19世紀に入る頃には様々な犬種が生み出されていましたが、同じ犬種であっても、個体ごとの能力や容姿にはまだまだ差やバラつきが多くありました。
それまでは新犬種の作出や育成は貴族などが個人で行っていましたが、個人で多数の犬を飼育しその能力を維持するための育成を行うには限界があり、自分の作り出した犬を多くの人々に公表して飼育を促し、個々の犬種をより磨きあげようという動きが出てきました。
(民主化が進んだことで貴族の没落や庶民が財力を持つようになったことも一助となったようです)。
そのため、自分の犬を発表する場として1859年に、イギリスで最初のドッグ・ショーが開かれました。
最初のドッグ・ショーはセターとポインターの2種のみで行われましたが、その後ショーが盛んに開催されるようになるにつれて、出場する犬種も徐々に増えていきました。
ドッグショーが開催されるようになると審査の基準が必要になり、個々の犬種の理想とされる姿を細かくまとめた、『犬種スタンダード』
というものが編纂されました。
(犬の体格や骨格のありかた、歯の噛み合わせや被毛の色合い、気質まで、あるべき姿が詳しく決められています)
『スタンダード』 によって犬種が確立され、ひんぱんにドッグショーが行われるようになったことで、犬のブリーダーには、大きな目標ができました。
そして、 『スタンダード』 が犬種を育成する指針となりました。
長い間、牧畜や狩猟など主に労働面で人間の助けとなっていた犬ですが、近代に入って
『家庭犬』 としてより人間と密着した生活を送るようになり、犬の持つ能力や服従心、忠誠心が再発見・再認識されるようになりました。
例えば、目の不自由な主人を気遣う犬がいたことから
『盲導犬』 という発想が生まれ、組織的に盲導犬が育成されるようになり、その後
『聴導犬』 や 『介助犬』 といった様々なサービス・ドッグが生み出されました。
このようなサービス・ドッグが一般に広まっていく中で、犬の人間に対する愛情や忠誠心が高く評価されるようになりました。
また、科学の発達によって犬の嗅覚や聴覚がどのくらい優れているのか、具体的な数字として表されるようになり、犬の能力に対する信頼と期待はますます高まっています。
現在では 『てんかん発作予知犬』(てんかんの発作が起こる前に分泌される、ごくごく微量のアドレナリンなどの臭いを感知して、パートナーに発作が起こりそうなことを知らせます)
や、『皮膚ガン感知犬』(ごく初期の皮膚ガンの細胞が発する臭気を感知して、ガンの発生部位を知らせます)
といった特殊な役割を持つ犬を育成する動きも始まっています。
20世紀に入ってペットとして動物を飼う人々が増えてくると、動物が人間に与える
『癒し』 の効果が注目されるようになりました。
特に身体に障害を持つ人達が盲導犬や聴導犬といったアシスタント・ドッグを身近に置くことで、単に不便さが解消されただけでなく、日々の生活にハリが出て積極的に行動できるようになったという精神的な効果が報告され始めました。
1970年代には、アメリカで農場滞在型の体験スクールを開催していた
『グリーン・チムニーズ』 が、虐待を受けた子供達の精神的なケアを行うために、積極的に子供達に動物との触れ合いを持たせることで、従来のカウンセリングなどで癒しきれなかった心の傷を癒し、更正や自立を促す成果をあげ始め、人と動物が共に生活することで生まれる精神的・肉体的な関わりに強い関心が向けられるようになりました。
このような効果を研究するために、1970年代後半にアメリカでデルタ協会が創立され、獣医師や心理学者達が協力して、『人と動物との絆
(ヒューマン・アニマル・ボンド=HAB)』の研究をスタートさせました。
現在ではHABの研究がすすみ、医療現場でも
『動物介在活動(AAA)』 や 『動物介在療法(AAT)』
といった活動が積極的に行われるようになり、身体的に障害のある人や精神的に障害のある人、長期療養患者やホスピスケアを受けている患者、独居者やお年寄りの心を癒す効果が、高く評価されています。
このような活動の場でも犬は大活躍していて、最近では
『セラピー犬』 という言葉も徐々に定着してきました。
現在でも、新しい犬種を生みだす試みは行われています。
例えばラブラドールとプードル、コッカー・スパニエルとプードルをかけあわせて新しい犬種を作ろうとしている国もあります。
この試みは興味本位のものではなく、犬の毛に対するアレルギーを持っているために、盲導犬や聴導犬をパートナーとすることを諦めざるをえない視覚障害者や聴覚障害者のニーズに応えようという真摯な心から始まりました。
(プードルは人との絆を強く求めるというアシスタント・ドッグとして欠かせない性質に加えて、毛が抜け落ちないという特徴を持っています)
もちろんこれらの新犬種を作り出すための交雑は、専門家による緻密な計画の元に慎重に行われていますし、犬種として確立するまでにはいろいろなハードルをクリアしなくてはならず、長い時間が必要になります。
20年ほど前から始まったこのような試みは、まだまだ試行錯誤を続けている状態ですが、徐々に成果をあげていて、新しい
『アシスタント・ドッグ』 として高い期待をかけられています。