2010-10-25
助産院、自宅出産の問題を医師の責任にしていてはいけない
運搬屋さんのお蔭で、問題のある助産師について深く考えることが出来ます。運搬屋さん、有難うございます。
但し、病院へのご不満、疑問等はそれに適した場所へお持込ください、理由は以前に記した通りです。
医者の見立てが絶対で、医者がこうだと言えば他の助産師や看護士、検査技師は何もいえないのです。
後に産科医でもあるsuzanさんが
産科医は、助産師さんはじめ、医療スタッフを「蔑んだり」はしません。
蔑むとすれば、その産科医個人の問題です。
医師全体にしてみれば、コメディカルスタッフは、大事な大事な「相棒」なのです。
と締め括られているコメントをくださっています。
医者の見立てが絶対というのは、最終的には当然だとおもいます。その権限を持ち、責任を持つのが医師ではないでしょうか? 資格の名称が違うだけではなく、その資格を得るまでの過程も大きく違うわけで、医師以外のスタッフが「一緒に働いているのだから、私がたまには結論出してもいいでしょ?」は困りますね。私なら困ります。一人ひとりの役割が重要なのは当然ですが、役割の中に皆さんのご意見から「最終的な決断を下す」とあるのが医師なのではないでしょうか。
たまたま自分の意見が採用されなかったから不満におもう! という医療者がどれほど存在するのかわかりませんが、もしも予測で仰るとしたら、それは失礼なことだとおもいます。人の命を前にして、大切なのは自分でしょうか? −そして実はこれが暴走する助産師を考えるときに見事に重なる問題でして、何と重なるかというと、以前から私は何度か言っていることなのですが、母子の命よりも大事なのは助産師の思想なのか? ということです。
助産院は安全か?ですが、病院と提携していて非常時に受け入れ体制が出来ていて
いつでも助産院の助産師からの相談を受けてくれる、そのような関係が出来ている助産院ならさほど問題は無いのでしょう。
医者同士はお互いにフォローし合うけど、助産師のフォローなんかやってられない。
拝読し、私の感想は「甘い」です。その連携が出来ていないのではないか、というのも問題になっているのです。助産師が医療機関、医師からのフォローが欲しいというのならば、医療の重要性をきちんと認める指導をしないといけませんよ。近く行われるご様子のサロンの問題をみても、まだホメオパシーを使いたいんでしょう、実際にこのサロンに参加しないと分からないじゃないかといわれるかもしれませんが、広告から感じる内容に誤解があってはいけないとおもいますので、もしもホメオパシーを問題視する、過去の助産師の選択を反省するための集まりならば、キャッチコピーも何もかも、妥当とはいえません。誤解を招く表記ならば、精査のない表れです。このような次元にまだあるということからしても、【助産師のフォローなんてやってられない】というのはあまりにも身勝手な言い分だとおもいます。これで周産期医療や医療全体がガタガタになる? そうなんですよ、これらの助産師たちの、一部とはいえ助産師の行動、言動、思想により、周産期医療はガタガタになっているといえることはあるんです。要するに、助産院、自宅出産の問題を医師の責任にしていてはいけないのです。
嘱託医が産科医に限定されたときにも、「産科医が嘱託医になってくれない」という言い草で限定するのを阻止しようとする方たちまでいました。開業権があるのだから、嘱託医はいらないのだという意見を持つ方もいる様子です。そもそも、周産期医療として存在しているというのであるならば、自らが「嘱託医が産科医でないのはおかしい」と言うべきではないかとおもいますよ。そのくらい、自分に厳しくあるべきでしょう。条件が満たされないのならば、分娩を扱う病院にお勤めになるべきでしょう、だって、搬送のための距離、時間を考えても、自宅出産なんて特にそうですよ、立地条件まるっきり無視なわけですよね、それでも「搬送するから大丈夫」という程度の説明で出張助産師は存在していたり、衛生の問題もどうですか? 病院に課せられた条件になんて全く至らない状態でも開業出来ているのです。実際に衛生の問題で事故が起きているというのに、自分たちに都合良い条件には徹底してスルーするか、医療法が改正されるとなると反対してくるのです。
そう、なかなか搬送をしようとしない助産師の問題もあります。
医師が他の医療者を蔑んでいるようでは、なかなかこのような関係作りは難しいと思います。
これは私からすると正しくなく、一部であるとしても助産師が医療を否定し、病院でのお産を「暴力的な出産」等と表現して他の医療者を蔑んでいるために、関係作りが難しくなっているのだとおもいます。