「午後6時40分、日の出埠頭に集合。」メールにはそう書かれていた。何故日の出埠頭なのか、と尋ねられても私には答えられない。「会議」は船上で食事を楽しみながら、とのこと。「日の出埠頭」「船上で食事」というキーワードは、平日は冴えないサラリーマンであり、週末は朝から競馬場に入り浸ってばかりいるという私には全く縁がない。
夜の東京湾と言えば、羽田空港、東京ディズニーシー、レインボーブリッジなど、夜の海辺に美しい光を放つものばかり。しかし、私を含む参加者たちには全く目に入っていない。競馬に関する、ある議論が白熱し過ぎていたのである。
この「会議」の出席者は皆、私と同様にインターネット上で競馬をテーマとしたホームページ等を運営している人たちばかり。そんな我々を出迎えたのは、ある馬主さん、そして調教師さん。一体、何の議論をしていたのか。
群馬県伊勢崎市に、昨年末で廃止された高崎競馬の厩舎や調教施設がある、境町トレーニングセンターというところがある。調教で使われているダートコースを使用して、この地に競馬場を作り、廃止された高崎競馬を復活させる。こうした計画に取り組んでいる、馬主さん、調教師さんのグループに、ファンの立場で意見を求められ、招待を受けることに。このグループにとって、外部の人たちの意見を聞く機会を持つというのは初めてのことだった。活動開始、つまり船出を記念して、船上での「会議」となった。
昨年9月、群馬県は「高崎競馬廃止」を表明。この決定を何とか覆そうと、厩舎関係者やファンらによる呼びかけや、IT関連企業の参入表明など、必死の抵抗活動が展開される。しかし「廃止」の結論は最後まで覆される事はなく、大晦日の開催をもって廃止が決定。その大晦日は大雪に見舞われ、途中の第8レースで開催が打ち切られるという最悪の事態となってしまう。
天候悪化による中止の場内アナウンスが流れ、高崎競馬の81年間の歴史に幕が下りる。正面スタンド前に騎手たちが激しい雪の中、全員整列。騎手会長の挨拶の後、使用していたステッキやゴーグルなどをファンたちに投げ入れる。そして、群馬県の役人の挨拶。納得できない「廃止」に罵声が飛ぶ。しかしその時、奇妙な光景を目にすることになる。
挨拶をする役人の後ろで、何人かが横断幕を広げている。その横断幕には「新競馬場」の文字。こういう活動をしている人たちがいるのは、数日前からインターネットで見て、知っていた。でも、この場面でそんな話をアピールしてしまうとは。この話、果たして実現性はあるのか。雪の中、競馬場がなくなる瞬間を目にした寂しさ、この先の展開の不可解さなど、様々な感情を抱きながら家路に。複雑な気持ちで年を越すこととなった。
正月が過ぎたある日、廃止反対運動を応援している最中に知り合った調教師さんから、あるイベントの招待状が届く。そのイベントとは境町トレーニングセンターでの「模擬レース」。あの横断幕を広げていた人たちが中心となって、競馬開催が可能なことを、実際にレースを実施してアピールするのだという。計画の実現性について知りたかった私は、その週末の予定を境町へ切り替えることに。何本も電車を乗り継ぎ、最後はタクシーも使って、都内の自宅アパートから3時間。現時点では「競馬場」にはなっていない場所、交通手段が整備されていないのは仕方がない。
関係者以外は入ることが出来ない施設のため、入り口の守衛室で許可証をもらって場内へ。すぐに1周1200メートルのダートコースが見えてくる。コースの大きさは他の地方競馬場と変わらない。しかしスターティングゲートもゴール板もない。この日行われる「模擬レース」は、調教スタンド前の残り6ハロンの標識地点に出走馬が並び、旗の合図でスタート。1周して同じ標識を通過したところがゴール。写真判定の設備もなく、際どい着順判定は調教師さんの肉眼で行う。しかもレースは4頭立て、日頃見ている競馬と比べると物足りないものだった。
それでも調教師、騎手、厩務員など、全てのホースマンたちは、久しぶりの「競馬」に笑顔を浮かべている。パドックに見立てた角馬場で久しぶりに馬に跨る騎手に、別の騎手が「落ちるなよ」と野次。その野次にファンからも笑いが起こる。この人達は「競馬」が大好きなのだ。やりたくて仕方がなかったのだ。そんな様子が伝わってくる。
模擬レース終了後、招待してくださった調教師さんに厩舎を案内して頂くことに。まだ高崎競馬が廃止されたばかりの時期、まだ移籍先が決まらない馬たちがいる。しかし、その一方で思わぬ馬たちとの出会いが待っていた。元中央競馬の所属馬で、G1レースにも出走歴のある牝馬。その隣の馬房には、別の地方競馬から中央競馬に移籍すると聞いていた牡馬。そして更にその隣には、ある地方競馬から今年の夏以降にデビューする予定の2歳馬たち。この時、私は厩舎という施設の仕組みを初めて知った。馬主さんから馬を預かれば、レースで走らせなくても預託料という収入が入ってくる。もしかしてこの人たちは「競馬廃止」という逆境を、新しいビジネスチャンスと考えているのでは・・・。
東京に帰り、この日見たものを早速、自分のホームページ上で紹介する。掲載していた写真に写っている馬が、この運動の代表を務める馬主さんの所有馬だった為に、「是非、写真を送って欲しい」とのメール。このことが「船上会議」の案内を頂くきっかけとなった。
「会議」では、計画の概要、自治体への交渉状況などの説明を受ける。決して順調とは言えない様子。それでもこの人たちは新しく競馬場を建てて、競馬を始めようとしている。本当に競馬場が出来た時、私はアイディアを出すという形で協力したことになる。これは面白そうだ。その会議の場で私は思わず、こんなことを口走ってしまう。
「私にできる範囲のことなら、ご協力させて頂きます。」
どうしよう。言ってしまったぞ。何か行動を起こさねば。すぐに、次の連絡がやってきた。2回目の模擬レースをやるとのこと。即座にあるアイディアについて打診する。
「私のホームページ上で、予想大会をやらせてください。」
馬主さんから了解を頂くどころか、レースの開催日を私の都合を配慮して決めてくださることに。そして、
「インターネットによる馬券発売が行なわれた時に備えてのデータに役立てたい。」とおっしゃるではないか。大変な役を引き受けてしまった。早速、企画をホームページ上で告知することに。
しかし、出走馬がなかなか決まらない。模擬レースとはいえ、どの馬も馬主さんから預かった大切な馬ばかり。出走させるにはそれぞれの馬主さんの承諾が必要だ。その出走馬がようやく決まったのが3日前。「出走馬・枠順決定」の一報を聞いて大急ぎで出馬表を作成。そして投票受付開始。地元群馬県の方はもちろん、日本全国から投票が集まる。多くの人達がこの動きを注目していることに驚かされる。
だが、物事は思い通りには進まない。前日の日中、代表の馬主さんから突然のメール。出走馬の1頭が体調不良の為に走ることが出来ず、急遽代わりの馬を出走させるという。
「すぐに変更を発表した方がいいのでしょうか。それともレース直前に発表しますか。」
との相談。模擬レースとはいえ、競馬にとって大切なものは「公正さ」。だから心を鬼にしてメールを返信。
「すぐに発表しましょう。」
早速、枠順が記載されているページを修正し、ホームページ上で可能な限りの告知。実際の競馬ではあり得ない事態が起きてしまった。
アクシデントは更に続く。境町トレセンまでの交通アクセスの悪さを解消するため、都内から直通バスが出る事に。「それはいい話だ」と飛びついたのだが、大きな落とし穴が待ち受ける。途中の高速道路が事故で渋滞、到着予定時刻を大幅にオーバーし、境町到着は何とレースの30分前。バスの到着を待って、パドックに出走馬が登場、という事態。普段、客として競馬場に行く時は、駅から遠いとか、送迎バスの本数が少ない、とか言いたい放題。しかし、逆の立場になって、競馬開催の難しさを実感させられることに。それでもレースの他に、厩舎見学会などの企画も加わり、盛り上がりを見せ、イベントとしては成功と言える結果にはなったのだが。
帰りのバスでは別の事故渋滞に巻き込まれ、東京に戻ってきたのは夜の9時過ぎ。しかし、まだ「仕事」は終わらない。「予想大会」へ参加した人たちからの意見や要望をまとめて、代表の馬主さんにメールで送付。翌日も祝日だったのだが、疲労で1日中、布団から出ることが出来なかった。競馬を開催するということが、こんなに大変なことだったとは。
この模擬レースの様子を取材に来たテレビ局により、ニュース番組の「特集」という形でこの日の様子が放映された。場内の清掃などで多くのファンがこのイベントの盛り上げに協力、そんな姿も映像で紹介されている。厩舎関係者も、ファンも、一緒に作ろうとしている新しい「競馬場」。私に厩舎を案内してくださった調教師さんは、
「新しい競馬場ができるその日まで、免許を更新し続けます。」
と語る。「競馬」をやりたい人、「競馬」を見たい人。そんな「競馬好き」たちの挑戦は、今日も続いている。