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2010-10-24

流産した女性に日本ホメオパシー医学協会会長の由井氏が掛けた信じがたい言葉

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由井寅子氏は著書『ホメオパシー的妊娠と出産』の中で流産を経験した女性とのやり取りについて以下のように語っている。


あるお母さんがステロイド剤(副腎皮質ホルモン剤)のコルチゾン(一般名:強力レスタミンコーチゾン)をとり続けていました。この方はアトピーのためにステロイド剤をずっと使っていたのです。それで、妊娠7週目で子どもが流れてしまった。当然、そのお母さんはおんおん泣きました。

でも私は、彼女に「よかったね」といったのです。「全部とは言わないけど、子どもさんがあなたのステロイドの毒を食べてくれて流れたのだろう」と。胎盤は栄養だけでなくあらゆる母体の毒を吸い上げてしまうのです。幸いに、2年後にまた子どもができました。よかったですね。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産16ページ、強調は引用者による。)


まず、「それで」などという言葉を使って、「あるお母さん」の流産の原因が彼女が使用していたステロイド剤にあるかのように書かれているが、そんな証拠はどこにもない*1

また、言うまでもないことだが、由井氏が主張するような"胎児が母体のステロイドの毒を食べてくれる"などという考えにも、何の裏付けも存在しない。ましてや、「あらゆる母体の毒」などと大風呂敷を広げられる自信がどこから沸き上がってくるのか分からない。

ここで仮に、あまりに現実離れしていることは重々承知しつつも、ここまでの由井氏の主張を全面的に認めて、流産がステロイド剤によって引き起こされ、胎児は母体から「ステロイドの毒」を吸収して体外に排出して"くれた"ものとしよう。だが、そうだとしても由井氏の言葉は到底許容できるものではない。お母さんの立場になって考えれば、自身のアトピーの治療によって生じた「ステロイドの毒」のせいで大事な赤ちゃんを死なせてしまったばかりか、その死は毒の排出という意味であたかも自分のためであったかのように意味付けされてしまったのだ。感じ方は人それぞれだろうが、私なら自分の為に赤ちゃんを犠牲にしてしったのだと、耐え難い自責の念に苛まれると思う。流産の悲しみでおんおん泣いているお母さんに由井氏はこんな無責任で無思慮で無神経な言葉を言い放ったのだ。*2


私は記述を読んだとき呆れかえってしまい、しばらくの間、この本をこれ以上読み進めることができなくなってしまった。しかし、本書を通読した後には、この記述がホメオパシーの問題を端的に表した内容だと理解するに至った。根拠なしに通常医療の処置が有害だと決めつけた上で、"善意"の形式をとった言葉によって人間を追い詰み、最終的にはホメオパシーへの盲信に仕向ける。これはこの本の各所に見られる手法であるのと同時に、本の外で現実にホメオパシー信奉者たちが、意識的にせよ無意識的にせよ、信奉者を増やすために使っている常套手段でもある。例えば、「ステロイド剤」が「子どもの予防接種」に変われば、「流産」が「子どもの自閉症」に置き換わり、やはり「あなたの子どものため」という"善意"に基づいて、ホメオパシーとセットの医療ネグレクトという歓迎せざる結果に誘導することになる。


この本はそこら中ひどい。

ホメオパシー的妊娠と出産―自然出産をサポートする36レメディー (由井寅子のホメオパシーガイドブック 2)

『ホメオパシー的妊娠と出産』は、日本ホメオパシー医学協会会長の由井氏、日本ホメオパシー助産師協会会長(当時)の鴫原操氏、同協会副会長の宮崎日出子氏によって行われた、2004年と2007年の「バース講演」の内容をもとに作成されたものだ。タイトルの通りに妊娠と出産の場面でのホメオパシーの利用法について具体的にレメディの名前を挙げて説明している他、著者らの"ホメオパシー的考え"についても砕けた調子で語られている。

冒頭の引用で察しがつくと思うが、本書は全体を通して無根拠な決め付けと明らかな誤り、無神経で無思慮な言葉で埋め尽くされている。このエントリを書くために、そのような記述にマーカーでアンダーラインを引いていたら、ページの大部分がインクで染まってしまったくらいだ。そんなわけで、とてもすべては紹介できないが、主だったものを引用していこうと思う。


カルマ・マヤズム・遺伝

この生殖細胞の遺伝子のなかには、祖先の記憶がびっしりつまっているんですね。ですから身体的な特徴はもちろん、精神的な特徴や心身の癖・体の傾向なども受け継がれるわけです。そして、それだけではなく、病気をつくりだす土壌となる「マヤズム」というものも同時に受け継ぐわけです。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』10ページ、強調は引用者による。)

ホメオパシーでは、私たち一人ひとりが特定の病気にかかりやすい体の傾向、考え方の傾向を生まれたときからもっていて、これは祖先の方々から受け継がれた、いわゆるDNAのキズといってよいものですが、これを「マヤズム」と呼び、すべての病気はここから生じると考えます。5大マヤズムは疥癬、淋病、梅毒、結核、がんであり、これらの傾向をみながもっているのです。

6週目くらいのときに目ができてきます。目は梅毒、淋病、クラミジア、トリコモナスなど、梅毒マヤズムと淋病マヤズムの影響を受けやすいのです。ですから、それまでに、マヤズムをすっかりきれいにしておくことが大切です。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』13ページ、強調は引用者による。)


以上の引用部分からも分かるように、この本の中では「マヤズム」と「遺伝」「遺伝子」は、ほとんど同一の意味合いで使われているように見受けられる。

マヤズムというのはハーネマンが導入した概念で、祖先から受け継いできた先天的な体質のことを指すらしい*3 *4 *5 。遺伝はもちろん科学の用語である。しかし、というか「やはり」というか、由井氏が用いる「遺伝」「遺伝子」という言葉は私たちが科学の文脈で使っているこれらの用語とはだいぶ趣が異なるようだ。


さあ生命のはじまりです。ここは両親の遺伝子があります。遺伝子に異常がある場合には、どうしても奇形になりやすい。ですから子どものためにも、できるだけ人工物をとらない、できるだけ薬を避けるというのは、とても大事なことです。なぜなら人工物というものは、遺伝子のおおもとのエネルギーコードをゆがめてしまうからです。また、そういう異物というものは胎児の正常な発達パターンに悪影響を与えるために、細心の注意を払わなければなりません。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』12ページ、強調は引用者による。)


結局、遺伝子というものも、その背後にあるエネルギー的な流れのコードに従って物質化したものだと思いますので、エネルギーの流れを正常にすることができれば、結果として遺伝子も正常になる可能性があるわけです。そして、ホメオパシーはそのおおもとのエネルギーの流れを自然なものにすることができるから、ときに遺伝病と言われている病気でも治癒が起こりうるのだと考えます。もちろん、マヤズム治療なくしては遺伝的な病気が治癒することはないでしょう。それから、やはり小さいときからやらなければ難しいのです。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』14ページ、強調は引用者による。)


このような誤った遺伝・遺伝子に対する認識を持っている人に「ときに遺伝病と言われている病気でも治癒が起こりうるのだと考えます」と言われても全く説得力がない*6のだが、ここにカルマという概念が導入されるとますます胡散臭くなる。


また、出産時にはまず一番に、トラウマやマヤズム、あるいはカルマが立ち上がります。カルマというのは仏教用語で、「因果因縁」のことです。ですから、皆さんが祖先の方々にうまく助けてもらわないことには、立派な出産ができないわけです。その祖先の方々の助けが腎臓に宿ります。ですから出産する人はみな、腎の力を高めなければならないのです。腎臓=生命力といってよいのですから。また、妊娠して子どもを産もうと思えばあるときには塩盛りもいるでしょう。古臭く思うかもしれませんが、そういうものも大切です。普通、祖先の方々は自分の子孫が栄えるように出産を助けてくれるものです。

ところがなにか事情があって、首を吊ったとか、もっと生きたかったのに生きられなかったとか、そういう無念がある人たちは、逆にのしかかっていこうとする勢いがあり、出産がうまくいかずに複雑になる、なんてこともあるわけです。ホメオパシーとは関係ありませんが、出産前にはそういう面でもきれいにしておいた方が本当はいいのですね。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』21,22ページ、強調は引用者による。)


祖先に非業の死を遂げた人がいた場合は、出産で苦労することになるらしい。なお、引用部分ではカルマ対策として「塩盛り」という方法が提案されているが、由井氏が学長を務めるロイヤル・アカデミー・オブ・ホメオパシーUKのサイトでは、ホメオパシー的ソリューションが紹介されている。


片桐先生

海外講師のシャーマ先生が日本にきた際に作られたレメディーをRAHの学生を対象にプルービングを実施して傾向をまとめたものです。参考にしてみてください。

(中略)

■サポートBuddha

土星の輪が外れた→カルマの解消

刀が無くなり、サヤだけが残った。

敵意、恐怖がなくなり、至福感に満たされる。

(引用元: http://www.rah-uk.com/case/wforum.cgi?no=2462&reno=no&oya=2462&mode=msgview&list=new、強調は引用者による。)


もう全く何言ってるのか分からないが、とりあえずカルマが解消されるらしい。そもそも、このレメディは何から作ったのだろうか。まさか仏舎利?などと思っていたが、そうではないらしい。よく見ると後半部分に解説があった。


■サポートBuddhaは、同じく上野の国立博物館で仏陀の受胎、誕生の絵とそしてその人生、そしてその死後の火星にいったときの絵から作れたそうです。

(引用元: http://www.rah-uk.com/case/wforum.cgi?no=2462&reno=no&oya=2462&mode=msgview&list=new)


サポートBuddha、謎が謎を呼ぶレメディである。


流産の正当化

妊娠・出産が100%無事に終わるという保証はどこにもない。どんなに手を尽くしても流産してしまう場合はあるだろうし、それをもって医療従事者が責められるべきではない。しかし、由井氏が展開する流産の正当化の論理には同意しがたいものがある。


それから、ホルモン剤の介入ですね。残念なことに、黄体ホルモンや排卵誘発剤などは胎教にはとても悪いと考えられます。本来おりるべきケースなのに、おりなくてすむようにホルモン剤を入れてしまうと、自然な形での淘汰ができなくなってしまいます。

厳しい言い方かもしれませんが、自然の淘汰は自然の摂理です。弱い体で生まれてきたその子が一番気の毒です。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』23,24ページ、強調は引用者による。)

生まれながらに病人のような状態では、その子は自分のテーマを生きられない。これは、その子にとって本当に不幸な情けないことです。ですから、魂の目的がまっとうできないほど、魂の乗り舟である体が弱いのであれば、流れてしまっても仕方がない。生まれてきたその子が一番不幸なのですから。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』24ページ、強調は引用者による。)


由井氏はホメオパスとして障害を持つ子どもにも接しているようだが、そういう子供たちのことを不幸で情けない存在だと見なしているのだろうか。医療的介入によって流産から救われた子どもは、本来流れてしまうべき存在だったと考えているのだろうか。そうでないとしても、あまりにデリカシーに欠ける記述だと言えるだろう。

淘汰という言葉の使い方にも問題がある。少なくとも進化論でいうところの自然淘汰は自然現象の一つであって、守られるべき「摂理」などではない。着床前診断に代表されるような"命の選別"の問題は慎重に議論されるべき事案であり分かりやすい結論が用意されている類のものではないことは認めるが、由井氏は流産を防ぐための医療介入すらも悪とするもので、そういった議論とは別の次元の問題をはらんでいる。


また由井氏には、別の部分では輪廻転生の話をした上で、以下のように述べている。


ところがレメディーをとっても流産した人たちから「あなた方がレメディーの選択を間違えたくせに」「レメディーで私の子どもの流産を止められなかったくせに」と言われるときもあるのです。だから最初に私は、「このレメディーはあなたの出血を止めるレメディーでもあり、流すレメディーでもある。この胎児が奇形ならば流れるし、胎盤の位置が悪くて苦しんでいるだけであれば、胎盤の位置をずらしてくっついて出血が止まる。それは私の手のうちにないんだよ、これはレメディーと胎児が相談して決めるからね」というのです。それが自然の摂理なんです。それを言うとすごく怖がって一足飛びに逃げる人もいます。第3の目が開いていないからです。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』130ページ、強調は引用者による。)


どうやら由井氏の言う「自然の摂理」というものはホメオパスに好都合にできているようだ。


ビタミンKに関連する記述

新聞等でも報道され、このブログでも度々言及してきたように、山口では助産師がビタミンKのシロップをホメオパシーのレメディで代用したことで乳児が死亡したとして民事訴訟が起こされている*7。本書には、問題の新生児に対するビタミンK投与についての記述が複数存在する。


赤ちゃんも排泄するのです。生まれてきてすぐに脂漏性湿疹、突発性発疹になるのは、胎盤からもらった毒を排泄しているだけのことなのです。そこに亜鉛軟膏を塗ったりすると、大変なことになってしまいます。亜鉛華軟膏を使って赤ちゃんの成長が止まったり、知能が遅れたりすることはホメオパシーならばよく知られているところです。血液凝固のためにビタミンKを注射したりしますが、一足飛びにがんマヤズムが立ち上がるし、逆に出血が止まらなくなることもあるのです。そして難治の黄疸になることもあります。ホメオパシーにもビタミンKのレメディー(Vitamin-K)はありますから、それを使っていただきたいと思います。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』36ページ、強調は引用者による。)


これは由井氏がビタミンK投与に否定的であり、その代替としてレメディを推奨していた動かぬ証拠である*8

一方、鴫原操氏はシロップについて、以下のように述べている。


K2シロップ

生まれた翌日、退院の日、1カ月検診、この3回、赤ちゃんにK2シロップを飲ませていますよね。これは、頭蓋内出血とか、出血傾向の予防のためなのです。それで、ビタミン剤の実物の投与があまりよくないと思うので、私はレメディーにして使っています

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』68ページ、強調は引用者による。)


これもビタミンK剤の代替としてホメオパシーのレメディーが用いられていたことを伺わせる記述だ。

このように、由井氏、鴫原氏という幹部二人が講演会・書籍でビタミンK2のレメディーによる対処を推奨している以上、山口の事件は被告の助産師一人の問題ではなく、ホメオパシー団体の組織としての問題として捉えるべきだと言えるだろう。


また、鴫原氏は上記の引用部分の後、消化管出血が疑われる新生児にビタミンK2のレメディーで対処した実例を紹介し、助産師としてのレメディーの利用法について以下のように語っている。


だいたい私どもは、病院に送るか送らないかは最後のところで判断するのですけれど、レメディーをやってみて反応がいいほうにいけば、本人の自然治癒力が働いていると思って病院には送らないわけです。これを送ると、検査だらけ、管だらけになって、最低でも1週間、異常がなくても1週間は帰れないですから。そうすると母と子の別離になりますし、そこからまた違うトラウマができ上がるとまた大変なことになるので、できるだけそうやって、最後まで頑張ってみます。だから、ホメオパシーのレメディーというのは、病院へ送るか送らないか、本人の自然治癒力で大丈夫か無理かという、その判断を行うための基準として使う、ということも考えにいれているわけです。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』68,69ページ、強調は引用者による。)


つまり、異常が疑われてもすぐには病院に搬送せずに、レメディーを与えて経過観察するという方針のようだ。「最後のところ」というのが気になるが、後で紹介する鴫原氏の他の発言を読む限り、かなり切迫した状況に到るまでこの"経過観察"が行われているようだ。


ぞっとするほど危険なホメオパシー的出産

【由井】

カーボベジ、炭、蘇生のレメディーです。ですから、言葉はないのです。なぜなら仮死状態で生まれている、死にかけているわけですから。このレメディーで多くの方が助かっています。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』97ページ、強調は引用者による。)


以上はカーボベジと呼ばれる木炭のレメディーの解説だ。「蘇生のレメディー」とは随分と大風呂敷を広げたものだと思ったが、実際には仮死状態に対処するレメディーのようだ。しかし、ホメオパシーが無効なのは明らかなのでこれでも十分に大風呂敷である。

ここで問題なのは、このレメディーの利用法についての鴫原氏の発言である。


【鴫原】

お産の最中、赤ちゃんの心音が落ちたりしたときには母親にとりあえずカーボベジをやってみるのですが、このレメディーが合わなかったら早めに病院に搬送したほうがいいです。こちらであまり長く時間をかけて、赤ちゃんが弱ってから病院に送るよりも、カーボベジをとっても回復しないようだったらすぐに送ることを考えたほうがいい、そういうときに使います。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』100ページ、強調は引用者による。)

そして、カーボベジを与えて臍帯を切断しなければ、かなりの時間蘇生は可能ですから、慌てることはないと思います。先に臍帯を切断してしまうと、自力で息をしてくれないかぎり早くしないとだめなのですが、臍帯から数分間は酸素がいきますので、慌てないで蘇生してあげれば十分大丈夫だとは思います。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』100ページ、強調は引用者による。)


後で蘇生できるからレメディーを与えて様子を見ても大丈夫と言っているようにしか読めない。レメディを与えて様子見している時間があったら、蘇生が必要になる前に病院に搬送するべきだと思うのが普通じゃないか。しかし、鴫原氏は先程引用したように病院に赤ちゃんが運ばれると「検査だらけ、管だらけになって」「そこからまた違うトラウマができ上がる」などと病院に対して異様なまでの偏見をいだいている人物なので、ここまで赤ちゃんを危険にさらしても病院に搬送するよりはましだと考えていたのかもしれない。こんな人物が助産師として活動していたとは身の毛がよだつ。


しかし、もっと悪いことに、そんな恐ろしい助産師は鴫原氏だけではないかもしれない。以下は由井氏と講演の聴講者の助産師とのやり取りである。


聴講者 開業間もない出張助産師です。カレンデュラのことをお聞きしたいのです。これは皮膚だけじゃなくて器具にも使えるのでしょうか。なるべく消毒液を使いたくないと思っています。カレンデュラは、たとえば臍帯先頭の消毒とかにも使えるのでしょうか。

由井 そのとおりです。カレンデュラはホメオパシーの消毒です。

聴講者 希釈した液につけておけば使えますか?

由井 きれいな水500ccのなかに20滴から30滴カレンデュラのマザーチンクチャーを入れる。そのなかにガーゼを入れて股に当ててもいいし、どこでも傷があるところに当ててください。外の傷だけだったらいいけれど、なかの傷はわかりません。だからレメディーのカレンデュラ30Cも同時にとることです。

聴講者 皮膚の消毒というのは、器具にも使っていいのでしょうか。

由井 はい。インドではホメオパシーの病院で手術をします。そこではカレンデュラのマザーチンキをたくさん使っています。器具の消毒にも使っています。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』241,242ページ)


消毒になるべく消毒液を使いたくないからホメオパシーで対処したいと質問する助産師に、ホメオパシーで対処できると答える由井氏。

一般に分娩での消毒は産褥熱の予防のために必要な措置とされる。産褥熱とは産後の母親に起こる感染症の一種で、抗生物質が開発される以前はこれによって死亡する場合も少なくなかったという。産褥熱と消毒と言えば、19世紀の医師イグナーツ・ゼンメルワイスが思い出される*9。彼は、医師の手の消毒が産褥熱の予防に有効であることを発見した人物だ。彼が解剖や手術で汚染された医者の手に原因があると気づいたのは、細菌によって感染症が引き起こされるということすら分かっていなかった当時にあっては、かなり先進的なことだった。ゼンメルワイスがそのことに気づくのにヒントになったのは、助産婦による分娩が医師によるものよりも産褥熱の発生頻度が少なかったことだったという。

そのことを考えると、21世紀の一部の助産師が19世紀のホメオパシーという迷信に惑わされ、同じく19世紀に端を発する消毒の重要性を忘れてしまったというのは何とも皮肉に思えてくる。


どこかで聞いたような話

たとえば、かぜ薬や痛み止めはもちろん薬ですから気をつけないといけません。それに歯磨粉は合成洗剤です。こんなふうに、お母さんがなにげなく使う薬や日用品のなかにも、胎児の発育に悪い影響を与えるものが結構あるのです。ある助産師さんが「とり上げた子どもの体や羊水からシャンプーのにおいがすることが多い」といっていました。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』12ページ、強調は引用者による。)


どこかで聞いたような話だ。実は、「羊水からシャンプーの臭がする」という話はニューウエイズというマルチ商法の宣伝者の定番セールストークでもあるのだ*10 *11。この話は由井氏がオリジナルなのかニューウエイズ関係者がオリジナルなのか、あるいは別の起源があるのかはよく分からないが、由井氏は「ある助産師さん」の話を信じてしまったのは事実のようだ。


また、由井氏は本書の中で牛乳を飲むことについて否定的な見解を示している。


ラックヒューマナムはお母さんのお乳のレメディーです。どのお母さん? それは聞くことなかれ、イギリス人のお母さんのお乳です。見捨てられた子ども、そして腸の問題、望まぬ妊娠、授乳期の感情の問題、母親が飲めなかった人の問題、もらい乳をした人、母乳ではなくて牛のミルクをもらった人たちのレメディーですあなたは牛じゃないのですから、牛のカルマをもらってはいけません。

お乳の中にはその家のカルマがそのまま乳をとおして入ってきます。鈴木家には鈴木家のカルマが、由井家には由井家のカルマが乳を通して入ってきます。だから本当の親の乳を飲まなければならないのです。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』162ページ、強調は引用者による。)


分かりにくい書き方だが、牛乳で育った人はラックヒューマナムという人間の母乳から作ったレメディーをとる必要があるらしく、そもそも人が牛の乳を飲むことはカルマ的に問題があるとの見解のようだ。

以下の引用部分では、別の理由を挙げて牛乳の害について述べている。


ビタミンEのサプリメントをとり続けた女性が妊娠しましたが、胎盤がものすごく大きくてなかなかはがれなかったケースや、牛乳を若いころにずっととっていて、妊娠中もいっぱいとった人が、牛乳のなかに含まれている成長ホルモンの影響で胎盤が大きくなりすぎてそれを引っぱられたために大量出血になったケースもありました。

ある人は、ビタミンEや牛乳をたくさんとった結果、大きな胎盤をつくってしまい、胎盤がでないので胎盤を剥離させる薬をとりました。そしたら、ひどいうつになって子どもを育てる気力がなくなり、毎日空を眺めてはさめざめと泣いていました。そこで、セケイリーとポースティーラと内分泌のレメディーをとってもらい、うつから抜け出すことができました。胎盤剥離の薬は麦角からつくられているのです。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』197,198ページ、強調は引用者による。)


今度は由井氏はどうやら牛乳に含まれるホルモンが危険だと言いたいらしい。もしかすると、これは牛乳増産のためにアメリカで乳牛に投与されている成長ホルモン剤、rbST(recombinant bovine Somatotropin)のことを言っているのかもしれないが、実はこのホルモン剤を用いることは日本では許可されていない*12。そうではなくて、牛乳には元々ウシの成長ホルモンが含まれていて、それが人間に影響を与えてしまうと言いたいのだろうか。しかし、そういう可能性もないのだ。実は、そもそも牛の成長ホルモンはヒトに対しては効果を示さない*13。余談であるが、遺伝子組換え技術でヒトの成長ホルモンが大量に供給できるようになる以前には、人間の遺体の脳下垂体から回収した成長ホルモンを小人病の治療に使っていたという。もしウシの成長ホルモンが人間にも有効なら、わざわざ人間の遺体から成長ホルモンを回収しなくても、ウシの脳下垂体や牛乳から成長ホルモンを採取することだってできたはずだ*14。というわけで、牛乳に含まれるホルモン剤が私たちに影響を与えると考えるべき合理的な理由は見当たらないし、事実、由井氏も何か具体的な情報源・根拠を提示しているわけではない。

さらに、これは信じがたいことだが、由井氏は砂糖有害論までも展開している。ちなみに、砂糖有害論と牛乳有害論はともに食養・マクロビオティックの信奉者によって語られることが多い論でもある。


サッカラムは骨がんにも合います。砂糖は骨まで溶かすのです。カンジダのある人は血液が悪く、血中にカビが多くなってしまいます。このような真菌が広がる血液であるならば、免疫が低下しているといえます。ヨーロッパの人やインドの人で水虫をわずらっている人が少ないのに、日本人は多くの人が水虫をわずらっています。多量の白砂糖と抗生物質と予防接種にとって私たちの免疫は下がってしまったのです。砂糖に変わるものとして100%の麦芽糖やメイプルシロップ、ハチミツ、少量の黒砂糖を使うことがよ良いでしょう

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』218ページ、強調は引用者による。)


ご存知の通り、レメディーの原材料は白砂糖である。散々レメディーなる砂糖玉を勧めておいて、これだ。誰がどう見ても突っ込みどころなので、何かレメディーの砂糖が問題にならない理由の説明があるのかと思ったが、そんなことは全く書かれていなかった。この本を真面目に読むホメオパシー信奉者は何を思ってこの記述を読むのか。なお、文中のサッカラムとは白砂糖のレメディだそうだ。


その他の理解に苦しむ主張

それ以外にもこの本には下らない間違い、間違い以前の問題ある記述が散見される。


内分泌系とはなにかというと、ホルモン分泌によって器官の働きを調節するシステムです。この内分泌腺が宇宙エネルギーの受け皿になります。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』10、11ページ、強調は引用者による。)


こういう記述を読むと乳牛への成長ホルモン投与について真面目に説明した私がバカみたいに見えてくるから困る。

有機農業による寄生虫のリスクを指摘する意見に対してはこんなふうに反論している。


しかし、人によっては「糞尿をかけると蟯虫が食べ物に入ってしまう」と言ったりするわけですね。でも、その蟯虫を自分の消化酵素、唾液のアミラーゼとか胃液のペプシンなどで殺すくらいじゃなければいけないのです。殺さなくても、腸内の中で悪さをしなければよいのです。健康な腸ならば、蟯虫は腸壁をかんだりして悪さをしません。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』15,16ページ、強調は引用者による。)


無茶な話だ。一応、真面目にツッコミを入れておくと蟯虫は人から人へと伝播するので、自分には害にならなかったとしても他人に迷惑をかける可能性がある。


あなたの人生のテーマはなんでしょうか?

私のことを明かせば、結局は忍耐や我慢、辛抱というのが自分のテーマだと思っているわけです。本当に、何回いっても理解しない学生に、「さっきもいったじゃないか、勘弁してくれよ」と教えています。

私は「一を聞いて十を知る」というタイプの人間ですから、「十を聞いて一しか理解しない」ような人に教えるのは自分の性分にあっていないわけです。

(引用元:由井寅子著『ホメオパシー的妊娠と出産』24ページ、強調は引用者による。)


   、ミ川川川彡                 ,ィr彡'";;;;;;;;;;;;;;;
  ミ       彡              ,.ィi彡',.=从i、;;;;;;;;;;;;
 三  ギ  そ  三            ,ィ/イ,r'" .i!li,il i、ミ',:;;;;
 三.  ャ  れ  三    ,. -‐==- 、, /!li/'/   l'' l', ',ヾ,ヽ;
 三  グ  は  三  ,,__-=ニ三三ニヾヽl!/,_ ,_i 、,,.ィ'=-、_ヾヾ
 三  で       三,. ‐ニ三=,==‐ ''' `‐゛j,ェツ''''ー=5r‐ォ、, ヽ
 三.   言  ひ  三  .,,__/      . ,' ン′    ̄
 三   っ  ょ  三   /           i l,
 三.  て   っ  三  ノ ..::.:... ,_  i    !  `´'      J
 三   る  と  三  iェァメ`'7rェ、,ー'    i }エ=、
  三   の   し  三 ノ "'    ̄     ! '';;;;;;;
  三   か  て  三. iヽ,_ン     J   l
  三  !?    三  !し=、 ヽ         i         ,.
   彡      ミ   ! "'' `'′      ヽ、,,__,,..,_ィ,..r,',",
    彡川川川ミ.   l        _, ,   | ` ー、≡=,ン _,,,
              ヽ、 _,,,,,ィニ三"'"  ,,.'ヘ rー‐ ''''''"
                `, i'''ニ'" ,. -‐'"   `/
               ヽ !  i´       /
               ノレ'ー'!      / O

*1:「妊婦等に対する安全性は確立していない」とあるが、使用自体が禁止されているわけでもないし、妊娠継続に支障を来たす可能性を示唆する証拠はない。http://www.kowa-souyaku.co.jp/medical/product/interview/pi_130.pdf

*2:もしかすると由井氏には、この言葉をかけた時点で、流産によって毒が排出されたことで次はきっと無事に健康な赤ちゃんが生まれてくるでしょう、という励ましの意図があったのかもしれないが、そうだとしても今まさに流産の悲しみでおんおん泣いている母親に「よかったね。」などと言える感覚が分からない。

*3:ホメオパシー信奉者による解説 http://www008.upp.so-net.ne.jp/cosmos/aboutmiasm.htm

*4:hotsuma氏による発達障害と梅毒マヤズムについてのエントリ http://d.hatena.ne.jp/hotsuma/20080904/p1

*5:NATROM氏による批判的解説 http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20080908

*6:しかし、由井氏がホメオパシー団体のトップに君臨している事実を考えれば、このような説明に疑念を抱かなかった人が少なくないということだろう。

*7http://d.hatena.ne.jp/Mochimasa/20100731

*8:ただし、山口の訴訟では経口投与のビタミンK2シロップの不投与が問題にされているのに対して由井氏が想定しているのは注射による投与のようだ。

*9http://www.wound-treatment.jp/wound157.htm

*10http://www.lennus.com/blog/archives/2008/02/stop_neways.html

*11http://neways.maruchi.info/2007/03/post_43.php

*12http://www.maff.go.jp/primaff/koho/seika/review/pdf/primaffreview2004-11-29.pdf

*13http://www.fda.gov/AnimalVeterinary/SafetyHealth/ProductSafetyInformation/ucm130321.htm

*14:もっともBSEの問題が明らかになった今となっては脳下垂体由来の成分を医薬品として実用化することは難しいかもしれないが。

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