●善良な市民のオタク黒歴史●
〜はじめに〜
このコンテンツは「原爆資料館」のようなものです。
「安らかに眠って下さい、二度と過ちは繰り返しませんから」という切実な願いの元に執筆されております。
が、登場する人物名・団体名その他は全て架空のものであり、実在のものとは一切関係ありません。
もしもこれを読んで「これは俺のことか」と思われた方が不幸にして居られた場合は・・・。
それは「不幸な偶然の一致」または「ただの気のせい」もしくは「自意識過剰」です。
ただちにサリンを撒かないタイプの宗教に入信したり、傷を舐めあってくれる甘ったるい共同体の一員になったり、手っ取り早く「癒し系ストーリー」や「癒し系音楽」で癒されちゃったりすることを切実にお勧めします、他人に迷惑をかけるその前に・・・。
●第ニ話 「幻夢」 (2002.6.8)
そもそも私は昔から「ファンタジー」が苦手だった。だから正直、これはかなりキツかった。
「お前もこれ読んでみろよ、面白いぜ」
渡された文庫にはいつもパステル・カラーの髪の毛をした美少女が、ギラギラの目玉を大きくしてソレっぽい呪文を唱えていた。別に連中だって「本気」で読んでいた訳じゃないことは分かっている。それでも、私はこの手の「富士見ファンタジア文学」(笑)の隆盛が嫌で嫌で仕方なかった。私が居たような田舎の進学校の、それも「男子寮」という圧倒的にダサくてブサイクで汗臭い空間で、よりにもよって「これ」が大量消費されているという「醜さ」は、どうしても我慢することができなかった。
「まあ、ギャグとか結構笑えたよね」私はその文庫を渡される度に、苦笑しながら友人たちに言ったものだ。
「そんなに嫌なら借りなきゃいいじゃないか」
今でこそ私もそう思う。
しかし、キングレコード大月文化全盛の90年代半ば、妙にオタク率の高いあの寮内のグループで「スレイヤーズきもい」とか「ファンタジー世界にワープしたからってお前はモテないぞ」とかは完全に「禁句」だった。私が基本的に口が悪いことはみんな知っているはずだったし、こういう美少女モノが好きじゃないことも知っていたはずだった。それでも彼等は私に富士見ファンタジアを貸しつづけたし、私も借りつづけた(本当に好きなのもあったけどね)。それが、あの時代のオタク共同体のコミュニケーションというものだったし、それは今のオタクたちでも変わらないと思う。
私が不満だったのは要するに、仲間内で一番口が悪い私がこれを「承認」することで、連中が「これを読んでいるのはOK」という安心感を得ようとしていたことだった。みんな、私が腹の中でどう思っているかなんて想像がついていたクセに(笑)
でも、「買った小説を人に貸してくる」連中はまだ良かったのだ。
「俺、小説書いてるんだよ」
衝撃的な告白だった。そして次の瞬間、私は「ファンタジー小説だな」と直感していた。
次の瞬間には自習室の机の上に、連中が数名で発行しているらしい、両面コピー刷りの「小説同人誌」(と、呼ぶのもあまりにもお粗末なもの)が載せられていた。
(これを、俺に読めっていうのか・・・)
表紙の水色の髪の毛をした半裸の美少女(の、つもりらしい。上図参照)が、私に微笑んでいた。
(しかも、イラスト入り・・・!)
絶望的な気持ちで顔を上げると、Sが期待に目を輝かせながら私が最初の1ページを開くのを待っていた。
私は呪った。運命を呪った。
これは確かに「情熱」だった。新人賞に応募するわけでもなければコミケットで売る訳でもない、本当にただ「表現したい」という欲求が彼等にペンを持たせ、色鉛筆を走らせたのだ。
問題は彼等のその情熱が、「こんな現実からは逃亡して、剣と魔法の世界で充実人生を歩みたい」という情けない願望だったり、「俺もこういう世界でなら年頃の美少女と仲良くなれそうだ」という夢想に裏付けられていることがあまりにもミエミエなことだった。
Sの小説は案の定。3人パーティーのドラクエ小説だった。
主人公の父親が行方不明になり、戦士の親友と魔法使いの「妹」を連れて旅に出る。
ヒロインを主人公の「妹」に設定しているあたりがSの照れだった。さすがに女満別の田舎から出てきたばかりの16歳童貞が恋愛描写をやるのは気が引けたらしい。それはそれで痛々しいものを感じたが、私はなんとか、その「魔法使いの妹」がゴブリンの大軍をファイヤーボールで薙ぎ払う(笑)第1話の終わりまで正常な意識を保ったまま読了することが出来ていた。
「どうだった?」
明らかに肯定的な評価を期待して、Sは私に尋ねた。
私はふと、Sの「作品」の余白には地図が描かれていることに気付いた。
どうやらこのドラクエもどきの舞台である「大陸」の地図らしいそれには「●●王国」と「××帝国」という名前(いかにもな感じのファンタジー系カタカナ名前)が書き連ねられていた。
「S、あのさ、この地図だけど」
「ああ、どうした?」
「この●●王国ってのが味方で、××帝国ってのが敵側だろ?」
「すごいな、第1話の時点でどうしてわかったんだ?」
私は数分間考えに考えた挙句、「来年はお前、世界史取れよ」と理系のSにアドバイスし、彼に「作品」を返却した。
高校卒業後、彼とは連絡を取ってないが友人づてに辿りついた彼のウェブサイトには、
「この物語は7つの大陸を結ぶ・・・」といういかにもなモノローグではじまる物語が掲載されていた。
「がんばって、生きろよ・・・」
私はキャイーンのウド鈴木ソックリの外見を持つ彼の勇姿を想い、今年2×才になる彼の心の平安を切実に願った。
(次回へ続く?)
<次回予告>
「俺、格闘マンガしか読まないッスから」
それが、彼の口癖だった。
「教師になるのが夢なんスよ」
それも、彼の口癖だった。
蛍雪アルシュを買い、「ソフィーの世界」を買って哲学キャラを気取り、毎日新聞を読んで政治腐敗に憤る彼・・・!!
そんな彼が大学入学後最初にやったこと、
それは・・・前代未聞の「改造手術」だった!!
次回 善良な市民のオタク黒歴史 第3話 「恋愛留学とその挫折〜自称「硬派」の転落人生」(仮題)
君は、刻(とき)の涙を見る・・・!