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連続不審死:木嶋容疑者再逮捕 状況証拠積み重ね 遺体解剖されず「裁判相当厳しい」

 <分析>

 東京都青梅市の寺田隆夫さん(当時53歳)殺害容疑で警視庁に再逮捕された木嶋佳苗容疑者(35)は、青梅署捜査本部の調べに容疑を否認している。捜査本部は、寺田さんの直前の様子や木嶋容疑者の目撃情報などの状況証拠を積み重ねて立件に踏み切ったが、初動のミスで遺体は解剖されず直接証拠は極めて少ない。起訴された場合には裁判員裁判の対象となり、分かりやすい立証が求められる中、専門家からは「相当厳しい裁判になる」という声も出る。【山本太一、内橋寿明、小泉大士】

 警視庁は寺田さんの遺体が発見された09年2月、自殺と判断。七輪が置かれていたマンション室内は業者がクリーニングし、室内にあったほとんどのものは処分された。だが埼玉事件の発覚で状況は一変。警視庁は昨年8月、寺田さん事件の再捜査を決めた。ポイントは寺田さんが本当に自殺だったかだ。交際相手の木嶋容疑者は青梅署員に「別れ話でショックを受けて自殺したのではないか」と話していたが、寺田さんは死亡直前まで木嶋容疑者と結婚する予定を周囲に話していたことが分かった。

 捜査1課は「睡眠状態でなければ煙に気付いたはず」と、寺田さんも睡眠導入剤を飲んでいた可能性を探った。その中で、捜査線上に浮かんでいた木嶋容疑者が09年1月上旬から大量の睡眠導入剤を処方されていたことが判明。寺田さんは同時期、親族に結婚相手として木嶋容疑者を紹介しようとしていた。

 状況証拠も集まった。木嶋容疑者のパソコン解析で、インターネットを通じて七輪を購入していたことを確認。遺体発見時に撮影した七輪の写真から同じ型と認定した。

 また、寺田さん方に配達された七輪の宅配便受取証のサインが木嶋容疑者のものと酷似▽事件前後にマンション近くで目撃されたり、木嶋容疑者の車の通行が確認できた▽自殺する理由がない--などが判明。捜査1課は意図しない結婚話が進むことに危機感を募らせた木嶋容疑者が睡眠状態にして殺害したとの見方を強めた。

 だが、直接証拠の乏しさを指摘する声も根強い。ジャーナリストの大谷昭宏さんは「状況証拠だけで立件した和歌山県の毒物カレー事件(98年)よりも難しいのではないか」と話す。「カレー事件では鍋の中のヒ素と遺体から出たヒ素の不純物がほぼ一致していると特定していた。今回は容疑者が購入した練炭と現場の練炭の燃えかすが一致しない限り有力な証拠とはならないのではないか」とも。

 元最高検検事で筑波大の土本武司名誉教授も「練炭の購入や死亡前後に現場近くにいたという程度では有罪の証拠としては弱い。有罪とするには容疑者以外に犯人はあり得ないといえる証拠が必要だろう」と話した。

 警視庁の若松敏弘捜査1課長は逮捕時の会見で「報道で裁判員に先入観を持たせることになるので、証拠の詳細はコメントしない」と述べるにとどめた。

 ◇死因究明に課題 監察医制対象外

 今回の事件現場となった東京都青梅市は、行政解剖を行う監察医制度対象の23区外だった。行政解剖は犯罪が疑われなくても死因が分からなければ行う。捜査関係者は「23区内なら解剖し、睡眠導入剤を見つけることで事件を見抜けたかもしれない」と唇をかむ。監察医制度が導入されているのは大阪、名古屋市など5都市だけ。法医学の専門家は検視官の増員や死因究明体制の充実を訴えている。

 警視庁青梅署は寺田さんの遺体が見つかった09年2月、医師による検視で死因を一酸化炭素中毒としたが、現場の状況や木嶋容疑者の証言などから練炭自殺と判断した。検視を専門に行う警視庁鑑識課の刑事調査官(検視官)を呼ばず、司法解剖もしなかった。複数の幹部は「親しい人間の話をうのみにせず、初動捜査を徹底すべきだった」と悔やむ。

 台東区の不忍池で06年に男性の遺体が見つかった際、警視庁は事件性なしと判断したが、監察医による行政解剖で首を絞められた殺人事件と分かった。警察庁によると、死体発見時の捜査や解剖で犯罪が見逃された事件は98年以降で発覚しただけで約40件に上る。

 07年の大相撲時津風部屋の力士暴行死事件を機に警察庁は死因究明制度の見直しを進めている。庁内に設置された研究会は今年7月の中間報告で、検視官の臨場率を現状の2割から5割に引き上げるよう提言した。

 研究会のメンバーで千葉大学大学院法医学教室の岩瀬博太郎教授は「検視官を増やすことが改善の第一歩。さらに解剖医の報酬を引き上げて成り手を増やすべきだ」と話している。【内橋寿明】

 ◇死亡した寺田さん「優秀な技術者」

 「こつこつと仕事に取り組むタイプで、部下らの信頼が厚かった」。寺田隆夫さん(当時53歳)が死亡してから1年9カ月。勤め先の関係者や近所住民らは木嶋容疑者が逮捕されたことを知り、改めて寺田さんの人柄をしのんだ。「自殺」から一転して殺人事件に。知人らは一様に事件の全容解明を願っている。

 寺田さんは東京都出身。都立大工学部を卒業し、79年に大手電機メーカーに就職した。00年からは立川市内の子会社に出向、ソフトウエア開発部門を束ねるマネジャーだった。会社関係者は毎日新聞の取材に「まじめで優秀な技術者で無念だったと思う。事件の全容が明らかになることを期待したい」と話した。

 寺田さんは88年、事件現場となった4DKの新築分譲マンションを購入した。1人暮らしで、近所づきあいはあまりなかったという。それでもある住民は「あいさつすれば丁寧に返してくれる礼儀正しい人」と話し、別の住民も「きちんとスーツを着こなし、朝早くから仕事に向かうまじめそうな人だった」と振り返る。

 捜査関係者によると、寺田さんは08年6月ごろ、インターネットの結婚相手紹介サイトを通じて木嶋容疑者と知り合い、交際するようになったとみられる。09年1月末には姉に木嶋容疑者とともに結婚のあいさつに行く予定だったが、果たされることはなかった。

 寺田さんが木嶋容疑者と一緒に歩いているのを見たことがあるという60代の主婦は「下を向いて歩くことが多かった寺田さんが、あの時だけは本当にうれしそうだったのに……。寺田さんが生き返るわけではないが、本当のことが分かれば無念も晴れるのではないかと思う」と話した。【袴田貴行、小泉大士】

毎日新聞 2010年10月30日 東京朝刊

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