麗らかな春の日差しの中、良牙はひとり、大きなリュックを背負い、ひたすら風林館高校を目指して山道を歩いていた。
彼が風林館高校を目的にする理由、それはもちろん、あかねに会うためである。
愛しいあかねさん、俺はあなたのためだったら命だって投げ出すことが出来る。
だというのに……、あかねさんの隣にはいつも乱馬(宿敵)がいるのだ。
想い人とライバルの仲睦まじい光景を脳裏に浮かべた途端、ふつふつと沸き起こる熱い何かを良牙は覚えた。
Pちゃんとしても、響良牙としても。彼女は何時も自分に優しく接してくれる。どこにも悪いところなんてないというのに……。可愛くないだとか、ずん胴だとか、乱馬はいつもあかねさんに対して失礼なことを言っている。
もちろん怒ったあかねさんが乱馬をぶっ飛ばすのもいつものことである。しかし、彼女の表情が生き生きとしているのはそうやって乱馬と一緒に居る時だ。
自分では引き出すことが出来ない顔を、乱馬は引き出すことができる−−。そう考えた途端、良牙は自分の脚がズシリと重たくなった気がした。
ここ最近、物を持って重さを感じたことはなかった。だが、中身は別である。乱馬とあかねがいちゃつく姿なんて想像しようものなら、良牙の心は海より深い負の重みを感じてしまう。
「くそっ、乱馬め!」
「ひゃあっ、な、わ、わわわ私は寝てませんよ咲夜さん!?」
「?」
女の驚いた声が耳に入り、良牙は声のしたほうへ視線を向けた。右手に何か触れたような気がしたが、多分、はずみで蝿か蚊を叩いたのだろう。
そう片付けながら良牙が見たのは、薄い緑色のチャイナ服を着こなし、同じ色の帽子を被った赤い髪の女だった。
何やら慌てているがちょうど良い、この時間帯ならあかねさんは多分、学校に行っているはずだ。
「おい、ちょっと聞きたいんだが風林館高校へは−−「へ……ああああぁぁぁぁ!」
良牙の掛けた声に気づき、目を合わせた瞬間、女は目を見開いて叫び声をあげた。
プルプルと何やら身体を震わして手を出し、顔を真っ青にさせた女は良牙を指差して告げた。
「へ、へへへ……塀が壊れてるうぅぅ!?」
「塀だと?」
女の言葉に、良牙は周囲を見回す。するとそこには煉瓦造りの紅い塀が辺り一帯にかけて立っていた。だが、何故か良牙の居る場所だけ隔たるものが無かった。
あるのは粉々に砕けた同じ紅い煉瓦の瓦礫だけである。多分、女が示しているのはこれだろう、瞬間的に良牙はそう察した。
そういえばさっき叫んだ時、何かが右手を掠ったのは……。まさか、俺がこれをやったのだろうか?
「な、なんで!? あの、そこの人、白と黒の服を着た奴がここに来ませんでしたか!」
慌てふためきながら、門の辺りに居た女は駆け寄ってそんなことを良牙に尋ねてきた。
しかし、良牙にはこの女が誰のことを言っているかなど解るはずもない。
「いや、そんなものは見ていないぜ」そう答えると、女の顔は更に青くなり、何も隔たるものが無くなった先に建っている紅い洋館を見上げた。
そして、
「す、すいません咲夜さーん!」
そう叫ぶや、あっという間に走り去っていってしまった。
「あっ、おい!」
まだ風林館高校への道を聞き出していないのに、良牙はそこでひとり取り残されてしまう。
このまま中に入って誰かに話を聞きたいところだが、勝手に入るのは失礼な気がする。
それに、塀を壊してしまったのは自分かもしれないのだから、ここはキチンと謝らなくてはいけない。
どうしたものか、そう良牙が悩んでいた時、
「あら−−どうしたのかしらコレは」
塀の向こうから、先程の女とは違う声が良牙の耳に届いた。そちらへ視線を移すと鉄製の門が独特の音を立てて開き、そこから銀髪のメイドが姿を出した。
「ちょっと良いかしら?」良牙に気づいたメイドはそう尋ねながら歩み寄ってくる。だが、その表情は明らかに不機嫌な色をしており、額には青い筋がいくつか浮き出ていた。
「あ、ああ」
「ここに赤い髪の門番が立っていなかったかしら?」
「居たが、あんたとは入れ違いにあの中へ走っていったぜ」
「……まったく」
親指で館を指し示した良牙がそう答えると、メイドは深いため息を着いた。どうやらこうゆうことは日常茶飯事らしい。
やがてメイドは瓦礫の山に目をやって声を漏らした。
「何があったのよ……」
「ああ、これについてだが−−すまん」
言動から察するにこいつはメイドでも偉い立場なのだろう。そう思った時、良牙の行動は早いものだった。
頭を下げ、謝罪してきたこと。その台詞の内容に聞き捨てならなかったメイドは、顔を引き攣らせながら良牙に説明を求めることにした。
「どういうこと? もしかしてあなた中国に決闘でも挑んだのかしら?」
「中国? いや、考え事しながら通り掛かった時、つい壊してしまったんだ。悪いのは俺だ」
「はっ?」
良牙の言葉にメイドは訳が解らないといったふうな声を出し、やがて鋭い視線を良牙へと向けた。
少年の言う通り、これは彼がしたのだろう。見たところなかなかの力は持っているみたいだし。でも、それだけで咲夜が納得するのには材料が不足している……。
「どこの馬の骨が解りませんが……この塀には館の偉大な魔法使いが幾重にも工夫をこらした魔法が掛けてあるわ。それを壊したのが人間であるあなただなんて、信じられると思うのかしら?」
腕を組み、見定めるかのような目でそう尋ねてきたメイドに良牙は頷くしかなかった。
魔法とかどうとか言っているからには、ここの館は普通ではないのだろう。
とりあえず塀を破壊したのが、自分であることを証明するため。良牙はとりあえず足元に落ちていた大きい紅煉瓦を拾い上げ、人差し指を立ててそれを突いた−−。
「こうゆうことだ」
「なっ!?」
一瞬にして、手の中にあった煉瓦は粉砕され、それを眺めていたメイドの顔は驚愕に染まった。
「これはあらゆる物に備わる爆砕のツボを押す土木工事用の技だ。魔法だかマジックだか知らないが、この技の前で壊れないものは無いんだ」
「どうやらそのようね……」
話を信じてくれたのか、良牙から今使用した技についての解説を聞き。メイドはあらためて赤い瓦礫の山を見遣った。
「壊したことに関しては本当に済まないと思っている。俺に出来ることなら何でもするぜ」
改めてそう言うと、メイドは少し間を置いてから向き直り、良牙に告げた。
「なら、使用人としてしばらく働いて貰うわ。それで良いわよね?」
「構わない」
使用人……というからには掃除炊事洗濯をしなくてはいけない、しかし元々自分はひとりっこである。家事ぐらいはひととおり問題なく出来るはず。
どうやら話は丸く収まりそうだ。良牙は心の中で安堵した。
「なら、ついてきなさいな。お嬢様達に会わせるから」
「ああ」
メイドにそう言われ、良牙は彼女に続く形で塀の内側へ足を踏み入れた。厄介なことになったが、やってしまったことは仕方ない。しばらく働いて、ついでにあかねさんへの思いを紛らわそう。
そう考えながら、メイドに従うまま、良牙は広い玄関から館の中へ入っていった。
以前も何度か大きな家に入ったことが良牙にはあったのだが、この屋敷はこれまでと大きく違う点があることに良牙は気づいた。
それは、屋敷の外装内装全てが"紅"を基調にデザインされているのだ。
「悪趣味だな……本当にどんな奴が住んでいるかわかったもんじゃないぜ。っと、悪い」
これから雇われるのにこうゆうことを言うようではまずい。思い直した良牙は直ぐさま訂正しようとメイドに声をかけた。
しかし、そこは今の今まで歩いていた紅い絨毯が敷き詰められていた廊下ではなく、さらにメイドはどこにも居なかった。
「あなたはだあれ?」
良牙が居たのは薄暗い部屋で、そして良牙の目の前には不思議そうに自分を見上げる少女が居たのであった。
−−その頃、良牙を連れていたメイドはというと。
「そういえばまだお名前をお伺いしていませんでした……わ、ね」
良牙が居ないことにようやく気づいたところだった。
※あとがき※
らんまを読み返してたら書きたくなりました。
小説は初めてですが、どうかよろしくお願いします