1つの新薬開発に必要な、
10年の期間と1500億円のコスト
副作用問題をきっかけに「臨床試験の厳格化」が進んだことが、新薬開発を阻む1つの原因に。 |
新薬ができないもうひとつの要因は、「臨床試験の厳格化」だ。
2004年、アメリカの製薬業界を揺るがす「事件」が発生した。メルク社の大ヒット鎮痛剤「バイオックス」に、心臓への副作用があるという疑いが浮上。メルク社は自主回収を余儀なくされ、訴訟の和解金として48億ドルあまりを支払うことになった。この事件を境に、製薬業界は大きな方向転換を迫られることになる。
世論の批判が、医薬品審査を担当するアメリカFDA(食品医薬品局)に向けられたのだ。「審査の手法に問題はなかったのか?」という声を受け、2007年「FDA再生法」が成立。医薬品を開発する際に行なう臨床試験のやり方に、より厳密さが求められるようになった。
医薬品開発の流れ。いまや1つの新薬を生み出すのに「10年の開発期間と1500億円の費用」が必要と言われている。 |
ここで、医薬品開発の流れを整理しておこう。ある化合物を開発し、医薬品として認可を受けるためには、まず動物を使って安全性を調べる試験を行わなければならない。それが立証されれば、人を対象とした3段階の試験を行なう。ここで安全性が確認され、かつ既にある薬よりも有効性が高いことが実証されて初めて、「薬」として承認されることになる。
試験用の薬は決められた設備の工場で作らなければならないし、さらに試験に参加する患者の検査費や医師への謝礼、データの分析にかかる費用などを合わせると、コストは膨大なものになる。いまや1つの新薬を生み出すのに「10年の開発期間と1500億円の費用」が必要と言われているが、その大部分は、臨床試験にかかるものなのだ。
近年臨床試験が厳格化した結果、コストが増加する一方、以前の試験では見つからなかったレベルの副作用が発見され、開発が中止に追い込まれるケースも増えている。いまや薬の開発は、とてつもなく「ハイリスク」なビジネスになってきているのだ。
ヒット商品の特許切れが
引き起こすインパクト
さらに追い打ちとなるのが、今回の「2010年問題」だ。今まで製薬会社は、膨大な開発コストを過去に開発した少数のブロックバスター薬の売り上げにより賄ってきた。(ファイザーの年間開発費は8000億円あまり。一方、高脂血症薬「リピトール」の売り上げだけで年間1兆2000億円にのぼる)
これらの薬の特許が切れると、相次いでジェネリック薬(値段が安い後発医薬品)が登場しシェアを奪われる。その結果、膨大な開発コストが賄えなくなり、新薬の開発がさらに困難になるのでは・・・と危惧されているのだ。
また、別の影響を危惧する声もある。収益が減れば当然、製薬会社は開発費をいくつかの分野に絞り込まざるを得ない。すると、開発に成功してもそれほどの売り上げが見込めない「ヒット」より、コストを一発で回収できる「ホームラン」を狙うようになる可能性が考えられる。
アルツハイマー病のように多数の患者がいる分野はまだしも、患者数が少ない病気の新薬開発に影響が出るのではないか・・・。今回取材した専門家からも、そうした危惧が指摘された。