昨年のノーベル賞受賞は日本の科学力を世界にアピールしたが、博士号取得者の就職難は深刻化する一方という。国は90年代から政策的に博士を増やしてきたが、大学のポストは少なく、企業も年齢面などで採用に2の足を踏みがちだ。各大学院も就職支援に力を入れているが、急速な雇用情勢の悪化もあり、高学歴ワーキングプアという社会問題となりつつある。 (宮内瑞穂)
深夜まで研究室で論文執筆に取り組む桜井玄さん。有給の研究職としての身分はこの3月末まで=福岡市東区箱崎の九州大学
博士号を所得した後、1、2年の短期で大学・研究所などに籍を置く研究職をポストドクター(ポスドク)と呼ぶ。その1人、九州大学大学院に籍を置く桜井玄さん(30)は「30代で准教授に次ぐ助教などの正規職員になれたら幸運。ポスドクにすらなれない分野もある」と語る。
昨年4月に現職を得たが、任期は1年。他大学の助教などに応募しているが「来年度の行き先は未定」。約180万円の年収さえ失う可能性があり、そうなれば研究費を払いながら大学に在籍することになる。生活費は塾や短大の非常勤講師で稼ぐ予定だが、奨学金250万円の返済は3年後に迫っている。
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文科省によると、2008年度の博士課程卒業者数(約1万6000人)のうち、教員や企業の技術者などの正規就職者は約6割。残り4割のうち最も多いのがポスドクと言われ、04年度の約1万4000人から、06年度には約1万6000人に増えた。「高学歴ワーキングプア 『フリーター生産工場』としての大学院」の著者で自身もポスドクの水月昭道さん(41)=京都在住=は「水面下でフリーター化している博士はポスドクの数倍はいる」と見ている。
博士号取得者急増のきっかけは、91年度に政府の大学審議会が出した提言「大学院の量的整備について」だ。専門能力を持つ人材育成などを目的に、2000年度までに大学院生の数を2倍に増やす必要性を訴えた提言を受け、大学も積極的に院生獲得に乗り出した。博士課程在学者は91年度の約2万9000人から、08年度約7万4000人に膨れ上がった。
しかし、主な就職先である大学の正規職員は減少傾向にあり、期待されていた企業への就職も伸び悩んでいる。「博士課程進学=大学の先生という暗黙の了解がかつてあった」と語る水月さんは「民間企業は年齢制限が厳しく、博士号取得者を受け入れるための給与体系が整備されていない」と問題点を指摘する。
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文科省は06年度から「キャリアパス多様化促進事業」で全国12カ所の大学などに予算を配分、就職説明会などを実施してきた。その1つの九州大学は「研究分野にこだわらず、職種を広げ、博士の論理力や分析力を『売り』に就職支援」した結果、2年半で約60人を民間企業に送り出せた。経産省は中小企業などが出資する研究組合に、研究者1人につき最大二110万(年間)の賃金補助を出す制度の創設を検討している。
病院経営などに携わる「麻生」(福岡市)は積極的に博士号取得者を採用してきた企業の1つ。古野金広専務(60)は「博士には物事の全体像を把握できる能力が高い人が多い」と評価しながらも、「要はジャンルにこだわらずチャレンジ精神を持つ人材が求められる」「35歳以上は年齢が問題になる場合もある」とも打ち明ける。
「博士は研究ばかりでコミュニケーション能力が低いといった偏見が企業側に依然根強い」と九州大キャリア支援センターのコーディネーター井上剛實さん(64)は嘆く。水月さんは「多大な税金を投じて育てた博士が社会で生かされないのは大きな損失。新たな仕組み作りが必要」と語っている。
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