気が付いたら俺達はひらけた場所に居た。どこかで見たような展開だ。
周囲を観察したところ、どうやらここは上野公園のようだ。やはり状況は全くわからない。あの機械はワープ装置か何かだったのだろうか。
しかしアヤが言うように、妙に辺りが荒廃している。ビルが壊れたまま放置されているなんて、東京では見たことも無い光景だ。
その辺をふらついていたオッサンを捕まえて、色々聞いてみる。アヤの機転で、俺は記憶喪失の気の毒な男の子になった。あとで泣かしちゃる。人の良いおっさんが、哀れな俺に同情して聞かせてくれた話によると、やはりここは上野らしい。だが信じられないことに、今は2024年10月21日だと言うのだ。
『迫真の演技だったね。』
「うるせぇよ。一体俺達はどうなったんだ?」
『どうもこうも、お察しの通りだよ。』
本当にタイムスリップしたってのか。
「つまり、敵本営にあったあの機械がタイムマシンだったってことか?」
『そうなるのかな。』
「オマエはそれを知っていたんだよな。」
『そうだね。』
珍しく簡潔な答え。
「何故俺達に教えなかったんだ?」
『……君達にとって、コレが必要なことだと思ったからさ。』
短い付き合いではあるが、コイツが俺達のために力を貸しているのはわかっている。そして何かを誤魔化す事はあっても、俺に嘘をついたことは無い。
「それならいい。」
『あれ、怒らないの?』
これもどこかで見たようなやり取り。
「オマエは俺達のことを考えて黙っていたんだろう。」
『その言い分を鵜呑みにするのかい?』
考えるまでも無い。
「今さら疑うものか。俺はオマエを信じる。」
我ながら照れくさい物言いではあるが、いつもやられっぱなしと言うのも性に合わない。たまにはこういうのも良いだろう。
『……あ~、キミが姐さんで、かつ僕が実体を持ってそちらに干渉できていたらなぁ。』
「気持ち悪いことを言うな。」
chapter 10 UENO ~ Where's here ? ~
上野公園を出た途端に、敵意むき出しの妖精族に半包囲されると言う緊急事態。
急いでエンジェル・コカクチョウ・ネコマタを召喚し、戦闘に備える。周囲が荒れまくってるせいで移動しづらいが、うちの二枚看板にとってはむしろ好都合だ。
囲みの薄い右側ゴブリン二匹に戦力を集中。エンジェルのクリティカルもあって、一気に包囲を食い破る。
残る敵戦力は、ゴブリン2・ブラウニー2の混成部隊。移動速度の違いでゴブリンだけが突出、厄介なブラウニーが到着するまで少し余裕ができる。狙い通りだ。
深追いしてきたゴブリン二匹を一掃しつつ、航空部隊をブラウニーの間合いにぶら下げる。ブラウニーは絶対無敵の対地対物戦車ではあるが、上からの攻撃には滅法弱い。相手に対空要素が無く制空権がこちらにある以上、負ける要素が見当たらない。
敵ブラウニーが堅く、コカクチョウの攻撃が通らなかったこと以外は、全て想定の範囲内。問題なく片付けて、上野駅に向かって前進。とりあえず高架の向こうにいる悪魔の群れを一掃してから、今後の予定を決めることにする。
左手高架上の遠くにあるジェネレータから湧き出して、高架上を爆走してくる鬼共は、飛行タイプ二人を先行させて翻弄。むしろコカクチョウの糧になってもらう。
「『勧誘可能な悪魔は全部勧誘』なんだろ。ゴズキはいいのか?」
『気持ちはわかるけど、あれは罠なんだよね。地霊をエースにしないなら話は別だけど。』
良くわからん。詳しく説明する気もないのだろう。
その間に俺とアヤはネコマタをCOMPに戻し、ゆっくり高架を乗り越えてから再召喚。そのまま敵本隊に接近する。俺にとってブラウニーは、もはや大した経験にならない相手。だがネコマタにとっては極上のご馳走だ。上手く俺とアヤで料理して、彼女に食べさせる。
妙に強いピクシーがいると思ったら、何と武器防具を装備していた。
「30年の歳月がピクシーを進歩させたのか。」
『「呉下の阿蒙に非ず」って? 随分気の長い話だ。第一、こいつらが湧き出したのはつい最近の話だよ。しかも既に駆逐されつつある。』
「どういうことだ?」
『キミが気にする必要はないよ。僕らとはまた違う「物語」さ。』
別段苦戦するでもなく。最後のピクシーもネコマタでトドメ。アヤは相変わらず弱いままだが、主力の成長は順調そのもの。意気揚々と上野を後にする。
stage2 A.D.2024 SLUM-TOKYO
chapter 11 ASAKUSA ~ Challenger ~
意気揚々と上野を後にしたのは良いものの、実際のところは行くあてもなく。アイツに聞いても、『まだあわてるような時間じゃない』の一点張り。確かに急がなければならない理由は無い。ひょっとしたらこれも『必要なこと』なのかも知れないが、この風景の中をただ歩き回るってのも正直疲れるものだ。
「コレが30年後の東京の姿だなんて信じられないな。」
『何も全部悪魔が原因ってわけじゃない。簡単に言えば内戦だよ。』
「内戦? そんな事が日本で起こるなんて信じられないな。」
『まあ日本人に成りすました国外勢力が流入していたって説もあるけどね。定説では大恐慌の後、平等と博愛を謳う反政府グループが、脱資本主義を掲げて武装蜂起したとされている。そいつらがテロ行為を繰り返し、最後は自衛隊と衝突してご覧の有様だ。』
「博愛を謳っているのにか。」
『革命に犠牲は付き物らしい。人間誰しも、自身の矛盾には目を瞑るものさ。』
ふらりと立ち寄った浅草で奇妙な噂を耳にした。
どうも「召喚士」なる男が、召喚した悪魔を浅草に放っているらしい。
「何のために悪魔をばら撒くような事しているんだろうな。」
『さてね。修行か、何かの実験か。』
「けど放って置く訳にはいかないよな。」
『いいや、究極的には放置するより他に無いよ。』
突き放すような言葉。
「どういうことだ?」
『まず浅草にいる悪魔を一掃しても、時間が経てば召喚士が再び悪魔を呼び出す為、根本的な解決にはならないのが一つ。』
「だったら元凶を断てばいいじゃないか。」
『そして次の理由がコレだ。見えるかい?』
視覚共有による【千里眼】のイメージ。
今見えている男がどうやら件の召喚士らしい。
だが、この映像は……。
『どうだい。何かわかったかい。』
「何だ、コレは。気持ち悪くて吐きそうだ……。」
見えるには見えるが、男の周囲の空間が何とも形容しがたい。こちらの理解が及ばない。見ているだけで頭痛が引き起こされる。どうしようもない生理的嫌悪感。自分でも何を言っているかわからなくなってきた。まともに頭が働かなくなる。
『亜空間と言うやつさ。我々のいる空間からでは決して辿り着くことはできないし、あそこから出ることも不可能だ。空間制御に擬似不老不死。サモナーとしての腕はともかく、魔道師としては一流なんだろうね。』
「どういうつもりでアイツはあんな場所にいるんだ? 永遠にあそこから出てこられないんだろう?」
『不思議だよね。まあ、狂人の考えなど推し量るだけ無駄だと思うけど。』
理解できない。
「浅草は永久に悪魔の巣窟なのか。」
『浅草に限った話ではないよ。彼が何処に悪魔を召喚するか次第だ。崩れた三界のバランスを何とかすれば、或いは空間も安定するのかもしれないけどね。』
何を言っているかわからない。いや、それよりもだ。
「ここから離れよう。一刻も早く。」
chapter 12 KORAKUEN ~ PRELUDE ~
結局浅草では、有用な情報は何も得られず。
仕方が無いので都内を回っていたら、後楽園で大規模な悪魔の集団と遭遇した。統率者らしき人影を一瞬視界に捉える。驚いたことにトモハルそっくりだった。さすがにこの時代にトモハルがいる訳も無いので見間違いだとは思うが、何か気になる。
「見たことの無い邪霊がいるな。」
『あれは「邪霊ランスグイル」。多彩な特技を覚えるアジア土着の吸血鬼、だったかな。』
「でも勧誘できないんだろ?」
『そうだね。それ以前に使いにくいので、たとえ可能だとしても勧誘しないけど。』
まあ、邪霊だしな。
「ランスグイル……。確か毒の魔法だったか?」
『大正解。魔法「ドグラドラル」だね。瀕死の状態で喰らわなければ大した脅威じゃない。』
「ひとまずはそのくらいか。後の事はとりあえず邪霊を片付けてから考えよう。」
『残念落第点。』
「えっ?!」
正直どこに穴があるのか、全くわからない。
『目を凝らして敵陣奥深くを見てごらん。』
「鬼族に獣、鳥もいるな。そういや鳥が敵で出てくるのは初めてか。」
『そこだよ。鳥の存在を軽視しすぎている。』
「いや、いくらなんでも遠すぎるだろ。」
『それが相手の狙いさ。邪霊で君達を釣って、鳥で本拠地を一気に落とす。そうやって油断していると、一瞬で継戦能力を奪われるよ。』
「確かに鳥の機動力は異常だが……。なら邪霊を深追いしないように気をつけてみるか。」
『そうだね。特にコカクチョウがドルミナーを喰らわないように注意だ。』
「コカクチョウ? ネコマタでなしに?」
いつでも拠点を守りに戻れるように、ということならネコマタの方を優先すべきと思うが。
『どっちでも良いんだけどね。万一深追いし過ぎても大丈夫と言う意味で。』
「しかし、空対空同士の戦いとか、あぶなっかしいな。」
『大丈夫。こちらのコカクチョウは育っているし、防具もあるし、何より地の利がある。』
確かにな。
「育成方針はコレまでどおりでいいのか?」
『そうだね。何をおいてもコカクチョウを最優先。エンジェルは絶対止めを刺さないように。』
「で、特技を覚え次第合体か。」
『そ。エンジェルが特技もう一つ覚えるまで頑張る手も有るけどね。今回はパスだ。』
ひとまず正面のゴーストをエンジェル・ネコマタ・アヤ・コカクチョウで沈める。俺は拠点でもう一体のゴーストを迎撃。瀕死になるように武器を調整。
事前の評どおり、凄い勢いで敵コカクチョウがこちらに突っ込んできた。うっかり前に出ていたら、本当に拠点を落とされかねない勢い。非常に厄介な相手だ。
ランスグイルを俺とネコマタで仕留めた後、予定通りコカクチョウを拠点に戻し、ついでに二匹目のゴーストを沈める。ランスグイルが「しっこくのぐそく」を落とした。やはり相手の攻撃が当たりにくくなるらしい。優れた足防具だ。
『だけど何故か「ワーカーじかたび」の方が回避力高いんだよなぁ。』
アヤとネコマタは下がって相手の出方を伺う。鳥二匹は思いのほか上手く釣れて、拠点を守るコカクチョウに攻撃。かなり削ることに成功。それぞれ俺とコカクチョウで止めを刺す。
何とか一息。
次は鈍足の鬼族。速やかに橋まで間合いを詰めて、あっさり屠る。コカクチョウの特技、「ひっかき」の意外な強さが嬉しい。
そうやって油断していると、視界の外から敵ネコマタの片割れが飛んできて、コカクチョウに攻撃してきた。さすが地対空ミサイル。結構削られる。ただ、能力差が大きいためか、致命的な打撃には程遠い感じ。とは言え、エンジェルの方は速度の問題で致命傷になりかねないそうだ。何れにせよ、好きにやらせて良い法はないので、奥のネコマタはコカクチョウの子守唄で足止め。手前のネコマタも仕方ないので、エンジェルの特技で金縛ることに。
「さすがにヒヤッとしたな。」
『そうだね。局地戦が始まると、視野が狭くなるのは仕方の無いことだけど。』
「皆の命を預かる身としては、そうも言ってられないよな。」
『その通りだ。お互い気をつけるとしよう。』
単騎先行してネコマタを眠らせたコカクチョウに、見たことの無い妖鬼が寄ってきた。
「『妖鬼イバラギドウジ』か?」
『正解。勧誘可能だけど、今この瞬間は経験値にした方が良いだろうね。』
「了解。上手く釣り出して仕留めるか。」
大江山に住んでいたと言われる伝説の鬼。その割には、あんまり強そうに見えないが。
『伝説の現物がそのまま出てきているわけではないよ。本体の射影だったり、経年劣化していたり、伝説が誇張だったりと理由は様々さ。大江山に住んでいた茨木童子が、特別な個体だったと考えるのが妥当だと思うけどね。』
俺は前進して橋を塞いでいるネコマタを仕留め、他の仲魔はコカクチョウに合流させてイバラギドウジに対処。仲魔三体で前線を維持させながら、アヤ・俺の順で合流しようとしたのだが。
「げっ、後ろのジェネレータからゴーストが。」
『貴重な経験値だ。』
「仕方ない。さっさと仕留めるか。」
上手いこと時間差で発動して、見事な挟撃・分断を喰らうことに。
『あはは、素早い進軍が裏目に出たね。自縄自縛の典型例だ。』
「もとはオマエが『経験値もったいない』とかほざいて、ジェネレータの封印を禁止したからだろ!」
飛行タイプ二体を戻して、遅れ気味だったアヤと協力させてゴーストを仕留める。同時に俺は沼地に突っ込み、イバラギドウジを仕留めた。沼地は非常に不快指数が高く、いるだけで体力を削られる。
幸い敵のネコマタはまだ眠ってくれているが、そろそろ起き出してもおかしくない頃だ。こちらのネコマタで隘路を塞ぎ、飛行タイプに敵ネコマタの攻撃が届かないようにする。
案の定起き出した敵ネコマタだが、大した仕事もできず。同時に、気になっていた二つ目のジェネレータが稼動を開始。モウリョウが出現した。
俺としては二つとも封印処理したいところだが、アイツ曰く『ダメ、ゼッタイ』。事情はわかるが俺としては不安で仕方が無い。出現悪魔が、コカクチョウ単騎で十分対処可能なものばかりだったのが、せめてもの救いか。この調子ならコカクチョウの特技習得も遠くは無いだろう。
ひょっとしたらここまで見通していたのかもしれないが。
ジェネレータはひとまず仲魔に任せて、俺は銃を持って線路に隣接。線路の向こう岸にいる獣の間合いに、敢えて踏み入ることで攻撃を誘う。ところが何と完全スルー。どうやらあの集団は専守防衛組らしい。そうとわかれば好き放題荒らしまわるのみ。
ちなみに残っていた敵ネコマタは、エンジェルの特技で再度眠らせて、結局こちらのコカクチョウの餌食になった。コカクチョウが目出度く特技「はばたき」を習得。ネコマタもいつの間にか特技を覚えていたので、満を持して合体を開始する。
・ネコマタ×コカクチョウ→闘鬼ゴズキ(バーニングリング)
・エンジェル×ウェンディゴ→魔獣ネコマタ
「オマエが頑なにゴズキを勧誘させなかったのはこの為か。」
『うん。素のゴズキがいると、どう工夫してもエンジェルあたりの特技をエースに引き継げなくなるからね。』
・ネコマタ×ゴズキ→地霊ノッカー(麻痺噛み付き・お調子ボム)
『……穏やかな外見を持ちながら、全ての特技を受け継いで目覚めた、伝説のスーパー地霊殿、ノッカー様だ!』
「種族名に殿って。まあ、気持ちはわかるか。俺もテンション上がってきてるし。」
『人類種に友好的な鉱山妖精。オマケに可愛いなんて言う事無しだよね。』
地霊ブラウニーの強さは言うに及ばず。その上位者たるノッカーは、一体どれほど規格外の仲魔なのか。
とりあえずジェネレータ二基はこいつに任せておけば心配ないだろう。
一方俺は単身線路を越えて、敵拠点を攻めていた。初めて見る「妖獣ドドンゴー」が「しっこくのかぶと」をドロップ。拠点を守っていた他の悪魔も問題なく落とし、制圧は目前。
『ストップだ。一旦停止してくれ。』
「何だよ、あと一歩なんだぞ?」
『制圧するなとは言わないさ。ただ、少し待ってくれないか。』
「何かあるのか。」
『もう少ししたら、ジェネレーターから「堕天使アンドラス」が出現する。』
堕天使。講義ではまだ詳しくやってない種族だ。
『彼の持つアイテムを頂いてからクリアして欲しいんだ。』
「異論は無いな。俺、結構傷負ってるけど、これでもいけるか?」
『念のため傷薬を使っておこう。』
そこそこ強い相手というわけか。もしくは魔法系か。ジェネレータから湧いてくるランスグイルを、片端から一刀両断しながら考えを巡らす。程なくしてそいつは現れた。
かの有名なソロモン王の72柱が1柱であり、確かに強いは強い。高い機動力と強力な魔法攻撃。空を飛んでいるため、こちらの攻撃も当たりにくく、一撃で仕留めることができなかった。
もっとも、逆に言えばそれだけ。一対一でなら決して負ける相手ではない。あっさり剣の錆にして、「しっこくのよろい」をゲットした。
『お疲れ様。』
「どうって事ないさ。」
まあ本音を言えば、長い戦いだった。
気付くとアヤが怪しげなおっさんと話している。あの子はホントに物怖じしないなぁ。
『良い娘だよね、アヤちゃん。』
「オマエ何か、妙にアヤに甘くね?」
コイツが女に下心とか、何か想像できないが。
というか、コイツはそもそも男なんだろうか。
『女子高生とか、好きだから!』
「……。」
『……いや、冗談ですよ?』
オッサンの話を要約すると、「地下鉄の新橋駅に、昭和初期に作られたもう一つの幻の駅があって、そこが異次元とつながっている」と言うことらしい。
怪しげなオッサンから得た、この上なく怪しげな情報だが、思い出すのは30年前、永田町で聞いたカオルらしき男の情報。そのときに出てきたのも、「新橋にある地下鉄の廃駅」だった。
俺達には他に元の時代に戻るあてもない。このまま無意味に彷徨うよりはマシだろうと言う事で、ひとまず新橋へ向かうことにした。
『いや、ホント、冗談だからね?』
「……。」
chapter 13 SHINBASHI ~ RUMOURS ~
後楽園を抜け、ショップで買い物を済ます。
「またヤリやがった。」
『と言うか、ショップのオヤジ、30年前と明らかに同一人物だよね。人物?』
やっぱり今回も武具全部2つずつ+α。しかも傷薬や、初めて見るやつ含め状態異常回復アイテムも5個ずつ揃えるという念の入れっぷり。
どんだけ金遣いが荒いんだよ。
「お陰で財布はスッカラカンだ。」
『だって他に使うこと無いでしょ。取っておいても腐るだけだよ。』
「金が腐るわけ無いだろ。」
『いや、腐ると思うよ? 30年とかしまっておくと、貨幣価値的な意味で。』
「屁理屈を。」
『実際今持ってる全財産は、後になるほどその価値が下がる。1996年でのキミの全財産いくらだったか覚えてる?』
一理ある、のか?
『まあ屁理屈だけどね。どうしても僕を信じられないなら、僕の信じる【未来視】を信じろ。』
「いや、ダメだよな? それ前提からして間違ってるよな?」
新橋駅が見えてきた。
正面泉付近にゴースト。左右にネコマタ。
「例によって泉の確保が最優先だが、ちょっと遠いよな。」
『そうだね。合体によって、育ってたネコマタが消えたのが痛い。』
「とは言え、さすがに泉を無視するわけにもいかないだろ。ユニコーンとタンキを先行させてひとまず確保。後に交代がベストか?」
『素の低レベル仲魔とか不安材料しかないけど、現状代替手段が無いからね。相手に対地火力が皆無なのが救いか。』
左右に展開しているネコマタが鬱陶しい。うちの獣達は、まあ、最悪やられてもいいか。
「あと気になるのは正面奥の鳥二匹だな。あいつらが突っ込んで来るようだと、最早収拾がつかなくなる。」
『しっかり学んでいるね。その悪い予感は大当たりさ。こちらの主力に対空要素が無い以上、タフな戦いになるよ。』
うへぇ。読みが当たったのにちっとも嬉しくない。
ひとまず計画通りに泉の確保に動いて、相手の出方を注視。案の定こちらの獣二匹は袋叩きにされる。
殆ど何もしていない(眠らされて、たたき起こされただけの)タンキ達を下がらせ、入れ替わりで俺とノッカーが泉を防衛。ノッカーでゴーストを叩くも、異常に耐久が高く仕留められない。ここはケチらず「はばたき」を使うべきだったか。
下がったタンキを合体に使用。
・ブラウニー×タンキ→邪霊ゴースト
・ゴースト×ゴブリン→妖鳥コカクチョウ
「何か前にコカクチョウを仲魔にしたときと、微妙に違ってるな。」
『永田町の事だね。あの時はユニコーンの特技引継ぎと、敵本営の鬼退治にゴブリンを残すのが目的だったんだ。今回は直ぐに勧誘可能なゴブリンの換わりに、後に使う予定があるユニコーンを残すような合体ルートを選択したのさ。』
やはり未来知識を前提に合体を考えているのか。
「また『はばたき』を覚えるのか?」
『そうできたら理想的なんだけど、現実には間に合わないだろうね。』
「何かの材料か。」
『その通り。まあ、純粋に戦力としての期待もあるかな。トドメは刺させないけど。』
「妥当だろうな。」
『相手の鳥に集中攻撃を受けたら死が見えるので、コカクチョウは一旦COMPに戻すよ。』
俺は泥縄的にネコマタを勧誘。召喚まで込みで俺の行動を縛られるため、瞬間火力の不足が心配ではあるが、この戦局では強い味方になるはずだ。
アヤの防御力に不安が残るが、泉を塞いでおけば回りこめるのは「凶鳥フーシー」のみ。アヤとピクシーを戦線から一歩遠ざけて、下手を打たなけりゃ何とかなる!
そう思っていたのに。
『気をつけて。後方のジェネレータからゾンビが湧いてきてるよ。』
「クソッ、マジか!」
『慌てるな。ジェネレータから出てきたばかりの悪魔は弱い。アヤとピクシーでも十分対応可能だ。それより急務は鳥共の排除だよ。やつらを野放しにすると、まずい事になる。』
確かにその通りだ。
俺達は泉から動けないが、幸い俺にちょっかいかけてきて、隣接しているフーシーが一匹。予定変更してネコマタ召喚を遅らせ、まずはコイツを確実に屠る。残りの一匹は、アヤとピクシーで何とかしてもらうしかないか。
そう覚悟していたのだが、残ったフーシーも俺に仕掛けてきたので反撃で落とす。他の連中も俺に攻撃を仕掛けてきて勝手に沈んでいく。こいつらアホなのか。
形勢が一気にこちらに傾いた。今が好機。
ノッカーが泉を飛び出しネコマタを仕留める。一つ目の特技「マヒかみつき」を覚えた。入れ替わりでピクシーに泉を占拠させ、アヤを回復させる。アヤは適当に遊ばせておく。
俺も泉の上からネコマタを銃撃。空に浮かんでいるやつでなければ、大抵一撃で屠れるようになった。
「アヤが撃つとちょっと痛そうにするだけだが、俺が撃つと木っ端微塵に吹っ飛ぶよな。同じベレッタなのに。」
『そこはそれ、鍛え上げた筋力のおかげさ。そのうち何ちゃってレールガンだって撃てる様になるよ。』
「理解できない。」
『世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかりだ。』
「オマエ、そのフレーズ大好きだよな。」
なんちゃってレールガン。ちょっと心惹かれる響きだ。ただ、どう考えてもベレッタで電界・磁界、何より十分な長さの頑丈なレールを確保できるとは思えない。精々体からパチパチ無駄放電するような、それっぽい静電加速が関の山だろう。
『尤もらしい所で、反動に耐えられるか耐えられないかでしょ。』
「ああー、そういやアヤは一発撃つだけで反動で吹っ飛んでるもんな。」
『実際よくあれで当たるよね。その点キミは全弾とは言わないまでも、相当数一度に打ち込めるから実質的な殺傷力が上がるんだ。適当に言ってみただけだけど。』
適当かよ。
ちなみに残存する邪霊の相手は最早消化試合だ。
確かにタフな戦いだった。
「……なあ。いつまで続くんだ、コレ。」
『そう言わずに。もうすぐだから。』
「無視して先に進んでも良さそうな気がするがな。」
ジェネレータから延々湧き出し続けるゾンビ。永い、永すぎる。一向に止む気配が無い。
『慌てる乞食は何とやら、ってね。』
「絶対ぼかす所間違ってるよな、それ。」
こいつがそう言うからには、慌てると損をするというのは事実なんだろうが。
味方がうっかりゾンビを倒してしまい、一瞬手空きになったので、欠伸交じりにネコマタとコカクチョウを召喚。
「しかし飽きるな。」
『いくら何でも油断しすぎでしょ。』
「油断っていうか、余裕だろコレは。」
『何と言うお美事な死亡フラグ。』
そうこうしているうちに、やっとジェネレータの動作が止まった。
「ようやく進めそうだな。」
『そうだね。この後はどう進む?』
脳裏に浮かぶ、戦場全体を俯瞰するイメージ。
道が左右に二本。どちらも敵の構成は変わらない。更にほぼ完全に分断されていて、互いに干渉し合うようなことはなさそうだ。
橋向こうの駅周辺に、凶鳥フーシーが四匹とゴブリンが二匹。ついでに未稼働のジェネレータが二基。橋の手前には、ゴブリンやゴズキが、ごちゃごちゃと固まっている。
「常識で考えれば戦力を片側に集中して突破するのがよさそうだが。」
『お察しの通り、部隊を二つに分けるよ。』
まあ、そうなるだろうな。コイツが言うところの『経験値』とやらを、コイツ自身がみすみす逃がすとは思えない。
「左翼は俺・アヤ・コカクチョウ。右翼はノッカー・ネコマタ・ピクシーで行くか。」
『95点だ。ほぼ完璧だね。強いて難を挙げるなら、君自身の戦闘能力をちょっと過小に見積もっているかな。コカクチョウは左翼では暇になると思うよ。もっとも、キミの作戦でも全く問題ないけどね。』
尻が痒くなる。
『とりあえず右翼敵ゴブリンの火炎にだけ気をつけて。とは言え、一発なら喰らっても何も問題はないし、そのためのピクシーだろうとは思うけど。』
ひとまずプランどおりに進軍し、左翼敵先頭の闘鬼ゴズキを勧誘。同時に右翼ノッカーもゴズキと戦闘状態に。一撃では仕留められないようだが、まさかゴズキ相手でもノーダメージとは思わなかった。地霊マジ強ェ。
ちなみに橋手前に屯していたゴブリンズだが、間合いに入ったにもかかわらず全く動いてこない。どうやら拠点防衛行動を取っているらしい。警戒しすぎたかと思う一方、それを損したと思うようではいけないな、と自分で自分を戒める。
予想外の展開もあった。最奥の両翼に位置していたフーシー二匹が突っ込んできたのだ。
てっきり拠点防衛悪魔かと思っていたが、よくよく考えればそんな根拠はどこにもなく。思い込みで作戦を立てることが如何に危険なことか、身をもって知ることができた。損害は殆ど無かったので、多分アイツもわかっていて黙っていたのだろう。情けない話ではあるが、確かにこうして肝を冷やした方が、身に付きやすい気はする。
飛来したフーシーを力でごり押しして撃墜。その勢いのまま橋手前のゴブリン達も全て一撃で切り伏せる。なるほど筋力特化の鍛錬は確かに歪だが、戦術次第と言うことか。
乱戦のさなか、橋向こうのゴブリンがこちらに強襲をかけてきて、背中に魔法を一発喰らうも、大勢には影響なし。右翼のノッカーに注意を促さなければ。ひとまずコカクチョウを、右翼橋向こうにいるゴブリンの足止めに向かわせるのもアリか。
右翼は鳥に苦戦しているらしい。如何にスーパー陸戦兵ノッカーでも、対空火力まで十分とはいかない。どうやら鳥を特技でマヒさせて、殴り合いに持ち込んだようだ。賢いやつめ。拠点防衛組を尻目に、ピクシーとネコマタの援護を受けて何とか撃墜に成功。ノッカーが見事に更なる成長を果たしたらしい。特技習得まで後一歩だそうだ。
左翼に残るは駅を守るフーシーだけとなっていたが、ずっと稼動していなかった最奥のジェネレータ二基が遂に起動した。しかしこちらも泉で補給して万全の状態。駅の二匹はどうやら動かないようだし、負ける要素は見当たらない。
「慌てる乞食がどうのと言っていたのはコレか。」
『ご名答。最後に出てくる「妖精ドリアード」がお目当てさ。』
どうせ名前からして、可愛い系の妖精だろう。このスケベヨウセイめ。
俺はジェネレータに張り付いて、出てくる悪魔を片っ端から切り伏せる。アヤは落ちているアイテムを拾う。「妖刀ニヒル」という禍々しい剣だった。
「なんか扱いづらそうな剣だな。そもそも剣なのに『妖刀』ってのもアレだが。」
『そう言わないでよ。キミにとっては永く付き合うことになる主兵装だよ?』
うへぇ。いかにも呪われてそうな雰囲気なんだが。
しかし実際に持ってみると、しっかり手に馴染む。まるで吸い付いて離れないかのようだ。
上手く扱うには相当技量が要りそうだが、何だか急に良い武器かもしれないという気がしてきた。
「よし! コイツでジェネレータから湧いてくる悪魔を、虐・殺・DA!」
『おーい、大丈夫かー?』
「だいじょうぶだ。おれはしょうきにもどった!」
『大分侵されてるね。』
本当に正気に戻ったのは、駅を守っていたフーシーを二体とも切り捨てた、その瞬間だった。
妖刀ニヒルを握ってからの記憶が、まるで白く霞がかったかのように定かではない。
「俺、どうなってたんだ?」
『剣にのっとられてた。多分バカにした物言いが、ニヒルの気に障ったんじゃないの?』
「マジかよ。」
『と言っても、もう耐性もできたっぽいし、心強い味方だよ。多分。』
色々と思うところはあるが、まずは状況確認だ。
「俺がラリッてる間、何が起きた?」
『なべて世は事も無し。順調そのものさ。
ピクシーがゴブリンとドリアードを勧誘したことが一つ。
駅を守っていたフーシー達が、異様に強かったのが一つ。
エースである地霊ノッカーが、目的の特技を覚えたのが一つ。
それに伴って合体を二つ、新エースとサポーター作成をこなしておいたよ。』
・ノッカー×コカクチョウ→夜魔リリム(魅惑噛み付き・イービルアイズ)
・ネコマタ×ゴズキ→地霊ノッカー
「大いに事があるじゃねぇかよ。」
戦闘自体は楽だったようだが。
『そうだね。まさに死線を背にした戦いであった……。だが、ねんがんの「フェイクバニー」をてにいれたぞ!』
「いや、何となくしか覚えてないけど、そこはそんな激しく無かっただろ。」
たまにある事だが、話が全く噛み合わない。何故かコイツのテンションが上がりっぱなしだ。
『それはそうなんだけどね。これが私の【ハヤトロギア】全力展開!的な意味で。』
そういう意味での、激しい戦いか。
「そうまでして入手するってことは、いつか言ってた『レアアイテム』ってやつか。」
『洞察力とスルースキルが良い感じに鍛えられてきたね。まあ厳密にはレアアイテムとは言えないかな。後で宝石と交換で貰えるし。』
「ふーん。ならあんまり有り難味が無いな。」
『それでも宝石は貴重だからね。悪魔のドロップで得るに越したことは無い。ドリアードは無駄に運が高くて心配だったけど、いやぁ良かった、良かった。』
やはりテンションが高いな。この喜びようはイマイチわからん。
「しっかし、そんなに大層なものか? 不思議なことに防御力はそこそこあるようだけど。」
『ああ、これは防具としての性能も勿論だが、何より重要なのは運が大幅に増強されることなんだ。』
「運、ねぇ……。」
講義を受けているときにも思ったが、イマイチ実感が湧かない能力だ。
『そうさ。アイテムドロップ率の向上によって、【ハヤトロギア】の使用コストが劇的に減少するんだ。』
「へー、凄いじゃないか。」
何だろう。いつも回りくどいコイツの、いつも以上に回りくどい感じ。
嫌な予感しかしない。
『うん。というわけでコレを身に着けてくれないか。』
ホラ来た。
「オマエ、成人男性たるこの俺に『ウサ耳カチューシャ』を着けろと申すか。」
『そうだよ?』
それが何か?的な軽いノリで返された。
『うーん、僕にとっても結構な死活問題なんだよね。コレばっかりは譲れないなぁ。』
「知ったことか。俺は」
『仕方ない。あまり気は進まないが奥の手を使おう。』
奥の手?と疑問に思う暇もあらばこそ。道具袋のウサ耳を俺の右手が光って掴む。
「何だ?! 体が勝手に……」
『大神隊長乙。』
右手の動きに抗えず、結局ウサ耳カチューシャは俺の頭の上に鎮座する運びとなった。
アヤがこっちを指差して死ぬほど笑っている。むしろおれがしにたい。
『参ったな。このダメージは戦闘に支障が出そうだ。予想通りだけど。』
裏切ったな! 俺の信頼を裏切ったな!
「オマエが俺の意思を無視してこんな事する奴だとは思わなかった。」
『う、それを言われると非常に心苦しい。』
「もう誰も信じられない。」
『大丈夫だ。キミを信じる、この僕を信じろ。』
「うるさいだまれ。」
『参ったなぁ。コレ序の口なんだけど。』
アーアーキコエナーイ。
不吉な言葉なんてキコエナーイ。