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【発明の名称】 |
イヌアレルゲンの点突然変異体 |
【発明者】 |
【氏名】鎌田洋一 |
【課題】イヌの主要なアレルゲンは唾液から分泌される分子量約17kDaのCanf1である。このアレルゲンは微小であるので空気中を拡散し、イヌの社会進出に伴って、好むと好まざるとに関わらず、Canf1に曝露される機会が多くなる。そこで、Canf1によるアレルギーを治療する薬物が必要になる。
【解決手段】Canf1がアレルゲンとなり、アナフィラキシーを起こさせるのは、その蛋白質構造で特徴的な部分による感作によるものである。そこで、特徴的な部分を取り除いき、アナフィラキシーを起こさないCanf1を作製し、それを減感作治療の投与薬に用いる。 |
【特許請求の範囲】
【請求項1】 イヌアレルゲンCanf1のアミノ酸配列中のシステインをセリンに置換したタンパク質。 【請求項2】 前記システインはN末端から52番目にあるシステインである請求項1記載のタンパク質。 【請求項3】 配列番号9のアミノ酸配列を有する請求項1記載のタンパク質。
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【発明の詳細な説明】【技術分野】 【0001】 本発明はイヌアレルゲンに対する予防若しくは治療の開発に有効と考えられる点突然変異を生じさせたイヌアレルゲンに関する。 【背景技術】 【0002】 近年、家庭における動物の飼育が増えている。それに従って、飼育される動物が産生・分泌するたんぱく質がアレルゲンとなり引き起こされるアレルギーが問題になってきている。 【0003】 家庭で飼育されている動物いわゆるペットのうち、最も一般的な動物はイヌ(Canis Lapas familias)である。2003年の調査によると、日本国内の20%近くの家庭がイヌを飼育しており、その飼育頭数は約1千万頭にのぼる。さらに、ペットを飼育していない家庭の約2割がイヌの飼育意向を有していることから、今後ますますイヌの飼育頭数は増加していくと考えられる。 【0004】 また、2002年に身体障害者補助犬法が施行され、介助犬としてのイヌの社会的進出が進むことが予想される。すると、これまで以上に、人がイヌと接する機会は増えると考えられる。 【0005】 すなわち、イヌと関係を持つ意思のある人はもちろん、その意思のない人も、直接若しくは間接的にイヌと接する機会が増え、イヌアレルギーが問題になると考えられる。 【0006】 イヌアレルギーの原因となる物質は、イヌアレルギー患者の血清中のIgEとの反応によって判断する。これまで、イヌの皮膚や上皮に由来するイヌアレルギー物質がいくつか報告されている(非特許文献1、2、3及び4)。しかし、イヌアレルギー患者の血清の70%と結合し、主要アレルゲンとして位置づけられたのは、唾液腺由来で分子量約17kDaのタンパク質であるCanis familias allergen 1 (以後「Canf1」という。)であった(非特許文献3及び5)。 【0007】 唾液中のCanf1は、イヌが自分で行う毛繕いなどによって被毛や塵埃などに吸着し、そこから空中に飛散、拡散する。アレルゲンとしてよく知られているダニアレルゲンと異なり、空気中のCanf1は小さな粒子として拡散し、空中滞留時間も長い(非特許文献6)。Canf1はまた衣服に付着しても移動する。このため、イヌを飼育していない家庭や公共施設内の細塵においてもCanf1が検出されている(非特許文献6、7及び8)。さらに介助犬は口を使って補助をすることが多いため、様々な場所に唾液が付着することになる。このことから、さらに多くのCanf1が環境中に拡散浸透することになる。 【0008】 ちなみに、飼育室内環境中のCan f1量は、細塵中及び空気中にそれぞれ1180μg/g及び14.5μg/m3と報告されている。この値は喘息の主要な原因とされているダニアレルゲンDer1及びDer2のそれぞれ50倍、及び463倍も多い(非特許文献9)。 【0009】 このように、人は日常生活において、Canf1による曝露が避け難く、イヌの公の場への進出の機会の増加に伴い、イヌアレルギーは公衆衛生上大きな問題になり得る。 【0010】 イヌアレルギーはI型アレルギーと考えられ、アレルゲン特異的IgE抗体を解して引き起こされる。I型アレルギーの発生は、以下のように説明されている。まず、体内に侵入したアレルゲンが、抗原提示細胞に取り込まれ、ペプチドに分解される。抗原提示細胞は、このペプチドをヘルパーT細胞に提示する。するとT細胞の活性化、B細胞の分化、抗原特異的IgE抗体の産出が起こる。 【0011】 組織内のマスト細胞や血中の好塩基球は、親和性の高いIgE抗体のFc受容体(FcεRI)を発現しており、産生されたIgE抗体は速やかにこの受容体を介してこれらの表面に結合し、長期間にわたって細胞表面に存在することになる。この状態が感作状態である。 【0012】 その後、再度アレルゲンが侵入すると、マスト細胞上のIgE抗体とアレルゲンが結合し、FcεRIが架橋されることで、マスト細胞や好塩基球から種種のケミカルメディエータ(例えばヒスタミン、セロトニン)が放出される。このケミカルメディエータの作用により、血管透過性の亢進、平滑筋の強い収縮などがおき、その結果、くしゃみ、鼻水、喘息のようなアレルギー症状が発症し、さらに血圧降下などの末梢循環障害、全身性蕁麻疹、呼吸困難などの全身性のアナフィラキシー症状も発症する場合がある。 【0013】 このようなアレルギーに対して行われている治療には、ステロイド薬や抗アレルギー薬によりケミカルメディエータの生成・遊離を抑制するという薬物療法がある。これは対処療法であり、一時的にアレルギー症状を緩和するに過ぎず、感作状態にある限りアレルギー反応が消失することはない。したがって、これらの対処療法では、継続した薬の服用が必要とされ、アレルギーを根治することはできない。 【0014】 一方、免疫療法が根治療法として期待されている。これは、アレルゲンを低容量よりはじめて徐々おもむろに高容量にしながら定期的に注射する治療法で、アレルゲンに対する反応性を低下・消失させる免疫寛容状態を導くことを目的とする。減感作療法とも呼ばれるこの治療法は、根治を期待できる唯一の方法であるが、アレルゲンを体内に導入させるため、アナフィラキシー反応を引き起こす可能性がある点が大きな問題である。また、用いるアレルゲンの精度管理が大きな問題となる。 【0015】 従って減感作療法では、アナフィラキシー反応の危険を回避するため、アレルゲンはアナフィラキシー発症閾値以下の用量でしか投与できない。その結果、治療効果を得るまでには、最低でも約1年もの長期の継続的な投与が必要であるという欠点がある。 【0016】 近年、これらの問題を解決するために、ペプチド療法の開発が進んでいる。これは、アレルゲンのT細胞抗体決定基にあたるペプチド部分を投与してT細胞の寛容状態を誘導する方法である。この場合、T細胞抗原決定基のみではアナフィラキシーを起こすことは無い。動物アレルギーではネコアレルギーに対するペプチド療法の研究が実用化に向けて進んでいる(非特許文献10)。 【0017】 本発明者は、イヌアレルギーに対するペプチド療法の実用化を目指して、Canf1のT細胞抗体決定基と考えられるポリペプチドを同定し、それらの免疫治療への有効性を示してきた(特許文献1および2)。 【非特許文献1】Lindgrenら(1988)J.Allergy Clin. Immunol. 82:196-204 【非特許文献2】Fordら(1989)Clin.Exp.Allergy 19:183-190 【非特許文献3】Schouら(1991)Clin.Exp.Allergy 21:321-328 【非特許文献4】Spitzauerら(1993)Int.Arch.Allergy Immunol. 100:60-67 【非特許文献5】de Grootら(1991)J.Allergy Clin. Immunol. 87:1056-1065 【非特許文献6】Custovicら(1997)Am.J.Respir.Care Med. 155:94-98 【非特許文献7】Arbesら(2004)J.Allergy Clin. Immunol. 114:111-117 【非特許文献8】Custovicら(1996)Clin.Exp.Allergy 26:1246-1252 【非特許文献9】坂口(2002)アレルギーの臨床 22(9):670-674 【非特許文献10】駒瀬(2002)アレルギーの臨床 22(9):686-691 【特許文献1】特願2006-009118号 【特許文献2】特願2006-009091号 【発明の開示】 【発明が解決しようとする課題】 【0018】 イヌアレルギーの予防・治療へのアプローチとして、Canf1のペプチドフラグメントを利用する方法以外に、Canf1自体のアナフィラキシー発生能を抑え、免疫寛容を引き出す免疫治療に用いる方法が考えられる。抗原のエピトープは、その構造によって決まっており、その構造を変えた抗原は、アナフィラキシーの発生が低減され免疫治療に利用できる可能性がある。 【0019】 そこで、本発明は、イヌアレルギーの治療に有用と考えられるアナフィラキシーの発生を低減したイヌアレルゲンCanf1を提供するものである。 【課題を解決するための手段】 【0020】 イヌアレルゲンCanf1は、148のアミノ酸からなるたんぱく質であり、生体内でのアレルギー反応の原因であるIgEとの結合特性は、その3次元的な構造によっている。通常たんぱく質は多くのアミノ酸配列中の電荷による引力斥力などで、糸が絡まったような複雑な構造をとっている。その構造を決める力の中で最も強い力は共有結合となるジスルフィド結合(以後「SS結合」と呼ぶ。)である。そこで、本発明はイヌアレルゲンCanf1のSS結合を消去した点突然変異体を提供する。 【発明の効果】 【0021】 本発明によれば、アミノ酸配列はほとんどイヌアレルゲンCanf1でありながら、SS結合をもたないCanf1点突然変異体を提供するので、イヌアレルギーによってどのようにアナフィラキシーが発症するかについて知見を得ることができる。また、このCanf1点突然変異体を使うことで、アナフェラキシー発症のない若しくは少ない、イヌアレルギーの免疫予防治療薬(減感作剤)として利用できる可能性がある。 【発明を実施するための最良の形態】 【0022】 <Canf1の構造> Canf1は、配列番号1に示す148個のアミノ酸からなり、分子量は16562である。SS結合を行うシステインはN末端から52番目、92番目、143番目の3箇所にある。これらのシステインによってCanf1がどのような構造になっているかは明らかにされていない。そこで、Canf1の特性を確認する。 (配列番号1)
また、このアミノ酸配列をコードする塩基配列を配列番号2に示す。 (配列番号2)
【0023】 <組換えCanf1の生成> イヌアレルゲンCanf1タンパク質をコードするcDNAのクローニング ビーグル犬の耳下腺から標準的方法によりRNAを抽出し、これを鋳型として逆転写によりcDNAを合成した。cDNAを、イヌ唾液由来の主要アレルゲンタンパク質Canf1の塩基配列(Konieczyら、Immunology、92(4):577-586、1997)に基いて設計したプライマーを用いたポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって増幅した。 【0024】 センス鎖(5’側にSma I制限部位を含む) (配列番号3)
アンチセンス鎖(5’側にXho I制限部位を含む) (配列番号4)
【0025】 PCRでは、94℃にて2分間熱変成させた後、94℃にて1分間、68℃にて1分間および72℃にて1分の反応サイクルを計35回サイクル行い、その後72℃にて5分間の伸長反応を行った。 【0026】 増幅したcDNAを発現ベクターpGEX4T−2(Amershan)中にクローニングした。ジデオキシ法での配列決定及びKoniecznyらのCanf1塩基配列との比較により、このcDNAがCanf1タンパク質をコードしていることが確認できた(配列番号1)。このcDNAの塩基配列に基く推定アミノ酸配列(配列番号2)は、KoniecznyらのCanf1アミノ酸配列と2アミノ酸(96位及び114位)で異なっていた。このベクターを「Canf1/pGEX4T−2」と命名した。 【0027】 <Canf1タンパク質のポリペプチドの作製> 1.インサートの調製 Canf1発現用のインサートのために、上記Canf1/pGEX4T−2を鋳型にして以下の一対のプライマーを用いたPCRによりDNA配列を増幅した。 【0028】 センス鎖(5’側にEcoR I制限部位を含む) (配列番号5)
アンチセンス鎖(5’側にXho I制限部位を含む) (配列番号6)
PCRでは、94℃にて2分間熱変性させた後、94℃にて30秒、50℃にて30秒間および72℃にて1分間の反応サイクルを計35サイクル行い、その後72℃における5分間の伸長作業を行った。 【0029】 このPCR産物を、2.0%核酸電気泳動用アガロースゲル(nacalai tesque)中で電気泳動し、付加した制限酵素サイトも含めほぼ460bpであること確認した。 【0030】 次いで、DNA片1μgにXho IおよびEcoR Iを各5U加えてベクターへの挿入のための制限酵素処理を行い、エタノール沈殿により制限酵素処理DNAを回収し、これをポリペプチド発現用のインサートとした。 【0031】 2.ベクターの調製 発現ベクターとしてpGEX4T−2を用いた。pGEX4T−2ベクター中のGlutathione S-transfetase(GST)遺伝子の下流に上記cDNAを挿入するために、ベクターpGEX4T−2を制限酵素処理した。簡潔には、pGEX4T−2ベクター10μgに10UのXho I(Takara)、10×K Buffer(Takara)を加えて30μlの反応液を調製し、30℃にて一晩反応させた。次いで、エタノール沈殿させた後、沈殿物に10UのEcoR I(New England Biolabs)、10×EcoR IBuffer(New England Biolabs)を加えて30μlの反応溶液を調製し、37℃にて1時間反応させた。 【0032】 この反応溶液からエタノール沈殿により制限酵素処理ベクターを回収した。その後、回収したベクター9μgにCalf Alkaline Phoshatase(以下「CIAP」、TOYOBO)30Uを加え、10×Reaction Buffer for CIAP(TOYOBO)で200μlになるように調製し、37℃にて15分間、50℃にて15分間反応させて、ベクターを脱リン酸化した。再び、エタノール沈殿により、ベクターを回収した。回収したベクターを上記のインサートとのライゲーションに使用した。 【0033】 3.ライゲーション及び形質転換 Ligation-Convenience Kit(Nippon gene)をマニュアルに従って用い、上記のインサート70ngとベクター250ngとのライゲーションを行った。 【0034】 ライゲーション後、サイクルシーケンス法によって各インサート部分の塩基配列の決定を行った。簡潔に述べると、ライゲーション後のベクターを鋳型にして、pGEX−5(Amersham)とpGEX−3(Amersham)をプライマーとして用いてPCRを行った。PCR産物の塩基配列を、Thermo Sequence Cy5 Dye Terminator Cycle sequencing Kit(Amersham)及びLong-Read Tower DNAシーケンサー(Amersham)をマニュアルに従って用いて決定した。 【0035】 その結果PCR産物の塩基配列にはCanf1をコードする配列番号2の塩基配列を有するインサートが各ベクター中に正確に挿入されていることが検証された。 【0036】 次いで、インサートが挿入されたベクターで大腸菌(E.coli)BL21(DE3)株を形質転換した。その後、LB寒天培地(100μg/mlアンピシリン含有)にて37℃で一晩培養することにより、形質転換クローンを選択した。これらのクローン(以下、「Canf1/pGEX」をグリセロールストックとして−80℃で保存した。 【0037】 Canf1/pGEXをLB液体培地(アンピシリン含有)5ml中で37℃にて一晩振盪培養した。Isopropyl-β-D-thiogalactopyranoside(IPTG)を最終濃度が0.1mMになるように加えてインサートDNA由来タンパク質の発現を誘導し、さらに3時間培養を続けた。ポリペプチドは、GSTタグとの融合タンパク質として発現される。 【0038】 培養液を4℃にて8,000×gで10分間遠心分離して菌体を回収した。回収した菌体を0.5mMのPhenylmethylsulfonyl Fluoride(WAKO)を添加した10倍量のLysis buffer(10mMリン酸水素ニナトリウム、1.8mMリン酸水素ニカリウム、140mM塩化ナトリウム、2.7mM塩化カリウム、ph7.5)中で超音波処理(ULTRASONIC DISRUPTOR、TOMY SEIKO)により破砕した。破砕物を4℃にて10,000×gで20分間遠心分離し、上清をタンパク質抽出画分として回収した。 【0039】 4.ポリペプチドの精製 GSTタグ融合ポリペプチドを、タンパク質抽出画分より、Glutathione Sepharose 4B(Pharmacia Biotech)を用いて以下のように精製した。マニュアルに従ってGlutathioneゲルにGSTタグ融合ポリペプチドを吸着させた。これに、還元型Glutathione 10mMを加え、GSTタグ融合ポリペプチドを溶出させた。このようにして得られたGSTタグ融合ポリペプチドをGST-Canf1とした。 【0040】 コントロールとして用いるGSTは以下の方法で得た。Glutathioneゲルに吸着させたGST-Canf1に対し、10単位のThrombin Protease(SIGMA)を加え、4℃にて16時間反応させた。これにより、融合ポリペプチドは、GSTとCanf1との間に存在するトロンビンを洗浄、除去した後、ゲルに還元型Glutathione 10mMを加えてGSTを溶出させた。 【0041】 得られたポリペプチドについて12.5%アクリルアミドゲルによるドデシル硫酸ナトリウムポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)を行った。また、ドデシル硫酸ナトリウムを添加しないアクリルアミドゲル電気泳動(Native-PAGE)も行った。それぞれDithiothreitolを添加したものとしなかったものを還元状態、非還元状態して電気泳動を行った。 【0042】 図1でSDS-PAGEとNative−PAGEそれぞれ、1は非還元、2は還元状態での電気泳動の結果である。Mレーンは標識用の泳動像である。SDS−PAGEでは、タンパク質の非共有結合が切れるため、タンパク質は伸びる。従って、SDS-PAGEの還元状態では、予定のタンパク質であるCanf1と同じ長さが検出されている(矢印18の部分)。 【0043】 SDS-PAGEでは、共有結合であるSS結合を切断する還元処理と、SS結合は残ったままになる非還元処理では大きな差がでなかった。なお、組み換え体で作製したCanf1をrCanf1とする。 【0044】 一方Native-PAGEでは、タンパク質の立体構造は維持されたまま泳動されるため、長さに応じた結果はでない。Native-PAGEでは、SS結合の切れる還元処理と、SS結合が残る非還元処理の結果を比較してみると、全体的に像がぼやけており、矢印の3箇所に同じような泳動像があり、大きな差が無いのがわかる。もし、分子間にSS結合があれば、還元状態での電気泳動では、SS結合が切れたポリペプチドと、切れていないポリペプチドの泳動が見えるはずである。従って、図1からはrCanf1の2あるいはそれ以上の分子間にはSS結合がないという推測ができる。 【0045】 また、SDS-PAGEとNative-PAGEで泳動されたサイズに差があることから、分子内にはSS結合があることが推認される。 【0046】 図2(a)にはrCanf1のサイズ排除クロマトグラフィーの結果を示す。用いたカラムはTSK-GEL2000SWXLであり、移動相は0.3MのNaCl0.05Mリン酸緩衝液(pH7.0)である。9.1724分の部分に顕著な検出ピークが確認できる。図2(b)には校正直線を示す。校正直線を描くための構成材料は、Lysozyme14.3kDa、Elastace26kDa、Arabianase TCである。図3(c)は、この校正直線に基いて図2(a)で検出したピークの平均分子量を推定した結果を示している。 【0047】 この結果によると、rCanf1のサイズは31kDaであった。これはrCanf1のサイズである18kDaのほぼ倍の大きさであり、rCanf1は二量体(ダイマー)として存在していることが示唆された。 【0048】 別の角度からこれを検証するために、ドットブロットによるGSTタグ融合ポリペプチドと組換え発現Canf1タンパク質に対するウサギポリクロナール抗体との間の反応性を調べた。 【0049】 まず、イヌ唾液のサイズ排除クロマトグラフィーをを行った。図3には、そのイヌ唾液のサイズ排除クロマトグラフィーの結果を示す。横軸は時間(分)であり、縦軸は感度(任意軸)である。図3では、5つのピークが観測された。用いたカラムは図2で用いたカラムと同じである。図4(a)は校正直線を示す。これらから、図4(b)に示すように大(50〜70kDa)、中(30〜50 kDa)、小(10〜30kDa)の分画を行った。それぞれの分画の抽出物を限界ろ過で濃縮し、ニトロセルロース膜にスポットした。 【0050】 その後、PBS-1%脱脂乳で10μg/mlに希釈したウサギ抗Canf1ポリクロナール抗体を加え37℃にて1時間インキュベートした。PBS-Tでの洗浄後、PBS-Tで500倍希釈したHorse-radishperoxidase(HRP)標識Goat Anti-Rabbit IgG(BIO-RAD)を加えて37℃にて1時間インキュベートした。PBSでの洗浄後過酸化水素とDiaminobenzidine(WAKO)を用いて発色させた後、反応後のニトロセルロース膜を蒸留水で洗浄し、反応を止めた。 【0051】 図5にドットブロットの結果を示す。1は10〜30kDa、2は30〜50kDa、3は50〜70kDaの画分である。図5の矢印で示した2の分画に反応が出ているのがわかる。 これより、イヌの唾液は、2の30〜50kDaに画分されたことがわかる。これはCanf1が2量体(32kDa)で存在しているという図2で示した組換え体Canf1の結果からの示唆を強く支持するものである。 【0052】 すなわち、Canf1は、分子内のSS結合が存在し、分子間にはSS結合は存在しない。大腸菌はCanf1を二量体として合成しており、またイヌの唾液腺もCanf1を2量体として合成する。この時、Canf1は非共有性の結合によって2量体として存在することがわかった。 【0053】 次にCanf1遺伝子への点突然変異を導入した。Canf1はすでにアミノ酸配列も、それをコードする核酸配列も明らかにされている。N末端から52番目、92番目、143番目にSS結合を作るシステインがある。ここでは、52番目のシステインをセリンに変えた点突然変異体を調製した。セリンに変えたのは、システインをコードする塩基配列がTCCであるのに対して、セリンはTGCであり、1箇所だけの違いであるため、PCRでの増幅の際に問題が起こりにくいからである。 【0054】 ベクターは組み込みCanf1を調製した時と同じベクターを用いる。すなわち、Canf1のインサートはすでにされたpGEX4T/Canf1を用いる。導入用センスプライマーは、(配列番号7)である。
【0055】 また、導入用アンチセンスプライマーは、(配列番号8)である。
【0056】 導入用センスプライマーは、対応するシステインの塩基配列TCCの2番目の塩基である「C」が「G」に変わっただけで他は全く同じである。つまり、システインの塩基配列の部分がTGCのセリンに変わっている。配列番号6ではセリンになった部分をアンダーラインで示した。 ベクターpGEX4T/Canf1を鋳型にし、これらのプライマーを用いてPCRで増幅する。PCRでは、94℃にて2分間熱変性させた後、94℃にて30秒間、50℃にて30秒間及び72℃にて1分間の反応サイクルを計35サイクル行い、その後72℃にて5分間の伸長反応を行った。 【0057】 その後、メチル化DNA依存制限酵素で、PCR反応に参加しなかった正しい塩基配列のCanf1をもつプラスミドと、ミスマッチを起こしたプラスミドを消化し、所望のCanf1の点突然変異体をコードする変異プラスミドを得た。 【0058】 この変異プラスミドを用いて大腸菌(E.coli)BL21(DE3)株を形質転換させ、点突然変異体を調製する手段は「ライゲーション及び形式転換」と「ポリペプチドの精製」の手順と全く同じである。 【0059】 図6は、得られた点突然変異体C52Sの組換え体をSDS−PAGEした後、抗GST抗体を用いて、Western Blottingした結果である。横軸はそれぞれIPTG誘導処理後の時間を表す。縦軸は蛋白質の分子量(kDa)である。SDS-PAGEの図も併置した。Western Blottingの結果、37kDa付近に泳動像が現れているのがわかる。図では矢印で示した。また、0、1、3、6、24時間と、IPTG誘導処理の時間が経過するにつれ、37kDa付近の幅が太くなってきているのがわかる。これよりGSTが存在しており、2量体での存在も明らかであったので、Canf1の点突然変異体の産生が確認できた。以後この点突然変異体をC52Sと呼ぶ。配列番号9にC52Sのアミノ酸配列を記す。52番目のセリンにアンダーラインを記した。 (配列番号9)
【0060】 図7は、Canf1とC52SのSDS-PAGE像である。横軸はジチオスレイトール(還元剤)の濃度(mM)を表しており、左から右方向へ濃度が上がっていく。縦軸は分子量(kDa)を表す。Canf1では、還元剤の濃度があがるに従い、分子量の大きな像が観測される。還元剤濃度が0.8mMの白抜き矢印の部分で、それまで15kDa付近にあった像が、18kDa付近に上がっている。還元剤は分子中のSS結合を切断するため、SS結合が切断されたために見かけの分子量が長くなったと考えられる。 【0061】 一方C52Sの方は、還元剤がゼロの段階からCanf1でSS結合が切れた分子量と同じ像が観測され、合成時の状態でSS結合がないのが推測できる。 【0062】 図8は、Canf1とC52SのNative-PAGE像である。Native-PAGEでは還元剤の効果は明確に観測されないが、C52SもCanf1と同じように還元剤の効果は明確に観測できない。図ではXで示したある一定の範囲に分散している。従って、C52Sは、SS結合が切断されているだけで、Canf1に極めて近いものになっていることがわかる。 【0063】 次にC52Sのアナフィラキシー誘導活性について調べた。 1.イヌアレルギーモデルマウスの作製 rCanf1タンパク質で雄性マウス(BALB/c、8週齢)を感作させてイヌアレルギーモデルを作製した。簡潔には、まず、rCanf1タンパク質20μgと水酸化アルミニウムゲル1mgとの混合液(PBS中)0.1mlをマウス背部に皮下注射した。1回目の投与から14日後、rCanf1タンパク質20μgと水酸化アルミニウムゲル2mgの混合液(PBS中)0.1mlを腹腔内に注射した。水酸化アルミニウムゲルは、IgE抗体産生の誘導に適したアジュバンドとして用いた。比較のために、OVA(オポアルブミン)を用いてオポアルブミン感作マウスも作製した。 【0064】 2)アナフィラキシーショックの誘導 2回のrCanf1タンパク質投与によりアレルギー状態が確立したマウスに、2回目の投与から7日後(1回目の投与から21日後)、rCanf1タンパク質20μg(0.1mlのPBS中に溶解)を静脈内注射した。オポアルブミン感作マウスにも同様にオポアルブミンを静脈内注射した。 【0065】 マウスの体温を、サーミスタセンサーを装備した防水型デジタル温度計(モデルSK-125OMC、株式会社佐藤量器製作所)を用い、センサー部分をマウス肛門内に約1cm 挿入して直腸温として測定した。 【0066】 まず、感作マウスの状態を確認する。図9にその結果を示す。縦軸はマウスの体温変化量であり、横軸は静脈内注射後の経過時間(分)を表す。マウスは5匹用意した。No.1のマウスは、感作を行わない状態で、いきなりOVAを静脈内注射したものである。No.2とNo.3は、OVAを用いて感作しておき、その後OVAを静脈内注射したものである。N0.4とNo.5はrCanf1で感作しておき、その後rCanf1を静脈内注射したマウスである。 【0067】 rCanf1で間作したNo.4とNo.5のマウスの体温は、rCanf1タンパク質の静脈内投与直後から急激に低下し(5分後に約−1.5℃、10分後には約−2.5℃)、その後も徐所に低下を続けた(20分後には−5.5℃)。体温の低下は、ほとんどのマウスにおいて、約60分間〜約2時間持続し、その後徐所に回復し、翌日には正常に回復した。 【0068】 体温低下と同時にマウスは運動量が減少し、更には沈うつとなって無活動となった。このとき、マウスの背部を刺激すると、正常であれば刺激と同時に動き出すのに対し、静止したままであった。また、耳介や尾部がうっ血し、紫色に変色した。以上の観察結果から、本モデルマウスにおいて、rCanf1タンパク質の静脈投与によりアナフィラキシーショックが誘導されることが確認された。 【0069】 また、No.2およびNo.3のオポアルブミン感作マウスの場合も、程度は低いながら体温は経過時間とともに減少し、20分後に−2℃程度に低下した。一方、感作していなかったNo.1マウスにオポアルブミンを静脈内注射したところ、体温の低下は観測されなかった。この結果より、上記のrCanf1の投与によりアナフィラキシーショックが誘導されることが示され、アレルギーモデルマウスができていることがわかる。 【0070】 <C52Sのアナフィラキシーショックの非誘導性> 1.手順 上記のrCanf1で感作したアレルギーマウス(雄性BALB/c、8週齢、N=2)にC52S(50μg)を静脈内注射した。上記と同様に、投与直後からマウス体温を測定すると同時にマウスの状態を観察した。 【0071】 2.結果 図10に2体の実験結果を示す。なお、図10のMouse No.1とMouse No.2は、感作マウスを確認した図9のNo.1およびNo.2マウスとは別のマウスであり、rCanf1で感作したマウスのうちの2匹である。もちろん、感作後rCanf1を静脈内投与されるのは、初めてのマウスである。図10で、縦軸は体温変化量を表し、横軸は投与後の時間(分)を表す。静脈注射後の時間の経過に対して、マウス体温に変化はほとんど観察されなかった。またマウスの運動量に変化はなく、注射部位その他にうっ血や変色は観察されなかった。この結果は、C52Sがアナフィラキシーショックを誘導しないことを明確に示している。 【図面の簡単な説明】 【0072】 【図1】組換え体Canf1(rCanf1)の電気泳動を示す図 【図2】rCanf1のサイズ排除クロマトグラフィーの結果を示す図 【図3】実際のイヌの唾液のサイズ排除クロマトグラフィーの結果を示す図 【図4】イヌの唾液のサイズ排除クロマトグラフィーの校正直線と分画を示す図 【図5】抗Canf1抗体によるイヌ唾液分画のドットプロットの結果を示す図 【図6】点突然変異体C52Sの組み換え発現を調べたウェスタンブロッティングの結果を示す図 【図7】Canf1とC52SのSDS-PAGEの結果を示す図 【図8】Canf1とC52SのNative-PAGEの結果を示す図 【図9】アレルゲンの静脈内注射後の体温変化を示す図 【図10】Canf1感作マウスにC52Sを静脈内注射をした後の体温変化を示す図
特許の図
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【出願人】 |
【識別番号】505127721 【氏名又は名称】公立大学法人大阪府立大学
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【出願日】 |
平成18年11月11日(2006.11.11) |
【代理人】 |
【識別番号】100118924 【弁理士】 【氏名又は名称】廣幸 正樹
【識別番号】100110984 【弁理士】 【氏名又は名称】加藤 敬子
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【公開番号】 |
特開2008−120727(P2008−120727A) |
【公開日】 |
平成20年5月29日(2008.5.29) |
【出願番号】 |
特願2006−306069(P2006−306069) |
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