〈独走第36弾〉そしてまたも旧田中派が潰された
数多の政権を葬り去ってきた検察という名の「権力の暴力装置」=本誌政界特捜班
(SAPIO 2009年4月22日号掲載) 2009年4月27日(月)配信
「ロッキード」と「グラマン」の対照的な結末
<保守合同を生んだ造船疑獄>
戦後、検察が最初に権力中枢に捜査を向けたのが吉田茂内閣当時の54年に起きた「造船疑獄」だ。東京地検特捜部は、朝鮮戦争特需後の不況に陥った海運業界の救済政策をめぐり、業界から献金を受けていた自由党の佐藤栄作幹事長、池田勇人政調会長の捜査に着手、佐藤幹事長を収賄容疑で逮捕する方針を決めた。
ところが、吉田内閣の犬養健・法相が指揮権を発動して逮捕見送りを指示し、捜査を止めた翌日に法相を辞任。佐藤藤佐・検事総長は国会で証人喚問され、「指揮権が捜査に支障をきたした」と批判して吉田内閣は窮地に陥った。
だが、注目すべきは「検察VS政権」の対決ではなく、事件が保守分裂という政界の地殻変動の中で起きたことだ。
当時の政界は保守勢力が吉田自由党と、公職追放から復権した鳩山一郎、岸信介らの鳩山自由党に分裂し、社会党が勢力を伸ばしていた。鳩山、岸は憲法改正・再軍備と占領体制での諸制度の改革を主張し、一方の吉田は慎重派だった。そのさなかに起きたのが造船疑獄であり、政官財の吉田派から多くの逮捕者を出した。鳩山はその年、日本民主党を結成し、吉田内閣は総辞職、鳩山内閣が成立する。
それを機に、翌55年、日本民主党と自由党は「憲法改正」と「社会主義勢力から日本を守る」ことを掲げて合併し、現在の自由民主党が結成された。疑獄の裏には、鳩山ら「国権派」を後押しした米国CIAの動きがあったとも指摘されている。事実、鳩山政権に続く岸、池田政権時代、自民党に米国から秘密資金が流れていたことが、公開された米国務省文書に記載されている。
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