[掲載]2010年10月24日
■折口信夫の原点スリリングに 【釈迢空ノート】
学者・折口信夫はなぜ、釈迢空の名で詩歌を詠んだのか。その筆名は「出家者か死者の名」だが、本人はいわれをまったく説明しない。富岡さんは、迢空・折口が残した作品や弟子たちが書いたものを読んで詳細にノートを取りながら、大きな謎に迫っていく。
迢空は、短歌などの中では同性愛を「カミングアウト」しているが、「見て見ぬふり」をされてきたと富岡さんは見る。そのことを前提に作品や年譜を検討すると、明治38(1905)年、東京に進学した際に同居した「藤無染」という人物がキーパーソンとして浮上する。その人物もまた、謎なのだ。後年、自筆年譜の操作を弟子に命じたほどの折口なのに、なぜその名を残したのか。探偵が犯人をじりじりと追い詰めていくように、推理を積み重ねていく。
50冊アンケートで詩人の阿部日奈子さんは「『恋ふる』は『乞(こ)ふる』なり、とまで言った折口の原点を、等閑視されてきた10代の恋に索(もと)めたスリリングな推論。『三熊野詣』の三島由紀夫に読ませたかった」と称賛。またフランス文学者の清水徹さんも「非常に面白かった! 厳しく分析していますが、それは人物への共感もあるからでしょう」と語る。
富岡さんが詩の「先生」と呼ぶ小野十三郎は、「短歌的叙情」を否定したが、折口は晩年、小野の詩集『大阪』を大いに褒めた。二人をめぐる終幕に、余韻が深い。
読者からは「迢空研究の第二世代の新視点によって研究の突破口となった画期の書」(宮城県・高沢保彦さん・81)▽「鋭い言語感覚、人情機微に通じた洞察力。随所に、長年『コトバ』を扱ってきた著者の目が光る」(大分県・瀬口美子さん・57)▽「下手をすると露悪的、下世話になる危険があるが、そうなっていないのは、著者が人間・釈迢空を敬愛しているからだろう」(福岡県・長野聡さん・48)――などの声が寄せられた。(大上朝美)
■「いくつもの日本」感を提示 【東西/南北考】
日本は本当に「ひとつ」か。均質で、同族的な社会であり続けたのか――。ラジカルな問いから出発し、ものの見方の軸を、列島の「東西」から「南北」に移すことで、異族的でカオスな日本像を提出してみせる。「東北学」を立ち上げた赤坂さんの『東西/南北考』は、コンパクトな新書ながら知的刺激に満ちていた。
識者アンケートでは行動遺伝学者の山元大輔さんが「『いくつもの日本』感が“日本”のidentityを浮きぼりにする」と推薦した。
近年のインターネットの劇的な浸透は、かえって偏狭なナショナリズムを涵養(かんよう)した面もあった。しかし、「ひとつの日本」論に違和感を覚えていた読者は多かったようだ。「そもそもひとつの日本という発想はどこから来ているのか。外国と対峙(たいじ)するため、国内を統一しておくということに、すべてが収斂(しゅうれん)される恐れがある」(埼玉県の藤村敏さん・59)、「幼き日、修身という教科で、日本は神によって作られた『ひとつの国』と信じ込まされた」(大阪府の柳沢美月さん・75)など、多くの投書が来た。
「歴史学は社会の統合が進み、政治権力が生まれてからの時間を扱うのに対して、民俗学はそこに至るまでのはるかに長い人間の過ごした時間の見取り図を与えてくれる」(高知県の国府俊一郎さん・57)、「方言周圏論を妄信して、授業でも紹介していた私に冷水を浴びせたのがこの本」(埼玉県の小野新さん・56)と書いた読者2人は、ともに大学教員。
民俗学の巨人、柳田国男に対する痛烈な批判も鮮烈だった。山形県の本間育美さん(31)は「柳田は、東北や奄美・沖縄といった、中央からはずれた民俗文化を取り上げた人物で、多元的な文化を肯定したと思っていた。その柳田民俗学が『ひとつの日本』を抱いた思想の結晶であったとは」と感想を寄せた。(近藤康太郎)
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本の目利き151人が選んだ50冊のリストもご覧になれます。
著者:富岡 多惠子
出版社:岩波書店 価格:¥ 1,218
著者:赤坂 憲雄
出版社:岩波書店 価格:¥ 756
出版社:あすなろ社 価格:¥ 2,625
著者:赤坂 憲雄
出版社:柏書房 価格:¥ 2,625
著者:赤坂 憲雄
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著者:赤坂 憲雄
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