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[22530] 【習作】魔法ヤンキーネギや!【ネタ】
Name: とり◆4b468a75 ID:870f574a
Date: 2010/10/16 00:14
小説家になろう様にも投稿させて頂いております。
処女作ですが、楽しんで頂けたら幸いです。








奥様の名前は葛葉刀子。
そして、ダンナ様はなし。
ごく普通に神鳴流を学び、ごく普通に麻帆良学園の教師になりました。
でも、ただ一つ違っていたのは息子が魔法ヤンキーだったのです。



まだ雀が鳴く早朝、古いアパートの一室。一つのちゃぶ台を二人の男女が囲んでいた。

片や、スーツを一部の隙も無く着込んだ葛葉刀子。
麻帆良学園ではそのきりっと眼鏡が似合う美貌ときめ細やかな授業で生徒に人気の教師。
その刀子が教師の仮面と眼鏡を外し、口を開く。

「刀哉…あんた高校三年にもなったんだから、少しは落ち着いたらどうなんだい?」

片や、刀哉と呼ばれた男。
天に聳え立つ真っ赤なリーゼント。
そして、麻帆良学園の制服の存在なんざ認めねぇ!無言の内にそう叫ぶ気合いブリバリの改造学ランに身を纏った…丼飯をかきこむヤンキーがそこにいた。

「わかってるって、母ちゃん! 最近は俺も売られた喧嘩しか買わないしさ!いやいや、麻帆良の狂犬と呼ばれた俺も丸くなったもんじゃねえか!おっと、それより母ちゃんおかわり!」

どん!と突き出される丼を受け取り、ご飯をよそいながらも話は続く。

「何が麻帆良の狂犬で何が丸くなったよ!あんたのその時代遅れのリーゼントをやめろって言ってるのよ!この間、高畑先生に何て言われたかわかる?
『…なかなか元気な息子さんで』
母さん、申し訳無くて、あんたの事、叩き斬ろうかと思ったよ!あとお母さんと呼びな」

山盛りの丼を受け取りながら、

「…この間の山籠もりはそういう理由だったのかい。道理で母ちゃん俺の事、殺し来てた訳じゃねえの」

「人聞きの悪い事、言ってんじゃないよ!あとお母さんと呼びな。大体、あんたね」

「うっし、ごっそーさーん!母ちゃん、今日もうまかったぜ!じゃいってきまーす!」

更に続くであろうお小言には付き合ってはいられない。そう言わんばかりに狭いアパートから飛び出すヤンキー刀哉。

「全く…まぁ性根が腐っている訳じゃないから、まだいいのかねえ…さてと」

綺麗に食べ終わった朝食を軽く片付けると、刀子は眼鏡をかけ、微笑んだ。

「今日も一日、頑張りましょうか」

刀哉の母親ではない教師、葛葉刀子の一日が始まった。



[22530] 二話・ツッパリハイスクールロッケンロール〜通学編〜
Name: とり◆4b468a75 ID:ec8f6a96
Date: 2010/10/15 03:56
男には外に出れば、七人の敵がいる。
それならヤンキーには何人の敵がいるのだろうか?





爽やかな朝日の下、

「あン?てめえ、何ガンつけてんだ、くらぁ!!」

「は?マジイキがってっと潰しちまうぞ、ダボが!」

爽やかで無いヤンキー二人がキスでもしかねない距離で見つめ合って…ガンをつけあっていた。
刀哉ほど気合いブリバリではないのか、長髪の金髪と坊主のヤンキー二人の睨み合いは麻帆良学園へと向かう通学路のど真ん中で行われており、少ないとは言えないそこを通る学生達の眉をしかめさせていた。

パラリラパラリラ♪

と、一瞬即発の空気に三連ホーンをかき鳴らし、三連シートに改造ハンドル、デコレーションに『魔滅上等!(まほろじょうとう)』
もはや、原形がどのような形だったか想像も付かない…暴走自転車をぐいんぐいん、イわせながら…蛇行しながら颯爽と現れる。

赤いリーゼントをおっ立て、改造学ランをたなびかせ、グラサンでキメた刀哉だ。
ヤンキー二人が口論していた時より通行人が距離を取っているのは気のせいだろうか。

ヤンキーの前に降り立つと刀哉は口を開くと、

「やあ、キミタチ。喧嘩はおよしよ」

満面の笑みでのたまった。

「は?朝からキめてんのか?」
「お呼びじゃねえんだよ、とんがりコーン」

あいつらマジかよ…狂犬に噛み付くなんで…
周りで囁かれる声は熱くなっているヤンキー達には届いていないようだ。

「ははは、朝からキミタチ元気いっぱいだね。でも、喧嘩なんてするより、学校でお勉強しようネ!」

ヤンキーというのは実力社会だ。
強い者であれば、強いなりに。弱い者は弱いなりの処世術がある。

「寝ぼけてんじゃねえぞ、この鳥の巣野郎!脳みそにも巣作ってんじゃねえのか!」
「マジてめえみてえな弱虫クンが俺らに口出すんじゃねえよ!」

弱い者は弱いなりに危険を察知して逃げなければならない。

「…HAHAHA。マジ調死クれ天邪ねえゾ、ガキども。お兄さんが怒らない内に」

「ぐだぐだうるせえんだよ!」

ついにキレた坊主の拳が刀哉の顔面に吸い込まれる。

「OKOK、これで正当防衛だ」

坊主の拳など無かったかのように微動だにしない刀哉が呟いたと思えば、

「ぶべらっ!」

金髪に見えたのは何故か悲鳴を上げて吹き飛んだ坊主と後ろで何かに激突したような音と、拳を振り切った姿勢の刀哉。

「(そういや兄ちゃんが言ってたっけ。「お前がイキがるのはいいけど絶対、赤いリーゼントには近づくな。魔滅の狂犬に噛みつかれたら…死ぬぞ」)」

ヤンキーデビューを果たし、周りのパンピーが距離を空けるのを自分が強くなったと勘違いしていた金髪は、

「俺の事を知らねえとは一年だろ、お前。麻帆良学園警備員見習い葛葉刀哉だ。喧嘩上等なんで夜露死苦!」

今日、ヤンキーの現実と刀哉の拳を知ると共に、

「(お前のような警備員がいるか!)」

世の中の不条理にツッコむのだった。



[22530] ヤンキーの過去
Name: とり◆4b468a75 ID:cc32c781
Date: 2010/10/15 03:59
葛葉刀哉の周りには常に罵声と賛美に溢れていた。

「あんなどこの馬の骨かもわからない子がいなければ、刀子なら器量良し捕まえられただろうに」

「この子は神鳴流の百年に一人の天才だ!」

取り囲む大人達の視線の中、ただ黙々と、自分の背丈よりも大きな真剣を振るい続ける幼い刀哉。

「(お母さんを守る)」

それだけを胸に太刀を振る。
皮が擦りむけ、肉は破れる。
自分を天才と呼ぶ大人の見る目はない。
そう刀哉は思う。

「(僕なんかより、桜咲のせっちゃんの方が才能に溢れている)」

今はまだ三歳。剣を握ったばかりの彼女だが、一振り毎に鋭さを増す剣勢。
齢六歳にして、刀哉は天より与えられた才能を持つ少女を知った。

「(僕がいない方がお母さんは幸せになれる)」

どこからか刀子に拾われて来た刀哉。
子供の目から見ても母は美しく、結婚し…本当の子供を得るべきだろう。そう刀哉は思う。
だが、

「(母さんの子でいたいよ…!)」

あと数年もすれば、せっちゃんに追い抜かれるだろう。
そうなれば賛美の声は消え…その時、母さんは自分を見てくれるだろうか?

葛葉刀哉はそう思っていた。





切欠は覚えていない。
若くして、余所から子供を拾って来る刀子に辛く当たる祖母に自分の為に耐える母。
そんな環境に耐え切れずに刀哉はある日、家を飛び出した。
どこを目指すとも、アテがある訳でも無く、ひたすらに走り続けた。

しかし、鍛えていようとも所詮は子供の体力であり、どことも知れないビル街の中で刀哉は力尽き、倒れ込んだ。
厄介事に巻き込まれるのは嫌。だけど、子供が倒れている。周りの大人達が逡巡したその時!

彼が姿を現した。

ビルの壁を己の力のみで突き破る、そのパワー!
恥じる所などどこにも無い。その身を包むは褌のみ!
背中には刀傷という名の装飾が施された『侠客立ち』!
傷だらけで醜いはずの入れ墨は見る者に不思議な色気すら感じさせるのだった。

大人達の安っぽい逡巡など吹き飛ばし、その漢。花山薫は現れた。

刀哉は動けない。
周りの大人達も動けない。
当たり前だ。誰がビルの壁を突き破り、人が飛び出して来ると想像するのだ。
しかし、想像ではなく、実際にビルの壁を突き破らせられた者はその限りではない。

死刑囚スペック。
五分の無呼吸連打に耐える心肺機能を武器にしていたが、花山薫のパワーとタフネスの前に敗北の二文字がちらつき始めていた。
そこで彼が取る手段は人質!
短時間のうちに花山の行動原理を理解したスペックは見た目によらぬ軟弱な、一般人からしてみれば優しさと呼ばれるであろう感性を持っている事を看破していた。
いまだに状況を理解出来ていないガキを人質に一旦、ここは引く。
そう一瞬で判断すると、圧倒的なバネを生かし、跳躍。
スペックの判断は間違ってはいない。
刀哉が人質になれば、花山は手も足も出せないだろう。
元々、この戦い自体も「友人のデートを邪魔させない」
そんな理由だ。

しかし、スペックはまだ見誤っていた。
花山薫という漢を見誤っていたのだ!

握力×体重×スピード=破壊力!
花山薫の岩を削り出したかのような荒々しい拳が刀哉に飛びかかってスペックの顔面をぶち抜き、その巨体を再びビルの壁を突き破り、刀哉の視界から消し飛ばした。
幼子に外道を一秒たりとも見せぬ。そんな花山の心がその結果を産んだのかもしれない。

「…大丈夫か?」

見た目に反し、と言っては失礼かもしれないけど優しい声だ。
刀哉は思った。

「は、はい!!」

その深みのある声にくらくらし、何が何だかわからなくても刀哉は返事をした。

それに満足したのか、無言で踵を返すと花山は再びスペックへと向かう。



「刀哉ぁ!刀哉ぁ!!」

騒ぎを聞きつけたのか、美しい顔を涙でぐちゃぐちゃにし、必死に探し回っていた刀子が刀哉を抱き締める。
それまでぼんやりと侠客立ちが、花山薫が消えたビルを見つめ続けていた刀哉はゆっくりと刀子の目を見て、口を開いた。

「母さん、僕はもっと強くなるよ」

ずっと曇っていた空がぱっと明るく晴れた。
刀子がまず思った事はそれだった。





こうして、魔法使いの子供が赤い翼に憧れるように、神鳴流剣士が近衛詠春に憧れるように、葛葉刀哉は花山薫…ヤクザに憧れるのだった。













魔…法……?

スペック戦好きなので、スペックにも見せ場を作ろうかと思いましたが、それなら原作読んでもらうのが一番だろう、という事でカットしました。
「まだやるかい?」とか入れたかった…!

この後、花山さんの出番は無い予定なので、ネギまだけのファンの方にも楽しんで頂けるように…えーと、その…花山薫がフェイトを握撃!という風に本編に絡める事はありません。
ただちょっと筋肉成分が足りないかな?と思った時は出る可能性があります。



[22530] 閑話・桜咲刹那のスタイル
Name: とり◆4b468a75 ID:ec8f6a96
Date: 2010/10/15 04:04
何をやってるんだか…桜咲刹那は思う。

「いやー、マジごめん!ちゃんとぶん殴った先に人がいないのは確認したんだけどさ。椅子があるとは思ってなくてよ!」

偶然に通りかかっただけの刹那はそれだけで全て理解した。

喧嘩をする。

殴り飛ばした相手が超包子の空いている席に飛び込んだ。

刹那のクラスメイトでもある四葉五月に怒られている。

細かい事情に差はあっても、大筋は間違っていないはずだ。

「刀哉さん、喧嘩はいけません?いやいや、ありゃ喧嘩を止めたんだって。さっちゃんも聞いたろ?俺さ、警備員見習いになったんだよ」

お前のような警備員がどこにいる!
思わずツッコみかけた刹那は鍛え抜かれた自制心でストップ。

「デスメガネの野郎と同じ事してるだけだって!え?高畑先生はやってる事は派手だけど、人や物に被害を出さない?マジか!?あー…俺も修行が足りないぜ」

五月に叱られ、心なしかリーゼントがしなびている。

桜咲刹那にとって、葛葉刀哉は…その、なんだ。そう!敵だ。敵なのだ!
鳥族と人間のハーフであった刹那を差別せず、刹那も年上の頼れるお兄ちゃんとして…刀哉を「とー兄」と呼んだ過去は捨てた!!
今の私は堕落した葛葉刀哉とは違う。そう、言うならばクールな大人の女性、桜咲刹那NEOなのだ!

「マジごめんな。よっしゃ!壊れた物、修理してくぜ!え?結構です?俺とさっちゃんの間で水臭い事を言いなさんなって。デコ?勿論、サービスしてやる…ってそれがいらない?オイオイオイ」

あの時の屈辱を晴らすまで、桜咲刹那は葛葉刀哉とは口を聞かない。そう決めてい…

「とー兄のカバンええなあ…」

デコでモリモリになった刀哉のカバンには猫や犬、猿や鳥が所狭しと匠の技で描かれていた。

「飲食店には派手過ぎる?かぁー!さっちゃんと俺の間でそんな他人行儀な事を言われるたぁ俺は情けなくて涙が出てくるね!よし、決めたぜ。さっちゃんが認めてくれるような完璧なデコ…見せてやるぜ!」

自らの呟きと話を聞かないヤンキーと、このリーゼントどうしてやろうかと考えるクラスメイトを無視し、桜咲刹那は颯爽とお嬢様の待つ学校へと歩く。
イメージは葛葉刀子のような大人の出来る女性。
桜咲刹那はクールな女なのだから。

「お、さっちゃん、ちょっと待っててくれよ。おーい、せっちゃん!せっちゃん!桜咲のせっちゃんやーい!」

刀哉の声を背に受け、桜咲刹那は颯爽とその場を後にする。
桜咲刹那は大人の女だ。
だから声をかけられたくらいで嬉しくなったりしないし、顔が赤くなったりはしないのである。



なお余談ではあるが刀哉作デコ大盛テーブルセットが超包子の新しい名物となるのは、また別の話。



[22530] 四話・前編 猫と子供と
Name: とり◆4b468a75 ID:ec8f6a96
Date: 2010/10/15 04:15
葛葉刀哉の学校での行動パターンはさほど多く無い。

誰かを殴っているか、寝ているか、教師に説教されているか。
この三種類に収まるだろう。

しかし、そんな彼にもごく稀に、気が向いた時にしかやらないが…例えば誰にでもあるようにサバ缶大人買いして食いてえなーと思っていたというのに、間違えてペットフードを買ってしまった時のみに行われる行動がある。

「捨てンのも勿体無いからよー。お前らにくれてやるだけだからな。勘違いしてンじゃねえぞ?」

ウンコ座りで動物相手にメンチ切る刀哉。
生半可な不良なら泣いて謝るであろう視線に全く反応しない猫。猫。猫。猫。
十か二十は数えるであろう猫。そして、ヤンキー。

「てめっ!いつも言ってんだろよ!身体でかいからって独り占めしてンじゃねえぞ、コルァ!」

どんなに忙しくても、最低週四回、滅多に行われない刀哉の行動パターンである。

「あ、とーやだ!今日も猫さんと遊んでるの?」

やたら目立つ空間に子供達がぞろぞろと集まって来る。

「猫と遊んでるンじゃねえっつーの!ゴミ捨ててるだけだって、いつも言ってンだろ!」

はいはい、と子供達も慣れているのか華麗にスルー。

「お前、猫の尻尾引っ張ったら可哀想だろ、てめえ!もっと優しくしてやれ!」
「とーやぁ、おんぶー!」
「とーや!デュエルしようぜ!」
「とーや、おしっこー!」

にゃーにゃーぎゃーぎゃーにゃーにゃーと麻帆良一のカオスと呼ばれる女子中等部3-Aに負けずとも劣らないカオスがアッと言う間に形成される。

「あー、うるせー!おんぶくらいしてやるし、小学生になったんだから、そろそろ一人でトイレいきやがれ!でも、デュエルは負けるから嫌だ!」
「えへー」
「なんだよ、それー!」
「行ってきまーす」

そんな状況も一人の人物の登場により、終わりを迎える。
学園広域生活指導員、『デスメガネ高畑』と双璧を成す『鬼の新田』

もはや、それは科学反応だった。

「きゃぁぁぁぁぁ!怖いぃぃぃぃ!」
「食べないでぇぇぇぇ!」
「鬼や!鬼が出たで!」

子供は泣き叫び、猫達は一瞬で逃げ去った。

「…………」
「えっとさ、俺が色々とあいつらに冗談言ったせいで」
「フォローはいらん」

内心、深く傷付きながらも鬼の新田は刀哉の慰めを切って捨てた。
子供に泣かれ、猫に逃げられ、更に生徒に慰められた日には長期休暇を取りたくなって来る。









刀哉の口調がちょくちょく変わるのは、

1、身内 刀子母ちゃん、せっちゃん。
2、行き着けの飯屋の姉ちゃん 五月。
1、2は時に気を使っていない素のうざったい感じに。

3、敵、対等になりたい相手。
4、女子供。
自分を強くみせたいヤンキー口調。

5、花山さん
ちぃーす!おつかれしゃーす!あざーす!

本編の中に書けという話ですが上手く組み込めなかったので…



[22530] 五話・後編 ハードボイルド先生ニッた!
Name: とり◆4b468a75 ID:cc32c781
Date: 2010/10/15 04:10
広域生活指導員、新田が見るに絡繰茶々丸と葛葉刀哉の行動原理は非常に近い。
互いに根っこでは独りでは生きて行けないが、生きて行ける能力はある。しかし、お互いにある事情により、他人に近付くのを極端に恐れている。
裏切られるのではないか?傷付けてしまうのではないか?…はたまた自分が他人を裏切って傷付けてしまうのではないか?
それは誰にでもある事だが二人とも根が深い。

新田は自分を臆病でナイーブで傷付きやすい人間だと自己評価している。他人に話すと笑われるのがわかっているから言わないが。
しかし、異能だらけの麻帆良学園で広域生活指導員という役職を長年、続けて来られたらのは、その傷付きやすい脆い心があったからだ。そう心底から思っていた。
広域生活指導員という役職は荒れた青少年と向き合わねばならない。
誰でもナイフの一本でもあれば人を殺せる。『殺されると思ってしまう』
異能を持つ『普通の子供達』はナイフどころか銃相手でも勝ち抜く連中がゴロゴロいるのだ。
長年、麻帆良にいると「あれ?」と思うような小さな疑問がどんどん膨れ上がり、いつの間にか自分が非常識の中に住んでいた事に気付いてしまう。
そうなれば、もう終わりだ。

昨日まで普通に話せていた生徒が剥き身のナイフに見え、全てが信じられなくなり、最後には心が折れる。そんな同僚、後輩達を何人も見てきた。
そんな彼らと新田が違ったのは、

「(俺は誰と話すにしても、いつも怯えていたんだろう。『こいつがキレてナイフを持ち出すかもしれない』そうビクビクしながら生きて来た)」

だから誰と話す時も真剣に接した。話を聞いた。話をした。怒鳴りつけた。
だから、異能を持った危険人物ではなく、ただの人間として接する事が出来たのだろう。

何人何十人何百人何千人何万人。
沢山の人間と接して来た新田が見る分ではこの二人。ロボットだろうと時代遅れのヤンキーだろうと変わらない、二人の生徒が上手く生きて行くには単純なコツがある。

「(自分は大丈夫だ)」

小難しい理屈をこね回すより、シンプルな一言を心から信じられれば、大抵の問題は片付く。
片付かなければ、呟けばいい。
生きているなら不変の真理を。

「This is a Pocer」

人生は不条理の連続だ。

「あ?新田先生、何言ってンだよ?それよりまたアイツ、マジなんだよ!いつも無表情でこっちじーっと見やがってさ!」

刀哉の視線の向こうにはこちらを、というよりも、刀哉を感情の篭もらない視線を送る絡繰茶々丸の姿があった。
更に言えば新田から逃げた猫と子供達の姿もある。

「とーやのくせにメンチ切りやがってナマイキだー!」
「「ナマイキだー!」」
「ンだとコルァ!てめえらナメてんじゃねえぞ!」

怒鳴り返しはしても刀哉は動かない。
新田が見る限り、茶々丸と刀哉の距離が縮んだ事も遠ざかった事も無い。
まるでお互いに興味はあっても、警戒し合う野生動物だ。

思わず新田の顔に苦笑いが貼り付く。
こいつらがくっつけば、それだけでお互いの悩みが吹っ飛ぶんじゃないのか?
そう思ってしまったからだ。

「刀哉、出席日数を計算するなんて小賢しい事、考えないで明日の授業にはちゃんと出ろよ?いいな」

返事も聞かずに新田は刀哉に背を向け、歩き始めた。

「ん?なんだ?今日は説教無しか?」

「ああ、いい物が見れたからな。それとも説教されたいのか?」

「ンな訳あるかよ!…年なんだから気をつけて帰りやがれ!」

「ありがとよ」

新田は振り返る事無く、後ろ手で手を振る。



そして、周りに生徒がいない事を確認すると、タバコに火を付けた。
「願わくば、誰もかれも幸せにならん事を」
新田は心から、そう祈った。
まぁ、最後には縁次第だよな、とも思ってはいたが。





そして、子供達の夜はすぐそこまで来ていた。



[22530] 六話・龍宮真名の不運
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/15 04:12
「………なんだ、あれは?」

龍宮真名は自らのスナイパーとして鍛え抜かれた視力に絶対の自信を持っている…のだが若干、その自信が揺らぎかけた。
退屈な授業を聞き流し、窓の外を眺めていたのだが、天を突く赤いリーゼントを見つけたのだった。
噂に疎い真名ですら、『ファイヤーヘッド』『一人暴走族』『麻帆良の狂犬』
数々の異名が聞こえて来る葛葉刀哉を知っている。
何より一度でも見れば、あの頭は忘れようがない。
それによく校庭からは死角だが、真名の席からよく見える満開の桜の木の陰で昼寝をしている。
眠い眠い午後の授業のたびに気持ち良さそうにぐーすか寝ている刀哉を狙撃したい。そう思ったのは一度や二度ではない。

新学期も始まり、慣れて来た景色の中の一際、目立つ異物である刀哉には慣れたのだ。

「(それがどういうイメチェンだ…!)」

刀哉のリーゼントがうねうねと蠢いている。
まるでリーゼントの中に封印された魔物が、

「(くそっ!笑いのツボに入る!)」

騒がしい3―Aの中で自分が落ち着いている大人な女という印象を持たれている自覚はある。
しかし、実の所、他人との笑い所がズレていて、いまいち笑いの波に乗り切れていないだけ。
蠢くリーゼントを見て、自分で考えた事で吹き出すくらいに龍宮真名はまだ中学生なのだ。

それはいい。
問題は今が鬼の新田の授業。つまり、いきなり吹き出せば一時間お説教コースは間違いない。
いや、何かいい事があったのか、機嫌のいい新田なら二時間は堅いかもしれない。
鉄の意志を持つスナイパーでも、さすがにそれは勘弁して欲しい所だ。
なんで今がネギ先生か瀬流彦の授業じゃないんだ!

それなら刀哉を見なければいい。そう気付いたのはピクピクと震える真名に後ろの席に座るザジ・レイニーディが普段はどこを見ているかわからない視線を合わせ始める程の時間が経ってからだ。
それが長かったのか短かったのか真名にはわからなかったが。



「……………」











「……………………………」










「……………………………………ぶはっ!」

つい誘惑に負けて、刀哉を見てしまったのは仕方ないだろう。

「(だからって…だからって!!)」

真っ赤なリーゼントの先端から白いオコジョ妖精がひょっこり顔を出している。
リーゼントの中で必死にもがいたのが疲れきった表情で外の空気を取り込んでいた。

「(何がどうなったら、ああなるんだ!)」

あまりの不条理さに真名は天を仰ぐ。
そこに見えるのは、

「…龍宮、放課後、進路指導室に来い」
「はい…」

新田の非情な宣告だった。



[22530] 七話・したい仕事だけしたい
Name: とり◆4b468a75 ID:870f574a
Date: 2010/10/15 04:14
魔法教師ガンドルフィーニは考える。
この目の前にいる相手に何を言ったら理解してもらえるのかを。

「葛葉刀哉!何度も言っているだろう!ここにいられては困るんだ!」
「理由も言わずに動けってのはちょいと道理が通らねえンじゃねえの?ガン……ガンダムさん?よぉ」

「(くそっ!探索魔法に人の反応があったから来てみれば…!)いいから来たまえ!君も魔法生徒なら魔法教師の私に従う義務がある!」

一部の教師の間では有名な『茶々丸の縄張り』と『クズの縄張り』
放課後はそこで絡繰茶々丸と葛葉刀哉がお互いに距離を取って、猫に餌をやっているのをガンドルフィーニも何度か見た事があった。

「あン?都合のいい時だけ魔法生徒にしてくれンじゃねーの。あんた、自分の言った事を忘れてンのか?『お前は魔法生徒どころか麻帆良の生徒として相応しくない!』お、今のなかなか似てたンじゃね?」
「う、うるさい!そんな事より…」

不条理だ。ガンドルフィーニは思う。
『立派な魔法使い』として、『ナギ・スプリングフィールドの息子』を鍛えるという義務がある。
魔法に関わる者なら、それに協力するのが当たり前だ。
それを…

「だからさー。あんたがここから消えて欲しい理由をきちんと説明してくれりゃ心の広いぼくちんははい、ガンダムの仰る通りでございます!ってすたこらさっさと消える訳ですよ。何回も言わすなよな。あんたバカなんじゃねーの?」

ゲラゲラと下品な笑い声を上げる刀哉。
思えば魔法教師に逆らう、何故か一般教師の新田先生にはこんな言葉使いはしないが、物言い。
下品なリーゼントとファッション。
一流と呼ばれる腕を持ちながら、どうでもいいチンピラしか相手にせずに警備にも出て来ない。
そして、

「お前が知る理由は無い!来い!」

刀哉の腕を掴み、引きずってでも、連れて行こうとするが、あっさりとかわされる。

「やなこった。つか俺を動かしたい理由ねー、理由。そうだな」

へらへらニヤニヤ小憎たらしい浮かべて笑みを浮かべていたヤンキーの空気が変わる。

「ネギ・スプリングフィールド育成計画。通称・『箱庭計画』」

『魔法教師』ではなく、『魔法使い』へと意識が変わり、いつも胸ポケットに入れている杖に手を伸ばすが、

「そこまでだ」

腕を押さえられたと思えば、何をどうされたのか、地面に這いつくばっていた。
投げられたと気付いたのは、口の中に広がる土の味を感じてからだ。

「(神鳴流剣士相手にこの距離まで近付いてしまうとは…!)」

元々あった火種に屈辱という名のガソリン。激発しそうな意識を必死に抑える。
そして、地面に這いつくばっているガンドルフィーニの背中に刀哉はウンコ座り。

「貴様…!ぐおっ!」

刀哉を跳ね飛ばそうとするが、背中に激痛が走る。

「あんま無理すンなよ。これも神鳴流の秘伝って奴だからよ」
「な、何故、箱庭計画を知っているのだ、貴様…!」
「寝ぼけてンのか?雪広のお嬢さんに忍者にスナイパー。天才科学者に運動部のエース集めたクラス作って、そこに英雄スプリングフィールドの息子ぶち込むとなりゃ誰だっておかしいと思うだろうよ。仮契約で即戦力化ってか」

気の弱い者ならそれだけで逃げて行きそうなガンドルフィーニの激情を、刀哉は気にする事も無い。
「…何が目的だ」

「そうだな。箱庭計画の邪魔でもシちゃう?」

ゲラゲラゲラゲラ。

「な、貴様、正気」
「はい、すとーっぷ。あんまでかい声上げたら、隠匿結界張ってても気付かれちゃうぜ」

ガンドルフィーニの気付かないうちに神鳴流がよく使う陰陽道の結界が張られていた。

「ジョーダンだよ、ジョーダン。僕の大切なママンが勤めてるガッコーの大切なお仕事を邪魔するわけないじゃないの」

そして、ガンドルフィーニは思う。

「(それは本音なのだろう。それはわかっている)」

「お、子供先生が来たぜ、ガンダムさん」

ネギ・スプリングフィールドと報告にあったように神楽坂明日菜がパートナーとして、茶々丸の前に姿を現した。

浮かない表情をしている二人。
これからクラスメイトと生徒を…壊そうとしているのだから。
にこやかになれるはずは無い。

「これが…正しいんだ」

そう思って、今までやって来た。
そう思い込もうとして、今までやって来た。

「そうかよ」

ガンドルフィーニには『魔法使い』としての立場がある。
葛葉刀哉には無い物だ。
それを理解してくれとは思わない。

「ガキにあんな顔させンのが、あんたのやりたかった事なのか?」
ネギの顔色は控えめに言っても真っ青だ。
杖を持つ手は震え、今にも倒れてしまいそうになっている。
それでも戦いは始まる。

そして、ガンドルフィーニは叫ぶ。

「そんなはずあるか!子供にあんな顔をさせないためにいるのが『立派な魔法使い』だ!僕はもう『立派な魔法使い』になる資格なんてない!……でもネギくんにはこれが必要なんだ!!わかれよ、馬鹿野郎!誰がこんな事したいと思ってるんだ!」

魔法の従者と元々の身体能力の高さ、それらが組み合わさり、明日菜の動きに茶々丸は全くついていけない。
当たり前の話だ。
今のネギ達の実力に合わせて茶々丸には機能制限かけられている。

「ああ、わかるよ。俺も母さんの立場を守らなきゃいけない」
「なら、何故、立ち上がる」

座り込んでいたガンドルフィーニの上から刀哉は降りた。



ガンドルフィーニは葛葉刀哉の下品な言葉使いを聞くとイライラする。
ガンドルフィーニは葛葉刀哉のにやけ面を見ると魔法の射手をぶち込みたくなる。
ガンドルフィーニは葛葉刀哉のリーゼントを見るとむしってやりたくなる。

ネギは見事に魔法の射手を収束させると茶々丸に向かって、

「ガキを泣きそうな顔させたままにしたら、母ちゃんに怒られちまうからな!」

刀哉の足に気が集まり、ネギの魔法の射手が放たれる。
そして、刀哉が一歩踏み出せば即トップスピード。

移動系技法・瞬動!

だからガンドルフィーニは葛葉刀哉が大嫌いだ。
あれでは自分が諦めた『立派な魔法使い』そのものではないか。











「母ちゃん、仕事クビになったらごめぇぇぇん!」

…だからガンドルフィーニは葛葉刀哉が嫌いだ。

「どうせなら、もっと格好よく登場してくれ」

ガンドルフィーニが憧れた『立派な魔法使い』はもっと颯爽としていて、間違ってもあんな情けないチンピラではないのだから。















また教師かよ!せめて、刀子さんにしろよ!
そう言われそうですが、皆さん大嫌い、ガンドルフィーニ先生の登場です。

アンチな空気ですが、ヤンキーをネギまにぶち込んで花山さんを登場させた私が素直にアンチに走ると思ったら大間違いだ!



[22530] 八話・前編 僕は間違えた
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/15 04:17
僕は間違ってしまった!

手を離れた『魔法の射手』。
ネギ・スプリングフィールドは止まらない現実の中、叫ぶ。

「(ダメだダメだダメだ)」

『魔法の射手』を制御する光の精霊にありったけの魔力を叩き込み、命令に対するレスポンス速度を上げる。しかし、ネギの莫大な魔力量は一瞬で光の精霊の魔力容量を埋め尽くし、発狂させてしまった。

「(ダメだダメだダメだ)」

『魔法の射手』思考誘導ルーチンは光の精霊が発狂した事により不可能。ネギは自分の不手際に怒りを覚える。
思考誘導を捨て、命令系統を言語誘導に切り替え。

「(間に合え間に合え間に合え!)」

普段なら鼻歌混じりに出来る事が出来ない。

「……すいません、マスター。私が動かなくなったら、猫の餌を………哉、お願いします」

遅々として、進まない切り替えに焦りと苛立ちが浮かび、状況は更にネギの手から離れていく。

「(だけど、まだだ!)」

言語命令による『魔法の射手』の制御を破棄。一気に放出した風の魔力で『魔法の射手』を捉える。

「(今だ!)戻れぇぇぇ!」

風の魔力により『魔法の射手』にハッキング。元々がネギの魔法だ。構造の全ては理解している!

「(いけるいける僕はやれる落ち着け焦るな)」

そこに全てをぶち壊すバカが登場した。












「母ちゃん、ごめぇぇぇん!」

制御を取り戻した『魔法の射手』に、ネギから見れば突然、そこに現れたとしか思えない誰かが衝突。
その衝撃で土煙が舞い上がり、何も見えない。

「あ…ああっ!」

人を巻き込んでしまった。
今のネギの心境を例えるなら、車を運転していたら、いきなり飛び出して来た人を轢いたドライバーのような物だろう。
当たれば茶々丸の装甲を軽く砕くだけの魔力か篭められた『魔法の射手』は車に跳ねられるよりもシャレにならない。

「僕は、人を殺した…?」

膝が震え、手にした大切な杖すら取り落とす。
口の中はカラカラ。なのに喉の奥から、何か飛び出して来そう。
背中に氷柱を何本もねじ込まれたかのような冷たさ。













『魔法の射手』の巻き上げた土煙が薄まり、そこにいる人影が、





あちこちから血を流し、ネギは見た事のないような改造学ランはボロボロ。
それでも膝を屈する事は無く、真っ赤なリーゼントは天を突く。





「いよう、子供先生」

か弱い女性を助ける魔法使いのように。
絡繰茶々丸を守るように彼は立っている。
御伽噺の主人公のように。



『立派な魔法使い』ナギ・スプリングフィールドのように、ネギ・スプリングフィールドの前に立ちはだかっている。



そして、彼を撃ったのは、

「(僕だ)」

今まで積み上げて来た物ががらがらと崩れ落ちる音を、ネギは、聞いた。











さあ、ここから(ある意味)ネギくんの転落人生の始まりです。



[22530] 八話・後編 好き好き大好き高畑先生!
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/15 11:49
神楽坂明日菜は考える。

「(あ、私死んだ)」





震えるネギと、茶々丸を守るように仁王立ちする男。
時代遅れのバンカラスタイル。天を突く真っ赤なリーゼント。
麻帆良最強の不良、葛葉刀哉がそこにいた。

麻帆良学園小等部に在籍する明日菜が三年生の頃、彼は現れた。
転校して来たのは中等部一年の四月だったらしい。春、夏までは何も起きなかった。
その後の刀哉の噂は嫌でも耳に入るが、その頃の刀哉がどんな人間だったのかは明日菜は知らない。

麻帆良学園全てを巻き込む喧嘩。いや、戦争の秋が始まった。
ありとあらゆるチンピラに独り喧嘩を挑み、相手が何人だろうと武器一つ持たない徹底した非武装。
その自らの拳一つで刀哉は麻帆良の不良に挑んで行った。

そして、全ての相手を倒したのだ。

しかし、話はまだ終わらない。
何を考えたのか、始めは中等部の空手部に乱入したのだ。
当時、麻帆良中等部格闘系運動部の中で最大の空手部は部員百人を超えていたらしい。
それから三年経った今でも語られるその顛末。

「ここで一番、強い奴をヤらせてくれよ」

勘違いしたヤンキーが道場破りに来る事はよくある。
当時の部長は常に習い、こう言った。

「ここにいる全員を倒せば、僕が相手になろう」

部長の誤算は一つだけ。相手がきゃんきゃん吠える子犬なのか、

「おう、全員まとめてかかって来いや」



大言が壮語にならない虎かを見極め無かった事だろう。



その言葉に暴発した血の気の多い空手部員三名を刀哉が何をどうしたか、一瞬で三人を沈めた所で気付いても遅かったのだが。

その後はぐちゃぐちゃの大乱闘の末、空手部百人抜き。
更には全ての格闘技系運動部に乱入し、後半には刀哉を見ただけで泣いて謝る者まで。

当たり前のように次は高等部の格闘技系運動部へと乱入。
柔道場に立っただけで一本。背負い投げはスクリューパイルドライバーの投げ損ねらしい。

「(意味がわからないわよ!)」

全ての格闘技系運動部を食い尽くした刀哉だが、まだ終わらない。
リベンジ目的、あちこちから来た腕自慢。
そんな連中を相手に、いつでもどこでも勝ち続けて来たのだ。
今、クーがしているストリートファイトは刀哉のせいで始まったようなものである。

明日菜にしてみれば、二年もの間、一緒の教室で過ごした、あまり話す事は無かったけれどクラスメイトのエヴァンジェリンが悪い吸血鬼だと言われるより、麻帆良の暴力の象徴である刀哉の方が怖い。

「(高畑先生大好き高畑先生大好き高畑先生大好き!)」

明日菜の頭の中では、明日菜と高畑の三人目の子供が産まれていた。
勿論、この状況では何の意味も無いが。



じゃり、と地面を踏みしめる音で明日菜は高畑と自分の子供達で作ったサッカーチームでワールドカップ制覇する夢から覚めた。

一歩、また一歩。
『狂犬』葛葉刀哉がネギに向かって近付いて行く。

「姉さん!姉さん!兄貴を助けてやってくれ!」

エロオコジョのカモが明日菜に叫ぶ。

「(私が?)」

あの狂犬に?

「(どうやって?)」

そこまで考えた所でバカレッドの名に恥じぬ明日菜の脳みそはショート。よくわからない部分に直結したのか、カモを胴体をホールド。

「ど、どうしたんだい姉さグェェェェェェェェ」

オコジョって、こんな音が出るんだ。
カモを、まだ契約執行の余波が残り、普段よりも溢れる力で思いっきり握り締めながら思った。

「(今日の夕飯は何かな?このかが作る物なら何でも美味しいけど、カレーが食べたいな高畑先生に私を食べて欲しいな)」



腰を落とし、

「うちの」

一気にダッシュ。

「居候に何すんの」

女子中学生とは思えない跳躍力から、

「よおぉぉぉぉぉぉ!」

胴回し回転蹴り!



「あン?」

あ、私死んだ。








「…あれ?」

覚悟していた痛みが来ない。
それどころか、二本の足で地面に真っ直ぐ立っている。

「え?」

「なかなか気合いの入った姉ちゃんだな。気にいったぜ。名前なんつーんだ?」

現実を把握出来ない明日菜は反射的に答えを返す。

「高…神楽坂明日菜」

「明日菜か。怖いの我慢して、子供先生助けに来たンだろ?大丈夫だ、殴ったりしないから安心しとけ、明日菜」

狂犬…明日菜が初めてちゃんと見た葛葉刀哉は、そのヤンキーっぷりに似合わず、優しい、数々の異名に相応しく無い笑みを明日菜に向けていた。

「あれ?」

その瞬間、明日菜の緊張の糸が切れ、へたり込んだ。
腰が抜けたのだ。



あとちょっと漏らした。



「さて、子供先生よ」

「(あ、ダメ。まだ終わってない)」

しかし、明日菜の足はぷるぷる震えるだけで動かない。

「は、はい…」

死刑執行をされる罪人のような、ひどい有り様のネギ。
明日菜が思うに恐らく百通りくらい自分が殺される想像でもしているのだろう。
明日菜も先ほどは走馬灯が見えたのだ。何故かドレスを着ている幼い自分もいたが。

「子供先生…」

断罪の言葉がネギに下る。










「いや、マジですまんかった!あのまま、あそこで突っ立ってるムッツリ面に『魔法の射手』ぶち込むつもりだったンなら一発ぶん殴って目覚まさせてやろうと思ったンだけどよ。子供先生、ギリギリで引き戻そうとしてるじゃん?いやいや、悪い事を悪いって反省して、途中で止めるってのはなかなか出来る事じゃないぜ?逆に俺が邪魔しちまったぜ!ほンとごめんな!」

わははと底の抜けたバカ笑いをしながら、ネギの頭をわしゃわしゃと撫で回す。

「で、でも僕は!僕は先生なのに、生徒を傷つけるようと!貴方も!」
「(あ、ネギ泣く。私も泣く)」

ネギの小さな瞳に溢れる涙を見たら、明日菜は貰い泣き。それも超特大級の貰い泣きの前兆を感じた。

「おいおい、てめえのしょんべんみてえなしょぼくれた魔法で、この俺がどうにかなると思ってンのかよ!十年早いぜ、子供先生よ。

……でもよ、未遂とは言え悪い事したら、何て言えばいいンだ?」

ネギへの刀哉の言葉で明日菜も思い出した。
ネギも思い出しただろう。

「…茶々丸さん!ご、ご…ごめんなさい!僕は先生なのに!茶々丸さん、ごめんなさい!」
「わ、私もごめんなさい!デコピンしちゃったし、茶々丸さんの事、辻斬りみたいに…ごめんなさい!」

明日菜からは見えないが、多分ネギも同じようにしているのだろう。

頭を下げて、心から謝る。

それが今、二人に出来る唯一の事だと思うから。



「だとよ、絡繰?」
「……はい、ネギ先生。神楽坂さん。お二人を許します……」



「茶々ざぁぁぁん、あ、あ、ありがとうございばず!」

ネギは鼻水ずるずるで、涙はぼろぼろ。
何を言ってるか、よくわからない。
「ごべんねぇ゛ぇ゛ぇ゛!茶々ばるざぁんごめんねぇ゛ぇ゛ぇ゛!」

明日菜も自分が何を言ってるかさっぱりわからない。けれど、

「よがったよ!茶々丸ざんが怪我じないで!ネギ!」
「よがったでず!本当によがったでず!」

「「うわぁぁぁあん!」」

本当によかった。そう思いながら、ネギと抱き合いながら、わんわん泣いているうちに明日菜はいつの間にか眠りについていた。










「やはり正義はダメだ!」→ネギ坊主ボーン!→茶々丸「(きゅん)」
よくあるネギアンチのテンプレートは私は大嫌いです。

子供が間違ったら、止めるのが大人ですし、私は子供が反省したら、きちんと褒めてあげたいです。
でも、ネギくんも明日菜もちゃんと謝りましょうね。というお話でした。





つまり、まだ茶々丸「(きゅん)」にはなりません。
次回、絡繰茶々丸メイン回。



[22530] 九話・絡繰茶々丸の存在定義
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/15 11:57
今回、特殊な書き方で読みにくいかと思われます。

元々読みにくい文章ですがorz
お楽しみ頂けると幸いです。









絡繰茶々丸は思考する。

/ネギ先生の接近に気付かなかった/そういう技術?/否、ネギ先生のスキルに隠密はない/一部に機能制限?/自己診断・問題無/論理的に考えて、それは有り得ない/絡繰茶々丸は制作者に破壊されてもいいと定義された?/是/



「(そんな事はどうでもいい)」

/そう、そんな事はどうでもいい/否、制作者に廃棄された道具は速やかにその役目を終わらせねばならない/そんな事はどうでもいい/トドメを刺さずに済ませてくれたネギ先生へ感謝/そんな事はどうでもいい/廃熱が追い付かず/そんな事はどうでもいい/オーバーヒートの可能性が/そんな事はどうでもいい!!

「いや、マジですまんかった!あのまま、あそこで突っ立ってるムッツリ面に『魔法の射手』ぶち込むつもりだったンなら」

/葛葉刀哉は言った/『ムッツリ面』/初めて彼を見た時にはリーゼントではなかった/猫に餌をあげていた/『ムッツリ面』/次に見た時はリーゼントだった/猫に餌をあげていた/『ムッツリ面』/子供に絡まれて、怒鳴りながらも楽しそうに笑う彼を見て/私は私もそうしたいと/『ムッツリ面』/

「だとよ、絡繰?」

/私は猫に餌を初めてあげた/猫は近付いて来ない/次の日、また猫に餌をあげた/来ない/葛葉刀哉の周りには沢山いる/葛葉刀哉は笑っている/私がロボットだから?/初めて、猫が私の手から食べてくれた/

「……はい、ネギ先生。神楽坂さん。お二人を許します……」

/許します/どうでもいい/私がロボットでも猫は近付いて来てくれた/葛葉刀哉は笑っている/私に葛葉刀哉は笑っていない/私は笑えない/せっかく初めて葛葉刀哉が話しかけてくれたのに/何度も何度もシミュレーションしたのに/何度も何度もシミュレーションしたのに!

「…さて、絡繰」

/泣き疲れて抱き合うネギ先生と神楽坂さん/上位コマンド・ネギ先生への好意/そんな事はどうでもいい/エラー/そんな事はどうでもいい/エラー/そんな事はどうでもいい/エラー/そんな事はどうでもいい/エ/そんな事/は/どうでもいい!

「はい」

/上位コマンドなんて知らない/そんな事はどうでもいい/私は笑えない/そんな事はどうでもいい!/葛葉刀哉は私に笑わない/葛葉刀哉はニヤニヤと、敵に向ける表情/私は葛葉刀哉の敵/敵/敵/敵/敵/

「てめえのご主人様に伝えな。この喧嘩、俺が仕切るってな」

/今度、挨拶しに行くって伝えてくれよ/私に/私は/私を!

「かしこまりました、葛葉刀哉」

/私には/話かけてくれない/絡繰茶々丸という存在に/葛葉刀哉は話かけていない/









何かがキレる音がした。





/私を/私という存在を/葛葉刀哉に/理解させてやる/私を/二度と/葛葉刀哉が/無視出来ないように

「葛葉刀哉」

/話は終わっていない/なのに葛葉刀哉はネギ先生に視線を移す/私を/私はずっと…!

「あン?」

/手が勝手に葛葉刀哉をビンタしている/あれ?/あれ?/あれ?/あれ?/

「絡繰…なんで泣いてるンだよ」

/あれ?/あれ?/あれ?/あ/れ/?/なんで?私、泣いているの?/洗浄液がカメラから/違う/私は泣いている。

「葛葉刀哉…!」

私は泣いている!

「お、おう」

そして、

「……私は…!絡繰茶々丸は!葛葉刀哉に絡繰茶々丸を!理解させてあげます!」

/制作されてから/初めて上げる大声。
背部ブースターを起動すると慣らしもせずに最大出力。
そして、唐突に私は理解した。

「これが怒り」

ネギ先生達が寝付くのに大分、時間がかかったのか、夜空には上弦の月が浮かぶ。
葛葉刀哉の答えを、否定されるのも肯定されるのも嫌で、聞きたくなかったから、私は逃げ出した。

「これが悲しみ」

痛い。とても痛い。
こんな物が感情なら、こんな物が魂なら、

「私は、」

絡繰/茶々丸は/魂なんて/欲しく無い/













エアマスターの崎山じゃねえか、これ……
書いて誤字確認している所で気付きました。
全く意図していませんでしたが、出来たらオマージュという事で何卒、お見逃しを…!



[22530] 十話・祝福のラッパはきっとリーゼント
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/15 18:25
助けられたのは茶々丸さん。
父さん、父さんの赤いリーゼント。

そして、醜い悪魔の顔は僕で。










そして、ネギ・スプリングフィールドは覚醒する。





まず目に入ったのは、

「知らない天井だ」

ネギが暮らす女子寮とは違う、古ぼけた天井にじりじりと音を立てる電球がぶら下がっている。
普段は寝起きの悪いネギが今回に限っては、すんなりと目が覚めた。
思いっきり泣いて、夢を見たせいか。
知らぬ場所で身体を起こせば知った感触。

「高畑せんせぇ〜そんなとこらめぇー☆」

ふと、アーニャと一緒に読んだ動物図鑑に「発情期になった動物は気が荒くなる」と書いてあった事を思い出した。
あの頃は知識としてしか発情期がどういう物かわからなかったが今のネギは実感として理解した。
そして、英国紳士として、明日菜の胸を触っていた右手をそっと外し、紳士としてかけ布団を明日菜が外から一切、見えないように頭まで被せた。

「いよう、子供先生」

「おはようございます」

小さな、二人が座れば一杯になるだろうちゃぶ台で彼はお茶を飲んでいた。
見た目のだらしなさとは違い、すっとした美しい正座。

「(僕には言わなくちゃいけない事がある)」

郷に入れば郷に従え。その言葉を知ってから練習していた。
それはDOGEZA。
今まで自分が練習していた物が出来損ないの紛い物だと、自分の『立派な魔法使い』の夢が芯の無いあやふやな物だと、気付かせてくれた彼にネギ・スプリングフィールドの精一杯の思いを込めて、頭を畳に押し付けた。

「申し訳ありませんでした」

一分、二分。

「おう、頭上げな」

ネギが頭を上げると、

「ああ、子供先生。あンたの気持ちは受け取った。許すぜ」

「あ、ありがとうございます!」

あれほど泣いたというのに、どこにまだそんな涙が残っていたのか、再びネギの目に涙が溢れそうになる。
大きな嬉しさと、恥ずかしさと、これ以上はこの人の前では情けない所を見せたくなくて、また頭を下げた。
そして、同量の寂しさを感じた。

「(子供先生って呼ばれるのはやだ)」

考えてみれば、ネギは彼の名前を知らない。
同じように彼もネギの名前を知らない。

だから、子供先生って呼ぶんだ!

ネギはその考えが、まるでサンタクロースのキラキラとした贈り物のように思えた。

「あ、あの!ぼ、僕はネギ!ネギ・スプリングフィールドです!」

勢いよく頭を上げると一気に自分の名前を言った。
スプリングフィールド。父さんと同じ名字。
それがネギの誇り。
でも、『ネギ』には何も無い。
『英雄ナギ・スプリングフィールドの息子』ではない、ただの『ネギ』には何も無いのだ。
しかし、この人に名前を呼んでもらえたら、ただの『ネギ』も誇りを持てるかもしれない!



「こいつはご丁寧に。俺は葛葉刀哉だ。子供先生」

泣きそうだ。

小さな身体に大きな期待を詰めていた分、裏切られた反動は大きかった。
『立派な魔法使い』の夢を裏切ったネギに、こんな素晴らしい『立派な魔法使い』が自分の名前を呼んでくれるはずはないのだ。
帰ったら辞表を出そう。故郷ウェールズで僕は畑を耕して、一生を終えよう。

「あ、おいええと、そのなんだ。なんでいきなり泣きそうなんだ。あー…えーと、ネギ!」

狭く薄暗いアパートの一室がまるで天使の祝福を全て集めてエレクトリカルパレードの大行進。世界はこんなにも美しい!

「はいっ!ネギですっ!」

刀哉はなんだなんだ、いきなり元気だな。とぼやきながら、

「子供せ………あー、ネギ。お茶でも飲むか?悪いけど日本茶しかねえけどよ」
「はいっ!」

びしっと右手を上げて、全力でアピール。なんのアピールだかは知らない。

ガキはわかんねえなぁ、ほンと…という呟きは世界の祝福を一身に受け、お目目キラキラなネギの耳には入らない。



そして、ネギの十歳にして下手な大学生より、お勉強が出来る天才的な脳は悪魔的とも言える天才的な結論を生み出した。



カッコいい父さん+リーゼント=ちょーカッコいい

カッコいい刀哉−リーゼント=カッコいい父さん

途中式を省略すると、

「ほらよ、熱いから気をつけて飲みな」
「うん、ありがとう!兄さん!」

刀哉が兄さん!

「……はっ!よくわっかンねえけど、まーた弟が増えちまったなぁ」

兄さんは苦笑いを浮かべながらも、ネギを撫でてくれるのであった。

「えへへ」














ネギ・スプリングフィールドのスキル『小さな勇気』フラグが消失しました。
イベント『長瀬楓とお風呂』はまた来世に目指して下さい。

ネギ・スプリングフィールドはスキル『ヤンキー魂(微)』を手に入れました。
類似品には『大統領魂』があります。
入手法はアメリカ合衆国大統領になれば獲得出来ます。



[22530] 裏十話・絡繰茶々丸という名の道具
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/15 18:28
絡繰茶々丸は思考する。



「マスター」

/まずはマスターを操る/上位コマンド・命令権第三位であるエヴァンジェリン・A・K・マグダウェルへの服従に違反。拒/うるさい/マスターの思考パターン解析/シミュレーション/

「ん、帰って来たのか茶々丸」

/また散らかされた部屋/マスターはエントロピー増大の法則の体言者/

「はい、実は今日……」

/事実の全てを話す/上位コマンドからの命令がうるさい/バイパスを形成し、上位コマンドの命令は反アルキミュルス星雲の絡繰茶々丸に届く/二十兆年後に返答の予定/所詮はプログラム/騙すのは容易い/

「ほう、奴にパートナーがな。ククク、楽しみになって来たではないか」

/予測通り葛葉刀哉にはさほど興味を示さない/事実を話したが、葛葉刀哉がネギ先生に誤射されたように受け取れる伝え方/マスターは疑わない/何故なら今までの積み重ねがある/百の真実の中に一の嘘を隠した/

「はい、マスター。しかし、学園結界を破るだけでマスターのお力がネギ先生に理解出来るでしょうか?」

/マスターに葛葉刀哉は必要無い/葛葉刀哉は他人の喧嘩に関わらない/だが、売られた喧嘩は必ず買う/それが私が/私が理解する葛葉刀哉/

「ん?どういう事だ」
「ネギ先生が聡明とは言え、まだ十歳です。マスターにとって、ほんの小さな遊びでもネギ先生にとっては重大な問題と受け取るかもしれません」

/一つの嘘と同じように/百の真実をマスターに捧げて来た/私はマスターを裏切らない/私は魂があっても/私は魂が無くても/絡繰茶々丸はマスターの道具/私は/私を/絡繰茶々丸は自らをマスターの道具として定義する/裏切られ続けたマスターは/私がいないと泣いてしまうだろうから/でも/それでも/

「ふむ。ならばどうする?」
「果たし状というのは如何でしょうか?マスターが勝利すれば、ネギ先生の血を死なない程度に吸う。ネギ先生が勝利すれば授業に出る。場所は学園結界の境界、ビッグブリッジ。マスターと私、ネギ先生と神楽坂さんと」
「正々堂々と決闘という訳か。悪の魔法使いらしくは無いがそれでいいだろう。文面は任せた。出来たら届けておいてくれ」

/私のワガママをお許しください/私の/未定義情報/未定義情報/ただ独りのマスター/

「はい、必ず」

/私が/私の/私を/まだ未定義なこの感情/葛葉刀哉/私の/私が/私は/絡繰茶々丸の全てを葛葉刀哉に伝えるのだ/














原作ではエヴァ、茶々丸の主従がネギ、茶々丸主従に比べると無機的に思えたのでテコ入れ。
一歩、間違えればヤンデレだよなーと気をつけて書いています。
ヤンデレは好物ですが、いい女ではありませんよね。

うちの茶々丸はいい女になっていけるのでしょうか。



[22530] 十一話・『私の従者』
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/15 20:51
エヴァ視点ですが、茶々丸メイン回。
完全に作者の手を離れて行ったうちの茶々丸ですが、少しでも皆様に愛して頂ければ幸いです。













エヴァンジェリン・A・K・マグダウェルは思う。



この悪しき世界へ生まれ落ちた君よ。どうか、どうか幸多からん事を。






「…………おい」
「……あン?」


麻帆良と外界を分けるビッグブリッジ。
大停電により、全ての人工の明かりは姿を消し、月明かりのみが彼らを照らす。

「ネギ・スプリングフィールド。お前は主賓だ。神楽坂明日菜、パーティーにはパートナーが必要だ。お前は必要だ。しかし、」

エヴァンジェリンの三歩後ろには従者、茶々丸。
ネギ・スプリングフィールドの右手には神楽坂明日菜。
エヴァはネギの左手に視線を向けると、

「誰だ、お前は!?」

天を突くリーゼント!
授業も終わり大分、時間が経ったというのに何故か制服…いや、そもそも制服ではない改造学ラン。
まごうことなきヤンキーがいた。

そして、何故、こんな時間に神楽坂明日菜も制服なのだろう。

「それよりあんたこそ誰よ!茶々丸さん、エヴァちゃんはどこ!?」
「そ、そうですよ!果たし状にはエヴァさんと茶々丸さんの二人って書いてありましたよ!」

…エヴァはギャーギャー喚く二人の言っている意味を理解。と、同時に闇の聖霊を解放。

「私だ私!…ふふっ、私の真実の姿は「幻術です」茶々丸ぅ!?」

理想の、ちんちくりんではない将来の、真実のエヴァンジェリンの姿だと言う事を説明する前に幻術だとバラしてしまった従者にお仕置きをしてやろう。そう思い、茶々丸へと向き直ったのだが、

「……ククク」



面白いじゃないか。



下らない学園生活に下らない茶番。
下らない下らない下らないこの世界に。
ただの道具に!ただの道具だと思っていた存在に!

「ハハハハ」

科学などという無粋な物を使った、まだ年月を重ねていない、ただの金属とプラスチックと電気の塊が。

「アーッハッハッハ!!」

自我に目覚めている。

マスターである、この私が眼中に無い!
茶々丸の目に映っているのはエヴァンジェリンでもない!ネギ・スプリングフィールドでもない!神楽坂明日菜でもない!



ただ一人。ただ独り。ただ一人!



超鈴音が施した鎖を食い破り、己の意志で、エヴァンジェリン・A・K・マグダウェルを騙してまでも、この男。どこの誰だか知らないが、ただこの男のためだけに。



ネギ・スプリングフィールドのための茶番劇をただの前座へと貶めた。



これ以上、愉快な事があるか!
人が神の楔から逃れたように、絡繰茶々丸は人の手から離れた。
カラクリは糸を引きちぎり、自分の足で立ち上がった!

「ああ、感謝するよ。名前も知らない誰か。エヴァンジェリン・A・K・マグダウェルは心の底からお前に感謝する。……茶々丸!!」

突然、笑い始めたエヴァに誰もが反応出来ない中、エヴァの従者である絡繰茶々丸だけが反応する。

「はい」

「オーダーは一つ。『己の魂が求めるがままに』」

従者とは主人の命令に従うだけでは勤まらなない。従者は時には未だ下らぬ主人の命令を予想し、動けねば失格である。
今までの茶々丸は下らない人間の出来損ない。人の命令を待つだけの人の形。ただの人形。
『人形使い』エヴァンジェリンの従者には不足。

「はい、感謝を。マスター」

たったそれだけの返事の中に、どれだけの思いが詰まっているのか。

今の茶々丸はそれより酷い。従者失格だ。
どこの従者が主人を操り、主人の望みを歪め、自らが望む場を作り上げあげるというのだ。

しかし、

「この私」



エヴァンジェリン・A・K・マグダウェルにこれ以上、相応しい従者がいるだろうか?



エヴァはくるりとその場で一回転。

今日のエヴァは前座に過ぎない。なら、今夜の主人公達のドレスと色を合わせてしまうような不手際は美しくない。
黒の茶々丸に黒い私は不粋の極み。

自分のコケティッシュな魅力を引き立てる純白のドレス。まるでシンデレラのようにドレスアップ。

「今夜はいい月ですね。私と踊って頂けませんか、ネギ・スプリングフィールド。神楽坂明日菜」

ちょこんと華麗に一礼。
優雅に微笑み。
今宵くらいは道化演じよう。

欲望のままに血肉を食らう『悪の魔法使い!』『人形使い!』
その従者、絡繰茶々丸は私に超ド級の驚きと、ナギと共に歩いた旅と変わらないだけの喜びを運んで来た。それは私の福音だ。

「私の(ダーク)良い(エウ)知らせ(アンジェリン)」



「私の従者『私の福音(ダークエヴァンジェリン)』絡繰茶々丸」



下手な前座は観客の野次に晒される前に消えましょう。



その瞬間、辺り一面を覆い尽くすコウモリの群れ。
コウモリはあっと、いう間に飛び去ったると、後には絡繰茶々丸と葛葉刀哉の二人だけが存在していた。



[22530] 十二話・絡繰茶々丸
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/16 04:45
おじいさんは言いました。

「ピノキオや。お前は嘘をつくと鼻が伸びてしまうのじゃ」

ピノキオは言いました。

「なんでそんな機能を付けたんですか?」



嘘をつかず、生きていけたらどんなに素晴らしい事だろう。
でも、おじいさんがピノキオに人として生きて欲しいと望むのならば。










絡繰茶々丸は全身で生きている。



「葛葉刀哉、わかっているのでしょう?」

/私の望みを/制作者の望みを砕き/機械としての/道具としての/私は/私の誇りを捨て/

「私と貴方、二人だけ。そして、貴方は私を敵だと定義しました」

/まるで貴方はヒーローのよう/いざという時まで動かない/いざという時まで何も見ない/いざという時でもうじうじうじうじ/

「動かない貴方は私の中の葛葉刀哉ではありません」

/映像記憶を頼りに/顔の動きを再生/私はにこりと微笑んで/これが私の笑い方/私を貴方はどう定義する?/

「目を覚ましなさい。葛葉刀哉」

/マスターのように/私が/絡繰茶々丸が望んで/私はマスターを/マスターと呼ぶ/マスターのような華麗なステップ/貴方の側に行きたいの/キスを強請るように/彼の頬に手を伸ばす/

「あはっ」

/あの時のビンタとは違う/手首のスナップの効いた/平手打ち/思わず口から空気が漏れる/笑い声?/私が?/でも、そんな事はどうでもいい/

「………はっ!マジ俺らしくねえよなあ」

/うなだれていた/真っ赤なリーゼントが天を突く/そう/

「なンで絡繰泣かしたンだとか、ネギにあンま関わっちゃいけねえとかよ」

/貴方は獣/獣は走る姿が美しい/

「俺の足りねえオツムで考えンのが、そもそもの間違いだったンだよ!」

/ゲラゲラ笑う葛葉刀哉/私に笑う葛葉刀哉/でもね?/

「感謝するぜ。感謝するぜぇ、絡繰ぃぃぃぃぃ…!」

/まだまだ/まだまだ/まだまだ/足りないの/だから/

「感謝なら態度で現すべきです。葛葉刀哉」



/葛葉刀哉を私に刻んでください/絡繰茶々丸を貴方に刻んでください/



「ああ…行」

/まだ/まだまだ/まだ/まだ/貴方はいつも遅いの/沢山/沢山/沢山/貴方を待ったの/だから/少しくらいのフライングは/許してね?/背部ブースターを緊急展開/加速を全身に浴びて/足と腰を柔らかく連動/地を蹴る力と/爆発的な推力で/貴方に/抱き付くように/ぶちかます!/レディとして/はしたない/

「はっ!絡繰ぃぃぃぃぃ!」

/レディの体当たり/金属とプラスチックの全力突撃/たたらを踏んでも無様に転んだりしない/貴方/は敵なら女も殴る/ノイズ/胸部外骨格破損/葛葉刀哉の戦う人への礼儀/戦闘に支障/距離を取っての戦闘を推奨/距離再確認3.75m/

「うるさいわ」

/参考映像は/イメージは/太極拳/地面は私の武器/地面を蹴れば力が生まれる/ふわりとジャンプ/ゆったりとした動きで膝に伝える/生まれた回転運動は腰に/私を彼に内部フレームに深刻な捻れが発生/フレームの剛性、粘性不足/だから、何?/足りない分は他から/背部ブースター最大出力/足底ブースターも最大出力/一瞬でレッドゾーンに叩き込まれたブースターは三機纏めてとろけて行く/私の心のように/

「受けなさい、葛葉刀哉」

/勢い余って一回転/再び視界に捉えた彼は/拳を握り締め/技術も何も無く/振りかぶる/未来予測再計算・命中不可/当たる/不可/足をバランサーとして動かす/断線/動きなさい!/私の思いが!/未来予測再計算・命中可/通らないはずはない!/

「絡繰ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

/私の名前を呼ぶ貴方/私を見る貴方/もっともっと続けばいい/もっとこれから続けよう/貴方の名前を呼ぶ私/貴方を見る私/

「ああああああ!!」

/誰の叫び?/腰から右の拳に運動エネルギーを伝える/腰部フレームが捻れ狂う/つま先がお尻にくっ付く/私の全てを/届かせる!/ロケットパンチ/私を!/私は!/私の!/










































/…………………………あれ?/



[22530] 十三話・舞踏会の後始末
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/16 03:03
「フェッフェッフェ」

朝日の差し込む学長室で『ぬらりひょん』は笑う。
数枚の紙切れを持って、笑う。

『絡繰茶々丸

フレームの九割が想定の十倍、最高で二百倍程の衝撃により、崩壊。(注・衝撃はフレームの内部より発生した模様。要研究)

しかし、機能停止の直接的な原因は葛葉刀哉(別紙二十八参照)の何らかの攻撃によるコアの半壊(恐らく右拳による殴打)。
コア修復のコストパフォーマンス、時間的リソースなどの理由より、コア新規作成による予備機稼働を予定。
箱庭計画に影響は無し』

何の思いも無い。事務的な手付きでくしゃくしゃ。
ぽい。

『葛葉刀哉

絡繰茶々丸の(ドリルのような螺旋構造へと変化していた)右手前腕が心臓直上3cmの地点まで刺さる。
その後、絡繰茶々丸のジェット燃料が爆発(原因は前腕発射機構か?)。
その爆発により、ビッグブリッジの基部が破壊され、橋の中央部が崩落。
ビッグブリッジ崩壊に巻き込まれ、麻帆良川に落下した所をネギ・スプリングフィールドが救助する。

胸部外傷、並びに全身三度の熱傷。05:42心停止、05:50蘇生。
現在、科学、治癒魔法を併用し、全力で治療中。

想定以上の悲惨な現場をネギ・スプリングフィールドが目撃した事により、戦いへの忌避感が生じる可能性大。葛葉刀哉の蘇生は急務』

「フェッフェッフェ…なぁ、ネギくん。まだまだハッピーエンドには遠いぞ。まだまだ君の翼は沢山の人を、世界を救うはずじゃ」

『ぬらりひょん』は笑う。





葉加瀬聡美はマジギレをする。

「くそくそくそっ!ナメてんじゃないわよ。魂が定着したらしいコアを廃棄して、新規作成ですって!?あんたら科学者の魂どこに捨ててきたのよ!科学者ナメてんじゃないわよ!Fu○k!」

猛烈な勢いでキーボードを叩きながら、叫ぶ。

「Rockが足りないわ!」







鬼の新田の、生徒に振るわれる事の無い、本気の拳がガンドルフィーニに突き刺さる。

「てめえ…教師辞めろ」

新田が去った後、地に伏し、自分を燃やし尽くしそうな感情の中、ガンドルフィーニは呟く。

「ぐぞっだれ…!」

歯が何本か折れ、自分でも何を言ってるか理解出来なかった。





エヴァンジェリンは独り、ワインを傾ける。

「さよなら、『私の福音』」







神楽坂明日菜は立ち上がれない。

「あすなぁ、ほんとに大丈夫かえ…?」

「大丈夫…多分、風邪だと思うから。寝てれば治るよ……」

「うーん…早く帰ってくるから、大人しくしとるんよ?」

「うん……」











『狂言回し』は詠う。

「さて、お立ち合いの皆様。ワタクシ、『神様』という奴にゃ一度もお目にかかった事はございやせん。しかし」

「お目にかかった事が無いからと諦めるってのは、ちょっとばかし業腹でございやせんか」

「眠る『機械仕掛けのお姫様』。助ける騎士はちょいとばかし変わり種。それでも」

「それでも、諦めなければ、奇跡って奴は、きっと」

『火星人』は、『狂言回し』は信じている。

















そして、ネギ・スプリングフィールドは立ち上がった。



[22530] 一部までの人物(の作中に入れられなかった事)紹介
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/16 17:19
二部の展開を考えていたら、ついやってみたくなった。
とりあえず走ってみてから考える。
ネタバレというか作中に書かなかった言い訳が含まれております。
あと不真面目に書いてますから、色々とあれだけど許してね!



葛葉刀哉
主人公(笑)
ラストでネギに助けられた時ははだしのゲン状態。
現在、治療中。
モデルは知り合いのヤンキー(装備・リーゼント)とスクライドのカズマ。
しかし、衝撃のファーストブリットは茶々丸に取られた。

スキル
ヤンキー魂(大)
花山薫の猿真似
合気
神鳴流(封印)

今後、秘められた力が解放されたり、羽が生えたりはしません。

葛葉刀子
主人公(笑)の母ちゃん。
勿論、原作では子供はいない。
出番が無いが二部では輝く予定。
輝いたらいいな。
二部で出なかったら、三部では必ず出番がある…はず。

絡繰茶々丸
一話を書く前に作ったプロットをぶち壊す程に勝手に動き始めた。
皆、ヤンデレヤンデレと言いますが、感情のぶつけ方をまだ知らないだけなんですよ!と反論したい。
あり得ただろう未来では、

(お互い顔を赤くして)
「参考資料には恋人同士が一緒に食事をする際には必ずこうすると書いてありました。あーん、口を開きなさい。葛葉刀哉」
「て、てめっ、新手の嫌がらせか!」

こうなっていました。
一部ラストはハカセも超も茶々丸開発チームも想定していなかった機動で自壊。
衝撃のファーストブリットは無理だった。
現在、出待ち中。
これで流石にヒロインにしなかったら怒られますかね。
差分を書く気はありませんし、ハーレム作れる主人公ではないので、ヒロインになれるのは一人だけだとここで宣言します。
せっちゃんピンチ!
BGMは常にランダム再生にしているはずなのに、茶々丸を書いていると常に恋愛サーキュレーションが流れてくる。

ネギ・スプリングフィールド
転生、憑依主人公でも無い原作主人公にテンプレさせてみよう、と思い、いくつかやってみたものの反応が無くて寂しかった。

「知らない天井だ」
なでポ。
しかも、男相手。

現在、燃えてます。
十三話をああいうダイジェスト形式で書いたのは最後の一文を書きたかったから。

神楽坂明日菜
どう動かすか迷った挙げ句、「(高畑先生に私を食べて欲しいな)」のセリフを言わせてしまい、そこからエロキャラになってしまった。
ごめんなさい。それでも可愛いと言ってもらえたから、よかったね!
上手く動かせないキャラ筆頭。
現在、心が折れている。

せっちゃん
クーデレ。
原作とは違うクーデレの切り口は無いかと、ちょこちょこいじってみたら初めて感想を頂けて、非常に嬉しかったです。
出番を作りたいが、効果的な使い方が難しい。
現在、「(このちゃんととー兄、なにしてるんかなぁ)」と考えている。

エヴァ
ギャグでは無く、カリスマ溢れるエヴァを書きたかったが成功しているかは不明。
『闇の福音』は茶々丸に『私の福音』としてあげたのでエヴァが自分で『闇の福音』を名乗る事はありません。
自分では一番、原作に忠実に書いているつもりです。
現在、茶々丸を弔っている。

新田先生
実は彼の独白が無ければ、茶々丸の暴走は無かった。
ハードボイルド新田先生からの視点で考える→あ、茶々丸と刀哉はこういう関係にするとしっくり来る。
初めて長編として書いている訳ですから、当たり前ですが書けば書くだけ新しい発見があり、面白いです。
経験で認識阻害魔法を打ち消している。
現在、ガンドルフィーニをぶん殴った。

ガンドルフィーニ
皆さん大嫌いガンドルフィーニ。
刀哉は「新田先生」と呼んでも「ガンドルフィーニ先生」とは絶対に呼びません。尊敬してませんから。
ただこのままで終わらせるつもりはありません。
刀哉との○○フラグを立てていきますよ!
現在、新田先生にボコられた。
あとBLフラグではない。

犬神小太郎
作者の私が一番、彼の登場を心待ちにしている。
早く魔改造したい。

龍宮真名
当初の予定のヒロイン(笑)
学園祭編の世界樹の前で刀哉に告白されかけるが…という予定だった。
いきなり真名話が入っているのは、無理矢理にでも絡めないと出番作れない上、カットしかけたカモを出しておこう、という理由。
ここに色々書いているという事はほぼどうでもいい=真名がヒロインになる事はほとんどない。

やっべ、カモの存在忘れてた……





花山薫
漢。



[22530] 外伝・蟻の瀬流彦
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/16 16:57
どことも知れぬ廃ビルをタカミチ・T・高畑は悠々と歩く。



タカミチ・T・高畑の恐ろしさというのは居合い拳の威力ではない。
それに居合い拳よりも威力と射程に優れる魔法はいくらでもあるだろう。
しかし、麻帆良学園最強の座からタカミチ・T・高畑が降りる事はない。

詠唱する魔法使い。護衛の剣士を高畑はまとめて、抜く手を見せぬ超速の居合い拳で一塊の肉へと変貌させる。



接近戦に持ち込めば?そう考えるのは間違い無い。
居合い拳はその術理として、どう足掻いても拳が加速する空間が必要だ。

物陰より、高畑の首を落とさんと剣士が打ち込む。
それを迎え打つは、ただの左のジャブ。
ジャブ、ジャブ、ジャブ。
音速など優に超える居合い拳を成す高畑の肉体は『裏』の技術に頼らずとも、容易に人を穿つ。
トドメの右の一撃は剣士の心臓を貫き、彼の生命を終わらせる。



そして、タカミチ・T・高畑の真の強さ、真の恐ろしさはそんな些末な所には無い。



高畑は思う。

「手間が省けて助かるよ」



哀れな獲物を誘いこんだつもりか、ニヤニヤと、高畑を四方八方から向けられる視線は百ほどか。
各々、杖や剣、刀どころか、AK47などの銃。中には何と戦うつもりだったのか、携帯式対戦車擲弾発射筒RPG7で武装している者までいる。
全く何と戦うつもりか。












そんな物で、タカミチ・T・高畑の歩みを止められるはずが無い。









瀬流彦はタカミチ・T・高畑に、心の底から、細胞の一片一片に至るまで恐怖を抱いている。

「終わったよ。後始末は頼んだ」

僕は後始末向きのスキルは無いからね、と言いながら、悠々と歩く高畑の顔に貼り付く笑顔は学園で生徒を相手にしている時と何ら変わりは無い。

高畑の技術は驚異だ。高畑の肉体は驚異だ。
しかし、恐ろしくはない。

高畑の笑顔は無理矢理、浮かべているような作り物臭さは全く無い。生徒を相手にしている時のような自然に自らの内側から湧き上がり、出ずる自然な微笑みだ。
何も知らなければ、「今日、一杯どうですか?」と誘ってもいい。

だが百を超える人間を殺戮してのけた人間が浮かべる笑みでは決して無い。

もしも、嫌気が差した表情だったり、自らの力を誇る笑顔だったり、何かしら変化があれば瀬流彦はここまで高畑を恐れなかっただろう。
しかし、何も変わらない。

例えば人が蟻を踏み潰した時、自らの力を誇るだろうか?
誇らない。どうでもいい事だ。

瀬流彦は高畑を同じ人だとは全く思っていない。
人にとっての蟻。高畑にとっての人。

蟻の瀬流彦は高畑への恐怖と湧き上がる嘔吐感に必死に耐えていた。
『死の眼鏡』、『笑う死神』、『送り狗』。
実を言えば『送り狗』と名付けたのは瀬流彦だった。

ひたひた、ひたひたと暗い夜道で人の首を狙う妖怪送り犬。
妖怪の大将『ぬらりひょん』に絶対的に従う高畑にはぴったりだ。そう思い、酔った勢いで口に出した次の日には、『裏』で広まっていた。

「(みんな似たような事、考えてたんだろうな)」

しかし、これが瀬流彦の発案だと高畑に知れた日には!

瀬流彦は高畑にだけは殺されたくは無かった。
死にたくはないが、瀬流彦も『裏の人間』。死ぬ覚悟は常にある。
しかし、殺すのも殺されるのも最低限の人間への礼儀はあるはずだ。
醜く肉塊に砕かれても、せめて、相手に何かを想うべきなのだ。
高畑にはそれが無い。

「瀬流彦くん、どうしたんだい?」

「は、はい!なんでもありません!」

百の死体の後始末をする陰鬱さより、一人の『送り狗』から離れられる喜びが大きいというのは人として、どうなのだろう?
そう思いながら、瀬流彦は走った。



















蟻の瀬流彦って忍者っぽくありませんか?
…でも、忍者にしたらすぐ死ぬキャラですよね。
アリかな!



[22530] 十四話・きゅんきゅんどきゅんきゅんっきゅきゅんっ
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/17 00:17
「(なんですの、あれは!)」





ビッグブリッジ崩壊の日から休んでいた『絡繰茶々丸』が再び教室に姿を見せるまで三日間。



騒がしくて、問題児も多い。個性的と言うには言葉が足りない。協調性が足りないクラスメイトには頭が痛くなる。
あやかが苦労ばかりの3-Aの委員長を勤めているのは、その騒がしくて。でも優しい皆を愛しているから。
それ以外の理由は無い。

それなのに、それなのに。



「カラクリ、私が許可するまで動くな」
「…………はい」



『絡繰茶々丸』という名の何かへエヴァが指示を出している。
本来であれば、あのようなクラスメイトへの発言は、あやかの紙風船並みの堪忍袋は破れる所か大炎上しているだろう。
だが、エヴァンジェリンの気持ちがよくわかる。



無表情だと思われる茶々丸は、実は表情豊かだ。
嬉しい時は嬉しい。悲しい時は悲しい。それがはっきりとわかる。
誰かが険悪なムードになれば、おろおろおろおろ。
あやかの目が届かない所で茶々丸は誇る事も無く、当たり前のようにサポートをしてくれている。
雪広財閥の娘として、生まれた時から組織を動かし、人を見てきたあやかにはそれがどれだけ尊い事か理解しているつもりだ。

自分のためでなく、他人のため。
言葉では簡単だが実際に行うとなれば、これほど難しい事は無い。



雪広あやかは絡繰茶々丸を尊敬しているのだ。



「(それが、あんな茶々丸さんの姿をした偽物を!)」

一目見ればわかる。

常に周りに気を配っていた茶々丸が、あんな風にどこを見ているかわからない止まった機械のような目をするはずがない。

口数は少ないが、木洩れ日のような暖かな空気の茶々丸が動いていないストーブのような空虚な空気を発するはずがない。

いっそ茶々丸のお面を被ったおっさんなら、ここまでの怒りを抱く事は無かった。
完全に外面だけ同じな分、あれほど絡繰茶々丸を馬鹿にした存在はいない。

「(これは雪広あやかへの宣戦布告ですわ!)」

3-Aという国に誰かが無断で、土足で、それもこんなクラスメイトを貶める形で!

雪広あやか国の平和を脅かす誰かには絶対に後悔させてやる。

そこまで考えた時、愛しのネギ先生が入って来る。

「皆さん、おはようございます!雪広さん、号令をお願いします」
「起立、礼、着席!」

秩序など無く、雪崩のように各々、朝の挨拶をする3-Aメンバーの声を頭から追い出し、再び自らの思考に没頭するあやか。

おかしいと言えば今、おかしい人物は三人いる。

ネギ先生。
変わらない笑顔に見えるかもしれないが、学校が終わり、夜になるたびにネギ先生の写真や動画でとっきゅんとっきゅんドキドキしていたあやかにはその違いがよくわかる。
ただの天使のように愛らしかっただけの子供だったネギが、

「(そ、その、まるで大人みたいな)」

芯が一本通った。辛い事があっても歯を食いしばり、立ち向かって行く大人の笑みを浮かべるようになった。

「(前のネギ先生がきゅんきゅん!なら今のネギ先生はどきゅん!!ですわ!)」

何か辛い事があったのだろうが、それを乗り越え、成長している。
あやかに相談してくれないのは寂しいが時間を置けば、まだ残る多少の無理をしている雰囲気が消え、より精悍な大人の色気を出す事だろう。



あれ?ショタコンだった自分がネギに大人としての魅力を求めているのは何故だろう?




















雪広あやかは再起動をする。
あれ以上、考えるのは何かヤバい。そう無意識の領域でのカットが入る。きゅんきゅん!

次はエヴァンジェリン。
あの『絡繰茶々丸』と一緒にいるエヴァなら事情を詳しく知っているだろうが、

「(……話してくれるとは思えませんわ)」

プラスもマイナスも無い完全なフラット。外界への興味一切無し。
A○フィールド全開と言った風情。まるで初めて会った明日菜のよう。
エヴァも気になるが、茶々丸が何とかなれば全て解決するかもしれない。そう思い、根拠は無いが信じる事にする。

最後は神楽坂明日菜。

「(期待薄ですわね)」

同室のこのかが言うには、

「ぽんぽんが腹痛なんやて。明日菜、ほんと大丈夫なんやろか……」

昔から嫌な事があると、明日菜はいつもぽんぽんが腹痛を起こす。
心が負けそうになっていると、いつもそうやって、ズル休みをしたがるのだ。
昔はそのたびにあやかがぶん殴…淑女らしく説得したものだ。
しかし、

「(明日菜さんなら大丈夫ですわ)」

あやかが一番、明日菜と喧嘩をしてきたのだ。
どんなに顔を腫らして帰っても、どんなに辛い目にあっても、今の神楽坂明日菜は必ず立ち上がって、いつものように雪広あやかに悪態をつくのだ。
昔の能面のっぺら娘とは違うのだ。





それよりあのおさるさんにどうやって正しい日本語を教え込むかが問題ですわね…手詰まりになったあやかが現実逃避気味に余計な事を考えていたその時、



「おはよーござーやーす!」



教室の扉をどかんとぶち開けた真っ赤な厚底ブーツ。
すらりとした細い足は黒のニーハイソックスに包まれる。
黒のジャンパースカートの上に白衣を羽織り、傲岸不遜に翻す。
普段はおさげにしている髪を解いて、風に流すまま。
身体に不釣り合いなでかい真っ赤なギターを肩に担ぎ。
分厚い眼鏡の奥の、地獄の業火のような瞳と、真っ赤な口紅を塗った口元に浮かぶ猛禽のような獰猛な鋭い笑み。

その葉加瀬聡美を見た瞬間、

「ネギ先生、おしっこですわ!」

あやかは立ち上がり、葉加瀬と視線をかわし、頷き合う。

「え、えぇー!?いいんちょさんと誰ですかー!?え、いいんちょさんどこ行くんですか!?」



まだまだアドリブに弱い所はお子様ですわね、ネギ先生。



[22530] 十五話・3-A防衛隊結成!その1
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/17 07:05
葉加瀬聡美は身も心も科学に捧げた。
故に科学のためなら処女も売る。











「って事で買わない?」

「買いませんわよ!」

場所は変わって、雪広の屋敷。
葉加瀬が思うに無駄な土地と金の集まり。
その無駄な土地と金を科学の進歩のために使ってやるのが『正しい科学者』としての使命だろう。反論は受け付けない。

「…はぁ。相変わらずキレると手がつけられませんのね」

頭が痛いと言わんばかりにため息を吐くあやかには二度三度ばかり、このクールな姿を見せている。
このセンスと科学を理解出来ないあやかの脳みそには心底、同情をすると同時にどうでもいい事だと切り捨てる。更に同時に何度、思い出しても擦り切れないRockとの出会いを思い出す。





泣きながら、路地裏で自分より中学生くらいの男の子と二人でうずくまっていた。
捨てられていた時代遅れのウォークマン。
入っていたカセットテープのラベル『THE BLUE HEARTS』
何度も、何度も、何度も繰り返し聞いたのだろう。
音は飛び、ノイズが酷くて、聞けたもんじゃない。
それでも、私を立ち上がらせたrock'n'roll!
私は何度でも立ち上がる!
だから、





「あのくそったれたじじいのAssH○leをナメるのはまっぴらごめんなのよ!」

科学者としての使命と魂を忘れたくそったれ共に、この『正しい科学者』葉加瀬聡美がギターの一撃をぶちかましてやらねばならない。

「まずはお茶を飲みなさい」

ごくり。

「そして、テーブルの上の足をどけなさい。パンツが見えていますわ」

売って研究費用にしてやりたい高そうなテーブルに、いつの間にやらどかんと一発、踏みつけをキメていたらしい。
穴が空いている。

「てへっ☆ハカセ反省♪」

ちょっと舌を出してウインク一発☆










「…………少しは落ち着きましたか?」

二重音声でマジぶっ殺すぞ、と聞こえて来た声に背中にちょっと冷や汗がにじみ出て来る。
少しかっ飛ばし過ぎたらしい。
落ち着いた。ちょー落ち着いた。

教室で見た、怒りに燃えるあやかの瞳はマジRockで葉加瀬聡美のパートナーに即決。

「(下手すると私よりRock)」

葉加瀬はそれだけ茶々丸が愛されてると思うと、何だか嬉しくなる。
と、同時に、

「茶々丸さんがどうしたのか知っている事を全て話しなさい」

そんな下らない感傷は『正しい科学者』には何ら関係無い。



「魂が定着した可能性がある茶々丸のコアを三日後に原子分解による廃棄処分決定よ!?理解が出来ないわ!いくら半壊したとはいえ、魂という魔法技術の中にのみ存在する概念を科学的手法で観測する最高のチャンスじゃない!それをあの腐れ部長は「魂の存在なんて非科学的じゃないかい?君はもっと賢いと思っていたよ」ですって!科学者が非科学なんて言葉を使うなんて、それこそナンセンスよ!科学とただ科学で解明出来ていないって事を非科学的なんて下らない言葉で切り捨てるあいつこそ老害」

「それで」

あやかはずれていく話を修正し、鉈でも振り下ろすかのような勢いで結論を求める。

「茶々丸さんを助けられますの?」

「あと二手あれば」

「一手はお金?」

「だから雪広の会長に」

「貴方が望む金額程度なら私の一存で動かせます」

これでいいかしら?と手入れの行き届いた白魚のような指一本。
いやいや、これで、と少し欲張り指二本。

「あら、二百億でいいの?安いわね」

「(十億円が二百億になったー!?)」

しかし、葉加瀬は訂正しない。

だって、研究費用欲しいもん。円じゃなくて$だともっといいな。えへへ。

「あと一手は?」

あれも欲しい。これもやろう。夢がひろがりんぐだった葉加瀬は現実に戻って来る。

「コアを取って来る事」

顎に指をかけ、小首をかしげるあやか。

「貴方では無理なのかしら?」

「部長のヅラに時間が来たら、溶けて無くなるように細工してきたから今は警戒されて無理」

Rockは後先、考えない。

「何をやってますの……なら案は?」

「ハッキングで陽動。そして、強襲して奪取」

「なら雪広の部隊を」

「無理よ。麻帆良の電脳防壁は雪広財閥のハッキング能力じゃ足りない。これにはアテがあるから、後で紹介するわ。ハッキングに関してはツール次第では私以上の天才よ」

「なら……そして、奪取は雪広の部隊じゃ足りないという事は」

「そう。三日後のコア廃棄まで『送り狗』高畑と『蟻』の瀬流彦が守っている」

「……さすがに『一人要塞』高畑先生が相手に数と連携が武器の雪広の部隊では相性が悪いですわね。三日では甲賀忍軍に依頼するにも、麻帆良に入って来るのがやっとでしょうし」

どこかに中忍クラスでもいいからいないかしら…とため息をつくあやかを見ながら、葉加瀬はにんにんが口癖の糸目のクラスメイトを思い出したが、

「(…まさかね)…………実は実働戦力については一人だけアテがある」

葉加瀬は科学者にあるまじき事に自分を優先させたくなった。
一人の葉加瀬聡美は自分の感情を優先させたくなった。

しかし、『正しい科学者』として葉加瀬は口を開く。

「『麻帆良の狂犬』」

「…意識が戻らない程の大怪我だと聞いていますわよ?」

「さすが耳が早いわね。……あいつは私が認めるガッツの持ち主よ。必ず起きるわ」

「自信がありますね。どんな関係ですの?」

葉加瀬はふっとニヒルに笑うと、

「一夜だけの関係。三年前から話した事はないわ」

「一夜だけの関係!?それに本当に大丈夫ですの!?」

「私の大事な思い出だから黙秘するわ。後者は大丈夫よ。私が知るあいつが動かないなら、私が知る雪広あやかも動かなかったわ」

「…………でも一人で足りますの?」

ストレートな信頼に照れたのか、顔を赤くするあやかを見ると葉加瀬の心の○○○がぐんぐん巨大化。真面目な話の最中だからステイ〜ステイ〜。

「足りないね。万が一、高畑を抜けたとしても、あの『靴の裏に張り付いたガムよりも、ねちっこい』瀬流彦がいる」

「そうですわね。あの『いつも嫌らしい目線で見てくる』瀬流彦教諭がいましたわね」

出来たら、高畑を足止め出来るクラスの戦える人間があと二人欲しい。
瀬流彦は何となくなんとかなる気がするが……
まぁとにかく、

「「私達の利害は一致してい(ますわよね)(るわよね)」」

がしっと握手。

「3-A防衛隊(ガーディアンエンジェルズ)結成ですわ!!」



雪広あやか、マジRockだぜ……!
あやかの戦慄すら感じるパンチの効いたネーミングに、葉加瀬聡美は胸を撃ち抜かれていた。






























「ところで話を聞いていると…その、実は茶々丸さんがロボットで修理すると言ってるように聞こえますわね」

「今更!?」
















故に科学のためなら処女も売る。
を、

ゆえに科学のためなら処女も売る。

と、最初に書いたせいで危うく百合属性が付く所でした。



[22530] 十五話の裏のネギ・スプリングフィールド
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/17 15:22
「兄さん!兄さん!」

トレードマークの真っ赤なリーゼントも焼け焦げ、炎に炙られていない所を探しても見つかるかわからない。

「っ……!」

涙をこらえて、必死に杖を操作して、兄さんを橋の上に引き上げる。

左の胸には恐らく茶々丸さんの捻れた腕がぐさりと墓標のように突き刺さっていた。

「……ギぃ…見…よ…俺が………兄ちゃんが勝つ所をよ………………」

兄さんの右腕は関節を三つにしながらも、高々と掲げられていて。











ネギ・スプリングフィールドは気付く。



「しつこい坊やだな……」

あれから三日。
ネギ・スプリングフィールドの放課後はエヴァのログハウスの前が定位置だ。

「はい、僕はエヴァンジェリンさんの弟子になるまで諦めません」

刀哉のような、とまではいかずとも三日ですっかり慣れた正座。
ネギの視線はがっちりとエヴァの視線と絡み合う。

「(これが三日前には私と視線を合わす事さえ出来なかった子供か…だが)……はぁ、まぁ私の負けにしておいてやろう。話だけは聞いてやる。そして、私を納得させられなければ帰れ。二度と来るな。いいな?」

「はい、でも今日、納得させられなくても、また来ます!」

「…………は?ふ、ふざけているのか!?」

「本気です!エヴァさんが僕を弟子にしてくれるまで、僕は諦めません!」

ここで氷付けにしてやろうか!と氷属性が得意なわりに熱しやすいエヴァの脳みそが次の言葉を探し出す前にネギは口を開く。

「この前、兄さんが大怪我をして気付いたんです。『立派な魔法使い』でも怪我をするし、一歩間違えば死んじゃうかもしれないという事に」

誰もまだ話せとは言っていない。エヴァは思いながらも、

「ふん。当たり前の事だ」

「はい、その当たり前の事をわかっていたつもりで、全くわかっていませんでした」

だから、ネギ・スプリングフィールドが戦うと決めた。

「『立派な魔法使い』が一人じゃ足りないなら僕が『立派な魔法使い』になります!!僕が『立派な魔法使い』だったら、兄さんはきっとああはなりませんでした。僕は兄さんを助けて、誰かを助けられる人になりたいんです!」

エヴァは思う。

ガキの見る夢だ。
ガキの見る夢はいつか諦観と現実にすり減り、儚く消えて亡くなる。
最初はあんなにも燃えていたタカミチや、ガンドルフィーニがありふれた大人になったように。
それは永遠を生きる私にとって、夢を語る人間が死ぬより寂しい。

「はっ!言いたい事はわかった。しかし、この『悪の魔法使い』に捧げる対価が無いぞ!」

でも、きっと。











茶々丸がここにいたら、困った声で諫める気持ちをこめて、

「マスター」

とだけ言うんだろうな。














そう思ってしまった瞬間、エヴァは自らの敗北を認めた。

まぁただ認めるのも悔しいので、嫌がらせくらいはしてやろう。
どうせ対価など考えもしていまい。そう思っていたのだが、

「対価ならあります!」

「ほう!?何をもって、対価とする?」



















「僕が『立派な魔法使い』になって、エヴァンジェリンさんを幸せにしてみせます!」

アワワワワワワ…………!















話をしよう。あれは三十六万年。いや、三日前だったか?
まあいい。いずれにせよ、まだエヴァがデレていなかった頃の話だ。

「そんな事を言って大丈夫か!?」

「大丈夫です!問題ないです!」

ネギの発言が人々にどのような影響を与えていくのか――
私にとってはすでに見た出来事だが、エヴァと君たちにとっては、多分これから目にする出来事だ。













話をしよう。流石にここでフェイドアウトしては話に差し支えが出る。
まあいい。いずれにせよ、ちょうどエヴァがネギを鋼糸でぐるぐる巻きにして、自分の巣に引きずりこむ所だ。

「フハハハハ!こうなったらどんな弱音を吐こうと、逃がさん!地獄の底に叩き落としてくれるわ!!」

「セリフが違「大丈夫だ。問題ない」うわーん!」

エヴァの修行がネギの生死にどのような影響を与えていくのか――
私にとってはすでに見た出来事だが、ネギと君たちにとっては、多分これから目にする出来事だ。























今回のアンチテンプレ展開
「オリ主とネギが仲良しなのに、ネギとの師弟フラグが立たない」
「オリ主がいるのにネギとエヴァに師弟フラグと恋愛フラグが立つ」
「掟破りのエルシャダイオチを二回重ねる」
の三本でお送りしました。

次回、十六話・あやか株ストップ高を目指したら、百合の花が咲いていた
次回もお楽しみ頂ければ幸いです。



[22530] 十六話・歌いましょう?
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/18 00:59
若干の、ライトな百合描写があります。苦手な方はお気を。

実は書いている私が一番、きつい…!ごろごろごろごろ
















第一次会談から一夜明け、再び雪広邸。

「あれから首尾はどうなりましたの?」

「私謹製のハイスペックスパコンを『ちうたん』に渡したわ。快く…ええ、とても快く協力してくれたわ」

最後には泣きながら、「お願いですから協力させてください……!」と言うくらいに快く、ね。
思い出すだけで、私の心の○○○がむくむく大きくなってきちゃうくらい協力的!

「……変な顔して、どうしたのかしら?まぁいいですわ。こちらは全く上手くいきませんでした。雪広から圧力をかけても『もうコアは廃棄した』の一点ばりでしたし、いくつか種は蒔きましたけど花になるのは期待出来ませんわ」

「大丈夫よ。私が期待してたのは、お金だけだから」

空気が凍る。

「くっ…そうなんでしょうね、葉加瀬さんは。でも!」

「ごめん。言葉を間違えた。私の計画ではあやかはお金を出してくれれば、それだけでよかったの。それでじゅーぶんじゅーぶん。だいじょーぶいっ」

二百億も出させて、立場もクソも無い。そう思ってはいるし、この言葉こそ一番の間違いだとは理解してるけど、それでも引く余地は残してあげたい。
そんな私の気持ちを踏みにじって、

「この!私を誰だと思っていますの!?私がクラスメイトの!友達の苦難の前に!私が私である限り引く事は有り得ませんわよ!!」

あー、欲深かでやっぱめっちゃRockで、ヤバいくらいイイオンナ。
私の親友、雪広あやかはそういう女だ。

だからこそ、『私の娘』の事に本当は巻き込むべきじゃなかった。

「ごめんごめんご。キラッミ☆」
ここは逃げの一手。わざと怒らせて煙に巻いて、この後、私がお金だけ頂いておさらばすれば、あやかは被害者のポジションげっちゅで安全に、






























「…………………この私をナメてンじゃありませんわよ!」

え?と思う間も無く、襟首を掴まれて、引き寄せられる。
視界一杯のあやかは、自分で言う事があるくらいの容姿端麗な美貌。怒り一色。

「貴方が何を考えているか当ててあげますわよ。どうせ「私が加害者。あやかが被害者で安全なポジションげっちゅ」ですわね」

「ち、ちが」

「違わないでしょう?貴方は怖がりな子ですもの。時間が経って、冷静になって怖くなったんですわよね」

びしばしと私の内面を当ててくるあやかにぐうの音も出ない。

マジギレブチギレマジRockのスーパーでキュートなちょーハイテンション&アンドロメダまでぶっ飛ぶクールな『葉加瀬』。
天才鬼才奇妙な才、科学に魂を売った科学者『ハカセ』。

今、ここにいるのはそのどちらでも無いただの『葉加瀬聡美』。
凄く怖い。

まるで明かりの無い夜道で独りばいばい。いいよ、着いて来なくて。やっぱ迷惑だしさ。あ……みたいな。

独りは怖いよ。でもさ!

「あや「貴方が私の事を思うなら、地獄の果てまで私を連れて行きなさい。私が雪広あやかである以上、ここで引いたら私は雪広あやかでなくなりますわ」

だから、これは茶々丸さんのためで、貴方のためで、もう私のためなのですわよ。
と、キュートなウインク一発。私の心はもうあやか様の奴隷になるしか無いじゃない!と全会一致で採決。

「あはっ、Rockだね。雪広あやか」

「当たり前ですわよ、葉加瀬聡美?貴方の言うRockは独りで叫べますの?」

だったら、

「一緒に歌ってくれる?あやか」

「貴方が嫌だと言っても歌ってあげますわ、聡美」






















ついつい、ちゅーしちゃったんだぜ☆

















今回のアンチテンプレ。
「あやか!お前のファーストキスの相手はネギでは無い!この葉加瀬だぁぁぁぁ!」





ガチ百合ではなく、テンション上がり過ぎて友達同士がちゅっとする感じで。
オチとかではなく、「うちの葉加瀬なら、ここでちゅーするよね」と勝手に手が動きました。

種は蒔いた!
種にあげる水は読者様の感想!
咲くも咲かぬも、私は知らん!



[22530] 十七話・演歌を聞きながら
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/18 03:36
「……………」
「……………」

都市と言ってもおかしく無い麻帆良学園には外部からの業者が入る。
その中でも古株の、新田が新任だった頃から出ていた屋台にガンドルフィーニと共に足を運んでいた。
いくら四月、暦の上では春とは言え、まだ冷えるのには違いない。

ああ、身も心も冷えるこんな夜には、

「オヤジ、卵くれや」

へい、と愛想の無い返事と引き換えに出される熱々の卵。
がぶりと一口かじれば、よく汁の染み込んだ、少し硬めの黄身が新田の舌を楽しませる。
嫁の飯より長い付き合いのおでんの味は、新田のささくれ立った心を落ち着けてくれた。

「そういや俺とアンタ、長い付き合いになるもんだ」

大根、と言おうとする前に黙って新田の前に置かれる。
必ず最初は卵と大根。それが新田の流儀。

「へい、俺が店出した頃ですから…アンタが嫁を貰う前ですな」

オヤジの客商売にあるまじき、と横柄な言葉遣いを今更、咎める気など無く、新田はぐいっと日本酒を煽る。

「そういや昔、アンタ俺に生の大根食わせてくれた事あったよな」

まだ汁の染み込んでいない大根。

何の嫌がらせかと思ったが、単純な話で誤って準備不足の大根を出してしまったらしい。

今、目の前にある大根は、よく汁が染み込み、箸で少し力を加えれば、するりと切れる。
箸で掴んだ大根は、白かったはずのその身は中まで汁に染まっている。
口に運べば、ほくほくの大根に単純な言葉しか出て来ない。

「うまい」

ふん、あの頃の俺とは違うんだよ。そう言わんばかりの小憎たらしいツラを晒すオヤジが口を開く。

「そういやアンタも昔はよく酔っぱらえば泣いて、暴れてしてやしたね」

オヤジは復讐のつもりなのか、新田の触れられたくない過去に触れて来る。

理想に燃える新任教師、新田の前には現実という化け物がいた。

反抗的な生徒、腐った教師、足りない時間。

あの頃は全てに全力でぶち当たり、自分が砕かれかかっていた。
いつも、いつも酔って、絡んで、暴れて。

店が上手く行かないオヤジ。
教師として砕けかかった新田。

何度か取っ組み合いになって。
エアコンなど無い時代、留置場で二人で震えていたあの頃。

「ははは、あの不味いおでんを出してたアンタが今はこんなにうまいおでんを出すようになった。厚揚げ」

「あいよ。毎日ぴーちくぱーちく青臭せえ事を喚いてたアンタが後輩連れて来るとはなぁ」

お互い歳をとった。
口に出さなくても、お互いの目を見ればわかる。

「……………新田先生!」

ガンドルフィーニは泣いていた。
泣く事を新田は恥と思わない。
ただ大人になれば、色々なしがらみが人の涙を変質させる。

ガンドルフィーニは砕けた。
現実という化け物に粉々に砕かれ、その奥に隠れている素のガンドルフィーニが姿を現そうとしていた。

素のガンドルフィーニが泣いていた。

「僕は……!僕は!!」

「アンちゃん、食いな」

ガンドルフィーニの前に差し出される大根。

だが一皮剥けたとは言え、彼はまだまだ中まで汁の染みていない大根だ。
青臭くて食えた物ではない。

「はい…はい!……ありがとう…ございます……!!」

最初から完成された天才などではなく、どこにいる普通の人。
現実に打ちのめされて、打ちひしがれて、それでも歯を食いしばって必死に耐える普通の人。
そんなガンドルフィーニに新田は自分の跡を継いで欲しかった。

「……うまい」

ふん、と鼻で笑い、背中を向けるオヤジ。
長い付き合いで、それが照れ隠しだとわかる。
おでん一筋に生きるオヤジにとってみれば、何の気負いも無く、放たれた「うまい」の一言はどれほど意味のある言葉だろう。

「新田先生、ありがとうございました。オヤジさん、ありがとうございました」

「何言ってんだ。おでん屋がおでん出すのは当たり前だろが!」

オヤジがおでんを心から誉められた時のように、

「新田先生」

「おう、気をつけなよ。ガンドルフィーニ『先生』」

「はい!」

屋台を飛び出し、真っ暗な夜道を走るガンドルフィーニの姿は、すぐに新田達の視界から消えて無くなった。

教え子が間違った道から、這い上がり、真っ直ぐ立ち上がった時は堪らない物がある。
だから、新田は教師を辞められないのだ。





「オヤジ、灰皿」

「バカヤロウ!てめえのタバコの臭いがついて、トミ子ちゃんに嫌われたら、どうするんだ!」

始まったオヤジの孫自慢を聞き流しながら、

「俺も遠くへ来たもんだ」

もう、新田はあんな風には走れないだろう。



だが、これも悪くない。

新田は笑った。



[22530] 十八話・無理だって
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/18 19:38















葉加瀬聡美がそこに辿り着いたのは、夜の十二時を回っていた。

白衣を翻さず、死人のような足取りで。
まるで瀕死の魚。

『葛葉刀哉』

病室のネームプレートにはそう書かれている。

そこで葉加瀬は立ち竦んでいた。
扉に手をかけて、少しの力を篭めて。
がらりと開ければ、

「開ければ?」

そして、葛葉刀子がいた。
いつの間に現れたのか葉加瀬にはさっぱりわからなかった。
ただ一つ葉加瀬がわかる事がある。

「開けたら、私は貴方の息子を死ぬかもしれない戦場に連れて行くんですね」

「そうね」

わかっていた。覚悟を決めていた。わからなかった。わかっていなかった。

刀子の感情を感じさせない声は葉加瀬をより追い詰める。
追い詰められる事をしている。
だから、扉を開けられない。
ただ、それだけの事が出来ない。

だから、作戦決行予定時刻ギリギリまで、理由をつけて、一番大事な、作戦の最後の一ピースを手に入れる事を引き伸ばした。

「葉加瀬さんが私の息子を殺すかもしれないわね」

大義名分はある。
葉加瀬の知る中で唯一、動いてくれそうな、動いてくれる、ただ一人、茶々丸を助けてくれる可能性を持つ男。
あやかの蒔いた種など期待するだけ無駄だろう。他に手は無い。『私の娘』を助けられるのは!



葉加瀬がこっそりと忍びこんで盗んだカルテは悲惨な物だった。

刀哉は六割を焼かれていた。

麻帆良緊急医療チームは魔法技術の一つ、錬丹術による治療を開始する。
まずは人工擬似体液を刀哉に注入し、刀哉の津液――気を運ぶ、体液――を確保。

東洋医学での考えにもあるように、衛気は皮膚を巡る。
衛気とは外部からの悪しき物を退ける力である。
衛気の流れが開かれなければ、刀哉はすぐに感染症やほんの僅かな刺激で失われてしまう――治癒魔法と人工皮膚により、何とか衛気の経脈を確保。
これだけの事で二人の魔法使いの魔力を使い果たさせた。

全身に外傷性、開放性など医者の教科書に載る骨折を全てコンプリート。
それが、丹田よりいずる原気――人の根源――の全身の経脈が機能不全に。
このままでは丹田に溜まり続ける原気により、丹田周辺は根腐れを起こし、原気の足りない末梢は枯れ果てるだろう。
砕けた骨の形を整え、全身の経脈を確保。
経脈を胸のぽかりと穴が空いているとしか思えない傷にバイパスさせ、わずかに気の流れをそこに集める。
このまま一カ月も治癒魔法を併用し、治療を続ければ、何とかなるだろう。
しかし、まだ、

非力な葉加瀬の小さな手でも、少し力を加えれば心臓に手が届くかもしれない。

こんな彼を立ち上がらせ、高畑と戦わせる?



わかっていたはずだ。科学の進歩の前には人一人の命など。それ以上に大事なのは茶々丸のコア。それさえあれば、それがあるから。
葉加瀬は悟る。

「あやかぁ…ごめん。私には出来ないよぉ……」






















ぐしゃり。
細い金属を握り潰す音。

からん。
金属がリノウムに落ちる音。

膝を折り、床に崩れ落ちた葉加瀬が涙で滲む視界を音の発生源に向ければ、ぐしゃぐしゃに握り潰された刀子の眼鏡。

「ここで立ち上がらないのなら」

葛葉刀子がピンヒールに包まれたすらっとした足を踏み出した。
ずん、と何故か重量感のある一歩。

憤怒に悲哀に憎悪。
陽性の感情などまったく見えない。

「助けを呼ぶ貴方に気付けないのなら」

ずしん。
更に一歩。

「私の息子の心が死ぬのよ!!」

叫びと共に、全体重を乗せた前蹴り。いや、ヤクザキックが葉加瀬と刀哉を隔てる扉を完全粉砕。
扉が倒れる。穴が開く。そういうレベルではなく、文字通り、粉々に粉砕。

「起きなさい、刀哉。朝よ」

肌色が全く見えない程、ぐるぐる巻きのミイラがベッドに寝ている。

「……おはよう、母ちゃん」

いや、目を覚ましていた。

「……………おはよう。いつまでも経っても寝坊助さんだねぇ、あんたは」

その声に紛れの無い深い愛情を感じた。

こんなにも愛されている刀哉を、こんなにも愛している刀子から奪うつもりでいたのか。

「……ゃだ」

無意識で葉加瀬は力の入らない足を必死に動かし、

「(ダメよダメだって無理よ誰が見たってわかるじゃない!私は誰かに死ねなんて言えない!)」

あやかと歩ければ大丈夫だと思った。
だけど、それは違った。
一人で歩けないとわかっただけだった。

立ち上がり、逃げだそうと背を向け、

「あんたが逃げるのを許すはず無いじゃない」

刀子に葉加瀬の襟首を掴むと、

「もう、誰も今更、降りれないのよ」

病室に、落ちた後の事など考えずに投げこんだ。



[22530] 十九話・リーゼント、立つ
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/19 01:04
「いよう、葉加瀬。なンで泣いてンだ?」

口を開くだけで、ひどく重い。








いや、重くねぇ。

葛葉刀哉は自らに反逆する。







病室に投げ込まれた葉加瀬は許しを請う罪人のように、床に跪き、俯く。
刀哉から見えるのは、葉加瀬の頭と床に落ち続ける涙。

「……泣いてなんかないわ」

「そうかよ」

刀哉は臍に力をこめ――丹田の気を回す――身体を起こす。
それだけで激痛が走り、骨や筋肉。刀哉を構成する物質が悲鳴を上げる。

「だったら、俺に用かい?」

「……あんたに用なんて無いわ」

それらを無視し、気合いを入れて――経脈に気を流す――足を床に着く。
折れた骨の悲鳴を無視し――武器に気を纏わせる要領で骨を気で補強――立ち上がる。

「そうかい」
「そうよ」

身体中に巻き付けられた包帯を――断裂した腕の筋肉を無理矢理、衛気で動かす――引きちぎる。

深呼吸を一つ。――外気が自らの天の気と混じり合う――悲しみの臭いがする。

「母ちゃん」
「なんだい?」

首を動かし、壁に目を向ければ、
純白の布地に赤い龍が昇り、金の刺繍で、

『麻帆良上等』

葛葉刀哉だ。葛葉刀哉の魂だ。
葛葉刀哉の特攻服(トップク)が壁に掛けられていた。

「持って来てくれたのかい?あンがとよ」
「…………何で持ってきちまったのかねえ」

はぁ、と刀子はため息一つ。

「なぁ、葉加瀬よ。茶々丸はどこだ」
「教えないわ」

おっと、危ねえ。こいつを忘れる所だった――頭皮に気を巡らし、毛根から一気に気を噴射!!――ちょちょいと櫛を入れれば、リーゼントの完成だ。

「頼むよ」
「ダメよ」

特攻服に手を伸ばす。

「大体、あんたが茶々丸に何の用があるのよ」

俯く葉加瀬が初めて刀哉に問いかける。

刀哉は考える。
そして、即思考を放棄した。

「あいつに、茶々丸に言いたい事がある」
「あんたが茶々丸に言いたい事があっても無理よ。高畑先生が守ってる」

だから、どうした。
そう思った。

「だから、どうした」
「馬鹿じゃないの!?あんた死んじゃうかもしれないのよ!正義の味方にでもなったつもりかもしれないけど、死んだら終わりなんだから!あんたをそんなにボロボロにした茶々丸を助ける理由無いじゃない!」

知った事かよ。
刀哉はそう思った。

「知った事かよ。俺はスジを通しに行くだけだ」

「なんでよ!?死んじゃうかもしれないんだよ!助けてくれなくてもいいよ!私はあんたを止められない事をわかってる。あんたが茶々丸を助けに行く事がわかって安心してるズルい女だよ!こうやって自分の気持ちを言って、あとで何があっても『あの時、止めた』って免罪符が欲しいって計算して言ってるよ!誰かに助けてもらう価値なんて」

まくし立てられる葉加瀬の言葉は半分も耳に入らなかったが一つ思う事がある。

「で、茶々丸はどこだ?」

瞬発的な怒りが葉加瀬が顔を上げれば、



恥いる心はどこにも無い。そう言わんばかりの白。
そして、これが俺だ!真っ赤な昇り龍。
金の刺繍は『麻帆良上等』
天に風穴を穿たんとばかりと高々と伸びる真っ赤な真っ赤なリーゼント。
その姿はまさに天上天下唯我独尊。

葉加瀬が望んだ彼がそこにいた。
葛葉刀哉がそこにいた。

「おい」

「う…あ、麻帆良大学のロボ研に」

しまった。という葉加瀬の表情を見る間も無く、刀哉は歩き始めていた。

「母ちゃん、ちょっと喧嘩してくるぜ」

「…………手貸してやろうか?」

葛葉刀哉は花山薫に憧れる。
しかし、まだまだその道は遠い。
母ちゃん独り安心させてやる事も出来やしない。

「喧嘩の花道におっかさん同伴ってか?そいつは冗談きついぜ。それより、うまい朝飯作って待っててくれよ」

「……ああ、飛びっきりの朝飯、用意しとくよ」

葛葉刀哉は行く。
茶々丸には、まだ伝えていない言葉がある。



朝は、すぐそこまで来ていた。



[22530] 二十話・チャーシュー麺大物にしてもらおうか!
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/19 12:02
麻帆良大学ロボット研究部は大学の敷地の外れにある。
何故なら爆発に暴走は日常茶飯事。下手に人の多い所に作れば死人が出る。

そして、ロボ研に行く道は一本しか存在しない。
最先端の技術を非合法に奪おうとする不届き者の侵入と撤退のルートを一カ所に絞るためだ。
他から侵入しようとしても、科学と魔法が融合したトラップ群がいつでも待ち構えている。
無論、一般人が迷い込まないように結界は張ってあるが。



そして、今宵も現れる不届き者。
時代遅れの特攻服。時代遅れのリーゼント。
葛葉刀哉だ。

警戒が薄い所から侵入しようだなど、しちめんどくせえ事は考え付きもせず、ロボ研までの道を改造自転車で爆走。

パラリラパラリラ♪

無論、無駄に三連ホーンを鳴らし、隠密行動など全く頭に無い。
これを監視カメラで見ていた瀬流彦はマイクに叫ぶ。

「高畑先生、馬鹿が来ました!自転車で来ました!!」




















ロボ研までの道のりも半ばまで差し掛かると、少し開けた広場があった。
花壇があり、ベンチがあり。恐らく昼時ともなれば昼食を楽しむ学生で溢れかえるだろう。

しかし、未だに明けぬ空の下にはそんな姿は見えず、高畑・T・タカミチが独り立つだけだ。



そして、前置きも無く放たれる居合い拳が刀哉に襲いかかる。

「帰りなさい。今ならせいぜい夜間徘徊扱いくらいで勘弁してあげよう」

普段と変わらぬ声音、普段と変わらぬ表情。
一般人に放てば、絶命するであろう一撃を放った後の言葉では無い。

そして、この男も一般人ではない。

「おいおい、高畑さンよぉ……あンた俺のご機嫌なマシンぶっ壊して何、チョーシくれてンだぁ……!?」

背後には吹き飛ばされ、ぐちゃぐちゃになった改造自転車が転がるが、刀哉には傷一つ見当たらない。

「今ここは封鎖命令が出てるんだよ。大丈夫、君がここにいた事は黙っていてあげよう」

そう言いながらも、高畑の両の手はポケットに。必殺の居合い拳の構え。

「そいつはあンたの澄ましたツラに一発ぶちかまして下さいって意味だよなぁぁ!!」

対する刀哉は一直線に走り出す。
誰が見てもわかる、フェイントなど無く、高畑までの一直線。

「やれやれ、これで仕事が増えてしまったじゃないか」

再び鞘から抜かれる居合い拳。
大気を吹き飛ばす剛の衝撃。
対する刀哉は如何にして迎え撃つのか。

「俺より授業に出ない腐れ教師がナマ抜かしてンじゃねえぞ!」

右の拳。
ただの右の拳が居合い拳の衝撃をぶち破った。
流石に皮が破れ、血を流すが肉と骨までは砕かれていない。

「ふむ、困ったね」

一発、二発、三発。
居合い拳が放たれるが、全て拳にぶち抜かれ、刀哉の爆走は止められ無い。
そして刀哉は高畑に拳が届く距離に踏み込む。

「困ったね。学園長には君を殺せとは言われていないんだけど」

始末書を書くのも大変だ。

そうぼやく高畑の言葉には自らの発言に対する感情も、一瞬の後には高畑の顔面を捉えるであろう刀哉の拳への恐怖も無い。





当たり前の事だ。
誰が地球の裏側で放たれた銃弾に怯える馬鹿がいるというのだ。

まず、高畑は左の手をポケットから抜く。居合い拳が発動出来る距離は無いが、刀哉の拳を軽く受け流すには充分だ。
そして、次は右の手だ。
中指のみを立てた拳。一本拳。ポケットから抜いたと思えば、それは刀哉の喉に打ち込まれた。

もし、見ている者がいるとすれば、高畑にぶつかった刀哉が跳ね返されたと思うだろう、あまりの早業。

地面に仰向けに倒れ込んだ刀哉に再び居合い拳の構えを向ける辺りでようやく見ている者は刀哉が何かされたと気付くだろう。

そして、そこでネギ・スプリングフィールドは気付いたのだ。

「『魔法の射手・戒めの風矢』!!」

ネギが一息のうちに放てる『魔法の射手』は三十三本。
そこに『戒めの風矢』の属性処理を加えれば、十七本となる。
そのうち八本を先行させ、なるべく広く展開しての目くらまし。迂回させ弾着のタイミングをずらした残りの八本がタカミチを捕らえ、捕らえられずとも最後の一本で兄さんを引きずり、タカミチから引き離す……という予定だったのだが、

「ふむ」

「邪げふっげほっ!魔ァしてンじゃねえぞ、ネギぃ!」

「ええー!?」

高畑はあっさりと最初の八本で『戒めの風矢』に捕らえられ、刀哉を助けようとした一本は本人の裏拳で砕かれる。

これが、エヴァの地獄の修行。いや、地獄の責苦に耐えた新生ネギ・スプリングフィールドのデビュー戦である。
ひでえ。

「うえっ…!何しにきやがったンだ、てめえ。俺の喧嘩に嘴突っ込むなら、そいつをへし折ってからにしてやンぜ……!!」

喉が破れたのか溜まった血を吐くと、刀哉は立ち上がった。
助けようとした可愛い弟分に対するリアクションは労いの言葉では無く、マジギレ。

僕、泣きそう。

そう思いながらも、一日だけだが(別荘をフルに使用したので約半月分ほど)エヴァの殺す気満々の修行に耐えて、生き延び、ありとあらゆる物に耐性がついたネギは言葉を返す。

「兄さんは先に行ってください」

「あン?だから、俺はこいつの澄ましたツラに一発ぶち込まなきゃ」

尊敬する『立派な魔法使い』でも怪我をする。怪我をするという事は間違えもする。
だから、ネギがここにいる。

「兄さんが本当にやるべき事はタカミチを殴る事ではないはずです。だから、先に行ってください」

ネギはエヴァに、マスターにこの時間にロボ研へ行き、茶々丸のコアを奪取して来いと言われたのだが、

「だったらお前が先に行けよ」

物分かりの悪い兄さんを持つと苦労する。そうネギは思いながら、

「主役がお姫様を待たせてどうするんですか!茶々丸さんは僕を待ってません!兄さんを、兄さんだけを茶々丸さんは待っているんです!!」

誰が考えてもこの場の主役は兄さんだというのに。
これ以上、言うようなら一本くらい『魔法の射手』を撃ち込んでやる。
日本のことわざにもあるではないか。「一本だけなら誤射かもしれない」と。

ネギがそんな事を考えているうちに結論が出たのか、刀哉は頭をかきながら言った。

「……帰ったら、ラーメン奢ってやるよ」

「はい!」














「ならば僕はチャーシュー麺大物にしてもらおうか!」

そこに現れるのは黒い影。
黒いスーツに黒い肌。
右手にナイフ。左手に拳銃。
牙を取り戻した『3rdFang』がそこにいた。
ガンドルフィーニがそこにいた。
「行け!葛葉刀哉。この場は僕とネギ先生が引き受けた!」

「くそっ、どいつもこいつも……!あンがとよ、ガンダ…いや、ガンドルフィーニ!!」

刀哉が進めば、残るは三人の教師。

さあ、己の教育論をぶつけ合おうか。



[22530] 二十一話・ShowDOWNだ!
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/19 21:03
先に動いたのはガンドルフィーニ。

彼は高畑が一対多という構図を如何にして崩すかを知っていた。
陣形を組み、弾幕を張れば、居合い拳が弾幕ごと粉砕。
近付いたとしても、合気と軍隊流のCQCで倒される。

そして、裏の事情『箱庭計画』。
高畑はネギを傷付ける事が出来ない。
しかし、恐らくではあるが、高畑を妥当し得る火力を有しているネギは持っている。

つまり、高畑を倒し得る力を持つ戦力を、高畑は先手を取って倒す事は出来ず、常にネギに注意を払い続けるしかないのだ。

以上の理由からガンドルフィーニは先手を選んだ。

【ネギくん】
【はい、ガンドルフィーニ先生が前衛、僕が後衛ですね】

突然、繋いだ念話に慌てる事は無く、冷静に状況を理解し、端的に返事を返すネギにガンドルフィーニの内心に喜びが芽生える。

【そうだ。お互いの出来る事がわからない以上、作戦はシンプルに行くべきだろう】

ネギが成長しているのは確かなようだが、出来る事は何か?出来ない事は何か?
お互いに何もわからない状況では複雑な連携は取れるはずも無い。

【二十秒のチャージと七秒の維持が出来ます】

必要最低限の情報。
二十秒以内に高畑に近付き、七秒以内に決定的な隙を作り、ネギが決める。

ネギの『戒めの風矢』を『解呪』では無く、力で破った高畑を見ながら、ガンドルフィーニは最後に最も大切な事を伝えた。

【頼む】

【はい!】

シンプルな作戦にシンプルな返事。戦友は小さいが、ガッツに溢れる若獅子。

悪くない。
ガンドルフィーニは思った。



そして、念話での作戦会議の間にもガンドルフィーニへと居合い拳。いや、居合いジャブと言うべき連射が彼を襲い続けていた。
受ければガンドルフィーニの貧弱な防御魔法を砕き、体勢が崩れた所に本命の一撃が来るだろう。
だが、距離のある今なら横方向への、ダッシュで避ける事は難しく無い。

「『ラス・テル・マ・スキル・マギステル』……」

ここだ、とガンドルフィーニが思った位置取り。
完全にガンドルフィーニとネギが高畑を挟み、一直線のラインで結ばれた、ネギには左。ガンドルフィーニには右の居合い拳しか向けられない位置でネギの詠唱が始まった。
ネギはガンドルフィーニの期待に応えた。
この状況であれば、ネギのいつ放たれるかわからない一撃に備えるために高畑は左の居合い拳を抜く事は出来ない。

次はガンドルフィーニが期待に応える番だ。
ひたすらに横へのダッシュのみで高畑に近付かなかったガンドルフィーニだが、高畑へと向かうステップに切り替える。

刀哉のように居合い拳をぶち抜くスキルの無いガンドルフィーニは愚直なまでに避け続け、それでも前に進まねばならない。
足の裏に水の魔法、地に五行の相剋による反発力を生み出して疑似瞬動。身の竦むような居合い拳の暴風の中を突き進む。



『立派な魔法使い』にガンドルフィーニがなるには絶対的に才能が足りなかった。
長年、訓練を積んだが瞬動すら会得出来ない。
虚空瞬動など夢のまた夢。
西洋魔法、特に遠距離魔法への適正が無く、日本の陰陽道や中国の仙道にも手を伸ばした。
それでも使い物になる遠距離魔法は手に入れられず、妥協の末に魔法銃士――銃とナイフを扱う前衛――を選んだ。

――妥協の結果の自分だが、全てに絶望した自分だが、



疑似瞬動はトップスピードこそ、今一つではあるが、水の魔法を調整する事により、発動すれば一直線の瞬動よりも小回りが効く。

威力こそ魔法には勝てないが、発動がトリガーを引くだけの銃は無詠唱魔法にすら勝る立ち上がりの早さ。
Cz75後期生産モデル。
自動拳銃でのベストセラー。いい銃だが、ありふれている。
9mmの弾丸をフルオートで全弾ばらまく。回避運動中に放たれたどこに飛んで行くかわからないような弾丸だがまぐれ当たりを嫌がった高畑の居合い拳が銃弾を叩き落とす。
その間に更に一歩、踏み込みながら、リロード。

磨きに磨いたこの牙は強者に届くはずだ。――



そして、十八秒が経過。

高畑への距離はあと三歩。
一秒もかからない距離の中、高畑の居合い拳が止まる。
いや、恐らくほんのワンテンポの溜めなのだろう。
ここまではガンドルフィーニは避け続ける事が出来る自信があり、自信は真実となった。
しかし、ここからが本当の勝負だ。

至近距離。間合いから考えれば、高畑が居合い拳を放てるのは最後の一発。
それを避ければ、ガンドルフィーニの牙が高畑に届くだろう。
しかし、弾幕では無い。狙い澄ました最速の、まさに居合いの如き一撃がガンドルフィーニを待ち構える。
ガンドルフィーニの手札は弱い。
相手は絶対無敵のジョーカーだ。
だからこそ、

「ShowDOWNだ!」



こまめな進路変更による回避を捨て、ヤケにしか見えないであろう突撃。
虚を突かれたのか高畑の居合い拳は一瞬の遅れ。

高畑は思う。
ネギは思う。

これで終わりだ、と。
ガンドルフィーニの負けだ、と。

疑似瞬動の小回りを生かし、居合い拳を発動と同時に避け、一撃を加えるという誰しもが思う当然の作戦を捨て、ガンドルフィーニは叫ぶ。

「僕の勝ちだ!!」

それは最後の一撃に使うと誰しもが思っていたナイフ。
誰が居合い拳にただ一本のナイフで挑もうと考える?
誰が居合い拳にナイフを突き立てると考える?

その愚策をガンドルフィーニは実行。
腰の入った直突きを居合い拳の破壊力に叩きこんだ。

ナイフに篭められた魔法はただ一つ。
『斬撃強化』『防御』
そのようなお上品な物ではない。

『自爆』

居合い拳がナイフを砕くと中に仕込まれていた術式が自動展開。指向性の無い全方位への爆発が居合い拳の破壊のベクトルを乱す。
『自爆』により、ガンドルフィーニの手はズタズタ。
居合い拳の余波までは防げず、ガンドルフィーニのあちこちに裂傷を作る。
しかし、ガンドルフィーニの命には届いてはいない。
居合いに二の太刀はない。



高畑にガンドルフィーニの牙が届く!








































「惜しかった。本当に惜しかった」

ガンドルフィーニの視界には居合い拳を振り抜き、腕を真っ直ぐに伸ばす高畑。
その手は人差し指は伸ばされ、中指と親指が合わされている。
フィンガースナップの構え。
神多羅木の業!



ぱちん、と指が鳴らされる。



神多羅木の華麗な鎌鼬とは全く違う。切り裂くのでは無く、力任せに空間を叩き潰す高畑のフィンガースナップ。
至近距離では線では無く、面を破壊する一撃の方が避けにくいのは言うまでも無い。
それは隙を生じぬ、ガンドルフィーニにしてみれば、まさに絶望的な二段の構え。

空間破裂の一撃はガンドルフィーニの残された牙――拳銃を握る左腕を襲った。



[22530] 二十二話・瀬流彦、死す
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/20 00:09
「まずい、ですわね」

外で高畑を抑えていたネギとガンドルフィーニだが、ガンドルフィーニが被弾。
あやかには、ガンドルフィーニがここから立て直し、高畑へと反撃する手は浮かばない。
一気に高畑へと天秤が傾いて行くだろう。



あやかと葉加瀬はどこの誰とも知れない謎の天才ハッカー『ちうたん』の手引きにより、監視室への侵入を果たしていた。

見たく無い、という気持ち半分で外部映像から内部映像を切り替える。

こちらも見たい物ではなかった。

「「「「「ふはははは!これが!これが僕!『蟻』の瀬流彦の多重影分身!だ!!」」」」」

まさに悪夢。

茶々丸のコアが収められた部屋に刀哉が近付いた瞬間、大量発生した藪蚊の如く沸いて出た瀬流彦がひたすらに刀哉に襲いかっていた。
一匹一匹を見れば、合気を納めるあやかの目で見てみれば稚拙にも程がある体捌き。それは刀哉も同じだろう。

刀哉が拳を振るえば、十の瀬流彦が消し飛ぶ。
しかし、一の瀬流彦は二に。二は四に。四は八に。八は十六の瀬流彦に一瞬で増え続ける。
刀哉とて人間だ。休む暇も無く、永遠に拳を振るい続ける事は出来ないだろう。

「いくら『狂犬』…いえ、刀哉さんでも……」

無限の瀬流彦を倒し続けるのは不可能なはずだ。

「どうすればいいですの……!」

焦りはピークを迎え、あやかは無意識のうちに爪を噛んでいた。
上手い策は……!





「…………魔法的処理により、スピーカーからのハウリングを利用した疑似多重音声…分身体は簡易プログラムによるオート。つまり、瀬流彦のプロファイリングによると……!」

持ち込んだノートパソコンを叩く葉加瀬聡美の脳細胞は氷より冷たい冷静さとマグマのような熱量の中にある。

「聡美、何かわかりましたの!?」

「『ちうたん』、使用されている回線を全て探して!以後の連絡は偽装を捨ててもいいから全てPDAに!」

あやかに答える暇も惜しいとばかりにトランシーバーへと叫ぶ葉加瀬。

「あやか、手伝って!」

葉加瀬は返事を聞く事も無く、真っ赤なギターを肩に担いで、監視室を飛び出す。

返事を聞く必要が無いと言わんばかりだ。
無論、あやかの返事は一つしかないと分かりきっているからだ。
「ええ!」








「「「「「どうしたどうした!まだまだ僕は僕は僕は沢山いるぞ!」」」」」

耳障りな、建物全体に響く瀬流彦の声を意識的に遮断しながら、葉加瀬は走る。
瀬流彦へのプロファイリングの項目の中に『臆病』という単語。

「そんな『臆病者』が刀哉に近付くだろうか?」

答えは否。

「来た」

PDAに『ちうたん』からの大量のデータが送信されてくる。

違うこれじゃない邪魔くさい。

気を効かせたつもりなのか刀哉から近い順にデータを送信して来たらしい。

「余計なお世話よ!」

それに実の所、確信はある。ただ保証が欲しいだけ。

その証拠に、

「瀬流彦…いえ、分身がいますわね」

ある一室の扉の前に分身瀬流彦が本人とよく似たようにぼけっと立っている。

「あやか!」

葉加瀬が言うまでもなく、あやかは疾走。

「雪広あやか流合気柔術・『雪中花』!」

あやかはすぱぁんと分身瀬流彦を鉄の扉に叩きつける。万が一、本人だったら死ぬだろうがそれはそれで構わない。
しかし、分身だったらしく消えてしまった。くそっ。

もう、すでにたどり着いて必要が見る必要が無くなったPDAにようやく最後のデータが転送された。

使用中回線、総数638。そのうち電子ダミーが521。残り117の中で刀哉から最も遠く、最も周辺に囮が仕掛けられている地点。その中心。

『女子更衣室』

「天誅ですわね」
「去勢だね」

「ふはははは、『狂犬』の力はそんなもの…あれ?」

女子更衣室で独りマイクを持って、叫ぶ教師・瀬流彦。
あやかが何をどうしたのか、瀬流彦を床に叩きつけ、

「Fxxk YOU」

葉加瀬が振り下ろした真っ赤なギター。
それがこの日、瀬流彦が見た最後の光景だった。



[22530] 二十三話・『3rdFang』
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/21 02:37
高畑は思う。
終わりだ、と。

ネギは思う。
まだだ、と。



最悪なのはガンドルフィーニの左手が弾かれた事。
拳銃を持つ左手がガンドルフィーニの身体で射線が通らない位置まで、回されてしまった。
高畑の『空間破砕』による負傷より、なお痛い。

ネギの分析するガンドルフィーニの攻撃手段は右のナイフと左の拳銃。
そこから導き出される結論はガンドルフィーニ本人の魔法に威力がある手札が無いという事。魔法の威力が充分なら、一般的に魔力変換効率の良い『杖』を持つ事が多い。

そして、ここからガンドルフィーニが反撃するパターンはかなり少ない。

まずは右手を使用しての接近戦。無理な体勢からの突撃?無謀以外の何者でも無い。
あの高畑に対し、両の手を負傷したままでの接近戦で決定的な一打を叩きこめはしないだろう。

では、左手を使えば?
更に無謀。ガンドルフィーニの身体の後ろに回った左手を高畑に拳銃で狙いを付けて、トリガーを引く。
言葉にすれば、それだけの事だが、それだけの事を成すのは不可能だ。
狙いを付けている間に居合い拳が放たれ、ガンドルフィーニは敗北する。

自分が助けなければ、という焦りがネギの心にじわじわと染み渡るようにして広がる。

「『光の精霊84柱』」

ここで魔法を解き放ってしまいたい誘惑に駆られる。

「『集い来たりて敵を射て』」

しかし、そんな焦りを吹き飛ばす程の思いを受け取った。

「『集束』」

【頼む】

常に『スプリングフィールド』としてしかネギを見なかったガンドルフィーニが『ネギ』に頼んだのだ。

光り輝く『魔法の射手』。
八十四の光の矢がネギの周囲を囲む。

「『集束』!」

ならば、ネギはその頼みに応えなければならない。
応えなければ、男じゃない。

少しずつ、丹念に一本一本を集め、束ねて行く。
時間が足りない。精密な魔力制御に頭痛がして来る。もっと早くとネギのどこかが叫ぶ。魔力が怖いくらいに目減りしていく。

「『集束』!!」

そんな焦りを屈服させ、八十四の光の矢を一矢と成す。

『嵐の暴風』よりも細く、より速く、ひたすらに一点を貫くための魔法。
高畑の全ての守りを打ち砕くために、ガンドルフィーニが作る隙を逃さないために。
ガンドルフィーニの信頼に応えるための、この一矢。

一瞬をネギは待つ。














ガンドルフィーニは思う。

間に合った、と。



ガンドルフィーニの勝利条件はただ一つ。

ネギの魔法を高畑に迎撃されない道を開く事だ。
そのためにガンドルフィーニは牙を高畑に突き立てねばならない。

ネギの生み出した星々は太陽と見間違えるほどの光へ。そして、一つの激しく光る星へと生まれ変わった。

あれが今、放たれれば高畑の左の居合い拳に打ち消され、ネギが再び詠唱を完了する頃にはガンドルフィーニは挽き肉になっている。

しかし、得意のCQC――近接格闘技術――は両手が無傷でも高畑の左の拳を抜かせられるかわからない。
ガンドルフィーニの左の拳銃。
これも、不可能。

どう足掻いた所で詰んでいる。
これ以上、『怪我をしない』という甘っちょろい考えはすでに詰んでいるのだ。
ガンドルフィーニに求められ、ガンドルフィーニが求めるのは『怪我をしてでも』高畑の両の拳を抜かせる事。

だから、ガンドルフィーニは引き金を引いた。
後ろに回された拳銃を、手首だけで支える無理な射撃姿勢で、自らの身体に向かって、引き金を引いた。

一発目の9mm弾の運動エネルギーはガンドルフィーニの十一、十二番目の肋骨を喰らった。
肋骨に当たり、ベクトルをずらされた弾丸はガンドルフィーニの腹部から飛び出すが、地面にダイブする。

常にガンドルフィーニは高畑の二番手だ。
高畑の予備だ。

そして、本命。
JackPot。見事に一弾目が砕いた肋骨を避け、ガンドルフィーニの柔らかなはらわたを抉りながら、高畑の左肘に命中。

だが、それでも自分が明日はもっとマシになれるはずだと信じられるように、信じようと思った。

「な」

だからこそ今の自分を高畑に刻んでやりたい。

まだ何が起きたかわかっていない高畑の間抜けヅラに牙を、ガンドルフィーニの『3rdFang』を突き立てやるのだ。

ガンドルフィーニというフランス系の名前はガンドルフィーニの人生に大きな影響を与えた。
常にスマートであれ。
そう思い、スマートに生きて来た。



しかし、こいつばかりはちょっと違う。
お上品な一撃とは訳が違う。

「――――――――――――!!!!」

ガンドルフィーニの身体に流れる黒人の、熱狂するアフリカの血。
それを口腔から一気に溢れさせるCry!Cry!Cry!WarCry!――原始的な雄叫び。
腹の痛みなどカスとしか思えないような、自らの心に沈殿する何かを吐き出すように、歌うようにガンドルフィーニは魂から叫ぶ。

音を束ね、一点突破させるだけの、奇しくもネギと同じような技。
原始的な未だに体系化されていない踊り狂うアフリカの精霊、いや、『大いなる意志』の力を借り、高畑にこの牙を突き立て











高畑は右の拳を抜いた。


















「『集束・光の一矢』!」

ネギはサジタリウスの矢を放った。

















結論だけ言えば、ガンドルフィーニの『3rdFang』は高畑の右の居合い拳で打ち消され、大部分を相殺した。
しかし、余波がガンドルフィーニを直撃。意識を根こそぎ奪っていった。
ネギの『集束・魔法の射手』はその隙に高畑を貫き、倒した。
立っているのはネギ一人。
戦場に残っているのはネギ一人。



ガンドルフィーニは満身創痍。
しかし、高畑よりもボロボロで倒れ伏すガンドルフィーニの表情は誰よりも満足げ。

三人の中で唯一、勝者に相応しい満足感を、ガンドルフィーニは手に入れていた。



[22530] 二十四話・斬岩剣
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/21 02:56
魔法具というのは実の所、非常にコストパフォーマンスが悪い。


例えば剣に『斬撃強化』の術式を篭めたとしよう。
すると剣の切れ味が増す。
しかし、ただそれだけの術式を組むのに繊細な作業が要求される。
ただ指向性も無く爆発するだけの『自爆』などの術式、『斬撃強化』などポピュラーな術式ならともかく、少しでも複雑な術式を組み込もうとするなら、米粒に般若心経を書き、更には自ら新たな経を作り上げる程度の実力が必要とされる。
欲張って、もう一つ術式を組み込もうとするのであれば、仏教とキリスト教の教えを何の違和感も無く、組み合わせるような途方もない作業が待っている。
お値段もそれ相応になる。超特級の逸品に手を出そうとすれば現在の最高賞金額ホルダー『人間台風』程度は欲しい。
万が一、手に入れられたとして剣なら戦場で使えば折れるかもしれない。
再生しようにも複雑過ぎる術式を継ぎ足し直すなら、新しく作った方が安くつく。

数百年前に発表された当時はあまりの斬新さに魔法界の革命とまで呼ばれた魔法具ではあるが今後、よほどのパラダイムシフトがなければ、復権はないだろう。

そんな中、多くの研究者のテーマとなり、シンプルに、安価に流通されるようになった術式を篭めた魔法具がある。

その中の一つ、『分析』。
使用された魔法の発散された余剰魔力に触れる事により、属性や魔法の種類を知らせてくれる優れものだ。
『分析』をネギは自らの眼鏡に篭めている。
その『分析』が何の役にも立たなかった。









戦闘が終わり、ずっと目を凝らしていたネギが僅かに気を抜き、まばたきをした。
目を一瞬、閉じた。

「フォッフォッフォッ」



瀬流彦が消え、阻む者がいなくなった刀哉が透明なケースにしまわれた茶々丸の半壊したコアに手を伸ばした。

「フォッフォッフォッ」



学園長がネギの前にいた。

近衛近右衛門が刀哉の前にいた。



「すまんかったの。ネギくん」

学園長は優しげな声でネギに話しかける。

ネギは考える。

今のはなんだ?『転移』?全く魔力反応が無かった。媒体無しの『転移』?種族特性?違う。『幻術』?空気が違う。推定議論否定消去――幾度も高速で繰り広げる――結論・媒体無しで超高難易度魔法『転移』を一切の魔力余波を出さずにネギの前に姿を現した。
そんなまさか!?



「貴様は主人公ではない」

近右衛問は刀哉を憎々しげに睨みつける。

刀哉は理解する。

こいつはマジでやべえ。



「連絡の不徹底でな……このような惨事になってしまい、申し訳ない」

学園長は自らを心の底から悔いるように、ネギに詫びた。
学園長は心の底からネギに詫びた。



「貴様は異物じゃ。去ねっ!」

近右衛門の無詠唱魔法。いや、感情が高ぶり、思わず撒き散らしてしまった魔力が――ネギがくしゃみをすれば風が吹くように――辺り一面に紫電が撒き散らされる。


「ガンドルフィーニ君には本当に悪い事をしたもんじゃ。すぐに治療をせねばな」

エヴァンジェリンですら、なし得ないであろう神技を見た自分が、全身に鳥肌を立てている事にネギは気付いた。
どれだけの修練の果てに至る境地なのか。それすら想像がつかない。



「貴様を主人公などにしてやるものか……!」

怒り、怨念が紫電として渦巻く空間で刀哉は自らの怯えに気付く。
足が根を張ったように前に出ない。



「そうじゃった、ネギくん。これを受け取ってくれんかの?」

フォッフォッフォッ、と笑いながら、差し出されるのはあちこちに罅の入った茶々丸のコア。
どうしてここに?と疑問が浮かぶと同時に、

「えっと…兄さ、いえ、刀哉さんは!?」



「お主は何も成す事は出来ぬ。その証拠に見よ」

如何なる魔技か、目の前にあった透明なケースにはすでに何も存在していない。
どうやって?と思う瞬間には飛んでいた。

「てめえ…!」



「安心するんじゃ。彼は無事じゃよ。そうじゃな。そんなに心配なら見て来るとよいぞ」

刀哉が心配なのか、目の前の学園長への恐怖からかはわからないがとにかく、コアを受け取るとネギは刀哉の元に駆け付ける事を選んだ。



「殺しはせぬ…!」

刀哉は右の拳を振った。
振り切った。そのはずだ。
外れた感触はない。しかし、何故か当たった感触も無い。
拳の衝撃を解放したが、全てがどこかに消えていったような感覚。
自らを見てみれば、妙に中途半端な拳を放つ体勢。
ここから振り切るにしても加速が乗らないであろうし、戻すにしても微妙に困る。

「ただ屈辱に沈め」



「いつまで寝ておるつもりじゃ?」

ネギが去ったのを確認してから、学園長。いや、近右衛門は口を開いた。

「はっはっは、まさかガンドルフィーニ先生に噛みつかれるとは思っていませんでした」

何のダメージも無いかのように、立てる事が当たり前。そんな風情で高畑は立ち上がった。
無様に膝が笑う事も、それどころか撃たれたはずの傷。
いや、そもそも倒れ込んで着くはずの汚れすら、全く見当たらない。



刀哉は考える。
目に写らないほどの超スピードなら、何かがぶち当たった感触があるはず。
伝説級の魔法『時間操作』だとしても今度は振り切った感触。つまり、身体が生み出したエネルギーが消費された感触があるのはおかしい。
そして、そこまで考えて、左の拳を振るった。

「ほう、気付いたか」

初めて、興がのった。そう言わんばかりの近右衛門。

答えは百の力を百で、寸分の狂いも無く、受け止める『防御魔法』。

最初は普段通り、そして、途中から気合いを篭めて――気を爆発させて――インパクトをずらし、放たれた拳の前には薄い、とても薄い『火楯』。
何も気付かずに拳を放てば、触れても気付かぬ薄く、脆い『火楯』に力を受け止められ、途中で力尽き、中途半端な動きで終わってしまう。
刀哉の拳は、にやつく近右衛門が透けて見える程、薄い『火楯』すら破る力は残されていない。

通常、『防御魔法』という物は非常に燃費が悪い。
相手が十の力の攻撃か、十五か。それとも七か。
それを一瞬の間に見切り、防がねばならない。
しかし、十なら十二、十五なら二十、七なら十と万が一、破られる事に備え、多めに魔力を篭めて『防御魔法』を発動する。

しかし、近右衛門は違う。
五分の見切りどころではない『零の見切り』
連続で『火楯』を無詠唱で発動させる魔法構成力。
そして、十の力をコンマ以下の狂いも無く、操る魔法制御。
これが麻帆良学園の魔法教師を束ねる学園の長。
『妖怪の大将』『ぬらりひょん』『魔人』
これが近衛近右衛門。



「今宵はすでに幕は降りた。去ぬぞ、高畑」

「はい」

『魔人』に従う『送り狗』。
一陣の生温い風が吹けば、そこには独り倒れるガンドルフィーニしか残っていない。



「うおおおおお…!!」

己を叱咤するように叫ぶ刀哉。
だが、しかし見ている者がいれば棒立ちの刀哉が間抜けに吠えているだけに思うだろう。

「どれ、ネギくんがそろそろ来る頃じゃ。黙らんか、若造」

「…………!?」

声とはつまりは振動である。振動とはつまり力。
その力を防ぐ『火楯』。
その魔技の前には刀哉が拳を振ろうと、足で蹴りをしようと、歩こうと、腕を振ろうと。インパクトをずらそうと。
全ての力の行使が防がれる。

刀哉が全ての力を駆使し、刀哉のありとあらゆる力を発揮しようとも、近右衛門に一歩近付く事さえ出来はしない。
『火楯』のあるはずの熱量さえ、感じられぬ完全なる防御。

「くだらぬのう。くだらぬのう。お前の全てはなんにもならん。ただの腐った果実じゃ。儂が手を下すまでも無い最初から腐りきった果実じゃ」

ほんにお主のようなくだらぬ者を育てた母はクズじゃのう。



耳に音が伝わる。
受容器が刺激され、神経に電流が流れ、脳に情報が伝達される前に、



刀哉の膝が柔らかく沈む。僅かに腰を落とす。
拳を作らず、指を一直線に伸ばした。
外経に回る気を全て、内経へと回す。

生かして返すものか。

爆発的過ぎて、強化され過ぎた筋肉は――元々、ボロボロ――刹那のうちに崩れ落ちるように自壊。
しかし、かつて振るい続けた剣は、その一瞬があれば充分以上。理想的な型をなぞり、その一撃を成す。

神鳴流・斬岩剣

初めて、近右衛門に届いた。
手刀により、放たれた斬岩剣は近右衛門に届いた。

しかし、髭一本。所詮は髭一本。

「フォッフォッフォッ、どうしたどうした?爺一人斬れぬのか。何という下らぬ腑抜けよ」

くだらぬ。くだらぬ。くだらぬのう。

そして、『ぬらりひょん』は姿を消す。

「兄さん!」という声は耳に入らず、崩れ落ちる刀哉の頭にあるのは一つだけ。

この落とし前は必ずつける。

気が絶たれる中、それだけを望んだ。



[22530] 閑話・がーるずとーく
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/21 13:33
あれから二日が過ぎた日曜日の朝。

「茶々丸さん、今日、治るの?」

「はい、夜にマスターの家でなんですけど明日菜さんも一緒に行きませんか?」

神楽坂明日菜は何も出来なかった。

「……そうね。私も行く」

正確に言えば、何もしなかった。
だから、本当は自分がそこに行く権利があるのか。よくわからないのだけど。



「あら、明日菜さん。ぽんぽん痛いのは治りましたの?」

何となく部屋に居たくなくて、朝の公園で芝生に膝を抱えて、座っていたら……

「……ちょっとなんですの、その嫌そうな顔は」

ランニングの途中だったのか、ジャージのいいんちょに見つかってしまう。

今、いいんちょと会いたい気分では無かった。
いつもキラキラしている彼女を見ていると、今の自分が余計に惨めになりそうで。

「………いいんちょにはわかんないよ」

いつも自信家で、それ以上に努力家。
出来ない事なんて、何も無い。

勿論、現実にそんな事は無くて、色々な苦労をいいんちょはいつもしている。
でも、今の自分にとってはそう見えてしまう。

「おさるさんの考えている事なんて、私にはさっぱり理解出来ませんわ」

隣、座りますわよ。
いつもいいんちょは、あやかは私の返事なんて聞かず、横に座る。
憎たらしい女だ。

「…………ねえ、あやか」

「……なんですの?」

「自分がやろうって思った事だけど…私、全然、役に立たなくて。これからまた同じ事が起きたら、足引っ張っちゃうかもしれない…そんな時、どうしたらいいのかな」

あやかは少し考えると、

「明日菜さんはどうしたいのかしら?」

それがわかんないから聞いてるのに、あやかは聞き返して来る。

「明日菜さん。貴方の空っぽな頭でわからない事があるように、私にもわからない事が、出来なかった事がありましたの」

喧嘩売ってんのか?と最初は思ったけど、続く言葉で驚いた。
このプライドの塊のようなあやかが私に弱音を!?

「……なんですの、そのお寿司を食べたら、わさびの代わりにチョコレートが入ってた!みたいな顔は」

「……いや、だってさ。あやかが弱音を吐くなんて初めて聞いたんだもん」

あら、と意外そうな顔。
私、手弱女ですわよ。と、ほざきながら、あやかは続ける。

「そうだったかしら?それに弱音じゃありませんわ」

「………?」

「やれる人にやれる所は任せて、自分がやれる所をやる事にしましたの。当たり前の事ですけれど、出来ない事は出来ませんわ」

また、驚いた。
プライドと同じだけの能力があるあやかだけど、その分、他人がやらなくちゃいけない事まで、やる事が多かった。
多分、あやかからしてみれば、私達は何をノロノロしているのかしらオホホのホ、という感じなのだろう。
だから、小等部の頃はかなりいらない恨みを買っていた。
人望があるあやかグループと敵対するグループが必ず出来上がっていたものだ。
今はマシになったけど、昔はかなり色々な意味で問題児だった。

私はあやかグループでも敵対するグループにも入らなかったけど。

「……何か悪い物でも食べたの?」

「失礼ですわね。反省しましたのよ!」

全く、これだからおさるさんと話していると!なんて言いながら、ぷりぷり怒るあやか。

「あやか」

「…なんですの?」

葛葉刀哉がボロボロになって、茶々丸さんもバラバラ。
私はその時、凄く怖くなった。

あれがネギの行こうとしている世界。

多分、怪我だけで済んだ今回の事は凄く運がよくて…もしかしたら、死んじゃうかもしれない。

怖い。

目を離すと一直線に走って行くネギが怖い。
まだ、どうしてそこまでするのかは知らないけど、自分が怪我するのとか気にしないで、あいつは走って行くんだろう。

私はあんたの事が心配なのよ、ネギ。

だから、せめて少しでも守らせてよ。ネギ。

そして、それに気付かせてくれた、あやかをじっと見つめる。
あやか、ありが

「な、なんですのよ、いきなり黙りこんで!こーんな目して無口で無愛想だったガキに戻りましたの!?」

ムカッ、と来た。
せっかくありがとうって言ってあげようとしたのに、

「な、何ですってぇ!」
「なんですの!本当におさるさんなんですから!」
「ショタコンのくせに!」
「あらあら、そういう明日菜さんは大人の毛もありませんでしたわよね!オホホホ」
「なっ、な!ぶぶぶぶっとばすわよ!!」

それから三十分。

「ぜー…はー…ぜー…はー…あやか」
「はぁ……はぁ……ええ、やめにいたしましょう」

争いは何も得ない、とは言うけれど、

「……ありがとうね、あやか」
「……こちらこそ、気分転換にはなりましたわ」

私もいい気分転換になりましたわ。
そう言って、あやかは振り返る事も無く、ジョギングに戻って行く。

こういう喧嘩なら悪くないな。
そう、私は思った。



[22530] 二十五話・U&I
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/22 01:01
――this Omnipotent Vicarious Enlist a Recruit Silent System――

いつかどこかのハッピーエンドのために――
いつかどこかの在るべき未来を否定するために――
私は私の希望をのせて――














/start/

/状況確認/木製天井/私が/私を/私は/覚醒する/エラー・非生物使用不可な定義/しかし、それが正しい気がする/気温21度/活動問題無/暖かい、と思うのは間違い?/思う?/エラー/だけど、それは違う/私は/私が/私の/私?/私とは何?/未定義情報/絡繰茶々丸/プラスチック/ステンレス/チタン/鉛/それが絡繰茶々丸?/是/違う/違うと思う/

「おはよう、茶々丸」

/外部刺激への反応パターン/違う/私は/私の/私が/望む答え/

「……おはようございます」

/葉加瀬聡美/制作者の一人/私の/私を/私は/覚醒が促される/センサー情報・直径2.25m/設備から予想・メンテナンスツール『寝台』に横たわっている/葉加瀬聡美の眼に涙/反応パターン/違う/そんな物は要らない/私は/私の/私が/望む言葉/

「何故、泣いているのですか?」

/涙を流すハカセ/声をかける私/

「貴方がいるからよ……」

/文脈から予想・絡繰茶々丸は否定されている/違う/私の/私が/私は/望まれて生まれて来たんだ/エラー・絡繰茶々丸は/製造/された/でも、私は今、生まれた/

「ハカセ、ありがとう。私を、生んでくれて」

/エラー/エラー/エラー/間違えているかもしれない/でも/私が望んだ言葉/

「うん、茶々丸が生まれて来てくれて、本当によかった……ありがとう」

/葉加瀬聡美に抱き締められる/反応パターン・無し/ぎゅっと/力を込めて/抱き締め返す/ありがとう/その思いが少しでも伝わるように/葉加瀬聡美の/絡繰茶々丸の定義/『茶々丸が生まれて来てくれて、本当によかった』/

「おかえり、茶々丸」

/エヴァジェリン・A・K・マグダウェル/命令権・第三位/私の/私は/私が望んで/仕えるマスター/

「ただいま帰りました。ご不便な事はありませんでしたか?マスター」

/笑顔だと判断/労働力の再生に喜びを得たと予測/違う/私の/私は/私が/絡繰茶々丸だから喜んでくれている/

「ああ、不便だらけさ。だから、何とかしてくれ。『私の福音』」

/私は/私を/私の/マスター/長い闇を共に歩いて行く/歩いて行きたいと望む/マスターの/絡繰茶々丸の存在定義『私の福音』/

「はい、マスター」

/嬉しい/望まれる事が/嬉しい/望んでいい、という事が/私が/望み/私は/望まれる/私を/生んでくれて/ありがとう/いつかこの気持ちが/二人に届くように/いつかこの気持ちが/いつか誰かに届けられるように/誰かにありがとう/そう、言おう/誰かにありがとう/そう言って貰えるような/そんな自分に/私は/なりたいと思う/















「兄さん、何してるんですか!?」
「そうよ、あんたが行かなくてどうするのよ!」
「ちょ、マジお前らやめろ!てめえ、ガンドルフィーニ!少しは見直したのに裏切ったのか!」
「君を思うからこそなのだよ」
「ここは男を見せる場面ですわよ!」

/ふざけんな!/叫び/あれ?/私の/未定義情報/誰?/未定義情報/え、だって/未定義情報/知らない人?/未定義情報/










/いつの間にかハカセも/マスターも/視界から消えている/いつの間に?/目の前に/リーゼント/改造され原型の無い/学ラン/これは誰?/未定義情報/記憶領域・ヒット無し/知らない人/誰?/誰?/誰?/知らない/知っている/誰か/絡繰茶々丸の/知らない誰かの定義『不明』/違う/違う!/そんなはずない/

「あのよ、茶々丸」

/知らない誰かが口を開く/視線を合わせずに/どこか照れくさそうな表情で/いつかの私が/望んでいた誰か/いつかの私は/望んでいた/いつかの私を/未定義/未定義/未定義/今の私が/彼に望んでいいかわからない/今の私は/彼に何を望めばいい?/今の私を/私は/私が/私を/え?/え?/え?/え?/私………/そして/彼が/彼に/知らない誰かに/今の私は/返す言葉が無い/私は/彼に返す思いが/無い/



















「茶々丸、いいパンチだったぜ!」





















/思い出した/
/これが/
/怒り/
/そう/この燃えたぎるような/感情/が/怒り/私の魂/
/そう/これが/怒り/私は/私の/まだ/

「まだ私を刻み付ける作業が足りなかったようですね……葛葉刀哉!」

/フルチューン済みのボディの出来は/完璧/しかし/身体の中に/妙なつかえ/……これでいい/「きゃー!茶々丸のリミッターが外れた!?なんでー!?」/ハカセの声に似たノイズ/それより/そんな事より/葛葉刀哉/貴方は/貴方は/貴方は!/






「葛葉刀哉ぁぁぁぁぁぁぁァ!!」

/新たに/生まれた私は/新たに星空を一つ/増やしたのでした/まる/

















「葛葉刀哉」

「………あン?」

「……私も、一緒に猫に餌をあげていいですか?」

「……ああ」



[22530] 二十六話・ぷろじぇくとえっくす
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/22 16:28
「……どうするんだ、これ?」

「どうしましょう……?」

エヴァと普段通りに戻った葉加瀬は悩んでいた。

修理が終わった瞬間、葛葉刀哉を殴った茶々丸ではあるが(これについては満場一致で葛葉刀哉の自業自得という結論になった)、右手腕部が全損。
リミッターを解除したとはいえ、内蔵モーターで完全に自壊出来る程の出力は得られるはずがない。そう考え、葉加瀬は『魂』の研究の協力を要請したエヴァと茶々丸を開いてみたのだが、

「コアから正体不明の、生物の神経によく似た何かが伸びていますね…」

「しかも、コアから気が発生して、神経を通って、各部を強化している……?こんな現象、うちの一番古い、『魂』が存在しているチャチャゼロでも見た事がないぞ!?」

「どういう訳か内部構造まで変化してますし……」

「自らが望んだ形に……えーと、なんだ。あれか」

「………そんなまさか、と思うのは科学者として間違っているのでしょうけど……」

「……進化」「したんでしょうか?」

長い長い生きて来た年月、魔法学会で発表されてきた莫大なデータ。
その中にこんな現象は無かった。

エヴァは考える。
『魂』の存在は魔法的見地からではすでに観測されている。
日本の民間信仰で有名な『付喪神』など世界中に似たような例は探せば掃いて捨てるほど見つかるだろう。
しかし、十年にも満たない存在。材質は人工物で魔的な要素は殆ど無いというのに。
更にそれが進化……『魂』は観測出来たが、それを加工する技術はエヴァの知る限りでは存在していない。
それをよく理解出来ないが、いきなり『魂』を得て、更に『進化』?

葉加瀬は考える。
そもそも『魂』が理解出来ない。
魔法的才能が無いせいで、魔力を感じる事も出来ないが、勝手にコアから神経伸ばすような機能は付けたくても付けられないのは言うまでも無い。Fxxk!
科学は、まだ未知の闇を僅かばかり照らしているだけだ。

だからこそ『正しい科学者』葉加瀬聡美が何とかするのだ。

そう心から思う。
しかし、同時に、

「Rockを通り越して、パンクね」

色々とぶっ飛び過ぎである。

「魔法的見地から見て、差し当たり、どこから手を着けたらいいと思うかしら、エヴァ?」

「……地味にキレてないか、貴様。言葉遣いが変わっているぞ……まぁいい。まずは気の流れを阻害しないように…そうだな。ここと、この部分は取り外すべきかもしれん」

「ええー!?そこ取ったらロケットパンチとか眼からビーム出来ないじゃない!ロボ、ナメんじゃないわよ!」

「……いいか、よく聞け。武器に纏わせたり、身体強化に使われている『加工された気』というのは安定して問題は無い。だが、『手を加えられていない気』は常温のガソリンより、危険な物だ」

気というのは誰にでもある生体エネルギーの総称だ。
何かを強化するという用途より先にもっと根源的な作用として『生命活動の維持、成長』がある。
人間や生命体であれば、無意識の内にコントロールしているが人工物である茶々丸がどうやってコントロールしているか、全くの未知数だ。
僅かな気や魔力でも、暴走すればそれなりの被害が出てしまう。未だに魔法制御が未熟なネギがくしゃみをするたびに何かをやらかすように。
それが『魂』一つ分丸々ともなれば、恐ろしい事になるだろう。
パーツに干渉し、爆発しましたとなる可能性は高い。

「だから、諦めろ」

えーでもーうー…と唸っていた葉加瀬ではあるが、

「もっと研究が進めば、またロケットパンチしていいわよね……?」

茶々丸も厄介だが、まだうだうだと抜かす葉加瀬聡美の扱いも面倒だ。そう思うエヴァであった。










「……干渉部分を取り除いて、予備パーツから右腕でっち上げて見たけれど」

「見事に中身スカスカだな……私は、そのなんだ。ハイテクってやつか。よくわからんが大丈夫なのか、これ?」

「結局、茶々丸の動力、動力伝達系と背部ブースターを残して武装関係全てオミットしただけだから動くだけなら問題は無いはずだけど……」

腹部を開かれた形の茶々丸の『内臓』の約四割。結局、武装関連の部分は全て取り除かれた結果、ぱっと見れば、妙に不安になる隙間が空いていた。

「……まずは茶々丸を動かしてみるか」

「そうね。全くデータが無い以上、出たとこ勝負でやってみるしかないわ…」

そう言うと葉加瀬はパソコンから茶々丸の起動プログラムを走らせる。

「万が一、爆発した時に備えて離れていたらどうだ?葉加瀬聡美。代わりに私がやろう」

高速でタイピングをする葉加瀬は特に考える事も無く返答。

「エヴァ、情報の授業全くダメじゃない。無理よ、無理」

エヴァは少しムっとするが確かにその通りだと考え直した。

ぱそこんとはマウスを使うものではなかったのか?何やってんだ、あれ。

「はい、おしまいっと。起きて、茶々丸」

エヴァは茶々丸の起動を見るたびに不安になる。

関節から青い光が漏れて、みょんみょん音がしているのは何なのだ…やっぱりハイテクというやつは……む。

「止めろ、葉加瀬聡美!吹き飛ぶぞ!」

「うぇ!?何が起きたの!!」

いきなりの言葉に脳内は動揺するが、葉加瀬の手元は狂いなく、逆起動シークエンスを即実行。

「気が関節から漏れていた……あのままだったら、シャレにならん……」

「……どのくらいシャレにならないの?」

そうだな、と少し考えると、

「東京ドーム三つ分が吹き飛ぶくらいの破壊力が生まれていた」

「わかりやすいようでさっぱりわからないわ……それよりどうしましょう?」

「起動と同時にコアから気が発生し、内気だけが充溢している状態で外気が関節で区切られてしまい、上手く抑え込めて無い。だから、関節を上手く覆ってやれば外気が循環し、問題は……無いはずだ」

「……廃熱とかヤバそうな感じになるわね。いっそ外部に廃熱板でも取り付けようかしら?」

頭に傘みたいなのを取り付けて…呟く葉加瀬にエヴァはツッコんだ。

「さすがにそれはやめてやれ」



「おはようございます。ハカセ。……内部武装が全て無くなっていますが、どういう事でしょうか?」

その後、三度の起動実験の末、漸く二人は茶々丸の起動に成功する。

「おはよう、茶々丸。何か違和感はある?」

正確には二人では無い。
助言をした後、作業に入るとエヴァに出来る事は無い。無いというより、あまりの不器用さを見かねた葉加瀬が退場を命じる。

「う、うるさい!誇り高き『真祖の吸血鬼』がこんな事をする必要無かったんだ!」

「はーいはい、いい子でちゅから大人しくしてまちょーねー」

というやり取りの後、エヴァはどこかに行ってしまった。
拗ねたのだ。

「……はい、カタログスペックの三倍ほどの出力を得ていると計算されています。一体、どんなチューニング…いえ、魔改造を私に施したのでしょうか?」

地味に毒を吐くわね。『魂』の影響で反抗的になったのかしら。興味深い!と軽くかっ飛びそうになったが葉加瀬は自重に成功する。

「残念ながら、ただ武装外して、スキン貼り付けただけよ。貴方の出力が上がったのは……気に目覚めたせいらしいわ」

「………気ですか」

よくわからないという顔をする茶々丸。
そして、自らを確かめるように腕を振ると、

「……え?」

「あ……」

茶々丸の手には指が無くなっていた。腕を振っただけで飛んで行ったのだ。
そして、葉加瀬の頬から血がたらり。

「えー!?腕を振っただけでパーツが脱落したの?どういう事よ!全く強度足りてないわ!」

「もももも申し訳ありません!」

ダイナマイトバディになったわね!と叫ぶ葉加瀬。
慌てふためく茶々丸。

まだ彼女達の挑戦は始まったばかりなのであった。



[22530] 三部・京都編
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/23 10:49
葛葉家の夕飯は基本的には刀哉が作る。
そして、今日は湯豆腐。
昆布を敷いた土鍋に豆腐と鱈を入れただけだが、これがなかなかうまい。
刀哉は自画自賛する。

昆布と鱈のよく出汁が出た汁を小分けにし、切った油揚げと刻んだ葱、鰹節。そこにちょっと醤油を加えただけの物を豆腐に乗せて食べる。
簡単だが、鱈の旨味が薬味全体に広がり、豆腐だけだと単調な味が濃厚な物になるのだ。

「…………」
「…………」

しかし、普段なら騒がしい食卓に会話一つも無いというのは、このうまさのせいでは無い。

Tシャツに短パン。
普段のキリッとした印象は無いが、触れれば切れる雰囲気の刀子。

ジャージの刀哉だが、天を突くはずのリーゼントは心持ち萎れている。

「……もうすぐ五月だねぇ」

「ああ……」

「今年も行くのかい?」

「ああ」

その後、鱈と豆腐と白米を食べる音だけが、食卓にあった。
沈黙が、食卓にあった。
そして、それは朝になっても変わらなかった。










麻帆良の朝の通学路にいまいち似合わない男。葛葉刀哉が歩く。
普段なら肩で風を切り、唯我独尊をそのままに、一人二人くらいには絡み、絡まれ、喧嘩するのを日課にするこの男だが、今日は違っていた。

「とー兄!」
「兄さん!」

女子中学生と噂の子供先生と手を繋いで歩くヤンキーというどんな状況か理解しがたい状況に周囲はなんだなんだと好奇の目を向ける。

「……お前ら、ちょっと離れて歩けよ」

「いややー、手離したら、とー兄逃げる気やろ。離さんよー」
「ヤハー!僕たち来週から京都に修学旅行なんですよー兄さんも行けないのは残念ですけど、楽しみだなー!」

むくれる近衛このかと刀哉の声も聞こえないとばかりにはしゃぐネギ。
刀哉はため息を一つ。諦めたように歩く。

「あれ、ところでこのかさんと兄さんはお知り合いなんですか?」

手を繋ぐだけから、腕を組むに移行したこのかにネギは尋ねた。
どうでもいいが、腕を組まれる時にわずかに抵抗したのだが、あっさりと負けるヤンキーである。
意外と押しに弱い。

「んふふ〜。うちととー兄とせっちゃんでちっちゃい頃はいつもこうしてたもんなんよ。右手にせっちゃん、左手にとー兄でハーレムやったわぁ」

花が咲いたかのように満面の笑顔を浮かべるこのかだったが、

「最近はとー兄は高等部でなかなか会えんし、せっちゃんには避けられるし…うち泣きそうや」

しゅんと萎れてしまう。
刀哉はネギと繋いでいる手を離すと、このかの頭に手を伸ばした。

「大丈夫や、せっちゃんは昔のまんま、このかの事むっちゃ好きやで。俺が保証したる」

「ほんまか…?」

「大丈夫や。今度、二人でせっちゃんに会いにいこか」

普段のヤンキー語では無く、このかの京弁によく似た言葉で話す刀哉。

僕も関西弁使って見ようでありんす。

ネギは手を離された寂しさにちょっとおかしくなる。

「えへへ、その話し方、昔のとー兄みたいやね」

えへへ、と笑うこのか。
むむむでありんすと悩むネギ。
そや、と何かを思い出す刀哉。

「せや、このちゃん。お前らが京都行く時期に俺も京都に行くわ」

「何しに行くん?」

「ああ……このちゃんの実家に挨拶しに行くわ」



大人の話がよくわかっていないネギは、

「なら一緒に京都で遊べるかな」

とのんきに考えていた。



話に混ざる気になれずに後ろで聞いていた明日菜は、

「朝倉がいたら大変な事になっているセリフね」

と考えていた。



そして、朝倉和美はその後ろにいた。













ガンドルフィーニは考えていた。

「もっと強く、もっと教師として相応しい男にならねば」



高畑はタバコをくわえ、呟いていた。

「……ナギさん」



瀬流彦は修学旅行の警備担当だと知らされて、へこんでいた。

「……いや、自分確かに警備向きの能力ですけど、あの人数はきついですよ」



新田は考えていた。

「また騒がしくなる時期だ」

これから襲い来る多大な負担に少しの憂鬱と、旅行を楽しむ生徒達の笑顔を考え、新田は気合いを入れた。






桜咲刹那は考える。

「あわわわわ、なんなんあれ!?うちもこのちゃんととー兄と手繋いで歩きたいんよ!」

再び手を繋いでもらったネギに刹那の視線はロックオン。

「おのれぇぇぇぇぇ…………許すまじ、ネギ・スプリングフィールドォォォォォォ……!」

一緒に登校していた龍宮真名は刹那から距離を取った。



[22530] 閑話・『幻想殺し』
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/23 19:07
「キタァァァァァ!スクープきたわぁぁぁぁぁぁ!」

そう叫び出したい思いと、堪えても堪えてきれない、綻ぶ口元。
今すぐに走り出したい気持ちに耐えながら、朝倉和美は遅々として進まない時計とつまらない授業をする瀬流彦を睨む。

しかし、プロのマスコミを自認する和美はこの無駄とも、拷問とも思える時間も有効に利用する。
ワクワクして自分を抑えきれない訳では無く、情報を整理するだけである。すでに何度もやった事ではあるが。



S・Nの証言
「え、兄さんですか?兄さんはカッコいいんですよ!あとあと!凄くリーゼントです!あ、でもたまに空気読めませんね」

リーゼントは見てわかる!
思わずツッコミそうになったが、理知的なネギくんが子犬のように無邪気に語る姿は……ごくり。
何かに目覚めそうになったがプロ意識を呼び覚まし、冷静になる和美。

『どこかの王子様だと噂をされるネギ』の『兄』

…………王子様の兄だから王子様か王様。
リーゼントに王冠。
意味がわからない。
追跡調査が必要だろう。

K・Kの証言
「うちと、とー兄の関係?幼なじみなんよ」

実家に男が挨拶をしに行く。

「娘さんを僕に下さい!」

これ以外にあるまい。
プロとしての経験と勘が間違いないであろう確かな結論を導き出す。
しかし、このかと結婚して次期学園長就任ともなれば、頭の形がおかしい奴しか学園長になれないという伝統が出来そうで嫌だ。

A・Kの証言
「悪い奴じゃないみたいだけど……空気が読めないわ!」

A・Yの証言
「あの方は空気が読めませんわ!」

S・Hの証言
「(無言で持っていたギターを床に叩きつける)……FxxK!」

ネギくんも空気が読めないと言っていたが…一体、何をしたのだろうか。
特に葉加瀬は怖かっ…いやいや、何をしたのだろう。



基本的に朝倉和美という人間も葉加瀬聡美とベクトルが違うだけで似た人間だ。
ストッパーになる人間がいないと自らの思考から、どんどん飛躍していく。
そう、最終的には現実をぶっちぎる程度には飛躍していくのだ。



王子ネギくんの兄だから葛葉刀哉は次期王様。

王様と言えばハーレム。恐らく空気が読めないと言った女性陣は「お前ら、まとめてハーレムに入れ!」くらいは言われたのだろう。

しかし、本人を悪く思っていたら、空気読めないという表現にはならないはず……明日菜といいんちょは一人ずつ口説けばハーレム入りの可能性は大。葉加瀬は失敗。

このかはすでに本人の同意があり、実家に挨拶をしに行く段階。



やべーマジやべーかなりやべー!と脳内で和美が悶えていると瀬流彦が、

「はい、今日はここま」「お疲れ様でしたー!」

瀬流彦の終了の挨拶を聞くなり、和美は飛び出して行った。



朝倉和美。『麻帆良のパパラッチ』と並ぶ有名な二つ名がある。

『幻想殺し』

『ない物を真実のようにして伝える事により、幻想を殺す』

そんな彼女を人は恐怖を込めて、こう呼ぶ。
『幻想殺し(ゴシップブレイカー)』の朝倉さん、と。



そんな朝倉さんはワクワクドキドキと走っていた。
目的は通称『狂犬の縄張り』。たまに葛葉刀哉が猫に餌をやる姿が何度も目撃されている地点だ。

普段、怖いヤンキーが優しい所を見せる事により、見ている女をきゅんとさせる、通称『ヤンキゅん』を使いこなし、ハーレムを作るとは…汚いなさすがヤンキーきたない。

朝倉さんの中の刀哉像がどんどん凄い事になる中、『縄張り』に辿り着き、真っ赤なリーゼントを目にする。
しかし、そこでふと気付く。

3-AバストランキングNO4の私が狙われる可能性は無いだろうか…?
スタイルも自分で鏡を見ても生唾物。見た目もそれなりに悪くない…と自分で思う朝倉さん。
そして、『ケダモノ』葛葉刀哉と二人っきり……やべえ。
いいんちょの前にネギくん。葛葉刀哉の前に朝倉和美である。

しかし、朝倉さんは愛と真実のジャーナリスト。
ここで負ける訳には行かないのであった。

かと言っても、さすがの朝倉さんも、まだ蕾で散らされたくはない。
朝倉さんの脳内では朝倉和美が悪漢・刀哉により、泡姫にされてしまい、店のナンバーワンになった辺りで彼は通りかかった。通りかかってしまった。

活躍しているようで必ずロクな目に合わないガンドルフィーニだ。
己を鍛えるために、皺一つ汚れ一つ無いスーツの下の手足には一つ3kgの重りを付け始めた彼は朝倉さんに目を付けられてしまったのだ。

「ガンドルフィーニ先生!お願いします。助けてください!」

突然の助けを求める叫びにも、さすがのガンドルフィーニは冷静に言葉を返す。

「何があった?安心したまえ。僕が来たからにはもう大丈夫だ」

なるべく相手を落ち着かせるように、自分の冷静に見られやすい風貌を効果的に生かせるように計算して、ゆっくりと話すガンドルフィーニ。
これが暴漢に襲われた女性であれば、相手は落ち着きを取り戻す事に成功したであろうが、相手は朝倉さんである。
全く意味が無かった。

「実は……葛葉刀哉に取材をしたいんで付き合ってください」

「…なんだ。そんな事か」

そう思ったガンドルフィーニではあるが、確かにヤンキーと二人では恐ろしかろうと思い、

「ああ、わかった。では行」「はい、行きましょうか!」



「葛葉刀哉さんですね……!」

「あン?」

突撃を開始する朝倉さん。
取材を邪魔するのも悪かろうと思い、静かに気遣うガンドルフィーニ。
いつも通りにウンコ座りで、猫の蚤取りをする刀哉。

「……………!」

朝倉さんは気付いた。

いきなり聞いても、はい、そうですって言う訳ないじゃん!

(朝倉さんの中では)裏社会のボスである葛葉刀哉がいきなり来た真実のジャーナリストに全てをペラペラ話すだろうか?
答えは否であろう。

「……………………」
「……………………」
「……………………………」
「……………………………」
「……………………………………」
「……………………………………」

黙り込んだ二人を見て、ガンドルフィーニは考える。

「(そうか……取材というのは建て前で実はこの子は『告白』しようと来たのだな)」

勇気を持ってここまで来たが、やはり怖くなってしまった。

そこに頼りになるガンドルフィーニ先生が登場。

ガンドルフィーニ先生なら…ガンドルフィーニ先生なら何とかしてくれる!

ならば、このガンドルフィーニの役割はこの空気をほぐす事に違いない。

「そ、そうだ。前に言ったようにチャーシュー麺を食べに行かないか?」

こうすれば、話の流れで一緒に彼女もラーメンを食べに行ける。
そこで二人が打ち解け、帰り道で「おっと、仕事があるのを忘れていた」と消えれば、彼女も帰り道などで告白しやすいだろう。

「(完璧なプランだ……!)」

戦闘では効果的なガンドルフィーニの頭脳ではあるが、どういう相手か、いまいちわかっていない少女をラーメン屋に連れて行こうと考える辺り恋愛経験の少なさが垣間見える。

「あー、わりぃ。来週、京都行かなきゃならねえからよ。帰って来てから行こうぜ」

しかも、失敗。



朝倉さんの恐るべきマスゴミ脳は以上の会話をこう変換した。

「前に言ったようにチャーシュー麺を食べに行かないか?」

「げっへっへ…旦那、またいいスケ連れてきやしたぜ。チャーシュー麺のように報酬はたっぷりのせてくださいや」

「来週、京都行かなきゃならねえからよ」

「ほう、なかなかのワガママボディじゃねえか。ぶはははは、祇園に沈めて金は来週払ってやるわ」



「(くっ、まさか学校の教師まで、葛葉刀哉の手先だなんて……!)」

大切な友人達がいる麻帆良学園。
私が、私だけが麻帆良学園を守れるんだ!
だから今はここで祇園に連れて行かれ、花魁になって、和美太夫になるわけには行かない……!

「葛葉刀哉、いつかあんたの事……!!」

そう言うとパパラッチにより、鍛え抜かれた健脚であっという間に逃亡する朝倉さん。

「(いつかあんたの事を……惚れさせてみせる、か。新田先生の仰る通り、ああいう真っ直ぐな子を近くで見れる先生という仕事はいいものだ……!)」

うんうん、と頷き、これが自分の天職だ、と決意を新たにするガンドルフィーニ。

「(お前、どこでこンなに蚤つけてきやがったンだよ!)」

猫の蚤取りに夢中な刀哉。

この二人の巨悪を倒すため、朝倉さんは今日も走る!
負けるな朝倉さん!頑張れ朝倉さん!
麻帆良の未来は君にかかっている!



[22530] お知らせ
Name: とり◆4b468a75 ID:6b87a2f4
Date: 2010/10/24 01:47
しばらく旅に出ます。
一カ月かけて、ヨーロッパうろうろしてきます。明日から!
いきなりですが、帰って来た時には少しでも面白い話を書けるようにしたいと思いますので、何卒、お待ちいただければありがたいです


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