※この原稿は今年の7月に作成したものです。既にご案内のとおり、「第2回WEEKEND DREAM記念」は11月9日(金)に上山競馬場で開催します。詳しくはこちらをご覧ください。
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 その光景を目にした時、さすがに不安を感じない訳にはいかなかった。
「今日、本当に競馬やっているのかなあ。」
到着したのは午前九時二十分、第一レースの発走は午前十一時だから、開門にはまだ早い時間であったに違いない。それでも開催日の競馬場なら開門を待ち切れないファンの存在がある筈。ところが人の気配が全くない。しばらくすると現金輸送車が到着。ガードマンが入場門のシャッターを開け、すぐ閉める。この様子を見てようやく、間違いなくこの日、ここで競馬が行なわれる、という確証を得ることができた。それにしてもこの日は四月二十九日、いよいよ今年もゴールデンウィークがスタートするという日である。開門前から人が集まり、盛り上がりを見せる中央競馬の感覚が頭に染み付いている私には、上山競馬場のこの状況が全く信じられずにいた。五年前、この地を訪れた時はもっと盛り上がっていたような記憶があっただけに、このギャップの大きさには驚かされる。
 早朝発売を行なっている外向き発売所には、マークカードを記入するための小さな机が置かれている。その机にはマークカードとともにその日の番組表が置かれている。早速、その番組表の第七レースのところを見た。「第一回WEEKEND DREAM記念」、私のホームページのタイトルがレース名に記されている。「冠レース」という、一万円分の賞品を提供すれば自分で好きなレース名を付ける事が出来るという企画に応募して、自分のホームページのタイトルを付けたレースを開催しようと、この日東京から上山競馬場にやってきたのだ。
 実家が仙台にあるおかげで、かつては毎年足を運んでいた競馬場。しかし何時の間にか足が遠のいてしまい、五年間の月日が流れていた。そんなある日、「上山競馬が廃止されるかもしれない」という情報を耳にした。五年の間にこの競馬場を取り巻く状況は大きく変化していたのである。上山市が賞金の大幅カットを打診して、調教師や馬主、騎手ら競馬関係者に猛反発されたとか、関係者たちが廃止反対を訴えて上山市内をデモ行進したとか、そんな情報がインターネットを通して私のところに入ってくる。ロクに足も運ぶことなく、さぼっていた五年間の自分を反省しない訳にはいかなかった。とにかく一度行かなければならない。
 二年前に廃止になった中津競馬、昨年廃止された新潟県競馬、益田競馬の時は足を運んだことがなかっただけに、実感できなかった地方競馬の厳しい現実。しかし今度はかつては毎年通っていた競馬場がその危機にさらされているのだ。もちろん私一人が上山で購入する馬券の額など、たかが知れている。それでも馬券も買わずに赤字の競馬場の「廃止」を嘆くのは筋ではない。
 そんな時、私のホームページと相互リンクを結んでいる、あるホームページのオーナーが昨年、上山競馬場で「冠レース」をやっていたことを思い出した。そうだ、自分も「冠レース」を開催しよう。そしてこの模様を私のホームページで取り上げて、上山競馬場の魅力を紹介しよう。私のホームページは小さなメディアでしかないけれど、見てくださる方にはこの競馬場の魅力を伝えることはできるに違いない。周囲の山々の緑が目にも鮮やかなこの競馬場を多くの人々に見てもらおうではないか。そんな意気込みで上山競馬場に乗り込んできたのであった。
 開門時間の午前十時が近づき、ようやく人が集まってきた。パイプシャッター越しに見る場内の様子も慌しさを増している。入場するとすぐ左側に設置されている専門紙の販売所も大忙し。その様子を見ていた私と友人に気づいた販売所のオバちゃんが声をかけてきた。「まだ開門前だけど、新聞売ってあげようか。」新幹線を降りたかみのやま温泉駅の売店に上山競馬の専門紙はなかった。開門を待っている間、何もすることができず、暇を持て余していただけにこのオバちゃんの厚意に甘えることにした。ところがこのオバちゃん、何と自分のブースの隣で売っている別の専門紙まで売ってくれるという。「ウチらは皆、共存共栄だから」とか言いながら、二種類の異なる専門紙を持ってきてくれた。上山の人は何と大らかなのだろう。
 午前十時になり開門、総合案内所で「冠レース」を申し込んだ旨を伝え、来賓室に案内された。ガラス張りの個室なのだが、スタンドの高い所にあるせいか、競馬場全体が広く見渡せる。何となく場違いなところに来た気分、こんなところで競馬を見たことなどもちろんない。気後れしているところへ競馬組合の関係者が挨拶に訪れる。名刺を渡され、サービスだとして専門紙を渡される。開門前にわざわざ買わなくてもよかった事を知り、思わず苦笑い。段取りについての説明を受け、優勝賞品である一万円相当のワインを渡す。実はこの時、関係者はあるミスを犯していた。おかげで我々は上山競馬の魅力を再認識することになる。

 第一レースの出走馬がパドックに現れる時間となり、我々もパドックへ向かう。蹄の音、呼吸の音が聞こえる距離で馬を見ることができるという、地方競馬ならではの雰囲気を久しぶりに堪能し、馬券を買って来賓室へ戻る。ここで問題発生、来賓室への通行証を関係者から受け取っていなかったのだ。通行証もなしに入ろうとすると警備員から当然の事ながら「あの〜」と声をかけられる。ところがこの警備員、「冠レースの者なのですが。」と答えると「あっ、そうですか。失礼致しました。」とあっさり通してくれたのである。その後、第五レースの頃に関係者が気付いて通行証を持ってくるまでの間、私と友人の2人は全くの「顔パス」状態、何の疑いもなく通してくれたのである。こんな警備体制、きっとこれも上山だからこそに違いない。この競馬場は警備員までもが何と大らかなことか。
 午後一時三十五分、第六レースが発走を終えると続く第七レース、私の「冠レース」である「第一回WEEKEND DREAM記念」の時間がやってきた。レース名に「第一回」と入れたのは、何とか「第二回」もやりたいという理由から。もちろん、舞台は同じ上山競馬場がいい。その為には上山競馬場で来年も廃止されずに競馬が行われていなければならない。本馬場入場時、実況担当アナウンサーの方がそんな私の企画趣旨を読み上げてくださった。これまで「馬券を買う」という形でしか、競馬に関わる事が出来なかった私が自らの費用で賞品を提供し、名前をつけたレース名がこれから目の前で展開されようとしている。そのレース名は前日見た地方競馬全国協会(NAR)の公式ホームページにも、開門前に見た番組表にも、開門前に買った専門紙にも記載されている。もちろん、初めての経験だ。柄にもなく、緊張感が増していく。「そろそろ参りますよ」と担当者の声に緊張感はより一層高まった。
 その担当者の先導でウイナーズサークルへと向かう。そしてウイナーズサークル付近の外ラチ越しにレース観戦。もちろん、こんな場所でレースを見たことなどある筈がない。蹄の音が、ステッキの音が、馬の呼吸が、そしてジョッキーの怒鳴り声がはっきりと耳に届く位置。不思議な気分だった。優勝したのはスターキングブル、どの専門紙を見ても二重丸がずらりと並ぶ程の大本命馬だった。中央競馬から上山に移籍して四勝目となったこのスターキングブルをはじめ、出走各馬がウイナーズサークルの横にある検量室前に引き揚げてくる。どの馬も激しい息使い、全力疾走した直後であることがよく分かる。勝ったスターキングブルに騎乗した小国博行騎手が鞍を外して後検量を行なう間に厩務員の方と我々だけでいわゆる「口取り」撮影、スターキングブルの真横で手綱を取った。もちろん「口取り」に参加したのも初めての経験だったのだが、馬がじっとしている筈はなく、引っ張られそうになった。こうして馬の力の強さを実感させられた後、小国騎手とも記念撮影。握手したその手が非常に力強かったのを覚えている。
 そして表彰式、小国騎手に賞品として持参していた一万円相当のワインを手渡す。そしてその小国騎手、同行した友人と共に競馬場側で用意していたぬいぐるみなどのグッズと、ファンサービス用に用意していた缶コーヒーを集まった人々に手渡す。昨年「冠レース」に参加した人から、優勝騎手へ渡す一万円相当の賞品の他に、表彰式に集まったファンへ向けてのファンサービスの商品があった方が表彰式が盛り上がるよ、と提言されていたのだ。そこで朝、東京駅で新幹線に乗り込む前に急遽缶コーヒーを調達。ウイナーズサークル付近にはたくさんの人達が集まってくれた。盛り上がりのある表彰式になったという点では成功だったと言えるのかもしれない。 表彰式終了後、一人の男性が私に声をかけてきた。
「東京から来たのですか。」
「そうです。」
「第二回も是非やってください。必ず行きますから。」

「もちろんやりますよ。絶対にここ(上山)でやりたいですね。」
私のこの言葉にその男性は微笑みながら頷いた。きっと彼は「第二回」も来てくれるに違いない。別に地元に知り合いがいる訳でもない上山でこんな約束の会話
を交わすことができるとは思わなかった。それだけでもいい気分になったのだが、来賓室に戻ってから見た専門紙のコラムが私を更にいい気分にさせてくれた。
 コラムを書いた記者がある開催日の朝、いつもの通り入場門をくぐったところ、入口の専門紙売り場の例のオバちゃんに呼び止められたという。前日のレースでこの記者の予想に乗って高配当を手にしたというファンからお礼を伝えてくれ、と頼まれたのだとか。小さな競馬場ならではのエピソードだ。このコラムを読んだ瞬間、私は「第二回」も絶対に上山でやりたいと強く思った。こんなに大らかで心の温かい人々が関係者として働き、ファンとして集う競馬場を廃止するということが果たして許されることなのだろうか。潰れずに来年も競馬が開催できることにならなければ存在しない「第二回」。その「第二回」実現の為に私に出来ることは競馬場存続を祈るのみという状況に、東京へ戻る新幹線の中で私はもどかしさを覚えずにはいられなかった。

・・・皆さん厳しい目でご批評願います・・・
「2003優駿エッセイ賞」落選作品
「第二回もやりたい」