ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
二年生期
第三十六話 だってあんなに楽しそうだから
<第二新東京市立北高校 SSS団部室>

「遅い、レイと渚君はどこで油を売っているのよ!」

夕方のSSS団の説明会の時間が近づき部室に戻って来たハルヒは、レイとカヲルの姿が無い事に気が付いて声を荒げた。
シンジとアスカは下を向いてハルヒから必死に目を反らしていたが、勘の良いハルヒは不自然な2人の態度を見抜く。

「あんた達、何か隠しているでしょう!」
「2人は軽音楽部の部室に行っているのよ」

アスカが口を割ると、ハルヒは納得したかのように息を吐き出し、怒りを収めた。

「ふうん、そう言えばあの2人、ギターとか弾いていたわね」
「レイがバンドを組んで演奏してみたいって言ってたわ、SSS団でもやってみたらどう?」
「いいわね、でもみんな楽器は出来るの?」

アスカの提案を聞いて、ハルヒは笑顔でミクル達の方を振り返って問いかけた。

「わ、私は演奏とかしたことありません」
「大丈夫よ、ミクルちゃんはタンバリンでも振っていてくれれば良いから」

ハルヒはそう言いながらドアの方へと歩いて行った。

「ちょっと、どこへ行くの?」
「軽音楽部に2人を迎えに行くのよ、どんな感じなのか見てみたいし」

アスカの問いかけにハルヒはそう答えた。

「待てハルヒ、俺も行く」
「んもう、あたしだけでも平気なのに」

ハルヒとキョンは連れ立って部室を出た。
廊下に出た2人の耳に軽音楽部の部室からの演奏が聞こえてくる。
すでに予定のライブは全て終わっている時間だった。
軽音楽部の部室に近づくにつれ、ボーカルの声が鮮明になって行く。
そして軽音楽部の部室の中をのぞき込んだハルヒとキョンの目に飛び込んで来たのは、汗を流しながら瞳を輝かせてENOZのボーカルとして、楽しそうに歌を歌うレイの姿だった。
カヲルもレイの姿を見て嬉しそうに曲に乗ってギターを弾いている。
ハルヒが後ずさりして倒れそうになった所を、キョンが慌てて支えた。
するとハルヒはキョンの手を振りほどいて顔を伏せながら廊下を走って行ってしまった。



<第二新東京市立北高校 屋上入口踊り場>

ハルヒは力の無い様子で階段に腰掛けてうつむいて座っていた。
そこへキョンが階段を登って近づいて来る。

「おいハルヒ、こんな所で凹んでいる場合じゃないだろう?」

キョンが声を掛けてもハルヒは顔を上げなかった。

「早く綾波さんと渚を部室へ連れ戻して、説明会を始めようぜ」
「連れ戻せるわけ無いじゃないの!」

ハルヒはキョンをにらみつけながら怒声を浴びせた。
そのハルヒの瞳いっぱいに涙が浮かんでいて、今にもこぼれ落ちそうだ。

「だってあんなに楽しそうにしているんだもの!」
「そりゃ、新しい体験をして興奮して居るだろうな」
「あたし達と居る時より生き生きとしていたしさ、悔しいじゃない」

ハルヒは唇をキュッとかみしめた。

「お前、軽音楽部に2人を取られると思っているのか」
「そうよ、あの2人にとってはSSS団はどうでも良くなっているのよ! 裏切り者よ!」
「おい、それは言いすぎだろ」

加熱し始めたハルヒをキョンが抑えようとするが、ハルヒの暴走は止まらない。

「きっとSSS団は軽音楽部に負けたんだわ、もうやってられない、SSS団は解散よ!」

そう叫んだハルヒの頬に、キョンの平手が飛んだ。

「いい加減にしろ!」
「あ……」

信じられないと言った感じで叩かれたほおを手で押さえながらキョンの事を見つめるハルヒ。

「お前は『軌道戦士ガンバルマン』のプラモデルを買うほどのファンだったよな」

突然何を言い出すのかと、ハルヒはぼう然としたままキョンを見つめ続けた。

「だが、最近は『腰パンマン』こそが最高のアニメだと言ってフィギュアを買いあさっている。お前はガンバルファンを裏切ったのか?」
「そんなこと無い、鋼の肉体を持つアフロ大佐は永遠の兄貴キャラよ! 正義君とはまた違った面白さがあるわ! それに、両方とも同じ東アニのアニメじゃない」
「それと同じようなもんだ。軽音楽部が楽しい部活動だからって、SSS団の楽しさが否定されたわけじゃないだろう。さらに、同じ北高の部活動でもある」
「キョン、あんた例え話が下手ね」
「あの2人が軽音楽部に入るとしたら、それはもっと面白い事を見つけちまったんだ。2人をSSS団に束縛するわけにはいかないだろう?」
「言いたい事はわかったけどさ……」

ハルヒはキョンの言い分に納得したようだったが、いまいち元気の出ない様子だった。

「お前がしっかりしないと、SSS団は一体どうなる!」

キョンはハルヒの両肩をがっしりつかんでさらに言葉を続ける。

「俺達はまだ宇宙人、未来人、異世界人を見つけてない。途中で投げ出して諦めるのか? お前は団長だろう」
「そうよ、あたしはSSS団団長、涼宮ハルヒよ!」

キョンの手を払いのけて立ちあがったハルヒは腰に手を当てたいつものポーズでそう宣言した。
ハルヒのそんな姿を見て、キョンは安心してため息をつく。

「よし、元気が出たようだな。じゃあトイレで顔を洗って、部室に戻ろうぜ。団長様のお帰りをみんな首を長くして待っているぞ」

ハルヒはキョンの言葉にうなずいて階段を降りて行く途中でふとキョンの方を振り返って尋ねる。

「どうして、あたしがここに居るってわかったの?」
「ここは、お前がSSS団を作る宣言をした場所だろう。俺を強引に巻き込んでな」
「キョンも別に嫌だったらSSS団を辞めてもいいのよ」
「おあいにくだな、俺はSSS団に入ってから学校生活が楽しくてたまらないぜ」
「そう、じゃあこれからもあたしに付いて行きなさい!」

ハルヒは元気いっぱいの笑顔になって階段を駆け下りて行った。

「転ぶぞ!」

キョンは凄い勢いで小さくなって行くハルヒの背中に声を掛けた。



<第二新東京市立北高校 SSS団部室>

ハルヒとキョンが部室へと戻ると、すでに戻っていたレイとカヲル、そしてSSS団の入団希望者となる生徒達が席に座り、ミクルのお茶での接待を受けていた。
遅れて来たというのにハルヒの態度は堂々とした様子だった。

「みんな帰らずに残っているようね、感心感心! これはあんた達の忍耐力を試すテストだったのよ。時間通りに始まらないと苛立って帰ってしまうようでは不戦敗って事よ!」
「どこの巌流島の決闘だ、おい」
「そうだったんですかー、私、お茶を出して皆さんをお引き留めするぐらいしかできなくて心配しちゃいました」
「敵を欺くにはまず味方からですか、さすが涼宮さんですね」
「古泉、お前も納得するな」

キョンのツッコミは全て無視されて、ハルヒは団長席の椅子に立った。

「あんた達よく来てくれたわね、SSS団の入団説明会に!」

ハルヒは嬉しそうな笑顔を浮かべながらも、圧倒的な高さから見下ろすような視点でそう宣言した。

「でも、SSS団に入るためには知力・体力・時の運、そして何よりも不思議を追及する好奇心と世界を大いに盛り上げる心意気が必要なのよ!」

ハルヒに人差し指を突き付けられた新1年生はその迫力にほとんど飲み込まれてしまったようだった。

「で、あんた達は自発的にSSS団に来たってところと、こうしてじっと待っていたと言う事で第1関門は突破ね、おめでとう!」

突然ハルヒに祝福の言葉を投げつけられ、入団希望者の生徒達の間に戸惑いながらも少し安心した空気が流れた。

「ふふ、朝比奈さんのおいしいお茶が飲めたから、待っているのも辛くなかったわ」

リョウコは穏やかに微笑みながらそう答えた。

「朝倉さんと霧島さんも来てくれたのね。でも入団試験は手加減しないから覚悟しておいてね」

入団希望者はリョウコとマナの他は全員新1年生で、その中にはアスカ達の心配する通り、異世界から来たと言う2人、エツコとヨシアキの姿もあった。
不審な点を見せて、ハルヒに関係を疑われるといけないので極力顔を合わせないようにして、初対面を装う事にしている。
しかし、2人の方はアスカ達に親しげな笑顔を向けてくるのだった。

「じゃあこれからSSS団の活動内容と歴史を説明するわね」

ハルヒの宣言の後、ハルヒによる独演会が開始された。
まず1年最初の行事は花見だと話し出し、桜を見るためなら登山も辞さないと最低限の体力が必要だと説明する。
次は5月病で元気が無くなった学校の生徒達を盛り上げるためにバニーガール姿でビラを配ったり、お笑いライブを行った事を話す。
シンジの父親率いる野球チームとの対戦のエピソードではSSS団は負けず嫌いだと主張。
夏は七夕、肝試し、キャンプと伝統行事などはきっちりやるのだと宣言。

「と言うわけでSSS団は一丸となって団員のピンチにも全力で立ち向うのよ」

秋の文化祭には映画の続編をとる事も告知して、シンジが生徒会に罪を着せられた時はアスカが全力で助け出したと言う話をしたところで一旦区切った。
そんなハルヒの長話を一番楽しそうに聞いていたのは異世界ではミサトの娘だったという加持エツコだった。
ハルヒの話に誇張が含まれていても信じてしまっているかのようにコロコロと表情を変えて熱心に聞いている。
話しているハルヒの方もエツコが気に入ったのか、ほとんど彼女の方を見ながら話をしていた。

「そこで、あたし達と一緒に楽しく遊べるかどうか入団テストを行う事にしたわ。コンビやトリオを組んでの漫才よ」

ハルヒの言葉を聞いて、新1年生はざわついた。
落ち着いていたのは事前に内容を知っていたリョウコとマナの2人だけ。
リョウコは事前にミサト経由で情報をつかんでいたので、それをマナに伝えていたのだった。

「漫才はボケやツッコミと言った役割が無ければ成立しないの。役を演じるだけで出来てしまうコントとは違う所ね」

お笑いに対しての知識の深さとこだわりを感じさせるハルヒに戸惑う生徒達も居た。

「入団試験に合格したら、みんなは同じSSS団の一員になるんだからお互い仲良くやりなさい!」

ハルヒに言われて、SSS団の入団希望者の生徒達はハルヒの真の狙いが分かったようで、しっかりとうなずいた。

「入団試験は来週の日曜日、この部室で審査員を3名招いて行う事にするから。合格したらSSS団のお花見でもやってもらうからネタを2つ用意しておくのよ!」

それで説明は全て終了したとばかりにハルヒは入団希望者を部室から追い出し、部外者立ち入り禁止の看板を下げた。
ドアの外の廊下はしばらく追い出された生徒達の声でざわついていたが、やがて誰も居なくなったのか物音一つしなくなった。
その後やっとSSS団の部室の空気はいつも通りに戻った。

「涼宮さん、勝手に軽音楽部に行ってしまってごめんなさい」

レイがそう言って深々と頭を下げると、カヲルも隣に立って頭を下げた。
しばらくの間、部室に張り詰めた空気が流れる。

「2人とも顔を上げて。あたしは怒ったりなんかしないから」

気まずそうにしていたレイとカヲルが、優しげなハルヒの声を聞いてゆっくりと顔を上げた。
するとそこにはハルヒの穏やかな微笑みがある。

「バンドを組むなんて、今までにない体験をしたから、時間を忘れちゃうぐらい楽しかったのよね?」
「ええ……」

ハルヒに言われて、レイは顔を赤くしてうなずいた。

「だから、今度の花見大会でバンドもやりましょうよ! 簡単な曲ならアタシ達でも出来るわ!」

アスカが張り切って口を挟むと、ハルヒは首を横に振る。

「それもいいけど、2人は軽音楽部の岡島さんと財前さんと一緒にバンドを続けたいと思ったんでしょう?」
「でも、私達は……」
「このチャンスを逃しちゃいけないわ、今夜にでも岡島さん達に電話して、明日にでも軽音楽部に入部届けを出しなさい! あたしは2人をSSS団に束縛するつもりは無いわ」

レイがためらっていると、ハルヒが励ますように声を掛けた。
その言葉を聞いたレイの目から、涙がこぼれ落ちる。

「涼宮さん、私達のわがままを許してくれてありがとう」
「僕達もSSS団を辞めるのは辛いけど、涼宮さんの心遣いに甘えさせてもらうよ」
「2人とも、思いっきり軽音楽部の活動を楽しみなさい!」

寂しがっている気持ちを出さずに明るい笑顔で送り出そうとするハルヒにレイは抱きつく。

「カヲル君と一緒にSSS団で楽しい時を過ごせたのも、涼宮さんのおかげ。本当に感謝している……」
「あ……えっと……」

ハルヒはレイの体を突き離すと、部室を駆け出して廊下の彼方へ姿を消してしまった。

「ハルヒったら、耳の先まで真っ赤になっていたわよ」
「綾波にお礼を言われて、照れ臭くなってしまったんだろうね」
「アスカ、碇君、私は……」
「レイ、そんな悲しそうな顔しないの。ハルヒも許してくれたんだし、大手を振って堂々と軽音楽部に行きなさい!」

アスカがそう言ってレイの両肩に手を置くと、涙の跡がほおに着いたままのレイはニッコリと微笑む。

「そうね」

そしてレイは部室の片隅でいつものように本を読んでいる姿を装っているユキに近づいた。
ユキは部室でのハルヒとレイ達の会話に耳を傾けていたはずだ。
その証拠に、ユキの本をめくる手が止まっていた。

「あなたには寂しい思いをさせる事になってごめんなさい」

レイが話しかけるとユキはそのまま視線を本に落としたまま話し始める。

「私に寂しいという感情が全く芽生えないと言うわけではない。しかし、あなたが夢中になれるものを見つけられたのを知った私にはそれを上回る嬉しいと言う感情に包まれている」
「レイも渚も、たまにSSS団に顔を出してくれればいいのよ。そうすれば、ユキもきっと喜ぶわ」
「ええ、そうさせてもらうわ」

アスカの言葉に、レイは力強くうなずいた。



<第二新東京市立北高校 部室棟廊下>

部室を出て行ってしまったハルヒが行きそうな場所はキョンには見当がついていた。
その場所に行こうとしていたキョンをイツキが呼び止めた。
そして、イツキはいつものアルカイックスマイルに少しだけ嬉しさが混じったような笑顔でキョンに話しかける。

「あなたのおかげで特大の閉鎖空間の発生を未然に防げて助かりましたよ」

イツキの言葉を聞いて、キョンはウンザリしたと言った顔になって言い返す。

「古泉、お前そんな形でしかハルヒの心配をする事が出来ないのかよ」
「すいません、これが僕の正直な気持ちなもので」
「俺はな、ハルヒが神の力を持っていない、性格がひねくれただけの変わった女でもな、もうあいつの事が好きになっちまったんだよ」

キョンが強い眼差しでイツキをにらみつけると、イツキの方も笑顔を消して険しい表情でキョンをにらみ返す。

「僕は2年半前から、SSS団が結成されるまでの1年前までの1年と半年の間、ネルフを、涼宮さんを、そしてあなたの事を殺したいほど憎んでいましたよ」
「どういうことだ?」

イツキから発せられる殺気に、キョンは驚きながら尋ねた。

「あなたと涼宮さんが運命の出会いを果たしたあの七夕の日から、涼宮さんのストレスが溜ると閉鎖空間と神人が出現するようになったのです。そして僕も超能力に目覚めてしまった……」
「閉鎖空間に入って神人と戦う能力の事か」

キョンはつぶやいてつばを飲み込んだ。

「僕は神人と戦うために世界で最初に選ばれた子供なのです。ジョン・スミスという人物が姿を消して、涼宮さんは連日イライラしっぱなしで、僕は毎日のように呼び出されましたよ」
「今は、綾波さんや渚とか他にも神人と戦っている仲間もいるんだろう?」
「当時、神人の存在はネルフでも碇司令と冬月副司令、赤木博士しか知らないトップシークレットでしたよ。葛城さんにも知らされなかったそうです」
「臭いものにはふたをして、認めたくない事実からは目を背けるって事か」

キョンの言葉にイツキは大きく首を振ってうなずく。

「綾波さんの使徒戦での自爆は対外的には水蒸気爆発と公表されました。第三新東京市に巨大な湖を作ったのは3,000年振りの大規模な物だと。組織とはえてしてそう言うものです」

イツキは悲しそうな顔で大きなため息をついた。

「ネルフは父の会社を人質に取っていました。秘密をもらせば、取引を中止して他の取引先にも圧力を掛けるぞと。そうなったら会社は倒産し、僕の家族を含めて多くの人間が路頭に迷う事になります。ですから僕は誰にも本当の事を話せなかったのです」
「碇の親父さんはそんな事をしていたのか」
「学校に通う事も出来なくなり、友人達も全て失いましたよ。母が校長をやっていた関係から、どうにか卒業だけはする事は出来ましたが」
「すまん、俺はお前の苦労を知らないで過ごしていたんだな」
「いえ、謝るのは僕の方です。僕があなたを恨んだりするのは筋違いですから」

イツキはそこまで話すと、またいつものような穏やかな笑顔を浮かべた。

「ですが、SSS団が出来てからこの1年、閉鎖空間の発生は抑えられています。毎日のように笑顔でいる涼宮さんなど、想像できませんでしたよ」
「そうなのか」
「そして、僕もこの通り高校生らしい学園生活を満喫出来ています。こうして、愚痴を聞いてくれる友人も出来ましたし、恋焦がれる上級生の女性も出来ました」
「古泉、お前……」
「ですから、あなたが僕に誕生日プレゼントのようなものをくださるのなら、安心を僕に下さい。涼宮さんがこの世界に絶望してしまわないように支えてあげる事を約束して下さい」

イツキに言われて、キョンは腕を組んで悩んだ。
そして、しばらく考え込んだ後、ゆっくりと話し出す。

「俺はまだ、ハルヒを一生支え続けるとかそんな大きな約束はできない。でも、お前の誕生日の一日ぐらいは閉鎖空間が発生しないように努力させてもらうさ」
「それで充分ですよ。ですが、佐々木さんとの会話には気を付けて下さい」
「なんでそこであいつが出てくる?」
「彼女は油断ならない存在ですからね」

何か予感を感じているのか、イツキは真面目な顔でそう言った。



<第二新東京市立北高校 SSS団部室>

そしてSSS団の入団試験の日がやって来た。
花見パーティではSSS団のメンバーも参加して、観客の笑い声の大きさにより勝負を決める漫才対決が行われる事になっていたため、今日は予選と言う事になった。
予選では観客の歓声の大きさで評価を判断するわけにはいかないので、3人の審査員のつける得点によって評価する事になった。
1人はキョンの祖母ちゃん。
もう1人はキョンの妹。
最後の1人は眼鏡を掛けた、キョンの妹と同じ年ぐらいの少年だった。

「どういう基準で審査員を選んだんだ?」
「やっぱりお笑いは老若男女に受け入れられるものじゃなきゃね! 極端な下ネタとかヲタクネタとかモノマネは容赦なく落す事にするのよ」

キョンの質問に対してハルヒは堂々と答えた。
初めてSSS団の部室を訪れる事になる眼鏡の少年は、キョンの妹に馴れ馴れしく話しかけられてちょっと戸惑い気味だった。
キョンの妹があまりに少年を『ハカセくん』と呼ぶので、自然と他のみんなも少年を『ハカセくん』と呼ぶようになってしまった。

「さあ、審査員の準備が整ったところで予選を始めるわよ!」

ハルヒの宣言と共に、廊下で待っていた参加希望者が部室の中へと通された。
最初の1組目は、マナとリョウコのコンビだった。

「よく来てくれたわね霧島さん! あなたのようにSSS団に本気に入りたいって人が来るのを待っていたのよ!」

ハルヒはマナとリョウコを大歓迎したが、アスカとシンジは困ったような複雑な表情でマナとリョウコを見つめていた。
何しろアスカにとってマナはシンジに手出しをするやっかいな存在だし、シンジはリョウコに新学期早々殺されそうになった事があった。

「碇君、惣流さん、1年ぶりね」
「朝倉さんも元気そうだね」
「そ、そうね……」

不意に笑顔を向けて来たリョウコに、シンジとアスカは引きつった顔で答えた。
微妙に張り詰めた空気の中、いよいよハルヒの号令により試験が始まる。

「それでは、S.S.ガールズの審査を開始したいと思います!」

S.S.ガールズとはSpyスパイとSecurity Police(要人警護の警察官)の略で、マナが大ボケの女スパイ、リョウコがそれにツッコミを入れる警察官の役だった。
2人の演じるドタバタの寸劇は審査員3人の笑いを誘い、アスカ達も見ているうちに引き込まれて笑い声を上げてしまった。

「うん、後で審査員の得点を確認してみるけど、多分あんた達は予選は通過すると思うわよ。明後日の本戦もよろしくね!」
「やった!」
「良かったじゃない!」

マナとリョウコはハイタッチを交わして笑顔で部室を出て行った。
そして、ハルヒ達は次の挑戦者を部室に迎え入れる。
それは、1年生として北高に入学した加持エツコと加持ヨシアキの2人だった。
2人の姿を見て、アスカ達はやっぱり来てしまったのかとため息をついた。

「たのもう!」
「そのあいさつは違うと思うよ」
「ちょっと、ここは道場じゃないわよ! それとも、もう漫才の演技に入ってるの?」

腰に手を当てて堂々と言い放ったハルヒを見て、いきなりエツコは笑顔でハルヒの手を取って思い切り握る。

「涼宮先輩、よろしくお願いします!」
「痛い! あんたものすごい馬鹿力ね!」

手を握られたハルヒは思わずそう言って顔をしかめた。
そんなハルヒに向かってヨシアキが頭を下げて謝る。

「すいません、彼女は礼儀が足りないところがあって……」
「まあ、活きの良い新入生は歓迎するわよ」

ハルヒはエツコから解放されたしびれた手をブラブラさせながらそう言うと、エツコはさらに嬉しそうな顔になった。

「それで、あんた達も東中出身? 入団希望者の1年生には、東中でのあたしの面白おかしい尾ひれが付いたウワサを聞いてやってくる子達も多いのよね」
「いえ、僕達は中学の頃に両親の都合でアワジランドに行っていたんです」
「へえ、それじゃあ帰国子女ってこと? さしずめ異国人ってところね。探している異世界人よりランクは落ちるけど、面白そうじゃない!」

ヨシアキの返事を聞いて、ハルヒは目を輝かせて微笑んだ。
ハルヒは満足そうに2人の顔を眺めていたが、エツコの顔をマジマジと見つめて首をひねる。

「ねえ、この子の顔ってなんとなくミサトに似ていない?」
「た、多分他人の空似だと思うよ」
「ほ、ほら、世の中には自分そっくりな人が3人は存在するって言うし……」

シンジとアスカに説得されて、ハルヒは半信半疑ながらうなずいた。

「ほら、早く審査を始めようぜ」
「わかったわよ!」

キョンに言われて、ハルヒは審査の開始を宣言した。



<第三新東京市 平成記念公園>

花見パーティの当日、場所取りを命じられたキョンは始発電車に乗り込み第三新東京市へと向かっていた。
キョンはこんな命令をした団長に対しての愚痴の一つでも言いたかったがそれは出来なかった。
今からパーティを楽しみにして瞳を輝かせているハルヒがキョンのすぐ隣の席に座っているからだ。

「こんな早い時間から場所取りをすれば、きっといいスペースが確保できるに決まっているわ!」
「でも何だってお前まで一緒に来たんだ、こういうのは平団員の俺の仕事だろう?」
「その平団員がサボらないように見張るのが団長の仕事よ」
「ハルヒ、もうそんな嘘を突く必要はないだろう? もっと堂々としてれば良い」
「キョンのくせに生意気よ!」

顔を赤くしたハルヒはキョンの手を握ってそれきり離さなくなった。
連休の終了間際の朝の公園は、最後の花見をしようとそれなりに人で賑わっていた。

「意外と人が居るもんだな」
「ほら、やっぱり早めに来て正解でしょう!」

今年のゴールデンウィークは行楽日和とも言える好天気で、雨や風により桜の花が散らされる事も無かった。

「きっと、SSS団の日ごろの行いが良いからよ!」

キョンはその言葉にツッコミを入れたい欲求に駆られたが、今日の所は抑えた。
ハルヒと手を繋いで桜が舞う公園の中を歩いて恋人気分に浸って居たい気持ちもあったキョンだが、すぐに場所取り作業に掛かる事になった。
まるで用意されたかのようにハルヒの希望通りの80人前後のスペースを取る事が出来た。

「俺達やシンジ達の友達を集めてもそんなに来ないと思うぞ」
「あんたはそんな心配をしなくて良いの。さあ、今日の漫才対決に備えて仕上げの練習をするわよ。団長としてアスカ達の組だけには負けるわけにはいかないわ!」

キョンとハルヒが漫才の練習をしながら待っていると、シンジとアスカ、そしてミサトとリツコ、ゲンドウ率いるネルフのスタッフ達が団体で到着した。
トウジやケンスケ、ヒカリと言ったシンジとアスカの友達も一緒だった。

「シンジの親父さんも来てくれたの? リツコ達も!」
「今日はシンジや惣流君が涼宮君と対決をするという話らしいな」
「アスカ達の組のサポーターって事ね」

ハルヒはゲンドウに対して不敵な笑みを浮かべた。
余裕のハルヒに比べてキョンは不安そうな態度。

「これじゃあ俺達はアウェーで試合をするようなものだな」
「そんな事無いわよ、ほら!」

嬉しそうな笑顔のハルヒの指差す先には、体格の良い男性を先頭にしたグループがこちらにやってくるのが見えた。
阪中さん達2年5組のハルヒと親しくしていた生徒達も数人、やって来ていた。

「あれは、ゴメスさんと『パワーレスリングダンス協会』のみんな!?」
「人数はあっちより少ないけど、心強いサポーターね!」

そしてハルヒがやって来たゴメスと熱い抱擁を交わしている隣で、キョンはパワーレスリングダンス協会のメンバーの中にコンピ研の部長が混ざっている事に気がついた。

「どうしてあなたが?」
「ちょっと体を鍛えようかなと思ってね、ハハ……」

キョンの問いかけに対してコンピ研部長はハルヒの方をチラリと見ながら答えた。
キョンはムッとした気分になったが、楽しい花見の会場で不機嫌な顔を見せるわけにはいかず、愛想笑いを浮かべた。

「これはこれは、随分と大人数が集まったものですね」
「こんなにたくさんの人の前で漫才をするなんて緊張しちゃいますー」

ぞろぞろと押し寄せる参加者達に混じって、イツキとミクルも姿を現した。
漫才の参加者である、マナとリョウコ、エツコとヨシアキも同時期に到着した。
結局、漫才の予選に姿を見せたのはこの2組だけで、3人の審査員も異議を唱えなかったのでそのまま合格としたのだった。
もちろん、3人の審査員も観客として招かれていた。

「これで、全員揃ったのか?」
「まだまだ、サプライズゲストが残っているわよ!」

パーティが始まるのを待っている参加者達の目に、ワンボックスカーが公園の入口に止まり、中からレイとカヲル、そしてENOZの旧メンバー2人が出てくるのが見えた。

「加持、予定よりずいぶん遅いじゃない」
「すまん、休日の渋滞に巻き込まれてしまってな」

ミサトが運転席に駆け寄って車を運転して来たリョウジに声を掛けた。

「さあみんな、バンドの楽器を出すのを手伝いなさい!」

ハルヒの号令の元、SSS団のメンバーはドラムやアンプなどをステージの上へと運ぶ作業に取り掛かる事になった。
ゴメス達パワーレスリングダンス協会のメンバー達の協力もあって、準備は早い時間で終わった。
そして、ステージの上に立った司会役を買って出たハルヒは、マイクを握って花見パーティの開始を宣言しようとした。

「ねえ涼宮さん、僕達も楽しそうなパーティに混ぜてくれないかな」

そう言って姿を現したのは、佐々木、橘キョウコ、周防クヨウ、藤原の4人組だった。
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。

▼この作品の書き方はどうでしたか?(文法・文章評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
▼物語(ストーリー)はどうでしたか?満足しましたか?(ストーリー評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
  ※評価するにはログインしてください。
ついったーで読了宣言!
ついったー
― 感想を書く ―
⇒感想一覧を見る
※感想を書く場合はログインしてください。
▼良い点
▼悪い点
▼一言

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項を必ずお読みください。