いくらTV局側で但し書きをつけても、似非脳科学に変わりはない


2010年10月22日

【脳研究 – issues&ニセ科学問題】

<注:是非コメント欄もお読み下さい!重要な情報・ご指摘をたくさんお寄せいただいております>

(本エントリはviking個人の学識の範囲で評したものですので、当該分野に詳しい専門家・研究者の方がいらしたら是非誤りなど正していただければ幸いです)

舌の根も乾かぬうちに、某TV局がやらかしてくれました。しかも、ダークサイドに落ちたS氏(ちなみにダークサイドに落ちた経緯は以前のエントリ[1] / [2]をご参照のこと)とのタッグで。

先に結論から書きましょう。上記リンク先のTogetterまとめに挙がっている彼の番組内での発言の大半は、「誤った情報」「未確定の研究に基づく決め付け」「不正確な理解」「拡大解釈」「過剰な単純化」「動物実験に基づいた大胆な推論」がもたらすただの「憶測」でしかありません。そしてその程度の根拠薄弱な憶測をあたかも事実のように断言するということは、以前OECDの報告書が指摘した通り「神経神話」そのものであり、当blogでいうところの「似非脳科学」に該当する言説と言って良いと思います。

言い換えれば、どの発言もストレートに科学的に真実だと保証する証拠がないものばかりであり、現場の研究者としては「そんなもの信じるな!」と言わざるを得ないようなもののオンパレードだということです。

以前も論じましたが、この手の「似非脳科学」的言説では決まって「出典」が示されないもの。勿論今回のS氏の発言においても、そんなものはきちんと触れられていませんでした。それは、やはり出典を実際に当たられたくないのではないか?(ボロが出るので)と勘繰らざるを得ない話でしょう。・・・ということで、その言及されなかった「出典」を探った上で、上記の結論に至った検証過程を以下に示します。

その前に。この番組では最後の最後に「この番組に登場する情報・見解はあくまでも一説であり、その真偽を確定するものではありません。『ホンマでっか!?』という姿勢でお楽しみ頂けると幸いです」というメッセージが流れるそうですが、これがこのTV局が「あるある」騒動の教訓から見せた唯一の進歩なのだとしたら、極めて嘆かわしいことです。

今や、ダイエット器具や美容器具の怪しげなTV通販ですら、いかにもサクラっぽい「体験談」を体験者が語っている画面の下の方にずっと「効果には個人差があります」という但し書きを流し続けなければいけないご時世なんですから、もしそういう但し書きをつけるのなら番組の冒頭に掲げるか、もしくは番組中ずっと画面の下の方にテロップを出し続けるべきですね。 :cool:

とはいえ、そんな但し書きを見たところで、本当に眉に唾をつけて番組を見る視聴者が一体どれほどいるというのでしょうか? しかも、「専門家」をスタジオに招いていると喧伝しておきながら? 真に受ける人々なんて山ほどいるのですから(後述)、もし信憑性に自信がないor信憑性を度外視するつもりであるならば、もっとでかでかと但し書きを明記するべきです。それが曲がりなりにも「公共の電波」とやらを占有するTV局のやるべきことだと思います。

それでは、一つ一つ検証してみましょう。S氏の発言は上記Togetterまとめから、ある程度一括りにして抜粋してあります。

1. (父親の男児の世話が学力低下を招くという話題で)それは当たり前の話。2007年の論文で分かっている(どの論文かは明言無し、専門家は2005年から分かっていたとも発言)

<拡大解釈:父親の育児参加は必ずしも学力低下を意味しないし、学力低下が見られるのは一部の条件グループのみ>ブリストル大が2007年に発表した季報にあったデータを基にしていると思われます。この季報によれば、約6000家族を対象にしたAvon Longitudinal Studyのデータを援用した解析結果から、「週に15時間以上父親『のみ』で育児をした場合、後々の子供の学力が低下する傾向がある」と結論付けています。ただし、それ以外のケース(つまり週に15時間以下といえども父親が育児参加した場合)では有意差はなかったとも報告しており、父親が育児参加したら必ず子供の学力低下につながるとはいえないようです。

2. 「お母さんは子供を育てた方が、お母さんの知能が上がる」「ラットの実験からまず証明された」「さらに認知症になりにくくなる」「ベータアミロイドが認知症の原因で、蓄積すると認知症になるが、育児をしていると5、60代になってもベータアミロイドが体内に蓄積しにくい」

<拡大解釈&動物実験に基づいた大胆な推論:そもそも記憶学習能力が向上するのであって知能が向上するわけではない、またその結果自体が脆弱である上にヒトへの直接の適用には慎重を期すべき>元になったと思われるのは1999年のNature論文。この論文は「出産経験のある雌ラットは迷路課題の記憶学習能力が向上する」とは言っていますが、知能については一言も触れていません。そもそも、記憶能力と知能との間にストレートな関係はありません。しかも困ったことに、2006年のEur J Neurosci論文によればこの雌ラットの記憶学習能力向上は妊娠中にストレスを受けると消失してしまうとのこと。脆弱な効果の可能性が高そうです・・・特にヒトの妊婦なら尚更という気が。

またβアミロイドの件については2005年のBrain Res Bull論文に報告があり、間違ってはいません(ただし2回妊娠した群にのみ有意なβアミロイドの減少が見られた一方で1回のみ妊娠した群では0回群との有意差がなく、非線型な関係となっている点に注意が必要)。しかしながら、日本を代表する著名な神経科学者のお二方の先生によれば「睡眠・覚醒以外の中枢神経機構でヒトとマウス/ラットで共通して議論できるところはほとんどない」「そもそも海馬の発達期はヒトとマウス/ラットで異なる」とのことであり、マウス/ラットにおける知見をそのままヒトに適用できるかどうかはまた別の問題だとの認識を示しておられます。「ヒトとマウス/ラットとで脳機能に関連する物質(分子)すら異なる」ケースもあるのだとか。実際、僕の専門分野である認知神経科学の世界でも、ラットの知見がヒトでも確認されたというだけでNatureにバーンと載ってしまうぐらいであり、とにかく動物実験の結果を安易にヒトに適用するのは正しくないことだと言い切って良いと思います。

(追記:当blogではお馴染みの宮川剛さんより、コメント欄にて「マウス/ラットの研究はヒトと共通して議論できるという推測のもとで研究されている」旨のご指摘をいただきました。確かに、生化学・薬理学的研究においては将来のヒトへの応用を目指す研究が多く、この点を見落としたここでの議論は片手落ちであったと反省いたします。是非コメント欄のご指摘についてもご一読下さい)

3. 「最近の研究(2010年)で、赤ちゃんが放つマザリーズ(赤ちゃんに対する母親語)に母親の脳は反応するが、父親の脳は反応しない」「(言葉としては父親でも聞き取れるが)全然違うんですよ、脳が」「子供の話す言葉に対して(母親の)脳の反応が消えるのが5歳くらい」「お母さん脳」はそれぐらい特殊」「子供が5歳を過ぎると(マザリーズに対する脳の反応の)男女差は無くなる」

<拡大解釈:2.に関連しているように見えて全く関連しない>これは僕の知人が1st authorを務めた研究の話だと思います。その知人によれば、「個人差が非常に大きい」とのことであり、一般化できるかどうかはギリギリの線で、知見としてはむしろ感覚~運動統合のテーマを扱っていると見た方が良いとのことでした。そして、言うまでもなく母親の知能などとの関連は調べていません。S氏は2.からの続きで話しているのでしょうが、このマザリーズの研究はその点については何の関連もありません。

4. (秋は鬱病になりやすいというテーマをうけて)「鬱病は基本的にセロトニンという物質が下がる事で起こる」「脳科学的にはセロトニンを増やすにはトリプトファンという物質が必要なので、焼き肉等の肉類が含有量が多い(ので食べた方が良い)」「牛乳も焼き肉と合わせて飲むと良い」

<不正確な理解:トリプトファンの摂取には別の方法が必要>そもそもトリプトファンは血液脳関門(BBB)を通り抜けにくいので、どうしても摂取したいならインスリンを過剰分泌させる必要があります。よって、あえて空腹時にインスリンがどんどん分泌されている状態でトリプトファンを含む食物をとった方が合理的です。なお、焼肉に含まれるトリプトファンを摂取したからといって牛乳を飲んだら、牛乳に含まれる豊富な別の種類のアミノ酸の吸収プロセスとかち合ってしまい、むしろトリプトファンは吸収されにくくなるはずです。

(追記:ripabtsさん櫻井武さんから重要なご指摘をいただきました。ここでは売り言葉に買い言葉的に単にトリプトファンの摂取可能性についてコメントしただけだったのですが、誤解を与えるような表現であったと反省しております・・・ご指摘いただいた通り、無理やりトリプトファンを摂取しようとバランスの悪い食事や過剰摂取を目指すよりも、バランスの取れた食習慣と適切な運動を含むバランスの良い生活習慣を心がける方が、一般に鬱病予防を考えるなら妥当だと思います)

5. 「チョコレートに関しても同じように鬱病予防になる」

<誤った情報:むしろ鬱病になるかもしれない>実は正反対の研究結果が今年に入って出ています。そのArch Intern Med論文によれば、チョコレートを多く食べる人ほど鬱病傾向が強いとのこと。ただし、これも単なる相関関係(研究自体がいわゆる「断面調査」)しか示しておらず、結論は未確定といえます。

一方、チョコレートが鬱病に効くという俗説の多くはおそらく「チョコレートには鬱病時に脳内で不足するGABAが多く含まれる」という事実に基づいているのだと思われますが、そもそもGABAは少なくとも成人のBBBを通過できません(注:子供の未成熟なBBBは通過しうるが、代わりに神経毒性をもたらす危険性がある)。ですから、いくらチョコレートを食べてもGABAは脳内には届かないのです。どうしてもGABA濃度を変えたかったら前駆物質に基づく中枢神経作用薬を用いるべきですし、それは精神医学の世界では多数実用化されています。

6. 「(秋はイジメや鬱病が多いという話題を受けて)サンマはそれに良い」「サンマのDHAは攻撃性を減少させる」「DHAを飲ませたグループとそうでないグループを分けると、飲ませたグループは攻撃性が下がった」

<正しい:もっとも研究が多くないので追試が必要>確かに2008年のPsychiatry Res論文によれば、EPA + DHAの継続的摂取がヒト参加者の攻撃性を低下させ、しかも二重盲検をクリアしたとのこと。ようやく正しい話が出てきました。 :ase:  もっとも、DHAと攻撃性・攻撃的行動との関係性についての研究は2010年10月現在たったの38報しかないので、追試が必要なのもまた事実でしょう。

7. 「虐待することによって脳が変わってしまう。それが証明されている」「実は脳を見てしまうと、この人が虐待するかどうかわかる」「扁桃体と海馬が虐待を受けた人は小さくなる」「扁桃体と海馬は感情を司る場所なので恐怖を感じなくなり、相手のイヤだとか怖がっているという所も感じ無くなる」

<不正確な理解&未確定の研究に基づく決め付け&拡大解釈:脳だけ見ても何かが言えるわけではないし、単純化は難しい>虐待を受けた子供の側頭葉(厳密にはSTG)の灰白質体積が「増える」という報告が今年のNeuroimage論文にありました。一方、確かに虐待を受けると扁桃体と海馬の灰白質体積が減少するという研究は結構あるんですが、今年に入ってから「帯状回と眼窩野」「前頭前野内側部」に体積減少が見られたという研究も出ており、「恐怖を感じなくなる」というような説明は正しくないものと考えられます。

ところで、「脳を見れば将来虐待するかどうかわかる」というのは同様の記事見出しで日経メディカルにも載った2008年のPLoS ONE論文のことだと思うんですが、まず「逆推論」の問題があり、おまけにMEG単体でそこまで決定的なことはまず言えません(MEGはデータの個人差が非常に大きい)し、そもそも研究結果自体が「赤ん坊の顔を見て嬉しくなっているかどうかがわかる」という程度の話なので、これを将来の虐待可能性に結びつけるのはあまりにも無理があります。

8. 「携帯電話の使用で脳腫瘍や脳梗塞になるというデータがあったが、WHOの調査で否定された」「むしろ携帯電話を使った人の方が脳腫瘍になりにくい。WHOのちゃんとした報告を読むと英語でそう書いてある」「きちんとした原著、英語の報告を読むとマスコミ報道はズレる事が結構あって、日本語にした場合悪影響は無しと書いてあるが、よく読むとむしろ脳腫瘍は1.4倍低い」

<不正確な理解:携帯電話を使っても使わなくても脳腫瘍のなりやすさに差がないという解釈の方が妥当で、しかもWHOの報告書は追試を提案している>確かに、今年のInt J Epidemiol論文によればそういうことが書いてあります。ところが原文(PDF)を読むと、携帯電話の使用開始時期からの経過年数を1~2年前、2~4年前、5~9年前、10年以上前と分けてオッズ比を算出してみたところ、なぜか1~2年前&10年以上前とではオッズ比の95%信頼区間(CI)が1.0にかかっている(携帯電話を使ったことのない人と脳腫瘍のかかりやすさに差がない)一方で、2~4年前&5~9年前では1.0にかかっておらず、非線型な結果になっています。他にもオッズ比のCIが1.0にかかっている項目は山ほどあります。言い換えれば、統計的にはまだ何とも言えない状況だということです。

このため、実は原文ではわざわざ「確定した結論はまだ出せないし、調査対象時期(今より10年以上前=2000年かそれ以前)と現在とで一般的な携帯の使用頻度に差があるので更なる調査が必要」と但し書きがしてあるのです。そこにS氏は触れていません。

9. (河本準一氏の物を片付けられない嫁の性格を直す方法は?という相談に)「無駄ですよ」「一生直りません」「お子さんが産まれてからそうなった場合、それで脳が変わった」「子供を産むと脳が変わる」「子供を育てるように脳が変わる、脳どころか性ホルモン全部が変わる」

<未確定の研究に基づく決め付け&拡大解釈:そんな証拠は今のところほとんど得られていない>女性が出産を経験すると、脳内で大量にオキシトシンとプロラクチンが分泌されることは広く知られています。しかしながら、それが実際の行動にどれほど影響するかは現在もよくわかっていません。今年のProg Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry論文(総説)も、これらの性ホルモンが知覚・情動・認知機能にどのような影響を与えるかはほとんどわかっていないとあえて断り書きを入れているほどです。

10. 「母親脳という学術用語がある」

<拡大解釈:動物実験の結果をヒトに適用するのは単純ではない>あるにはあります。いわゆる”maternal brain”であり、1999年のNature論文がその走りだといえます。ただし、2.でもコメントした通り基盤となるマウス/ラット研究の知見がヒトにも適用できるかというと100%そうであるとは限らないわけで、もしヒトの話をするのであればそれは拡大解釈と言わざるを得ないと思います。

11. 「(注意力が向上する)ノルアドレナリンを高めるにはガムを噛むことと、歯を磨くこと」「唾液の分泌を促すことでノルアドレナリンが増える」

<正しい:ただし作用機序は不明>ノルアドレナリンは実際に注意力だったり集中力に関連します。ただ、ガムを噛むとノルアドレナリンが増える・・・というのは僕のサーベイではわかりませんでした。どちらとも取れる和文誌のデータはありましたが。

12. (石原良純氏の子供が効率良く勉強するには、という質問に)「幼少期、6歳くらいで脳は出来ちゃってる」「8歳くらいまでであれば脳は伸ばせる」「効率良く工夫しながら勉強出来る基礎は6歳までで決まる」「6歳から始めるとIQ180いく、それは脳科学で証明されている」「7、8歳で脳は変わる。その位までに知能を伸ばさないとダメ」「1日10分くらいで、2ヶ月でIQが10から20ポイント上がる方法がある」「ワーキングメモリーを高めると良い。物語を読み聞かせたり、色んな事をした時に順番を覚えさせる」「順番を覚える能力が重要」

<誤った情報&拡大解釈:知能の向上プロセスは未解明の部分も多く、脳機能の発達はむしろ10~12歳に大きな変化が見られる>まず、6歳から勉強して「誰でも」IQ180に達するなんて話は聞いたことがありません。それなら5歳で新聞を読んでいた僕はとっくの昔に200ぐらいに達していて良いはずです。 :cool:  ところで、ワーキングメモリを訓練するとIQが向上するという事実自体は2008年のPNAS論文が報告しています。ただし、長期的に継続した場合の効果については全く検証されていません。

さらに、6~8歳ぐらいまでで脳の発達が決まってしまうというのは誤りです。国内研究ですが、「ワーキングメモリの発達」(五十嵐一枝・加藤元一郎:『脳とワーキングメモリ』苧阪直行編、p.299-308)によればWisconsin Card Sorting Testという前頭葉機能検査手法(現在神経内科で広く用いられる一般的な脳機能検査手法の一つ)を用いて6~17歳の子供約300名を対象に脳の発達過程を調べたところ、10~12歳に急激なスコアの上昇が見られることから、この辺りに一種の「臨界期」があるということは以前から知られています。なお、同書によればこの結果は1986年のJ Clin Exp Neuropsychol論文1991年のDev Neuropsychol論文1996年のDev Neuropsychol論文の結果と一致するとのことです。これらの知見を踏まえないのならば、デタラメと言われても致し方ありません。

13. (和田アキ子氏の、気の小さい性格を直したいという相談を受けて)「状況に応じ判断+相手の立場で考える=脳的に非常に良い性格特性」「脳科学的な性格特性は遺伝し、20歳を過ぎればほぼ変わらなくなる」

<誤った情報:エピジェネティクスが受け容れられつつある現代では単純すぎる主張>「遺伝する」だの「相手の立場で考える」とか心の理論(Theory of Mind, ToM)の話をしている辺り、これはおそらく自閉症を含む発達障害のことを指しているのではないでしょうか? 確かに自閉症には遺伝的要因が関与している可能性もありますが、そもそも「性格特性は遺伝する」と断言するあたりに問題を感じます。なぜならば、現代の生命科学においてはエピジェネティクスという考え方が広がりつつあり、古典的な遺伝学の考え方だけでは説明できない個体ごとの特性を説明しうると考えられるようになっており、S氏の発言は時代遅れですらあると言えます。なお、エピジェネティクスについては先述したAvon Longitudinal Studyが大きな貢献を果たしているというTime誌記事があるとのことです。そしてそれ以上に、もしこの発言が発達障害のことを指しているのだとしたら極めて失礼な話だと思います。

(追記:やはり宮川剛さんより「一卵性双生児の研究などから性格特性は遺伝的要因が強いと考えられるようになってきている」旨ご指摘をいただきました。Kyensさんからもエピジェネティクスを拡大解釈しているのではないかというご指摘をいただいております。確かに、実を言うとヒト認知神経科学の世界でも個人差は遺伝的要因の方が強いかもしれないと報告する研究があり、僕の方が遺伝的要因を過小評価していた危険性があります。同様に自閉症についても遺伝的要因が関連しているとする考え方の方が主流である由ご指摘があり、少なくとも疾患レベル及び大まかな性格傾向という点では遺伝的要因を重視する方が妥当であるらしい旨この場を持ちまして強調しておきます。そして同時に訂正とさせていただきます。厳に反省する次第です)

14. 「女性は若い時に激しいHをしていると、年をとってからのその後の年収が15パーセント位低い(何と比較して低いのかは明言されず)」「10代でHの回数が多いと脳が変化していき、高校中退や年収の低下につながる事が証明されている」

<拡大解釈:原典(とおぼしき文献)によれば年収に差があるとは断言できず、脳の変化に至っては証拠が少なすぎる>あまりにも下世話すぎて何を言ってるんだかさっぱりわかりません。 :sase:  そして原典も正直言って全然わからないんですが、2006年のEastern Economic Journal論文によれば未婚の時に”sexually active”な女性ほど高収入層(貧困層の5倍以上の年収)が少ないというデータがあります。ただ、どのデータも途方もなく標準偏差が大きくて差がつきにくい上に、貧困層に限って見ると”sexually active”と”not sexually active”の2群の間で有意差がないため、これだけでは何ともいえないはずです(どちらにも属さない中間層に2群の大半が収まってしまう可能性がある)。「脳が変化する」云々ははっきり言ってわかりません。初体験が早い女性ほどERPのP300電位が弱くなるという訳のわからない研究なら見つけましたが・・・。

*   *   *

ということで、14項目中正しかったのは2項目だけ。残り12項目は要するに「神経神話」的な憶測に基づく「似非脳科学」です。15項目中5項目だけが「似非脳科学」だったどこぞの豆知識の方がよっぽどマトモ、ということなんでしょうか。 :cool:

そんな「似非脳科学」のオンパレードのこの番組。但し書きをつけていればTV局としては責任逃れできて万々歳なのかもしれませんが、web上で色々見ていると完全に鵜呑みにして真に受けてしまっている視聴者の方々が結構いるみたいですね。 :sase:

これはあまりにもまずい話ですし、何よりも後で無根拠な俗説と判明した時に「ああ脳科学(神経科学)なんて嘘っぱちなんだ」と多くの人々に思われるようになった日には、我々研究者としてはたまったものではありません。そうならないためにも、もっと現場の神経科学者が進んで啓蒙に取り組むべきだと僕は考えます。

コメント / トラックバック15件

  1. ほとんどの部分は賛成できるのですが、以下、気づいたことを記しておきます。

    「睡眠・覚醒以外の中枢神経機構でヒトとマウス/ラットで共通して議論できるところはほとんどない」
    というのは言い過ぎですね。違いは当然のことながらたくさんありますが、睡眠・覚醒以外の中枢神経機構でも共通して議論できるところはたくさんあります。Nature NeuroscienceとかJournal of Neuroscienceといった神経科学の専門誌の半分以上の論文がマウス/ラットで行われた研究の論文なのですが、これらの研究を行っている研究者のほとんどは「共通して議論できる」との推測のもと、研究してます。ヒトと全く関連がないであろうものには研究費もおりないし、論文も通る確率は低いと思われます。

    「そもそも「性格特性は遺伝する」と断言するあたりに問題を感じます。」
    一卵性双生児の研究から、ほとんどの性格特性について遺伝するのは間違いない、と多くの研究者は考えています。それぞれの特性によって、推定されている遺伝率にかなり違いはありますが。もちろん、これは環境要因が関係ないということでは全くありません。また、最近は母体の胎内環境の影響や、親から子供へ伝わるエピジェネティックな効果もあるのでは、という説もあり、現在妥当だと考えられている遺伝率の数値は、今後多少小さくなっていく可能性はあるとは思っています。Politically correctな教育の影響で、これを断言すると過剰反応がある場合があると感じていますが、そのあたりはあくまでも科学的なデータをもとに議論していくことが大切ではないかと思います。

    あと、「確かに自閉症には遺伝的要因が関与している可能性もありますが、」と書かれてますが、自閉症の遺伝率は極めて高いと推定されており、現在、自閉症に遺伝的要因が関与していない、と考えている研究者はほとんどいないはずです。

    参考
    http://www.nature.com/scitable/topicpage/behavioral-genomics-29093

  2. Kyens より:

    エピジェネティクスは行動遺伝を否定するネタとして使われているところをたびたび見かけます、少々拡大解釈されているように思います。Tsuyoshi Miyakawaさんがおっしゃるように双生児研究を用いて表現型と血縁性の相関を見るという古典的な伝達遺伝学の方法で、「遺伝的要因が全く影響を与えていないかどうか」は調べることができます。もし遺伝的要因が関わっていることが示されたら、その説明のひとつとしてエピジェネティクスを考慮しなければなりません。

    それでも、もし仮に性格の遺伝がすべてエピジェネティクスによるもので塩基配列そのものは関係なさそうだとわかったとしても、それが論理的な困難となるのは形質の進化のように100世代スケールで考えなければならないときで、日常的な意味では(親と子は似る傾向があるというゆるい意味で)性格に遺伝性があると言っても間違いではないだろうとおもいます。

  3. viking より:

    >宮川さん、Kyensさん
    的確なご指摘、恐れ入ります。ヒト認知神経科学が専門の門外漢には大変重要なコメントで、勉強になります。ありがとうございました。Epigenetics自体に拡大解釈の危険性があるということを考慮すべきという点を見落としていたのは、不覚の至りです。本文に注釈を加えて、注意を喚起したいと思います。

  4. 匿名 より:

    電通戦略十則

    1. もっと使わせろ

    2. 捨てさせろ

    3. 無駄使いさせろ

    4. 季節を忘れさせろ

    5. 贈り物をさせろ

    6. 組み合わせで買わせろ

    7. きっかけを投じろ

    8. 流行遅れにさせろ

    9. 気安く買わせろ

    10. 混乱をつくり出せ

  5. takeshi.sakurai より:

    私のツィートが「睡眠・覚醒以外の中枢神経機構でヒトとマウス/ラットで共通して議論できるところはほとんどない」と受け止められてしまったのなら、書き方がちょっとまずかったかもしれません。「睡眠覚醒」以外でも、もっと低次の機能であれば、ストレートに共通して語れますよね。たとえば体内時計もしかり、延髄や脊髄の機構などはほとんど共通ですね。
    また、高次機能でももちろんマウスの研究は大変役に立っています。
    ただ、「睡眠・覚醒の制御機構」は、高次機能と低次機能の境界線くらいにあり、ほとんどイマジネーションなしにストレートにマウスの結果がヒトに応用できる一つの例として挙げました。
    もちろん、それは、ヒトとマウスの両方の十分な研究結果がないと言えないことでもあります。
    それ以上の高次機能でも、マウスのデータは、非常に重要な価値を持っています。しかしそれをヒトに応用するには、応分の想像力が必要だと思います。それは、マウスとヒトでは、精神世界、感覚世界、社会構造がまったく違うからです。
    これは、僕がいつも言っている「実験系という特殊な世界で得られた結果は、特殊な条件下で得られた結果だから、生体内で起こっていることを想像するにはそれなりのイマジネーションが必要だ。」ということに通じると思います。
    極端な例を挙げれば、マウスは嗅覚の世界にいきているので、社会認知にも嗅覚をつかっています。だからフェロモンというものもあるわけですが、ヒトはそれを視覚でやっているわけです。それを、「フェロモン」が見つかったと報道されると、一般のヒトは、「フェロモンってあるんだ」と思ってしまいます。マウスは単純には擬人化できません。
    だからといって、フェロモンを介する社会接触とその機構が、ヒトの脳科学に役に立たないということは全くありません。専門家は、ヒトの視覚世界に置き換えて想像するすべを知っているわけです。一般のヒトに説明するには、そこまで噛み砕いて誤解を与えない情報を提供する必要があると思います。
     ポッと出の論文の報道も結構社会に影響を与えてます。何年も前に、「アルミがアルツハイマー病の原因」だと報道されたことがありましたが、それを今も信じているヒトが結構多いです。「アルツハイマーになるからアルミホイルは使わない。」なんて言ってるひとも結構います。報道にもプレスリリースにもそれなりの覚悟と責任が必要だと思う次第です。

  6. viking より:

    >takeshi.sakuraiさん
    わざわざ詳細な解説コメントをお寄せ下さいまして、ありがとうございました。仰るような視点はヒト研究が専門の当方には全くございませんで、恥じ入るとともに大いに反省する次第です。

    ご指摘いただきました通り、種をまたいで議論するにはそれぞれの種(ヒトorマウス)が生きている世界の状況を考えなければいけないというのはまさにその通りだと感じました。また、専門家ならば容易に「置き換えて想像」できることが、一般社会の受け手ではそうとは限らないということもまた然りですね。僕自身が肝に銘じて、よくよく検討すべきことだと感じました。

  7. takeshi.sakurai より:

    また、逆の例として「摂食行動」の制御機構が挙げられるとおもいます。Rodentの研究ではこれまで大変なブームでしたので、非常にいろいろな事がわかってきたのですが、ヒトの食欲となると、まったく別物と言った方が良さそうです。もちろん、Rodentで動いているメカニズムはヒトでも動いているのでしょうが、エネルギー恒常性の制御機構に絞った研究だけではヒトの食欲は説明できませんでした。マウスはエネルギーが足りないから、また、食わないと死んでしまうから食うのです。しかし、ヒトは、「腹が減ったから」ということ以上に「美味いから」食っているわけです。こうした違いを理解しないと、本質は見えてきませんね。

  8. viking より:

    >takeshi.sakuraiさん
    なるほど、ヒトのように摂食行動自体が生存本能からある程度離れて「文化」としての性格を持つようになった種の場合には、rodentと完全に共通させての議論ができるとも限らないわけですね・・・ヒトが複雑な生態を持つようになったせいで、ヒト脳の研究もまた複雑になったというのはこれ以上ない皮肉なのかもしれません。

  9. ripabts より:

    有益な情報を教えていただきまして、ありがとうございます。少しだけ疑問に思うことがありましたので、以下にコメントいたします。

    ・ 空腹時は「インスリンがどんどん分泌されている状態」ではない
    ・ 通常のバランス食では、インスリンと共に競合する種々のアミノ酸の血中濃度も上昇
    ・ アミノ酸組成で比較した場合、乳製品が肉類に比べて比率が劣るということはない

    トリプトファンを効率的に脳内に送る方法があったとしても、それが総体的な人間の健康に寄与するという根拠はないようですので、広く推奨できるような状況ではないようにも思います。でも、朝から焼き肉は魅力的ですよね。それだけでも、ちょっとハッピーになれそうです。

  10. ripabts より:

    すみません。先ほどのコメントは重要な点が抜けていたので、もう一度。というか、大して意味のないことなので消していただいてもかまいません。本当に申し訳ありませんでした。

    詳細は省きますが、トリプトファンと鬱の関係において、現時点で確実と考えられるのは、“バランスの悪い食事や過剰摂取をするよりも、適切な運動を継続することの方が大切”ということだけだと思います。タンパク質のアンバランスな摂取や、インスリンの「過剰分泌」という観点から食生活を見直すのは、長期的にはおそらく危険です。

    トリプトファンの輸送やセロトニン代謝と鬱に関する研究は進んでいても、そこから先は類推だけで臨床的に有効であるかのように語られている俗説がほとんどだと思います。

  11. takeshi.sakurai より:

    ちなみに。

    米には穀物としては例外的に多くトリプトファンが含まれてます。だから、日本人は肉をあまりとらなくても、大丈夫でした。日本食には米と大豆が多く含まれているから、前者でトリプトファン、後者でリジンをとることが可能です。

    しかし、これをもって米を食べればうつにならない、などというと似非科学になってしまいます。
    厳密な統制下での疫学的研究がサポートしていれば別ですが。

  12. viking より:

    >ripabtsさん
    なるほど、僕が門外漢なばかりに憶測に近いことばかり書いてしまったようです。本文に反映させようと思います。大変貴重なご指摘ありがとうございました。確かに、仰る通りで究極的にはやはりバランスの取れた食事を摂取し、(適切な運動を継続するなど)バランスの取れた生活習慣を維持することの方がよほど大事なのでしょう。

    >takeshi.sakuraiさん
    度々コメント下さいまして、本当にありがとうございます。仰る通り、食品に○○が含まれているということと、これを摂取することで疾患が予防できるということとは、また異なる話だと思います。

  13. 「ホンマでっか!?TV」は要注意…

    「専門家」と称する人間がが勝手なことを次々ともっともらしく語るフジテレビの「ホンマでっか!?TV」を、多くの人が楽しんで見ていると思う。管理人は、その根拠もなく自信たっぷりな「専門家」たちの話し方が好きではないが、「娯楽番組としては、ギリギリ許されるかな…..

  14. ミッチー より:

    ご無沙汰しております。
    このトピック、いつもにもまして力作ですね(笑)。
    感心致しました。

    Vikingさんが仰っていることはほぼ全て同意できるもので、私も似たような感想です。
    この番組、妻と見ていたのですが、「へーほんとなの?」という言葉に対してたびたびコメントで返していたのですが、やっぱり注意すべきですよね。
    相関研究や群間研究での有意差がストレートに因果関係を決定しているかのような言い方は、やはり科学を勉強してきたものにとって、強い抵抗があります。

    一つ補足として。
    虐待を受けた子供の側頭葉の灰白質体積の増加は何を示すかですが、ある意味脳の異常発達と考えることもできそうです。ブローカーエリアが言語障害のある自閉症において皮質容積の非対称性(右が大きい)を示すという研究(De Fosse et al., Annals of Neurology 56, 757–766, 2004; Herbert et al., Annals of Neurology 52, 588–596, 2002)があったりします。
    「脳を見れば将来虐待するかどうかわかる」というのはうちの奥さんがかなり食いついていたのですが、
    「虐待前の子どもと虐待後の子どもをMRIでそれぞれ撮像して比較すれば、分からない訳でもないと思うが、そんなのは現実的に不可能だから、結局は何とも言えない。万一できたとしても、多くのデーターを集めて多角的に検討しないといけないから、やっぱり無理」
    と答えておきました。

    この番組、学生の勉強のためには実は良い教材ではないか、と思って見ていました。
    科学的データーの解釈を誤れば、誤解を与えかねない、とても良い教材です(笑)。
    データーを批判的に見る良い訓練にもなるかも知れません。

  15. viking より:

    >ミッチーさん
    どうも、こちらこそご無沙汰しております。久方ぶりにコメントをいただきまして、嬉しい限りです。

    重要な参考文献の情報、有難うございます。Ann Neurolは門外漢でほとんど読みませんもので、そのような研究があったとは寡聞にして存じませんでした。世間では「脳が萎縮する」談義ばかりが注目されがちですが、「異常発達のために増える」という観点についても専門家としては見落としてはいけないのだなと感じました。

    それにしましても、奥様とのやり取りが・・・。 :lase:  似たようなことは拙宅でも時々起こりますので、お気持ちよくわかります。身近なところから誤解は防いでいかなければなりませんよね。

    この手の番組を見てすぐ本能的に「これは検証された事実なのか?」と疑って原典を当たるという行動を覚えることは、他人の論文を見てそのデータの信頼性や、その解釈の妥当性を鵜呑みにせずに自ら検証しようという姿勢を習得することにもつながると僕も思います。学生に、毎回この番組の内容の真偽を検証させるというのも面白いかもしれません。

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