第九章『RADIOジャック』
彼の名は風間望。
彼は聖人であり、宇宙人であり、地底人であり、妖怪で(以下略)らしい(自称)。
風間望は変人として学校中に広まっていた。それは風間望の独自の性格のためとも言えるが、ひとつの新聞の力添えがあってのことに相違ない。
『学校新聞号外・月報、風間望』
その新聞はある新聞部の取材で彼が親しくなった女子生徒二名の体当たりの取材により完成した、芸術の極みとも言える(自称)風間望の全てについて記されている学校の新聞である。現在二号まで発行されているが、大好評で更に続刊をも考えられているほどだ。
しかしその実、風間望の正体について知るものは少なかった。
月報、風間望をもってしても、謎多きミステリアスな人なのだ。
故にその彼を取材し、彼について研究する女子生徒がいた。
その名は田口真由美。
新聞部一年。期待の新人と称される(自称)新聞部のエース(自称)だ。
ちなみに今回の地の文はぶっ壊れているので、いちいち突っ込むのはよしてください。
こいつ馬鹿だと鼻で笑ってくれると幸いです。
これまでの世界観とはまったく違いますが、世界観を壊すのが風間望という人なわけで。
とにかく田口真由美は今日も風間望に体当たり取材(体当たりしているだけという説もあるが)を敢行するのであった!
「風間セ・ン・パ・イっ!」
相変わらずの猫撫で声で田口真由美が風間望に声を掛ける。
何気ない挨拶に見えるが、既にこの中に田口真由美の策略が入っている。
通常『先輩』と普通に呼べば言いだけなのだが、田口真由美は『センパイ』とカタカナで、しかも『セ・ン・パ・イ!』と区切って言うのである。このことによって快活な下級生を演じることが出来、明るい子が好きな先輩の心を得ることが出来るのだ!
卑劣な手段………!
これでは純情な上級生に抗えるわけがない………!
男性の皆さん、気をつけましょう。
「ああ、田口君じゃないか。また今日も美しい僕の取材に来たのかい?」
だが流石は風間望。田口真由美の策略に掛かることなく、さらりと返してのけた。やはり聖人(以下略)の名は伊達ではない。
くっ、手強い………、そう思った田口真由美は、次の手段に出ることにした。
「そうですよ、センパイ。私、センパイのそういうところ好きですから!」
これもまた男を落とす上級テクニックだ。
『好き』という言葉によって一挙に男の関心を得ることが出来るのだ。更に『そういうところ』が『好き』と言っているだけなので、仮に必要以上に好意を持たれて告白されても『面白いところは好きだけど………』とか言って逃げることが出来るのだ!
飽くまで本人が好きなのではなく、面白いところが好きなだけという言い訳に使える。
これもまた姑息な手段………!
作者の知人が何人この手に掛かったことか………!
そのおかげで知人の一名はギャルゲー界に旅立ってしまったというのに。
男たちよ、気をつけろ。
だがやはり風間望は風間望だった。
「そうなのかい? 美しすぎる僕もまた罪だね………。ごめんね、田口君」
飄々としたものだ。好きという言葉はかなり言われ慣れている言葉なのかもしれない。
たった二言の台詞の中に隠された攻防。
男と女とはそういうものだ。
騙し騙され振り振られ。
この程度のやり取りに怯える者は恋愛などしない方が懸命だ。
女は自信過剰の嘘つきで、男は傲慢の塊の馬鹿なのである。
それは事実で悪いことではない。
それを自覚した上でどう行動するか、それに人間の度量が問われるのだ。
取り敢えず田口真由美と風間望の邂逅は、普段からこのように行われる。
「それで取材の件なんですけど………」
普段どおりのテクニックで風間望を落とせなかった田口真由美は本題に入る。
やはり同じ手段ではこの手強すぎる男は落とせない。一考の余地があるだろう。
それに今日はもうひとつ用件もある。
「どうしたんだい?」
「『月報、風間望』は私ともう一人の子で作っているんですけど、知ってますよね?」
「恵美ちゃん?」
「そう。私の同級生の倉田さんです。それで倉田さんなんですけど………」
「恵美ちゃんはいいね………。実にいい………」
「は?」
「夢見る乙女のような恵美ちゃん。その愛くるしい姿に僕のハートは釘付けさ………」
まあ確かに田口真由美もそう思っている。ある意味でだが。
「確かに風間さんに持ち掛けられたからといって、実際に『月報、風間望』を作ろうと企画するなんてあの子くらいしかいないでしょうねぇ………」
「馬鹿みたいにいい子じゃないか。ああいう子を守らないと男が廃るってものさ」
「ただの馬鹿とも言えますけどね」
「分かってないねぇ、田口君。女は馬鹿だからこそ可愛いのさ」
確かにそれはそうなのだが、風間望に言われるとある意味で同意してしまう。
「利口ぶって勘違いするより余程いい。馬鹿は馬鹿なりに生きるのも楽しいものさ」
「風間さんも?」
「あ、僕は天才だから」
「そうですか………」
「田口君、こういう言葉を知っているかい? 『この世界には四種類の人間がいる。自分を馬鹿だと思っている馬鹿と。自分を馬鹿じゃないと思っている馬鹿と。自分を利口だと思っている馬鹿と。何も考えていない馬鹿と』。皆馬鹿ってわけだね」
「その理論だと風間さんは『自分を利口だと思っている馬鹿』になりますけど?」
「………アチャ」
「………アチャ。じゃないですよ」
「まあ小さいことに拘っていてはいいジャーナリストになれないよ? 君だってジャーナリストの端くれだろ?」
「端くれは余計です」
「じゃあ味噌っかすかい?」
「もういいですよ! それで倉田さんの話なんですけど!」
倉田、という言葉を聞いて、風間望は嬉しそうに顔を歪めた。
本当に困った男である。
「そうだった、そうだった。端くれの話なんかしてる場合じゃなかったね」
「………最近、倉田さんの元気がないんですよ。それで今回の『月報、風間望』の公表が延期になるかもしれないんです」
「何だってっ? それは大変じゃないか!」
「………風間さん?」
「どうしたんだい?」
「そんなに急いでどこに行こうとしてるんです?」
「恵美ちゃんを僕の胸で慰めに行くに決まっているじゃないか!」
予想通りの答えとは言え、田口真由美はその場に崩れ落ちた。
この人には常識が欠けているというか、常識に当てはまらないところが多々ある。
常人の尺度で測るとどうしようもなく、自分の常識を疑いたくなる。
前にそれを言うと、
『他人の物差しで自分を測っちゃ駄目さ。自分の物差しで自分を測るんだよ』
と真顔で返された。
田口真由美にはまだその言葉の意味は分からない。
と感傷に浸っている場合ではなかった。
放っておくとこの人は倉田恵美に何をするか分からない。
とにかく止めに行かねばならないだろう。
「ちょっと風間さん! 待ってくださいよ!」
田口真由美は駆ける。
倉田恵美に対する嫉妬。ラブコメ風にそんな感情で風間望を追いかけていると自分的にも面白いのだが、彼女が風間望に惹かれるのは純然たる好奇心のためだったりするので、恋愛物語を期待している人はご了承ください。
え? そんな人いないって?
いませんか。そうですか。
残念ですな。
というわけで、話が展開しないまま次回に続く。
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