※この原稿は今年の7月に作成したものです
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「おはようございます。現在、東京競馬場です。今、雨が降っています。芝・ダートとも重馬場です。」
週末になると私が運営するホームページの掲示板には「実況中継」のような文章が登場する。書き込みのタイトルは「今日の注目馬」、私がその日の予想をホームページ上で公開している。
競馬に関するホームページを立ち上げて四年になるのだが、日本全国様々な所にお住まいの方から、メールや掲示板に書き込みを頂く。世界中どこでも、同じアドレスを入力すればアクセス出来るのだから、本来はそんなに驚くべき事ではない。それでも私が行ったことがない地域に住んでおられる方とも競馬の話題で盛り上がることが出来てしまうというのは、何とも不思議な気分になる。
更に不思議な感覚にさせられるのは、その私が作ったホームページに日本中どこからでも情報を入力することが出来てしまう事。私は競馬を目的に、日本中を旅行することを趣味の一つとしている。夏休みに牧場見学と競馬観戦の為に北海道へ行く時は必ず、札幌市内のインターネットカフェから日記を作成・更新し、旅先の情報を掲載する。その情報に他の方から反応を頂いてしまうものだから、更に面白い。
「駅前にいいラーメン屋がありますよ。」
などという書き込みを見ると、私の「競馬旅行」が「実況中継」されているような気分になる。
ホームページというものは、本来は「紙芝居」に過ぎない。だからこの「実況中継」のような感覚をうまく活かした企画はないかと考えていたある時、自分のホームページで使用している掲示板のシステムが携帯電話からの閲覧・書き込みに対応している事を知った。これは何かに使えるかもしれない。早速、ある試みを実行に移してみた。
私は競馬場へ行く時、向かう途中の電車の中でその日の予想をする。ホームページを運営していると睡眠不足になりがちで、家で馬券検討をする気にはなれないからだ。競馬場到着後まで時間をかけて予想を終えると、携帯電話で自分のホームページの掲示板にアクセスする。そしてその日のレースの中で一頭だけ、狙って面白そうな人気薄の馬を「今日の注目馬」として紹介する。普通に予想を書き込むだけでは面白くないから、その日の競馬場の様子についても紹介する。
「先程の第一レース、馬単が凄い高配当になっちゃいましたよ。」
「朝から強い雨が降っていて、もうずぶ濡れです。」
実際に競馬場に居なければ書けない話を探す作業も「注目馬」予想と同様に、いつの間にか競馬場での習慣となってしまった。
予想が良く当たっている訳でもないのだから、私がどんな人気薄の馬を狙っているのか、などという情報にはそれほど価値はないだろう。だがその私の想像に反して、
「実は私も同じ馬を狙っているよ。」
「その馬には相手が強過ぎますよ。」
などとご意見を書かれる方がいる。時には、
「だったら私もこの馬から流します。」
などと、責任を感じて冷や汗を流すような内容もあるけれど。
このインターネット上での「実況中継」、関東在住の私が普段通う東京競馬場、中山競馬場からの作業が中心だが、遠方の競馬場へ旅をした時にも同様に実行する。春と秋のGTシーズンは京都や阪神・中京へ、夏競馬の時期は福島・新潟そして北海道へと、日本中どこへ行く時でも、
「これから行ってきます。」
などと書き込みを入れてから出発。すると
「このところ、こちらでは結構寒い日が続いていますよ。気をつけてくださいね。」
などと向かう先の方から反応があったりする。
現地へ到着すると私は「特派員」に変身、
「おはようございます。無事に到着です。」
という報告とともに、いつもの「今日の注目馬」を書き込んでいく。その際に、いつものように現地の天候や馬場状態などもレポートする。普段、東京で競馬に関するホームページを運営している人間が、首都圏以外の地に旅行して、競馬を楽しんでいる。そんな姿がインターネット上で「実況中継」されている事になるのかもしれない。レースが終わり、東京駅や羽田空港に戻ってきて、携帯電話で掲示板をチェックすると
「今日は一日、お疲れ様でした。」
などという書き込みが入っている。この書き込みをくださった方は、この「実況中継」を喜んでくださったのだろう。何となくほっとした気分になる。
ところで携帯電話で入力している、というと、
「パソコンと違って、入力が大変ではないでしょうか。」
という感想を頂く事がある。携帯電話で入力する私の姿を見た知人たちに、
「女子高生じゃないのだから。」
なんて言われた事もある。そんな事を言われたら、ただ笑ってごまかすしかない。確かに私も三十歳を過ぎたいい大人、見た目にはどうしてそんなに必死に携帯電話の画面を睨んでいるのだろうと思われても仕方がない。女子高生のようなスピードで携帯電話のキー操作が出来る訳もないのに、入力する文字数だけは確実に彼女たちよりは多い。時には一時間近くかかってしまう事もある。途中で誤ってクリアボタンを押してしまい、書いていたものを全部消してしまった事も何度かあった。でも次第に携帯での書き込みに慣れてきた頃、世間ではある商品がブームとなりつつあった。カメラ付き携帯電話である。
昨年の夏、携帯電話の機種交換をして、私もカメラ付き携帯電話を手にする事となった。その夏も福島や函館、新潟などへ旅をしていたのだが、関屋記念当日に新潟競馬場に行っていた時の事。東京でいつも私のホームページをご覧になっている方に用事があって、携帯電話でメールを送信した時、パドックで撮影した馬の写真を一緒に送ってみた。相手からは
「ありがとうございます。私の携帯の待ち受け画面にします。」
との返信。携帯電話で撮影した写真は、私がホームページ作成用に持ち歩いているデジタルカメラで撮影したものよりは画質は劣るが、携帯電話の画面で見る分には満足出来るレベル。確かに待ち受け画面には最適だ。これをサイト運営に活かせないものか。
その三週間後に北海道へ。新千歳空港に降り立ったのは札幌記念の二日前、せっかくの北海道なのだから、普段は出来ない牧場見学ぐらい行かないともったいない。向かった先は早来の社台スタリオンステーション。到着した時、ちょうどトウカイテイオー、メジロマックイーンがお披露目されているところだった。その種牡馬らしく、貫禄溢れる馬体に見入っていた時に私はふとある事を思いついた。
私が社台スタリオンステーションを訪れたのはこれが初めてではない。夏場は伝染病対策の為に決まった時間に五分間だけ、訪れたファンに種牡馬たちの姿が披露される。集まったファンが、現われた種牡馬の馬体を撮影するその光景はいつも変わらない。だがカメラ付き携帯電話で撮影している人の姿がここ一、二年の間に大きく増えた。その様子を見ていた時、新潟での出来事を思い出した私はある行動に出た。
トウカイテイオー、メジロマックイーンの一時間後にはスペシャルウイーク、クロフネの二頭が登場。その二頭の馬体をカメラ付き携帯電話で撮影した。そしてすぐにホームページの掲示板にアクセスし、書き込みを残す。
「今、早来の社台スタリオンステーションにいます。スペシャルウイークとクロフネの様子を携帯で撮りました。携帯電話の壁紙に使えそうですよ。良かったらメールをください。写真をお送りします。」
十分後、いつもご覧になられている一人の方から早速メール。その後も次々と「写真ください」というメールが送られてくる。更に一時間後に再び姿を見せた、トウカイテイオー、メジロマックイーンも同様に撮影した。この二頭についても送って欲しいというリクエストが何件か来た。思いがけないヒット企画となってしまった。二日後の札幌記念当日には、その日に行われていたタニノギムレットの引退式の様子を撮影、またまた欲しいという方からメールを頂いた。こんなにリクエストがあるとは、全く考えもしなかった。私が北海道で遊び歩いた様子が、こうしてまた「実況中継」のようにインターネット上で配信されてしまったのだ。
こうしたホームページ上での作業は、今も毎週末続けている。テレビやラジオの競馬中継ではレースで走る馬の姿が映像や音声で伝えられる。一方、私のホームページでは私が勝手に競馬を楽しみ、一喜一憂する姿が文字で「実況中継」される。この「実況中継」とご覧になる方の反応にすっかり病みつきになってしまった。この作業、しばらくは止められそうな気がしない。
今年に入り、その「実況中継」は更にエスカレートしそうな勢いだ。何故なら競馬場にも持ち運びが出来て、無線でインターネット接続が可能なノートパソコンを買ってしまったのだから。このパソコンを使って、新たにどんな「実況中継」をしてやろうか。こんな事を考えるのが週末の楽しみのひとつとなっている。おかげでこの位、熱心に競馬予想をすれば、馬券ももっと当たるのでは、と友人たちに笑われ続けているのだけれど・・・。
・・・皆さん厳しい目でご批評願います・・・
「2004優駿エッセイ賞」落選作品
「実況中継」