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第7話 中 絶
 
「亮平!おい!どこ行くんだよ!」

うっせえな……


「明日誕生日のストーカーんとこに行くんすよ。」

俺は課長に呼び止められるのにもかかわらず、
署を出ようとする。


「ストーカー?それどころじゃねえよ!
またやられた。ストーカーじゃねえぞ!」

「えっ?」

課長に言われ、現場に行くと若い男と見られるミイラが
バスルームに横たわっていた。

男のミイラはお湯の張っていない湯船に、
ちょうど浸かるような格好で死んでいる。

これは女の子の仕業か?


「おい!鑑識呼べ!」

ほどなく鑑識が来て男の死体を調べる。

男は完全に干からびており、水分はまったくない。

死因は明らかだった。

しかし女の子の仕業だと断定するには疑問があった。



男には男性器がついたままだ。

今までの被害者と違って、ちぎり取られていない。

両眼もえぐり取られた形跡はない。



となると特定する手段は一つ。


「おい、この男の遺族に連絡して司法解剖の許可を取れ。
渋ったら『殺人事件は法的に解剖が義務づけられています』
とでも言っておけ。」


男の体内に植物の種が植え付けられているかどうか。

俺はそれまでの間、
男が何の犯罪を犯したのか調べることにした。




被害者の男は矢部良行26歳。

神奈川県の小さな出版社に勤める会社員だ。

親元を離れて大学時代から都内で一人暮らしをしていたらしい。



解剖の結果、矢部の体内から植物の種が検出された。

“ばいかうつぎ”の種……矢部の誕生日は今日だ。

これで犯人はあの“女の子”だということがはっきりした。

こいつは一体何の犯罪を犯して、女の子に殺されたんだ?

矢部の部屋を捜索し、携帯電話やPCなどを押収する。

同時に会社の同僚や友人にも聞き込みをした。



結果、男の犯罪が判明した。



『援助交際』……青少年健全育成条れ、いてっ!

舌噛んだ!


ええい!とにかく淫行罪だ。


俺は今までの女の子の被害者と良行の違いを考えた。


例えば佐藤久信。

ヤツも同じ淫行罪だ。

矢部と何が違う?

久信の犯罪は、青少年健全育成条例違反・ストーカー・
未成年略取・強姦・職務専念義務違反・信用失墜行為etc……

良行は青少年健全育成条例違反。

どちらの罪が重いのかは明らかだ。

しかし、女の子の“処罰”に
常識的な法は通用しないと俺は考える。


だったら久信と良行の違いは何だ?


唯一重なっているのが青少年健全育成条例。

つまり、未成年者とヤっちまったってことだ。

久信と良行の違い……

ヤっちまったのは同じだが……






わかった!



『合意』だ!


久信は佳織を無理矢理犯した。

良行は合意の上だ!



だから女の子は“罰”を軽くしたって考えられないか!?


となると、佳織は女の子に会いながらも無事だったのは
合意ではなかったからと推定される。




んなっ!?

じゃ、良行の罪は援交相手と半分になるってことじゃねえか!



俺は鑑識に急いで連絡し、携帯電話の発着信履歴を問い合わせた。


するとすぐに返事がきた。

『みやび』……良行が死ぬ前の夜に
メールアドレスを赤外線で交換している。

こいつだ!

良行の携帯には“みやび”としか入っていない。

そこから良行の利用していたサイトを調べ、
現場周辺の聞き込みなどをして
ようやく特定できたのは事件から3日後だった。


榎本 雅、18才。

小田急線沿線の有名私立高校に通う女子高生だ。

まだ授業をしている時間帯だったため、
俺は彼女の学校へ行ってみた。


俺が学校へ着いた時、ちょうど下校が始まったらしく、
学生たちが校門からたくさん出てきた。


俺はとりあえず派手めの女子高生に
榎本のことを聞いてみることにした。

援交してるくらいだから派手めのヤツに聞けば何かわかるだろう。



「ちょっといいかな?」

俺は警察手帳を見せる。


「ええっ!?何!?ヤバいんだけど?」

派手な化粧をして、茶髪というより金髪の女子高生2人は
いきなり焦り始める。


「ちょ、ちょっと、まだ何も聞いてないんだけど……」

「うちら何にも悪いことしてないしぃ〜。」

全く……この間の女子高生といい、この国やべえな……


「榎本 雅って娘捜してるんだけど、きみら知ってる?」

女子高生たちは急に険しい表情になり、顔を見合わせる。


「みやび……なんかしたんですかぁ?」

これは何か知ってるな?


「ああ、まあね。きみたちの想像通りだよ。」

俺はカマをかけてみた。


「じゃ、やっぱり援交バレたんだ……もうヤバいよね、みやび。」



もう?


「みやびちゃん、援交以外に何かしたのかい?」

女子高生たちは言いづらそうにしていたが、
ゆっくりと話し始める。



「みやび……前に一回オロしてるんです。そん時大騒ぎになって……」

中絶か……今どきの女子高生じゃ珍しくないかもな。


「まあ、それはよくないけど警察はそれで逮捕したりしないよ。」

「でも、それで援交バレたら絶対退学じゃない?」

そりゃそうだな。


「そうなるかどうかは本人の反省次第だね。
とりあえず彼女に会いたいんだけど、学校にまだいるかな?」

女子高生たちはまた言いづらそうに顔を見合わせる。





「あの……みやび……ここんとこ学校ずっとサボってるんです。
ケータイにも出ないし、メールも返って来ないんです。」

「ここんとこって……いつから欠席してるんだ?」

俺は嫌な予感がした。


「んと……おとといからかな?そうだよね?」

「そうそう。営業……あ、しまった!」

「営業?」

女子高生は「しまった」という顔をする。


「あの……援交のことうちら“営業”って言ってるんデス……」

全く……イマドキの若者はどうなってるんだ!


「まあ、いいや。続けて?」

「あ、はい。3日前みやびの誕生日だったんで、
うちら営業行かないならお祝いを兼ねて遊びにでも行こうって誘ったんです。」

隣の派手なピアスをつけた女子高生が話を継ぐ。


「でもみやび何か急いでたっぽくて、
さっさと帰っちゃったんです。その次の日からだよね?」

「うん、そうそう。」

俺は頭をハンマーで殴られた気がした。

3日前が誕生日!?

そして3日前から誰とも連絡が取れていない……


「確かに3日前が誕生日なんだね!?」

俺は焦り始めた。


「はい……ってか、誕生日ってもしかして
あの“女の子”に関係あるんデスか?」

ピアスの女子高生は上目遣いに俺を見る。


「まあ、ね。」

こうしちゃいられない。

早く榎本の家に向かわなければ。


「やっぱり……これで2人目だよね……」

「2人目?」

俺は走り出そうとした足を止める。


「はい……葉月って子が前に痴漢に遭って、
その痴漢が“女の子”に殺されてるんです。」

俺はその子の名前をメモする。

いずれ話を聞かなければならないが、今はまず榎本だ。

俺は女子高生たちにお礼を言って、全速力で走り出す。

ちくしょう!

よりによって良行の次の日が誕生日だなんて!




榎本の家は電車で2駅だった。

団地や木造モルタルの家が並ぶ、
ごく普通の住宅街の中にある。

俺は『榎本』と書かれた郵便ポストを確認して呼び鈴を押す。


「……はい。」

母親らしき女性の声が聞こえる。


「警視庁捜査一課の五十嵐と言います。
娘さんに……雅さんにちょっとお話を聞きたいのですが。」

「……ちょっとお待ちください。」

陰気な声が途切れる。

ほどなくして玄関のドアが遠慮がちに開く。


「どうぞ、お入りください。」

俺は少し驚いた。

雅の母親に違いないだろうが、すごく若い。

高校生の娘がいるようには見えない。

着ている服だって、
メーカーとかはわからないが中年の女のセンスではない。


「失礼します。」

俺は見せていた警察手帳を、
内ポケットにしまいながら玄関に入った。


「どうぞ……」

母親はお茶をテーブルに置く。

リビングは広々としているが、
俺には一目でこの家庭の様子がわかった。

この家族はバラバラだ。

リビングに生活感がない。

読みかけの雑誌や新聞。

家族旅行のお土産。

休日に見るDVD。

そういった、家族のつながりを示す物が一切ないのだ。

母親はトレイを台所に戻し、俺の前の椅子に座る。

俺の座っているテーブルは食事をするテーブルのはずだが、
汚れや傷があまりない。

つまり普段あまり使っていないという証拠だろう。


「それで……今度は娘がいったい何をしましたのでしょうか……」

「今度は?」

俺は母親の言葉に引っかかる。


「はい……あの娘は中学時代から荒れてまして……
高校に入学したのはいいのですが、
入学してすぐ何人もの男と付き合いだして……」

「それで中絶……援助交際ですか。」

母親ははっとして俺を見る。

しかしすぐに俯いて、小さく頷く。


「お母さん。俺は今日、その事で来たんじゃないんです。」

母親は不安そうに顔を上げる。

俺は母親の目をしっかりと見つめる。


「娘さんは……雅さんは無事ですか?」

「はっ?」

母親の眉間にしわが寄る。


「無事……と申しますと?」

母親は怪訝な顔をする。


「単刀直入に申し上げます。
先日あったTVでの事件をご存じですか?」

母親は少し考えるが、思い至ったのか眉間にしわを寄せる。


「存じております。」

「娘さんはあの女の子に狙われています。」

母親の顔色が一瞬で青くなる。


「そ、それはどうしてですか?」

ふうん……

一応母親らしい反応はするんだな。


「それは後でお話しします。娘さんは無事でしょうか?」


これで「3日前から家に帰っておりません」
なんて言われたらアウトだな……






「娘は……」

俺は身を乗り出す。







「部屋におります。」

俺は一気に肩の力が抜けていくのがわかった。

無事だった!

しかしどうして……


「ただ……部屋に閉じこもりっきりで食事も摂っていません。」

母親の陰気な様子がこれでわかった。


「娘さんに会えますか?」

母親は疲れたように視線をリビングのドアに送る。


「いくら言っても鍵を掛けたまま出て来ないんです。」

「この3日間……ですね。」

母親は目を見開く。


「どうしてそれをご存じなんですか?」

「娘さんの……雅さんの誕生日が3日前でした。」

「はあ……」

母親は何を言われているのかわからないといった様子だ。


「あの“女の子”はなぜか誕生日に犯罪者を殺すんです。
そして、雅さんと援助交際をした男が誕生日に殺されました。
雅さんとは一日違いの誕生日に。」

母親はつばを飲み込む。


「それでなぜうちの娘が狙われるんです?」

俺はため息をつく。


「お母さん……“援助交際”ですよ?
未成年者がお金をもらって自分の身体を売ったんです。
男に!自分の意志で!」

母親は気圧されたように背もたれにもたれる。


「あの“女の子”に法律は通用しません。
雅さんは共犯者なんです。“援助交際”という犯罪の!」

そうだ。

雅は“女の子”にとって、良行と変わらない存在のはずだ。

それなのになぜ良行は殺されて、雅は生きているんだ……



やはり本人に聞くのが一番だな。

3日前から部屋に閉じこもって食事もしないということは、
3日前に何かあったということだ。

俺は母親に2階へと案内される。

何があったにせよ生きていてよかった。

しかし、この3日何も口にしていないならばまた別の意味で危険だ。

母親は『Miyabi's room』とプレートのかかったドアを
遠慮がちにノックする。

予想通り返事はない。

部屋の前には手のつけられていないコンビニのおにぎりが、
これもまた封を切っていないペットボトルのお茶とともに置いてある。


「わたしがいなければ食べてくれるかと思って、
置いていたのですが……」

ため息をつきながら、母親がおにぎりとペットボトルを拾い上げる。

俺は思いきってドアを強く叩く。


「雅さん!俺は警視庁の刑事です。
きみに話が聞きたいんだ!あの“女の子”のことで。」

部屋の中で人の気配がした。


「雅さん!」

俺は再度ドアを叩くが返事はない。

しかし明らかに中に人のいる気配がする。



「お母さん。すみませんがここは一度
俺だけにしてくれませんか?」

家庭の状況を考えると、
母親を嫌っているということも考えられる。


「わかりました。わたしは下におりますので、
何かあったらおっしゃってください。」

母親は黙礼して階段を下りていった。


「雅さん。きみはあの“女の子”に会ったんだね。」

部屋の中でカタンと音がする。

やっぱりあの“女の子”は雅の前に現れていた。


「きみの誕生日に現れたはずだ。
今まであの“女の子”に会って無事だったのは、
きみともう一人しかいない。」

部屋の中は静まりかえっている。

聞いてくれてるのかな?


「しかしもう一人は精神的におかしくなってしまっていて、
とても話ができる状態じゃないんだ。」

俺はドアに両手をつく。


「きみしかいないんだ!あの“女の子”の被害を食い止めるためにも、
きみの話が聞きたいんだ!頼む!」

俺は祈るように、ドアに頭をつけて叫んだ。

すると鍵を外す音がして、ドアがゆっくりと中に開く。


「雅さん……」

その女子高生はたぶんかわいらしかったんだろう。

しかし、今はそのかわいらしさの面影もない。

落ちくぼんだ目と頬。

かさかさに乾いた肌と唇が、
長期間の飲食を拒んでいたことを如実に物語る。

綺麗にカラーリングしていたと思われるボサボサの茶髪は、
フケでゴマ塩を振り掛けたようになっている。

部屋に入ると汚物の異様な臭いが鼻をつき、俺は顔をしかめる。


「雅さん……きみは……」

「うち……あの男の人が死んだのはうちのせいなんです。
だからあの“女の子”はうちに罰を与えたんです。」

かつてはかわいらしかったであろうピンクのカーペットや毛布は、
吐瀉物や汚物で薄汚れ見る影もない。

雅は高校の制服を着ているが、
ところどころが黒ずんでいてとても制服には見えない。


「とりあえず……お風呂に入って食事をしないか?
このままではきみは病気になってしまう。」

俺は悪臭の漂う部屋から雅を連れ出そうと、
細く骨張った肩に手を添える。


「うち……どうせ死ぬんです。」

雅の目は何かを確信したように俺を見据えている。



  ◇  ◇  ◇



「あなたはだれ?どうしてこんなところに花屋さんなんてあるの?」

うちは早く帰りたいと思っていたはずなのに、
不思議とこの花屋に惹きつけられてしまう。

どう考えても、こんなのおかしいはずなのに。

うちの周りには会社帰りのサラリーマンや
学生たちがたくさん歩いていた。

でもだれ一人としてこの花屋に目を向ける人はいない。


「フフフ……あなた、今日お誕生日でしょう?」

女の子はすごく大きな花をうちに差し出す。

あ、この花見たことある!


……なんだっけ?


うちの顔ぐらい大きな赤紫色の花の匂いにむせかえると、
うちはいつの間にか気を失ってた。



気がつくとうちは茂みの中にいた。

うちの腰ぐらいの高さの茂み。

緑色のとがった葉っぱが痛くて、
その時初めてうちは全裸だって気づいた。

茂みにはさっき見たあの大きな赤紫色の花がたくさん咲いている。


「えっ!?何!?」

うちはびっくりして辺りを見回す。

空は真っ暗で、外なのか広い室内なのかわからない。


「だれか!だれかいないの!?」

うちの声は吸い込まれるように闇に消えていく。

うちの声に返事をするかのように、
花たちがざわざわ動き始める。

その時、遠くから白い服を着た
小さい女の子が歩いて来るのが見えた。

近づくにつれだんだん細かい所まで見えてくる。

今どき珍しい肩で切りそろえられたおかっぱ頭。

白いブラウスに赤いチェックのスカート。


「フフフ……あなたは未成年者にも関わらず、
自分の身体を売ってお金をもらっていましたね?」

「えっ!?」

うちは言葉を失った。


「しかもあなたは……人を一人殺しましたね?」

「ええっ!?」

さすがにうちはイラッときた。


「うちは人殺しなんかしてないよ!
確かに援交はしたケド……」

女の子は茂みを掻き分けてうちに近づく。

うちより全然幼い女の子なのに、
うちは怖くて逃げたくなった。


「殺してるでしょう?ここで。」

女の子はうちのお腹を指差す。

そこで初めてうちは気づいた。

確かにうちは殺してる。

1年の時、中絶したんだっけ……

自分のお腹を呆然と見つめていると、
両手と両足に植物の茎がからみつく。


「や!やだっ!」

うちは仰向けの状態で大の字に吊られる。

手首と足首、腰に巻かれた蔓が痛くって涙がにじんでくる。


「あなたにはお仕置きが必要ね……」

そう言うと女の子はうちのお腹に手を置く。

うちの身体はちょうど女の子の目の高さくらいに吊られてた。

だから、うちのあそこは女の子の目の前にさらけ出されてる。

女の子の手がだんだんと下に降りてきて、
うちの中に指が入るのがわかる。

うちは全然濡れてなかったから痛かった。


「い……いや……」

「フフフ……あなたはこうされるのが好きなんでしょう?」

女の子はうちの中に一気に手を入れた。


「ああああ〜!」

うちは経験したことのない痛みに絶叫した。

お腹の内側をかき回されるような激痛。

自分ではよくわからないけど、かなり深く入ってる。


「フフフ……あなた入れられる瞬間が気持ちいいんでしょ?」

女の子の手は大人よりは細いけど、男のアレよりは全然太い。

うちはあそこから生暖かい液体が流れ出すのを感じている。

たぶん血が出てるんだろう。


「あああ〜いやあぁぁ……ぬ、抜いて……」

女の子は手を引き抜く。

うちはお腹にズキズキとした痛みを感じながらも、
ほっとして顔を上げる。

その手はやはりうちの血で真っ赤になっていた。


「フフフ……これで滑りがよくなったわ。」

女の子はそう言うと、また手を一気に挿し込んでくる。


「うぐっ……」

内臓が下から突き上げられ、うちは吐きそうになる。

するとさらにものすごい激痛が、うちのお腹に走る。


「ぎゃあああああああ!」

うちはあまりの激痛に、
自分が叫んでいるのか気を失っているのかわからなくなる。

ただ目に映るのは、赤紫色の花と暗闇だけ。


「フフフ……“コレ”って不思議よねえ……」

これ?

いったいこれって……



涙が次々と溢れてきて、周りの風景はぼやけてる。

それでも何とか、
女の子が何か真っ赤なものを持っているのが見えた。

まるで赤いナマコだ。


「あなた見たことある?自分の子宮。」

それはうちの子宮だった。


「ああ……そんな……」

さっきの激痛は、自分の子宮が取り出された痛みだと知る。

もううちは赤ちゃんを生めない身体になっちゃったんだ……

どんどん涙がこぼれてくる。

もううちはこのまま死んでもいいって思い始める。


「あなたは一人の人間を、その人生が始まる前に殺した。」

女の子はうちの子宮を、うちの顔の前に掲げる。

生臭い血の臭いがのどの奥に張りつく。


「あなたには今まで18回もあったお誕生日が、
その子には与えられなかった……あなたのせいで。」

女の子はうちの頭の上の方に歩いて行って、
うちからは見えなくなってしまう。

しかし、女の子の寂しそうな声だけが上の方から聞こえた。



「お誕生日おめでとう。」

その瞬間、周りの赤紫の花が風も吹いていないのに
ざわめき始める。


「この花はあなたの誕生花……“しゃくやく”よ。」

しゃくやくの動きはさらに激しくなってくる。


「立てばしゃくやく、座れば牡丹……って知ってる?
美人の形容として有名なお花よ。」

しゃくやくの葉がうちの肌にこすれる。


「……あなたが堕胎した子は女の子だったわ。」

しゃくやくの葉が一斉にうちの身体を切り始めた。


「ああっ!あああっ!」

痛いというより熱かった。

焼けた鉄の棒を何度も身体中に押し当てられているような感覚。

うちの足や腰、腕や背中に鋭い痛みが連続して走る。


「やああああ!いいいいいたいいいいいいい!」

切り裂かれた皮膚の下に、さらに痛みが走る。

きっと肉まで切られてるんだ……

するとふいにしゃくやくの動きが止まり、
再び女の子の声が聞こえる。


「ねえ、あなた。中絶された赤ちゃんは
どんな風に殺されるか知ってる?」

うちはそんなの知らない。

薬か何かで殺すんだっけ?

うちは痛みでぼうっとなってて、
何も考えられなくなってた。


「あなたも、あなたの赤ちゃんと同じように殺してあげる。」


ざわざわとざわめくしゃくやくの葉が、
うちの頭の下に集まってくる。


「まずは頭を切り落とすのよ。」

しゃくやくの葉がうちの首筋に当たる。


「頭は大きくて吸い出せないから。」

うちの首筋にさっきと同じ熱い痛みが連続して走る。


「ほんの数cmしかない赤ちゃんなのに、
自分が殺されるのがわかるのよ。」

「あがががががががガガガガガガガガ……」

うちの口からは舌が飛び出て、
涎や血が霧のように空中にまき散らされる。


「必死に器具から逃げようと、羊水の中を動くの。」

太いゴムを引きちぎるような音がして、
うちはいつの間にか自分を見下ろしてた。

うちは空中にうつぶせに浮いてた。

目の前には頭のないうちの身体が蔓に吊られてゆらゆら揺れてる。


『い、いやああああ!』


うちは絶叫したけど、声は聞こえない。

まるで幽体離脱だ。


「あなたはそこで見てらっしゃい。」

女の子はうちを見上げながら、
うちの生首の髪を掴んで持ち上げる。

その顔は苦痛に歪んで、舌が飛び出て目は見開かれたまま。

とてもうちの顔には見えなかった。

その時、ああうちは死んだんだなって思った。


「次に吸引器で吸い出せるように頭を砕くのよ。」

女の子の足下から一際大きなしゃくやくの花が起き上がる。

女の子がうちの生首を差し出すと、
まるでヘルメットのように被さる。

木の枝を折るような音が連続して聞こえて、
うちの頭は粉々に噛み砕かれる。

眼球が二つとも勢いよく飛び出て、
うちの身体をすり抜けて行く。

ピンク色の液体や真っ赤な血が飛び散って、
赤紫の花を真っ黒にしていく。

頭蓋骨の破片やばらばらになった歯が地面に落ちると、
もううちの頭は跡形も無くなってた。


「次は身体を薬で溶かすのよ。」

女の子の視線を追うと、
頭がないうちの身体の下から先のとがった茎が伸びてくる。

うちのおしりに刺さったかと思うと、
うちの身体は溶け始まった。

皮膚が溶けて筋肉が現れて、
どろどろになった内臓がぼたぼたと地面に落ちる。

頭のない骨だけになったうちの身体が、
しゃくやくの茎に吊られて揺れている。

その骨も溶けはじめ、
白濁した液体が地面に吸い込まれていく。


「これであなたは死んだのよ。」

女の子は無表情にうちを見上げる。


『うち……うち、死んだの!?』


声にならない声を上げて、うちは叫ぶ。

でも女の子は何も答えず背中を向けて、
地面から何か拾い上げる。



うちの子宮だ。



「これはいただいていくわね。では、ごきげんよう。」

女の子はそのまま暗闇に消えて行く。


『待って!待ってよ!うちの……うちの子宮を返して!』


うちは女の子の消えた暗闇にいつまでも泣き叫んでた……



  ◇  ◇  ◇



「くしゅん!」

雅はそこまで話すとくしゃみを一つして、
母親の入れたレモネードをすする。

風呂に入り食事をしたせいか、
雅の顔色はだいぶよくなった。

話を聞いている間、母親はずっと涙を流していた。



「それできみは気がつくと家の近くに立っていたと……」

雅はまだ乾いていない髪を、
母親に拭いてもらいながらうなずく。

時間にして5分も経っていなかったようだと雅は言う。

雅が経験したことはあまりにも非現実的だ。

しかし俺は雅が嘘を言っているとは思えなかった。

とすれば……


「お母さん。雅さんを一度病院へ連れていってみませんか?」

「病院……ですか?」

母親は雅を心配そうに見やる。

今まで女の子に殺された被害者たちも、
きっと同じような目に遭ったのだろう。

しかし雅は生きている。

その意味はなんだろうか。

雅が思い込んでいるように、『死の予告』なのだろうか……




あの『花屋の女の子』からの。

 



状況が状況だっただけに、
俺は医者に言って異状がないように思えても、
徹底的に精密検査をするように頼んだ。

警視庁委託の大学病院だから
これで何もなければ安心できるだろう。

俺は気にかかっていた雅と同じ高校の、
痴漢の被害者に会いに行った。


「あっれ〜?あの時の刑事さんじゃない?」

俺が校門前で聞き込みをしようとすると、
金髪の女子高生が二人、なれなれしく話しかけてくる。

雅の友だちAとBだ。

名前は聞く気もない。

相変わらず二人でつるんでいるようだ。


「雅に会えましたぁ〜?」

この間延びしたしゃべり方は学校で教えてるのか?


「ああ、とりあえずね……」

俺が『葉月』のことを聞こうとした時、携帯に着信がある。


『おい!亮平!たいへんだぞ!
お前が連れてきた生存者……榎本 雅だっけ!?』

相変わらず課長は容赦ない。

「そうですけど何すか?俺今忙しい……」



『妊娠してたそうだ!』

俺は足下のアスファルトが大きく揺らぐのを感じた。