きょうのコラム「時鐘」 2010年10月28日

 大阪の司馬遼太郎記念館に行った時のこと。2万冊が納まる高さ11メートルの巨大書架の中に「日本の眼鏡」と題する一冊があるのを見た

金沢の眼科医で、柳田国男に師事した民俗学者でもあった長岡博男氏(1907〜1970)の著書である。司馬さんが小説を書く前には東京神田の古本屋街から関連本がごっそり消えたとの伝説がある。その蔵書の山からの偶然の出会いだった

「司馬さんの眼鏡」と題した作家・永井路子さんのエッセーがある。「眼鏡を買うならうんとモダンなのをお買いなさいよ」と永井さんに言ったという。司馬さんの眼鏡といえば旧型の黒縁だが「日本の眼鏡」からモダンを学んでいたのかと想像すると愉快だ

読書週間である。毎日膨大な本が出る。埋もれたまま消えていく本も、100年後にだれかと出会う可能性を秘めている。そのため巨大な書架が用意され、膨大な図書は眠り続ける。これが出版文化と言うものだ

書架の要らない電子図書が勢いを増している。だが、紙と活字で親しむ読書の命は長く、情報機器の命は短い。100年後に残るのは昔ながらの「本」だろう。