に強烈な寒気を感じる。まるで、蛇に睨まれた蛙のような気分だ。

「グッ、わかった」

「それでいい」

声の調子が元に戻り、寒気も消える。

「もう一度聞く、貴様はあの町の生き残りか?」

「・・・・・・そうだと思う?」

「だと思う?」

「あの町というのが森を抜けた先の町ならそうだ」

十中八九、俺の住んでいた町のことだろうが、もしかしたら違うかもしれない。

「ああ、そういうことか。なら、次の質問だ。あの町で何があった?」

「わからない。俺はその時、町にいなかったから。気付いたら燃えていて、悪魔に襲われていた」

「悪魔だと!?ということは何者かが意図してやったということか」

「そうだ。町を燃やしたと言った男に会った」

フードを被った男、アイツが間違いなく犯人だ。

「そいつが召喚者だろうな。最後の質問だ“リーナ”とは誰だ?」

「知らない。何だそれは?」

全く心当たりがない。知り合いには“リーナ”どころか、『リ』で始まる名前すらない。

「貴様が意識を失う前にいった言葉だよ。覚えがないというなら私の聞き間違いだったのだろう。小さくてよく聞こえなかったしな」

「そうか・・・」

「よし、大体のことはわかった。私の質問はここまでだ。何が聞きたい?」

訊きたいことはたくさんあるでもまずは、

「町は、町はどうなっている?」

「町か・・・あれがまさしく焦土と化すと言うのだろうな。町の3分の2は焼け野原だったよ。何も残ってない。残る3分の1も凄まじかったな。巨大なクレーターができていたよ。戦争でもこれほどの光景はなかなか見れないだろうさ」

焦土と化した原因は間違いなくあの“火柱”だ。あんなもの見たことも聞いたこともなかった。

「人は、町の人は?」

「少なくとも私は見てない。客観的に事実だけをいえば、おそらく全滅。貴様のように一人や二人生き残りはいるかもしれんが、大半は死んだだろうよ」

分かってはいた。あれだけの光景を実際に見たんだ。それがどれだけ望みの薄いことなのかぐらい分かっていた。それでも、実際に告げられるとショックを受ける。

「ようやくと言っていたな?俺はどれだけ寝てたんだ?」

「大体3日といったところだな。呻きもせず、静かなものだったよ。それこそ、死んだように眠っていたさ。これくらいでいいか?」

いくらでも答えてくれると言ったのは嘘だったのか。質問を終わりにするように尋ねられる。でも、その前にこれだけは聞かなければならない。

「じゃあ、最後に。名前を教えてくれ」

「・・・・・・」

今まですぐに返事があったのが不自然に止まる。

「どうした?」

身体を動かすことができないので全く様子が分からない。何か起きたのだろうか?

「お――」

「エヴァンジェリン。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、誇り高き悪の魔法使いだよ」


 エヴァside


「エヴァンジェリン。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、誇り高き悪の魔法使いだよ」

そいつを見つけたのは単なる偶然にすぎなかった。

突如、発生した認識阻害の結界に興味を持たなかったとしたら、決して出会うことなどなかっただろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

「結界の中に入り込んだはいいが、まさか結界の中に結界があるとはな」

発生した結界に興味をもって、潜り込んだいいが結界の中には更に方向感覚を阻害する結界が張られていた。

おかげで、森の中から抜け出すことができない。

認めたくはないが“迷子”という奴だ。

「ケケケ、マヨッテヤンノ」

「黙れ、チャチャゼロ。この程度の結界など破ろうと思えばいつだってできる」

その言葉に偽りはない。確かに良くできた結界ではあるがこの『真祖の吸血鬼』たる私に解けないようなものではない。

「ナラ、サッサトコワシチマエヨ」

「いくら、自分から興味を持って潜り込んだとはいえ、これだけの結界を張ることができる魔法使いに見つかると少々厄介なのでな」

無論、見つかったとしてもどうこうなるとは思わないが、厄介ごとを避けられるのに越したことはない。

「ソウイウモノカ」

「そういうものなんだよ。むっ、人の気配か。隠れるぞ、チャチャゼロ」

「ナンダ、キリキザンジマエバイイダロ」

文句を言うチャチャゼロを茂みの中に押し込み、木の陰へと隠れる。

「・・・・・・ん。かあ・・・・・・。」

しばらくして、目に映ったのは子供だった。

しかも、

「傷だらけじゃないか・・・」

全身を切り傷のような傷が覆い、歩いてきた跡には点々と血痕が残っている。まさしく、瀕死の状態といえるだろう。

ドサッ。

「オイオイ、倒レタゾ」

軽い音と共に小さな身体が横たわる。このままならば死に絶えるのは明確な事実だ。

「何の義理もないが助けるぞ。死なれては目覚めが悪いのでな」

これが男であっても、もう少し成長していれば助けることはなかったかもしれない。

しかし、私は女と子供は殺さない主義だ。

このまま、見殺したとなれば後味が悪い。

「ケケケ、治療魔法ナンテ使エルノカヨ」

「使えんさ。だが、この辺には薬草が十分にあるんでな。薬ぐらい作れるだろうよ。瀕死が重傷になるくらいの治療にはなるだろうさ。あとは知らん」

不死である私に治療方法など必要がない。

けれども、魔法薬を作る関係で薬草から治療薬を作るぐらいの知識は備わっている。幸い、薬草も十分に生えているようだ。

「私は様子を見てくる。チャチャゼロ、お前は適当に薬草を集めてこい」

チャチャゼロに薬草を集めに行かせ、倒れている子供に近寄る。どうやらまだ意識はあるようだ。

「おい。私の声が聞こえるか!?」

声に反応してか、ゆっくりと顔を上げてくる。

「リ、ーナ」

一言、誰かの名前のような言葉を呟くと、頭を垂れる。意識を失ったようだ。

「リーナ?一体なんだって言うんだ?」

気が付けば、いつの間にかに結界が解かれている。

「何かがあったのは明白だが、今は知るよしはないか。コイツしだいだな」

まもなくやってきたチャチャゼロから薬草を受け取り、私は考えを巡らせながら治療を始めるのだった。

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

治療した夜から数えて、三日三晩。呻くことすらせずに寝続けたときは駄目かと思ったが、何とか意識を取り戻したようだった。

聞き出した話によれば、悪魔に襲われたらしい。

治療を終え、血の跡を辿り行き着いた町は、それはもう悲惨なものだった。

長年、生きてきた私にそう思わせるのだから相当なものだ。

コイツにはああ言ったが、おそらくコイツが唯一の生き残りだろう。

それも、私に出会わなければ確実に死んでいたのだから運が良かった言うほかない。

一度、取り乱したとはいえ思ったよりも冷静でもある。

今まで住んでいた場所がああなってしまったことにまだ納得はできていない顔だが、現実を理解してはいる。

この歳には不釣合いなほど、コイツの精神はタフだ。

だから、答えてやった。自分の名前を。

誤魔化すことはいくらでもできたが、正直に答えてやった。

“エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル”この名前を聞くと、老若男女問わず恐れ逃げ退くか襲い掛かるようになってからどれだけの時間が過ぎただろうか。

いつの頃だろうか、名前を言うことに何処か抵抗を感じるようになったのは。

故に期待したのだ。タフであるコイツなら他の奴とは違う反応を見せてくれるのではないかと。

「エヴァンジェリン。あ、あの『真祖の吸血鬼』、『闇の福音』のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルか?」

表情こそ分からないが、声には震えが含まれている。

「あぁ、そうだよ。そのエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだよ」

思っていた以上に私は期待してしまっていたようだ。いつも通りの反応に落胆してしまっている自分がいる。

期待をするだけ無駄だというのに。

「まぁ、それは置いといて。ありがとう、エヴァンジェリン。助かった」

「は?」

不意の一撃とはまさにこのことだろう。

“それは置いといて”だと。

更には“ありがとう”だと。

「き、貴様。本当に私が誰なのか分かっているのか!?」

「わかっているよ。『遅くまで起きているとやってくるぞ』のエヴァンジェリンだろ?それに命の恩人に感謝の言葉もないのかと言ってきたのはそっちだろ?」

さも、当然に言葉を返される。

「私は悪い魔法使いだぞ?」

「父さんと母さんから、善人だろうが悪人だろうが助けられた人には感謝しなさいと教わったから」

あまりにもすがすがしくて言外に馬鹿にされている気さえしてくる。

これ以上何かいえば私が道化になるだけだ。

「クックック、ならばその謝辞受けとろう」

「それで、だ。一つお願いがあるんだけど・・・」

「何だ?今の私は機嫌がいい。大抵の願いはきいてやるぞ」

「そうか、それは良かった。じゃあ、こんな格好で悪いんだけど、俺を弟子にしてくれ」

「はぁ?」

あまりに予想外なお願いに私は本日二度目となる間抜けな声を上げるのだった。



[18058] 第6話 森での語らい
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/04/25 00:44
結果から言えば、弟子になることはすんなりとできた。

当然、断られるものだと思っていたからなんだか拍子抜けだ。

条件としては、

「師匠〈マスター〉と呼べ」

だけだった。

何でも叶えてやるといってしまった手前断ることができなかったのだろうか?

まぁ、世界屈指の魔法使いに直々に師事できるのだから、細かいことは気にしないようにしよう。

悪い魔法使いだけどね。

強さには善も悪もないでしょ。たぶん。

しかし、弟子入りが叶ったからといってすぐに修行に入るわけにはいかなかった。

なぜなら、身体はぼろぼろで動かすことが全くできなかったからだ。

本来ならば、治癒魔法で短い時間で治すことができるのだが、真祖の吸血鬼である師匠に治癒魔法は必要ない。当然、病院になど行けるはずもない。

ようは自然治癒に任せるしかないのだ。

師匠の見立てだと、完治まで2週間はくだらないそうだ。

何が言いたいのかというと、

「師匠、暇です」

ものすごく、退屈なのだ。

目を覚ましてから、4日が経った。

師匠がくれる薬によって、完治まで2週間はくだらない大怪我なはずなのだが、既に歩くことができる。

なんでも、背骨が折れていても全快で戦うことができる痛み止めらしい。

あくまでも、痛み止めでしかないので少しでも無理をすれば身体が全壊するそうだ。

更には試作品であってどんな副作用があるのかも分からないらしい。

せめて、試してから使ってくださいと言ったところ、

「私は吸血鬼だからそんな薬が必要なことはないんだよ」

と返事があった。

吸血鬼さまさまである。

なのでいつ来るか分からない副作用にびくびくしながら、痛みは全くないのにじっとしていなければならないのだ。

そしてここは森。

景色は木だけ、やることなんて何もありゃしないのだ。

「ししょー、暇です」

そろそろ、お昼の時間だろうか。

日光が真上から零れてくる。

「ししょ~」

「えぇい、五月蝿い!」

「ゲハッ」

枕が顔面にクリーンヒットする。羽毛の枕とはいえ吸血鬼の力で投げられれば十分凶器となる。

更に木の葉がくっついていてチクチクして地味に痛みが増している。

「師匠、何するんですか!?たかが枕とはいえ、当たれば痛いんですよ?」

「貴様が私の睡眠の邪魔をするからだろう!」

「睡眠って。もうお昼ですよ」

「私は吸血鬼だ。昼間に寝て何処が悪い」

「でも、真祖でしょう?」

“デイライトウォーカー”と呼ばれるのだからなんの問題はないはずだ。

「それはそれ。これはこれだ」

「それって、屁理屈なのでは?」

「貴様は師匠を敬うという気持ちがないのか!!」

「だから、ちゃんと敬語使ってるじゃないですか」

当然、師匠のことを貶そうと思ったことはない。

悪名だろうが凄い魔法使いであることは間違いないのだ。

ただ、姿が同年代、もしくは年下の女の子であるので完全には尊敬しきれない部分があるのかもしれないが。

「貴様の敬語は馬鹿にしているようにしか聞こえんのだ」

「そんな、横暴な。チャチャゼロもそう思うだろ?」

傍に佇むチャチャゼロに声をかける。

チャチャゼロは師匠が作った人形だが、その戦闘能力は凄まじいらしい。

尤も今その戦闘能力は狩りにしか発揮されてないが。

あと狩りの際、毎回首を落として引きずってくるのはやめて欲しい。

自分より小さな人形が首を落とした巨大な獣を血だらけで引きずってくるのはホラーでしかない。

「アア、今ノハ確カ二御主人ガ悪イゼ」

「なっ、チャチャゼロ。裏切るのか!?」

「オレハタダ、客観的事実トイウヤツヲ言ッテイルダケダゼ、ケケケ。ソレニ何度モ昼間 ニ行動シテルジャネェカ」

師匠は顔を真っ赤にし今にも爆発してもおかしくなさそうだ。

「ところでチャチャゼロ」

「ナンダ、ユウ」

「その『ケケケ』って言いながら鉈を研ぐの止めてくれない?めちゃくちゃ怖いんだけど・・・」

手入れが大切なのは理解できるが、目覚めたときに不気味な声を出して鉈を研いでいるなんていただけない。怖すぎる。

「コレハ俺ノあいでんてぃてぃーダヤメラレナイゼ、ケケケ」

「じゃあ、せめて頭の上で研ぐのは止めてくれ」

「考エテオクゼ。ハヤクオメートモキリアイテーナァー」

怪我が治ったら、問答無用で斬られそうだ。折角治るのだからもう少し穏便に話を進めて欲しい。

「き、き、貴様ら、私を無視するとはいい度胸だ」

気付いたら、師匠が俯いてプルプルと震えている。

「ヤバイ、逃げるぞ」

「ワカッタゼ」

「逃げるな。死ねぇーー!!」

その後いい天気の中降り注ぐ、魔法の射手を全力で避け続けたのは言うまでもない。

これで、怪我が悪化したら恨んでやる。


 ♢ ♢ ♢


「ユウ」

「何ですか?師匠?」

昼食が終わり少し経った頃、師匠が話しかけてきた。てっきり、寝たものだと思っていた。

因みに本日の昼食は先程の魔法の射手の雨に哀れにも巻き込まれてしまった猪だ。全て食べきれるはずがないので、食べなかったものは魔法で氷漬けにしてある。ほんと、魔法って便利だ。

チャチャゼロは狩りに行く必要がなくなってしまったので、若干不機嫌そうである。

「お前は何故力を求める?」

「力、ですか?」

「そうだ。弟子入りを願ったということは力を付けたいのだろう?ならば、その力は何の為だ?やはり、復讐か?」

復讐。

そう言う気持ちが全くないと言ったら嘘になる。

父さんに母さん、友達や近所のおじさんなど町の人がみんな殺されたんだ。これで恨まない人はいない。

殺してやりたい。

この気持ちに間違いはない。

だが、フードの男を目にしたときのような激情に駆られることはなかった。

人として冷めている部分があるのかもしれないが、復讐のためだけに生きるつもりもさらさらない。

じゃあ何の為に俺は力を求めているのだろう?

とある言葉が浮かんだ。

「立派な魔法使い、俺は“立派な魔法使い”になりたい」

「・・・貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか?」

こちらを見つめてくる師匠の目が氷点下に達したように冷たくなる。

まだ出会って1週間も経たないがこれ以上ほどに師匠が怒っていることが分かる。

でも、こればかりは譲ることができない。

「あぁ、わかっているさ」

「貴様は悪の魔法使いである私に師事をし、得た力で悪の筆頭である私を捕まえようとでもいうのか?」

「そんなことはしない!!」

「何故言い切れる?正義の魔法使いにとって私は分かりやすい敵だろう?」

思わず怒鳴ってしまった俺に対して、師匠はあくまでも冷静に返す。

「誰も正義の魔法使いになりたいなんて言ってない!!」

「同じことだろう?」

「違う!!」

「なら、貴様の言う『立派な魔法使い』とは何だ?」

俺の思う『立派な魔法使い』?

大切な人を守る魔法使い?

いや、それだけじゃない。

自分を犠牲にして多くの人を守れる魔法使い?

そうでもない、父さんは自分が犠牲になっては意味がないと言っていた。

正義の魔法使い?

それこそ間違いだ。正義なんて曖昧だと思う。

俺が信じる“立派”とは・・・

「ほら、貴様のい「覚悟だ」・・・覚悟だと?」

「俺が思う“立派な魔法使い”は自分の行動に誇りと責任、なにより覚悟を持てる魔法使いだ」

「・・・」

師匠は黙っている。とりあえずは聞いてやるということなのだろう。

「父さんは自分が犠牲になれば助かる命は山ほどあると言っていた」

「正論だな。まさしく、『立派な魔法使い』そのものだよ」

「でも、自分を大切にするほうがそれよりも重要だと教えてくれた」

一瞬、師匠の顔が驚愕に変わるが、すぐに戻り黙りこむ。

「それに大切なものを守れるようにとも教えてくれた」

「だが、お前の父はお前を残し・・・」

「だぶん、町を守るために死んだよ。『立派な魔法使い』として」

「それがお前の言う“立派”にどう繋がる?」

「父さんは大切なものを守れなくて死んだよ。現に俺を救ってくれたのは父さんじゃなくて師匠だ」

そう、俺は師匠に救われた。

父さんは俺を守ることはできなかった。それに町の人も。

「けれど、父さんは“家族を守ること”と“町の人を救うこと”の2つを天秤にかけて選んだ。結果からいえば、それは間違いだったのかもしれない。でも、そこには父さんなりの誇りと責任、そして覚悟があったんだと思う。俺はその姿が“立派”だと思う」

「・・・」

「勿論、美化しすぎてるかもしれないし、自己満足でしかないかもしれないけど」

「ククックック」

「だから――師匠?」

冷め切っていた気温は元に戻り、師匠は腹を抱えて俯いている。

「ハッハッハ、いいじゃないか。そのエゴに塗れた暴論も。世間の押し付ける『立派』の概念よりも私好みだよ。ああ“立派”さ、間違いなくな。クッハハッハ」

「し、師匠。大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ、本当にお前は私好みだ。よく出来すぎているよ。ユウ、お前は自我に染まった理想を目指すがいいさ。辿り着けるだけの力は誇り高き悪の魔法使いたる私、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルがな」

「・・・」

「黙ってないで返事ぐらいしたらどうだ?」

「は、はい。よろしくお願いします!!」

立ち上がり、勢いよく礼をする。

つまりは気紛れなんかではなく、本当の意味で弟子になることができたのだろう。

「しかし、お前が『立派な魔法使い』になんかなりたいと言い出したときは殺してやろうかと思ったよ」

そう笑いかけてくる顔は実にいい笑顔だ。

「冗談ですよね・・・?」

「当然、本気だよ」

笑顔はそのままに気温が下がる。

ただただ、生きていることに感謝するしかなかった。

ユウ・リーンネイト。

知らぬ間に死線を潜り抜け、ここに真祖の吸血鬼“エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル”の弟子入りを果たす。

その先に待つものは何なのか、今はまだ分からない。

少なくとも、天国は待っていないだろう。



[18058] 第7話 修行
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/12 00:45
「ぎゃゃぁーーーーーー!!」

森の中に絶叫が木霊する。

ただいま俺は逃走中だ。

追いかけてくるのは鉈を持ったキリングドール。

あの外見には似合わないほどの俊敏性だ。

「ケケケ、逃ゲルナヨ。楽シク切リアオウゼ」

声をかけられたからといって、「逃走中」が「闘争中」になることは決してない。

元からこの身に「逃走」・「逃避」・「逃亡」以外の選択肢はないのだ。

「誰が切り合うか!もう、怪我はごめんだ」

折角、重傷の傷が完治したのだ。わざわざ、新しい傷を作るような真似などしない。

返事を置き去りにしてひた走る。

お昼が過ぎ、太陽は傾き始めて一日で一番暑い頃だ。

ここが森の中で本当に助かった。

木で直射日光を遮られていなかったら、とっくに倒れていただろう。

「切レテモ、縫エバ元通リナンダカラ。安心シテ切リアオウゼ」

「それはお前だけだぁーーーー!!」

「人間モシュジュツトカイウノデ縫ウンジャナイノカ?」

確かにそうだが、チャチャゼロの言っていることと手術では全く違う。

後ろからは風を切る音が聞こえてくる。

文字通り、“切って”いるのだから笑えない。

何故こうやってチャチャゼロから逃げているのかというと話は朝まで遡る。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

ようやく、怪我が完治した。

諸事情あって予定よりも数日伸びたが問題ないだろう。

怪我を治癒している内に町への調査団が訪れ、色々と調べていったが詳しいことは分からないだろう。

何せ、何も残っていなかった。

師匠が焦土と言ったのも頷ける。火柱を実際に見たのだから、特段信じられないというわけでもなかった。

調査団が帰った後、師匠とチャチャゼロに手伝ってもらって石碑を作ることにした。

というのも元々そこまで大きな町でなく、少し離れた場所には学園都市でもあるアリアドネーがあるのだから、この町はこのまま放棄されるだろうからだ。

割り切る覚悟はしたもののやはり何もしないなんてことはできず。小さな石碑を作って、町の人々を追悼した。

師匠とチャチャゼロが流した涙を見ない振りをしてくれたことには感謝だ。

しょうがないとはいえ、これでも男だ。

まがいなりにも矜持というものがある。



「怪我も治ったことだし、今日から修行を始める」

「はい。よろしくお願いします」

「まずはお前の魔力量を調べる。可能な限り魔法の射手を打ち続けろ」

数十分後。

「少ないとは聞いていたが、本当に少ないな。私の何分の一だ」

地面に倒れこみ息を荒げている俺を見下ろしてくる。

「ハァハッ。吸血鬼の師匠と比べないでくださいよ」

息を整え立ち上がる。まだ少しふらふらする。

「それもそうだが。お前にはこれからタイプを決めてもらおうと思ったのだが、これは選ぶまでもないな」

「タイプですか?」

「そうだ。魔法剣士か魔法使いか、簡単に言えば前衛か後衛かということだ。お前は魔法剣士だ。というよりもその選択肢しかない」

魔法を使うことには変わりはないのだろうが、なんだか魔法使いにはなれないと言われているようで複雑だ。

「一応、何故か訊いてもいいですか?」

「魔法使いタイプっていうのは私の持論からいって砲台なんだよ。馬鹿でかい魔法を放ち殲滅するタイプだ。当然、これには魔力がたくさんないとできない。一方、魔法剣士というのは砲台を守る兵士だ。これは砲台である魔法使いが魔法を放つまでの間守ることが役目になる。魔力が多いことに越したことはないが、そこまでなくてもいい。求められるのははやさだからな」

つまりは魔力量の少ない俺には砲台は無理だということか。

「なるほど。それで、どうすればいいんですか?」

「ユウ、お前にはこれから無詠唱魔法を徹底的に覚えてもらう。」

「無詠唱魔法・・・」

無詠唱魔法は本来ある詠唱をなくすことだ。

その分、魔力操作は難しくなる。

俺のような年齢で習うようなものではないだろう。

「最終的には今詠唱で操れるのと同じだけ、もしくはそれ以上操れるようになってもらう」

「そんな、無茶な!?」

今俺が一度に操れる魔法の射手は30代が限界。

ということは無詠唱でそれ以上操れなければならない。

「それくらいの無茶ができなければお前の理想には届かないぞ。それに何も今すぐにとは言ってないだろ」

「はい、すいません」

「あとはチャチャゼロとの模擬戦だな。近接戦闘に関して言えばチャチャゼロは凄腕だ」

「ビシバシ、キタエテヤルゼ」

いつの間にかにチャチャゼロが鉈を持って現れている。

「お、お手柔らかに頼むよ」

これから頻繁にこのキリングドールと対峙しなければならないとなると自分から望んだこととはいえ鬱になる。

「午前は休憩も兼ねて座学で知識をつけてもらう。午後からはチャチャゼロと模擬戦だ」

「よろしくお願いします」

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そうして、今に至る。

今日のチャチャゼロとの訓練の課題はとにかく攻撃を受けないことだ。

時間は日没まで。後、3時間といったところだろうか。

対峙してみて理解したが、チャチャゼロの接近戦での技術は本物だ。

人形の大きさを利点とした攻撃を繰り返してくる。

現段階では勝つことどころか相手をすることすら不可能なので逃げるしかない。

木が視界を上手く遮るように考えて逃げ続ける。

チャチャゼロの大きさはアドバンテージにもなるがデメリットにもなる。

茂みに入ってしまえば、例え俺の全身が隠れなくてもチャチャゼロの視界を隠すには十分である。

本当は飛ぶことができるようだが今回は禁止なので全く問題はない。

何回か茂みへの突入と脱出を繰り返すことで撒くことができた。

「・・・・・・アレは絶対殺りに来てるって」

気配を探りながら息を落ち着ける。

探るといっても物音が聞こえないか耳を澄ませるだけだ。

殺気など分かるわけがない。

鳥などの囀りも聞こえず辺りは静まり返っている。

昏い森に差し込む光は所々に柱を作り出し、状況とは裏腹に幻想的な空気を醸し出している。

この光景を見ると自分が今まで訪れていた森はまだまだ入り口に過ぎなかったのだと思い知らされる。

横になると程よく草の香りが漂い気持ちがいい。

「このまま眠ったら気持ちがいいだろうなぁ」

「ジャア、ネムルカ?」

「・・・・・・・・・・・・・え?」

起き上がるとそこには鉈を持った悪魔がいた。

「ソンナニ寝タイノナラ眠ラセテヤルゼ」

もしチャチャゼロが表情を大きく変えられたとしたらこれ異常ない笑顔をしていただろう。

頭に強い衝撃を受けて意識を失った。


 ♢ ♢ ♢


「『合綴』」

日がすっかり暮れ、静寂に包まれた闇の中に光が浮かび上がる。

光から流れてくるほんのりと冷気が頬を撫で、パチッと静かに音が鳴り続ける。

「魔法の射手 冴霆の1矢」

浮かび上がっていた光が星が瞬く空へと飛んでいく。

遮るものなく上がり続ける光は星と見間違うほどの大きさになったところで掻き消えた。

「まだ密度が足りない。もう一度」

思うは雷。厳つ霊。何者よりも速く、何者をも貫く矛。

思うは氷。貫羅。何者をも捕らえ、穿つ牙。

イメージをより鮮明に、それを力に。

魔力を錬り、編み、織り成す。

「『合綴』」

合わさり綴られた魔力は威力を増し高みへ昇華する。

力を御し、一条の矢へと成す。

「魔法の射手 冴霆の1矢」

先程よりも輝きを増した光は再び空へ上がり星の一つとなり消える。

「面白いことをしてるじゃないか」

突如、声がかかる。

振り返れば闇に映える瞳と金糸。

「師匠…、寝ていたんではないのですか?」

「何度言えば分かる?吸血鬼は夜行性だと。それに人の気配ぐらい読めなければ生きてけんよ」

やれやれと言わんばかりに両手を挙げ、語る真祖の吸血鬼。

「でも、昼間起きていたのでしょう?」

「寝ていたさ。お前がチャチャゼロに引きずられて来るまでな」

そう、チャチャゼロによって意識を奪われた俺は引きずられて師匠の元まで戻ったらしい。

目覚めたとき全身にくっついていた葉や枝がその運びの荒さを物語っていた。

「それよりもなかなかに面白いことをしてるじゃないか。魔法の射手に2系統の属性を合わせるなんてな。本来ならば無駄すぎて思いついたしても誰も使おうとはしないだろうよ。お前が考えたのか?」

「父さんが教えてくれました」

父さんが最後に教えてくれたこの技法は俺にとっての形見のようなものだ。

「ふむ。お前の父親は変わり者だったのか。それを使いこなすだけの技量があったのか。まぁ、考えても詮のないことか。ん、こんな感じか」

師匠の手には光の球体。それは明らかに『合綴』されたもので、恐らく氷と闇の系統が合わさったものだろう。

「!?師匠も使えたのですか?」

「いいや、お前のを真似してみただけだ。難しい技法ではあるが仕組みは単純、必要なのは精密な魔力操作だけだ。私ほどの魔法使いならば容易くできるよ。使おうとは思わないがな」

「・・・・・・そうですか」

「なに、あくまでも魔力量の多い魔法使いの話だ。お前にぴったりの技法ではあるだろうよ」

父さんと同じことを師匠は言ってくる。

「魔力操作に関しては無詠唱魔法を練習しているうちに上手くなるだろう。地道に頑張るんだな」

「はい!」

「今日はもう遅い。さっさと止めて寝るんだな。明日からは今日以上の地獄が待っているんだ。手を抜くつもりは一切ないからな」

そういい残すと師匠は去っていった。

「今日以上の地獄って……」

チャチャゼロと命がけの鬼ごっこ以上の地獄など創造することができない。

これ以上となると本当に殺されてしまうのではないだろうか?

しばらく呆然と立ちすくんでしまったが、慌てて師匠の後を追いかけ明日にそなえるのだった。



[18058] 第8話 引越しと咸卦法
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/08 23:42
森での暮らしも実に約半年となった。

その間何をしていたかというと、

午前は無詠唱魔法の練習を基盤と置いた魔力操作の練習。

午後はチャチャゼロとのサバイバル。

そして、夜は『合綴』の練習を繰り返していた。

その成果といえば、

一つに“魔法の射手”を無詠唱で10本以上完全に操ることができるようになったこと。

二つにチャチャゼロから日没まで逃げ果せる〈にげおおせる〉ことができるようになったこと。

三つに『合綴』を雷と氷だけなく、雷と光でも行うことができるようになったことだ。

とは言っても、

無詠唱魔法に関しては目標までまだまだ届かないし、チャチャゼロからも逃げることができるだけで対峙することはまだ叶わない。『合綴』だって実戦で使うことができるようなレベルではない。

比べる相手がいないので半年でここまでできるようになったのがどれほどのものなのか分からないが、成長をしていると実感できるのは嬉しいことだ。

そんな、ある日。

師匠の一言でその日は幕を開けた。


 ♢ ♢ ♢


「引越しをするぞ」

「・・・・・・引越しですか?」

珍しく朝から起きている師匠は寝ぼけているのかそんなことを宣った。

最近では午前の修行を特に見る必要がなくなってきたので大抵起きだすのは昼ごろからであった。

チャチャゼロとですらまともに対峙することのできない俺が師匠と対決などできるはずもないので、師匠の一日は『起きる→食べる→話す→寝る』を繰り返している。

どこぞの警備員もびっくりの生活だ。

殺気に慣れさせるという目的で午前中、殺気を浴び続けた日々が懐かしく思える。

「そうだ、そろそろ場所を変えようと思う」

確かに夏もじきに終わり、これから寒さが厳しくなることを考えると森の中で暮らしていくのは大変かもしれない。動物たちも時期に姿を消していくだろう。

「何処へ引っ越すのですか?」

師匠は容姿こそ少女と呼んでも差し支えないが立派な賞金首だ。暖をとりたいからといっておいそれと街に滞在することは難しいだろう。となると、渡り鳥のように南へ向かうのが上策だろう。

「あぁ、山だよ」

「・・・・・・・・・もう一度お願いします」

「だから、山だと言っているだろう?ここから100kmほど離れた山だよ。そこなら、一般人が寄り付くこともないだろうし、私の賞金を狙う馬鹿も半年近く出歩いてないから見つかることもなかろう。問題はないだろ?」

この森から南西にある山は魔の住まう山として麓にすら人が寄り付くことはないと聞いたことがある。隠れるのに最適であることには違いない。

ただ、この際そのような利点など大したことではない。

「これから寒くなるのに山とか凍死させる気ですか!?チャチャゼロ、お前も何かいってやれ」

傍で傍観していたチャチャゼロに話を振る。きっと俺を助けてくれるに違いない。

「オレハ別ニ構ワナイゼ。雪山デノ死合モオツナモンダ。ケケケ、諦メナ」

そう言って両手に持った鉈でジャグリングをし出す。危ないから止めてくれ…

「そう言うことだ。行くぞ」

師匠は歩き出してしまう。

俺には最後の言葉がどうしても“逝くぞ”にしか聞こえないのだった。

 
♢ ♢ ♢


鮮やかな青空の下を歩き続ける。

今までは森の中にずっといたので遮るもののない空というのは新鮮である。

森を発って、約1週間。

青々とした草原が広がる山の中腹を歩く。本来ならば、何かしらの動物が放牧されていてもおかしくない景色だというのに影も形も見当たりはしない。

これはこれから寒くなるからいないというわけではないのだろう。

魔の住まう山、『アネト』

悪魔の存在が認知されているというのにこのような信仰的な要素が残っているのだから不思議である。

人目に付かないようにゆっくりと向かっていたのにも関わらず、麓に辿り着く前から人の存在はほとんど見られなかった。

広がる風景は美しく、魔を感じさせることは微塵もない。

先行していた師匠が足を止めている。

その先はなだらかな斜面が続き、針のような姿の木が森を成している。

一方、山頂へと向かう斜面は厳しく、草原も消え無骨な大地の姿を見せている。

俺が追いついたのを確認すると師匠は、

「ここに家を建てるぞ」

と自慢げに仰った。

山へ向かうと言ったり、辿りついたら家を建てると言ったり。

最近はどうも突拍子もないことばかりだ。

「家なんて作れるんですか?師匠…」

流石に前世の記憶に家の作り方などはない。せいぜい、この風景に合う家をイメージする助けになるくらいだ。

「確か、本があった気がする」--

何処からともなく、一冊の本を取り出してくる。

表紙には

『I CAN BUILD!!』

の文字。

怪しさが満点な上に何処かデジャビュを感じるタイトルだ。分かりやすいのはこの上ないのだが…

「これを何処で…?」

「分からん。いつの間にかあった。後は任せるぞ、私はもう少しこの辺りを調べてくる」

残される一人の人間と一体の人形。

そして、一冊の怪しげな本。

「チャチャゼロ、手伝ってくれるか?」

「アァ、流石ニコレハ同情スルゼ・・・」

「ありがとう…」

チャチャゼロの同情を背に受けながら俺は渡された本の第二章、『ログハウスの造り方』のページを開くのだった。

 ♢ ♢ ♢

目の前には完成したログハウスが佇んでいる。

「デ、デキタ・・・」

「あ、あぁ…生きてるか…?」

俺とチャチャゼロの姿はまさに死に体。完全に生気が抜けてしまっていることだろう。

あれから、俺たちは何かにとり憑かれたかのように家を造りだした。

時間にして3日。

その間、師匠の制止の聞かず不眠不休で家を作り続けたそうだ。

何でも聞くところ、とり憑かれたかのようではなく、実際にとり憑かれていたそうだ。

“あの”本には一種の呪いがあり、造りだしたら最後、完成するまで働き続けるようになっていたらしい。(家が完成後、禁書扱いになった)

今は家でソファに倒れこんでいる。

チャチャゼロは俺と同様、師匠は工房の整理をしているのだろう。

「おい、起きろ」

「う~、師匠。工房のほうはいいんですか?」

研究をすることになる工房の整理は慎重にしなければならない。それこそ、数分で終わることなどありえない。

「特にものを置くつもりもないからな。“別荘”で事足りる。それよりも訊きたいことがある」

「何ですか?正直、寝たいんですけど…」

「なら、単刀直入に訊く。お前はいつ“気”による身体強化を覚えたんだ?」

「“気”ですか?」

“気”とは魔力と同様に人間に備わっている力だ。

魔力のように呪文として発することはできないが、身体強化をするなどといったことはお手の物らしい。

ただ、“気”には“魔力”と反発する性質があるので、魔法を使うものはほとんど使用することはないらしい。

「そうだ。家を作っているとき、お前は“魔力”ではなく“気”で身体強化を行っていた」

「特に意識はしてなかったんですけど…しえて言えば、『もっと楽にできたらなぁ』と思ったことぐらいです」

「ということはあの呪いが潜在的能力を無意識下に引き出していたということか。どこまでふざけた本なんだアレは」

「それを渡してきたのは師匠ですよ」とは口が裂けてもいえない。

言ってしまえば最期、今以上にボロボロになってしまうことが危惧される。うん、言わないでおこう。

「つまり、俺には“気”を使う才能があると」

「そういうことだ。作業していたときの感覚は残っているか?」

「はい、あの“ぽわぁ”って感じなのがそうならば分かりますよ。んっ、こんな感じですか?」

力を身体に纏わせるイメージをすると不意に体が楽になる。身体強化がされたのだろう。

「ほぅ、上手じゃないか?全身じゃなくて体の一部だけを強化することもできるか?」

言葉に従い、試しに左手に力を集めてみる。

すると、左手を除く全身にダルさが戻ってくるが、左手は先程と変わらない。

「どうでしょうか?」

「上出来だよ。まさか、お前に“気”を扱う才能があるとはな。上手くいけば魔力の節約にも繋がるな」

「どういうことです?」

「明日になれば教えるさ」

「はぁ…」



翌日。



「今からお前に“気”の扱い方を徹底的に覚えてもらう」

本来、無詠唱魔法の練習を行うはずの午前の修練は師匠の宣言により全く別のものへと摩り替わることとなった。

「何故ですか?」

「一つにある程度無詠唱魔法に慣れてきているというのがある。そこで近々、魔法剣士の必須魔法とも呼べる『戦いの詩』を教えようと思っていた。これは魔力による身体強化の魔法なのだが、魔力を常に使わなければならない分不向きの魔法だった」

「そこで“気”というわけですね?」

師匠の言いたいことを理解し、言葉を繋げる。

「そうだ」

ようは本来は“魔力”を使うところを“気”を使うことで節約しようというのだ。

「でも、“魔力”と“気”って反発し合うんですよね?なら、強化をしながらの呪文の行使は難しいんでは…?」

そう、“魔力”と“気”は反発し合う。

気で身体強化をしながら呪文を唱えることは離れていく魔力を無理やり集めるようなものである。

「だからこその修練なんだろう?試しに気で強化しながら魔法の射手を唱えてみろ」

「わかりました」

気を全身に纏わせるようにして巡らす。すぐに効果は現れ、体が軽くなる。

続いて、魔法の射手を唱える。唱えるといっても無詠唱なので意識をするだけだ。

やはり、普段よりも魔力が集まりにくい。集めた傍からどんどん拡散していっているようだ。

「魔法の射手 連弾 雷の5矢」

普段よりも倍近い時間がかかったが何とか作り上げることができた。

「意外とすんなりいったじゃないか」

師匠が少し驚いたような顔で見つめてくる。

「でも、いつもより倍近い時間がかかった上に精度も良くありませんよ?」

作り出した魔法の射手の精度は普段のものよりも数段下のものだった。これではそこまでの威力はないだろう。

「反発しているところを無理やり集めたんだ。そのくらい当然だ。作り出せただけでも十分だ」

「そうなんですか?」

「あぁ、ある意味では“咸卦法”並に難しいことのはずだからな」

「咸卦法?」

「教えていなかったか?『咸卦法』とは『究極技法〈アルテマ・アート〉』とも呼ばれる技法のことだ。反発し合う魔力と気を合一させて莫大な力を生み出す方法だ。」

確か、『合綴』も似たような性質があった気がする。対になる系統を上手く纏め上げるほうが相性の良い系統同士よりも大きな力になったはずだ。

「それはどうやって!?」

「ん?確か、右手に魔力、左手に気を集めて手を合わせるイメージだとかいっていたな…」

右手に魔力を集めてみる。無詠唱魔法を唱えるときと同じようなイメージだ。

次に左手に気を集めてみる。イメージとしては全身にある気を左手だけに残すような感じだ。

それぞれが集まったのを感じ、手のひらを合わせる。


―――咸卦法―――


「「!?」」

一瞬、気での身体強化を遥かに上回る力が体に巡ったのを感じる。

「・・・驚いた。一瞬とはいえいきなり成功させるとは」

「これが咸卦法・・・」

「よし、これからは咸卦法も目標においた修練をしていく。どの道、瞬動や縮地も覚えていかなければならなかったんだ。丁度良かっただろう、死にたくなければしっかりとついて来い」

この瞬間、更なる地獄の扉が開くのが決定した。

ユウ・リーンネイト。

11歳の晩夏、未だ力は目覚めず、矮小なり。

“此処”に至るまでの道は遥か遠い・・・



[18058] 第9話 仮契約
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/08 23:43
時が流れるのは想像以上に早い。

それは嵐の後の川や雲の流れよりも遥かに早い。

家を建ててから4年半。

師匠と出会ってから5年の月日が過ぎ去った。

その時間は過去の記憶を磨り減らすには短く、己を成長させるには十分な時間だった。

かつて出会ったときはほとんど変わらなかった身長も今では見下ろすことになり、高かった声も低くなった。

全くできなかった料理は師匠を唸らせるまでになり、指を刺してばかりだった裁縫は破れた場所が分からなくなるほど上手になった。

所帯じみているようにも思えるがその技術の一端にはこれまでの生活がいかに過酷なものであったが見え隠れする。

そして、魔法は・・・



「なぁ、“エヴァ”。」



「んっ?なんだ“ユウ”?」



無事に弟子を卒業できるまでのレベルへと達した。

当初求めていたレベルのものよりもほとんどのものにおいて上回るレベルでの習得をすることができた。

具体的に言えば、

無詠唱魔法ならば200近い魔法の射手を制御することができ、詠唱魔法ならその倍を制御ができるようになった。

合綴ならば、雷・氷・光・火の間での全ての組み合わせにおいて無詠唱魔法と同等数を生み出すことが可能である。

気に関してなら、瞬動、縮地、虚空瞬動を習得するに至った。

戦闘技術ならば、1対1ではチャチャゼロ、エヴァに打ち勝ち、2対1だと状況に応じては勝ちを拾えるほどとなる。

しかしながら、魔力量は増えることはなかったので最大数の魔法の射手を放つことはそうそうできない。

また、戦闘に関してもエヴァの“闇の魔法”には全く歯がたたないのでまだまだ未熟ともいえるだろう。

それでも、“人間”の中では充分過ぎるほどの力を手に入れた。エヴァ曰く、「クロスレンジにもちこまれてしまうと大抵の奴は何が起きたか分からないうちに終わる」だそうだ。

というわけで、お墨付きをもらい弟子を卒業することができたが、一つだけ目標に全く届かなかったものがある。


咸卦法だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・


「今日で弟子を卒業とする。これからは敬語も使わなくていい、そして“師匠”ではなく“エヴァ”と呼べ」

「わかり、わかった。し、エヴァ」

弟子卒業試験をなんとか終え、晴れて卒業をすることとなった。敬語を止め、呼び方を変えさせたのは対等の立場であるということの表れなのだろう。

しかし、本当に今日まで五体満足でよく生きていたと思う。

様々な地獄を見てきた。特にエヴァを追ってきた賞金稼ぎの前に魔法を封印されて武器なしで突き出されたときは死ぬかと思った。エヴァとチャチャゼロは手伝わないので、実質1対数十人。魔法使いもいるというのに身体強化だけでよく生きていたと思う。

「どうした遠い目なんかして」

「いや、色々なことがあったなと思って」

主に地獄だったが。

そういえば生活スキルもだいぶ上がった。裁縫以外のことがエヴァは壊滅的だったからなぁ。

「色々と言えば、咸卦法は結局上手くいかなかったな。手に集めることなく合成できたと思えば、持続時間は3秒。全く使い物にならないじゃないか」

「5秒までは持つようになったさ」

「ほとんど、変わりはないだろう」

そう、咸卦法だけは全くと言って良いほど上達が見込めなかったのだ。

瞬間的な発動ができる代わりに持続時間は約5秒。

これだけ短いとなると一撃必殺の攻撃の際に使う以外に方法はない。

上位の身体強化術としては使用は少なくとも現段階では不可能だろう。

「まぁ、地道に鍛えていくさ」

「ふん。期待せずに待っているよ。それよりも今日の夕食はなんだ?」

「シチューにしようと思ってる。今から作ればいい感じになるはずだから」

そろそろ、寒さも厳しくなってきたからシチューが美味しく感じるだろう。

「よし、ならさっさと作るんだ」

「少しは手伝ってくれても良いと思うんだけど・・・」

「お前は師匠に手伝わせるというのか?」

「だって弟子は卒業なんだろ?」

「それはそれ。これはこれだ」

「はいはい、分かりましたよ。“マスター”」

では、手早く食材の確認でもしてしまいますかね。


・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


夕食も終わり、食器の片付けも済まし今は暖炉の前で寛いでいる。

山の冬は早い。

これだけ冷え込みだしたということはそろそろ初雪が降り出すかもしれない。

パチパチと音を立てて燃える暖炉の火の前で椅子に腰掛け読書に勤しむ。

読んでいるのは魔法薬に関する本。

治癒魔法は使うことができなし、仮に使えたとしても俺の心もとない魔力では意味を成さないので薬に関しての知識はなるべく多くあったほうがいい。更に触媒などがあれば魔力消費を少しでも抑えられるはずだ。

「(やっぱり、世界樹の葉や枝は触媒として優秀だなぁ。枝なんかは発動体としても優秀だし。)」

「なぁ、エヴァ」

「んっ?なんだ、ユウ?」

「世界樹って何処にあるんだ?」

「世界樹か?確か旧世界に七本あったな。何処も聖地になっているはずだ」

旧世界か・・・

ゲートの存在は教えてもらったがその先の世界については詳しくは知らない。

エヴァの生まれは向こうだとは聞いていたけれど・・・

いつか、行ってみたいなぁ。

「そういえば、さっきから魔法陣を描いているけど何か実験でもするのか?」

先程からエヴァは床に魔法陣を描いている。

かなりしっかりと描かれているようで、後で消すのが大変そうだ。

「ここをこうして。よし、ユウこっちに来い」

といって魔法陣を指差す。

陣の中に入れということなどだろう。

読んでいた本に栞を挟み、椅子に置いて魔法陣の中へと立つ。

「これで良いか?」

立った感じからいえばまだ特に変わった感じは受けない。発動前なのだろう。

「少し屈め」

「これくらいか?」

腰を落としてエヴァと同じくらいまで目線を下げる。こうしてみるとだいぶ違いがあったことに気付く。頭3つ分ぐらい俺のほうが高いだろう。

「いいぞ。目を瞑って、深呼吸して息を止めろ」

「分かったけど早くしてくれ。結構この体勢は辛いんだ」

エヴァの指示通り、目を瞑り息を止める。

次の瞬間、唇を何かで押さえつけられる。

「(!?)」

驚いて目を開けるとエヴァと目が合う。

「ぐぁっ」

目を指で突き刺された。

「何するんだよ、いきなり。眼球潰れるわ!!」

眼球がズキズキする。遠慮の欠片もなく突き刺しやがった。咄嗟に気で強化しなかったら確実に潰れていただろう。

「目を瞑っとけと言っただろうが!目を開けるお前が悪い」

「っんなもん、誰だって突然キスされれば驚くって。何なんだよ一体?」

「“これ”だよ」

痛みが若干引き、視力の戻った目でエヴァを見ると一枚のカードが握られている。

「何なんだそれ?」

「卒業祝いだよ。パクティオカードって言えば分かるか?」

「パクティオカード・・・ってことは今の仮契約かよ!?」

パクティオカードは従者となった証だ。

仮契約をすれば、契約した相手との間にパスが生まれ、パクティオカードが現れる。

パクティオカードはアーティファクトという魔道具〈マジックアイテム〉を呼び出すこともでき、優秀な道具となると高値で取引されることもあるらしい。

「徳性は“知恵”、方位は“北”、色調は“銀”、星辰性は“流星”か。なかなかに珍しいじゃないか。称号は“行方定まりし探索者”、ほら呼び出してみろ」

渡されたカードを見てみると銃を持った自分の姿が描かれている。まじまじと見るとなんだか気恥ずかしい。

「アデアット」

現れたのはリボルバー式の銀飾銃。

ずっしりとした重みが手に伝わってくる。

弾丸は六発装填されてるが、変えの弾が見当たらないことから自動的に装填されるのかもしれない。

「立派じゃないか、貸してみろ。仮にもアーティファクトなんだ、ただの装飾銃と言う訳ではないだろう」

俺の手から強引に銃を奪うとエヴァは様々な角度から調べた後、目を閉じる。

吸血鬼が銀で作られている銃を持っている姿は面白いなぁなどと場所はずれな考えをしていると調べ終わったのか銃を返してきた。

「何か分かった?」

「あぁ、使い手に適したものが出で来るとはいえ、実にユウに御似合いのものだったよ。まず、このアーティファクト『魔弾の射手〈シュターバル〉』には3つの能力がある」

「3つもあるのか!?」

手に収まっている銃は銀で作られていることと装飾がされてあること以外は普通の拳銃と大差がないように見えるだけに驚きである。

「1つは増幅装置。『魔弾の射手』では“魔法の射手”しか撃ち出すことはできない。代わりにその威力は20倍にもなる。つまりは50矢分の魔力で1001矢が撃てるということだ」

「凄まじいな・・・」

確かに俺向きのアーティファクトであるようだ。

魔力量が少なく決め手となる大型魔法を使うことができない俺には実に御誂え向きだ。

「2つ目が必中。“撃てば”、“的る(あたる)”。とは言っても、敵に当たるだけであって障壁とかを貫通するはけではないがな。それでも、先程言ったように1001矢が全て当たると考えれば破格の性能と言えるが」

「・・・・・・」

「まぁ、制限として一日に撃てる回数は六回。リボルバーの中の弾丸がなくなったら次の日になるまで使うことはできない。尤も使い切った状況に陥るかという疑問はあるが」

「十分すぎるだろ・・・」

今、戦闘に遭遇したとき使うことのできる魔力は魔法の射手、約500矢ぐらいだ。

仮に全ての弾丸を1001矢に相当する威力で放ったとしても消費する魔力は50×6で300矢分にしかならない。『合綴』などしようとした日にはとんでもないことになりそうだ。

「流石に“銀”のカードなだけあるな。おそらく裏取引にでも流せば法外な値段がつくぞ」

エヴァの言うことも十分頷ける。

俺だからこそ1001矢が撃てる程度で済んでいるが、エヴァのように元から1001矢が撃てる魔法使いが“これ”を使ったら地形が変わる程度ではすまない威力を発揮することだろう。

「それで最後の能力は?」

「・・・・・・」

「・・・エヴァ?」

急に黙り込んでしまい返事がみられない。言えないような力なのだろうか。

「一つだけ言う。今から言う3つ目の能力、それは絶対に使うな。」

「そんなにヤバイ能力なのか?」

「正直、伝えるのを止めようかとも思った。だが、何れ知ることになることになるのなら今ここでしっかりと伝えたほうが良いと思ってな。約束できるか?」

エヴァは意味もなく真剣にはならない。

それがここまで真剣になるのだから相当なものだろう。

「あぁ、約束するよ」

「なら、教えよう。最後の3つ目の能力は――――」



[18058] 第10話 旅
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/09 21:57
「ハッ、これで終わりだっ!!」

銃把(グリップ)の底を叩きつけ意識を刈り取る。

辺りには同じようにして意識を失った賞金稼ぎが転がっている。

「意外に時間がかかったじゃないか?」

深呼吸をし、体の熱を逃がしていると背後からエヴァに声をかけられる。

「手加減が難しくてな」

敵を“殲滅”するならなんてことはない。

それこそ目視した習慣に“魔弾の射手”を使えば事足りるのだから。しかし、“殺さず”に加減しつつ、意識も刈り取らねばならないとなると繊細な力加減が必要になる。

「殺してしまえば楽だろうに。警告はしているんだそれでも逃げ出さずに向かってきたのだから自業自得だ。実際、山にいた頃はそうしていただろう?」

「山にいたときは居場所を悟られたくなかったからな。逃げるものは追わないが、わざわざ居場所が広まる危険性を増やすことない。今は意識が戻る前に立ち去ればいいのだからな」

既に俺は両手では数え切れないほどの人を殺している。もちろん警告はし、去るものを追うことはないが。

「ふん、世間を騒がす悪の従者が甘いことだな。“闇の騎士”よ?」

「止めてくれ。結構気にしてるんだから・・・」

「ククク、甘んじて受け入れるがいいさ。“立派な魔法使い”を目指す“賞金首”さん?」

「もういいよ・・・行くぞ、チャチャゼロ!」

「了解ダ」

エヴァには口では勝てそうにないので反論するのを諦め、傍にいるチャチャゼロを伴い先を進む。

もちろん、エヴァを置いてだ。

「ま、待て。私を置いて勝手に進むな」


山を降りて旅をし始めてから数ヶ月が経つ。

山での暮らしを止めたのは場所を突き止めた賞金稼ぎが増え、平穏に暮らすことが叶わなくなったからだ。

追われる身でありながら4年以上比較的静かに暮らすことができたのだから、これ以上の贅沢はいえないだろう。

今は大陸をとりあえず北へと向かっている。

何処へ行こうともお尋ね者であることは変わらないので北に行くことにした深い理由なんてない。なんとなくだ。

旅をし始めた当初は賞金稼ぎに襲われることはほとんどなかったが、今では3日に一度は確実に襲撃にある。全くもって無駄なことだ。

事実、今まで襲撃してきた賞金稼ぎの大半を俺とチャチャゼロで撃退しており、エヴァは加勢するどころか一歩も動かないことすら何度か合ったくらいだ。

その為か俺も先日、見事賞金首の仲間入りとなった。賞金額はエヴァの6分の1にあたる100万$。同時にビンゴブックのリストにも名を連ねることになった。

二つ名は“闇の騎士”や“真祖の守り手”など。恥ずかしいことこの上ない。

だからといって“従者(大)”はいただけなかったが。

そういうわけで、俺は『立派な魔法使い』とは対極の位置となる『悪の魔法使い』として名を馳せることとなった。

尤も顔もほとんど割れていないし、名前もばれてないので専ら、闇の福音に人形以外の従者がいるということで広まっているようだ。


「この分なら賞金額が上がるのも遠くないな」

隣を歩くエヴァが話しかけてくる。

「全然嬉しくないけどな。俺はもっと静かに暮らしていたいよ・・・」

「なんだ、“立派な魔法使い”らしく人助けをするんじゃないのか?この前の街でも正義の味方を気取っていたじゃないか?」

「最終的には衛兵に追われることになったがな。このまま、顔が知れるとそれもできなくなるかもなぁ」

こうして賞金首となった身でも俺は立ち寄った街などで人助けというちょっとした慈善事業をしたりしている。

いくら、合計賞金額が700万$でも見た目は何処にでもいるような少女と青年なのだ。『人形使い』の表徴とも言えるチャチャゼロさえ隠してしまえば正体がばれることはあまりない。

人助けの一環として行う魔物退治にしたってエヴァが参加するならともかく俺が参加した分には怪しまれることはない。

「このまま進めば、夕方には街に着くぞ」

地平線の先には微かに街らしき影が見える。

「久しぶりに宿にでも泊まるか。まぁ、賞金稼ぎが追いつく可能性があるからそこまでゆっくりはできないけどな」

「だから、殺しておけば良かったものを」

「物騒なこと言うなよ。ともかく、着いてから考えよう」

「それもそうだな」

日光の気持ちがいい小春日和のなかゆっくりと歩みを進める。

この穏やかな時間が少しでも長く続くようにと祈りながら。


 ♢ ♢ ♢


「なぁ、この街、ちょっとおかしくないか?」

俺たちは日が暮れる前に街に入ることができた。

日が落ちてしまうと検問が厳しくなったりとお尋ね者にとっては少々厄介なことになるのだ。勿論、夕方の内だからといって認識阻害もせずに街に入るなんて事はないが。

「ん?活気がないってことか?」

「そう。この時間に大通りがこんなに静かだなんておかしくないか?」

今は夕方でも比較的早い時間で、店が出ている大通りとなれば大抵夕飯などの買い物客で賑わっているはずである。

しかし、この街、“メイアード”で一番大きいであろう道はいまいち活気に欠けている。買い物客がいないというわけではない。どちらかといえば、人通り事体は多いほうであろう。

だが、買い物客も店主も皆、暗いというか元気がなく沈んでいるように感じるのだ。

「確かに妙だとは思うがまずは宿を決めたほうがいいんじゃないか?街に入ってまで野宿というわけにもいかないだろう」

エヴァの言うとおり、街に入ったのだから久々にベッドで寝たい。宿を探すことが先決である。

「それもそうか。とりあえず、宿を見つけてそこで何かあったのか訊いてみるとするか」

身の振りを決め、早速宿を探すことにする。

10分程探し歩き見つけたのは裏通りに面した小奇麗な宿。旅人が使う宿としてぴったりであろう。

エヴァに確認すると問題はないようなので扉を開け中に入る。

宿の中は暖炉が一つある以外は特に装飾もなく、質素な感じを受ける。だからといって寂れているというわけではなく、調度品がしっかりと手入れされていることからもこういう趣の宿なのだろう。過度に装飾の施された宿よりか落ち着くことができる分俺にとっては好ましい。表情を見るかぎりエヴァも満足そうだ。

「いらっしゃい、旅の人かい?」

奥のカウンターからしわがれた声が聞こえる。声の方を見ると一人の老人が椅子に座っている。彼がこの宿のマスターなのだろう。

「あぁ、部屋は空いてるか?」

老人のもとへ寄り、確認をする。

「何部屋かい?とはいっても客はお主たちだけだから自由に使ってもらって構わないのだがね」

「ベッドが2つあるのなら1部屋でいい。本当に俺たち以外に客はいないのか?」

老人の言葉に少々驚きを感じる。いくら、裏通りに面しているからといって、俺たち以外に客が一人もいないなんてことは異常に思えたからだ。

「それなら、2階の奥の部屋を使うといい。本当じゃよ、最近のメイアードにわざわざ来るものなんてほとんど居らんからな」

部屋の鍵を渡しながら青息吐息するように老人は呟く。

「それは一体どういうことだ?」

今まで傍で静観していたエヴァが会話に加わってくる。

「そのままの意味じゃよ、お嬢ちゃん。今のこの街は旅人ですら避けて通るじゃろうて。何も知らずにお主たちは来たのかい?」

「知らずにとは何だ?」

恐らく“知らずに”の内容が街が物静かな理由に関連しているのだろう。

俺の言葉に老人は驚いたような顔をした後、呆れるようにして口を開いた。

「本当に何も知らんかったのか・・・全くそれでよく旅をしていられたものだ。まぁ、今日はもう客も来ないじゃろ、ゆっくりと話してあげるからそこに座りなさい」

そう言って暖炉の前の椅子を示し、老人は扉の鍵とカーテンを閉めに行った。

指示通りに暖炉の前の椅子にエヴァと並んで腰掛けると老人は対面に座った。

「はて、何処から話したものかのぅ・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・


それは今から約1ヶ月ほど前のことじゃった。

この街の北には森が広がっていてな。そこで一人の死体が見つかったのじゃよ。

その死体はこの街の猟師のじゃったし、最初は獣に襲われたのだろうということだった。実際、爪の痕があったり、噛み千切られていたそうだからのう。

しかし、それだけでは終わらなかったのじゃ。

今度は北からの商隊が森で謎の獣に襲われて全滅したのじゃ。当然、護衛の魔法使いもいた。にもかかわらず魔法使いごと全滅した・・・

これはただ事ではないということで謎の獣に対する討伐隊が編成されて謎の獣の討伐に向かったのだが、結果は全滅。被害を大きくしただけになってしもうた。

以前として正体は掴めず、不安ばかりが広がるようになっていったのじゃ。北に広がる森は薬草などの宝庫でもあったからのう。そればかりか、北からの商隊も途絶えるようになってしまった。

事体を重く見て、今度は賞金を賭け腕利きの賞金稼ぎを呼ぶことにしたのじゃが、それでも被害者が増えるだけで解決には至らんでな。唯一の収穫といえば、命からがら逃げていた賞金稼ぎの言った「獅子の化け物がいる」という言葉だけ。その賞金稼ぎも治療の甲斐空しく死んでしまったよ。

王室に報告をして討伐隊を編成してもらうように願い出たが、未だに連絡すら来ない。

街を訪れる人はどんどん減り、活気もなくなっていってのう。今ではならず者ですら寄ることはなくなってしまったよ。

そして、最近ではその獣が時々街を襲うようになってな。特に北側の衛兵は3、4日に一人は被害が出ておる。かくいう、わしの息子も幼い娘と妻を残して死んでしまったよ。


・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「まぁ、話は大体こんなところかのぅ」

老人が話し終わると場を沈黙が支配する。

「辛いことを思い出させて悪かった・・・」

予想以上に重い話に頭を下げる。流石のエヴァも声が出ないようだった。

「なに、これでお主たちが被害に遭わなくて住むんじゃからいいのだよ。今日一晩、部屋でゆっくり休んだら明日の朝一番で街をでなさい。もし、北へ向かいたいのならばひとまず東に進んで森を迂回していけば大丈夫じゃろう」

そう言い残すと老人はカウンターの奥の方へと引っ込んで行ってしまった。

「エヴァ、俺たちも部屋に行こうか?」

「・・・・・・」

「エヴァ?」

「あ、あぁ。すまない、考え事をしていた。部屋に行くとするか」

肩を叩いたところでようやく反応が見られ、階段に向かう。

移動中もエヴァは神妙な顔で何かを考え、それは部屋に入ってからも続いていた。

「何か心当たりでもあるの?エヴァ?」

「ちょっと、“獅子の化け物”って言葉が引っかかってな・・・」

確かに獅子という動物は強く。一般人が出会ってしまえばひとたまりもない。

しかし、所詮は獣なのだ一人ならばともかく。複数の魔法使いが殺されてしまうなど不自然である。

「ん~、何か魔物の一種なのかなぁ~?それも結構強力な」

「“キメラ”」

「ん?」

「“キメラ”、もしくは“キマイラ”という生物を知っているか?」

「確か、伝説上の化け物だっけ?」

前にエヴァに借りて読んだ本の中にそんな名前の化け物がいたはずだ。

「そうだ。ライオンの頭、山羊の胴、蛇の尾をもつ怪物だ。旧世界では伝説上の化け物に過ぎないがここにはドラゴンだって存在する。なら、実際に“キメラ”がいたとしてもおかしくないだろう?」

「そう言われればそうだな」

前世の記憶を得たときに伝説上の生き物が普通に存在することに驚いたのも今ではいい思い出だ。

「なら、化け物とは“キメラ”じゃないかと思ってな。伝説にまでなる化け物だ、これだけの被害が出てもおかしくないだろうよ」

「ドラゴンクラスの化け物ってことか。こりゃ、大抵の奴は敵わないか・・・」

ドラゴンに立ち向かえといわれたら俺でも厳しいものがある。

それこそ、複数で挑んだとしてもどうなることやら・・・

「で、どうするんだ。“立派な魔法使い”らしく人助けをするのか?」

エヴァがからかうような笑みを浮かべて尋ねてくる。

「どうするかなぁ・・・あくまでも自分の命がなくならない程度での人助けしかするつもりはないし。ドラゴンクラスとなるとなぁ・・・」

自分の命を投げ出せば確かに倒せなくもないだろう。

だが、俺はそんな悲劇の英雄なんかになりたいわけではない。

あくまでも、自分の命、そして身近な人のことが優先になる。他人のために何かするのはその後だ。結局のところ人助けは自己満足でしかない。世の『立派な魔法使い』が聞いたら憤慨することだろう。しかし、これが俺にとっての“立派な魔法使い”のあり方だ。

「正直に言って、この宿のじーさんは助けてあげたいと思うんだけどね。わざわざ、辛い思い出を話してまで俺たちに危険を教えてくれたし」

「なら、動くのか?」

「さて、どうしよ「出たぞーーーー!!」・・・行ってくる」

まったく、こうタイミングよく現れると狙っているようにしか思えないな。

ベッドの上から立ち上がり窓から外に出ようとすると、

「私も行こう」

驚いたことにエヴァもついてくるらしい。

「はぁ?」

思わず間抜けな声を出してしまう。

それもそのはずだ。今まで俺が魔物退治をするときも無関心だったのに今回に限ってついてくるというのだから。

「だから、私も一緒に行こうと言っているんだ」

「“誇り高き悪の魔法使い”が人助けか?」

そんな皮肉に対してエヴァは不適な笑みを浮かべると、

「なに、ちょっとした興味だよ。それに―――」

「それに?」

「今日は満月だ。満月の夜に私の目の前で騒ぎを起こすなんて癪なんでな」

そうして俺たちは月光の下、すっかりと宵闇に包まれた街に降り立った。



[18058] 第11話 月下の夜に
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/09 21:57
「どうだ、エヴァ?見えるか?」

適当な家の屋根の上に立ち、街を見下ろす。高い建物はほとんどないので視界を遮るものはない。

「見えるも見えないもあそこ以外ないだろう」

視線の先にはちらほらと明かりが見える。

今日は満月で普段よりも明るい夜ではあるがあそこに見えるは篝火だ。

「だよねぇ~」

気の抜けた返事をする。

時々聞こえてくる叫び声から判断するに負傷者はいるもののまだ死者は出ていないようだ。

「行かなくていいのか?早くしないと死人が出るかもしれんぞ?」

「件の化け物の姿はまだ見えないしね。少なくとも姿を確認してからかな?わざわざ危険に首を突っ込むわけだし」

「それで“立派な魔法使い”を目指そうなんて言うのだから呆れて言葉も言えんよ」

やれやれといった表情でエヴァは肩をすくめる。

「できることとできないことの判断をしっかりとしてるだけだよ。あっ、見えた」

「なに!?何処だ?」

「ほら、あそこだって」

篝火に照らされ一瞬姿が見える。

「先程話した“キメラ”とは少なくとも違うようだったな?」

「そうなの?」

「なんだ、分からなかったのか?見た目は獅子とほとんど変わっていなかったな。ただ、頭に角は生えているようだったが」

「なるほどね」

満月の夜だからといってこの暗闇の中、一瞬見えた姿でここまで詳しく分かるとは流石吸血鬼だ。

「姿は見えたぞ、向かうのか?」

「そうだねぇ~、こんなに月が綺麗なのだから少しは静かにしていて欲しいのだけど・・・」

「こんなに月が“綺麗だから”こそだろ?」

「それもそうか・・・」

――― Lunatic ―――

古来より月の満ち欠けは狂気をもたらすとされてきた。

そして、満月は尤も狂気が深まり、化生が活発になる。

月の魔力は人間然り、吸血鬼然り、何者にも影響を与えるのかもしれない。

そう、正体不明の化け物に対してもだ。

まさしく、魔の力。

抗うことは許されず、月光の下ただただ享受するのみ。

それはげに美しく、狂おしいものか・・・

こんな思考に陥っている俺も月の魔力にあてられた一人なのかもしれない。

「どうした?」

「いや、ちょっと考え事。さて、行きますか。早くしないと死人が出そうだ」

目にはちょうど襲われ危機に瀕している兵士の姿が映っている。

エヴァの返事を待たずに俺は空を蹴り飛び出した。


 兵士side

いつも通りの静かな夜だった。

いや、そうなるはずであった。

獅子の姿をした化け物が現れるようになって約一ヶ月が経つ。

商隊が壊滅させられてから北側の警備は厳重になった。

魔法使いや屈強な賞金稼ぎですら勝てなかった化け物に対していくら警備を強化したって一般人に毛の生えた程度では意味をなさない。

それでも、気休めにはなるということで警備はかつてよりもかなり厳重になっている。

街が襲われるようになってからはそれに更に拍車がかかるようになった。

それでも、夜に襲われることはなかったので夜行性ではないのだろうという判断になった。

それなのに・・・

「はぁ、はあ」

恐怖ですくみそうになる足で必死にこらえる。

突如聞こえた同僚の声。

“出たぞーーー”という叫び声に対して“何が”なんて聞く必要もない。

奴がでたんだ。

同僚の下へと辿り着くとそこには倒れた同僚と大人2人分はあろうかという体格の獅子の化け物。

同僚の体からは血が流れ出ているが、致命傷には至っていない。ゆっくりと化け物の傍から逃げ出しているので心配はないはずだ。

となればやることはただ一つ。

化け物の注意をこちらに向けることだ。

近くにあった小石を化け物に向かって投げつける。

コンという軽い音がし化け物の顔がこちらを向く。

姿かたちは普通の獅子そのものなのに額に生える角が全てを否定し、目の前にいる生き物が動物なのではなく化け物であるのだと知らしめる。

勝てない。

闇に光る双眼を見て直感的に悟る。

人間が豚や牛にとって絶対なる捕食者であるのと同じように、この化け物にとって人は捕食対象でしかないのだ。

今、生きているのは単なる気紛れ。

それこそ目の前にいる化け物がその気になれば瞬く間にこの場にいるものは肉片と化すだろう。

魔法使いがなんだ。賞金稼ぎがなんだ。

そんなこと些細なことでしかない。

この化け物にとっては“人”でしかないのだ。

誰かが投げた松明によって照らし出された全貌は複数の人に囲まれながらも堂々たる威厳を見せ付けるようだった。

人にこれが倒せるのか?

そんな疑問が頭をよぎる。

少なくとも、この場にいるものは勝つどころか傷をつけることすらできないだろう。

魔法使いは殺され、賞金稼ぎは逃げ出すのがやっとだった。

ならば、誰がこれを倒すことができる?

王宮所属の兵士か?

あるいは『立派な魔法使い』と呼ばれるものなら可能かもしれない。

足が震え、逃げ出したいという思いで頭の中がいっぱいになる。

だが、同時に背を向け逃げ出せば死ぬということも理解できる。

気付けば、他の兵士の姿は見えず。この場に残っているのは自分一人になっている。

別にそれを薄情だとは思わない。

誰であれ自分の命は大切だ。それを守るために逃げ出すことを責めることはできない。逆の立場であれば自分も逃げ出していただろう。

化け物が一歩こちらへと足を踏み出す。

ついにきたと感じ、明確に自分の死が浮かび上がる。

死を理解していながら認められない自分が剣を構えることを促す。

「(う、うわぁぁーーーーーー!!!)」

声にならない叫びと共に化け物へと斬りかかる。

当然のごとく剣はかわされ、弾かれる。遠くで剣の転がる音が空しく響く。

化け物の前足に踏み潰され、身動きを封じられる。

―――終わった。

声も上げられず目を閉じ、死の瞬間を待つ。

1秒。

2秒。

やってくるはずのそれは一向にやってくることはなかった。

瞼を開き、化け物代わりにいたのは一人の男。

化け物は前に立つ男と対峙している。

あまりの恐怖で押し付けられている重みがなくなったことすら気付かなかったようだ。

「『立派な魔法使い』?」

思わず口から出たのは先程考えた存在。

しかし、男は否定するように首を振り、

「いいや、“立派な魔法使い”だ」

全く同じ言葉を紡いで否定した。

その何が違うのかは分からなかったが助かったことに安堵し気を失うのだった。


 ♢ ♢ ♢


目の前で雄雄しく睨みつけてくる額から角を生やした獅子は間違いなく今まで出会ったどんな存在よりも兵(つわもの)である。

その証拠に全力ではないものの本気で放った拳を易々と避けてみせた。

そこいらにいる兵士程度では相手をすることすらおこがましいであろう。

現に助けだした兵士は安堵のあまりなのか気絶してしまっている。まぁ、無理もないことだとは思う。

だが、勝てる。

直感的にそう感じた。

もし、彼の存在に理性の色がもう少しでも見えたら分からなかったかもしれない。

しかし、目の前の獅子はまるで本能に飲み込まれるのを残された僅かな理性で耐えているようにみえる。

これが月の魔力のせいなのか、それとも別の要因があるのかは想像しがたいがこれだけの存在が本能のままに行動するとは思えなかった。

「辛いのか・・・?」

不意に出たそんな言葉。

明確な返答は得ることができなかったが、低く唸るその声は肯定の意を示しているように思えた。

「エヴァ」

背後にいるであろう彼女に声をかける。

「なんだ?」

「悪いが研究はなしだ。それと手出しはいらないからそこの兵士をつれて下がっていてくれ」

「わかった。だが、死ぬなよ」

「わかってる」

横たわっていた兵士を携え、エヴァはこの場から立ち去る。

エヴァが興味を持ったのはこれだけの被害をもたらした存在がどれほどのものなのか調べたかったからであろう。

けれども、それは認められない。

これから、始まる戦いは誇りの欠片も感じることのできない殺し合い。

誇り高き存在であっただろう目の前の獅子にとっては屈辱ともいえる本能に委ねたもの。

誇りを大切にするエヴァだからこそ、その気持ちを理解し立ち去ったのだろう。

「さて、舞台は整った」

この場に残るは一匹の獣と一人の人間。

「始まるのは“戦い”ではなく、“死合”。誇り高き貴公には許されざるものかもしれんがな」

“殺す”ということを強く認識して、心を研ぎ澄ましていく。

より冷たく、冷静に、そして冷酷に。

より鋭く、鋭敏に、そして鋭意に。

「こんなにも綺麗な月夜だ。無粋な殺し合いなど避けたいのだがそうはいかないのだろう」

返答など端(はな)から期待していない。

それでも、朗々と語り続ける。

「ならば、早々にかたをつけよう。すれば、貴公の誇りをそれ以上汚すこともない」

獅子のことを“貴公”呼ぶのはせめてもの情け。

「死を受け入れ、冥府へと逝け」

月に雲がかかり、互いの姿が見えなくなる。

「さぁ、殺し合いの始まりだ」

月が現れるのと同時に駆け出す両雄。

ここに純粋なまでの殺し合いが幕を開けた。


 ♢ ♢ ♢


月の下、ぶつかり合う人と獅子。

こちらが素手であるのに対して、向こうには爪と牙、更には角が備わっている。

いくら気で全身を強化してようとも強靭なそれらを防ぐことはできない。

一度喰らおうものなら致命傷にすらなりかねない。

「(となれば、接近戦は危険か)」

隙を見て、瞬動で距離をとる。

そして、すぐさま魔法を放つ。

「魔法の射手 連弾 雷の20矢」

瞬く閃光と共に獅子へと殺到する20本の雷。

対する獅子は臆することなくその軍勢へとつっこみ次々とかわしていく。

結局、当たったのは数本。それらも掠った程度で全くダメージにはなっていない。

次はこちらの番だというかのごとく、瞬動に届かんばかりの速さで接近し、爪での一閃。かわして体勢を崩されたところに角での一撃。

なんとか、手で捌き後ろへ大きく跳躍する。

再び、静かに対峙する両者。

「(隙が見えない。これで理性を失っているというのか・・・)」

獅子の瞳に理性の色は見えず、その姿は本能のままに獲物を駆る獣そのもの。

だが、それは本能に飲まれても尚、絶対なる強者としての風格を醸し出している。

「(こりゃ、理性があったならば確実に殺されていたな)」

未だに無傷でいられたのは理性なきゆえに攻撃が短調で直線的だったからであろう。でなければ、腕の一本、いや心臓を一突きされていたかもしれない。

「(魔法を放ったところでかわされるのは必定。それにあの角はなんだ。魔法をかき消していたように見えたが)」

そう、先程放った魔法の射手の何発かは角によって打ち消されていた。

「(まずはあの角の正体を掴むことが先決か。なら!)」

「魔法の射手 連弾 氷の10矢!」

狙うのは額に生える角。

数こそさっきよりも少ないが込めた魔力は上回り、属性も変えてある。

真っ直ぐ、角へと向かっていく魔法の射手に対して獅子は避ける素振りも見せず、ただ受け止める。

――― 轟 ―――

音と共にあたりは土煙に覆われる。

魔法の射手は全て角に当たり、大抵ならば顔が跡形もなく吹っ飛んでいるはずだろう。

しかし、土煙が晴れると獅子は平然と立っており、そればかりか、

「なっ、あれは!?」

魔法の射手を放ってきた。

その数、実に50。慌てて避けるものの幾つかは直撃を受け、吹き飛ばされる。

「グッぁ、はっ」

背中を地面に打ちつけ、肺から空気が抜ける。勢いはなかなか止まらず何度か跳ねて漸く止まる。障壁を張り、気で身体を強化した上からの攻撃であるのにも関わらず身体の芯までダメージが及んだようだ。

本当ならばゆっくりと息を落ち着かせたいところだが、そんなことは許されず追撃を受ける。

一撃、二撃とギリギリのところで避ける。なにも、狙っているわけではなくそのようにしか避けることができないのだ。

何とか攻撃の雨から抜け出して距離をとる。思いのほかダメージが大きく、息が落ち着かない。

「(ある角は魔法を吸収する上に弾くのか?いや、アイツ自身が魔法を放てるのかもしれないな)」

魔法をただ弾くだけならばここまでの威力にはならなかっただろう。更に言えば撃たれた魔法は雷の属性を帯びていた。氷の矢を撃ったにも関わらずだ。

すなわちそれは獅子自身が魔法を放つことができ、吸収した魔力を上乗せしていることになる。

「(厄介だな。近距離では分が悪く、遠距離でも魔法は封じられたようなものか・・・)」

この状況は有り体に言ってしまえば詰みである。

近距離では獅子の連撃に絶えることができず、遠距離では魔法によるダメージは見込めない。魔法の射手で全方位から狙っても避けられることは既に実証されて居り、かといってアーティファクトを使って確実に当てたところで角で吸収されてしまえば逆に不利になる。

ならば、ここは。

「(一撃必殺に賭ける!!)」

本来、一撃必殺の戦法が有効なのは“確実”に一撃を入れられる場合にのみ限る。

今回の相手のようによけられる可能性が高い場合は非常に危険な戦法となる。なぜならば、外してしまえば致命的な隙をなるからだ。

しかしながら、ここまで打つ手がなくなるとなれば賭けるしかない。ハイリスクハイリターン、分はどちらかといえばこっちが悪い。

「ふぅ」

深呼吸をして心を落ち着ける。

作り出すのは何者をも裁く断罪の剣。

エヴァから教わった唯一の魔法。

「断罪の剣〈エクスキューショナーソード〉」

“断罪の剣”

固体・液体の物質を無理矢理、気体に相転移させて剣とする魔法。

この剣の前では鍔迫り合いなどという言葉は存在しない。

“魔弾の射手〈シュターバル〉”が狙ったものに確実に中るのと同じように、“断罪の剣〈エクスキューショナーソード〉”が触れたものは確実に切り落とされる。

故に必斬必死。首を落として終焉とする。

魔力と気を足に集める。

―――咸卦法―――

「眠れ」

言葉が言い終わる前に既に決着はついていた。

斬られたという思いすら感じさせない速さで首を落とした。

獅子の目には死に際に俺の姿を捉えることすらなかっただろう。

“咸卦法”による縮地すら超える直線移動。

すれ違いざまの一閃。

“動いて斬る”の動作を極限まで高めた一撃により殺し合いの幕は閉じた。


 ♢ ♢ ♢


「終わったのか?」

「あぁ」

いつの間にかにエヴァが戻ってきていた。

「ふん。“わかっている”と言った割には傷だらけじゃないか?」

貶すような言葉の中にも心配の色が見える。

それもそのはずだ。最後の一撃は人としての限界の一撃。

いくら、気で身体を強化しようがその負担は計り知れない。連発などできるはずもなく、下手をすれば一度で身体を壊すことだろう。

「無茶をしたからな」

「そこまでの相手だったのか?」

「理性があったら確実に殺られてた」

切り落とした首の近くまでより、断罪の剣で角を切り取る。

「どうするんだ?」

「何かに使えるかと思ってな。あとは“証”だ」

「そうか」

「行こう。少々騒ぎすぎた」

遠くから兵士たちが向かってくる声が聞こえる。このままここにいれば、身元がばれるのも時間の問題だろう。

「そうだな、行くか」

「行くのか?真祖の吸血鬼とその騎士よ」

「「!?」」

突如、背後から声がかかる。しかも、正体に気付かれている。振り向くとそこにいたのは、

「宿主(マスター)・・・」

そこには止まっている宿のマスターがいた。

「何時から気付いていた?」

エヴァが警戒心を顕にして老人に尋ねる。

「そう警戒しなさんな。こうして奴を倒してくれたんだ。感謝こそすれ、恩を仇で返すようなことはせんよ。さて、質問の答えだが“最初”からじゃよ」

「最初からだと!?」

確かに俺たちは名の知れた賞金首ではあるがそう簡単に正体がばれるような油断はしていない。それを老人は一目で気付いたという。

「なに、お主たちの認識阻害はしっかりと働いておったよ。わしが分かったのはかつて賞金稼ぎじゃったからといえばわかるかのう?」

「そういうことか」

認識阻害はあくまでも阻害でしかない。確信をもたれてしまえば意味をなさないのだ。この老人はかつてエヴァと会ったことがあるのだろう。そのときの記憶が正体を見抜くきっかけとなったのだろう。

「それで私たちを捕らえるとでも言うのか?」

エヴァはなおも警戒し続け、老人に問う。賞金稼ぎだったということが疑いを深めることになったのだろう。

「こんな老いぼれにお主たちを捕まえる力はあらんよ。さっきも言ったように恩を仇で返すような真似はしとうないのでな。わしは宿泊料を踏み倒して出て行った失礼な客に一言文句を言いに来ただけじゃよ」

表情こそよく分からなかったが目の前の老人は茶化すように笑いかけてくる。本当に捕まえるような気は全くないようだ。

「そうか。幾らだ?今からでも払おう」

「いいや、御代は結構じゃ。代わりに一言言わせてくれんかのう」

金を取り出し払おうとするのを手で制し、代わりに一言言わせて欲しいという。特に断る理由もないので頷く。

「ありがとう。お主たちのおかげでこの街は救われた。街を代表して感謝を述べることはできんがこの街に住む一個人として感謝してもしきれん。本当にありがとう」

「「は?」」

まさか、感謝をされるとは思っていなかったので二人して間抜けな声を上げてしまう。てっきり恨み言でも言われるのかと思っていた。

「フフフ、ハハッハ。悪の魔法使いに頭を下げって感謝するとはな。実に愉快だよ、ククク」

しばらくしてエヴァが笑い出した。

「はて、わしは何か変なことを言ったじゃろうか?」

「いいや。感謝をするという行為がエヴァのつぼに入ったのだろう。まぁ、その言葉は受け取っておくよ。尤も単なる気紛れだったかもしれんがな」

「それでも、この街が救われたことには変わらんじゃろ?」

「それもそうだな・・・さて、俺たちはもう行く。すく傍まで兵士が来ているようだからな。ほら、エヴァ。笑ってないで来い、置いてくぞ」

「こら、待て。だから、勝手に行くなと言ってるだろう」

こうして俺たちは街を出て森の中へと入っていった。

その夜、森の中ではなかなか笑い声が途切れることはなかったという・・・


 老人side

「行ってしまったのう・・・」

この街を救った二人の賞金稼ぎは森の闇へと消えていった。

最初、彼らを見たときは遂にこの街も終わるときが来たかと思った。

じゃが、結果をいえばこの街は救われた。感謝してもしきれないわい。

「ご老人、こんなところで何をしているんです?この辺りは危ないのですよ?」

兵士がやってきたようじゃ。なら、ほんの少し彼らに恩を返しておこうかのう。

「なに、騒ぎが治まったようじゃから様子を見に来たら、この通り化け物が死んでおったのじゃよ」

首を落とされ、近くで死に絶えている獅子の化け物を指し示す。

「なるほど。しかし、まだ危険があるかもしれませんのですぐに家に帰ってくださいね。そういえば、この近くで人影を見ませんでしたか?」

「人影かのぅ・・・確か、東側の門へ2つほど駆けていく姿が見えたのう」

「東ですね。ご協力ありがとうございます。おーい、東側に逃げたようだぞ。警備を固めろ」
言葉を信じて、兵士は街の東側へと駆けていった。

これでしばらく追っ手が来ることはあるまい。

願わくば彼らの旅に幸あらんことを・・・


 ???side

「ほう、奴がやられたか。所詮は獣に過ぎないということか」

闇の中一つの人影が屋根の上から獅子の死体を眺めている。

フードを深く被っており、この月明かりの中でも表情どころか顔すら見ることが出来ない。

「それにしても、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。真祖の吸血鬼たる彼女にこんなところで巡り会うとは。最近、目撃情報が増えてきたとはいえ何たる幸運、ククク」

クツクツと袖で口元を隠し、フードを被った者は笑う。

「ならば、早速準備にかからないとなぁ。真祖の姫よ、会えることを楽しみにしているよ。ククク、ハッハッハハ」

笑い声を残し、その人影もまた闇の中へと消えていくのだった。



[18058] 第12話 星に誓いを
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/16 22:37
メイアードを離れてからは穏やかなものだった。

未だに森を抜けることはなかったが、追っ手がやってくることもない。もしかしたら、あの老人が上手く誤魔化してくれたのかもしれない。

この森はよく整備されていた。歩いている道も獣道のようなものではなく、しっかりと舗装されている。轍が残っていることからも流通に欠かせない道なのだろう。

今は化け物騒ぎがあったせいで俺たちのほかに人の姿が見えることはないが、しばらくすればまた多くの商隊がこの道を行き交うことだろう。

川のほとりで休憩をする。

道の脇にも休憩をすることのできる場所はたくさんあったが、あえて道を外れ森の中を流れている小川へとやってきていた。万が一のことを考えてだ。

こちらがやられるということは考えられないがこの森の中で争いを起こすことは極力避けたいと俺もエヴァも思っていたからだ。尤もチャチャゼロはやる気だったが。どうやら、先の戦いで暴れられなかったことを根に持っているらしい。この数日間、嫌な視線を時々感じるのは気のせいではないはずだ。

「ん、はぁ~」

川の水を掬い喉を潤す。人が良く通るので汚れているかとも思ったが杞憂だったようだ。

雲間から差し込む日光で水面がきらきらと光っている。小魚が小さな群れを成して泳いでいるのが見える。昼は魚にするのが良いかもしれない。

「チャチャゼロ、魚を獲っておいてくれないか?」

チャチャゼロは基本エヴァの魔力で動いているので休憩は必要としない。暇を持て余しているようなので、ちょうどいいだろう。

「ワカッタゼ。期待シテオケ」

鉈を持って川へと向かっていく。どうでもいいが、どうやって鉈で魚を捕らえるのだろうか?

「乱獲だけはしないでくれよ」

過ぎ去る背中に声をかける。

実を言うと、以前あまりに狩をしすぎてしまったせいで周辺の動物がいなくなってしまったことがある。危険を察知して逃げていってしまったのかもしれないがいなくなったことには変わりない。

ここは人が多く通る道のある森だ。この場所も道から外れているとはいえ、少し逸れた程度なので俺と同じような考えをする人もいるかもしれない。なるべく、そのような人に迷惑はかけたくない。まぁ、食べきれないというのが一番の理由ではあるのだが。

エヴァのもとへ行くと木の陰で読書に勤しんでいた。何の本を読んでいるのかは分からないが、先の街でいつの間にかに手に入れていた本のようだ。

俺とて全く本を読まないわけでない。それこそ、修行中は山のように積まれた本を読み漁っていた。時には辞書を用いてまでだ。

おかげで相当な数の言語を操ることができるし、知識も並みではないほど有していると自負している。エヴァには敵うことはないけれども・・・

しかし、その所為で本が嫌いになってしまった。別に極端なまでに嫌悪しているわけでもないが進んで読もうという気持ちにはならない。俺は研究者には向かないようだ。

故に今、エヴァがどのような本を読んでいるのかなんて気にもならない。俺も自分のしたいことをするだけだ。

荷物の中から取り出したのは一本の角だったもの。

そう、獅子との戦い果てに手に入れたものだ。

調べたところによると、魔法を吸収する性質は角そのものにあったわけでなく獅子に備わったもののようだった。この角は魔法攻撃に対して耐久力があるだけだったのだ。

だが、この耐久力が驚くべきものだった。

試しに“魔法の射手”を200矢ほど放ってみたところビクともせず、エヴァに頼んで放ってもらった“闇の吹雪”は角を中心にして切り裂いた。挙句にはアーティファクトを用いた1001矢ですら打ち消されてしまった。あの戦いでアーティファクトを使わなかったことは正解だったといえるだろう。

更には物理的耐久力も決して悪くないので魔法使い対策としては非常に有効だということが分かった。

一つ問題があるとするならば、いかんせんこれがあくまでも“角”であったことだ。

量がたくさんあるならばいざ知らず。それなりに長いからといっても50cmに満たないのでは加工しがたい。最も有効な使用方法は防具とすることなのだが夢のまた夢である。武器にすることも同様の理由で難しい。

というわけで至ったのが、短い槍を作ることだ。

勿論、自分が使用するためではない。チャチャゼロのためである。

チャチャゼロの近距離での戦闘技術が目に見張るものがあることは身をもって理解しているが、防御に関しては難があるのではないかと以前から考えていた。

そこでこれだ。この角で作った武器ならば魔法に対しては無敵となれる。槍にしたのは単純に加工が一番しやすかったからだ。チャチャゼロは刃物使いだが、この槍は“突く”ことよりも“薙ぐ”ことが多いであろうからすぐに慣れてくれるはずだ。

「できた!」

特に装飾を施すようなことはしなかった。求めたのは愚直なまでの実用性。敵を貫き、魔法を薙ぐための武器だ。シンプルなこの外見は装飾はなくとも武器らしい美しさを醸し出していると思う。

「できたのか?」

気付くとエヴァが読書を止め、傍に来ていた。

「まぁ、削って長さを調整しただけなんだけれどね」

完成した槍を手渡すと光に照らすようにして眺めている。

陶磁器のような白さが日光に映え、幻想的にすら見える。あの獅子とは夜に戦ったが昼間に戦ったのならばその角は同じような幻想的な光景を浮かび上がらせていたかもしれない。

「いい出来だとは思うが槍は使えないぞ」

「それは本人に頑張ってもらうということで。自分の高さよりも長い刃物だって使えるのだから大丈夫だと思うしね。そもそも、槍本来の使い方じゃないほうが効果を発揮すると思う」

エヴァは納得言ったような顔で槍を返してくる。

「名はなんて言うんだ?」

「へ?名前?“白槍”とかじゃ駄目かな?」

そう言えば、作ることに夢中で全く考えていなかった。あの獅子の名前でも分かれば考えようもあったのだが、今となっては知るすべがない。はて、どうしたものか・・・

「見たまんまではないか。もう少し考えられないのか?」

エヴァが呆れたような視線を送ってくる。

そんなことを言われても正直思いつかないのだからどうしようもない。

「う~ん・・・」

手に持った槍を眺め考えを巡らす。しばらくして考え付いたのが、

「“熄魔〈ブリンク・メイジア〉”・・・」

「ほう、ユウにしては考えたじゃないか。それでも、まんまだがな」

「うるさい。名は体を表すというじゃないか?」

火を吹き消すように魔法を消す。故に“熄魔〈ブリンク・メイジア〉”。

この槍に最も適した名前だと思う。

「確かに一理あるな・・・」

「だろ?俺はこれをチャチャゼロに渡しに行って来るからな。戻ってきたら昼食だ」

「あぁ、わかったよ。私は読書の続きをしているよ」

エヴァは木陰に戻り読書を再開してしまう。

つまり、食事ができたら呼べということなのだろう。

「さて、漁の結果でも確認しに行きますかね」

結果を言えば、槍を携えて向かった先にはたくさんの魚が山をなしていたとだけ言っておこう。乱獲するなと言っておいたのに・・・


 ♢ ♢ ♢


腹を割いた魚を手頃な木の枝に刺しじっくりと炙っていく。

日は完全に落ちあたりは暗くなっている。

昼にチャチャゼロが獲った大量の魚は消費できなかったので、夜も昼に引き続き魚となった。

森の中での食事も今日で最後になる。明日には森を抜けるだろうからだ。

俺が調理を続けている間、エヴァは相変わらず読書を続け、チャチャゼロは“熄魔〈美リンク・メイジア〉”を振るっている。

魚がいい具合に焼けたのを確認し火から遠ざけて、今度は鍋の中身を確認する。蓋を開けるといい匂いが漂う。川魚のわりには肉厚のある魚が何匹かいたので肉の代わりにシチューの具としたのだがどうやら上手くいったようだ。料理の腕の上達はとどまるところを知らない。特にシチューなどの鍋を使う煮込み料理は店で出されるものより美味しいとエヴァに言われるほどとまでなった。

「できたぞー」

エヴァたちに声をかける。

さて、味のほうはどうかな?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・



食事の後、エヴァは読書に戻り、チャチャゼロも槍を振りだしてしまったので、一人で散歩に出ることにした。

そうはいっても、あまり遠くに行くことはできないうえに今日は新月なので月明かりがないのでは暗くて思うようには動けない。夕食を作る前に森が開けた場所があったのでそこを目指しているのだ。

「そろそろかな?」

歩き始めてしばらく経つ。方向さえ間違えてなければそろそろ見えてくる頃合いだ。

「そんなことを言っているうちにっと」

木々の間を抜け、広場へと出るとそこは。

「こりゃ、想像以上だな・・・」

一面の星空が広がっていた。

月隠れし空は星が支配す。

夜空の闇を白く塗りつぶすように星が瞬いている。

燦燦と輝く星、仄かに光る星、そして空を渡る星河。

圧巻。

その一言だろう。2つの月が満月の夜空も言葉で表せないものがあるが、星で埋め尽くされた夜空も負けてはいない。

満月や新月のときも含めて、何度となく夜空は見てきたがそれでもなお今目に映る空はため息の出るようなものであった。

広場に横になり空を見上げる。

思えばこうやって夜空を見上げるのはずいぶんと久しぶりだった気がする。前に見たのは何時だったか、山での修行中かそれとも森にいた頃か、もしかしたら街で暮らしてときに家族で見たのが最後かもしれない。

「ずいぶん、遠くまで来たんだよな・・・」

見上げる星空はいつか見た夜空と変わらない。

しかし、時は流れ場所も同じ大陸とはいえ大きく離れた。

あのときのことは今でも思い出すことができる。

燃える街、聞こえる悲鳴、漂う死臭、天を貫く炎、襲いかかってくる悪魔。

そして、フードを被った男の声。

「くそっ!!」

自然と震えてくる手を痛いほどに握り締める。

「復讐なんて空しいことは嫌というほど分かってるんだけどな・・・」

襲い掛かってくる賞金稼ぎの中には復讐に燃える奴もいた。そんな相手を倒すたびに復讐の空しさを感じていた。それでも、思い出すたびに激情に駆られそうになる。理解はできても納得はできていない。そう言うことなのだろう。

「こんなところにいたのか」

ふと背後から声がかかり、よく知る気配がする。

「エヴァ・・・」

「こんなところで寝て居って風邪を引くぞ?」

隣に腰をかけたのか、横から草などの沈む音がした。

「別に本気で寝ようとなんて思ってないさ。ただ星を見ようと思ってな」

「確かに凄い星空だな」

一秒、二秒と静かな時が流れていく。

「エヴァ」

「なんだ?」

「俺は昔、“復讐”ではなくて“立派な魔法使い”になる為に力を求めるってエヴァに答えた」

「そうだな」

思い出すのはエヴァの弟子となったばかりの頃の誓い。

「今の俺は力を手に入れた。エヴァには及ばないまでもあの頃に比べれば遥かに大きな力だ。その力で助けた人もいれば殺した人もいた。でも、自分の激情で人を殺したことは一度もなかった。最近では意識を奪うだけにしてきたしね」

「・・・・・・」

「たけどさ、一人だけはどうしても殺意が拭えないんだ。このままだと俺は復讐の思いで力を振るってしまう。俺はどうすればいいんだろうな」

人を殺すことはどんな理由があろうと罪だ。

今まで俺は自分の身を守るために人を殺すことはあった。その行動に責任はあるつもりだ。

しかし、復讐はどうか?

行動に誇りと責任を持てるのか?

問われてしまえば答えることはできないだろう。だからといって“奴”を見てしまえば確実に心のままに行動してしまう、殺意のままに。

「さあ?私には分からんよ。どんなに考えたところで結局はお前の心だからな。だがな」

「だが?」

「私が吸血鬼になって一番最初に思ったことは復讐だよ。実際に為しもした。だから私はあの時、ユウが“復讐”と答えなかったことに驚いた。尤もその答えの言葉のほうがインパクトがあったんだがな。復讐を止めることはしない。時にそれは割り切るためには必要なことかもしれん。私のようにな」

「割り切る・・・」

エヴァの過去について俺はほとんど知らない。せいぜい、望まずになったということぐらいだ。知ろうとも思わなかったし、エヴァも話すことはなかったので気にすることもなかった。

“為した”ということは殺したのだろう。“私のように”ということは今のエヴァの行動は復讐の後で割り切り決めたことなのだろう。

「なに、お前が本当に激情に駆られ暴走するようだったら私が殺してでも止めてやるよ」

この場に流れる重い空気を払拭するようにエヴァが言う。

「それじゃあ、意味がないじゃん」

「なら、そうならないように頑張るんだな」

「そうだな・・・」

誇りを持つことも責任を持つことも、割り切ることも今の俺には難しいかもしれない。でも、こうやって止めてくれると言ってくれる人がいるのなら頑張ることはまだできる。

「いつまでそこにいるつもりだ。明日も早い寝坊したくないならさっさと戻るぞ」

気付けばエヴァは傍には既にいない。

「ちょっと待てって。それに寝坊するのは俺じゃなくてエヴァだろ?」

「な、貴様。言わせておけば」

星空の下新たな覚悟をして俺はエヴァの下へと急いだ。



[18058] 第13話 言葉×豚=転生?
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/16 22:39
アニさんにアネさん、どうかそれだけは勘弁してくだせえ」

「・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・」

三者三様ではあるが俺もエヴァもそしてチャチャゼロまでもが沈黙を守っている。この場にある影は俺たちを除けば足元に縛られ転がる一つだけ。

「それ以外でしたら、何でもしやすんで」

「・・・なあ、エヴァ」

「言うな。言いたいことは分かっているが答えられん」

「じゃあ、チャチャゼロ」

「長イコト生キテイタッテ分カラナイコトハアルンダゼ?ユウ。ケケケ」

「そうか・・・」

エヴァもチャチャゼロも答えてはくれない。

俺よりも遥かに長い時間を過ごしてきた二人に分からないことが俺に分かるはずもなく、場は徐々に混沌と化していく。

「あっしは何もしてませんでえ。ただ、道をあるいていただけですわ。だからどうか、命だけは」

相変わらず足元で転がり喚く影は思考を邪魔してくる。そもそも、この状況で思考ができているかも分からない。

「エヴァ・・・」

「すまんが私もこんなことは初めてなんだ」

「しょうがないさ。だって」

そこまで言葉を紡ぎ、足元の現実を再確認する。




「誰が豚が喋るなんて考えるんだよ」

「すみません、すみません。だからどうか食べないでくだせぇ」

足元に転がっているのは紛れもなく“豚”。

もはや、呪詛と化している命乞いの声が耳に入るたびに現実が揺らいでいく。いくら、魔法とはいえこれは・・・これがまだ豚でなくオコジョだったならば納得できたかもしれない。

こうなった経緯は少し時間を遡らねばならない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・


森を抜けた先で辿り着いた街を出て2日ほど経った。

俺たちは南下するのをやめ、西へ向かうことにした。なんでも、古くからの民が多く暮らしている地域を目指すらしい。

「今日もいい天気だねぇ~」

日差しの中、3つの影が道を進んでいく。勿論、俺とエヴァとチャチャゼロだ。

今まで多く歩いてきた道のように木々に囲まれた道ではなく、あまり遮るもののない道だ。人がよく使う道ではないようだが、こんなところで襲われるようなことがあれば隠れることはできないだろう。

「そうだな、忌々しい太陽だよ」

「エヴァに太陽は関係ないだろ?そもそも、本当に吸血鬼って日に当たると蒸発するのか?」

吸血鬼の弱点の代表とされる日光や十字架は真祖であるエヴァには効果がないので分からない。にんにくは嫌いみたいなので(以前、にんにく料理を作ったときに壮絶に機嫌が悪くなり、以後エヴァの前でにんにくを食べることは叶わなくなった)これは効果があるといえるのかもしれない。

「さてな、少なくとも私には効果はないし、他の吸血鬼にあったこともないから分からないな」

「ふーん」

「オイ、ユウニ御主人」

チャチャゼロから声がかかる。

「どうした?チャチャゼロ?」

「何カ前ニ見エルゾ」

「何!?」

チャチャゼロの言葉通り、前方を見ると何かがいる。大きさから考えると人ではなさそうだ。

「人ではないみたいだな」

エヴァの言葉に頷く。だか、人ではないからとは言っても生き物ではあるようだ。現に俺たちと同じ進行方向に進んでいるように見える。

「あれは豚か?」

前を歩いているのは豚のようだった。大きさはそこまでないので子豚なのかもしれない。

「オオ、ブタジャネェカ。昼飯スルカ?」

そう言って、鉈をチャチャゼロは取り出す。

その言葉を受け、咄嗟に豚を使った料理を思い浮かべる。

「(色々とあるけど、ここは純粋に焼いたほうがいいかもしれないな)チャチャゼロ、今回は俺が捕まえるから鉈は出さなくて良いぞ」

チャチャゼロが不満そうに鉈を片付けるのを確認して縄を取り出す。子豚ぐらいの大きさならば仕留めるよりも捕まえたほうがいいと思ったからだ。

「何、捕まえるのか?」

「ああ、昼は焼き豚だぞ、エヴァ」

エヴァに答えた後、一気に俺は加速する。賞金200万$(気付いたら上がっていた)の首である俺にとって子豚などとるに足らない相手だ。

「!?」

こちらに気付いたようだが既に遅い。足に縄を絡ませ吊り上げる。伊達に狩猟生活は送っていない。

「ぎゃぁぁーーーーーーー」

「・・・・・・・・」

思考停止。再起動を推奨。

はっ。今、目の前の豚が喋った気がするが空耳だろう。

「すみません。何でもしやすんで、食べんのだけは勘弁してくだせえ」

「・・・・・・」

“絶句”という言葉があるが人間本当に驚くと何もいえないようだ。空耳でないことは間違いない、明らかに目の前の豚は言葉を発した。

「良くやった、ユウ。これで食材は確保したな」

「ケケケ、ヤルジャネーカ」

「・・・・・・」

エヴァとチャチャゼロが追いついてきたようだが、とても相手にできるような心情じゃない。

「ユウ・・・?」

俺は黙って足元の豚を指差す。

「助けてくだせぇ」

「「「・・・・・・」」」

皆、沈黙。流石のエヴァたちも想像できなかった事態のようだ。そりゃ、昼食の食材として捕まえた豚が喋るとは思うまい。


・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「で、貴様は一体何なんだ!?」

しばらくの沈黙と現実逃避の後、エヴァがこの場の総意ともいえる疑問を口にする。

「あっしはしがない子豚でやす」

「しがない子豚は喋らないと思うが・・・」

この世のしがない子豚の全てが話すようならば、世から豚料理は消え去っていることだろう。

「ユウの言うとおりだ。しがない豚が喋ってたまるか!!」

エヴァは相当来ているようだ。無理もない、俺だってこんな状況になれば自暴自棄にもなるかもしれない。実際、冷静といえるような心情ではない。それにしてもチャチャゼロは冷静だなって鉈取り出してるし・・・

「なら、何で話すことができるのか教えて欲しいのだが・・・」

冷静を最大限装って尋ねる。

「命を助けてくれると確約してくれるなら話やしょう」

「・・・エヴァ?」

「構わん。こんな豚食べたら後味が悪くてたまらん」

全くもって同意だ。俺だってこんな豚料理したくない。

「だそうだ。話してくれるな?」

縄を解き自由にする。無事に叉焼(チャーシュー)化を逃れることはできただろう。

「わかりやした。まず、言っておきやすが何故豚であるあきちが喋ることができるのかは分かりやせん」

「なっ、ふふふ。き、貴様。私を馬鹿にしてるのか!?」

「エ、エヴァ落ち着いて。それも含めて今から話してくれるんだよな、な?」

怒りのあまり魔法の射手を放とうとしているエヴァを落ち着ける。普段は冷静沈着なくせに意外なところで沸点が低いんだよな、エヴァは。

「も、勿論でっせ。アニさんたちは“転生”というものを信じやすか?」

「!?」

「転、生、だと?」

「あっしはその転生をした存在なんですわ」

話をまとめると彼は前世で兵士であったそうだ。それも魔法世界でなく旧世界でのだ。かつての名前はレオナルド、豚にはすぎた名だ。

今では百年戦争と呼ばれる戦争でフランス側の兵士(騎士と呼んだほうが良いかもしれない)。もはや、記録といっても差し支えないだろう記憶によればおそらくジャンヌ・ダルクが登場した戦争のはずだ。

その戦争で王を守り敵の剣に倒れ、気付いたらこの世界で豚として生を受けていたらしい。

俺と同じ転生者ではあるがあり方はだいぶ異なるようだ。俺が記憶が曖昧なのに対してレオナルドはほぼ完全な形で残っている。また、向こうが豚であるのに対してこっちは人間のままである。

「なるほど、貴様の言いたいことはわかった。嘘は言ってないようだしな」

エヴァが納得したように隣で首肯している。予想外ではあるがこの荒唐無稽な話を信じるようだ。

「えっ、信じるのか?」

「ああ、ユウには分からないだろうがコイツの言っていることは事実だからな」

確かに知る限りではレオナルドが言っていることに間違いはない。しかし、エヴァは何故それを・・・

「やはり、信じられないか?ユウ」

「いや、エヴァがいうのだからそうなんだろ?どの道俺には判断できないことだからな」

ちょっとだけ嘘をつく。“自分”のことを話すにはおよびがないからだ。それにレオナルドのように完全に覚えているわけではないのであまり意味をなすこともない。

「ところでアネさん。さっきからアニさんが“エヴァ”と呼んでいやすが、もしかして“あの”エヴァですかい?」

「貴様にエヴァと呼ばれる筋合いはないが、私は“あの”エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだよ。よくその歳で知っていたな、その大きさではまだ生まれてからそんなに時間が経ってないだろうに」

「!?ま、まさか本物だとは。ああ、あきちはこう見えて20年は生きていやす。どうも、これ以上成長しないんやすよ。ということはアニさんが“闇の騎士”ですかい?」

「まあ、な。その名はそこまで好きじゃないんだけど・・・」

まさかはこっちの台詞だ。話すことができるとはいえ動物にまでに名が知れ渡っているとは・・・

「勿論、人形のアネさんも知っておりやすぜ」

「ケケケ、照レルジャネーカ」

全然照れてないだろ、棒読みだし。

「ところでレオナルドは何処へ向かっていたんだ?」

「あっしですか?このまま進んで北の方へ行こうと思ってやした。アニさんたちは?」

「俺たちは南だから途中からは逆方向だな」

「なっ、何で一緒に行くような話しの流れになってるんだ!!」

突然、声を荒げて叫ぶエヴァ。

「違うの?」

「当然だ。誰が好き好んで奇妙な豚なんかと旅をするか!!」

奇妙なって・・・否定はしないけど本人の前で言うなよ。

「御主人、“ヨイ道連レハ馬車モ同然”ッテイウジャネーカ、ケケケ」

「チャチャゼロまで!?」

チャチャゼロも賛成のようだな。これはエヴァの負けだな。

「それじゃあ、レオナルド、チャチャゼロ、行こうか」

「アア」

「わかりやした」

自分より遥かに小さい2人を伴い先を進む。

「だから、私を置いて行くなと言っているだろうがぁーーー!!」

その日、荒野に少女の声が響いたとかなんだとか・・・




[18058] 第14話 忍び寄る影
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/30 23:54
『森』と一概にいっても、それには様々な種類がある。

例えば、『密林』。ジャングルと呼ばれるそれは木々が鬱蒼と高く生い茂り、大地にはほとんど日光が届かないという。

例えば、『疎林』。これは『森』というよりは『林』に近いだろうが、木々がまばらに生えるぶん密林とことなり明るい。

どちらにせよ“木が生えている”ということには変わりはなく。同時にそこには多かれ少なかれ、捕食者-動物-がいるということは普遍の事実である。

故にこの森がどれだけおかしく、異常なのかは周知のことなのだ。

「静かだな・・・」

森の中は奇妙なまでに静かで、響く音は自らの足音しかない。

「あぁ、でもこれは静かというよりも・・・」

「“気配”がない、か?」

「ああ」

あるべきはずの気配がない。ただそれだけのことで異常といえるほどに森は静まりかえっている。

そう、この森には動物の気配が全くしないのだ。

当初はこの森が広大であるが為に感じることができないのだと思っていたがそれは違った。この森には動物がいない。少なくとも、気配を感じることのできる範囲には小動物一匹すら存在していない。

「奴の言っていたことは正しかったというわけだな」

「そうだな」

脳裏に思い浮かべるのは数日前に別れた不思議な豚のこと。

そして、去り際に言われた言葉。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・


「アニさんにアネさんたち、あっしはここでお別れでやす」

目の前に伸びる道は二手に分かれている。ひとつは北へと向かう道。もうひとつは南へと続いている道だ。

喋る豚ことレオナルドは北へと進むようなので、俺たちとは逆の方向となる。

「ハッ、ようやく清々するわ。さっさと行ってしまえ」

まるで野良犬を追い払うかのようにシッシッと手を払うエヴァ。

「ケケケ、ナカナカニ楽シカッタゼ」

一方、チャチャゼロは別れを悲しむことはないものの共に旅をした時間を鬱陶しいものとは思っていないようだ。

「じゃあな。縁があるようならまた会おう」

そう言って俺はレオナルドの前に手を差し出す。握手こそできないものの前足を乗っけることでレオナルドは答えてくれる。

「へい。アニさんたちはこれからヘラスの方へ行くんで?」

ヘラスとはこのまま南の方へ進むとある都市のことだ。もし、行くことになるとすれば今まで訪れたどの街よりも大きい街だろう。

「だぶんな。ただ、大都市となると俺たちにとっては不都合しかないから分からないけど・・・」

それだけ大きい街となれば賞金首である俺やエヴァにとっては火の中へ突っ込んでいくようなものだ。容易に決めることができるようなものではない。

「そういえば、アニさんたちは大悪党でやしたね」

忘れてたと言わんばかりに頷き納得いったという表情を見せてくる。これでも賞金総額800万$なんだけどなあ・・・

「そういうことだ」

「なら、一つだけ忠告をさせていただきやす」

「ほう、この私に忠告だと?」

エヴァは面白いといった表情でレオナルドをいぶかしみ見つめる。

「アニさんやアネさんたちがこれからどのような道で南へ向かうのかは分かりやせんけど、『森』には気をつけてくだせえ」

「どういうことだ?」

「あっしはこれでも豚であって人間ではありゃせんですから、他の動物の声が分かりやす。南の方から飛んでくる鳥の話を聞くと南の森からは“声”が聞こえないようなんですわ」

「声・・・」

レオナルドが他の動物と話すことができたというもの驚きだが、彼の言葉も確かに気になる。

「そうでやす、アニさん。何が起きているかは分かりやせんけど、何かが起こっていることは確実でやす。用心してくだせえ」

「わかった。注意しておく」

「では、この辺で。達者でしてくだせえ」

そういい残し、レオナルドはとことこと北への道を進んでいった。


・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「声が聞こえないとは言ったもんだな・・・」

「確かに鳴き声一つ聞こえやしないな。不気味でしょうがない」

「ケケケ、ビビッテルノカ御主人?」

「んなわけなかろう!!だが、こうも静かだと気味が悪くてしょうがない」

交わす会話は響くことなく静かに森へと吸収されていく。上からは薄日が差し込んでいるというのに森の中は暗く空気が重く感じる。

「まるで人払いの結界の中にいるみたいだな」

「そうだなッ、まさか!?」

エヴァは突然何かに気付いたかのように驚き、辺りを見渡すと地面に手を当てる。

「どうし「クッククク」・・・エヴァ?」

かと思えば笑い出してしまう。

「ククク、やられたよ。ユウ、お前の言った通りこれは一種の結界だよ。それもかなり高度のな」

「それってどういう・・・」

「この辺りには動物が避けるような魔法がかけられている。いや、人間と“吸血鬼”しか入り込めないようになっているんだよ」

肩を震わせるのをやめ、エヴァは静かに説明しだす。そこには先程までの愉悦さを微塵も感じさせず“闇の福音”たる姿を知らしめている。

「“人だけ”を払う、もしくは“生物”を近寄らせないならまだ分かるのだが。これは“人間”と“吸血鬼”以外を追い払うものだ。意味はわかるな?」

「罠・・・」

人だけを引き込む結界であったのならまだ何か他の要因を考えることができただろう。だが、エヴァが言うことには人と“吸血鬼”のみが入り込めるようになっているという。つまるところ、この魔法をかけた魔法使いは明らかに吸血鬼を狙っているのだ。

「そういうことだ。これだけ高度な魔法を使ってきたんだ、そこいらの賞金稼ぎとは比べ物にならないほどの腕だろうよ。戦闘力はともかく魔法の技術だけなら私に匹敵するかもしれないな」

淡々と語られる言葉には相手に対する遜色は一切見られず事実を客観的に述べているようだった。実際そうなのだろう、エヴァがここまで敵を評価することはないのだから。

「それで魔法の影響下からは抜け出すことはできるのか?」

「できることにはできるが森一帯は影響下にあたるから森を抜けなければならないな。進路を少し変えれば夜までには抜け出せるはずだ。たしか、草原のようになっている場所が森に入る前空から見えたと思う」

「問題は何時仕掛けてくるかということか・・・」

これだけ大掛かりなことをしてきているのだから確実に何かが起こるだろう。セオリーとしては比較的疲労の表れやすい夕方になるが・・・

「御主人、ユウ。御出デノヨウダゼ、ケケケ」

チャチャゼロの言葉通り、いつの間にかに複数の気配が現れている。

「ふん、囲まれているようだが人ではないな。魔物か?」

「いや、これは・・・」

忍び寄るように木々の間から這い出てきた影は狼のような獣。“ような”としたのはそれがあまりにも不自然に思えるからだ。

まず、その体毛。木々の陰に隠れていながらも更にそれよりも黒い。まさに漆黒といえるだろう。狼の姿は今まで数多く見てきたがこのような色をした狼は始めてみた。

次に身体の大きさ。ほとんどは普通の狼とさほど変わらない大きさだが、なかには明らかに狼としての範疇を超えているものもいる。

そして、なによりその瞳だ。瞳はルビーを埋め込んだかのような深紅をしている。不気味に光るそれからは理性を感じることができず、まるで・・・

「“あの”獅子みたいだ・・・」

そう、目の前の狼たちはあの獅子の化け物と酷似していた。決して姿が似ているわけではない。姿かたちは狼そのものであるし獅子と見間違う要素は何処にもなく、あの獅子の象徴ともいえる角は狼には備わっていない。

しかし、目の前から感じる雰囲気、威圧感はかつて戦ったそれと似ている。似すぎているのだ。

「同じ存在だろう」

ぽつりとエヴァが呟いた。

「それって・・・」

「ここにいる狼もあの街で戦った獅子も私たちを罠にかけた何者かによって生み出されたものだということだ。人工キメラといったところだな」

「なら、チッ」

疑問を最後まで口にすることは叶わない。

それ以上は話させないというように四方から襲い掛かってくる。数にして6、奥にはまだ姿が見受けられる。咄嗟に断罪の剣〈エクスキューショナーソード〉を発動させ、飛び掛ってきた狼の首を切り落とす。同様に断罪の剣〈エクスキューショナーソード〉を発動させたエヴァも狼の胴を袈裟切りにしている。

「チャチャゼロ!お前は奥のを殺せ。ユウもだ」

「ワカッタゼ。切リ刻ンデヤルゼ」

エヴァの言葉を受けチャチャゼロは鉈と包丁を手に狼へと突っ込んでいく。

「大丈夫なのかエヴァ?」

狼の胴を両断し、エヴァのほうを振り返りながら再び首を切り落とし尋ねる。

「そこまで体術が得意ではないからといっても狼程度に遅れはとらん。それよりも奥にいる大きい奴が出てくるとこの場所では少々厄介だ。片付けて来い」

「了解」

エヴァをその場に残し瞬動で狼の囲いを抜けリーダーと思われる狼の前へと辿り着く。その体はゆうに3メートルは超えており狼としては規格外の大きさだろう。

「さて、連れがまだあんたの仲間に囲まれているんださっさと終わらせてもらおうか」

そう告げて俺は戦闘へと突入した。


 ♢ ♢ ♢


数分後、辺り一帯には血生臭い匂いが充満していた。

転がる死体は20匹にも及んだ。あるものは首を落とされ、あるものは四肢を切断され絶命している。

「エヴァ、大丈夫かって訊くまでもないか・・・」

今回の戦いで一番狼を屠ったのはエヴァだろう。俺とチャチャゼロはリーダー格の狼を相手にしていたため多くの狼がエヴァを襲うことになったからだ。

「ああ、油断して掠り傷を受けてしまったが問題はない」

良く見てみるとローブの袖の部分が裂けており腕に傷を受けているようだった。ローブは返り血で汚れてしまっているのでどのみちもう使うことはできないだろうが。

「障壁を張ってなかったのか?」

エヴァに限らず魔法使いは皆、常時展開型の障壁を身の回りに張っている。勿論その強度は魔法使いの技量によって変わるのだが、エヴァほどのクラスになればまず破ることはできない。まして、狼程度の物理的攻撃で障壁を壊すことなどありえないのだ。

「いや、張っていたよ。だが、こいつらの爪にはあの槍の元となった角と同じような性質があるようだ。無効とまではいかなかったが強度が落とされていたよ」

足元に転がる狼の前足を眺めてみるが特に変わったところはない。自らの血で赤く染まった爪が鈍く光っている。

「爪じゃあ加工するのは難しいか。チャチャゼロお前も大丈夫か?」

「ケケケ、コノ程度ナンノ問題モナイゼ。ムシロ切リ足ラネークライダゼ」

そう笑うチャチャゼロは返り血で真っ赤に染まっている。どうにかして血を流したほうがいいかもしれない。

「問題ないならばこのまま進むぞ。結界自体はなくなったようだが術者が現れていない以上森の中にいるのは危ういからな。こう遮蔽物が多いと魔法が使いにくくてしょうがない」

確かにこのままここにいるのは拙い。できるだけ早く開けた場所に出ることが先決だろう。森は隠れることには適しているが場所がバレ戦闘となってしまえば魔法使いにとっては戦いにくいだろう。魔法によって木々が倒壊し巻き込まれてしまってもおかしくないのだから。

「そうだな、俺やチャチャゼロはともかくエヴァにこの状況はまずいか。本音を言えば着替えたかったんだけどな」

「ふん。何を言っているんだほとんど返り血など受けていないくせに」

俺はエヴァのように混戦になっていたわけでも、チャチャゼロのようにリーチが短いわけでもないので比較的返り血を浴びていない。とは言ってもすぐに着替える必要がないという程度に留まるのだが。

「新しいローブを着ているエヴァには言われたくないさ」

エヴァは返り血で赤くなったローブをいつの間にか脱ぎ捨てており新しいものを羽織っている。

「ほら、行くぞ。ユウが飛行魔法を使うことができれば楽なものを」

「使えないわけじゃないさ。あれ地味に魔力を食うからなるべく使いたくないだけだ。飛んでいくのか?」

「構わんどうせ日が沈むまでには森を抜けられる。わざわざ、場所をさらすこともない」

「それもそうだな」


このときはまだ知らなかった。

この戦いがどういう意味を持っていたのか。

否、知っていたところで結末は変わらなかったのかもしれない。

終焉への影は確実に近づいていた・・・




[18058] 第15話 邂逅と憤怒
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/30 23:55
あの狼たちの襲撃を受けてから既に3日が過ぎた。

俺たちの周りは森の中とは違った意味で静かである。

そう、敵からの行動が全くないのだ。

あの襲撃で懲りて襲うことを諦めたてくれたのならいいが、あれだけ巧妙な罠を仕掛けていたのだからこれで終わるとは考えられなかった。

今は草原を歩いている。何時襲撃があるのか分からない以上、奇襲を避けるためにも森の中などの遮蔽物が多くある場所は避けたほうがいいということになったのだ。

「エヴァ、大丈夫か?」

「あ、あぁ。この暑さで少々だるいだけだ。気にするほどではない」

太陽は燦燦と輝いている。この直射日光の中歩き続けているのだからばててしまっても可笑しくはないだろう。かくいう俺も多少疲れてきている。疲れ知らずなのは先行しているチャチャゼロだけだろう。

「チャチャゼロ、何かあったか~?」

この先は小高い丘になっていたのでチャチャゼロに先に行ってもらい様子を見てもらっていたのだ。

「アア、丘ヲ越エタ先ニ泉ガアッタゼ。ソコカラ暫ク進ンダラマタ森ニナッテイルゼ」

「そうか。なら、その泉で一度休むか。流石に疲れた」

チャチャゼロに答えつつ、緩やかな坂を上って行く。朝から歩き続けていたがじきに休むことができると思うと足取りも軽くなるのだから不思議である。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


辿り着いた泉はまさしく憩いの場と呼べるものだった。

森が近くなっているせいでもあるのか、畔には木も生えていてちょうどよい木陰を作り出している。

「どうして、仕掛けてこないんだと思う?」

木陰に腰掛けエヴァに尋ねる。

「それは襲撃がないということか?」

「そうだけど・・・普通なら休ませずに襲撃してくるんじゃないか?それこそあの獅子や狼のようなので時間をおいて波状攻撃されたら厄介だし」

あの獅子や狼は実を言えば非常に厄介だといえる。個としてなら大したことはないが群となると厄介となる。片や魔法が効かず、もうひとつは障壁を打ち破ってくる。仮に獅子と狼の混成で襲いかかられたら簡単には倒すことができないかもしれない。

「・・・・・・私たちが開けた場所にいるからだろう。あの化け物どもは確かに厄介である所もあるが、このように開けた場所ではあまり力を発揮できないだろう。それこそ囲まれたとしても上空にあがり魔法を放てばいいのだからな」

若干、思案した後エヴァが答えてくれる。

確かにこれだけ見晴らしがよければ、近寄られる前に逃げることも攻撃することも十分に可能だろう。

「ということは奇襲を狙っているということか?」

「そうなるな。それが一番効率的な戦いだろう」

「なら、ここから先が危険だということか。森に入ってしまうと奇襲がしやすくなるからな」

この先には森が広がっているのが見える。すなわち、ここから先に罠がある可能性は十分
すぎるほどある。狙うなら間違いなくここだろう。

「逃げたって可能性もあるが?」

「それだったらそれで僥倖ってことでいいだろ?」

確かにそうならばこしたことはないがそれはないはずだ。間違いなく仕掛けてくると心が訴えてくる。

「まぁな。さて、そろそろ行くか」

「もういいのか?」

「なに、どうせ少し進めばまた森に入るんだ。日差しが苦になることはなくなるよ。行くぞ、チャチャゼロ」

「………」

「おい、チャチャ「御主人、ユウ。ドウヤラ出発ハ無理ミタイダゼ」なんだと!?」

チャチャゼロの視線の先にはなんの変わりのない一つの人影。

この気温の中フードを深く被り自然に歩いていく。

あまりにも自然が故にその姿は不自然である。今いる場所が街道ならば特に気にすることもなかったであろう。だが、ここは森に周囲を囲まれている草原なのだ。人がその身一つでいるなどありえないのだ。

人影は泉の対岸まで歩いてくると立ち止まりゆっくりとした動作でそのフードを取り払った。

日の下にさらされた素顔は暗く光る金髪だった。


 ♢ ♢ ♢


「『闇の騎士』に『真祖の姫』、『殺戮人形』よ、お初に御目にかかる。私の名はクード・クリューター、以後よろしく頼む」

対岸に立つクードというくらいブロンドの男は優雅に礼をすると静かな瞳でこちらを見つめてくる。

「名乗られたところで答える必要はないのだがな。『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ」

そう言いつつしっかりと名乗るところがいかにもエヴァらしい。それにしてもこの声どこか聞き覚えがあるような・・・

「ユウ・リーンネイトだ」

「ケケケ、チャチャゼロダ」

俺とチャチャゼロは簡潔に名前だけを述べる。目の前の男は物腰は丁寧だが逆にそれが胡散臭さを醸し出している。

「『殺戮人形』はともかく、『闇の騎士』の名前は初めて聞きますね」

「そりゃ、名乗ってないからな」

俺は襲い掛かってくる賞金稼ぎなどに対して一度も名前を言ったことがない。賞金稼ぎのほうから名乗ることもなかったし、口を開く前に意識を刈り取ることも多いからだ。それゆえ、俺の正体は『闇の福音に付き添う男』程度にしか伝わってなかったりする。

「ならば名前を知ったのは私が初めてということですかそれは光栄です」

「特に興味もないくせによく言う」

にこやかに心にもない世辞をすらすらというクード。ますます胡散臭い。

「やはり、分かりますか?えぇ、申し訳ありませんが私が興味があるのは『真祖の姫』だけなんですよ」

胡散臭い笑顔を崩さずエヴァを眺めるクード。こいつ、そういう趣味なのか?まあ、精神的倫理上はなんの問題もないが。でも、それを考えると俺も30を越えているんじゃ・・・止めよう不毛だ。

「ふん。欲しいのは賞金かそれとも名誉か・・・」

エヴァが馬鹿にしたように言う。

エヴァを仕留めることができれば莫大な賞金をてにすることができるばかりか世界共通の悪を倒した正義の味方として名誉も得られることだろう。

「賞金?名誉?そんなものに興味はありませんよ。今、興味があるのは貴女だけですから。そもそも、私は研究者ですからね」

「研究者だと?」

「ええそうですよ。私はただの研究者。魔法への探究心が私そのものです」

確かにクードの顔はとても戦う者には見えない。そう仕向けている可能性も否定できないが。

「そんな研究者が私に何のようだ?」

「そんなもの当然貴女に興味があるからと何度も言ってるでしょう。“真祖”である貴女にね。真祖の吸血鬼、実に興味深い。膨大な魔力に不老の身体、脅威の回復力。それでいて弱点らしい弱点が見当たらない。素晴らしい、しかもその技術は数百年も昔にできている。それでいてその技術は失われてしまった。それが残念で堪らないのですよ、私は」

クードは恍惚そうな表情を浮かべ語りだす。一方のエヴァは無表情だ。

「探求、実に素晴らしいとは思いませんか?私はね、思うんですよ探究心を貫くためなら何をしてもいいとね。実際色々なことをしてきましたよ。毒薬の研究、強力な魔法の開発、効率のよい召喚法の模索、幻想種と同格の魔法生物の創生。動物、人体実験は勿論のこと町を燃やしたこともありましたねえ」

「町を、燃やした、だと・・・?」

「あれ、気になりますか?“闇の騎士”さん。いいですよ教えてあげます」

まるで子供が親に自慢をするかのようにクードは話す。嬉々として話すその声色に俺は底しれない怖気を感じた。

「その頃の私はね先に言った研究の中の“強力な魔法の開発”と“効率のよい召喚法の模索”に時間を費やしていたんですよ。ある程度の成果が見込めたところで私は実践してみることにしました。薬は臨床、機械は試運転をするように魔法も使ってみないことにはどんな問題があるか分かりませんからねえ。そこで私は一つの町を悪魔を召喚し襲わせ、町の半分を魔法で燃やしたんですよ。どちらもそれなりの成果は出たのですけど、魔法に関していえば必要とする魔力が多すぎて実用的ではなかったんですよね。詠唱も長すぎましたし」

当時のことを思い出しているのかクードはブツブツと呟き、問題点を挙げているようだった。距離があるせいかその言葉は俺には良く聞こえない。それにたとえ距離がなくても今の俺には聞こえないかもしれない。

今まで感じていた既視感が徐々に記憶と重なっていき、記憶からは一つの映像が思い出され目の前の男とダブってくる。視界は彷彿として思考は停滞していく。そんな中、尋ねたのは一つの言葉。

「・・・その町の名は?」

「えっ、町の名前ですか。確か、ス、スペ・・・そうだ!!“スペラーレ”だ。それが―――」

ここで俺は完全に理性を失った。


 エヴァside

一瞬のことだった。それこそ瞬きをしている間に全ての行動が終わっていただろう。この場に一般人がいたなら突然クードが吹き飛んだように見えただろう。無論、私には何が起きたか見ることは出来た。単純だ、ユウが一瞬でクードとの距離を縮めて殴り飛ばしただけだ。

予想外の行動だったといえば嘘になる。「町を燃やした」というクードの言葉を聞いたときからユウの様子は明らかにおかしかったからだ。容易に想像できるこいつが、クードがユウの暮らしていた町を燃やした犯人なのだと。

動機は己の探究心という欲を満たすためというこの上なく理不尽なもの。だが、同時に尤も人間らしい理由であるとも思えた。

結局のところ、人なり何であれ生き物というのは欲に支配されて生きている。食欲、睡眠欲、生存欲、根本から欲に支配されているのだ。それから逃れることなどできないだろう。吸血鬼である私だって食べ物を食べたいと思い、生きたいと願い、眠ることだってある。

クードの場合はそれが探究心だっただけだ。私たちが三大欲求を満たしたいと思うとの同じようにクードは探求欲を満たしてきたのだろう。そのためにしたことに疑問など持つこともなく。

狂っているといえばそうだし、壊れているともいえる。本来、英知を授かったものなら押さえることのできるものを押さえることができていないのだから。もしかしたら、押さえなくてよい欲として認識されているのかもしれないが。そうならば、やはりクードは正しく壊れているのだろう。

対岸に渡ったユウを見てみると理性の欠けた瞳で空を見上げている。つられて空を眺めてみるとそこには吹き飛ばされたはずのクードがいた。

「チッ」

驚きよりも歯がゆさが表れる。

「(今の一撃で眠ってくれればよいものを)」

先のユウの攻撃は完全に本気の一撃でありまともに喰らえば眠るどころか永眠しかねないものだ。それを受けて生きているどころか悠々と空に浮かんでいることからもクードが実力者であることは明確である。

「(腐っても一流の魔法使いということか。約束してしまった以上、ユウを止めなくてはならないがこれでは本当に殺しかねん)」

星空の下で「殺してでも止めてやる」と約束した以上は止めなくては矜持に反する。

「ずいぶんと手荒なことをしてくれますね。町を焼いたことがそんなに許せませんか。人殺しという意味では貴方も同じでしょう“闇の騎士”?」

「・・・アデアット。思い出せ、町を燃やした後であったことを」

見当違いなことをいうクードに対してユウはアーティファクト呼び出し構える。

「(拙いかこれは・・・)チャチャゼロ、どちらかを押さえることはできるか!?」

「無理ダナ。ユウニハ勝テナイシ、クードトカイウ奴ノ力モワカラナイカラナ」

先程から臨戦態勢をとりながらも一歩も動くことのなかったチャチャゼロに問うが、予想していた通り止めることはできないようだった。

「町を燃やした後ですか。何もなかったと思いますが?」

「いいや、あった。貴様は覚えていないかもしれないが一人の子供にあったはずだ!」

その言葉に初めてクードは考える素振りを見せる。

「クックック、なるほど。そう言うことでしたか、貴方はあの町の生き残り。どうやってあの悪魔たちから生き残ったか気になりますが、確かに戻ってきた悪魔の数が少なかったことを覚えてます。そうか、そうですか。フフッフッフ」

全てを決定付けたクードの言葉は己の研究について語っていたときのように愉悦の含まれたものだった。その様子にユウは苛立ちを露わにし、私は静観するほかなかった。

「なに「何がおかしい?ですか」クッ」

「そりゃこれ程までおかしなことはありませんよ。あの時力のなかったただの子供が賞金首になるほどにまで力をつけ、真祖の姫と共に現れたのですから。運命を感じませんか?そうだ、吸血鬼について研究を終えたら運命について研究することにしましょう」

「貴様!!」

ユウは魔弾の射手の引き金を引く。瞬間的に高められた魔法の射手が一条の光となりクードに襲い掛かる。

「そんな直線的な魔法が当たるとでも!!」

クードは魔法の射手の軌跡を予測し避ける。しかし、魔弾の射手で放たれた魔法の射手は必中。外れることはありえない。

「なっ!?」

魔法の射手はクードが回避した方向へと強制的に進路を変え、クードは爆発に巻き込まれる。

「誘導性のアーティファクトですか。完全に避けたと思ったのですけどね」

「まだだッ!!」

爆発から逃れたクードに対して虚空瞬動で距離を詰めたユウは右手を振り抜く。身を反らしそれを避けたクードは反撃をしようとするが叶わず、地面へと投げ飛ばされる。

「御主人、始マッタゾ。止メンルンジャナカッタノカヨ」

「ああ、止めるさ。だが、今は無理だ」

繰り広げられる戦いを見つめ歯軋りをする。瞬動術による高速戦闘では魔法使いである私では介入するのは難しい。ならば・・・

「隙を見つけて足を止める。チャチャゼロ、合図をしたら一瞬2人の間に割り込め」

「ケケケ、ヤッテヤーロジャネーカ」

待ってろユウ。約束通り殺してでも止めてやるからな。






[18058] 第16話 本能の拳、理性の魔法
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/05/31 22:46
殺す。

目の前の男を。

穿つ。

相手の腹を。

断つ。

相手の首を。

右手も左手も右足も左足も魔法も、全てが相手の命を刈ることを目的とした必殺の一撃。

しかし、目の前の男はそれを捌いていく。時に腕で時に足で時に魔法で。

焦る。

自分の攻撃が通用しないことに。

恨む。

己の弱さを。

欲す。

更なる力を。

身体への負担を考えず、強化した拳を振るう。

「貴様が、貴様がぁーーー!!」

「貴方とて、生きたいが為に人を殺したのでしょう?同じことですよ、欲のままに自らのエゴを突き通したという、ね」

拳は受け流され、魔法は防がれる。届かず、当たらず。腕はただ空をかく。

「クソッ」

魔弾の射手に魔力を込め撃ち放つ。現れるのは無数の光の刃。

魔弾の射手は込めた魔力を一発の弾丸として打ち出すことも、増幅された魔力と同等の数の魔法の射手を放つこともできる。どちらとて必中、さしずめ全ての弾丸が当たる散弾だ。必ず当たる以上散弾に意味はないように思えるがそうではない。必中の散弾とは多方向からの同時攻撃になる。

「目晦まし?いや、どれも誘導性があるのでしょうね」

クードはその場で動きを止めると全方位に障壁を張る。数が多いとはいえ一発一発は比較的軽い、ある程度の障壁を張ることができれば易々と防ぐことができるからだ。そこへ魔法の射手が殺到―――爆発。

辺りは閃光に包まれ視界が遮られる。その中を突き破りクードに肉薄しトリガーを引く。

―――轟―――

撃鉄の落ちる音と共に空気を震わせるほどの轟音が鳴り響く。

純粋な力による一撃。本来ならば辿り着くことの叶わなかった力の極地。1001矢に匹敵するほどにまで高められた魔力を弾として撃つ。名前などない、技ですらない。威力だけを求めたその一撃はクードの身体を跡形もなく吹き飛ばした



「大した威力ですね。あれを喰らったら流石に危なかったですよ」



に思われた・・・

「何故・・・」

背後には薄っすらと笑みを浮かべ漂うクードの姿。避けることのできるタイミングではなかった。攻撃が当たる感触もあった。なのに何故・・・

「理解できませんか?答えは単純、貴方が消し炭にしたのが分身だっただけです。何時すり替わったなんて無粋な質問はしないでくださいね。最初からですよ、貴方たちの目の前に姿を現したね」

確かにそうだ。今まで姿を現せるどころか悟らせることすらしなかったクードが突然目の前にそれも一人で現れるはずがなかったのだ。

「お前も“分身”か?」

「さて、どうでしょう?今から死ぬ貴方に教える必要はありませんよ。思うように動くことができない相手なんて簡単に屠れますから」

身体は今までの動作の反動ですぐには思うように動かない。

「では、さようなら。もし、あの町の人に会うようなことがあれば伝えておいてください。“無駄ではなかった”と」

名も分からない魔法が迫ってくる。瞬動どころか足を動かすことすらままならない。障壁を張ったところで防ぐことは叶わないだろう。俺に備わっている魔力の全てをつぎ込んだとしても防げるか微妙な攻撃だ。先程までも魔法行使で半分ほどにまで減ってしまった魔力で張った障壁では焼け石に水だろう。

ここまで明確に死を感じるのは何時以来か。修行をしていたときに死にかけたことは幾度となくあったがここまでの思いに駆られることはなかった。

「(そうだ、あれは・・・)」

「忘れてもらっては困るな」

「残念。仕切リナオシダ」

身も凍るような寒さの中、目の前に現れたのは一人の少女と人形だった。


 エヴァside

「今だ。行くぞ、チャチャゼロ」

「ケケケ、馬鹿ナ弟子ニオ灸ヲ据エニ行クゼ」

チャチャゼロと共に駆け出し、ユウとクードの間に割り込む。あらかじめ、準備しておいた魔法を放つ。

「忘れてもらっては困るな」

「残念。仕切リナオシオダ」

向かってくる魔法をチャチャゼロが槍―熄魔―で打ち消す。打ち消し損ねた余波は私が障壁で請け負った。

「なっ、エヴァ!?」

「殺してでも止めてやると言っただろう?お前はその中で暫くじっとしていろ。じきに溶ける」

「って、さむっ」

最初に放った魔法は『凍てつく氷柩』。氷柱の中に閉じ込める魔法だが対象はクードではなくユウだ。少し頭を冷やさせないとまた同じことになりかねない。尤も、疲労で理性は戻ってきていたようだが。

「私に興味があると言いながらユウの相手ばっかりとはつれないじゃないか?」

「勿論、忘れてなんていませんよ。メインディシュはオードブルの後にするのは当然でしょう?」

「ふん。氷爆」

クードの顔の前で爆発を起こす。

「おっと、いきなりですね。怒っているのですか?」

驚いたように見せながらも容易にクードは障壁で氷爆を防いでいる。それどころかニヤニヤと笑いながら尋ねてくる。

「別に怒ってないさ。あれは今凍り漬けになっている馬鹿弟子の責任だ」

「薄情じゃないんですか?」

「殺さなかっただけ感謝して欲しいくらいだよ」

言ったのは紛れもない事実だ。あのまま戦いが続いてとしたら止める方法は本当に殺す以外はなかっただろう。あのタイミングで動きを止めたからこそできた行動だ。

「では、真祖の姫よ。私の探求の糧となってくれますかな」

「誰が!チャチャゼロッ!リク・ラク・ラ・ラック・ライラック―――」

チャチャゼロに前衛を任せ詠唱を始める。

「なら、力ずくで手に入れさせてもらいますよ。ゾード・ハイネス・ラ・フェスタ・バンダイン―――」

チャチャゼロの振るう刃と槍をかわしながらクードも詠唱を始める。

「来たれ氷精 闇の精 闇を従え 吹雪け」

「来たれ雷精 風の精 雷を纏いて 吹きすさべ」

『闇の吹雪!/雷の暴風!』

片や闇と氷を帯びた魔法。片や雷と風を帯びた魔法。その2つがぶつかり合う。そして、相殺。

「やはり、同系統のしかも得意じゃない魔法じゃ吸血鬼の魔力には敵いませんか」

「頭ノ上ガオ留守ダゼ」

魔法を放ち終わった一瞬の隙をついてチャチャゼロがクードの頭上より刃を振りかぶる。常時展開型の障壁と一瞬拮抗するが押し負けクードは地面へと落ちていく。

そこへ私は、

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック 来たれ氷精 大気に満ちよ 白夜の国の 凍土と氷河を こおる大地」

地面を氷錐に変える。クードは勢いを殺しきれず、氷錐へと突き刺さり姿を消す。

「分身か・・・」

「えぇ、そうですよ。といっても先程ので最後、私は本体ですけどね」

振り返ればそこには無傷で立つ三人目のクード。

「訓えても良かったのか?貴様を倒せば終わりなんだろ?」

「構いませんよ。貴方こそ調子が優れないのでしょう?」

「!?」

「図星、のようですね」

確かに身体が普段のときよりも重く、動きに精彩が欠けていることは自分自身が理解している。特に魔法を放った後に感じる疲労が以上である。魔力量にはまだまだ余裕があるのちも関わらずだ。

「だが、な」

「『合綴』」

「もう、終わりだよ」

言葉と同時に辺りは色取り取りの魔法の射手によって支配される。

赤、青、黄、白、黒。

全ての切っ先はクードへ向けられ、光の檻となしている。

「い、一体・・・?」

「それはあの世で探求してろ」

冷徹な声が合図となり、檻をなしていた光群はクードを貫いた。


 Side OUT


「それはあの世で探求していろ」

『合綴』だけでなく『魔弾の射手』によっても高められた魔法の射手がクードを襲う。

「遅かったじゃないか」

「氷漬けにされて凍えて大変だったんだよ!!」

「自業自得だろう?」

「うっ」

それを言われてしまうと反論することができない。激情に駆られたら止めてくれと頼んだのは俺のようなものだし、殺されてもおかしくなかったところを文字通り頭を冷やして止めてくれたのだから。

「・・・気は晴れたか?」

エヴァが表情を消して尋ねてくる。消したといってもそこにはいつも気丈なエヴァには珍しく悲哀の表情が薄っすらと見え隠れしているように見えた。

「・・・やっぱり、空しいのかな」

正直に言ってみれば分からないのだ。人を殺すことは何度もあった。それは殺すべくして殺したが、自分で殺したいとは思ってなかった。

だが、今日俺は心から殺すことを願い殺したのだ。憎悪の下に。

「空しいか、私には感じることのできなかった感情だな・・・」

そう言うエヴァはかつての自分の姿を思い出してかどこか遠くを見ているようだった。

「御主人、ユウ。マダ、終ワッテナイヨウダゼ」

チャチャゼロの声にクードのほうを見てみるとボロボロになりながらの立っている姿があった。とはいっても左腕は肘から先を失い全身を血で染め上げ満身創痍、息があるだけでも驚きだというのに立っているとは・・・

「そこまでの欲だというのか・・・」

エヴァが呟きながら断罪の剣を発動させる。

「エヴァ、いい。けじめは俺がつける」

エヴァを制し前に歩み出る。動くつもりがないのか動けないのか、クードは身動きをせずじっとしている。その瞳の焦点はあっておらずもはや見えていないのかもしれない。

「もう、眠れ」

―――閃―――

断罪の剣で首を落とす。頭を失った体は倒れ地面を赤く侵していく。

「ユウ・・・」

「咎は受けるさ。それは初めて殺したときに決めた。人を殺すことに誇りは持ってはいけない。でも、責任は持たなくてはいけないからな」

「・・・そうか、納得しているならいい。行くぞ、これ以上はここにいることもない」

クードの亡骸を一瞥することもなくエヴァとチャチャゼロは立ち去る。俺も地面と対称的に何処までも青い空を一度見上げて後に続こうとし、

「体がな、い・・・?」

「エヴァッ!!」

エヴァは首を失ったクードの体に吹き飛ばされていった。



[18058] 第17話 不死と真祖
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:2dd6bb4f
Date: 2010/06/01 23:24
「エヴァッ!!」

叫んでから思う。“油断した”と。

あまりにも易々とことが進みすぎたのだ。2人もの分身を用意するほどにまで慎重であったはずなのにエヴァが介入してからは簡単に追い詰めることができていた。そう、不自然なくらいに。

「ックァハッ」

蹴り飛ばされた勢いのままにエヴァは地面を跳ねるようにして転がる。障壁の上からですら充分過ぎる威力、障壁がなかったらと思うとぞっとする。

「エヴァ!!」

漸く転がり終わったところで追いつき抱きかかえる。

「大丈夫だ。肋(あばら)を何本かと内臓(なか)を少しやられたがな。だが・・・」

「“だが、何故私が生きている?それとも、何故怪我の治りが遅い?”ですか?」

声のしたほうを見ると異様としか表せない光景があった。

首をなくしたクードの体が己の首を抱えて、その首が口を開き言葉を紡いでいる。人間離れしている。不老不死の吸血鬼ですら同じ真似ができるか分からない。

「そうなのか、エヴァ?」

奴の言葉を信じるのは癪ではあるがもし本当ならば確かに異常なことだ。エヴァは吸血鬼しかも真祖だ。不老不死で回復力も人とは比べ物にならない。それこそ腹に穴が開いたところで一瞬で治ってしまうだろう。それが骨折程度(十分重症ではあるが)がすぐに治らないとなれば何らかの原因があることは明白である。

「あ、あぁ。普段よりは遅いな。それにどうも体が重い。ダメージが残っているのかもしれんが」

戸惑いながらもエヴァの口からは肯定の意が出る。

「…………」

無言で原因を知っているだろう相手を睨む。既にクードは首を元の位置に戻しくっつけていて、気付けば左腕も元に戻っている。

「そう睨まなくても教えてあげますよ。前者は簡単、私も“不死”だからですよ。後者は私がそうなるように仕組んだからです」

「不死だと・・・」

「ええ、私が真祖の姫、貴女に興味を持ったのはとあるメモを見つけたからなんですよ。そこには真祖化するための術式が書かれていました。もっとも欠損が激しくてほとんど読めことはできなかったのですけどね」

“真祖化”という言葉にエヴァが反応を見せる。

「真祖の姫、貴女が思ったことは恐らく正しいですよ。最後の言葉は『ある少女を真祖と化すことにより研究の完成とする』こうかいてありましたから。貴女を真祖の吸血鬼とした人物、または協力者の残したものだったのでしょう」

エヴァは顔を歪ませる。もう何百年と前のことではあってもこうやって対峙すると何かあるのだろう。むしろ、何百年と経ったからこそこの事実にくるものがあるのかもしれない。

「そんなことはどうでもいいんですよ。そこで私は真祖化を再現できないかと研究を重ねました。メモがあったとはいえほぼ読むことはできないようなもの、研究は難航を極めました」

「その完成体が貴様ということか」

「完成?いいえ、全くの未完成ですよ。何人もの出来損ないを生み出したところで完全な真祖化は果たせませんでした。出来たのは回復力の高い存在、とはいえ細胞の全てが消し炭になるようなことがあれば死んでしまいますけどね」

クードは首を竦め左右に振る。確かに異常な回復力だ。首を完全に落とされた状態から生き返り、あまつさえくっつけ直すなどありえないことだ。

「真祖化と共に得ることのできる膨大な魔力も得ることはできませんでしたしね。まぁ、力が欲しいわけではなかったので気にはなりませんでしたが。なので私は唯一の完成体である“エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル”に興味を持ったわけです」

「貴様の異常な回復力の理由は分かったさ。それがエヴァの調子が悪いのとどう関わる?」

「あれ?分かりませんか?私は“真祖化についてのメモ”を見つけたと言いましたよ?」

「まさか!?」

エヴァが何か閃いたように目を見開く。その驚きはクードが復活したときよりも大きい。

「何か気付いたのか?」

「奴は完全な“真祖化”を目指した。つまりそれは・・・」

「そう、その通りです。創ることができるのだから壊すことができても不思議ではないでしょう?所詮、未完成では“真祖”であることを弱らせる程度に留まってしまったようですが」

ようは擬似的な真祖化ができるのだからその逆も当然できるということなのだろう。

「ならこの体の重さは・・・」

「“日光”が原因でしょうね。試すことはできませんが他の吸血鬼の弱点とされているものも効くのではないでしょうか?」

今のエヴァは真祖の吸血鬼ではあるが限りなく吸血鬼に近い真祖なのだろう。故に日光で体が弱まり、回復力も普段より劣っている。

「だが、何時!?」

そう、今回の戦いでエヴァはクードから何が術式をされるどころか傷一つ、触れられてすらいない。何かできたとは到底思えないのだ。

「私は真祖化したものを弱めるための術式を呪いに似た毒という形で仕掛けました。その呪いは極めて弱くもったところで一日が限度。更には呪う対象に傷をつけなければならないというものでした」

「ならば、なおさら」

「そして、何よりその呪いは遅効性。体が万全の状態では効果が出始めるまでに3日はかかるという見込みのものだったのですよ。では、3日前貴方たちは何をしてましたか?」

子供に謎解きをしているような口調で尋ねてくる。

3日前と言えば森に入り、狼に襲われ、そして―――!?

「分かりましたか?そう、3日前の化け物の襲撃。あれは貴方たちを倒すためではありません。真祖の姫に“傷を付ける”ことが目的だったのですよ」


『エヴァ、大丈夫かって訊くまでもないか・・・』

『ああ、油断して掠り傷を受けてしまったが問題はない』


あの森の中での戦いの後の会話が思い出される。エヴァはあの時、確かに傷つけられていた。

「そうか、私がこの“闇の福音”たる“エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル”がここまで手玉に取られるとはな。滑稽すぎて笑いも出んよ。ユウ、お前は逃げろ。奴が興味があるのは私だけだろう」

「エヴァ、何を言ってるんだ・・・?」

「確かに興味があるのは真祖の姫だけですよ。でもね・・・」

その刹那、クードの姿が掻き消え、

「最後まで手玉に取られていてください」

エヴァの変わりに横に立つ姿があった。

「「!?」」

俺とチャチャゼロは咄嗟にその場を飛びのき距離をとる。

「チャチャゼロ、エヴァは!?」

「御主人ナラアソコダゼ」

チャチャゼロの指し示した場所には木にもたれかかりぐったりとしているエヴァの姿があった。

「魔力供給ガアルカラ死ンデハイナイゼ」

「でも、意識はあるようには思えないか。チャチャゼロ」

「何だ?逃げるのか?」

「冗談、誰が」

逃げることなどありえない。エヴァは俺を見捨てずに助けてくれたのだ。目覚めが悪いとか気になることがあっただとか自分自身の理由からであったけれども助けてくれ、そして修行までしてくれた相手を見捨てることなどできるわけない。そしてなにより、

「自分の大切な人ぐらい守れなくて何が“立派な魔法使い”だってんだよ」

己の思う“立派な魔法使い”であることを突き通すためにもここで退くことなんてするわけがない。

「ケケケ、自分ノ命ヲ大切ニスルンジャーネノカヨ。マッ、オレハ嫌ライジャネーケドナ。ケド、ドウスルンダ?アイツハ“不死”ダゼ」

「幸運なことに『魔弾の射手』にはあと一発、弾が残ってるんでな。渾身の力でぶち込んでみるさ」

「魔力はさっきので空ナンジャネーノカヨ?」

チャチャゼロの言葉のように魔力はもうないといってもいい。クードを滅すだけの魔法を放つことはギリギリできるかといったところだ。

「人間その気になれば何とかなるもんだよ」

「人間ッテノハ便利ナ体ナンダナ、ケケケ」

「お話はもういいですか?」

エヴァを吹き飛ばしたあと動いていなかったクードから声がかかる。

「お蔭様で。待っていてくれたのか?」

「いいえ、私もあれほどまでの速さで動いてしまうと少しの間思うようには動けないのでね。休ましてもらいました」

異常な回復力があるとはいえ素体が人間である以上、人間離れした行動をすると体にダメージは残るようだ。

「そうかい。じゃあ、チャチャゼロ!!」

俺の声を受けチャチャゼロが飛び出し槍による一閃。〈熄魔〉による一撃ならば障壁は意味をなさない。殺すことはできなくとも一度致命傷を与え動きを止めることができればそこで魔法を打ち込むことができる。チャンスは一度しかない。弾丸も魔力も。

頭への攻撃を首を反らして避けたところに断罪の剣での一太刀。狙うは胴体、動きを止めることを目的とする。

クードは障壁を瞬時に作り切っ先を反らすことで避ける。そこに背後からチャチャゼロが襲い掛かるが拳によって吹き飛ばされる。

「(なんでこんなにも戦い慣れているんだよ!!)チッ!」

己を研究者と豪語するものにあるまじき戦闘技術を見せ付けるクード。魔法使いという意味だけではなく戦闘者ということにおいても今までで一番厄介であった。

中段に蹴りを放ち、受け流された流れでそのまま右手を振るう。髪をかすませる程度にそれは留まり掌底による一撃をかわす。

魔法を使わせるような隙は与えない。与えてしまってはそれだけで窮地に立たされてしまう相手に隙を見せずに大きな隙を作る。限りなく不可能に近いことだ。

「(でも、やらなきゃいけない!!)」

俺がチャチャゼロの、チャチャゼロが俺の隙を埋めるようにして絶えず攻め立てる。

袈裟切り、掌底、蹴り、突き。

守り、避け、受け流す。

一瞬の隙が死に至るような攻防を重ねる。

チャチャゼロの刃を守ったクードが〈熄魔〉を弾き飛ばす。

「(今だ!!)」

振り切られた掌底の隙をつき、逆袈裟切りによって切り上げ腕を弾き飛ばす。

苦痛の表情を浮かべるクード。例え腕がくっついたり生えるようなことがあろうとも痛みを受けないはずがない。

一瞬、されど一瞬。その隙が決定的な隙となる。

「チャチャゼロ!!」

チャチャゼロを下がらせ、魔弾の射手を構える。

「これで終わりだっ!!」

銃口から閃光が吐き出される。吐き出された閃光は勢いを欠くことなくクードを包み込み、その姿は光の中へと消えていった。

「オワリカ?」

「ハッハァ、たぶん・・・」

近づいてきたチャチャゼロに対して曖昧に答える。地面に向かい撃ち出す形になったので、土煙が舞い上がり周囲の視界は奪われていた。

絶妙のタイミングで渾身の一撃を叩き込んだ。これで死んでいなかったら正直絶望的といえるかもしれない。

立ち込めていた土煙が晴れてくる。

「オイオイ、マジカヨ」

チャチャゼロの呆れるような声が横から聞こえる。気持ちは俺も同じだ。

土煙が晴れた先には全身から出血をしながらも存在するクードの姿があった。

「あれを受け止めたというのか・・・?」

放った一撃は己の出せる最大級のもの分身を屠ったものとほとんど変わりはない。それを受け止めたということは呆然とする要因としてこれ以上のものはなかった。

「・・・効きましたよ。あまりの激痛で意識が飛ぶかと思いました。先の一撃に匹敵、いやそれ以上のものでしたよ」

口に溜まった血を吐き出しクードは話し出す。既に出血は止まっている。ふざけた回復力だ。

「ドウスルンダ、ユウ?」

「いや、もう魔法は撃てないな。魔弾の射手にも弾は残ってないし・・・」

既に攻撃をするための魔法を放つだけの魔力は残っていない。『魔弾の射手』にも弾は残っておらず、一日経つまで弾は装填されない。今は昼を少し過ぎたところでとてもじゃないがこの状況で半日耐えられるとは思わない。

「逃ゲルシカナインジャネーカ?」

「エヴァを抱えて逃げ切れるかこの状態で?」

こちらは満身創痍で魔力もない上にエヴァが小柄とはいえ、人一人を抱える必要がある。

対する相手は傷だらけとはいえ、すぐに回復をし万全の状態となる。魔力や体力まで回復するとは思えないが、まだ余裕はあるだろう。

「絶体絶命ッテカ?」

「ああ、まさしく四面楚歌だよ」

「さて、そろそろお別れです。この回復力を前にしてここまでダメージを与えられるなんて実に興味深くも思えてきたのですが、生憎逃がすわけにはいかないのですよ。私は臆病なものでね」

そう言って、魔法を使うのか触媒を取り出してくる。

「触媒を使うなんてまたずいぶんな魔法を使うんだな」

「ええ、どうせなら親と同じ魔法で殺してあげますよ。ほんの気紛れです」

脳裏にあの火柱が思い浮かぶ。全ての始まりとなった魔法で終わるのかと思うと皮肉にも感じる。

「魔法ナラ、打チ消セルンダケドナー。決メ手ガナイゼ」

確かに魔法であるならば〈熄魔〉によって打ち消すことはできるかもしれない。だが、“不死”を“殺す”手段が残されていない。

「(殺す、待てよ)チャチャゼロ」

「何ダ、一カ八カ逃ゲテミルノカ?」

「違う。奴を葬る方法があった。何分一人で奴を抑えてられる?」

「本当カヨ?マァ、三分ハ耐タエテミセルゼ」

「充分だ。頼んだ」

「ワカッタゼ」

チャチャゼロの返事を聞き、俺は『魔弾の射手〈シュターバル〉』の最後の能力を発動すべく意識を集中させた。

「Ich gehorche dem Teufel.」
『我、ザミエルと契約す。』





違うユーザー画面から投稿したのでID等が異なっていますけど気にしないでください。



[18058] 第18話 魔弾 -Freikugel-
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/04 00:23
「Ich gehorche dem Teufel.」
『我、ザミエルと契約す。』

『魔弾の射手〈シュターバル〉』から六発全ての薬莢が吐き出される。地面に落ちる前に光の粒となったそれらは金属音を奏でることなく掻き消える。

本来、魔弾の射手の薬莢は捨てることなく、一日の初めに再利用される。故にこれは普段ならばありえない状況。『魔弾の射手〈シュターバル〉』の最後の力を用いるときにのみ起こる現象だ。

「今更、何をするというのです?」

「オット、アンタノ相手ハ俺ダゼ?」

クードとチャチャゼロの声が聞こえてくるが、その声は遥か遠くから聞こえてくるかのように微かにしか聞こえない。

それは決して彼らが遠くにいるのではなく、自分の意識がここにいないのだ。

己のアーティファクトに全ての神経を集中させる。既に安全装置(セーフティー)は言の葉(トリガーワード)によって外された。後戻りはできない。

今から使うのは禁忌の術。“これ”を得たときにエヴァによって使うことを禁じられた遣うはずのなかった能力。

「(エヴァ、悪いが約束は破らせてもらった)」

今も尚、目を覚ましていない彼女に心の中で謝る。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・


「最後の能力を教える前にお前はそもそも“魔弾の射手”を知っているのか?」

「・・・?」

エヴァの言葉に思わず首を傾げてしまう。『魔弾の射手』はこのアーティファクトのことではないのだろうか?

「その様子だと知らないようだな。知っているとは思っていなかったが」

「なら、訊くなよ」

にべにかわもない返答に不満が露わになってしまう。

「そう、不機嫌になるな。今から説明するから。“魔弾の射手”とは元来旧世界におけるオペラの題名だ」

「オペラ?」

忘れてしまったのか、もともと知らなかったからなのか、全く聞き覚えのない言葉だった。

「歌う劇だと思ってくれればいい。今回の話には関係ないから気にするな。このオペラの話の中では悪魔の力を借りて七つの銃弾を作り、それを『魔弾』という」

「悪魔に、魔弾・・・」

“悪魔”ということばに顔が歪んでしまう。別に恐怖を感じるわけではないが、自分のアーティファクトに悪魔が関わっているとなるとなんともいえない思いだ。

「向こうでは人智を超えた事柄には神なり悪魔なり超越的な存在が関わっているとしたからな。深い意味はない」

「あぁ、分かった」

「続けるぞ?作り出された七発の銃弾の内、六発は望むところに当たる必中弾であった。二つ目の能力はこのことが元となっているのだろう」

元となったものがあるのなら六発という制限があることも理解できる。リボルバーに入るだけという可能性も捨て切れはしないが・・・

「なるほど・・・じゃあ、残りの一発は?」

「その残りの弾の力を表したのが最後の能力だよ。残りの一発はな、悪魔の望むところに当たる弾だったんだよ。文献によっては致命弾としているものもあるな」

「致命弾・・・」

「つまりはな。最後の能力は相手を必ず殺すことだ。放たれた弾は相手に当たらずとも相手の命に中る。例え、真祖の吸血鬼だろうとも屠る弾だ。ただし、その弾は使用者の魂、命で鋳造されるがな。これが最後の力の実態にして使用を禁じる訳だよ」

相手を必ず死に至らせる代わりに自分も確実に死ぬということか。これまで『魔弾の射手〈シュターバル〉』の能力はどれも自分にあったものばかりだったが、最期の能力はあっていないようだ。自分を大切にするということが叶わない。

「そういうことなら最後の力はつかわないさ。使う条件も厳しいしそのようなことにはならないとは思うけどね」

「最後の能力がないものとしても、充分すぎるほど強力ではあるからな」


・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「Ein erstellen aus Beil.」
『毒を纏いし金属を元に一を求め。』

「Zwei erstellen aus Gestoβenes Glas.」
『聖なる玻璃を糧に二を作る。』

呪文を唱えると身体の芯から力が抜けていくよう感じがする。

「(これが命が吸われる感覚か・・・)」

空だったリボルバーには二発の弾丸が装填されている。今唱えた呪文によって作り出されたのだろう。

「Drei erstellen aus Quecksilber.」
『型なき金属を幹に三を望み。』

「Vier erstellen aus Drei Kugeln.」
『既中の三頭を基に四を願う。』

更に力が抜けていく。だからといって立っていることが辛くなるわけでもない。まるで自分という存在が希薄になっているようだ。実際その通りなのだろう。命をかける弾ということは自分の存在を込めているようなもの、今リボルバーにある四発の弾丸は紛れもない自分自身なのだから。

「何をしたところで無駄だというのが分からないのですか?」

「サテナ、俺ハ時間を稼イデクレトイワレタカラソウシテルダケダカラナ」

聞こえてくる音に意識を向ければチャチャゼロの声が聞こえてくる。約束通りしっかりと時間を稼いでくれているようだ。こちらも期待に応えなければならない。

「人形ごときにでき―――」

「ソノ口ヲ塞グコトグライハデキルゼ、ケケケ」

チャチャゼロの挑発の声を最後に意識を詠唱に戻す。

「Funf erstellen aus Auge eines Wiedhopfes.」
『冠携えし鳥の右晶を根に五を生み。』

「Sechs erstellen aus Linke eines Lichses.」
『縛られぬ獣の左晶を礎に六を顕す。』

リボルバーに六発全ての弾丸が埋まる。右手からは『魔弾の射手〈シュターバル〉』が脈動しているような感触があり、手を離すことができない。

右手は引き金にかかっている人差し指しか動かないという異常な状態であるのに恐怖は感じず。寧ろ、暖かな温もりを感じやはり自分の一部なのだということを再認識する。

「Mind das opfer, Terminate leben.」
『心を贄に命を穿ち。』

装填された六発の弾丸が眩い光を発する。まさにそれは命が燃えているといっても過言ではないだろう。輝きが納まるとリボルバーの中の六発の弾丸は姿を消し、代わりに目の前には一発の黄金の弾丸が鋳造されている。薬莢を開きその弾丸を込めると弾丸と呼応するようにして『魔弾の射手〈シュターバル〉』が淡く黄金に輝きだす。

「Hammer geschlagen, Evangelium ihn zum Tode.」
『終末の福音は撃鉄と共に鳴り響く。』

撃鉄を上げコッキングする。残る詠唱はあと一小節。

「ユウ、逃ゲロ!!」

チャチャゼロが珍しく焦りを露わにした声を上げる。目を開いてみればクードの放ったであろう魔法が迫ってきている。だが、逃げることはしない、できなかった。既に足は地面に縫い付けられたかのように一歩もその場から動かすことはできない。感覚がないわけでなく、もうこの場にしか自身は在れないのだ。

けれども、確実に自分を捉え死に至らせるであろう魔法がやってくることに対して恐怖を感じることはなかった。そうただ漠然と、


「氷盾!!」


守られているという気がしていた。

「(また、守られたな・・・)」

見てみればそこにはボロボロになりながらも魔法を使ったエヴァの姿があった。エヴァには出会ったときから守られてばかりだった。

正直に言えば、初めて会ったときは全く信用していなかった。確かに命の危機を助けてもらいはした。父さんと母さんの言いつけどおり助けられたからには感謝もした。けど、それだけだった。悪名轟く、かの“エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル”が気紛れで俺を助けてくれることなんてありえないと思っていたからだ。だから、利用しようと思った自分が力をつけるための。

口や態度では“立派な魔法使い”になるためだとか言ったりしていたが、根本的なところではやっぱり“復讐”を求めていたのだろう。でも、エヴァはそれを知っていたのか知らなかったのかは分からなかったが俺を真剣に鍛えてくれているようだった。

そんな生活を送っているうちにエヴァを信頼するようになっていった。結局のところ俺が一番求めていたのは“力”なんかではなく“温もり”だったのかもしれない。家族ばかりか自分を知る存在を全て失った俺にとってエヴァはかけがえのない心のよりどころとなっていた。

だからこそ・・・

「(今度は俺が守る!!)」

エヴァは俺が今からなすことによって起きる結果を知っている。それでも、俺を守ってくれた。ならばやることはただ一つ。

「Deshalb, Trigger der Siebten.」
『故に引かん終局の引金を。』

詠唱を終えると『魔弾の射手〈シュターバル〉』から輝きが失われ、日光をその銀装飾が反射する。

「クード」
チャチャゼロと対峙していたクードを真っ直ぐと捉え、銃口を向ける。

「準備は終わったのですか?」

「あぁ、終わった。そして、お前の終わりだ」

「どうしてです?貴方が放つ魔法が確実に中るのだとしても防げばいいだけでしょう?」

クードは知らない。今から放たれる弾の意味を。

「防いでみろよ」

「言われなくとも」

クードは目でわかるほどの障壁を幾重にも張る。

しかし、それらは無駄でしかない。今から放つ弾も確実に中る。だがそれは身体ではない。

チャチャゼロは既にクードから遠ざかりエヴァの横いる。

エヴァはただじっとことの成り行きを見守っている。顔に悲哀の表情もなければどんな感情も表れてはいない。見据える覚悟をした目しかない。

その瞳をみてどこか安心をする。そして、


『魔弾 -Freikugel-』


引金を引いた。


エヴァside

意識を取り戻してまず感じたのは体中の痛み。依然、治りは普段よりも格段に遅く何時までも鈍痛が響いている。

重い瞼を開き微かに見ることの出来た光景はチャチャゼロの槍をクードがかわしているところだった。絶望的な状況、だがユウの姿が見えなかったことに安堵した。

ユウを助けたのは本当に気紛れだった。必要なことを聞き出したら近くの町か村にでも放り投げるつもりだった。

それを自分の弟子にし鍛え上げたのにはかつての自分をその中に垣間見たからだ。あまりにも馬鹿げた理想を語りはしていたが、ユウの目には復讐の色が見えた。復讐を願いながらもその思いを隠そうとする。それが意識してか意識しないでか知る由はなかったが、自分と同じように人生をめちゃくちゃにされたにも関わらずすぐに復讐に走らないことに興味を持ったのだ。

最初の頃こそユウは私に対して警戒心が露わだった。隠しているつもりだったようだが私にしてみれば欠片も隠れていなかった。自分から弟子入りを願っておきながら何様のつもりだと思い修行の内容を厳しくしたこともたびたびあった。

それが何時のころか信頼のようなものを感じるようになり。私も心を許していることに気付いた。吸血鬼になったことで失い、もう何百年も昔に忘れてしまっていた受け入れられるということ。また、そんな気持ちがまだあったことに驚いた。

吸血鬼である私を享受した存在。そんな奴だったからこそ私はユウに生きていてもらいたかったもかもしれない。

耳には絶えずチャチャゼロとクードの戦闘音が聞こえてくる。

『………i……………Gl………』

そんな音に混じるようにして微かに旋律が聞こえてくる。

「(これは嘔、か・・・?)」

『…er…………us………D………el…』

その嘔のような旋律にどこか温かさを感じる。だがどうして、同時に不安にも感じるのだろうか?

「(この嘔を私は知っている・・・?)」

『…unf…erste…l…aus…Aug……hopfes』

徐々にはっきりと聞こえてくる旋律に底知れぬ不安を感じ目を開き見やる。

「ユウ・・・」

視線の先には朗々と言葉を紡ぐユウの姿があった。そして同時にまたこの嘔の意味も理解する。

「ユウ、や、めろ・・・」

この嘔うような詠唱は使うことを禁じたアーティファクトの最後の能力。己の命を対価に敵を滅ぼす忌むべき力。

静止を求め声を出すが思うように出ない声は届くはずもない。

「Sechs erstellen aus Linke eines Lichses.」
『縛られぬ獣の左晶を礎に六を顕す。』

目に映るユウの姿は確かにそこに在るはずなのにとても儚げであまりにも希薄だった。

「Mind das opfer, Terminate leben.」
『心を贄に命を穿ち。』

ユウが手に持つ『魔弾の射手〈シュターバル〉』が輝きだす。リボルバーの位置から光っているので正確には異なるのかもれないが、恐らく詠唱が最終段階に入ったのだろう。

「あれは何なのですか?」

「知ラネーナ。オマエヲ倒ス秘策ジャネーカ?」

戦闘を続けながらクードの問いにチャチャゼロは答える。チャチャゼロは知らないようだがあの能力が本当であるならば間違いなく秘策だ。それも不死ですら殺せるほどの。回復力が強い程度では敵うはずもないだろう。

「なら、止めなくてはいけませんね」

その瞬間、クードはチャチャゼロの槍を弾き魔法に対して無防備にし魔法の射手を放つ。チャチャゼロは咄嗟に弾かれた槍に隠れるようにしてやりすごす。

「避けてよかったんですか」

クードは笑みを浮かべたままチャチャゼロに問う。放たれた魔法の射手は5本、打ち消されたのは2本。そして残りは・・・

「Hammer geschlagen, Evangelium ihn zum Tode.」
『終末の福音は撃鉄と共に鳴り響く。』

詠唱を続けるユウへと向かっていった。

「ユウ、逃ゲロ!!」

チャチャゼロが焦るように叫ぶ。その声にユウは顔を上げ、迫る魔法を確認するが避ける素振りはみせない。

「(まさか、動けないのか!?)」

『魔法の射手〈シュターバル〉』の最後の能力は命を喰らう。その結果、身体機能に問題が起きていてもなんらおかしくはない。

すぐさま魔法を唱える。魔力は充分すぎるほど残っているが呪いのせいか上手く使うことができない。

「(間に合え!!)」

手を伸ばし、ユウを守る魔法を声に出す。

「氷盾!!」

静かにこちらを向いたユウの微笑には覚悟の色が見えた。結末はもう既に決まっている。納得はできないがユウが覚悟を決めた以上、それを邪魔するようなことはするわけにはいかない。それは誇りを汚すものなのだから。

「Deshalb, Trigger der Siebten.」
『故に引かん終局の引金を。』

その言葉と同時に黄金の輝きは失われ、代わりにユウの右手は日光によって銀の輝きを生む。

「クード」

先程までの戦いがまるで嘘だったかのように静まりかえりユウの声が響く。風すらも凪いだこの空間は時が止まってしまったかに思えるほどだ。

「準備は終わったのですか?」

「あぁ、終わった。そして、お前の終わりだ」

そう、終わりだ。詠唱の終わった今、もうできることは何もない。引金を引くだけで終わりが訪れる。奴にもユウにも・・・

「どうしてです?貴方が放つ魔法が確実に中るのだとしても防げばいいだけでしょう?」

「防いでみろよ」

「言われなくとも」

クードの張った障壁は確かに強固なものだ。それこそ私ですら破るのが困難なほどのものであろう。だが、いくら身体を守ろうとしたところで無駄だ。もとより、肉体の破壊などするわけではないのだから。

私にできることといえばあとは見据えるだけだ。じきに訪れる終焉をただ黙って。

そして、


『魔弾 -Freikugel-』


引き金が引かれた。

吐き出された命の輝きで目を開いていられなくなる。音はない、光だけがこの空間を支配する。

『魔弾』という名に似合わない温かな光。いつまでも包まれていたいと思うが終わりは唐突に訪れる。

光が納まるとそこには先刻と変わらずある2つの人影。銃を構えたままのユウと障壁を張ったままのクード。

「クックックック。失敗ですか?障壁を破るどころか傷すらついてませんよ?」

無傷の障壁を解き、笑い出すクード。

「いいや、中ったよ」

ユウは焦る素振りを見せず『魔弾の射手〈シュターバル〉』をカードに戻すと無感情に告げる。ただ、事実を述べているように。

「一体、何処にあ―――」

最後まで言葉を発することなくクードはその場に倒れた。あまりにもあっけなく、あっけないという言葉ですら陳腐に聞こえてくるほどにクードの時は終わりを迎えた。

「だから、言ったろ?中ったって」

動かなくなったクードを見下ろすようにしてユウは声を投げかける。

「エヴァ・・・」

そう声をかけてきたユウの姿は光の粒子となりつつあり消えかかっていた。

ただ死ぬのではない。消えていっているのだ。死体すら残すことの叶わない。消滅という終わり。

「ユウ・・・」

なんて声をかけていいかわからない。「良くやった」?「助かった」?「死ぬな」?どれを言ったところで一体何になるというのだろう・・・

「正直に言うとこの力はエヴァに使ってあげたかったよ」

「えっ?」

私に使う?それは私を殺したかったと―――

「これならエヴァの永遠を断ち切ることができたからな」

「あっ」

不老不死はどんな攻撃を受けようが猛毒を盛られようがどれだけ時間が過ぎようが老いもしなければ死ぬこともない。それは同時に死ぬことができないことと同じである。終わらない生を生き続ける。それは生き地獄とどこも変わらないかもしれない。

「まぁ、余計なお世話だったかもしれなかったけどね」

そう笑うユウの姿は下半身はなく。胸も消えかかっている。

「俺はエヴァにずっと助けられ、守られ続けてきた。力を手に入れた後でさえも。けど、最後の最後で守ることができたから・・・ここで終わることに何の悔いもない。むしろ、誇ることができるよ」

「ユウ・・・」

今、私はどんな顔をしているのだろうか?無表情?悲しんでいる?それとも、笑っていられているのだろうか?

「悪いな、エヴァ。もう少し話していたかったけど、もう時間だ」

ユウの身体は頭しか残されておらず、それすらも透けてほとんど消えてしまっている。

「逝くな」ということができたのならばどれだけ楽だろうか・・・叶わぬと理解していても望まずにはいられない。

「エヴァ」

いつもと同じ調子で呼びかけられる。だから私もいつもと変わらない調子で

「・・・なんだ」

答えた。

「ありがとう。先に逝くよ」

その言葉を最後にユウは完全に姿を消した。

「先に逝く」なんて残酷な言葉なのだろうか・・・

「馬鹿者、もう私には追いかけられないじゃないか・・・」

「御主人・・・」

「行くぞ、チャチャゼロ。ここの風は少し辛い・・・」

凪いでいた風は再び吹き出し、優しく草の香りを運んでいくのだった。


「おやすみ、ユウ・・・」


呟きかけた空は何処までも青かった・・・





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これで第一部が終わりです。拙い文章にお付き合いしていただきありがとうございます。第二部も頑張っていきたい思いますのでよろしくお願いします。



[18058] 第18.47話 each tomorrow
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/05 01:25
森の中を一つの小さな影が街道に沿って進んでいく。その体毛の色がもう少し地味であったならば、野犬や野良猫の類だと見間違えたかもしれない。

しかし、その影の色は紅潮した人肌のような桃色で容姿は犬でもなければ猫でもない。豚であった。そう、“猪”ではなく“豚”である。本来ならば野生にいることなど考えもしない存在だ。

「~♪」

鼻歌なんかを歌っているものだから、ことさらにその姿は異色に思えることだろう。

勿論、この豚ただの豚ではない。かつて、人であったときの記憶を持つ豚、転生豚である。

名を「レオナルド・ボアピグレット」という。

豚である癖をして「獅子(レオ)」などとたいそうな名前なのだが、人間であった頃の名前を用いているだけであるので致し方ないといえるだろう。むしろ、今の状態を暗示していたかのような家名にこそ驚くべきであろう。

碧空の下、斜光の差し込む森を清らかな音と共に進む豚。もう少しでこの世のものとは思えないような光景を生み出せたかもしれないだけに非常に残念に思える風景である。

「~~~♪」

自らの醸し出しているちぐはぐな情景を知ってか知らぬか、上機嫌で豚は森を行く。

「なあ、なんか歌が聞こえないか?」

「!?」

レオナルドの歌は突如聞こえた男の声によって止まる。レオナルドはすぐに草陰に隠れ周囲の様子を窺う。いくら人である記憶があっても豚であるレオナルドは下手をすれば容易に晩餐と化してしまうからだ。その上、話すことができると知られてしまったらよい見世物になることは間違いない。

「歌?そんなもん何処から聞こえるってんだよ?空耳だろどうせ」

「あれ確かに聞こえた気がしたんだけどな・・・」

声のする方角を注視してみるとそこには2人の男がいる。その姿からただの旅人ではなく賞金稼ぎであろうことが用意に理解でき、見つからなかったことにレオナルドは胸に手を当てて安堵の息をつく。実際は豚なので胸に手を当てることはできてはいないのだが・・・

「それよりも知っているか?」

「何をだよ?」

賞金稼ぎであろう男の片方が水を飲んでいるもう一人の男に声をかける。

「あの“闇の騎士”が討ち取られたってよ」

「「!?」」

水を飲んでいた男が驚きを露わにしたのと同様にレオナルドも息をのむ。

「(アニさんが殺された・・・?)」

レオナルドは暫く前に“闇の福音”たるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルとその従者“闇の騎士”であるユウ・リーンネイトと出会い、僅かの間ではあったが共に旅をしたこともあった。それ故にこのことがとても信じられるものではなかった。

「本当かよ!?“闇の福音”の従者だろ?懸賞金200万$の。一体何処のどいつが・・・」

「まぁ、正確には死んだだろうってことなんだけどな。何でも闇の福音の傍に姿がなかったらしい。死んだという証拠はないが目撃者もいないからな。どこかの賞金稼ぎが相打ったんじゃないかというのが専らの噂だ。賞金にあやかろうとして名乗りを挙げる奴が後を絶たないみたいだけどな」

「そりゃ、200万$だぜ?下手すりゃ一生遊ぶこともできるからなぁ」

「そうだな、名乗りを挙げてみるか?」

「冗談。そんな実力がないのはすぐにバレるって」

「ははっ、違いない。行くか」

「おう」

そのまま男たちは言葉を交わしながら街道を歩いていった。

男たちの姿が見えなくなり、声が聞こえなくなったところでレオナルドは草陰から出た。その姿は先程までの調子が嘘のように静かなものだった。

「アニさん、生きていやすよね・・・」

虚空に響いたその呟きは誰に聞かれることもなく霧散するのだった。


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ガス灯が灯りおぼろげな姿を見せる街並みを空から眺めるようにして2つの影が宙に浮かんでいる。

夜風になびく金の長い髪を押さえることもせず、一人の少女はじっと佇む。傍らの人形も同じようにただ浮かんでいる。

もし、他の人間がこの姿を見たのならば恐れるよりもまず見惚れたことだろう。それほどにまで儚く幻想的で、まるでニュクスが光臨したかの光景だった。

しかし、彼女の姿に気付くものはいない。彼女らの眼下の街には空に人が浮かんでいるなどと思う人などいないのだから。

「魔法がなくとも人はここまで闇を照らすか・・・」

朧げに輝く街を見つめ、少女、吸血鬼“エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル”は呟く。

魔法が隠れ、代わりに科学が世の中心となった旧世界。かつて、エヴァンジェリンがこの地を立ち去ったときはまだここまでの発展を遂げてはいなかった。真祖の吸血鬼は人の貪欲なまでの進歩に普段は感じることのない時間を思う。

「この力があれば、あるいは・・・いや、考えても仕方のないことか・・・」

一枚のカードを取り出した少女はそれを見つめる。それは在りし日の姿はなく、まるで誰かの心をそのまま表しているかのように空白が際立っていた。

「手に入れなければ、こんな思いはしなかったか・・・本当にままならんよ・・・」

そこに込められた思いは二種類か。思いを“してしまうこと”と“するようになったこと”。

「御主人・・・」

人形の従者には思いを知ることはできても本当の意味で理解することは叶わない。故にただ己の主を呼ぶ。

「チャチャゼロ」

カードを優しく撫でるようにしてしまった少女は傍らの従者の名を呼ぶ。

「私が、私たちがあいつが在った証だ」

従者は主を守るため命を賭し、体すら残さずに逝った従者(とも)を思う。人形に感情はない。されどその姿は従者(とも)の死を悲しんでいるように見えるほかなかった。

「・・・・・・・・・・・アァ、ソウダナ」

長い沈黙の後に開かれた口にはやはり感情の色を見ることはできない。だが、それでも主は満足だったのか特に従者に何を言うこともなく言葉を綴る。

「だから、私たちは生きなければならない。それを誰に伝えるわけでもない、文字に記すわけでもない。ただ、生きるだけだよ私たちは」

「・・・・・・」

哀愁の色を取り除き、決意するように述べる主に従者はただ押し黙る。

「幸い、時間はたくさんある。それこそ、“悠久”にな。あいつは余計なお節介だというかもしれないがな。お互い様だ」

柔らかな笑みを浮かべた少女は街を一瞥し身を翻す。

「行くぞ、まずは東の果てへ向かうとしよう」

「アア」

その日、この街には金色の天使が東へと飛び去ったという噂が広まったのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ぽつぽつと光が生まれてはまた消えていく。

何処までも草原は続き、何処までも空は高い。生まれ消え逝く光は舞い上がる雪のようでとても儚い・・・

“此処”が天国だと思えばそう感じることだろう。“此処”この世の終わりだと信じることもできるだろう。

故に“此処”は“此処”でしかないのだ。

緑の絨毯、青の天井、銀の雨の中を一人の少女が何処へ向かうわけでもなく歩いている。

腰を優に超えるほど伸ばした茶の髪を揺らし歩く少女の顔は微笑みながらもどこか悲しみを感じる。それはどこか神秘的で近寄りがたいものだった。

また、少女の姿は酷く曖昧で目を逸らしてしまったら次の瞬間には消えてしまっているかもしれない。

「終わったか・・・」

唐突に彼女は空を見上げ言う。空には相変わらず銀の光が舞い上がっている。

「いや、これから始まるんだ。ようやく・・・」

その笑みは変わらず悲しみを含んだようなものだったが、神秘性はなく人を思う人の顔であった。

「目覚めるためには眠らなければならない」

彼女はゆっくりと言葉を重ねる。

「先に待つのは消滅か・・・それとも存続か・・・」

歩みを止めていた彼女は再び歩き出す。

「こうなることを分かっていながらもお前を送った私をどう思う?」

光を羽衣のように纏わせながら彼女は歩き続ける。果てのない草原を・・・

「お前は“此処”に至ることができるのかな、ユウよ・・・」



[18058] 第18.98話 語り告がれること
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/05 01:26
Retrieve and Regain. ―――思い出し、取り戻すもの―――



「そうか、俺は・・・」

「思い出しましたか?」

「あぁ、ここは“此処”なのか・・・?」



Direct or Obedience. ―――喰うか、喰われるか―――



「俺が負ければ・・・?」

「貴方が負けたとき待つのは“消滅”です」

「消、滅、・・・?」



Explorer meets Young hero. ―――探索者は英雄を夢見る少年と出会う―――



「俺は絶対あの人みたいになるんだ!!」

「英雄、か・・・」



Brief relief and Discipline days. ―――束の間の安らぎと修練の日々―――



「何をしているんです?」

「ん?日向ぼっこ」

「ご一緒しても?」



He was against the Rule. But he have less Power. ―――理を外れど、力は及ばず―――



「貴方が一番分かっているのでしょう?」

「けど、だからといって!!」



Can’t fly by Rusted wing. ―――錆付いた羽根では空に至らず―――



Knights lament incompetent under sorrowful sky. ―――騎士達は悲しみの空の下、己の無力さを泣く―――



「俺はまた・・・」

「お前がお前たちがぁーーー!!」



Slumbering for Arousing. ―――目覚めるために眠ったのか―――



大いなる樹に導かれ旅人は目覚める。

全ては此処に至るために・・・



To be continued.

Next saga Disglargly.






「起きてください、主」



[18058] 第19話 魂の系譜
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/12 00:43
自分は落ちていた、何時までも・・・

自分は広がっていた、何処までも・・・

何か在るようで何も無く、何も無いようで何か在る空間。

光が闇で闇が光で。

上が下で下が上で。

右が左で左が右で。

表が裏で裏が表で。

それは“落ちている”という感覚すら不安定で不確かだった。もしかしたら、“落ちるように上がっていた”かもしれない。

“広がっている”といえど、何処までが“自”で何処からが“他”であるのかも分からない。

そもそも、“自分”は“自分”である以上のことが一切理解できない。種族、性別、容姿、年齢、性格、何もかもが分からない。

「(“自分”は何なんだ・・・)」

すると、映像が意識に流れ込んでくる。

そう、自分は『鳥』であった。

殻より生まれ、大空へ飛び上がり、大地に抱かれて死んだ。

そう、自分は『魚』であった。

群れに生まれ、大海を泳ぎ、人に捕まって死んだ。

そう、自分は『騎』であった。

只人にとして生まれ、戦場を駆け、王を守り死んだ。

そう、自分は『妻』であった。

女に生まれ、恋愛をし、子供に看取られて死んだ。

そう、自分は『獣』であった。

弱体に生まれ、見捨てられ、生を謳歌せず喰われ死んだ。

そう、自分は『兵』であった。

軍属に生まれ、人を殺し、敵兵の凶弾で死んだ。

そう、自分は『草』であった。

路傍に生まれ、踏まれ濡れ、枯れて死んだ。

そう、自分は・・・

幾度の生を受け、数多の死を受け入れた。

終焉と誕生の繰り返し。何度も消され、何度も書かれた。

その何れもが“自分”であったし、“自分”ではなかった。

「そうか、“俺”は・・・」

“自分”ではなく、“俺”を理解すると視界が啓(ひら)ける。

そこは何時か見た風景に酷く酷似していて、この草の香りも懐かしい。

「思い出しましたか?」

あのときと同じように声が降ってくる。どうやら俺は横になっているようだ。

「あぁ、ここは“此処”なのか・・・?」

俺は戻ってくることができたのか、“此処”に。至ることができたのか始まりであり終わりである、“此”の地に。

「どうなのでしょうか?確かに“此処”は“此処”ではありますが、貴方の言う“此処”ではないのかもしれません」

目を開ける。そこにいたのは一人の少女。

その長い髪も微笑みも受け答えも“彼女”に似ているが“彼女”ではなかった。

髪は雪のような白銀をしていて、瞳は俺と同じか俺よりも明るい碧色をしていた。

美しく、綺麗で幻想的に思えたということは“彼女”と変わらなかった。だが、その姿は“記憶”の中の“彼女”とは明らかに異なっていた。

「なら、ここは此処じゃないんだな・・・」

俺は結論付ける。何も証拠や理由があったわけではない。ここは此処ではないと思ったからそう決めた。

「そうですか」

少女がそう言うと風景が一変した。今まであった草原も空も光も消え去り残ったのは白い空間。白は遠近感を失わせるというが、確かに遠いのか近いのか分かりそうにない。

「これは・・・」

目の前の少女が何かしたのだろう。今までの風景は少女が見せていた幻覚なのかも知れない。その逆の可能性もあるが。

「これは幻覚でもなければ私のしたことでもありませんよ?貴方が“此処”ではないとしたからこうなったのですから」

心を読んだように少女は口を開く。では、これは俺がやったというのだろうか?俺にも、どの“自分”にもこんな力はなかったはずだ。

「じゃあ、一体・・・」

「ここは“魂の回帰点”。映し出されるは心象、糧となるは記憶。魂が至るもう一つの終着駅です」

「魂の回帰点・・・」

「確かにここを過ぎれば“此処”に至ります」

少女が軽く手を振るとそこにはあの時見た扉が顕れる。俺が新たな生を受けるきっかけとなった場所へ、“彼女”のいる場所へ辿り着くことができる扉だ。

「しかし・・・」

言葉が紡がれるとその扉は掻き消える。まるで俺が至ることを拒むように。

「貴方は“此処”に至ることはできません」

「どうして!!」

すぐ傍に望んだものがあるというのに何故届かない。至れない。

「何故なら、貴方の魂はもう壊れてしまっているからですよ、“ユウ”」

「俺の魂が壊れている、だと・・・?」

なら俺は如何して在る。魂が壊れたというならここにいる俺はなんなんだ!?

「焦らないでください。順を追って説明しましょう」

柔和な笑みを浮かべた少女は諭すように俺に声をかける。その声に不思議と落ち着いてくる。まるで自分から冷静になっていくかのように。

「まず、ここは何であるか覚えていますか?」

「魂の回帰点だろ?」

「そうです。そして、もう一つの終着駅でもあります。そう、“魂”は永久不変のものではありません」

「永久、不変じゃない・・・?」

輪廻転生、生まれた命が死にまた生まれる。それは永遠に続いていくはずのものだ。なのに魂は永遠ではないというのか。

「はい。そうですね、例えば魂は記憶媒体のようなものです。器はハード、命は燃料といった感じです」

俺はそれはの言葉を“自分”の知識から呼び出し理解する。

「燃料がなくなればハードは動かなくなる。これが“死”です。けれど、残った記憶媒体は他のハードにいれれば使うことができます。すなわち“転生”です。そのために一度、記憶媒体をクリーンにするのが“此処”というわけです。ここまでは理解できましたか?」

「あぁ」

つまりは記憶媒体という魂はハードという器に入り、燃料という命を得て動き出す。そして、器や命がなくなると魂は一度それまでの記憶を消去し新たな器と命を得るということだろう。

「前世の記憶が残るというのはその消去が上手くいかなかったことです。あくまでも、“消去”であって“初期化”ではありませんからどうしてもログは残ってしまいますから。まぁ、それが目的ではあるのですが今はいいでしょう。続けますよ?」

俺が頷くと少女は歌うように話し出す。今更だが声はソプラノでやはり“彼女”とは違っている。

「しかし、記憶媒体といえど使い続ければ磨耗し限界を迎えます。魂も同じです。その限界を迎えた魂が訪れるのがここ“魂の回帰点”です。ここで魂は崩され新たな魂として文字通り生まれ変わります。リサイクルといったところでしょうか?」

「なら、俺の魂は限界だったということか?」

考えてみれば“自分”としての記憶は非常に多くある。俺が理解できているのが不思議なくらいだ。この世の全てが分かるといっても過言ではないかもしれない。

「いいえ、貴方の魂はまだ限界を迎えてはいませんでした。原因は2つありますが、直接の原因と呼べるのはこれでしょう」

少女は手のひらを上に向けると、そこには見慣れた一つの物体が現れた。

「それは・・・」

「ええ、貴方のアーティファクトだった、『魔弾の射手〈シュターバル〉』です。これの三つ目の能力を覚えていますね?」

そこに現れたのは紛れもない『魔弾の射手〈シュターバル〉』そのものであった。握り締めた感触も持ち上げた重さも最後の引き金の固さも鮮明に思い出すことができる。

「まさか!?」

「そうですよ。これの三つ目の能力は命を代償に命を奪うのではありません。魂を代償に魂を破壊することです。現に奴の魂は壊されてしまったでしょう」

強力であることは理解しているつもりだったが、つもりでしかなかったようだ。ここまで凶悪な能力だとは思いもしなかった。まさしく、魂を悪魔に捧げたというわけだ。

「過ぎた力だな・・・」

あまりにも過ぎた力だ。人、否、輪廻を構成する全てのものにあってはならないほどの力である。

「はい。このようなものが存在してしまうとは・・・予想外の弊害でした」

そうだ。誰にも予想などできないだろう。魂を壊すことのできるものが存在するとは・・・

「待て、弊害だと?なら、これが生まれてしまった原因を知っているのか?」

予想外ということだけなら何の違和感も感じることはなかっただろう。しかし、少女は“弊害”と言った。つまりは原因であろうものに算段がついているということだ。

「原因ですか・・・十分理解しています。何といってもそれは私たちなのですから」

「なん、だと・・・」

驚愕で言葉が出てこない。“魂の回帰点”の管理者であろう者が一介の魂に介入したというのか?

「私はここの管理者ではありませんよ?そもそも、ここには管理者などはいないのですから。私たちは貴方と共にあったものです。貴方が“ユウ・リーンネイト”として生を受けた習慣から」

俺が生まれた瞬間からいたという少女は今までで一番優しい顔で微笑んだ。

けれども、俺には“ユウ・リーンネイト”には生まれてから共に居続けた存在などいない。自分を生んでくれた両親はあの日に死んでしまったのだから。

「貴方は疑問に思わないのですか?奴が完全に魂を破壊されてしまったというのに自分が壊れているとはいえまだ存在しているということに」

その言葉を受けて初めて気付く。このあまりにも不自然な状態に。『魔弾の射手〈シュターバル〉』の能力が本当ならば俺自身の魂も例外なく破壊されてしまうはずなのに俺はこうして意識を保っている。

「かつて、“彼女”は貴方が新たな輪廻へ旅立つ際、2つの力を与えました。一介の魂では御しきれぬ力を“此処”に至れるとう願いを込めて。」

『そうか。なに、心配するな。生き抜いていくだけの力は与えてやるよ。神の名を冠した剣と獣を、な。とはいえ、人の身に生まれ落ちた程度は総てを使うことはできないだろうがな』

薄まりつつあった意識の中で“彼女”言われた言葉が思い出される。

「そう、その一つが私。そして、もう一つが・・・」

『魔弾の射手〈シュターバル〉』を手から消した少女は一振りの剣を顕し大地に突き刺す。

「この剣です」

その剣からは圧倒的な力を感じる。強い魔力を感じるからというわけではない。ただただ、圧倒的な存在感を示しているのだ。畏怖すら感じるそれほどのものだった。しかし、同時にどこかで手にした感覚も感じる。

「私とこの剣は貴方の魂と共に在った。そのために緩衝材となり魂の完全な崩壊をふせいだのです。」

これほどの力を発する剣だ。防ぐのは当然、むしろ魂が崩壊したことのほうが驚きだといえるかもしれない。

「しかしながら」

地に突き刺した剣を少女はゆっくりと引き抜く。そして、そのゆっくりとした動作のまま切っ先をこちらに向ける。

「それも時間の問題です。崩壊した魂は呼び合い、やがで喰い合うことになります」

ただ切っ先を向けられただけ、それでも体を突き刺された錯覚に陥る。明確な殺気、それが俺には向けられていた。

「どう、して・・・」

呼吸すら忘れるほどの威圧感の中、言葉を振り絞る。

「不完全に砕かれた魂はその破片を集めだします。けど、集めた結果が元の調和を取り戻すとは限らない。貴方は今までその魔力で私たちを押さえつけていた。それは当然のこと一介の魂では御すことなどできないのだから。その力は莫大です。けれども、その力は貴方の魂を貪ります。その経験は既にあるはず」

「既に経験はある?」

「『緡那(さしな)流』、この言葉に覚えは?」

その言葉を聞いた瞬間、記憶がフラッシュバックしたかのように情報が流れる。

剣術の訓練をしていたこと。技の名前。体の動き。

そして、あの日悪魔を屠ったことと手にした剣。

「何で、俺は・・・」

忘れるはずがないことを忘れていた。そう、今なら疑問に思う。どうして、俺は修行のときあれほどにまで体力があったのか?そう、俺は鍛えていた、剣を持っていたのだ。

「その様子だと思い出したようですね。それが魂を喰われていたということです。今は混ざり合っていますから思い出すことができましたが、それまでは思い出すどころか記憶にすらなかったことでしょう」

そうだ、記憶にすらなかった。まさに俺の中から『緡那流』のことだけが欠如していているようだった。

「あの時、私は貴方に力を貸しました。悪魔を倒したいという願いに応えました。その代償として喰らったのは貴方の剣の才能。それも覚えるはずの流派の存在ごとです。結果、貴方は悪魔を全て倒したでしょう?尤も身体はもたなかったようですけど・・・」

俺は悪魔を全て引き裂いた。あの場から生きて抜け出すことができたのは何も偶然じゃない。俺が俺自身が悪魔を屠り逃げ出したのだった。

「今度は才能だけではありません。それこそ、貴方の全てを喰らうか。貴方が私たちを喰らうかの戦いです」

「俺が負ければ・・・?」

「貴方が負けたとき待つのは“消滅”です」

「消、滅、・・・?」

「消滅です。貴方の敗北は完全なる消滅。貴方の魂は再び巡ることもなければ、再構成されることもない。ただ、私たちの糧となり掻き消える。そこには何も残りません。貴方の旅はここで終わり、“此処”に至ることもないでしょう」

再構成すらできずに消えるとはまさしく消滅である。存在というものがなくなる。俺の板という証はなくなるということだ。

「じゃあ、勝てば俺は“此処”に一歩近づくということか」

「さて、どうなのでしょう?近づくといえば近づきますが、そうでないともいえますね・・・」

少女ははぐらかしているのでなく、本当に分からないといった表情で答える。

「どういうことだ?」

「貴方が勝てば私たちを御することができるでしょう。それはもう一介の魂とは呼べない存在です。すれば、貴方は肉体を再構成することになり輪廻に戻ることになります。されど、その存在は輪廻にありながら輪廻の流れに従いません。」

「ようは?」

「死を迎えるという方法で“此処”に至ることはできなくなります」

“魂の回帰点”、“もう一つの終着駅”とは言ったものだ。負ければ俺はここで終わり、勝てば戻らざるを得なくなる。すぐ傍に“此処”はあるというのに本当に遠い。

「遠いな・・・」

遠い、本当に遥か遠い・・・だが。

「そろそろ、時間です」

気付けば先程ほどよりも威圧感は感じなくなっていた。

「あぁ、分かったよ」

少女が切っ先を下げ構えを取る。それはよく知っている構え。忘れてしまっていた構え。

力の差は膨大、向こうは剣を構え、こちらは丸腰。

負ければ終焉、勝てば永遠。

だけど、

「負けられないだろッ!!」

全てを賭けた戦いがここに始まった。




[18058] 第20話 希求
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/13 23:43
―――閃―――

剣での一閃を断罪の剣で“受けて”体が仰け反る。その華奢な体にどうしてこれほどまでの力があるのかと驚くほど重い一撃。また、物体である剣が断罪の剣と打ち合うことにも驚く。気や魔力で刀身を強化しているのならまだ話は分かった。だが、そのような気配は感じられず、ただの刀身で打ち合っているということがひしひしと伝わってくる。やはり、今までの常識では計ることのできない力だ。

―――轟―――

受け流した刃が地面に当たると陥没し小さなクレーターができる。直撃を受けた姿を想像し思わず冷や汗が背筋を流れる。確実に死に至る一撃、剣での一閃にも関わらず“斬られる”という感情よりも“潰される”という感情のほうが上回る。鈍器の類を使えば似たようなことは真似ることができるだろう。しかし、相手が使っているのは鋭い刃を持った剣なのだ。故に、

―――突―――

突き刺すことも容易にできる。腹部への一突を掠めるようにして避ける。性格には掠めざるを得なかったのだ。体が反応する限界の速度。これ以上の速さになったとしたら腹を抉ることは間違いないだろう。

避けるだけでは勝つことはできない。流れと勢いを殺さないように回転し遠心力をそのまま力へ変える。対峙する相手も同様の動きを見せ、互いに刃が迫っていく。そして、重なる声。

「「扇華」」

半円状の斬撃が拮抗し空気が空間が震える。神の名を冠するという剣と罪人を裁くという剣が鍔迫り合い静止する。けれども、それは一瞬にして崩れ去った。

「(押し切られるッ!!)」

技、速さ、力、技量の全てが同じだというのなら、優越がつくのは“才能”の差だろう。つまり、才能を喰われてしまった俺では勝ち目はない。記録にある技をトレースした一撃は才能の込められた一撃に打ち勝つことはできないのだから。

競り負け後方に大きく吹き飛ばされる。空中で体勢を整え、体を地面に打ち付けることを回避する。しかし、安心はできない。着地点には既に追撃の刃が向かってきている。

「撥鍔(はつがく)」

咄嗟に地を蹴り、その場を離れようとする。その刹那、切っ先が目の前を通り前髪を奪う。紙一重、あと少しでも判断が遅れていたら、顎から縦に顔を割られていたことだろう。

「撥鍔」。振り下ろしから刃を返し、そのまま前方に切り上げる技である。字のままに剣閃は撥ねるような軌跡を辿り頭を刎ねる。「翼閃」が横、「扇華」が面だとしたら、「撥鍔」は縦にあたる「緡那(さしな)流」の技だ。

「點琲(てんはい)」

その声が聞こえたのは全くの偶然で、頭を横へ反射的に反らしたのは僥倖だった。右頬から一筋の血が流れ出す。九死に一生を得るとはこのことで、手の甲で拭った血の赤に急速に背が冷えてくる。命を拾ったと思う経験は何度もあった。修行のときも、奴との戦いのときも、今の戦いの中でも。それらのどれもが自らの意思での行動の結果生き残ったが、今のは無意識下での行動であった。

「よく避けましたね」

距離をとり構えを解いた少女は不敵に笑う。

「點琲」。大げさな名が付いてはいるが詰まるところ突きでしかない。だがその突きは純粋に一点を狙ったもので、切っ先だけが標的を捉え刃は付属でしかないのだ。

「翼閃」・「扇華」・「発鍔」・「點琲」、これらの4つが「緡那流」の基礎であり、奥儀であり、全てである。「緡那流」には派手な奥儀などなく、演舞のような美しさもない。僅か4つの型、そこに剣戟の極を求める。それが「緡那流」の真髄なのだ。

究極の“薙ぎ”の「翼閃」、“払い”の「扇華」、“断ち”の「撥鍔」、“突き”の「點琲」。動きは何れも単純そのもの、されど極めることは途方に暮れるほど難しい。魔法どころか気すら入り込ませない技量と才能の終。

「どうしてそれほどまでに使える・・・」

それだけに少女の使う技の完成度が不審に思えるのだ。あまりにも精錬されすぎている。“才能”以外は同じだと思っていたが違う、俺と少女の間には“技量”の差も存在していた。

「気付きましたか・・・」

少女は不敵な笑みを崩さず、まるでこう尋ねられることがわかっていたかのように話し出す。

「“才能”を喰らうということは同時に“可能性”を喰らうことでもあるんですよ?つまり、『緡那流』を使うものとしての私は貴方なんですよ。あの時、才能を失わず剣を今まで極め続けたもう一つの貴方、ありえたかもしれない可能性の一つが私なのです」

「“俺”は“俺”と戦っているということか・・・」

「そう思ってもらっても構いません」

発動していた断罪の剣を消す。

「諦めるのですか?」

少女は笑みを消し無表情で尋ねてくる。感情の一切篭ってないその声には失望の色が見えるように思えた。

「あぁ、“剣”では勝てない。だから・・・」

重心を低くし拳を握る。“剣”を失った俺が手に入れた新たな“拳”。そこには型など存在せず実戦の中で培った経験を元にした動きがあるだけだ。そう、少女が俺の可能性であるように俺も一つの可能性の結果である。故に、

「俺は“俺”の戦いをする!!」

“俺”に負ける道理はない。

瞬動の勢いのまま気で強化した拳を振り抜く。少女は剣で受け止めるが力はこちらの方が上だ。剣の最も大きな利点は振り下ろしたときの威力だ。そこには自身の加えた力の他に剣自身の重さも加わり威力を強大なものとする。

だが、守ることとなると剣は不利になるほかない。種類にもよるが身の丈の半分はある刃を一端だけを持ち支えなければならない。持ち手に近い側に力が加わればいいが切っ先に近い側に力が加わると途端にバランスを崩してしまうこととなる。

拳による一撃を受け止め切れなかった少女は力を逃がすため後方へ跳躍する。しかし、逃れることは許さない。肉薄し左足を蹴り抜く。少女は剣で受け止め直撃だけは防ぐが、そのまま吹き飛ばされる。

「まさか、素手で向かってくるとは思いませんでした。下手をすれば自身の腕や脚を無くすというのに怖くはないのですか?」

立ち上がった少女は再び笑みを浮かべ言う。傷こそないがその端正な顔は汚れておりちょっとした罪悪感を感じてしまう。

少女が言うように気で強化しているとはいえ、強化を打ち破る斬撃を受ければ簡単に腕や脚は胴体と分かれることになるだろう。

「怖がってなんていられないさ。負けてしまえば全て失うことになるのだからな。」

「なら、私も本気でいくこととします」

瞬動とまではいかないがかなりのスピードで少女は迫る。そこから繰り出される剣閃を刃の腹に掌を当てることで逸らせる。突きはかわし断ちは払うことで最小限の動きを目指し、生じた隙に拳を入れる。

一合、五合、十合と“剣”と“拳”が打ち合う。絶え間なく攻守が入れ替わり前進と後退が行き来する。どちらも隙を見せずひたすらに技を重ねていく。一手を間違えるだけで均衡は崩れ去ることだろう。

徐々に少女の剣に精細さが欠けてくる。いくら才能や技量があろうとも剣を振り続けることは難しい。剣道に残心があるようにどのような剣術にもリズムは存在しそれを整えるための間も同様に存在する。その間を得ることができなければだんだんと剣閃は雑になっていき、やがて大きな隙を呼ぶこととなる。

「(ここッ!!)」

少女の薙ぎが大振りになった瞬間を狙いカウンターを入れる。だが、少女の顔のには焦りの様子は見えない。むしろ・・・

「(笑っている?)」

「魔法の射手 連弾 風の20矢」

「なっ!?」

突如、目の前に幾本もの風の矢が現れる。しかし、既に拳は振り抜かれており回避することは叶わない。直撃を受けた俺は思うように受身を取ることもできず吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。

「がぁッ」

常時展開型の障壁のおかげで目立った外傷はないが、叩きつけられた衝撃で肺の空気が抜ける。受身を取ることができなかったのが相当に効いている。

「ハッハァ、魔法を使えたのか?」

痛みの残る身体を起こし少女を見る。間を取り構えをとり直した少女には隙は見られず、今の状態で攻め込んでも意味はないだろう。これで振り出しに戻った。

「誰も使えないとは言ってませんよ。私は貴方の可能性であると同時に私自身でもあるのですから」

“俺”自身と戦っているということを意識しすぎて戦っている相手は“俺”ではないということを忘れてしまっていたようだ。

しかし、これで射程距離というアドヴァンテージはなくなった。今までは近距離でしか戦えないと思っていたが魔法が使えるとなるとそれは皆無だ。

「(あとはどのレベルの魔法が使えるのかということだが・・・)」

「余所見なんてしていていいんですか? 雷の斧!!」

声が聞こえたかと思うと雷でできた斬撃が迫ってきている。

「(上位古代語魔法を無詠唱かよ!!)」

堪らずかわすがそこには・・・

「甘いです!!」

剣を振りかぶった少女の姿があった。障壁の強度を最大にし衝撃に備える。だが、

「だから、甘いと言ったでしょう? 解放 魔法の射手 連弾 風の101矢」

「遅延魔―――」

解放された魔法の射手を至近距離で受ける。今度は先程の五倍もの数があり、その前に障壁は簡単に崩れ去る。

地面に再び叩きつけられた俺は身体を弾ませることすら許されず地に減り込ませる。意識を失うのが当然で即死してもおかしくはない攻撃。身体中に悲鳴を上げたくなるような痛みはあるもののそれでもまだ俺は意識を保っていた。

「必殺の一撃だと思ったのですがまだ意識があるとは流石ですね。肉体があったならば確実に死んでいたでしょうけど、ここは意識の空間、心が折れない限り完全に消えることはありませんか・・・」

「(そうか、そういうことか・・・)」

薄っすらと聞こえてきた少女の声に納得がいく。今まで俺が繰り出していた攻撃はあまりにもイメージ通り過ぎていた。例え自分が「緡那流」の技を使えていたという記憶があってもつい先程まで忘れていたものをすぐに使うことができるだろうか、そんなことはないだろう。もしそうであるならば幼少の頃、俺は難なく「緡那流」の技を全て使うことができていただろう。

つまりここはイメージの空間。自分の意識に身体が付いてくるのだ。考えてみれば体は失ってしまっているのだから当然のことである。

「(ここが俺の予想通りの場所だとしたら“アレ”ができるはずだ)」

自分が“立てる”ということを思い立ち上がる。“痛みはない”と思うことができたならば痛みもなくなったのだろうが、実際攻撃を受けた感覚がそれを邪魔する。大方予想通りの結果ではあるが万能ではないようだ。

「立ち上がりますか、実に好ましいです。けど、終わりはきます」

相変わらずの瞬動に及ぶスピードでの攻撃を少女は仕掛けてくる。だが、十分“対処”できる。迫る剣閃を受け流し蹴り穿つ。吹き飛ばされた少女は何が起きたかわからなかっただろう。ただ俺は“対処”しただけなのだから。

「シア・アス・シアン・アンバレス」

久しく唱えることのなかった始動キーを唱える。これから作り出すのはかつて憧れ諦めた魔法。

「集え 光・氷・雷の精霊 202柱よ 合わさり綴れ その力を」

膨大な魔力が手元に集まってくる自分の使うことのできる限界の魔力を操り結っていく。

「『合綴』」

集まってきていた3系統の魔力が一つにまとまっていく。

かつて『合綴』を3系統以上で行おうとして失敗した。理論上でもイメージの中でもできると思っていたが結果は散々なものだった。魔力暴走を起こし全治一ヶ月。以後、3系統以上の『合綴』は封じられることとなった。

成功するという確固たるイメージを持って行った二度目の『合綴』は“イメージ”通り成功を迎えた。まとまった魔力はオーロラのような鮮やかな色彩の光を見せる。

「魔法の射手 連弾 極光の101矢」

すぐ傍まで迫ってきていた少女に向かって魔法の射手を打ち出す。少女は時にかわし、時に切り払っていくが100もの軍勢はなかなか終わることはない。

その間に俺はもう一つの叶わぬ魔法をイメージする。強大な力を得る代わりに強大な反動を受けることとなる魔法。憧れ、諦め、されど願うことを捨て切れなかった究極とも呼べる魔法。

「魔法の射手 連弾 極光の101矢」

打ち出すことのなかった魔法の射手を手元まで手繰り寄せる。打ち出した魔法の射手の数は3分の1まで減ってしまっている。

「固定」

手繰り寄せた魔法の射手を纏める。編み上げるのではなく文字通り一つの力として纏め上げる。

「掌握」

手を握り力を身体に取り込む。その途端、身体が今までに感じたことのないほどの悲鳴をあげる。それでも、イメージをより強固なものにし術を進めていく。

「術式兵装」

魔法が完全に自身と一体化し悲鳴が掻き消える。

「極暁光乱」

『闇の魔法』。放つはずの魔法を自らに取り込むことで莫大な力を得る魔法。強靭な肉体や魔力を持っていなければ使うとことは叶わない魔法。どちらも持ち合わせていなかった俺では使うことのできない魔法だ。

しかし、この場所なら不可能が可能となりうるこの場ならばできる可能性があり賭けた。そして、賭けに勝ったのだ。

トン。

地面を軽く蹴る。それだけで纏う輝きは残像となり速度は瞬動を超える。

少女の目にはまだ残像の姿しか捉えていないだろう。こちらを認知させる前に腹部への掌底。一見添えるだけに見える掌底を受けた少女は最後の最後で俺の姿を認識し崩れ落ちた。

長い戦いは一秒にも満たない行動で終局を迎えた。それはいつかの戦いを髣髴させるようであった。


 ♢ ♢ ♢


「んっ」

「起きたか」

横にしていた少女が目を開ける。少女を倒すことでここから抜け出せるのかと思っていたがそうではなかったので、変わらず視界には白い世界が広がっている。

「私は負けたのですね・・・」

「あぁ、俺の勝ちだ」

体を起こした少女が呟く。一瞬で決着がついたのだ自身が負けたということも理解できていなかったのかもしれない。

「それにしても、『合綴』だけならず『闇の魔法』だなんて無茶しすぎです。精神体でそこまでの傷を負ったんです、実際にやったら死にますよ?」

今の俺の姿は重症患者も顔負けで前進は自身の血で真っ赤である。この場所でなければ出血多量で倒れていたことだろう。“反動を全く受けない”と思うことは難しく術式を解いた途端にこのような結果となってしまったのだ。

「いや、もう死んでるしな。それに“ここ”ではなかったらこんなことはしないさ」

そうこれはこの場の特性があったからこそできたことだ。この場以外で行うつもりはないし、行ったとしても間違いなく失敗するだろう。

「貴方はもう生き返るのですから無茶はしないでくださいってことです。“死”がなくとも“消滅”はあるのですから」

やれやれといった表情で少女は立ち上がる。体を庇う様子は見られないので大方“回復した”とでも思ったのだろう。本当に何でもありな空間だ。

「“生き返る”のか“転生”でなくて。それに“死”がないって・・・」

少女は“転生”でなくて“生き返る”と言った。それはつまり“俺”ではなく“ユウ・リーンネイト”として再び生きるということだ。

「そうです、生き返るんですよ。一介の魂ではなくなってしまったのですから“転生”などできるわけないじゃないですか。同様に死ぬこともありませんよ。輪廻の一員ではなくなったので貴方にとっての終わりは“無”ですから」

「いまいち理解が及ばないのだけど、つまり晴れて人外の仲間入りということか?」

「いえ、器としては人です。ただ魂は普通という枠には入りませんし、命という概念もなくなります。魂外?上手く表現できませんね。まぁ、記憶媒体に永久機関が取り付けられたと思っていただければよいかと・・・」

どうやら吸血鬼も真っ青なとんでも存在となってしまったようだ。“此処”に至るためにはこれくらいのことをしなければならないのだろうけれど、そのために“此処”から遠ざかってしまうのだから何とも言えないものだ。

「そういえば“記録”はどうなるんだ?“ユウ・リーンネイト”として生きることになるのなら色々と知っていると問題になりそうなこともあるのだが」

所謂、“原作知識”というものを今の俺は持っている。師匠が“あの”エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだったと思うと運命というのは実に興味深いものだと感じる。

「それは消えることになると思います。断片的に覚えているということはあるかもしれませんが“世界”にとって貴方のそれは不純物のほかありませんから修正力を受けることになります。本来ならば、貴方の存在ごと修正力を受けるのですが、ある意味で貴方は“世界”を凌駕してしまっているので“記録”だけが受けることになるでしょう」

「なるほどね・・・」

人としての器を持ちながら輪廻からは外れてしまうというのはやはりそれだけで“世界”にとっては異端であるようだ。その上、“未来”にあたる情報まで有しているとなると到底無視できるような存在ではないらしい。“転生”であったならばその“世界”の住人であるので問題はなかったのだろうが・・・

「一応は人ですから・・・他の“記録”のほうも特に印象強いもの以外は消えるでしょう。“記憶”のほうは大丈夫ですから知識に困るということはないですよ」

確かに生き返ったときに記憶喪失で何もできないなんて事になったら笑えない。

「で、どうすればここから出られるんだ?」

「それはですね・・・」

少女は立て膝をつき、俺に向かって剣を捧げる。

「神の名を冠せし剣『希求』、その代行者にして守り手は汝“ユウ・リーンネイト”と共にあることを誓う。」

朗々と少女は述べると『希求』と呼ばれた剣を高く掲げる。受け取れということなのだろう。その剣を受け取りながらよく歯の浮くような台詞をスラスラと言えるなと思ったのはここだけの話だ。

受け取ると『希求』は手の中で一度脈動したかと思うと光となって消え去った。

「これで終わり・・・?」

「はい。『希求』は完全に主と同化しましたから。あとは私と同化すればここから抜け出せるでしょう」
そう言って少女は手を差し出してくる。この手を握れば俺は“ユウ・リーンネイト”として再び始まるのだろう。だが、その前に訊かなければならないことがある。

「あぁ、でもその前に名前を教えてくれないか?」

目の前の少女の名前をまだ知らなかったのだ。魂を賭けた争いをしておいて今まで知らなかったなんて今更にもほどがあるだろう。

「名前ですか。私に名前はありません。それに今から同化してしまうんです必要はないでしょう?もう会うことはないのですから」

「名前がない・・・?」

その言葉を聞いて“彼女”のことを思い出す。そういえば“彼女”も名前など必要なかったと言っていたような気がする。呼ばれることのない存在にとって名前は確かに必要ないのかもしれない。でもそれは独善だが悲しいことだ。例えもう会うことはないのだとしても今こうして話しているのだから名前はあったほうがいい。

「え、私は『希求』の代「シオン」・・・えっ?」

「だから、名前。もう会えないのだとしてもそれは名前がなくていい理由になんかならないだろ?それに俺の一部になるのだとしたら名前ぐらい覚えていたい」

シオンと名づけた少女はきょとんとした表情で呆気に取られている。

「もしかして、気に入らなかったか?」

ネーミングセンスがあるとは思えないがないわけでもないと自信では思っているのだが何も反応がないとなると不安になる。

「いいえ、少し驚いてしまって。ありがとうございます。シオンですか、私にはぴったりの名前かもしれません」

「そう?それはよかったよ」

「それでは、私の手を握ってください」

「分かった」

シオンは改めて手を差し出してくる。握ったその手は包まれるような温かさを持った手だった。

「私が同化したのと同時に主の意識も失われると思います。そして、目が覚めたら“ユウ・リーンネイト”としての再びの始まりです。ここでお別れですね」

『希求』のときと同じようにシオンは光に包まれていく。

「これから同化するというのに“お別れ”というのもおかしいけどな」

「それもそうですね。では、主の旅に祝福があらんことを」

そう言い残してシオンの姿は消えた。同じくして自身の意識が遠のいていくのが分かる。

「さて、折角得た機会だ。どうするかな・・・」

果て無き未来に思いを巡らせて俺は意識を失った。





[18058] 第21話 イレギュラー
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/15 23:07
「・・・く・・い・・」

長い間夢を見ていた気がする。そう、大切な夢だ。

「・を・・・て・・さ・・・」

その中で俺は色々なことを思い出した。あれ、何について思い出したんだっけ?靄がかかっているように上手く思い出せない。

「・、・・き・・だ・・・」

そうだ。俺の中に眠っていた力について知って、御す為に戦ったんだ。でも、何でそんな力があったんだっけ?

「・・て、・・・く・・・・・」

そして、勝つことができて名前をつけて生き返ることができたんだ。

「・ん・・・・よ・・・・・・で・・・」

うるさいなぁ。人が折角色々と思い出そうとしているというのに。もうほとんど思い出すことができないじゃないか。

「うるさ―――」

ガン。

「あぅ」

鈍器で額を殴られたような音と痛みを感じ、起き上がりかけた身体が倒れていく。このままだと後頭部を強打しかねないと来る痛みに備えるが、痛みはやって来ず代わりに柔らかい感触を感じる。

「一体、何なん―――」

額への痛みと後頭部の感触の原因を知るために瞼を開く。そこには深い海の色をした瞳を持つ白い髪の少女の顔があった。額には手が当てられていてどうやら額の痛みの原因は彼女のようだ。

「・・・シオン?」

「あっ、目覚めたのですね。主」

そこにいたのは紛れもなく俺と同化したはずの“シオン”であった。

「何で!!もしかして失敗!?」

シオンは同化して俺の一部となったはずだそれなのに何で目の前にいる?同化に失敗してまだ生き返れてないのか?

「お、落ち着いてください、主。今から分かっている範囲で説明しますから」

シオンは慌てる俺の肩を押さえ自分の膝に再び起き上がりかけた頭を押し付ける。ああ、この感触は太股だったのか・・・

「うっ、分かったよ」

大人しくシオンにされるがままにする。慌てたところで何もならないことは理解できたからだ。うん、柔らかい。

「いいですか?私も詳しくは分からないのですけど。まず、結果から言えば同化には成功しましたし、生き返ることもできています。なのでここは“あの”場所ではありません」

どうやら失敗したわけではないようだ。確かに目にはシオンの顔の向こうに青い空を見ることが出来るし、少なくとも“あの”場所ではないということも理解できる。

「ですが、若干イレギュラーが起きてしまったようで・・・」

「それがシオンがいる理由?」

イレギュラーという言葉にそこはかとなく不安を感じるが、そのようなことがない限り同化したはずのシオンがいるということはないだろう。

「はい。私がこうして存在しているのもイレギュラーの一つです」

「一つってことはまだあるのか・・・」

一体どれだけのイレギュラーが起きてしまったのだろうか。何だか『合綴』以外こういった“合わせる”才能が俺には無い気がする。咸卦法も才能あるんだかないんだかよく分からないし・・・

「ま、まぁ、順に説明しますので。それに目的自体は成功しているのですから!!」

シオンが励ましてくれるがそこに乾いた笑みが見えるのは嘘ではないだろう。

「ありがとう、気持ちは嬉しいよ・・・じゃあ、説明してくれるか?」

「あ、はい。まず、私がこうして存在している理由なんですが恐らく魂が二つになってしまったのだと思います」

「同化は成功したんじゃなかったのか?」

魂が二つになってしまっているということは同化が失敗したということではないのだろうか?

「同化は成功しました。なので、“分裂”ではなくて“二つ”になったと言ったのです。つまりは同化した魂が何らかの要因で二つになり、それぞれが主と私という形で生き返ったということです」

「その要因ってのは分からないのか?」

「主が名前を付けてくれたことが原因かと・・・元々私は『希求』とセットの存在でした。しかし、主が名前を付けたことで“個”として存在すると“世界”から認識されるようになりこのような形に落ち着いたのではと考えています」

「ようは俺のせいか・・・」

名前を付けたことを後悔するつもりはないが、結果だけを言えば俺の行動が原因になったことには違いない。軽く凹んでしまう。

「いえ、こうして私という存在が在ることができたので主には感謝しているというか。落ち込まないでください!!」

慌てたようにシオンは手と顔を振る。まだ俺はシオンの太股の上にいるわけでそんなに揺れられると振動がダイレクトにきて大変なことに。

「わ、分かったから揺らすのを止めてくれ。頭がグラグラする」

「すいません!!」

「他のイレギュラーは?」

「次に主の身体が死んだときよりも若干成長した形で生き返ってます。これに関しては予測もできていましたし、原因に関しても十分に分かります」

言われてみれば、何だか死んだときよりも少し手足が長くなっているような気がする。身長も5,6cm伸びているのかもしれない。

「これは主の可能性の中から最盛期の身体を再現した結果からかと・・・主は事実上の不老で成長はしないことになりますから」

「あれ“不死”ではないのか?」

確か、命の概念がなくなるとかなるとかいっていた気がするのだが・・・

「“命が尽きるという意味での死”はありませんが“存在がなくなるという意味での死”はありますから。つまりは寿命で死ぬということはありませんが怪我などでは死ぬということです。尤も前に言ったように“消滅”ですけど」

「ああ、そういうことか。あくまでも“人間”なんだな・・・」

考えてみればなんとも中途半端な存在だ。“不老”ではあるが“不死”ではない。人という枠組みにありながら人からは外れている。

「続いて魔力なんですけれど、本来ならば私たちを押さえつけていた魔力が戻り人並み以上の魔力量になるはずでした」

「・・・“はずでした”?」

「非常に言いにくいのですがどういうわけか私たちの封印に使用されていた魔力の大部分がそのまま私の魔力になってしまったのです・・・」

「ちなみに俺とシオン、どっちが魔力量が多いんだ?」

「・・・・・・私です」

沈黙の後、シオンは申し訳なさそうな顔をして口を開く。別の存在になったとはいえ、元の魂は俺と変わらない、むしろ一部となるはずだったものが自分より多い魔力を有している。この事実は非常に俺を凹ませる。

「そっか、俺なんて・・・」

「で、でも“魔法の射手”を1001矢放っても余力がある程度には増えているんですし、ね?」

「シオンなら“余力”じゃなくて“余裕”なんだろ?」

「・・・・・・」

その沈黙は肯定しているようなものだよ、シオン・・・

「はぁ・・・」

「次、いきましょう。次」

「まだあるの?」

「はぅ」

「・・・いいよ、話してくれ」

何時までもくよくよしているわけにもいかないのでシオンを促す。俺を励まそうとわたわたしている姿は非常に可愛い。エヴァでは見ることのできなかった行動だ。

「わっ、分かりました。といってもこれで最後なんですけど“記録”はありますか?」

「“記録”はないな“記憶”とした“記録”はあるが」

自分がどういう存在であるかということは理解している今まで色々な命として生きていたことも。だが、それぞれについて詳しく思い出すことはできない。そういう存在であったということは“記憶”しているがそれぞれの“記録”は思い出すどころか全く引っかかりもしない。

「では、主の目的は?」

「目的?“立派な魔法使いになること”だが?」

「・・・・・・」

何か真剣に悩みこんでいるように黙るシオン。まるで俺の言動がおかしかったのかもしれない。

「何か問題でもあったのか、シオン?」

「いえ、“あの”場所で話したとおりの結果なのでこれはイレギュラーではありませんね」

真剣さは未だに少し残っているもののシオンは否定したのでイレギュラーではないのだろう。俺自身この“記憶”に関しては“ユウ・リーンネイト”として生きてきた記憶がほぼ完全な形であるので問題はないと思っている。

「そうか」

「他には何か訊いておきたいことはありますか?」

「そうだなぁ、今は何時なんだ?俺が死んだ季節とは違うようなのだが。あとここが何処なのか分かるか?」

俺が死んだときは日の光が忌々しく降り注いでいて、夏真っ盛りと呼べる季節であった。しかし、今感じる気温は夏のそれではない。逆に冬といってもよい肌寒さであった。場所も死闘を繰り広げた泉のほとりではない。同じ草原であることには間違いないが近くに森の姿を見ることはできず、代わりに違うものを見ることができる。

「えっと、だぶん主が死んでから70年ほどあとの時代かと・・・」

「70年!?何でまたそんなに時間が経ってるんだ?」

そりゃ、長い間夢を見ていたような気がしてもおかしくない。むしろ、人生を夢の中で終わらせてしまうほどの時間だ。

「それは一度なくなってしまった存在を再生するのですから時間はかかります。転生とはわけが違うのですから」

生き返るというのは本当にとんでもないことのようだ。生き返った側としては寝て起きたら70年経っていたと驚くしかないのだけれども・・・

「それとここは旧世界のようです」

「旧世界だと・・・」

70年経っていただけでも十分驚きだというのに旧世界にいるとまでなればもう言葉も出ない。俺の故郷である“魔法世界”と“旧世界”は確かゲートというもので繋がれており、それなりの手続きをとらなければ互いに渡ることは難しかったはずだ。

「たぶん、こちらの方が再生するのに都合がよかったのではないでしょうか?そもそも、こういった形で生き返ること自体が以上ともいえることなので土の中や空の上、海の中とかに再生されなかっただけマシなのではないでしょうか?」

「それもそうだな・・・」

もしそんな場所に再生などされてしまっては生き返った瞬間に終わってしまう。俺は一応人間なんだ。

「それにしても、旧世界か。一度行ってみたいとは思っていたが、まさかこのような形で訪れることになるとはな」

魔法が広まっていない世界というのは前から興味があった。また、魔法世界にはないものもたくさんあるようなのでそれらも一度見てみたい。

「これからどうするんです?身一つではいささか問題があるのではないでしょうか?」

今の俺たちは着の身着のままの状態だ。金もなければ食べ物のない。食べ物に関しては狩りでもすればよいのかもしれないが、一面草原で動物がいる様子は見られない。多少は何も食べなくても大丈夫だろうがこのままというわけにはいかないだろう。

「まずは人を探すとことにしようかな?街や村に行くことができれば、何かできることもあるだろうし。シオンは何かある?」

街や村に辿り着ければ働くなり情報を得るなりすることはおのずとできるだろう。このまま草原に佇んでいるよりもよっぽど建設的である。

「私は特にありません。主が言った通りで構いません」

シオンもこれからの方針に賛成のようで特に意見を言うことなく賛同してくれる。

「ところでその“主”っていうの何とかならないの?むず痒いんだけど・・・」

前は“貴方”といっていたはずだがいつからか“主”となっていた。『希求』を御したということでは主には変わらないのだが、むず痒く感じてしまうのだからしょうがない。

「こればかりは譲れません!!」

「そ、そう。まぁ、無理にとは言わないけどね・・・」

「はい!!」

シオンが満面の笑みで答える。どうやら、俺が慣れるしかないようだ。シオンには意外と頑固なところがあるのかもしれない。

「それなら、方針も決まったことだし行動に移りますか。まずは・・・」

そう言って俺は先程見えた死ぬ前には見えていなかったものへと視線を向ける。

そこには一本の巨大な樹が聳(そび)えていた。

あれは恐らく・・・

「“世界樹”だよな・・・」

いつか見に行ってみたいと思っていたものの一つが視線の先にはあった。













「ところで俺はいつまでこの体勢なんだ・・・?」

「主が望むならいつまでも」

「そう・・・」




[18058] 第22話 Disglargly
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/17 23:31
「大きいですね」

「何というか、うん。巨大だな」

下から見上げるようにして世界樹らしき大木を見る。幹の太さは人何十人分もあり、茂る葉も顔の大きさほどはあるだろう。今でこそ魔力はそこまで感じることはないが、発光現象を起こしたときであるならば凄まじいものなのだろう。それら全てを含めて“大樹”と呼ぶのに相応しい樹であった。

「これがあるということは恐らくここは“聖地”なんだろうな・・・」

旧世界には“聖地”と総称される魔力密度の高い土地が幾つか存在するらしい。その聖地全てに世界樹があるとは思えないが、世界樹があるからにはここは十分“聖地”と呼べる場所なのだろう。

「そうですね。ここは魔力密度が高いですし、もしかしたら旧世界で生き返った理由はこれなのかもしれません」

「どういうことだ?」

「つまりは魔力密度の高い土地が選ばれたということです。魔法世界と比べた場合、旧世界のほうが平均では下回りますがここのように局所的には魔法世界よりも魔力密度が上回る土地もありますので」

「なるほどね」

一度消え去った身体を創り直すという非常識極まりないことをしているのだから、相応の場所があったとしても疑問に思うことはない。

「空から来たので通ることはありませんでしたが、周囲に集落のようなものも見えたので人のいる場所を目指すという意味ではここに来て正解だったかもしれませんね」

「なら、挨拶にでも行くか」

大樹に背を向けその場を後にしようとしたところでシオンから声がかかる。

「待ってください。こういった場所は総じて襲われやすい場所でもあるので、突然見ず知らずのものがやってきたらよくて警戒、最悪襲われます。慎重にことを進めたほうがよいかと・・・」

「でもよ、こういう場所には大抵、結界が張ってあって侵入者とかには十分な警戒をしているはずだろ?それなのに何もないということは大丈夫なんじゃないか?」

シオンが言っていることは全て正しいだろう。“聖地”と呼ばれるからにはこの土地は貴重で手に入れて利用しようとする奴らは腐るほどいるだろう。故にこのような場所では侵入者に対して非常に厳重な警戒をする。それは“聖地”を守る上で当たり前のことである。

なので、大抵は侵入者を拒む結界や侵入したことを知らせる結界が張られており、早急に対応するのが常であるはずだ。しかし、俺たちが大樹の前に着いてからしばらく経ち、集落のような場所の上空を通り過ぎてからはずいぶんと立つ。それなのに何の事態も起こっていないということは俺たちが受け入れられているということなのではないだろうか?

「奇襲を狙っているという場合も考えられます。警戒して損はないはずです」

「まぁそれも、そうか・・・」

真面目に言うシオンに対してテキトーに返事をする。こちらにやましい気持ちはないのだから警戒することに疑問はないがしすぎる必要はないだろう。

「主、もう少しき「お前たち、侵入者だな!!」――っ!?」

シオンがすぐさまその声に反応して構えをとる。構えといっても『希求』は俺の下にあるので、いつでも魔法を唱えられるようにしているだけなのだが。さりげなく、俺の前に立つことからも本当に真面目だ。

「シオン、いいから」

そのシオンを手で制し、一歩前に出る。

「ですが!!「何ぐちゃぐちゃと話してるんだ!!」――むっ!!」

言葉を遮られたのが不服だったのか、遮った声の主をシオンは睨みつける。若干、殺気が漏れているところから本気だということが窺える。

「やめろって」

「っう~」

未だに睨みつけているシオンにチョップを加え大人しくさせる。言っていることとやっていることが真逆だ。睨んだりしたら余計な警戒を抱かせることになる。それに・・・

「まだ、子供じゃないか」

そう声の主はまだ子供であった。見た目から考えると7、8歳といったところだろうか。構えもまだまだ未熟そのもので隙だらけである。

「子供じゃない、ジークだ!!」

声を荒げて名乗り手に持った木剣を構え直すジーク。木剣を持っているということは魔法使いではないのだろうか?木剣が発動体という可能性も捨てきれないが。

「なら、ジーク。俺たちを君の住んでいる村の代表者のところまで案内してくれるか?」

威圧感を無理に与えないが舐められないように冷静に声をかける。それに対してジークは、

「じっちゃんのところに?何で侵入者を案内なんてしなきゃいけないんだ!!」

酷く当たり前の返答を示した。得体の知れぬ余所者を簡単に代表者のところになど案内してはいけないことは正しい。しかし、それは自分と相手が対等である場合だ。このように対等ではなく、それも相手が優位である場合には間違いである。

「ジーク、君の言っていることは正しいよ。でもね―――」

「っ!?」

「この場合は間違いだ」

素早くジークの背後に回りこみ木剣を弾き飛ばす。そのまま首元には具現化した『希求』の刃をあてる。最も分かりやすく死を感じさせるのは強力な魔法なんかよりも刃物の方が効果的だからだ。

「お前、何をしたんだ!!」

「何って、ただ回りこんで、木剣を弾いて、首に剣を当てただけだが?」

首に刃が当たっているというのに怯えることなく口を開くジークに俺はこともなげに質問に答える。実際、瞬動や縮地なんてものは使わずただ早く移動しただけだ。目が慣れていなければ消えたように見えてもしょうがないが。ちなみにこれが初めて『希求』を使った行動なのだが、子供を脅すというなんとも情けない使用法だ。

「ジーク、そんなに焦ったってしょうがな―――ジーク!!」

「姉ちゃん、来ちゃ駄目だ!!」

そこに一人の少女が姿を現した。年齢は俺と同じぐらいだろうか、少女から女性へと移り変わる頃だろう。ジークの言葉から判断すると姉のようだ。

「この子の姉か?」

「はい。貴方たちは何者ですか?」

ジークにしてこの姉ありか・・・自分の弟が首に剣を当てられているというのにもかかわらず、動じる様子を見せず冷静に言葉を返してくる。方向性としては真逆だが根性があるということでは確かに姉弟なのだろう。

「何者と言われてもただの観光客というしかないな。この状況はちょっとした成り行きだ。解放しろというのならしても構わないよ」

「・・・条件は?」

少しの沈黙の後、少女は口を開く。言葉にしていないこちらの意図に気付いたということは胆力だけでなく頭も賢いのだろう。普通ならすぐに解放してくれと叫んだとしてもおかしくない。

「君たちの村の代表者に会わせて欲しい。危害を加えないことは約束しよう」

「・・・わかりました。案内しますのでジークを放してもらえますか?」

再びの沈黙の後、少女は肯定の意を示す。状況をよく理解できている。やはり、賢いと言えるだろう。

「勿論だ。ほら」

『希求』を消し、ジークを解放する。突然放したものだから前につんのめるような形になってしまったが勘弁して欲しい。ジークはこちらを無言で一睨みすると姉の元へと向かっていった。

「ジーク、無事?」

「ああ、でも何であんな奴の言うことを聞いたんだよ!!姉ちゃん!!」

「それしかなかったからよ。それに危害は加えないと約束したわ」

ジークは声を張り上げ姉を非難するがそれは間違いだ。彼女の機転がなければジークは殺されていてもおかしくない。まぁ、殺すつもりなど最初からなかったが。

「その通りだ。お前たちを殺すなんてことは今でもできる。俺たちはただ代表者のところに案内して欲しいだけだからな。それさえ守るなら危害を加えることはない。では、案内してもらおうか?」

「はい、こちらです」

そう言って少女はジークを連れて歩いていく。ジークは未だに納得はできていないようで時折睨みつけてくる。

「主、良かったのですか?罠という可能性も・・・」

静観していたシオンが歩き始めたと同時に話しかけてくる。その表情にはまだ警戒の色が見え、周囲にも意識を張り巡らせているようだった。

「確かに最善ではないけど、次善ではあるからな。仮に罠だったとしても倒すことはできなくとも逃げ出すことぐらいはできるさ」

最善の策はジークに案内してもらうことだった。結果としてはいらない警戒心を抱かせるような形になってしまったが、戦闘になっていないだけ良かったと思うべきだ。もし、争いが起こってしまえばそれだけで和解など不可能に近くなってしまう。

「そういえば」

俺は先を進む少女の背中に声を投げかける。

「なんでしょうか?」

「君の名前をまだ聞いていないと思ってね」

「・・・シグリムです」

振り返りそう告げるとシグリムと名乗った少女は再び歩いていくのだった。


 ♢ ♢ ♢


「ここです」

シグリムに連れられ辿り着いたのは一軒の屋敷だった。屋敷と呼ぶには大きさが足らないかもしれなかったが、それでも周囲に見える家々よりも一、二回り大きく代表者が住んでいると言われても疑問に思うことのないものだった。

「早速、代表者に会わせてもらってもいいか?」

「わかりました」

シグリムはドアを開け中へと俺とシオンを引き入れる。ちなみにジークは家に入るとすぐに奥へと行ってしまった。

「おやおや、帰ってくるのはもう少し後だと思っておったが・・・して、そちらの方は?」

「ただいま戻りました、祖父様。こちらの方はこの村の“代表者”に会いたいという方たちです。」

その言葉で全てを理解したのか、奥から現れた老人は浮かべていた笑みを消すと目を細める。

「ならば、応接間に案内しましょう。シグリムはお茶の用意をしてくれるかのう」

「はい」

シグリムはジークが消えていった方向とは違う方へ姿を消し、この場には俺とシオン、そして代表者だという老人が残された。

「では、こちらへ」


応接間へと案内された俺とシオンは中央にあったソファに座る。老人はテーブルを挟んで向かい側に座った。

「失礼します」

暫く沈黙の時間が流れるとシグリムが四つのカップを載せたトレーを手に部屋に入ってくる。応接間にはほろ苦い香りが漂い若干張り詰めていた雰囲気が和らぐ。

「わしがこの区画の代表をしているヴァルト・ハールバルズだ。そして、」

「シグリム・ハールバルズです」

シグリムがカップを配り終えたところで老人が口を開き、和らいでいた空気が再び張り詰める。

「ユウ・エターニアだ。旅人だ。こっちが連れの」

「シオンです」

偽名を使うことにしたのは賞金首であったからだ。70年ほど経った今のそれも旧世界で自分の名が知れ渡っているかどうかは分からなかったが用心のため家名は偽ることにしたのだ。

「ユウ殿にシオン殿ですね。それでどういった用件で?」

ヴァルトの瞳には嘘、偽りは許されないといった色が見える。もしかしたら正体がばれているのではないかと思わせるほどだ。内心の焦りを表情に出さないようにして俺は説明を始める。

「まずはこのようになった理由から説明しましょう」

そう始めに言って俺は、この土地に来るまでの経緯。自分たちの目的。そして、ジークを襲うことになったわけを順に話していった。

話を聞く2人のその時の表情といったら面白いといったらありゃしなかった。ヴァルトは真剣であった表情がだんだんと和らいでいく程度であったが、シグリムは話が進むにつれ疑問を浮かべた表情になっていき、ジークに関してのところでは俯いてしまった。終いには「ジークに本当かどうか訊いていなさい」とヴァルトに言われ、真実だと分かったときには赤面してしまうほどだった。

「申し訳ありませんでした!!」

シグリムが物凄い勢いで頭を下げてくる。確かに勘違いではあったことだが、ジークやシグリムがとった行動は正しいものであり、最終的に無事に誤解が解けた今となっては謝ってもらう必要などないと思っていた俺としてはその勢いに押されてしまった。

「いや、弟があんな状況になっていたのだがら警戒するのは当たり前なんだしそんなに謝る必要は・・・」

「でも元はといえばこちらが悪いのでして・・・よく考えれば分かったことでしたのに・・・」

「俺は気にしてないから。シオンも、な?」

思わずシオンに助けを求めて見やる。

「はい。主のいう通り、何事もなく済んだのですから気にしてません。主に何かあったときは別ですけど・・・」

とシオンは許したのか許していないのか判断に困る回答をしてシグリムは更に慌てだす。ヴァルトはいうとニコニコと笑うだけで何も手を出してこない。完全に面白がっている。流石は年の功と言ったところか、よく状況を理解している。

「すいません!!」

「はぁ。なら、お詫びにこの村について教えてくれるか?こっちの事情を話しただけでこの土地についてはまだ聞いてなかったからな」

まずは警戒心を解いてもらうために誤解を解くことを優先していたので、この土地については全く話を聞いていなかったのだ。

「そういえば、ユウ殿は『ディスグラグリー』に興味があったのでしたな」

「ディスグラグリー?」

「この聖地の世界樹の名前のことじゃ。シグリム、説明してあげなさい」

「え?あっ、はい」

俺とシオンは柔らかな苦味のある香りをかぎながらしばしシグリムの話に耳を傾けるのだった。



[18058] 第23話 英雄の影
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/19 23:53
「まずはこの村の成り立ちから説明しますね」

そうおいてシグリムは語りだした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・


“聖地”と呼ばれる土地の多くがその特性上、様々なものをひきつけてしまいます。この土地もそうでした。

かつて、この土地は絶えず争いが起こっていました。この地を利用しようとする人や魔力にひきつけられた魔物などで溢れかえり血が流れ続けていたそうです。
そんな中、一人の男がこの地を訪れました。その男の名を“ウォルダン”といいます。この地に元々住んでいた人々に味方をしたウォルダンは圧倒的な力を持って悪しき者や魔物を次々と倒していきました。剣を振り敵を屠る姿は怒れる神のごとく、身を呈し人々を守る姿からは女神のような慈愛を感じたといいます。
ウォルダンの力もあってこの土地は徐々に安定し平和になっていきました。その力を恐れて悪しき者や魔物が寄り付かなくなっていったからです。そして、ついにこの地を狙う最大とも呼べる魔物を打ち倒し完全な平穏が訪れました。
その後、ウォルダンはこの地の根幹をなす大樹に『Disglargly』と名付け、この地一帯に『炎の環』という結界を張りました。『炎の環』はこの地を利用しようとする悪しき心を持ったものを滅ぼすという結界だそうです。現に今までこの地が襲われるようなことは起きていません。
結界を張り終えたウォルダンは自らの使っていた“剣”と“指環”を残し、人知れずこの地を後にしたそうです。
以後、この地の民はウォルダンを“英雄”と崇め奉り語り継いでいるのです。


・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「―――と言ったようなことがこの地についてです。このような伝承こそありますけど、至って普通の聖地なんですけどね」

「なるほどな、だからさっき“よく考えれば分かったこと”なんて言っていたのか・・・」

出会ってからした行動の中に敵ではないと確定付けるものは一つもなかったはずだ。それなのに“よく考えれば分かったこと”と言ったことには『炎の環』という結界の存在があったからこそなのだろう。侵入者に対して何の反応もみられなかったことも同様のことがいえるだろう。

「はい。私の知る限りではこの地が襲われたということは聞いていません。唯一他の聖地とはっきり違うと言うことのできることです」

聖地というものはすべからく襲撃の危機に常に瀕しているといってもいい。故にここまで平和な聖地というのは珍しいのだ。通常ならば毎晩のように争いがあってもおかしくはないのだ。

「ふ~ん、シオンはどう思う?」

傍らに座るシオンはしばらく黙り考えた後口を開いた。

「『炎の環』の効果が真実であるのかは判断できませんが、並みの術者では破ることのできない結界が一帯に張られているということは事実です。それを主や私が易々とくぐり抜けたことを考えますとあながち嘘だといいきることもできません」

この地に入るときは全く気付くことはなかったが、意識をしてみると強力な結界が張られていることがわかる。それも力ずくでは侵入などできそうにないほどのものだ。それだけに俺たちがここにいるということが不思議にも思える。

「して、ユウ殿にシオン殿はこれからどうなさいますかな?」

黙って話を聞いていたヴァルトが尋ねてくる。

「宿のようなものはありますか、しばらく滞在して研究をしてみたいのですが・・・」

丁寧な口調でヴァルトに尋ねる。誤解が解けた今友好な関係を築くためにもそうしたほうか良いと思ったからだ。

世界樹に奇妙な結界とこの土地には研究肌ではない俺でさえ興味深く思うものが多くある。また、滞在を望む理由はそれだけではない。新たな力を得た今、自分の力をよく把握していなければいざというというときに何もできない。それを回避するためにも一度腰を据えて現状の把握をする必要があったのだ。自分に備わっている力を過大でもなく過小でもなく理解することが重要であると言うことは十分すぎるほどわかっていた。

「ふむ、研究ですかのう。この地に被害が及ぶようなことはしないと約束してもらえますかな?」

「それは勿論」

本来、願ってもできないことの許可がもらえるものそれくらいのことは当然だ。俺は迷うことなく返答する。

「ならば、いいじゃろう。敵意がないことも分かっておるしな。宿のことじゃが、失礼じゃが金はお持ちで?」

「あっ」

すっかり失念していたが俺はついさっきまで死んでいたのだ。考えてみれば服があることだって疑問が残るはずなのに金など持ち合わせているわけではないだろう。最後の頼みとシオンを見るが申し訳なさそうに首を振るだけであった。

「その様子ではないようじゃのう・・・では、この家に住んでみてはいかがかな?ただでとはいきませんが家の手伝いをするだけで部屋と食事がつきますゆえ悪くないかと思いますがのう?」

「本当ですか!!」

この話が本当ならば受けない手はない。もとよりそうするほかない身なのだから、願ってもいない申し出だ。

「こちらも迷惑をかけてしまったからのう。これくらいなら構わんよ。それにわしの客人という形にしておけば何かと便利じゃろうて」

ヴァルトのいう通り、村の代表者の客人であったほうが余計な誤解を生むこともないかもしれない。ただでさえ比較的閉鎖されている土地なのだから余所者に対しては警戒心が強いはずだ。

「では、お言葉に甘えして。シオンも構わないか?」

「はい。主が良いのでしたら」

「決まったようじゃのう。早速、部屋に案内するでな。シグリム、二階の部屋が空いておったはずじゃ。案内してあげなさい」

「わかりました。では、こちらに」

ヴァルトに挨拶をし、シグリムに連れられて部屋を出る。口に残る苦味とは逆に心はどこか晴れ渡っていた。


 ♢ ♢ ♢


案内された部屋はベッドが一つあるほかにはテーブルがあるだけと質素なものだった。余っている部屋を使わせてもらっている身なので文句はないが、ここまで生活感のない部屋というのも不思議に感じる。

窓から差し込む斜光は紅く色を変え、夜の帳がすぐ傍まで迫ってきていた。カーテンを閉め、日光を遮りベッドに横になる。

「(色々なことがあったなぁ~)」

死んだと思ったら生き返って、しかもそれが70年後の旧世界だという。さらには目覚めた近くには一度見てみたいと思っていた世界樹があり、多少のいざこざはあったが研究をさせてもらえる約束まで取り付けることができた。

「(ちょっと上手くいきすぎだよな・・・)」

今の状況が好ましくないわけではないが、上手くことが進んでいるということも確かである。まるで、こうなることが当然であるかのように・・・

「(まっ、考えてもしょうがないか)」

疑心暗鬼になってしまいそうな思考を止め、新たなことに思いを馳せる。脳裏に浮かぶのは金色の髪を持った少女のこと。

「(今頃どうしているんだろうか?不老不死だから何処かにいるとは思うのだけど・・・)」

不老不死であるが故に生きていることは分かっていたが探そうにも探せないだろう。高額の賞金首であるエヴァが易々と目撃されるような真似はしないはずだし、そもそも旧世界にいるのかどうかも分からない。

「(運が良ければいつか会えるかな。時間は永遠にあるのだから・・・)」

そう、時間は永遠にあった。人でありながら人とは分かり合えない時間を生きる存在となったのだ。これから俺は悠久の時を生きていくことになるのだろう。一人ではないのは幸いかもしれない。

「(なってみて初めて気付くけど“不老”というのもなかなかに大変なのかもしれないな)」

“化け物”という定義が“人ではない”という意味ならば俺はまだ人である。だが“人としての理を外れた”という意味ならば俺は間違いなく“化け物”である。“人”としての幸せは享受できず、人であると偽って生き続けることになるのだろう。少しだけ吸血鬼の気持ちが分かったような気がした。

―――コンコン―――

「(ん、シオンか?)」

ドアをノックする音が前触れもなく響いた。

俺のことを訪れる人物として最も考えられるのはシオンだろう。部屋は一人部屋なのでシオンとは別室になっている。次に思いつくのがヴァルトといったところだろうか。

「どちらさまでしょうかっと」

ベッドから起き上がりドアを開けるとそこにいたのは意外な人物だった。

「・・・ジークだったか?」

ドアを開けた先に立っていたのはあの時脅すことになった少年、ジークだった。この家に来たときから姿を見せていなかったがこのタイミングで尋ねてくるとは驚きだった。

「お前、この家に住むんだってな」

ジークが不服そうであることを隠しもせず、「俺は認めない」と言わんばかりの声色で訊いてくる。

「あぁ、ヴァルトさんの計らいで住まわせてもらうことになった」

ヴァルトやシグリムならまだしも直接刃を当てられたジークが簡単にこちらを信用してくれるなどとは思っていなかったので、その態度に特に怒りを覚えることもなくさしあたりのない返事を返す。

「・・・明日の朝、“ディスグラグリー”の前の広場に来い」

「はぁ、っておい!!」

それだけ言い残すとジークはそそくさと姿を消してしまった。なんか変に目を付けられることになってしまったのかもしれない。

「なんだが面倒なことになってしまったかもな・・・」

呟いた言葉はこの先に待つことを示すのかのように暗い廊下に沈んでいくのだった。


 ♢ ♢ ♢


翌朝、俺は一人で世界樹の前にいた。辺りはまだ仄かに明るくなり始めたばかりで鳥の囀(さえず)りも聞こえてはこない。朝靄に浮かぶ世界樹は明るいときに見た姿とはまた違った雄大さを見せ付けていた。

「(少し早かったかもしれないな・・・)」

この広場には自分以外の人影はない。俺自身誰にも伝えずに来たので当然ともいえるのだが。呼んだ本人も「朝」という指定こそしてきたものの詳しい時間は言ってこなかったので仕方がないとも言えるだろう。

朝もまだ早いといえる時間だ。かつて、修行に努めていたときでもここまで早い時間には起きていなかった。ましてや近頃では夜型に近い生活を送っていたこともあり頭は完全に覚醒しているとはいえなかった。

「ふぁあ~っ。来たか・・・」

欠伸をし大きく背筋を伸ばしていると広場に一つの気配がやってくるのがわかった。

「早いじゃないか」

声のしたほうを見れば一本の剣を持ったジークの姿があった。依然としてこちらを見る瞳には信頼の欠片もなく、むしろ敵意の色が強まっているかもしれない。

「呼ばれた以上は遅刻するわけにはいかないからな。それで何のようだ?」

敵愾心を飄々と受け流しジークに尋ねる。ジークがやってきた姿を見てなんとなく理解はできていたがここは訊くのが礼儀だろう。

「俺と戦え」

そう言ってジークは手に持った剣を鞘から抜き構える。相変わらずの隙だらけの構えではあったが昨日よりも明確な敵意を感じることができた。それも嫌な感じはしないまっすぐなものだ。

「何故だ?誤解が解けた以上争う必要はないと思うが?」

だが、戦う理由は一切ない。逆に争うようなことがあれば立場を悪くしてしまうかもしれないだろう。

「いいから、戦え」

ジークは聞く耳など持たず剣を握り直す。内心面倒だと思いながらも、どこか戦ってもいいと思っている自分がいる。それはその清々しさかそれとも懐かしさを感じるからか。

「分かったよ。けど、俺が勝ったのならばそうまでして俺と戦うことに拘る理由を聞かせろよ」

『希求』を呼び出し中段に構える。深呼吸を一回、相手を見据える。

「来い」

「はぁぁぁっーーー!!!」

―――キン―――

ジークの上段からの一閃を受け止め弾く。金属同士がぶつかりあう音が朝靄の中に響く。

「(ほう・・・)」

受け止めることは簡単であったが、存外込められている力とその太刀筋に感心する。まだまだ、荒削りではあるがそこには確かに才能の欠片が垣間見えた。俺が同年代だった頃と比べてみても同等かそれ以上のものがあるだろう。

「やぁぁっ!!」

弾かれたことでジークはバランスを崩すものの、すぐに体勢を立て直し横薙ぎを仕掛けてくる。その筋は素晴らしく型のない独学での一撃としては予想以上の完成度であった。しかし、

「甘い!!」

剣先を横薙ぎに対して潜り込ませるようにして下から上へと振り抜く。思わぬ力にジークの持つ剣は易々と吹き飛ばされ遠くへ落ちる。そのまま俺は首筋へと剣を向ける。

「俺の勝ちだな」

「っ!!」

ジークは苦虫を潰したような表情をしながらも睨みつけてくることを止めはしなかった。本当に肝が据わっているというか負けず嫌いなのかいい性格をしていると思う。正直、この歳で真剣を向けられて怖がらないというのは相当なものだ。

「約束通り理由を教えてもらうからな」

「・・・・な・・た・・よ」

「ん?」

「俺は絶対あの人みたいになるんだ!!」

ジークは突然立ち上がると叫ぶようにして宣言する。

「あの人?」

「ウォルダンのことだ!!俺は絶対にあんたに勝ってやる!!」

ジークは駆け出し落ちていた剣を拾うと広場から姿を消していった。一つの宣戦布告を残して。

「なんなんだよ一体。全く理由になってないし答えてないじゃないか・・・」

言いたいことだけいって何も答えずに去っていったジークを思い、やはり面倒なことになったと感じる。

「それにしても、」
そこで一度言葉を区切り、靄が晴れてきた空を見上げる。

「英雄、か・・・」

その言葉に朝日は静かに影を短くしていくのだった。





[18058] 第24話 力
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/21 23:37
「おはようございます。どちらに行ってらしたんですか?」

家に戻ると家の前でシグリムが出迎えてくれた。手に箒を持っていることから掃除の途中なのだろう。

「おはよう、ちょっと世界樹のところまでな」

まさかジークと戦いに行っていたとは言うわけにはいかないだろう。しかたがなかったこととはいえ昨日の今日で剣を交えたなんて口が裂けても言ってはならない。

「もしかして、ジークと何かありました?」

「!?どうしてそう思うんだ?」

あまりにも的確な指摘に驚いてしまう。口がどもってしまうのを何とかさけ、逆に尋ね返す。

「毎朝ジークは『ディスグラグリー』の前で剣の訓練をしているのですけど、今日はいつもよりもかなり早く家に戻ってきたんですよね」

「・・・・・・」

「それに『ガンノット』まで持ち出して・・・」

「ガンノット?」

「昨日、ウォルダンが剣と指環を残したって言いましたよね?その剣のことです。代々我が家で受け継がれてきて長男が剣を長女が指環を持つことになっているんです」

そう言ってシグリムは胸に下げている指環を見せてくる。黄金のリングで読むことはできないが表面にはルーン文字らしき彫刻が施されている。思い出してみればジークの持っていた剣にも似たような刻印があった気がする。もしかして俺はとんでもないものを吹き飛ばしてしまったのではないだろうか・・・

「そうなのか・・・」

動揺を隠しつつ違和感がないように相づちを打つが、正直背中は冷や汗でべとべとかもしれない。

「で、何があったんです?」

ぐいと身体を近寄らせて尋ねてくるが、すでに言葉は疑問ではなくなっている。

「いや、な「何があったんです?」・・・はい、すいません」

何も悪いことはしていないはずなのについ謝ってしまう。人間を半分やめたような今となっても男は女には勝てないのかもしれないとどうでもいいことを悟った瞬間でもあった。

「実は―――」

とりあえず話してしまおうと思った俺は悪くないはずだ。あの独特の威圧感に勝てる奴などいないはずだ、きっと。いや、絶対。


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「そうですか、そんなことが・・・」

「俺もジークも怪我はしてないから気にすることはないさ。『ガンノット』が無事ならいいんだけど・・・」

俯き申し訳なさそうにしているシグリムを慰める。こちらとしては家宝に当たる剣を思いっきり吹き飛ばしてしまったわけで何かあったと思うと気が気でないのだ。

「『ガンノット』なら大丈夫だと思います。英雄が使ったという剣ですし吹き飛ばされたぐらいでは傷一つつかないはずですから」

「それならよかった・・・」

弾き飛ばしたときに特に損傷がないだろう事は分かってはいたが改めて言われると安心できる。

「ジークにはよく言っておきますので・・・」

「いや、警戒心を抱かせるようなことをしたのは俺だからさ。ただ、理由はそれだけじゃないと思うんだよな」

侵入者に対する警戒ならば戦わなくとも監視をするだけでことが足りる。しかし、ジークの行動は明らかに監視といえるものではない。宣戦布告からも分かるようにむしろ張り合っているという感じだ。

「理由ですか・・・」

シグリムも首を傾げていることからも特に思いつくような理由に覚えはないのだろう。やはり、これはジークに直接訊くしかないみたいだ。あの様子では教えてくれる可能性はなさそうだが。

「それはユウ殿が“剣”でジークに勝ったからじゃよ」

「あっ、おはようございます。祖父様」

「おはようございます。ヴァルトさん」

答えを教えてくれたのはヴァルトであった。

「うむ、おはよう。ユウ殿は剣でジークと戦い、勝ったのであろう?」

「そうですけど・・・」

ジークとの戦いでは『希求』を使いはしたが、純粋に剣として用いただけで魔法はおろか身体強化すらしていない。

「それが理由じゃよ。子供、特に男となれば“英雄”には憧れるもんじゃ。この村とてそれはかわらん。逆に身近に“英雄”の存在があるぶん、ほかの土地よりもその思いは強いかも知れんのう。わしも昔は憧れたもんじゃ」

ヴァルトは顎鬚を摩りながら懐かしそうに話し出した。

「それはジークも同じ、『ガンノット』が受け継がれているため、更にその憧れは強いじゃろう。しかし、良くも悪くもここは聖地なのじゃよ」

「良くも、悪くも?」

憧れを持つことと聖地であることに関わりがあるとは思えない。いまいち理解できないヴァルトの言葉に頭を悩ませてしまう。シグリムも似たような表情をしている。

「さよう。聖地といえば魔法使いにとっては楽園のようなものじゃ。それ故、魔法に関してはこれ以上ない土地であってもそれ以外に関しては意味のない土地なのじゃよ」

「あぁ、そういうことか」

ようやくヴァルトの言いたいことが理解できた。そして、ジークが俺に拘ったわけも合点がいった。

「えっ、ユウさんは分かったんですか?」

シグリムはまだわかんないようで驚いた表情でこちらに顔を向けてくる。

「まぁな。ジークは誰かから剣術を習ったりしているのか?」

「いえ、毎朝一人で練習はしていますけど・・・もしかして!?」

シグリムも何かに気付いたようで、はっと表情を変えた。

「そういうことじゃよ。子供同士で剣術の真似事をするものもおるがそれ以上はしないのじゃよ、この土地では。ジークより強いものはたくさんおる。しかし、“剣”という意味では誰もいないのじゃよ。勿論、剣で戦ったといってジークが勝てるというわけではないがのう」


「そんなところに俺が現れたと」

「うむ。明確に“剣”で負けたわけじゃからのう。認めるわけにはいかなかったのじゃろう」

自分が目指すものを自分が目指すもので後塵をきすることになったのだ。目の敵に思ってもしょうがないといえるかもしれない。しかし、これはジークが納得するまで戦い続けなければいけないということではないだろうか?

「発端が俺にあるとはいえ厄介なことになってしまったな」

「やっぱり、私がジークに言い聞かせましょうか?」

シグリムが心配そうに見つめてくるが、それではいけないだろう。

「それは悪影響じゃろう。下手をすればジークが今まで以上に無理をしかねないからのう」

行き場のなくなった思いというのは全て自分に降りかかってくる。それは到底耐え切れるものではない。まして、10歳にも満たない子供が抱え込んでしまうようなことになれば取り返しもつかないことが起きてもおかしくない。

「そうですね・・・」

「なら、どうすれば!!」

声を大きくしてシグリムが言う。それだけジークのことを大切に思っているのだろう。家族の絆というのだろうか、俺には兄弟がいなかったが両親に黙って剣の練習をしていたときに同じように心配されたことを思い出した。

「そこでじゃ、ユウ殿。ジークに剣術を教えてはくれないじゃろうか?」

「俺が、ですか?」

予想の一つにはあったことだが、まさか現実に言われるとは思っていなかった。確かに剣という意味では俺はここにいるものの誰よりも勝っているはずではある。

「何もユウ殿の流派を教えてやって欲しいというわけではありません。基本的なことでいいのじゃ何とかなりませんのう。この通りじゃ」

ヴァルトは深々と頭を下げてくる。

「い、いえ。そんな・・・」

「私からもお願いします」

シグリムまでもが頭を下げてしまい、非常に断りづらい状況となってしまう。別に教えるのが嫌だというわけではない。ただ、一つ懸念があるのだ。

そう、俺の剣術はまだ完成はしていない。無論、完璧になるとは到底思っていないが、それでもまだまだ未熟の域を脱していないだろう。長い間、“剣”を持つことを忘れ、“拳”で戦ってきた俺だ。今すぐに教えろといわれてもそうできる自信はない。感覚自体は才能を取り戻したときに戻ってきている。しかし、それとこれは別問題である。

「二つ、条件があります」

「条件ですか?」

「はい。一つはジークが俺から剣を学ぶことを望むこと」

これは絶対条件だ。いくら、こちらが教えようと思っても学ぶほうが納得していなければ意味をなすことはない。

「それは勿論じゃ」

「二つ目が俺が納得するだけの理由があることです」

少し傲慢にも思えるかもしれないがこれも外せない。なぜなら、かつて俺が弟子であったときもそうだったからだ。

「・・・わかりました。いいですよね、祖父様」

「うむ」

「なら、朝食後。世界樹の前に来るように言っておいてください」

そう言って、俺は2人を残し家の中へと入る。

「お疲れ様です」

「シオンか・・・起きていたのか?」

ドアをくぐるとそこにはシオンの姿があった。はっきりと意識があることからも目覚めてすぐというわけではないようだ。

「はい。主が『希求』を使った気配がありましたので」

「そう、面倒なことになってしまったよ」

「でも、本気でそうは思ってないのでしょう?」

シオンは全てを見透かしたように尋ねてくる。そう別に俺は面倒だなんて思ってはいない。教えることに戸惑いはあったがそれは些細なことだ。

「さぁ、どうだろうな?」

シオンの言葉を認めるのを少し癪に思い俺は曖昧に笑うことにした。尤も、その表情を見たシオンが面白げに口を押さえてしまったけれども・・・


 ♢ ♢ ♢


「来たか・・・」

今日この言葉を口にするのは二度目だ。二度とも同じ相手に対していった言葉ではあるが込められたものは若干異なっている。

「なんだよ、用って?」

相変わらずの不貞腐れた表情でジークが尋ねてくる。年上の人に対して敬うという欠片は一切見えない。いつかの自分を思い出す。

「ちょっと訊きたいことがあってな」

「訊きたいこと?」

「あぁ、“英雄”になりたいのか?」

からかっているように感じさせないように声色を落として真剣に訊く。

「は?」

「言い方を変えよう。強くなりたいのか?」

かつて俺は強さを求めた。復讐の為に理想の為に。

「あぁ。俺はウォルダンみたいになるんだ」

「何故、“剣”を取るんだ?強くなるのなら“魔法”でも構わないだろう?」

強くなるのなら剣である必要はない。この場所でなら魔法のほうがよっぽどいいだろう。結果論とはいえ俺も一度は剣を捨てたのだから。

「それは・・・」

ジークが回答に詰まる。考えていなかったのだろうか。それとも、考えないようにしていたのか。“剣”を受け継いでいるという一種の強迫観念めいたものがあったのかもしれない。

「まぁ、それはいい」

俺にとって剣だからどうだということはどうでもいいことだ。憧れというものは大抵がじきに落ち着いてくるものだ。そうでなければ、ヴァルトでさえ強い憧れを持ち続けていることになる。
「なんなんだよ一体!!」

短気とはまた少し違うのだろう。敵対心を持っている相手と要領の得ない話をしているのだからイライラしても不思議はなく当然のことだ。

「強くなってどうしたい?」

ジークを諌めることをせず言葉を続ける。それはかつて自分自身が問われた言葉。それに対して俺はエゴに塗れた回答をして師匠に気に入られ力を得ることとなった。それを今度は尋ねているのだから、運命というものは本当に面白い。

「強くなって・・・」

「そうだ、強くなることでお前はどうしたいんだ?」

ジークの苛立ちもいつしか消え真剣に言葉を反芻している。当然だがこの問いに正しい答えなど存在しない。強くなるというのが自分の思いである以上、答えはどれも自分勝手な思いだ。結局のところその答えに対して賛同できるかできないかの問題だ。俺のときもそうであった。

「守りたい。姉ちゃんやじいちゃん、この村の皆を守れるようになりたい」

その言葉にようやく本当の意味で得心がいった。似ているのだ、どうしようもなく俺とジークは。“守る”力、それは俺が本当に欲していた力であり、持っていなかった力だ。家族、村を守るというは俺が果たすことのできなかったことで力を求めた原点だ。それだけに俺はジークに懐かしさを感じたのかもしれない。

「だが、『炎の環』がある限りここは安全なんじゃないのか?」

これは意地の悪い質問だ。安全が簡単に、平穏が呆気なく崩れ去ることは自分が一番知っている。力を求めるのは崩れ去ったときでは遅すぎるのだから・・・

「それでも、俺は強くなりたいんだ!!」

「合格だ」

「はぁ?」

突然の言葉にジークはきょとんといった表情をしている。無理もない話しだが。

「だから、合格だって言ってるんだよ」

「何がだよ!!」

「お前が俺の弟子になるテストだ」

「はぁぁ?誰が弟子になりたいなんて言ったんだよ」

ジークが再び素っ頓狂な声を上げる。驚きながらも文句を言い忘れないところは流石と言うべきか。

「剣で強くなりたいんだろ?」

「あぁ」

「けど、剣を教えてくれるような人はいないんだろ?」

「うっ」

言い返すことができなくなるジーク。分かりきったことではあったが、やっぱり今までは独学であったようだ。俺も一人で修行をしていたとはいえ記憶にイメージがあったので完全な独学とはいえないのにジークは完全な独学だ。それであの太刀筋だということは才能は計り知れないものがある。

「だから、俺が教えてやるって言ってるんだよ。どうするんだ?」

声にこそ出してはいないが唸るようにしてジークは頭を悩ませる。大方、目の敵にしていた奴に教わるということと強くなれるという思いがせめぎあっているのだろう。

「・・・・・ます」

「なんだ?」

「お願いしますって言ってんだよ!!」

「おっ、おお」

大声を出されたことに驚き言葉が詰まってしまう。それよりも紛いなりにもジークが俺に対して敬語を使ったことのほうが遥かに驚きなのだが・・・

「よし、ならこれから俺のことは師匠(マスター)と呼べ」

「嫌だ」

即答で拒絶される。弟子入りを受け入れたのにこれを拒否されるとは思わなかった。

「何でだよ!!」

「なんだか、それは負けた気がする」

「いや、お前はもう俺に負けてるだろ」

「それでも、嫌なものは嫌なんだよ!!」

こうして天頂に差し掛かろうとしている太陽の光の下、前途多難な師弟関係が始まろうとしていた。



[18058] 第25話 日常の温かさ
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/23 23:38
「踏み込みが甘い!!」

上段からの袈裟切りを軽くいなす。踏み込みが甘く力が乗り切っていなかったためだ。

『ディスグラグリー』(この聖地の名前も世界樹と同じであると後に聞いた)に来て既に一週間が経った。その間したことは主に三つある。

一つは世界樹の研究。とは言ってもまずは分けてもらった葉から触媒を作っているところだ。素材として優秀なので丁寧に時間をかけて作り上げていっている。液体ではないため携帯するのにも便利で今は栞の形に仕上げようとしているところだ。あまり多様はできないがこれが完成すれば魔力不足も少しは解消されることだろう。

二つ目はジークの訓練だ。教えているのは剣を持つに当たっての基本的なことだ。構え方や振り方、捌き方と型といえるものは一切教えていないし、教えるつもりもない。それは『緡那(さしな)流』が基礎といえるものを奥儀と呼べるまで昇華させたものであるという理由もあればジークに対して教える必要を感じないからという理由でもある。

教えてみて分かったことだがジークの剣の才能は俺以上である。型を教えなくとも自分なりの形を作って剣を振るってくる。俺が教えなくともいつか自分の流派と呼べるものを作り出していたかもしれないだろう。

それだけに余計なことは教えたくないと思っているのだ。下手に教えてしまえばそれはジークの才能を変に歪めてしまうことになる。なのでこうやって剣を交えて経験を積ませることに重点を置いているのだ。

「今日はここまでだな」

ジークが剣を構え直したところで終わりを告げる。

「えぇーもうかよ」

ジークが不満そうに訴えてくるが言葉を撤回するつもりはない。理由は幾つかあるが大きなものとしては、

「もう動けないだろ?隠しているつもりだろうが剣筋がぶれ始めていた。そろそろ、潮時だ。それにしても体力ないな・・・」

ジークの体力的な問題がある。いくら才能があろうとはいっても所詮は8歳だ。長時間の修行は身体に負担がかかるためしないほうがいいのだ。俺のときであっても、あの地獄のような修行の中しっかりと見極めはされていた。俺がエヴァに修行をつけてもらった年齢よりもジークは低いのだ。休めるところは休ませないと本末転倒となってしまう。

「身体強化の魔法使えばいいじゃん」

「それじゃあ、意味がないと説明しただろ?剣を持っているのに魔法なしで振るえないのでは折角の剣が可哀想だ」

俺は修行中の魔法での身体強化を認めていない。身体強化の魔法を使えば幼くとも大人に負けないほどの身体能力を得ることができるだろう。しかし、それでは体が鍛えられることはない。故に禁じているのだ。

「分かりましたよ、師匠(マスター)」

不満げながらも返事をするところからもジークも何が言いたいのかは理解しているのだろう。

「それじゃあ、俺は自分の修練に入るから帰るなり眺めるなり好きにしていいぞ」

「了解、ユウ」

そのままジークは広場の脇に下がる。そこにいたシグリムからタオルを受け取り座り込んだことからもやっぱり限界がきていたのだろう。呼び方については修行中は『師匠』と呼ぶようにさせ、それ以外は自由にさせることにした。何から何まで教えるわけでもないし、けじめという意味では十分ついているはずだ。

「さて・・・」

深呼吸をし息を落ち着け集中する。今まで使っていた木剣を脇に置き、『希求』を呼び出し構える。

「まずは『翼閃』」

正眼の構えから横薙ぎへと体を動かす。何度もしてきた動きだ。一閃、二閃。イメージの中の完成形と重ね合わせ徐々にずれをなくしていく。

この一週間してきたことの最後の一つがこれだ。『緡那流』の修練。ひたすら、四つの型を繰り返す。ただそれだけの作業だがそれが難しい。完成形のイメージがあるとはいえ完成させることは限りなく難しいのだ。完成形がありながらも完成がないそれが『緡那流』なのだから。

「ふう・・・」

『點琲(てんはい)』まで全ての型を一通り済ませ息を吐く。勿論、ここで終わりではない。むしろここからが本番である。究極に究極を加えるそれが本当の意味でこの一週間『緡那流』を鍛えてきたことだ。

『緡那流』は人としての動作の究極を求めた流派だ。故に純粋なる人の域をでることはない。“気”も“魔法”も使わず技術のみの極地。いわば、旧世界でいう“表”での最強の剣術流派だといえる。

だが、俺がいるのは“裏”の世界。旧世界で隠れている“気”や“魔法”といった超常的なものが普通である世界だ。その中では『緡那流』の強さは半減してしまう。『緡那流』は当然人外を想定してなどいないし、人間では考えることのできない早さや力で用いられることも考えられてはいないからだ。

そこで考えたのが所謂“裏”の要素も加えた型をつくる、もしくは型に昇華させることだ。しかしこれは並みではないことである。完成に至らないものを更に引き上げるそれは無謀ともいえる所業なのだから。

それだけに型ということができるまでのものは未だに一つしかない。否、一つあることが以上ともいえる。

『希求』を鞘に収め、咸卦法を施した状態で踏み込み抜刀。

「『終処(ついおく)』」

気付いたときには終わりが処(お)かれているから『終処』。速さの極を求めた型だ。


 シオンside

「終わったようですね」

主との修練を終え、ジークがこちらに向かって歩いてきます。隣のシグリムはタオルを取り出して迎える準備をしているようです。

「お疲れ」

「お疲れ様です」

「ありがとう」

受け取ったタオルで額を拭いながらジークはその場に座り込みます。やはり、体力的には限界が来ていたのでしょう。それでも、徐々に時間は延びてきているのでしょうけど。

「帰らないのですか?」

「あぁ、見ていく」

もはや恒例となりつつある言葉をジークに投げかけます。ジークの視線の先には『希求』を取り出し精神統一をし始めている主の姿。主にとっての修練はここからです。

主はジークに対して多くのことを教えてはいません。基本的といえることのみでしょう。それでも、ジークが目に見て分かるほどの成長を遂げているのは主の動きから自分にとっての最適の動きを作り出すという類まれなる才能の為せる技なのでしょう。

―――ビュン―――

一回、二回と空気が引き裂かれる音が響き渡ります。

『緡那流』の型には演舞のような美しさはありませんが、その無骨な最小限の動きには“剣”としての美しさを感じることができます。

一連の型の動きを終えた主が再び静止し集中し始めます。ここから始まるのが主にとっての本当の目的。極の極を生み出す作業。一応なりにも『緡那流』を習得しているこの身にはそれがどれだけ困難なことだか理解することができます。ある意味で完成がない『緡那流』を完成させること以上に難しいことでしょう。

現に修練を始めて一週間経った現在でも生み出すことは出来ていません。主の中では一つの型ができてはいるようですが、まだ現実に投影できるには至ってないようです。イメージの上でもたった一週間で形作っただけでも十分凄いのですけども・・・

―――疾―――

一陣の風が吹き渡りました。主が『希求』を納刀したかと思えば次の瞬間には抜刀されています。私でさえ何とか目視することができたほどの速さです。ジークやシグリムでは何が起きたのか分からないでしょう。案の定、目を見開いてわけが分からないといった表情をしています。

『希求』を消し、主がこちらに向かって歩いてきます。今日はここまでということなのでしょう。さて、私も迎える準備をしなくては・・・


 Side out


振り抜いた『希求』を構え直し残心。鞘に納め消したことで張り詰めていた空気が霧散する。

『終処』のようやくの完成。イメージの中からやっと脱することができた。元々はただ速い斬戟だったものを抜刀術として型にまで昇華させたものだ。片刃であるとはいえ西洋剣に属する『希求』では用いることが難しい型ではあるが納得のいくものに仕上げることはできたし、あとは修練を重ねるだけだろう。

「主、これを」

「あぁ、ありがとう」

これからのことを考えながら広場の脇へと移動するとシオンからタオルを渡される。汗を拭いながら見るとジークとシグリムが呆けた顔をしている。何かあったのだろうか?

「なぁ、シオン」

「はい、なんでしょうか?」

「ジークたちはどうしたんだ?何だかぼぅっとしているようだけど」

悩んだところで何があったのかは分かるはずがないので素直にシオンに尋ねる。傍にいたシオンなら何か知っているだろう。

「これは主が何をしたのか理解できなくて呆然としてしまっているのですよ。目が慣れていなければいつの間にか動いて剣が振り抜かれているようにしか見えませんから」

「そういえばそうだな」

『終処』は速さの極の型だ。簡単に目視できてしまうようでは意味をなしはしない。とはいえ、素人が見えなかったところで実戦で通用するのかは分からないが。

「シオンは見えたのか?」

「ギリギリといったところですね。虚を突かれては避けることも防ぐこともできないでしょう」

シオンに尋ねたところなかなかに良い回答を受けることができた。主至上主義の気が若干あるとはいえ、シオンの言葉は正確なのでタイミングを考えれば十分実戦でも使えるのだろう。

「及第点といったところか・・・」

目標とすべきところは分かっていても避けることのできないことなので、まだ完成といえるものではない。完成形はできたが完成はしていない、まさしく『緡那流』の血を引く技だ。

「ユウ!!今何したんだよ!!消えたと思ったら剣を抜いていて・・・あぁー上手く言葉にできねぇ!!」

意識を戻したジークが猛然とした勢いで尋ねてくる。隣ではシグリムもコクコクと頷いているので同じ気持ちなのだろう。確かに今までは何をしているのか理解できないということはなかったので落ち着いていられないのもわからなくはない。

「何って、ただ速く動いて抜刀しただけだが・・・」

「ただ、速くですか・・・?」

結局のところが“速く動いて斬る”それだけの動作だ。そこには特殊な脚の動作もないし手の動きもない。最短距離を最速で詰め抜刀しただけなのだから。

「そう、それだけ」

「まじかよ・・・」

何か種や仕掛けがあるのだろうと考えていたのか、ジークは俺の言葉に再び呆然としている。

「はぁ、凄いんですね・・・」

「別に凄くなんてないぞ。瞬動以上の速度で動いただけだし。動作は俺なりに最適化したけど練習すればできる」

「瞬動以上の速さを簡単に出してる主は十分凄いんですよ」

シオンは呆れたように言葉を出す。瞬動以上の速さなんて咸卦法を使えば簡単にできるような・・・そういえば、咸卦法は究極技法(アルテマ・アート)なんて呼ばれていたか。それにノータイムで発動できるのは異常だとかエヴァも言っていたような・・・持続時間は相変わらずだけど。

「ま、まぁ、瞬動以上の速さでなくともそれなりの形にはなるはずだよ、きっと・・・」

「それよりも他には何か技ないのかよ、ユウ」

呆然としていた状態から回復したジークが興味深そうに訊いてくる。俺が『緡那流』の四つの型以外の動きをしたのはこれが初めてなので期待しているのだろう。

「残念ながらない。幾つか漠然としたイメージならあるけどな」

「ならさっさと完成させろよ」

「簡単にいうなよ。新しい型を考えるなんてそう簡単にできることじゃないんだから」

『終処』が一週間という短時間で完成したのは以前からある程度の形があり、それを改良していったからだ。全くの無から生み出したり、今ある究極を昇華させるのにはそれこそ一年や二年といった時間が必要になってくる。

「そういうものなのか」

「そういうものなんだよ」

つまらなそうにいうジークにつまらなそうに答える。そんな様子をシオンとシグリムは微笑みながら見守る。冬の寒さはまだ抜けきらないがこの空間だけ暖かく感じる。俺がこの村で過ごし始めてから続く和やかな日常の一コマだった。



[18058] 第26話 桜
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/25 23:57
冬が終わりを迎えれば春が来る。それは何時であってもどんな場所でも変わることはない。蝶が舞い、鳥たちが謳う。春の陽気は優しく全てを包み込み命を育む。

「もうすっかり春だな」

麗(うら)らかな天気というのはまさにこのことで、雲のほとんどない空から温かな光が降り注いでくる。暑すぎることなく、寒すぎることのない本当に過ごしやすい季節である。

“春眠暁を覚えず”誰かの言葉であったが実に納得のいくものだ。朝の修練の時間は既に過ぎ日が昇ってしまっている。

「と、こんな場合じゃなかったな」

慌てて着替えを済ませ家を飛び出す。普段通りならもうジークは特訓を始めてしまっているだろう。

ジークの剣術を見始めてからそれなりの時間が過ぎ、基礎に関してみればもう十分一人で修行を行うことのできるレベルとまでなった。なので、最近では専ら修練の最後に軽く打ち合う程度でしかない。才能のあるものを弟子にするというのはなかなかに大変なことのようだ。

広場への坂を上って行く途中、風にのって桃色の欠片が飛んでくる。その一つを握り、手を開く。

「これは・・・」

その欠片はどこか記憶に残るものだった。足は自然を欠片が舞ってきたほうへと向き、本来の道を逸れていった。


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「これはまた見事なものだな・・・」

辿り着いた先の光景に思わず声が出る。そこに広がっていたのは一面の桃色。まさしく春を謳歌しているといった風景であった。

桃色に染まる木の一つに近づき下から見上げるようにして眺める。大きさは世界樹には遠く及びはしないがその存在感と与える感動は匹敵するものであった。

「その木は―――」

「“桜”だろ?」

「えっ、はい。知っていたのですね」

背後からの気配に答えるようにして言葉を紡ぐ。シグリムはまさか知っているとは思っていなかったのか驚いた表情をしている。

そう、“桜”だ。もう、ほとんど思い出すことはできないが“俺”はこの木がこの花が大好きであった。

「まぁな、見るのは初めてだけどね」

「そうなんですか?この辺では珍しい木なので何処かで見ていたのかと思いました」

確かに“何処か”では見ていたのだろう。“何時か”と言ったほうが正しいかもしれないが。

「本とかで知ってはいたけど見るのは初めてだな。実際に見てみると本当に綺麗だ」

「私もそう思います。大好きなんですよ、桜」

吹く風に緩やかに花弁を散らす桜はとても美しく儚げで言葉が出ない。

しばらくの間、静寂がこの場を支配し時が流れていく。

「そうだ!お花見をしませんか?」

沈黙を破ったのは以外にもシグリムのほうであった。


 ♢ ♢ ♢


「ったく、朝来なかったと思えば何でいきなり花見なんだよ」

「まぁいいだろ?たまにはどうせこの時期だけしかできないんだ」

「ジーク、文句があるならこなくてもいいですよ」

「花見ですか・・・楽しみです」

「ほっほっほ、こんな人数での花見は久しぶりじゃな」

思い思いのことを言いながら桜のある場所まで歩いていく。結局、朝の修練には間に合うことなくジークに文句を言われることになってしまったが、シグリムが無言の威圧感を見せ黙らせることとなった。ちょっとだけジークに同情してしまったのはここだけの話だ。

シグリムが花見をすると朝食のときに宣言してからはとんとん拍子にことは進んでいった。提案者のシグリムはすぐさま弁当を作り出し、ヴァルトは「楽しみじゃのう」と笑い、シオンは「主が行くなら」と肯定と示し、ジークは「・・・・・・」と無言を貫いた。

当然この流れで反対する気など起きず俺も参加をすることになった。元々参加するつもりではあったが。

「で、何処でやるんだよ?」

「エルファイムの傍のところよ」

「エルファイムって結構距離あるじゃん」

ジークがげっそりとした表情を見せる。世界樹を挟んで反対側を目指しているのだからそれなりに距離はあるといえる。

『ディスグラグリー』には周囲を囲むように八つの魔力溜まりがあり、それぞれを北から時計回りに『ニアヒヴァム』・『グラムディード』・『ヴェリルダリッド』・『ヒルメレイ』・『エルファイム』・『ジェニマウス』・『フラヴァートハイマー』・『レイフィルム』と名付けられた広場となっている。また、世界樹麓の広場は『ダグラーズ』という名前だ。

ヴァルトの家は『ニアヒヴァム』の傍にあるため『エルファイム』の近くとなると世界樹を挟んだ対岸に行くようなものになるのだ。

「ちょっとしたピクニックだと思えば大丈夫でしょ?」

「うっ、俺は大丈夫だけどじいちゃんが・・・」

「わしは大丈夫じゃよ」

ジークはヴァルトを出しにしてやんわりと拒否しようとするが本人から「問題ない」と言われてしまう。

「そういうことよ」

「・・・はい」

諦めたのか黙ってジークは先頭を歩いていく。修行の成果もあり基礎体力は上がってきているはずなので実際のところそこまで疲れるようなことはないであろう。

「すいません。うるさかったですよね?」

「いいや、全然。気にすることないさ」

二人の少し後ろを一人で歩いていた俺のところにシグリムが歩調を合わせてくる。

「そうですか?ならいいのですけど・・・」

「そういえばさ」

「はい?」
俺が気にしていないことに安心したのか胸に手を当てていたシグリムに話しかける。

「ヴァルトさんにはいいとして、シグリムってジーク以外、俺にもシオンにも敬語だよな?別にそんなに気にしなくてもいいのに・・・」

ここに着てからだいぶ経っているが、未だにシグリムは俺とシオンに対して敬語を使っている。

「えぇ、まぁユウさんは年上ですし・・・」

以前、年齢を聞かれたときに17と答えたところシグリムは16歳で一つ下であったのだ。ちなみにシオンは15としている。

「(ある意味、ヴァルトよりも年上だなんて言えないよな・・・)でも、シオンは年下だろ?」

「それは何というか、癖のようなものでして・・・嫌でしたか?」

「そんなことないけど、無理に敬語使うことないからな?ジークなんてあんなだし」

ジークは修行のとき以外は一切敬語を使ってこない。清々しいほどにまでタメ口である。それでも修練時はしっかりとした言葉遣いになっているのでけじめはついているのだが。俺自身、師匠に対して常に敬語を使ってきていなかったので正直にいえばあまり強くいえなかったりするのだ。

「あんな真似できませんよ!!」

ジークの今までの振る舞いを思い出したのか両手を大きく振ってシグリムは否定してくる。実に謙虚だ、ジークに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。

「まぁ、楽な喋り方でいいからな?」

「あっ、はい!!」


 ♢ ♢ ♢



「花が綺麗だな・・・」

「そうだな・・・」

弁当の中身を摘みながらジークと二人で粛々と桜を眺める。

「たまには修行も休んでこうやってゆったりとするのもいいかもしれないな」

「ユウは今日休んだじゃないか。まぁ、わかるけど」

咲き誇った桜の木を眺めるのもいいが散っていく花弁を見るのもまた情緒があっていいものだと感じる。ゆったりと過ごすこれは大切なことだ。

「ほら、これも食べろよ。美味しいぞ?」

「分かっているって。それよりも「気にするな」・・・」

静かに弁当を口に運び桜を眺めつつける。目に映るのは満開の桜の木と散る花弁だけだ。それ以外を映す必要はない。

「でもよ、「気にするな」いや、気持ちは「目にするな、桜だけ見るんだ」分かるけどさ「集中しろ、桜の声を聞くんだ」・・・」

そう心を落ち着け、集中すれば桜の声が・・・

「あ~るじ!!なんで、そんなところで地味にしているんですか。こっちで飲みましょうよ」

そう、静かにすれば・・・

「私なんて、私なんてぇぇーーー」

集中すれ・・・

「ほれ、もっと飲め、もっと!!」

心を落ち着けれ・・・

「って落ち着いていられる状況かああぁぁぁーーーー!!」

「だから、花見は嫌だったんだよ・・・」

今この場はかつてないほどの混沌に支配されている。笑い、泣き、叫び、そして煽る。それの繰り返しだ。

「どうしてだ。どうしてこうなった・・・」

「それはじいちゃんが持ってきたさ「分かってる」・・・」

「現実逃避ぐらいされてくれよ」

「ユウ・・・」

ジークが優しく肩を叩いてくる。まさか歳が二桁にも達していない人に慰められる日がこようとは思ってもいなかった。

事の発端は簡単なことだ。ヴァルトが“何故か”もって来た酒をシオンに飲ませてしまったことから始まる。そして酔ったシオンがシグリムに飲ませ、ヴァルトは自分で飲んで今に至る。

「ジーク、お前はこうなることが分かっていたのか?」

「じいちゃんはこういう場だと絶対酒盛りするんだ。しかも、一人じゃつまらないからといって他の人にも飲ませるんだよ。いつもは大抵姉ちゃんが犠牲になるんだけどね」

ヴァルト、村長とあろうものがそれでいいのか?“いつも”ってシグリムはまだ“未成年”なんだが・・・

「じゃあ、なんで止めなかったんだよ!?」


「止められるわけないだろ?こういったときはしばらく待つにかぎるんだ。そうすればじきに静かになるから」

何か悟った表情で言うジーク。その仕草を見て俺は全てを理解した。ジークにとっての“コレ”はもはや“苦労”なんかではないのだと。

「そうか・・・」

「うん」

そう話すことはないといわんばかりにジークは弁当を摘まみだす。俺もそれに習い弁当を摘みながら再び桜へと視線を移す。背後ではまだ騒ぎは続いており情緒などあったのもではないが。

二度とヴァルトを連れて花見などしないと心に誓って手に持ったコップを呷った。

「って酒じゃねかよコレ!!」

結局、全員が酔いつぶれ近くの住人に夜起こされたのはちょっとした余談である。



[18058] 第27話 夢と現
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/27 22:13
白い空間が続いている。もしこの風景だけを見て、他の感覚がなかったのならば“あの”場所に迷い込んでしまったのかと間違ったかもしれない。

だが、違う。“あの”場所では何処か温かみを感じることができた。しかし、この白い空間にはそれを感じることはできない、寒いのだ。それも雪のような寒さや冷たさではない。そう、闇の中にただ一人でいるかのような寒さであった。

白い闇、そのようなものが存在するというのなら、ここのような所をいうのだろう。

白く染まった闇の中を歩く。白以外は見えず、音も聞こえなければ吸い込んだ空気も無機質である。何も触れることもなく、匂いも感じない。歩くたびに孤独な寒さのみを感じ続ける。

気が狂いそうになる。気を少しでも抜いてしまえば途端に自分が自分ではなくなってしまうだろう。“独り”というものはここまで苦しいものなのか・・・

やがて、一つの物影が見えてくる。それは椅子であった。温もりを感じるような木でできたものではなく、無骨で冷たい印象を受ける石を切り出して作ったようなものだ。その周りを木の根が囲うようにめぐり、まるで何かを戒めているようだった。そしてそれは間違いではなった。

椅子には一人の男が座っていた。いや、“座る”という言葉は語弊があるだろう。正しくは縛り付けられていた。

両腕は周囲の根に吊るし上げられるように鎖で縛られ固定され、胴や脚も同様に鎖で雁字搦めにされている。唯一鎖がない部分は顔ぐらいなもので、その顔も俯いており表情は分からない。

ふと、縛り付けられている男が顔を上げる。そして、重そうな口をゆっくりと開いていき、

「すまない」

と声に出した。

俺の意識はそこで途切れることとなった・・・


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「主、大丈夫ですか!?」

「うっ、シオンか・・・?」

目を覚ますとそこには心配そうにこちらを見つめてくるシオンの顔があった。顔色は若干青ざめていて、かなり心配していたように思える。

「はい、魘されていたようですけど大丈夫ですか?」

決して気分がよいとは言えず、衣服は汗でびっしょりと濡れていて酷く気持ちが悪い。そして、自分が寝巻きに着替えていなかったことと今まで寝ていた場所がベッドではなかったことに気が付いた。

「あれ?ここは・・・」

「寝ぼけているのですか?ここは主の部屋の机ですよ。あれほど無理はしないでくださいと言ったのにまたですか?」

確かに手に残る感触も背に感じる硬さもよく知っているものであった。

「あぁ、またやっちゃったのか・・・」

意識が覚醒してきたことにより今俺がどのような状況にあるのか理解し始めた。昨晩、研究をしたまま机で寝てしまったのだろう。机の上や床には資料が散在しているので正しいはずだ。

最近、ようやく『炎の環』の研究をし始めることとなった。悪意のあるものは入り込むことができないという曖昧極まりない結界の謎を解き明かそうとしているのだ。

しかし、研究は困難を極めるものであった。第一に俺自身がこのような研究が得意ではないこと。第二に集落の人々にとって『炎の環』があまりにも普通であるものだったことだ。そのため、思うように資料が集まらないのだ。結果、現在分かっていることといえば『炎の環』が『ディスグラグリー』を基点に球状に展開されていることといった特に関わりのないようなことだけであった。

「研究をすることは止めません。けど、少しは体を労わってください。肉体的には人間と変わらないのですから、衰弱もすれば病気になることだってあるのですよ?」

「悪い、気をつけているつもりなんだけどさ」

「何度目ですか?そのセリフ・・・」

呆れるようにシオンは言葉をかけてくる。ここ数日シオンには同じことを言われ続けているような気もしないでもないので、そのたびに言っていたとすれば1、2回ということはないだろう。

「次はしっかりするからさ、な?」

「はぁ~、わかりました。けど今日は研究をせずにしっかり休んでくださいね」

「分かったよ。外で修行でも―――」

シオンを見ればそこには鬼がいた。“紫苑”という花は“鬼の醜草”という別名があるそうだが、こんな状況になることを考えて名前を考えたわけがあるはずない。そうこれは偶然だ。そしてシオンの表情だって・・・

「・・・・・・」

無言の圧力をかけてくる。既にその顔は鬼を通り過ぎ阿修羅と見間違えるまでになっていた。シグリムといいシオンといいどうして俺の周りはこうも抗えない女性ばかりなんだ。エヴァ?あれは根っからの鬼だ。だって吸血“鬼”だし。

「あのシ「休んでくださいね」――分かりました」

こうして俺は一日の休みを得ることとなった。


 ♢ ♢ ♢


「暇だな・・・」

シオンから今日一日の強制的な休養を言い渡されてから数時間。することもなくただ集落を歩き回っている。実力ではシオンに負けることなどありえないのに勝てる気がしないのは男の性か。何度も言うように“あの状態”の女性には勝てないのだ、絶対。

修練と研究の日々を繰り返していた俺がそれ以外に何かすることを思いつくはずもなく、仕方なしに集落の中を巡り歩くことにしたのだ。とはいえ、世界樹を囲うようにして集落があることからも、この集落の規模は大きいといえる。それだけの規模がありながらにしてほぼ閉鎖的な歴史を刻んできたというのだから異色であるといえる。

当初感じていた好奇の目もだいぶ治まってきた。しばらくは外に出るたびに物陰などから視線を感じ大変であったが、ヴァルトやシグリム、ジークの他に話す人も増え村の一員と受け入れられてきたのだと思う。聖地とあろう場所がこんなにも易々と余所者を受け入れていいものかと疑問に思いもしたがそれも良いことだと思う。平和ぼけという言い方は悪いが平穏が簡単に崩れてしまうことをよく知っているため、こんな平和ぼけた生活がいいものだと思うのだ。

「それにしても、あの夢はなんだったんだろうな」

魘されていたことから悪夢であったことには違いない。しかし、恐怖を感じたり、苦しむといったようなことはなかった。感じたのは孤独な寒さだ。故に通常の悪夢とは別のものであるというのも紛れもない事実である。

夢は記憶を整理するために見ると聞いたことがあるが、あのような場所は一度も見た覚えがなかった。ただ忘れているだけであったり、存在する記憶から創り出されたものであるかもしれないが。

「それにあの男は・・・」

夢の中で鎖によって雁字搦めにされていた男の姿を思い出す。当然、見覚えなどなく、ましてや自分の姿というわけでもなかった。その姿はまさしく封印されているようなものであり、どうして封印されているかなど知る由はなかった。

「すまない、か・・・」

口を開く直前に見ることのできた顔は“苦痛”ではなく“悲痛”で歪んでいるように見えた。そして、「すまない」という言葉。俺に対して言ったのか、それとも別の誰かに対して言った言葉なのかは分からない。けれどその言葉から受ける印象はどこか知っているようなものであった。

「一体何なんだよ」

答えの出ぬ思考に身を任せ歩き続ける。そんな時間がしばらく続き、ふと辺りが暗くなる。何事かと顔を上げれば、そこには日差しを浴びる『ディスグラグリー』の姿があった。

いつの間にかに足がこの場所へと向いていたようだ。ここに来てからは毎日といっていいほどやってきていたのだから自然と足が向いてしまってもおかしくないなと思いおもわず苦笑してしまう。

誘われるように根元まで足を進ませ幹に背を預ける。時々吹く風と葉の間から零れてくる光が眠気を促す。直射日光は厳しいがこうしてみれば日向ぼっこに最適の日である。

しばし風に身を揺らし目を閉じていると、葉の揺れる音に混ざり一つの足音が聞こえてきた。

「何をしているんです?」

よく通るソプラノ声が耳に伝わる。その声はよく知っているもので目を開いてみれば予想通りの人影があった。

「ん?日向ぼっこ」

何気ない口調で答える。シグリムは答えが意外だったのか一瞬きょとんとした後、笑みを浮かべた。

「ご一緒しても?」

特に断る理由もないので「ああ」と了承すると隣に腰掛けてきた。肩が触れるか触れないかという距離。なびく髪は少し強い風が吹けば届くだろうというぐらいだ。

「どうしてこんなところに?」

「いや、シオンに今日は休めって言われてふらふらしていたらいつの間にかにな」

ここに辿り着いたときと同じようにシグリムに苦笑してみせる。

「そうですか・・・確かに最近のユウさんは無理をしすぎでしたから。倒れてしまいますよ?」

シグリムは心配そうに声をかけてくる。シオンだけならずシグリムまでにもこのように心配されるとは相当無理をしているように見えたのだろう。全然無理をしているつもりはないのだけれども。

「はっはっ、シオンにも同じようなことを言われたよ。ただ、ね・・・」

「上手く進んでないのですか?」

「分かったのは『ディスグラグリー』を基点にしているだろうってことぐらいだよ」

自嘲気味に笑う。研究という尺度では短い時間であるかもしれないが、それなりの時間をかけているのにもかかわらずこれだけしか分かっていないのだから自嘲したくもなる。

「基点ですか?」

シグリムは上を見やり、『ディスグラグリー』を見上げるような体勢になる。

「そう、基点。正確には『ディスグラグリー』の真下が基点になっているようだけれどね」

「下・・・」

『炎の環』は『ディスグラグリー』の地下を基点として半永続的に展開されている。基点がズレたり、『ディスグラグリー』に何か起こらない限りは消えるようなことはないと考えられる。ヴァルトに訊いたところ地下は存在しないようなので、恐らく“根”が基点となっているのだろう。確か発光現象は根から始まると聞いたことがあるので、基点とするにはちょうどいい場所であるはずだ。

「まぁ、それが何だと言われてしまうとどうしようもないんだけどな。やっぱり絶対的に資料が足りてないよ」

「この集落に『ディスグラグリー』や『炎の環』について調べようと思う人はいませんからね。今聞いたことも私は初めて知ったくらいですから」

「俺は研究には向いていないのかもな・・・」

大きくため息をつく。得意だと思ってはいなかったが、ここまで難航しているとなると才能がないのではと思ってしまう。正直にいって、何か切欠がなければこれ以上の進展は見込めない。

「ゆっくり休めば何か思いつくかもしれませんよ?少し根を詰めすぎなんですよ、ユウさんは」

「だといいけど・・・ところでそれは?」

シグリムが来たときから手にしている紙を指差し尋ねる。よく見れば便箋のようだけれどもこの土地に手紙を送るような人がいるとは思ってもいなかった。

「これは父様からの手紙ですよ」

「父親!?」

予想外の言葉に驚き声を上げてしまう。シグリムはジークとヴァルトの3人で暮らしていたものだから、既に両親はいないものだと思っていたのだ。

「私だって人の子なんですから父親ぐらいいますよ」

少しむっとした表情でこちらをシグリムは睨んでくる。いかにも不機嫌ですといった顔でこれは少々危うい。

「い、いや今まで会ったことがなかったものだから、てっきり、ね・・・」

「そういうことですか。確かに母様はもういませんから」

不穏な空気が霧散し、シグリムは寂しそうな顔をした。

「ごめん・・・」

「いいえ、私から話したことですから。それに何年も前のことです」

「そうか」

親というのはほとんどが自分よりも先に死ぬものだ。けどそれは、もっと先のこと。なぜならば、早くに親を亡くしてしまった子は何を支えにしていいか分からないからだ。十代やそこらで死に目に会うということはあまりないといえるかもしれない。

「はい。母様はこの村の人でしたけど、父様は違います」

「というと?」

違うということは少なくとも“外”の人間なのだろう。

「父様は魔法世界の人で、今は“ヘラス”って国で兵をしているんです」

「ヘラス、か・・・」

その言葉に哀愁の思いに駆られる。

「知っているのですか?」

「ちょっと、昔にな。行ったことはないのだけど」

そう、昔だ。昨日のようなことに思えても、実際は遥か昔。目指していて結局辿り着くことはできなかった。

「昔、?」

「あぁ、俺は魔法世界出身だからな」

「え、えぇーーーー!!」

「ぐぁっ」

突然、耳元で叫ばれたので鼓膜がおかしくなり、頭がガンガンとする。

「すいません。驚いたもので・・・」

「まぁ、言ってなかったしな」

魔法関係者であることは分かりきったことではあるが、魔法世界の出身であることまでは思いつかなかったようだ。俺も旅をしているということ以外の経歴はぼかしてきているので分からなくて当然だが。

「それじゃあ、どんな所へ行ったんですか!?」

新しい玩具を前にした子供のようにはしゃぎ訊いてくるシグリム。普段、ほとんどこの地から離れないだけあって外、それも魔法世界のこととなる興味が絶えないのだろう。いつもの様子からでは考えられないはしゃぎようだ。

「そうだな・・・」

そうして俺は魔法世界のことを話した。自分の生まれ育った町のこと、訪れた様々な場所のこと、出会った人々のこと。よちろん、ぼかさなければならないところはそれとなく話をそらしたが。

俺の話一つ一つに驚いたり、笑ったりするシグリムの表情は新鮮で、違った面のシグリムを見ることができた一日だった。


シグリムside

「少し疲れた」と言ってユウさんは眠ってしまいました。折角の休みだったのにずっと話させてしまい、少し申し訳なかったです。

ユウさんの語る魔法世界のことは私にとって興味深いことばかりでした。父様が魔法世界の人であるのである程度の知識はありましたが、話を聞いてみるのとはまた違います。いつか行ってみたいという興味は絶えず、気になることも増えました。

気になることといえばもう一つあります。話の途中でユウさんが一瞬見せる哀愁のこもった表情。それはただ懐かしんでいるというには少し悲しすぎるような気がしました。

「私とほとんど変わらないというのに色々な経験としてきたのですね」

そういえば、私はユウさんたちについてほとんど知りません。知っているのは旅をしているということと今日聞いた魔法世界出身だということ。人にはそれぞれ事情があるのだと思い詳しく訊くようなことはしませんが、謎はなくなりません。

「ユウさん、何で貴方はそんなに悲しい瞳をしていたのですか?」

先程の表情が嘘のような安らかな顔をして寝息を立てるユウさんに呟きます。疑問は静かに影に落ちていくのでした。



[18058] 第28話 剣の願い
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/06/29 23:14
「合綴 極光の1矢」

彩色の輝きを見せる矢が一つ空に向かって放たれる。遥か遠くまで舞い上がった光はその姿を何とか確認できる大きさまでなったところで爆散した。

「だいぶ、形になってきましたね」

傍で様子を見ていたシオンが言う。

「形になっただけでまだまだ時間もかかるし、作り出せるのは1矢だけ。実戦では使えないな。あの時のようにはいかないな」

あの時は“あの”場所であったがためにあれだけのものを行使することができたのだ。通常ではこれがやっとだ。

「それは当然ですよ。ただの場所でここまでできることが異常なんですから」

「でも、理論上は可能だろ?」

理論上、『合綴』で組み合わせる属性の数に上限はない。それこそ、全ての属性を合わせることだって可能なのである。ただし、それはあくまでも理論上であって実際問題としては2つ組み合わせるのでも苦労し、3つ以上となると不可能に近い代物となる。

「理論上できることが全てできてしまっては苦労することはありませんよ」

「確かにな。練習を重ねていくしかないか」

「私はこのまま“闇の魔法”まで試すのではないかと気が気でありません。絶対しないでくださいよ。“合綴”も本当はやめて欲しいぐらいなんですから。始めの頃どれだけ怪我をしたと思っているんですか?」

「流石にそこまではしないさ。それに怪我だって本当に初めてやったときに比べたら大したことはないんだからさ」

納得してなさそうな顔でシオンは忠告してくるが、やめるつもりはない。実際、かつては成功どころか大怪我をすることとなった3系統での合綴もこうやって形にすることができたのだ。あの場所での経験は明らかに自分の中で役に立っていた。だからといって“闇の魔法”は試すつもりはさらさらない。魔力暴走で自爆するのが目に見えているからだ。

「ならいいのですけど・・・くれぐれも無茶はやめてくださいね」

「はいはい、分かっているって。ならこっちを試してみるかな」

懐から一枚の栞を取り出す。勿論ただの栞なんかではない世界樹の葉を閉じ込めた自家製の触媒だ。

「シア・アス・シアン・アンバレス 氷の精霊1001柱 集い来たりて 敵を射て 魔法の射手 連弾 氷の1001矢」

栞を掲げ呪文を唱え終えた瞬間に一面の空は光に支配する。掲げていた手を振り下ろすとその光はまるで流星を逆再生したかのように空へと消えていった。

「成功ですか?」

「そうだな、魔力もまだ十分に残ってる成功だ。ここまで来るのにどれだけかかったことか・・・」

感慨深く呟く。世界樹の葉を触媒とすること事態はそこまで難しくなかったのだ。しかし、慎重をきして作ったにも関わらずその触媒は他の素材から作ることのできるものとほとんど変わらなかったのだ。

手っ取り早く作成することはできないものなので、ゆっくりと試行錯誤を重ねていくことでようやく世界樹の葉たるだけのものを作り出すことができたのだ。

「おめでとうございます」

「あぁ、ありがとう。とりあえずはヴァルトさんに報告だな。協力がなければ作り出すことはできなかった」

ヴァルトには色々と迷惑をかけた。世界樹の葉ともなれば落ち葉でさえもなかなか手に入らないというのにヴァルトは俺の希望に沿った数を用意してくれた。条件として成果を報告することになっているが、これだけの計らいを無為にするつもりなどない。

「そうですね。今日の分の修練を終えたら早速伝えに行きましょう」

「終えたらって、今日することはもうないけど・・・?」

当然のようにいうシオンに疑問の言葉を返す。あの日シオンから研究も修練もほどほどにしてくださいと言われてから内容を少なくしている。今日は既にジークとの修練も行っているので今のをあわせるとかなりの時間になっているのだ。

「触媒精製のほうに目処が立ったようなので、『希求』の力についてよく話しておこうと思いまして」

「『希求』の力?」

「はい。『希求』がただの剣でないことは分かりますよね?」

「勿論だ」とシオンの言葉に頷く。対峙したときの威圧感は凄まじいものだった。

「『希求』はその名の通り“強く願うこと”で力を増します。勿論、限度はありますけれども。かつて、主に力を与えたのはこの作用が働いたからです」

かつてというのは俺が才能と引き換えに力を得たときのことを言っているのだろう。あの時の俺は“力が欲しい”、“諦めたくない”と心の底から願った。その結果として大きな力を得ることができたということだろう。

「力を増すと言っても主と同化したことによってあり方を変えてしまったので、端的に言えば身体能力の補助が限度と言ったところですけど」

「それは本来あった力が使えないということか?」

「いえ、本来あった力が別の形として顕れるということです。なので、主が強い心を持つ限り『希求』は主の限界以上の力を引き出し、あらゆるものを断ち切る名剣となるでしょう。しかし、主の心が折れてしまえばその力を顕すことはなく、鈍らと化してしまいます」

つまりは諦めない限りはその力が衰えることはないということだろう。

「なかなかに大変な代物なんだな」

『希求』を呼び出し見つめる。

“諦めない”言葉で言うのは容易いが、為すとなればこれ以上難しいことはない。「どんな絶望的な状況であっても希望の火は消しはしない」、なんてものは偶像の中の英雄が言うセリフであって、現実にそのような状況に至ってしまえば心が折れるなんてことはざらにある。そこまで人の心は図太くできてはいないし、できていないからこその“人間”なのだ。

「『希求』を貸してもらえますか?もう一つの力について説明しますので」

そう言うシオンに『希求』を手渡す。

「主も分かっていると思いますが、『希求』は発動体でもあります。とはいってもそれは副次的なものなんですけれども・・・」

シオンは『希求』を一振りし、無詠唱で魔法の射手を作り出してみせる。揺らめく4つの光が『希求』の周りを漂う。

「外装」

シオンが呟くと漂っていた魔法の射手が刀身に吸い込まれるようにして掻き消え、変わりに『希求』が魔法の射手の色と同じ色に輝きだす。

「それは?」

「これが本当の力です。『希求』には魔力を留めるといった力があります」

それは“闇の魔法”と同じようなことだろうか?もし、そうならば“闇の魔法”を使うことのできない俺にとって大きな力になるだろう。

「“闇の魔法”とは違いますからね。あくまでも、留めるのは“魔力”であって“魔法”ではありません。なので純粋な力としては発揮できますが特殊な変化は見込めません」

心を呼んだかのような的確な説明に開こうとしていた口を閉じる。

「それって、何か―――なるほどそういうことか・・・」

疑問を口にしようとしたところでこの力の意味に気付く。この能力はかつてのアーティファクトと同じなのだと。

「気付きましたか?そうこれは魔法の射手以外の魔法を使うのならば全くの無用の長物と言えます。しかし、魔法の射手しか使わない主ならば有効利用できるでしょう。こうやって斬戟を飛ばすことも可能ですし」

光を纏った『希求』をシオンが空に向け振ると威力はそれほどないがさながら雷の斧のような三日月型の斬戟が放たれた。

純粋な魔力となってしまえば、魔法として昇華されたものがその効果をなくしてしまう。そのため、中級・上級魔法ならばこの能力は無駄にしかならない。だが、魔法の射手は基本的に撃ち出すことしかできない。となれば、“纏う”という新たな選択肢が増えることになるのだ。

「ほんと、俺にむいた能力だな」

「それは勿論。主の一部なんですから」

シオンから『希求』を受け取り要項に照らす。『希求』は一瞬微笑んだかのように光を反射した後、姿を消した。胸に伝わる温かさが安らぎをもたらしてくれている気がした。

「主」

「何だ?」

シオンを見るとシオンは微笑みながらも真剣な表情で口を開きだした。

「“道具”は使われるためにあります。それは意思があろうとなかろうと変わりません。今日私は“代行者”として『希求』の力の全てを伝えました。『希求』の願いは主の力になること。そして、己を最大限用いてくれることです」

「・・・・・・」

シオンの声に静かに耳を傾ける。今のシオンはシオンであってシオンでないのだ。その一言一言が耳に響き渡る。それらはとても神聖で遮ることは許されないのだと感じた。

「主、心を強く持ちなさい。さすれば我らは立ち塞がる困難を切り開き、空へと導く翼となるでしょう。再度誓いましょう、我らは連理の枝のごとく共にあり続けることを」

シオンは手を差し出してくる。その手を俺は再び静かに握った。

今度は姿が消えることも、意識がなくなることもない。しかし、そこには確かに繋がりがあった。目には見えず、伴侶でもなければ家族でもない二人と一本は深くここに結びついたのだった。



[18058] 第29話 夢魂遭遇
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/07/03 23:23
無音にして無地。無碍にあって無限の空間が広がっている。無何有之里と間違えかねないほどに無形な世界。しかし、それは理想郷とは程遠く、むしろ真逆で地獄と呼んだほうがいい世界だ。

「(また、ここか・・・)」

二度目の来訪にもかかわらずこの場所は冷たく出迎えるだけであった。

開いた口が言葉を発することはない。そもそも、伝わる感覚とは裏腹に己には腕も胴も脚も存在していないのだ。視界があるからと言って目があるのだと言い切ることのできない。まるで意識のみがこの場所に漂っているようなのである。

歩こうと脚を動かそうと思えば、そこに脚はないというのに歩いた感覚が伝わり進む。そして、この世界で唯一有形の存在の元へ辿り着く。

その姿は相変わらず鎖によって束縛されており、頭以外の場所は微塵も動かすことは叶わないだろう。

「すまない・・・」

縛られた男は俯いたまま静かに懺悔するように呟いた。その痛々しい声は不思議なまでに響き渡る。

「私は、・・・」

ガチャガチャと鎖を擦り合わせながら男は顔を上げる。瞳には僅かに光が灯り、姿のないこちらを見据えてくるような錯覚がした。

「こんなはずでは、こんな・・・」

男はただ悲痛な声を上げ続ける。鎖は耳障りな音を絶えず鳴らし、男を束縛し続ける。

「誰か私を・・・、私の願いは・・・」

男は全てを言い終わる前に力尽き頭を再び垂れる。それと同時に俺の意識は途切れていった。


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「っはっはぁ・・・また、あの夢・・・」

荒げた息と共に目が覚める。目覚めた場所はベッドの上で寝巻きに着替えてもいたが、体は前回と同様に汗で湿っており気持ちが悪い。すぐさま、着ている服を床へと脱ぎ捨て、不快感を和らげる。

「くそっ、一体なんなんだよ!!」

悪態をつきながらも着替えの手を休めることはしない。タオルで体中の汗を拭い、普段着へと着替える。

簡単に身だしなみを整えたところで、脱ぎ捨てた服を持って部屋を出る。そのままの足で洗面台へと向かい顔を洗う。

「酷い顔だな・・・」

隈ができているというわけではなかったが、全体的に顔色が悪いように見える。血圧が高いというわけでないが、ここまで青い顔を普段はしていなかったはずだ。このままではシオンやシグリムに余計な心配をかけるなと思い、冷水ではなくお湯で顔を洗う。

「少しはマシになったか・・・」

血流が良く巡りだしたのか、顔にほんのりと赤みが出てきたのを確認して洗面台を後にする。

リビングに辿り着くとそこは既に朝食の香りが漂い始めていた。キッチンからはリズミカルな包丁の音とフライパンが熱せられている音が聞こえてくる。

「おはようございます、主」

テーブルに着こうとしたところにキッチンからシオンがやってきた。手にはサラダが盛り付けられているボールを持っている。

「おはよう。何か手伝うことはあるか?」

何もせず待っているのも悪いと思い手伝うことがあるか尋ねる。ジークは毎朝の素振りに行っており、ヴァルトは散歩に出かけるのが毎日の光景なので、今はシグリムが料理をしているのだろう。

「いえ、もう終わりますので大丈夫です。私も少し手伝いましたので」

「え゛っ!?」

“手伝う”という言葉に素直に体が反応する。何故ならば、元が同じだとは思えないほどシオンは壊滅的に料理が下手なのだ。

シオンの作る料理は別に殺人的なものになるわけではない。ただ純粋に不味いのだ。決して口にしたからといって意識を失うこともなければ、バイオ兵器のようになっているわけでない。単に口にできる不味さなのだ。そして、それはある意味で殺人的な不味さよりも上回る恐怖である。

ちなみに俺自身は過去の経験もあることでそれなりに上手く作ることもできるし、レパートリーも豊富に取り揃えている。にんにくを使う料理だけは一切ないが。

「そんな声を出さないでください。これでも上達しているんですから、それに今日は手伝っただけで調理はしていません」

テーブルにサラダを置き、シオンはがっくりと肩を落とす。確かにシグリムとの練習の成果もあり徐々に上手にはなってきてはいるがまだ美味しいとは呼べないできなのだ。朝から顔をしかめなければならない状況にはなるべく陥りたくないというのが心情というものだ。

「わかってるって。今度、俺も教えてやるからさ?」

「本当ですか!?」

「あぁ、だから今はシグリムの手伝いをしてこい。まだ、途中なんだろ?」

「あっ、そうでした!!」

俺の言葉に笑顔を浮かべたシオンは慌てるようにしてキッチンへ戻ろうとする。

「大丈夫ですよ。もう、終わりましたから。ユウさん、おはようございます」

シオンがキッチンの入り口に差し掛かったところで中からシグリムが出てくる。料理の乗ったトレーを手にしていて、出来立てであることを証明するかのように料理からは湯気が上がっている。

「おはよう。それで最後か?」

「はい。あとはジークと祖父様が帰ってくるのを待つだけです」

「そうか」

シグリムからトレーを受け取り、テーブルへと料理を並べ席につく。シオンが隣、シグリムが正面になる形だ。

「ユウさん、ちょっと調子悪いんじゃないんですか?」

「えっ!?そうなんですか、主?」

目の前に座ったシグリムが声をかけてきて、その言葉に反応したシオンが隣から覗き込んでくる。

「え、どうしてだ?」

顔色はだいぶ戻っているはずなので、ばれることはないと思っていただけに少し驚いてしまう。

「いえ、少しやつれているように見えたので。また、無理をしているわけではありませんよね?」

シグリムとシオンから無言のプレッシャーがかかる。じとっとした目で睨みつけられると身が竦んできてしまう。

「してないって。だから、その目はやめてくれ」

この言葉に嘘はない。研究が難航しているということもあるが、適度に休みをいれることを忘れてはいない。現に今日は一日休もうと思っている。

「じゃあ、どうしてなのです?」

シオンの言葉に正直に答えていいものか一瞬悩む。話したところで何か変わるというわけでなないだろうが、夢の内容を話すべきではないと何故か感じたからだ。

「ちょっと、嫌な夢を見ただけだよ・・・」

最後のほうは掠れるような声になってしまったが、察してくれたのかシオンもシグリムもこれ以上はないか言うことはなかった。

「ただいま!!」

「帰ったぞい」

そんな気まずい沈黙をジークとヴァルトの帰りが打ち消してくれたのは幸いだったと言えるだろう。


 ♢ ♢ ♢


「ユウさん、見てくださいよ!これ!!」

「あぁ」

シグリムが露店の間を巡り歩き、時折置かれている品物を指差してくる。その姿は年相応の少女のもので以前話をしたときのようであった。弾むようにして歩いていくシグリムの後を俺はゆっくりとついていった。

それに対して周りの人々の歩みは忙しなく、レンガ造りの通りを踏むコツコツという音が途切れることはない。

「すいません。私ばかりがはしゃいでしまって」

趣のある建物を眺めながら歩いていると、シグリムが自分の行動を恥ずかしがってか、それとも別の要因があってか顔を赤くしながら近づいてきた。

「構わないよ。目的は達したんだし、俺も色々と興味深いものがあるからな」

そう言って俺は見慣れた趣のある家の向こうにそびえる高い建物を見やる。

「この辺りの建物は昔のものばかりですからね。旅先でもなかなか見ることはできないのですか?」

「まぁな、ここまで“立派”なものは初めてだよ」

周りの家について言うシグリムに遠くに見えている建物の感想を言う。70年前はあれほど高い建物はなかったと答えるわけにはいかないのでそれとなく返事をしたが違和感はないはずだ。

街灯やビルなど思いもしなかったものが数多くあり、実に興味深く思う。尤もこれが“魔法世界”と“旧世界”との違いなのか、70年間の結果なのかは分からない。どちらにせよ、魔法世界でも大都市と呼ばれるような場所には訪れていなかったのでこれらのものは新鮮であった。

「そうですね。私もあまり“外”には出ることがないので、こういう機会は楽しみなんですよ」

シグリムが嬉しそうに言い、再び露店に目を向け始める。

そう、今俺たちは“外”に出ている。こうなった理由はしばらく時間を遡らなければならないだろう。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・


「買い出しですか?」

「うむ、そうじゃ」

朝食が終わり、コーヒーを飲み一息ついているところでヴァルトから「今日、時間はあるか?」と尋ねられたので「大丈夫」と答えると買い出しに言って欲しいと頼まれることとなった。

「それは村の商店ではなくってことですよね?」

この集落にも一応商店は存在する。集落内での完全な自給自足は難しく、また“聖地”であるという理由からいくら秘匿しようとも魔法世界との関係を断ち切ることはできないので物流は少なからずあるのだ。

「シグリムと一緒に“外”の街まで行ってきて欲しいのじゃよ」

なんでも、僅かな物流で足りない分の物資は定期的に“外”の街まで買いに言っているらしい。長が総括し、普段は担当のものが出かけることになっているようなのだが、体調が悪く行くことができなくなってしまったようなのだ。

「構いませんけど、何でまた俺に?」

「ユウ殿は“外”からの旅人じゃからのう。何かと都合がよいかと思うてな」

墓穴を掘るとはまさにこのことかとも思ったが、今更撤回することもできないので快く了承する。とはいえ、“外”に出る機会があることには越したことはないのでこれと言って悪いことではないというのが実際のところだ。

「分かりました。でも、場所は何処なんです?そこまで近いというわけではないのでしょう?」

認識阻害の結界とはいえ限度というものは必ず存在する。それにもかかわらず、これだけの土地をほぼ閉鎖的に保っているのだから、すぐ傍に街があるというわけではないだろう。現にこの土地の近くで目覚めたときにらしきものを確認することはできなかった。

「だいたい、5、60kmといったところかのう・・・」

「結構ありますね」

決して行くことのできない距離ではないが、楽に辿り着くことのできる距離でもない。舗装された道などあるわけないので、厄介といったほうがいいかもしれない。

「ほっほっほ、別に歩きで行けとは言っとらんよ。シグリムもいることだしのう・・・それで、これじゃ」

ヴァルトは数枚の紙を取り出した。術式の書かれているそれらの紙に俺は見覚えがあった。

「転移魔法符ですか・・・」

「そういうことじゃ」

“転移魔法符”はその名の通り転移魔法を使うことのできるものだ。転移魔法は高等魔法であるがこれを使えば誰でも使うことができるのだ。しかし、

「けど、いいのですかそのような高いものを使っても?」

転移魔法符は高等魔法を再現できるだけあって非常に値段の高いものである。短い距離のものであってもそれなりに値が張るものだというのに5、60kmを転移できるものとなると相当な値になるだろう。それを必要とはいえ買い出しなどに使っていいものなのだろうか?

「いいのじゃよ。これはこの村で作ったものじゃからのう。こういうときに使わずしていつ使うのじゃ」

ヴァルトは笑顔で転移魔法符を渡してきた。渡された転移魔法符は全部で5枚、2人分の往復の分を考えたとしても1枚余る計算になる。

「1枚多いのではありませんか?」

疑問に思いヴァルトに尋ねてみると笑顔を崩さずに答えてきた。

「その一枚は物資用じゃよ。必要なものを買い揃えた後はゆっくりしてくるといい。では、頼んだからのう」


・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


というわけで早々に必要な買い出しを終えた俺とシグリムは露店の立ち並ぶ区画へと繰り出しているのだ。

この区画にある露店の種類は多種多様だ。定番であるアクセサリーや果物などの食品を扱っている露店は勿論のこと、服、雑貨、本に加えて工具や木材、鋼材までも取り扱っている露店まである。ありとあらゆるものが揃うといっても過言ではないだろう。

「何か欲しいものでもあったのか?」

シグリムが一つの露店の前で立ち止まり、品物を眺めている。どうやらアクセサリーの露店のようだが、全てに宝石のようなものが取り付けられている。

「特に欲しいというわけではないのですけど、綺麗だと思いまして・・・」

確かに手作りであろうアクセサリーはどれも形と取り付けられている石が見事な調和をもたらしていて素晴らしいの一言に尽きる。

「うん。どれも素晴らしいな。どれが一番綺麗だと思う?」

「そうですね。あれでしょうか?」

シグリムが指差したのは深碧の石を包むように羽根を模した銀色の金属で形作られているペンダントであった。

「おっ、おねぇさんお目が高いね。それはここ最近で一番のできなんだよ。どうだいおにぃさん?可愛い彼女にプレゼントなんて?」

「か、彼女だなんて。ち、違いますよ!!」

「おや、違ったのかい?」

わたわたと慌てるシグリムに対して露店の主はニヤニヤと俺とシグリムを見比べてくる。こちらにその気がなくてもこう二人で歩いていればそう見えなくもないだろう。となればここは・・・

「そうだな。それを貰おうか?幾らだ?」

「彼女ではないのだろう?いいのかい?」

口では制しているのにもかかわらず、手は既に売る準備を始めている。最初から売らないつもりなどないのだろう。

「この店のものは彼女じゃないと贈ってはいけないのか?」

「そんなことはないよ。おにぃさんに免じてこれ位にしてあげるよ」

「え、えっ?」

戸惑いを隠せないシグリムを傍目に提示された金額を払って店をすぐさま後にする。これ以上あの場にいればこれ幸いと更に買わされかねない。

「ほら」

「あ、はい。ありがとうございます」

しばらく歩いたところでシグリムにアクセサリーの入った包みを手渡す。未だに事態をよく理解できていないのかシグリムは慌てるように受け取った。

「なんだよ、まだ惚けているのか?」

「それはあんなとんとん拍子にことが進んでしまえば、惚けてもしまいますよ!!それにお金あったんですか?そんなに安いものではないはずですけど・・・」

「まぁ、ちょっとしたことがあってな」

ちょっとしたことというのは“栞”が売れたことだ。正確には作り方を教えたということだ。

ヴァルトに触媒の完成を伝えたところ、この村で作られているものよりも良いできであり、製造方法を教えることとなったのだ。家に住まわせてもらっているお礼として無償で教えるつもりだったし、そもそも研究した内容に関しては全て教える約束になっていたのだが、ヴァルトは正当な報酬だと言い張ってそれなりの金額をくれたのだ。

「それでも、こんな・・・」

「日頃、お世話になっているお礼だと思ってよ」

家事全般を全て請け負っているシグリムには毎日お世話になっている。プレゼントの1つや2つ当然のことだ。

「でも、はい。分かりました。ありがとうございます」

まだ思うところはあったようだが受け取ってくれるようだった。この謙虚さはジークに見習って欲しいところだ。

「ところで何でそれだったんだ?」

店主も一番のできだとは言っていたが、他にも素晴らしいものは色々とあった。その上でシグリムがそれを選んだ理由が気になったのだ。

「それは取り付けられている石の色が気に入りまして・・・」

「あぁ、深碧の奴か」

あれには引き込まれるような魅力があった。澄んだ海の底の色のようで静かで深い趣きがあるといえる。

「ユウさんの瞳も同じようで好きですよ」

「へっ?」

突然の告白に今度はこちらが呆気に取られてしまう。いきなり、こんなことを言われれば誰だってこうなってしまうはずだ。

「あ、いえ、これは。ユウさんの瞳の色が好きなのであって、本人じゃないというか。勿論、ユウさんが嫌いというわけではないのでして・・・あぅ・・・」

顔を真っ赤にして再びわたわたとしだすシグリム。その姿は実に可愛らしい。

「分かってるって。ほら、他のところにも行ってみようか。ジークたちにも何か買っていかなければならないしな」

強引に流れを断ち切りシグリムを促す。以前顔は赤いままだったが、ついてきてくれていることから意思はしっかりと伝わってるようだ。

青く澄んだ空の下、穏やかな時間はゆっくりと進んでいくのだった。



[18058] 第30話 決意
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/07/06 00:42
―――カッ、カッ―――

乾いた音が響く。二振りの木剣がぶつかり合う。首を狙おうと横薙ぎを繰り出せば、受け止められ捌かれる。逆に胴を抉らんとする一撃を俺は受け流す。

攻めれば受け止められ、反撃に移れば受け流されるといった一進一退の攻防がいつまでも続いていく。

剣閃が舞う、駆ける、飛ぶ、走る、光る、落ちる。“演武”というよりも“演舞”という言葉のほうが似つかわしいほどの戦い。

「(やるようになった)」

心の中でほくそ笑みながらジークの剣を受ける。当初見られていた基礎のなっていない太刀筋はもはや見られず、俺との打ち合いで得た経験は成長として剣に現れている。

ジークの持つ天賦の才は己の剣筋を最適化し続け、より速く、より鋭いものとなっていった。こう思っている今でさえも徐々に捌きづらいものへと変化していっている。

早々に教えるようなことがなくなってしまったとはいえ、紛いなりにもジークは弟子であるのだ。これだけの成長を実感させられれば嬉しくもなる。

「(老婆心というものか、少し違うか・・・)」

下段からの切り上げを受け止め、横薙ぎを仕掛ける。距離をとって木剣を正眼に構え直したジークに声をかける。

「強くなったじゃないか」

「余裕そうな顔をしてよく言いますね」

「そうでもないんだけどな・・・」

この言葉に偽りはない。顔には出していないが、正直捌くのが難しい剣戟も何度もあった。無事にすんでいるのはひとえに弟子には負けてられないといった矜持があったからでしかない。

「そんな顔をしてると足元を掬われますよっと!!」

距離を詰めてきたジークが袈裟切りを放ってくる。間合いを見極め俺は易々とその一撃をかわす。しかし。

「(っ、これは!!)」

振り下ろされた木剣の刃にあたる部分を返すと、そのまま胸に向かって切りつけてくる。それを大きく飛び退くことで何とか回避することに成功した。

「チッ!!」

「やるじゃないか、今のは本当に危なかった」

舌打ちをし悔しがるジークに声を投げかける。今の一撃は確かに危なかった一撃だった。咄嗟に反応することができなければ避けられなかったはずだ。そしてこれは・・・

「にしても、撥鍔(はつがく)とはな・・・」

そう、ジークの放った一撃は『撥鍔』を模したものであった。切り下ろしと袈裟切り、切り上げと横薙ぎという違いこそあるものの根本的な動きに関して言えば同じものといえるものであった。

「そりゃ、ほとんど毎日と言っていいほど見てますから。まだ、あの動きはできないので“似た”物でしかありませんけど」

会話を交わしながらもそこに一切の隙は見られない。心地よい殺気を常にこの身に浴びせてくる。ジークは間違いなく強者と呼べる実力を持ち合わせていた。

「(本当に強くなったよ・・・)ジーク、お前の力に免じて1つ技を見せてやるよ。尤も全力ではながな。しかとその身に刻み付けろよ」

俺は構えていた木剣の柄を腰にまで持ってくる。手を縮込ませ、突きを放つような体勢である。それを見てジークも突きを警戒してか、受け止めるよりもかわすことに専念することにしたようであった。だが、それは間違いである。

「神緡(かんざし)流―――『千刃弔(せんばづる)』」

腰だめからの一撃を皮切りに数多の剣閃がジークを襲う。避けることは叶わず、受ければその数に足を封じられ刃の為すがままになる。ただ、受け続けるというと途方もない時間が過ぎていく。故に受ければ、“千もの刃を千歳のときほど受け続け弔われる”。『数』の極を目指した技である。

ジークの手にしていた木剣を高々と吹き飛ばし刃の雨が止む。ジークの手は小刻みに震えているがそれも当然のことだ。本来、体のありとあらゆる場所に放つところをわざと木剣にめがけて切りつけたのだ。千には遠く及ばなくとも積み重ねられた衝撃はその手を蝕んでいったはずだ。

「どうだった?」

その場に座り込んだジークに手を差し出す。震えながらも手を握り、立ち上がったジークは不服そうに口を開いた。

「全く分かんなかった。それに“緡那(さしな)流”以外が使えるなんて今の今まで知らなかったし!!」

余りにも納得いかなかったのか口調も普段の調子に戻ってしまっている。

「あぁ、『神緡流』ってのは『緡那流』を元に俺が作り上げたものだからな」

『神緡流』は極を求めるという『緡那流』の血を引いた流派だ。元々は『緡那流』の技を昇華させるだけだったのだが、『緡那流』はあくまでも動きの中での極でしかなく、力などの極は求めていなかった。そのため、それらの要因を加えた流派として『神緡流』を生み出したのだ。

「それじゃあ、今のは・・・」

「実際に受けたんだから分かっているとは思うが、『千刃弔』、“手数”の極を目指した技だ。本当ならば身体強化した上で使う技だがな」

「身体強化なしであれなのに使ったらどうなるんだよ。こっちは使っても手も足も出なかったのに」

魔法で強化していたジークに対して俺は一切の強化をしていない。年齢に差があるのだから当然のハンデだ。

「その年でそれだけできれば十分だ。俺がその年だったときはそこまでできていなかったよ」

「その年ってもう俺は“12”なんだぜ?」

「まだ“12”なんだよ」

この地に来て既に数年。当初の予定よりもかなり長く滞在していることになる。様々な要因があったからだが、その内の1つは今達せられた。

「ジーク」

「なんだよ?」

「卒業だ」

「はっ?」

突然の宣言にジークは呆気に取られた顔をしている。この顔を見るのもずいぶんと久しぶりな気がする。

「だから、弟子を卒業だ。もう俺から教えられるようなことはない。今までは打ち合いの中で得られることもあっただろうがこれ以上は悪影響しかもたらさないだろうからな」

ジークには剣の才があるためにこれ以上俺と打ち合いを続ければ、ジークの剣は俺に対して特化された剣になってしまうことだろう。それでは可能性を狭めしまうことになる。だからこその卒業なのだ。

「でも、まだ一度も勝ってないのに・・・」

「はっ、別に師に勝てないと卒業できないなんてことはないさ。それに肉体的に差があるんだ、勝てるわけないだろう?」

成長したとはいえジークはまだ12.。引き換え俺は17、18の身体だ。何においても差はどうしてもできてしまう。勝つことなど普通に考えてみれば到底無理な話なのだ。

「けど・・・」

「知らないだろうがお前は相当な実力者だ。魔法で身体強化をすればそれなりに戦えるはずだ。その年でこれだけなんだからこれからも努力していけばまだまだ伸びるさ。そのためにも“向こう”に行くのだろう?」

「あぁ」

ジークは近々魔法世界の父親の元へ行く。兵士をしている父親の元で鍛えるそうだ。教えられることがほとんどなかった俺の元にいるよりは建設的である。懸念があるとすれば、この頃の向こうの空気が不穏であるらしいということぐらいだ。

「そうか。なら、最後に伝えることがある。よく聞いておけよ」

「はい」

「ジーク。お前は“英雄”を目指すのか?」

尋ねるのは始めに訊いた内容。

「勿論だ。ヴォルダンは俺の理想だから」

「お前の夢はお前だけのものだ。だから、俺には何も言えるとこはない。だがな、これだけは覚えておけ。“英雄は他人を殺し、正義の味方は自分を殺す”ぞ」

ジークとその父親の間にどのような会話があったのかは知らないが、兵士の父親の元で鍛えるということは兵士としての訓練を積むということだろう。それは“英雄”へと繋がる道かもしれないが同時に殺人者への道でもある。

「どういう・・・」

「今はまだ分からなくてもいいさ、ゆっくりじっくり考えていけばいい」

これは簡単に答えが出るようなものでもなければ、出していいものでもない。よく悩んだすえに自分の納得することのできる答えが出るのだから。

「さぁ、帰るぞ」

「・・・・・・」

それから、家に帰るまでの間ジークは終始無言であった。


 ♢ ♢ ♢


「そうか、ジークも遂に卒業かのぅ、ほっほっほ」

ワインを口にしたヴァルトが愉快そうに笑う。若干、酔いが回っているのか顔は仄かに赤く染まっている。

「はい。これ以上教えられることはありませんよ。あとはジークの努力しだいです」

「うむ。今までありがとう。本当に助かったわい」

グラスを置き、頭を下げてくるヴァルト。その瞳は酒が入っているとは思えないほど真摯なものであった。

「いえ、こちらも色々と便宜を図ってもらいましたから」

頭を下げるヴァルトに「そんなことはない」と言って上げてもらう。俺もヴァルトには色々とお世話になったので深々と頭を下げてもらういわれなどないのだ。

「それにしてもユウ殿たちがここへ来てからもう4年かのぅ・・・時間が経つのは早いものじゃ」

「そんなに経っているんですか・・・分かってはいても驚きですよ。初めて花見をした頃が懐かしい」

思い出したのは始めて花見をしたときのこと。あの時は場が混沌としてしまい本当に大変であった。それも今ではいい思い出だが・・・

「なら、また花見をしましょうよ。そろそろ、ちょうどいい感じですよ」

カップを持ってキッチンからやってきたシグリムが提案してくる。カップからは甘い蒸気が漂ってくるミルクティーだろうか。

「酒盛りは勘弁ですよ?」

「分かっておるわい」

「酒に関して祖父様の言葉は信じられませんですから」

互いに笑みががこぼれ笑いあう。繰り返してきた穏やかな日常。でも、それはいつまでも続くものではない。そう、特に俺は・・・

「ヴァルトさん、シグリム」

「何かのう」

「何ですか?」

意図的に声のトーンを落とす。これから話すことが笑い話ではないからだ。

「近々、俺たちはここを出ることにします」

「ふむ」

「えっ?」

驚いているシグリムに対してヴァルトはそこまで驚いている様子が見られない。分かっていたのだろうか。

「ヴァルトさんはあまり驚かないのですね」

「ユウ殿たちが旅をしているのは最初から知っておったことだし、やることが済んでしまえば立ち去るとは思っておったのでのう」

俺がここに今まで滞在していたのはジークのことがあったからだ。それが終わった今、もはやここにいる意味はない。もう一つのことも既に目処はついている。

「バレてましたか。ジークが向こうに行くまでになんとかなって良かったですよ。決まってからは多少厳しくしましたから」

ジークが魔法世界に行くということが決まったのは半年ほど前。それからは模擬戦形式の修練に力を入れるようにした。全力ではなくとも手加減をすることを止めたのだ。それは全て今日という日の為だ。

「ジークは本当にいい師にであったものだのう。して、どれくらいで出で行くつもりなのじゃ?」

「シオンとも話してみないといけませんけど、一週間以内というところだと思います」

桜が散る前までには去るつもりだ。できれば最後は美しい風景を目に残して生きたいと思ったからだ。

「そんな、急に。ジークだけじゃなくて、ユウさんまで・・・」

ようやく呟いたシグリムの声は掻き消えてしまうほど小さいものであった。

「悪いな。突然で」

「い、いえ・・・それなら、すぐにでも花見をしないといけませんね!!それじゃあ、私は献立を考えちゃいますので。失礼します!!」

取り繕ったように慌てて立ち去ったシグリムをヴァルトと2人、静かに見送っていく。目に光るものが見えたのは気のせいではないのだろう。

「残ってはくれないのじゃな・・・」

そう言ってヴァルトは俺の前にあるグラスにワインを注いでくる。濃紅に色づいたそれは僅かに酸味を感じさせる香りがした。

「えぇ、もう決めたことですから」

ヴァルトはそれ以上口を開くことはなく、ワインを租借するように飲むだけだった。つられるようにして口に入れた濃紅の液体はどこか苦い味がするのだった。


 ♢ ♢ ♢


ダイニングにヴァルト一人を残し部屋に戻った俺はすぐにベッドに横になった。

「慣れないことはするもんじゃないな・・・」

火照る顔を覚ますように首を振る。あの後俺はヴァルトと共にワインをもう一本空け飲み干してしまったのだ。いくら、酒が飲めると言っても人並み程度の俺では少し辛いものがあった。

ヴァルトと共に酒を飲む機会はもうほとんどない。それは分かっていたのでついつい注がれることを制すことを止めてしまったのだ。「もう一つの件は明日にでも報告します」と言って席を立たなければ今頃も飲み続けていたかもしれない。

「さて、言ったからにはしっかり纏めないとな」

ベッドから起き上がり机の前に座る。机の上には重ねられたいくつもの紙の束があり埋め尽くされていた。

もう一つの件、それは『炎の環』のことである。机に広げられているのは4年間の成果。悪戦苦闘しながらもようやく調べ上げた資料の数々だ。以前として、効果の明確な理由は分かっていないが鍵となるであろう発見はすることができた。それは・・・

―――コンコン―――

考えを遮るようにして部屋の中にノックの音が響き、数秒の後声が聞こえる。

「主、少しいいでしょうか?」

「シオンか、いいぞ」

「失礼します」

白銀の髪をなびかせシオンが入室してくる。風呂上りなのかその髪は少し湿っているように見えた。

「それでどうした?」

「先程のことで少しお話がありまして」

「先程というとヴァルトさんたちとの会話のことか?聞いていたのか?」

「はい」

静かに頷いたシオンはそのままベッドに腰掛ける。

「何か問題でもあったのか?」

「いえ、主が決めたことならばかまいません。ただ・・・」

「ただ?」

「本当に主はそれでいいのですか?」

そう尋ねてくるシオンの瞳は何処か寂しそうな色をしている。その言葉とは裏腹にその瞳は俺が間違っていると思わせるようなものだった。

「・・・・・・それはここを出る時期についてのことか?」

シオンが言いたいこととは違っていると分かりながらも矛先を変えるための言葉を返しはぐらかそうとする。

「分かっているのでしょう?彼女の気持ちを」

そんなことをシオンが許すはずもなく、話は核心へと向けられる。

「それに主だって―――」

「それ以上は言うな、シオン」

声を強めてシオンの言おうとした言葉を止める。その先に続くであろう言葉は嫌というほど分かっていたからだ。

「分かっているさ。シグリムの気持ちだって、それに対する俺の気持ちだってな」

「なら、何故?」

「それも分かってはいるのだろう?俺は人間であって人間じゃない。人と同じ場所にありながら、人とは異なる時を生きるんだ。不老のものが普通の人と共に歩むわけにはいかない」

不老であるが故に人とは深く関わってはいけない。共に歩んでいくことはできないから。分かっているつもりだった、しかし実際にはわかっていなかったのだ、俺は。

「主・・・」

「人を愛するわけにはいかないんだよ、俺は・・・」

「主がそう望むなら、私はいいのです。よろしいのですね?」

「あぁ、構わないさ」

ヴァルト同様、シオンがそれ以上何かをいうことはなかった。俺の気持ちが変わらないことを理解したのだろう。これは揺らぐことのない決意なのだから・・・


シグリムside


「それ以上は言うな、シオン」

その声が聞こえたのは突然のことでした。

「ユウさん?」

声が発せられたであろう部屋の方を見てみるとドアが僅かに開き光が零れだしています。こっそりと中を見てみると二人で何か話しているようでした。

「分かっているさ。シグリムの気持ちだって、それに対する俺の気持ちだってな」

「(えっ!?)」

中から聞こえてきたユウさんの言葉につい驚いてしまいます。咄嗟に口を押さえ声を押しとどめられたのは僥倖でした。

「(私の気持ちを知っているって・・・それにユウさんの気持ち・・・?)」

彼、ユウ・エターニアとの出会いはかれこれ4年も前になります。第一印象は良いというよりも最悪に近いものでした。尤もそれは誤解であることはすぐに分かったことでしたけれども。

ユウさんたちがやってきてからの毎日は慌しくも楽しい日々でした。幼い頃に母様をなくし、父様とも離れて暮らしている私にとって家族はジークと祖父様だけでした。そこに加わった二人が大切な存在となるのはあまり時間のかからなかったことです。

ユウさんを異性として意識しだしたのはあの買い出しの頃からでしょうか、内心でパニックを起こしていた私には関わらず飄々とした態度で贈られたペンダントは今も胸元でリングと共に光っています。

それからと言うもののそれとなくアプローチを駆けたりしたものの、関係はつかず離れずの平行線。でもそれに満足している自分がいました。家族のような自然な関係、それがいつまでも続けばいいと・・・

それだけにユウさんの“ここを出る”という言葉は信じられませんでした。いえ、信じたくなかったのでしょう。思わず泣いてしまうほど悲しいものだったのですから・・・

「なら、何故?」

シオンさんの声が静かな廊下に響きます。そして、その思いは図々しいことだととは分かっているものの同じものでした。

「それも分かってはいるのだろう?俺は人間であって人間じゃない。人と同じ場所にありながら、人とは異なる時を生きるんだ。不老のものが普通の人と共に歩むわけにはいかない」

「(不、老・・・?)」

一瞬その言葉の意味が理解できませんでした。しかし、“不老”という言葉と反芻していくうちに、今までは疑問にすら感じることがなかったことがまるで靄が晴れたかのように浮かび上がってきました。

「(そういえば、ユウさんたちの姿が変わっていない・・・)」

何故、疑問に思わなかったのか。出会ってから4年もの月日が経っているというのにその姿には全く変化が表れてはいませんでした。

「人を愛するわけにはいかないんだよ、俺は・・・」

そう呟いたユウさんの顔はいつか見た悲しそうな表情でした。

ユウさんの言っていることが正しいのだとすれば、私には本当の意味でユウさんの気持ちは理解できないのかもしれません。けど、

「(でも、ユウさん。それは・・・)」

一つの、些細な決意を胸に私は静かにその場を離れるのでした。



[18058] 第31話 平穏への終焉
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/07/10 23:28
白い地に意識が降り立つ。否、素い世界に閉じ込められる。

そう、ここは何もないのではない。何も生み出されていないのだ。それ故にこの場所は原初のまま、白く、素く、質いのだった。

そして、果てしなく広がる。これは正しくもあり、間違いでもあった。ここは閉ざされているのだ。矮小な空間に永遠の広がりが作り出された場、それがここの本質であった。

「(久しぶりだな・・・)」

三度目ともなれば、もはや驚くこともない。この場を理解した意識は黙々とこの場の主の下へと向かっていく。

やがて辿り着き目にしたこの空間の主の姿は、かつて見たものとは異なっていた。何も成長していたり、ましてや退化しているわけではない。ただ、男の“姿”が見えるようになっていたのだ。

男の動きを封じ込めるかのように雁字搦めに束縛していた鎖の大半は男の足元に広がり散乱している。唯一、残っているのは両腕の戒めだけであり、その戒めも今にも朽ち果てそうである。

「うっ、うぅ・・・」

玉座に座している男が呻き声を上げる。何故、玉座だと思ったのかは分からない。だが、冷たい佇まいの石の椅子はそこに在ることを尊大に示しているようであった。

「もう・・・時間がない・・・」

戒めの大半が既に解かれているというのに顔を上げた男の表情は以前よりも苦しそうに見えるものであった。苦痛と悲痛の入り混じった顔で男は時間がないという。

「(時間?何のことだ?)」

幾ら疑問に思おうともそれが伝わることはない。男はただただ言葉を重ねていく。それは懺悔のようであり懇願のようでもあった。

「私は全てを・・・何故、このような・・・」

乾いた呻きは静かに続く。聴者はただの一人、その言葉に答えることもできずに受け止めるだけである。

「誰でもいい・・・私を、私を・・・」

更に苦痛に顔を歪ませた男は搾り出すように言葉を紡ぐ。

「止めてくれ・・・そして、すまない・・・」

その言葉を告げると同時に両腕の戒めが解き放たれる。

その瞬間、世界が変わった。

「(寒い!!?)」

決して今までが寒くなかったわけではない。絶えず、孤独な寒さを感じていて、暖かいとは言える状況ではなかった。

今までの比ではない寒さ。怖気が走る寒さと言うやつだ。どろりとした寒さが徐々に身を蝕んでいく、そしてその根源は目の前の男であった。

全ての戒めが解けた男は両腕をだらりと下げ、俯いたまま微動だにしない。もし、寒気がなかったのならば力尽きたのだと思ったことだろう。しかし、男から流れ出してくる黒い寒さがそれを否定する。

「クックックックッ」

俯いていた男が肩を震わせながら笑い出す。そのまま顔を上げたかと思えば手と足を組み椅子に踏ん反り返る。まさしく、玉座に佇むものずまいであった。

「“英雄”は死んだ!!残された力は器を喰らい覚醒を待つ!!」

そこに先程まで苦痛に耐えていた男の顔はなかった。狂気に近い感情に支配されているような男は朗々と言葉を語る。

「なに、願いは叶うさ。全てを無に帰せば平穏は訪れる。未来永劫、いつまでもな!!」

玉座から男は立ち上がり腕を振るう。振るわれたあとの男の手には一本の槍が握られていた。

「さぁ、平穏への終焉が幕を上げる」

そこで俺の意識は潰えることとなった。


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「・・・・・・ッ!!」

意識の覚醒に無言のまま飛び起きる。体中には倦怠感、嫌悪感が蔓延(はびこ)り、かつてないほど気分が悪い。その余りにもの不快感に苦悶の声すら上げられなかった。

“悪夢”。その一言で片付けられたのならばどれだけ楽だったことか。しかし、未だに残る夢の余韻は容赦なく不快の底へとこの身を引き込んでいくようであった。

気持ちを切り替え、部屋を出られるようになったのは目覚めてから実に一時間もあとのことであった。

「おはよう」

「おはようございます。と言ってももう昼なんですけれど。珍しくずいぶんと遅いお目覚めですね?」

一階に下りたところでシグリムに向かいいれられた。言葉を信じるならば、部屋での時間を考えても相当長い間寝ていたことになる。

「本当か?全然気付かなかったよ・・・」

「はい。今日は生憎の天気ですし日の光から気付くのは無理かもしれませんし、しかたがないことですよ。あ、今ご飯の用意をしてしまいますね」

そう言ってシグリムは一旦キッチンへと下がって行った。外からはしとしとと降り続ける雨音が聞こえてくる。窓から見える空は鈍い鼠色で何処かどんよりとした気持ちがまだ残っているのではないかと思い示しているようであった。

「春雨か・・・」

呟いた言葉に特に意味はない。ただ、自然と口に出ただけである。シグリムが食事を運んでくるまでの間、俺はじっと窓の外を眺めるのだった。


「そういえば、ヴァルトさんは?」

食事を済ませ、約束通り研究の成果を報告しようとヴァルトの姿を探すがどうにも見当たらない。依然として雨は降り続いているので外に出ているということは考えにくかっただけに疑問に思う。

「それが朝起きたのと思ったら血相を変えて飛び出してしまって。しばらくして戻ってきたと思ったら、今度は村の集会所の方へ行ってしまったんです」

「血相を変えて?」

その言葉にどうも引っかかりを覚える。ヴァルトは酒が入ると豹変することはあるとはいえ、普段は冷静沈着で温厚という字を人間にしたようなものだ。そんな人間が血相を変えるなんてことはよっぽどのことがあったに違いないのだ。

「ヴァルトさんは何が言ってたか?」

「いえ、特に何も・・・しえて言うとするならば、“ディスグラグリー”がなんだとか言っていたような気がします」

「“ディスグラグリー”か・・・ってまさか!?」

咄嗟に普段から感じている気配を探る。しかし、それを感じることはできず、代わりに感じたのは弱弱しい気配だけであった。

「シオン!!」

「はい、ここに」

すぐさまこの場に姿のない相棒を呼ぶ。突然、現われるというわけにはいかなかったが、すぐに部屋の奥から姿を現した。

「シオンは気付いていたのか?」

「はい、今朝目覚めたときから。比較的早い段階で措置が取られたので家に残り警戒をしていました。よろしくなかったでしょうか?」

「いや、それでいい。今から俺はヴァルトさんの所へ向かう。俺の予想が正しいのだとすれば・・・チッ、シオンはこのまま警戒を続けていてくれ。いいか?」

「わかりました」

「あ、あの、一体何が・・・?」

シグリムが戸惑いを隠せずに尋ねてくる。血相を変えたヴァルトに引き続き、俺までもが焦るように言葉を重ねているのだからいたしかたがない。

俺自身、この状況は考えてもいなかった。脳裏には最悪の事態が先程から何度も掠め更に焦りを助長していく。ここまで切羽詰った顔を見せるのは初めてのことだろう。

俺はシグリムの方を見て、これから継げる言葉のために一度深呼吸する。幾分、冷静になった心持ちで一つの事実を告げるのだった。


「『炎の環』がなくなった」



♢ ♢ ♢


―――バシャバシャバシャ―――

降り続ける雨の中を濡れるこのとも気にせずひた走る。ヴァルトの家から集会所までは少し距離がある。ヴァルトの家は『ニアヒヴァム』の傍にあるのに対して、集会所があるのは『ヴェリルダリッド』の近くにあるからだ。

焦る気持ちを走る速度に変えて急ぐ。恐らく、最悪はすぐそこまで近づいてきているのだ。簡易的な結界が張られたとはいえ『炎の環』という絶対的な守りを失った今、この村は余りにも脆い。

「(早く、早くしないければ!!)」

嫌がおうにも幼い頃の記憶が呼び起こされる。紅い空に鉄の焼ける匂い。この村があの日と同じ状況になる可能性はあまりにも高かった。

魔を惹きつける土地に、絶対の守護を失った状態、長い間戦うことに触れていなかったということ。全てが悪い方向に組み合わさったときにあの惨劇は繰り返される。

やっとの思いで辿り着いた集会所に駆け込む。床には雨の雫がポタポタと垂れていくが気にしている余裕はない。

「だから、今すぐにでも『炎の環』を復活させなくては!!」

「しかしどうやって?」

「原因があるはずだろう?」

「“向こう”に連絡をしては?」

「そんな時間があるのものか!!それにどこまで協力してくれるか・・・」

会議室の扉の前に立つと中からは様々は声が聞こえてくる。それらの声全てに余裕の色は見られず、思ってもいなかった事態に混乱しているようだった。

「失礼します」

意を決し、中へと入る。突然の訪問者に会議室の中にいる人々の全ての視線が集まる。ただ唖然とするもの、苛立ちを隠せずにいるもの、無感情に見つめてくるもの。様々な感情が見受けられたが、一様にしてじっと見つめてくるのだった。

「お前は・・・」

4年近く集落の代表の下でお世話になっているだけあってこの場に集まった人で俺の顔を知らないという人は誰もいないようで、「誰だ」という言葉が続くことはなかった。

「ユウ殿、一体ここに何の用かな?」

部屋の奥に座るヴァルトが静かに問いかけてくる。

「研究の成果を報告にきました」

「なっ、今はそんなことをしている場合ではッ!!」

一人の男性が声を荒げるがヴァルトは表情を変えることなく、静かに見つめることをやめることはなかった。

「・・・・・・聞こう」

「代表!!」

ヴァルトの言葉に何人かが驚いたように声を上げる。それにつられるように黙っていた人も口を開きだし場は喧騒に包まれ始める。

「静まれ!!」

凛としたヴァルトの声に場が静寂に支配される。

「代表であるわしが聞くと言ったのじゃ素直に従わんか。それに何人かはユウ殿が何の研究をしていたのか知っておるはずじゃ」

ヴァルトの物言いにはっとした何人かは先程と同じようにこちらを無言で見つめてくる。その瞳には心なしか期待の色が見えるような気がする。

「ユウ殿は事態を理解しておるはず、にもかかわらず話がしたいということは期待してもよいのかのう?」

「はい。少なくとも参考にはなるはずです」

「では、話して貰おうかのう」

ヴァルトが椅子に座り直すと立ち上がっていた他の人も席に着きだした。

「わかりました。結論から言って、『炎の環』は結界ではありません」

『なっ!!』

言葉を失っている聴者に関わらず俺は言葉を続けていく。

「私も当初は“結界”だと思い研究を重ねていきました。しかし、それで分かったことは“ディスグラグリー”を基点にしているということだけでした」

「それがどう“結界”ではないということと繋がるのかのう」

この場にいる人々の気持ちを代弁するようにヴァルトが続きを促してくる。

「そこで私は考えました。そもそも、悪しき者だけを排除するような結界を作り出せるのかと・・・答えは否、悪しき者などという曖昧な制限はかけられるはずがないのです。ならば、どうすればいいのかと?得た答えは逆のものでした」

「逆とは?」

「“遮る”のではなく、“閉じ込める”。つまりは『炎の環』は“結界”ではなく“封印”だったのです」

「・・・・・・」

事実が事実だけに皆言葉がないようである。俺だってこの事実に辿り着いたときは驚きを隠せなかった。だが、何度も証明を重ねた結果紛れもない真実だと言うことが分かったからこそこうして伝えることにしたのだから。

「封印って一体何が?」

誰かの呟きが聞こえるが、それは純粋な疑問からかそれとも信じたくないという思いからか。その言葉に俺は無情な真実を重ねる。

「分かりませんか?それは―――」

「失礼しますッ!!」

「何事だ!?」

「なっ、結界に反応はなかったのだぞ!?」

「それが内部から魔物は現れているんです!!」

今、最悪が現実のものとなりつつあった。


 ♢ ♢ ♢

静かであった、不気味なまでに。とても襲撃を受けている最中だとは思えず、雨粒をきるようにして走る。感じる風に未だ鉄の匂いがないことに安堵しながらも足を休めることはしない。

今頃、ヴァルトたちは避難を促しているところだろう。封印されていたものは恐らく魔や悪しき者に属する存在。そうであるならば辻褄が合うのだ。『炎の環』は封印であり、魔を封じていた。その副次的な効果で同様の存在を寄せ付けることがなかったのだろう。

何故、封印していただとか、どうして封印が解けてしまったのかだとかということは分からない。今、重要なのは封印が解け、魔が現れるという状況だけである。ここにも対抗できるだけの実力者はいる、しかし経験が足らない。故に今は戦うことよりも逃げの一手なのだ。そんな中、俺ができることは・・・

―――ゾクッ―――

“ディスグラグリー”の脇を通り過ぎようとした瞬間、かつて感じたことのない怖気を感じ足を止めてしまう。背筋が凍るということはまさにこのことで背骨が氷へとすり替わってしまったかに思えるほどであった。

「お前は何者だ?」

周囲を見渡すと“ディスグラグリー”の根元に男が一本の棒を持って立っていた。その姿を確認した俺は静かに威圧するように問う。自分の余裕のなさが窺えるような声であった。

「“英雄”は死に“力”だけが残された。“力”は“英雄”と同じ結果を求めるが過程は真逆。嘗て、己の意思で守ったものを己の力で壊す。滑稽だとは思わないか?」

男はこちらを振り向くことなく謳うように尋ねてくる。

「このような脆い樹などに全てを託したところで無駄だというのに願わずにはいられない」

男は手に持った棒を掲げ、静かに振り下ろした。

―――轟―――

雷が落ちたかのような音がしたかと思うと、“ディスグラグリー”の枝の一本が崩れ落ちてくる。

「あぁ、そういえば私のことだったな」

まるで舞台上の主役のように優雅に振り返ると男は口を開く。

「私の名はウォルダン。戦乱を呼び、平穏をもたらすものの名前だよ」

何度も見たことのある顔で無表情に笑い、目の前の男はそう告げるのであった。



[18058] 第32話 ウォルダン
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/07/11 20:19
「ウォルダン、だ、と・・・」

自らの名を“ウォルダン”だと名乗った男の言葉に衝撃を受ける。目の前の男は自分を“英雄”だと言ったのだ。

「そうだ。私はウォルダン、かつて“英雄”と呼ばれたものだよ」

改めて宣告を受けるが一向に信じることができない。それは伝承となり過去の英雄だからではない。それはあまりにも・・・

「な、何故・・・それにお前は“人”なのか・・・?」

そう、目の前の存在を“人”だと認識することができなかった。姿かたちは成人男性そのものだというのに、発せられるどす黒い気は“英雄”ましては“人”だと思うことのできないものだった。

「“人”であると問われれば『是』であるな。この器は人間であるし、記憶も経験も“ウォルダン”という個であるからな」

顎に手をあてウォルダンは妙な言い回しで答える。真剣に答えるようには見えなかったが、嘘を言っているようにも思えなかった。

「どういう・・・」

「ふむ。少し昔話をしようか?」

「昔話だと?」

「拒否権はないから君は黙って聞いているといい」

俺がこれ以上何かを言うことを手で制しウォルダンは語りだした。

「昔、あるところに平和な世をもたらしたいと願い力を求めた少年がいた。そして、その願いは叶えられることとなった。力を手に入れた少年は人々を助け、助け、助け続けた。それは少年が青年となり、大人となってからも続いた。多くの人々を助けたその者は“英雄”と呼ばれるようになった」

「・・・・・・」

黙ってウォルダンの声に耳を傾ける。

「あるとき、英雄はふと気付いた。自分が力に飲まれているのではないかと。英雄は多くの平穏をもたらした。しかし、それと同じだけの戦乱ももたらしたのだ。英雄は決意した、自分が完全に力に飲み込まれてしまう前に己を封印することを。」

落ちる雫に両手を掲げウォルダンは語り続ける。

「己の最後の仕事と大いなる魔を打ち倒しその身に封じた英雄は大樹の下にその身を埋めた。二度と目覚めることのないようにと自らを戒めて。だが、そこには一つの過ちがあった。英雄を蝕む力の浸食を完全に抑えるまでにはいかなかったのだ。最後に封じた魔の力が想定異常にあったためだ。そうして、英雄は長い間、少しずつその身を蝕まれていくのだった」

「ならば、お前はウォルダンの身体を乗っ取った“魔”だとでも言いたいのか?」

ウォルダンが語り終え一礼したところに質問を投げかける。今の話を鵜呑みにしたわけではない。だが、否定できるだけの要因もないのだ。

「半分は当たっていると言える。だが、“魔”ではない。“ウォルダン”であることには変わりない。しかし、根本にあるのは“力”、“意思”ではないのだ。この意味が理解できるか?」

その問いの意味はなんとなく理解することができた。「“力”は何処までいっても“力”でしかない」いつか言われた言葉だ。

「“力”がもたらすのは“破壊”だということか?」

「その通り、私がウォルダンである以上“平和”のために力を揮うだろう。けれども、それは“守る”ことではなく“壊す”ことの果てにある“平和”だ。滑稽だろう?」

力は守るために揮うことはできても、守るための力は存在しないのだ。力の根本にあるのは破壊、対極的なものだ。

「ならお前はこの“平穏”も“平穏”のために“破壊”するのか?」

「そうだ。それが“私”の存在意義だよ」

そう言ってウォルダンは右手に持った槍の穂先をこちらに向け、俺は顕現させた『希求』の切っ先をウォルダンに向ける。

「私としては退いてもらえると嬉しいのだけどね」

「生憎、守れるだけの力があるかもしれないというのに諦めてしまうような性格はしていないのでな」

俺が退かないことを分かっているかのように残念そうに呟くウォルダンに答える。

俺の返答に一瞬目を瞬かせたかと思うとウォルダンは笑いを堪えるようにして肩を震わせる。震えが治まったとき、ウォルダンの顔に既に今までの笑みはなく、最初に感じた怖気のような殺気を浴びせてくるのだった。

畏縮しそうな身体を奮え立たせ構えを取る。ウォルダンは穂先を下げ両手で槍を持つという槍特有の構えをしている。

「なら、死合うしかないな」

空気が爆ぜる。驚異的な速度から首への正確な突きが放たれる。体勢を変え横へと避けるが槍の動きはそのまま薙ぎへ、打撃の一撃へと変化した。咄嗟に『希求』を構え受け止めるが予想以上の力に飛び退く。だがここままでは終わらせられない。着地と同時に地を蹴り、ウォルダンの懐へと一閃を入れる。しかし、ウォルダンは冷静にそれを防ぎ距離をとった。

一刹那の攻防。しかし相手の力量を測るには十分であった。

「(強いな・・・)」

心中で舌を鳴らす。首という小さな的を正確に狙ってくる技量。避けられたときにすぐさま薙ぎへと変化させる動き。懐という槍の弱点である位置に潜り込まれても冷静に捌くという判断力。その何れもがウォルダンが強者であることを示していた。

「(流石は“英雄”というわけか)」

無論、全力を出してはいないがそれは相手も同じことである。されど、先程の攻防は力量を測るためには十分で牽制の意味は果たしていた。

力に飲まれようとも“英雄”は“英雄”であり、純粋に剣だけで戦ったとすれば勝てる見込みはない。それは剣と槍との相性、対槍戦の経験からの判断であった。

「(だが、俺は純粋な“剣士”ではないからな)」

瞬動は使わずに間合いを詰めていく。瞬動の直線的な動きは槍を相手にした場合最悪であるからだ。直線的な動きでは飛礫のような突きの雨を掻い潜ることはできないし、瞬動に合わせて突きを放たれでもすれば強力なカウンターとなり一撃の下に屠られてしまうことだろう。

突きを避けながら徐々にウォルダンへと近づいていく。突いた後には引かなければならない。それが必然的な槍の弱点だ。いくら“戻し”が速いのだとしても必ず“戻し”はある。その瞬間こそが槍を使うものにとっての絶対的な隙となるのだ。

「そこだッ!!」

“戻し”の瞬間に合わせるようにして一歩踏み込み胴に目掛けて『希求』を振るう。槍で受け止めるためには時間が足りない。当たると思われたとき、ウォルダンは跳躍、“予想通り”に回避された。

「魔法の射手 連弾 雷の50矢」

―――爆―――

上空に備えていた魔法の射手が一斉にウォルダンを襲う。ウォルダンが先の一閃をかわすであろうことを見越しての攻撃であった。

もくもくと上がる煙を睨みつける。直撃したという感覚はあり、未だにウォルダンの姿は見えてはいない。しかし、これで終わるはずがないという確証だけはあった。故に、

「そうか、そうですか・・・」

ウォルダンが何かを呟くようにしてほぼ無傷の状態で煙の中から姿を現したところでさしたる驚きはなかった。

「何が言いたい?」

油断なくウォルダンを睨みつけるが、ウォルダンは構えを解いており顔には含み笑いが見え隠れしている。

「君と私が似ているということですよ」

「チッ、似ているだと!?」

突然の突きが頬を掠り傷を付ける。先程の一撃に比べれば速度は劣るものであったが構えなしの体勢から放たれたため反応が遅れてしまう。

「打ち合ってみて分かりました。君と私は似ている。それも酷く、ね」

胴への一突きを切り払い腕を狙うが切っ先を逸らされ悠々とかわされてしまう。

「戯言をッ!!」

「君も分かっているはずだ。人であることをやめ、力を手に入れた君ならばね」

「ッ!?」

ウォルダンの一言に一瞬の隙が生まれ、そこを槍の柄での薙ぎが深々と食い込む。呻き声も出せず吹き飛ばされた俺はそのまま石造りの地面に横たわる。

「何故、分かったという顔をしているね。君が私を“人”として見れないのと同じだよ」

確かに俺はウォルダンを“人”としては見れていない。その気配は明らかに人を凌駕するものであったからだ。

「別にそれは間違ってなどいないよ。現に私は既に“人”という存在の中に括ることはできないだろうからね」

ウォルダンは横たわる俺に追撃を与えようともせず、ただ淡々と見下ろすようにして言葉を紡ぎ続ける。

「だが、君は不安定なのだよ。“人”にもなれず“人外”にもなりきれていない。まぁ、その揺らぎが君が人でないことを教えてくれたのだがね。皮肉なものだよ」

「な、何を・・・」

腹部への痛みが和らいできたことで立ち上がりウォルダンを見据える。痛みこそありはしたが、骨にも問題はなく軽傷だ。

「君は人であることを諦めているくせにどこかでまだ人であることを望んでいるのさ。無駄だと分かりつつも諦めきれずにいる。全く理解しがたいよ」

その言葉は今までのどんな攻撃よりも俺に深々と突き刺ささる。

「・・・れ」

「その曖昧さはやがて“君”という意思を殺すことになる。受け入れたまえ君はこちら側だ」

「黙れ!!」

これ以上聞きたくはないという激情が剣を振るわせる。そこには美しさの欠片もなく、あるのはただ“破壊”の意思のみ。

「そうだ!!それだよ、君はやがて私と同じ道を辿る。いや、既に辿っているのさ!!」

ウォルダンは避けるだけで一向に反撃を加えようとはしない。それどころか、嘲笑うかのように剣閃をぎりぎりで避けていくばかりだ。

「お前と一緒にするなッ!!」


「何処が違う?変わらぬさ、君の根本にある思いも、力を手に入れた事実も、これから行き着くであろう涯(はて)もな!!」

「違うッ!!」

否定の思いを剣に込め振りかぶる。上段からの袈裟切りは易々と受け止められるがかまわずそのまま吹き飛ばす。

「君は人であること忘れる。そして、守ろうとしたものすら破壊する力の奴隷となるのさ、私のようにな!!」

追撃を加えた俺と迎え撃つウォルダン。

―――鳴―――

空気を切り裂くような音の後に残されたのは剣と槍で鍔競り合う姿であった。

「俺は屈しない!!」

「激情に駆られ剣を振るっている口がよく言う!!」

ギリギリと互いの得物が軋む音が響く。

「お前には言われたくない!!」

「何ッ!?」

拮抗していた力がウォルダンへと向かう。咸卦法を使い鍔競り合いを俺が制したのだ。

「『屍之々埋(しののめ)』」

流れを殺さず渾身の一撃を加える。ウォルダンは受け止めるものの勢いは微塵も衰えることなく、遥か遠くへと吹き飛ばされていった。

「はぁっ、ふぅ・・・」

深呼吸をして息を落ち着ける。右足は今の一撃で痙攣し思うように動かすことが出来ていない。

『屍之々埋』。咸卦法での踏み込みから魔力を纏わせた『希求』を振りかぶる力の一撃。たとえ受け止めようともその上から相手を倒す技である。本来の形であれば受けた相手は屍のように地にその身を埋めることになる。今回は流れの中で放ったためにそうはならなかったが。

「ユウさん!!」

「主!!」

遠くでピクリとも動かずに横たわっているウォルダンを一瞥し声のした方を見る。そこには駆け寄ってくるシグリムとシオンの姿があった。

「シオン・・・それにシグリムまで!?どうした?避難の指示があったはずだろ?」

集落にいる非戦闘要員である戦えるだけの力のない女、子供、老人は一時的に結界の外に出ることになっている。魔物が内から現れている以上、集落は安全とはいえないからだ。

「それが、ジークが「俺も戦える!!」と言って飛び出してしまったんです!!」

「なんだと!?」

息を落ち着けて告げたシグリムの言葉に驚愕する。出会った当初のような無謀な行動をするようななりは成長と共におさまってきていたのでなおさらだ。

「それでシオンさんにお願いして探しにきたんです」

「主、見かけてはいませんか?」

「いや、俺も見てはいないな。襲撃を受けているのはこの先だからもしかしたらそっちにいるかもしれない」

俺の言葉にシグリムは落胆と同時に心配をあらわにする。当然だ、ジークには確かに大抵の魔物であるならば相手にできるような実力はある。それでも12歳なのだ。“死”に立ち向かえるだけの精神があるとは限らない。それにシグリムにとってはどうであれ弟なのだ。心配しない姉が何処にいるというのだろうか。

「そうですか・・・」

「まぁ、これから俺も向かうから見かけ―――」

「主、危ないっ!!」


―――ドン―――


突然、胸に力を受け突き飛ばされた。


―――ザシュッ―――


空を切るような音の後に聞こえる肉を貫く音。そして、降りかかる紅い液体。


「えっ・・・」


「よかった。無事なんですね」


その顔は毎日のように見ていた微笑みと変わらないもので、微笑みの下から突き出す一本の棒だけが異色であった。


「だから、言っただろう?“守りたいものを壊すことになる”と」


棒が引き抜かれ、彼方に立つ男の手へと戻る。棒についた紅は振るわれると雨によって簡単に流され掻き消える。


―――ドサッ―――


胸より突き出した棒を失った少女は役目を終えたといわんばかりに俺の元に倒れこむ。流れ出す紅は雨で落とされながらもなお俺の身を染めていく。


「シグ、リ、ム・・・?」


呟きは雨音に消され己の耳にしか届かないのであった。



[18058] 第33話 人として
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/07/12 23:39
「シグ、リ、ム・・・?」

胸の中で血を流し続けるシグリムに声を投げかける。まだ、息はあるももの反応は見られない。

理解が追いつかない。何が起こったのか、どうして起こったのか、手をアカク染め上げているのはなんなのか、何故腕の中の人はどんどん冷たくなっていくのか。理解デキナイ、リカイシタクナイ。

「そんな風に呆然としている暇はあるのかな?魔の手はすぐ傍までやってきているというのに」

ウォルダンの声が聞こえるが答える気にはならず、一体の魔物が視界の片隅に現れるが反応はできない。

「主ッ!!あいつらは私が抑えます!!その間に治療を!!」

「あ、あぁ!!」

迫り着ていた魔物を一蹴したシオンの声によってようやく意識がしっかりとする。シオンはそのままウォルダンの方へ駆け出していった。


シオンside


「貴方はなんてことを!!」

「今でなくともいつか辿ることになる道を示しただけさ」

周囲に群がる魔物を打ち落とし槍の主である男の下へと駆け寄ります。男は構えることもせず、悠々と笑うだけでした。

「何のことです!!魔法の射手 連弾 風の11矢」

「彼は私と同じだということだよ」

武器を持たない私では接近戦では圧倒的に不利です。無詠唱で魔法の射手を放ち男を狙いますが、男は槍を振るうだけで襲いかかってくるそれらを全てかき消してしまいます。

「主が?そんなわけありません!!」

「いいや、同じだよ。君の主も何れ力に飲まれる。まして、その意思が揺らいでいるのならばなおさらな!!」

男は槍を振りかぶり投擲。飛来した槍を弾いて魔法の射手を浴びせますが、それは“手に持った”槍で防がれてしまう。

「なっ!?」

すぐさま、槍を弾いた方を見るとそこに槍の姿はありません。

「魔法具ですか・・・」

「ご明察。この槍は念じれば手元に戻ってくるのさ。だから、こんな風に」

男は私の足元に槍を投げ突き刺したかと思うと、すぐに槍は男の手へと戻ってしまいます。

「そうやって、シグリムさんを貫いたのですね」

油断なく男を睨みつけますが、これは少々厄介なことです。あの槍のために相手は近距離でも遠距離でも思う存分戦え、その切り替えもほぼノータイムです。それに比べてこちらは魔法を使うほかありません。

少なくともシグリムが落ち着くまでは持ち堪えなければなりませんというのに・・・

「余所見をしていると彼女と同じ状態になってしまうよ」

突きを障壁でずらしかわします。追撃の手から逃れるために距離をとりますが、追撃は来ず男は佇んでいます。

「ずいぶんと余裕なんですね」

実際、男は今追撃を加えていればしとめるまではいかないとなれども傷を与えられる可能性は高かったはずです。

「余裕?違うよ、ただ君と言うファクターはどういう風にするのが一番なのかと思ってね。彼の前で君をどうしとめれば確実に堕ちるか考えていたのさ」

「主はそんなことにはなりません!!」

堕ちるとはつまり力に飲まれることでしょう。主は『希求』を己の意思で御したのです。堕ちることなどありえません。

「その顔は主を信じきっているものだね」

「・・・いけませんか?」

おかしそうに笑う男につい頭にきてしまう。

「いいや、好ましいことだとは思うよ。だけどね、いくら強大な意思や決意があったってそれが永遠に持続することなどないのだよ。それは君の主だって同じことさ。それに彼には揺らぎがある。簡単に飲み込まれるよ」

「クッ・・・」

「違う!!」と声に出すことはできませんでした。確かに主は迷っています。自分がどうあるべきなのか。永遠を生きるだけの決意を固めるにはどうしても時間が足らないのかも知れません。

「人の心は弱い、脆い、そして儚い。永遠を生きるためには“人”ではいられないのさ。それが理だ!!」

「それでも、主は!!」

「縋りたいならば縋ればいいさ。結末は変わらぬ。慟哭は奴を殺すのさ、永遠にな!!」

苦し紛れの叫びは男に容易く一蹴されます。先程から全て分かっているような言い方です。

「シグリーーーーーーム!!」

「クッ、主!?」

叫び声のほうを見ればシグリムを抱きかかえた主の姿があります。まさか・・・

「さぁ、彼は何を思うのだろうな?」

男の嘲るような笑いを背に私は主の下へと駆け寄るのでした。


 Side out


「シグリム!!聞こえるか!?今治療を・・・」

傷に手を当て治療をし始める。流れる勢いは和らいでくるが止まることはなく確実にその血を減らしていく。

「うっ、いいんですよ・・・ユウさん」

「何を言って・・・」

「貴方が一番分かっているのでしょう?」

シグリムが優しい笑みを絶やさずに見つめてくる。

分かっている、シグリムの言葉は正しい。今も絶えず治癒魔法はかけ続けている。それでもなお傷が深すぎている。そこまで治癒魔法が得意ではない俺では・・・

「けど、だからといって!!」

だからと言って諦められるわけがない。何か方法が必ずあるはずだ。しかし、雨は無情にも体力と温もりを奪っていく。

「いいんですよ・・・」

「だから!!」

「人を愛しても・・・」

「えっ?」

シグリムの口から出た言葉は諦めでもなく、懇願でもない。許しの言葉であった。

「こんなにも必死になって助けようとしてくれる貴方が“人”ではないはずがないじゃないですか・・・」

「それをいつ・・・」

シグリムの物言いは明らかに俺が普通の“人”ではないことを知っているものであった。いつシグリムは知ったのか?このことはシグリムどころかシオン以外のものは知っていないはずだ。先程のウォルダンとの会話が聞こえていたのか?それとも・・・

「すいません。シオンさんと話しているところを聞いてしまったんです」

「そうか・・・」

ドアの外にシグリムがいたことにも気付いていなかったとは内心では相当動揺していたのかもしれない。

「はい。ユウさんの言葉が真実なのかは私には分かりません。くッ・・・」

「シグリム!!」

柔らかな笑みが一瞬苦痛に歪む。

「でも、貴方は“人”ですよ。たとえ、他の人より遥かに永い時間を生きることになるのだとしても貴方が“ユウ”さんという一人の人間であることには限りません。永遠がなんなんです。ちょっと長生きなだけでしょう?」

大したことはないとシグリムは笑ってみせる。苦痛を伴っているはずなのに本当に穏やかな笑みで今まで悩んでいたのが嘘のように思えるくらいであった。

「だから、いいんですよ。人を愛しても。人として生きて、愛して、看取って。それはユウさんにとって辛いものかも知れません。けど、その分幸せなこともきっとあるのですから」

呪縛を氷解させていくようにシグリムのか細い声が染み渡る。その言葉は残酷であった。けれども同時に優しさに溢れてもいた。

「わかった。わかったからもう喋るな!!」

流れ出している血の脈動は弱くなってくるがそれは傷が治癒していっているからではない。むしろ・・・

「貴方に人としての幸せを与えられるのが私ではないのが残念ですけどね」

残念そうにシグリムは呟く。頬をつたってくるのは雨粒なのかそれとも・・・

「そんな・・・」

「最後にお願いを聞いて貰ってもいいですか?」

「何でも、いくつだって叶えてやるからそんなこと言うな!!」

そうだ。最後だなんて言わせてたまるか。まだ、何も始まってやいないというのに。

「本当ですか?私、我が侭なんでたくさん叶えて貰いますよ?」

「あぁ」

「それじゃあ、いくつか伝言とこれを」

シグリムは首に下げていた金色のリングを取ると手渡してくる。

「これは・・・」

「そうですよ。代々伝わっているものの一つです。何でこの指環が女性に伝わっているか知っていますか?」

「え?」

受け取った指環は手の中で淡く輝いている。それが命の輝きと言っているようで悲しい光であった。

「それは婚約指環なんですよ。男は剣を取り女を守る、女は指環に思いを込め贈り男を守る。古い考えですけどいいものだとは思いませんか?」

シグリムが指環の上に手を重ねると指輪は眩い黄金の光を発しだす。その温かな光は俺たちだけを包み込むようであった。

「私にはユウさんを傍で守ることができませんから。だから、代わりにこれを」

その時、俺は“傍”の意味を理解した。いや、してしまった。

「俺はまた・・・」

「そんな瞳をしないでください」

シグリムが頬に手を添えてくる。ひんやりとした掌は頬の火照りを覚ましていくように撫でるのであった。

「私はユウさんの瞳が好きだって言ったでしょう?だから、そんな目はしないでください。私が好きなのは澄んだように深い貴方の瞳なんですから」
「そうだな」

俺はシグリムに微笑みかける。その笑みはシグリムが見せてくれたものとは程遠いかもしれない。それでも今できる一番のものだったはずだ。

「最後に、本当の最期に一ついいですか?」

「っ、あぁ」

「キス、してくれませんか?」

「あぁ・・・」

俺は腕の中のシグリムへと唇を重ね合わせる。愛しい人との最初で最後の口付けは鉄の味のするものであった・・・

「ふふっ、ありがとうございます。私はユウさんと会えて、一緒に過ごせて嬉しかった、幸せでしたよ」

「俺もだ。楽しい日々だった」

「そう、それは、よ、かったで、す・・・」

「シグリム・・・?」

腕の中のシグリムはその力をなくし静かに瞼を閉じている。最後までその顔は穏やかな笑みを浮かべたままであった・・・

「シグリーーーーーム!!」

声は響く、雨を裂き、雲を割り、天高く何処までも・・・



[18058] 第34話 ニーベルング
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/07/13 23:47
腕の中で冷たくなったシグリムを抱きかかえ“ディスグラグリー”の影へと連れて行く。枝が一本落ちてしまったとはいえこの巨木の下ならたいぶ雨は防げるはずだろう。

「主!!」

「シオン・・・無事か・・・」

駆け寄ってきたシオンの姿は汚れこそ目立ってはいるが傷は見当たらない。

「はい、私は」

「よかった。ウォルダンは?」

「ウォルダン?あの男のことですか?それでしたらあそこに」

シオンの視線を追うと不敵な笑みを浮かべ佇むウォルダンの姿があった。さしずめこの状況を楽しんでいるのだろう。今のあいつはそういう奴だ。

「そうか・・・」

「そんなことよりも、シグリムは!?」

「分かる、だろう?眠ったよ・・・」

声を荒げるシオンを諭すように事実を告げる。シオンも実際には分かっていたはずだ。尋ねるのはそれを認めたくないからだ。看取ってしまった俺にはそれすらも許されることはない。シグリムは俺の腕の中で死んだのだ。

「そんな・・・!!」

「なんなんだよ!!これは!!」

事実に打ちひしがれるシオンの向こうに一つの影が見えた。先程までは懸命に探し、今は一番会うわけにはいかなかったジークの姿が・・・

「ジーク・・・」

「おい、ユウ!!一体なに、が・・・姉、ちゃん?」

俺の声に気付いたジークがこちらを向く。そして、シグリムを見つける。胸を赤く染め上げた彼の姉の姿を・・・

「姉ちゃん!!」

ジークは駆け出し、幹に寄りかかるシグリムの肩を揺らすが反応が見られることはない、永遠に。

「なんで、なんで・・・」

「ジーク・・・」

シオンが呟き俯く。この4年シグリムと一番一緒にいたのはシオンかもしれない。ジークはいかずもがなただ一人の姉だ。その思いは計り知れないだろう。

「なんでなんだよ、ユウ!!」

ジークがその手を伸ばし胸座(むなぐら)を掴んでくる。その目は涙で赤く腫れているが口は歯を食いしばっているようであった。

「姉ちゃんがユウのことを好きだったのは知っていたんだろ!?なのにどうしてユウはそんな平気そうな顔をしているんだよ!!なんで守んなかったんだ!!」

「ジーク、主は・・・」

シオンがジークを諌めようとするが首の痛みは弱まることはない。

「(平気そうな・・・?)」

ジークの言葉に目元を触れてみるとそこには何もない。

「姉ちゃんが死んだってのになんで“涙”一つも流してないんだよ!!ユウにとっての姉ちゃんはそんな程度の存在だったのかよ!!」

「なんなわけないでしょう!!主だって・・・それにこれは―――」

「言わなくていい、シオン!!」

シオンの言葉を遮り叫ぶ。もし、ジークにこのことを言ってしまえばジークは壊れてしまう確実に。

「誰だ・・・誰がやったんだ・・・」

その言葉につい俺もシオンもウォルダンの方を見てしまう。目を離していたうちに魔物が集まってきておりウォルダンに従うかのように囲っている。

「そうか、あいつか。あいつらなのか・・・」

「ジーク、お前は―――」

「お前がお前たちがぁーーー!!」

「「ジーク!!」」

ジークは叫びながら手に持った『ガンノット』を振りかざし魔物の群れへと突っ込んでいく。制止の声など届いていないのだろう。

「主、私はジークを。それと」

「なんだ?」

「悲しかったら泣いていいんですよ?“人”なんですから」

そういい残しシオンも魔物の群れへと向かっていく。シオンの残した言葉はどこまでも深く心に響いていくのだった。


ジークside


「(あいつらが、あいつらが姉ちゃんを殺したんだ!!)」

襲い掛かってくる魔物を『ガンノット』で薙ぎ突き進む。目指すのは中心にいる男のもと。ユウは咄嗟にあの男のことを見た、だったらあいつが直接姉ちゃんを殺したに違いない。

「はぁぁーーーーー!!」

鳥のような頭をした魔物を両断し道を切り開く。魔物の強さも数も大したことはない。この分ならすぐに奴のものに辿り着くことができる。

「ジーク!!」

後ろからシオンの声が聞こえてくるが、そんなのは関係ない。今は奴のもとに辿り着いて『ガンノット』で人たち浴びせることが先だ。

奴の前にいる最後の魔物を切り裂き、男に切りかかる。

―――キン―――

金属のぶつかり合う音が響き、『ガンノット』による袈裟切りはいとも簡単に受け止められてしまう。

「お前が姉ちゃんを殺したのか!?」

「姉ちゃん?あぁ、彼女のことか。そうともいえるし、違うともいえるな」

連撃を浴びせていくがその全てがことごとく男の持つ槍によって防がれてしまう。防御の上から斬り続けるが一向に揺らぎそうな気配はない。

「意味がわからないことを言うな!!」

「私は彼を狙ったのだよ。彼女が庇わなければ彼を仕留められたと言うのに・・・しかしそれもまた一興とも思ったが」

男は溜め息をつくようにして槍を振るい、軽々と俺を吹き飛ばしてしまう。

「怒るでもなく、理性を失うでもなく、腑抜けるとは期待はずれだよ。確かに私とは違ったようだけどな。これなら、君のほうがマシだと言うものだ」

状況は一転して今度はこちらが一方的に攻められる展開となる。槍の雨は捌くだけで手一杯で攻撃に転じる隙は見られない。

「援護します!!ジーク、一度下がってください!!」

反射的に飛び退いた瞬間、立っていた場所に無数の光の矢が突き刺さり爆発する。

「油断しないでください。あの程度ではなんともないはずですから」

近寄ってきたシオンに無言で頷く。対峙して理解したが奴は強い、少なくともユウ、もしかしたらそれ以上の強さかもしれない。

「わかっ―――」

―――裂―――

土煙が裂かれ槍が飛んでくる。なんとか弾くことに成功するが、

「けど、やはり役不足だ。君たちでは」

―――豪―――

ささやきと同時に腹部に強烈な衝撃が走る。『ガンノット』は手を離れ、宙を舞った後甲高い音を響かせた。シオンも同様に一撃を受けたのか離れたところで立ち上がれずにいる。

「やけに切れ味のいい剣を持っていると思えば私のではないか」

「私の、だ、と?」

『ガンノット』を拾い上げ言う男に痛みを堪え問う。

「あぁ、君たちには言ってなかったね。私の名は“ウォルダン”だよ」

「嘘だろ・・・」

信じられるわけがない。こいつがウォルダンだと?村をこんな風にした奴が、姉ちゃんを殺した奴が“英雄”だというのか!?

「嘘ではないさ。君も知っているのではないか?私が槍と剣を自在に操っていたということ。その槍を『リングガン』といい、剣を『ガンノット』ということを」

男は右手に剣を掲げ、左手に槍を掲げる。それはまさに一つの絵画とも呼べるほど完成したものに見えるようであった。

「まだ信じられないか・・・かまわんさ、君はここで退場だ」

目の前まで歩いてきた男は『ガンノット』振り上げる。

「さようなら、君の戦いはここまでだ」

「ッ・・・!!」

目を閉じ迫り来るはずの痛みに構えるが、代わりに聞こえたのは金属音と、

「そうだな、ここからは俺たちの戦いだ」

剣を受け止め黄金の指環を掲げたユウの呟きだった。


Side out


「なぁ、シグリム。俺は悲しいみたいだ」

もう動くことのないシグリムに囁きかける。以前として頬を濡らすのは雨粒で涙は出てこない。

「“人”は悲しすぎると“涙”も出ないって言うけど・・・俺も“人”だったってことなのかな・・・」

答えの返らない言葉は静かに響く。

「それに、俺にはまだ出来ることがあるみたいだ」

背後で響く戦闘音に一瞬耳を向ける。

「だからさ。シグリムのために泣くのはもう少し後になりそうだ」

手の中の指環を強く握り、眠るシグリムに背を向ける。

「じゃあ、行くよ・・・いや、行こうか」


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「そうだな、ここからは俺たちの戦いだ」

ジークに降りかかるはずの兇刃を『希求』で受け止め、再びウォルダンと対峙する。ウォルダンの表情は受け止められた驚きよりも俺が現れたことに対する愉悦のほうが勝っているようであった。

「力に染まる覚悟はできたのですか?」

刃を重ね合わせながらウォルダンが楽しそうに言う。

「いいや、あんたを止めにきた」

「復讐ですか?」

「復讐は前に果たしたさ・・・」

言葉を理解できていないウォルダンが持つ『ガンノット』を弾き飛ばし、『希求』と“指環”を構える。

「Tie rum,Og eftirlit.」
(我、空間を戒め、思いの儘とする)

指環がかつてないほどの金色の輝きに包まれだす。

『Nibelug -ニーベルング-』

刹那にして輝きは俺たちを包み込み、世界は隔絶される。

灰色だった空は黄金色に。周囲には金のリングが俺たちを閉じ込めるかのように囲い廻っている。

「それは・・・」

「そうだ。あんたのもう一つのものだよ」

対峙するのは2人。俺とウォルダンのみだ。『Nibelug -ニーベルング-』、それは空間を支配する魔法具。

「君がコレを使うとはね・・・」

「分かるだろう?この中では“夢”が“現”となる。だから・・・」

栞を挟んだ手を掲げ告げる。夢を現とするために。

「シア・アス・シアン・アンバレス」

解放された魔力が渦巻く、その負荷に耐えながらも更に告げる。理想を現実とするために。

「集え 光・氷・雷の精霊 505柱よ 合わさり綴れ その力を 『合綴』!!」

生み出された力は一つの球となり手の中に顕現する。しかし、そこでは終わらない俺は告げ続ける。幻想を実在にするために。

「固定 掌握 魔力充填 術式兵装」

そして成る。“可能態(デュナミス)”は“現実態(エネルゲイア)”へと。


「極暁光乱」





[18058] 第35話 理想の涯と二人の英雄
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/07/14 23:15
強大な魔法を取り込み己が力とする。「闇の魔法」の二度目の顕現であった。

「何だ、それは?」

英雄と呼ばれた男だとも言えどもこればかりは知らないようだった。それは当然である。これは最強の幻想種が十年もの時をかけ作り上げた固有技。継承することはまず不可能で、見たもののほとんどは死に至ることになっているはずだ。故にその存在を知るものは皆無であろう。尤も長く封印されていたウォルダンに知る術があったとは思えないが。

「これか?これは憧れだよ。己ののみの力では決して叶えられないな」

「闇の魔法」は強力が故に使うことはできない。無理に使えば間違いなく死ぬことになるだろう。

一度目は“あの”場所で。そして、今は・・・

「悪いが悠長に話していられるだけの時間はないんだ」

揺らぐ『希求』の切っ先をウォルダンに向ける。「闇の魔法」の影響は『希求』にも表れているようだ。恐らく、『希求』が身体の一部と認識されているからであろう。

「しかたない、か・・・」

俺の変化に反応してか、今まで狂気を含んだような様子がウォルダンから消える。同時に気配からも遊びがなくなり、刺すような空気が流れる。

一歩、二歩。互いに間合いを詰めていく。そして、三歩目が踏み込まれた瞬間・・・

―――激―――

外からこの光景を見たのなら何もない空間にぶつかり合う音だけが響いているように見えることだろう。

俺とウォルダンは神速と呼んでもいいだろう速度の中、一合、二合と切り結んでいく。

「まさか、この速度についてこれるとはな・・・」

「伊達に“英雄”などと呼ばれてはいなかったさ」

鍔迫り合いに陥ったところで口を開く。瞬動を超える速さで切りかかったにも関わらず、それらを防ぎきっているウォルダンに驚き、思わず関心してしまう。

「クッ、それだけの力がありながらッ!!」

『希求』を握る手に力を込めウォルダンを押し返して縦に薙ぐ。ウォルダンは切っ先ギリギリを避けるようにした後に突きを放つ。

線と点の攻防は面を描くようにして徐々にその範囲を広げていく。

「何故、諦めたッ!!諦めてしまったッ!!」

「言っただろう?“それだけ”の力があったからさ」

ウォルダンが放った薙ぎを受け止め、再び迫り合いになる。

「力は破壊しかもたらさない。それは君も理解しているだろう?」

「だが、力の使い方は自分の意思しだいだろうがッ!!」

拮抗していた力が爆ぜ、後方へと弾け飛ぶ。そして、一閃。

互いの位置が入れ替わったとき、俺とウォルダンの左頬からは共に鮮血が流れ出していた。流れ出す血を拭わずに睨み合いが続く。

「意思に永遠などないッ!!時と共に荒(すさ)び、いつかは磨耗し尽す。変わらぬ結果だッ!!」

「それが諦めているって言ってるんだろうがッ!!」

―――啍―――

世界に皹が入るかというぐらい重々しい音が走る。きりきりと軋む得物を挟んで至近距離で睨みつける。

「諦めて何が悪い!!」

力が緩み離れたところをウォルダンが連続して突きを放ってくる。鋭く、迅い一閃は身体を穿つことは避けられても次第に身体を削っていく。

「誰もが君のように強くはない!!強くはなれないッ!!」

「あんたは・・・」

一方的な攻撃の雨に晒されながらも俺に焦りはなかった。致命傷に至るであろう一撃のみを避け、防いでいく。

「あぁ、確かに私と君は同じではなかったさ、認めよう。だが、君はここで終わる!!今、私の手でッ!!」

「いや、あんたは俺が、俺たちが止める!!」

再び動きは瞬動を超える。突き、斬り、穿ち、薙ぎ、一瞬の間に組み交わされる攻防はじわりじわりと互いを傷つけていく。

「ハァハァッハァ・・・」

「ハァアッ、ハァ・・・」

動きが止まったとき俺もウォルダンも身体は鮮血で濡れ肩で息をしていた。しかし、ウォルダンの瞳から闘志の色は消えておらず、当然俺もまだ終わるつもりはない。

「もうそろそろ限界なんだ・・・次の一撃で決めさせてもらう」

見上げれば金色の空には皹が入り始めている。空だけではない、壁、床と世界全てに皹が入っている。

『Nibelug -ニーベルング-』は世界を切り取り自分の望む世界を創り上げるという破格の魔法具だ。しかし、発動条件としては自分自身の魔力を用いなければならない。故に俺では魔力が全快のときであっても展開していられる時間は5分足らずである。既にある程度消費してしまっている今回に限ってはもって3分が限界であった。

「闇の魔法」を使った状態でも対抗してくるウォルダンが相手では『Nibelug -ニーベルング-』が解けてしまえば勝ち目はなくなってしまうことだろう。それだけに次の一撃で決められばならない。

「ならば私はその一撃を打ち滅ぼし君を終わらせよう」

槍を構えるウォルダンを確認し、俺は『希求』の鞘を顕現させ納刀する。空気は痛いほど張り詰め、間合いがぶれ始める。俺もウォルダンも一歩も動かずにいるので実際に間合いが変化しているわけではない。互いに相手の間合いを推し量っているためそのように感じるのだ。

重心を低く、脚、腕、指先へと神経を研ぎ澄ませていく。思い浮かべるは2つの極地、疾さと手数。唯一無二の2つの極を創造し想定し編み上げていく。


夢を現に変えるべく冥想し。


幻想を実在へと為すべく構え。


不可能を可能とすべく抜刀す。


「万の刃を受け刹那に沈め、『弐極・葬万刀(そうまとう)』」


今、理想は現実となりて、残心。


納刀と同時に世界はガラスが割れるように砕ける。空は再び鈍色(にびいろ)に支配され、雨は髪を湿らせていく。倒れこんだ大地は冷たく雨と共に熱を奪っていくようであった。

『弐極・葬万刀』。『終置』と『千刃弔』を組み合わせた“疾さ”と“手数”の二極にして極の一。刹那の邂逅に万の刃を差し入れる。

「主!!」

倒れこんだ俺の下にシオンがやってくる。

「大丈夫ですか!?」

「俺、よりもウォルダンは?」

シオンに支えられ振り返ればそこには全身を赤く染め立ち尽くすウォルダンの姿があった。反応は見られず立っているという事実が不気味に心をかき立ててくる。

「やった、のですか?」

「いや、恐らく・・・」

手ごたえはあった。だが、立っているということは・・・

「私の勝ちだよ」

ふらつきながらもゆっくりと振り向いたウォルダンの顔には薄っすらと笑みが浮かんでいるのであった。

「そんな、こんなことって・・・」

血を滴りたらしながらもウォルダンは槍を構えてくる。一方の俺はシオンに支えても羅輪なければ立つこともできない。

先の一撃で体力、魔力ともに使い果たした俺にはもうウォルダンに勝つための術は残されていない。

「あぁ、俺の負けのようだ」

「主!?」

「潔いじゃないか?諦めないんじゃないのか?」

俺が素直に負けを認めたことにシオンは驚愕し、ウォルダンは静かに笑う。

「やるだけのことはやった。俺にできる最高の技を受け止められたんだ、負けを認めるほかないだろう?」

『弐極・葬万刀』は『Nibelug -ニーベルング-』を展開し「闇の魔法」を使ったうえでの最高の技だ。それを耐え切られたとなれば負けを認めないほうがおかしいと言えるだろう。

「耐え切るのが精一杯だったさ。おかげで身体はこの様左手はほとんど動きやしないよ。それでも君に止めをさせるぐらいはできるはずだがね」

一歩、また一歩とウォルダンはこちらに歩み寄ってくる。それはそのまま死へのカウントダウンだといえるだろう。

「そんなこと私がさせるとはお思いですか?」

シオンが気丈に手をかざすが俺を庇った状態で勝てるはずがない。ましてシオンには近距離での戦う方法がないのだから。

「君に守れるとでも?」

ウォルダンとの距離が数メートルとまで迫ったところでウォルダンは手にした槍の穂先を突き出してくる。

「シオン、いい」

「しかし!!」

「いいから・・・」

シオンを宥め一歩踏み出し支えから逃れ自分の足で立つ。


「何か言い残すことは?」

首筋に穂先を当てられ血が滴る。後少しでも踏み込まれれば首には立派な穴が空くことだろう。

「俺は負けた。だが、」

―――閃―――

「はぁぁぁーーーーー!!」


「俺“たち”は負けてない!!」


吹き飛んだのは俺の首ではなくウォルダンの左腕であった。

「誰がッ!?」

突然の攻撃に顔を歪めウォルダンは辺りを見渡す。だが、既に遅い。

―――閃―――

「ガァッ」

再びの一閃はウォルダンの腹部を切り裂く。血は空を舞い雨に落とされる。

「お前は!!貴方はッ!!」

「君かッ!!『ガンノット』を携えし少年!!」

ウォルダンは剣閃の主の姿を捉える。ジークの姿を。

ジークは身体を沈め槍の間合いの内より更に踏み込んでいく。

―――閃―――

下段からの切り上げによる三度目の剣戟はウォルダンの頬を掠め瞼を裂く。

「なんであっても、どんなで奴であっても!!」

ジークの剣閃にウォルダンは槍を合わせ始める。姿を捉えたことで同様は消え、槍に切れはなくともブレがなくなる。

「やっぱり、俺の“理想”なんだ!!だからッ!!」

ジークは跳躍し上段から袈裟切りを仕掛けようとするが、

―――砕―――

ジークの剣筋にウォルダンは槍を合わせ、『ガンノット』が砕け割れる。

「「ジーク!!」」

「これで、終わりだッ!!」

「俺は諦めない!!」

ジークは身体を穿たんとする突きを左手で受け止め、宙を舞っていた『ガンノット』の刃を右手で掴み。


―――突き立てた―――


「だから、俺の理想の中で眠っていてくれ・・・」

「そうか、“理想”か・・・私は間違っていたのかな・・・」

胸に『ガンノット』の切っ先を突き立てられたウォルダンは何か後悔するように呟き力尽きるのであった。

「貴方は間違ってなんていなかった・・・」

「そうだな。ウォルダン、あんたの願いも思いも何も間違ってやいなかったさ」

ウォルダンの傍らに立ち尽くすジークに近づきながら呟く。

「ただの一人の人間だったんだよ。あんたも・・・」

ウォルダンも人であった、人でありすぎたが故にこういう結末を迎えることになったのだ。“英雄”とまで呼ばれた男にしては悲しすぎる最後であった。

「なぁ、ユウ」

ジークが空を仰ぐようにして呟く。

「・・・なんだ?」

「俺は、“英雄”になれたのかな?」

「・・・・・・あぁ、なれたさ」

その答えはジークにとって何よりも嬉しく、何よりも辛いものであったかもしれない。

「どうしてだろうな・・・嬉しいはずなのにどうしてこんなにも悲しいんだろう・・・」


一人の英雄を倒し英雄となった一人の少年の慟哭は何時までも響き渡るのであった。鈍色の空は割れ、夕陽が降り注ぎ虹がかかるも雨はまだ降り続いているようだった。





[18058] 第36話 深く、蒼く
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/07/14 23:37
「おーい、こっちを手伝ってくれ」

「分かった。これを置いたら向かう」

辺りでは様々な声や音が鳴り響き、村の復興が行われている。今回の襲撃では建物の被害こそ多くありはしたが人的被害はほとんど出なかった。そう、あくまでもほとんどだが。

結果からいえば『炎の環』が直ることはなかった。あれは元々封印の副次的ものだったので封印がなくなった今となってはしかたがないことでもある。代わりに高度な結界を張ることで今は一応の落ち着きを取り戻してはいる。

しかし、『炎の環』のように完全に敵を遮断することは叶わないので、これからは襲撃にも備えていかなければならないはずであろう。それだけに今行われている復興は重要であるといえるだろう。

しばらく歩いたところで“ディスグラグリー”の元にまで辿り着く。先の襲撃にて枝を一本落とされ木陰の面積は減ってしまったものの、それを感じさせないほど雄雄しく天に向かい聳え立っている。こういうものを見ると自然の偉大さが改めて身に沁みて感じるというものだ。

「こんなところにいたのか」

“ディグラグリー”の下にはぽつんと一つの影があった。

「なんだ、ユウか・・・」

ジークはどうでもよさそうに呟くと再び空を見上げ始める。春のよい心地の中、空は何処までも澄み渡っていると言うのにジークの顔は対照的に沈みきっている。

「なんだとはずいぶんな言い草だな、師匠に向かって」

「・・・・・・」

冗談を言うように明るく声を返してみるが、反応は見られずジークの顔は空へと向けられたままである。

「ほら、受けとけ」

そう言って俺は手に持ってきたものの片割れをジークに向けて放(ほう)った。それは乾いた音を響かせて転がりジークの足元で止まる。

「なんだよ、これは?」

「見て分からないのか?木剣だよ」

不機嫌そうに言うジークに手に持った木剣回しながら答える。

「そういう意味で言ったんじゃない。どうして持ってきたんだよ?」

「少し相手をしてやろうと思ってな」

「気分じゃない。帰ってくれ」

ジークは足元に転がっていた木剣を俺に向かって投げるとまた空を見上げ始める。

「・・・いいから、構えろ」

殺気を込めどすを利かせた声と共に今度は木剣を投げつける。

「何だよ、いいって―――」

「さっさとしないと怪我するぞ」

投げつけられた木剣を止めたジークが文句を言い終える前に問答無用で切りかかる。

「危なッ!!」

ギリギリのところでジークは立ち上がり剣戟を避ける。だがその動きにはかつてのようなキレが見られない。

「その程度か?“英雄”様の力は」

「なりたく―――」

言葉の途中でジークは口を莟(つぼ)み、その先の言葉が告げられることはなかった。そんなジークに俺は一方的に剣閃を浴びせ続ける。

「それがお前の望みだったのだろう?ジーク。例え何かを失うことになってもな」

「・・・・・・」

ジークは黙々と俺の剣を受け続ける。単に話すことすらできないのかもしれないが。

「そうだ。お前が思っているようにシグリムが死んだ要因の一端はお前にある」

「ッ!?」

聞きたくない事実にジークの顔が歪む。だが、事実は事実だ。ジークが飛び出すことがなければシグリムが死ぬことはなかったという“可能性”は確かにあったのだから。

「それとも、“人”殺したことか?」

「ァッ!・・・」

受け損ねた一撃を肩に受け呻き声をあげる。だが、攻撃の手を緩めるようなことは決してしない。

「俺は言ったな。“英雄”は他者を殺すことになると」

瞳が揺らいだところで俺はジークの剣を弾き飛ばす。木剣は高々と舞いジークの後方へと落ちていった。

「力を守るために使うことはできても、守るための力はないんだ。」

どんなに努力しても“守る”ためだけの力は存在し得ない。力がもたらすのは何処まで言ったところで“破壊”なのだから。

「だったら、俺はどうすればよかったんだ!?あの時飛び出さなければよかったのか?あいつにウォルダンに止めを刺さなければよかったのか?これから俺はどうすればいいんだよ!?」

剣を突きつけられた状態でジークは懇願するように泣き叫んだ。

「知らねぇよ。ただ言えることはお前の選択で死んだ奴もいれば助かった奴もいる。どっちが正しいなんて分からないさ」

「だったら!!」

「一つ伝言だ。“好きなように思ったように生きなさい。私はそれを応援しているから”だそうだ。あとは一人で考えな。時間はかけてもいいだが、腐るなよ」

俺はそういい残して泣き声のする広場を後にするのだった。


 ♢ ♢ ♢


「やはり、行くのですな」

「はい。決めたことですから」

集落の端、結界との境界線の内側でヴァルトと別れを告げる。

「寂しくなりますのぅ・・・」

ヴァルトはシグリムが死んだことを告げたとき何も言わず静かに頷くだけであった。娘に引き続き孫までも先立たれてしまった気持ちは俺には諮り知ることはできない。表面上は普段と変わらない様子だけであったが内心はいかがなものか。それだけにヴァルトの言葉には深い思いがあることが理解できてしまった。

「すいません」

「いいのじゃよ。分かっておったことだしのう」

そう笑うヴァルトの顔はやはりいつもと変わらぬようであった。

「それにこれまで持って行ってしまって本当にいいのですか?」

首に下げていた黄金の指環を手に取り見せる。そう『Nibelug -ニーベルング-』だ。

「かまわぬよ。あの子がユウ殿に託したのじゃ。文句はない。それにもう“英雄”は完全におらん」

封印されていたのがかつての“英雄”だと知ったときの驚きはそうそうたるものであった。それだけ“英雄ウォルダン”という存在は大きなものであったのだろう。子供たちの夢まで壊すことはないとしてこの事実を知っているのはごく一部の者たちだけとなっている。故にウォルダンは“英雄”であり続けるのだろう。伝承の中で“英雄”として生き続ける彼にとってこれは幸せなのかもしれない。

「わかりました。ありがとうございます」

再び『Nibelug -ニーベルング-』を首に下げ、ヴァルトの隣にいるジークを見る。

「答えは見つかったようだな」

その顔はすがすがとしていて前に見たときとは大きく異なっていた。

「あぁ、俺は「言わなくていいさ」――いいのか?」

「その答えはお前だけのものだ。その顔を見れば十分に分かる。ジークに渡すものがある、シオン」

「はい、主」

シオンから棒状の袋を受け取り、中身を取り出してジークに渡す。

「これは・・・」

「銘を『マーグ』という。砕けてしまった『ガンノット』を魔術的に打ち直したものだ」

ジークに手渡したのは一振りの剣。砕けた『ガンノット』の欠片を魔法を用いて打ち直した一品である。

「それをどういう風に使うかはお前次第だ」

「ありがとう、大切にする」

「それじゃあ、もう俺たちは行きますね」

ヴァルトとジークを握手を交わして再度別れを告げる。

「達者でな。気をつけてのう」

「また、会いに来いよ」

互いに手を振りながら離れていく。結界の外に出たことでヴァルトとジークの姿は完全に見えなくなる。視覚阻害の結界があるからだ。

振り返れば初めてここを訪れたときと同じ草原が何処までも広がっているようだった。

「ずいぶんと長い間いたものだな・・・」

「そうですね。長いようで短かったかもしれません。行くのですか?」

「あぁ、行くよ。魔法世界に“ヘラス”にな」






集落を見渡すことのできる小高い丘の上に満開の桜の木々がある。それらに囲まれるように一つの墓標がある。


そこに名はなく、ただ『Jafnvel aftur,Saman ad eilifu,sama』と刻まれているだけであった。


墓標に下げられた白銀の首飾りは陽光に輝き、その青い煌玉は空よりも澄み渡り、海よりも深い蒼を静かに写し出すのだった。


第二部 完



[18058] 第36.24話 ∀-Returned answer-
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/07/15 22:56
「行ってしまったのぅ・・・」

「・・・・・・」

ヴァルトとジークの2人は結界の外へと消えていった。彼らの姿を思い浮かべる。様々なことがあった、ありすぎたと言えるかもしれない。

「ジークは行かなくて良かったのかのう?」

隣で押し黙るようにして2人の消えた先を見つめているジークにヴァルトは声をかける。ジークの手には先に渡された剣がしかと握られている。

「あぁ、いいんだ」

ジークは集落の方へと振り返るとゆっくりと歩き出した。ヴァルトも後を追うようにしてゆっくりとついていく。

「別に彼らについていかなくとも父親の元へは行っても良かったのじゃよ?」

ジークは予定されていた魔法世界にいる父親の元に行くことを取りやめた。これからもこの集落で暮らしていくことにしたのだ。ヴァルトにはそれが心苦しく思えてならなかったのだ。

「わしのことなら心配せずともよいのだからのう・・・」

ヴァルトは進むジークの背中に優しく声を投げかける。

「そんなんじゃないよ」

ジークは歩みを止めると空を仰ぐようにして見上げる。ヴァルトもつられるようにして首を上向けしばらくの沈黙が流れる。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

空は何処までも青く、何処までも澄んでいて。遠く、雄大であった。

「ただ、さ・・・」

「だだ?」

ジークは空を見上げたまま視線をヴァルトへと移し口を開く。ヴァルトはその瞳に目を合わせ尋ね返した。

「ただ、姉ちゃんが好きだったこの風景を少しでも守って生きたいと思っただけだよ」

「そうか、そうじゃな・・・」

春風は優しく頬を撫でるようにして吹き渡る。

桜色の欠片はそれに乗り、ジークの掲げた掌にひらりと舞い落ちるのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ふぅ~疲れたぁ~~」

「お疲れでやすね」

廊下を2人の男が訓練帰りなのか汗を拭いながら歩いている。尤も疲れが露わなのは一人だけで片方は汗こそかいてはいるようだがそこまでの疲労は見られていない。

「何でお前はそんなに楽そうなんだよ?」

「下っ端とはいえ“帝国近衛兵(ロイヤルガード)”でやすから、このくらいは当然でやすよ」

疲れの見える男が不貞腐れるように言ったのにに対して平気そうな男はこともなげに答えた。

「あれが当然って化け物かよ・・・」

「酷い言い草でやすな。最近では状況が緊迫してきたようでやすから、訓練が厳しくなるのもしかたのないことでやす」

「そうだな、いつ開戦してもおかしくないだろうな」

2人の男は虚空を見上げるようにして話し合う。

「起こらないのが一番でやすけど・・・」

「無理だろうな。北と南の確執は今に始まったことじゃない。いつかはこうなるはずだったのだろうさ」

このまま進めば近いうちに戦争は起こる。未熟な2人であってもこれは火を見るよりも明らかな未来であった。

「一度、開戦してしまえばこうやって話すこともできなくなりやすね」

「そうだな。俺は前線、お前は王族の護衛だろうしな」

どちらも危険であることには変わりはないであろう。そして、開戦してしまえば二度と会うことができなくなる可能性が高いことは十分すぎるほど分かっていた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

沈黙が2人を包み込む。互いの事情が分かりきっているだけに口を開くことができないでいるのだった。

「あぁーー、こんな空気は駄目でやす!!今日の訓練が終わったらパァーとやりやしょう!!」

沈黙を破ったのは疲れの見えていない男のほうであった。

「そうだな!!しみったれていてもしょうがねぇはな。よし、やるか!!」

「その意気でやす」

「おう、じゃあまた後でな。レオ」

「またでやす」

そう言葉を交わし2人の男はT字路を別々の方向へ歩いていくのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


静かな闇の中を金の髪が流れるように舞う。着物に映えたそれはまるで金紗のようであった。

その小さな影に襲い掛かるようにして大きな影が迫ってくるが、小さな影の主は鉄扇を取り出し構えると、

―――転―――

大きな影を軽々と放り投げてしまった。

「流石、御主人上手イモノジャネーカ」

闇の中から人形が現れケタケタと笑うようにして陰に向かって言う。

「チャチャゼロか・・・ふん、この程度の奴大したものではない」

人形に御主人と呼ばれた影は足元に転がる男の姿を一瞥した後、ソプラノの声で心底どうでもいいように言い鉄扇を閉まった。

「御主人ニハ接近戦デモモウ勝テナイゼ」

チャチャゼロと呼ばれた人形は悔しそうに手に持った剣を弄る。

「従者に負ける主があってたまるか。それにな・・・」

少女は一呼吸おき、雲間から表れた月を眺める。

「もう後悔はしたくないんだ・・・」

「・・・・・・」

その言葉に従者の人形は押し黙る。常に少女の傍にいた従者には少女がどのような思いで、本来そぐわないはずの近距離での立ち回りを覚えてきたのか容易に理解できたからだ。

「この辺りもそろそろ潮時だな。場所を移すぞ」

「行クノカ?魔法世界ニ」

「さぁな、風の噂によると不穏な空気が立ち込めているらしいからな。ほとぼりが冷めた辺りで一度行くかも知れんな」

少女と人形は再び雲に隠れた月につられるようにして闇の中へと消えていくのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「真の目的を忘却せし旅人は一つの終わりを告げる」

草原の上、光の球に包まれるようにして椅子に腰掛けた少女が手にした本を謳うように読む。

しかし、その本は表紙も裏表紙、背表紙も白紙であれば中身にすら何も書かれてはおらず、少女が読んでいるとはいえるのかは定かではなかった。

「旅人は偽りの目的を定め英雄となる」

少女は背もたれに身を預け、本のページを捲るものの相変わらず内容は全くなく白紙のページが続いている。

「されど、伝承は偽りにあらず真であり。其の糧は彼の者を真なる目的へと結ぶ」

少女は顔を上げ本を閉じる。

「世界、彼の者を異端と捉え排すために動かん」

閉ざされた本は徐々に薄くなりやがて掻き消える。

「彼の旅人、“此処”に至るかは未だ誰も知ることは叶わず・・・」

少女の言葉に返るものはなく、静かに椅子を揺らしていくのだった。



[18058] 第36.96話 記され綴られること
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/07/15 22:57
Return and Outbreak. ―――帰還と共に戦乱は幕をあける―――



「戻ってきた・・・」

「そうですね」

「ただ、さ・・・」



Encounter and Reunion. ―――邂逅と再会―――



「テオドア、第三皇女テオドアじゃ」

「マジかよ・・・」

「本物、みたいですね」


「もしかして、アニさん?」

「レオナルド、なのか?」



Wayfarer find another Hero. ―――旅人はもう一人の英雄を知る―――



「俺様がナギ・スプリングフィールドだ!!」

「馬鹿だな」

「馬鹿ですね」

「馬鹿でやす」



He soar field with Persona. ―――仮面を被り彼は戦場を翔ける―――



「悪いがその首貰い受けようか」

「っ!?」



World was hiding behind the scenes of death. ―――世界は死の裏で暗躍する―――



「全ては“完全なる世界のため”に」

「やれやれ、だな・・・」

「そう言っている割には楽しそうに見えるけど?」

「僕は“彼”に会えるのか楽しみなだけだよ」



Hero offer wand and wing to Princess. ―――英雄は愛するものに杖と翼を預ける―――

Did explorer get lost what to do? ―――彼は何を犠牲にし何を助けるのか?―――



「あいつらが頑張っているんだ。俺もやることはやんないとな」

「主・・・」

「何、どうとでもなるさ。これくらい」



Wish reigns Hopelessness. ―――希望は絶望を前にして君臨する―――



導かれた探索者は戦乱と遭遇する。

全ては此処至るためなのか・・・



To be continued.

Next archives Great WAR.






「さぁ、これで終わりにしよう」



[18058] 第37話 戦乱の幕開け
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/07/29 01:36
「正義など何所にもありやしない」、眼前に広がる光景を無表情に眺めながら物思いに馳せる。

主義と主張のぶつかり合い、夢と理想の殺し合い。その過程にたとえどんなことがあろうとも評価されるのは結果である。そのために礎となった犠牲などは“犠牲”という括りでまとめられ“個”として見られることなどほとんどありはしない。

敗者の正論など勝者の暴論にいとも容易く押しつぶされる。それが戦争であり、今繰り広げられている光景であった。

「人は、愚かだ・・・」

この事実の結果に何がもたらされるのか分らない人などいないだろう。それでも、人は戦うことを止めない。

切っ掛けは些細なことだろう。それこそ、互いに我慢ができるような小さいもの。されど、その種火は積りに積り業火へと変貌する。それがどうしようもない人の性であった。

「仮面(ペルソナ)殿」

伝令であろう兵が一人傍へとやってくる。その姿は四肢こそ欠損は見られないものの、赤く染まりどうしようもなく現実というものを知らしめてくる。

「どうした?」

顔に着けられた無機質な面を震わせるようにして返答する。余計なことは一切挟まず、ただ内容だけを問う尋ね方である。

「右翼、左翼ともに敵軍の防衛ラインを突破。これより目標を包囲にかかります」

確かに目の前に広がる光景は伝令の言う通り、こちらの軍が左右を押し始めている。このままならばじきに包囲は完成することだろう。

「中央は?」

再び視線を戦場から隣の伝令兵に移して尋ねる。遠目からは大体の流れを把握することはできたとしてもそれ以上は難しいからである。

「中央は予想以上の抵抗が見られ、そこは流石の―――…」

『ウォオォーーーーーーーーー!!』

突如、声が伝令の声を遮るようにして上がる。その声は明らかにこちらの軍のものではなく敵軍のものである。

左右の陣形が完全に崩れてしまっているのにもかかわらず、この歓声は何事であろうかと思い、顔を戦場へと戻す。するとそこにあったのは一体の光り輝く巨人の姿であった。

「あ、あれは・・・」

隣にいる伝令兵はその巨人の存在感に蹴落とされえてしまい呆然としてしまっている。光り輝く巨大な影にはそれだけの力があったのだ。

「鬼神兵か・・・」

『鬼神兵』、敵軍『メセンブリーナ連合』の巨人兵器である。その強さは竜種を遙かに上回り、高位と評される術者であっても相手にすることが難しいとされるほどだ。圧倒的な体格の前には一般兵など手も足も出ず、戦況を変えるだけの力があるといえるだろう。

実際、鬼神兵の召喚された中央の戦線は崩壊し兵たちが蹂躙されている。このままではこちらの被害が大きくなる一方だろう。

「指揮官に中央の兵を下げるように連絡だ」

依然として呆然としている伝令に声をかける。こちらの軍の指揮官が優秀ではないとは思わないが一応連絡を取らせる。

「しかし、それでは一時的に損害が減ったとしても根本的な解決にならないのでは?」

伝令兵の言う通り兵を下げるだけでは時間稼ぎにしかならない。中央が下がったことで右翼や左翼に回られて結局同じことになるだろう。恐らく、指揮官も同じことを考えている。だからこそ、すぐに兵が後退することがないのだ。

「中央は俺がやる」

そう言い残して俺は瞬動を使いその場を去り戦場に降り立つ。包み込むような血の匂いはやはり慣れそうにない。

「ヘラス軍、一時後退しろ!!後は俺が引き受ける!!」

一気に前線まで移動した俺は蹂躙されている兵に向け声を振り絞る。折角、やってきたというのにこれ以上被害を出してしまっては意味がない。

「何だ!?」「ペルソナさん?」「しかし!!」などと色々な声が返ってくるが俺は気にすることなく言葉を続ける。

「手の空いているやつは怪我している奴を支えろ!!後退した後はその場で待機するか、右翼、左翼の援護、もしくは本部からの指示を待て!!」

一人の兵が後退しだすとつられるように次々と兵たちは後退していく。俺の前にこちらの軍の兵が誰もいなくなったところで、改めて鬼神兵と対峙する。

「さて、でか物。お前の相手は俺だ」

宙に浮き見上げるようにして見ていた鬼神兵と睨みあう。手には顕現した『希求』を鞘ごと携え構えをとる。

「尤も―――…」

その言葉を言わせまいと鬼神兵は叫び声を上げながら右腕を振り下ろしてくるが・・・

―――閃―――

その腕がこの身に届く前に右腕は肩から切り離され空を舞う。

「…―――貴様程度では相手にもならんがな」

右腕を失くした鬼神兵に背後から続きの言葉を投げかけた。

―――閃―――

空を舞う右腕が掻き消える前にもう一本の腕も切り離され宙を舞う。両腕を失くした鬼神兵は木偶の坊のように立ち尽くすだけである。

―――閃―――

右脚を膝上から切り落とす。巨躯を支える片脚を失くしたことでその身体が右側へと倒れていくが、

―――閃―――

俺はそれを許さず左脚を刈り取る。右側へ倒れていた鬼神兵の体は倒れる方向を後方へと変えていく。

―――閃―――

俺は胴を胸上から切り裂く。鬼神兵の姿はまるで胸像のようになる。

最期の足掻きと鬼神兵は口に魔力を溜めだすけれども・・・

「終わりだ・・・」

―――断―――

顔を縦に断ち切ったことでその魔力は儚くも霧散し、鬼神兵の姿も同様に消え去った。圧倒的な力を見せた鬼神兵はそれすらも凌駕する力によって刹那のうちに滅んでいったのだった。

『ウォオォォーーーーーーーーーー!!!!』

鬼神兵が登場した時の敵軍の歓声よりも大きな声が背後から上がる。後退していた兵は再び士気を震え高め、進軍を再開する。それは右翼、左翼の兵にも伝わり果敢に攻め立てていった。

逆に敵軍は頼みの綱であった鬼神兵が容易く葬られたことによって、一時的に高まっていた士気は激減し敗走していく。

この瞬間、この場での戦闘の勝敗は決したのである。

この数刻後、堅牢を誇ったメセンブリーナ連合最大級の要塞、『グレート=ブリッジ』はヘラス帝国軍によって完全に陥落することとなった。


 ♢ ♢ ♢


「ガッハッハ、これで我が軍はメガロメセンブリアに矛先を突きつけたようなもの。この戦争の結末も見えたというものよ」

本部で勝利の美酒に酔う指揮官を俺はどこか冷めた目で見つめる。

「ペルソナ殿もよくやってくれた。流石は帝国近衛兵(ロイヤルガード)というものだ!!」

「ありがとうございます。しかし、まだ油断はできません。あの“オスティア”も残っていますので」

メセンブリーナ連合最大級の要塞、『グレート=ブリッジ』を陥落させたことは確かに大きいが、まだ戦いは始まったばかりである。重要とされる敵拠点もまだまだ多く残っているのである。

今は大規模転移魔法による強襲作戦が功を奏してヘラス帝国に有利に戦況が動いてはいるが何が起こるかは分らない。いずれ、対策が取られてきてしまうだろうしこのまま順調に事が進むとは考えられない。

「“オスティア”か。龍樹(ナーガシャ)の加護がありながらとうもののまったく、不甲斐無いものだ」

指揮官がため息を吐くようにして言う。

ウェスペルタティア王国、首都『オスティア』。二度の侵攻をしておきながら攻略をすることができなかった土地。

「けれども、あの地には『黄昏の姫御子』がいます。それに・・・」

『黄昏の姫御子』こと『アスナ・ウェスペリーナ・オタナシア・エンテオフュシア』。まだ年端もいかない少女であるが彼女の持つ『完全魔法無効化能力(マジックキャンセル)』は厄介なこと極まりない。魔法が主戦力の戦いにおいてそれは切り札(ジョーカー)となる。接近しようとも堅く守られていて近寄ることすらできない。

そのような子供を戦争の道具として使うことは嫌悪に値するが、実際の効果は驚異的であり結果侵攻はできていないのだから同情ばかりはしていられない。

そして・・・

「『紅き翼(アラルブラ)』か?」

「はい」

「確か、『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』とかいう男が名を轟かせているようだったな。それほどのものなのか?」

『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』、『ナギ・スプリングフィールド』。『紅き翼』のリーダーにして自称最強の魔法使い。しかし、その力は最強の魔法使いに恥じない出鱈目といえるものであった。

「正直、私でも勝てるか・・・その上、仲間も相当な実力者です」

「ほう、『死呼ぶ道化師(ペルソナ)』にそこまで言わせるとはな・・・」

彼らとは“オスティア”で対峙したが、恐らく一人ではまず勝ち目がない。他の二人ならばなんとかなるであろうが、あの男『ナギ・スプリングフィールド』には今のままでは勝てない。“指輪”を使ってようやく引き分けられると言ったところだろう。

「オスティアで対峙しましたが、その時は三対一ではありましたが驚異的な強さでした。それこそ、『鬼神兵』などとは比べものにならないかと・・・」

「なるほど。しかし、とある筋から聞いたことだが、なんでも“最強の傭兵”が動くそうだが?」

「“最強の傭兵”ですか?」

「そうだ。『ジャック・ラカン』という男を知っておらんか?」

『ジャック・ラカン』。闘技場にデビュー後、数年にして奴隷拳士の頂点となり解放された最強の傭兵である。噂では易々と拳で海を割るとか・・・

「あの『ジャック・ラカン』でしょうか?」

「そうだとも。あの男が秘密裏に動き、『紅き翼』を始末するようだ。これで奴らも終わりだろう。ハッハッハ」

そう言って指揮官は豪快に笑う。

会ったことはないが『ジャック・ラカン』が噂通りの男であるならば、あの“あんちょこヤロウ(ナギ・スプリングフィールド)”にも勝てるかもしれない。出鱈目を
体現したような奴らなのだ、お似合いというものだろう。

「それを切に願っていますよ」

「それにだ。“王(メガロメセンブリア)”を落とせば、“騎士(アラルブラ)”などどうとでもなるだろうよ」

これが戦争である以上国が負ければ兵はなす術をなくすが、奴らに限ってそれが通用するとは思えないのだ。今は大陸の隅へと追いやられているが、一度前線に戻ってきてしまえばどうなることか・・・

「では、私“本国(ヘラス)”の方に戻りたいと思います。後のことは任せてもよろしいでしょうか?」

「おぉ、そうか!!御苦労であった。陛下にもよろしく伝えておいてくれ」

「分りました。それでは、失礼します」

俺は一礼して、懐から取り出した長距離転移魔法符を発動させてその場を後にするのだった。


 ♢ ♢ ♢


俺は強固な門の前に転移をし終える。

ヘラス帝国、首都『ヘラス』。古くからこの地を中心とした南には多くの亜人が暮らしている。国王陛下も亜人である。

「貴様、何者だ!!」

門のすぐ目の前まで足を進めたところで衛兵に止められる。戦時中という状況の上に仮面をつけたような不審人物が王宮に近づいたとなれば当然止めることだろう。俺の名はだいぶ知られているとは思ったが、どうやらそうでもなかったようだ。

「待て、その方は―――…」

もう一人の衛兵のほうは知っているらしく俺を止めた衛兵に声をかけようとするが、俺はそれを制し自らの所属を名乗る。

「ヘラス帝国軍、帝国近衛隊所属、ペルソナだ。お勤め御苦労、通してもらえるか?」

名乗りと同時に所属証を提示する。所属証の写真も仮面をつけたままになっているから大丈夫なはずだ。

「こ、これは失礼しました!!どうぞお通りください」

衛兵は慌てたように脇に退き門を開けた。軽く敬礼を交わした俺は王宮内へと入っていく。

王宮内に入ってからも時折、怪訝そうな視線を感じるが俺の正体に気付くと慌てて皆敬礼しだす。仮面の下で苦笑しながらも応える。それを何度か繰り返しているうちに目的の部屋の前へ辿り着いた。

―――コンコン―――

「ペルソナです」

扉をノックし中からの反応を待つ。

「よい、入れ」

「失礼します」

扉を開けて豪華な調度品に囲まれている室内を部屋の主の元へと進んでいく。

「ただ今戻りました。テオドラ様」

「そうか、皆のもの下がってよいぞ」

声を受けた侍女たちは一人を残して皆部屋の外へと立ち去っていく。最終的にこの部屋に残ったのは俺を含めて三人であった。

「もう仮面を外してもよいぞ、ユウ」

その声に俺は仮面を取り外す。久しぶりに頬に直接触れる外気が冷たくて気持ちがよい。

「お疲れ様です。主」

「ありがとう。シオン」

残った侍女、シオンからタオルを受取り額の汗を拭きとる。

「ご苦労だったな、ユウ」

「当然のことをしたまでですよ、テオドラ様」

汗を拭いていた手を止めあたりまえのように声に答える。軍に所属している以上当然のことをしたまでだ。

「そうか、それでもな。それに“ユウ”であるときは“テオドラ”でよいと言ったのじゃ」

「そうだったな。口調が戻っているがいいのか?」

「今はプライベートなのじゃ。気にしないでいいのじゃ」

テオドラは年相応の少女の笑みを見せる。テオドラはヘラス族であり長命なので必ずしも外見と年齢が一致するわけではないのだが、それを言ったら俺も同じであるので気になどしてはいない。

「それでどうじゃった?」

テオドラは表情を少女のものから王族のものへと変えて尋ねくる。

「死んださ。敵も味方も・・・俺も殺した」

“どう?”という質問に俺は“結果”ではなく“過程”を答える。それが毎回のことであった。

「そうか・・・」

テオドラは悲痛な笑みを浮かべる。王族は王族として彼女は思うところがあるのだろう。

「それでも、これで『グレート=ブリッジ』が落ちた。もうすぐ終わるはずだ」

明るい話題を振りテオドラを励ます。王族たる責任を背負うことはできないが、テオドラを支えることはできるはずだ。

「そうじゃ、そうじゃな・・・お主たちには助けられてばかりじゃな」

「お互い様だ、気にするな」

「そうですよ、テオドラ様。ここに住まわせて貰っているんですから」

俺とシオンは口々にそんことはないと言う。戦争を肯定はしないがこうやって養ってもらっているのだから気にすることはないのだ。

「ありがとうなのじゃ。お主たちに出会えて本当によかったと思うのじゃ」

「いいってことよ。まぁ、あんな出会いはもう勘弁だけどな」

「そうですね。私も流石に・・・」

そう俺にシオンは同意してくるがあれの原因を作ったのは少なからずシオンのせいである。

「いや、原因はお前だろ?シオン・・・」

「わかってますけど、あれは強行した主にも責はありますよ!!」

俺とシオンはそのまま二人睨みあう。

「まぁまぁ、おかげで出会うことができたのじゃから・・・」

諫めてくるテオドラの声に俺はあの時のことを思い出すのであった。


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 



[18058] 第38話 転移と落下と遭遇と
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/07/30 23:06
眼下には森を切り開くように線を引く一本の道。空も大地もともに青く、懐かしい思いを呼び起されていく。

「戻ってきた・・・」

この光景は間違いなく、“魔法世界”のもので俺が始まり、終わった地のものであった。

「そうですね」

傍らで呟くシオンの顔もどこか郷愁がこもっているようにも思える。彼女が“魔法世界”の姿を目にするのは初めてであるはずだが、根源が同じためなのか俺と同様の思いを感じているようだった。

仮にそうでなくともこの雄大な自然を目にすれば、誰もが言葉を失ってしまうというものだ。世界樹を初めて目にした時の俺がそうであったように。

「ただ、さ・・・」

「なんでしょうか?」

俺はそれらの思いを一先ず脇に退けるようにして呟く。シオンは何事かとこちらを覗いてくるが、眼前には緑色の絨毯がどんどんと迫ってきている。


「・・・何で、俺たちは“落下”しているんだ?」


そう、眼前に迫ってきているのは雄大な自然を体現している森そのものだ。森が動くわけはないので、当然近寄っているのは俺たちの方である。

俺たちは絶賛落下中であった。上空数千メートルから命綱なしで飛び降りている真っただ中という自殺希望者も真っ青になるだろう状況にある。

「それは、“転移”に失敗したからじゃないですか?」

こともなげにシオンは言ってくるがどうしてそんなにも冷静でいられるのであろうか?不思議でたまらない。

「それはわかってる。これが通常通りならば、あの“ゲート”を造った奴の頭を俺は疑っている。どうして、“こう”なっているのか知りたいんだ」

“旧世界”と“魔法世界”を行き来するたびにこんな思いをしていたのならばいくつ命があっても足りやしない。明らかにこれは異常だ。

「それはですね、“ゲート”が閉鎖されていたために無理やり転移魔法符を利用した通過を試みたからですね」

魔法世界の情勢の不安の煽りを受けてかゲートは封鎖されていたのだ。だが、そこで諦めるという選択肢は持ち合わせていなかったので、転移魔法符を用いゲートを通過するという前例などあるわけがないだろうな荒唐無稽な方法での突破を試みて今の状態に至っているのだ。

「シオン、お前は大丈夫だと言っていなかったか?もし、これがお前の“大丈夫”ならば俺はお前のことを知らなかったようなのだが・・・」

転移をする際、シオンは100%転移は成功すると言っていた。だからこそシオンを信じ、転移をしたのだがこれはあんまりである。

「い、いや、転移は成功したじゃないですか、“転移”は・・・」

「確かに、な・・・」

シオンの言っていることに間違いはなく、“魔法世界への転移は100%成功”していた。嫌でも目に映る風景が魔法世界のものであるのだから間違えようはずがない。だが、安全性は全くと言っていいほど鑑みていなかったようだ。

「そ、そんな目で見ないで下さいよ。まだ、空であっただけマシだというものではありませんか!!土の中であったら目も当てられませんよ!!」

非難する俺の視線を避けるようにしてシオンは言った。

確かに空という一応は自由の利く空間であるだけマシではあった。これが土や岩といった物体の中だったら、一体どうなっていたことか。転移した瞬間、生き埋めになるというくだらな過ぎる要因で死にかねなかった。尤もそれはシオンの言うセリフではないように思えるのだが。

「それに主は杖なしでも空を飛べますし、虚空瞬動だって使えるじゃないですか。空に放り出されたくらいで文句を言わないでくださいよ」

心外だと言わんばかりにシオンは言う。色々と人間をやめてしまっている言葉に思えるのだが果たしていいものか。実際、人間は半分やめてしまっているけれども・・・

「いや、これは誰だって文句を言いたくなると思うのだが・・・」

「いいですから、早く空を飛んでください。じゃないと地面と熱い“口づけ(ヴェーゼ)”を交わすことになりますよ」

くだらない会話を交わしているうちにだいぶ地面が近づいてきている。このままだとじきに大地と正面衝突だ。本来ならば早急に飛ばなくてはならない位置に来ている。

「それがさ、ちょっと無理なんだよね、飛ぶの」

「へっ?」

申し訳ないようにシオンに俺は口を開くとシオンは呆気にとられたように呆けてしまう。

「いや、転移の反動か何か知らないけど魔力がすっからかんで飛べないんだわ」

二つの世界間の行き来というものは流石に凄まじいものだったのか、今残されている魔力では飛ぶことすらできないのだ。

「なら、虚空瞬動で・・・」

「こんな、落下した状態で使うのは初めてだし、バランスも悪いから失敗するな。たぶん・・・」

“虚空瞬動”というものはしっかりと空を蹴ることができるからこそできるものでこのような状況では使うことができないだろう。

「ということは・・・」

「このままだと確実に大地と衝撃的な出会いとするな」

「上手いこと言ったみたいな顔をしないでなんとかする方法を考えてくださいよ!!」

跳ぶことはできても飛ぶことはできないシオンは焦ったように肩を掴んでくる。俺が飛ぶことができないとなれば、シオンも激突は免れないのだから。

「そうだな~」

そうこう言っているうちにすぐ傍まで地面は近づいてきている。気で全身を強化すれば骨折くらいで済むだろうか・・・?

「いやぁぁーーーー~!!」

とりあえず、叫んでいるシオンを抱き寄せる。

「あ、主?」

「まっ、やるだけやってみるか」

そう言って俺は魔法の射手を今出すことのできる限界数である3本を無詠唱で発動させて周囲に待機させる。属性は苦手であるが風だ。

つまりは魔法の射手の反動と衝撃を利用して落下の速度をゆるめて、後は気で全身を強化して耐えようということだ。この限られた状況の中では一番可能性のある方法なはずである。

「魔法の射手 連弾 風の3矢!!って屋根!?」

このまま地面に放とうと思ったが目の前にあったのは何かの建物の屋根であり俺たちはそのまま、

―――ズガガガッ、ドッ、ドーン―――

完膚なきまでに屋根を破壊し尽くし大地に足をつけることとなった。

「いててて、なんとかなったか。でも、思ったよりも衝撃は少なかったかな?」

魔法の射手に加えて屋根も速度を落とす要因となったのか、予想していたよりもだいぶ衝撃を受けることはなかった。その代償として、足元には壊れた屋根の破片が散乱し土煙が朦々と立ち込めている。

「一体何事だ!!」

無人だといいなという淡い期待は周囲のがやがやとした声により無情にも砕け散るのだった。土煙のせいで姿は見えないけれども気配から察するに5、6人はいるのだろう。

「いや~すいま、せ、ん?」

こんな惨状を作り出してしまったことをとりあえず謝ろうと思い人影に声をかけるけれどもそこにいたのは、6人の武装した男と縄で縛られた幼女であった。

「なんだ、変態か」

「主、そんな簡単なことではないと思いますが・・・」

完全に土煙が晴れたなか、対峙する剣や杖を持った男たちとシオンを抱きかかえている俺。さらには縛られている上に猿ぐつわをしている幼女と。異様としか形容しがたい光景がそこには広がっていた。

「てめぇら、一体何者だ!!」

武装している男たちの中のリーダー格らしい男が剣を構えて声を張り上げる。そこまで、大きい室内のではないのだからそんなことしなくても聞こえるというのに。

「何者って、旅人。もしくは観光客?」

旅先としては2か所目であるのだが問題はないはずだ。ヘラスに行こうと思ったのには純粋なる興味もあったので後者に関しても間違いはない。

「て、てめぇ、馬鹿にしているのか!!」

せっかく正直に答えたというのに質問をしてきた男は逆上してくる。答えが気に入らなかったといってそれはないと思う。

「主、恐らく主が今考えていることは見当違いですよ」

「そうか?」

抱きかかえているシオンが内心を見透かしたように言う。つうか、なんで顔が赤いんだろうか?

「き、貴様ら・・・」

「リーダー!!こいつら帝国の追手じゃないですか!?」

「そうだ。仮に追手じゃないのだとしても見つかった以上は生かしてはいけませんよ!!」

男の一人が声を上げたところで、次々と俺たちの素性が捏造されていっている。何一つ当たってないところが素晴しい。

「というわけだ。手に持った嬢ちゃんを残しててめぇは逝け」

話がまとまったのかリーダーである男が剣をこちらに向けて言い放った。

「主、殺りますか?」

その声を受けてシオンが物凄く冷たい声を発する。一瞬、腕に氷を抱きかかえているかと思った。

「いや、物騒だから・・・それにな―――」

抱きかかえていたシオンを下ろすと俺は、

「冷静さを失った時点で勝敗は決まっているさ」

瞬間的にリーダーの男の後ろに回り込むと『希求』で打ちつけ意識を刈り取った。ドサリという音で男が倒れこむのを周りにいる男たちは理解できずに呆然と立ち尽くしてしまっている。

「ほら、そんなことしてると―――」

続けざまに二人の男の腹を打ち、落とす。残るはあと3人。

流石に身の危険を感じたのか、慌ててこちらに切りかかってくるけれども・・・

「死んじゃうよ」

首筋に当て、残すところあと2人。

その二人と言えば動揺してか我先にと逃げ出そうとしている。

「その選択は正しいけれど―――」

俺は部屋の出口に先回りし、向かってきた男たちを振りかぶった『希求』で気絶させる。

「少し、判断が遅かったかな?」

この間、数十秒。一瞬にして全ての男はその意識をなくすのだった。

「殺してもよかったのに・・・」

「だから、物騒なことをいうなよ・・・」

『希求』を消したところでシオンが呟く。ただでさえ、ここではかつてお尋ね者だったのだ、もうそんな事態になるのは避けたかった。

「でも、殺していないとはいえ、主も結構容赦ありませんよね。いくら、峰打ちとはいえこれだけの力だと骨折れてますよ」

横たわった男たちを見ながらシオンは言う。確実に意識を刈り取るだけの力で打ちつけたので確かに何人かの骨は折れてしまっているかもしれない。

「障壁を張っているかもしれなかったしな」

「そうですね。で、どうするんですか?」

「どうするとはこいつ等のことか?」

「それもありますが、彼女のことです」

そう言ってシオンは部屋の隅で縛られている幼女を指差した。その表情は驚いているとはいえ怯えを噯(おくび)にも出していないものであった。

「成り行きとはいえ、一応助けたことになるんだよな」

「まぁ、そうなりますね」

シオンと言葉を交わしながら近づき、シオンに猿ぐつわを外させ、俺は縛られた縄を解いていった。

「さて、見た感じは大丈夫そうだが、どうだ?」

拘束を解かれ立ち上がった幼女に尋ねる。

「うむ、大丈夫じゃ」

幼女はしばらく手や足、首を動かして体に異常がないか調べ、問題がないとわかったところで口を開いた。

「それは良かった。ところで色々と訊きたいことがあるのだけどいいか?」

彼女には色々と訊きたいことがある。ここはどこであるのだとか、どうして捕まっていたのかなどだ。捕まっていた以上、前者に関しては無理かもしれないが後者はわかるはずだろう。

「こっちも訊きたいことがあるし、いいのじゃ」

「そうか、ならまず自己紹介を俺はユウ、旅人をしている。そして、こっちが相棒の―――」

「シオンです。よろしくお願いします」

「そうか、わしは―――」

「姫さま!!御無事ですか!!」

そう言って室内に騎士のような格好をした複数の男が入ってくる。身につけられている紋章はヘラス帝国のものである。

「テオドラ、ヘラス帝国第三皇女テオドアじゃ」

そう言って幼女は胸を張る。部屋に入ってきた騎士たちは油断なく己を皇女となのった幼女の周りに集まりだす。

「マジかよ・・・」

「本物、みたいですね」

偶々助けることとなった幼女はとんでもない方だったということが分かり、ただ呆気にとられるしかないのだった。




[18058] 第39話 邂逅
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/08/04 00:42
「というわけだったのじゃ」

俺とシオンは王宮の一室へと案内され、あの場所に彼女、「ヘラス帝国第三皇女テオドラ」がいたことの説明を受けた。

簡潔にいえば誘拐である。いつ戦争が起こるかもしれない状況では確かに“皇女”というネームバリューは驚異的なものがある。それを考えての犯行であったのだろう。

外出する際に襲撃にあい誘拐されあの場所に捕まっていたらしい。もちろん護衛として近衛も傍にはいたようだが、周到に準備されていた作戦と俺が一瞬で片づけてしまった奴らはそれなりの実力者だったらしく近衛兵もやられてしまったようである。

あの程度の敵に倒されてしまう近衛兵もいかがなものかとも思うが、改めて考えてみれば俺が誘拐犯を倒したとき奴らはこの上ないほど動揺していた。なので、もし誘拐犯たちが冷静であればどうなってたかは分らないかもしれないなとも思い口には出さないことにしたのだった。

「それにしても貴方が近衛兵、それも総隊長であるとは思ってもいませんでした。ヨハン・“ハールバルズ”さん」

俺は皇女殿下の脇に控えている男性へと視線を移す。屈強な体を惜しげもなく見せつけ、油断なく立つその姿は歴戦の雄姿とも言えるものであった。

「こっちでの名前はヨハン・ノートゥス何だがね。ユウ・エターニアくん」

そう、彼は彼、そして彼女の父親であり、俺が魔法世界、しえてはヘラス帝国を訪れようと思った理由の一つでもある。まさか、こんなにも早く会うことになるとは思っていなかったので、互いに名乗りを上げた時は驚いてしまった。

「なんじゃ、二人は知り合いなのか?」

皇女殿下が少し驚いたように口を開く。

「はい。直接会うのは初めてですけれども。姫様、隊の方もありますので私はこの辺で失礼させていただきたいと思います。護衛の方は置いておきますし、彼なら大丈夫でしょう。ユウ君、積もる話は互いにあるだろうが、また後ほどな」

「わかりました」

ヨハンさんはそう言って二人ほどの近衛兵をおいて部屋を後にした。俺の素性が全く分からなかったのだとしたら違ったのだろうが知った顔であったため、大丈夫だろうと判断したのだろう。

尤もこんなところで襲うわけがないという考えもあったからかもしれないけれど。

「ところで、ユウと申したな」

「はい、何でしょうか?」

ヨハンが完全に出払ったところで皇女殿下が再び口を開いた。その容姿の割には威厳に満ち溢れていて流石、王族といったところである。

「そなた、近衛兵になるつもりはないか?」

「はぃ!?」

突然の皇女殿下からの申し出に素っ頓狂な声を思わずあげてしまう。隣にいるシオンでさえも唖然としてしまっているほどだ。

『帝国近衛兵(ロイヤルガード)』はヘラス帝国軍の中でも特に選ばれたエリートが所属する部隊である。王族を守るというのだから当然ではあるのだが。よって、近衛隊員は軍の中の優秀な人物をときおり引き抜くのが通例なのだ。

いくら皇女殿下を救ったとはいえ、いきなり一般人から近衛兵になるなんてことはあり得ないのである。

「そなたもわかっているとは思うが、我が国では近々戦争が起こるかも知れんのじゃ。いや、今日のことで開戦は免れないじゃろ」

確かに皇女誘拐という事実は燻っている火の中に油を注いでいるようなものだ。実際の事実がどうであれ、“人間が皇女を誘拐した”ということさえあれば、時間を稼ぐことはできたとしてももう開戦を回避することは難しくなっただろう。

「そして、今日のことで少なからず近衛兵に被害が出でしまったのじゃ」

詳しい話を知ることは叶わないが襲撃にあって全滅してしまったのだ。仮に命があったとしても重症であることは違わないだろう。もしかしたら、再起が絶望的な兵士もいるのかもしれない。

「近衛兵は本来、通常軍の中から優秀なものを引き抜いて修練をし直すのじゃが、状況はそうも言ってられないのじゃ」

今から被害にあった者たちの分の補充をしたところで開戦までに近衛兵として十分な実力に持っていくことは難しいということなのだろう。なるほど、だいたいの話を読むことはできた。

「そこで、実力のあるもの。そなたに近衛兵になって欲しいのじゃ」

つまりは近衛兵を一から育て上げるような余裕はこの状況ではない。なので、実力者、隙をつくような感じだとはいえ、護衛にいた近衛兵を全滅させた誘拐犯らを一瞬で倒した俺に白羽の矢が当たったというわけだろう。

「不躾なのは重々わかっとるが、ダメじゃろうか?」

「一つ、いや、幾つかいいでしょうか?」

「なんじゃ?」

「まず、自分でもいうのはどうかと思いますが私は身元が不明瞭ですし、そこまで自分のことを明かそうとは思っていません。それでも、傍に置くつもりなのでしょうか?」

説明したのは旅人だということだけ、名前ですら本名ではない。そして、これから自分のことを必要以上に語るつもりはない。そんな怪しいということを体現したような奴をそばに置くとは正気の沙汰とは思えない。

「それなら、ヨハンがこの場を離れなれたことが大丈夫じゃと示しておる。奴は忠実じゃ、少しでも危険があると思ったのならば離れることもなかったはずじゃ」

何当たり前のことを言っているのだといった感じで皇女殿下はすらすらと理由を話してくる。それだけヨハンさんは信頼されているということなのだろう。近衛隊の総隊長ともなれば当然なのかもしれない。

「そうですか。では、私は“人間”です。それでもいいのですか?」

起こるであろう戦争の原因は南と北の確執によるもの。もっといえば、亜人と人間と確執だと言っていいだろう。それを亜人側の重要であるポストに人間である俺を置けばどんな反発があるかわからないだろう。

「全ての人間が敵だというわけでもない。我が軍にだって人間の兵士は大勢いる。それに総隊長であるヨハンが人間なんじゃ。いまさら何だというのじゃ」

これもこともなげに答えてくる。人間の全員が全員、敵ではないと理解できているということは風当たりも辛いことはないかもしれない。

「ならば、最後に。仮に申し出を受けたとしても近衛に入るのは私だけです。シオンをいれさせるわけにはまいりません。そして、私たち二人分の衣食住を保護してもらいたいと思います。それでも、構いませんか?」

「なっ、主!!それは!!」

シオンが驚いていることをみるとやはり俺が近衛になったとしたらシオンもなるつもりだったのだろう。だが、それは俺の望むところではない。

正義の味方を気取るつもりはさらさらないが、犠牲になるのは戦場に立つのは俺だけでいい。シオンには大切な人にはなるべく危険なことにはかかわらないでほしいのだ。

尤もそう思っているのは自分だけじゃないかもしれないので、これは単なる俺の我儘にすぎないのだけれども。

「いいじゃろう。だが、ただで保障するわけにはならない。周囲の目もあるのじゃから、侍女の真似ごとぐらいはしてもらうことになると思うのじゃ」

「それくらいなら、構いません。大丈夫だよな?シオン」

「え、はい。主がそう望むのならば」

「すまないな」と声をかけるとシオンはしぶしぶといった感じではあったが納得してくれたようであった。

「それじゃあ・・・」

「いえ、しばらく考えさせて貰ってもいいでしょうか?明日までには返事をお返ししますので」

今ここで返事をすることは簡単ではあるが、良く考えたいと俺は思っていた。ここで了承の返事をするというのは戦争に加担する、人を殺すということだ。それも自分の意志だけならず命令でもだ。さらに戦争に負ければどうなるかは分らない。時間があまりない方と言ってすぐに答えを出せるものでもないのだ。

「・・・わかったのじゃ。今日は王宮に部屋を用意させるのじゃ。ゆっくり休むといいのじゃ」

「ありがとうございます」

そうして、テオドラ皇女殿下との会話は幕を閉じたのであった。


 ♢ ♢ ♢


夜の帳の下りた王宮内を一人で歩く。客人がいることは伝わっているのか見張りの兵に声をかけられることはあってもそれだけであった。

久々にみる魔法世界の月は旧世界のものと比べると小さく歪ではあったが、郷愁を感じさせる良いものであった。

「いい月だな・・・」

「私もそう思うよ」

訓練所を見渡すことのできる。柵に肘を付き朧げに輝く月を見上げていると背後から声がかかった。

「ヨハンさん・・・」

振り向いた先にいたのは“ヨハン・ノートゥス”その人であった。彼は隣に来ると同じようにして空を見上げる。

「ユウくんは魔法世界出身なのかい?」

しばらく、無言で見つめているとその静寂(しじま)を破るようにしてヨハンさんが訊ねてきた。

「“ユウ”でいいですよ。はい、生まれも育ちも―――」

その後に“終わり”もという言葉をつけることはなかった。俺はまだ“終って”ない、それを教えてくれた人がいたからだ。

「それなら、こっちも“さん”をつける必要はない」

「わかりました」

それだけ言うとまたこの場には静寂が訪れる。ただ、月を見上げるそれだけがこの場に俺たちを繋ぎ止めているようであった。

「どうしてこんなところに?」

「夕涼み・・・ってのは嘘でユウの姿を見かけたからな。さっきも何か話したいような顔をしていたようだし」

「積もる話があると言ったのはヨハンでは?」

「そういえばそうだったな」と言ってヨハンは口を噤んでしまう。

「これを・・・」

俺が取り出したのは黄金に輝くリング。俺を守り、救ってくれたものである。

「それは・・・」

ヨハンは俺が取り出したものをしげしげと見つめている。その瞳はどこか懐かしそうにも見える。

「ヴァルトさんは俺が持っている方がいいと言ってましたけど、やっぱりこれは・・・」

「お義父さんがそう言ったのならユウが持つといい。娘もそう望んでいるはずだから。どうしてもというのなら、君が死んだときに返してくれればいいよ」

ヨハンは“俺”という存在のことを知らないはずなのでその言葉がでたのは偶然なのだろう。

「そうですか。なら、もう一つのものは受け取ってもらえますか?」

俺は指輪をしまいながら言う。ヨハンには彼女から託されたもう一つのものは確実に渡さなければならない。

「もう一つのもの?」

「はい、伝言です。『ごめんなさい。先に逝っています』と言っていました」

その言葉を聞いてヨハンは一瞬驚いたように目を見開いたと思えば、すぐに目を細め、「そうか、そうか・・・」と呟いて静かに涙するのだった。

「見苦しいところを見せたね」

「いえ、そんなことは」

しばらく静かに泣いていたヨハンが言ってくる。瞳はまだ少し赤いが割り切ることはできたのだろう。強い人だ。

「これからユウはどうするんだ?」

「どう、とは?」

「君たちがこの国に来たのは純粋な興味もあったからかもしれないけど、私に会いに来てくれたのだろう?じゃなければ、こんな時期にわざわざ来る必要はないからね」

ヨハンの言うとおりで単純に興味を満たすためであったのならば、情勢が不安定である今訪れる必要はどこにもなかった。それでもなお来たのはヨハンになるべく早く会うためである。

「さっさと観光して別の場所に行くつもりだったのですけどね・・・」

そこまで言って、昼間の皇女殿下の言葉を思い出だす。

『そなた、近衛兵になるつもりはないか?』

突然のことでその場は驚いてしまったが、考えてみれば彼女も必死だったということだろう。それもなりふり構っていられないほどだ。

「誘われた、か・・・」

「はい」

俺の表情から何があったのかヨハンは察してくれたようだった。

「少し、手合わせしようか?」

そう言ってヨハンは訓練場へと飛び降りていった。慌てて追いかけ訓練場に入るとそこには腰から下げていた剣を抜いているヨハンの姿があった。

「皆、寝静まっているだろうから魔法の使用は禁止。純粋な剣技だけで競い合うことにしよう。いいかな?」

その姿は真剣そのものでかつての弟子の姿を見ているようだった。恐らく、何を言ったところで止めることは難しいだろう。尤もヨハンが似ているのではなく、ヨハンに似ているのだろうけれども。

「手加減はしませんよ?」

『希求』を顕現させて、鞘から引き抜いて構える。

「当然、そうでなければ困るよ。では、私から行かせてもらおうかッ!!」

瞬間的に距離を詰めて斬りかかってくる。神速とは呼ぶことはできないが十分早いものであった。

俺が剣閃を受け止めるとすぐに離れ、違う角度から攻撃を仕掛けてくる。速さ、重さ、技量どれを見ても剣を使ってきた相手の中でもっとも手強い相手である。流石に彼の父親であるわけである。

ただ・・・

「覇ッ!!」

渾身の力が込められた一撃を往なして逆に剣を弾き飛ばす。ヨハンは態勢を崩し膝をつく。それへ俺は剣を突きつけた。

ただ、俺には及ばない。剣士としての技量はあるが強さでは足元にも届かないであろう。それは恐らく魔法を使ったところで変わることのない結果であろう。

「俺の勝ちですね」

「そうだな」

突きつけていた切っ先を戻し、手を差し出す。ヨハンは手を握り立ち上がると剣を鞘におさめ汚れを払った。

「何でこんなことを?」

剣を合わせて見てわかったが、ヨハンは自分が俺よりも劣っていることが分かっているようだった。それなのに試合をしようとした意図が理解できなかったのだ。

「そうだな。分かってくれたと思うけど“私たち”は弱いんだ。近衛総隊長である私ですらこの通り手も足も出なかった」

ヨハンの言っていることは事実であったがそこまで悲嘆することでもないだろう。確かに俺よりは劣っているとはいえ弱いという括りに含まれるようには感じられなかった。

「それなりの力はあると自負はしている。それでもこれからの事態のためにはそれだけでは駄目なんだ」

「・・・・・・」

「勿論、個人の力だけで全てが解決するとは思っていない。でも、個人の力が必要なことには変わりはないんだ」

戦争という状況において個人の力だけでなせることはそこまでない。しかし、同時に個人の力は大をなす可能性もあるのだ。その力が大きければ大きいほど。

「“ヨハン・ハールバルズ”個人としては君の好きなようにしてもらいたいけれど、“ヨハン・ノートゥス”としてならば是非とも姫様の申し出を受けてほしい」

前者の言葉を言ったのはヨハンのせめてもの優しさだったのだろう。

ヨハンはそれだけ言うと軽く礼をしてその場を去って行った。訓練所に残されたのは歪な月とそれに照らされる俺だけであった。






[18058] 第40話 一つの再会
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/08/05 21:54
そうか、受けてくれるか!!」

「はい。皇女殿下が先の約束を守っていただけるというのでしたら」

「それは勿論なのじゃ」

結局、俺は近衛隊に入ることを了承することにした。様々な要因がありはしたが、やはり一番の理由は彼女を助けてあげたいと思ったからだ。なんだかんだ理由を考える割に俺は感情で動くタイプのようだ。

俺の返答に皇女殿下だけでなく、傍に控えていたヨハンの顔もほころんでいるようであった。

「それと一つ付け加えることがあります」

「なんじゃ?」

皇女殿下がいぶかしむように見つめてくる。話を受けると言っておきながら、何かがあると言ったのだからそれも当然の反応かもしれない。

「ここでは私はごく一部の人を除き“顔”を隠そうと思います」

「してそれは何の為に?」

「一つは私が人間であるということを隠すためです。いくら、全ての人間が敵ではないということが分かっているのだとしても、何処からともなく湧いて出で来たものがいきなり帝国近衛兵(ロイヤルガード)ともなれば反発は避けられないでしょう。それが人間であるならばなおさらです。ヨハンさんのように実績があるのならばまだわかりませんでしたけど」

帝国近衛兵(ロイヤルガード)はこの国の兵士にとって憧れとも呼べる存在である。そこへ実績もない馬の骨がいきなり加わったとすればあまりよい目はされないだろう。皇女殿下誘拐のこともあるのでそれが人間ともあればいらない誤解を受けることになる可能性も少なからずあるのだ。

「二つ目は皇女殿下の安全のためです。顔を見せるのは皇女殿下を含め、極僅かなもの。皇女殿下の前では顔を明かすようにしますので私に化けて暗殺を目論むということを避けることができます。ただ、これは気休め程度のものだと思っていてください」

正体のよく分らないものが近衛になることは同時に大きな隙となりかねない。変身魔法で簡単に化けることができるので、暗殺にはもってこいの存在となってしまうのだ。古くからの重鎮などが暗殺をしたところではすぐに変身魔法の可能性を考えられてしまうだろうが、ぽっと出の奴が暗殺をすれば元からのスパイだったとして処理されることは間違いないはずであろう。

後は俺が“ユウ・リーンネイト”であるということがバレることを避けるためでもある。賞金はすでに取り下げられており、今までの反応からもバレる可能性はまずないだろうが念には念を入れておきたいのだ。

「わかったが、どうやって顔を隠すのじゃ?」

「変身魔法は使えないので仮面でも身に着けることにします」

変身魔法が使えれば良かったのだが、そんなものを使うことはできないので仕方がない。魔法薬という方法もあるにはあるがいつ効果が切れるか分からないという危険性を抱えるよりは顔を覆い隠すものを身につける方がよいであろう。

「顔を明かすのは誰にするのじゃ?」

「皇女殿下とヨハンさんにはもう見られてますので、当然としてあとはなるべく少ない方が・・・」

あまり多くのものに見せてしまっては意味がない。できることならばこれ以上は見せることがない方がいい。少なくともあと一人や二人と言ったところだろう。

「それなら、今からユウ殿につける副官を一人呼ぼうと思いますがいかがでしょうか?姫様」

今まで沈黙を守ってきたヨハンが口を開き、意外な言葉を口にしてくる。近衛隊に入ることを了承したとはいえ副官がつくなど初めて耳にした。

「うむ、いいじゃろ」

「すみません。副官とは・・・?」

「そうだな。まだ話していなかったが、ユウ殿はテオドラ様直属の帝国近衛兵(ロイヤルガード)となる。それにあたって一人では何かと大変であるからして一人副官として部下につけようと思うのだ。構わないか?」

つまりは皇女殿下に使える騎士とでもいうのか。直属ということは通常の命令権からも外れるということだろう。恐らくは俺に対しての命令権を持つのは皇女殿下と近衛総隊長であるヨハンさんだけなのだろう。これは思ってもいないことである。

「はい、そういうことでしたら構いません」

「そうか、念話で連絡を入れたからじきに「コンコン」・・・来たようだな」

「近衛3番隊所属、レオナルド・ピグレット召喚に応じ参りました」

「(レオナルド?)」

俺が聞いたことのある名前に首を傾げているうちに皇女殿下とヨハンは入室の許可を出してしまい。俺よりも若干若いであろう男が室内に入ってくる。

「ご苦労だった。今から貴官に第三皇女テオドラ様直々に辞令を言い渡す。心して聞かれよ」

「はっ」

レオナルドと呼ばれた兵は皇女殿下の前で恭(うやうや)しく一礼し、膝をついて頭を下げている。

「近衛隊所属、レオナルド・ピグレットに命ず。貴官は以後我の直属となり、ユウ・エターニアの部下とする」

「はっ、その恩命しかと承ります」

レオナルドは今一度深々と礼をする。

「ユウ・エターニアこちらへ」

「はっ」

俺はレオナルドの横を通り過ぎヨハンの横に立つように並ぶ。

「こちらが貴官の上司となる“ユウ・エターニア”殿になる。顔を上げ礼をとれ」

ヨハンがレオナルドに向けて言葉を放つとレオナルドは素早く立ち上がり胸に手を当てる。慣れなくてはいけないと理解してはいるがなかなか慣れそうにない。

「これよりユウ殿の部下となるレオナルド・ピグレットであります。若輩者ではありますが御鞭撻(ごべんたつ)の程をよろしくお・・・」

レオナルドは俺と目を合わせたかと思うと目をぱちくりとさせ、言葉を失ったように立ち尽くしてしまう。そして、

「もしかして、アニさん?」

その言葉に今度は俺が目を見開かせるのであった。世界広しといえ俺のことをそのように呼ぶのはただ一人。いや、ただ“一匹”であったからだ。

「レオナルド、なのか?」

レオナルド、俺がまだ彼女との旅を続けていた頃出会った友人、否、友豚だ。しかし、今の姿はどこからどう見ても好青年そのものである。さらに言えば、何故生きているのかという疑問も浮かび上がってくる。

「貴官らは知り合いなのか?」

気づけば突然動きを止めてしまった俺たちを不思議そうにヨハンが見てきている。皇女殿下も同じような表情でこちらを見つめてきている。

「いえ、以前会ったことが会っただけであります。申し訳ございません」

ヨハンの言葉にレオナルドは動きを取り戻し再び礼を取る。

「そうか、話す機会はまた今度与えよう。今は下がっていいぞ」

「はっ、失礼いたします」

敬礼をしてレオナルドは部屋から出て行った。

「思わぬ再会があったようだな」

レオナルドが完全に部屋を出て行ったところでヨハンが口を開いた。俺が旅人だということを知っているのでその顔は意外そうな表情である。

「以前、少しだけ会っただけですけどね」

少しの間共に旅をしたことを話そうと思ったが、レオナルドがどういう経緯を持ってここにいるのか予測がつかない以上、下手なことを話すのは不味いと思いはぐらかすことにした。

なにせよ、旅をしたのは70年以上前。たとえ、生きていたとしてもあそこまで若々しい姿であるのはおかしい。そもそもは人間ですらないのだから。

「あやつにも言ったが後でも話す機会はあるだろう。気になることもあるだろうが、今は話を進めるぞ?」

「はい」

レオナルドに対して向かっていた意識を再びこの場に戻し、ヨハンと向き合う。

「先に話したようにユウには姫様直属となってもらう。よって、通常の命令系統からは外れる。命令権があるのは基本的には私と姫様だけだ。場合によってその戦場の指揮官にも命令権を与えることもあるがな」

ヨハンの言葉はほとんど予測できていたものであったので、これといって驚くことはなかったが破格の待遇には違いない。

「すごい待遇ですよね・・・」

「ユウには都合がいいだろう?それにそれだけ期待しているということだよ、情けないことではあるけれどもね」

ヨハンは申し訳なさそうに苦笑する。最終的に判断したのは俺であるのだからそこまで気に病む必要はないというのに律儀な人だ。

「いいんですよ。決めたのは俺なんですから」

「そう言ってもらえると助かる。それでユウには隊舎ではなく王宮で暮らしてもらう。これは直属となったことですぐに召集に応じられるようにという建前があるが実際はなるべく人目から逃れるためだな」

王宮も完全に人の目から逃れられるわけではないが、不特定多数の人が入り混じるであろう隊舎よりは幾分ましであろう。

「それで部屋なのだが・・・シオン殿と同じ方がいいのか?いや、いけないと言っているわけではないのだが・・・」

妙に歯切れを悪くし視線を逸らしながらヨハンは訊ねてくる。あぁ、そういうことか。ヨハンの言いたいことを理解した俺は首を振り答える。

「シオンとはそういう関係ではないので部屋は別にしてくださって結構ですよ」

その言葉にはヨハンだけでならず皇女殿下もレオナルドと知り合いであったことを驚いていた時と同様に意外そうな顔をしていた。

それもそのはずである。シオンが俺のことを“主”と呼んでいることからも俺とシオンの関係は『魔法使い』と『従者』である。魔法使いにとって『魔法使いの従者(ミニステルマギ)』との関係というものは非常に密接で本契約を交わした異性同士となれば伴侶と判断されても間違いはなく、むしろそう判断されることが当然であったりするのだ。

確かに俺とシオンは俺が主として仮契約もしてはいるが、断じてそういう関係ではない。たとえシオンが期待に満ちた表情をあからさまに曇らせたとしても決して違うのである。

「そ、そうか。ならばシオン殿には侍女用の部屋を用意させよう。ユウは昨晩使った部屋をそのまま使ってくれ」

「わかりました」

落胆しているシオンが傍目に見えるせいかヨハンはどもっているが、すぐに調子を戻し言う。昨晩使った部屋は一人で使うには大き過ぎるようにも思えるが大きい分には困ることはないだろうからありがたく使わせてもらうとしよう。

「ユウ」

「なんでしょうか?皇女殿下」

ヨハンとの話が落ち着いたところで皇女殿下から声をかけられる。

「いや、何だ。その“皇女殿下”というのをやめるのじゃ」

「しかし、皇女殿下直々の部下となったのですから当然なのでは?」

臣下が礼を尽くすのは当然のことである。それに関しては疎かにするようなことがあってはいけない。現にヨハンも皇女殿下に対しては決して無礼を働くような言葉を使ってはいない。

「なら、お主が“ユウ”である時は必要ない。その時は“テオドラ”と呼ぶのじゃ」

俺が“ユウ”であるとき、つまりはシオン、ヨハン、レオナルド、皇女殿下だけでいる場合ということだろう。

「しかし、よろしいので?」

「いいのじゃ。敬語もなくていい」

ヨハンに目配せすると仕方がないといったような感じで首を竦めている。もしかしたら、似たよな経験があるのかもしれない。

「わかったよ。テオドラ様」

「テ・オ・ド・ラ、じゃ」

「わかった。テオドラ」

「うむ」

年相応の笑顔を見せるテオドラはとても生き生きとしているのだった。

「ユウ、これからよろしく頼む」

「はい。お願いします」

俺はそう言いながらヨハンが差し出してきた手を強く握り返すのだった。


 ♢ ♢ ♢


「アニさん!!」

部屋を出たところでレオナルドから声をかけられ呼び止められる。その声は記憶の中のものと寸分の違いのないものであった。

「レオナルド、なんだな・・・」

「はい、そうでやす。アニさんこそよく御無事で・・・でも、どうして・・・」

俺の呟きに答えたレオナルドはすぐに疑問を顔に浮かべてしまう。まぁ、無理もない。尤もそれはこちらにも言えることなのだが。

「とりあえず、俺の部屋に行こう。そこなら色々と話せるはずだからな」

「わかりやした」


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「そうか、そうなことがありやしたんですか」

これまでの一部始終をレオナルドに話し終えると流石の内容にか、レオナルドは沈んだように俯いてしまう。

「まぁ、こうして生きているだからいいってことさ。それよりもレオは何で生きてるんだ?しかもその姿まさかまた転生したのか?」

前に会ったときレオナルドは転生をしたと言っていた。となるとすごい確率ではあるがまた転生したとしてもおかしくはないのだろう。

「いや、あっしはあの時アニさんたちに会った時のあっしでやす」

「なら、その姿は・・・」

あの時会ったレオナルドというのならばその姿はおかしい。せめて、成豚でなければならないはずだ。

「これは変化でやす。どうもあっしはただの豚ではなくて妖怪とかに属するものでやしたようで、生きているうちに尻尾が二股になってこの姿になれるようになったんでやす」

猫は100年生きると尾が分かれて化け猫になると聞くが豚もそうだったのか・・・実に驚きである。

「因みに元の姿は以前と同じように子豚のままなのか?」

「いえ、大体5メートルぐらいありやして、今では牙も生えてやす」

それはもう豚ですらないだろうと思う。5メートルで牙が生えているなど猪でもいるはずがない。正真正銘化けものである。

「そっちも色々とあったんだな・・・」

「行く先々で魔物扱いされてやしたので、人の姿を取ることができて助かってやす」

「まぁ、ともかくこれからよろしくな」

俺は再び強く握手を交わし、今後に備えていくのだった。



[18058] 第41話 初陣
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/08/08 18:14
「いよいよ、開戦か・・・」

「そうでやすね・・・」

俺が帝国近衛隊(ロイヤルガード)の一員となってから一月ほどたったところで、遂にヘラス帝国がメガロメセンブリアらに対して宣戦を布告し、アルギュレー・シチリス亜大陸に侵攻を開始したのだった。

「呼び出しがかかったということは俺たちも戦場に出なければいけないな」

「かつての同僚の多くはもう戦っているようでやす。あっしの覚悟はできてやす」

「気負い過ぎるなよ」と肩を叩きながら、皇女殿下-ヘラス帝国第三皇女『テオドラ・バシレイア・ヘラス・デ・ヴェスペリスミジア』-の謁見室へと足を進めていく。

帝国近衛兵に選ばれていただけあって、レオナルドの実力は俺やシオンには及びはしないものの素晴らしいものがあった。本来の姿や人獣型をとれば更に力が増すというのだからそう簡単にやられることはないだろう。かつて、従軍していた経験も役立っているのかもしれない。

「テオドラ様、“ペルソナ”、及びレオナルド。招集に応じ参りました」

「うむ、入れ」

「「はっ!!」」

重厚な扉を開け中に入ると同時に数人の侍女と入れ違う。恐らく人払いをさせたのだろう。部屋の中には俺とレオナルド、そしてテオドラの姿しかなかった。

「ペルソナ・・・いや、今は“ユウ”か・・・うぅ~まだ、慣れんのじゃ」

「流石にもう一月も経つのだから慣れてくれないと・・・」

俺は顔に着けていた仮面を外してテオドラに言う。

俺が素顔を隠すために用いたのは“仮面”であった。まるで道化師(ピエロ)がつけているようなそれは高度な認識阻害の術式のほかに視覚補助などの術式も備え付けてあり、手作りでありながら非常に高価なできとなっていた。打ったのならば数百万ドラグマはするかもしれない。

「そうは言っても難しいものは難しいのじゃ」

「“ペルソナ”っていう名前も安直でやすしね」

「お前たちなぁ・・・」

レオナルドはともかくテオドラに対しては不敬罪と取られてもおかしくない言葉遣いだが、ここ一ヶ月で“ユウ”であることを知っているものだけの間ではこれがすっかり定着してしまった。

確かに“ペルソナ”という名前は偽名を考えるのがめんどくさくなって“仮面”だからという単純な理由でつけたものだ。嘘だと知らしめているようなものだが、戦時中だけあって特に何か言われることなく済んでいる。尤もヨハンやテオドラ、シオン、レオナルドには散々センスがないと言われ続けることになったが。

「仮面のことは置いといてじゃ。何故、呼んだかは分っておるな?」

テオドラの声にふざけていたような空気は一変し、真剣な張りつめた空気がこの場を支配しだす。

「初陣だな?」

「・・・そ、そうじゃ」

俺の言葉に一瞬声を詰まらせてテオドラは答える。テオドラはいくら王族とはいえまだ10歳程度の少女である。それが今から「戦争に行け」、「人を殺せ」と命ずるのである。その心中ははかり知ることはできない。

「テオドラ」

「なんじゃ?」

俺はテオドラの両目を見つめ言葉を続けた。

「王族たるお前には責任がある。だがそれはテオドラだけのものではない。俺も抱えてやる。だからテオドラ、今はただ命じろ。それだけでいい」

「あっしも覚悟はできてやす」

「お主たち・・・」

戦争を起こした王族にはその責任が課せられる。殺した人の命、犠牲となったものたちの。それは免れることはできない、してはいけないものだ。ならば、せめて少しでもその一端を背負うのが戦うことを決めた俺の責任だ。

その責任を負うのが嫌だったのならば、あの時断れば良かっただけの話なのだから。

「それで俺たちはどうすればいい?」

「・・・我が騎士、ペルソナとレオナルドに命ず。主らは『ニャンドマ』を経由し『ウェスペルタティア王国』、王都『オスティア』南西、『テュミタス』に侵攻せよ!!」

「「Yes, my lord!!」」


・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「それにしても『テュミタス』でやすか・・・」

崖壁都市、『テュミタス』。『オスティア』の南西に位置し、『ニャンドマ』とは海を挟み対岸に位置している都市である。『ニャンドマ』同様、帝国と連合の境界線上に位置しているので最前線と呼べる場所である。

“崖壁”の名が示すように『テュミタス』は天然の崖によって守られており、その防衛性は『グレート=ブリッジ』とはではいかないものの難攻不落を体現していると言っても過言ではないだろう。

「恐らく、次の侵攻のための布石なんだろうな・・・」

「どういうことでやすか?」

俺の呟きに反応したレオナルドが訊ねてくる。

「『テュミタス』の位置を考えてみろ」

「位置でやすか?あっ、なるほどそういうことでやすか!!」

レオナルドは『テュミタス』を攻略することがどういう意味をもつのか得心がいったようで顔を明るくさせて声を上げた。

『テュミタス』は『オスティア』と『グレート=ブリッジ』の丁度中間の位置にある。それはつまり、『オスティア』と『グレート=ブリッジ』のどちらにでも援護に向かうことができる。

そして、同時に『オスティア』と『グレート=ブリッジ』を繋ぐ連絡線上ということでもある。

故に『テュミタス』が陥落するということは『オスティア』と『グレート=ブリッジ』が危機に瀕するということなのだ。

「この作戦が無事に終われば次は『オスティア』を攻めることになるかもしれない」

「えっ?『オスティア』をでやすか!?」

レオナルドが驚いたような声を上げるが、俺は当然の予測を述べただけであってそこまで驚くようなことだとは思ってはいない。

「そう、驚くことではないだろう?」

『テュミタス』が落ちた場合『オスティア』と『グレート=ブリッジ』どちらが攻めやすかと問われれば前者であるだろう。

『グレート=ブリッジ』は最重要拠点だけあってかなりの兵力が集まっているが、『オスティア』にいるのは恐らく国防軍のみ。さらには背後に『メガロメセンブリア』が控えている『グレート=ブリッジ』に対して、浮遊都市である『オスティア』にはそれがない。攻めにくいが孤立もしやすいのが『オスティア』なのである。

「でもあの国は伝統的な国でやすよ!?」

「そんなもの“戦争”に関係はないだろう?むしろ、古き民が中心であるヘラスならば、“聖地奪還”とかを掲げて嬉々として攻め込むだろうよ」

南北の民の確執が原因で始まったこの“大分裂(ぺルム・スキスマティクム)戦争”にとって『ウェスペルタティア王国』、王都『オスティア』はあまりにも重要な意味を持っているのである。

古くからの伝統を持ちながらにして“新しき民であるメセンブリーナ連合側”についた『ウェスペルタティア王国』。それは“古き民であるヘラス帝国”にとっては裏切りにも等しい行為であろう。

そして、それは“聖地”『オスティア』を奪還しようという行動に移ることとなるだろう。宗教戦争にも似た最も血生臭い戦いとなるはずである。

「それはそうでやすけど・・・」

「妙に聞き分けが悪いな。何かあるのか?」

レオナルドはどんなことであっても、基本的にすぐに割り切ることのできる奴である。それがここまで言いよどむのはなかなかに珍しいことであった。

「いや、前に少し訪れたことがあるんでやす。といってもアリカ姫がこんなちっちゃいころでやすけど」

そう言ってレオナルドは自分の腰下あたりに手を添える。推測するに大体5、6歳の頃なのだろう。

「いい国でやした。人も街も優しくて・・・」

悲痛そうな顔をするレオナルド。どのようなことがあったのか俺には察することができなかったが、きっと大切な思い出があるのだろう。

「そうか・・・なら、『オスティア』を攻めることになった時は無理しなくてもいいぞ」

これはレオナルドのことを思ってのことでもあるが、同時に自分たちのためでもある。“覚悟のない味方は強大な敵よりも脅威となる”それが戦いの真理だ。戦争では一人の躊躇が十人を殺す。それだけは絶対に避けなければならない。

「いや、これでも帝国近衛兵の一人でやす。“覚悟”はきめてやすから」

そこには覚悟の炎を瞳に灯した一人の戦士の姿があった。

「それならいい。まずは『テュミタス』だ。それからのことは後で考えるとしよう」

「了解でやす」

こうして俺たちは初陣の場へと足を進めていくのだった。


 ♢ ♢ ♢


「酷いものだな・・・」

「これほどだとは思ってはいやせんでした」

外壁の前に横たわる兵たちの骸を見つめて俺は声を零した。兵たちの死体は傷だらけで四肢が満足に残っているようなものなどほとんどありはしなかった。

あるものは腕を斬り落とされ、あるものは脚を吹き飛ばされている。特に酷いものでは腰から下を完全に失っているものもあった。

それらは既に物言わない姿であったが、“そう至るまでには時間があっただろう”。

決して即死ではない。なかにはショック死をしたものもいただろうが、大抵は身を蝕む激痛に魘されながら死んでいったのだろう。

安らかに眠ることすら許されず、死した後であっても躯(からだ)は蹂躙され続ける。そこに慈悲などはなく、あるのは殺戮という現象だけであった。

「レオにとってはこの光景は初めてではないんだな・・・」

“思ってはいなかった”ということはこれに近いものは想像していたということだろう。言葉とは裏腹にレオナルドの瞳は何の感情も表れはいないものであった。

「“この目”で見るのは初めてでやすけどね・・・それにここまで酷いものはほとんどありやせんでした」

レオナルドの言っていることは真実なのだろう。ここに広がっている光景は魔法があったからこそのもの。この光景はいくら高尚な理想を掲げたところで戦場で魔法使いにできるのは“ただの人殺しだ”と言っているようだった。

「状況はどうなっているんだ?」

「乏しくないでやす。外壁を越えることができた兵も各個撃破されてやす。あの門をなんとかしない限り、劣勢のままでやす」

視線の先には絶えず前で激戦が繰り広げられている門が見ることができる。連合軍は守り、ヘラス軍は攻め立てる。あの場所での戦闘が終結したとき均衡は勝者の方へと大きく傾くことだろう。

「ならば、行くぞ。門を落とし戦いを終結させる!!」

「了解!!」

俺は一飛びで戦いの中心に飛び込む。

―――斬―――

振りかぶられた『希求』は真っすぐと敵の首に向かい、それをひと思いに斬り落とす。苦しむ間もない一瞬の死、それが戦場にたった俺ができるただ一つの慈悲(ぎぜん)であった。

「レオ!!俺はこのまま門を開放し先陣を切り開く。お前は後方からの援護、及び情報の整理をしろ!!」

「わかりやした!!アニさんも気をつけてくだせぇ!!」

「あたりまえだ!!俺はまだ死ぬわけにはいかないからなッ!!」

レオナルドを後方へと下がらせた俺は門の前へまで敵軍を切り開きながら駆ける。無機質な面は返り血できっと赤く濡れていることだろう。

辿り着いた門は重厚な上に幾重にも障壁が重ねられており、上級魔法ですら耐えきられるだろう強度を誇っていた。ここまで強固なものだったとは誰もが思っていなかったのだろう。

門に行く手を遮られた兵たちは外壁の上からの魔法を受け次々と倒れていく。“全滅”、そんな言葉が不意に脳裏を過(よぎ)った。

「いくら強固な守りをしようとも・・・」

襲いかかってくる敵を捌きながら俺はある技を出すための構えになる。

「神緡流―――『簪(かんざし)』」

―――突―――

技の後、俺は動きを止めることなくそのまま

「『過逅羅(かぐら)』」

―――閃―――

―――閃―――

俺が『希求』を鞘に納めると同時に、

―――ドン―――

堅守を誇っていた巨大な門は四つの鉄片と化し、道を開くのであった。

「門は落ちたッ!!全軍進めぇーーーーー!!」

『オォーーーーー!!』

ヘラス軍から雄叫びが上がり、怒涛の攻撃を仕掛けていく。一方、突如として護りの要であった門を失った連合軍は混乱し崩壊していった。

ここに形成は逆転し、完全にこちらに傾いたのだった。




[18058] 第42話 千の呪文の男
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/08/10 10:19
開戦から数か月。

強力な魔法力を基にした侵攻は着々と進んでいた。その危険性から『ニャンドマ』と『テュミタス』は奪還されてしまう結果となってしまってはいたが、一方では北はシルチス亜大陸『アンディゴネー』、西は『アリアドネ―』に迫る勢いとなっていた。

「アニさん、今回の招集・・・」

「あぁ、間違いなく『オスティア』絡みだろうな」

やはり帝国軍の真の目的は文明発祥の地『オスティア』の奪還であった。

シルチス亜大陸をウェスペルタティア王国、王都『オスティア』の目と鼻の先まで侵攻した帝国軍はついに“オスティア回復作戦”を決行。オスティアの攻略線を開始したのであった。

“黄昏の姫御子”という最大の防御の前に帝国軍は物量で応戦。大量の戦艦と鬼神兵の侵攻の前に『オスティア』はあと一歩のところというまで追い詰められ、このまま陥落するかに思われた。

しかし結果は帝国軍の撤退であった。

攻略線終盤、何者かの介入を受けた帝国軍は戦陣を崩され、撤退を余儀なくされるまでの被害を被(こうむ)ることとなったのであった。

定かではないが、これだけの被害を与えたのはたった三人の兵だという。中でもその中の一人は腕の一振りで数体の鬼神兵を沈黙させたという。情報が混乱していて真実かどうなのかは未だに掴めていないが、もしこれが真実だというのなら帝国にとってこれ以上ない脅威となるのは誰の目から見ても明らかな話であった。

「正直、複雑な気分でやす・・・」

「相手側には鬼神兵はいなかったようだからな。にもかかわらず、失敗。何があったのやら・・・ただこれだけは言えるだろうな」

「なんでやすか?」

「『オスティア』攻略はこれで終わることはないだろう」

見つけてくるレオナルドの瞳に答える。

帝国軍が“聖地奪還”を謳う限り、これで『オスティア』への侵攻を諦めるはずがない。戦力が整い次第、次の攻略線が開始されるだろう。

そして、次の作戦には恐らく・・・


・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「ヨハンも来ていたのか」

部屋に入るとそこにはテオドラやシオンのほかに普段は姿のないヨハンまでもが揃っていた。隊長業で忙しいはずのヨハンがこの場にいるということはそれほどにまでこれから話されるのは重要なことだというのだろうか。

「私も『アリアドネー』方面の戦陣に参加していたから今回の『オスティア』の件についてはよく知らないのだよ」

「では、これから話すことはやはり・・・」

「うむ、『オスティア』に関してのことじゃ」

テオドラの言葉に沈黙が流れる。それだけ、『オスティア』に関しての話は皆重く捉えているのだ。

「これを見てほしいのじゃ」


中に一つの映像が映し出される。戦闘の規模からいってもこれが『オスティア攻略戦』の時の記録映像なのだろう。

開戦から終始、帝国軍は押し続けている。そして、終盤『鬼神兵』の一体が“黄昏の姫御子”のいる塔に腕を伸ばしかけたところで“奴”は現われた。

―――轟―――

塔へと腕を伸ばした鬼神兵は突如降りかかった雷によって一撃のもとに葬り去られた。その魔法の発信源といえる場所にいたのは・・・

「子供か・・・?」

別に子供がいることには疑問はない。ある程度の実力さえあれば12、13の子供は戦場に現れることもあったからだ。

しかし、連合に劣るとはいえ仮にも『鬼神兵』を一撃で沈黙させるほどの実力をもった子供がいることはとてもではないが素直に信じることができなかったのだ。

その子供は二人の人影とともに塔の中へと入って行ったかと思うと、すぐに姿を現した。そして・・・


「俺様がナギ・スプリングフィールドだ!!」


そこからの戦いは一方的であった。もはや、“戦い”と評することすらおこがましいと言えるかもしれない。

赤毛の少年が呪文を唱えれば幾体もの鬼神兵が一度に吹き飛ばされ、剣を持った男性がそれを振るえば戦艦は細切れになり、フードの男が魔法を使えば兵は大地へと這いつくばり横たわる。

圧倒的という言葉が霞んでしまうような蹂躙が繰り返され、戦線は瞬く間に崩壊し帝国軍は撤退を余儀なくされるのだった。


「というわけじゃ。我が軍はたった三人に撤退を余儀なくされるまでの損害を被ることになったのじゃ」

「まさか、オスティア攻略戦敗退の原因が三人の魔法使いだとはな・・・」

予想にもしていなかった事実にヨハンも驚愕を隠せないでいる。鬼神兵も大量に有していた帝国軍がたった三人によって壊滅まで追い込まれるとは考えもしなかったことだろう。

「して、こ奴ら。特に“赤毛の魔法使い”に関してはどう思う?」

赤毛の少年の顔のアップの写真を表示してテオドラが問いてくる。映像の中で最も活躍していたのは三人の内で最も若いこの少年であったからだろう。その問いに対して俺は、

「馬鹿だな」

「馬鹿ですね」

「馬鹿でやす」

思ったことを率直に口にした。シオンやレオナルドの思いも一緒だったようで俺の後に続くように同じ言葉を口にしていた。

「お主たち容赦ないのじゃ・・・」

「そうとしか、表現できないんだよ」

「はい、主の言うとおりです。あんちょこを持って戦場に立つ魔法使いなんて初めて見ましたよ」

「そうでやす。なんでやすか!?あのふざけた魔法は!?」

そう、俺はあらゆる意味を込めて奴を“馬鹿”と評したのだ。

あり得ない行動に、ありえない魔力量、そしてあり得ないほどの戦闘センス。

これほどまでに“馬鹿”という言葉が似合う魔法使いはこの世界広しといえど二人といないだろう。

「で、こいつらは一体何なんだ?調べ終わってはいるのだろう?」

映像を見せるだけであったのならばすぐに呼び出したはずだ。それをこのタイミングまで呼ばなかったということは恐らく“こいつら”に関しての調べを進めていたのだろう。

「こやつらは『紅き翼(アラルブラ)』と呼ばれておる奴らじゃ。現在の構成人数は三人。リーダーは赤毛、『ナギ・スプリングフィールド』。黒髪が『青山詠春』、フードが『アルビレオ・イマ』じゃ」

そうテオドラがいうと“赤毛”以外の写真も表示される。一人はいかにも真面目そうな顔をしていて、もう一人は逆にどこか胡散臭さの抜けない笑みを浮かべている。

「そうか、こいつらが『紅き翼』か!!」

「知っているのか、ヨハン?」

得心言ったといった表情で声を上げるヨハンに声をかける。

「あぁ、戦闘記録を整理しているとな『紅き翼』という組織が関わったところは全て敗戦していたんだ。『テュミタス』を奪還された時にもいた。確かにこの強さならとめられるわけがないな」

「そうか、俺としては『紅き翼(アラルブラ)』なんかではなく『紅き髪(ピルブラ)』とかにした方が似合っていると思うけどな」

「主、『紅き髪』って見たままじゃないですか・・・」

俺の言葉にシオンは呆れたように呟く。レオナルドは逆に声を殺して笑っている。

「それでこやつらの力、お主たちはどう見る?」

テオドラが真剣な表情で見つめてくる。笑っていたレオナルドも顔を引き締め笑いを止めているぐらいである。

「計り知れないな。恐らく、『近衛詠春』と『アルビレオ・イマ』には勝てないこともないだろう。勿論、易々とはいかないが」

「赤髪、『ナギ・スプリングフィールド』はどうじゃ?」

「たぶん負けるだろう、今のままではな。実際に対峙してみないことには分からないがな。だが、この戦争『紅き翼(こいつら)』を野放しにしていたら勝てないだろう」

こいつらの戦闘力は異常だ。俺も人のことを言えるような立場ではないかもしれないが、戦略を戦術で打破してしまうような存在が三人も集まっているのだ。こいつらが自由に動くようなことがあればただでは済まされないだろう。

「ユウの言う通りだ。帝国軍でこいつらとやりあえるのはユウだけだ。私ですら一瞬で片づけられてしまうだろう」

「次の『オスティア』の侵攻は何時なんだ?」

「一週間後じゃ。お主たちにも出向いてもらわなければならぬ」

「早いな・・・」

一週間後、早すぎる。どんなに早くてもさらに一週間はなければ十分に戦力を整えることなどできないだろう。焦っているのか・・・?

「聖地奪還に囚われすぎているのですね」

シオンの呟きの通りであった。帝国が聖地奪還を掲げる以上、下手をすれば『オスティア』の侵攻は何度でも起きるだろう。例え、『オスティア』への侵攻が失敗終わったとしても戦争に勝つことでの奪還を狙うはずだ。

「妾の力ではどうすることもできんのじゃ」

第三皇女といえどこの流れを止めることはできなかったようで、テオドラが顔をうつむかせている。

「こればかりは仕方がないだろう?いつ出ればいいんだ?」

「明日、第一陣が出発するそこに加わってくれ」

「「Yes, my lord!!」」

胸に手を当てて礼をとる。

「私も第二陣として向かうことになるだろう。頼んだぞ」

ヨハンが肩に手を当てて話しかけてくる。

「あぁ、任されたと言いたいところだが今回ばかりはどうにもな・・・」

「なら、主。私も・・・」

シオンの提案に俺は黙って首を振る。確かにシオンの力があればどうにかなる可能性は上がるがそれは望むところではなかった。

「シオンはいつもの通りテオドラの傍にいてくれ。何、まだ死のうなんては思っていないさ。じゃあな、行くぞ。レオ」

「了解でやす」

「お気をつけて」

シオンの声に手で応えて俺とレオナルドは部屋を後にするのだった。


♢ ♢ ♢


コンコン。

「アニさん、もう時間ですよ」

「レオか、入っていいから少し待ってくれ」

ノックに振り向くことなく俺は作業を続ける。

「そういうことなら失礼しやす」

部屋の中にレオナルドが入ってきたのが分かるが、今集中を切るわけにはいかない。

「magia(マギア) liberatio(リベラーティオ)」

触媒からの魔力を球体の中に流し込んでいく。ガラス球の中はみるみる魔力で埋まり渦巻き始める。

「obligatio(オプリガーティオ) convenientia(コンウェニエンティア) genesis(ゲネシス)…ふぅ、悪いな待たせて」

「アニさん、それはアネさんの・・・」

「あぁ、流石に一時間を一日にすることはできなかったが、最大で一日を十日にすることはできたよ。尤もかなり大きくなってしまったし、内装もただの島だけどな」

部屋の中心には南海の孤島を思わせる島が浮かんでいる。

「にしても、ダイオラマ魔法球でやすか・・・何でこんなものを?」

「念のための保険だよ。これから先何が起こるか分からないしな、時間に余裕があるにこしたことはない。そう思って、前から少しずつ準備を重ねていたんだ」

ダイオラマ魔法球は勿論市販されているものもあるが、そのどれもが高額で節約をするという意味でも、自由に設定するという意味でも自作することにしたのだ。

作り方を知っているとはいえ簡単にできるものではないので、これだけの時間をかけて作ってもここまでのものしか作ることはできなかった。

「さて、もう時間なんだろ?行くとしようか?」

「そうでやした。南の港でやす」

「わかった。行くとしよう、『オスティア』へ」



[18058] 第43話 前夜
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/08/12 23:55
「ずいぶんと色々な人がいるんでやすね」

「今回の作戦のためにかなりの数の傭兵も雇ったようだからな。それだけ、この戦いにかけているということだろう」

二度目の『オスティア』攻略を前に駐屯基地は喧騒に包まれている。前回の敗走が響くかと思われたがそんなことはなかったようだ。

「これで終わりやすかね?」

「さぁな?常識的に考えればこれだけの戦力だ、“姫御子”がいようと『オスティア』に耐えきれるだけの力は残されていない。前回は敗走したとはいえあと一歩というところまで追い詰めたのだからな」

帝国軍がこの短期間の間に戦力を整え直すことができたのはその強大な国力が故である。対する『オスティア』にはそれはない。前回の攻略でのダメージはまだ深くまで残っていることだろう。

現に目と鼻の先に帝国軍が駐屯しているというのにもかかわらず、攻め入ってくる気配は感じることができない。国の防衛だけで精一杯ということだろう。

「懸念は『紅き翼(アラルブラ)』ということでやすか・・・」

「あぁ、奴らがいるかいないかでこの戦いは決まるだろう。それだけの影響力をあいつらは持っているからな。まぁ、十中八九いるだろうよ」

『紅き翼』。所属しているメンバーは三人だとはいえ、それぞれが“単身軍団(ワンマンアーミー)”として活躍するほどの力を持っている。一度、暴れだしてしまえば止めることはまず無理であろう。

奴等の存在が戦場にあるかないかで戦局は決定的なまでに変わってしまうことだろう。

「ここに集まっている兵たちは奴等のことを知っているのでやすかね?」

「どうだろう?当然知っている奴もいるだろうが、わざわざ教えているとは思えないな。そうでなければここまで活気には溢れていないだろうしな」

基地内の空気はすでに勝利が決まっているように明るい。もしこれが敵側に『紅き翼』という圧倒的な脅威がいることを知ってのことならば大した胆力だろう。

恐らくは司令官級の将官には奴等の存在は伝えられているだろうが、傭兵は勿論のこと一兵士には伝えられてはいないだろう。戦争とはそういうものだ。

「集められた傭兵の中に“ジャック・ラカン”がいれば何とかなったかもしれないでやすけど・・・」

「ジャック・ラカン?」

「アニさん知らないんでやすか!?“ジャック・ラカン”ってのは巷で“最強の傭兵”として噂高い傭兵のことでやす。なんでも、素手の一撃でドラゴンを倒したらしいでやすよ」

レオナルドの言葉に俺は耳を疑った。ドラゴンといえばこの魔法世界でも上位に存在する種族である。俺でも倒すことはできなくもないが、それを素手でしかも一撃で倒すことは出来そうもない。もしその“ジャック・ラカン”という奴がそれをなしたというのなら間違いなく俺よりも強いこととなる。

「それはまた、ふざけた奴だな。確かにその噂が真実だとしたならば、奴等を倒す可能性が上がったというものだ」

「まさか、アニさん!!この戦いで『紅き翼』をしとめるつもりでやすか!?」

驚いたようにレオナルドは声を上げる。

「レオ、声が大きい」

「すいやせん」

幸いにも周りの兵たちには今の声は聞こえていなかったようだ。『紅き翼』の存在が露呈し士気が下がるようなことだけは避けたかった。

「どのみちいつかは倒さなければいけないんだ。それなら、早いうちにこしたことはない。尤も倒すことができるのは黒髪かフード、それも一対一での場合だ。赤毛は対峙してみないことには分からないが厳しいだろう」

記録から判断すれば赤毛以外の奴を倒すことはできるだろう。だが、それも一対一の場合に限る。二対一なら足止め、三対一ともなれば逃走するのが限界だろう。

「アニさん・・・」

「そう心配するな。無理だとわかったらすぐに退くさ、敵前逃亡と判断されない程度に相手をしてな」

死ぬことは永遠の負けだ。それならば生き延びて次の機会を待った方がよっぽどいい。生きて帰って来いと言われたことだしな。

「そういうことでやしたら、あっしは別行動でやすね。情けないことでやすがまだあっしには奴等を相手にできるだけの力はありやせん」

申し訳なさそうにレオナルドは言う。レオナルドの言う通り、レオナルドでは『紅き翼』の面々を相手にすることはできないだろう。それは決してレオナルドが弱いというわけではない。

レオナルドにしたって十分な実力者である。だが、奴等は実力者という言葉が陳腐に聞こえるほどの力を持っているのだ。それこそ、化け物のような。

「わかっているさ。俺が奴等と対峙している間は他の戦線を支えてやってくれ」

「了解でやす!!それにしてもその仮面いい加減にやめたらどうでやすか?趣味悪いですやすよ?」

レオナルドは若干の嫌悪感を見せながら俺に忠告してくる。今でこそ落ち着いてきたが仮面を付け始めたことは皆に言われてきたことだ。

「顔を隠すためだ仕方がない」

「そんなもの変身魔法でいいじゃないでやすか?アネさんの元にいたのでやすから、それくらい簡単でやすでしょ?」

確かに彼女の変身魔法はよっぽどのことがない限りバレることはないだろう。ただ、いざという時のことを考えるとやはり実際に何かを身につけていた方がいいのだ。

「異名もついてしまったんだし、今さら帰るなんて無理だろ?それに皆、口を揃えたようにセンスがないとか趣味が悪いとか言うがそんなことはないだろ。似たような格好をしている奴は絶対いるって」

「んな馬鹿な事ありやせんよ」

「言ったな?なら、ほらあそこを見てみろ!!」

そう言って俺はテキトーに傭兵たちの集まりを指差す。色物の傭兵なんていうものはたくさんいるなかには似たような格好をしている奴がいたっておかしくはない。確証があったわけではないが・・・

「そんな、アニさんテキトーに指差したっているわけないでや・・・嘘でやす・・・」

「はぁ?」

笑いながら俺が指差した傭兵の集まりを眺めたレオナルドの顔が突如驚愕の表情に歪む。俺と再会したときでさえここまでの顔をすることはなかったというのに。

「いた・・・本当にいやした・・・」

「いたって何が?」

「アニさんみたいな格好をした奴でやす!!ほら!!」

レオナルドが驚愕を顔に張り付けたまま懸命に指をさす。そんな都合よくいるわけがないといぶかしみながらも指の先を見てみると・・・

「マジかよ・・・」

視線の先には全身を黒い衣装で包み仮面をつけている男?が一人佇んでいた。俺が言うのも何だが見るからに怪しい。怪しさを体現していると言っても過言ではない。それほどまでの存在感であった。

「あれはアニさんを超えたんじゃないでやすか?」

レオナルドは相変わらずの驚いた表情で呟いている。俺を超えたって俺は仮面以外は至極まっとうである。だぶん・・・

「あの仮面は旧世界、イタリアのヴェネツィアのカーニバルで使われる“バウータ”というやつに似ているな。そういえば、衣装もそれっぽいな。一度文献で見たことがあるが、旧世界の出身なのか?」

「いや、アニさん何冷静に考察しているんでやすか?傭兵に紛れたスパイかもしれないでやすよ!!」

「スパイがあそこまで目立つような格好はしていないだろ?」

怪しいという意味では群を抜いているが、それだけでスパイだと判断するわけにはいかないだろう。そもそも、スパイならばもっと目立たない格好をするはずだ。それを見越して裏をかいたという可能性もあるが。

「しかし・・・」

「じゃあ、話しかけてみるか?」

「えっ?行くんでやすか?」

レオナルドは見るからに嫌そうな顔をしている。そこまでして仮面に囲まれるのが嫌か。確かに嫌だな・・・

「お前が見つけたんだ。付き合え」

「そんな、横暴な・・・」

文句を言うレオナルドを引きずりながら俺は仮面の人物の元へと向かう。どうやら向こうもこちらの姿に気づいたようだ。

「少しいいか?」

「あぁ」

声色から快くとまではいかないようだが話はとりあえず聞いてくれるようだ。

「見たところ傭兵のようだが・・・」

「そうだ。ボスボラスから来た。カゲタロウとでも呼んでくれ“死呼ぶ道化師(ペルソナ)”殿」

「俺のことを知っているのか?」

「こんななりだからな。よく間違えられる」

少し疲れるようにカゼタロウは言う。俺を特定するのは“仮面”という言葉しかない。そのように情報を統制しているからだ。なので、カゲタロウのように仮面をつけていると間違えられるのも仕方がないといえるかもしれない。こちらとしては思惑通りではあるけれども。

「それはすまないことをした。正体をバラすわけにはいかなくてね」

「大体の事情はわかる。気にしなくていい」

同じような格好をしている同士、事情を察することができるということだろう。そうでもなければ視界を遮るような仮面をつけることはない。

「そうか、これから一杯どうだ?」

「明日は侵攻だぞ?いいのか?」

「煽る程度なら問題はないだろう。もう少し話がしてみたくてな」

「奇遇だな。私もだ」

「というわけだ。レオナルド、お前は戻ってていいぞ。じゃあな」

「ちょっと!!アニさん!?」

レオナルドの非難するような焦りの声を受けながら俺とカゲタロウはその場を立ち去るのだった。


♢ ♢ ♢


「その変装、“操影術”の応用だろ?」

「わかるのか?」

酒を煽りながらカゲタロウと二人言葉を交わす。とはいえ、明日には侵攻を備えているので一杯飲んだ後は口をつけるようなことはなかったが。

「俺に戦いの基礎というか心構えを教えてくれた人が影を使った転移をしていたんでな。なんとなく、わかるんだ」

「転移とは相当の術者だな」

「あぁ、物凄く強かったよ。今は何処にいるかわからないけれどな」

彼女の境遇を考えれば簡単に居場所がわかるようなことは避けた方がいいのは理解している。情報が全くないというのは逆に安心できる。

もしかしたら、“大戦”のことを考えて旧世界にでも行っているのかもしれない。まぁ、彼女にも俺にも永久に時間はあるのだからいつか会うこともあるだろう。

「それは誰・・・いや、言わなくていい」

「悪いな」

たとえ聞かれたとしても答えるわけにはいかなかったが、カゲタロウには気を使わせてしまったようだ。感傷に浸るのはここまでにしておこう。

「お前はどんなことができるんだ?」

「“操影術”のことか?」

「そうだ」

「基本的なことはできる。流石に転移まではできないが」

やはり、カゲタロウはそれなりの実力者のようだ。帝国軍にいたのならば近衛に選ばれていたかもしれない。レオナルドと同等か少し上ぐらいだろうか?

「じゃあ、こんなことはできるのか?」

俺はかねてから考えていた魔法についてカゲタロウに尋ねることにした。影を使う魔法使いというのは珍しい。他の系統と異なり取得するのには先天的な才能が必要になる部分が大きいからだ。重力も同様の理由からだ。

勿論、全く使えないというわけではない。ただ、効率を考えると他の魔法を使った方がよいという場合が多いのである。

「理論上はできなくもないが・・・それをお前が使うのか?」

「あぁ、俺は基本的なことしかできないが、基本的な魔法ならば人以上にできるからな。それでできるのだろう?」

「できるが訓練を重ねないととても使えたもんじゃないぞ」

「わかっている。可能性があるとわかっただけで上等だよ」

奴等を相手にする以上手数は多ければ多いほどいい。“指輪”を使えば勝てなくはないだろうがあれを使ってしまうとその後が無防備になってしまう。仮に奴等を倒すことができてもそれでは意味がない。

今の俺で戦えるだけの力を手にしなければ。

「帝国の英雄も色々と思うところがあるんだな」

「当然だろ?俺だってただの人間だ。まわりからどう思われようとな。そろそろ、いい時間だな。お開きとしようか?」

「そうだな」

「明日は間違いなく激戦になる。またこうやって語り合えるのを楽しみにしてるよ」

「そちらも気をつけてな」

「あぁ」

戦いを前に静まり返った夜を二つの歪な月は優しく照らし出し、ただおぼろげな影を作り出すのだった。




[18058] 第44話 影と陰
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/08/16 00:07
「戦況は乏しくないか・・・」

「はい、あっしらの軍は物量にものを言わせ三方向から攻め入っていやすが、そのどれもが戦線を崩すには至っていやせん。むしろ、正面は押し返され始めていやす」

二度目の『オスティア』への侵攻が開始されて早一時間。開戦当初から予想どおり帝国軍はオスティア軍を押し続けている。

しかし、それは“押す”だけにとどまり“陥落”には至っていないのである。国力でも兵の数でも圧倒的にこちらが上回っているにもかかわらず、攻め切れていないのだ。

「やはりいたか、『紅き翼(アラルブラ)』」

「予想はしてやしたけどここまでのものとは・・・たった三人で戦線を支えていやすよ・・・」

「いや、三方向から攻め入っているというのにそのいずれもが突破できていないんだ。三人の力というよりも各々の力ということだ。全く、厄介なものだよ」

三方向のどの攻撃もが遜色のないものとなっている。それでもなお一つもオスティア軍の戦線が崩壊をしていないということは『紅き翼』のメンバーの一人一人が戦線を支えているということだろう。

「第一陣の損害は?」

「そろそろ70%に及びやす。第二陣の投入も間もなくでやす」

今回の侵攻作戦にあったって部隊は第一陣、二陣、三陣の三つに分けられている。これは波状攻撃を仕掛けるために分けられていたのもであったが、実のところを言えば戦力の大半を失っているだろうオスティア軍ならば第一陣で片がつくと考えられていたからでもある。

結果を言えば大誤算。俺達のように予測のできていたものもいただろうが、流石に一時間足らずで第一陣が壊滅まであと一歩というところまで追い込まれると思っていたものはいなかったであろう。

「流石は『紅き翼』といったところか・・・中央は赤毛か?」

「そうでやす。中央に赤毛、右に黒髪、左にフードでやす」

戦線の維持に徹している左右に対して、中央は逆に攻め込んできている。単に性格が好戦的なためか、それとも押し返すだけの力を持っているためか・・・恐らくは両方なのだろう。

一時間もの間ほぼ一人で戦線を維持しただけならず、その上で更に攻め込んでくるとなれば敵といえど感心してしまう。もしこれが味方だったならばとありえない希望的観測をしてしまうほどだ。

「俺が個人的に動かせる兵はどれだけいる?」

「正規兵で200、傭兵で50でやす」

「上等だと思うべきか・・・」

皇女直属の近衛兵とはいえど、自由に動かすことのできる戦力はほとんどない。階級という概念ではそれなりに上になるが、あくまでも戦場での指揮権は指揮官に与えられているのである。正規兵が200でも集まっただけでも相当なものなのだ。

「奴等に200程度の兵じゃ、焼け石に水だが・・・やりようによっては十分だ」

『紅き翼』の面々に正攻法でぶつけたところで200程度の兵では一掃されるのがオチだろう。奴等は間違いなく一騎当千の猛者だ。ぶつけるのならばそれこそ千を超えるような数でなければ動きを止めることすら難しいだろう。

「どうするんで?アニさん」

「動くのは第二陣が投入された時だ。右翼と中央を分けるように攻め入ってくれ」

「ということは・・・」

「あぁ、“青山詠春(サムライ)”を墜とす」


 ♢ ♢ ♢


「どうやらレオは上手く誘導してくれたようだな」

第二陣の投入とともに拮抗、または押され気味であった戦線は勢いを取り戻す。それと同時にレオナルドの指示のもと、中央と右翼を隔絶させるように兵が侵攻を開始する。

結果、楔のように敵陣へと打ち込まれた軍勢は敵の横への動きを妨害する形となり、敵はその連携を著しく低下させることとなった。

しかし、あくまでもこれは一時的なものであるだろう。レオナルドが指示を出している部隊の規模では持たせることができるのは最長でも30分が限界だろう。その上本隊への損害も考えられるので、実のところを言えば更にその半分である15分が作戦を行うことのできる最大の時間といえる。

「全く持って無茶な話だ」

軍勢をたった一人で一時間以上相手取るような奴を15分で仕留めろというのだ。正直に言って無茶なものにもほどがある。

だが、これが最も可能性のある方法であり、最も時間の取ることのできる方法であった。

第一陣が崩壊することを見越して相手が披露しているであろうところを第二陣とともに攻め入る。第一陣を捨て駒のように扱ってしまっているが、今は戦争中であるが故に『紅き翼』を少しでも止められる可能性のある俺が最も確実な方法で仕掛けなくてはならない。

“青山詠春(サムライ)”を狙う理由もそこにある。他の二人が魔法使いにあるのに対して“青山詠春”は気を主体として戦う剣士。それだけに体力の消費は他のものよりも激しいはずである。

「行くとするか・・・」

戦火広がり、魔法飛び交う戦場に足を踏み入れる。残された時間は少ない、せめてもの救いは敵の場所を探す必要がないことだろう。

孤軍奮闘している姿は遠目からでもはっきりと見受けることができる。その姿は本当の意味で鬼神と呼べるのかもしれない。

「お前が“青山詠春”だな?」

虚空瞬動で戦場を切り裂き剣士の前に降り立つ、背後には断ち切られただろう戦艦が炎を上げながら大地へと吸い込まれていっている。

「だとしたらどうするんだ?」

野太刀を持った剣士は油断なくこちらを睨みつけてくる。一分の隙も見せず唯の対峙。流れる空気はどこまでも重く、この場にいる誰もが攻撃をすることを躊躇(ためら)ってしまうことだろう。

俺でさえその気迫に押し潰されてしまうような錯覚を受けるほどだ。確固たる勝利の意思を持って対峙したはずなのにそれすらも揺らいでしまいそうだ。

深く息を吸い込み、感覚を研ぎ澄まし、自分を強く持つ。

「悪いがその首貰い受けようか」

「っ!?」

―――疾―――

神速の抜刀がその首を落とさんと迫る。白刃は閃光となり避けることは不可能かに思われた。しかし・・・

―――鋼―――

金属の擦りあうような硬質な音が一瞬響き渡る。

「今の一撃で仕留めるつもりだったんだがな。流石は『紅き翼』が一人ということか」

「・・・・・・」

首から血を滴らせる青山詠春に感心するように言葉を投げかける。今の一撃で警戒を最大レベルにまで引き上げたのか言葉に対する反応はなくじっと俺の挙動を伺うように見つめてくるのだった。

今の『終置(ついおく)』での一撃は間違いなく本気で放った。だが、目の前の剣士は視認することすら難しい一閃に反応しただけでなく、完璧とはいかないまでも防いだのだ。もし、万全の状態で対処されれば初見でありながらも完全に防いでいたかもしれない。

だが、

―――閃―――

再び距離を詰め、切るのではなく。“削る”ように『希求』を振るう。

先の一撃で“当たる”ことがわかったのならば、焦る必要はない。限られた時間の中でできる“狩り”をすればいいのだ。

何も一撃のもとに屠る必要はない。今求められているのは確実性。目の前の剣士を傷つけ、弱め、疲れ果てたところで確実に仕留めればいい。

一合。袈裟切りをかわした黒髪(サムライ)が逆に横薙ぎを放ってくるのを飛び退くのではなく、身体を押し付けバランスを崩すことで防ぐ。

二合。バランスを崩したところをたたみかけるようにして剣を振るう。それは野太刀で受け止められることになるが、状況としては俺が上から押さえつけるような形。バランスが崩れた状態では受け止めきれるわけはなく。黒髪(サムライ)は地面へと叩きつけられる。

三合。更なる追撃をかけるものの、上手く受け身を取ったのか叩きつけられただろう場所にはすでに姿がなく、背後からの一閃を受ける。首を刈り取らんとするそれを屈む事で避け、切り上げる。

四合、五合、六合・・・

「はぁはぁはぁ・・・」

目の前の剣士が息を荒げながら剣を構える。俺が無傷であるのに対し、剣士は致命傷に至る傷は見られないが全身から血を滴らせ、まさしく満身創痍という状況であった。

「青山詠春、あんたは強い。だが、俺との相性は最悪だ。絶望的なまでな」

そう俺が無傷でいられたのには理由がある。相性の問題から圧倒的に俺の方が有利なのだ。

青山詠春の使う剣術は素晴らしい。それは認めるほかない。戦艦や鬼神兵などを一撃のもとに屠るだけの威力。それだけの威力を誇る技が幾つもあるのだから。

だが、それだけの威力を誇っているが故にそれらの技、それらを放つための剣技はどうしても大振りにならざるを得ないのだ。

恐らくは長い間、常に“人”を超えるものとの戦いの中で昇華され続けた流派なのだろう。それは人外の魔物や多数を相手取るときには非常に有効的となる。しかし、人、更には一対一の場合には弱点へと変貌してしまうのだ。

大振りになるということはそこには隙が現れるということ。そこを狙うことができればあっけないまでに型は崩れ去り劣勢となり果てる。

そして、俺の使う流派は“人”を相手取ることを本来の目的としたものである。今でこそ、人外を相手にすることを目的とした型も作り出しはしたが、それでも根本にあるものは変わらない。

青山詠春の使う流派を大砲と表すとするならば、俺の使う流派は拳銃。射程距離も威力も圧倒的に劣るが、同じ土俵に入ってしまえば優位性は逆転する。俺が無傷であることはそれを如実に示していた。

「あんたと闘っていた時間は十分足らず。だが、その十分で戦況はこうも変わる」

俺が青山詠春を押さえたことで右翼における戦況は急変。ヘラス軍の兵力の前にオスティア軍は敗走を続けている。本来あるべき姿に戻っただけにどれだけ『紅(あおやま)き翼(えいしゅん)』という存在が意味を持っていたのかうかがい知ることができる。

「さて、今度こそ。その首、貰おうか?」

「・・・・・・」
未だ戦意が失われることはなく、睨みつけてはくるけれども限界が近いあの状態では最初のように避けることは叶わないだろう。これで終曲だ。

抜き身の『希求』を腰元で構え、『終置』を放つ準備をする。『終置』は形こそ抜刀術を模してはいるが実のところ鞘がある必要はない。あくまでも『終置』は神速による“断ち”の技。抜刀術の形をとっているのは腰だめから放つのが一番効率的であったからである。

咸卦法を施し虚空瞬動に移り、視界に移る全てのものが遅く感じるようになると思った瞬間、


―――寒(ゾク)!!―――


虫の知らせというのだろうか。背筋に寒気が走り、俺は動き出した身体の方向をむりやり変え飛び退いた。そして、


―――轟―――


本当ならば俺の身体があったであろう射線上を一条の雷が貫いていた。

「時間切れか・・・兵の壁ごとこちらを狙ってくるとはな・・・」

「詠春!!無事か!?」

「すまん、ナギ。助かった」

青山詠春の元へ近づいた一つの影。ローブをまとい、身の丈ほどの杖を携えた赤毛の少年。

「ナギ・スプリングフィールド・・・」

「おや、私を忘れないで貰いたいものですね」

「ッ!?」

声に反応し咄嗟に下がった足下を複数の重力球が現れ、地面を押しつぶす。

「アルビレオ・イマ・・・」

フードを外し、素顔を晒しているアルビレオ・イマはニヒルな笑みを浮かべたままナギ・スプリングフィールドと同様に青山詠春の傍へ舞い降りる。

「ずいぶんと苦戦しているようですね、詠春」

「アルまで!!気をつけろ、奴は強いぞ」

「えぇ、知ってますよ。なんてったって帝国最強の戦士と呼び声高いくらいですから。そうでしょう?“死呼ぶ道化師(ペルソナ)”?」

「・・・よくわかったな。俺についての情報はリークされないように細心の注意を払っていたつもりなのだが」

「こちらにも情報筋というものはありますのでね。尤も名前と“その”姿以外、貴方についてはほとんど謎なのですけど」

アルビレオ・イマは苦笑しながら答えてくる。いくら注意を払っていようと情報というものは流れてしまう。それでも、素顔が知られていないということは大方で俺の思惑通りに事は進んでいるようだ。

「“死呼ぶ道化師(ペルソナ)”ってのはなんなんだよ、アル?」

ナギ・スプリングフィールドが傍らのアルビレオ・イマに尋ねる。仮にも連合に協力した立場で戦争に介入しているのなら敵である帝国の兵ことにくらい知っておけと言いたいものだが、奴の強さの前には兵の情報などなくてもいいのかもしれない。

「帝国最強の兵が集まる帝国近衛兵。その中でも総隊長を押さえて最強と謳われている戦士のことですよ」

「それが奴だって言うのか?」

「そのようですね。詠春がここまで一方的にやられるほどだとは思ってもいませんでしたが」

アルビレオ・イマは青山詠春の傷を治療しながらナギ・スプリングフィールドに説明をする。その間、ナギ・スプリングフィールドは説明に耳を傾けながらも二人を守るように立ち塞がっている。どうやら、青山詠春を仕留めることはできそうにないそうだ。

「そうか、つまりは久々に骨のある奴と戦えるということか」

「相変わらずですね、ナギは。でも、油断は禁物ですよ」

「何を話しているかは知らないが、俺はここで退かせてもらうぞ?青山詠春以外のメンバーが来てしまった時点で作戦は失敗だからな。ましてや『紅き翼』の全員と戦うことなどできはしないからな」

治療が終わり臨戦態勢を取り始めた三人に俺は言い放つ。

この作戦は最も打ち取りやすい“青山詠春”を孤立させている間に仕留めるというもの。それが崩れてしまった時点で俺には戦いを続ける意思はない。勝ち目がないのは目に見えているからだ。

「逃がすと思っているのか?」

「貴方をここで倒しておけば帝国の戦力が激減するとわかっているのに逃がすような真似をするとはお思いですか?」

「悪いがここで倒させてもらう。三対一は卑怯だとは思うが“戦争”なのでな」

『紅き翼』の三人は俺を囲みこみようにして立つ。確実に俺を仕留めるつもりだろう。孤立させていたのが今度は孤立してしまったということである。

けれども、

「誰も“逃がして貰おう”なんて思っていないさ。“逃げる”んだがらな!!魔法の射手 光の一矢!!」

俺は無詠唱で魔法の射手を作り出す。

「そんな魔法で逃げられるとでも思っているのか!?」

「魔法ってのは使い方で色々なことができるんだよ!!覚えておきな、“あんちょこヤロウ”!!炸(はじ)けろ!!」

作り出した魔法の射手が眩く光りながら爆発する。作り出した光属性の魔法の射手は暴発させることで魔法版のスタングレネードとして使ったのだ。

「クッ!!目くらましですか。しかし・・・ッ!?」

「気付いたか?魔法の射手 戒めの影矢ってな。ぶっつけ本番だったが上手くいったようだ」

光が納まるとそこには動きを封じられた『紅き翼』のメンバーの姿がある。

『魔法の射手 戒めの影矢』。魔法の射手に影の属性を付加させたものだ。特筆すべきなのはこれは自分の手元に呼び出すのではなく、影を媒介に作り出すということ。その影は自分の影でなくとも物、建物、そして他の人間でも構わない。

そう、今の光属性の魔法の射手による光で影を作り出し、そこから『魔法の射手 戒めの影矢』を発動させたのだ。

これが昨晩、カゲタロウに理論上で可能だと言われたもの。土壇場で上手くいったのはいとえに魔法の射手に特化した俺であったからだろう。とはいえ、まだまだ精度・威力ともに難があり、今回上手くいったのは虚をつくことができたということも大きいだろう。

「あんたらを“それ”で縛っておけるのはあともって数十秒ってところだ。本来ならば仕留めておきたいところだが、俺も命は惜しいのでな逃げさせてもらう。では、な」

「待て!!」

いざという時の為に持っていた転移魔法符を起動させて戦場の後方へと転移する。願わくば、『紅き翼』を足止めしたことでオスティアが落ちてくれるといいが、恐らくは難しいだろう。


結局、『オスティア』が陥落することはなかった。戦線に復帰した『紅き翼』の面々により帝国軍は劣勢へと追いやられ、第三陣を投入することなく撤退を開始する。作戦に参加したものの多くにとっては想定外の敗退であった。

一方のオスティア軍も無傷というわけにはいかず、二度の侵攻により国軍は疲弊し防衛の大半を連合軍に委任せざるを得なくなる。国としての体裁はありながら国防の実権をメガロメセンブリアが握ることとなった。

大活躍をした『紅き翼』であったが、その力を恐れた帝国軍から精鋭による討伐隊が派遣され度重なる襲撃を受けることとなる。その全てを悉(ことごと)く返り討ちにしていくものの徐々に前線からは遠ざかりアルギュレーの辺境まで追いやられるという状況に至ることなった。

二度のオスティア回復作戦の失敗による予想外の痛手を被ったヘラス帝国であったが、着実に侵攻を進めていった。そして、大規模転移魔法の実戦投入により連合の喉元、全長三百キロに亘って屹立(きつりつ)する巨大要塞『グレート=ブリッジ』をついに陥落せしめ、連合に王手をかけることとなった。


 ♢ ♢ ♢


「クックック、連合に帝国、どちらも大善戦ではないですか」

「はい、特に『オスティア』での戦いは見ものでしたね」

「あぁ、あの『紅き翼』が活躍したという」

「それだけではなく、帝国の『道化師』も活躍していたそうですよ。何でも、『紅き翼』の一人をあと一歩というところまで追い詰めたようですよ?」

「ほぉ、それはまた面白いことに。このままどちらも疲弊していってくれると助かるのですが」

薄暗い室内を一つの円卓を囲むように複数の人間が会話を交わしている。そのいずれもがフードを深くかぶっており、表情を窺い知ることはできない。しかしながら、その声色は心の底から愉悦さを謳っているようである。まるで戦争をチェスのように楽しんでいるかのようである。

「朗報ですぞ。帝国が『グレート=ブリッジ』を落としたようですな」

「なんと!?これは連合も黙っていることはあるまいな」

「今は辺境に追いやられている『紅き翼』も徐々に前線に復帰しつつあるようですし、『グレート=ブリッジ』の奪還の際には面白いことになるかも知れませんな」

「帝国の『死呼ぶ道化師』と連合の『千の呪文の男』の戦いですか・・・確かに面白いことになりそうですな」

「賭けでもしますかな?」

「それはいい」

『ハッハッハッハ』

性別も年齢も種族さえもわからないが、そこには確かな快楽が存在していた。

「そういえば、『紅き翼』のところには帝国があの『最強の傭兵』を送り込んだようですが、それはどうなったのですかな?」

「それがいつの間にかやら、『紅き翼』のメンバーとして行動を共にするようになっていたそうです」

「それはまた・・・ますます、『グレート=ブリッジ』の奪還戦が楽しみになってきましたな」

「しかし、ここまでの力を有することになるとは『紅き翼』少々危険では?」

「なに、我々の存在に気付くものなどいやしませんよ。なんてったって我々は“完全”を目指しているのですから。奴等とて手の上で踊っているにすぎませんな」
「確かに。では今回はこの辺で解散しましょうか?『グレート=ブリッジ』のおりにでもまた・・・」

「えぇ、そうしましょう。では」

『全ては“完全なる世界(コズモエンテレケイア)” のために』

その唱和を最後に部屋から人の気配が消えていく。最後に残ったのは会話に参加することなく壁際(ぎわ)で腕を組んで黙っていた者だけであった。

「やれやれ、だな・・・」

その者が初めて口にしたのは呆れの声であった。先程まで複数の人影が会話を交わしていた円卓をくだらないと言いたげに一瞥する。

「そう言っている割には楽しそうに見えるけど?」

そこに一人の青年が現れる。白い髪をした切れ目の青年。どこにでもいるような顔ではないがこれと言って特別なようにも見ることはできない。

「僕は“彼”に会えるのか楽しみなだけだよ」

腕を組んでいた者はその青年に答えるようにいう。その声にはわずかに期待の色がこもっているようだった。

「“彼”にどれだけの価値があるのかは僕には到底理解できないのだけれどね」

「それは僕だけが知っておけばいいのさ。“彼”に手を出すというのなら君とて容赦はしないからね」

組んでいた腕をほどくとその者は青年の喉元へと手を当てる。その腕からは刃物のような鋭い光が伸びており、すぐにでも青年の首は落ちてしまいそうだった。

「わかっているよ。君ほどの存在が僕達の邪魔をしてくれないだけでも十分だからね。でも、“彼”のほうから関わってくるようならばこちらも手は出させてもらうよ?」

「それくらいならかまわないさ。それに屈するようならそこまでということ。僕が行くまでもない。是非ともそうはなってほしくないけどね。あぁ、実に楽しみだよ」

薄暗い部屋の中、その者の声は静かに深く響き渡るのだった。




[18058] 第45話 狭間の落日
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/08/24 23:20
「覇ッ!!!!」

「破ッ!!!!」

互いの拳がぶつかり合い大気が震える。まさしく、海が割れ、天が裂けるような一撃がぶつかり合ったのだ。

「やるじゃねぇか、レオ!!」

「アニさんこそ、剣を使ってないのに流石でやす」

レオナルドの想像以上の成長に思わずニヤリと口元が引き上がってしまう。ある程度の手加減をしているとはいえ、俺とぶつかり合うことができるまでに成長するとは正直思ってもいなかった。

レオナルドが俺の作ったダイオラマ魔法球にこもって二週間余り、外との時間差を最大限までずらしているのでダイオラマ魔法球の中では140日が経過していることになる。時間が増えたとはいえ、半年にも満たない程度の時間。鍛えるには短すぎる時間である。

「それが本来の力ってわけか!!?」

「これでもまだ、完全には引き出せていやせん!!」

―――轟―――

再びぶつかり合った拳が轟音を立て、衝撃波を生み出す。その衝撃のあまりに地面は陥没し、水柱が上がるほどだ。

外の時間で二週間前。オスティア回復作戦失敗後、「強くなりたい」と言ってきたレオナルドに俺はダイオラマ魔法球を貸し与えた。

レオナルドは並みの兵に比べると抜きに出ている。しかし、それはあくまでも“並み”であって、到底俺や『紅き翼』の奴等と対峙できるだけの力はない。ましてや、そうなれるほどの力を求めることはしていなかった。

俺や『紅き翼』の奴等は間違いなく“化け物”と呼ぶことができる存在であり、“普通”が敵うものではなかったからだ。

しかし、レオナルドにはそれが納得することができなかったのだろう。それゆえに「強くなりたい」と言い出した。通常なら絶望的という言葉すら温(ぬる)く感じるほどの力量の差に諦めるところをレオナルドは屈しなかったのだ。

そして、正真正銘の“化け物”であったレオナルドには高みへと至る可能性があったのだった。

「これで“完全”じゃないとはな!!まさしく“化け物”じみているなっ!!」

「アニさんには言われたくないでやす!!」

「違いない!!」

拳が交り合うたびに空気は鳴動し、波は逆巻き舞い上がる。繰り広げられるのは人知を超えた演武。願おうともそこに至ることのできるものは限られ、至ってしまえば“人”を超えてしまう。“化け物の饗宴”がそこには催されていたのである。

レオナルドの正体である“豚”。舐められがちではあるが、実をいえば生物的にはかなり優れている種族である。

『ブタ』、学名『Sus scrofa domesticus』(スース・スクローファ・ドメスティクス)。家畜として飼育されながら、同様に飼育されている『ウマ』・『ウシ』・『ヒツジ』・『ヤギ』とはことなり原種である『イノシシ』が絶滅せず範囲に渡って生き残っている。

これは免疫力が高く抵抗性が強いことを示しており、その上あらゆる環境への適応性も兼ね揃えている。それだけでも生物としては十分すぎるがそれだけではない。

主に土の中の虫や植物の根を掘り起こして食べるため、優れた嗅覚、固い鼻先、そして強靭な背筋を持っているのだ。忘れがちではあるがオスには牙も生え、背筋を活かすために上向きに生える。

背の高い敵に対しては『しゃくり』という―突進後、股ぐらに鼻先を突っ込み、頭部を持ち上げて強くひねる―攻撃方法をとる。これは人間であれば大人でも数メートルは吹っ飛ばされる威力を持っているのだ

それもそのはず、豚はぽっちゃりとしているように見えてその大半は実のところ“脂肪でなく筋肉”なのである。肥満を目的にした飼育をしたものであっても体脂肪率は14~18%に留まるのだから通常の豚がいかに筋肉質であるのかがわかるだろう。

知能においても犬以上のものを持っており、体重や皮膚の状態、内臓の大きさにおいては類人猿以上に人間に近く、異種間移植が考えられるほどである。豚に転生したのはある意味で十分すぎるほど納得がいくことだったのかもしれない。

つまり、何が言いたいかというと

「(種族としてある意味最強ともいえる“豚”の化け物か・・・短期間でこれだけ、時間をかけようものならまさしく化けるな)」

漂漂とした顔で攻撃を捌きながらも内心では焦りを隠せていない。それは現在のレオナルドの強さではなく可能性に対してである。

人というのは身体的なものをみれば、決して強いと呼べる種族ではないであろう。それこそ、“ブタ”よりも劣っているはずである。

故にその優れた知識で技術を創り出し、環境に適応するという方法でなく環境を変えるとういう方法をとり、他種族の頂点に立つことになったのだ。魔法然り、気の運用然りである。

だが、レオナルドは“ブタの妖怪”である。人と変わらぬ頭脳を有し、魔力、気を用いることが十分にできながらして、“ブタ”という種族の特性までを兼ね揃えている。まともにやり合うようなことがあれば間違いなく“純粋な人間”には勝ち目がないのである。

抗うことのできない根本から存在する隔絶された“差”。それは“天才”と“凡才”差のような絶望的なものである。

「(だが、まだ負けるわけにはいかないからな!!)」

右脚をレオナルドの胴を目掛けて振りぬく。レオナルドは冷静に腕でしっかりと受け止めるが、更に俺は受け止められた脚を軸に回転して左脚で蹴りを放つ。

流石に片腕で両足の蹴りを受け止めることは叶わず、レオナルドは吹き飛ばされ体勢を崩す。気で強化された蹴りを立て続けに受け止めたというのにレオナルドの右腕は無傷であるようだ。とはいえ、しばらくは思うように動かすことはできないだろう。

「レオ!!今から俺のとっておきを見せてやる。しっかりと避けろよ?」

『希求』を呼び出して構える。しかし、その構えは『神緡流』のどの型でもなく、ただ手に持ち構えているだけだ。

「全テノ痛ミヨ〈スィンヴァン・ティアナトス〉 思イヲ滾ラセ〈アフティ・ケオ〉 神ヲ蝕メ〈エクリプスィ〉 『煉獄之処刑人〈カサルティリオ・ディミオス〉』」

自分の口から出たとは思えないほどの重々しい声が響き渡る。言の葉が進むにつれ、『希求』に集まりだした赤・緑・黒の光は『希求』を包み込みその刃の表面を覆い隠す。

『清浄』や『神聖』といった言葉が似合っていた『希求』の白銀の刀身は対照的な禍々しい玄(くろ)い炎で覆い尽くされ変貌している。

今までの『希求』が『神剣』という存在を体現していたのなら、今の姿は『魔剣』と呼ぶのが相応しいだろう。

『煉獄之処刑人〈カサルティリオ・ディミオス〉』。

『希求』のもつ『外装』、魔力を留めるという能力を活用した魔法である。

「いくぞ?」

『煉獄之処刑人』の気に当てられてしまっているレオナルドに声をかけて、変貌した『希求』を振りかぶる。

玄い炎は火の粉を散らしながらその軌跡を描きだす。描き出された影はまさしく処刑人の持つ得物(かま)のようであった。

天頂を向いた刃は振り下ろされる瞬間を今か今かと待ちわびるように脈動し、それを呼応するようにして刀身の炎は巨大になり天を貫かんとばかりに伸びていく。辺りは剣の影に隠れてしまい、日食が起こったかのように暗くなる。

そして、次の瞬間、振り下ろされた大剣はレオナルドを掠め、島を割るのだった。


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「し、死ぬかと思いやした・・・」

「悪い。まさかここまでだとは想像もしてなかった」

『煉獄之処刑人』は結局のところ島を横断し対岸の海にまで届き、島を真っ二つにすることとなった。太刀傷は氷河のクレバスのようで冥府へと繋がる入口に見えないこともないだろう。

ダイオラマ魔法球の中であるため時間が経てば、自然と元の姿へと直っていくだろうがこれほどまでの傷となるとどれだけ時間がかかるか見当もつかない。

「それにしてもアニさん。前に“魔法の射手しか俺は使えない”って言っていやせんでしたっけ?あんな魔法が使えるなんて思いもしやせんでしたよ」

「いや、『煉獄之処刑人』も厳密に言えば『魔法の射手』だが?」

「そんな!?詠唱も発動したものも全く『魔法の射手』とは似ていやせんじゃないでやすか!?」

レオナルドは驚きで声を荒げる。

『魔法の射手』はその名の通り、属性を付加させた魔力を矢のようにして放つ魔法である。攻撃だけならず拘束するのに用いたり、放つだけではなく纏わせたりなど、比較的凡庸性の高い魔法ではあるがいずれも“矢”という形から逸脱することはない。詠唱に関しても総じて“~の精霊~柱 集い来たりて―――…”と始まるのが常である。

しかしながら、『煉獄之処刑人』は刀身を覆い隠しているとはいえ“矢”を思うような状態ではなく、詠唱も全く異なっている。『魔法の射手』であるという言葉を疑ってしまうのも無理のない話だ。

「だから“厳密に言えば”と言っただろう?まず、『魔法の射手』とは似つかない姿をしていたのはこいつの力だ」

レオナルドに見せるように『希求』を顕現させる。先程とは異なり『希求』は照りつける日光を反射し清らかな白銀の光を反射させている。

「その剣がでやすか?」

「あぁ、こいつには純粋な魔力を留める力があるんだ。それを用いて『魔法の射手』を純粋な魔力に返還したというわけさ」

一見無意味そうに思えるこの力も実はそうではない。“魔法”というものは極論を言ってしまえば“魔力”のぶつかり合いでしかない。“魔法”としての発動の方法は多種多様ではあるが、結局のところより大きな“魔力”をぶつけることのできるものが強い魔法となる。

『魔法の射手』一つにはそれほど大きな魔力を込めることはできないが、『魔法の射手 1001の矢』がある意味で『魔法の射手』とは一線を画しているように塵も積もれば山となるのである。

つまり、『魔法の射手』一つ一つに分散した魔力を一つに纏め上げることができれば、それは強力な上級魔法と変わりはなくなるのである。複数の『魔法の射手』を一発の強力な弾丸として放つことができた『魔弾の射手』が実際にそれを証明しているだろう。

『希求』と『魔弾の射手』、『纏う』と『放つ』という差がありはするが、小さな多く力を大きな一つの力にまとめるという意味では同じ働きをすることができるのだ。

「なるほど・・・でも、詠唱はどうするんです?」

「それこそ、簡単な問題だろう?レオも“無詠唱”で魔法の射手は発動できるだろ?」

「ある程度の数までならばできやすけど、それがどうしたって言うんでやす?」
「ようは魔法の発動に“詠唱”はなくてもいいってことだ。特に簡単な魔法はな」

「そういうことでやすか!!」

詠唱しかり始動キーしかり、これらは魔法を円滑に発動させるための潤滑油のようなものである。それだけにある程度で力量さえあればなくとも魔法を発動させることはできる。「魔法剣士」とって無詠唱魔法が必須と言われることからも、それがそこまで困難を極めるものではないということはわかるだろう。

故に“詠唱”は魔法の発動を円滑に行うことができるのならば、始動キー同様自由のきくものだと言えるだろう。

そこで俺は『煉獄之処刑人』を発動するために必要な工程を新たな詠唱を考えて、その中に含んだのである。

簡単にいって肯定は三つ。

第一に、火・風・闇の魔法の射手を呼び出す。

第二に、『合綴』

第三に、『外装』

となる。

なので、通常通りの詠唱で『魔法の射手』を発動させて、『合綴』、『外装』としていったとしても同じように『煉獄之処刑人』を発動することはできることだろう。尤も発動するまでにかかる時間はだいぶ変わってしまうだろうが。

「俺のように敵と近距離で直接対峙するようなタイプは“詠唱”というものが致命的な隙になりかねないからな。できるだけ、詠唱は短い方がいい」

俺は元来、“主”ではなく“従者”であるのが本当の姿なのだから。

「でもその魔法は接近戦で使うには強力すぎやしないでやすか?」

「確かにな。三属性の『合綴』、それも火・風・闇に関しては苦手だからこれでも威力は低い方のはずだったんだが・・・」

先程集めたのは魔法の射手にしてそれぞれ50矢程度である。これ以上は今の状態では上手くまとめることができないのだ。氷・雷・光ならば100矢近くまでまとめることはできるが、苦手とする系統はそうはいかないのだ。

レオナルドのいう通り威力はそこまで高くないと思って放った結果、島が“割れる”こととなってしまったのだ。万全の状態で使えば何が起こるか想像すらできない。ましてや、至近距離で使おうものなら自分を巻き込んでしまうだろう。

間違いなくこれは“広域殲滅魔法”と同系統に属しているはずである。

「・・・・・・やっぱり、アニさんには“化け物”なんて言われたくないでやす」

「あぁ、悲しいけど俺もそれは認めるよ。すまない」

辺りは夕闇に染まり始め一日が終わりを告げようとしている。

戦乱の中の狭間の一日、再びの対峙への時は刻一刻と静かに迫ってきているのだった。



[18058] 第46話 迫る決戦
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/08/27 00:11
「三日後?」

「そう、三日後じゃ」

テオドラの元へと呼び寄せられた俺を待っていたのはこの戦争一番の激戦になることが考えられる戦いの予兆であった。

巨大要塞『グレート=ブリッジ』を落としてからしばらくの間動きが見られなかった連合軍が遂に行動を起こしたのだ。斥候兵により『トリスタン』から『グレート=ブリッジ』へと向かう軍勢の姿が確認されたのである。

「こちらの軍勢は十分なのか?」

「駐屯しておくには十分すぎる数がおる。その上に増援の派遣も決定しておるしな」

各地に散らばった兵を集めて増援として派遣することが決まっているようだ。少々危うく感じる部分もあるが、確かにこの戦いはこの戦争の行方を左右すると言ってもいいだろう。

防衛に成功してしまえば帝国の勝利。逆に奪還されてしまえば連合の勝利となってしまうことだろう。『グレート=ブリッジ』では両軍の総勢力が戦うことになる。戦いの後、敗北した側に勝者側の勢いを止めることは難しくなるだろう。

「なりふり構ってられないようだな・・・」

「ただの兵力のぶつかり合いなら何とかなったかもしれないのじゃが・・・軍勢の中には“奴等”の姿も確認することができたのじゃ」

「やはりくるか『紅き翼』・・・」

『紅き翼』の危険性を重視した帝国は度重なり刺客を送り込むがいずれもが失敗。幸いにもアルギュレーの辺境まで追いやることには成功していたが、最大の激戦が予想されるこの戦いには流石に赴いているようだ。

「奴等の存在を軽視することはできんのじゃ。情報では新たなメンバーも加わっているようじゃからな」

「それは“白チビ”以外にということか?」

オスティア戦後、『紅き翼』には新たなメンバーが加わっていることが判明した。名は“ゼクト”、名前以外の一切の経歴の不明な人物である。分かっていることは“あんちょこヤロウ”が“師匠”と呼ぶだけの実力を持っているということだ。

「そうじゃ。どれだけの実力を秘めているかは分らんが気をつけてくれ」

「奴等に“気をつける”という言葉が通用するかは甚だ疑問だがな」

『紅き翼』の面々と対峙するということは理不尽と戦うことと同義である。あの圧倒的な力の前には“警戒”などという言葉は意味をなさない。今回ばかりは俺も全力を“指輪”を使わなくてはいけないだろう。それでも、“赤毛”には勝てるか分からない。

「全くじゃな。しかし、この戦い負ければ今まで帝国優勢であった戦況も一変してしまうことじゃろう。負けられぬ・・・」

「あぁ、分かっているさ。俺もなりふり構っていられる余裕もないしな。だが、レオナルドも足止めができるほどにまで強くなった。絶望するにはまだ早い」

相性の問題もあるだろうが今のレオナルドなら“フード”を相手にするならば勝てないまでも動きを封じる程度に足止めをすることも可能だろう。それに・・・

「それと、シオンを連れていく。テオには悪いがな」

「そうか・・・」

シオンならば“黒髪(サムライ)”を相手取ることは十分すぎるほどできるだろう。テオドラの護衛のことを考えると傍を離れさせたくはなかったし、なによりも戦争に介入させることは避けたかったのだが・・・

恐らくシオンのことだから、「主の御心のままに」などといって黙って従ってくれることだろう。それだけに心苦しいものがあるのだけれども。しかし、『紅き翼』と対峙することができる者は他にはいないだろう。

「これでも、数的にも俺たちは劣っているからな。あとは他に頑張ってもらうしかない」

『紅き翼』のメンバーが三人のままだったのならば、レオナルドを“アルビレオ・イマ”に、シオンを“青山詠春”に、俺が“ナギ・スプリングフィールド”と対峙すれば良かった。

しかし、メンバーは情報では二人増えていることになっている。その上、一人は“赤毛クラス”、もう一人は正体不明ときている。不安がだいぶ残ってしまう状況だ。例え、“指輪”を使ったところで俺が相手できるのは二人が限界だろう。どうしても、一人は自由にしてしまうことになる。

「そうじゃな、ユウたちだけに任せるわけにはいかないのじゃしな・・・」

「本当は俺たちだけで止めたかったんだが、ここまでメンバーが増えることなど考えてもいなかったからな」

一騎当千クラスのメンバーが三人いたところに更に同等のメンバーが増えることなど考えもしなかった。まるで悪い夢でも見ているようだ。

「確かにな・・・だが、“絶望するには早い”のじゃろ?」

「当然、必ずや勝利の美酒を我が姫君の元に!!」

「期待しておるのじゃ」

「はっ!!」


 ♢ ♢ ♢


「話は聞いているのか?」

「はい、テオドラ様から直接伺いました」

「悪いな。戦わせないとか言っておいてこんなことになって」

「いえ、そんなことはありませんよ」

シオンは優しく微笑んでくる。彼女に会うのも久しぶりだ。戦場を渡り歩いている俺では会うことはあってもこうやってゆっくり話すことはなかなかあるものではなかった。

「それでも、だよ」

「それをいうのなら私こそ、あの時、“主と常に共にある”と言っておきながら一人安全なところにいて申し訳ありませんでした」

「それは俺が指示したことだったのだから」

シオンを戦場に連れて行かなかったのはただの俺の我儘だ。それに関してシオンが気に病むことは何処にもない。

「それでも、ですよ」

「・・・そうだな」

「それに・・・」

「?」

「私は主を残して先に逝くつもりはありませんから安心してください」

シオンはその澄み渡るような声でそう宣言した。瞳は真剣であり、揺るぎのない決意なのだろう。それとも、俺の心の内を察してのことか・・・聡明なシオンのことだからどちらもなのかもしれない。

「ふっふっふ・・・そうか、でも少しでも危険だと感じたらすぐに“櫛”を使えよ?」

「わかっていますよ。それで、私は誰を相手にすればいいのです?」

「シオンには“黒髪”を相手にしてもらう」

“青山詠春”、確かに強敵ではあるが俺と同じく『神緡流』をある程度使えるシオンにとっては相性はいいだろう。尤も俺と違いシオンは魔法が中心で剣技はサポートのようなものであるのだが。

「そうですか・・・何か注意しておくべきことはありますか?」

「そうだな、大技を放てるような隙は与えないことだな。後はもしかしたら、“魔法を斬る”剣技を持っているかもしれない」

「魔法を斬る、ですか?」

「あぁ、“黒髪”の剣は“魔を断つ”ものらしいからな。そういうものがあってもおかしくはない」

調べによれば“黒髪”の使う『神鳴流』というのは旧世界のとある地域で伝わる“魔を断つ”ために生み出されたものらしい。

これ以上のことは分からなかったが、“人外”を殺すためのものとなると“魔法”に対して有効的な技もあるかもしれないあろう。

「つまりは“魔法”を多用しない方がいいと?」

「そうじゃない。逆にシオンの魔法と主体とした剣技の型を崩すようなことはしない方がいい。にわか仕込みで何とかなるような相手ではないからな。ただ、障壁は過信するなということだ」

『神緡流』の『簪』然り、魔法障壁を容易く打ち壊すものは存在する。『紅き翼』の面々に関してはその強さゆえに障壁が意味をなしていないように思えるがそうではない。

障壁がある上からあれだけの被害をもたらしているのだ。もし、障壁を無効化できるような技があったのならば、その攻撃を受けた時の被害は計り知れない。

「わかりました。十分に注意しておきます」

「まぁ、俺の考えすぎというものかもしれないけどな」

「それでも、警戒しておくことには意味がありますよ」
「だといいが・・・そう言えばだいぶ月が欠けているな」

窓の外で輝いている月は三日月以上に細くなっている。それも珍しいことに二つともである。

「そうですね、もしかしたら決戦の時は新月かもしれません」

俺とシオンはそれ以上言葉を交わすことはなく。黙って細く輝く月を見つめるのだった。


 ♢ ♢ ♢


―――二日後。
   「グレート=ブリッジ」、中枢司令区。

「なんだ?緊張しているのか?」

「なんでアニさんはそんなに平気そうな顔をしているんでやす?」

最終ブリーティングを終えた俺の横を緊張した面持ちでレオナルドが歩く。

当初からの予測通り、決戦は明日。己の命運をかけて両軍の総戦力とも呼ぶことができる軍勢がぶつかり合うことになるだろう。

「緊張していたって始まるものは勝手に始まるからな。緊張していたせいで上手く動けないなんてことなったら目も当てられない。そんなことでの、後悔なんて御免だしな」

どうしたって、後一日もしないうちに戦いの火蓋は切って落とされる。万全の態勢でそこで戦うのが俺たちの役目だ。緊張などしてはいられない。

「あっしはアニさんのようには思えやせんよ・・・」

「思わなきゃいけないんだよ。なんてったって、レオには“フード”の動きを封じてもらわなければいけないんのだからな」

「そう、それでやすよ。そのことを考えると手が震えて震えて・・・」

そう言うレオナルドの手は確かに震えている。まるで初陣を迎える新兵のようである。

「そこまで意識する必要はないさ。倒せと言っているわけではないんだしな。それにレオはもう少し自分の力に自信を持った方がいい。相手は“フード”今までの戦い方を見るに決して相性が悪いというわけではないだろう?」

「フード、“アルビレオ・イマ”でやすね・・・」

“アルビレオ・イマ”の戦闘スタイルは典型的な魔法使いだと言えるだろう。重力魔法という珍しいものを多用してはいるが、基本的には遠距離からの魔法による攻撃が主である。

至近距離を得意とするレオナルドとは対極の位置いるだろう。レオナルドは魔法を牽制程度にしか用いず、懐まで潜りこんで殴るという単純明快なものである。

しかし、単純明快が故にこれといった対策は“近寄らせない”ということ以外存在しない。つまるところ、レオナルドと“アルビレオ・イマ”の戦いは懐に入り込むか入らせないかという一点につきるだろう。

「勝てば大手柄、負けても仕方がない程度に考えておけばいい。でも、命だけは投げ出すなよ?」

「分かってやす。何の因果かもう一回命を得たんでやすから生き残ってやりやすよ。姫殿下を守るだけでなく今度は自分の命も含めて守って見せやす」

「そうだ、その意気だ」

「それよりもアニさんこそ大丈夫なんでやすか?相手は“赤毛”だけでなく“白チビ”もなんでやしょう?」

訊ねてくるレオナルドの声には不安の色が見えている。“赤毛”一人でも大変だというのに、更にはその師匠だという“白チビ”の相手までしなければならないとなると危険性は凄まじいものになる。

「さぁ、な?」

「さぁ、なって今回ばかりはアニさんでもヤバいでやすって!!」

レオナルドの言うことに間違いはないだろう。あの二人を相手にするとなると今の状態では太刀打ちはできず、“指輪”を使ってもどうなるかは予想もできない。

この戦争始まって以来初めての絶対的な命の危険に晒されると言っても過言ではないはずだ。

「それでもやるしかないだろう?何度も言う通り俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ。それこそ、折角拾った命なんだからな。今死んだら悔いが残る」

「やっぱり、“アネさん”に会うまでは、ということでやすか?」

「そうだな、それだけではないがそれもあるな。いや、それが一番なのかもしれない・・・」

“彼女”が今何処にいるのかは全く分からない。敵軍の情報を集めてみたついでに調べてはみたが詳しいことがわかることはなかった。打ちとられたという情報が出回ってはいないので何処かで生きているはずだろう。

「アニさん・・・」

「このことに関してはこの戦争が終わったらゆっくり考えるさ。捜すために旅に出てもいいしな。そのためにもここで終わるわけにはいかない!!」

「そうでやすね」

「決戦は明日。これで最後にしたいものだな・・・」

月の姿のない闇夜は迫ってくる嵐の前触れのように静かに佇んでいるのだった。




[18058] 第47話 グレート=ブリッジ防衛線
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/08/28 22:57
「この数、オスティアの時とは比べ物にすらならないな」

戦艦の甲板に立ち目を凝らせば視線の先には軍勢が黒い影として蠢いている。

「ここは『グレート=ブリッジ』中でも司令部がある区画ですから、当然進軍には力を入れてくるでしょう」

『グレート=ブリッジ』はその名の通り全長三百キロにも亘る強大な橋である。それ故、総戦力を投入してくる戦いだとしてもその全てに対して進軍を行うことは不可能といえるだろう。

結果、重要である場所。司令部のある区画や動力部が重点的に狙われることになる。そうなることは勿論こちらの軍も分かっていることなので布陣はその区画を守るように形作られ、『グレート=ブリッジ』の局所で激戦が展開される事態になるはずである。

「奴等もここに来やすかね?」

「来てもらわないと困る。俺たちの目的は奴等の足止め、もしくは討滅だからな」

レオナルドの言葉に答えながら俺は蠢く軍勢を眺める。

『紅き翼』のメンバーが攻め入ってくるのなら確実にここだろう。この司令区さえ落としてしまえば、この防衛網は瓦解してしまう。戦力を分散してくる可能性も考えられなくないが、ここを守っていれば最終的には必ずぶつかることになるだろう。

「『紅き翼』をどれだけ足止めし、打倒せるかにこの戦いの勝敗がかかっているでしょう。つまりは私たちの両肩に全て任されているわけです」

「うっ、また緊張してきやした」

シオンの有無を言わせぬ事実確認の言葉にレオナルドは再び緊張し震えだす。近衛兵とはいえ戦況を左右するような立場になるのは初めてなので当然の反応といえばそうだろう。

対して、シオンは驚くほど冷静である。その落ち着きようはまさに歴戦の戦士と言っても過言はない。元々が人知を超えた存在であったのでこのくらいのことで動揺などするわけがないのかもしれない。

「気にするなというのは無理な話かもしれないが、例え敗走したところで敵前逃亡にはならないんだ。気楽に落ち着いて戦えばいい、飲まれてしまえば勝てるものも勝てなくなるからな」

今回の戦い、俺たちには『紅き翼』と接触後自由なタイミングでの撤退が許されている。無論、全く打ちあわずに撤退することは許されてはいないが、ある程度の戦闘をした後は折をみて戦線を退いてもいいのだ。

これは俺たちに課せられたものが足止めであり、第三皇女直属の貴重な戦力を無為に失うわけにはいかないという思惑もあってのことである。

強大な力を持つ『紅き翼』とはいえ軍の一部であるので帝国軍が連合軍の司令艦を落とすまで足止めすることができればいいのである。王(キング)が落ちれば騎士(ナイト)は意味をなさない、この言葉は確かに的を射ているものであった。

「それはそうでやすけど・・・」

「無理に倒そうだなんて思うなよ?攻めるときに攻め、退けるときに退く。兵法の基本だろ?」

「主の言う通りです。無謀と勇猛をはき違えるようなことはあってはいけません。私たちはこれから古龍にも並ばんとしている”化け物”を相手にしようとしているのですから」

吸血鬼の真祖と並び最強の種族と謳われる古龍。普通の竜種など易々と倒してしまいそうな『紅き翼』の面々ならば古龍と相討ったという噂が流れたとしても信じてしまうだろう。

「さて、おしゃべりはここまでのようだ」

―――轟―――

轟音が鳴り響き、すぐ傍で水柱が上がる。連合軍から撃たれた魔法弾が近くに着水したのだろう。

そして、一斉に砲撃が始まり、兵が飛び出していく。今ここに世紀の大決戦が始まりを告げたのだった。

「予定通り俺たちも最前線へ向かう。目標は『紅き翼』。接敵後は各々の目標を叩け!!行くぞ!!」

「「ja(ヤー)!!」」


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「全くキリがないな!!」

「同感ですッ!!」

「本当でやす!!」

四方から放たれる魔法弾の雨を搔い潜りながら進撃していく。着水する砲撃により水飛沫は絶えず上がり、時折視界が遮られる。

そんな中を襲いかかってくる敵を薙ぎ払い、撃ち落とし、叩き潰していく。そこに慈悲などは存在せず無情に淡々と作業のようにこなしていく。この感覚は何度行ってもなれるようなものではない。

「(まだ、俺は“人”だということか・・・)」

“真の化け物はその優れた理性で殺戮を行うもののことである”このような言葉を何処かで聞いたことがある。“殺す”ことに慣れず、嫌悪感を抱いている間は化け物染みた力があろうともまだ人であるのだろう。

「(しかし、これを繰り返していれば精神は摩耗してしまうのも頷けるな・・・)」

戦争から帰ってきた兵が人が変ってしまったようになるというのはよく聞く話である。太古からそれこそ神代の時から戦いを繰り返してきた人間とはいえ、延々と他人を殺していられるほど精神は強固ではないのだ。

それ故に心が疲れ果て崩壊してしまう。それを免れるために人は敵を“人”として見ることを止めるのだ。

殺しているものは蛮族だ、化け物だ、怪物だ。そうやって、自分の行動(さつじん)を肯定し、己を“正義”だと信じ込む。それは歪んだ正義であり、いつかは破綻するものである。そしてその時、人は“自分”を終わらせるのである。

だからこそ、“誇りある正義”などは存在しない。そもそも、“正義”というものが虚飾に満ちているのだから。

存在するのは“悪”のみ。故に彼女は“誇りある悪”を語ることにしたのかもしれない。

「(ってこんなことを考えている状況ではないな)」

襲いかかってきた兵を両断し、次の敵を探す。既に戦艦を落とした数も二桁に回らんとする勢いである。

それでもなお、敵軍の勢いが衰えることはない。むしろ、ゆり鮮烈に苛烈になっていっているぐらいである。

「それにしてもいやせんね、『紅き翼』。ここじゃないんでやしょうか?」

「そんなことはッ!!彼等が攻めるのにここ以外の場所は考えられません」

レオナルドの声にシオンは否定の言葉を上げる。動力部を狙っているという可能性も泣きにしろあらずではあるが、より効果的なのは司令部である。恐らく何処かに隠れて…


―――爆―――


その時、突然爆音が後方より響き渡る。その方角を見てみれば、『超弩級戦艦“フォルティス”』業火に塗れ撃沈していっていた。

「そんな、“フォルティス”が・・・」

『超弩級戦艦』は本来であるならば、皇族もしくは全軍の司令部が置かれている戦艦である。今回は『グレート=ブリッジ』内部に司令部が置かれていたが、前線の指揮を執っていたのは間違いなく“フォルティス”であった。

それだけにそう簡単には撃沈することのない耐久力を攻撃力が備わっているのだ。それは鬼神兵すら容易に屠ることができるほどである。

しかし、その戦艦が今、その名の通り“勇猛”に姿を散らしていっている。あまりの事態に帝国の兵たちにも動揺が走り始めている。そして、燃える“フォルティス”の真下の水面近くには・・・

「クソッ!!そういうことか!!戻るぞ、奴等がいた!!」

「いたのですか!?『紅き翼』が!?」

「あぁ、奴等、水飛沫に隠れながら侵攻していたんだ!!」

そう、『紅き翼』のメンバーは恐らく砲撃によって上がる水柱の中を水面ぎりぎりを飛行していくことで姿を隠し、こちらの軍の懐までまんまと潜りこんだのだ。

派手な大立ち回りをするだろうと考えていたこちらの裏を突くいい作戦であった。“フォルティス”を落とし、その存在がバレた以上はもう隠れるようなことはせず盛大に攻撃をし始めるだろう。はやく戻らないと『グレート=ブリッジ』が奪還されてしまう。

「やられましたね。完全にこちらの裏を突かれました」

「もう少し派手に行動してくると思ったんでやすけどね」

「これ以上ないってくらいに派手じゃねぇか!!『超弩級戦艦』を落としての登場なんてな!!」

軽口を交わしながらも急いで『紅き翼』の元へと急ぐ。幸いに思ったよりも距離は離れていない。これならすぐに追いつくことができるだろう。

「捉えたッ!!」

無詠唱で魔法の射手を放つ。その攻撃に『紅き翼』の面々は反応し散開する。流石にこの程度の攻撃では意味をなさないか。

「やってくれたな・・・」

「これはちょっとシナリオと違いますね」

「本命が落とされてないだけ、良しとしやしょう」

水面のすぐ上に浮かぶようにして対峙する。情報通り『紅き翼』のメンバーの数は二人増えて五人となっている。

「流石にバレてしまったようですね」

「当然だろう。これだけのことをしておいて黙っているはずがない」

「ちょっとはマシな奴がでできたんじゃねぇか?」

「ほう、ということがこ奴等が噂に聞いておった・・・」

「あぁ、俺を“あんちょこヤロウ”って言った奴だ」

どちらともなく臨戦態勢をとる。まさに一触即発といったところだろう。

「水面ギリギリを飛んでいくことを考えたのはお前か?“アルビレオ・イマ”」

「えぇ、正確にはゼクトも共に考えたのですけどね。よくわかりましたね」

「なに、お前らの中でまともに作戦を考えそうなのはお前と“白チビ”あとは“黒髪”ぐらいだからな。あとは勘だ」

“黒髪”も思慮深いかもしれないが、このような作戦を考える性格をしているのは“フード”ぐらいだろう。“白チビ”は初めて会うし、“赤毛”が考えるはずもない。もう一つ新しい顔があるが見た目からして頭脳担当ということはないだろう。

「なるほど、ナギじゃ作戦なんて考えそうにありませんしね」

「「「確かに」」」

「てめぇらはどっちの味方だ!!」

“赤毛”が考えなしというのは仲間内でも共通の見解のようだ。これはある意味で信用されているといったところか。

「よう、元気そうじゃねぇか“あんちょこヤロウ”?」

「はっ、“雷の斧”はあんちょこなしで使えるんだ。もう“あんちょこヤロウ”とは呼ばせねぇぜ!!」

「たわけ、それくらいできて当然じゃ」

自信満々にいう“赤毛”を“白チビ”が叱る。“白チビ”の言葉も尤もで、魔法の射手以外使えない俺であってもそれくらいそらで言うことができる。発動するしないは置いておいてだ。

「俺としてはそこの“筋肉”が何者だか教えてもらいたいのだがな。まぁ、だいたいの予想はついているが」

「俺様か?教えてやるから耳かっぽじって聞けよ?俺こそは最強の傭兵“ジャック・ラカン”だ!!」

「「なっ!!」」

「やっぱり・・・」

シオンとレオナルドは驚いているようだが、半ば予想できていただけに俺にはほとんど驚きはなく、むしろ納得する点の方が多い。

「“ジャック・ラカン”って『紅き翼』の討伐に行ったんじゃなかったでやすか!?」

「いや、それがよ。何回か闘っているうちに色々あって仲間になったってわけよ」

「意味がわかりませんが、馬鹿同士通じるところがあったのでしょうか?」

「あぁ、こちらもそんな感じで納得することにしている」

レオナルドの問いに対して“筋肉ダルマ”はあっけらかんとして答える。シオンが辛辣に皮肉るが“黒髪”が肯定しているので、“赤毛”=“考えなし”と同様に当事者以外共通の認識のようだ。

「さて、俺たちとしてはお前たちの足止めをすればいいだけだから、このまま世間話でもしていたいところなんだが、そうはいかないのだろう?」

「そうですね。私たちにも為さねばならない役割があるものですから。ゼクト先に行っていてもらえますか?今回ばかりは簡単にはいきそうもないでしょうし、ナギやラカンもやる気みたいですから」

「うむ」

“フード”の言葉を受けて“白チビ”が飛んでいく。追いかけたいところだが、元々一人は止められない予定だったんだ。このまま残りのメンバーを足止めすることに専念しよう。いくら『紅き翼』いえども一人でこの防衛網を陥落させるのは厳しいはずだ。

「追わないのですね?」

「元より全員を止めておけるとは思ってないからな。一人ぐらいは仕方がない。だが・・・」

そこで言葉を区切って俺は“赤毛”と“筋肉ダルマ”、レオナルドのは“フード”、シオンは“黒髪”の前へと躍り出る。

「これ以上は行かせるわけにはいかない。指を加えて大地に這いつくばってもらおうか?尤も這いつくばる地面はないので沈むことになるけれども」

「上等だ!!ラカン、俺が相手をする手を出すなよ?」

「嫌だね。帝国の“仮面”が相手ならばそれなりの戦いが出来そうだからな!!俺が相手をする」

「両方ともかかって来い。こちらは最初からそのつもりだからな」

懐から“指輪”を取り出し化け物二人の前に相対し構える。

「どうやら、私の相手は貴方のようですね」

「お付き合い願いやすよ」

「で、俺の相手は君と。女だからといって容赦はしないぞ?」

「それはこちらの台詞です。女だからといって見くびっているとその首を失くしてしまいますよ?」

レオナルド、シオンも構えを取り。いつでも戦いが始められるようになっている。

「「「さぁ、死合おうか(でやす)(いましょう)?」」」

ここに『紅き翼』との二度目の戦いが始まったのであった。



[18058] 第48話 魔を貪る
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/08/30 23:40
 レオナルド side

「・・・・・・あれは何なのです?」

「さぁ、何でやしょう?仮に知っていやしても教えると思っていやすか?」

戦いが始まるとアニさんは化け物二人とともに不思議な空間へと取りこまれていった。指輪(リング)を二つ組み合わせと様なものが周囲を囲い、その中で戦っているようだった。あれがアニさんの言う“全力”なのかもしれない。

「フフ、そうですね。なら、自分で確かめることにしましょう。貴方を倒してね」

「あっしもそう簡単にやられるわけにはいかないんでやすよッ!!」

空を蹴り加速、先制攻撃を仕掛ける。“アルビレオ・イマ”は魔法使い、魔法使いを相手に後手に回れば回るほどあっしの方が不利になってしまう。

少しでもあっしが有利なように流れを運ぶには積極的に攻撃を仕掛け、魔法を使いにくくしながら至近距離での戦いに持ち込むしかない。

細かな瞬動を繰り返して“アルビレオ・イマ”の繰り出してくる重力球を避けながら接近する。

“重力”による魔法攻撃は非常に厄介だ。まず、使い手の存在が稀有であることから対策が取りづらい。また、“重力”という性質は攻撃にも防御にも優れている。

強大な重力を受けるだけで体はぺしゃんこになってしまうし、軽いものでも動きが鈍くなってしまうことは免れることができない。動きが鈍くなった所に他の強大な魔法を放つでもいいし、そのまま負荷を強めるでもいい。まさしく、攻防一体ということができる。

当たらない限りダメージが皆無であったり、周囲や自分を巻き込まないために広範囲に攻撃を仕掛けにくいというのがせめてもの救いだけれども、

「(流石にこの量を捌き切るのは骨が折れるでやす)」

“アルビレオ・イマ”は大小様々な重力球を用いて行く手を遮ってくる。その上、手元には大きな重力球が用意されていて、懐まで潜りこんだとしてもあれを喰らってしまえば元も子もないだろう。

ステップ、ステップ、ステップ。

時に障壁、時に魔法の射手を使って重力球を相殺して、活路を開いていく。近づいてしまえば重力球を作り出すことはできないので手元にあるものだけを注意しておけばいい。

「呀(や)ッ!!」

「クッ!!」

手元にあった重力球での突きを捌いて右足を腹部目掛けて振りぬく。ギリギリのところで障壁を張られてしまったが、衝撃を完全にかき消すことはできなかったのか“アルビレオ・イマ”は大きく体を吹き飛ばす。

「やっぱり、厄介でやすね。その重力球」

先の一撃も重力球をかわしたためにワンテンポ仕掛けるタイミングがずれることとなった。その一瞬がなければ腹を障壁が間に合わず足は腹を抉っていたはずだ。

「いえいえ、貴方も大したものですよ。帝国で私たちに対抗できるのは“彼”ぐらいだと思っていたのですけどね・・・」

「そりゃ、死に物狂いで鍛えやしたから」

少し驚いたようにいう“アルビレオ・イマ”に答える。その胡散臭そうな笑顔は崩れていないので驚いたと言ってもまだまだ余裕なのだろう。

あっしとてまだ力の二割ほどしか呼び出していないので余裕であることには変わりないけれど。

「ウォーミングアップはここまででやす。やはり、“本気”じゃないとあっしの拳は届かないようでやすので」

己の存在を強く意識して力を引き出していく。その気配に敏感に反応してか“アルビレオ・イマ”は表情を変え、周囲に重力球による弾幕を張りだす。

「行くでやす。・・・―――『貪牙(とんが)』」

「ッ!?―――ガァ!!」

―――鈍―――

“アルビレオ・イマ”が驚愕に目を見開いた時にはあっしの掌底が深々と突き刺さり、鈍い音と共に吹き飛ばされていく。

何も神速の一撃を放ったわけではない。ただ、重力球の弾幕を突き抜けて(・・・・・)掌底を打ちこんだだけである。

流石に弾幕を避けることなく貫いてくるとは思っていなかったのか、反応が鈍っていたところに掌底が突き刺さったという単純な話だ。

「どうでやすか?豚の飢えた一撃は?」

「・・・・・・効きましたよ。まさか、重力球どころか障壁まで搔き消す(・・・・)とは・・・」

自分に治癒魔法をかけながら吹き飛ばされた“アルビレオ・イマ”が戻ってくる。その顔に笑みはなく、油断の欠片も感じることはできなくなっている。それだけ、今の一撃が効いたということだろう。

「(あっしは今ので終わらせるつもりだったんでやすけどね・・・)」

『貪牙』は今の自分にできる最高の技である。自分以外の魔力を無理やり取り込み魔法を無効化したところに強化した一撃を叩きいれる。魔法使いにとっては天敵、そして一撃必殺となる技であるのにもかかわらず、目の前の“アルビレオ・イマ”はダメージを受けてはいるが十分に戦闘を続けることが可能であろう。

「(あっしは今の反動でそれなりにダメージがあるというのに相手は治癒魔法ありでやすか・・・)」

『貪牙』は一見、魔法使いに対して無敵に思えるがそうではない。色々と欠点が存在するのだ。

まず、魔力を吸収するのは身体の一部分しかできないということ。場所は問わないが範囲としては掌程度しか発動することはできない。故に、全体的に魔法を放たれれば意味をなすことはない。

次に、発動している間は“魔法”を使うことができないこと。発動するだけでかなりの集中力を必要とするため魔法を使うどころか、攻撃もどうしても単調なものになってしまうのだ。

そしてなにより、反動が起こること。『貪牙』は魔力を無理やり身体に取り込む事で魔法を無効化する。そのため、強烈な負荷が身体にかかるのだ。『貪牙』自体が“ブタ”である特性を活かして生まれたものだが、普通の人間がやろうものなら負荷に耐えきれず身体が壊れることは間違いないだろう。

その上、取り込んだ魔力が強力であればあるほど反動も大きくなる。妖怪という強靭な身体があってこその諸刃の剣と言えるだろう。

「(さて、困ったでやすね。『貪牙』が使えるのはあと一回が限度、それ以上は戦闘に支障きやしてしまいやす。当然、警戒もしてくるでやすし・・・)」

先程、『貪牙』が易々と決まったのは初見であり、動揺があったからだ。次からはこうはいかない。警戒もしてくるし、対策も立ててくるはずである。

「では、私も本気で相手をさせてもらいましょう」

そう言うと“アルビレオ・イマ”は重力球をただ展開するのではなく、あっしを囲みこむようにして出現させだす。

大きな重力球で行動を制限し、小さなもので動きを乱していく。雨あられのように襲いかかってくる重力球を辛うじて避けながら前進して接近戦に持ち込む。有効打を与えるには近づくしかないのだから。

「隙ありでやす!!」

重力球の雨を縫うように抜ける。先程までとは比べ物にはならないほどの数を操っているためか手元には重力球がない。今ならば、確実に一撃を叩きこめる。

「それはどうでしょうか?」

「何を言って・・・えっ?」

「神鳴流、『斬空閃』」

「グァ!!」

限界まで近づき拳を叩きこもうとした瞬間、腹部を横薙ぎに切られて(・・・・)吹き飛ばされる。常時展開型の障壁がなかったのならば今頃は胴が二つに分かれてしまっていたことだろう。

「流石は詠春ですね・・・見事な剣技です」

「何なんでやすか、その姿は」

胴に走る痛みに堪えながら切りつけてきた相手を睨みつける。そう、斬って(・・・)きたのだ。魔法でなく剣戟による一撃。

視線の先にあったのは“アルビレオ・イマ”ではなく“青山詠春”の姿であった。

「教えるとお思いですか?と言いたいところですけど特別に教えてあげます。これは私のアーティファクト『イノチノシヘン(ハイ・ビュブロイ・ハイ・ビオグラフィカイ)』の能力によるものです」

“青山詠春”の姿をした“アルビレオ・イマ”がそう言うと“アルビレオ・イマ”の周囲に無数の本が現れ出す。

「アーティファクト・・・」

「えぇ、能力は人生を蒐集すること。そして、蒐集した人物の能力や記憶の再現。なので、こんなこともできるのですよ?」

“アルビレオ・イマ”は周囲に浮かんでいる本を一つ手に取り、栞を挟み込んで引き抜く。その瞬間、“アルビレオ・イマ”の姿は“青山詠春”から“ナギ・スプリングフィールド”へと変貌していた。

「その隙は減点ですよ?」

―――豪―――

「グッ!!」

瞬間的に懐まで潜りこんできた“アルビレオ・イマ”は魔力を纏わせた拳を一閃した。咄嗟に防ごうとしたが、叶わず凄まじい勢いで水面へと叩きつけられ盛大に水柱を上げるのだった。

「(今のはかなり効いたでやすね・・・しかし、いよいよ手詰まりでやすか・・・)」

まるで拳が身体を貫通したかのような鋭い痛みを感じながら思考する。

今まではクロスレンジでは圧倒的にこちらが上回っていたが、もうそうは言えなくなってしまった。“アルビレオ・イマ”が近距離での有力な攻撃法を得た今ではこちらに優位性というものは何一つなくなってしまった。

正直に言ってここが引き際だろう。これ以上の戦いはジリ貧というよりは無謀なものとしかならない。生き残ることを優先するのならここは逃げの一手を取るべきだろう。なりより、アニさんも「生き残れ!!」と言っていたのだから。しかし、

「(もう一矢ぐらい、撃ちこんでやりたいでやすね)」

それはささやかな意地である。勝つだとか倒したいだとかいう大層なものではなく、後一撃、ただの一撃を叩きこんでやりたいというちょっとした思い。

その思いを胸に水をかき、空を目指す。再び浮きあがったそこには“ナギ・スプリングフィールド”の姿のままの“アルビレオ・イマ”が悠然としたまま浮かんでいた。

「今ので決まったと思っていたのですが、意外とタフなんですね」

「しぶとさには自信がありやすから」

と軽口を叩いてみたものの身体の芯まで響いたダメージは確実に体力を奪っていて、やはり今のままではとてもじゃないがまともに戦うことはできないだろう。そう、今のまま(・・・・)では・・・

「(本当は止めた方がいいんでやすけどね)」

今から為そうとすることの危険性は十分すぎるほど理解はしていたが、決意は揺るがない。全ては一矢を報いるために。

「退いてくれれば命までは取りませんが、その様子では退くつもりなんてないようですね?」

「アニさんもシオンのアネさんも頑張っているんでやすから、あっしだけ退くわけにはいかないでやす。だから・・・」

息を深く吸い込み、自分に課していたリミッターを解除する。その途端、残されていた力の奔流が体中を駆け巡る。

「“全力”で行かして貰いやすよ?」

―――刹―――

今度は紛うことなき神速で“アルビレオ・イマ”の懐へと潜り込む。そのまま、腰だめから拳を振りぬきアッパーカット。

―――轟―――

“アルビレオ・イマ”のクロスガードとぶつかり合い空気が轟く。

「っ!?“全力”ということは今までは手加減していたんですか!?」

防いだものの腕が痺れてしまっているのか、表情を歪ませて“アルビレオ・イマ”が言う。

「いいや、今までもちゃんと“全力”でやしたよ。しっかりと(・・・・・)制御できるという言葉が頭についてはいやしたが!!」

八割の力の解放がしっかりと制御を行うことができる状態での最大の力であった。それ以上の力の解放は大きな危険性を伴う。過ぎた力が身を滅ぼしてしまうように。

すぐさま、追撃をして上段蹴り。かわされたところを振りぬいた脚の軌道を変えて、踵落としへと発展させる。

―――轟―――

再び、空気が震える。腕がへし折れてしまってもおかしくない。連撃に“アルビレオ・イマ”の顔はどんどんと曇っていく。

「なる、ほど。その力はまだ使いこなせていないようですねっ!!苦しそうですよ?」

「承知の上でやす。それに苦しそうなのはあっしだけではないでやしょう?」

“アルビレオ・イマ”の表情に当初のような余裕は一切感じられず、必死に攻撃を捌き続ける。否、正確には捌けてはいないだろう。“全力”の力はガードの上からも確実にダメージを与え続けている。

そして、遂に!!

「!?」

「そこッ!!」

“ナギ・スプリングフィールド”の姿が揺らぐと“アルビレオ・イマ”の本来の姿へと戻る。それはクロスレンジへの対応ができなくなったということである。

――――『貪牙』。

渾身の力を込めた正拳突き。それは真っすぐと“アルビレオ・イマ”の腹へと吸い込まれていき・・・


「届きやせんでしたか・・・」

「いえ、十分、届いてますよ・・・」

正拳は“アルビレオ・イマ”の腹部の中心を捉えることはなく、脇腹を掠めるように突き刺さっていた。最後の瞬間に“アルビレオ・イマ”は重力球を作り出し突きの軌道を逸らしたのだった。

しかし、掠めただけでも十分であったのか“アルビレオ・イマ”の口元から血が滴っている。

「レオ!!」

ゆるゆると互いに距離をとったところにアニさんからの声が届く。振り向いてみれば、シオンのアネさんに肩を担がれるようにして浮かぶアニさんの姿があった。





[18058] 第49話 緋の刃
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:5305f8c4
Date: 2010/09/05 23:30
 シオンside

「神鳴流奥義 『斬岩剣』!!」

「神緡流亜式 『翼閃・宵』!!」

互いの剣閃がぶつかったと思えば、弾かれ、またぶつかり合う。戦いが始まってから延々と同じ状況が続いていきます。

「覇ッ!!」

「呀ッ!!」

隙を見つければ斬りかかり、防いで、突き返す。一合、二合と切り結んでいきます。どちらも致命傷どころかまともな傷を与えることはできず、まるでその様子は空を舞い踊っているようです。

「侮(あなど)っているつもりはないのだが・・・」

「貴方も思った以上にやりますね」

埒のいかない斬り合いに互いに一度動きを止め、見つめ合います。一分の隙でも見せれば、その瞬間に胴と頭が分かれてしまっても可笑しくないような張りつめた空気が間を流れていきます。

互いの得物は共に細身の刀、違いはその長さだけです。私が通常の日本刀の大きさであるのに対して、“青山詠春”は野太刀。

私が“魔法”を使うのに対しては“気”を用い、『神緡流』が対人であるのに対して『神鳴流』は対魔の剣術。

この対称性が生み出した危ういバランスによって、私と“青山詠春”の戦いは拮抗状態を抜け出せていないのでした。

「(相性の上ではこちらが優位なはずなのですけどね・・・)」

主が戦った時のように大振りになる瞬間を徹底的に狙い攻撃を仕掛けているのにもかかわらず、決定打を与えることができないでいます。それが拮抗している原因でした。

「(主にやられてから対策を立てていたということでしょうか?)・・・戦いの最中に余所見とは余裕ですね?」

私は魔法の射手を放ちながら、接近し斬りかかります。

「“あれ”を気にしないという無理な話だ」

「まぁ、確かにそうでしょうね」

視線の先には“指輪”を発動した主の姿があります。使ったということは手加減なしの全力で相手をするということなのでしょう。

「“あれ”がなんなのか教えてくれたりはしないのか?」

「どうでしょう?私を倒すことができたら教えてあげてもいいですよ?」

勿論、教えるつもりなどさらさらありません。主があれだけ頑張っているというのに私が不利になるような情報を与えるわけにはいきません。

むしろ、さっさと目の前の敵を倒して、主の援護に行かなければなりません。流石の主とはいえ、天災クラスの相手を同時に相手取ることは厳しいはずなのですから。

「(しかし、瞬殺というわけにはいかないようですね)」

以前主と戦ったようなレベルであったのならば、それこそ一瞬にして打ち倒すことも不可能な話ではなかったかもしれませんが、“青山詠春”はあの時から確実に成長を遂げていて少々厄介なことになってしまっています。

「(その上、この技の重さ。流石に受け続けるのは厳しいでしょうか?)」

立て続けに仕掛けられる技の数々に苦虫を噛み潰したような思いにならざるをえません。

同じ『神緡流』を用いているとはいえ、“亜式”の言葉が示しているように私と主の戦い方には違いがあります。

主が戦いのほぼ全てを『神緡流』の剣技で賄っているのに対して、私は“魔法”をメインで使っています。そのために剣技自体は主にはすでに劣ってしまっています。

防御法に関しても主は好んで“受け流す”という手法をとっていますが、私はそのほとんどが障壁で“受け止める”という形になっているのでいつまでも防いでいるというわけにもいかないのです。

「神鳴流奥義 『斬空閃』!!」

「クゥッ!!」

技を障壁で受け止めて逆薙ぎに斬り返します。距離をとって大きく避けられた所に魔法の射手を放ち、続けて、

「ソーリス・ルーナエ・ステッラエ 闇夜切り裂く 一条の光 我が手に宿りて 敵を喰らえ 白き雷!!」

剣の先から雷が放射されて“青山詠春”に襲いかかります。魔法の射手をを捌いているので手が一杯で直撃するだろうと思った瞬間、

「神鳴流奥義 『雷光剣』!!」

“青山詠春”の一閃が迫りくる雷を切り裂き、それをも喰らった強大な雷の斬戟が襲いかかってきます。

―――轟―――

咄嗟に張ることのできた障壁により難を逃れることに成功しますが、相変わらず戦況は拮抗したまま変わりません。

「(守るのは容易ですけど、どうにも攻め切れませんね)」

私の張る障壁であるならば、“青山詠春”の攻撃のほとんど全てを受け止めるとこができるでしょう。限度があるとはいえ、今程度の技ならばまだまだ防ぎきることができるはずです。

けれども、有効的な攻撃手段がない以上倒すことはできないでしょう。時間を稼ぐという意味においてはこれ以上ない状況ですが、一刻も早く援護に行きたいということを考えるとそうは言ってもいられません。

「(何か、切っ掛けがあれば・・・)」

剣閃の霰を障壁で捌きながら思考を積み重ねていきます。降りかかる数が多い分、威力が落ちているので片手間でも防ぐことが十分にできるものでした。

「(相手が“剣”を使う以上、それを奪ってしまえば・・・とすれば武器破壊でしょうか?)」

剣士から剣を奪ってしまえば戦闘能力は半減してしまうはずです。相手は気で刀を強化していますが、“解放”さえできれば恐らく・・・

「障壁で防がれるか・・・ならば!!」

今後の戦闘の方向性が決まったところで突如“青山詠春”が動きを止めます。

「どうしました?障壁を破ることを諦めました?」

「確かに私には“破る”のはできないだろう。しかし、これならどうだ?神鳴流奥義 『斬魔剣 弐ノ太刀』!!」

「その程度の攻撃!!『絶対護盾(アイアス・アスピス)』!!」

手を翳(かざ)して七つの魔法陣を展開させます。

『絶対護盾)』、『最強防護(クラティステー・アイギス)』に並ぶ防御魔法として作り出した私のオリジナルの魔法です。七種類の魔法障壁を同時展開、連動させることで広域殲滅魔法クラスの威力であっても完全に防ぐことができます。

用いる障壁の枚数が偶々七枚であったことから、せめてもの箔付けとして「アイアース」の名を冠しましたが、それに恥じぬ魔法となりました。

しかし、“青山詠春”の放った斬戟はそれをあざ笑うかのように障壁をすり抜けて迫ってきます。

「えっ、障壁が!?」

「『斬魔剣 弐ノ太刀』は魔を断つ剣。魔法障壁などで止められる道理はない!!」

言葉を交わしている間にも斬戟は目の前までやってきています。そして、


「そんな!?――――――なんて言うとお思いですか?」


目の前で掻き消えるのでした。

「なっ!?」

今度は“青山詠春”が驚く番でした。まるで幽霊でも見ているかのような目の前のことを信じることができていない顔をしています。

絶対の自信をもって放った技が受け止められてしまったのだから仕方がないでしょう。それも“障壁”によってなのですから。

「驚くことはありませんよ?確かに貴方の技は完璧でした。ですから、私の張った障壁はすり抜けたでしょう?」

「ならばッ!!」

「ただ、私には届くはずがなのですよ。いくら、障壁を潜り抜けようと“途切れて”しまっているものには届かないでしょう?」

『絶対護盾(アイアス・アスピス)』は『対物』、『対魔』、『対気』、『対属』、『対状』に加えて『断絶』と『消失』の七種類の障壁で構成されています。確かに“青山詠春”の技は前の五つを突破することは出来ましたが、後の二つはどうにもできなかったようです。

こちらにしろ“絶対”を謳っているのですから、このくらいの攻撃で突破されるようなことがあってはいけないのですけれども。

「一体・・・?」

「しかし、流石は主ですね。主からの言葉がなかったのならば、咄嗟に『絶対護盾』を使うこともなかったでしょうから」

主の「障壁の効くことのない技があるかもしれない」という言葉を聞いていなければ通常の障壁で防ごうとして手痛い傷を負うことになっていたかもしれません。

「さて、貴方のとっておきを見せてもらったのですから、こちらのお見せしましょうか?実力が拮抗していると戦局は何によって左右されると思いますか?“青山詠春”?」

隙こそ感じられはしませんが依然として愕然とした様子の“青山詠春”に私は問いかけます。

「・・・『運』ではないのか?」

「そうですね。それもあるでしょう。しかし、答えはもっと単純ですよ。正解は『武器』です」

『運』が戦局を左右するということはよくある話です。けれども、実力が拮抗しているとき勝つのはより強力な『武器』を手にしていたものでしょう。

銃ならばより威力のあるもの。

盾ならばより強固なもの。

そして、刃ならばより切れ味のあるもの。

「『封解(リーベラーティオー)』」

言の葉を紡ぐと手に持っている刃の刀身が赤く染まり揺らめきだします。

「!?」

その異常性に気付いたのか“青山詠春”の表情がまた違った驚愕の色へと変わります。

「『青生生魂(アポイタラ)』というものをご存じですか?」

「・・・知らないな」

「もしかして、『火廣金(ヒヒイロカネ)』や『オリハルコン』といった方が良かったですか?」

「それなら。それがその剣だとでも言うのか?」

曰く、比重は金よりも軽く金剛石よりも硬いという。

曰く、太陽よりも赤く輝くという。

曰く、表面は揺らめくという。

そんな究極の合金とも呼ばれるのが『青生生魂』です。こんなに“紅い”のに“青”という字があるのは不思議にも思えますけれど。

「今度は正解です。柄に『世界樹』の枝を用い、刃に『青生生魂』を用いた。唯一無二の一品。名を『天暁』といいます」

あの地で落ちてしまった『世界樹』の枝とあの剣を解析して複製に成功した『青生生魂』を使って主が作り上げた私専用の刃。あらゆるものを断ち切る最強の刃と呼べるでしょう。

「私の剣とて名工と打ったものだ。負けはしない」

「勿論。貴方の剣も確かに名剣ではあるのでしょう。それにこれの力を過信するつもりはありません。しかし、これは私だけの剣、この意味がわかりますか?」

いくら強力な武器だったとしても使いこなすことができなければ意味はないでしょう。しかし、それを完璧に使いこなすことができるのだとしたならば、それは・・・

「すみません。時間がありませんので次の一撃で最後にさせてもらいます」

私は『天暁』を正眼に構え、“青山詠春”を見据えます。私の言葉がはったりでないことが分かったのか、“青山詠春”も今まで以上に油断なく剣を構えます。

今までが全力でなかったというわけではありません。しかし、主を助けなければならないことを考えた場合、これを使うわけにはいきませんでした。

けれども、これ以上時間を割くわけにはいきません。“櫛”を使えるだけの魔力さえ残っていればいざという時も何とかなるでしょう。

「では、神緡流亜式 弐極・『紅継斬(あかつき)』」



刹那にして勝敗は決していました。

私が紅い閃光となって“青山詠春”に斬りかかります。主の本気を出した状態には及ばないとはいえ常人では到底反応することのできないほどの速度です。

しかしながら、“青山詠春”は反応したばかりか、手にした刃で私の一閃を受けるほどでした。

だけれども・・・

受け止めようとした刃は気を纏っていたにも関わらず紙のように断ち切れ、その担い手ごと海へと落ちていくのでした。

『速さ』と『断ち』を極めた。究極の亜式。

この技に斬れるぬものがあるとするならばそれは信念ぐらいなものでしょう。

「“青山詠春”、貴方は確かに強かったです。それこそ流派の相性を覆すほど・・・しかし、私にはその刃は届きません」

『天暁』の力を再び封印した私は海へと落ちていく“青山詠春”を一瞥して主の元へと急ぐのでした。



[18058] 第50話 煉獄の嵐
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:ca3b4a14
Date: 2010/09/10 00:02
「Tie rum,Og eftirlit.」
(我、空間を戒め、思いの儘とする)

手に持った指輪は輝きを増し、光は徐々に浸食していく。

『Nibelug -ニーベルング-』

光が治まったとき、空は金色へと装いを変えているのだった。

「こりゃあ・・・」

「・・・なんだ?これは?」

外とは隔絶された別世界。輝きの中にいるのは俺と“ナギ・スプリングフィールド”、“ジャック・ラカン”の3人だけであった。

“ナギ・スプリングフィールド”と“ジャック・ラカン”は変貌してしまった世界に驚きを隠すことができず、唖然として声をあげている。

「『Nibelug -ニーベルング-』、世界を支配するといわれる指輪だよ」

「それが本当ならばレアって言葉じゃおさまらねぇ魔法具(マジックアイテム)だな」

『Nibelug -ニーベルング-』の効果は自分の魔力をもとに世界を切り取り、切り取った世界の理を支配するという反則という言葉すら生温いほどの力を持っている。

それだけに発動を維持し続けるには膨大な魔力を必要とし、その初代の所持者の系譜に連なるものの認証がなければ使うことができないという制限がある。俺も“彼女”が託してくれなければ一生使うことのできなかったものだ。

「これを使った以上、悠長に放していられるほど時間がないんだ。早々に終わらせてもらうぞ?」

生憎俺には長い間、『Nibelug -ニーベルング-』を展開し続けていられるだけの魔力を持ち合わせていない。魔法の射手であるならば魔力の運用効率を上げることで使用する魔力を抑えることができるが『Nibelug -ニーベルング-』はそうもいかない。

純粋な“自分自身”の魔力を用いなければならないという制限があるため最大展開時間はどう見積もっても5分に届かないのだ。その上で2人もの化け物を倒さないことを考えると前回以上に厳しい条件と言えるだろう。

「はっ、いくらその魔法具が凄いものだとしても俺たちを同時に相手できるのかよ?」

「確かにナギの言う通りだぜ。その台詞、そのまま返してやるぜ」

俺の言葉に頭にくるものがあったのか“ナギ・スプリングフィールド”は魔力を、“ジャック・ラカン”は気を高めていく。俺が言うのもなんではあるが、その高まりは到底人間が出せるものだとは思えないだろう。

「確かに同時に相手にすることは難しいな。だから、こうするんだよ、『封縛(スフラギタ)』」

「何を「グォッ!?」・・・ラカン!?」

高まっていた“ジャック・ラカン”の気が唐突に霧散し、その場に“ジャック・ラカン”は膝をつく。隣にいた“ナギ・スプリングフィールド”には何が起こったか分かっていないようである。

「クッ、動きを封じるだけでここまで持ってかれるか・・・流石に最強を名乗っているだけはあるな」

身体を喪失感が襲い、魔力が急速に失われていく。このペースで消費していったとしたならば5分どころか3分すら『Nibelug -ニーベルング-』を展開するのは厳しいかもしれない。

「てめぇ、何をした!?」

「ただ、動きを封じさせて貰っただけだ。尤もその化け物染みた力を押しとどめておくのはそう長くはできないみたいだがな」

この空間の中では俺が全ての理を支配する。故に俺が望みさえすれば言葉を紡ぐだけで殺すことであってもできるだろう。しかし、その効果を発動するためには『Nibelug -ニーベルング-』を展開し続けるのとは別に魔力が必要となる。それも、発動させようとする効果によって必要となる魔力も変わるのである。

なので“死”を相手に望んだ場合はどれだけ魔力を必要とするかは分からない。仮に望んだ結果、魔力が足らなかった場合は変わりに生命力を吸い取られることになる。つまりは“死”を望んだために“死”がもたらされる可能性があるのだ。

よって、あまり無謀な望みをすることはできない。結局のところ、これは人には過ぎた力なのだろう。

今回、俺が望んだのは“ジャック・ラカンの行動を封じる”ということ。これによって“ジャック・ラカン”がこの場での戦闘に参加することは皆無となった。代償としてかなりの魔力を持っていかれることとなってしまったが。

「動きをだと?」

「あぁ、ここでは不可能が可能へと変貌する。さて、思った以上に魔力を喰われてしまったのでな、早く始めようか?」

手を掲げると光の奔流が集まりだす。そして・・・

「術式兵装 『極暁光乱(グラキエース・アウローラ)』」

「それがてめぇの本気だということか」

「そうだ。理想を現実へと昇華させたこれが俺のもてる最高の力だ。歯を食いしばれよ?」

―――刹―――

「でないと舌を噛むからな?」

眼球が捉えることのできない速度で接近した俺は“ナギ・スプリングフィールド”の腹部へ深々と拳を打ち込む。次の瞬間“ナギ・スプリングフィールド”は声を上げることもできずに吹き飛ばされる。

「少し浅かったか?いや、障壁か・・・」

上がる土煙を見据えながら呟く。威力に当たり所を考えてもこれ以上ない一撃であったが、手応えはいまいちであった。吹き飛ばされ方こそ、派手であったがほとんどダメージはないのかもしれない。

「雷の斧!!」

その思いを肯定するように土煙の中から雷が放たれる。

「全然効いてないってことかよ!!」

迫りくる雷の斧の数は5つにも及び、それぞれが上級魔法に届かんばかりの威力を誇っているだろうことが傍目にも理解できる。思わず悪態も吐きたくなるというものだ。

動きは直線的であったので、『極暁光乱』を展開している状態なら易々と躱すことはできるのだが、

「さっきのはなかなかに効いたぜ。千の雷!!」

雷の斧同士の空間を埋めるようにして立て続けに『千の雷』が唱えられる。隙間なく迫りくる攻撃魔法は差し詰め“雷の壁”といったところか。

『Nibelug -ニーベルング-』を使ったことによって閉鎖されてしまった空間を逆手に使われ、何処にも逃げ場は見出すことができない。

「打ち破るしかないってことか。なら、『弐極・葬万刀(そうまとう)』」

迫りくる雷の壁に対し俺は高速の剣劇を放つ。瞬く間に雷でできた壁はその姿を散らしていき消滅する。

「その妙な術はお前のオリジナルか?」

「いや、俺に戦いの全てを教えてくれた人のものだ」

「すげぇな。だが、弱点があるだろ?」

「・・・何のことだ?」

内心の動揺を悟られないように無表情で“ナギ・スプリングフィールド”の問いに答える。奴の言うとおり『極暁光乱(グラキエース・アウローラ)』には致命的とも呼べる弱点が2つ存在している。

とはいっても気付くことが容易ではない上に、その弱点を差し引いても十分すぎるほどの効果を発揮するので、ほとんどの場合で問題となることがないのだけれども。

「まぁ、いいわ。小難しいことを説明するのは苦手だし、実践してやる。まずはこれだ!!」

そう言うと“ナギ・スプリングフィールド”は瞬動で俺の目の前まで接近し殴りかかってくる。目を見張るほどの速度ではないものの避けるのが精一杯である拳の雨を右、左と紙一重でかわしていく。いや、紙一重でしかかわせないのだ。

「自慢の速さはどうしたんだ?ほら!!」

徐々に速度を増していく奴の拳撃は次第に俺の身体を掠めていく。

「できねぇよな?理由はわからねぇが、てめぇは“速い”んじゃねぇ。“速くなって”いるんだ。さっきの一撃最初は動きをなんとか捉えられたのに途中から見失っちまった。つまりは途中から俺が捉えることのできない速度に“なった”ってことだろ?」

「ッ!?」

そう“ナギ・スプリングフィールド”の言う通り『極暁光乱(グラキエース・アウローラ)』の発動により“荷電粒子化”することで得ることのできる恩恵は驚異的な“速度”ではなく“加速”なのである。

つまるところ・・・

「ようは早くなっちまう前に動きを変えればいい。方向を変えることでそれがどうなるかはわからねぇから賭けだったけどな。その様子だと賭けに俺は勝ったみたいだな?」

一定方向への驚異的な“加速”を得られる『極暁光乱(グラキエース・アウローラ)』では絶えず方向を変えられてしまうような攻撃、クロスレンジでの攻撃に対しては通常の“速度”でしか対応することができないのだ。

「そして、もう一つは・・・」

俺の放った拳を悠然と受け止めて、“ナギ・スプリングフィールド”は口角をあげてニヤリと笑う。

「てめぇの拳は軽いんだよッ!!」

―――豪―――

お返しだと言うようにして、今度は俺の腹に深々と“ナギ・スプリングフィールド”の拳が入り吹き飛ばされる。

「実を言えば一番最初の一撃を受けた時、不味いと思ったんだ。俺に捉えられないスピードでの一撃だ。一体どれだけの威力があるか想像もできねぇ。けど、結果は思ったほどの威力はなかった。これも理由はわからねぇけどな」

“速さ”=“力”。確かにこれは揺るがない事実だ。しかし、それは質量が大きければこその話である。

“荷電粒子化”してしまった状態では質量は小さくなってしまい、手数こそは増えるものの一発一発の威力は弱くならざるを得ない。それでも通常の状態よりは強いのだが、それを軽いと言ってしまう“ナギ・スプリングフィールド”は異常としか言えないだろう。

「(クッ、今のは芯にまで入ったか・・・にしても『極暁光乱(グラキエース・アウローラ)』の弱点を一度喰らっただけで見抜くとはな。戦闘センスは天才ってことか・・・)」

俺でさえも弱点に気付くのには時間がかかった。そもそもが『Nibelug -ニーベルング-』を発動した状態でしか使うことができない上に、『極暁光乱(グラキエース・アウローラ)』とまともにやり合うことのできない奴があの“英雄”以外いなかったので気付くのも無理だという話ではあるのだが。

「(となれば、これはもう無駄か・・・)」

痛みが和らいだところで、『極暁光乱(グラキエース・アウローラ)』を解除して立ち上がる。弱点が露呈してしまった以上はこちらが一方的にやられてしまうだろうからだ。

「いいのかよ?元に戻っちまって。それで俺と戦えるのか?」

奴の言うように『極暁光乱(グラキエース・アウローラ)』を解除してしまっては“ナギ・スプリングフィールド”には太刀打ちすることはできない。

だからといって『極暁光乱(グラキエース・アウローラ)』では勝つこともできない。ならば選択肢はただ一つ・・・

「癪だがお前の言う通りなんでな。“手数”や“速さ”よりも“力”で勝負させてもらうことにした」

違う魔法を取り込めばいい。

「へぇ~、力比べかいいぜ。受けてやる」

「全テノ痛ミヨ〈スィンヴァン・ティアナトス〉 思イヲ滾ラセ〈アフティ・ケオ〉 神ヲ蝕メ〈エクリプスィ〉」

地の底から響いてくるような詠唱を始め魔力を集める。先程までとはまるで対極に位置する属性。氷に対する炎。光に対する闇。

「『煉獄之処刑人〈カサルティリオ・ディミオス〉』」

剣へと顕現されたのは罪を裁き、罰を与える煉獄の炎。それをそのまま放つのではなく、俺は取り込まんとする。

「固定 掌握 魔力充填 術式兵装」

降臨するは神あらず魔王。舞い降りるは天使ならず悪魔。

『煉焔嵐淵(フロガ・ティフォナス)』

処刑人の鎌を取り込んだ俺は煉獄に吹き荒れる嵐と成り替わり静かに佇むのだった。





[18058] 第51話 剣と槍と
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:ca3b4a14
Date: 2010/09/12 00:02
『煉獄』、そこは『天国』に行くことが叶わず、『地獄』に堕ちる必要のない魂が浄化をされる場所だという。

故にそこで燃え盛る炎は暖炉のような温かさもなければ、永劫の苦しみを与え続けるような業火でもない。人の罪を糧にどこまでも醜く燃える炎なのであろう。

「では、力比べといこうか?受け止めてくれよ?」

黒焔と化している右腕を俺は振りかぶる。そして、正拳。

―――剛―――

振り抜かれた拳の先端から剣を形どった炎が放たれる。

「ッ!?」

目を見開いた“ナギ・スプリングフィールド”はそれを受け止めるのではなく。避けることで危機を免れる。

交された剣炎はそのまま結界の淵まで辿り着き、あろうことか結界を突き破って消滅した。

「正解だ、“ナギ・スプリングフィールド”。今の一撃を受け止めていたら、今頃お前は死んでいたさ」

『煉焔嵐淵(フロガ・ティフォナス)』を発動したにあたって特筆すべきなのは何も“炎化”したことやその攻撃力ではない。

確かに攻撃力においても『煉焔嵐淵(フロガ・ティフォナス)』は俺の他の技に対しても追随を許さないものがある。しかし、注目すべきところは“『希求』ごと”取り込んだというところなのである。

実を言えば、“炎化”や“攻撃力”を求めるだけであるならば『合綴』した『魔法の射手』を取り込むだけでも同じ効果を得ることができる。そこをあえて“『希求』ごと”取り込んだことには当然意味がある

まず、『希求』は俺の魂と同化しているため、『闇の魔法』を使うだけで自動的にその効果が『希求』にも現れる。術式装填を別途にする必要がないのだ。だが、それは利点であると同時に欠点でもあった。先の例で例えるのならば、『極暁光乱(グラキエース・アウローラ)』を発動したことによって生じてしまう弱点が『希求』にも現れてしまうのだ。

そこで考えたのが“『希求』ごと”取り込むということ。本来、『闇の魔法』で取り込むことができるものは“魔法”に限る。けれども、魂と同化している『希求』であるならば不具合は生じることがない。元々が一緒のものなので元に戻るだけだからだ。

その結果の一端として生み出されたのが今の一撃である。“拳”を振るうことで“剣”を飛ばす。俺の戦闘スタイルの一つの完成系と呼ぶことができるだろう。

代償として発動中は『希求』を呼び出すことができなくなってしまうが、その気になれば拳による一撃の一つ一つが『簪(かんざし)』を上回る貫通力と攻撃力を持っているので問題にはまずならないだろう。

「それがてめぇの正真正銘の全力ってことか?」

「さっきまでも全力だったさ。それが効かないから戦い方を変えたまでだ」

『極暁光乱(グラキエース・アウローラ)』と『煉焔嵐淵(フロガ・ティフォナス)』で得られる能力の上昇はどちらもさほど変わらず同じくらいである。ようは“ナギ・スプリングフィールド”を相手するのに向いているのが“力”で攻める戦い方であったというだけだ。

“英雄”すら打ち破った『極暁光乱(グラキエース・アウローラ)』では歯が立たなかったという事実は驚くべきことではあったが、“奴”のまた現在の“英雄”と考えるすれば当然のことかもしれない。

「いや、“赤毛の悪魔”といった方がいいか?」

まさしく、その理不尽な力は“悪魔”と形容するに値するものだろう。

「へっ、そんな姿をしているてめぇに言われたくないぜ」

俺の今の姿は黒焔を全身に纏い、神々しさなどは一切感じられず禍々しさが全面に押し出されている。奴の言うとおり“悪魔”と呼ぶに相応しいのは俺かもしれない。

「それはそうかもしれないな。しかし俺は“死呼ぶ道化師(ペルソナ)”、この戦争を終わらせるためなら喜んで悪魔の仮面を被り演じよう。残念だ、“ナギ・スプリングフィールド”。このような出会い方さえしなければ、お前とはよい関係を築けたかもしれない」

“ナギ・スプリングフィールド”の真っ直ぐな生き方はとても好ましい。もっと別の、テオドラと出会う前に遭遇していたのならば、また違う道を歩んでいたかもしれなかった。今更考えたところで仕方のないことだが。

「あぁ、不思議と俺もてめぇのことは嫌いになれねぇぜ、“死呼ぶ道化師(ペルソナ)”。だが・・・」

「そうだな、今回は・・・」

「「俺が勝たせてもらう(ぜ)!!」」

俺が拳を振るえば炎が剣となり“ナギ・スプリングフィールド”に襲いかかり、奴が拳を振るえば雷が槍となり俺に襲いかかってくる。

辺りが焦土となってもおかしくないような攻防の中で“ジャック・ラカン”に対して全くの被害をもたらさずに戦いを繰り返しているのは奇跡、いや戦士としての矜持(プライド)が無意識的にそうしているのかもしれない。

「楽しいぜ!!まさか、俺に並ぶ相手がラカン以外にもいるとはなぁ!!」

「ったく、こっちは全く楽しくないがなッ!!」

拳撃であり剣戟である焔の雨を“ナギ・スプリングフィールド”は腕の一振りで蹂躙し、逆に雷の豪雨を降らせてくる。それを俺は掌底により霧散させ相殺していく。

―――豪―――

漆(くろ)く、絑(あか)い閃光が唸りをあげて煌けば、

―――轟―――

素(しろ)く、黄なる閃光が轟きをあげて輝いていく。

焔と雷の時雨を抜けた互いは、何の飾り気もない拳をぶつかり合わせて漸くの静止をみせる。次の瞬間、

―――鳴ッ!!!―――

鈍い音ではなく甲高い音と共に空間を歪ませるほどの衝撃波を生じさせる。

「楽しくないだと?じゃあ、なんでてめぇは笑ってるんだよッ!!“死呼ぶ道化師(ペルソナ)”ッ!!」

「お前の見間違えだろッ!!“千の呪文の男(サウザント・マスター)”ッ!!」

弾けるようにして距離を開けて拳を振りかぶり、再び距離は至近距離(ゼロ)になる。俺の拳が奴の顔を捉えれば奴の拳は俺の腹を捉え、俺の蹴りが奴の脚を払えば奴の蹴りが俺の腕を払う。

拳と拳を交わしていくうちにだんだんと気分が高揚していく。確かに今、俺の顔には笑みが浮かんでいるのだろう。確かに今、俺は奴と戦っていることを楽しんでいるのだろう。

“最強”であるということは“孤独”であるということだ。絶対なる強者は常に孤高の高みに佇む。故に望むのだ、己と同じ孤高の高みに登る存在を。

「(はっ、俺も戦闘狂(バトルマニア)だったってことか。全く“彼女”の従者はこうなる運命ってことかよ!!)」

遠い昔に別れたもう一人の従者のことを思い出す。今ならば彼女の気持ちもわかるようなきもする。もっとも彼女の望んでいた戦いはもっと殺伐としていたものかもしれないけれど。

「やっぱり笑ってるじゃねぇかよ!!」

「あぁ、そうかもな。確かに楽しいのだろうよ。だが!!」

“ナギ・スプリングフィールド”の拳を捌き、腹部に蹴りを叩きこみ吹き飛ばす。障壁のため、全くダメージはないだろうが目論見通り距離をとることには成功した。

「楽しい時間というものはすぐに過ぎ去ってしまうものなんだよ。次の一撃で終わりにする、終幕といこうじゃないか」

俺は最初と同じように右腕を大きく後方へと逸らし魔力を高めていく。

「てめぇがそのつもりならつきやってやるぜ」

“ナギ・スプリングフィールド”も俺が今から放つ攻撃が今までのものとは一線を画することを察してか、始動キーを唱え始める。

「煉炎の淵に座す 罪焦がす大剣よ 我が腕に」

俺の全身に纏われていた黒炎は右腕に集まっていき、徐々に巨大な剣を作り出していく。その大きさは取り込んだ『煉獄之処刑人〈カサルティリオ・ディミオス〉』ですら凌駕するほどだ。

「影の地 統ぶる者 スカサハの 我が手に授けん」

一方の“ナギ・スプリングフィールド”もあんちょこを開きながらといういまいち締まらない姿ではあるが呪文の詠唱に移る。その魔力はあんちょこを開いている印象を打ち消すほど馬鹿にならない高まりを見せている。

「右腕解放」

腕から剥離された大剣は放たれる瞬間を静かに待つように宙に佇み、煌々と黒い炎を燃え上がらせている。

「三十の棘をもつ 愛しき槍を」

それと同時に奴の傍にも一本の巨大な槍が作り出される。

そして・・・

「『浄炎の劫剣(アグノス・グラディウス)』!!」

「『雷の投擲(ヤクラーティオー・フルゴーリス)』!!」

漆黒の大剣と白亜の大槍が互いを貫かんと放たれる。そして、刹那の後、眩い光が世界を包み込み全ての音を奪い去るのだった。

やがて輝きが治まり、映し出されたその姿は、

「やるじゃねぇか・・・」

「・・・お前もな」

腹部に大剣が突き刺さっている“ナギ・スプリングフィールド”と胸に大槍が突き刺さっている俺であった。

突き刺さっている槍を砕き、肩で息をしながら呼吸を整える。純粋な魔力の攻撃のために突き刺さったことによる外傷は見られないが既に満身創痍で『煉焔嵐淵(フロガ・ティフォナス)』解け、『闇の魔法』もこれ以上は使えそうにない。

満身創痍であるのは“ナギ・スプリングフィールド”も同じようで、俺と同様に剣を砕いた後は肩で息をし呼吸を落ち着けている。

「“ナギ・スプリングフィールド”。一つ面白いことを教えてやる」

「はぁ?」

まだ戦うつもりであったのか、突然俺が殺気を収め話し出したことに“ナギ・スプリングフィールド”は驚いたように声をあげる。

「俺は当初、『オスティア』さえ落とせばこの戦争は終わると考えていた」

この戦争が“聖地奪還”を掲げたものである限りそれさえなせば自然と戦争は終わると思っていた。それ以上の行動には意味がないからだ。

「だが、結果としてはここ『グレート=ブリッジ』にまで戦線は拡大している。まぁ、二度の『オスティア』の攻略に失敗したということもあるだろうが、『オスティア』以上に攻略が困難であろう『グレート=ブリッジ』にな」

成功したとはいえ『グレート=ブリッジ』の攻略は『オスティア』よりも遙かに難しいはずである。本当に“聖地奪還”が目的であったならば、これだけの戦力を『オスティア』につぎ込めば今度こそ『オスティア』は陥落しただろう。

「何が言いたいんだ?」

「まぁ、そう焦るな。順に説明してやる」

最初はいぶかしんでいた“ナギ・スプリングフィールド”もいつも間にか殺気を消し俺の話に耳を傾けている。この戦争を早く終わらせたいという思いは同じようであった。

「どんどんと広がりつつける戦場、妙だとは思わないか?」

「・・・・・・」

「その様子だとそれくらいのことは分かっていたようだな」

帝国は世界統一などを掲げていないのにもかかわらず、戦火は魔法世界各地に広がり続けている。この奇妙さには“ナギ・スプリングフィールド”も気付いていたようであった。

「そう、まるで・・・」

「まるで“戦争”を望んでいるものがいる、か?」

「その通りだ。戦争の影には多かれ少なかれ“死の商人”という存在が見え隠れしている」

“死の商人”、戦争で消費する武器などを売って稼ぐ商人たちのことを忌み嫌ってそのように呼ぶことがある。ほとんどは望んでその商売をしているわけではないが、中には望んで商売をし誰よりも“戦争”が起きることを願っている奴等もいる。

「そいつらがこの戦争を終わらせないようにしているってのかよ!!」

「そいつらってわけじゃないだろうがな。少なくとも協力している奴が帝国の上層部にも連合の上層部にもいるだろうと見込んでいる」

一方の国だけでは“戦争”を長くし続けることはできない。“死の商人”たちがより稼ぐためには長い間戦争をし続けてもらわねばならない。そのためには一方が勝ち続けるでも負け続けるでもなく、バランスよく戦況が動いていかなければならないのだ。

「そして、この戦争の裏にはある組織の影あった。その組織の名は・・・」

「名は・・・」


「『完全なる世界(コズモエンテレケイア)』」


「『完全なる世界(コズモエンテレケイア)』・・・」

呆然と“ナギ・スプリングフィールド”が呟いている。俺が告げた内容はいわばこの戦争が仕組まれていたと言っているようなものなのだからそれが当然の反応だと言えるだろう。

「尤も敵である俺の言葉をどこまで信じるかは“ナギ・スプリングフィールド”、お前次第だがな。さて、話はここまでだ。じきにここも壊れてしまうからな、決着をつけさせてもらうとしよう」

「まだ、やるってのかよ?明らかにてめぇの勝ちはないぜ?」

互いに満身創痍ではあったが、わずかに“ナギ・スプリングフィールド”の方が傷は浅かった。わずかではあるがその差が戦いにおいて決定的なものになることはお互いによく分かっていた。

「あぁ、確かにその通りだな。今戦えば確実に俺は負けるだろう。だから、戦わずして勝たせてもらうのさ」

「何を言っているんだ?」

「なに、俺からの“贈り物”だよ。・・・『移譲(ダートゥム)』」

その瞬間、俺の残っている魔力と引き換えに身体にできていた傷の半分近くが消え去る。そして、

「なっ、グァッ!!」

“ナギ・スプリングフィールド”の身体に俺から消えた傷が現れる。

「俺の魔力をすっからかんにしても半分も移らないか。実戦向きではないな、これは」

「な、何をし、た・・・」

息も絶え絶えにして“ナギ・スプリングフィールド”が訪ねてくる。

「それだけの傷を受けてなお、意識を失わないか・・・恐れ入る。単純に俺の傷の一部をお前に移しただけだよ。その痛み、疲労と共にな」

「そ、んな、馬鹿なこ・・・」

驚愕と苦痛に顔を歪ませながら“ナギ・スプリングフィールド”は言葉を言い終わることなく意識を失うのだった。

「そんな馬鹿なことが起きるのが、『Nibelug -ニーベルング-』なんだよ」

俺が言い終わるのと同時に金色の空間は崩れ去り、“ナギ・スプリングフィールド”は海へと吸い込まれていくのだった。






[18058] 第52話 Loreleiの乙女
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:0d62af2c
Date: 2010/09/29 01:00
主!!」

「シオン。そのようすだと無事に済んだようだな」

落ちていく“ナギ・スプリングフィールド”を一瞥したところにシオンが近づいてきた。その姿はところどころ汚れが見えるものの俺とは違い無傷そのものである。

「はい。主の言葉が役に立ちました」

「そうか、それは良かった」

シオンの言葉から察するに“青山詠春”にもとっておきがあったようだが、それを受けてなおシオンは無傷での勝利を手にしたということなのだろう。

通常の魔法行使では俺を上回り、亜式とはいえ『神緡流』は使いこなすことのできるシオンにとっては造作もないことだったのかもしれない。

「それよりも主は無事なんですか!?傷だらけですよ!?」

「これでも半分にしたんだがな。想像以上の化け物だったよ」

“指輪”に加え『闇の魔法』を最大限に使用したにもかかわらず、奴、“ナギ・スプリングフィールド”とは合い討つのが精一杯だった。『移譲(ダートゥム)』という保険をかけていなければやられていたのは俺かもしれなかった。

あの年でこれだけの実力だというのだから末恐ろしいものがある。尤も戦闘以外の部分では多少欠けているかもしれないが。

「そうですか・・・」

「あぁ、俺も魔力がすっからかんだ。今も栞に貯め込んだ魔力を供給しているくらいだからな。悪いがすぐに“櫛”を使い始めてくれ。俺はまだ時間を稼がなくてはいけないようだからな」

眼下には“ナギ・スプリングフィールド”を肩に抱えながらも戦意を喪失していない“ジャック・ラカン”の姿がある。

あの様子ではこのまま素直に撤退はさせてはもらえないだろう。かなり厳しいが相手をしないわけにはいかないだろう。

「しかし!!その傷では!!」

「分かってる。だから、なるべく早く頼む」

この傷では“ナギ・スプリングフィールド”を抱えているという足枷があるとはいえ、あの化け物を相手にしていられる時間はそう長くない。もって数分といったところだろう。

「ッ!!わかりました。アデアット」

シオンがパクティオカードを取り出してアーティファクトを呼び出す。

呼び出させたのは黄金の櫛。それをシオンは簪のように用いてその銀紗の髪を結いあげ纏める。銀の生地に生える金の櫛、この場所が戦場でかるというのにその姿はまるで絵画のような美しさを持っていた。

そして、シオンは謳いだす。聞くもの全てを惹きつける魔性の詩(うた)を。

『Ich weiss nicht, was sol les bedeuten, Dass ich so traurig bin; Ein Marchen aus alten Zeiten, Das kommt mir nicht aus dem Sinn.』
(なじかは知らねど心はわびて、昔(いにしえ)の伝説(つたえ)はそぞろ心に沁(し)む。)

シオンの歌声を背に聞きながら俺は“ジャック・ラカン”の前まで降りていく。

「あの嬢ちゃんがいるってことは詠春はやられちまったようだな」

「いいのか、助けに行かなくて?生きているかもしれないとはいえ、放っておけば助かるものも助からないぞ?」

流石は『紅き翼』の一人、シオンのこれ以上ない一撃をその身に受けていながらまだ息はあるようだった。海面に浮かぶ残骸にしがみつき生き永らえているようであった。


とはいえ、戦闘どころか生命活動も危ういといえる状況ではあるようだったが。

「流石の俺も2人を庇いながら戦うのは厳しいんでな、あっちはアルの野郎に任せる」

「“アルビレオ・イマ”が勝つとは限らないぞ?」

「いや、お前らの仲間もなかなかにやるようだが、アルの野郎の方が一枚上手だ」

レオナルドと“アルビレオ・イマ”の戦闘は未だに激しく続いており、一見してしまえばどちらが勝ってもおかしくないと言えるだろう。

しかし、“ジャック・ラカン”の言うように見る者が見れば“アルビレオ・イマ”の方が極僅かに優勢だというのが理解できる。

「それよりも、だ」

『Die Luft ist kuhl und es dunkelt, Und ruhig fliesst der Rhein; Der Gipfel des Berges funkelt Im Abend sonnen schein.』
(寥(さび)しく暮れゆくラインの流(ながれ)、入日に山々紅く映ゆる。)

「ありゃ、なんだ?」

シオンの方を見やりながら“ジャック・ラカン”が訊ねてくる。

「さぁ?なんだろうな。何かの呪文じゃないのか?」

「恍けやがって。まぁ、あのままにしておくとよくないってことはわかった。止めるとするか」

「させるわけないだろ?」

『Die schonste Jungfrau sitzet Dort oben wunderbar, Ihr goldnes Geschmeide blitzet, Sie kammt ihr goldenes Haar.』
(美(うる)わし乙女の巌(いわや)に立ちて、黄金(こがね)の櫛をとり髪の乱れを梳(くしけず)る。)

互いに剣を取り出し、剣を重ね合わせるが明らかな劣勢であった。身体は動かすたびに軋み、尽きかけている魔力では集中を保たないかぎり飛ぶことすらままならない。

“ジャック・ラカン”とて荷物(ナギ)を抱えた状態で戦っているので万全の状態ではないのだが、それでも今の状況が好転することはないだろう。

『Sie kammt es mit goldenem Kamme, Und singt ein Lied dabei; Das hat eine wundersame, Gawaltige Melodei.』
(黄金の櫛で梳(す)きながら乙女は詩を口ずさむ、その旋律の奇(くす)しき魔力(ちから)に魂(たま)も惑う。)

シオンの詠唱が終盤へと差し掛かっていく。だが、俺にも限界はすぐ傍まで迫ってきており徐々に剣戟に対応できなくなってきている。

「お前とはもっとしっかりと戦いたかったがな!!」

「なら、見逃してくれ。さすれば機会があるかもしれないが?」

「それはできねーなッ!!」

「クッ!!」

“ジャック・ラカン”の袈裟切りを受け止めたことで周囲に衝撃波が生じる。『希求』が折れることはないとはいえ、それを支える腕はそうもいかない。身体の内部から“ピキッ”という嫌な音が響いてくる。

「(これは罅(ひび)が入ったか?身体強化をギリギリまで削ったのが裏目にでたか・・・)」

腕に切り傷とは異なる種類の痛みを感じる。『希求』を握る手の力も必然的に弱まってしまう。本来ならば治癒を行うなり、痛みを誤魔化すなりできるのだが魔力がほとんどない今の状態ではそれは叶わない。

『Den Schiffer im kleinen Schiffe, Ergreift es mit wildem Weh; Er schaut nicit die Felsenriffe, Erschaut nur hinauf in die Hoh.』
(漕ぎゆく舟人、詩に誘われ、岩根の見為(みや)らず上ばかりを仰ぎ見る。)
「流石のお前も“その”腕ではもう俺の攻撃は捌けねーだろ?次で終いだな」

俺の腕の異変を感じ取った“ジャック・ラカン”は剣を突き付けながら宣言する。

「そうだな」

これ以上、『希求』を握っている意味はない。顕現させていた『希求』を消し、手を自由にする。

「諦めるのか?」

魔力が全くない俺が唯一の武器であった『希求』を消したということは他人から見れば勝負を捨てたようにしか見えないだろう。

実際、俺にはもう既に“ジャック・ラカン”と対峙するだけの力は残されていない。この戦いは俺の敗北である。

「あぁ、俺の負けだ。けど、俺“達”の勝ちだ」

そう言って、俺はシオンのところまで飛び退く。そこで力が尽きシオンに肩を担がれるような形になってしまう。

驚くシオンを眼で制し詠唱を続けるように促す。

「レオ!!」

遠くでは決着がついたのか動きを止めて対峙しているレオナルドと“アルビレオ・イマ”の姿が見えていた。

「アニさん!!」

声に反応し駆け寄ってきたレオナルドにシオンとは逆側の肩を担がれることとなる。

俺ほどまでとはいかないもののレオナルドもなかなかに傷だらけである。

「無事、とはいえないようだな・・・」

「それを言うならアニさんこそ。すみやせん、倒しきれませんでした」

「いや、十分だ。よく、粘ってくれた」

“ジャック・ラカン”から話を聞いたのか“アルビレオ・イマ”は海面に浮かんでいる残骸に引っ掛かっている“青山詠春”の救出に向かっているようだった。

「さて、アルの野郎が詠春を助けに行っている間にこっちも終わらせようじゃねーか?それとも、お前ら三人で俺を止めるか?」

三対一と数的にはこちらが優位に立つことなったが、傷だらけである上にそんなものは“ジャック・ラカン”には意味をなさないだろう。

やはり、既に戦いは終わってしまっているのだ。

「無理だろう。もう戦いは終わりだよ」

『Ich glaube, die Wellen verschilingen Am Ende Schiffer und Kahn; Und das hat mit Singen Die “Lorelei” getan.』
(仰げばやがて人も船も波間に沈み逝く、奇しき魔詩(まがうた)謳う“哀しき吟遊乙女-ローレライ-”)

「そう、終曲(フィナーレ)だ」

シオンが長い詠唱を終えた刹那、世界が静止する。

だが、それは錯覚であり虚構。実際には世界どころか周囲で上がる戦いの喧騒すら止まってはいない。

しかし、

「何だ、これは!!」

“ジャック・ラカン”が突如として声を上げる。その声色と表情は俺が“指輪(ニーベルング)”を使ったときと同じほど驚きが込められているようであった。
「さて、何のことだ?」

「お前らの“その”姿はなんだっていうんだ!?」

無論、俺たちの姿が変化したなどという事実はなく。俺に関して言えば以前として肩を担がれている状態で、その場を少しも動いてはいない。

『人惑わす黄金の櫛〈ローレライ〉』の能力は『幻想幻夢(パンタシア・インクブス)』。簡単に言えば、完全なる催眠・幻術を与えることである。

旧世界、ライン川の難所。“ローレライ”の岩の上で佇んでいた黄金の櫛を持った乙女はその艶美なる歌声で船乗りを水中へと誘ったという。

故に、シオンが詠唱をし始めた時点でアーティファクトはその力を発し始めていたのだ。詩が進むにつれ幻術の効果は強まり知らず知らずのうちに“現実”から“幻”へと足を踏み込んでいく。

そう、“ジャック・ラカン”は“俺との戦いのうちから現実から乖離し始めていたのだ”った。

“ジャック・ラカン”から視線を外してみれば、遠くでは“アルビレオ・イマ”も辺りをしきりに見渡している。どのような幻がその眼に映っているのか確かめる術はないが、確実に幻術にかかっているだろう。

「“ジャック・ラカン”、“ナギ・スプリングフィールド”に伝えておけ。“お前たちが影と戦うのなら、その道は交わるのではなく、重なるやもしれん”とな」

そう言い残し、俺は肩担がれながらも悠然とその場を去るのであった。


 ♢ ♢ ♢


さて、この後のことを話そう。

まず、『グレート=ブリッジ』だが連合軍に奪還され防衛線は敗北を喫することとなる。

要因としては旗艦『フォルティス』を落とされてしまったことと『紅き翼』のメンバーを全員足止めすることができなかったからだろう。俺たちとの交戦を避けることに成功した“ゼクト”によって司令部が落とされ戦線は完全な崩壊をすることとなった。

それからの展開は予想通り、勢いをつけた連合軍に帝国軍は戦線を押され続け、占領していった領土も次々と奪い返されてしまっている。もはや、帝国軍にこの戦争を勝利で終えるだけの力は残っていないがのごとく敗戦に敗戦を重ね続けるしかなかった。

そんな中、ヘラス帝国第三皇女『テオドラ・バシレイア・ヘラス・デ・ヴェスペリスミジア』の元にウェスペルタティア王国王女『アリカ・アナルキア・エンテオフュシア』から会談の要請が入る。

一帝国兵としては不謹慎ではあるが、今まで圧倒的であった戦況が変った事でようやく停戦への動きを行うことができるようになったのだろう。

そして、現在。

「この戦争はいつになったら終わるんでやしょうか?」

「さぁな。戦争である以上はどちらかが滅びるまで続くのだろうさ」

戦争に終わりがあるとすればそれはどちらか一方が完全に滅んだ時だ。それ以外は“停戦”であって“終戦”ではない。禍根というものはどこまでも人の心の中には残ってしまうのだから。

「でも、それじゃあ!!」

レオナルドが悲痛な声をあげる。『グレート=ブリッジ防衛戦』以降俺たちは常に撤退戦での殿を務めてきた。絶望が蔓延(はびこ)る中を希望の灯火(ともしび)を絶やさないように逃げ続ける。それは大量虐殺にも匹敵するほどの精神的苦痛の伴う戦場であった。

「あぁ、だから今。皇女殿下が頑張っているのだろう?」

「ッ!!そうでやしたね。すみやせん、熱くなりすぎやした」

「かまわないさ。思いが吐き出せるうちはまだ心が生きているという証拠だからな。だが、果たして本当にこの戦争は終わるのか・・・」

「それはテオドラ様が第三皇女だからでやすか?」

そう、いくら皇女でありそれなりの発言力があってもあくまでもテオドラは“第三”皇女なのだ。必然的に第一、第二皇女よりは発言の優位性は劣ることとなる。いくら『アリカ・アナルキア・エンテオフュシア』との会談とはいえ、やすやすと停戦が決まるということはないだろう。

「確かにそれもあるが、俺が心配しているのは“奴等”のことだ」

「・・・『完全なる世界』でやすか?」

「あぁ」

声を潜めて尋ねてきたレオナルドに首肯して答える。

『完全なる世界』。この戦争の裏に見え隠れする裏組織である。当初は死の商人やマフィアの集まりによって作り出された組織だと思っていたが、実際のところはその目的は掴めていないままであった。

分かっているのは“奴等”が決してこの戦争の終結を望んではいないということだけである。

「最近は忙しくて調べも進んでいやせんでしたしね」

「そうだな、一度「主!!」ッ!!」

レオナルドに答えようとしていたところにシオンが突如として転移してくる。使用されていたのは緊急時のために渡していた転移魔法符。つまりは・・・

「どうした!?」

「すみません、主。会談中不意を突かれ、アリカ姫とともにテオドラ皇女殿下が敵対組織に拉致されてしまいました。実行組織は恐らく、『完全なる世界』」

「ッ!!」

先程まで胸をよぎっていた不安は最悪の形をもって現実のものへとなってしまったのだった。




[18058] 第53話 動き出した影
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:0fa76591
Date: 2010/10/18 00:26
「それであんたのことはどう呼べばいいんだ?姫様?殿下?それとも、アリカ姫殿下か?なぁ、『アリカ・アナルキア・エンテオフュシア』さん?」

俺は目の前に優雅に、そして高貴な品格をもって座る女性、ウェスペルタティア王国王女『アリカ・アナルキア・エンテオフュシア』に語りかける。

流石は歴史ある伝統国の王女と言うべきか、その威厳のある雰囲気は場所や物、状況に左右されるようなことはなく凛とした佇まいを崩さずにいる。

「どうとでも呼ぶがいい」

「そうか、ならアリカ嬢とでも呼ばせてもらうか。これでも忠義者として知られているのでテオドラ以外を“姫”と呼ぶつもりはないからな」

実際のところ一度もテオドラのことを“姫”と呼称したことはないのだが、状況が状況とはいえ敵国の王女を特段敬うつもりはない。人として当然の対応をすることに変わりはないけれども。

「で、主は私をどうするつもりじゃ?拷問でもするか?それとも、捕虜として交渉の材料にするか?」

その言葉に怯えの色などは一切見られない。どのような状況であっても王女たる風格は忘れることはないということなのだろう。

「そうするのが帝国の一兵士ならば当然なんだがな。生憎と建前上では逃亡中の身なんだ。それにそもそもテオドラが一緒に連れて来いと言わなければ置いていくつもりだったのでな」

そう、話はしばらく前に遡る。


・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・


「で、あそこにテオドラが幽閉されているんだな?」

「はい、恐らくは」

テオドラの拉致の知らせを受けてすぐに俺たちは戦線から離脱をし、テオドラ救出のための行動を開始した。

とはいっても、何の命令を受けずに戦線から離脱することは敵前逃亡のほかないわけである。テオドラ皇女が拉致されたいう情報が一部を除き秘匿されている以上、俺たちの行動の真意を伝えるわけにもいかず、帝国からは裏切り者として認識されることとなってしまった。

事の次第を知るヨハンには話をつけてあるので近衛から特務隊が追手として派遣されることはなく、一般の部隊に関しても戦況が劣勢の今では大規模な追手を派遣することもできないのでほとんど追手というものはやってきてはいない。

そして、何よりも帝国の前線での旗印であった『|死呼ぶ道化師《ペルソナ》』の離反が兵の士気に与える影響は看過できるものではないので、俺の離反についても適当な理由が与えられ真意は隠されているのだろう。

「幽閉されているのはテオドラだけなのか?」

「いえ、ウェスペルタティア王国王女の“アリカ姫”も幽閉されていると考えられます」

「そういえば、『紅き翼』も反逆者として追われているんだったな。もしや、今回の件はとばっちりを受けたのか?」

これも大多数の者には秘匿されてはいるが、連合に組みしていた『紅き翼』のメンバーが反逆者として連合から追われていることはとある筋から耳にしていた。

『紅き翼』の面々が裏切るとは考えられないので恐らくは嵌められたということなのだろうが、情報では帝国のスパイだという扱いになっていたので、『紅き翼』と繋がりのあったアリカ姫が帝国の皇女と会談を行っていることがスパイの情報の取引きと考えられてもおかしくはないだろう。

「恐らくはそうですが、確実に裏には『完全なる世界』の影があるはずです。会談が成功していれば戦争が終結した可能性は格段に上がったのですから」

「確かにな。だが、“ヤツラ”には他の理由があるように思えて気がしれないだよな・・・」

「他の理由ですか?」

「あぁ」

『完全なる世界』の行動の中には利益を狙って行われているものもあった。だが、裏を取っていくとその行動のには利益を求めたのではなく、他の目的がある、もしくはただ“争い”を起こしただけと見做(みな)した方が納得のいくものであったのである。

「確かに『完全なる世界』の明確な目的は分かっていません。その点に関して言えば、主の心配も十分に分かります。しかし、今はテオドラ様を救出することを優先させましょう?」

「そうだな・・・」

得体の知らない不安はどうしても残ってしまうが、ここでいつまでも『|夜の迷宮《ノクティス・ラビリンティス》』を眺めているというわけにもいかないだろう。レオナルドにも救出後のことを考えて動いてもらっていのだ、失敗は許されない。

「テオドラ様が幽閉されていると思われるのは、あの区画だと考えられます」

シオンは建物の左側の場所を指差す。外観から判断することはできないが、シオンが言うからには間違いないのだろう。

「警備にあたっている兵の数はそれほど多くありません。強行突破も可能ですけれどもどうしますか?」

こうして目と鼻の先まで接近しているのにもかかわらず、気付かれる様子がないということは兵の数、質の両方ともが大したものではないのだろう。状況を軽視しているのかそれとも単純に人員を割くことができていないのか・・・

「救出メンバーが他にもいるならまだしも俺とシオンだけなんだ。たとえ強行突破が可能だとしても騒ぎはなるべく起こさない方がいいだろう。忍び込むぞ?」

「了解です」


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「それにしても、順調すぎるな」

足下で気絶している兵士を一瞥しながら俺は呟く。

隠密行動を徹底していたとはいえ、幽閉されているだろう部屋に来るまでに遭遇した兵士の数は足下の兵を含めてもたったの五人であった。

とてもではないが王族を二人も幽閉している場所の警備ではないだろう。あまりの容易さに罠の可能性をついつい考えてしまう。

「予想はしていたとはいえ警備が甘すぎますね」

隣に立つシオンもあっけなく進んでいく事態に若干の戸惑いを見せているようであった。

「罠か・・・?」

「可能性は捨てきれませんが恐らくはないでしょう。ただ、警備が甘いだけなのでは?」

「なんにせよ、この扉を開ければわかることか・・・」

潜入から半刻あまりで俺とシオンはテオドラが幽閉されているだろう部屋の扉の前にまで至っていた。

「何が起こるか分かりませんのでくれぐれも気を付けてくださいね?」

「わかっているさ」

鍵を通すと扉はあっけなく開かれる。扉が開かれることにより、何らかの罠の可能性も考えられたが心配は杞憂だったようだ。

「なんじゃ、もう昼飯の時間・・・」

「残念ながらルームサービスではないのですよ。代わりと言ってはなんですが、外へとお連れしましょうか?助けに来たぞ、テオドラ」

「ユウ!!」

いくつかの窓以外は何もない殺風景な部屋の中にテオドラは目立った外傷も見られることなく、普段と変わらず無事な様子でいた。

これが一般兵であったのならば拷問の可能性もあったかもしれないが、皇族であったことか、今回の状況が特殊であった為かは判断することはできないが、五体満足の健康そのものであったことにひとまず安心する。

「さて、時間もないからさっさと脱出したいところなんだがな。で、そこでお休みになっているのが・・・」

「そう、ウェスペルタティアの“アリカ姫”じゃ」

申し訳ない程度に取り付けられている長椅子に腰をかけた状態で一人の女性が寝息を立てている。

「この状況で寝ていられる胆力を褒めるべきか、呆れるべきか・・・判断が難しいところだな」


牢の中に人が訪れたというのにその寝息は乱れることなく、実に気持ちよさそうにアリカ姫は眠っている。悪く言えば図太く、良く言えば大した気の強さだろう。

「そう言ってやらないのじゃ。幽閉されてから数日は流石に気を張り詰めていたのじゃからな。いくら、お互いに一国の姫とはいえアリカの方が年上じゃ、思うところがあったのじゃろう」

そういって、テオドラは慈愛に満ちた瞳で寝ているアリカ姫の方を見る。この姫は自分の身だけならず敵国の皇女までを心配して気を張り詰めていたということなのだろう。

「そうか。で、どうするんだ?当初の計画ではテオドラだけを救出する予定だったんだが、その様子だとこの姫様も一緒がいいんだろ?」

「頼めるか?」

「大丈夫だが帝国には戻れなくなるぞ?」

逃亡者の俺であってもテオドラを救出したということがあれば帝国に戻ることができたかもしれないが、アリカ姫がいるとなるとそれは叶わなくなるだろう。

手柄自体は増えることになるがアリカ姫の身柄自体はテオドラの手元から離れることとなり、二度と手の届かないことになるだろう。それでは助けることの意味はない。

「構わないのじゃ。それに今回の会談の件は極一部の上層部しか知らなかったはずじゃ。にもかかわらず、襲撃にあったのじゃ。つまり・・・」

「内通者がそれも上層部にいるか・・・」

帝国内に内通者がいるだろうことは考えていた。しかし、それが上層部だとは思ってもいなかった。

「そうじゃ、それにこれは『完全なる世界』とかいう奴等のしわさなのじゃろ?」

「ッ!?どうしてそれを?」

テオドラには知らせていなかった『完全なる世界』という言葉がテオドラの口から発せられたことに驚く。

「アリカから聞いたのじゃ。その様子だと知っておったようじゃな。何故、知らせなかった」

責めるような視線と口調でテオドラは静かに問い詰めてくる。

「すまない。その存在すら不明瞭で目的は未だに掴めていなかったからな。余計な心配はさせないようにと黙っていたんだ」

「・・・まぁ、いいじゃろ。それで行くあてはあるのか?」

「あぁ、隠れ家に跳ぶ」

俺は転移魔法符を取り出してテオドラに告げるのだった。


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・


「というわけだ。テオドラから頼まれなかったなら、救いだすこともなかったんだ。感謝しておけよ、アリカ嬢?」

アリカ嬢に一通りの説明をし終え息をつく。あまりに真剣な表情をしているので、いい加減に説明するわけにもいかなかったので思った以上に疲れている。

「そうか、それは感謝せねばな。これから主、いや『|死呼ぶ道化師《ペルソナ》』はどうするつもりなのじゃ。帝国にも戻れず連合とも敵対関係にあり、いわば世界中が敵と呼べるこの状況で一体何をする?奴等を滅ぼすか?」

「俺が『|死呼ぶ道化師《ペルソナ》』と知ってなおその態度か。やれやれ、恐れ入る。そうだな、テオドラ次第といったところか。恐らくは『完全なる世界』と本格的に敵対することになるだろうが」

テオドラのことだ、戦争を終結させるためにも『完全なる世界』の壊滅を望むだろう。

「お主ほどのものとはいえ、一人では無理というものではないか?」

「一人ではないけどな。確かに今の戦力じゃできることはたかが知れているな」

俺とシオン、レオナルドを合わせたところでできることといえば奴等の支部を叩くことぐらいだろう。

それもしっかりと効果はあがるだろうが、三人ではすぐに限界が訪れてしまうだろう。俺やシオンはともかくレオナルドはそれが顕著に表れてしまうはずだ。

「だから、似たような“奴等”を呼び込むのさ。レオナルドに頼んで“餌”は既に撒き終っている。奴等の方から接触があるだろうよ」

「奴等?」

「おいおい、恍けているのか?アリカ嬢、あんたの“剣”のことだよ」


 ♢ ♢ ♢


薄暗い一室に二つの影が月明かりに照らされ薄らと浮かび上がっている。一人はフードを深くかぶり、一人は白い髪を短く切った青年であった。

「幽閉していた姫様たちが救出されてしまったが?」

「構わないよ。会合を阻止した時点でほぼ目的は達成されているからね」

フードの奥から発せられた声に白毛の青年はどうということはないというように言い放つ。

「なんだ、奪い返しに行ってもいいと言おうと思っていなのにな」

フードの主は心底残念だというように声のトーンを少し下げて手をひらひらとさせる。

「そんなに“彼”に会いたいのかい?確かに厄介な存在ではあるけれども、まだ“千の呪文の男”の方が厄介といえるよ」

「いやいや、そんなことはないよ。何と言っても“彼”は“世界に囚われない”存在だからね。君たちの計画に本当の意味で脅威となるのは“彼”かもしれないよ?」

「そこまで、言うのなら君には彼を消しに行ってもらおうか?」

愉快げに答えるフードの主に対して、白毛の青年は無表情なまま提案を投げかける。

「喜んで、と言いたいところだけど、まだ時期じゃない。僕と“彼”は必ず会うべくして会うからね」

「そうかい。なら、僕はこのまま計画を進めることにするよ。約束は覚えているかい?」

「分かっているよ。“彼”が障害となる場合は排除してしまっても僕も文句は言わない。なるべく、知らせてほしいとは思っているけどね」

「わかったよ」

白毛の青年はそう言い残し部屋から掻き消える。部屋に残るのは時折嬉しそうに笑うフードの主だけであった。

「今宵も月が綺麗だね・・・君と会うのが待ち遠しいよ、“ユウ・リーンネイト”いいや、“緡那悠”・・・」                                             






 ❍ ❍ ❍

投稿し忘れてました。申し訳ございません



[18058] 第54話 三度目の出会い
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:0fa76591
Date: 2010/10/18 00:27
 ナギside

「おい、本当にこんなところに手がかりはあるのかよ?」

「正直に言って分からない。これが罠の可能性も捨てきれない。だが、これくらいしか手がかりはないんだ・・・」

俺の隣ではガトウが苦虫を潰したような顔で惜しげもなく苛立ちを露にしていた。

感情を抑えきれていないその様子は普段から冷静沈着であったガトウの姿からは想像することができないものだった。

焦っている。

この俺でさえそのことは手に取るように理解できた。何も焦っていたのはガトウだけではない。俺も、『|紅き翼《アラルブラ》』のメンバー全員が心のどこかに焦りを隠せずに要るんだと思う。

「無事でいてくれよ。姫さん・・・」

俺たちが『|完全なる世界《コズモエンテレケイア》』の罠にかかり、連合からも帝国からも追われる身となってからしばらくの時間がたった。

辺境を転戦しながらも姫さんが囚われている『|夜の迷宮《ノクティス・ラビリンティス》』に辿り着くことに成功した。

しかし、強力な防衛網を突破し幽閉されている部屋に辿り着いた時、既にそこには姫さんの姿はなかった。一瞬、罠の可能性も考えられたが、そう考えるには護衛が強力すぎる上にその後のアクションが何もないのはおかしいとアルは言っていたが、そんなことはどうでもいい。重要なのは姫さんの安否と居場所だけだった。

俺たちはすぐさま姫さんの居場所の捜索を再開した。しかし、探しても探しても居場所どころか情報の欠片すら見つかることはなかった。

これには情報収集の一手を賄っているガトウも参ってしまったようで日に日に焦りは積り伝染していくのだった。

そんなときであった。

『古き国の女神の鎮座する処』を知っていると奴からの連絡が舞い込んできたのは。

この言葉が姫さんの幽閉場所のことを指示しているだろうことは俺でもすぐに分かった。俺たちはすぐにそいつとの接触を試みた。勿論、これが俺たちを嵌める罠である可能性は考えられた。だが、そうだろうとしても俺たちはそいつに縋るしかなかったんだ。

そして、そいつから示された接触の指定場所は連合領『タンタルス』。

連合領の西端に位置するこの街は戦火が各地へ広がった今でも静かなもので戦争とは無縁そうな穏やかな時間が流れているのだった。

「ナギ、警戒だけは怠るなよ。奴等の罠だとしたらここでいきなり大魔法を使われたとしてもおかしくはないからな」

「あぁ、分かっている。経験もしているからな」

指定された場所は『タンタルス』の中央に位置する広場。秘密裏に情報をやり取りするには不向きな場所だ。

以前、奴等は俺を狙ったんだか姫さんを狙ったんだかは分らなかったが、街中でデカイ魔法をぶっ放してきたこともある。なので、奴等が本気で俺たちを始末するつもりならこの広場ごと俺たちを吹き飛ばすことも躊躇わないだろう。

仮にこれが罠だとしても前回と同じように追尾魔法をかけて手がかりを得ることは出来る。しかし、無関係であるこの街の人が巻き込まれるのは何としてでも避けなければならなかった。

「時間だ・・・らしき姿は見えない、か・・・やはり罠か?」

広場にある時計は正午を指し示している。街にある鐘楼からはそれを知らせる鐘の音が鳴り響いてきている。

「いや、ガトウ。まだ俺たちは天に見放されてはいなかったようだぜ。あんたが俺たちに情報を流した奴か?」

俺は時間と同時に現れた俺たちを注視している視線、それでいて一切の殺気を感じさせない視線の主の方へ顔を向けた。

「流石、『|千の呪文の男《サウザンド・マスター》』。気配は消していたつもりなんですが・・・バレてしまうとは・・・」

「なっ!?」

顔を向けた方角には俺たちの立つ場所から10メートルと離れていない場所にフードを深くかぶった男が立っていた。顔は見えないが声色からも男だと判断してもいいはずだ。中にはアルのような男女みたいなのもいるがあれは例外だ。

隣のガトウはフードの男が声を発してから初めて気付いたようで驚いて声を上げている。無理もない、それなりの実力者であるガトウでさえ全く気配に気づかなかったんだ。下手をすれば俺も気付くことはなかったかもしれない。

もしこれが敵の刺客だったのならば仕留められていた可能性も否定はできない。そう考えてみるとぞっとするぜ。

「で、殺気を感じないことからも敵ではないんだろ?早く、姫さんの場所を教えろ!!」

「焦らなくても教えますよ。相応しい場所で・・・」

それにしても凄い認識阻害魔法だ。広場の中心といってもいい場所に立っているというのに俺たち以外の人間はだれ一人としてその姿に気付いてやいない。まさに究極の認識阻害だぜ。こんなものアルや師匠だって使えない。もしかしたら、特殊な魔法具(マジック・アイテム)を使っているのかもしれない。

「相応しい場所ってのはどこだ?早く連れて行け」

「ちょっと待て、ナギ!!それこそ罠かもしれないんだぞ!?」

「大丈夫だ。その心配はない」

簡単についていくことを決めた俺にガトウが焦ったように声をかけてくるが俺は落ち着いた声で大丈夫であることを絶対の自信を持って宣言した。

「保障はあるのか?」

「いや、けど俺の勘が大丈夫だって言っている」

「なっ!?」

再びガトウが驚きの声を上げる。何も俺が勘で動くのは今に始まったことじゃないだろ?元老院のときだって当たっていたんだ今回も間違いない。

「クックック、真に警戒しなきゃいけないのはやはりその“力”などではなく“勘”なのかもしれませんね。アニさんの言うとおりでしたか・・・」

「アニさん?」

「いえ、こちらの話です。では、案内しましょう。広場の外で警戒している方々にも遠くの建物上から監視している方々にも集まるように言ってください。なに、危害は加えませんよ。約束します」

「なっ!?」

フードの男は他のメンバーが隠れている場所を的確に指差しながら話す。なるほど、俺たちが警戒しているのはあまり意味をなしていなかったようだぜ。

にしても、ガトウは驚き過ぎだ。疲れているのか?

「いやはや、キャラがかぶっていると思ったら、またとんでもない人のようですね」

「全くじゃ」

「まぁ、俺には勝てないだろうがな」

「お前とナギは規格外過ぎるだろう・・・」

「詠春さんの言う通りです。まぁ、僕にとっては皆さんがそうなのですけど・・・」

アルの登場を皮切りに師匠、ラカン、詠春、タカミチが広場に現れる。

「全員揃ったようですね。では、ついてきてください」

俺たちは緩やかに広場の外へと向かって歩き出したフードの男の後に続いて歩いていくのだった。


 ♢ ♢ ♢


「なんとか、全員入ることができたようですね」

俺たちが連れてこられたのは何の変哲もない部屋の一室。一人で暮らす分には十分すぎるだろうがこれだけの人数が集まると窮屈に感じてしまう。

「ここが相応しい場所なのか?」

確かにここならば俺たち以外の誰かに聞かれるということはまずないであろう。この部屋に入るときに感じたが、強固な防音結界などの様々な結界が幾重にも張られていることが分かった。

「ここであってここではないといった方がいいでしょうか?こちらです」

そういうとフードの男は部屋の片隅で布が被せらているものを部屋の中央まで運び布を取り払った。

「これは、ダイオラマ魔法球ですか・・・」

「この中なら盗聴の危険性は格段に少なくなるな」

布の中から現れたのは直径50センチほどのガラス球。なかには南国の島のようなオブジェが浮かんでいる。

ダイオラマ魔法球、空間圧縮と時間圧縮の二つの性質を兼ね揃えた高価な魔法具・・・らしい。

「さて、話はこの中でしましょう。尤もする必要はなくなるかもしれませんが・・・」

「おい、どういう意味だ!?」

意味深な言葉を残してフードの男は魔法球の中へと消えていった。

「どうするんだ、ナギ?」

ガトウが訪ねてくる。

「んなもん、決まっている。ここまで来たんだ、なるようになるしかねぇぜ」

例えこれが罠だとしても俺たちは飛び込む他の術をもってはいない。罠なら吹き飛ばすまでだ。

「“虎穴に入らずんば虎子を得ず”ということか・・・」

詠春がよく分からない言葉を呟いているが、小難しい詠春のことだ今の状況を難しく言っているだけだろう。

「まぁ、分かりやすいというかいつも通りですね」

アルはアルで俺の言葉にニヤニヤと笑みを浮かべている。気持ちが悪いからやめてくれ。

「な、ことしなくてもこれ壊しゃ出てくるんじゃねぇのか?」

ラカンの言いたいこともわかるが、今は確実にことを進めたい。

「やはり、なるようにしかならんということかのぅ」

流石、師匠よくわかっているぜ。

「大丈夫なのでしょうか・・・」

タカミチが心配そうにしているがいざという時は俺が守ればいい話だ。

「じゃあ、行くぜ?」

そう言って俺はガラス球の前に立ち魔法陣が発動し吸い込まれるようにして光に包まれる。

そして、光が治まり目を開くとそこにはフードの男が立っている・・・

「遅いぞ、我が騎士」

のではなく不機嫌そうな姫さんが立っているのだった。

「はっ?姫さんか?」

「何を言っている我が騎士。他に何に見えるというのじゃ」

変わらず不機嫌そうな姫さん。間違いないこの仏頂面、姫さんだ。

「なっ、アリカ姫!?御無事ですか!?」

俺の後に続いてやってきた面々も予想外の姫さんの存在に皆驚いている。

「ガトウか。妾は見ての通り無事じゃ。ここの者にもよくしてもらったのでな」

「ここの者?」

あのフードの男のことだろうか?ここに姫さんがいることからもアルのような胡散臭さが抜けない奴だったが・・・

「そうじゃ、我が騎士もよく知っている奴じゃ」

「おいおい、命の恩人に対して“奴”はないんじゃないか?アリカ嬢?」

姫さんの言葉に反応するようにして奥の方から先程のフードの男を伴った若い男が現れる。若いと言っても俺よりは年上だし、相当の実力者だということもわかる。その上、この雰囲気どこか知っているような・・・

「助けてくれたことには感謝するが、敬うつもりなどはない。それはお互い様じゃろう?」

「まぁな。よく来た『ナギ・スプリングフィールド』、『紅き翼』諸君よ。このささやかな箱庭への訪問を俺は歓迎しよう」

「てめぇがここの主ってわけか?」

目の前の男から殺気を感じることはできないが、何が起こるか分からない。俺は姫さんを庇うようにして男と対峙する。

「そう、警戒するな。俺は答えを訊きに来ただけだ、ナギ・スプリングフィールド」

「答えだぁ?俺は質問どころか、てめぇと会うのは初めてのような気がするぜ?」

「・・・・・・あれだけ、衝撃的な遭遇をしておいて忘れるとはやはり馬鹿なのか・・・」

どこか失望したような様子で目の前の男は首を竦める。本人の前で堂々と馬鹿と言い放つなんていい度胸じゃないか!!

でも、姫さんもよく知っていると言っていたし、本当に何処かで会ったことがあるのか?全く身に覚えがないぜ・・・

「アニさん、素顔で会うのは初めてじゃないんでやすか?」

フードの男が若い男に声をかける。不思議とその雰囲気は先程までと一変してしまっている。

「それはそうなんだが、奴ぐらいになれば気配で分かるかなと思ってね」

確かに覚えのある気配ではあるがどうしても特定まではいかない。あと少しで出てきそうなのにこう頭の中がもやもやして出てこない。

「いや、アニさん。認識阻害しっぱなしじゃ流石に分からないでやす」

「そういえば、そうか・・・」

手を叩き何かに気付いたように顔を明るくする。あいつに俺のことを馬鹿と呼ばれる筋合いはない気がする。

「では、これに見覚えはないかな?」

若い男は右手の手のひらを顔に当てスライドさせる。そして、次の瞬間そこには忘れることはないだろう仮面をつけた男がいた。

「て、てめぇは!?」

「アニさんだけじゃないでやすよ」

そういうとフードの男はローブを脱ぎ去る。

「私のことも忘れないでくださいね」

振り返れば他のメンバーの中に立っている白い女性。

そこにいた三人は紛れもなく帝国のあの三人であった。

「こうして会うのは『グレート=ブリッジ』以来。当然ながら素顔を晒すのは初めてか・・・」

再び素顔を晒した男はどこか感慨深そうに呟く。

「では、初めまして。巷じゃ『|死呼ぶ道化師《ペルソナ》』などと呼ばれているが、ヘラス帝国第三皇女『テオドラ・バシレイア・ヘラス・デ・ヴェスベリスジミア』直属近衛兵、『ユウ・エターニア』だ。影と戦う覚悟はできたか?『ナギ・スプリングフィールド
』?」





[18058] 第55話 反撃への誓い
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:9f527a89
Date: 2010/10/22 22:58
「なるほどな、道理で全く情報が得られなかったわけだ」

「まぁな、どうしても移動時というのは人目についてしまう。ならば、最初から人目につかない場所に匿っておけばいいという話だ」

俺の話すダイオラマ魔法球の利用法にガトウが感心したように頷いている。

俺はテオドラとアリカ嬢を救出した後、すぐに二人をダイオラマ魔法球の中に匿った。いくら、認識阻害魔法を施そうとも戦時中である今は何処に目があるか分からなかったからだ。
その反面、今まで素顔を隠していた俺であったのならばほとんど制限なく自由に移動することができる。
すなわち、テオドラなどの痕跡を全く残さずしてあらゆる場所に移動することができるのだ。

「考えてみればその方が護衛もしやすいか・・・」

「護衛対象もストレスをあまり感じないだろうしな」

「確かにこの中は快適じゃった」

「お気に召していただき光栄です」

「ふん」

紅茶を飲みながら満足げに言うアリカ嬢に畏まって一礼するけれども、どうやらこちらの方は気にいってはいただけなかったようだ。

「では、ここで互いの持っている情報の整理をしておきたいんだが構わないか?」

「あぁ、それはこちらも望むところだったからな。つうことはあんたが『|紅き翼《アラルブラ》』の頭脳ってことでいいんだな?」

神妙な顔もちで口を開いたガトウに同意するようにして言葉を返す。

「頭脳担当という意味ではアルやゼクト、詠春もいるが、調査に関しては俺が一手に引き受けているよ。何といってもリーダーを始め、古参、主戦力のメンバーがアレだからな」

そういうガトウはどこか疲れた様子でここからすこし離れた場所にあるテーブルに視線を向ける。
俺もつられるように視線を向けるとそこには混沌(カオス)が広がっていた。

「おい、アル!!これ食ってみろよ、めちゃくちゃうめーぞ!!」

「えぇ、確かにこれはなかなか・・・逃亡生活でまともな食事をしばらくとれていませんでしたからね」

ナギが豪快に料理を平らげていき、その隣ではアルが舌鼓を打ちながらもナギに劣らない速度で皿を綺麗にしていっている。

「おっ、いただき!!」

「なっ、それは妾が後で食べようとしていたのに!!なんてことをしてくれるのじゃ!!」

「そんなところに置いてあったんじゃ、食べてくださいと言っているようなもんだぜ」

「なにぉ~、失礼じゃろ、この筋肉ダルマ!!」

「はっ、言ったなジャリが!!」

その脇ではラカンとテオドラが料理を巡っての仁義なき激闘を繰り広げており、

「あっ、ありがとうございます詠春さん。わざわざ、取ってもらって・・・」

「いや、取り分けてでもおかないと一瞬にしてなくなってしまうだろうからな」

「む、そこのやつを取ってくれぬか、詠春?」

「わかったってこれは醤油。なんでこんなものが・・・」

その喧騒から逃れるようにして詠春、タカミチ、ゼクトの三人が会話をしている。

まさに混沌(カオス)。
これを混沌(カオス)と呼ばずして何を混沌と呼べばいいといった空間がそこにはあった。

「すまんな、あんな奴らで・・・やるときはやる奴ら何だが・・・」

「それは身を持って経験しているさ。謝るのならシオンとレオの二人に言ってくれ、さっきから悲鳴を上げている」

視線を混沌とした場から少しずらすとそこにはひたすらに料理を作り続けているシオンとレオナルドの姿があった。
その運動量はまるで戦場さながらであろう。

「おい~、これ、おかわり持ってきてくれ」

「おっ、これも頼むぜ」

「こっちもじゃ」

「は~い・・・っていつまで食べるつもりですか!!ここの食料がなくなってしまいますよ!!」

「シオンのアネさん!!手動かしてください、手!!」

目に涙を浮かべながら手を動かし続けるシオンとレオナルド。俺が言った満足するまで料理を振る舞ってやれという言葉を律儀に守っているようであった。

「妾はあやつを騎士にして本当によかったんじゃろうか・・・」

「あんな堂々と誓いを立てておいて今更反故になんてできないぞ?」

「わかっておる。それに主たちが勝てぬようならどのような手を打ったところで無駄じゃろう」

「あぁ、そうだな。あれだけ堂々とナギは言ったんだ。信じるしかないだろうよ。まぁ、信じるだけじゃないけどな」


・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「で、どうなんだ?『ナギ・スプリングフィールド』?」

俺は誤魔化しなどは効かないといったような声色で『ナギ・スプリングフィールド』に尋ねる。

「んなこと、とっくに決まっている。戦う、いやもう戦い始めているんだ」

「だが、状況は変わった。味方は『紅き翼』のメンバーのみ。対する敵は世界全て、もはや無謀ともいい表わせるかも分からないぞ?」

今ここにいるものは連合からも帝国からも追われる身となった逃亡者。
そんな『紅き翼』が戦争を裏で操っているであろう『|完全なる世界《やつら》』と戦うということは世界全てを敵に回すこと他ならない。
常識的に考えて到底成し遂げられるようなことではない。

「あぁ、無謀かもしれねぇ。いくら俺が無敵の“千の呪文の男《サウザンドマスター》”だからと言ってもこれは少し荷が重いかもしれねぇ」

そう言って、『ナギ・スプリングフィールド』は言葉を切る。
流石に今の状況が見えていないほどの考えなしというわけではないようだ。

「でも、よ。だからといって諦めきれるほど俺はすっぱりしてねぇ。無謀とか無茶じゃねぇんだ。やらなきゃ戦争が終わんねぇというのならやらなきゃなんねぇんだ。他でもねぇ、俺が俺たちが!!そうだろ?姫さん」

そう言って『ナギ・スプリングフィールド』は背後に立っているアリカ嬢の方を振り返る。
その顔は堂々とした威厳を纏い、『ナギ・スプリングフィールド』の言葉に満足しているようであった。

「そうか、それがお前の答えか、『ナギ・スプリングフィールド』・・・」

そう呟いて俺は手元に一本の剣を呼び寄せる。
『希求』ではなく両刃の細身の剣。
女性でも易々と振り回せてしまえそうなものであるのに、どこか力強さを感じさせる剣だった。

ザッ!!

俺が剣を手元に呼び寄せたことにより『紅き翼』の面々が一斉に構えをとる。

俺はその細身の振りかぶるとアリカ嬢の足元へと投げ突き立てる。

「返すぞ。アリカ嬢、その剣はあんたのもんだろ?」

アリカ嬢の足元へと突き立てられた剣は『|夜の迷宮《ノクティス・ラビリントゥス》』を脱出する際、テオドラの所持物と一緒に保管されていたものだ。
テオドラが剣を持っていた記憶はないので恐らくはアリカ嬢のものだろう。

「主が持っていたのか…何故、今まで返さなかった」

「下手に武器を渡して夜中に斬りかかられたんじゃ、ゆっくりと休むこともできないのでな」

この姫さんのことだ。武器なんて渡してしまったら何をしでかすか分からない。
聡明ではあるが敵だと疑っているものに対しては容赦はしないだろう。

「ならば、何故今になって返した?」

「騎士の任命に剣がないんじゃ絵にならないと思ってな」

「ふん、余計な御世話じゃ」

そう言ってアリカ嬢は足元に突き刺さっている剣を抜きとり掲げる。
陽光に輝く剣は自らの主の手元に戻ったことを歓喜しているようであった。

「我が騎士よ。先程の言葉嘘偽りはないな」

「あぁ、勿論だ」

「ならば、我等が世界を救おう。我が騎士、ナギよ。我が盾となり、剣となれ!!」

「・・へ」

そんなアリカ嬢の宣言に『ナギ・スプリングフィールド』は一瞬呆けたような顔をするがすぐに、

「やれやれ、相変わらずおっかねぇ姫さんだぜ」

文句を言いながらもどこか嬉しそうな顔でアリカ嬢の前に跪(ひざまず)くのだった。

そして、アリカ嬢は掲げていた剣を『ナギ・スプリングフィールド』の首元に添える。

「いいぜ、俺の杖と翼、あんたに預けよう」

今ここに一つの誓いが立てられたのだった。

「だそうだ、テオドラ。『|紅き翼《こいつら》』は世界に喧嘩を売った。テオドラはどうしたい?帝国に戻るというのならそれも可能だが?」

アリカ嬢と『ナギ・スプリングフィールド』の誓いの様子をどこか呆けたような顔で眺めていたテオドラに俺は声をかける。

今まで帝国に戻れなかったのはアリカ嬢の存在があったからだ。
アリカ嬢の身柄を『紅き翼』に戻したとなれば安全は保障されたようなものだし、十分恩も返すことはできただろう。

帝国に戻ったとしてもこの件のことを盾にすれば、俺が必要以上に戦場に出ることもなくなりテオドラの護衛に時間を割くことも容易になるはずである。

故にここで『紅き翼』に全てを託すというのも選択の一つだ。

「答えなんか決まっておるじゃろ。敵国の姫と騎士が帝国を含めた“世界”を救おうと立ち上がったのじゃ。それを見守るだけなどヘラス帝国第三皇女としてのプライドが許せん!!」

「で?」

「妾たちも『紅き翼』に協力し世界を救おう!!できるか、ユウ?」

「仰せのままに。そうだな、俺には杖も翼もない。だから・・・」

俺は今度こそ『希求』を呼び出し目の前に突き立て、その柄に仮面をかける。

「この剣と仮面、いや・・・」

柄にかけた仮面を俺は空へと投げ、

―――閃―――

『希求』で一閃する。

「この素顔に誓おう」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・


「主だって堂々と誓っておったじゃないか?」

アリカ嬢が目元を笑わせながら言ってくる。
確かにあの時はその場のノリでやってしまったが、今考えてみるとかなり恥ずかしい。

「あれは忘れてくれ・・・」

「無理じゃ」

俺の懇願をアリカ嬢は一刀両断。やはり、この姫さんはおっかないってかいい性格をしている。
結婚する奴の顔を見てやりたい。


「ハックシュッ!!」

「どうしたんです、ナギ?」

「いや、胡椒でも鼻に入ったんだと思う」


「素顔と言えば、まさか『|死呼ぶ道化師《ペルソナ》』がこんなに若いとはな・・・」

ガトウがさりげなく話題をすり替えてくれる。流石はあの濃いメンバーの中にいる常識人だ。

「若いといってもナギよりは年上だろ。今更じゃないのか?」

ある意味ではこの中で一番年上のような気もするのだがまぁいいだろう。

「ナギに関しても驚きはしたさ。だが、会ってみてわかったよ。あの莫大な魔力と戦闘センス、無敵と謳われるのも納得できる」

確かに膨大な魔力にものを言わせた大魔法、類(たぐい)まれなる戦闘センス。
対峙したものだからこそ言えるが、驚きはするものの十分に納得することのできる実力に裏付けられた評判だ。

「そんなナギを『グレート=ブリッジ』で打倒した帝国の『死呼ぶ道化師』。それもナギだけならず最強の傭兵と噂高かったラカンまで食い止めたというじゃないか。帝国は『グレート=ブリッジ攻防戦』で敗退したとはいえ連合の上層部は恐怖したらしいよ。君の存在にね」

だからこそ、帝国から遠ざけるように侵攻していたようだけどねとガトウは続ける。
言われてみれば思い当たる節はいくつもあった。もっとも転移魔法符を保険として常に持っていたので、いざという時は意味をなさないことだったのだが。

「それで会ってみた感想は?」

「正直に言って拍子抜けしたよ」

「それは私もじゃ」

「言ってくれるね。まぁ、何となく予想はついていたけど・・・」

首を竦めて二人の言葉を甘んじて受け入れる。

「ナギを倒した化け物とはどんな奴かと思っていたのじゃが・・・」

「まさか、ナギのような魔力やラカンのような気があるわけでもない。言っては悪いけど何処にでもいるような男だとはね。ナギの反応を見る限りはあっているんだろうけど、今でも少し疑ってしまっているよ」

カップに入っていたコーヒーを飲みほしたガトウは笑って言う。

「そうか、なら」

俺も残っていたコーヒーを飲み立ち上がる。

「少し腕試しでもしてみますか?情報収集に徹しているとはいえ、『紅き翼』のメンバーなんだ。実力は折り紙つきなのだろう、“無音拳”のガトウ?」

「なるほど、それは確かに分かりやすいかもしれないな」

ガトウは吸おうとしていた煙草を箱に戻すと俺に続いて立ち上がるのだった。



[18058] 第56話 道化師の実力
Name: 空ノ鎖◆832b36e7 ID:9f527a89
Date: 2010/10/27 00:48
「この辺なら、皆にも影響はでないだろう」

ガトウを伴って歩いてきたのは海岸線。ベースキャンプのある場所からは200mほど離れた場所だ。

「で、どうするんだ?俺としてはどちらかが倒れるまでというのは勘弁願いたいのだが・・・」

「それはこちらとて同じだよ。まぁ、順当に先に決定打を与えた方が勝ちということでいいだろうさ」

たかだか腕試しの試合で倒れるまで戦う必要はないだろう。世界を敵に回した以上、手合わせで怪我負っていざという時に戦えませんでは洒落にならない。

「いいだろう」

ガトウは頷くと両手をポケットの中へと仕舞いこむ。これがガトウにとっての構えなのだろう。
一見すれば油断しているようにしか見えないが、全く隙を見つけることができない。

ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ。
今は『紅き翼アラルブラ』のメンバーの一人ではあるが、元はと言えばメセンブリーナ連合の捜査官だ。
その職種故に本質はソルジャー騎士ナイトというよりかは暗殺者アサシン 暗殺者に近いものがあるだろう。
無音拳の使い手であるということが如実にそのことを表している。相手に悟られぬうちに葬り去る。今までに出会ったことのないタイプである。
だからといって、火力不足なのかというとそうでもないらしい。
ガトウにもいざという場合の強硬手段がないわけではない。『紅き翼』のメンバーにその名を連ねることからもして油断できないとっておきを持っているはずだろう。

俺とガトウの距離は20mほど。
瞬動を使ったとしても一刹那の間に距離を縮められるような距離ではないので、至近距離での戦いに持ち込むためにはどうしても隙ができてしまうだろう。

「(とはいえ、至近距離を得意としているかは疑問といったところか…)」

無音拳と言ってもその種類は数多にのぼる。
“無音”とはあくまでも悟られぬということを端的に表しているに過ぎないので、相手に気付かれないような角度から拳を放つのも、相手が知覚できない速度で拳を放つことも“無音拳”と呼ぶことができるだろう。
よって、“無音拳”という言葉から予測できるのは拳を使うだろうと言ったことぐらいなのであった。

「先手は譲ることにするよ、ガトウ」

不用意に近づいたのならばやられることは目に見えている。
ならば、ひと先ずは先手を譲り様子を見ることに徹するのが一番だろう。

「そうか、じゃあ―――…」

ドン。

「――ッァ!!」

何が起こったのか理解ができなかった。
ガトウの言葉が耳に入り切る前に眉間、顎、鳩尾、胸、腹と身体の急所と呼べる場所のほとんどに殴られたような衝撃が走る。
勿論、ガトウが近づいた気配はない。むしろ、一歩も動いていないだろう。

身体に響く衝撃自体はさほどの威力はないが、急所を狙われてはそうも言っていられない。
特に顎。
たとえ、意識が刈り取られることがなくとも顎を打ち抜かれると身体の自由は奪われてしまう。
何が起こったのかは未だに理解はできていないが、最優先として顎を守る。それだけすれば、少なくとも謎の攻撃の正体を暴くだけの時間を稼ぐことはできるだろう。

正体不明の衝撃の雨の中を前進と後退を続ける。
そこであることに気付いた。
一定の距離をとってしまうと衝撃の雨がなくなるのだ。まるで台風の目に入ったかのような静けさだ。

逆にその一定の距離よりもガトウに近づけば近づくほど衝撃の雨の激しさは増していく。

「(なるほど、そういうことか・・・)」

一定の距離の出入りを繰り返したところでようやく衝撃の正体に気付く。

「居合い拳とはまたマイナーなものを使うんだな・・・」

「ようやく気付いたか。すぐに、それこそ一撃も当てられない可能性も考えていたんだがな」

衝撃の正体はまさしく“拳”であった。
正確には“拳圧”と言った方がいいだろう。

仕組みは至って単純だ。
拳による居合い抜き。鞘の代わりにポケットを用い、魔力または気で極限まで拳速を高め打ち抜く。
一定の距離をとったところで攻撃が止まったのは射程距離から外れたからだろう。
文献などの資料で目にしたことはあったが実際に使い手を見たのは初めてだ。

「冗談を言うなよ。初見でそれをかわすことのできる奴などまずはいないだろうに」

居合い拳の厄介なところはあくまでも“拳圧”を放っているところにあるだろう。
気や魔力を打ち出しているのならば、例えそれが不可視であったとしても察知することはたやすい。
しかし、居合い拳で放つのは“拳圧”、ただの空気の塊である。
それ故に察知することは困難な上に速度は音速に迫るものもあるので常人には全く見えず、常人でなくとも慣れるまでは捉えることは難しいだろう。

まさに“無音拳”の名を称するに値する技だ。

「ナギには避けられてしまったんだが・・・」

「ナギの場合は特に確証もない、“勘”だろう?」

もし初見でこれを避けることができるとすれば“勘”で行動した場合ぐらいのものだろう。
俺のような経験則で動くタイプの者には真似をすることのできない行動だ。

「その通りだ。どうする?正体に気付いたからと言ってどうこうなるものではないと一応は自負しているのだけど?」

ガトウの言うことは至極正論である。
単純な技ほどその攻略法は限られてきてしまう。こと居合い拳に関して言えば避けるか守るかの二択といったところだろう。

まず、避ける方法だがこれは事実上不可能だと言える。
ガトウの放つ居合い拳が一発ごとに次弾を放つまでに十分なタイムラグがあったのならば可能であったが、始めの攻撃で同時に五か所の急所を打ち抜かれたということはほぼタイムラグは存在しないと言っていいだろう。
二、三発であるならば避けることはできるだろうが、四発、五発、それ以上となると避け続けるのは難しくなってしまう。

次に守る方法であるがこれも難しい。
確かに一発一発の威力はそれほど高くないので急所を守ってさえいればそこまで大きなダメージを受けることはない。
だが、問題なのはその速射の性能である。
いくら、一発一発が軽いものだとしても攻撃を受けてしまえば足は止まってしまう。そして、その隙を立て続けに次弾が襲いかかってくる。
そうすれば、ダメージは蓄積されていく一方でいずれ限界を迎えてしまうだろう。

「(厄介。確かに厄介だが攻略ができないわけではないか)まぁ、単純なものほど攻略が難しいのは相場だができないわけでもないさ。具体的には三つかな」

そう言って俺は居合い拳の射程から離れる。
居合い拳の厄介さは十分過ぎるほど理解はできていたが、攻略法がないわけではないかった。

「まずは一つ。このように射程から離れてしまえば拳圧は届かない。逆に俺は『魔法の射手 連弾 光の11矢』!!」

無詠唱で魔法の射手をガトウに向けて放つ。
ガトウは冷静にその全てを打ち落としてしまったが、この距離での俺の優位性を示すには十分だろう。

「と、このように一方的に攻撃ができるわけだ」

「だが、それでは俺が近づいて距離を詰めるだけでその優位性は瓦解してしまうが?」

ガトウとてこのような対策を取られることは重々理解しているだろう。
それに瞬動が使えるものに対して距離を一定の距離を取り続けると言うのは不可能に近い。

「その通りさ。だから、二つ目だ」

俺は『希求』を呼び出して構え、そのまま居合い拳の射程へと侵入する。
その瞬間、放たれる拳圧の雨。
しかし、それが俺の身に届くことはなく。

パァンッ!!

空気が破裂するような音と共に掻き消えるのだった。

「!?」

流石のガトウのこれには驚いたらしく。口をあんぐりとまでは言えないが開けて呆然としてしまっていた。

「とまぁ、一直線にこちらに向かってくるのが分かっているのならこうやって打ち落とせばいいわけだ」

放たれた拳圧は確かに凄まじい速度で迫ってくるが、反面『魔法の射手』などの魔法と異なりその方向を変えることはできない。
故に目が慣れて拳圧が打ち出される方向さえ分かれば打ち落とすことも不可能ではない。

「簡単に言っているが、流石の俺もそのような真似はできそうにないんだがな」

勿論、相手は音速で迫る拳圧。いくら無詠唱であっても『魔法の射手』などでは打ち落とすことはできない。
なので、俺が打ち落とすために用いたのは『希求』による突きの一撃だ。

居合いには居合いで対抗するという方法もありはしたが。
剣と拳、鞘とポケットでは剣と鞘の方が連射という点では格段に劣ってしまう。
故に突きだ。
とは言ってもそう簡単に真似ができないということは確かであるが。
俺も『簪』を使えるからできたようなものだ。

「ただ、これでは埒が明かないので意味はないのだけどな」

これは完全に居合い拳を封じることができるけれども、相殺の繰り返しを重ねるだけなのでどちらかの限界が訪れるまでの根比べとなってしまうのである。

「そして、三つ目」

『希求』を消した俺は今の俺が持てる最速の瞬動でガトウの懐に入り込む。

至近距離戦インファイトだ」

―――轟―――

俺の振り抜いた拳は深々とガトウに突き刺さるのだった。


 ナギside


「よう、姫さん。どうしたんだこんなところで?」

久々のまともな食事をたらふく堪能した俺はベースから離れていく姫さんの姿を見つけ追いかけることにした。
追いかけた先にいたのは手ごろな岩に腰を掛けて海岸の方を眺めている姿だった。

「む、我が騎士か。ただな、ガトウとユウが手合わせをするようじゃったから観戦することにしたのじゃ。特にユウに関しては話には聞いていたが、実のところを目にするのは初めてじゃったしな」

「ガトウとユウがか?」

確かに姫さんの視線の先には戦闘中のガトウとユウの姿が見える。
状況としてはガトウがやや優勢といったところだろうか。

「して、我が騎士よ。主は本当に『死呼ぶ道化師ペルソナ』に『ユウ・エターニア』に負けたのか?」

「うっ、痛いところを訊くな。最強を謳っている俺としては思い出したくないんだけどな」

真剣な表情で訊ねてくる姫さんの言葉に思わず言葉が詰まってしまう。
『グレート=ブリッジ』では接戦だったとはいえ結局負けてしまった。
実力云々は置いておくとしても、あの時あの瞬間では『ナギ・スプリングフィールドおれ』よりも『ユウ・エターニアあいつ』の方が強かったのは紛れもない事実だった。

「私は真剣に聞いているのじゃ」

「はいはい。あぁ、負けましたよ。で、それがどうしたんだ?」

姫さんの剣幕に負け俺は素直に負けたという事実を話す。なんだが、最近は負けっぱなしの気がするぜ。

「我が騎士よ。私は主の強さをよく知っておる。そして、ガトウの強さもじゃ」

「あぁ、それがどうしたってんだよ?」

姫さんの思いっきりのいいところは気に入っているんだが、時々こうやって回りくどい言い方をするんだよな。もう少し、分かりやすく言ってほしい。

「だがらじゃ。主とガトウ、当然主の方が強いということは分かっておる。では、何故主に勝ったというユウがああもガトウに押されているのじゃ?」

戦闘中のユウはガトウの居合い拳の前に手も足も出ない状態であった。
急所はしっかりと守られているようだが、一方的と呼ぶことができるような状況だ。

「それは「それは彼自身の戦闘力はそれほど高くないだろうからですよ、アリカ姫」・・・アル」

俺の言葉を遮り、いつの間にか隣にまでやってきていたアルが姫さんの問いに答える。

そう、ユウ自身の戦闘力はそれほど高くはない。
とはいっても、アルや詠春と十分にやり合い勝つだけの力はあるだろうが、総合的な戦闘力では俺やラカンには及ばないだろう。

「ならば、何故ナギは負けたのじゃ?」

「理由は彼は戦うのが上手いのと彼の持つ魔法具にあると思いますよ。でしょう、ナギ?」

「そうだぜ。あいつの持っている魔法具は得体が知れなかった。それこそ、俺とラカンを二人同時に相手にするといった圧倒的に不利な状況を覆してしまうぐらいとんでもないものだ」

あの“指輪”を使われてしまえばどんなに優位な状況であっても簡単に覆っちまう。
アルは俺やラカンのことをよくバグキャラだとかいうがユウの持っている指輪の方がよっぽどバグアイテムだ。

「それだけじゃない。ユウは相手の弱点を上手くついてくる。現に俺が相手にした時は手も足も出なくてナギやアルが助けに来てくれなければやられていたしな」

「詠春もきたのか・・・」

気付けば詠春も戦い続けるガトウとユウの姿を見にやってきている。『紅き翼』の初期メンバーが勢ぞろいだ。

「アルが離れていく姿が見えたのでな。話を戻すがユウの戦いからは俺たちのような力押しじゃなく、綿密に考えられた精巧な戦い方だ。俺たちの中で一番近いのはアルの戦い方か?」

「私たちの中で言えば、確かにそうでしょうね。尤も彼と私ではそれこそ次元が違うほど綿密さには差がありますけど」

詠春やアルの言葉を受けてユウと戦ったときのことを思い出してみれば、確かに俺が戦いやすいような大魔法の打ち合いにはもっていかせてくれなかった。
最期こそそうではあったが、あれももしかしたら計算の内だったのかもしれない。

「なるほどな。しかし、何故ユウはそんな回りくどい戦いをしているのじゃ?話から推測すれば詠春やアルと同じくらいの実力はあるのじゃろう?」

姫さんがふと疑問を口にするが言われてみればそうだ。
詠春やアルぐらいの実力があればまず戦いで苦労することはない。あんなに頭の痛くなるような戦い方をしなくてもいいはずだ。

「それは主には才能がないからですよ。アリカ様」

声のした方を振り向けば、ユウの従者、シオンが戦いの様子を見るようにして立っていた。

「才能がない?そんなはずは・・・」

詠春はその言葉が引っ掛かるようで頭を捻っている。

「正確には欠けてしまっているのですけどね。まぁ、今はいいでしょう。それよりも主の反撃が始まりましたよ?」

そう言って指が指された方向を見るとちょうどガトウの腹部にユウの拳が深々と突き刺さっているところであった。


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